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2009年2月12日 (木)

「天地人」 の舞台チックな演出

 NHK大河ドラマ 「天地人」 を見ていて思うのだが、このドラマってリアルさを回避しようとしている感じがする。

 第6回の放送でも、妻夫木クンが母の形見を持った敵の兵士を討とうとしたシーンや、味方が自分の主君の幼名を犬につけていたのを憤るシーンでは、いきなりあたりが暗くなって、そこにスポットライトが当たる。
 長澤まさみチャンが現れるシーンでは、やはり変な照明の仕方で、画面がストップモーションみたいになるのだ。
 まるで、妻夫木クンと長澤まさみチャンの演技を信用していないような演出ぶりである。
 しかも、この暗がりにスポットライトが当たる変なライティングは、まるで舞台の演劇を見ているような、急に現実感がなくなるような、夢のなかのシーンなのかと勘違いしてしまうような錯覚を引き起こす。

 別にこんなことしなくてもいいのに。
 まあ明らかに、斬新な見せ方を狙ってやっているんだろうが。

 正直なところ、妻夫木クンの演技は実直で、ひねくれたところがなく、面白みに欠けるところはある。
 だけどこんな形で、それを補わなくても、彼はちゃんとやってますよ。

 私が見ていて引っかかるのは、妻夫木クンの主君である、北村一輝サンかな。
 この人、悪人顔だと思うんですけど。
 「北条時宗」 での平左衛門尉の演技があまりに強烈だったので、そのイメージを引きずっている私の方が悪いのだろうが。

 いや、もっと引っかかるのは、秀吉役の笹野高史サンが、ヤケにトシ食い過ぎてるってことかなあ。 じっさい信長よりは年上だったけど、あまりトシが離れてないんだよなあ、秀吉って。 これじゃ信長役の吉川晃司クンのおじいさん役か、みたいな。 近頃の大河ドラマって、特殊メイクをちっともしないけれども、この場合は、笹野サンにシワ取りメイクでもした方がいいような…。

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