「シックス・センス」 の恥ずかしい思い出
ずいぶん前の話になるが。
映画 「シックス・センス」 の結末が分からなくて恥をかいたことがある。 というか、分かったつもりでツマンネエ映画だったと妹と話していたら、「そうじゃないよこうだよ」 って、ぜんぜん違ってた。 がーんそうだったのかクソ、って感じ。
あー今思い出しても恥ずかしい。
映画のオチが分からないなんて人生始まって以来だった。
単なるオバケものと思って見くびって見ていたのがまずかった。 ユーレイ話にはよくあるエピソードの連続で、「何を今さら…」 と思いながら見ていたのがまずかった。 何かもっと騒々しいクライマックスがあるのを期待しながら見ていたのがまずかった。
だが、結末がああだったと分かっても、なんだか納得がいかない。
( ここからは映画を見た人だけがお読みください )
ブルース・ウィリスがそのことに気づかないってのが、まず最大の不自然なのだ。
フツー気づくわなあ。
気づかないからこの世に残ってんじゃなくて、未練があるから残ってんだろ。
1年以上も気づかねえほうがおかしいぞ。
モノにさわれなくなった時点で気づくだろ。 それを何だ。 わざわざ椅子をあらかじめひいておいたとかいう演出は。
そーだそーだ。 オレは悪くないぞー。
負け惜しみで言うのだが、こんなのはエンターテイメントとしてサイテーだよ。 バーカバーカと言われているようでチョームカツクー。 そんな自分を笑うのも怒りを紛らわすひとつのテであるが、やってられるかそんな複雑な事。
「ゴースト~ニューヨークの幻」 のユーレイの説明の仕方はすごく納得できるが、その価値観で 「シックス・センス」 を見ちゃいかん、ということか。
だいたい、結末がああだったとわかっても、大して面白くないじゃんか。 逆に言うと、結末だけが命の映画じゃんか。 これも思いっきり負け惜しみですけど。
追記 アールグレイ様
コメントありがとうございます。
返信したいのですが私初心者なもので方法が分かりません。
コメントを載せてOKの設定もしたはずなのにゼロになったままだし。
ここでお礼をさせていただきます。 どーもです。
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コメント
「シックスセンス」の監督ナイト・シャマランが、ヒットする映画のコツが解ったと言いながら、その後ずっとコケ続けているのは、あなたと同じ理由かもしれませんね〜(笑) ボクがこの映画の一番好きな所はもっと違う所にあります。ぜひもう一度観てみて下さいね。
アールグレイ様…
コメントありがとうございます。 シャマラン監督の作品は「シックス・センス」で懲りて、それ以降見ていないのですが、そうかあ~、別の視点での楽しみ方もあるんですね。 参考になります。 どーもです。
投稿: アールグレイ | 2008年12月13日 (土) 12時19分