« 禁断のボタンが多すぎるDVDレコーダのリモコン | トップページ | 「ゴーストフレンズ」 福田沙紀、華があるのかないのか »

2009年4月 4日 (土)

キャンディーズ解散から31年

 去年は解散からちょうど30年の節目だったこともあって、全キャン連主催の同窓会が開かれたり、何かと周辺関係が騒がしかったキャンディーズだが、今年はなんのニュースも伝わってこない。 さびしいものだ。
 だが、キャンディーズのファンにとって、4月4日というのは何があろうと、なにものにも替え難い特別な日であることは間違いない。 私はいまだに、4月4日が来ると、当時の切なかった気持ちを思い出す。

 私にとってキャンディーズというのは、とても明るくて、いつも元気をもらえる姉貴たち、みたいな存在だった。 それは私が同時期にファンだった百恵チャンに対して抱いていた思いとは少し違う、仲間というか同志というか、そんな連帯感だった気がする。
 だがそんな連帯感も、恋愛感情にすり替わるのは、あっという間だ。
 彼女たちが解散宣言をしてから解散するまでの間、世間がまるでお祭り騒ぎのように彼女たちに群がるように、やがていなくなってしまう姉貴たちに対して、私も思いを募らせていったのだった。

 キャンディーズという3人組は、世間一般では、「年下の男の子」 というヒットが生まれるまで泣かず飛ばずだったように認識されているようだが、「8時だョ!全員集合」 を見ていた私たち子供の層にとっては、デビューのころからよく見知っているアイドルだった。
 体操の時間に活躍する彼女たちが、「あなたに夢中」 というデビュー曲を 「全員集合」 の中で歌った記憶がある。 「ああデビューしたんだ」 と思ったものだ。 確か小学館の 「小学四年生」 の付録にも、緑色のコスチュームの彼女たちが載っていた。

 その後 「そよ風のくちづけ」「危い土曜日」「なみだの季節」 という、ちっとも売れなかったらしいそれらの曲も、私はよく知っていた。 たぶん 「全員集合」 の中で歌われたんだと思う。
 特に 「なみだの季節」 はセールス的には散々だったらしいが、それまで出ていた彼女たちの歌の中では、一番好きだった。 おそらく彼女たちの初めてのダウナーな歌が、暗い曲好きの私の琴線に引っかかったのだ。 だが今にして思えば、次に出される 「年下の男の子」 という最後の賭けを前にした彼女たちの不遇な状況を、「なみだの季節」 からなんとなく感じ取っていたのかもしれない。

 大胆なイメチェンを図った「年下の男の子」 からの人気はよく知られる通りだが、私にはキャンディーズはあくまで初めから人気があった。 ように見えていた。 そこから、デビューのころから彼女たちを見守ってきた、という変な自負も生まれた気がする。 オレだけがキャンディーズを分かるんだ、みたいな。 とんだナマイキ者だが。

 そのナマイキな観点から述べさせてもらえば、彼女たちの真骨頂は、やはりその明るさにあった。
 「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」 や 「GO!GO!キャンディーズ」 で彼女たちが見せた過激なテンションには、同時代のどのアイドルも敵わなかった。
 キャンディーズが所属した渡辺プロには、先にザ・ピーナッツという 「コントもこなせるアイドル」 がすでに存在していた。 だが私は、ザ・ピーナッツのコントには基本に忠実なプロ意識を見るのだが、キャンディーズのコントには天性のコメディエンヌとしてのカンを駆使しているようなところを感じる。 コントの質から言うと、キャンディーズのほうが突き抜けているように思うのだ。 たとえ、それが 「やらされている」 ものだったとしても。

 この、アイドルがある種の役割を 「演じさせられている」 という感覚は、やはりキャンディーズにも絶えずつきまとっていた。 だが、彼女たちには、それを吹き飛ばして余りある 「元気さ」 があった。 そこにはどんな建前さえも無力である。 私はキャンディーズの、飾らないその魅力が何より好きだった。 だいたい、ウソなんかついたところで、見破られてしまうのがオチなんじゃなかろうか。

 だが、キャンディーズは、この私のナマイキな定義だけでおさまる存在ではなかったのだ。

 彼女たちは、当時のアイドル界ではほとんど空前絶後のライヴ・パフォーマーだったのだ。
 これは、テレビだけでキャンディーズを見てきた私には、およそ思いもつかない一面である。

 残念なことに、私は彼女たちのライヴを見に行ったことがない。 彼女たちのライヴを支えたのは、私の世代よりも上の世代の人たちだった。
 そして彼女たちにとっても、ライヴこそが自分たちの最重要視した表現の場だったのだろう。
 ライヴを自分たちの活動の最後に持ってきた、という意味で、4月4日のファイナル・カーニバルというのは、キャンディーズをその存在理由と共に封印する、最もふさわしい方法だった。

 私は、解散前から現在に至るまでの、彼女たちのキャンディーズにまつわる言動を見ていると、そこに 「キャンディーズを最高のままで輝かせていたい」 という意思を、強く感じる。

 おそらくその解散には、プロダクション側の思惑や、汚い話もいろいろあったことだろう。
 だが、彼女たちはそのことを決して口には出さない。
 それは、彼女たちの心情に、「キャンディーズを汚したくない」 という思いがあるせいなのだ。
 彼女たちはデビューするとき、「何があっても3年間は頑張ろう」 という誓いを立てたという。 そして、「最高の時に解散しよう」 という思いもあったらしい。
 ファイナルカーニバルでの最後の曲、「つばさ」 の中でランは、「キャンディーズは、最高のまま、解散します」 と語りかけた。
 キャンディーズは、自分たちの誓いに、殉じたのだ。
 そのことは、長い年月を経てもなお、私を感動させる。

« 禁断のボタンが多すぎるDVDレコーダのリモコン | トップページ | 「ゴーストフレンズ」 福田沙紀、華があるのかないのか »

芸能・アイドル」カテゴリの記事

コメント

ファイナルカーニバルの最後の挨拶の中でランちゃんが次のように言っていますよね。「全国の沢山のファンの皆さんが、私たちを最高のものに作り上げてくださったんです。だから、だからこそ私たちは最高のまま解散したいと思います。」長い間キャンディーズが解散した真相が分かりませんでしたが、仮にこの言葉が本当の理由でなかったにせよ、結果として最高のままキャンディーズは封印されることとなりました。だから、再結成することは彼女たちの頭の中には最初からなかったんだと思います。

??様
コメント下さり、ありがとうございます。

この記事は、スーちゃんが亡くなる前に書いたものでした。

私はスーちゃんが亡くなってしまってから、ラジオで彼女たちの歌が不意にかかると、泣けてきてしまいます。 今も、かなり切ない気持になっています。 だから持ってるCDもあのときから、封印したまま。

結局 「青春」 という、いかにも気恥かしいモニュメントを、私は彼女たちと一緒に掲げていたような気がするのです。

それはおそらく、あなたにとっても同じなのだ、と感じます。

ファン全員が、自分の青春を、彼女たちと共に、空高く掲げていた。

最高のままでフィニッシュを決めた彼女たちには、感謝してもし足りません。

キザな書きようですが、今でも耳をすませば、彼女たちの 「コットンフィールズ」 の楽しい歌声が流れてくる。

私たちファンも、あの男性コーラスのなかの一員ではなかったかな?なんて、ちょっと錯覚をしてしまうのです。

自分たちとファンの為に、最高のものに作り上げてくれたファンやスタッフへの恩返しとして、自分たちを最高のまま封印したのは、後にも先にもキャンディーズしかいないと思のです。この事はどれだけ社会的なインパクトがあったか、図りしれないものがあります。それは突然訪れたということもありますが、いわゆるキャンディーズ的なるものの終焉と言いますか、何かが終わってしまった喪失感といいますか、一つの時代の転換点であったような気がしてならないのです。キャンディーズ的なるものは古き良き日本の象徴みたいな所があって、それが皆を惹きつけていた。かつて村上春樹氏が、解散とほぼ同時期に足枷を外された円が急上昇していると、評論しているのを読んだことがあったが、日本人の心の拠り所とする所が大きく変わった時期と重なる気がしてならない。

??様
レス下さり、ありがとうございます。

昔から、スターに対する視線というのは、かなりファナティック(熱狂的)になる傾向というものってあった、と思うのです。

たとえば美空ひばりサン、石原裕次郎サン、御三家に新御三家、三人娘や花の中3トリオなどなど。

その傾向がぷっつりと切れてしまったのが、松田聖子チャンだった気がします。 彼女がテレビで泣いたとき、「ウソ泣きだ」 という声がどこからともなく上がった。 涙出てませんでしたから(笑)(でも泣きたくても涙が出ない時って、あると思うんですけどね)。

スターを冷ややかな視線で見る、という流れがここから始まって、今はAKBあたりがその洗礼を受け続けているのかな(笑)。

これって世の中の価値観が多様化した、ということになるのでしょうが、ファンもこぞって、スターたちと一緒にカーニバルを形成していく、という現象は、キャンディーズが唯一無二だと私も感じます。 多用する価値観に対する、最大のアンチテーゼであり、ファナティックな 「思い入れ」 というものが可能だった時代の、最後のお祭りであった、とも言えるのはないでしょうか。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/44552926

この記事へのトラックバック一覧です: キャンディーズ解散から31年:

« 禁断のボタンが多すぎるDVDレコーダのリモコン | トップページ | 「ゴーストフレンズ」 福田沙紀、華があるのかないのか »

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ