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2009年4月17日 (金)

1982年5月3日「中島みゆきのオールナイトニッポン」

 別に意味はないのですが、こんなんでてきました。
 「中島みゆきのオールナイトニッポン」、1982年5月3日月曜深夜25時(4日火曜午前1時)。

 「今日さ、あの、夜ね、某テレビ番組の歌番組、んん(咳払い)、失礼、見ておりましたらね、んーとー、かわいらしい女の子が歌っておりましたですね、『おーカワイイじゃない』 とか言って、イントロ始まってね、たぶんこの辺で歌うんじゃなかったかな、というとこになっても全然聞こえてこない。

 「あたし目ェそらしながらチョロチョロ見てたりしたもんですからね、『アレ?オイ、忘れてるよ、オイ、歌詞忘れてるよ、あたしだけじゃないんだねー (歌詞忘れる人)やっぱり』、とか思いましたらね、あのー、マイクがー、ちょん切れてたっていうかね、入んなかったのね。

 「そん時あたし思ったもんね。 『ア、そうか、今度から歌詞忘れたら、アラ?マイクが…ってね、こうすりゃいいんだな』 とか、このように思いましてですね、もう一生懸命勉強しましたけれどもね(歌詞覚えること?)。

 「で、さすがでしたね、あの(カワイイ)歌手のかたね、壊れた時だいたい、あ、マイクが壊れてたとか気付いた時ってさ、たぶんあたし、中島みゆきサンなんかの場合ですとね、コンサートなんかで、『ア、マイクが通ってない』 とかいったら瞬間に、『なんだよコノヤロー、壊れてれるよー!』 なーんか言うと思いますけどね、(その女の子) 、『あ!三田寛子です!』 とか言いましたもんね(笑)。 しっかりしたもんですね、あーいうふうにあたしも言いたいもんですね。

 「今度からコンサートでもって、『ア!(マイクが)壊れてる!』 って時には、『あ!中島みゆきです!』…と言っても、(遠くには)通らない、いや、地声で言うしかないな、おっきな声で、二階の隅まで聞こえるような声で、『あ!!中島みゆきです!!』。 オールナイトニッポーン」

 んで、同日深夜、たぶん26時50分(午前2時50分)ごろ。

 「えー、高校行きたかったあなた、女の子(からのお手紙)です。 あたしはー、まあ、あんた本人じゃないから、自分の基準でしかもの言えないけれどもね、偉そうなことを、まあ言っちゃえば、まあ、どういうところを、通って来たかっていうことよりもね、そこで何をあんたが吸収してきたかってことだと、思うわけよね。 理想論かも知んないけど。

 「え、まあ、そら、まわりじゅうのすべての人間にさ、あなたの良さを分かってもらおうとかいうのは、そりゃ無理なことだけど、分かってくれる人も、どっかにひとりはいるかもしれないとかね。

 「それからー、誰かに分かってもらおうとするとかさ、そういうふうに思うことだって、素敵なことじゃあ、ないだろうか。

 「ハイ、…どうも。
(ラストナンバー 「世情」)」

 某テレビの歌番組、というのは、「夜のヒットスタジオ」 だろう。 みゆきサンは、「オールナイト」 の前に、よくこの番組を見ていたようだ。 今ウィキでさっと調べたが、三田寛子チャンがその時歌っていたのは、たぶんデビュー曲の 「駆けてきた処女(おとめ)」 だと思われる。

 別に意味はありません。 ただ、みゆきサンの極端な二面性というものは、若い世代の方々にも、感じていただけたと思います。 これが、当時一番人気があった、深夜放送の番組です。

追記
 この記事でみゆきサンが 「高校行きたかったあなた」 と話していた人、その後、みゆきサンの歌 「ファイト!」 のモデルになったみたいです。 YOU TUBEで消されまくってたみたいですが。

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