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2009年4月

2009年4月30日 (木)

「フォークギター再入門」 見てると弾きたくなっちゃう

 このところ、バッティングしてしまう番組があるために、昼間の再放送を録画している 「フォークギター再入門」。

 第4回だったっけか、アリスの 「チャンピオン」 を弾くために、シンコペーションとミュート、カッティングなどの技術を練習している小倉サンと宮本愛子アナを見ていたら、んもーウズウズしてきて。

 ひとり暮らししていた時は、大音量でジャカジャカ鳴らしていたのだが、今はそういうわけにもいかず、部屋で弾く時は主にミュート気味にチマチマ弾くのが常になってしまったワタシ。 だからミュートというと、黙っちゃおれないんですな。

 エレキギターも買ったけど、あれは準備に手間がかかって、面倒臭がりの私はいつの間にかアコギだけがお友達である。 余談だが、やいフェンダー社! こっちが左利きだと思ってかなんか知らんが、さんざん納品に時間がかかったあげく、1年もたたないうちにブリッジの部分が浮き上がっちまうような不良品ストラトキャスターを売りつけやがって! 頭にくるぞ! 弾かないときは弦を全部緩めてたのに。 接触悪いのかバチバチいうし。

 アコギはいいですよその点。 手に取ったら次の瞬間から弾けるんですからね。 ほとんどチューニング狂いませんし。
 あ、チューニングで思い出しましたが、この 「フォークギター再入門」 の第1回目でしたか、石川鷹彦センセイ、先っぽにつけるチューニングマシンみたいの使ってましたよね。 こんなのがあるんだ今、これいいなあ、と思ったんですけど。 高いのかなあ。 しっかし疎いですね、そういう情報。 ギター弾きの間じゃ常識なんですかね?

 たまにはどっかのロック酒場みたいなところで、自分の腕を披露したいもんですが、ふらりと立ち寄っても、左利き用のギターって、置いてないんだよなあ。 甲斐よしひろサンみたいに、指を逆に抑えて弾けんこともないが、ちょっとストローク以外は無理だし。

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断片

いいも悪いもじぶんで決めた
悪いのは じぶんの責任だ

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2009年4月29日 (水)

「白い春」 第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性

 フジテレビ火曜10時ドラマ 「白い春」 について、これまであまり見たことのないタイプのコメディだ、という表現を当ブログでもしてきたが、「白い春 つまらない」 という検索ワードで私の記事にアクセスが来る、っつーのは、どういうわけなのかな。 これをつまんなく見る人もいるっていうのは、非常に興味深い。

 「つまらない」 原因として、まず、物語自体が結構ベタな展開だ、というのは確かにある。
 第3回でも、阿部寛サンの実の子である大橋のぞみチャンが(役っスよ…笑)いじめっ子に自分の母親の写真を取り上げられて、それが風にあおられて木の上に乗っかっちゃったのを、たまたま通りかかった阿部サンが木に登ってとってあげ、大橋のぞみチャンの母親が自分のかつて愛した女だったことに気づく、とか。
 いやいや、ベタな展開ですな、こうして考えると。

 それから、以前も指摘したが、大橋のぞみチャンやフリーターの吉高由里子チャンが阿部サンに惹かれる理由というのも弱い。

 デビット伊東サンの存在も、結構ミエミエな気もするし。

 だが、そんなふうに、ドラマという媒体によくありがちな弱点を抱えながら、この物語を見る側に興味を持続させている要因は、およそ笑わせる要素が一切なさそうなこのドラマの中に、意外な喜劇が隠されていることにあるのだ。

 さっきの、阿部サンが木に登るシーンが、それである。
 片足が悪いこともあって、阿部サンはぎこちなく登っていくのだが、足を滑らせて、自分の股ぐらを枝分かれしたところにしたたか打ちつけてしまう。 キーン、てか(笑)。
 これを、コワモテの阿部サンがやるから、ヤケにおかしい。

 その後、自分の子供である大橋のぞみチャンがいじめられていることを知ったパン屋の遠藤憲一サンが、小学校のやたらキツイ担任のところにそのことを相談に行く、というシーンは、これは明らかに視聴者を笑わそうとしている話、である。 阿部サンのキーン話(笑)とは、明らかに質が違う。
 そうした異質な笑いを小出しにしながら、よくありがちなドラマへの興味を引っ張っていく。

 登場人物すべてがなんだか憎めない、というのも、そのことに力を貸している。 あの危なげな若いカップルも、美人局をしようとして逆にとっちめられるし。 こいつイヤ、とか視聴者が思う方向に、話がいかないのだ。

 まあいずれにせよ、小難しいことは抜きにして、ただ楽しむのが、このドラマを見る最善の方法だとは、思うんですが。 んなこと言って、結構小難しいこと、書いちゃいましたけど(笑)。

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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「大いなる明日へ~復活!吉田拓郎」 感想っス

 NHKBS2で放送されていた 「大いなる明日へ~復活!吉田拓郎」(2009年3月22日放送)を遅ればせながら見た。
 と言っても、ちょこちょこ見ては、そのたびに眠りこけてしまっていたのを、ようやく見終えた、という感じだが。
 なんで眠りこけてしまったのかというと、拓郎サンには失礼だが、やっぱり前半はちょっとダレる展開で(笑)。
 なにしろあの、ビッグバンド、というのが、眠気を誘うんだな。 安心感で。

 ビッグバンドというのは、2006年9月(もう3年近くになるのか…)のつま恋コンサートの時もそうだったが、瀬尾一三サンの指揮で、普通のロックバンドの構成にプラスやストリングスまでつけた、大所帯のバンドのことだ。

 拓郎サンがビッグバンドにこだわっているのはよく知っているし、自ら最後のツアーにしようというからには、きちっとした形で締めくくりたい、という気持ちもよく分かる。
 でも、私個人の意見を言わせてもらえれば、ビッグバンドって、つまんないんだよなあ。
 どれも同じ曲に聴こえちゃう。
 例えて言えば、美人は3日で飽きる(?)、という感じ(笑)。
 ゴージャスだし、じっさいのライヴ会場での音圧という点では圧倒的にビッグバンドのほうがいいのかもしれないが、少なくともテレビで見てると、退屈ー、なんだなあ。 すいませんね、勝手なことを申しまして。

 それが、意外なことに、後半に向かってどんどんボルテージが上がっていくのだ、この番組。
 だいぶはしょって番組の説明をいたしますが、ご了承ください。

 まず、「ぷらいべえと」 でも歌っていた 「夜霧よ今夜も有難う」。 これが、ビッグバンドでやるとミョーに合うんですな。 拓郎サンって、ぶっきらぼうな印象だけど、結構サービス精神旺盛ってところがある。 フォーライフ時代いちばん売れていたアルバムのこの曲を持ってくるのは、拓郎サンのサービスの一種なんじゃないかな。

 そして新曲の 「真夜中のタクシー」。 「港のヨーコヨコハマヨコスカ」 みたいに、長いセリフに短いメロディ、という構成の歌だ。
 やたらと話しかけてくるタクシーの運転手の話と拓郎サンの会話を、そのまま語り続ける、という、実に歌いにくそうな歌である。 気恥ずかしさも手伝うんだろうが、相当試行錯誤を繰り返した感じのする曲だった。 歌い終わって拓郎サン、「できた!できた!うまくいった!もうできない!」 と思わず叫んだくらいだから。
 だが、聴いてるこっちも少しばかり気恥ずかしさは伝染するのだが、結構心にしみる箇所が、あったりするのだ。 この番組前半で歌われた、ハワイの歌なんかには、別に共感しないのだが(失礼)。

 続いて 「唇をかみしめて」。
 この曲は、燃えますなあ。 シングル、買いましたよ。 すごい変わったレコードだったんで。 B面、ないんだもん。 ツルッツル。 1曲だけで、当時400円、だったかなあ。 青山徹サンのギターが、もうシビレまくりの凄さで。 相当自信があったんでしょう、ジャケット裏に、「guiter:青山徹」 ってひとりだけクレジットされてたくらいだから。
 今回の番組では違う人がギターでしたが、そりゃ、青山サンのフレーズを崩すわけには、いきませんなあ、やっぱり。
 私がしびれたギターソロを聴いたのは、これが最後だったですね。
 皆さんテクニックは凄いのに、印象的なメロディが思いつかないみたいですよね、ギターソロって、ここ30年近く。

 そして新曲、「ガンバラナイけどいいでしょう」。
 その前の田家秀樹サンとの対談で話していたが、拓郎サン、鬱状態を克服しようと、いろんな計画を立てたらしい。
 そのどれもが嫌いなことばっかりだったので、医者から 「イヤなのにやっちゃダメだよ」 って言われたそうだ。
 嫌いなのに無理をしてそれを一生懸命やろうとするのは非常によくないと。 非常に身につまされる話だった。
 私の場合、こーしてブログを書いているのは、結構ネタ切れの恐怖とかあって、大変だけど、面白いからいいんじゃないでしょーか。 拓郎サンも、音楽が好きでずっと続けたいらしいので、ツアーは最後かもしれないが、死ぬまで音楽と共に生きるというメッセージを聞いて、こちらもホッとしたような。

 「今後のことを言うと、ありきたりですけど、ほっといてくれ、と」。 最後笑わせるところ、やっぱり拓郎サンである。

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2009年4月28日 (火)

NHK「マンガのタカラ 少年週刊誌の生まれた時代」原画見たい!

 NHKで、「マンガのタカラ」 という番組を放送してました(2009年4月26日)。
 出演は、国生さゆりサンに、タケカワユキヒデサン、泉麻人サン。
 タケカワサンが話しているのを何度か聞いたことがあったが、その 「マンガ書庫」 を初めてテレビで拝見。
 その数6000冊とか。
 「大沢悠里のゆうゆうワイド」 といっしょだ。 6000回。
 カンケーないか(笑)。
 いやーしかし、タケカワサン、未だに少年週刊誌、買い続けてるんですかね? 団塊の世代は、少年マンガ誌を読み続けた最初の世代だ、と言いますからね。 確かに私の職場でも、私より年上の人で、未だにマンガを読んでいる人、結構いましたよ。 しかも少年ジャンプとか。

 ところでこの番組ですが、「マンガのタカラ」 というだけあって、これオークションに出したら500万くらいは軽くいくんじゃないだろうか、という、ちょっとオーゲサに言うとそれくらいのお宝ぞろいで。

 まず、「墨汁一滴」。

 同人誌ぽい作りなんですが、石ノ森章太郎氏、赤塚不二夫氏、巻頭の挿絵が手塚治虫氏、という執筆陣の、肉筆原稿を綴じた、っつー時点でもう凄い。 この世に1冊しかないんですからね。 それが、回覧板みたいに、全国を回し読みで旅したってんだからなあ。

 その作りも興味深くて。
 なんか、ひとコマひとコマ貼っつけてあるんだなあ。
 石ノ森氏の原稿なんて、魔法使いだけを切り取って、そこに貼ってあるという 「立体的に見せる」 手法で。 私も何度か噂には聞いたことがある、「魔法使いの弟子」 ですよ。

 それから、「おそ松くん」 などの原画。 「ボーナスをイヤミにかすな」 という回のものだったですが、その題名を張り付けた紙の書体が、いかにもぽぽるとかいう感じで、こりゃ最近パソコン打って貼り付けられたもんだな、っていうのが分かる。

 あと、特に私などには恐れ多い、「巨人の星」「あしたのジョー」 の原画! しかも、最終回のものまで!
 んもー、クラクラしました。
 「あしたのジョー」 に関しては、ちばてつや氏が自宅の耐火保管室に原画を保存しているらしくて。 その様子も興味深かったです。 いやいや、お邪魔してみたいっス、ホント。

 何が凄いって。
 なんか、スクリーントーン部分が、青っぽく見えるんですよ。 スクリーントーンっていうのは、要するに、陰の部分とか模様みたいのとかを表現するのに、直接描かないでも、貼り付けるだけで出来ちゃうヤツです。

 「あしたのジョー」 初期のスクリーントーンの種類って、よく知らないんですが、やけに薄い墨汁を塗ったようなものが、ありませんか? あれもスクリーントーンなんですかね?
 今回見たのが、まさしくあんなヤツなんですよ。 減量中の力石に、新聞記者たちが取材をしようとして、そのあまりにも鬼気迫る形相に、タジタジになってしまう、というシーンです。
 薄い墨汁を塗るはずはないと、私は思うんですが。 だって絶対にじみますもん。
 あの青く見えたのが、その薄墨パターンのスクリーントーンだったのかなあ。

 それから、やっぱりベタの部分ですか。 つまり、真っ黒に塗る部分。

 これは印刷モノにはけっして出てこない、原画だけの魅力ですかね。 いや、黒い部分って、アシスタントの人とか場合によっては編集者とかの手によるものがほとんどで、そのマンガ家サン本人が描いていることはまれなんですが。
 あれって、どんなにうまく塗っても、塗りムラってのができるんです。

 そしてやはり、ホワイトで修正された部分とか、フキダシの部分に描かれた鉛筆のセリフとか。

 原画って、結構いろんな発見があって、面白い。 あーできれば、実際に眺めてみたいもんです。

 なんか、マニアックな話に終始してしまいました。 しかし、この手の原画の歴史的価値って、上がり続けるいっぽうだとは、思うんですけど。

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「大沢悠里のゆうゆうワイド」 放送6000回だそうで

 TBSラジオ 「大沢悠里のゆうゆうワイド」 が、放送6000回を迎えたそうである。

 その数え方をどうやっているのかは知らないが。

 つまり悠里サンが休んでピンチヒッターの方が放送しているときとか、お正月にやっている 「鶴亀ワイド」 だったっけか、これもカウントしているのか、とか。

 いやいや、別にイチャモンをつけているわけではなく、ラジオの番組というのは、いろいろと変則的な放送が絡むので、なかなかカウントしにくい面がある、ということを言いたいのです。 無粋なことを申しました。 いずれにせよ、大変なことです、これは。 改めてお祝い申し上げます。

 悠里サンは、「ゆうゆうワイド」 の前にも 「大沢悠里ののんびりワイド」 という番組をやっていたから、合算すると、大変な回数になるはずである。 いや、うろ覚えで申し訳ないが、「ゆうゆう」 と 「のんびり」 の間には、何か別の短い番組があった気がするから、連続しているわけではないのだけど、それにしたって長いってことには変わりがない。

 どういうわけだか知らないが、私はこの 「ゆうゆうワイド」「のんびりワイド」 の前番組である、近石真介サンの番組も、結構聴いていた覚えがある。

 「サザエさん」 のかつてのマスオサン役だった親しみで聴いていたのかもしれないが、近石サンの番組は普通、学校に通っている時間で聴けないはずである。 つうことは、学校を病気で休んでいたとか、試験休みや学校の休みのときに聴いていたってことかな。
 近石サン、べらんめえ調で、聴いてて気持ちがよかった。
 いずれにせよ、その昔は、自分の部屋はあったにせよ、個人のテレビなんて持ってなかったから、その時代はいつも、部屋の中でラジオが流れていたことは確かだ。

 「ゆうゆうワイド」 を聴いていて思うのは、大沢悠里サンは、語り口がソフトなのに、結構厳しさを併せ持っている、という点だ。 他人にも、自分にも。

 それは簡潔に言えば、相当なプロ意識の持ち主だ、ということに尽きるが、その、筋をきちっと通す悠里サンの姿勢が、この番組に対する聴き手の信頼感をゆるぎないものにしている気がする。

 それで思い出すのは、悠里サンがかつてCMを担当した、とある引越センターの5秒CMに対する思いを吐露した時だった。 このCM、結構聴取者に評判が悪くて、いろんな批判を受けたらしいのだが、それに対して悠里サンは、自分の考えをきちっと放送で話していたのだった。 その内容は忘れてしまったが、私はこの時、この人は筋道を通す人だなあ、と思ったものだ。 スポンサーの話など、普通ならばあそこまで切り込んで話したり、しないはずである。

 また、いつも時間が押せ押せになる毒蝮サンの放送にも、あからさまに急げ急げのサインを送る。 あれは、面白いことは確かだか、一種の緊張感も伝わってくる、ラジオの醍醐味を味わうことのできる瞬間である。

 しかも、こんなきちっとしたところばかりかというと、そうではなく、「お色気大賞」 ではほとんど常軌を逸したはじけっぷりを示すのが、悠里サンの凄いところだ。 この振幅の大きさも、「ゆうゆうワイド」 の大きな魅力のひとつとなっている。

 いずれにせよ、6000回などというカウントでは測れないほどの、偉業だと思います。 これからも、そんなに毎日ずうーっと聴くわけにはいきませんが、お付き合いしていきたいので、よろしくお願いします。

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「天地人」と「ぼくの妹」で好感度急降下中の長澤まさみチャン

 「天地人」、…に関しては、もう、どうでもいいんですがね。

 不思議なのは、どうしてまた見たくなっちゃうのか。 アラ探しが快感になっとるのかもしれない。 ああ、なんて嫌な人間なんだ、オレって(笑)。
 でも、松方弘樹サン。
 こういう人が出てこんと、画面がピリッとしません! 松方サンと、鶴見辰吾クンの会話を見ていて、ああようやく、大河らしいやりとりを見た、って気がしました。

 まあ、自分が嫌になるんで、批判はもういいです。

 それはいいとして、このところ、私個人の好感度ランキングを急降下しているのが、この 「天地人」 とそのすぐ後に始まる 「ぼくの妹」 の両方に出演している、長澤まさみチャンなのです。
 両方とも、嫌味なナマイキ女を演じているもんだから、その両方を見ている私は、最近とても、彼女に対する印象が悪化しているのでした(笑)。 カルピスのCMでおしまいにちょろっと出るのすら、イラッとくる(笑)。 ああ、重症だ(笑)。

 しかも、「ぼくの妹」 の長澤まさみチャンは、そういうメイクをしているのかなんか知らんですけど、やけに人相が悪い(笑)。 こんな老け顔だったかなあ?と思うくらい。 髪形もサイアクだし。

 ホント、「ぼくの妹」 の長澤まさみチャンは、見ていてムカムカする。 いや、役柄が、ですよ。
 兄妹どうしというものは、あんまり細かい説明を求められるとウザったい、とかいう傾向は確かにあることはあるんですが、オダギリジョークンの兄貴をかばっているのか、しゃべらなければならんことはしゃべらなければならんぞ、という気がして仕方ないんですよ。
 こんなにナマイキ全開だと、せっかくいいとこ見せても、ちっとも差し引きゼロにすら戻らない、と言うか。

 こんなかわいくない女ばかり演じてていいのか? まさみチャン!

 肝心の 「ぼくの妹」 のストーリーのほうは、いやいや、面白いです。
 千原ジュニアクンが、こんなに演技うまかったとは。 びっくりです。
 オダギリクンの、モノローグが効いてるんですよ。 このドラマ。 その語り口が状況を実に的確にとらえていて見事なので、いつの間にか物語に引き込まれてしまってます。

 ただ、日曜劇場でやるには、ちょっとお腹いっぱいになっちゃうかな。 「Mの悲劇」 とか 「輪舞曲」「砂の器」「華麗なる一族」 って、いつの間にか日曜劇場にはシリアス路線みたいのが出来上がっちゃってますけど、昔っからの日曜劇場ファンとしては、なんか違う気がしてならんのですよ。

 まあ、月曜日の職場や学校の話題作りには、なるんですかね。

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2009年4月27日 (月)

タモリ倶楽部 「絶頂派美術展」 着眼点が素晴らしい

 テレ東の 「美の巨人たち」 や、NHK 「迷宮美術館」 では決して取り上げることのできないアートの題材を取り上げた、2009年4月24日(一部地域除く)深夜の 「タモリ倶楽部」。
 着眼点が素晴らしい。
 官能的な西洋美術の作品を味わおう、という企画である。

 講師として、多摩美術大学の西岡教授。 ゲストには、みうらじゅんサン。 安齋サンも加わってくれたら、結構面白かっただろうに。 みうらサンとは友達だし。 この回の空耳アワーでも、オルセー美術館に行った時のことを、安齋サン、得意満面で話していた。 「クールベはパンクだ」 という持論を展開、…ってほどのことじゃないですが。

 さて、本編。

 まず、その絵の作者を紹介するのに、「タモリ倶楽部」 のディレクターであるビギン山元氏(あのビギンに似た人)の、そこそこうまいんだけど、多摩美大のセンセイの前で見せるにはちょっと恥ずかしいかな(笑)、という絵を使用。
 この時点で笑える。
 みうら氏も、さっそく 「ビミョーなデッサンですよね」「これじゃ美大は受からないな」(笑)と絶妙のツッコミ。

 1枚目は、時の皇帝ナポレオン3世が買ったという、アレクサンドル・カバネルの 「ヴィーナスの誕生」。
 足の指が突っ張っていることで、絶頂を表している、とか。
 キリスト教への言い訳に、「生まれたばかりだからしょうがない」 という意味で、この題材が選ばれているという、西岡センセイの説明に、タモリサン 「生まれたばかりでこんな豊満じゃあねェ、赤ん坊たまんないヤねェ」 みうらサン 「お父さんが放さないっていう」、…笑いました。
 左右の胸のバランスが、実際とは違う、という技法は、人物を美しく見せるために、アングルもよくとった方法だが、このカバネルの絵でも、同じことが行われている。 みうらサン 「シリコン入れてるとか」(笑)。

 みうらサン 「しかし、英語ではイクことを comming (来る) って言いますけど、どうして仏教徒は、イクって言うんですかね?」 と西岡センセイにムチャ振り(笑)。 美術とはカンケーないような気もしたんですが。 それに対して西岡センセイ、「桃源郷でも西方浄土とかでも、どこか遠くにいいものがある ( そこに行く、という考えなのでは )」 と、完璧なお答えで。 みうらサン 「(じゃ)『死ぬー』って人はなんで?」(笑)。

 2枚目はカルロス・シュヴァーベの 「憂鬱と理想」。 北斎のあの大波を思わせる波をかぶりながら、男女が絶頂を迎えているような作品だ。 みうらサン 「これふたりサーファーみたいなことではないんですか」(笑)。

 万事このような調子で番組は進んでいくのだが、あの 「落穂拾い」 で有名な、ミレーの作品にも、ウタマロみたいのがあったのには、ちょっと驚いた。 もろに、男女の営みを描いた絵である。 テレビ用に、ソフトなものを選んだようだったが。 タモリサン 「この(男の) 顔分かるもんねー、『ええかー、ええのんかー』って」(笑)。 みうらサン 「(「晩鐘」 っていうのは)農民プレイってことですか」(笑)。

 ダヴィンチとミケランジェロが描いた共通の画題、「レダと白鳥」 の白鳥にも、男性器の暗示という意味があったと。 ちょっとお勉強になりました。 みうらサン 「確チン犯っていうやつですね」(笑)。
 ミケランジェロのほうは、レダと白鳥がキスしている絵で、タモリサン 「スワンとか言って吸ってるよね」(笑) みうらサン 「スワンの馬鹿みたいなね」(笑)。 下らないけど、これこそが 「タモリ倶楽部」 の真骨頂であろう。

 もともと、芸術家には、根源的な性欲を作品で具現化しよう、という欲求があるように、私には思える。

 ゴヤの 「裸のマハ」 と 「着衣のマハ」 という一対の作品。 「裸」 のほうは、長いこと表には出てこなかった作品らしい。 だが、その描き込みようは、「着衣」 の比ではない。 やるなあ、ゴヤ、つー感じだ。

 アングルの晩年に描いた 「トルコ風呂」。 若いころから彼が描きためてきた、裸婦たちを一堂に会したという作品だが、私などに言わせると、どうも節操がないように感じる。 年をとって性欲への歯止めが利いていない印象を受けるのだ。 ただのエロジジイ、というか。

 ロダンなどは、もっと過激である。 「タモリ倶楽部」 ではさすがに出てこなかったが、いや、永久におおっぴらにはできないレベルであろう。 彼のは、…ちょっと。

 こういう、芸術家の性欲を感じさせるような、官能的な作品に対しては、今回の 「タモリ倶楽部」 のように、笑い飛ばしながら見るのが大正解なのだ、と私などは思う。

 またやってくれそうなので、期待しないで待ってます(笑)。

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ヒデキ90、いや100%!

 2週間ほど前、「病気をしてからの西城秀樹サンは元気が以前の80%くらいしかない」 などとしたり顔で書いてたんですが、今日(2009年4月27日)NHK 「スタジオパークからこんにちは」 にゲスト出演されていた秀樹サンを見て、ややや、ずいぶん回復されたようだぞ!と考えを新たにしました。

 冒頭 「つばさ」 の斉藤社長の役柄でおどけて見せたり、秀樹サンのひょうきんな部分を久しぶりに見て、とてもうれしくなりましたです。 やった、これがヒデキだよ、という感じ。
 ただ、武内アナとの会話の中では、ちょっとまだかたくなな部分があるかな、とも思いましたが、いやいや、それは3人のお子さんをお持ちになった父親としての自覚でしょう、という範囲。 病気なんかしなくても、気持ちが老いていく人なんか、ごまんといますからね。
 秀樹サン、ほぼ完全に、病魔に打ち勝ってます。 バンザーイ。

 同じNHKなので、その日の話題はやはり、「つばさ」 から。
 その打ち明け話で面白かったのは、秀樹サン演じる斉藤社長の事務所にある小道具の話でした。
 神棚に供えてあるのが、なんと 「リンゴとハチミツ」 なんだそうで。 笑いました。 さすがにNHKだから、ハウスバーモントカレーだよー、とは言いませんでしたが(笑)。 ドラマスタッフのこんな気の利いたシャレに、秀樹サンは 「いいんですか?」 と訊いてしまった、と話していました。

 秀樹サンの昔話には、私もファンだったですから、以前に聞いた覚えのある話も多少あったんですが、改めて感じたのは、厳格だったお父様の影響。
 「憎しみさえ感じていた時があった」 と番組で打ち明けていらっしゃいましたが、秀樹サンの明るさって、もしかするとその厳格さに抑圧されていたものの、爆発だったんじゃないのかな、って、ふと思ったりしました。 いや、その明るさだけじゃなくって、その激しい歌いっぷりとか、もうすべてにわたって。

 ただ、やはり健康には、未だに留意しているみたいですね。 野菜を結構食べるとか。 今日の番組では触れませんでしたが、水分も相変わらず、大量に摂っているんでしょう。

 でも、今日はひょうきんなヒデキをまた見られて、私もカンゲキ!でした。

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2009年4月26日 (日)

「ザ・ベストテン」 ラジオなんですけど

 「ザ・ベストテン」 の回顧番組を、TBSラジオでやっていました (2009年4月26日午後6時から3時間半程度 )。

 途中から聴いたので完全な情報でないことをご了承願いたいのですが、メインパーソナリティは小林豊アナ。 「ベストテン」 のディレクターだかをやっていた、山田サンという人もいたみたいです。 爆笑問題の田中クンも出ていたらしいのですが、残念ながら途中でいなくなったらしく、その部分は聴けませんでした。 残念。 かれは、相当歌謡曲通ですからね。

 この回顧番組、久米サンは出ていませんでしたが、黒柳サンは出演していました。 久米サンは、途中で降板したことに今でもこだわっているらしく、この手の回顧番組に滅多に出てきませんね。 テレビで一度、短いコメントのみで出たような気もするんですけど。

 ただ、私が 「ザ・ベストテン」 と言って真っ先に思い出すのは、やはり黒柳サンと久米サンのコンビなんですよ。 久米サンにとっては大きなお世話でしょうけど、久米サンはやはり、もっと自分の出ていた過去の番組を検証する必要があるように、思うんですけどね。 いや、ただ単に、私がそういう久米サンの番組を見たいって話なんですが。

 この番組、途中から南野陽子サンも加わって、自分が歌詞をど忘れした話なんかをしていました。
 南野サンと言えば、以前 「ベストテン」 復活番組でテレビに出て、「本当はワタシ、歌うたいたいんです」 と言って泣いちゃったことがありました。 いつの総集編だったかなあ。
 今回は、泣いちゃうなんてことはなかったけど、歌に未練のあった時期が、彼女にもあったんだよなあ。

 柏原芳恵サンは電話で生出演。 スケートの中継で、当時新人だった浦口アナに指を轢かれた話など。
 アルフィーの 「恋人たちのペイヴメント」 での、ハチャメチャ中継の話を聞くために、そのラジオ番組中やっていた、アルフィーのライヴ終了直後のところに電話をかけたり。 坂崎サンが電話出演したんですが、また突然ブツッと切れてしまって(笑)。 「ベストテン」 とアルフィーの通信関係って、ホントいまだに相性悪いってのが、笑えました。

 ただ、途中から聴いたこれらのエピソードは、以前幾度もやっていたテレビでの 「ザ・ベストテン」 回顧番組よりも、さらにディープな話に満ちていた気がします。
 これはラジオという媒体の持つ力なのかもしれませんが、こういう落ち着いたスタンスで同番組を回顧することは、テレビでもじゅうぶん可能な気がしたことは確かです。

 それを、どうしてこんな、日曜日の夜みたいな時間帯にやっとるのでしょーか。
 しかもラジオで。
 テレビでおやりなさい。
 どうせ視聴率ひとケタの番組ばっかりやっとんのだろーが(うわ、キツイ…笑)。

 どうも最近のTBSって、ピントずれてる気がします。

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「チューボーですよ!」 気まずい雰囲気(笑)

 「チューボーですよ!」 2009年4月25日のゲストはノンスタイル。 メニューは 「タケノコご飯」。
 このノンスタイル、堺巨匠からいきなり 「コケ(るの)が下手だなあ」 とダメ出し食らっちゃって(笑)。

 その後もヤケに堺サン、このふたりに絡む絡む(笑)。 まあ、いじりやすかったんでしょうけど。
 M-1の賞金1000万円の使い道も、「もっと夢のある使い道はないのか」 とか(笑)。 「オレが倍にしてやる」 というオチで笑わせます。
 石田クンが板前をやっていたらしく、「鮎(アユ)をデコピンで気絶させまくっていた」 という話を聞いて、石田クンに 「鮎のどこを?」 とか聞きながらデコピンかますし。 ま、いずれも巨匠の、いつもの笑わせパターンなんですけどね。

 それが、番組が進行していくうちに、ちょっと気まずい雰囲気になっちゃって。
 まあでも、別にそんな、深刻でもないんですけどね。

 堺サン、石田クンの包丁さばきを 「フツーのゲストとは全然違うわ」 とおだてたために、調子に乗った石田クンが、タケノコを余計に切りすぎちゃったんですよ。

 「おい、これ、全部切っちゃったのか?」 って、アタフタするふたりに、包丁放りだして 「もうやめよう」 って。 アチャー、堺巨匠、結構ムッとしてんな、って感じ。
 「何やってんだよ見よう見まねでやるのはいいけどさあ、もうちょっと段取りとかそういうのやってくれよっ」 と怒る堺サンに、ノンスタイルのふたりも結構神妙に謝ったりして。
 ミョーな沈黙。
 スタッフの笑いは入ってたけど。
 でもここは、「(M-1賞金の)100万ずつよこせ!」 っていう堺サンの機転で、その場はおさまりましたが。

 その後も堺サン、ヤケにふたりに絡み続けるんですよ。 なんかイヤなことでもあったのかなーなんて、思っちゃうくらい。

 井上クンがバンドのボーカルやってたってことで、スプーンをマイクに見立てて歌を歌おうとしたら、「なんなんだこれは」 と突っ込み入れるし、自分たちの番組を持ちたいというふたりに、「そんな程度でいいのか」 とか。 その時、堺サン、枡田絵理奈アナを指差して、「この人だって来年、独立を目指してるんだから!」(笑)
 枡田アナはその時、冗談か何かは知りませんが、ウンウンうなずいてましたけど。 枡田アナ、独立、考えてるんですか?

 でも、それで分かりましたよ。 堺巨匠、このふたりに、お笑いとは何なのか、プロとは何なのかをギャグを交えて教えようとしてるな、って。

 話は変わりますが、枡田絵理奈アナ、なかなかいい味出してると思います。

 今回も、石田クンが吉本の男前ランキングで3位に入っていると聞いて、「へえええ」 とか間の抜けたような声で驚くし(笑)。 いかにも興味なし、という間を作るのが、すごい(笑)。
 石田クンと井上クンのどっちがタイプだ?と巨匠に聞かれて、じいーっとふたりを見比べて、「…どちらもー、…あまりー、…」 という、ボケと誠実さが混じったような、絶妙の答えをするし。
 タケノコご飯のオコゲを、「これはちょっと、食べられたもんじゃない」 と正直な感想(笑)。 やっぱり、ボケのカン、みたいなものが、この人には備わっている気がします。 前にも書いた気がしますけど。

 ところでその、「ちょっと食べられたもんじゃない」(笑)タケノコごはん、枡田アナになってからしばらく3つ星が続いていたんですが、このオコゲがアダになって、星2つ半。 でもこれって、ノンスタイルが堺サンに恐れをなしたゆえの高評価?(笑)

 ともあれ、堺巨匠の、お笑いの後輩に託す思いも何となく感じた、今回の 「チューボー」 でした。

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「恋のから騒ぎ」 ミスピーチ、がんばってね

 「恋から」 今期(2009年)16期生の中で、4月の開始早々、鮮烈な印象を残した、福島弁のミスピーチ。
 「福島には 『はしたねえ』 という県民性があるような気がする」 みたいなことを当ブログでも書いたんですが、案の定、ミスピーチ関係者に 「福島の名誉が崩れるからもうそれ以上言わないでくれ」 と注意されたらしい(笑)。

 この、「はしたない」 という考えは、現在ではほとんど死滅しつつある道徳観ですよね。
 私はもともと、多少の脱線は許してあげましょう、という判断基準の持ち主ではありますが、「はしたない」 という考え方は、やっぱり大事だと思います。

 この考えが身についているからこそ、ミスピーチの関係者は彼女に注意したんでしょう。 福島生まれ(生まれだけですけど)の私としては、福島の良識は死なず、と強く感じました。

 「じゃミスピーチはやめてミス民謡にしとこか」 とさんまサンに振られて、またまた会津磐梯山の歌を歌ったミスピーチ、いやミス民謡チャン(笑)。
 しかし、あの歌は1行歌うだけでも、結構時間を食うんですよ(笑)。
 それどころか、「エンヤァ~~」、だけですでに長すぎて(笑)、ギャグの間として悪いのを、さんまサンはすぐに察知。 「もうええ!」 って(笑)。 さんまサンのこういう反応って、ホントに天才的だと思います。

 まあ、いろいろ周囲の嫌な反応もあるとは思いますが、ミスピーチ、いや民謡チャン、がんばってください。 私は応援します。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

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「ゴーストフレンズ」 第4回 今度は、のど自慢だ!

 毎回々々軽いタッチでとても見やすい、NHK木曜ドラマ「ゴーストフレンズ」。

 前回スケバンゴーストを慰めたり、オタクゴーストに説教したり、ずいぶん積極的に見えた福田沙紀チャンでしたが、今回いざ自分の進路を決めるとなると、うじうじと消極的に考えっぱなし。
 キャラクターに一貫性がない、と言うなかれ。
 私には、それがかえってリアルに見えたりするんです。
 だって、一貫性がないのが、人間ってものですからね。 人のやることはちゃんと見えて、あれこれ的確なことを思いつくのに、こと自分の話となると、そううまくいかない。 人は誰しも、自分のことは棚に上げる名人なんです。

 今回の沙紀チャンは、幼馴染のためにテレビに出て歌いたかったというゴースト(島かおりサン)の願いをかなえようと、のど自慢に出ることになります。
 ここでも、「ダメでもともとなら、なおさらトライしなきゃ損じゃないか」「後悔するのはイヤでしょ」 という、自分の身につまされるようなセリフをゴーストから聞かされる沙紀チャン。
 聞きようによっては、お説教臭いと思わせるようなこんなセリフも、すっと入ってくるのが、このドラマの軽いタッチのなせる業、なんですよね。

 それに協力するカイトクンに嫉妬するミソラチャン(ゴースト)が、沙紀チャンの前に現れて意地の張り合いをする。 なんか、軽いドラマのわりには、見ごたえがありました。

 「あなた、カイトが好きなの?」
 「ダメですか?」
 「いいわよ、私のお下がりでよければ」
 「カイトサンは、モノじゃありません」

 うわー。 修羅場(笑)。 ふたりとも平静を装ってるけど。
 ミソラチャン、道行く人たちに次々と取り憑きながら、沙紀チャンに言いたい放題。
 沙紀チャンも、負けてはいません。
 そんなふうに、人に取り憑いてでしか自分のやりたいこともやれないミソラに、「悲しい人ですね」 とキツーイ一発をかますのです。 いや、面白かったです。

 肝心ののど自慢は、NHK全面協力のもと行なわれるのか、と期待していたんですが、司会は魁三太郎サン、セットのほうは、それっぽかった以外は、別に…。 私、あんまり日曜お昼ののど自慢って、見たことないんで。 でも、同じNHKなんだから、もうちょっと大々的に協力してあげてもよかった気はします。 いや、協力してたのかなあ、司会者サン以外は。 客席もなんか、いっぱいだったし。

 でも、この 「ゴーストフレンズ」 というドラマは、なんだか本当に、かつての少年ドラマシリーズのノリで、私個人としては、とても入り込みやすいドラマなのです。

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2009年4月25日 (土)

「スマイル」 第2回 これじゃ済みそうもない匂いがぷんぷん

 新垣結衣チャンのほとんど超人的な頑張りによって冤罪の危機を免れた松本潤クン。 はあー、めでたしめでたし。 ってまだ2回目でしょうが!(笑)
 そう、ドラマ 「スマイル」 には、これじゃまだ済みそうもない匂いが、ぷんぷんしているのです。

 でも、その済みそうもない部分の、気になるところが、ちょっと弱いような気もします、このドラマ。

 まず思い浮かぶのは、中井貴一サンが、松本潤クンに、なんか冷たいところ。
 潤クンと関係があろうとなかろうと、まあ、過去にいろいろそれと関連する嫌な思い出があったんだろうとか、何パターンか、ある程度想像出来ちゃうんですよ。
 物語的には、それをどう、打ち明け話以上のレベルで、本題と結びつけるかなんでしょうけど。 よくある類の話じゃ、あんまり見ている側を納得させられない、と思います。

 あと、新垣結衣チャンが潤クン以外の男の車に乗ってった、とか。
 潤クンは思いっきり気にしまくりなんですが、当の結衣チャンがエライけろっとしている。 じゃ、大したことないんだな、って感じ(笑)。

 あと、小栗旬クン。
 ぜってーこれから悪魔のように絡んでくるよこのドラマに、って思っちゃう(笑)。
 でなきゃ小栗旬クンなんて大物が(大物?だろうと思います)出てくるもんか(笑)。

 それにしても、新垣結衣チャン、カワイすぎじゃないですか?
 ルール違反である(笑)。 こんなムスメが欲しい(笑)。

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「久米宏 ラジオなんですけど」 阿南京子サンって

 「久米宏 ラジオなんですけど」 スペシャルウィーク2週目のゲストは阿南京子サン。
 スペシャルなのに、たぶん関東以外の人には、ほとんど知名度がないと思うんですけど。 まあ、全国ネットじゃないからいいのか。

 阿南サンはTBSラジオ専門(?)の、交通情報担当の、すっごい魅力的な声のキャスターサンです。
 そりゃ関東以外じゃ分からんわ。

 フリーの人らしいんですが、TBS以外では、…なんかどこかのラジオ番組にお出になっていたことがあった気はするんですが。 「吉田照美のやるマン」 だったかな?
 なんか、私が学生時代だったころから、お声を拝聴しているような気がします。 てことは、もうかれこれ、30年近く? てことは、結構お年を召していらっしゃるんじゃないでしょうか? てことは、キャリアは、確かに長いようです。

 それにしても、この人の声には、ファンが多いようで。
 たんに交通情報をしているだけでは、ここまでファンはつかないと思います。 今日の番組の中で阿南サン自身がおっしゃられていましたが、「いちばん好きな人に向かって放送しているつもりで話している」 からこそ、その声に魅了される人が後を絶たないのでしょう。

 久米サンは、この前まで同じ 「ラジオなんですけど」 のパートナーを務めていた小島慶子アナにしてもそうだったんですが、低い声のフェチだとよく話しております。 つまり、阿南サンの声には、もうゾッコンだろうな、と容易に想像出来ちゃうんだな。

 それで思い出すのが、もう2年半前になりますが、この 「ラジオなんですけど」 が始まったときのこと。

 久米サンは 「ニュースステーション」 開始時以来21年ぶりのTBSラジオへの復帰だったんですが、その第1回目放送のとき、阿南サンが交通情報担当だったんですよ。
 おそらく21年以上ぶりの(声だけでの?)再会、というか。
 そのとき久米サンは、ほかの何よりも感激していたみたいに、私には聴こえました。
 好きなんだろうなー、久米サン、阿南サンの声。

 私も何度か、さっき書いたように、阿南サンがどこかの番組にゲスト出演しているのを聴いたことはあるんですが、この人、性格的にもとってもチャーミングなんですよ。
 旦那サンも、結構大きい子供サンもいらっしゃるらしいんですが、そんなことを全く感じさせない、カワイイ性格ぶりで。
 おっとりしてそうなんですが、子供サンには結構口うるさいとか、以前のその番組で聴いた覚えがあります。

 今日の番組の最後に、久米サン、「反響がやたら大きかった」 と感心していました。
 特に、タクシードライバーの方たちには、女神的な存在みたいで。
 分かるなあ。
 私? 私ももちろん、ファンですよ。 でなきゃこんな記事、書きゃしません(笑)。

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草彅クンへのフラッシュの嵐で思い出したこと

 昨日NHK夜9時のニュースを何の気なしに見てたら、いきなりSMAPの草彅クンの会見が始まってるとかで。 特に同時中継のようには見えなかったんですが。

 今朝のスポーツ紙によると、その会見放送がNHKの勇み足だったとかで、NHKは関係者に謝罪したとか。
 昨日私が見た限りでは、冒頭の会見模様は多少尻切れトンボっぽかったけど、何で問題だったんだかまでは分かりません。 よほど神経をとがらせている人がいるんでしょう。

 それにしても、草彅クンが会見場に姿を見せた時のフラッシュの嵐。
 暴力的ですらありました。 フラッシュの暴力、というか。
 なんであんなにフラッシュをたく必要があるのかとも、思いましたです。

 フラッシュの嵐で思い出したんですが。

 私が見たフラッシュの嵐で今までいちばんすさまじかったのは、やはり何と言っても百恵チャン友和サンの結婚式当日、ウェディングドレス姿のお披露目のときです。 話がガラッと変わって申し訳ないですけど。

 草彅クンの会見も凄かったですが、まあー、それの比じゃありませんでした。
 まるで 「この広い野原いっぱい咲く花」 のようでいて、いっぽうで悪く言えば 「じゅうたん爆撃」 のようでいて。
 つまり、この百恵チャンへのフラッシュの嵐には、祝福の意味と、「結婚しやがってバカヤロー」 の二重の意味が、交錯していた気がするんです。
 だからあんなに前代未聞のフラッシュの嵐になったんだと思う。
 百恵チャン、カメラに向かって、堂々としたものでした。
 相当、目がチカチカしたでしょうねえ。 あのあと。

 今回の草彅クンへのフラッシュの嵐には、相当悪意を感じましたね。
 「ざまあみろ」 って言うんじゃなくて、「このフラッシュの嵐で社会的制裁を受けろ」 というような。
 質疑応答はさらに悪意のあるコメントが続出。 有名人には一般人以上の社会的責任はあるにしろ、自分たちはナニサマなんでしょうかね。
 少なくとも私は、あこまでじゃないにしろ、酒を飲んでの失敗の経験はあります。 だからかもしれませんが、大目に見てやれよ、と思うのです。

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2009年4月24日 (金)

「SONGS」 ユーミンの歌を聴きながら生きてきた

 NHK歌番組 「SONGS」 の2回にわたるユーミン特集を、遅ればせながらやっと見た。

 3年ぶりのニュー・アルバムを発売、ということで、この 「SONGS」 だけでなく、「松任谷由実のオールナイトニッポンテレビ」 など、このところプロモーション目的っぽいテレビ出演が続いた感じだが、ユーミンにテレビでまた会える、というのは、単純にうれしい。

 「そしてもう一度夢見るだろう」 という題名のニュー・アルバムからは、「まずはどこへ行こう」。 「オールナイトニッポンTV」 でも歌ったくらいだから、このアルバムの中でも、ユーミン自身がお気に入りの曲なのだろう。
 往年のユーミンの歌に比べれば、曲調の派手さとは裏腹に、だいぶ落ち着いた気がする一曲である。
 さして鮮烈な印象の曲、というほどのことはないのだが、気がつけばサビの部分を覚えて歌ってしまってる、という、不思議な魅力のある曲だ。

 この 「SONGS」 の中で、「瞳を閉じて」 の歌碑が建ったときのNHK特集を、一部流していた。 なんだかこの本放送当時見たような記憶があったのだが、「瞳を閉じて」 が作られたのが1974年、この番組が放送されたのが15年後の1988年、それからさらに、今年で21年、曲が発表されてから、35年の月日がたっている。
 なんだか、えらく感慨深くて。
 そのゆかりの島を就職のために離れる若者たちを、見送る時に流れる 「瞳を閉じて」 を聴きながら、こっちも思わずもらい泣き。 自分も、ユーミンの曲を聴きながら、いろんな人生を送ってきたよなあって。

 「卒業写真」 にしてもそう。
 長野県のとある中学校の卒業式に卒業生たちが歌うことになったらしくて。 そのリハーサルでは、ユーミンもいっしょに歌っていた。
 当ブログ別項でも書いたのだが、「卒業写真」 という歌は、過去の自分から、今の自分を問われ続ける歌なのだ。 思えば、自分もこの歌に見守られながら、生きてきたよなあって。 しみじみ。

 ユーミンはニュー・アルバムを作るにあたって、このように、自分が音楽を作る意味を、根本から問い直し続けたようである。 「まずはどこへ行こう」 という新曲には、そんなユーミンの思いを、感じることができるのだ。

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2009年4月23日 (木)

くさなぎクン逮捕に寄せて

 パソコンの世界では、きちんとご自分の名前が変換すらしてくれないSMAPのくさなぎクン。

 渋谷 ( って最初聞いた気がしましたが港区らしいですね ) の公園で酔っぱらって全裸になって騒いで逮捕、とのこと、なんともご同情申し上げます。 よほどのことがあったんでしょう。

 世間には、口さがない人たちも多いことですし、悪口雑言をさぞや浴びていることと思います。

 特に、あなたは地デジ推進のシンボルとして、世の中の反感を買うようなことを、ひとりで引き受けてこられた。 あなたが地デジのCMに出るたびに、苦々しい思いをしてこられた方も、きっと多いと思います。 たぶん、画面右上に出る 「アナログ」 の表示と同じくらいのネガティブイメージです。 そんなあなたが事件を起こして、ざまあみろみたいに思っている人たちが、ここぞとばかりあなたをあざけるのが、目に見えるようです。

 ただ、私は、そんな憎まれ役のPRを、ほとんどただひとりでやってこられたあなたを、ちょっと尊敬しています。 総務相が、今回のことであなたを非難しているようです。 言い過ぎの部分は撤回したようですが。 それにしたって、地デジのイメージキャラクターとして矢面に立っていたのは、くさなぎクンだけでしょう。

 一時期 「地デジ大使」 とか言って、あなたのほかにもテレビ局の局アナがやっていた時期もありますが、いつの間にか立ち消えになっている。 契約の関係もあるのかもしれないが、終始一貫して地デジのPRをしているのは、くさなぎクンただひとりです。

 その問題と今回の問題は、直接関係のないことかもしれません。 でも私は、結構あなたの地デジに関しての役割には、同情しています。

 人は失敗しながら、成長するもんなんです。
 公人であろうと私人であろうと。
 公人であるあなたは、普通の人たちである私たちより、ずっとずっと重い責任を負っている。
 たしかにそれは、とてもしんどい。
 でも、それが分かっただけでも、あなたの人生にとってはとてもプラスでは、ないでしょうか。

 肝心なのは、いくら最悪の状況でも、もう一度立ち上がる勇気が、生まれてくるかどうか、なのだと、私は思います。 それが、遅くても、早くても。

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2009年4月22日 (水)

臨終3篇

   白い菊


街へ行かねば何もない
もずが窓辺に飛んできた
「わたしは昨日 死んだのです」
もし街へ行くのであれば
私に花の一本でも 買ってきてください




   ラグリマ


がらんどうのからだ
あなたのぬけがらだ
そこにあるのは いきているあいだ あなたであったぬけがらだ
なきさけぶひとがいて
だれかがあなたをつれていくという
なにもなかったように
どきょうがはじまった
しょうこうがはじまった
ひがくべられて
あなたはしろいはいとなった
あなたのほねはあつめられ
おはかにがらがらといれられた
あつまったひとたちは
ひとりふたりいなくなり
やがてわたしたちだけになった

そうして
ただあなたがいなくなっただけの
元の生活に戻る
わたしはある夜 ひとりぼっちのとき
なにもかなしくないのに
とつぜん涙がこみあげてきて
それまでちっとも泣かなかったのに
顔中ぐちゃぐちゃになって 号泣した
あなたはもう
いないのだ




   桔梗


あなたの遺品はあなたの香り
開け放たれた縁側から
トンボがほら 迷い込んできた

そのオニヤンマは飛びながらそこで静止し
わたしの猜疑心を試している

オニヤンマの心
羽の擦れる低い音

お香の匂いにでも 誘われたのか

緑の複眼 視線の先に
ほら あなたの写真が わらっている

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「新ブラックジャックによろしく」 マンガとウェブの関係

 「新ブラックジャックによろしく」 自体の話ではありません。 あしからず。

 「新ブラックジャックによろしく」「海猿」 などのマンガの作者である佐藤秀峰氏が、自分の作品を、ネットで配信することにしたようだ。
 そのいきさつはここでは詳しく述べないが、私が気になるのは、マンガをネットで読んだりすると、どうしてもそのマンガ家サンのペンタッチが反故にされる、ということだ。

 この、マンガをパソコンの中にいったん取り込む、という作業は、どうにも私のようなアナログ世代から言うと、野暮ったく見えて仕方ない。

 つまり、ペン描きのその線の一本一本、点のひとつひとつが、パソコン上では、いくらドット数(とは言わないのか?解像度か?)をあげても、とても活版印刷(これもこの言い方で正しいのかどうか分からない)の滑らかさには太刀打ちできない。 マンガを芸術の一部と考えているような、私のようなウザったい人間には、それがどうにも、我慢できないところがあるのだ。

 ここ数年、当のマンガ雑誌のなかでも、本編ではそういう野暮ったいことはしないにしろ、予告だの広告だのでは 「たぶんこれはパソコン読み取りだろう」 と一見して分かる絵が、頻繁に見られる。

 パソコン読み取りの絵は、いかに取りつくろおうとも、線のまわりに小さな点が密集しているのが分かる。
 あー野暮ったい。
 これじゃ単なる記号だ。
 私は、そのマンガ家の、ペンタッチが見たいのだ。
 そんなヤツいないってか? いや、どうにも、パソコン読み取りの絵には、そのマンガ家サンの魂が通ってない気がして、どうにも仕方ないのだ。

 もうひとつ気になるのが、以前ネットでマンガを読んだ時、見開きできちんと読めなかったことだ。

 いちいち画面をスクロールさせて、読みたい画面を拡大しなければ、ちゃんと読めないのである。

 私は、マンガという媒体は、2ページの見開きでひとつ、という芸術だ、という解釈をしている。
 それは、マンガのコマで一番大きいのが、2ページ見開きで1コマ、というスペースだからだ。
 それをスクロールであっちゃこっちゃ動かして見るなんて、無粋もいいところ、なのである。

 けっして私は佐藤サンの決断を非難するものではない。
 佐藤サンには佐藤サンなりの闘い、ってものがあるのだ。
 ただ、マンガをウェブで見せる、ということで、マンガ自体がアートの域を離れ、単なる情報と化してしまうことを、このおせっかいなオッサンは悲しむのである。 確かにそりゃ、単行本を買やぁいい話なんであるが、マンガを、ひとつの文化として、「大勢の人が触れる機会」、というものは、失われてしまうのでは、なかろうか。

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「世界ふしぎ発見!」 ヴィトンの話から…

 2009年4月18日のTBS 「世界ふしぎ発見!」 は、.ルイ・ヴィトンがテーマだった。

 フランスのヴィトンの工房にカメラが入るのは初めてだったとか。 意外なことに、ミステリーハンターの浜島直子チャンが最初に漏らした感想は、「革のような、木のような匂いがする」 というものだった。

 私、ヴィトンに関してはちっとも詳しくなくて、持ってるのはことごとくニセモノだった、みたいな、キーホルダーだけ本物だった、みたいな、どうしようもない論客なので、浜島サンの 「革の匂い」 は分かるけど、「木の匂い」 ってなんだ?と、いきなりいぶかってしまった。

 もともと、ヴィトンというのは、旅行カバンの製作から始まったらしいですな。 私がよく知っている革だけの作りのバッグは、派生的なものらしくて。 そこの工房では、様々なオーダーのカバンを作っているらしかった。
 それにしても、種類の多いのには驚く。
 私の持っていたルイ・ヴィトンのイメージ、というと、単なるブランド物、特に日本人が買いあさっている、というものでしかなかった。 だが、この番組を見て、そんなにチャラチャラしたものではなく、伝統に裏打ちされた職人芸の結晶、という無骨なイメージなんだなあ、と認識を改めさせていただきました。

 いきなり別の話になっちゃうが、クエスチョンのときに流れていた映像。 フランスの電車って、ちゃんと停車しないうちにドアが開くらしい。 列車がとまってないのに、乗客の皆さん、どんどん降りてっちゃうし。 ちょっとカルチャーショック。

 「世界ふしぎ発見!」 で面白いのは、こんなふうに、番組のテーマとは別のところで、興味深いものを見つける瞬間だ。 番組全体のコンセプトも、世界の地理や歴史など、分野にこだわらないことによって、マンネリ化を防ぐ役割を果たしている。 つまり、世界全体を相手にしている限り、ネタ切れ、ということが起こらないのだ。

 「世界ふしぎ発見!」 は、日テレとか裏番組で強力なものが出るたびに、視聴率の危機にたびたび見舞われている。 なのにここまで根気強く続いている、というのは、その切り口が、常に新鮮さを保っているからだろう。 もちろん、番組提供の日立サンの力も大きいが。

 そのほかにも、レギュラー陣の存在感の大きさ、ミステリーハンターの魅力、いろんな要因がこの番組を支えていると思うのだが、その積み重ねの結果、放送1000回を超える、テレビ界のひとつの財産に登りつめた印象がある。 日立サン、いろいろ経営も大変でしょうが、がんばってこの番組を支えてやって下さいまし。

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「白い春」 第2回 やっぱり笑えるぞ

 フジテレビ火曜10時ドラマ 「白い春」 は、純然たるコメディではないが、やはり結構、笑えるドラマのようである。

 しかし、私の記憶が確かならば、この笑いの構造は、あまり見たことがない。

 つまり、阿部寛サン演じる元ヤクザの男が、笑いとは最も遠い所にいるタイプの人間だからだ。
 同じ主演同じ脚本だった、「結婚できない男」 のカタブツ主人公をさらにパワーアップして、頑なに、意固地にしたような、阿部サンが演じる人物は、そんな男なのだ。 しかもえらいコワい。

 そんな男が、自分の恋人だった女の治療費を、遠藤憲一サン演じるパン屋の主人がネコババしたと思い込んで、パン屋の店先にバス停だの、お地蔵さんだのを夜な夜なヒーコラ言いながら持ってきて嫌がらせをするのは、結構笑えるのである。

 その嫌がらせを受けて立つパン屋の対応も笑わせる。
 バス停を元の所に戻すのに、途中まで遠藤サンもやはりヒーコラ言いながら引きずっているのだが、土台が丸いことに気付き、斜めにしてゴロゴロ転がしゃいいんだ、と気づくところとか、お地蔵さんを夫婦そろって拝むところとか、それをまた元に戻すのに、バス停を転がしたのと同じ要領で、お地蔵さんに謝りながらゴロゴロ回して運んでいくところとか。

 それにしても、かくもコワモテのとっつきにくい阿部サンに対して、ポニョの大橋のぞみチャンだとか、危うさ全開のフリーター吉高由里子チャンが、なぜ惹かれるのかという理由が、いまいち弱い気はする。 吉高由里子チャンのほうは、「どうして気になるのかな」 とかドラマの中でしゃべらせてはいるのだが。

 でもまあ、面白いからいいか。

 2回目のラストは、大橋のぞみチャンが持ってきたアンパンをかじりながら泣く阿部サンだったが、このドラマ、笑って泣かそうとしているな、というのがちょっと透けて見えたかな、という感じ。 阿部版 「男はつらいよ」 といったところか。 でも寅さんとは、全然違いますけどね。

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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2009年4月21日 (火)

「鉄腕バーディDECODE:02」 作画崩壊に対する拒否反応

 「鉄腕バーディDECODE:02」 というアニメについて以前、「これだけのことができるなら、もっと上を狙えるはずだ」 と書いたのだが、ラストスパートで一気に加速し、最終回では、制作スタッフの真の実力を見た気がした。

 このアニメ、物語中盤で作画崩壊がアニメファンの中ではちょっとした話題となった。
 私から見て興味深かったのは、その 「作画崩壊」 をこき下ろしているアニメファンの中に、いい大人が結構いたことだ。

 問題の 「作画崩壊」 とは、どんなものだったのか。

 第7話 「WE WILL MEET AGAIN」、主人公バーディの過去の記憶に、千川つとむという高校生がダイブする、という話である。

 そこでわれわれ視聴者に見えているのは、バーディが見ていた過去の記憶であり、そのためにバーディが都合よく解釈している部分、というものも存在している。
 実は、ここが 「作画崩壊」 を読み解くひとつの鍵なのだが、見ている側にとって混乱を引き起こす原因が、なかったわけではない。
 それは、バーディが直接目にすることができない場面もインサートされていた、という演出方法である。 これは、物語を分かりやすくするために、どうしても必要な要素だったのだが、これで却って 「この回はバーディの心の風景」、というお約束を、見ている側が忘れてしまった要因になった気がする。

 その 「作画崩壊」 は、バーディが最も思い出したくない記憶である、セントラルタワー崩壊事件の遭遇中に起こった。

 地下に取り残され、敵のメカに囲まれて生命の危機がバーディを襲った時、バーディの最も慕っていた、ヴァイオリンという母親役ロボットが、メカと闘って無残な最期を遂げるのだ。
 ここでは画面全体がまるでラフスケッチのようになり、伝説に残る 「エヴァ」 の25、6話のような、丁寧さまったく無視の作画になる。
 それは、私が述べてきたように、「バーディが最も思い出したくない記憶」 なのだから、その記憶を見ているわれわれも、作画の崩壊によって、バーディの記憶の混乱も感じることのできる演出、なのである。 つまり、作り手は、わざとそうしているのだ。

 だが一部のアニメファンは、それに拒絶反応を示した。
 この反応を見ていて私が思ったのは、アニメファンというのは、絵がまずくなることに、非常に敏感だ、ということだった。 そして、制作側の事情に対して、非常に敏感だ、ということだった。

 確かに、私もアニメを見ていて、回によってヒロインの絵が、ちょっとヘタクソだなあと感じたり、全体的に丁寧に描かれてないなあ、というのは、感じたりする。 だが、昔はそんなこと、とても当たり前だった。 その年寄り感覚でものを言わせてもらえば、制作側だって大変なんだし、そこまで求めてもなぁ、と思う。 一から十まで個人でやっているならまだしも、アニメというのは、複数の人が何千枚も絵を描く、という、途方もない共同作業なのだ。  しかも給料安いし。 複数の人が描いている以上、仕上がりにばらつきが出るのは、どうしようもないことではないのか。

 でも、アニメファンは、そんなところにも、気をまわしすぎなのだ。
 制作側の事情というものに。
 それで、「作画崩壊」 と 「制作側の事情」 を、いとも簡単に結びつけたりする。 製作費や時間がないからだ、とか、作監のやる気がなくなったからだ、とか。 それがアニメとしての表現方法のひとつだと思えず、制作側に何らかの問題が生じた、という方向にしか、思考が働かないのだ。
 それは一面では、アニメ製作に対する現状の厳しさに、アニメファンが危機感を抱いていることの証左、でもある。

 ただ、個人的に言わせていただければ、アニメファンの方々は、もっといろんな種類のアニメーション、というものを体験したほうがいいような気もする。 ちょっと飛躍した話のようであるが。

 世界には、それこそ数え切れないほどのアニメーションがある。
 そして、その表現方法というものも、千差万別なのだ。
 別に強制するつもりはないが、いろんなものを見ておけば、少なくとも、今回の 「作画崩壊」 に対して、これも表現方法のひとつだと思えるようには、なるんじゃないだろうか。

 「萌え」 という、アニメなどのキャラクターを愛でる世界は、「このキャラクターはこうでなくてはならない」 という思い込みも形成してしまう点で、自らの、ほかの興味を広げる可能性を閉ざしてしまっているような気も、するのだが。 いかがなもんでしょう。

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復活 「桑田佳祐の音楽寅さん」 エッジ健在

 のっけから桑田佳祐追悼番組で始まった、「音楽寅さん」。

 またやってくれたなあ、と思いながら、シャレの通じなさそうな人には、ちょっとキツイかな、というくらいのリアルさで。
 最近、この手のシャレに、本気で怒る人、結構多いですからね。 私などは、シャレの通じない世の中って、つまらんのう、としか思えませんけど。 桑田サンはでも、そこまで考えて、こういうことをあえてやっているんじゃないか、という気はします。 あの人は、相当確信犯的なこと、やりますからね。

 いや、それにしても、笑えました。 最近こんなに笑えたのは、ドリフ大爆笑SPの、加トチャンの階段落ち以来でしょうか。

 身重の佐々木恭子アナが司会で、ユースケサンタマリアサンと、岸谷五朗サンが友人代表。 途中から、トラの着ぐるみを着た桑田サンが登場して、まず自分の遺影にビックリ、佐々木アナの大きなおなかをさすって、「はすいしてます」。 もーおかしくておかしくて。 あげくに赤ん坊を取り出して、「うまれた」 って。 いやいや、佐々木アナ、いじられまくってます。 お腹が痛くなるほど笑いました。

 それでもあくまで無視し続ける3人。
 トラの着ぐるみを着た桑田サン、それからユースケサンの頭にうんこをのっけたり(もちろん作りものです)着ぐるみのしっぽをナニに見立ててシコシコやったり。 あーもー、放送コードギリギリ、って感じ。 それまで泣くふりをして笑いをこらえている、という演技っぽいことをやっていたユースケサンと岸谷サンも、これにはさすがにマジで笑ってたみたいです。
 桑田サンのギャグセンスは、まだまだ健在です。 ちょっと危なすぎて、全部放送できるのかは分かりませんが。

 そのあと福山雅治サンの 「桜坂」 のカバー。 まるで桑田サンのオリジナルのように聴こえました。 それで気付いたんですが、桑田サンと福山サンって、作風似てるんですね。

 「イエスタデイ」 を、「犬捨てたでい」 と日本語に変えて歌ったり。 私の場合よくやるのは、「家捨てたでい」。 犬を捨てるのは、初めてみるパターンでした。
 「犬捨てたでぃ~ おっさんトラブル続きでさあ大変~ 『芸達者』 で 『変人』 評判に~ もうこれっきり 犬捨てたでぃ~」 という、よくワカンネエ歌詞でした。 桑田サンのオリジナルっぽいですね。

 スタジオライヴでは、ジョン・レノンがあらゆるところで歌っていたロックンロールのカバー曲。 「ブルー・スエード・シューズ」「スロウ・ダウン」「ブリング・イット・オン・ホーム・トゥ・ミー」「ジョニー・B・グッド」。 「ジョニー・B・グッド」 では、「日テレGOGO」 と、他局の名前を連呼。 お客さんたち若い人が多かったみたいだけど、この4曲に共通する意味を分かった人が、どれだけいたんだろう。

 とりあえずこういう過激な問題提起をしてくれる番組が、また始まったのは、実に喜ばしいことです。 しかし、なんで月曜日なんスかね。

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2009年4月20日 (月)

日曜朝にスッ飛ばされた 「ヤッターマン」、何か変わったか

 番組改編のあおりを受けて、月曜夜7時台から日曜朝7時台への移行を余儀なくされた、「ヤッターマン」。

 ドクロベエの孫とかいうドクボンというオコチャマが、一昔前のガングロ女子高生言葉を連発するブタの乗り物とともに登場。 このブタ、オモッチャマと声優サンが一緒で、その変わりっぷりも結構興味深い。

 ただ、このドクボン、ドロンボー一味に、なかなか絡みづらい。
 あの悪役3人組は、ひとつのフォーマットとして完成されつくしたキャラクターだからだ。
 リニューアル後2回くらいは、ドクボンに翻弄されるドロンジョ達が結構面白かったが、これ以上の展開って、ちょっと難しそうな気もする。 それに、このアニメの主役は悪役3人組だ、という見方から言うと、結構うっとおしかったりもするのだ。 キャラクターデザイン的には、アクビ娘とか、タツノコイズムしっかり受け継いでるんですけど、ドクボン。

 そのドクボンに加え、リニューアル3回目ではさらに、ドロンボー一味にライバルができたみたいで、ますますドロンボーの立ち位置がぼやけてしまうような予感もする。

 だけど、放送時間があまり視聴率の期待できなさそうな、日曜の朝7時に移行したことで、かえって 「ヤッターマン」 全体に、変な縛りがなくなったような感じを受けることも確かだ。

 どこがどう、という具体的な指摘はできないのだが、夜の時間帯にやっていたときより、なんかはじけている印象がある。 主題歌の歌い手が高見沢俊彦サンに交替し、32ビート全開・音程外しまくりで歌ってるからかなあ? 外しまくってますよねえ? 高見沢サン。

 ヤッタージンベエとかいう巨大空母?の登場というのも大きいかな。 スケール感がアップしたような感じになるし。 感覚的には、ゴッドフェニックス。 タカラトミーがまた、儲かりそうだ。

 なぞなぞコーナーとか、カード当てクイズとか、本編以外の小ネタが増えたっていうのもそうかなあ。

 個人的には、アイちゃんのセクシー度が増した気がするんですけど。 変身のときとか。

 特定した原因は分からないが、なんか、夜やってたときより、はじけてる、って感じは、する。 ただ、リニューアル2回目で早くも6つ目のドクロリング発見で、なんだかすぐ終わっちゃいそうな気も、しないでもない。

 それにしても、甥のためにDVDに録画しとるのに、時計のテロップは、邪魔ですなあ~。

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「天地人」 第16回 イチャモンつけたのにまだ見てます

 ネットによると、前回の 「御館落城」 には多数の批判がブログに書かれたらしい。

 かく言う私もその中のひとりだったのだが、どうも皆さんとは批判の矛先が違ってたみたいで。 私の場合は戦さのシーンを見せないことの罪深さにだけ絞って書いたつもりだったんですが、やっぱりほかの不満点にも、どうしても飛び火してしまって。

 でも、私としては、自分がテレビ番組に依存しているのに、批判など書くのは、正直フェアじゃないと思っています。 いやなら見なきゃいいんです。 それを、たかだか45分人生の一部を無駄に消費したくらいで(笑)、くどくどと重箱の隅をつつくようなことを。 そりゃ、1分1秒も人生無駄にしたくない人にとっては、どうしても許せないことなんでしょうけど。

 自分の認識不足で批判記事を書いて、思わぬしっぺ返しを食らうこともあるし。
 そういうことを極力廃そうという覚悟でブログを書いているのに、自分もやったことありますよ。
 批判ってのは、軽々しくするもんじゃないです。
 ちゃんと全体を見て、判断しなければ。
 だって仲間内でしゃべっているんじゃなくて、大げさに言って全世界に発信しているわけですからね。
 自分の韓国ドラマの記事が、韓国語に直されて発信されているのを見た時には、正直言って驚きました。 どこでどうやっているんですかね。

 かくしてイチャモンをつけながらもまた見ている、「天地人」 第16回 「信玄の娘」。

 御館以降も内乱が続いているのに、ナレーションひとつで例によって全く戦さのシーンはなし。
 もう、覚悟を決めました。
 このドラマ、戦国ものだけど、戦さやらないんだって。
 それはそれで凄い覚悟だなあとは思いますよ。 それって、カレーライスに、カレーをかけないってことでしょ? それで、ライスの代わりにサフランライスにして、このサフランうまいでしょ、と視聴者に向かって訴えようっていうのは、通り一遍の覚悟ではできないことだと思う。 スゲー皮肉っぽく聞こえます?(笑)

 今回よかったのは、高島礼子サンが比嘉愛未チャンのところに来て、ユキワリ草を見て、相武紗季チャンを思い出して後ろ姿で泣くところ。 そこ、そこだけですかね。 その同じシーンの前後も相変わらずワザトラシくて。 …ああ~、またイチャモンつけとるぞ!(笑)

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NHKBS 「GS大全集」 出演者がお亡くなりになる怪

 私の記憶が正しければ (…)、NHKのBSで何年かに一回みたいな定期的に放送される 「グループサウンズ大全集」 に出演されたかたが、その後数か月しないうちにお亡くなりになる、ということが、結構あるような気がするのだが。 あれ、この前出てたよね、ということ、ありまんか?

 「好きさ好きさ好きさ」 カーナビーツのアイ高野サン。
 「朝まで待てない」 モップスの鈴木ヒロミツサン。
 そして今回、ジャガーズの岡本信サン。

 私の勘違いならいいんですが。

 いずれにせよ、ご冥福をお祈りいたします。

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2009年4月19日 (日)

「ぼくの妹」 第1回 衝撃的幕開け

 日曜劇場 「ぼくの妹」、第1回のラスト。 あまりにも衝撃的。
 まさか、あんな展開になるとは、思いもよらなかった。
 さすがに、池端俊策サンの脚本である。

 私にも、こんなに直接的なレベルではないにしろ、こういう経験がある。
 あの時ああしていれば、あの人は死なずに済んだのではなかろうか、という経験だ。
 それは自分の責任ではないにしろ、無理をしてでもそれをやらずにいた、言わずにいたためにそうなってしまった、という後悔の念が、いまだに心のどこかにくすぶっていたりする。

 この物語が、これほどの深刻な内容になる、という伏線って、思い返してみるとそこかしこにあった。

 まず、長澤まさみチャンが妻子持ちの弁護士に騙されて、結婚の約束をしていること。 かなり頼りないクセに、自分は世渡りがうまいと勘違いしているような危うさを、そのことで表現している。

 つぎに、長澤まさみチャンがヤーサンに監禁されるところ。 このエピソードは、相当ヤバイレベルでこのコは世渡りをしていると、見ている側にじゅうぶん認識させる。
 だが、その問題解決が、いかにもドラマにありがちな方法だったため、その程度の話なのか、と見ている側にタカをくくらせてしまったのだ。

 だから、オダギリジョークンとともさかりえチャンがいとも簡単にベッドインしてしまうのも、なんか簡単でドラマじみていると思わせたし、結局美人局かよ、みたいな展開も、見ている側にスキを作らせるのに、じゅうぶんなエピソードだった。

 そのタカをくくらせスキを作らせた末に、あの結末。

 いやー、ドラマを見る醍醐味を、久々に味わった気がする。 TBSサン、「ドラマのTBS」、しっかり堪能させてもらいました。

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「ゴーストフレンズ」 第3回 福田沙紀チャンのほほえみ

 好みは人それぞれなのだが、福田沙紀チャンファンには、おそらくたまらないであろう、この 「ゴーストフレンズ」。

 第3回目、なんかドラマ自体のコメディ度が上がったと思ったら、脚本家のかたが変わっていた。 ドタバタチックに路線変更とも取れなくはないが、これはこれでアリ。 ちっとも気にならない。
 そう思えるのは、このドラマのスタッフの主眼が、福田沙紀チャンの 「今でしか撮ることのできない魅力」 を、真空パックみたいに保存しようとしているところにあるから、だとは言えないだろうか。

 実際、このドラマの沙紀チャンは、きらきらした18歳の若さのきらめきの中にある。
 彼女のそのきらめきは、とてもはかなくて、今でしか残すことができない類のものだ。
 その福田沙紀チャンの表情を、カメラは実に名残惜しそうな感覚で追っている。
 このドラマのカメラは、彼女の、今この時だけの魅力を、このドラマの中に封印したい、という想念にあふれている。 それがひしひしと伝わってくるのだ。

 ほかにもこのドラマには、きれいな女性やカワイイ女の子が何人か出てくる。 だけど、そちらのカメラには、沙紀チャンほどの思い入れを感じることができない。 それだけに余計、それほど華があるようには見えない福田沙紀チャンが、今までになく、かわいくテレビ映えしているように、見えるのだ。

 今回の話は、ドラマ中では沙紀チャンに次いで魅力的に見える、片瀬那奈サンにつきまとう、オタクゴーストの話。
 きちんとした人間関係から逃げ続けてきたオタクのけじめ、みたいな話で、コメディ増量中という話の流れのなかでも、ちっとも浮き上がるような暗い話ではなく、そこそこに楽しめた。 何よりこういう軽いタッチのドラマは、肩がこらないし、見終わった後、すがすがしさが残って、これはこれでいいもんだ、と思える。

 その余韻に残っているのは、先ほどクドクド述べた、福田沙紀チャンへの、カメラさんの思い入れたっぷり詰まった、ラストショットの笑顔である。

 それは当ブログ別項で述べた、新垣結衣チャンのような、極上の笑顔には負けるきらいはあるが、その沙紀チャンのラストショットは、作り手の思い入れが込められたその時に、新垣結衣チャンの極上の笑顔を、凌駕するものに、なり得るのだ。

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2009年4月18日 (土)

「スマイル」 第1回 新垣結衣チャンのほほえみ

 TBSの金曜ドラマ、「スマイル」 の第1回目を見て私が注目したのは、松本潤クンの屈折した青年の演技もありましたが、この息苦しくなりそうなドラマに風を送り込んでくる、新垣結衣チャンの存在でした。

 このコを初めてみたのが、ポッキーのCMで、それ以来ずーっと思っているんですが、新垣結衣という女の子は、「究極の笑顔の持ち主だな」、ということ。

 私もこのトシになるまでいろんな女の子の笑顔を見てきたけれども、ここまで素晴らしい笑顔の女の子は、見たことがないです。 新垣結衣チャンという人はでも、笑顔のあまりの素晴らしさに惑わされてしまいますが、普段の彼女の話ぶりなんかを見ていますと、結構ナイーブそうな感じなんですよね。
 その女の子が、「パパとムスメの7日間」 というドラマで、舘ひろしサンと性格が入れ替わる役をやっているのを見て、その演技力のあるのにも、つくづく感心したものです。 オジサンは新垣結衣チャンと同世代でなかったことを、とても残念に思います。 まあいいか。 オジサンには百恵チャンがいたのだ(笑)。 何かむなしいな(笑)。

 ともかく、その 「笑顔の化身」 である新垣結衣チャンの象徴である 「笑顔」、がそのまま題名のこのドラマ。
 失語症の女の子、という難しい役を、結衣チャンは完璧にこなしている、そう感じました。

 ドラマで彼女の演じているこの女の子は、松本潤クンにストーカーチックにつきまとい始めるのですが、普通ドラマでそんなことをされると、「なんで?」 と疑問がわきあがって仕方なくなるものです。
 けれども彼女の演技には、そう考えさせるスキを、見ている側に与えません。

 なぜスキを与えないのか。

 声が出ないその女の子の感情を、表情をくるくる変えることで、表現しているせいです。
 ここらへんの表現力は、さすがというほかはありません。
 声が出ない気まずさを補おうとして彼女が見せる 「笑顔」。 なんか、オアシス発見!(笑)という感じがして、ならないのです。
 
 物語は今後、フィリピン人のハーフである松本潤クンの誤認逮捕から、どう展開していくのか、結構見ものでありますが、暗くなりそうなこのドラマの中で、結衣チャンが思いっきり、泥の中の花を咲かせてくれることに、期待します。

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「久米宏 ラジオなんですけど」 ゲスト黒柳徹子サン

 ラジオのスペシャルウィークで、TBSラジオ 「久米宏 ラジオなんですけど」 でも、かつて 「ザ・ベストテン」 でゴールデンコンビだった、黒柳徹子サンがゲストで出演していました。

 黒柳サンはこないだ 「テレビってヤツは」 の最終回でもゲストに出てきて、「ザ・ベストテン」 を放送していた、旧TBSのGスタジオ跡で、久米サンとおふたりでタイトルコールをやったりして、通りすがりの人たちに拍手喝采を浴びていましたね。
 「テレヤツ」 ではそのあと、おふたりで放送関係の大学に訪問して、講義をしたんですが、「ザ・ベストテン」 という番組自体の存在を知らない学生だらけで。 そりゃそうですよね、もう20年以上前の話なのだから。

 話戻って、今日の 「ラジオなんですけど」 のもうひとりのゲストが、田原俊彦サン。 「ザ・ベストテン」 出場回数ナンバー1とかで。 トシちゃん、アハアハ笑いも健在で、なつかしかったです。 「久米サンの顔がジャニーさんに似ていると思っていた」 という告白(笑)。 でも、デビュー30周年ということで、ずいぶん元気で、現役感にあふれていました。 たぶん、これから30周年の露出も多くなるでしょう。

 久米サンと黒柳サン、というコンビは、なんだか相性が悪そうなんですが、そのクロストークの内容は、実に刺激に満ちているところがあります。

 相性の悪そうな人どうしの丁々発止が面白い、というのは、かつての 「やるマン」 の吉田照美サンと小俣雅子サンにも通じますが、これって、面白い漫才コンビは仲が悪い、という事実にも似ている気がします。
 ただ、久米サンと黒柳サンは、おふたりともツッコミ役、という点で、特殊かなー。

 おふたりとも、とても早口で(笑)。 そのおふたりが、矢継ぎ早にマシンガントークを繰り広げるさまは、「ザ・ベストテン」 の斬新さのひとつだった気がします。 振り返ってみれば、それは実に、新しい時代のバラエティの在り方を提示していたものだったのではないでしょうか。

 「ザ・ベストテン」 の詳しい論評はまた別の機会にしたいと思いますが、このおふたりのクロストークは、私にとって、思春期に一番居心地がよかった、揺りかごみたいな感覚があるんです。
 このおふたりがしゃべっていれば、ある程度つまらない話でも、興味を持って聞くことができる。 これが、久米サンひとりだと、ちょっとキツイところがあるかなー(笑)。 TBSテレビでこのほど始まった、「クメピポ!」 は、正直言ってそうでした。 久米サンが興味がある人でも、見ている側が興味がない人の話は、やっぱりつまらないんですよ。 それが、黒柳サンがそばにいると 「どこが面白いの」 みたいな反応をする。 これがいいんですよ。

 これって、ひょっとすると、黒柳サンの話芸の力かもしれません。 黒柳サンがつまらない話をしているのを聞いたことって、なんだか個人的には、ちょっと記憶にないです。 そう考えると、改めてこの人は、テレビ界第一の至宝だ、と思います。
 そして、黒柳サンのその魅力を最大限に引き出せるパートナーが、ほかならぬ久米宏サンだ、と思うんです。

 こんな、スペシャルでもなければ復活しないこのコンビ。
 ぜひぜひレギュラーで、毎週見てみたいものです。 「クメピポ!」 なんてさっさと終わって、ニュース版もしくはエンタメ版 「ザ・ベストテン」、みたいな番組でも、やったらいいのに。 おふたりとも映画の知識が豊富でいらっしゃるようだし、面白いんじゃないのかな。

追記 「クメピポ!」 はその後、さっさと終わっちゃいました(笑)。

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ヒデキ80%

 NHK朝の連ドラ 「つばさ」 は、私リタイアしちゃったんですが、たまにちょろっと見ると、西城秀樹サンがヤーサン系会社の社長で、久々のドラマ出演、とのこと、がんばっております。
 だいたい、「つばさ」 自体が、昔秀樹サンの出演していた 「寺内貫太郎一家」 に似ているようなところがある。 といっても、つばさチャンの家の食事風景だけですけど。

 西城秀樹サンは、昔大ファンでした。
 山口百恵チャンが、デビュー前にヒデキの追っかけをしていたとか、聞いたこともありますが、それとは関係なく、ファンでした。 西城秀樹と山口百恵、というのは、一時期私のお気に入りのアイドルの双璧だったんです。

 その秀樹サン、何年か前に脳こうそくでしたっけ?患ってから、奇跡的な回復を見せて復帰したのですが、それからなんとなく、性格が変わっちゃったような気がしてます。
 そりゃ、生死にかかわる病気をしたのですから、人生観が変わっても別段不思議な話ではない。 だけど、なんとなく元気が、それまでの80%くらいしかない秀樹サンを見るのは、ちょっとつらい。

 秀樹サンという人は、近年の 「青春のポップス」 のような落ち着いた番組をやっている時でも、どことなくはじけたところがありました。 秀樹サンの持ち歌でも、いくら暗い曲があったとしても、不思議と 「陰り」 みたいなものを感じなかったものです。
 それは、秀樹サンの持っている、天性の明るさだったと思うんですが、私生活の面でも、自信に満ちて、結構イケイケだったのではないでしょうかね。

 脳こうそく、という病気は、そんな秀樹サンの自信を、根底から打ち砕いてしまった出来事だった、と想像できます。 それ以来、全開フルスロットル、って状態に、怖くてなかなかなれないんだと思う。

 まあ、無理は禁物なのは当然ですが、かつてのような天真爛漫ぶりも、もう一度見てみたいものです。

追記 その後、秀樹サンが100%に回復したな、というところを見かけて、訂正記事を書きました。 よければそちらも併せてお読みください。 (→当ブログ2009年4月27日付 「ヒデキ90、いや100%」)

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2009年4月17日 (金)

1982年5月3日「中島みゆきのオールナイトニッポン」

 別に意味はないのですが、こんなんでてきました。
 「中島みゆきのオールナイトニッポン」、1982年5月3日月曜深夜25時(4日火曜午前1時)。

 「今日さ、あの、夜ね、某テレビ番組の歌番組、んん(咳払い)、失礼、見ておりましたらね、んーとー、かわいらしい女の子が歌っておりましたですね、『おーカワイイじゃない』 とか言って、イントロ始まってね、たぶんこの辺で歌うんじゃなかったかな、というとこになっても全然聞こえてこない。

 「あたし目ェそらしながらチョロチョロ見てたりしたもんですからね、『アレ?オイ、忘れてるよ、オイ、歌詞忘れてるよ、あたしだけじゃないんだねー (歌詞忘れる人)やっぱり』、とか思いましたらね、あのー、マイクがー、ちょん切れてたっていうかね、入んなかったのね。

 「そん時あたし思ったもんね。 『ア、そうか、今度から歌詞忘れたら、アラ?マイクが…ってね、こうすりゃいいんだな』 とか、このように思いましてですね、もう一生懸命勉強しましたけれどもね(歌詞覚えること?)。

 「で、さすがでしたね、あの(カワイイ)歌手のかたね、壊れた時だいたい、あ、マイクが壊れてたとか気付いた時ってさ、たぶんあたし、中島みゆきサンなんかの場合ですとね、コンサートなんかで、『ア、マイクが通ってない』 とかいったら瞬間に、『なんだよコノヤロー、壊れてれるよー!』 なーんか言うと思いますけどね、(その女の子) 、『あ!三田寛子です!』 とか言いましたもんね(笑)。 しっかりしたもんですね、あーいうふうにあたしも言いたいもんですね。

 「今度からコンサートでもって、『ア!(マイクが)壊れてる!』 って時には、『あ!中島みゆきです!』…と言っても、(遠くには)通らない、いや、地声で言うしかないな、おっきな声で、二階の隅まで聞こえるような声で、『あ!!中島みゆきです!!』。 オールナイトニッポーン」

 んで、同日深夜、たぶん26時50分(午前2時50分)ごろ。

 「えー、高校行きたかったあなた、女の子(からのお手紙)です。 あたしはー、まあ、あんた本人じゃないから、自分の基準でしかもの言えないけれどもね、偉そうなことを、まあ言っちゃえば、まあ、どういうところを、通って来たかっていうことよりもね、そこで何をあんたが吸収してきたかってことだと、思うわけよね。 理想論かも知んないけど。

 「え、まあ、そら、まわりじゅうのすべての人間にさ、あなたの良さを分かってもらおうとかいうのは、そりゃ無理なことだけど、分かってくれる人も、どっかにひとりはいるかもしれないとかね。

 「それからー、誰かに分かってもらおうとするとかさ、そういうふうに思うことだって、素敵なことじゃあ、ないだろうか。

 「ハイ、…どうも。
(ラストナンバー 「世情」)」

 某テレビの歌番組、というのは、「夜のヒットスタジオ」 だろう。 みゆきサンは、「オールナイト」 の前に、よくこの番組を見ていたようだ。 今ウィキでさっと調べたが、三田寛子チャンがその時歌っていたのは、たぶんデビュー曲の 「駆けてきた処女(おとめ)」 だと思われる。

 別に意味はありません。 ただ、みゆきサンの極端な二面性というものは、若い世代の方々にも、感じていただけたと思います。 これが、当時一番人気があった、深夜放送の番組です。

追記
 この記事でみゆきサンが 「高校行きたかったあなた」 と話していた人、その後、みゆきサンの歌 「ファイト!」 のモデルになったみたいです。 YOU TUBEで消されまくってたみたいですが。

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「きらきらアフロ」 鶴瓶サン減量と中居クンの関係

 今週の 「きらきらアフロ」 で圧巻だったのは、鶴瓶サンの減量体験の顛末。

 映画の役作りのため痩せなければならなくなった鶴瓶サンの、今年(2009年)1月15日時点での体重は77.5㎏。
 その話を聞きつけたSMAPの中居クンが、「65キロ切るんですよね」 とぼそぼそしゃべってきたと(笑)。 別にそこまで痩せる必要はなかったらしいんですが、鶴瓶サンも引き受けてしまったそうで(笑)。 んで出来なきゃマカオのタワーからバンジージャンプとかいう約束もしてしまったと(笑)。 中居クンらしいムチャブリであります。 引き受けた鶴瓶サンも、まあ何か明確な目標が欲しかったんでしょう。

 その後、三浦友和サンの家で飲み会やってリバウンドしてしまったと話していた時、あと7キロ痩せなければならんということでした。 そのことを書いた当ブログの日付が3月初めごろだったから、おそらくその時点で72キロあったはずです。 ひと月半でだいたい5キロ落とすんですか。 まあ、ペースとしてはそんなに悪くはない気がします。

 けれども、3月17日、約束の日までの一日が、凄かったー。

 その一日のドキュメントを、今回の 「きらきら」 ではしゃべっていて。
 例によって面白おかしくしゃべってたので、とおりいっぺんに 「12キロ痩せたのかあ、凄いなあ」 としか感じなかったんですが、あとからよく考えると、そのラスト一日の経過は、まるで 「あしたのジョー」 の、金竜飛との試合当日さながら(笑)の壮絶さだった気がします。

 約束前日の3月16日時点での鶴瓶サンの体重が68.1キロ。 一日で、あと3.1キロ以上痩せなければならない(キッツー)。
 それを聞いた時点で、あーこりゃ無理だ、と思っちゃいましたが、ここからが実に驚異的。

 風呂に入って就寝し、翌日朝の体重が67.4キロ
 それから1時間以上ランニングをして66.7キロ
 1時間以上走った、というのも凄いけど。 よく走っていられますなあ。
 しかも落語しながら走ったらしい(!)。 走りながらしゃべったら疲れる、って、小学校の時言われませんでしたか? いやいや、凄い体力だ。

 でも余談ですが、体を動かしながら何かを覚える、っていうのは、理にかなった暗記法ですよ。 私も、試験のときはよくやったもんです。 いまだに試験とか、たまにあったりすると、体動かしまくってます(笑)。 体操しながら記憶すると、頭に入りやすいんだこれが。

 話は戻って、鶴瓶サンはランニングの後サウナに入り、落語を二席やって、65.3キロまで落とす。
 げえー。 落語だって。
 サウナも結構効果的とは思いますけど、落語っていうのも、相当体力使う、って聞いたことありますからね。 しかも演目のひとつは、あの 「愛宕山」。 連ドラ 「ちりとてちん」 でもB子とおじいちゃんの思い出に残る、特に印象的だった、アレですよ。 アレは、疲れますよ。

 そのあとちょっとポスター撮りが入って、ボクシングを6ラウンド。
 ちょっとちょっと(笑)、ボクシングを、6Rですよ(マジ…?)。
 軽いスパーとサンドバッグ叩きを3Rずつだったらしいんですが、1R3分ですからね。 18分ってことじゃないですかー。

 それから 「死ぬ前の森進一みたい」(笑)なヘロヘロの声で 「泣ける歌」 のコメント撮り、その後、さらにヘロヘロになりながら 「仰天ニュース」 の撮りが、5時間。
 なんなんだ(笑)。
 すげえぞ(笑)。
 よく出来んな(笑)。
 そして、「仰天ニュース」 の仕事の後、体重計に乗ったら、64.8キロ
 げえー。
 達成しちゃったよ!
 1日で3.3キロ。 しかも、しぼりにしぼった末ですよ。

 それを見た中居クン、さすがに 「ぜんっぜん面白くない」「なに目指してんですか」 と、小声で鶴瓶サンにぼやきまくり(相変わらず、かわいくないなあ…)。 鶴瓶サンも素直に負けを認めない中居クンに、「じゃっかあしいわ、アホ!」 とブチ切れ(笑)。
 さんざん鶴瓶サンに悪態をついていた中居クンでしたが、その日の夜中に、酔っぱらった声で、「まあまあ、びっくりしました。 やる時ゃやるなあーって」 と、留守電が入っていたそうです。

 中居クンも、「私は貝になりたい」 のときに減量していたけど、それでも9キロだったらしい。 中居クンらしい、負けの認め方です。

 中居クンという人を見ていて思うのは、かれは結構キツイ物言いを平気でするやつなのですが、そのとげとげしさも魅力のひとつに取りこんでしまっている、ということ。
 そして、相手はその中居クンの物言いに、だいたい怒ったりしますが、それでもけっして、険悪なムードにならない。
 要するに、中居クンと相手との間に、このやり取りはマジな喧嘩ではなく、いわばエンターテイメントのひとつなのだ、という、暗黙の了解がなされているのだろうと思います。

 しかし、鶴瓶サンの、根性見せたる、というところは、つくづく驚嘆しました。

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2009年4月16日 (木)

ジョージ・ハリスン、ハリウッド殿堂入り

ロサンゼルス(CNN)】 ビートルズの故ジョージ・ハリスンさんが14日、ロサンゼルス・ハリウッドにある、映画や音楽スターの名前を刻んだ敷石が並ぶ 「ウォーク・オブ・フェイム」 に名を連ね、殿堂入りした。 ハリスンさんは58歳だった2001年、がんで亡くなっている。
 ハリスンさんの 「星」 は、ハリスンさんの音楽を配信してきたキャピトル・レコードのすぐ近くに設置された。 式典には妻オリビアさんと息子ダニさんのほか、ポール・マッカートニーさんなど友人ミュージシャンが出席した。
 この日に合わせ、キャピトル・レコードとEMIは同日、ハリスンさん初めてとなるソロのベスト盤リリースを発表。発売日は6月16日となっている。


 …ということらしいのですが、とりあえずめでたい話であります。
 とはいえ、めでたい気分もそこそこに、「どうして?」、という疑問が出てくることも確かであります。 ノーテンキに祝っちゃえばいいんだろうけど(笑)。

 だいたい、この 「ウォーク・オブ・フェイム」 の選考基準が、よく分からんのです。
 ビートルズはすでに殿堂入りしているらしいのですが、またそのメンバー個人個人は別らしくて。
 それで、ジョン・レノンは個別ですでに殿堂入りしたというのに、ポールがまだらしい。
 これって、どうにも理解不能。
 まだ生きてるから?
 いや、まだ生きてる人で、殿堂入りしてる人、いっぱいいるんですけど。

 ポール、今回の式典に参加して、どういう気持ちだったんだろうな、と思います。 「オレはまだ?」 って、私だったら思うけど。
 式典の写真も見ましたけど、ポール自身はそんなこと全然気にしている感じなし。 「死んだら入れてくれよ」、って心境なんだろうな。
 でも、近影を久しぶりに見ましたけど、ポール、おじいちゃん顔になってきたなあ。
 森光子サンみたいに、シワ伸ばしたら?、金持ちなんだから、という気になりました。
 いつまでもカッコよくあってほしいっス。
 でも、顔をちっともいじくらないっていうのは、実にいさぎよくって、さすがポール、という感じでもあるんですけどね。
 いや、マイケルの整形、身近に見ちゃってるから、しようって気が起きないだけ、なのかも。

 式典に出ていたダーニクン。 相変わらずの 「オヤジ激似」 ぶりだったんですが。
アルバム 「ダーク・ホース」 あたりの、ひたいを大きく出したような髪型にしていました。 これって確信犯的にやってます?

 それにしたって、CNNニュース、ジョージのソロベストなんて、もう何枚も出てますって。 まあ、別にいいですけど。
 でも、その新たなベスト盤の内容も気になるなあ。
 どんなラインナップなんだか。
 どうせ買わんだろうと思いますけど。 何か強力なボーナスが入っていれば別ですが。

 それより気になるのは、ジョージ・ハリスンBOX2の発売だ。 BOX1があったんだから、2も出るでしょー。 私もアップル・イヤーズBOXだと踏んでいますがね。 だから、「マテリアル・ワールド」 のリマスター版も、未だに買ってないし。

 ひょっとして、期待だけ持たせて、まったくなんも決まってなし?

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教育テレビ「フォークギター再入門」 また勉強してます

 NHK教育テレビ 「趣味悠々 石川鷹彦のもう一度始めよう! フォークギター再入門」 を見て、またアコギの再学習をしています。
 13年前(1996年)にも今回の講師と同じ石川鷹彦サンが、加藤和彦サンと一緒に 「フォークギター入門」 をやっていたのですが、その時と比べて、石川サンもお年を重ねられたようです。

 今回の生徒サンは、小倉久寛サンと、NHKアナウンサーの宮本愛子サン。 小倉サンも、私久しぶりに拝見したのですが、ずいぶん頭頂部のほうがおさびしくなってきたように感じます(失礼)。 以前はあんなに毛が濃いことが自慢(?)だったんですけどね。
 宮本愛子アナも、私あまり拝見したことはないのですが、ずいぶんどっしりとした、大先輩の加賀美アナみたいな安心感が魅力です。

 おふたりともギターにはある程度のキャリアをお持ちのようですが、宮本アナはエレキギターからアコギに持ち替えたとのことで、ちょっとたどたどしさが見受けられます。 というより、失礼ですがあまりリズム感をお持ちではないようです(笑)。

 第1回目はダウンストロークのみで 「旅の宿」 を練習。 
 最も基本的なギターの弾き方かな。 初心者がいちばん最初に習う弾き方、と言っていいでしょう。
 この、ダウンストローク、というのは、ギターを鳴らすときに、上から下へを振りろして弦を鳴らす方法で、その逆が下から上へ鳴らすアップストローク、というのですが、意外なようですけど、実はある程度ギターが弾ける人にとって、このダウンストロークのみの演奏、というのは、結構難しいものがあるのです。

 第2回目は、アップストロークも加えて、「冬の稲妻」。
 いわゆるジャカジャカ弾きで、いちばんよく見る弾き方で、最もやりやすいものといえます。

 と、ここまで書いて気付いたのですが、13年前の 「ギター入門」 と比べると、実に初歩的なことを中心としています。
 13年前の 「ギター入門」 は、いきなりスリーフィンガーという高等技術から始まっていました。
 どちらかと言うと、「入門」 なのにスリーフィンガーが最初、というほうが初心者向きではないのですが。

 スリーフィンガーというのは、弦を弾く親指を低音弦部分のリズムキープみたいに弾き、人差し指と薬指を高音弦中心で弾き続ける、という奏法です。 これは、あのリズムギターの名手、ジョン・レノンも、ドノバンから習って27、8歳の時にようやく覚えた、というくらいの高等技術なのです(でもないか?)。
 余談ですが、ジョンのスリーフィンガーは、実に基本に忠実で、ワンパターンでありました(笑)。 ポール・マッカートニーなどは、未だに基本的なスリーフィンガーを弾けないのではないか、と私などは思っているくらいです。

 それはそうとして、前回の 「入門」 でもやっていた、「22才の別れ」 を、今回3回にわたってこの 「再入門」 では練習するらしいです。
 確かこの曲は、変則チューニングで演奏されていたように思うのですが。 「あの素晴らしい愛をもう一度」 でしたかね。 ともあれ、あまり専門的な情報は期待できないのですが、また伊勢正三サンをゲストにお呼びして、演奏法の秘密が聞けたら幸いです。

追記 結局 「22歳の別れ」 のときは、正やんは呼ばれませんでしたけど、リードギターなども交えた、結構細かいことをやっておりました。
 記事中にも書いていた加藤和彦サンが亡くなったのは、誠に残念であります。

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2009年4月15日 (水)

大河ドラマ 「天地人」 と歴史教育の重要性についての考察

 先日の、「天地人」 第15回感想では、「戦さの悲惨さをきちんと次の世代に伝えるべきだ」 と、かなりキツい物言いをしてしまった。
 その後ネットでほかのブログを見ていると、結構このドラマに感動されている方々が多く、そんな方々の感動に水を差すようで、なんか悪いことをしたかな、と反省した。 いくら戦さのシーンが少ないとはいえ、そういう方々には、戦さの悲惨さは伝わったと思うからだ。

 だがやはり、いくら、うっとおしいなこのオッサンの言うこと、と思われても、やはり書かねばならない。
 我々は、戦争の悲惨さを、子々孫々に至るまで、語り伝えていかなければならないのだ、と。

 戦争というものの悲惨さをきちんと習ったことのある人たちが、近年とみに少なくなっていると、個人的に強く感じる。
 日本がアメリカに負けたということを知らない人がいる、というのは、テレビでよくやるおバカネタのひとつになっているが、そこまでとは言わないまでも、昭和の歴史をきちんと習っていない人は、結構多いのではなかろうか。
 3月10日になれば海老名香葉子サンが東京大空襲の悲惨さを訴えたりする。 だが、あの泰葉のカーチャンが何か昔話をしている、としか認識しない人も多いような気もする。

 私の場合、戦争の悲惨さを知ったのは、小学校の社会科の時間に習った、日本の歴史によってである。

 確か私も多くの人たちと同じく、授業が昭和あたりになると時間が足りなくなって、ざっと駆け足でしか習わなかった気がする。
 だが、歴史の教科書だったか副読本だったか、太平洋戦争あたりのことが、結構詳しく書かれており、休み時間だったかにそれを読んだ時は、結構衝撃を受けたことだけは覚えている。

 中でも大きかった衝撃は、「天地人」 の項でも書いたように、事態がどんどんどんどん切迫して悪くなっていく様子だった。
 特にアメリカの広島・長崎への原爆投下に加え、ソ連は不可侵条約を破って侵攻してくるし。 敗戦前10日間くらいの記述は、小学校高学年くらいのガキには、今にして思えばちょっと刺激が強い読み物にも思える。

 歴史の教科書のほかにも、たまたまかもしれないが、私は戦争に関する本をいろいろ読んだ。
 ちばてつや氏の 「紫電改のタカ」 というマンガにも、少なからずショックを受けた。 天才的なゼロ戦乗りで、アメリカの戦闘機を次々落としていく主人公が、あるきっかけで、その戦闘機に乗っていたパイロットたちも、自分たちと同じひとりの人間だったと気付く。 彼はこの戦争に対して疑問を募らせていくのだが、結局は自分たちの祖国を守るために、特攻隊として命を散らせに出撃する。

 確かドラマ化されたような記憶もあるが、「お菓子放浪記」 という本にも、実に衝撃を受けた。 お菓子が大好きだった主人公の少年が、戦争中は思うようにお菓子を食べられず、ケーキの看板を見つけて喜び勇んでその店に入ったものの、実はそのケーキはニンジンでできたまがい物だった、というくだり。 実に悲しかった。 お菓子が食べられない衝撃、というのは、小さい子供には結構大きいものである。

 現在最も身近に戦争の悲惨さを体験できるのは、高畑勲監督の 「火垂るの墓」 であろう。
 日テレがあれを毎年8月に放送することだけが、多くの若い世代が戦争の悲惨さを追体験できる、現在ではほとんど唯一の方法になってしまった気がする。

 戦争の悲惨さを子供たちが学ぶことは、少し刺激が強すぎるきらいは、確かにある。
 だが、「紫電改のタカ」 や、「お菓子放浪記」 を読んできた私は、人生の比較的早い段階で、戦争の悲惨さを知るということは、けっして悪いことではない、と断言できる。

 人の流した血や涙の意味を感じることができる感性がなくて、どうして人に優しくできようか。

 それを、戦後の歴史教育は自虐的だの、日教組の教師が教えたものだからだの、自分らは悪くないんだ、という議論が絶えず湧き上がるが、いかなる議論であっても、その原点には、戦争というものは、誰が何と言おうが、悲惨なものなのだ、という認識がなければならない、と私などは思うのだ。

 暴論覚悟で言うのだが、「天地人」 のスタッフは、戦争の悲惨さをきちんと学習してこなかった人たちばかりのような気がしてならない。
 このドラマには、戦国武将ブームに便乗した、カッコ良ければそれでいい的なものを、私は強く感じる。
 実際に戦っているのは、現場の名もない兵士たちなのだ。
 それをちょっとだけしか映さずに、敗軍の将だけが悲劇的に語られる。
 そこに私は、とてつもない欺瞞を感じる。

 きちんと戦争の悲惨さを学ばなければ、この先ますます、戦争は絵空事みたいに語られるようになっていくだろう。

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「白い春」 第1回 なんだ、コメディじゃないのか?

 「アットホーム・ダッド」「結婚できない男」 というコメディドラマの大傑作を生みだした、尾崎将也サン脚本、阿部寛サン主演のドラマと聞いて、見る気になったフジテレビ火曜10時ドラマ。

 「白い春」 という、なんだか印象に残らない地味ーなタイトル。 地味ーなタイトルのドラマって、あんまり面白いものに遭遇したことがないので、ちょっといやーな予感。

 刑務所から出所したばかりの阿部サン。 目の周りのクマメイクが凄くて、まるでこの前まで 「天地人」 でやっていた上杉謙信の、亡霊でも見ているよう。 手持ちの金は30何万? 9年だか刑務所にぶち込まれて作業して、これっぽっちなんだ、と変なところで感心。

 その金で定食屋のメニューを片っ端から食い倒す阿部サン。 胃がびっくりしたのか、トイレでゲロゲロ吐いているスキに金を持ち逃げされて。 定食屋の主人とじーっと見つめあって、くるっとキビスを返して食い逃げ。 阿部サンのメイクが怖くなきゃ、笑えるシーンなんだけど。

 ここまでストーリーを書いていて、あんまり目新しい所がないのに気づく。
 このあとも、なんか昔どっかで見たような話ばかり続くのだが、印象的なのは、阿部サンがヤタラメッタラ怖いキャラクターだ、ということだ。
 ほとんど放送コードギリギリに見えるくらいの危ないキャラだと言える。

 それが、ポニョを歌ってた大橋のぞみチャンとの絡みになると、変にそこはかとなくおかしくなる。 笑える、とまではいかないが、「結婚できない男」 で実に堅くてつまらない男だった阿部サンが、無神経な周囲に翻弄されるときにかもし出されていた笑いと同質のものを、ちょっと感じたりするのだ。 これが 「結婚できない男」 だったら笑えたが、そんなふざけた雰囲気を全く許してくれなさそうなのだ、今回阿部サンが演じている男は。

 だけど、こんな冗談の通じなさそうな怖いだけの男が、大橋のぞみチャンにどう翻弄されていくのか、ちょっと見てみたい気もする。 下手をすれば、「結婚できない男」 をレベルアップしたようなコメディに仕上がる可能性も秘めた、ストーリー設定のような気もするのだ。

 でもなんか、次回予告を見る限りでは、シリアス一辺倒って感じだけど。 まあ、コメディじゃなくても、初回を見る限りでは、面白いドラマではありました。
 こんなふうに、阿部サンの出るドラマっていうのは、あんまりハズレ、っていうのを見たことがない。 たぶん脚本を、ちゃんと吟味しているんだろうな、この人。 「天地人」 だって、謙信が死ぬまでは、かろうじてちゃんとしてましたよ、脚本が。

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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2009年4月14日 (火)

「天地人」 第15回 戦さをなめとんのか

 玉山鉄二サンと相武紗季チャンが悲劇の最期を迎えた 「天地人」 御館落城。
 前回も当ブログに書いたが、どうにも戦さをしているように、最後までまったく見えなかった。

 このドラマ、細かいことを言い出したらきりがないくらい、破綻だらけのドラマなのだが、そこにすべて目をつぶっても、どうしても言いたいイチャモンがある。

 この、戦さの表現を極力見せない、という方法だ。

 生々しい戦争の場面を割愛する、というのは、実に野暮ったい判断である。
 それでことさら、景虎の悲劇を美しく、絵巻物みたいに見せようとする。
 綺麗事で感動させようというドラマは、平和ボケした現代人にはお似合いなのかもしれない。 だが、それは表面的な感動しか生まないことを、番組制作者は知るべきである。
 戦さが激しさを増し、ばたばた兵士が死んでゆき、形勢がだんだん不利になり、まわりじゅう炎に焼きつくされ始め、逃走するしかなくなる。
 敗走とは、そういうものだ。
 おしまいの天地人紀行で、景虎が自刃した城で出土した、戦火で焼けて炭化したおにぎり、なんてのが出てきたが、なんでこれをドラマ本編でやらないのか。 戦いの激しさをオマケのコーナーで知るなんて、本末転倒もいいところだ。 本編じゃ、炎なんか、ちっとも出てこなかった。 どうしてなのか。

 肉親が敵方にいるとか、ワルモノ遠山を操る北条の影をちらつかせるとか、そんなお話だけのレベルで景虎の悲劇を表現しようとしていることが、お涙頂戴の、今回のラストのしらじらしさにつながっている。
 白虎隊にしろ、田原坂にしろ、特攻隊にしろ、その悲劇には、抜き差しならない追い込まれた状況、というものが存在する。 このドラマを見ていても、そんな切羽詰まった状況など、全く感じられなかった。

 やはりこの上っ面的な感動の押し売りは、戦争シーンを割愛していることが、最も大きな原因だ。
 激しい戦さをしていれば、多少なりとも意志の疎通の行き違いなど当たり前のように出てくるし、その瞬間々々に最も正しい判断を下すことが、とても困難になる。
 激しい戦闘シーンがないから、景虎がさっさと御館から逃げるのも、なんで?という感じに見えるし、どうしてこんなに景虎と華姫が簡単に自害しなければならないのか、必然性が見えてこない。 裏切られた裏切られたと、セリフだけで説明しているから、その重大性も伝わってこない。

 これが残虐シーンをテレビで放送しないとかいう自粛の動きだとすれば、実に由々しき事態だと言うべきだ。
 戦争なんてものは、残虐に決まっているのだ。
 それを、ことに若い世代に対して見せないなんていうのは、大変おろかな判断である。
 誰も、むごたらしいシーンなど、見たいはずはない。
 だが、目を見開いて、私たちは、戦争の悲劇を直視しなければならない。 戦争が実際いかなるものなのかを、直視しなければならない。
 目をそむけては、ならないのだ。

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ビートルズを強制学習させることを即刻中止せよ

 今朝の毎日新聞2面。
 小中一貫英語教育を始めた金沢市のある学校では、ビートルズの歌を聴かせて歌詞の意味を考えさせる、という授業をしているらしい。 実に高ビシャですが、言わせていただきます。

 即刻中止せよ!

 分かる子供はいいが、これでは分からない子供が、ビートルズに対して嫌悪感を抱くようになってしまうではないか。
 やめてくれ~。
 その子供たちが大人になって、ビートルズといえば嫌な思い出を連想して、ダイッキライダ宣伝をする姿が、ありありと目に浮かぶ。
 「ビートルズ? ああ、担任にコレいいだろういいだろうって押しつけられてさー、あんなののどこがいいの? ダイッキライだよ!」

 ううう…。

 ビートルズっていうのは、押しつけられて聴くものであっては、絶対にならない!

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2009年4月13日 (月)

「仮面ライダーディケイド」 分からなくてもそれなりに楽しめる

 相変わらず話が分からない 「仮面ライダーディケイド」。

 アネサン役の佐藤寛子チャンがいったん死んだというのにまた出てきて。

 要するに、「クウガ」 の世界にも何通りかあるらしい。

 でもそれって、9つの世界じゃないじゃん、とか突っ込みたくなるが。

 「クウガ」 とか 「アギト」 とか、何がなんやら、とっくに分からなくなっているのだが、とりあえずその世界の問題を解決すればいいかと。

 さらにディケイドと同じ系統みたいなディエンド、っていうの?、これがまた混乱に拍車をかける。 んもー、どうでもいい、とりあえずカッコよきゃいい!って感じ。

 ディケイド役のツカサクン、相変わらず鼻づまりみたいな声で 「変身!」 って言うたびズッコケそうになるが、「電王」 と 「キバ」 に比べると、変身ポーズだけはカッコいい。 いろんなライダーにガンガン変わっていくし、最後にはライダーをおもちゃにしちゃうし。 それが見ていて結構カイカンなのだ。

 それにしても、毎回毎回イケメンが、よくこんなにいるなというくらい、出るわ出るわ。

 たまには金正男みたいのが変身したら、面白かろうに。 「仮面ライダーキムジョンナム!」、なーんて。 

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「オーラの泉」 深夜枠に戻したら?

 この4月(2009年)から、「ドスペ!」 とかいう枠内の単なる1番組になってしまった 「オーラの泉」。
 こないだなんだかずいぶん久しぶりにやったと思ったら、今度の放送は5月の中頃とか。 一ヶ月後じゃん。 忘れっちまうよ。

 江原サンに霊視を受けたいって芸能人がいなくなってきたのかな。 4月11日の放送なんか、仮面ライダーディケイドやってる男の子が出てたぞ。 ツカサクン。
 そういえばキバやってた瀬戸康史クンも出てたような記憶があるが。
 仮面ライダーが 「オーラ」 に出るっていうのが慣例になりつつあるような。
 ツカサクンの場合、別段霊視を受けるわけでもなく、助産婦さんのVTRを見て感想を述べただけ。 あれは一体何だったんだ。

 いや、それだけでなく、リニューアルした番組全体の内容が、なんだコレ、という感じだった。
 町のオーラを探るとかいう新コーナー、結局やってることは 「旅の香り」 みたいだし。
 助産婦さんの話にしても、別に 「オーラの泉」 でやらなくてもいいでしょ、みたいな感じで。

 いつものゲストの霊視にしても、哀川翔サンだったけど、いやこの人、口のきき方、知りませんね。 トッポイのはいいけど、せめて年上の人(美輪サン)には、敬語を使いましょうよ。 それが人の道、ってもんです。 別に霊能力者におべっか使う必要はないんだけど、とりあえずギャラもらって出させていただいているわけでしょう。
 だけどそれって、さっきも書いたように、江原サンの霊視を受けたいって芸能人がいなくなってきたことのあらわれなのかな、とも思う。

 だったらこんなゴールデン枠で 「旅の香り」 みたいなことしないで、深夜に戻ればいいのに。
 もともと、霊視番組でしょ、これ。
 なんで水みたいな水割り飲ませる必要あるかなあ。
 さもなければ、番組改編期だけの特番にでもすりゃいいのに。

 言い古されたことだが、深夜で人気のあった番組をゴールデンに持ってきてよかったケースを、私も見たことがない。

 「オーラの泉」 も残念なことにその轍を踏んでしまったのだが、霊視なんてものは、もともとウサン臭いものなのだ。 深夜でやってるからこそ、この番組が存在できる、という一面を見逃すべきではない。 深夜でやるからこそ、江原サンは大威張りでゲストの生き方に口出しできるのだ。 あまりに有名になればなるほど、このタイプの人に対する反動は、大きくなる。

 私が 「オーラの泉」 に存在価値を見るのは、自分たちは生まれる前から存在していて、死んだあとも存在している、という立場から、はたしてどうこの世で生きるのがよりよく生きるための方法なのか、ということを教えてくれる番組だ、と思うからだ。 それ以上でもそれ以下でもない。
 江原サンや美輪サンに前世が見えようが、守護霊が見えようが、オーラの色がどう見えようが別にどうでもいい。 死んだ人たちが、この生きている人たちの世界をどう見ているのか、それを分かることによって、自分の生きる方向を見定める、一助にしているだけなのだ。

 だから、こんなヌルイことをやってないで、とっとと深夜枠に戻った方がよろしかろう、と思う。 芸能人でなくてもいいでしょ。 テレ東でネプチューンの名倉サンとやってた番組みたいなやつでも。

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2009年4月12日 (日)

何か重大な勘違いをしたままの 「バンキシャ!」

 「笑点」 を見た流れで食事中つけっぱなしにしている 「真相報道バンキシャ!」。
 けっして真面目に見ているわけではない。 ただ流れているだけ。
 ただ、こないだ建設業者のウソの裏金証言で日テレの社長が辞任するくらいの大ごとになっているのに、番組自体は存続している。 視聴率がいいからだろう。 社長より視聴率のほうがエライのか。 つくづく歪んでいると思う、テレビ業界って。

 ところで、ホントに全くチラチラとしか見てないのだが、この 「バンキシャ!」、あんな重大事を起こしてもなお、報道にセンセーショナル性を持たせたくて仕方ないらしい。
 その一例が、今日放送された、麻生総理のエビちゃん自慢である。
 麻生総理が得意げに振りかざしたファッション誌の裏側に、覚え書き用のポスト・イットみたいのが貼ってあったというんだな。
 そーゆーのを、アラ探し、というのだ。
 見ていてヤんなったぞ。 その出歯亀根性が気に入らぬ。
 別に、エビちゃんを知っていることを自慢している麻生総理に肩入れする気などさらさらないが、当の総理がメモ用紙頼りだったなんて、聞いてもゲンナリするだけだ。
 要するに、報道する価値もない、つまらんソースだということだ。
 「バンキシャ!」 は、「本当に報道すべきものとは何なのか」 という基本線において、重大な勘違いをしたまんま、なのである。

 それより、私はその、麻生総理が得々とエビちゃんについてしゃべっているのを、食事しながらぼんやり聞いていて、「笑点」 のたい平サンがモノマネしとるのかと、勘違いしてしまいました。

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「チューボーですよ!」枡田絵理奈アナ、誰かに似てる…

 「チューボーですよ!」 先代の小林麻耶アナの後を受けて新アシスタントになった枡田絵理奈アナ。 初めて拝見しました。
 第一印象を述べさせてもらうと、あれ?こんな顔のアナウンサー、確か同じTBSにいたよなあ、誰だったっけなあ?、という感じ。
 あー誰だ誰だ、気になる、と思ってTBSのHPにアクセス。
 そーだ、このコだ、山田愛里アナ! えっ似てないって? そうかなあ。 似てると思うんだけどなあ(ブーイングが聞こえる…)。

 それはそうとして、この枡田絵理奈アナ、のっけから仕草が、ヤケに小林アナっぽい。 でも、小林サンみたいにシャキシャキは、してないけど。 今の女子アナって、みんなあんな感じなのか?
 カワイソウなことに、先代の小林アナがやっていた、「あの」 長ったらしい、ゲストのプロフィール紹介をやらされてました。
 あれって、いったい誰の発案で始めたんでしょうかね。
 枡田アナ、結構ちゃんと記憶していたみたいだが、最後のほうは危なかった。
 ゲストは中村獅童サン。
 相変わらず、リミッター外すと凄くて、この人。
 でも、枡田アナには寛大でした。

 ただ思い返すと、小林麻耶チャンは、さりげないフリして、結構ちゃんとやってたなあ、というのは感じました。 いや、そりゃ小林アナも新人のころは、今日の枡田アナよりひどかったと思いますが。 勝手が分からなくて、堺巨匠が 「オレばっかりやってる」 ってのも、新人のころは、みんなこんなもんです。 よくやっていたほうですよ。

 まあ、外山恵理アナみたいに、巨匠との相性が悪いとかいうことはないと思いますが。
 外山サン、「永六輔の土曜ワイド」 でも、昨日言っておりました、「テレビはテレビカメラに見つめられるのがいやだ、テレビには出たくない」 と。
 枡田サンは、どうなんですかね。
 「巨匠が元気なうちに立派になります」 なんて、面と向かって堺サンに言い放ったり、結構笑いのツボを押さえる 「カン」 みたいなものは、備わっている気がしましたが。

枡田絵理奈アナに関する当ブログほかの記事

「チューボーですよ!」 2009.4.12 枡田絵理奈アナ、誰かに似てる… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-6b09.html
「チューボーですよ!」 2009.4.26 気まずい雰囲気… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-2537.html
「チューボーですよ!」 2009.5.3 枡田絵理奈アナの実力が分かってきたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-6d87.html
「チューボーですよ!」 2009.5.24 枡田絵理奈アナ、このコは相当できるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-4ff2.html
「チューボーですよ!」 2009.6.7 枡田絵理奈アナ、堺巨匠を籠絡かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-43ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.14 枡田絵理奈アナ、やらかしちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-0b93.html
「チューボーですよ!」 2009.6.21 ニュートラルな貴乃花親方http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-e5ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.28 優木まおみチャンと小林麻耶アナの接点http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-602e.html
「チューボーですよ!」 2009.8.6 枡田絵理奈アナの、ビックリ特技http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-3076.html
「チューボーですよ!」 2009.9.6 錦戸亮クン、お初にお目にかかりますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-2edd.html
枡田絵理奈アナ、ニュースも読むんだhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-3d96.html
「チューボーですよ!」 2010.8.15 枡田絵理奈アナ、それを言っちゃあ…(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/post-90ec.html
「チューボーですよ!」 2010.9.5 枡田絵理奈アナ、究極の挑発!(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/09/post-3c0d.html

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「恋のから騒ぎ」 ふくスま弁だぁ~

 いやいや、ついに出ましたね、「恋から」 に、福島弁の女の子が。
 私も田舎が福島なもんで。 こだ面白え子が出るとはなあ。 って、よく知らないんですけど。 ずっと東京育ちなもんで。
 でも、私の田舎は、結構方言が根強く残っているんですよ。 いいなー。 なつかしいなあー。 なんか、帰りたくなっちゃったなー。
 それにしても、ふくスま弁丸出しのくせに、やってることは都会の女の子よりもカゲキなわけであり。
 それが、ミス・ピーチだって。 あんなかわいい顔なら納得ですが。 やってることは、しつこいようですがカゲキであり。

 「恋から」 に出てくる東北弁の女の子というと、きまって青森で、なんで青森ばっかなんだ?と思っていた。
 青森には、恋愛経験をあけっぴろげに披露しても許す、みたいなおおらかな県民性があるのだろうか。
 福島は、なんかなさそうだもんなー。 はしたねえ、とかすぐ言いそうな。

 まあ、「恋から」 では、最初のイメージが強烈でも、おそらくまわりからの反応が凄いのだろう、いきなり軌道修正が入ったりするから。 でも、この子には福島県の新たなスターとして、今日のテンションを保ってもらいたいものだ。

 それにしても、このコの話のあとは22歳の建設会社社長の話もかすみがちだったが、最後の 「結婚式ドタキャン」 という話は凄かったなー。
 結婚式の前日の、独身最後の飲み会で飲み過ぎて、目がさめたら翌日夕方で結婚式終わっちゃってて、婚約破棄されたって。 一緒にいたヤツ、起こしてやれや、と思いますけど。
 このコこのあと番組に出れるんでしょーか? いきなりヒンシュクを買うような話をして、一発だけで出なくなるコって、結構いますからね、「恋から」 って。

 あまりに凄い話過ぎて、説教部屋はやっぱりふくスま弁のあのコだったけど。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

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2009年4月11日 (土)

「タモリ倶楽部」 空耳アワード2009、Perfumeもいっしょだョ

 なんか放送月が毎年ごとにだんだん遅くなっていく気がする 「タモリ倶楽部」 空耳アワード。

 今回もクリス・ペプラーサン進行役、マーティとか近田サンとかいつものメンバーに加えて、いわゆるキレイどころに松たか子サン、Perfumeがゲストで。 松たか子サン、前から結構オープンなキャラクターだったと思うんですが、それに磨きがかかり始めている気がしました。 オバサン化が進んだ、っていうと言い過ぎですが。 でもこういうフランクさは、なんか好きだなあ~(笑)。
 空耳ビデオに特別出演したのが、最近再結成されたユニコーン。 バンドのメンバーで自分だけサインを断られ、「腐ってね? あ、EBI腐ってね?」 って。 笑いました。
 個人的には、前編では 「ハ、ハ、ハ、あっちは船橋であっちは浦賀さ」「王、ズボーン、下ーろす!」「農民の~、農民の~遺影~!」「タラララララ、ふんどしプレイ」「違う違う違う、こう!」。 後編では 「らっきょから積み込もう」 ってところかなぁ、笑ったの。 前編のほうが傑作が多かった気がします。 私的には、「船橋」 がベストです。

 でもグランプリは、後編の 「イヤイヤイヤ、違う違う、分けれ分けれ、麺分けれ」。 ヒップポップ系だった。
 たぶんセンテンスが長いのと、Perfumeが 「広島弁でもこう言います」 っていうのが効いたのでは。
 でも、ラップってのは、正直反則のような気もしますが。
 面白けりゃなんでもいいんですが(笑)。
 まあ、音楽とは土俵が違う気がするだけなんですけど。

 それにしても、Perfumeって不思議なユニットですよね。 なんなんだろう。
 特に美人というわけでもなし(失礼…ただ、3人組ってこともあるんですが、私の世代としては、キャンディーズを思い起こさせるような、昔のアイドル顔、という感じなんですよ)、コメントはタリラリラーン(笑)、って感じだし。
 この女の子たちを初めて見たのも 「タモリ倶楽部」 でした。 確か、お坊さんの出てきた回だったと思います。 それからNHKのゴミ捨てだかのCMに出てきて。 なんか、どういう売り方をしようとしてるのか、外野にはちっとも分からない気がしたものです。
 実際に曲を聴いてみると、ネオテクノポップ、という感じで、声がデジタル処理されている感じ。 アルバムを全曲聴いてみたいとまではいきませんが、シングル曲は、個人的には好みですね。

 すっかりPerfumeの話になってしまいましたが(笑)、空耳は以前、お休みしていた時期がありました(ずいぶん昔の話なんですが)。 そのためか個人的には、ネタが尽きてしまうことが一種の恐怖になっているところがある。 末永く存続していただきたいコーナーだ、と思うのです。

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「ゴーストフレンズ」 第2回 取り憑くのが面白い?

 「ゴーストフレンズ」 第2回。
 人に取り憑くことの楽しさを覚えてしまったユーレイ。
 それが今回のテーマだった。
 結構考えさせられる内容で。
 テーマ的には重くって、下手するとシンキ臭い話になりかねないのに、紋切り型に難しくしようとしていないのに好感が持てる。

 主人公の福田沙紀チャンが、霊視能力を身につけるきっかけとなったバス転落事故に巻き込まれていた、恋人同士がいて。 ふたりとも死んでしまったのだが、その女の子のほうが、人に取り憑くことに夢中になってしまい、男の子のほうが自分の死んだ体を使って彼女をあっちの世界へ連れ戻そうとしている。 簡単、でもないけど簡単に言うとそんな話だ。

 その女の子、ミソラ(入山法子チャン)の言い分はこうだ。
 「人に取り憑いている時のほうが、生きていたときよりずっと楽しい。 生きている時はいろんなことに我慢していて楽しくなかった。 今は不安もコンプレックスも何も感じなくて、人に取り憑いていることが楽しくて仕方ない」
 それで、ミソラから人に取り憑く方法を教わった尾美としのりサン(ユーレイ)が、福田沙紀チャンの学校の先生に取り憑いてしまう。 結局散々な目にあって尾美サンは反省するのだが、ミソラの言い分はすごくよく分かる、というのだ。

 尾美サンは私と同世代かと思うが、おそらく彼がとても共感したのは、ミソラの 「生きている時はいろんなことに我慢して、まるで自分自身じゃなかった」 という点だろう。
 たぶん誰もが、思い当たるフシがあるのではなかろうか。
 私もちょっと、ドキッとした。
 いろんなことに我慢して、自分が自分じゃなくなっている――。

 やっぱりちょっと侮れません、このドラマ。 福田沙紀チャンカワイイってだけで見てたんですが。
 ミソラの恋人だった、ゴーストの速水カイト(西島隆弘)クン。
 藤井フミヤや加藤晴彦タイプの顔立ち。
 彼は今回、ミソラの説得に失敗したが、ミソラの投げかけた 「取り憑いていた方が生きているより楽しい」 という言葉に、これから答えを探していくのだろう。 ゴーストのカイトくんに福田沙紀チャンは思いを寄せていくみたいなのだが、それってちょっとキビシ過ぎでしょう、って感じ。

 福田沙紀チャンに興味のない人でも、ユーレイの生き方(?死に方?)に興味ある人なら、楽しめると思います、このドラマ。 ゴーストの側から、生きている私たちの 「生き方」 を問いかけている、つーと説教臭いですが。

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2009年4月10日 (金)

TBSオールスター感謝祭とか、改編期の特番長すぎ

 私はここ数年まったく見ないのだが、番組改編期になるとヤタラメッタラ長時間の特番が多すぎやしないか。
 特に、TBSのオールスター感謝祭。
 確か最初は、同じ形式の新クイズ番組(名前すら思い出せない)のルール説明も兼ねた番組として、最初だけはオールスター形式でやろうみたいにして始まった番組である。
 これをいちばん最初に見た時は、実に楽しかったことだけは覚えている。
 まず最初に全員が立ち上がり、簡単な問題を出していく。
 簡単だからみんな正解するのだが、答えるのが遅かった人から順々に省かれていき、問題はだんだん難しくなって、最後は一番早く正解した人が賞金をもらう。
 このクイズ番組は面白いわ、と思って、毎週見ようとしたのだが、なんだかレギュラー枠で始まったそのクイズ番組はちっとも面白くなくて、1回だけでもう見るのをやめた記憶がある。
 番組自体も低視聴率だったためかすぐに打ち切り。
 なんでか。
 レギュラー枠で始まったそのクイズ番組は、一般視聴者参加型だったからだ。
 確かタレントのゲストも何人かはいたと思うのだが、この面白いクイズ形式は、一般の人がやっているのを見ても、ちっとも興味がわかない、という、大きな弱点があったのだった。
 このクイズ形式は、よくテレビに出てくる人たちが、こいつドン臭い、とか、この人頭いいんだ、とかが一見して分かるからこそ面白いのだ。 タレントの力関係もよく分かるし、どうでもいいタレントが一位を取ってしまうとヤケにまわりの反応がアッサリしてしまう、というのも、単純に見ていて楽しいのだ。
 案の定、番組改編期の特番としてオールスター形式に戻して復活したこの番組は、その長所を十二分に引き出して、未だに視聴率でも成功を収めている。

 だが、少々長すぎやしませんかね?
 特にクイズのほかのイベントが多すぎ。 いや、まったく見てもいないのに文句を言うのはルール違反だと、重々承知なのですが。 新聞のテレビ欄を見ているだけです、ハイ。 スイマセン。
 でも、あの番組が長すぎるせいで、「世界ふしぎ発見!」 も 「チューボーですよ!」 もぶっつぶれてしまうのだ。 いつも楽しみにしてるのに、あ、いや、そんなでもないか。

 でもよくみなさん、5時間以上も付き合っていられますね。 オールスター感謝祭。
 ほかにも、「さんまの踊る!踊る!踊る!…」 と 「踊る」 が何回も来る長時間の特番にしても、結局今回は予約さえとりませんでしたが、いつも録画だけしといて、あとから小分けにして見ているんですから。 見てらないっつーの、何時間も拘束されて。

 下らん間延びした特番を見せられるくらいなら、質のいいドラマを11回程度で終わりじゃなく、以前の1クール並みに13回くらい見せてほしいものだ。

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さだまさしサンと百恵チャンのコラボレーション 「秋桜」

 さだまさしサンにエライ入れ込んでいた時期があって。

 もともと暗い曲が好きだった私は、さだサンがグレープ時代のころから、「精霊流し」 や 「無縁坂」 なんかのクラーイ世界に惹かれていた。
 それに拍車がかかったのは、当時大ファンだった百恵チャンが、さだサンのファンだということを知ったときである。 たしか、「雨やどり」 が流行っていた時分だ。 私は一気に、さだまさしフリークと化した。
 私の好みの一部は、当時百恵チャンによって左右されていた。
 友和サンだって、百恵チャンが好きそうだったからファンになったようなもんである。

 その百恵チャンが、さだサンの歌をシングル盤で出すという話を最初に聞いた時は、胸が高鳴った。
 たった2曲しか聴けない、という理由で、シングル盤というものをそれまで敬遠していた私だったが、この 「秋桜」 だけは、さすがに買わざるを得なかった。 百恵チャンのシングルで持っているのは、結果的にこれ一枚きりである。 ファンだファンだと言いながら、たったそれだけかよ!と突っ込まれそうだが。 当時の私のこずかいは、ほとんどビートルズ関連に費やされていたのです。

 ジャケットの写真は、何かにつかまりながらこっちを向いて笑っている百恵チャン。 個人的には、彼女のシングルで好きなジャケット写真の1、2を争う。
 ジャケット裏面歌詞カードはさだサンの直筆。 こういう趣向も、当時初めて見た気がする。 ヘタクソな字だなーと思った。 丸文字の元祖、というか。 B面の 「最后の頁」 もさだサン作で、これも直筆。 ただ、「秋桜」 のほうを目立たせるためか、こちらのほうが少しばかり字が細い。

 コラボレーションは、当時その呼び名はなかったが、その形態自体はすでに目新しいものではなかった。 私の知る限り、日本の歌謡界でのコラボレーションの元祖は、森進一サンの 「襟裳岬」 である。 アイドル系でも、ユーミンが三木聖子チャンに 「まちぶせ」 を書いたり。 って今ウィキを見たけど、この曲オリコン最高位47位だったの? ずいぶんヒットしたような印象があったけど。 でもまあ、「まちぶせ」 に関しては、コラボというよりは単なる楽曲提供、という感覚だが。

 「秋桜」 に話をもどすが、この曲のイントロは、シビレますなぁ。 アコースティックギターのアップストロークとダウンストロークを同時にやったような、ひとりで弾いてもなかなか出せない音で。 いや、私に演奏技術がないだけなのかもしれませんが。 なんとなくスパニッシュ・ギター奏法ふうな感じだし。

 この曲のおける百恵チャンの唱法は、かなりそれまでとは違っている。
 百恵チャンの歌い方は基本的に、高いキイでもファルセット(裏声)をあまり使わない。 だが 「秋桜」 に関しては、そのキイじゃファルセットはないだろう、という低い音でも、ずいぶん積極的にファルセットを使っているのだ。
 いや、女の人の場合、ファルセットっていうのかな? でも、歌い方を裏声主体に変えることで、百恵チャンは、さだサンの世界に顕著な日本的情緒を表現している、と私は考えるのだ。 「表現者としての山口百恵」 を実感したのは、「ささやかな欲望」 が最初だったが、「秋桜」 のそれは、「ささやかな欲望」 のころよりさらなる進化を遂げている。

 曲の題名は、当初 「小春日和」 だったと、さだサンがしゃべっているのを聞いたことがある。 小春日和の縁側に座る 「嫁入り前の娘」 というさだサンのイメージは、百恵チャンの引退前になってあらためて、私に重く大きくのしかかってきたのだった。 この曲を冷静に聴けなかったのは、この時期である。

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2009年4月 9日 (木)

ダイアナ妃とケニー・ロギンス

 集団心理というものに遭遇したことが2回ほどあります。
 なんだかわけも分からず、まわりの人たちと一緒に制御不能な行動をとってしまうこと。
 私の場合、それはダイアナ妃とケニー・ロギンスでした。

 あれは、茨城県つくば市で開かれた科学博の最終日。
 1985年の9月だったですかね。
 最終日ということで、特設ステージに 「フットルース」 のヒットで有名だったケニー・ロギンスが来るという話を聞いて。 観客席の後ろからは無料で見られる、ということだったので、さてどんなものかと思い、そのフェンスから10メートルくらい離れたところで警備員たちに通せんぼをされ、みんなおとなしく待っていたんですが。
 そしたらどこからともなく、「始まった!」 という声が上がったんです。 実際には始まってなどいなかったんだけど。
 するとそれまでおとなしかったまわりの人たちが 「わーっ!」 と叫びながら一斉にフェンスの方向に向かって突進し始めた。 まさしく、警備員の制止など振り切って。 はっきり言って、わけ分かんなかったです。 こわかったー。
 気がつくと私も突進してました。 「わーっ」 は言わなかったけど。 その甲斐あってフェンスにかじりつきの場所を確保することができ、「フットルース」 以外は聴いたことのなかったケニー・ロギンスの歌に歓声を上げてました。 なんなんだ。
 いや、実に今思い返すと、なんなんだ、という感じです。 別段ファンでもなんでもないのに。 それに、ケニーサンには失礼ですが、もう当時すでに、旬を過ぎてましたし。 それなのに、なんであんなに…。

 次は、今は亡きダイアナ妃がまだダイアナ妃であった時代。
 確か1986年のゴールデンウィークあたりだったかなあ。 来日したんですよ、チャールズ皇太子と一緒に。
 大フィーバーでしたね。 特にワイドショー。
 あんまり凄い騒ぎなので、青山通りから外堀通りだったっけなー、迎賓館までパレードをするというので、ちょっとどんなものかと思って見てみんべか、という感じで出かけたんです。
 赤坂見附のサントリーの本社前あたり。 行ったらもうすでにものすごい人出で。
 そしたら、キタキタキターって感じで、黄色い歓声の波がだんだん近づいてくる。
 あー来た来た、チャールズ皇太子、結構顔赤いな、酒でも飲んでんのか?とか、おーダイアナ妃、サーモンピンクが似合ってるなーとか、他人事みたいに眺めてたんですが。
 ちょうどパレードの車が私のいる場所に最接近した時、ダイアナ妃がこっち向いて手を振ったんですよ!
 いや、今にして思えば、てっきりそう思っただけなんですがね。
 そしたら、私も含めて、自分に手を振ったと思った人たちが、みんな飛び上がって両手をあげて手を振って。 オープンカーに突進するかの勢い。 凄いみんなコーフン状態。 私もですが。
 今考えると、笑っちゃいます。
 でも、そのダイアナ妃もあんなことになっちゃうとは、あの時はまったく思いもしませんでした。 人の運命ってのは、分からないもんだ。

 別に、私以外の人にはどうでもいい話なんでしょうけど、私はその体験があるので、人間って集団で興奮状態になると何をするか分からないっていうのが、よく理解できます。
 きっとナチスに興奮していた当時のドイツ人たちも、こんな具合だったのでしょう。

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「もののけ姫」 とは一体何だったのか

 1997年公開当時、宮崎駿監督の最後の作品、というまことしやかな噂が飛び交っていた 「もののけ姫」。
 結局宮崎サンはその後も作品を作り続け、こっちとしては、じゃ何だったんだアレは、と文句のひとつも言いたくなるが、とりあえず引退せずにいろいろ見せてくれるのはうれしいので単純に許しちゃうところもある。
 だが、あの公開当時、宮崎監督は、相当本気のレベルでこれを最後にしようとしていたようなところも、私は強く感じていたのだ。
 宮崎監督の本音は、その当時も今も、たぶんこうだ。
 もういい加減私にオンブにダッコはやめなさい。
 私にばかり過大な期待をかけるな。
 今度は君たちが育っていく番なのだ。
 ――だが、私たちは相変わらず宮崎監督の作品に過大な期待を寄せ、自分の思った通りの作品でなければクソミソにけなす。
 
 この前ずいぶん久しぶりにこれを見たのだが、これが最後なのだ、という宮崎監督の覚悟が画面からにじみ出てくるような、「せっぱ詰まった感じ」 にあふれていた。 この作品で自分の言いたいことは全部言いきるんだ、という意思を、強く感じるのである。
 まず、殺人の描写に容赦がない。
 それひとつをとっても、この物語はきれいごとではない、という、宮崎監督の信念を感じる。
 さらに、社会的に抹殺されている人々も登場させる。
 物語は荒唐無稽とさえ思えるほどのフィクションなのであるが、描いていることは、けっして私たちが目をそらしてはいけない、厳しい現実なのだ。

 これが公開された当時、その反応には面白い傾向があったように思う。
 まず、「わけが分からない」 というもの。
 じっさいこの物語の主人公アシタカは、タタリ神に右腕を呪われて、呪いを解くために旅を始めるのだが、途中から何が目的なのか、だんだん見ている側に伝わりにくくなってくる。 あっちについたりこっちについたり、行ったり来たりしてるけど、結局何もしてないじゃんかアシタカ、何がしたいの?、というように見えるのだ。
 主人公が何を考えているのか分かりづらい、という物語は、あまりアニメーションの観客には、歓迎されない傾向にある。
 ただ付け加えておけば、アシタカの目的は、やはり最初から最後まで、腕の呪いを解くことにある。 そして彼は、自分が正しいと思うことに、徹頭徹尾忠実であろうとしているだけなのだ。 人には、間違っているところもあれば正しいところもある。 アシタカの行動に一貫性が見られないように思えるのは、それはアシタカの周りの人々にいいところも悪いところもあるからなのだ。

 もうひとつの面白い反応は、やたらと難しい解釈でこの映画を分析しようとする傾向だった。
 たしかに、「もののけ姫」 は宮崎監督の知識を総動員しているようなところもあって、実に細かい分析が可能な作品でもある。 ただ、その知識の海に溺れてしまって、自分の言っていることが何だか分からなくなっている批評家も、少なからずいた。

 私におこがましく言わせてもらえば、この物語は簡単に言えば、「森に住んでいた神々に対する、人間たちの勝利の物語」 である。
 だが、それが実はハッピーエンドではないところに、この作品の難しさが隠されている。
 人間たちの勝利が、同時に人間たちの破滅への第一歩なのだ、というパラドックスが、そこにあるのだ。

 そしてこの分かりにくい作品は、分かりにくくすることで、答えを観客たちに、若い世代に託している。
 今度は、君たちの番なんだ、と。

 その宮崎監督の願いを託された我々は、相も変わらず古い世代(宮崎監督)に大きく依存し、新しい作品にケチをつけては、クラリスはよかったナウシカはよかったと昔を懐古してばかりいる。

 これでは、宮崎監督も引退できないはずである。

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2009年4月 8日 (水)

「天地人」 第14回 スケールダウンの応酬

 前回せっかく取り入った武田方のキーパーソンが死んでしまって、またまたお使いに行く羽目となった妻夫木クン。
 相変わらずそこかしこにツッコミを入れたくなる展開なのだが。

 もう揚げ足取りはいいとして、上杉にしろ武田にしろ、先代に比べてずいぶんスケールダウンしている、ということは、「天地人」 を見ていてよく伝わってくる。
 逆に言うと、上杉謙信と武田信玄のカリスマ性が凄すぎた、ということなのだが、私が知る限りでは、このふたりのカリスマにしても、その生き方をつぶさに見ると、結構紆余曲折を経験しているし、家臣団もそんなに一枚岩だったような気がしない。
 じゃ何が凄かったのかというと、その判断力の意志の強さみたいなもんではなかったろうか。 決して無謀ではなくて。
 その判断においてまわりの人たちに有無を言わせぬ力、みたいな。
 だからみんなついていったんだろう。
 その結集力が途切れるのが、上杉も武田も、その次の世代なのだ。

 「天地人」 の14回目は、なんだかんだ言って結局カネだった、という話である。
 話が小さい小さい。
 いや、ドラマが悪いと言っているわけではなく、現実にそういう話だったというのが、なんともスケールダウンを実感させるのだ。 これが高坂弾正との領地云々のレベルで済んでいたら、まだ武士の領分という気もするのだが。
 「天地人」 でのドラマの流れを見ていると、高坂弾正には、まだ武田信玄の家臣としての誇りが備わっていた、ということになり、武田勝頼は、高坂が何を約束しようがワシャ知らん、みたいな、武士の了見もわきまえぬ小物だった、というふうに思えてくる。

 また、妻夫木クンの 「敵に塩を送るのと同じ」 という理屈はもっともだが、上杉謙信が塩を送ったのは、ちょっと性格が違うのではないか?
 謙信が信玄に塩を送ったのは、別に見返りを求めてのことではない。 妻夫木クンの黄金は、スケベ心ありありじゃないですか。 ピカーッ!と光っちゃって。
 そこにも、何となくスケールの小ささを感じたりする。 まあ、19歳くらいの若造じゃ、仕方ないんですけど。

 それはそうとして、韓国時代劇の過激な戦争シーンばかり見ている身としては、「御館の乱」 とか言ってるのに、このドラマ、何だかちっとも戦さをしているように見えない。 にらみ合って北条と武田の援軍を待ってるだけ、みたいな。 それもスケールちっちぇーという感じ。
 予算がないから戦争もしないのかな。
 いや、ちょっと飛躍しますけど、今のこの世の中だって、予算がなくって戦争しなくなればいい、と思いますよ。 ホント。

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ビートルズ全オリジナルCDがリマスター!

 けさのスポーツ紙を見てブッ飛んだ。
 「ビートルズ、全CDをリマスター」 とあるではないか! 今年09年の9月9日、ゾロ目の日に発売って。
 いつかはやると思っていたが。
 遂に、ですよ。
 あーコーフン。
 しかも、ステレオとモノの2種類が出るって。 またまたブッ飛びだ! こりゃ、記事を書かずにはいられない。 久々にビートルズのメルマガも、来ましたよ!

 いままでオリジナルな形でのリマスターに関しては、2000年に発売されたベスト盤 「ビートルズ1」 のみで、これだけいい音で聴かせてくれるなら、いっそ全部やっちまえばいいのに、と私などは思ったものだ。
 これはビートルズに限った話ではないのだが、昔のアーチストで、いままで出されているCDって、アナログ盤の音をただCDにしただけのものが多すぎる。
 しかも、フェードアウトがヤケに早い。
 ノイズが多いためだとかなんとか作り手の言いわけを長いこと聞いてきたが、無神経に音がさっさとしぼられて、何となく損したような気分になるのは、私だけではあるまい。

 「ビートルズ1」 では、そういう不満が全くなかった。
 なにしろ、オリジナルのミックスミスまで忠実に再現していたのだ。 「ヘイ・ジュード」 は最後の最後まで聞こえるし。
 しかもひとつひとつの楽器の音がちゃんと聴き取れる。
 これはこれで、今まで隠れていたものが分かるという点で、ファンとしては単純にうれしかったものだ。

 ただ、リマスターすることに対して、批判する人がいることも確かだ。
 でも、そんなにこだわるならレコード盤で聴けばよろしいのでは、と私などは思う。 じっさい私などは、オリジナルアルバムに関してはいまだにレコードで聴いてばかりいる。
 レコード盤には、レコード盤の良さがあるのだ。
 だいたい、もともとはレコード盤として発売されていたのだから、聴き方としてはレコード盤で聴くのがいちばん正解なのである。

 いっぽうコストパフォーマンス的には、どうかなあというのはちょっとある。
 来たる9月に発売される、くだんのリマスター版は1枚2600円、2枚組で3700円らしいのだが、後期の作品や2枚組はともかくとして、前期の作品には、30分そこそこで終わってしまうものも多い。 それだったらキャピトルBOXのように、ステレオとモノを同時に一枚のCDに収めればいいように思うのだが。 CDの収録時間にならされた世代にとっては、30何分というのは物足りなかろう。
 ただ、私がビートルズのアナログレコードを買い始めた1970年代中盤、LP1枚2500円だったことを考えると、CDというのはちっとも値上がりしていない、という感覚もあることはある。
 ともかく、高いだのなんだの言うのは、結局自分の生き方から出てくる文句のような気もするのだ。 いきなり説教臭くなりますが。
 欲しいものを買うために何かしら努力する、そういう生き方もあっていい。
 私などは、よーし9月に向けてお金をためるぞぉ~、という気持ちになっている。 生きる張合いもできるってもんである。 レコード会社の金儲けとか文句を言うよりも、私なら頑張ろうと思う。 そりゃ、今までポールの食事代の何食分かくらいはレコードやCDを買ってあげたとは思うけど。 でもそう考えると、結構楽しいもんである。

 今回はステレオとモノの2種類のボックスセットが出るというから、9月9日の発売日当日にはとりあえず両セットとも買えるように頑張ることにしよう。 ボックスセットの値段は分からないが、両方買えばおそらく5、6万はかかるのではないか。

 なぜステレオとモノの2種類を買わねばならないのか?
 同じ曲でもステレオとモノでは違う個所があったりするからなのだ。
 あーややこしい。
 こんな買い方をするのは、おそらくマニアのみであろう。

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2009年4月 7日 (火)

「こんにちは アン」 感じる近藤喜文サンへのオマージュ

 BSフジでこの4月から始まった、世界名作劇場の新シリーズ、「こんにちは アン」。
 30年前に作られた 「赤毛のアン」 より前の話、という設定である。 原作はモンゴメリではなく、近年書かれたものらしい。
 キャラクターデザインは、その30年前の、今は亡き近藤喜文サンの画風を踏襲している。 うす緑色の服にエプロン、顔の作りも、ほぼ近藤タッチだ。 服の色は違ったかもしれないが、イメージとしては30年前の 「赤毛のアン」 そのまんま、という感じ。 ことキャラクターデザインに関しては、亡き近藤サンへの尊敬の気持ちを、強く感じる。
 オープニングも、走っていくアンの影を追うやり方で、宮崎駿演出を踏襲。 なつかしさがこみあげる。
 
 実はこのお話が、アンがグリーンゲイブルズへ来る前の話だと知って、ちょっと心配だったのだ。
 なぜかというと、原作だったかアニメだったか忘れたが、アンがグリーンゲイブルズへ来る前の話をすると、たいそう悲惨だったことばかり話していた記憶があったから。 そんな時代のものを30回だか40回だかずっとやるのだろうか、ヤだな、という感じだったのだ。

 そして、それは現実となってしまった(ああー)。
 のっけから、両親に死なれたアンを引き取った家の、意地の悪いオバハンとそのガキ共の下らないいじめの連続。
 その家の亭主はろくに働きもせず飲んだくれては女房に暴力振るうし。
 ちょっと待てよ、これをずーっとやるつもりか?と思ったが。

 アンはやっぱり、どこにいてもアンなのであった。
 夢見る妄想全開少女である。
 しかも、どんな大自然も受け入れる心の広い持ち主かというと、そうではない。 ちゃんと毛虫は毛嫌いする。 自分の世界をぶち壊すものに対しては、嫌悪感をあらわにするのだ。 ここんところ、細かいけど、アンのキャラクターをよく押さえてるなー、と感心する。
 そのアンが、唯一心を許せるお姉さんが、その家にいる。 だろうなー、そうでなきゃつらくてどうしようもないもんな。 アンはそのお姉さんから、自分の両親の思い出話を聞くのが大好きなのだ。

 第1回目は、そこのダメダメ亭主が働きに行ったごうつくばりのオバサンと、アンとの絡みがなかなかよくできていて、モンゴメリ原作にはあまり見られない展開のように思えたが、話としては面白かった。 何より、悲惨な状況なのに、それを感じさせないところは、好感が持てる。
 その、ごうつくばりのオバサンが、どことなく近藤喜文デザインのマリラ・カスバートとダブるようなところがあって。
 ここにも、近藤喜文サンへのオマージュを感じる。

 しかしなー。
 余談になりますけど、この 「こんにちは アン」、いろいろ声優サン出てきたけど、ナレーターやってる池田昌子サンしか知らんかった。 トシ食うはずだよオレも。

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「つばさ」 痛い展開になってまいりました

 「あずき2号」 という狩人の歌みたいなふざけたネーミングの機械を買おうとして、つばさチャンちはエライことになりつつありますが、実際に社会で仕事をしている立場から申しますと実に痛い展開であります。
 まず、吉行和子サンが会社の経営状態に口出しさせない。
 いけませんなぁ~。
 第二に、高畑淳子サン、ヤバイ金、借り過ぎ。
 話にもなりません。
 第三に、中村梅雀サン、婿サンだからってのもあるが、発言権なさ過ぎ。
 情けなさを通り越してます。
 第四に、先代小松政夫サンからの借金、多過ぎ。
 遺影でふざけとる場合か。
 こんな会社が、よく存続してるよな。
 まあ、ドラマですから。
 目くじら立てちゃいけません。

 それはそうとして、私が何より痛いと感じているのは、高畑淳子サンなのです。
 ちょっと、目が血走ってませんか?
 あんまり、がんばりすぎないでください。
 あんまりがんばると、笑えるものも笑えなくなってしまいます。 お体悪くされたとお聞きしますが。 そのがんばりが、かえって痛々しいのです。

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2009年4月 5日 (日)

「恋のから騒ぎ」 アッハーハー、笑える

 長寿番組と化した 「恋のから騒ぎ」、4月に入ってメンバー交代。 第16期生だとか。

 今期の顔ぶれを見ていると、さすがに 「教祖」 クラスの印象的なコがいない。
 でも、教祖の存在感はさすがに強烈だった。 あんなに太ってるヤツ、「から騒ぎ」 じゃ覚えがない。
 MVPはこのコか 「かぐや姫」 じゃないのかなーと思っていたが、違いましたね。 MVP予想って、私当ったことありません。 あれってVTR編集の出来で印象が変わってしまうせいもあるんだと思う。
 審査するタレントさんは、年間を通じて見ていたわけではないですからね。

 一時期、「から騒ぎ」 という番組は、新メンバーになると、しばらく面白くないという傾向があった。
 やはりオーディションで受かったとはいえ、ズブの素人ばかりなのである。
 どうすれば面白い話ができるのか、どうすれば自分を面白くアピールできるのか、という知識やカンなど持ち合わせているはずがない。 それが身につくまでは、やはりそれ相応の時間が必要だったのだ。

 だが、ここ数年、新メンバーに代わっても初めから面白かったりする。
 特に前期のメンバーは、近年になく個性的だった。 だが、その面白さの裏には、彼女たちの知られざる努力があったことを、番組内で知った。
 エライもんだ。 素人なのに。

 今期のメンバーは、ビジュアル的にも教祖やシュレックやピンク頭のような個性派は今のところ見当たらないが、面白いコはいた。
 とくに、アッハーハーと変な笑い方をするフリーターのコ。
 「おまえ宝塚か」 とさんまサンから突っ込まれ、さっそくその笑い声がアダ名になってしまった。 顔は、「つばさ」 の多部未華子チャンを思いっきりヤンキーにしたような感じ、かな。
 あと、22歳の建設会社の社長。 どう見ても22には見えないんですけど。
 初回で印象に残ったのは、このふたりかな。 説教部屋は 「アッハーハーだろ」 と思ってたら、これは当たりました。

 前列のカワイどころは、しょっぱなに当てられてよくしゃべったコ(石田歩チャン)の他はぜんっぜん誰も印象なし(後記 石田歩チャンは翌週から、2列目に交代…笑)。
 それにしたって、教祖に勝てるインパクトのあるコなんて、滅多に出てこないだろうなー。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

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2009年4月 4日 (土)

「ゴーストフレンズ」 福田沙紀、華があるのかないのか

 NHKの木曜8時ドラマ 「ゴーストフレンズ」。
 私の年代的には、同じNHKで1975年ごろ放送されていた 「少年ドラマシリーズ」 をほうふつとさせるSFチックな流れをくむドラマだ。 実はそれが、このユルそうなドラマを見ようと思った動機である。

 主演はヤッターマン2号の福田沙紀チャン。
 この人、その 「ヤッターマン」 実写映画版では深キョンのドロンジョにおいしいところを全部持っていかれ、しかも映画の宣伝用写真ではカワイソウなことに顔だの体だのに修正を加えられていたことが判明し、ふんだりけったりの様相なのである。
 しかも、初主演映画だった 「櫻の園」 は興行的に芳しくなかったらしく、なんだかぱっとしないニュースばかり伝え聞くのだが、私は結構、カワイイなと思っている。
 だが、彼女のことは 「金八先生」 に出ていたころから知ってはいるのだが、どうも大作の主役を張るような女優サンには、今のところ思えないのだ。
 「ゴーストフレンズ」 というドラマは、そんな彼女が主役としてはぴったりの、わりかし軽めのお話として楽しめる。 彼女の立ち位置としては、ちょうどいい感じのドラマなのではなかろうか。

 ただ、このドラマは、甘く見ていると結構しっぺ返しを食らいそうな予感はする。
 物語が、多重構造っぽいのだ。
 まあ、そうでもしなきゃ10回も続けられないのだろうが。
 私も第1回目を見ていて、なんか結構深いなこの話、と思ってしまった。 その初回のパワーがどこまで続くか分からないが、とりあえず見てみようかな、という気にはなっている。

 福田沙紀チャンという女優を見ていると、「華のある女優」 とはどういう人なのか、を考えさせられる。
 倉本聰サンのドラマ 「拝啓、父上様」 で、主人公の二宮和也クンが、黒木メイサちゃんに恋してしまうところを見ていて、そう感じたのだ。
 どーして、二宮クンはずっと目の前にいる福田沙紀チャンに目もくれず、黒木サンのほうを好きになってしまったのか?
 オレだったら絶対沙紀チャンだよなー、と思ったのだったが、男としては、妖しい魅力に参ってしまう確率のほうが、フツーっぽい女の子に参ってしまう確率より勝っているのかもしれない。 そしてそれが、女優として 「華がある」 ということなのではないのかな、と思ったのだ。

 だが、華があるないなんて、正直言って関係ないようにも、思える。
 福田沙紀チャンだって、自分が本当に魅力を発揮できる立ち位置を確保できれば、もっともっと伸びていく可能性を秘めているに決まっているのだ。
 「ゴーストフレンズ」 に出てくるほかの女優サンたちを見ていると、確かに水崎綾女チャンとかのほうが華がありそうな気もする。 が、彼女からは主役を食ってやろうとかいうギラギラしたものをうかがうことはできない。
 要するに、華があろうとなかろうと、最後はやる気のあるほうが残っていくのだろう。
 着実に演技を積み重ね、着実に育っていくことができる女優サンこそが、最後まで残っていけるのだろう。 沙紀チャンがどこまで女優としてやっていこうと思っているかは知らないが。

 それにしても、何だってこんなにムキになって、福田沙紀チャンを擁護しとるんでしょーか?

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キャンディーズ解散から31年

 去年は解散からちょうど30年の節目だったこともあって、全キャン連主催の同窓会が開かれたり、何かと周辺関係が騒がしかったキャンディーズだが、今年はなんのニュースも伝わってこない。 さびしいものだ。
 だが、キャンディーズのファンにとって、4月4日というのは何があろうと、なにものにも替え難い特別な日であることは間違いない。 私はいまだに、4月4日が来ると、当時の切なかった気持ちを思い出す。

 私にとってキャンディーズというのは、とても明るくて、いつも元気をもらえる姉貴たち、みたいな存在だった。 それは私が同時期にファンだった百恵チャンに対して抱いていた思いとは少し違う、仲間というか同志というか、そんな連帯感だった気がする。
 だがそんな連帯感も、恋愛感情にすり替わるのは、あっという間だ。
 彼女たちが解散宣言をしてから解散するまでの間、世間がまるでお祭り騒ぎのように彼女たちに群がるように、やがていなくなってしまう姉貴たちに対して、私も思いを募らせていったのだった。

 キャンディーズという3人組は、世間一般では、「年下の男の子」 というヒットが生まれるまで泣かず飛ばずだったように認識されているようだが、「8時だョ!全員集合」 を見ていた私たち子供の層にとっては、デビューのころからよく見知っているアイドルだった。
 体操の時間に活躍する彼女たちが、「あなたに夢中」 というデビュー曲を 「全員集合」 の中で歌った記憶がある。 「ああデビューしたんだ」 と思ったものだ。 確か小学館の 「小学四年生」 の付録にも、緑色のコスチュームの彼女たちが載っていた。

 その後 「そよ風のくちづけ」「危い土曜日」「なみだの季節」 という、ちっとも売れなかったらしいそれらの曲も、私はよく知っていた。 たぶん 「全員集合」 の中で歌われたんだと思う。
 特に 「なみだの季節」 はセールス的には散々だったらしいが、それまで出ていた彼女たちの歌の中では、一番好きだった。 おそらく彼女たちの初めてのダウナーな歌が、暗い曲好きの私の琴線に引っかかったのだ。 だが今にして思えば、次に出される 「年下の男の子」 という最後の賭けを前にした彼女たちの不遇な状況を、「なみだの季節」 からなんとなく感じ取っていたのかもしれない。

 大胆なイメチェンを図った「年下の男の子」 からの人気はよく知られる通りだが、私にはキャンディーズはあくまで初めから人気があった。 ように見えていた。 そこから、デビューのころから彼女たちを見守ってきた、という変な自負も生まれた気がする。 オレだけがキャンディーズを分かるんだ、みたいな。 とんだナマイキ者だが。

 そのナマイキな観点から述べさせてもらえば、彼女たちの真骨頂は、やはりその明るさにあった。
 「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」 や 「GO!GO!キャンディーズ」 で彼女たちが見せた過激なテンションには、同時代のどのアイドルも敵わなかった。
 キャンディーズが所属した渡辺プロには、先にザ・ピーナッツという 「コントもこなせるアイドル」 がすでに存在していた。 だが私は、ザ・ピーナッツのコントには基本に忠実なプロ意識を見るのだが、キャンディーズのコントには天性のコメディエンヌとしてのカンを駆使しているようなところを感じる。 コントの質から言うと、キャンディーズのほうが突き抜けているように思うのだ。 たとえ、それが 「やらされている」 ものだったとしても。

 この、アイドルがある種の役割を 「演じさせられている」 という感覚は、やはりキャンディーズにも絶えずつきまとっていた。 だが、彼女たちには、それを吹き飛ばして余りある 「元気さ」 があった。 そこにはどんな建前さえも無力である。 私はキャンディーズの、飾らないその魅力が何より好きだった。 だいたい、ウソなんかついたところで、見破られてしまうのがオチなんじゃなかろうか。

 だが、キャンディーズは、この私のナマイキな定義だけでおさまる存在ではなかったのだ。

 彼女たちは、当時のアイドル界ではほとんど空前絶後のライヴ・パフォーマーだったのだ。
 これは、テレビだけでキャンディーズを見てきた私には、およそ思いもつかない一面である。

 残念なことに、私は彼女たちのライヴを見に行ったことがない。 彼女たちのライヴを支えたのは、私の世代よりも上の世代の人たちだった。
 そして彼女たちにとっても、ライヴこそが自分たちの最重要視した表現の場だったのだろう。
 ライヴを自分たちの活動の最後に持ってきた、という意味で、4月4日のファイナル・カーニバルというのは、キャンディーズをその存在理由と共に封印する、最もふさわしい方法だった。

 私は、解散前から現在に至るまでの、彼女たちのキャンディーズにまつわる言動を見ていると、そこに 「キャンディーズを最高のままで輝かせていたい」 という意思を、強く感じる。

 おそらくその解散には、プロダクション側の思惑や、汚い話もいろいろあったことだろう。
 だが、彼女たちはそのことを決して口には出さない。
 それは、彼女たちの心情に、「キャンディーズを汚したくない」 という思いがあるせいなのだ。
 彼女たちはデビューするとき、「何があっても3年間は頑張ろう」 という誓いを立てたという。 そして、「最高の時に解散しよう」 という思いもあったらしい。
 ファイナルカーニバルでの最後の曲、「つばさ」 の中でランは、「キャンディーズは、最高のまま、解散します」 と語りかけた。
 キャンディーズは、自分たちの誓いに、殉じたのだ。
 そのことは、長い年月を経てもなお、私を感動させる。

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2009年4月 3日 (金)

禁断のボタンが多すぎるDVDレコーダのリモコン

 私が使っている東芝製DVD/HDDレコーダのリモコン。
 禁断のボタンが多すぎる。
 特に 「解像度切り替え」 だとか、「入力3スルー」 とか、「メディア」 とか、「入力切り替え」 とか。
 どれかのボタンを押すと画面がまっ黒けになってウンともスンとも言わなくなる。 「解像度」 かなー。 元通りにするのに分厚い説明書を読んだり、エレー手間がかかる。 何とかならんか。
 それに輪をかけて厄介なのが、「音声切り替え」 ボタンとか、「録画モード切り替え」 ボタンである。 知らないあいだに押しちまって、設定が変わったまんまになってしまう。 至極厄介だ。 「録画モード」 なんか、知らん間に録画速度が変わってて、容量の残り時間が急に少なくなったり。
 「TS/VRの切り替え」 なんてのもあって、切り替わったまんま予約なんかしちまうと、容量が足りなくなって大変なことになる。

 これが高齢者になると、さらに目も当てられない。
 私のオヤジも同じ東芝製のものを使っているのだが、それは機械の扱いが分からないオヤジのフォローをしやすいために私が無理やり買ったものだ。
 案の定、オヤジも寝ている間とか、犬が勝手に禁断のボタンを押してしまうらしく、そのたびに呼ばれちゃ元に戻す作業に追われる。

 これはリモコンの話とは別だが、こないだなんか、「どうしてすぐに録画できなくなっちまうんだ」 と聞かれてオヤジの機械を見たところ、そんなに録画されていないのに残量がやけに少ない。 なんでだーなんでだーと散々設定を変えたり番組を削除したりしたのに直らない。
 ダメだこりゃとお手上げ状態になったが、ふと 「ごみ箱」 を見てみたら、大量にたまってて。
 そうなのだ。 「ごみ箱」 に捨てただけでは、本当に捨てたことにはならないのだ。
 そして、予約している番組を録画している間は、HDDに入っている番組の削除は、できないのだ。
 オヤジはそれが分からないため、私に教わった 「タイトル削除」 のつもりで、「ごみ箱」 に見終わった番組を次々ほん投げたまんまにしておったのだ。

 ともかく、押すととんでもないことになるボタンは、リモコンには不要だ。
 クイックメニューとかでいったん内容を画面に表示してから変えられるようにすべきである。
 いや、そういう方法でもできるのに、どうしてあえてリモコンのボタンでもできるようにする必要があるのか?
 リモコンのボタンってのは、多ければ多いほど、メーカー側アタマ悪いんじゃない?てな気分になる。

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2009年4月 2日 (木)

腫れ物にでも触るようなキムタクの扱い

 TBSテレビでキムタクの新ドラマをやるというので、共演者がその内容をブログで発表したところ、あっという間に削除されたとか。

 私は以前から、キムタクに対してやけに周囲の人たちやテレビ局が、まるで腫れ物にでも触るような態度でいるのを、滑稽に思っている。 ドラマに関しては戦略的なものもあるのだろうが、おそらくジャニーズ事務所側のガードが堅いのと、キムタクファンの方々が、彼へのバッシングを許さないためなのだろう。 彼自身の性格もあるのかもしれない。

 ただ、私は彼のことは嫌いではない。
 それは、彼がビートルズファンだということを知っているからだ。
 しつこいようですが、ビートルズのファンには悪い人はおりません。
 1990年の、ジョージ・ハリスンの来日公演の時、TBSで放送された 「すばらしき仲間」 に彼が出てきて、自分はビートルズファンだと話していたのだ。 私が木村拓哉という少年を見たのは、それが初めてだったと思う。 もう20年近く前か。 確かビデオに録ってあったと思うが。 何かデビュー前だったみたい。

 それにしても、テレビ局側のそうした彼への特別扱いが、結果的に彼の出演するドラマの質を下げているのではないか、という気は、どうしてもする。
 と言っても、私が見た彼のドラマは、「エンジン」 と 「華麗なる一族」 しかない。 それしか見てないのに論評をするのはおこがましいのだが、ご了承願いたい。
 特に 「華麗なる一族」 は、彼をカッコ良く見せるための演出がそこかしこに見られ、見ていてゲンナリしたものだ。 あれは、時代考証のいい加減さもあったが、キムタクにダサいヘルメットをかぶせちゃならんとか、そんな下らない思惑もあった、と私はにらんでいる。

 このふたつのドラマで彼が演じた人物は、それなりにキャラクターが違っていた。 だが、彼が演じると、ふたりとも見事に 「キムタク」 になっていた。
 それは彼が様々な役を演じ分けることができない、ということではない。
 これは私の勝手な推測だが、木村拓哉という人は、どんな人物を演じようが、木村拓哉というブランドを貫き通そう、としているのではなかろうか。
 ただ、それが一方では、彼の演技の幅を狭くしているようにも、どうしても見えるのだ。
 そして、彼の周囲のガードが堅くなればなるほど、その傾向は高まる一方だと私は考える。
 キツイ助言をしてくれる人物がそばにいたならば、彼はもっともっと凄い俳優になっているだろう。 木村拓哉は、それだけの素材を、立派に持ち合わせている人物だと言っていい。

 だが、去年のドラマで総理大臣をやった時にしろ、今回の件にしろ、なんでこうも秘密主義なのか。 何か不都合でもあるのか。 私の理解の範疇を超えている。 そんなに箱入りにしたままでは、育つものも育たない。 せっかくの才能なのに。

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2009年4月 1日 (水)

「天地人」 第13回 視聴率の問題を考える

 「天地人」 の第13回 「潜入!武田の陣」 の視聴率は17%ほどで、今までで最悪の数字じゃなかったろうか。

 視聴率というのは、基本的に視聴者にとってはどうでもいい数字である。
 だが私の場合に限って言えば、自分が見ていない番組の視聴率にはまったく無関心なものの、こと自分が見ている番組については、一緒に見ている人が多いというのは嬉しいし、だれーも見ていない、というのは寂しい。 視聴率の上げ下げで一喜一憂するのは、なにもスポンサーやテレビ局の人間だけとも限らないのである。
 でもその程度だけど。 結局いい番組かどうかがいちばん重要なわけだし。 

 最近では、ネットの記事でも採り上げられたように、単に視聴率だけでは測れない、録画率も参考にすべきだとの意見もあるようだ。
 でも、それを言い始めたらきりがないとも思うが。 なにせ、テレビがついていたとしても、それを見ているかどうかってのは分からないし。
 私などは基本的に録画予約したやつしか見ないのだが、いくらあとから見ようが、面白くなければ途中で再生を止めて削除しちゃうし。
 ただ、1%だ2%だで天国と地獄みたいな状況になるテレビ局のとらえ方は、はっきり言っておかしい。 さっきも書いたように、いくら視聴率があったとしても、視聴者がその番組をちゃんと見ているかどうかの問題だし、さらには、その視聴者がスポンサーの商品を買うかどうかの話でもあるし。

 ただ、今まで23%くらいとっていた 「天地人」 が17%というのは、結構気にしていい下がり方かもしれない。 まあNHKだからどうでもいいんだろうが。
 先週 「天地人がやってきた」 などというPR番組を放送したのに、下がる時は下がるものなんだな、と思う。 なんも効果がなかったってことでしょ、あの番宣。

 だが数字が下がるのにはそれなりの理由もちゃんとある。
 話の構造が、前回の繰り返しだからだ。
 前回第12回の 「命がけの使者」 は桑取の庄に援軍と兵糧を頼むため、今回は武田に和睦を申し入れるため、妻夫木クンが北村一輝サンの名代として派遣され、相手に必死になって頼み込む、という話。 多少の違いはあるものの、話としてはまったく同じ構造だ。
 また、高島礼子サンが玉山鉄二サンを諭そうとする場面や、山下真司サンと常盤貴子サンが夜伽をするシーンも前回と同じ。 さらに、吉川晃司サンと長澤まさみチャンが交わす会話も、もう聞き飽きたわ、という感じ。
 あの変な演出方法が影をひそめても、物語がこうでは、視聴率も下がるというものだ。

 だが、連続テレビ小説の視聴率にかんして、BS放送分も同時に発表するとかいう記事を、やはり最近ネットで見かけたのだが、この 「天地人」 にしても同様のことが言えないか。
 私はこの番組、BSハイビジョンの放送分を録画している。 「天地人」 はこのほかにも、総合テレビとBS2で、一日で都合3回、放送されていることになるのに、それが加味されない、というのも、おかしな話だと思うのだ。

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「チューボーですよ!」 小林麻耶の最終回

 「THE NEWS」 の第1回目と、見る順番が逆になってしまったが、先週放送された「チューボーですよ!」 の小林麻耶アナ最後の回を見た。
 いやボロボロでしたね。
 あんなに泣いていたとは。
 ワイドショーの皆さん、「号泣」 というのは、ああいうのを言うんです。
 涙だけじゃなくって、鼻水もすごくて。
 逆に言うと、どうしてそんなにしてまで、報道をしたいのかが分からない。
 妹に対抗意識を燃やしてるのかしらん。
 けれども麻耶チャン、キミの持ち味はバラエティでこそ生かされると、オジサンは思うぞ。
 あのボロボロの泣き顔を見ていると、どうもキミは無理をしているように、思えてならないのだ。

 その、先週の 「チューボー」。
 ほかの番組でちょろっと雨宮塔子サンが出てたのを見たので、ああきっと 「チューボー」 にでも呼ばれたんだろうなと思ったら、やっぱりそうだった。 ひょっとすると 「どうぶつ奇想天外」 にも呼ばれたのかな。 見なかったけど。 終わりだったから。 着ぐるみとかやってましたよね、あの番組でも。

 小林アナ、冒頭から、番組の卒業証書をもらうという段取りですでにもう、涙線にキテたように見えた。
 だがそれは番組の性格を把握しているマチャアキのこと、卒業証書を雨宮サンと取りあうというギャグでかわしていたが。
 最後のメニューは天津丼。
 卵を使う料理はこの番組、結構外していることが多いので、大丈夫かなーと思っていたら、結局無星で。 堺巨匠、「いただきました」 のコールも忘れるほどボー然としちゃって。 「パリ帰れ!」 って。 大笑いしました。
 雨宮こう来るかとも、思いましたけど。
 そこらへんのバラエティのカンは、まだ失ってないなこの人、と思いました。 というか、これは天性のものなんだろうな。 実に得難い人材だ。 雨宮サン、家庭なんかほっぽり出して、日本のバラエティ界に戻ってきませんかね? ムチャクチャ言っとりますが、惜しいっスよ、ホント。

 天津丼は雨宮サンの時も小林アナも一回やっていたみたいで、番組では以前に放送されたVTRが再度流れていたが、いやー雨宮サンの時、堺巨匠も若かったー。 ファッションもメイクの仕方も、放送当時は90年代前半みたいだったが、80年代の匂いが残ってて。 あんな服、みんな着てたよなあーという感じ。
 だけどあの当時にはすでにもう、マチャアキは超ベテランの域だったのだ。 つくづく、息の長いタレントさんだと思う。 私の年代でも、 「カックラキン大放送」 とか、「マチャアキ!するぞー」 とかの時代から堺サンを見続けているけれど、それより前のグループサウンズの時代から、活躍しているわけだから。 ギャグの切れ味が少しもほころびないというのが、凄い。

 それでいつもより早めに番組は進行して、最後は小林アナのVTR総集編みたいなことをやって。 VTRの終わりで小林サンはすでにボロボロ状態。 最後のあいさつでは、最近テレビでこんなに泣いてる人を見たことないというくらいで。 堺巨匠はそれでも、ちゃんと笑かすし。 最高だよな、この人。

 いや、だけど、ホント小林麻耶って人は、性格のいい人なんだなだって、改めて思いました。 性格悪かったら、あんなに顔ぐしゃぐしゃになるまで泣けませんよ。

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