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2009年5月18日 (月)

「大人のソナタ」 '70年代はよかったと言われてもなぁ

 2009年5月17日テレ朝 「大人のソナタ」、テーマは1970年代の歌謡曲。
 流行っている歌が歌えない、昔はよかった、みたいな建設的でない論調で、中高年のボヤキか、みたいな番組でした。

 番組で、まるで70年代の象徴みたいに、百恵チャンが出てくる、っていうのも、いい加減食傷気味なんですが。
 今聴くと、百恵チャンの曲って結構古臭いんですよ、特に歌番組のアーカイブみたいなしょぼいバッキングだと。 そりゃなつかしいんだけど、感想が 「なつかしい」 から抜け出せないっていうのが、結構もどかしいんです。
 みんながみんな百恵チャンばかり見ていたわけでも、ありませんでしたしね、当時はアイドルが、百花繚乱でしたから。

 「さよならの向こう側」 を、阿木・宇崎サンが女性コーラスの合唱団と歌ってたのにも、正直言って引きました。
 なんだかなー、という感じ。

 もともとこの曲、百恵チャンのシングルの中では、一番キライなんですけどね。
 何がさよならの代わりにありがとうだバーロー、みたいな感じで当時から聞いてましたからね(笑)。
 百恵ファンからすると、つらすぎて聴くに堪えないんですよ。
 ラストコンサートの映像なんか、いっちばん見たくない映像(笑)。
 番組では、この曲の 「あなた」 の部分を 「(流行)歌」 に変えて聞いてみると流行歌が時代に与えていた影響がなんだかんだと分かったような解説を加えていましたが、だからどーした、という感じ。 こういう、とってつけたような論調は、ほんとうに聞いてて恥ずかしい。

 今流行っている歌を歌えますかと聞かれてもたいていの大人が歌えないっていうのは、曲のテンポが速すぎる、というのも原因ですが、その曲が巷に流れているサイクルが短すぎる、ってことが最大の原因なような気がするんです。
 それは、CD売り上げとか、市場の規模が狭まって、音楽の細分化が進めば当然の話なのですが。

 だいたい、私が子供だった昔は、その当時 ( 昭和40年代 ) からしても、何年も前の曲を、結構アッチャコッチャで聞いていたような気がするんですよ。
 流行ったその年だけしか聴かれなかった、ということがなかった。
 だから、どうしてそんな古い歌をおまえみたいな子供が知っとるのだ、みたいなことを結構大人たちから言われていた覚えがあるんです。
 例えば、「スーダラ節」 とか、「ウナセラデイ東京」 とか。 これらは確か、私が生まれるずっと前に流行ったはずなんですが、どういうわけか私は知っていました。 たぶん、「シャボン玉ホリデー」 とかで流れていたのだろうと思います。
 「御座敷小唄」 とか、「リンゴ追分」「高校三年生」 にしてもそう。 いつの間にか覚えていました。 つまり、流行歌の寿命が、すごく長かったんですよ。

 今は、一週間も経てばチャートからいなくなっちゃうようなのばかりでしょ。 ネット配信とか、時代のテンポ自体が速すぎるんだと思う。
 だけど、名曲が生まれるペースっていうのは、逆にとてもスロウダウンしている。
 年に、1曲か2曲くらいじゃないですか、心に残るいい曲、しかもヒットした、というのは。

 もう、そういう1曲か2曲に期待するしかないんですよ、我々中高年の世代は。

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