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2009年1月14日 (水)

「ありふれた奇跡」 第1回 この特殊な世界

 フジテレビの木曜ドラマ 「ありふれた奇跡」。
 山田太一サン最後の連ドラとかでとりあえず第1回目を見てみましたが。
 どうにもこのあり得なさすぎな展開に少々戸惑いました。

 出だしから、仲間由紀恵サンと加瀬亮クンが、電車に飛び込もうとした陣内孝則サンを止めに入るのですが、そもそも最初から、陣内サンは飛び込もうとしているようには見えない。 見えないから、陣内サンを止めに入るまでの仲間サンが、やたらと不自然で却って挙動不審に見える。
 そして見ず知らずの仲間サンと加瀬クンが、そのあと延々とお互いに話をしたがる、というのもよく分からない。 このふたり、相当ヘンな人のように見えました。

 第1回後半では、陣内サンがそのときお世話になった警察官に頼んで、仲間サンと加瀬クンにもう一度会おうとする。 この警察官(塩見三省サン)も、なんだかんだと言いながらその願いをかなえるなんて、なんだか変な人です。
 とどめは、その塩見サンが設けた席で、陣内サンが仲間サンと加瀬クンに向かって、「もしかして、おふたりとも自殺しようとしたことがあったのでは」 などと尋ねるんですよ。 言うかなー、フツー、そんな事。

 けれど振り返って考えると、山田太一サンがこの第1回目で、一番何が言いたかったのか、というと、この 「仲間サンと加瀬クンがふたりとも自殺しようとしたことがある」 ということだったのではないでしょうか。
 そのことを念頭に置いてドラマ冒頭から見直してみると、だからこそ仲間サンも加瀬クンも、およそ自殺しようとしているようには見えない陣内サンを止めに入ったし、そのあとなぜかふたりとも互いに延々と話をしたがった。 そうやって考えると、なんだかあり得ない変な展開のこのドラマにも、納得がいくような気もしてきます。

 それでも、実はその時ホントに自殺しようとしていた陣内サンが、それを助けてくれた仲間サン加瀬クンに対して、「あなた方は自殺しようとしたことがあるから私が自殺しようとしたのが分かったんじゃないですか」 みたいなことを言うこと自体が、失礼極まる、突拍子もない話なんですよ。
 こんな無理な展開にするよりも、ドラマの冒頭から、この仲間サン加瀬クンのふたりが自殺の経験者であることを、どこかでほのめかしたほうがよかったような気がします。 例えば、自殺を止められて怒り狂っている陣内サンが仲間サンと加瀬クンに向かって、「あんたらのほうが自殺したかったんじゃないの?!」 とか言って。

 山田太一サンのドラマに出てくる人たちは、人付き合いが苦手な人たちばかりだと思います。 そのくせ、人と交わりたくて、話をしたくて仕方のない人たちばかりな気がします。
 だから、ヤケに引っ込み思案な物言いをしながら、いきなりグサッとくるような本音を出し、相手の反応に驚いてまた前言を引っ込めてしまう。
 その、「登場人物が相手の反応にびくびくしながら本音を言いたくてしょうがない」 という特性をつかんでしまえば、この人の書くドラマに違和感を覚えることはなくなるんだと思うんですが。

 だから、私が感じた、このドラマに対する違和感は、私が普段から 「他人のことなどどうでもよい」 と考えていることの、ひとつの証拠なのかもしれません。 だから他人に対して必要以上に気を使う人ばかりの、山田サンのドラマが変だと感じるのでしょう。

 ただ、ここに出てくる人たちは、他人と心を通わせたい、他人と交わりたいのだと、ドラマを見る側がいくら理解したところで、設定がこれほど強引すぎると、登場人物に対して感情移入ができなくなる危険性をはらんでいます。
 第1回目のハードルはやけに高くて、ついていけない人も多かった気がします。 次回は、このハードルを越えた人だけがこのドラマを見るのでしょうが、まだ高いハードルが待っているのか、それともルールを理解してドラマの世界に没入できるようになるのか。 とりあえず、山田サンに長いこと感動させてもらってきた私は、礼儀として、最後まで見るつもりです。

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