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2009年2月

2009年2月28日 (土)

「ありふれた奇跡」 第8回 大したことなくてよかった

 前回の予告で八千草薫サンが倒れてしまっていたので、そればかりに気を取られてしまった 「ありふれた奇跡」 第8回。
 予告を見るのも、良し悪しですねえ。
 予告を見て、こりゃ来週は絶対見逃せない、という効果も確かにあります。
 しかし、私みたいに、もはや言われなくたって毎週予約録画かけてます、という視聴者には、今回みたいに却って邪魔になってしまうこともあるんですよ。

 だけどよかった。 倒れたあと病院で、「最近の年寄りは、そう簡単には死なないのよ」 と、家族にユーモアで応える八千草サンを見て、ホント安心しました。 それを見て微笑む仲間由紀恵サンがストップモーションになり、エンヤの主題歌が流れてきた瞬間は、なんだかホンワリ心があったかくなった気がしました。

 実は私、このエンヤの主題歌、初めは違和感を持ちながら聴いていたんですよ。
 山田太一サンの作品は、主題歌が結構重要な位置を占めているんですが。
 いままでも、ジャニス・イアンやフランソワーズ・アルディのように、心の深いところを揺さぶってくるような曲が、山田太一脚本と絶妙に絡むところを、私は見続けてきました。
 その感覚からいくと、エンヤのこの曲はちょっとホワーホワーしすぎてて、妙に優しすぎる気がしたんです。
 けれど、このドラマに出てくる人たちは、みんなとても優しい人たちばかり。
 岸部一徳サンだけは違う気もしますが(笑)。
 でも探しゃいいトコありますって。 ともかく、とても優しい人たちばかりのこのドラマに、とても優しいこの曲は、とてもよく合っていると、だんだん思うようになったのです。

 次回は仲間サンが加瀬クンをホテルに誘うって?
 ア、いや、また、予告見ちゃいました。

2009年2月27日 (金)

「きらきらアフロ」 有名人は恵まれすぎだ!

 「きらきらアフロ」 で鶴瓶サンが、三浦友和サンの自宅で開かれた飲み会についてしゃべっていました。

 妻夫木クンとかがメンツだったそうなのですが、友和サンの自宅、ということは、百恵サンも当然ながらいるわけで、それだけでも百恵ファンの私には羨ましいのに、やおらカラオケ大会になったらしい。
 げげっ。 それって…。
 何と百恵サンがそのカラオケで、自分の持ち歌を歌ったらしいんですよ!

 鶴瓶サンによると、そりゃ 「あの」 百恵サンの歌、飲み会に参加した面々は感激して聞き入ったそうです。 だが、それは初めのうちだけで、「何曲も聞くうちに、百恵サンの歌うのそっちのけでみんなワイワイしゃべりだした」、というじゃないですか!
 「慣れって怖いもんやなぁ~」 などと鶴瓶サンは話をまとめていましたが、私に言わせりゃ、「なんてバチ当たりなんだテメエラっ!」 「ヤイ妻夫木っ!もっとマジメに聞けバカヤローっ!」 てなもんであります(ただ今不適切な表現がありました)。
 ああ~こんなことが許されていいのだろうか?
 百恵サン、そりゃないですよ。
 あなたの歌の価値も分からない若造たち(失礼)にあなたの持ち歌を聞かせて、しかも場末のキャバレーよろしく、若造共はあなたの歌を聴かないでしゃべりに夢中になっているだなんて。
 半分冗談で書いておりますが、やっぱり羨ましいですよね。

 この 「きらきらアフロ」 では、そのほかにもムカつく話が、このところ多い気がします。
 こないだはこないだで、尚美チャンが大型家具店のIKEAに行った時、あまりにも疲れていたので、展示されていた車付きの椅子に座ったまま、ダンナに押してもらって広い店内を移動したとか話していたし。
 鶴瓶サンもあきれていましたが、私はなんか、聞いていて不快でした。
 もともと尚美チャンには常識が備わっていなくて、そこが彼女の面白いところでもあるんですが、これは常識以前の話でしょ。
 ただ、芸人の常識、なんてものを問題にすること自体が、そもそも下世話な話なんですけどね。

 「きらきらアフロ」 で鶴瓶サンや尚美チャンのトークを見ていると、有名な芸能人であることの不便さもよく話題に上りますが、たいていは恵まれているなあと思うことのほうが多い。
 そりゃ当然のことで私もとやかく言うつもりはありませんが、今回の百恵サンの一件にしろ、もうちょっとみんな自分が恵まれすぎていることに対して有り難く感じろ、もっと謙虚になれ、みたいに感じました。 大きなお世話ですけどね。
 人間、調子のいい時はみんな寄ってきてチヤホヤしますけど、調子が悪くなるとパアーッといなくなるもんですよ。

 どうも百恵サンがらみになると、感情的になるなー。 たんなる無名人間のひがみなんですけどね。

2009年2月26日 (木)

「ラヴ・ミー・ドゥ」 の謎

 ビートルズのイギリスにおけるデビュー曲、「ラヴ・ミー・ドゥ」。
 私はこの曲に対して、不思議な感覚をずっと抱いてきた。
 なぜ、ビートルズはこの曲を、デビュー曲にしたのだろう。
 なぜ、デビュー曲のこの曲だけが、ビートルズっぽく聴こえないのだろう。

 「ラヴ・ミー・ドゥ」 と、B面の 「PSアイ・ラヴ・ユー」 の2曲ほど、ビートルズの曲の中で異彩を放っている曲はない。 2曲とも、ほかの曲になく 「黒っぽい」 という点では一致しているが、何が異彩かといって、曲に対するアプローチの仕方が2曲とも特別なのだ。 つまり、彼らのほかの曲に見られるような奔放さや、ありのままに自分たちの良さを見てもらおう、というところがない。 どことなく聴く側におもねっている、というか、必要以上に観客を気にし過ぎている、ナーバスな面が見受けられるのだ。 全体的な雰囲気が、やけに背伸びをしているようなところも見受けられる。 この曲自体が、アダルトな線を狙っている、といえよう。

 それに、「ラヴ・ミー・ドゥ」 という英語も、はじめは変な気がしたものだ。
 英語をしゃべっている人には別に違和感はないのかもしれない。 「ラヴ・ミー」 と命令形で来て、「ドゥ」 と続けるのは、まあ強調のひとつ、なのだろうが、英語の歌を聴いたり映画を見たりする程度の日本人には、あまり聞いたことがない表現だ。

 また、歌詞がこれ以上ない、単純なものなのだ。 1番が5行。 2番はそれの繰り返し。 3番はBメロになって、4行。 後は1番を2度、繰り返し。 実質9行しかない。
 コードもこれまた、BメロでDが来るまでGとCだけ。 実質3コード。
 この単純明快なところが、物足りなさを感じるところではある。

 彼らもそのことには気付いていたらしい。 「アンソロジー1」 でピート・ベストがドラムのヴァージョンが聴けるが、彼らは曲の途中でテンポを変えている。 おそらく曲の単調さをそれでカバーしようとしたのだろう。
 だがそれはなんとも中途半端なものだった。 私は思うのだが、ジョージ・マーティンがピート・ベストを、「リズム感なし」 と切り捨ててしまったのは、これが原因なのではないだろうか。

 実際弾き語りをすると分かるのだが、この曲ひとりでやると、まったく面白くもなんともない曲になる。 この曲の真の聴きどころは、やはりジョンのハーモニカ、そしてジョンとポールのツインヴォーカル、これに尽きるだろう。
 さらに言うならば、このスロウな曲に占めるドラムの重要性は、比較的高い。 私はドラムを叩いたことがないが、「ラヴ・ミー・ドゥ」 のドラムは、結構テクニックを要求される気がする。 ピートもリンゴも、ダメ出しを食らうはずである。
 要するに、この曲はバンドあってこその楽曲なのだ。

 この曲をどうして彼らはデビュー曲にしたのか、という疑問だが、やはり、「どうしたら世の中に受けるのか」 ということを彼らなりに考え抜いた末の結論だった、と私は考える。
 そのためには、自分たちらしさというものを、ある程度捨てなければならないと、彼らは思ったに違いないのだ。 断定してますけど。

 彼らは自分たちが参加したトニー・シェルダンの 「マイ・ボニー」 をプロトタイプにして、「ラヴ・ミー・ドゥ」 をデビュー曲に選んだのではないだろうか。
 真偽のほどは定かではないが、マネージャーのブライアン・エプスタインがビートルズと出会ったきっかけとなったのが、彼の店で 「マイ・ボニー」 が売れていた、ということならば、「マイ・ボニー」 にあやかろう、という気持ちが彼らにはたらいていた可能性も捨てきれない。 先ほど述べた、歌詞やコードの単純さ、全体の構成も考えると、「マイ・ボニー」 と 「ラヴ・ミー・ドゥ」 はよく似ている。

 「ラヴ・ミー・ドゥ」 が彼らの曲の中で異彩を放っていると先に書いたが、イギリスオリジナルのデビューアルバム、「プリーズ・プリーズ・ミー」 のB面1曲目に配置されたこの曲を、アルバムの流れの中で聴いてみると、意外とすんなり聴けることに驚く。
 それは、アルバム 「プリーズ・プリーズ・ミー」 自体がほかの彼らのアルバムとはどこか異質な匂いを漂わせているからだと、私は考える。
 たった一日で録音された驚異の曲群は、その日の彼らがまだ持っていたハンブルクでの下積みの匂いや、キャバーンにあふれていた煙草の匂いを大いに聴き手に感じさせるものだ。
 この驚異の一日の最後に録音された、「ツイスト・アンド・シャウト」。
 そこには、もはやハンブルクやキャバーンを引きずっている彼らはいない。 ジョン・レノンは風邪気味だったにもかかわらず、この曲では上半身裸になってこの曲を歌いきったという。 その瞬間、彼らも同時に、下積み時代から脱皮したといっていいだろう。

 「ラヴ・ミー・ドゥ」 は、彼らの下積みとしてのキャリアをぷんぷん匂わせる、いわば象徴的な歌だったのだ。 そして何とかして、成功への足掛かりをつかもうとしていた時代の、試行錯誤の末の作品だったのだ。

アニメ 「はじめの一歩」 第8回 「魂の一撃」 の凄さ

 オニみたいな深夜にやっているため、まったく一般人の話題にも上らない深夜アニメだが、「はじめの一歩」 だけは個人的にオススメしたい。
 第8回の 「魂の一撃」 には、シビレました、正直言って。

 挑戦者伊達とチャンピオンリカルドの世界タイトルの息詰まる攻防。
 あごやろっ骨の骨が砕けて瀕死状態の伊達が、もうこれしかない、最後の最後の起死回生をかけて放った、ハートブレイクショット。
 それを世界最強のチャンピオン、リカルドが肘ではじき返す。 ああ~~っ。
 その衝撃でこぶしの骨まで砕けてしまう伊達。
 伊達には、この一発しか残っていなかったのに~っ。
 ラウンドをぎりぎり耐え抜いてコーナーに戻ってきた伊達が 「もうやめようか」 と思った瞬間、伊達の奥サンが 「最後まで戦って」 と。

 なぁんか、メキシコの世界最強のチャンピオンとか、コーナーサイドでの愛する人への激励とか、モロに 「あしたのジョー」 なんですけど。
 だけど、単なるパクリとはいえないのが、「はじめの一歩」 の作り手の凄いところだ。 単なるパクリなら、リスペクトだのオマージュだのという美辞麗句で片付けられるのが関の山だが、「ジョー」 と同じようなシチュエイションをわざと作っておいて、「ジョー」 を越えようとしている意気込みにあふれているのが、見る側を率直に感動させるのだ。

 奥さんの激励で、もうすでにポンコツ状態だったにもかかわらず、伊達は次のラウンドで、あのハートブレイクショットを、あの完璧さを誇ったチャンピオンに、見事命中させたのだ。
 「オレのやりたいことを思い出した、アイツにいいとこを見せたかったのだ、オレにカッコつけさせてくれえーっ!」
 だが、こぶしの骨が砕けていた伊達の必殺の一撃は、すでにその威力を失っていた。
 直後にリカルドのフィニッシュ・パンチ。 リングに崩れ落ちる伊達。

 こうやって書いていると、あらすじそのまんまなのだが、その 「魂の一撃」 に向かうまでの伊達とリカルドの心理描写や、観客席の一歩たちの会話、奥サンの心理描写が細かいので、知らず知らずの間に、単なる話の流れ以上の感動がわいてくるのだ、このアニメは。 名もない観客達のセリフひとつとっても、妙に臨場感のある重たいセリフをしゃべっている。 マンガでは、ここまでの細かい 「間」 を表現できないぶん、分が悪い気さえする。

 後半は、もう私、ずっと泣きっぱなしでした。
 いいっスよ! このアニメ! おすすめっス!!

2009年2月25日 (水)

画面が勝手にスクロール、これって故障?

 このところパソコンの調子がおかしい。

 パソコンというより、マウスのほうなのかなー。

 マウスの真ん中にあるコロコロが機能しない、と思ったら、いきなり画面が勝手に上下にスクロールする。 ひどくなるとその動きが激しさを増す。 地震どころの揺れじゃない。 ウィルスでも侵入したかのような、ハチャメチャなことになる。

 まだ買ってから一年たっとらんのですぞ!

 マニュアルに従って、マウスのデバイスだとかいうのを開いて、いったんマウスのデバイスを削除して使用不能状態にし、またインストールしなおしたら、いったんは収まった。
 ヤレヤレ、と思っていたら、一週間くらいしてまたおかしくなってきた。
 今度は前やった方法が効き目がなく、もーどーしよーもなくなってきたので、今日はサポートセンターに電話した。 システムを全部無効にして1項目ずつ復旧させるという、気の遠くなるような作業を強いられて、大体こいつが原因なのかと分かりかけた時、急に作業が進まなくなった。 要するに、確認作業のためにその項目を再び無効にさせようとすると、できなくなるのである。
 もーいー加減嫌んなってきて、ムカムカしてどーしよーもなくなったので、クソバカパソコン、リカバリしてやるっ、とばかり、こっちも途方もない作業なのだが、リカバリしてやった。 ハァハァ、ざまーみろ(笑)。

 ところが、である。

 リカバリという、購入時の状態に戻したにもかかわらず、なおらんのです!
 もーどーなってんの? マウス買い換えたほうがいいの?
 今夜はもう疲れたから、明日またサポートセンターに問い合わせるつもり。
 ここ10日ばかり、だましだまし使ってきたけど。
 まあ、勝手に上下にスクロールというのは、ネットやワードをやっている時だけで、カーソルを枠外に出すと勝手な動きが止まるわけで。 だからこうやって、ブログも書いているんだけど、これをいったん保存とか公開とかしようとするとまた大変なわけで。 上下運動が止まった時を見計らってクリックしないといけない。
 はぁ~あ。 もし修理になんか出したら、このブログしばらくお休みということになりそうなので、あらかじめ予告しておきます。 そうならないことを願っていますが。

後記。
 結局マウスの故障だったみたいです。 新しいマウスを無償交換してもらったら、ぴったりやみました。
 とりあえずウィルスでなくてよかったけど、このマウス、一年ももたないとはなあ~。 今度は、コロコロにあまり頼り過ぎないようにします。 でもあれ便利なんだよなぁ~。 片手でネット見て回れるから。

2009年2月24日 (火)

「天地人」 第8回 そんな突飛なことをしなくても…

 NHK大河ドラマ 「天地人」 の変な演出方法は、以前にも何度か書いた。

 第8回の 「謙信の遺言」 でも、妻夫木クンと長澤まさみチャンが出会うといつもこうなのだが、今回は輪をかけて変な演出方法をとっていた。
 毎度のことなので、いきなりあたりが暗くなり、スポットライトが当たると、見ている側は 「そら、また始まった」 という気分で、話に集中できなくなる。 このうざったい舞台みたいな演出方法は、何よりもこの 「話に集中できなくなる」 という点で、否定的に評価せざるを得ない。
 この非現実的なシーンは、見ている側に余計なことを考える余地を与えすぎる。

 変なフラッシュバックやらストップモーションやらを多用するのは、斬新的な表現方法を狙った映画や実験的ドラマなら、別に気にもならないだろう。
 だが、見ている側は、NHKの大河ドラマを見るような保守的な視聴者層なのだ。 そんな正統派を好みそうな層の人たちには、あまり受け入れられない手法なのではなかろうか。
 NHKの大河ドラマを見ようと思う人々は、革新的な映像より、演技力でうならせて欲しいと思う傾向にあるのではないだろうか。

 まあ、やめろと言われても、今では遅すぎる(…)のだろうが。 今後も続くことだろう、この演出は。 こうなりゃテッテ的にやってくれ(笑)。 ここでやめたら、男がすたる。 なんのこっちゃ(笑)。

 ただやはり、以前にも書いたが、この演出は、妻夫木クンと長澤まさみチャンの演技を信用していないように、どうしても見えるのだ。
 妻夫木クン、上田の庄で謹慎していた時はあまり気付かなかったけど、謹慎がとけて北村一輝サンのもとに復帰してからというもの、時代劇言葉、しゃべりにくそうなのだ。 台本が悪いのだろうか。 妻夫木クンだけでなく、なんか、皆さんしゃべりにくそうにしている感じがする。 妻夫木クンの場合は、「おやかたさま」 からして、しゃべりにくそうだし。
 戦況報告に来る下っ端の兵士なんか、モロに舌噛みそうな感じだ。 見てて危なっかしいというほうに気が取られてしまうのは、大河ドラマの正しい見方とは、とても言えない気がするのだが。 小泉孝太郎クン、キミは現代劇やってた方がいいよ。

 それにしても、「謙信の遺言」 なんて題だったから、謙信死ぬのかと思ったら、次回で死ぬみたいですね。 肩すかし食った気分。

2009年2月23日 (月)

ホントのことってなんだろう?

 週刊新潮にこのところ大々的に報じられていた、「朝日新聞阪神支局襲撃犯人の手記」。
 当の朝日新聞が、この手記はでたらめであるという検証記事を発表した。 私はその記事を読んではいないが、朝日新聞が手記をでたらめだ、というからには、それなりの理由があるはずだ。

 週刊誌というものを信用しきっている人は、今の世の中あまりいないだろう。
 だがいったん電車内ビラなんかに広告が載ってしまうと、それを鵜呑みにしないまでも、そこにまことしやかに書かれる全体の雰囲気を、そんなものかと思ってしまう人は多いはずだ。 「火のないところに煙は立たない」、という心理である。
 だが私には、どうにもかれらが 「火のないところに煙をたてている」 ように思えて仕方ないのだ。

 週刊誌の編集部は、まず記事を作成する場合、いったいどの点をもって、取材した情報が信用できると判断するのだろうか。
 まず第一に、「警察発表などの鵜呑み」。
 この場合はそれが事実でなかったとしても、とりあえず、信用してしまうしかなかろう。 桶川のストーカー殺人みたいな例もあるから、警察も100%信用できるとはいえないが。

 二つ目は、取材源が、「関係者である」、もしくは 「関係者だった」。
 これはちょっと慎重を要する。
 「関係者」 だったということを重視してしまうと、その関係者のカンチガイや、誤認まで事実と報じられてしまうためだ。
 ここにその関係者の憶測まで加わってしまうと、もう何をかいわんや、である。 その関係者が暴露する内容に、個人的な恨みや思惑まで加わってしまう。 その関係者は、自分に都合の悪いことまで、暴露する人のせいにしてしまうかもしれない。
 ことほどさように、「関係者」 という人種には、単純に信用してはならない面が存在するのだ。

 なら、ウラをとればいいだろう、という話になりそうだが、当事者、というのは、なかなか簡単に本当のことを言わないものだ。 だから取材する側はほかにも 「関係者」 を探すことになろうが、その 「ウラ」 が、またまた 「関係者」 だった場合は、さらに誤解が誤解を呼ぶ危険性が増す。
 数人の 「関係者」 からウラをとったからその人の言うことは信用できる、と判断したところで、その関係者全員が事実誤認をしている場合は、結局その記事はウソだ、ということになろう。 多くの週刊誌は、だいたいその程度のウラで、それが信用できると思ってしまうらしい。

 この 「関係者」。
 ほぼ実名で登場することがない。
 これは、情報ソースの秘匿、という都合のいい大義名分があるが、名前が出ないから何をしゃべってもいい、という危険性と常に背中合わせだ。
 発言したことに責任がない、というのは、実は結構怖いことだと、私は思う。 それはすなわち、報道する側に、「それは発言した人の責任で、報道する側に責任はない」、と開き直れる余地を、確実に与えてしまうからだ。 これは実名入りの場合でも、同様なことが言えるだろう。

 関係者の証言、と言ってもうひとつ指摘しなければならないのは、もともとその証言が、関係者がべらべらしゃべった内容ではなく、記者たちの巧みなカマかけや誘導によって得られたものであるケースだ。
 これは要するに、証言の詐取、というべきもので、汚い手立てでかすめ取った情報なのだ。
 それをさも、関係者が記者にだけ打ち明けてくれた、というようなニュアンスに取られるような、「関係者からの証言」 という表現方法で記事内に書くことは、自分たちが汚い人間であることを、暗に認めているようなものなのである。

 今回の朝日新聞襲撃事件に関しては、実名だが、ただ本人がやったと言っているだけである。 この話のウラをとるには、まず朝日新聞に問い合わせて、本人の言い分との整合性を見るべきである。 さらに、警察に取材することも必要だろう。
 朝日新聞が今回、この手記がデタラメだと今になって発表したのは、週刊新潮が朝日新聞に対する取材を怠ったか、もしくは行なったとしても朝日新聞からの回答を待たずに公表に踏み切ったかの、どちらかであろう。 (後記・朝日新聞から新潮側は事実と違うという回答をもらっていたらしい。 だとすればなおさら、)報道する側としては、極めていい加減と言わざるを得ない。 見切り発車そのものではないのか。

 週刊誌がどの点をもって取材した情報を事実であると判断するのか。
 その三つ目の基準は、まごうことなき取材した当事者本人が、事実そうした、そう発言した、ということだ。

 これは週刊誌に限らず、すべてのマスコミが、これを原則に報道を行なうものだが、実はこのことにも、ニュースの受け手が陥りやすい大きな落とし穴がある。
 それは、事実のある一面を切り取った、部分的な事実にすぎない、ということを、あたかもそれがすべてだと判断してしまう点だ。
 木を見て森を見ない、とでもいえるだろうか。

 振り返って、私の場合はどうだろう。
 ブログを立ち上げて、毎日のように様々な記事を書いてはいるが、一から十まで、自分の言っていることが正しいことなのか、と言われれば返事に窮する。
 いったん公開した記事に、事実誤認や説明不足があったりして、書き換えを迫られることが、ままあるのだ。
 その誤りや不十分な説明が世間に広がってしまって、この間のお笑い芸人脅迫みたいなことになるとも限らない。
 私の場合、あいつは人殺しだとか、そこまで極端なことは書きはしないが、記事の正確性は常に心がけようと、努力はしているつもりだ。

 だからというわけではないが、私の書く記事は、時事的なことや政治的なことがあまりない。
 実際にそこで見たわけでもないし、その人に実際会ったわけでもないからだ。

 私が触れるすべてのニュースは、テレビや新聞やネットなどの、マスコミを通じた情報だ。 そこにはいかに報道しようと、恣意的なものが必ず割って入るものだと、私は考えている。 コメンテーターたちも、記者や編集者たちのフィルターを通したニュースを見てコメントしているわけで、それは恣意的なものの上書きに過ぎない、と思ったりもする。
 だから私は、ニュースと言えばNHKの客観的なものしか見ないことにしているが、NHKのニュースにしたって、その並べ方次第でいくらでも恣意的なものにできる。 政治家の汚職のニュースを見たあとで、税金を上げるなんてニュースが続けば、単発でニュースを見るよりも、フザケンナ、という気持ちが強くなるだろう。

 たとえ毎日のようにニュースでたたかれている人であれ、実際に会ったら意外といい人なのかもしれない。 その人なりの、こちらが納得するに足りる事情があるのかもしれない。 事件現場に行ってみたら、警察発表とはほど遠い内容なのかもしれない。 私は常に、そう考えている。 定額給付金だって、要らないなんて言っているのは、テレビに出ている羽振りのいい人だけで、貧乏人はみんな首を長くして待っているのかもしれない。

 目に見える現実と、そこに潜んでいる真実は違う。
 今の世の中、目に見える現実ばかりが、ホントのことだと信じ込み過ぎてはいないだろうか?

2009年2月21日 (土)

「ありふれた奇跡」 第7回 なんかいいんだよなあ

 「ありふれた奇跡」 も早や7回目。
 「子供はいらない」 と八千草薫サンにしゃべってしまったばかりに、加瀬亮クンは今回散々な目に遭うのであります。
 それもこれも、子供が産めない体になっていることを、仲間由紀恵サン ( 中城加奈 ) が自分の家族に打ち明けてないためであり。 しかも、彼女が自殺未遂したことを、家族の誰もが知らないことが、今回は判明いたしました。
 要するに、中城家は仮面家族なのです。

 それに比べて、井川比佐志サンをはじめとした田崎家の、ぶっきらぼうだけど、何と温かいことか。 井川サン、一生懸命孫の加瀬クンを八千草サンにアピールして。 よかったなあ。
 風間サン、帰ってくるなり、「オレでーす、オレオレ、オレオレ、オレオレ詐欺」 とか。 「寒ぅー」 とか言いながら、大笑いしてしまいました。
 松重サンも、カッコよく遠慮するくせに、ほんとうはキャバクラに行きたいのは自分だった、というのも笑えますし。

 それにしても、加瀬クンが釈明のために中城家へ行った時の場面は、岸部一徳サンの加瀬クンへの詰問ぶりも凄かったですが、加瀬クンの、狼狽ぶりが実によく表現されてて、今回の白眉だった気がします。
 加瀬クンは、今回の誤解の原因が仲間サンにあることをあくまで隠し通そうとしたために、子供が欲しいのか欲しくないのかがしどろもどろになってしまう。 さらに、仲間サンと結婚したいけど、相手が嫌がってるんじゃどうしようもないとか余計なことを考えて、どっちつかずみたいなことを言ってしまう。
 ここらへんの表現って、脚本を書くのも大変だと思いますが、演技するほうもいい加減難しすぎるのではないでしょうかね。
 加瀬クン、演技やりきってましたよ。 凄い。

 「妙」 のママが、陣内サンに、「そんなに大事なことはしゃべっちゃダメ」、というのも、いいシーンでしたー。 仲間サンがタンカを切った喫茶店に謝りに言ってケーキをごちそうになるとか、このドラマには、こんなちょっとした、「なんかいいなぁ~」 というエピソードが突然入るんですよ。 そんな何気ないシーンに、山田太一サンの現代社会に向かう視線を、感じ取ることが、出来るんです。

2009年2月20日 (金)

エルヴィス・プレスリーに見る、スーパースターの責任

 ビートルズに多大な影響を及ぼした、ロックンロールのスーパースター、エルヴィス・プレスリー。
 エルヴィスがいなければ、ジョン・レノンはロックスターになろうとは、とても思わなかったはずである。
 ポール・マッカートニーも、エルヴィスのマネが出来るという特技を持たず、ジョン・レノンの目にとまらなかったかもしれない。
 要するに、エルヴィスという存在ぬきに、ビートルズの存在はあり得ない、のである。

 だが私は、エルヴィス・プレスリーいう人に対して、ものごころついた時から良い印象を持ったことがあまりない。
 それは、エルヴィスを知るそもそものきっかけが、晩年(と言ってもまだ40そこそこ)の ラスヴェガス公演だった、というのが大きい。
 初めて見るエルヴィスは、派手なヒラヒラを付けた、モミアゲの凄い、ただのデブのオッサンだった(エルヴィスファンの皆様、申し訳ございません)。 そのデブのオッサンが、オカマみたいな声で(オカマの皆様、申し訳ございません)バラードを歌うさまは、ウェェーキモチワルとしか、当時のガキには思えなかったのだ。

 そのエルヴィスに狂喜乱舞している客席の様子も異様だった。 ラスヴェガスだから仕方ないと言えるが、まるで成金連中が時代劇役者にお熱をあげているみたいな。 なんなんだコレ、という感じ。
 エルヴィスを形容する言葉に、「セクシー」 というのがあるが、特にガキンチョには、その価値観は受け入れがたい。 私はエルヴィスを好きになるタイミングを、確実に外した、と言っていいだろう。

 後年になってエルヴィスの若かりし頃の 「ハートブレイク・ホテル」 であるとか、「監獄ロック」 のフィルムを見るに至って、ようやく彼の本当の魅力に気付かされることになったのだが、ビートルズが彼に夢中になったように、私はのめりこむことが結局できなかった。 時期を逃すと、よいものも素通りしてしまうという、いい例である。

 エルヴィスに限らず、あんなにカッコよかった人が、晩年はああなってしまう、というのを見るのはつらいものだ。
 特に、人気のあった人が後年見る影もない、というのは、がっかりというほかはない。
 引退してしまった人がどう変わってしまおうと、それは本人の意思なのだから尊重されるべきである。
 だが、第一線で活躍しなくとも、メディアにさらされるような活動をするのならば、昔のファンをがっかりさせるような姿ではいてほしくない。 厳しい言い方をするようだが、特にロックスターは、カッコよくあり続ける責任、というものがあるはずだ。 もともとカッコよくなかった人は別として。
 ここで名前を挙げるのはフェアな話ではないが、ツェッペリンのジミー・ペイジやクイーンのロジャー・テイラーなどは、最近の姿を見てちょっと悲しくなったものだ。
 老いていくのは仕方ない。
 だが、同じ老いるのでも、いい歳の取り方、というものがあるはずだ。
 これは、特に現役のロックスターに限定している話なので、そのところはご了承ください。

 その点で、ビートルズの元メンバーたちは、スーパースターとしての責任を全うしていると言えるだろう。
 ジョージ・ハリスンが亡くなる間際、丸坊主にしてしまったのはショックだったが、病気なんだから仕方のないことで、彼にしたってスーパースターとして最後までカッコよく生き抜いたのだ。
 ポールも若いころは甘いマスクで人気があったぶん、老いた姿はつらいものはあるのだが、その体型は維持しているし、カッコよさを維持しようという意思はきちんと見える。
 リンゴもイメージを著しく逸脱するようなカッコ悪さには決してならない。 彼のようなタイプの人間には、カッコよさを維持するなんてことは結構ハードなことだと思うのだが。 おそらくそれは、彼がビートルズの一員だったという誇りが、カッコ悪くなることを許さないのだろう。
 ジョンに関しては、…言うまでもない。 カッコよすぎ。

 それにしても、ビートルズという天才集団が、リンゴもあえて含めて、みんな物凄いイケメンだったというのは、もっときちんと再認識されてもいい。
 顔がいい、というのは、曲がいい、ということにもまして、多くの人がかれらに興味を持つ、第一歩だからである。

2009年2月19日 (木)

「セブン・フォーエバーフォーク」 私の好きな山口百恵

 関東圏ラジオのニッポン放送で、1976年10月から77年3月までの、プロ野球のオフ・シーズンに放送されていた、「セブン・フォーエバーフォーク」。 毎週水曜日の午後7時30分から8時30分までの1時間番組。
 山口百恵チャンとコッキーポップの大石吾郎サンがパーソナリティだった。

 私は当時がいちばん百恵チャンにのめりこんでいた時期だったので、毎週欠かさず聴いていた。 百恵チャンのラジオ番組はほかにもいろいろあったが、こんなにちゃんと聴いていたのはこの番組だけだ。

 というのも、この番組の百恵チャンが、私がもっとも好きな百恵チャンだったからである。
 山口百恵という人は、おそらく神秘的であるとか、「静」 のイメージが強いのが普通だろう。 「山口百恵は菩薩である」、などという本まで出されたくらいだ。
 だがこの番組の百恵チャンはまったく違う。
 どう違うのか、最終回だけカセットテープに録音してあったので、その冒頭の部分のみここに紹介する。 できるだけ詳しく。

(テーマ音楽、メドレー形式で10秒程度ずつ)「ジス・ランド・イズ・ユア・ランド」「風 (ライブ音源でガイドボーカル入り)」「花はどこにいったの」

大石 「楽しいとき、さびしいとき」

百恵 「うれしいとき、かなしいとき」

大石 「人それぞれに、ふと、口ずさむ歌があります」

百恵 「そんな思い出の歌の数々を、あなたと共に振り返る、百恵と」

大石 「吾郎の」

二人 「セブン・フォーエバーフォーク」

(テーマ音楽、「若者たち」 ふたりのデュエット、一番を歌ったあとはハミング)

大石 「(気障っぽく)長い人生のなかには、いくたびかの出会いと、そして、いくたびかの、別れがあるものですね。 でも、そのひとつひとつが、すべて思い出となり、ぼくの、隙間だらけの人生を埋めていってくれる。 こんばんは、お元気ですか、大石吾郎です」

百恵 「(気取りながら)長い人生のなかには、いくたびかの空腹(ここでちょっと笑いそうになって、ここからくだけた調子に)、と、それにともなう欲求があるものですねー。 でもあのー、朝ごはんと昼ごはんでしょ、おやつと晩ごはんね、それに夜食が、私の隙間だらけの人生を埋めていってくれるんです。 こんばんは、(ここで咳払い)(大声で)部分的肥満症の山口百恵ですっ!」

大石 「(大笑いしながら)そんなヤケになって言うなよー」

百恵 「だあってぇ~」

大石 「みんなが認めてんだから」

百恵 「フンッ!」

 放送作家が書いたであろう前半部分は別として、フリートークの百恵チャンは、元気いっぱいで、はじけまくっている。 自分の体形のことを吾郎サンに突っ込まれても、けっしてめげたりしないし。 自虐的なことを、楽しんでやっているかのようだ。
 しかもこの番組の百恵チャンは下ネタも臆することなく全開。 当時NHKの 「みんなのうた」 で、兄妹がお風呂に入るという 「チンチンポンポン」 という歌が流行っていたのだが、百恵チャンは番組中で喜々としてこの歌を歌っていた。 あの山口百恵が、「チンチン」 などと歌ってたんですよ。
 ここには、父親がいなくて影を引きずっている、ましてや菩薩のイメージなど微塵もない。

 「セブン・フォーエバーフォーク」 の 「セブン」 とは、番組のメインスポンサーだった 「女性セブン」 のこと。 番組内でスタジオから編集部に呼びかけると、記者が今週発売される女性セブンの内容を宣伝する、という形式だった。
 さらに覚え書き的に記せば、ほかの提供は、ロータスクーポン、大丸東京店、西村セイコウ堂(?)、ニチベイ製薬(?)、銀座コア(!)の各社。 ロータスクーポン! あったよなあ!
 ハクサンシコーのCMなんて、やってたんだよなあ、昔は。 あったわあった。 なぁーつかしいなぁー。 でっかーい夕日をー背中にしょおってー、ア、違うか。

 番組のタイトルでも分かる通り、フォークソングだけをこの番組では流していたが、ことそのフォークソングに対するふたりのコメントは一切なし。 リスナーからの手紙を読んで二人が話題を展開する、というのが主な構成だった。 そこに2回ほど、「中川ジョウスケ(漢字ワカラン)のウィークエンド占い」 というコーナーが入り、百恵チャンが週末のアナタの運勢を優しく語りかけます、という感じで、いかにもアイドルのための番組、といった佇まいだった。

 ここで最終回に流れた曲を列記してみる。

 「心の旅」 チューリップ
 「或る日突然」 トワ・エ・モワ
 「雨やどり」 さだまさし
 「神田川」 南こうせつとかぐや姫
 「青年は荒野をめざす」 ザ・フォーク・クルセダーズ
 「いちご白書をもう一度」 バンバン
 「サルビアの花」 もとまろ

 1時間で7曲、しかも全曲フルコーラスというのは結構真面目にかけているほうだ。 おそらくトークの部分を削るための時間稼ぎだったのだろう。 じっさい当時の百恵チャンのスケジュールは過密状態だったはずである。 曲が流れているのをふたりが真面目に聴いていたかどうかは疑わしい。
 その最終回に流れた曲の内容を見てみると、フォークソングというよりもニュー・ミュージックのカテゴリーに入る曲も何曲かある。
 しかも、「雨やどり」 や 「いちご白書をもう一度」 などは、当時としてはほとんど新曲の部類だ。 さだサンの歌などは、百恵チャンの意向だろう。 選曲に絡んでいたかどうかは知らないが。
 ほかの曲も、当時にしてみればほんの6、7年前の曲ばかりだ。
 フォークソングを既に懐かしのメロディみたいに考えていた当時の私だったが、こうして振り返ってみると、これはちょっと意外だった。

 この最終回でいちばん最後に流れたのが 「サルビアの花」 だった。
 最後ということで百恵チャンと吾郎サン共通の好きな曲を選んだとコメントが入ったが、私はこの番組で初めてこの曲を知ったクチだった。 確か何回かこの番組内で流れた気がする。
 この 「サルビアの花」。
 好きだった人がほかの人と教会で結婚式を挙げるのを泣きながら追いかけた、という、早川義夫サンの傑作である。
 映画 「卒業」 では、ダスティン・ホフマンが結婚式に乗り込んで花嫁を略奪する、という過激なラストだったが、この歌では 「転げながら走り続け」 てオワリである。 いかにも湿った日本的情緒ではないか。
 この曲を百恵チャンが愛してやまなかったというのを聞いてから、私もこの曲に対して特別な思い入れを持つようになった。

 なのに なのに どうして
 ほかの人のところへ
 ぼくの 愛の ほうが
 素敵なのに

 泣きながらきみの後を追いかけて
 花吹雪舞う道を
 教会の鐘の音は
 なんて うそっぱちなのさ

 百恵チャンが結婚するとき、私の心境は、まさにこの歌の通りだったと言っていいだろう。 今でもこの歌を弾き語りすると、結構ウルウルする。 酔っ払いながら歌うと、もうボロボロである。 昔は、アイドルに対するあこがれに、これほどの熱い思い入れがあったのだ。

 「セブン・フォーエバーフォーク」 が終わって半年後、今度は百恵チャンが単独の番組が、同じニッポン放送で始まった。 確か、ライブ・カンパニーとかいう題名だった。
 誰かのライブを流す、というスゲエつまらない番組で、全く聴かなかった。
 そのころの百恵チャンは阿木燿子・宇崎竜童コンビによって急速に大人に成長していた時期で、私も一年前より彼女から距離を置いていた気がする。
 あまりにもつまらなかったせいなのか、途中から大石サンが復帰するというテコ入れを食ったようだが、私がリスナーに復帰することはなかった。 大石サンが復帰して1回ほど聴いたのだが、「フォーエバーフォーク」 のときのようなはじけっぷりは影を潜め、ふたりがどことなくよそよそしい雰囲気になっていたためだ。 そこには、もうあの頃の百恵チャンはいなかった。

 スゲエ個人的な話で、終生変わらぬ熱狂的な山口百恵ファンの方には申し訳ない話だが、私の好きだった山口百恵は、阿木・宇崎コンビの作りあげた 「百恵さん」 ではなかった。
 無邪気にはしゃぐ 「セブン・フォーエバーフォーク」 の 「百恵チャン」 だったのだ。
 そりゃ、人というものは成長するのが当たり前だから、百恵チャンだって百恵サンに成長するのは仕方のない話といえる。 だが、「フォーエバーフォーク」 の百恵チャンを知っている身としては、のちにやたらと神格化されていく百恵チャンを見るのは、決して愉快なことではなかったと白状する。

 これは個人的な妄想なのだが、私の好きだった百恵チャン、百恵チャンの少女時代と言い換えてもいいが、それは 「赤い疑惑」 で百恵チャンが演じた白血病の少女、大島幸子が死んだとき、一緒に死んだのだと思っている。

 「フォーエバーフォーク」 の百恵チャンは、その少女時代の最後の無邪気さを、まばゆいばかりに燃焼しつくしたのだ。

2009年2月16日 (月)

「天地人」 第7回 地震なんて起きんじゃねーよッ(怒)

 「天地人」 本編の話ではありません。 ちょっとはしますけど。 まず別の話から。

 第7回 「母の願い」 では、妻夫木クンと母親役の田中美佐子サンの今生の別れを描いた回だったんですが、
 最も盛り上がる、田中サンがこと切れる瞬間、
 あろうことか、
 「東北地方に震度4」 の地震速報が、入ったのです(NHKBSハイビジョンの話です)。

 くっそー、タイミングよすぎ(笑)。

 それからしばらく、妻夫木クンの号泣とか悲しみのシーンのあいだじゅう、地震速報の乱れうち。
 そりゃ、地震に遭われた青森地方の方々には、お見舞い申し上げますなんですけど。

 そのとき奥入瀬の地名がひらがなに変わったことを、初めて知りました。
 なんでひらがなになるんじゃ~っ(怒)。
 あんな美しい地名を。 ひらがななんて!
 私は、読めない地名がひらがなになるのを常日頃から苦々しく感じている人間なのであります。

 本編の話もちょっとすると。
 またまた先週に引き続き、いきなりあたりが暗くなる演出でしたが。
 その暗がりのなかに、赤いモミジがしんしんと落ちてゆくのは、番組最後の 「天地人紀行」 に出てきた漆塗りの器のようで、とてもきれいでした。 まあリアル感は、失われますけど。 でもこういう美しい演出なら、こういうのもありかな、と。

 追記 「天地人」 も、このころはまだ、かろうじてちゃんとしてたような気がします…。

2009年2月15日 (日)

なぜ今もビートルズが人気なんですか?

 今日(2009年2月15日)、毎日新聞の子供質問箱のコラムで、表題の質問が小学校3年生から寄せられていた。

 なぜ、今もビートルズが人気なんですか?

 回答者の毎日新聞編集委員、玉木研二サンは、彼らが努力したことや、既成の概念を打ち破ったことなどを理由に挙げていたが、ビートルズファン当事者の私としては、どうもしっくりこない。

 まず、ほんとうに今もビートルズって、そんなに人気があるのだろうか、という疑問がある。

 この質問をした小学3年の子供は、周囲にビートルズファンの大人がいるからそういう質問をしたのだろう。
 でもその数って、せいぜいひとりかふたり、ってとこじゃないだろうか。
 それで、そのひとりかふたりののめりこみようが尋常ではない、といったところだろうか。

 正直なところ、ビートルズが人気がある、というのは、ごくごく内輪の話、という気がしてならない。
 大半の人々は、昔ならレコードの赤盤青盤、今ならCDの 「ビートルズ1」 程度の認識しか持ち合わせていない。
 それをもって、ビートルズが今も人気がある、というのはどうも違う気がする。

 それを承知の上で、なぜビートルズが今も人気なのか、ファンのはしくれとして、オジサンが答えてあげましょう。

 曲がいいからです。 オワリ(笑)。

 それだけじゃあまりにもそっけなさすぎなので、補足説明をいたしましょう。
 曲がいいという理由以上に、彼らが4人とも非常に人を夢中にさせる、魅力のある人物だから、というのがあります。
 その魅力ある4人の若者が、1960年代、世界の頂点に立ったのです。
 世界の頂点に立った4人の若者は、その地位に甘えることなく、自分たちの専門である音楽だけでなく、ファッション、思想に至るまで、若者の先頭に立って、文化を変革し続けたのです。
 そして、その世界の頂点に立ったグループが、1970年、ケンカの末に別れたのです。
 この物語じたいにも、人をひきつけてやまない原因があります。
 
 簡単に言えばそういうことだ。
 しかも、この物語には続きがある。
 正確に言えば、メンバーのひとりであったジョン・レノンが暗殺されるまで、ビートルズの興味深い歴史は続くのだ。

 私が長いことファンをやっていてつくづく思うのは、ビートルズというのは、底が深すぎる、という点だ。
 ほかのどのロック・ミュージシャン、いや、ロックに限らずすべての文化、と言ってもいいだろう、どのアーティストと比較しても、ここまで底が見えない対象は存在しない。
 ビートルズだけで、ゆうに学問のひとつが成立してしまうほどに。
 ただ、その入り口は、最初に述べたとおり、曲がいいという事実なのだ。 そこに、初めはみんな魅せられる。
 その成立条件として必要不可欠だったのが、稀代の作曲家であるポール・マッカートニーと、稀代の思索者であったジョン・レノンが、パートナーを組んだという奇跡である。
 ビートルズが今もって人気がある、というのは、このふたりが織りなす友情とその破綻の物語が、磁力の中心にデン、と居座っているからなのだ。

 お分かりいただけましたでしょうか?

2009年2月14日 (土)

「ありふれた奇跡」 結構笑えます

 見ましたか、「ありふれた奇跡」 のアレ。

 アレって、アレっスよ(笑)、岸部一徳サンと風間杜夫サンの女装姿。 前々回の話になってしまいますが。
 このふたり、女装クラブで知り合ったらしいのですが、んまーなんつーか、キモワル全開の女装っぷりで(笑)。 特に岸部サン(笑)。
 その格好で、何と繁華街を闊歩するんですよ。

 当然ながら、道行く人はみんな振り返る。 女子高生のウケっぷりは、まるで演技とは思えませんでした。 初めはオドオドしていたこのふたり、見られることがだんだん悦びになってくるみたいで。
 もう、笑い転げました。
 山田太一サン、こうなるともう、明らかに狙ってますね。

 この岸部サンと風間サン、偶然付き合い始めた仲間由紀恵サンと加瀬亮クンの互いの父親なんですよ。 いやー、あり得ないです。 なんで知り合いなんだーっ、しかも女装趣味の知り合い。
 でもここまで 「あり得なさ度」 が凄すぎると、却って快感になってきます。

 ただしあまりにもそれが笑撃的だったので、そこだけミョーに浮いちゃって。
 だけど、あとになって岸部サンにそのときの気持ちを吐露する風間サンの話は、説得力に満ち溢れていたなあ。
 見栄も外見もかなぐり捨てて、こんな恥ずかしい姿で街中を歩くなんて、お前らにできるか、って見せつけてやりたい気持ち。
 だからって気持ち悪い女装姿で街を歩いてやろうだなんて、私も思いませんが、少なくとも私たちは、他人の目を気にして、みっともない姿で人ごみのなかに出ようとしたりしませんよね。 それが世間の常識ってものですけど、一方で、他人の目を気にして武装をしている息苦しさ、というものは誰もが持っているのではないでしょうか。

 しかし、風間サンのほうは、初めてのこの経験が、クセになってしまったみたいで、岸部サンに 「もう一回やろう」 って。
 これも笑えますが。
 このドラマ、このほかにも、笑えるところが多いですよ。 松重サンが自分の子供の絵を、ホントは誉めてもらいたいのに、強がりながら加瀬クンに感想を強要するところとか、風間サンと井川サン親子の丁々発止のやりとりとか。
 あり得ネエ、なんてバカにして、このドラマを見ないなんてもったいない。

2009年2月13日 (金)

週刊現代が 「あしたのジョー」 を復刻連載って…

 週刊現代が、来たる3月から 「あしたのジョー」 を復刻掲載するらしい。

 この週刊誌は講談社だから、たいした権利上のややこしいことは発生しないのだろうが、その掲載理由がふるっている。 「今は景気が悪いので、このマンガを読んで元気を出してもらえれば」 っつー、大雑把にいえばそういう理由なのだが、週刊誌、ほかにやるこたないのかよ、と言いたくなる。

 そりゃまあ、どこかの信用できない連中の話を針小棒大に採り上げて、あげくの果てに訴えられて、結局証言には信憑性がないとか断罪されて、慰謝料払って謝罪広告出して、なんてのよりはマシだが。

 もし、講談社の編集部が、「登場人物の生きざまに照らし合わせて、読者に力を与えられれば」 と考えているならば、そりゃ、初掲載時そのままのセリフでいくべきだろう。

 ここ数年発売されてきた 「あしたのジョー」 のフォーマットは、どれもこれもが差別用語の撤廃という、いわば 「ホネなし」 状態に甘んじてきた。
 「言葉狩り」 という、なんだかコワーイ論議に引きずり込まれそうな話になってしまうなあ。 が、私個人の暴論ととってもらっても結構だが、その差別用語なんかを無理に言わないように強制させても、差別意識自体がなくならなければ、単なる建前に陥ってしまうように思えて仕方ないのだ。

 私は、「あしたのジョー」 で改変されてきた差別用語に、人を罵倒する言葉として、連載当時を生きていた人々の憎しみ、怒り、さらには変形した連帯感のようなものを感じる。 誤解を恐れずに言えば、それは当時の人々の生きる力のひとつだったようにも思えるのだ。
 それをそのまま掲載することで、「読者に力を与える」 手助けの何割かを担うことができるのでは、と思う。

 「あしたのジョー」 だけに限った話ではないですがね。
 マンガっていうのは、昔は、いかがわしい媒体だった。 だから奇形もどきの登場人物や、他人を侮蔑するような差別用語にあふれていた。 それをさわりのいい上品な言葉に改変すれば、当時を生きた人々の、じめじめと湿った差別意識を味わう機会を奪ってしまう気がするのだが。

 手塚治虫氏のマンガで近年発行されるものには、そこらへんの差別意識をきちんと断りを入れて、当時のまま収録したりしている。 言葉についてはどうか知りませんけどね。 たとえば、黒人やネイティブアメリカンを描く際、手塚氏はやはり当時のステレオタイプで表現しているが、それはそれで時代の雰囲気を味わうひとつの手立てにはなる。
 BS11で再放送されていた 「ウルトラマン」 でも、差別用語が出てくる回は初めに断りのテロップが出ていた。 断りを入れればそれでいいのか、という問題でもないが。

 要するに、差別用語の改変、という出版社の作業には、一方では信用性の薄い情報を垂れ流しにして、結局慰謝料を払う破目になるような強情な面を持ちながら、差別用語に関してはやけにひよっている、という印象を抱かざるを得ないのである。

 やってよね、そのまんま。

2009年2月12日 (木)

「天地人」 の舞台チックな演出

 NHK大河ドラマ 「天地人」 を見ていて思うのだが、このドラマってリアルさを回避しようとしている感じがする。

 第6回の放送でも、妻夫木クンが母の形見を持った敵の兵士を討とうとしたシーンや、味方が自分の主君の幼名を犬につけていたのを憤るシーンでは、いきなりあたりが暗くなって、そこにスポットライトが当たる。
 長澤まさみチャンが現れるシーンでは、やはり変な照明の仕方で、画面がストップモーションみたいになるのだ。
 まるで、妻夫木クンと長澤まさみチャンの演技を信用していないような演出ぶりである。
 しかも、この暗がりにスポットライトが当たる変なライティングは、まるで舞台の演劇を見ているような、急に現実感がなくなるような、夢のなかのシーンなのかと勘違いしてしまうような錯覚を引き起こす。

 別にこんなことしなくてもいいのに。
 まあ明らかに、斬新な見せ方を狙ってやっているんだろうが。

 正直なところ、妻夫木クンの演技は実直で、ひねくれたところがなく、面白みに欠けるところはある。
 だけどこんな形で、それを補わなくても、彼はちゃんとやってますよ。

 私が見ていて引っかかるのは、妻夫木クンの主君である、北村一輝サンかな。
 この人、悪人顔だと思うんですけど。
 「北条時宗」 での平左衛門尉の演技があまりに強烈だったので、そのイメージを引きずっている私の方が悪いのだろうが。

 いや、もっと引っかかるのは、秀吉役の笹野高史サンが、ヤケにトシ食い過ぎてるってことかなあ。 じっさい信長よりは年上だったけど、あまりトシが離れてないんだよなあ、秀吉って。 これじゃ信長役の吉川晃司クンのおじいさん役か、みたいな。 近頃の大河ドラマって、特殊メイクをちっともしないけれども、この場合は、笹野サンにシワ取りメイクでもした方がいいような…。

2009年2月10日 (火)

ストーリーテラーとしての手塚治虫

 言わずと知れたマンガ界の巨人、手塚治虫氏。
 没後20年がたって、NHKなどではヤタラメッタラ特集を組んでいる。

 手塚氏のマンガは、現代マンガのほぼおおもと、源流である。
 そのため21世紀のマンガに親しんできた若い人たちにとっては、絵も話も古臭く思えることだろう。
 いや、すでに私が子供のころは、手塚マンガは 「昔のマンガ」 の代名詞みたいなイメージが定着していた。

 私がものごころついた時、すでに 「鉄腕アトム」 は大昔のマンガであり、「悟空の大冒険」「マグマ大使」「ジャングル大帝」 をかろうじてテレビで見る程度だった。
 当時のガキンチョにとってみれば、手塚マンガというのは、いかにもマンガマンガしていて、だっせーな、という目で見ていたことを否定はできない。

 そんな、当時はすでに 「終わっていた」 と思われていた手塚氏が不死鳥のようによみがえったのが、少年チャンピオンで連載が始まった 「ブラック・ジャック」 だった。
 私がこの作品で驚いたのは、まず、主人公であるブラック・ジャックが受け取る、報酬の基準が分からない、という点だった。
 そして何より打ちのめされたのは、たかだか20ページにも満たない1話完結の話なのにもかかわらず、濃密に計算されつくした、物語の凄さだった。
 ほかのマンガ家ならば、この1話で作品1本作ってしまうであろうという濃さである。

 この作品で、手塚氏のストーリーテラーとしての手腕にほとほと感服した私だが、その後、「火の鳥」「アドルフに告ぐ」 などの作品を読み進めていくに従って、この巨人の精神世界のあまりの果てしなさに、どうしてここまでできるのか、今もってまったく理解不能と片付けるほかはない。

 手塚氏の凄いところは、複雑で難解な物語を実に分かりやすく読ませるところだろう。
 ヤケにマニアックな分析を見ている側に強いてくる現代の多くのSF作品は、手塚作品の数万分の一でもいいから、見習うべきである。
 ぐいぐい読ませるには、マンガを読んでいる途中で、えっ、それってどういうことなの?と前のページを手繰ったり、枠外に難解な訳注を付けているようでは、駄目なのだ。 ってちょっとどのマンガのことを言っているのか分かりやすすぎ? 確かに、ワケ分からん、と言いながらぐいぐい読んでいく快感というものもあるこたあるが。

 手塚氏のマンガに顕著なのは、明確なテーマを、物語を作る前にきちんと決めていることだ。
 と言うより、手塚氏の追い求めるテーマというのは、究極的には 「生命」 という一点に絞られると考えていい。
 主題がはっきりしているから、物語がラストシーンに向かってきちんと収束していく。
 今のマンガには、あまりそれがない。
 それは、編集者の都合でラストの時期を勝手に決められるからではないか、と私は思っている。
 「ドラゴンボール」 がいい例だ。
 人気が出れば、たとえ鳥山サンが終わりたいと思っても、無理やり続けさせられる。

 それらの不幸なマンガ家たちに比べれば、手塚氏は巨匠であったがゆえに、自分の好きなようにラストを決められる、というメリットがあったかもしれない。
 だが、人気がなくて打ち切りになってしまうならともかく、マンガ家が、その作品に込めた思いというものが、熱くて強いものであれば、きちんとラストに向かって、物語は収束していくはずなのだ。
 面白けりゃそれでいいんだ、とか、人気が出りゃなんだってアリ、みたいなスタンスで描かれているマンガは、結局その場限りである。

 手塚マンガが、今なお多くの人々の尊敬を持続しているのは、手塚氏が言いたかったことが読者にちゃんと理解され、なおかつその主題が普遍的なものである、何よりの証拠なのだ。

2009年2月 9日 (月)

新参者を相手にしていない 「仮面ライダーディケイド」

 平成仮面ライダーシリーズ10周年の集大成だという 「仮面ライダーディケイド」。
 正直言って私は 「仮面ライダー電王」 から見始めたので、初回からほとんどついていけてない。
 最初のシリーズ 「仮面ライダークウガ」 から見ている人たちには、何倍も楽しめる作りになっているようなのだが。

 私がどうして 「クウガ」 から見ていなかったのかといえば、今さら仮面ライダーでもないだろう、というオッサンの論理に負けてしまったのと、実際にちょっと見たとき、大人向けなのか子供向けなのか、ずいぶん中途半端に見えたので、見なくていーや、と判断したことが、主な理由だ。

 それから何シリーズもあったようだが、一度見なくていーやと決めてしまえば、よほどのことがなければ見ようとは思わないものだ。 だいたい、外野で聞こえてくるのは、主人公がイケメンで奥様方に大人気、であるとかいうレベルの話ばかり。 ムサいオッサンにしてみれば、ケッ、てなもんである。

 それがどうして 「電王」 から見始めたのか、というと、「史上最弱の仮面ライダー」 「電車に乗る仮面ライダー」 という宣伝文句に引っかかったせいである。
 見てみると、佐藤健クン演じる主人公のあまりのヨワヨワぶりが面白く、その彼がモモタロスとかに憑依された時の豹変ぶりも面白く、キンタロスやデネブというほかのキャラも秀逸で、デンライナーという電車に乗って敵を倒すという発想の斬新さにも打ちのめされて、話自体はなんだかよく分からなかったが、結局最後まで見てしまった。
 考えてみれば、昭和の仮面ライダー(私の場合 「アマゾン」 まで)を見ていた世代からすれば、「電王」 の世界はまさに驚天動地だった。 コンセプト的にも、まるで別物である。

 いったん見始めてしまうと、次の 「仮面ライダーキバ」 も惰性で見てしまう。
 それで、今度の 「ディケイド」 も惰性で見出したのだが。

 この 「ディケイド」、私のような平成仮面ライダーの新参者を相手にしていない。

 ライダーのデザイン的には、キバに比べると相当ダサいのだが、私のような昭和の石ノ森章太郎フォロワーにとってみれば、これぞ石ノ森的デザインだといえる。 イナズマンとかを思い起こさせる、アナログ的な懐かしい面構えである。

 なのに、話のほうはまるっきり現代的で、クウガの話が分からなくてもついていける、という親切なところがあまり見受けられない。
 今週の話でクウガの世界は問題解決したようだが、何となく話は分かるけれども、パラレルワールドのそのクウガの世界が、なんで危機から脱したのかがいまいちピンとこないのだ。 クウガは 「ディケイドが本当の敵だ」 と、帽子をかぶった謎のオッサンから教えられていて、途中ふたりは激しい戦いをするにもかかわらず、結局仲直りしたような格好で終わってしまうし。
 だいたいテンポがよすぎて考えてるヒマがないし。
 大人の私が分からないのだから、子供はもっと分からないだろう。

 主人公に感情移入できないというのもつらい。
 「電王」 から見てきた私にとっては、初めての強気な主人公なのたが、「笑いのツボ」 とか、あまり俳優の演技力のなさを暴露してしまうような設定はやめたほうがいいと思うのだが。 まあそのうち演技力も向上するのだろうと思いながら見ているが。

 なにしろ、たかだか30分の番組なのに、見終わるたびに置いてきぼりを食らわされたような気分になる。 なんで見続けるのかといえば、「電王」 と 「キバ」 のエピソードを待っているからだろう。 それしか知らないので。
 でも私がこれを見続けようと思うのは、やはり仮面ライダーがいろいろ出てきてゴージャスさを感じるからだろう。
 昔っから、ウルトラ○兄弟とか、マジンガーZ対グレートマジンガーとか、ヒーロー勢ぞろいものには、からっきし弱いのであった。 チャンチャン(笑)。

2009年2月 7日 (土)

第2の 「イマジン」 になり損ねた 「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」

 ジョン・レノンが凶弾に倒れてしまったため、未完成のまま遺作としてリリースされた 「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」。

 ドラムマシーンの機械的なリズムをバックに、ピアノを弾きながら歌われる、ジョン最後のバラードである。

 この曲は、極めて不本意な成り立ちを経てきた。

 ホームレコーディングだから仕方がないとはいえ、音はかなりオフで、ジョンのヴォーカルも100%とは言い難い。 しかもこの曲自体がかなりキイの高い曲なため、ジョンも半分ファルセット(裏声)で流しているようなところがある。
 ジョンの作品は、このような未完成のヴァージョンにも味わい深いものが多数存在するが、この 「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」 という曲は、完成されたレベルで世に出なかったために、ジョンのファン以外の人々にちゃんと聴かれてこなかった気がしてならない。

 また、この曲はこのデモ・テープレベルで充分鑑賞に堪えるのに、あろうことか 「ジョン・レノン・アンソロジー」 のなかで、ジョージ・マーティンの手によって、ヤケに甘ったるい曲にアレンジされてしまった。
 オノ・ヨーコはジョージ・マーティンだからという安易な考えでこの曲を彼に預け、「アンソロジー」 のウリのひとつにしようと考えたのだろうが、正直言ってとてもほめられた出来ではなかった。

 マーティン氏のこのデモ・テープに対するアプローチで何が駄目なのかというと、ジョンのヴォーカル部分だけを取り出した、というところがまず第一に挙げられる(「リアル・ラヴ」 でも同じことがスリー・ビートルズとジェフ・リンによってなされた)。
 デモ・テープだから、ジョンのヴォーカルと伴奏のピアノの音は切り離せるはずもなく、ヴォーカルが聴こえるときだけピアノの音も一緒に聴こえ、ヴォーカルとヴォーカルの間はピアノが聴こえない、という極めて不自然なことになってしまった。
 この曲のピアノ伴奏は決してあなどれない。 そこをぶった切ったマーティン氏のやり方には、疑問を覚える。

 第二に、オーケストラのアレンジがムード音楽並みのヌルさだ、という点だ。 「イエスタデイ」 や 「ワーラス」 の先進的なアレンジをしたマーティン氏衰えたり、の印象がどうしてもぬぐえない。 マーティン氏はあの時点ではすでに引退した身だったとはいえ、それはそれで悲しくなったものだ。 しかし引退って言っても、ちょこちょこ出てきてるけど。

 こんな成り立ちだから、「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」 は、ジョンの曲のなかではあまり有名な部類に入らない。 「隠れた名曲」 扱いというか。
 しかし、この曲をその程度の知名度にしておくのは、実にもったいないと私はずっと思ってきた。
 この曲は、ジョン・レノンの代表作のひとつになりえる曲だ。

 ピアノ弾き語りのバラード、という点で、「イマジン」 とかぶるようなところもあるが、「イマジン」 がグローバルな視点で語られるのに対し、「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」 はパーソナルな視点だ。 結婚式に歌われるような歌を作りたい、という目的で作られた曲だが、そこには、「イマジン」 に負けないくらいの普遍性が潜んでいる。

 だが、この曲にとって不幸だった最大の理由がある。

 この曲が、「ぼくと一緒に歳をとっていこう」 という内容の詩だったからである。

 この曲がリリースされた1984年当初から、私はこの曲を聴いてむなしくなる、という友人やファンの声を、たびたび聞いてきた。 「いっしょに歳をとっていこうって言っても、ジョンはもういないじゃないか」、という声である。

 だが。
 あの曲を初めて聴いてから25年という月日がたったが、私自身は、ジョンと一緒に歳をとってきたつもりだ。
 陳腐な言い方だが、ジョンは、死んでもなお、私の心のなかで、生きつづけているのだ。

 最後にひとつ。
 この曲のピアノ伴奏で秀逸なのが、ラストでGからGmに一瞬転調するところだ。
 基本の音を一瞬マイナーにすることで、このゆるぎない幸福な曲に一瞬、不安がよぎる。
 それはジョンが間もなく遭遇する悲劇を予感させるものだ。
 私はほかにも同様のことをこのブログで書いてきたが、ジョンの死には、さまざまな予兆があった気がしてならないのだ。 自らの経験も含めて。

2009年2月 6日 (金)

二子玉川園と多摩川園のハナシ

 ローカルな昔話をひとつ。

 二子玉川園という遊園地に、子供の頃親に連れられて、よく通っていた。
 東急二子玉川園駅(現在の二子玉川駅)から、歩いて数分のところに、その昔あった遊園地である。 
 これともうひとつ、玉堤通りを結んで、現在で言うところの東横線の多摩川駅には、多摩川園という遊園地もかつてあった。 このふたつの遊園地には交互に行っていた記憶がある。
 そんなこともあってか、現在も玉堤通りを走っている二子玉川-多摩川間の東急バスの路線は、私にとっていまだに甘い思い出の残る、特別な路線だ。

 子供心には、多摩川園よりも、当時絶大な人気のあったウルトラマンのアトラクションがあった二子玉川園のほうが、行きたい遊園地だった。
 半円をぐるりと囲んだような、特徴のある屋根の、プレハブっぽい緑の建物があって、そこではお化け屋敷みたいなこともしていたが、ウルトラシリーズの怪獣の着ぐるみとか、いろんな展示とかをしてたような記憶がある。
 怪獣の着ぐるみには一種独特の匂いがあって、塗料と、着ぐるみを着ていた人の汗が混ざったような、そんな匂いだった。 その匂いがたちこめる建物内部は、ガキンチョの心をたちまち別世界にいざなってくれたものだ。

 なぜウルトラマンと二子玉川園が結びついていたかといえば、たぶん円谷プロが近かったからだろう。
 ウルトラシリーズのクレジットを見ていると、キヌタラボラトリーという会社(?)が出てくる。 世田谷区砧にあったんだろう。 近所の用賀には、東宝関係の建物もあるし、世田谷区のたまがわ地区というのは、円谷プロのゆかりの土地のようだ。

 二子玉川園は、入口の門をくぐると、しばらく動物の檻が続く。 キジとかウサギとか。 動物園ほど大した動物がいるわけじゃなかったが、それが言わば前フリみたいな感じで、高揚感が高まっていく構造だった。

 昭和50年頃だったか、その動物の檻を抜けた通路の左側に、トランポリン場ができた。 屋根なしの吹きっさらしなのだが。 これが楽しみで楽しみで。 子供っつーのは、ベッドの上だろうがなんだろうが、飛び跳ねるのが大好きなのだ。
 いろんな跳び方、みたいな説明書きがあって、試しまくったっけなあ。
 今の過保護な親からすれば、危ないから廃止しろとか言われそうなアトラクションだったが。
 ぴょんぴょん飛び跳ね続けて、制限時間があっという間に来て、トランポリンから降りたときの、体の重さといったら。 足がガクガクして、しばらくまともに立っていられなかった。

 観覧車にもよく乗った。 ユーミンの歌にも出てくる、アレである。
 ゴーカートも、多摩川園のやつよりこっちのほうがよかった気がする。 確か、多摩川園のほうは、レール付きで、自由度がなかったと思うのだが。
 一番はずれのほうにジェットコースターがあって、当時としては怖かった。 現在の絶叫マシンとは比べるべくもないが。 最初のリフトをぐんぐん上がっていくと、当時出来てから間もなかった第三京浜が見えて。

 遊び終わって遊園地を出ると、バスのロータリー前に 「ふくや」 という食堂があって、そこでラーメンとか、よく食べた。 ラーメンっていうのはガキンチョにはまだ多めの食べ物で、エライ思いをしながら食べた記憶がある。
 その 「ふくや」 も、再開発のなかに消えた。

 多摩川園は、ガキンチョにはちょっと怖めの乗り物が多かった気がする。 特に、名前は何と言うのか、でっかい円筒形のはじっこに立ったままベルトを着けられてぐるぐる回されるやつ。 あれ、怖くて結局一度も乗れませんでした。 今度行った時は絶対乗ってやろうと思っている間に遊園地自体がなくなっちゃいましたし。
 スリラーカーとかいうのもあって。 あれもいい加減怖かった。
 それで結局ヌルいアトラクションばかり選ぶのだが、ビックリハウスって言ったっけなあ、なんか平衡感覚がなくなるの。 大してぐるぐる回っているわけでもないのに、凄いブン回されているような錯覚に陥るやつ。 中に入ると鏡だらけの小屋もあったよなあ。 あれがビックリハウスって言ったんだっけ?
 それにしても、この多摩川園、やはりウルトラマン関係がないというのは、ちょっとさびしい気がしたものだ。

 この、近隣にあった二つの遊園地、今見たように結構差別化がされていたと思うが、時流には逆らえず、ずいぶん前に姿を消した。

 それにしても、そんなにしょっちゅうではなかったにせよ、近所にふたつも遊園地があって、そのために結構散財させてしまった私の親のことを考えると、あらためて有難かったなあと、頭が下がる思いがするのだ。

2009年2月 5日 (木)

「鉄腕バーディDECODE:02」 もう、あともう一歩

 BS11で第2シリーズが始まった 「鉄腕バーディDECODE」。

 同時にテレビ神奈川(とは言わないのかもう、TVKか)やTOKYO MXテレビで展開しているが、TVKなどはごていねいにも、デジタル放送なのにもかかわらず、アナログサイズで横長放送しているため(分かります?)、横4:縦3画面で上下をぶった切った設定で見ていると、画面がムチャクチャ小さく見える。 

 だから私はBS11で見ているのだが、この 「鉄腕バーディ」、ほかのアニメみたいにアニメアニメしていないのがいい。 原作は 「パトレイバー」 のゆうきまさみ氏。 ただ、このシリーズは原作とは違うストーリーらしい。 原作も、リメイクしてたりしていて、結構複雑な成り立ちのようだ。

 ゆうき氏にしてもそうだが、少年サンデーをはじめとする小学館のマンガは、「小学館顔」 とでもいえる画風が存在する。 言ってみれば、ヤケに優等生っぽいのに、写実的でない、というのが特徴か。 クセのある、人によって好き嫌いが分かれるような、毒々しい顔っていうのがまず出てこないのだ。 悪役は別だけど。
 少年ジャンプや少年マガジンでもてはやされる顔って、まず小学館のコミック誌には出てこない。 昔はジャンプとマガジンも違う画風だったけど、結構近づいてる。
 最近は知りませんけど。
 読まないんだなー、最近、マンガ。

 この 「鉄腕バーディDECODE」 は、マンガとはストーリーが違うとはいえ、話的にも優等生的な小学館ぽい作りだ。
 何が優等生的かというと、女主人公バーディのコスチュームがヤケにエロい癖に、ちっとも色気を感じないところ(笑)。
 そのバーディと身体がシンクロしている千川つとむという高校生も、こいつこんな過激なコスチュームの女と一体化してるのに、性欲はないのかっ(笑)、と言いたくなるところ。

 ただ、話が優等生、というのは、設定がきちんとしている、という点で安心して見ていられる側面もある。
 リュンカという 「なんかとんでもないもの」 によって壊滅状態となった、六本木地区だかの避難民をきちんと描いているし、主人公たちだけが普通の人々と乖離して、自分たちだけの世界でチーチーパッパしていない世界観は、素直に評価できる。

 動画テクニックも職人技を感じさせるところがある。
 ただ、戦闘シーンなど、ちょっとその職人技にこちらがだまくらかされてるかな、という気がしないでもない。 最近ではデジタル処理でスピード感を強調したりするのが普通なのに、わざと残像をギザギザの線で見せたり。 一枚一枚の絵も、そう来たら次はこうじゃないでしょみたいなところがあって。 でもちゃんと動画として見せちゃう。
 要するに、1秒間の中で印象的なカットを2枚入れれば、あとの絵の動きはテキトーでいい、というところが見えるのだ。 これって、バーディの動きが常人ではないことを表しているようにも見えるが、よくできた絵の残像でいいようにごまかされているようにも見える。 なんかマニアックな話でしょうか。

 そんな、動画の職人技とかにはぐらかされている感じが、「鉄腕バーディ」 というアニメには全体的に漂っている。 ストーリー的にも、設定的にも。
 うまくて、安心して見ていられるんだが、なんかちょっと突き抜けてない、っていうか。
 そこまでできるんなら、もっと上を狙えるんじゃないか、というような。
 及第点なのに、なんか物足りなさが残る、というか。

 たかだか数%の不満のためにまるで全部が駄目みたいなことを書いているようだが、けっして駄目な作品ではない。 むしろ、最近のアニメ作品のなかでは、マニア受けだけにとどまらない、普遍性を持っている優れた作品だと言っていい。

 どうも私自身の性格が悪いせいか、いい作品までけなしちゃいますね。 こういう性格、直さなきゃいかんなあ。

2009年2月 3日 (火)

意外とゴージャス好きなジョン・レノン

 「ジョンの魂」 略してジョン魂(タマ)のインパクトがあまりに強烈だったため、ジョン・レノンという人はシンプルなアレンジを好む人のように思われがちだ。

 だが私は、ジョンは結構ゴテゴテアレンジが好きな人だったという解釈をしている。
 と言うよりも、アルバムをラフな形で発表することを嫌う人だったのではなかろうか。 「ジョンの魂」 というアルバムは、その点で非常にレアケースなのだと、私は考える。

 ビートルズ時代には、ポール・マッカートニーという超のつく完璧主義者がいたために目立たなかったが、ジョンもかなりの完全主義者に見受けられる。 ビートルズのアルバム中、最もラフな作りを目指したと思われるホワイトアルバムにしても、明確にラフにしようという意気込みが見えるのだ。 その点では、完璧を目指しているといえる。

 「レット・イット・ビー」 に関しては、バンドの状態がメロメロだったので完璧にはほど遠いが、ジョンとジョージはフィル・スペクターにアレンジを依頼し、より完全な状態に仕上げてから世の中に出そうとした。 たとえそれが、当初の制作意図からかけ離れたものだったとしても。 私はそこに、ジョンの完璧志向を読み取るのだ。

 ということは、「サージェント・ペパー」 にせよ、「マジカル・ミステリー・ツアー」 にせよ、ジョンは生前あまりほめることをしなかったが、実はアルバムの出来じたいには結構及第点を与えていたのではなかろうか。 あとからごちゃごちゃ文句をつけるジョンは、その点であまりフェアではない気がする。 ゴーサインを出すことをジョンが渋れば、ちゃんと作りなおされるにきまっているのだ。 「ストロベリー・フィールズ」 だってリメイクをしたではないか。

 要するに、ジョンがあのサイケ時代のアルバムをこき下ろすのは、自分たちの作った曲にろくなのがなかったという反省の裏返しなのだと、私は思うのだ。
 そのどうでもいいレベルの曲を、サイケ調のゴテゴテしたアレンジでごまかしてしまったという後悔が、ジョンにはあったのではなかろうか。

 ここで重要なのが、ゴテゴテアレンジに仕上げた段階で、当時はジョンも納得して世に出した、という点だ。 それを本人が後々になってこき下ろすから、ジョンはゴテゴテアレンジが嫌い、というイメージが定着したようにも思える。

 だが、ジョンがシンプルなアレンジをしたのは、後にも先にも 「ジョン魂」 だけなのである。

 「ジョン魂」 以外のジョンは、ホーン・セクションやら、オーケストラやら、結構きちっと全体を締めてかかっている。 「ウォールズ・アンド・ブリッジズ」 のアレンジがオーバープロデュースなどとよく批評されるが、ジョンのアルバムをトータルでちゃんと聴けば、そんなに突出してゴテゴテしすぎ、とは言えなくなると思うのだが。
 もちろん、私も 「ウォールズ…」 はほかのジョンのアルバムに比べれば音が多いとは思う。
 だが、それは、彼がヨーコと別れてマッチョな自分を無理に演出しようとしている悲壮さの裏返しなのだととらえれば、オーバープロデュースがいかん、などという考えにはならない、と思う。 却って、失われた週末時代のジョンの痛々しさを、味わうことができるではないか、と。

 ジョンのソロ時代の曲、特にアルバム 「イマジン」 以降の曲をバンド・コピーしようとすると、意外に難しいことに誰もが気づくに違いない。 それは、ジョンのアレンジが、細部にわたって音の多い作りになっていることの表れだ。 しかも、どうやって録音しているのかは分からないが、アルバムの雰囲気に近づくのは、結構至難の業だ。 「イマジン」 のピアノの音など、どうやったらああいう音になるのだろう。 どこかで読んだことがある表現だが、まるで隣の部屋で鳴っているようなピアノの音なのだ。

 ジョンは、自分の作品を最高の状態で世の中に出すことに、徹底してこだわったのだ。 やはり、プロフェッショナル意識が、並大抵の人ではなかった、と言えよう。

2009年2月 1日 (日)

「タモリ倶楽部」 スペシャルに見る、牙を抜かれたテレビ

 テレ朝50時間テレビ 「今夜だけ!タモリ倶楽部スペシャル」 を見ました。

 進行役はテレ朝アナウンサーの勝田サンと下平サン。 下平さやかアナは、私ずいぶん久しぶりに見ましたが、オバサンになりましたですね。 それはさておき肝心のタモリサンが出てこない。 まあ、内容が大昔のものですから。 自分の大昔の映像を見てコメントする気がないんでしょう。 かえってタモサンらしいです。

 けれども、大昔のVTRを見て、タモリサンが出演をためらうのも分かる気がしました。
 結構わざとらしいんですよ。
 言い方を変えると、作ろうとしているところが見える、というか。

 これは、現在の 「タモリ倶楽部」 から見ると、相当スタンスが違います。
 以前にも書いたんですが、現在の 「タモリ倶楽部」 というのは、あくまでニュートラル感覚の番組だと思うんです。
 いい加減なプロットがまず前提にあって、そこから何か面白いことが見つかればいーや、というのが、現在のこの番組が持つ大筋の性格ですよね。
 ところが、大昔のVTRを見ているうち、なんだか 「タモリ倶楽部」 って、同時期にタモリ氏が日テレでやっていたミュージックエンターテイメント的番組、 「今夜は最高!」 の派生的な番組だったんだなあ、という気がしてきて。
 作り込もうという意欲に満ちているんですよ。
 それが、今こうして見てみると、結構ウザい(笑)。
 番組開始当初から見ていたはずなのに、結構忘れているもんですね。

 逆に言えば、「毎度おなじみ流浪の番組」 というコンセプトが長年かかってたどり着いた落とし所が、現在の 「タモリ倶楽部」 なんだと思います。

 それにしても、山田五郎氏とやっていたお尻のコーナーも、今回のスペシャルでやっていましたが、それ以外にも、昔はずいぶんきわどいことをやっていた気がします。 いや、気がするどころか、実際相当きわどかったですね。 「空耳アワー」 でも、昔はきわどい内容のVTRが平気で流れていました。
 いやいや、「タモリ倶楽部」 だけじゃないですよね。 昔の深夜番組は、全体的に相当きわどかった。 何がきわどいって、エッチ度が(笑)。

 今 「タモリ倶楽部」 でその過激さが残っているのは、オープニングだけですね。
 このお尻のオーディションなんかも、昔はしばしば番組内でやっていた気がしますが、今はさっぱりやりません。
 これは 「タモリ倶楽部」 に限ったことでなく、テレビというメディアが、過激さを自重することで、去勢され、その牙を抜かれていった過程のようにも、私には思えます。

 私は、テレビというのは、そんなにごたいそうに上品ぶる必要のないメディアだと思っています。 特に深夜番組。 昔はオッパイなんか平気で出していました。 それがいいことか悪いことかの論議は譲るとして、過激なことが自粛されるという昨今の放送の在り方については、疑問を呈さざるを得ません。 すべてが予定調和で進行していくから、テレビ自体がつまらなくなったなどという批判が、後を絶たないのではないでしょうか。

 今回このスペシャルでも流れていましたが、酒飲みの企画が最近ないのも、自重の流れのひとつなのではないかと思ったりしました(追記 その後また増えてきたような気がします)。
 酒飲みの企画は、もっとやってもらいたい。
 あれは、面白いっス。
 なのに、この間やった、全国ホルモン食べ比べの会でも、途中までビールのひとつも出てこなかったし、何をひよっているのか、と声を大にして私は言いたい(追記 しつこいようですが、その後酒飲み企画、増えました…笑)。
 原田芳雄サンが真っ赤になって判断力失ったり、井筒監督の目がすわってきたり、言うことがだんだん過激になってくる、それが面白いんでしょ。 玉袋サンが酔っぱらってるのはつまらんですけど。

 ともかく、このスペシャルで大昔のVTRを見て、このところ別に要望もなかった 「タモリ倶楽部」 に、私はあらためて言いたくなってきました。
 もっと過激に!!
 …と。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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