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2009年5月13日 (水)

「こどものきもち24じ」 子供の人生もすでに重い

 説教臭い話になります。

 子供の日にやっていた、NHK総合の 「こどものきもち24じ」。 全国のいろんな子供の生活を、子供へのインタビューを交えて、ただ淡々と流すだけの番組だ。 大人の話は、一切入らない。 時々、昔の子供の映像が挿入される。

 この番組、毎日少しずつ見てたのを、昨日ようやく見終わった。

 なぜ一気に見なかったかというと、見続けるのが結構しんどかったからだ。
 子供たちの人生も、すでに重い。
 すくすく育っていく子供にしても、その人生の行く手には、いろんな障害が待ち構えている。 それに立ち向かえるだけの心を、この子たちは育んでいるだろうか。 そういう要らないことまで、先走りして考えてしまうのだ。

 番組には、いろんな子供が登場した。
 酪農の家に生まれて、牛の世話をすることを自分の一生の仕事だと、もうすでに自覚している男の子。
 ケータイのメールばかりやっている女の子。
 いろんな国籍の子が通っている小学校の様子。
 フリースクールに通う、ちょっと自意識過剰に見える女の子。
 汚い言葉を浴びせ暴れる情緒不安定な男の子。
 将来弁護士になりたいと、塾で必死に勉強している女の子。
 カードゲームの大会で、見知らぬ子とすぐに打ちとけあう男の子。
 ファッションモデルばりに着飾ってカメラマンに写真を撮られている女の子。

 この子たちの中で、一番安心して見ていられたのは、酪農家の男の子だけだった。 彼の人生に、酪農家以外の道を見出すのは、ちょっと難しい。 それでも、将来に何の不安もない、というわけでも、ないのだけれど。

 ここに出てきた子供たちは、総じて、一見するととても危ういように見える。
 だけども、彼らは例外なく、友達や家族など、他人との付き合い、触れ合いを通じて、ちゃんとした社会性ある人間に育っていくんだろうな、と思う。

 大切なのは、いろんな人と出会うことだ。

 世の中には、自分の尺度では、どうしても理解できない人たちもいる。 だけど、いろんな人たちと付き合っておけば、どんな理解不能の人にも、人には必ずその人がそうなるだけの事情があった、ということが、自然と理解できるようになる、と思うのだ。

 これらの子供たちには、これからいやがおうでも直面する大人の選択がある。
 自分の人生を自分の思うがままに生きるのには、それ相応に、自分が悪賢くなるしかない、という考えを持つかどうか、という選択だ。

 それを受け入れた時、精神は老いる。 要するに、汚い大人になるってことだ。

 世の中の大半の大人たちは、自分の夢をあきらめざるを得なかった経験を持っている。 そして、自分が望まなかった生き方をしている。 そしてその夢を、家族の幸福の中にスリ替えたり、子供にその夢を託したり、いろんなごまかし方をしながら、生きている。

 だが、そのごまかしは、けっして汚い大人になる、ってことじゃない。
 その生き方は、けっして後ろ向きな生き方ではないのだ。

 なぜなら、人生にとって、素晴らしい家庭を築くことは、なにものにも代えがたい価値を備えているからだ。 また、どんな仕事でも、誰かを幸福にする目的を備えてさえいれば、それでじゅうぶん価値のある生き方をしている、と誇れるからだ。

 肝心なのは、さまざまな障害にぶち当たった時だ。

 人生を生き抜く精神にとっていちばん大切なのは、最悪だとしか思えない状況の時、いくら自分が傷だらけであろうが、一歩踏み出す勇気があるかどうかにかかっている。

 この番組に出ていた子供だけでなく、すべての子供たちが、その勇気をもって生きることができるように。 この番組を見ていて、そう願うばかりだった。

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