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2009年5月

2009年5月31日 (日)

1970年代、アナログ時代のNHK天気予報

 「ヤン坊マー坊天気予報」 についての記事を先日書きましたが、それでガキの頃から、天気予報って、結構気にして見てたんだなあ、ということに、あらためて気付きまして。

 それで真っ先に思い出したのが、NHKの昔の天気予報。

 1970年代のNHKの天気予報、と言って私が思い出すのは、手作り感あふれる、晴れや雨、雪などのお天気マークであります。 それは、とても現在からは考えのつかない、アナログな世界でした。

 私が住んでいたのは東京だったので、たぶん関東地方だけに限定してやっていた方法なのかもしれませんが、同じNHKだから、ほかの地方でもやっていたと思うんですけど。
 1都6県の地図が描かれたボードに、各県ごとに四角いクリヌキがあり、そこに 「晴れ」 や 「くもり」、「雨」 のマークを裏側からハメこんだような形になっていたと思います。

 注意報や警報は、それぞれ各県ごとのプレートと、波浪注意報なら 「波浪注意報」、と書いたプレートを、並べてそのボード(いや、注意報や警報のボードは、四角いクリヌキのない、ほかのボードでしたかね)に貼っていた。 ホワイトボードにマグネット、みたいな感覚。
 それにしても、小さいころは、ハロー注意報って、なんなんだと、ずーっと思っていました(笑)。

 当時の天気予報は、内容的にも実に無味乾燥で(笑)、今の、余計なことまでベラベラうるさい天気予報とはまったく別世界の、ハゲシイ淡泊さでした(笑)。

 それで。
 私にとって一番印象に残っているのが、この、「晴れ」「くもり」「雨」「雪」 といった、「動くお天気マーク」 なんですよ。

 そのお天気マークには仕掛けがしてあって、「晴れ」 の場合は、太陽のまわりの、光線を、キラキラ見せるようにできており、「雨」 の場合は、雨が落ちてくる様子を見せるようにできていました。 「くもり」 には、何の仕掛けもなかったように記憶しています。

 うーん、説明が難しい(笑)。 私に画像をアップできる能力があれば、説明図でも書くんですが。

 この仕掛けがどうなっているのか、小さい頃、とても知りたかったのを覚えています。
 NHKの天気予報を見かけるたびに、じいーっと画面を見つめていたものです(笑)。
 そしてある瞬間、そのカラクリがようやく分かったのでした!(だいぶ小さい頃でしたが)

 太陽光線を表す、太陽の周りのいくつもの細かい線や、雨が落ちてくるのを表すいくつもの長い線は、その線の部分だけが、くりぬかれた状態になっていたのです。
 そして、その裏側から、太陽の光や、雨が降ってくるのを表す模様を張り付け、ある一点でつなぎとめ、後ろからクルクル回していたのです(だと、思うんですが…)。

 要するに、太陽光線が当たっているように見せたり、雨が落ちているように見せたりするのは、「できるかな」 みたいな、工作の世界で表現していたのです。

 回していたのが人間か、モーターだったのかは分かりませんが、あんなに同時に1都6県のお天気マークを回すとなると、人力では大変な手間がかかりますよね。 たぶん、モーターじゃないでしょうかねー。 でも、その回転は、結構遅かったような気がするんですよ。 モーターじゃないのかなー。 ギアをかみ合わせて回転を遅くしていたとか?

 もののブログによると、その 「動く」 お天気マークが、マグネット張り付け式だったという話もあるんですよ。 そうだったっけなあ? だいたい、NHKに訊いたわけでもないし。
 まあ、不確定情報として、私の話は処理して下さいませ。 

 なにしろ、物心ついた時から、どうしてNHKの天気予報は雨や雪が降っているように見えるのか、不思議でならなかったガキンチョは、自分なりにその答えを見つけた時、長年の懸案がようやく片付いた政治家のように、ひとりで悦に入ったのでありました。

 その天気予報が、CGみたいな画面になったのは、いつからだったか、正確には覚えていません。
 今から考えると、それ自体、CGと呼んでいいのかよく分からないような(笑)稚拙な画面だった気がするんですが。
 そしてあの手作り感覚あふれるNHKの天気予報画面も、いつしか見なくなってしまいましたね。 1980年代の、結構早い時期から、そうだったような気がします。

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「MR.BRAIN」 第2回 ご覧になった方だけお読みください

 謎解きが主体のドラマだから、おいそれとあらすじを書くことができない、「MR.BRAIN」。
 こういうのを、ネタバレ注意、というんだろうな。
 とりあえず、これから見ようと思っている方は、読まないほうが賢明です。

 第1回目を見て、謎解きが比較的簡単に思えたこのドラマだったが、第2回目は、結構意外な展開だった。

 まず今回、ドラマ中の犯罪もさることながら、ドラマ全体を陰で操っていたのは、まぎれもなくGacktサンだった。 その異様な殺人鬼の尋常ならざる目つきは、捜査側を右往左往させるに十分な存在感だった。

 個人的には、小雪サンがいちばんあやしい、と思っていたのだが、実際のところ、殺された側も殺した側も、松重豊サンも、そしてGacktサンも、みんな犯人だった、というのは、ちょっと予想を超えていた。

 ただ、話的に変だったのは、すでに解決済みだった3年前の事件を、捜査しなおしたら、いとも簡単に、最後の犯罪だけはGacktサンのしわざじゃなかったのが分かるくだり。 なにやっとったんだ3年前?って感じ。 手口が明らかに違うでしょうが。

 まあそれも、Gacktサンの狡猾なウソの自供のせいだった、っていうのも、よく考えれば逆に彼が天才的とも言えるわけであり。 結局それで浮き彫りになるのは、捜査当局のマヌケさだけであり。

 ジャンケンの心理、という、今回の謎解きのキーワードは、都合3回出てくるのだが、その対比の仕方はなかなか見事なものだった、と個人的には思う。

 1回目の爆笑問題田中クンと木村クンのジャンケンは、ふうん、そんなもんなのか、程度の脳知識。 それを見ている側に学習させる、という目的のジャンケンだった。

 2回目の木村クンと小雪サンとのジャンケンは、犯人を突き止めるための、今回いちばん重要なジャンケン。 だけどその内容的には、ちょっと騙しが入ったセコイもので、謎解きの道具としてはちょっと、という感じだった。

 しかし、3回目、ドラマの最後での木下優樹菜チャンと木村クンのジャンケンは、見事に木村クンが負ける、というオチだったのだ。 まあ、木村クンが負けるとは思ったのだが。
 でもこれで、2回目のジャンケンで私が抱いたチープ感は消し飛んで、ドラマ自体がとてもシャレが効いたものに収まった、そんな気がした。 実は木村クンの得意気になっている知識なんか、大したことがないんだ、という自虐的な転換の仕方である。

 「MR.BRAIN」 に関して、脳科学の側面やら、TBSの過剰宣伝やら、いろんな面で否定的な見解をネットで読んだが、私個人としては、このドラマは深いことは考えずにエンターテイメントを楽しむためのドラマだ、というとらえ方をしている。

 そのいちばん端的な象徴なのが、主題歌のヴァン・ヘイレン 「JUMP」 なのだろうと思う。
 この曲は、確か1984年あたりの、相当古い曲である。
 この曲が流行っていたころは、日本中がバブル絶頂期で、イケイケの空気が蔓延していた。 「JUMP」 自体も、それまでのヴァン・ヘイレンのイメージとは変わって、コマーシャル感全開の、イケイケムードの曲だった。 発表当時、それまでの彼らのファンからは、戸惑いの声を多く聞いた覚えがある。

 そんなイケイケの曲を主題歌に使うこのドラマ。
 こういう豪華なキャスティングのイケイケドラマを見て、もっと元気出していこうぜ、という作り手の姿勢が、見える気がするのだ。

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2009年5月30日 (土)

ヤン坊マー坊天気予報 50周年だそうで

 5月30日付(2009年)毎日新聞 「ひと」 欄に、ヤン坊マー坊天気予報のアニメを50年間描き続けた、中邨靖夫サンの記事が載っていました。

http://mainichi.jp/select/opinion/hito/news/20090530k0000m070139000c.html

 まず、このアニメ、ひとりの人が描いていた、ということに、まずびっくり。 季節ごとに1500枚、年間6000枚の計算になります。 1日換算で、20枚弱、といったところかな。 着色も背景もやっているのでしょうか。 いずれにしろ、すごい。

 記事の中で、この天気予報は、中邨サン在住の大阪地方ではやっていないので、中邨サンは、地方に行った時に見るとか書いてありました。 それじゃ、地方の地上波でやってるのかな?って思って、調べてみたら、地方局ではローカル枠でやっているらしいです。
 農業機械と縁が深い地方では、ヤンマーディーゼルの広告価値が、まだ充分ある、ということなのでしょう。

 東京地方ではもうBSでしか見られないヤン坊マー坊ですが、このキャラクターには、幼いころの思い出が、やはり詰まっています(っていうほどのことでもないのかもしれないけど)。

 昔(1970年ごろ)は夕方のニュース番組なんて、ほとんどTBSのニュースコープ(古谷綱正サン、なつかしいなあ)しかなくて、午後5時から8時くらいまで、だいたいアニメか、アメリカのドラマの再放送で占められていました。
 ヤン坊マー坊もアニメ主流の時代の流れで、アニメーションを天気予報に起用したのでしょうね。 個人的には、チャンネルは違いますが、「ゲゲゲの鬼太郎」 とかと抱き合わせで、見ていた気がします。
 あとは、東京12チャンネル(現テレビ東京)の 「キッドボックス」 とか、NETテレビ(現テレビ朝日)の 「世界こどもニュース」、でしたか、気球が上がっていくオープニングの、それとか、NHKの 「空中都市008」 とかと、同じ系列で、記憶しています。

 要するに、母親がご飯の支度をしているわきで、それらの番組を見ていた、という記憶。

 ヤン坊マー坊天気予報で流れていた、農業機械のコマーシャルも、それを見ていたことで農業のテクノロジーの進歩を目の当たりに見ていた気がします。
 苗を一気に何本も植えられる!とか、その場でターンができるようになった!とか。 子供心に、へえ、そりゃ便利だなあ、とか(笑)。
 ヤンマーだけでなくて、井関農機とかのCMも、昔はよくやってましたよね。 ヰセキの早苗、とか。 桜田淳子チャンが、「早苗だべさ~」 なんて(懐かしい~)。

 確かに、「8時だョ!全員集合」 とか、昔の巨大コンテンツになつかしさを感じる、ということは、よくあることなんですが、こういう、ちょっとした番組のほうが、かえってあの頃の記憶が、鮮明によみがえってくる気がします。

 今度ヤン坊マー坊を見たら、もっと注意深く、見てみたいものです。

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「スマイル」 第7回 殺しちゃアカン、殺しちゃ

 どうにも教育上よろしくない展開を示しつづける、「スマイル」。
 町村フーズの社長が自殺したと思ったら、今度はビトチャンが人殺しですか? 殺しちゃったんですか? 心臓いっちゃってましたからね。
 衝撃の展開であることは間違いないのですが、気になるのは、ドラマでのこの2件(自殺と人殺し)の描き方に、どこか 「そうするしかなかった」「仕方がない」 みたいなところが見える点。

 小栗旬クン扮する林という男が、これで死んじゃった、と仮定して話を進めると、林は、何の救いもないまま死んじゃったことになる。 なんだかなあ。

 今回小栗クンのオヤジサンが警視庁のお偉いサンだったことが分かり、そのために松本潤クンが小栗クンの罪をひっかぶってしまったとか、その最中にまたまた事件を起こして今度は言い訳つかなくなって刑務所入ってオヤジさんは失職、とか、小栗クンの事情というものもだいたい理解できました。

 それに、小栗クンがいろんなところにケータイで電話して、みんなから煙たがられている、っていうところでは、なんだか彼に同情したくなる気がしてきたのに。

 だけど、それでも、それだけでは、彼があそこまで、異常なまでに瞬間湯沸かし器のごとく逆上しまくる、という説明には足りない気がします。
 警官をボコボコにして、拳銃と手錠を奪って、新垣結衣チャンまでボコボコにする、という神経自体が、理解の範疇を超えているんですよ。
 もっと、そうなるだけの事情を、くどいくらいに説明すべき。
 その事情の説明が足りないから、松本潤クンに拳銃をぶっぱなされても、「そうするしかなかった」 みたいに見えてしまう。 これじゃ、林クンは、浮かばれない。

 「そうするしかなかった」 なんて、人殺しを、そんなふうに見せるのは、あまり感心しませんなあ。

 それで、ビトチャンだけど、なんかまた、逃げてしまうみたいなんですよ、予告編を見ると。
 第1回目でも逃げていたけど、なんで逃げなきゃならんのだ?と私には思えて仕方ないのですが。
 なんとかっていう差別主義者の刑事が怖いからかな?
 前につかまった時の、理不尽な取り調べが原因なのかな?
 でも、中井貴一サンがついてるし、今回は、逃げなくったっていいんじゃないかー?

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2009年5月29日 (金)

「A-Studio」佐藤隆太クンの取材だったとは

 当ブログ3月31日付(2009年)で、鶴瓶サンを近所で見かけました、という記事を書いたんですが、「A-Studio」 の、佐藤隆太サンの取材だったんですね。 「家族に乾杯」 にしちゃあ、あのでっかいポンポンみたいなもの持ってる音声サンとか、テレビカメラとかなかったんで、なんだろうとは思ってたんですが。 そう言えば、なんかヤケに背の高い女性もいた気がする。 あれ、小泉クンだったのか?

 取材してたのは、東急大井町線の、等々力駅前です。 「ふじむら」 っていうお菓子屋さんまで出て来て。 写真ですけどね。 えーっ、佐藤クン、ここのイチゴ大福食ってたのかあーっ、とか。

 あそこの公園も、よく知ってます。 マジですか。

 っていうことは、この小学校って、ひょっとして? オレっちと同じ小学校? それにしても、あんなにデカイ松の木なんか、あったかなあー? いや、でも、中に入れてもらったの、先日ちょうど、ブログにも書いたんですけど(5月28日付 「毎日かあさん」 の項 )、20年前の学生時代が最後で、最近はおいそれと、入れないもんですから、分かりません。 松の木は、あったような気もします。 自分がこの小学校卒業してから、30年以上ですし、あれくらい大きくなってるかも。
 しかし、あの正門は、やっぱりそうなのか?

 でも、ていうことは、「ROOKIES」 の二子玉川学園、ですか? ずいぶん佐藤クンにしちゃあ、ロケ地的に地元じゃないですか。 私はこのドラマ、見たことないんですけど。
 でも、彼がこのドラマの原作に入れ込んでたっていうのも、なんとなく分かる気もしました。

 それにしても、彼はこの作品をやるために役者になった、くらいの思い入れようで、話の途中で感極まってしまうのは、見ていてとてもすがすがしかったです。 ああよかったなあ、って。

 でも、あれがなんの取材だったか分かっただけでも、今日は胸のつかえが取れた気がしました。

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「フォークギター再入門」 第9回 大事なことを教わりました

 第9回が最終回だった、NHK教育 「フォークギター再入門」。
 短すぎですよね。
 もっと石川鷹彦サンに、いろいろ教わりたかった。

 最終回は、「22才の別れ」 のアンサンブル。

 宮本愛子アナと小倉久寛サンに、リードとバッキングを互いに弾かせて、石川サンが決定した布陣は、宮本アナがリード、小倉サンがバッキング&ボーカル。 いや、私も見ていて、宮本サンのほうがリードうまいな、と思ったんで、納得の編成でした。

 レッスンの最後に、石川サンから、貴重な話を聞けました。

 「それほどうまくならないのが楽しい。 極めちゃうと、楽しみがなくなっちゃうのが多いです、スポーツもそうだけども、趣味でやってるものは、好きになんなきゃ一生懸命やらないでしょ物事っていうのは」
 「なれなくていい、下手に、下手にね、うまくならないように」

 ホントに、私みたいなアマチュアギター弾きには、目からウロコのお話でした。 前回も書きましたが、途中から、ちっとも上達しなくなった、なんて思わなくていいんですね。
 楽しく弾ければそれでいい。
 趣味というくくり方でこの程度でOK、みたいな考えは、見くびっているみたいでいやなんですが、自分にできる範囲で、自分の人生がそれによっていくらかでも豊かなものになればいい。 そうですよね、石川サン。

 また教育テレビでやってくれるのかどうかは分かりませんが、石川サンのお姿をまた拝見できなくなるのは、正直言ってさびしいです。 出来れば、入門編ではなく、これまで石川サンが携わってきた、いろんなレコーディングの話とか、弾き方のレッスンとか、どっかでやってもらいたいなあ。
 BSフジなんか、どうですかね。 坂崎サンとか、いろいろ音楽の優れた番組を、やっているんですから。

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「ゴーストフレンズ」 第8回 加速していく切なさ

 鰐淵晴子サンから、ミソラチャンを連れ戻すことができなければ、自分の肉体も魂も同時に失ってしまう、と聞かされたカイトクン。
 その場所にいてその話を聞いたはずのミソラチャン、「戻ってあげようか?」 なんて、ものすごーく残酷なセリフ。
 ミソラチャン、カイトクンが消えてもいいの?
 いっくらなんでも、魂まで消えてなくなっちゃうのを知った上で挑発的なことを言うのは、どうかと思う。 ミソラチャン、カイトクンに対してよほど腹にすえかねていることがあるんだろうか。

 このドラマ、そもそも死んでいるのに自分の肉体を使える、というカイトクンの設定からしてちょっとあり得なさそうな話ではある。
 だが、だからこそ、肉体も魂も同時に消えてなくなっちゃう、という話も、個人的にはさほど違和感なくすんなり入ってくる。
 そしてその設定が、福田沙紀チャンの心にも、大きな影を落としていくことになるのを、私個人としては、とっても切ない気持ちで見守っている。

 カイトクンは、残酷な仕打ちを続けるミソラチャンに対して、「もう好きにしていいよ」 と見限り、沙紀チャンへの思いに、殉じてしまおうとしているのだ。
 沙紀チャンの気持ちとしては、せっかく両想いになったのだから、このままカイトクンと楽しく笑って付き合っていきたいだろう。 だけど、いつかはその時に終わりが来るのは、目に見えて分かっているのだ。

 これは、形を変えた、難病モノである。
 けれど、難病モノだったら、残された者には、死んだあとも見守っていてくれ、という、一種のなぐさめもある。
 だけど、カイトクンの場合、肉体も魂も、消えてなくなっちゃうのだ。
 沙紀チャンのするべき最善の方法は、自分のカイトクンに対する思いを断ち切って、カイトクンを、ちゃんと死後も、魂だけでも残してあげることだけだろう。
 これって、悲しすぎる。

 このドラマは、毎回いろんなゲストのゴーストが現れては天国に旅立っていくが、その誰もが、誰かを本当に愛することとはどういうことなのか、理解すると同時に、旅立っていく。

 相手を愛する、ということは、相手のことを本当に思いやってあげることだ、ということを、このドラマでは繰り返し説いている。

 しかし、だからこそ、沙紀チャンとカイトクンの行く先は、切なさに包まれている。
 侮れないドラマである。

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2009年5月28日 (木)

「クメピポ!」 田原総一朗サン、よくぞ言ってくれました

 ゲストが田原総一朗サンだと知って、久しぶりに見る気になった、TBSの久米宏サンの番組、「クメピポ!」。

 のっけから 「オーラの泉」 みたいな一問一答。 こういうのが、カッタルイんですよ。
 次は、田原サンのふたりの奥サンについての詳しいVTR。 こういうのも、実にカッタルイ。 そんなもん、ワイドショーにでも任せときゃいいのだ、と思います。

 私が 「テレヤツ」 からこの番組に変わって見なくなった要因に、この下世話感覚が嫌だったことがあるんです。
 それで、また、田原サンとの議論が白熱してきたと思ったら、いきなりコーヒーメイカーの職人、みたいなコーナーになって。
 要らないっスよ、はっきり言わせていただければ。 録画、飛ばしまくりました。

 それから、ベッキーチャンとか、彼女はワタシ、性格よくてとっても好きですけど、この番組に限って言えば、必要ないです、失礼ですが。 千原ジュニアクンなんかは、結構鋭いことを話したり、感覚的にビートたけしサンに似たものは、感じるんですが。 でもその鋭さは、まだまだですよね。

 要するに、逆に言えば、こういう番組を取り仕切るのに、久米サンである必要が、全く感じられないんですよ、正直言って。

 そしたら、田原サン、番組の終わりで、私が思っていることをそのまま、久米サンにぶつけてくれました。 いやいや、そりゃ、「サンデープロジェクト」 さながらで。

 田原サン 「久米サンはね、テレビでどういう番組をいちばんやりたいですか? 今の番組はそんなにやりたい番組じゃないでしょ?」
 久米サン 「…ぼくはねー、こんなこと言っちゃなんですけど、基本的にはひとりでやりたいな、番組って(略)それ聞いてどうするんですか田原サン?(笑)」
 田原サン 「いや、だから、久米サンがそういう番組を作りゃいい。 久米サンはね、『オレこういう番組をやりたいんだ』 って(テレビ局に)言わないでしょ基本的に」
 久米サン 「言わない」
 田原サン 「いつも久米サンに(テレビ局は)違う番組ばっかり押しつけている。 日テレでやったのもね、あれどう見ても久米サンらしくないし、この番組の前にやったの (「テレヤツ」)も、どう見ても久米サンらしくない、あんなに大勢呼んでね、何やってんだろうこの人はって思ったんだ」

 このくだりは、こういうヌルイ展開で終始するこの番組を、とりあえず一応体験してみて、そのうえで久米サンに申そうとした、田原サンの決断だったと思いますよ。

 いや、実に、直球ど真ん中で、見ていてなんか、スッとしました。

 このやり取りのあいだじゅう、千原ジュニアクンたちが、「じゃあ俺達なんなんだ!」 みたいなツッコミがありましたが、久米サンの表情からは、実はそうなんだよなー、オレこんな番組ホントはやりたくないんだよなー、というのが伝わってきた、個人的にはそんな気がしました。

 田原サンについては、議論をバシバシぶった切ったり、相手を怒らせて本音を聞こうとしたり、見ていて人間的には感心せんなー、というところも、あることはあるんですが、だけどそれがジャーナリストだろ、っていう、一本筋の通ったところがあるから、私はこの人を嫌いではありません。
 こういう人を、気骨のある人、っていうんだと思います。 なにしろ、相手におもねらない。 こういう人が、いなきゃならんのですよ、いつの世にも。

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新聞編 「毎日かあさん」 「男は黙って水道水」 実にその通り

 5月17日付(2009年)毎日新聞 「毎日かあさん」 は、男の子たちが公演の水で遊ぶさまを描写してます。

mainichi.jp/life/riezo/

 その男の子たちの様子を見たサイバラサンは、「男は黙って水道水」 と喝破していたが、実にその通りで、笑いました。

 それで思い出したんですけど。

 学生時代に、自分の出た小学校に取材に行き、大昔のことを調べよ、みたいなレポートを書くことになって。

 取材が終わって、ずいぶん久しぶりに、母校の水道水を飲んだんですよ。
 なんか、味が変わってなくて、すごくなつかしくて。 ただの水なのに。
 どーしてなの?ってくらい、変わってなくて。 なんか、泣きそうになりました。

 その学生時代から、もうすでに20年が経過しているので、たぶん味は変わってしまったと思うんですが。 だって、石原都知事が青筋立てて、「東京水!」 って宣伝してますからね。
 実際、私も東京に長年住んでますが、東京の水道水は、昔に比べりゃ相当うまくなってますよ。
 でも、マンションなんかの場合は、ダメですなあ。

 話は戻りますが、学生時代のその体験で、水の味ひとつにも、幼いころの記憶が刻み込まれている、ということに、ちょっとびっくりしたわけです。
 たかだか水ですよ。
 それが、小学校の水道には、小学校の水道の味があったとは。

 水の思い出と言えば、群馬の山奥に行った時、ふつうのおうちの水道水をいただいたら、ヤタラメッタラ美味しくて、目ン玉飛び出るかと思いました。
 んなんじゃこりゃあああーっ!って感じ。
 甘いんですよ。 水が。
 ポリタンクに詰めて持って帰りたくなりました。
 ああ実に、アタシャここで一生を終わりたい、とまで思いましたね。

 たかが水、されどされどされど水。
 水がこんなに、人生にとって重要なものだったなんて。
 男の子にとって、ただの水ほど、うまいものはないんです。
 そして人生にとって、意外と大事なのは、おいしい水が飲める、ってことじゃないでしょうか。 たかがそれだけのことで、相当人生がレベルアップした気がするのです。

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2009年5月27日 (水)

「白い春」 第7回 みんな幸せになれたらいいのに

 村上ベーカリーで働くようになってから、阿部寛サンの顔が柔和になってきたように思える、「白い春」。
 そりゃ、自分の娘である大橋のぞみチャンと毎日のように顔を合わせられるんだから、無理もない。
 だが、毎日顔を合わせる、ということは、遠藤憲一サンとの親子の絆も、同時に阿部サンは見せつけられるわけで。 阿部サンにしてみれば、のぞみチャンは幸せでよかったなと思うし、それを自分が分かち合えないのは苦しいし、第7回目の今回は、その複雑な心境が、よく現れていて、秀逸だった。

 ホントに、このドラマを見ていると、みんな幸せになれたらいいのに、と願わずにはいられなくなる。

 阿部サンが愛した女性の妹である、白石美帆サンの苦悩も、今回浮き彫りになった。
 「姉貴とは全然似てねえな」 と阿部サンから言われて、必要以上に過敏に反応してしまう白石サン。 なんとなく、このドラマの中ではイメージ悪い部類だった白石サンだったが、姉と比べられながら生きてきたコンプレックスがあったことが分かり、これで雲散霧消。
 登場人物の事情をひとりひとり、視聴者に納得のいくまで丁寧に説明することが、このドラマのいいところだ。
 あとは、デビット伊東サンだけだな。 なんとなく気になる。 あの人。

 吉高由里子チャンと、遠藤雄弥クンの描き方にも、手抜きがない。
 どん底から抜け出しつつある阿部サンに、「ビミョーにムカつく」 とちょっかいを出しつつも、ワッフル屋を開業して何とか自分なりの道を探そうともがいている由里子チャンと、まだまだ頼りないけど、その彼女を支えていこうという気になりつつある雄弥クン。 ここらへんの描き方が、物語に奥行きを与えているのだ。

 しかし、そんなヒューマンストーリーのくせに、毎回きちっと大笑いさせてくれるのが、「白い春」 の凄いところだ。

 今回の笑いのツボは、Wiiの混合テニスでの、阿部サンと遠藤憲一サンの、ムキになりまくりの対戦。
 画面に出てくるキャラクターが、そっくりで、大笑いしました。
 試合は、阿部サンの勝利で終わったが、その直後に、遠藤サンはのぞみチャンからサプライズの誕生日祝いをされて、形勢逆転、といったところ。
 阿部サン、たぶんそれを自分がやられているように錯覚したのだろう、そしてそれが自分ではないことがつらかったのだろう、笑いながらウルウルしてきて。

 ああなんとか、みんなに幸せになってもらいたいなあ。

 なんかすごく、回を追うごとに思い入れ度が増してきているんですけど。
 視聴率から言うと、「天地人」 にはかなわないけど、「天地人」 なんかよりよっぽど話がしっかりしている。 よくできたドラマです。 4-6月期最高と言っていいでしょう。

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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「アイ!マイ!まいん」 結構ちゃんとした特集をやっている

 連休中にちょっろっと見て、この女の子ヤバい、という記事を書いたらアクセスがやたら来る 「クッキンアイドル アイ!マイ!まいん」。
 ネットで調べたら、やはりというかなんというか、まいん役の福原遥チャンは、その筋の (?) 人たちを、結構夢中にさせているらしい。

 その 「アイ!マイ!まいん」 で今週、特集をやるというので、ちょっと録画して見てみた。

 どうせ今までの総集編みたいなことをやるんだろうとタカをくくっていたら、たこ焼きのことをいろいろ調べようと、遥チャン自身が大阪まで行って、結構綿密な取材をしていた。 ちょっとびっくりである。

 そりゃ、10歳そこそこの小学生の視点で成立している番組だから、小難しいことは一切やっていない。 だが、大阪という、たこ焼きのメッカにまで行って調べているだけあって、かき氷たこ焼きを筆頭とする、さまざまなたこ焼きを紹介したり、思ったより内容が濃い。

 その上、たこ焼きにはどうしてつまようじが2本ついているのか?という、ちょっとしたクイズまで出てきて、ちょっと勉強になった、ってほどでもないですけど。
 ちなみにクイズの答えは、2本でたこ焼きを突き刺せば、くるくる回転してほぐれてしまったりしないから、だそうである。 ううむ、知ってる人には常識かもしれないが、私は知らなかった。

 それにしても、遥チャンがたこ焼き屋の取材をしている風景って、どっかで見たような?と思ったら、そうだ、同じNHKの 「ブラタモリ」 で、タモリさんたち一行もたこ焼き食ってたな、って思いだした。 NHKってたこ焼き好きなのね、って、私も粉モンは大好物ですが。

 しかし、夕方の民放ニュースでやっている食べもの特集のほうが見劣りするくらい、ちゃんとした取材をしていた。 レポーター役が遥チャンのほうが、かえって見映えがするくらいだと、オッサンは思ったのであった。

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2009年5月26日 (火)

「こんにちは アン」 第7回 「木枯らしとバラの花」 泣けました

 アンが引き取られた家で唯一の、心の拠りどころだったエリーザ。
 前回ではそのエリーザがお嫁に行ってしまう。 別れを言おうとするエリーザを徹底的に拒み続けるアン。 そのキャラクターは、私がガキの頃に読んだり見たりしていた、あのなつかしいアンそのものだった。 アンは、自分を裏切ったものを絶対に許せないタイプの少女だった。
 挨拶もしないまま、エリーザが家を発ってしまってから、自分のそのつまらない意地に気付き、エリーザの馬車を追いかけるアンだったが、結局別れを告げられないままに。
 物語のかなしさと、アンのその性格のなつかしさが合わさって、なんだか不思議な気分になる、「こんにちは アン」。

 結局、またアンの不幸な日々が始まるのかと思ったのだが。

 第7回 「木枯らしとバラの花」 では、第1回目早々から出ていた、ごうつくばりで有名なミントンおばさんが再び登場。 腰を痛めたミントンさんのうちに、アンがお手伝いに行くことになって。
 若いころに娘を亡くしてから心を閉ざしてしまったミントンさんが、徐々にアンに心を開いていくさまが、とてもよくできていた。 娘のお墓の前でのミントンさんとアンのやりとりには、泣けました。

 その第1回目の感想を書いた記事でも書いたのだが、ミントンさんのキャラクターは、30年前の世界名作劇場 「赤毛のアン」 の、マリラ・カスバートをほうふつとさせる。
 だから、今回のお話には、単なる物語だけの感動にとどまらないものが、私の中にあるのだ。
 それは、やはり、30年という月日のもたらす感慨、というものだろう。
 30年前は、まだ私の祖母も生きていて、家族もみんな若かった。
 30年も経つと、もう元には戻らないものが多過ぎて、ちょっとかなしくなる。 いや、新しく得たものも多いのだが。

 「こんにちは アン」 は、ホントにずいぶん久しぶりに見た、世界名作劇場である。 「小公女セーラ」 以来かな。 「セーラ」 にしたって、ちっともマジメに見てなかったのだが。
 だけどその語り口は、やはり世界名作劇場なのである。 見ていて、とてもなつかしい香りがする。

 そして、そこには、私が生きてきた時間というものが、また横たわっている。 ミントンさんの話に泣けたのは、そういう要因が、あるからだろう。

 ただ、やはり第1回目の感想でも書いたのだが、あまり幼少時代のアンを幸せにしてしまうと、グリーンゲイブルズに来てから、昔はさんざんだったと話すアンが、ちょっとウソつきになってしまう危険性が出てくるのではないだろうか。

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「ぼくの妹」 第6回 モヤモヤするんですけど

 なんだかモヤモヤした展開になってきた 「ぼくの妹」。

 5月24日(2009年)放送の第6回では、さすがに300万円を競馬でスってしまうというバカなことはしませんでしたが、その寸前までいったわけで、しかも買ってりゃ当たっていたというオチ付き(笑)。
 それでも、長澤まさみチャンは、ヤーサンにボコボコにされた千原ジュニアサンを助けるために、結局連中が 「利子」 だと言う100万円を払っちゃうのでした。

 弁護士がせっかくそばにいるのに、意図的に話をおバカな方向にもっていくのは、ちょっとなあ。 前回も書きましたけど、そんな法外な利息なんて、弁護士に頼みゃチャラになるでしょ、と言いたくなるんですよ。
 こういうことをされると、ドラマを見ている側としては、大いに白ける。 最近のドラマは10回とか11回しかないのだから、主人公たちに無駄な動きをさせるより、物語自体の面白さを実感させてほしいと思います。

 しかもまさみチャン、あろうことか、千原ジュニアクンに恋してしまうんですよ。 いくら千原クンに同じ匂いを感じると言っても、まだ一途な弁護士の田中哲司サンのほうがマシなんじゃないか?

 確かに、世の中そんなものなのかもしれません。
 ワルっぽい人にあこがれる、っていうのは。
 でも、もうちょっとマシな恋愛を長澤まさみチャンにはしてもらいたい。 なんか、彼女、今までまともな恋愛をしたことないそうじゃないですか。 いや、役の上でですよ。 危なっかしい妹、という設定はいいのですが、もうちょっと常識というものを考えてほしい。 これって、ほとんどオダギリジョークン扮する兄貴の心境?(笑)

 まあ、千原クンは思ったより、いい人っぽいんですけど。

 借金の件も、長澤まさみチャンがこちらの思う通りに恋愛してくれない件もそうですが、オダギリクンにしても理事長とその娘に頭が上がらないし、大滝秀治サン演じる千原クンのオヤジさんは来週亡くなってしまうようだし、見ていてどうにもモヤモヤが収まらないのです。

 今回のドラマ中、テレビゲームばかりやってるわがままなガキにオダギリクンがキレたのは、見ていて気分がよかったけど、なんかもっと根本的な方向で、スカッとしたいです。

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ブログも結構大変ですね

 去年(2008年)10月9日、ジョン・レノンの誕生日に開始して、12月から本格的に書き始めた当ブログも、実質半年が経過いたしました。

 アクセス数も、今では1日で数百件とかいく時もあり、週に1、2件だった時期からすると、ちょっと考えられない数字になっております。 アクセスしていただいた方々には、ここであらためて、お礼申し上げます。
 当初詩を中心として、ビートルズの話中心としてスタートしたこのブログですが、結局アクセス重視にしたために、テレビ雑記みたいな内容になってしまいました。

 ただ、アクセス数が増えるにしたがって、書いている内容についても、いい加減なことは書けないな、という気はしております。
 最近でも、手塚治虫氏と宮崎駿氏の確執について書いたところ、私の認識不足を指摘するコメントが寄せられました。 とてもありがたかったのですが、恥ずかしくて穴にでも入りたい心境でした。
 また、TBSの枡田絵里奈アナと加藤浩次サンのやりとりについて、枡田アナを擁護する記事を書いたところ、実は逆の見方をする人もいる、というコメントもいただきました。 一応自分としては、冗談交じりのつもりで書いたのですが、つくづく、認識不足なのに人を批判するのはいかんなあ、と反省いたした次第です。

 このところ立て続けにこうした認識不足を指摘するコメントをいただき、初心に立ち返らなければ、と考えています。
 ただ、あまり深刻に考えすぎると、ブログを書く楽しみというのもなくしてしまいそうな気はするのですが。

 そもそも、私はこのブログを書くにあたって、「極力、批判するのはよそう」「いい加減なことを書くのはよそう」 ということを自分なりに決めたのです。
 だけどやはり私も人の子ですから、こうであってほしいという気持ちから、なにかを批判してしまいますし、知っていたつもりが実は何も分かっていなかった、ということは、残念ですが、あります。

 批判するのはよそう、という取り決めを破る直接のきっかけになったのは、NHK大河ドラマ 「天地人」 の戦いに対する描き方に、どうにも我慢が出来なくなったことです。
 このドラマは、昨今の歴史好きの女性や、ボーイズラブを好む女性、または戦国ゲーム好きの人たち向けに作られている。
 そうしたスタンスで作るのは構わないが、戦争というものの描き方を、きれいごとだらけの悲劇としてとらえる、このドラマの作り方には、到底納得がいかなかったのです。 実に、薄っぺらい、頭の悪い作り方だと、憤りさえ感じました。

 そのことで、私の頭の中の堤防が、決壊してしまいました。
 それ以来、「天地人」 に対しては、批判的な立場であります。 大河ドラマ史上最低の話であるとさえ思います。
 ただ、それほど酷い話であれば、見なければいいのに、どうにも続けて見たくなる。 それがどうしてなのか、いろいろ考察を続けてはいますが、はっきり言ってまだよく分かっていません。 実際、つまらないドラマなどは、いつの間にか録画もほっぽっときっぱなしになるし、しまいには消してしまうものです。

 ともあれ、なにかを批判するのはよそう、という当初の取り決めは、結構難しい、というのは実感します。
 ほめてばかりの記事では、かえって信頼性が低下する。
 ブログを始めて、私が実感したもののひとつです。
 ただ、批判するべきは批判しますが、いたずらに批判するのはよそう、とは思っています。
 批判ばかりしていると、物事のいい面が見えなくなってくる。 いつの間にか、批判のための批判になってくる。 目くじらを立てなくてもよいことが、どうにも我慢できなくなってくる。 今はメディアを中心として、日本中にそんな病気が蔓延している気がして、ならないのです。

 私自身としては、このブログは、常に良心的でありたい。 いつまでこの調子で書き続けられるのかはわかりませんが、今後ともよろしくお願いいたします。

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2009年5月25日 (月)

ムムキ

   ムムキ


ときどき定期的に
夢に出てくる
現実にはない
場所がある
そこは現実に私が住んでいる街並みや
にぎやかな駅の周辺が
きまって少しずつ違っている
わたしは
見も知らぬ店の主人と笑いあったり
起こるはずもない重大なニュースを
流す テレビを見たりする
夢のなかの街の変容は
どういうわけかいつも同じであり
夢のなかのわたしは
いつも同じ酒場で酒を飲み
じぶんの人生の行く末など
すこしも気にしないきまりだ
ときどきわたしは考える
この重苦しい現実のほうがほんとは夢で
笑いつづけている夢のほうが
現実なのではないかと








   夜話


透き通った群青のたましいの葬列が
河のほとりをなだらかに通り過ぎていくとき
水鳥たちは天上に横たわる
河の匂いをなつかしがり
ねむりにつく
その夢のなかで鳥たちは
理不尽なふしあわせにかなしみながら
泣いていたのだが
かつて自分は高度な言葉を持ち
誰かのための自分であることが できていたのだ
鳥は自分が人間という称号で呼ばれていたこの かなしいたましいのある時代を
いたずらに血を流しながら 無駄な長い年月を過ごしていたこの時代を
いまはただ
なつかしんでいる

私は前世に
短い角を生やした四つ足の動物で
おそらく500頭単位の
たいへん巨大な
群れのなかの一員だった
この群れは
なにかを求めて
毎日毎日
ただひたすら移動していたのだが
私にはその意味が分からなかった
エサとか過ごしやすい気候を求めていたわけでは けっしてなかったのだ
なにかから追い立てられていたのだろうか
それすらも
分からない

あるとき群れは流れの速い
河を渡ろうとして
仲間は
何頭も何頭も
力尽きては 流れに呑み込まれていった
それでも四つ足の動物たちは
その河の先になにかがあると信じ続けて
何頭も何頭も
危険を顧みず
流れに飛び込んでいき
いたずらに
ばたばたと
死んでゆき
ついには
まったく
なにも分からないまま
ひどく恐ろしい
凶暴な牙を持つけものに
のどを食いちぎられ
私は死んだ






  無との対話


誰もいない真夜中でも
一生を共にできる音楽と酒があるだけで
孤独さえ楽しい
おれの過去へと沁み渡って降りてゆく酒よ
ギターの甘くほろ苦い旋律よ

今はもう亡き人たちよ 乾杯しよう
互いに
支え合いながら生きていた昔に乾杯しよう
失うものなどいまさら何もない
誰もが自分のしてきたことだけを携えて 死んでゆくのだから

音楽が途切れたあとにやってくる静寂よ
おれはなによりもおまえを愛する
目の前にそのままとどまりつつある静寂よ
その空っぽの空間から
なにかが生まれくる瞬間を おれは愛する

無よ
いっさいのものはすべて
おまえという有形のものから生まれた
そんな矛盾を
おれたちはすべて受け継いでいる

有ることも
無いことも
まるきりおなじなのだとすれば

もうさびしくなんかない

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「恋のから騒ぎ」 5月23日 今週のミスピーチ、いや民謡チャン

 毎週のように民謡チャンのことを書くのはどうかなあとも思うんですが。 でもなんか、書きたくなるんだよなあ。

 5月23日(2009年)の 「恋のから騒ぎ」。
 「美人じゃないのにモテる女の特徴」 というお題に、民謡チャンが出したのは、「体を揺らす」 という、は?みたいな回答。
 ワガママを言う時に、「ねえーえーえー、アイス食べたあーいーいー」 と体を揺らしながら言うと、男にモテるとか。

 「もいっぺんやってみ」 とさんまサンに振られて、体を上下に揺らしながら、「ねえーえーえ、エビ食べたいーいー」 って。 …なんでエビやねん!
 さんまサン大ウケで、「エビのチョイスはおかしい!」

 民謡チャン 「だから揺れてるとー、捕まえたくなるんですよ男の人って」
 ゲストの劇団ひとりクン 「ただ揺れを止めたいだけでしょ!じっとしなさい!って!食べさしてあげるから!」

 さんまサン 「甘える 『ねえーえ』 ってこと?お前が言ってるのどういうことやの」
 民謡チャン 「『ねえーえーむかえに来てえーえー』 とかー」
 さんまサン 「じゃ 『むかえに来て』 って(相手に)体見えへんやんか (笑)(電話をもつ格好で )『ねーえーえ、むかえに来てえーえー』『オマエ揺れてるやろ今』(笑)」

 さらには、この民謡チャンが楽屋でも一緒でウラオモテがないという話になり、さんまサン 「楽屋でも同じなのオマエ」「『ねえーえー、口紅かしてーえーえ』『ねーえーえー、ドライヤーどこですかーあーあ』(笑)」

 ウラオモテないってのは、いいですよね。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

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2009年5月24日 (日)

「天地人」 第21回 小栗クン、常盤サンをさらいに来たのかと思った

 平和になってちっとはマシになると思ったが、相変わらずダメな 「天地人」。

 北村一輝サンのはぐらかしに一同ズッコケるシーンは、植木等か、はたまたドリフか、って感じで面白かった。 常盤貴子サンも、妻夫木クンが三成を評して、「キツネみたいなヤツ」 と言ったら、両手で目を吊り上げて、「こんなカオですか」 ってやって。
 平和だなあ、ボカァ君といる時がいちばん平和なんだ、って感じ。 いちいちたとえが古臭いなあ。
 でももうこのドラマ、こんなレベルでいいんだっていう気はするのだが。

 小栗旬クン演じる石田三成が、妻夫木クンのウチにやってくる、というところ。
 その動機が、最後まで分からずじまい。
 なにしに来たんだ?小栗クン。
 現代ドラマだって、「なにしに来た」 くらいは説明するぞ。
 来るなり常盤サンを褒め倒して。
 「スマイル」 みたいに、新垣結衣チャンの代わりに常盤サンを連れ去りに来たのかと思った。 じょーだんですが。 それにしたって、今にも 「ビートチャン」 と言いそうで怖い、最近の小栗クンであった。

 にしても、またまたいきなり現れる長澤まさみチャン。 聡チャンと旬チャンが似てる、ってことをわざわざ言いに来たって感じ。 あーあ。 へんなの。 相変わらず、KYな解説役ですなあ。 まあ、それにプラスで真田に帰ります、って、次回の予告役も務めてたけど。

 妻夫木クンが農民たちと触れ合う場面も、いかにもとってつけたみたいで、唐突すぎる。
 いつそんなことをやってたんだ、みたいな。
 聡チャンが、いきなり踊り出すところもそうだ。 それまでそんな面を見せたこともないのに、急に 「阿呆」 になってるようにしか見えない。 いや、今まで謙続がこのドラマでやってることを見たら、ホントにアホの連続みたいなんですけど。

 「天地人」 で一番ダメなのは、この 「とってつけた」 ようなところが多過ぎる点なのだ。 それと双璧でダメなのは、肝心な部分をきちんと説明しない点なのだ。 さらにとどめにダメなのは、無駄な説明が多過ぎる点なのだ。 要するに、ほぼ全部ダメなのだ! あー、ついに言っちゃったよ。 斬り捨てゴメン。 それでも見ちゃうのはやっぱサブリミナルとか…、あっ、違いますよね。

 みんなが寝静まって、今までの誤解を晴らす聡チャンと旬チャン。 手を固く握りあって、ボーイズラブかよ!って感じ。 握り飯食って、涙がキラリ。 この回の題名にまでなった 「三成の涙」。 そこにたどり着くまでのお話の、あまりの陳腐さ。 結局なにしに旬チャンが来たのかは、分からなかった。

 聡チャンも旬チャンも、どっちもひとかどの役職をになっている者同士なんですよ? 単身で訪ねるそれなりの事務的な理由を、作ったほうがいいんじゃないですかね? それがいちおう建前でも。 これじゃ相手のことが知りたくて、友達みたいにふらっと立ち寄った、みたいな感じじゃないですか。

 …どこまで大河ドラマを貶めりゃ気が済むんでしょうかね。

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「チューボーですよ!」 枡田絵理奈アナ、このコは相当できる

 ここのところ私の興味は、「チューボーですよ!」 の新アシスタント、枡田絵理奈アナが中心であります。
 この 「チューボー」 の30分後に始まるスポーツ番組でもアシスタントを務めているんですが、一生懸命番組を進めようとがんばっているのに、となりで加藤浩次サンとかうるさすぎ。 さっきも 「ゆっくりやろうよ」 って。 テメー加藤、枡田にしゃべらせろ(笑)、てな気分になっちまいました。
 (追記: でも前番組 「スーパーサッカー」 ファンの人たちにしてみれば、逆みたいですね。  テメー枡田、加藤にしゃべらせろって。 「通りすがりです。」 サン、ご指摘ありがとうございます。 スパサカについての話は、この記事のコメント返信をお読みください)
 しっかし、こうなるともう、完璧に女子アナ萌えですな。 重症。

 5月23日の 「チューボー」 では、枡田アナ、ついにその魅力を全開にした気がしました。
 ゲストは 「キモい個性派俳優」 池田鉄洋サン。
 「枡田クン、正直言って池田クンのことはどう解してるか、言ってあげなさい直球で」 と堺巨匠から言われ、「いいんですか?」 と前置きして、ホントにズバッとミもフタもない冷たい調子で、「超気持ち悪い」 と言い切って。
 ムキになった池田サンが、「ちょっと見てください私のこと、5秒ぐらい見られます? 慣れました? 慣れてきた? 感情はどう変わりましたか?」 と無理やり見つめさせられ、「ドキドキします」 という反応。 「意外と目がキレイですよ巨匠」 って、面白すぎるけど、なんとも世のムサいオッサンたちを勇気づけてくれる反応では、あーりませんか。

 この枡田アナの変化は、見ている時は気付きませんでしたけど、あとから考えると、「ツンデレ」 そのもの。 これを狙ってやってるわけでないというのが、すごいんだなー。

 おそらくそれに気を良くしたせいで(笑)、「どんなタイプが好みか」 と巨匠から聞かれた池田サン、「枡田サン、かなり好みなんですけど」。
 これに対する枡田アナの反応がまたいい。
 別に嫌がってるふうじゃないんですよ。
 堺巨匠、「(枡田クンみたいな)こういう肉感的なのがいいの?」 と、また笑える返しで。 池田サン、枡田サンに向かって 「肉感的なんですか?」 と聞くと、枡田アナ、自分のアゴの肉をつまんで、「ちょっとそうですね、この辺が…」

 何なんだ。 なんとも形容しがたい、さりげないこの自虐的反応。 笑えるし。

 「なにやらしてんですかちょっとー! 堺サンのせいですよそれー!」 と引きまくる池田サン。 巨匠も、「あいつ凄くねー?」 池田サン 「オソロシイ、魔性ですよ魔性」。

 さすがに魔性は言いすぎなんじゃ?と思うけど、いや、私はすでに、もう魅入られてます。
 こうなると男ってのは薄情なもので、「THE NEWS」 でまじめな顔をするたびに、こっちも悲しい気がしてくる小林麻耶アナは、急速に興味の宇宙の枠外にすっ飛んでいるのでありました。

 それにしても、私のブログにも、枡田アナの記事にヤタラメッタラ、アクセス来るんですよねー、最近。

 男って、考えること一緒なんだなあ。 いや、サッカーファンにはヒンシュク買ってんでしょーけど。

枡田絵理奈アナに関する当ブログほかの記事

「チューボーですよ!」 2009.4.12 枡田絵理奈アナ、誰かに似てる…
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-6b09.html
「チューボーですよ!」 2009.4.26 気まずい雰囲気… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-2537.html
「チューボーですよ!」 2009.5.3 枡田絵理奈アナの実力が分かってきたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-6d87.html
「チューボーですよ!」 2009.5.24 枡田絵理奈アナ、このコは相当できるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-4ff2.html
「チューボーですよ!」 2009.6.7 枡田絵理奈アナ、堺巨匠を籠絡かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-43ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.14 枡田絵理奈アナ、やらかしちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-0b93.html
「チューボーですよ!」 2009.6.21 ニュートラルな貴乃花親方http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-e5ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.28 優木まおみチャンと小林麻耶アナの接点http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-602e.html
「チューボーですよ!」 2009.8.6 枡田絵理奈アナの、ビックリ特技http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-3076.html
「チューボーですよ!」 2009.9.6 錦戸亮クン、お初にお目にかかりますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-2edd.html
枡田絵理奈アナ、ニュースも読むんだhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-3d96.html
「チューボーですよ!」 2010.8.15 枡田絵理奈アナ、それを言っちゃあ…(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/post-90ec.html
「チューボーですよ!」 2010.9.5 枡田絵理奈アナ、究極の挑発!(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/09/post-3c0d.html

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2009年5月23日 (土)

「MR.BRAIN」 第1回 お祭りを楽しもう、という感じ

 おもちゃ箱をひっくり返したような印象の、「MR.BRAIN」。

 のっけから広末涼子チャンが前菜みたいな感じで出てくるし、大地真央サンは出てくるし、市川海老蔵サンは出てくるし、木下優樹菜チャンは 「チョリース!」 連発しながらほんのチョイ役だし、ユースケサンタマリアサンはいきなり犯人だし、実に贅沢なものを見せてもらっている気がしてくる。

 しかも、「BOSS」 であんなに個人的に受け付けなかったトリッキーな画面処理と、同じようなことをされているのに、それが気にならない。 ちょっとこれはどうしてなのか、個人的に気になる。 「BOSS」 ほど画面をいじくられてないせいだろうか。

 科警研のガラス張りのセットや、指紋や血痕の画像処理など、アメリカのドラマ 「CSI」 そのままだっていうのは、おそらく多くの人に指摘されることだろう。 私は 「CSI」 を見ていたのであまり違和感を持たなかったが、何となく現実離れしている感覚を抱く人は、いるかもしれない。
 ただ、この演出自体に、現実を離れてドラマの世界に浸ってもらおう、という作り手の意図、というものは、感じるのだ。

 なにより私がこのドラマを見ていて感じたのは、ドラマを見てゴージャスな気分になってもらおう、という、スタッフのこの意欲である。

 つまりこのドラマを見る方法としていちばん正解なのは、お祭りに出かけて露店を見て回っている、そんな感覚で楽しむことなのだ。 などと断定してますけど。
 何でなのか、というと、第1回目に限って言えば、結構犯人の目星がつけやすかったし、さまざまな引っかけが、ちょっと分かりやすかった。 そんな犯人探しや、木村クンが捜査に介入してくる必然性など、細かいことを考えるのが、このドラマに限っては無用に思えるからだ。

 それより、私が楽しんだのは、木村拓哉クンがいちいちもったいぶって解説をしようとするのを、香川照之サンがイライラ、ブチ切れているやりとりだった。 綾瀬はるかチャンの分かりやすい性格も面白かったし。

 何より、木村クンのキャラクターが、ブッ飛んでいて飽きさせない。

 とても不満なのは、このドラマ、6回しかやらないらしいのだ。 6回しかやらないんだったら、科警研のスタッフ、あんなにゾロゾロ要らない気がする。 まあ、こんなに贅沢なものであれば、6回っていうのも仕方がないか、という気もするが。(後記 結局予定は延ばされて、全8回放送となりました)

 でも、たまにはこういう、豪華なディナーを楽しんでも、いいよなあ。

 普段あまりにチマチマ生きているから、バブル時代みたいにパアーッと、騒ぎたくも、なりますよねえ。 こういうイケイケなのは、なつかしいっスよ。 ぐだぐだ考えないで、楽しみたいもんです。

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「スマイル」 第6回 小栗旬クンの行動基準が分からない

 町村フーズ社長の自殺で、食中毒事件が一気に片付いた感じのする 「スマイル」。

 ただ見ていて、どうにも予定調和という気がしてならないんですが。 森三中が虚言を撤回するのも、まあそうするしかなかろうな、と思うし、帝国食品の社員のひとりに土下座して懇願すれば、真実が聞き出せそうな感じがしたし。
 逆に、そんな簡単に証言を撤回して、森三中はこのあと大丈夫なのかなとか、帝国食品のビルの前であんなおおっぴらに土下座されたりとか手を握りあったりしたら、あの社員、このあと平気で済むんだろうか、などと考えてしまいます。

 だいたい、このドラマを見ていていちばん不可解なのは、小栗旬クン演じる林、という男の行動パターン。

 小栗クンは、自分を刑務所行きにしたヤツに復讐するために松本潤クンの協力を強要しようとしているのですが、なぜそんなに松本潤クンにこだわるのかが、まず分からない。 テメエひとりでそいつに復讐すりゃいいでしょ!って思うんですけど。
 それをわざわざ、森三中なんかにウソをけしかけたりして。 なんでそんなまわりくどいことをするんですかね?
 どうやら町村フーズの社長をわざと自殺させて、その保険金を狙ってたみたいだけど、はたして森三中にウソを持ちかけた時点で、そこまで計算していたのかどうか。
 すごく、他力本願みたいな、情けないものを感じるんですよ。
 どうも、怖くてにくったらしいばかりで、性格に深みが見えない、というか。

 ここまで小栗クンが松本潤クンにこだわっているのを見ると、小栗クンは本当は、復讐なんかどうでもよくて、松本潤クンが幸せなことに、単純に嫉妬しているだけなんだろうなあ、という気がしてきます。

 でもそれでは、つまんない話になっちゃいそうで。

 じっさい、今回町村フーズの問題が片付いていくのを見ながら、これから小栗クンの存在に話がシフトしていくのかと思ったら、なんか話が小さくなってしまうように感じるんですよね。
 おそらく、これから松本潤クンが2015年に刑務所に入ってしまうような話になっていくんでしょうけど、つまりそれって、暴力とかが絡んでくる話でしょ?
 それで最終回は、2015年の松本潤クンと新垣結衣チャンが仲直りするとか、そういうフロシキのたたみ方をするんでしょ?
 違うかもしれないけど。

 松本潤クンに関しては、「きみはペット」 の演技だけしか、私は見たことがなかったのですが、彼の演技ははっきり言って、二宮クンなどより上だと思います。 独自の世界を持っている人だと思うんですよ。 「スマイル」 でもいいところを見せているのだから、ドラマの質も、私みたいなウザいオッサンをうならせるものを作ってもらいたいものです。

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2009年5月22日 (金)

「フォークギター再入門」 第8回 なんか追いつかれちゃった感じ

 「22才の別れ」 のリードギターを練習した、第8回の 「フォークギター再入門」。

 スライド、チョーキング、ビブラートと、ここまで覚えればたいていの曲は弾ける、というレベルにまで到達した、生徒の小倉久寛サンと宮本愛子アナ。 私も一応ギターは弾けるんですが、技術的に追いつかれちゃった気がします(笑)。

 つまり、自分もアコギを弾き始めて30年になるんですが、ある時期を迎えてから、さっぱり上達しなくなった気がしてならないんですよ。
 おそらく私みたいなシロートがギターを弾くのは、自分が好きな歌い手の歌を弾くためだけの動機です。 たいていの人はそうだと思いますが、結構それだけで満足してしまうものなんですよね。

 それで、私の場合は、やっぱり何と言ってもビートルズ(ポール・マッカートニー)の 「ブラックバード」 がひとつの到達点であり、サイモンとガーファンクルの 「スカボロー・フェア」 がもうひとつの牙城でした。
 それを初めて弾いた時の感動と言ったら!
 ビートルズと、サイモンとガーファンクルは、ことごとくコピーしまくったものです。

 それから中島みゆきサンの 「ホームにて」「おまえの家」「まつりばやし」「根雪」 などは、レコードを聴きながらコピーしまくりました。 今から考えると、よくこんな情熱があったものだと我ながら感心します。 そのコピーは、じっさいの弾き方とは違うハチャメチャなものかもしれませんが、よくここまで細かくレコードを何度も聴けたものだと思う。 今だったら、コードが分かるだけで満足してしまうんですが。

 しかし、私の場合、ある程度弾けるようになってしまった途端、そこから急に、上達しなくなりました。
 それからずっと、このレベルのまま(笑)。
 正直なところ、ハッチャキになってコピーをしようと思う曲が、なくなった、ということなんですけどね。

 「22才の別れ」 は、今回の練習レベルで聴いていても、胸を締め付けられます。 それだけアコギの魅力が凝縮された、切ない曲なんですよ。 いつもリードなしでこの曲を弾いている私も、今回やっていたこの曲のリードギターはマスターしたい、とすごく思いました。

 この気持ちなんだよなあ。 ギターの上達の秘訣って。

 なつかしいです、この感じ。 若かったころの情熱を、ちょっと思い出した気がします。

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2009年5月21日 (木)

「週刊手塚治虫」 宮崎駿氏の確執を考える

( 太字部分追記です。 一部変更しました

 NHKBSで毎週、でもないけどやっている、「週刊手塚治虫」。

 まるでグラビアアイドル写真集みたいなネーミングだが、やってることはいたってマジメ。
 司会は石澤典夫アナと、渡辺謙サンの娘でファッションモデルの杏サン。 杏サンは、家に手塚治虫氏のマンガが大量に置いてあったらしく、かなり手塚マンガに精通している。

 1時間番組のうち半分は手塚アニメの再放送みたいな感じで、いつもそっちは飛ばして見ている。 なんか、かったるくて。

 その番組が先日、新聞のテレビ欄で、「宮崎氏、手塚マンガを語る」 みたいな内容が載っていたため、ゲッもしかして宮崎駿氏が手塚マンガを語るのかっ!と思って見てみたら、なんのことはない、評論家の宮崎哲弥氏だった。 こういう騙しは、断固やめてもらいたい、NHK殿!

 考えてみれば、手塚治虫氏とたもとを別った宮崎駿氏が、いまさら手塚氏を語るなんて、あんまりあり得ない話だった。
 ( 追記:でも最近、読売新聞で語っていたらしいです。 ジョナサン様、ご指摘ありがとうございます )

 私の記憶が正しければ、宮崎駿氏は、手塚治虫氏が悲劇をことさら強調するために登場人物 ( 特に人だけとは限らないが ) を簡単に殺してしまうことに嫌悪感を持ち、手塚氏のもとを去った、という過去を持っている。 ( 追記:ジョナサン様ご指摘の読売新聞の記事によると、宮崎駿氏「手塚さんがヒューマニズムだけで商売していたからです。自分が成功するにはヒューマニズムを売り物にしなければ、というニヒリズムが手塚さんにはあったと思います」 ということらしい。 私の認識不足です )

 くしくも駿じゃなかった宮崎サンが出演したこの回の 「週刊手塚治虫」 では、「ころすけの橋」 という、やはりニホンカモシカが殺されることで悲劇を表現している作品が俎上に上がっていた。
 私はその作品が紹介されるのを見ながら、宮崎駿氏の、さっき書いたようなことを考えていたのだが、カモシカが無残に殺される経過を見ていて、手塚氏は 「こうすりゃ悲劇のいっちょあがりだ」 みたいな、簡単な動機で生き物を殺しているのではない、と、漠然とそんな気がした。

 たしかに、なにも登場人物を殺さなくとも、人間の身勝手さは表現できるだろう。
 だが、手塚サンの表現したかったことは、ご都合主義の簡単な悲劇の製造方法ではなかったのではないか。

 人間の身勝手さを読み手に訴えるためには、なにものかが死ななければならないのだ。 おそらく手塚サンは、人間の身勝手さというものに対して、そこまで自分が嫌悪感をむき出しにしていることを、読者に訴えたかったのだ。 殺されてはならないものが殺されることで、手塚サンは、身勝手なものに対する、みずからのとてつもない怒りを表明したかったのだ。

 まあ、これは私の勝手な感想だが、手塚マンガの悲劇性がそんなに安易で薄っぺらいものであれば、未だに万人を感動させるなんて芸当は、できないはずだ、と私は思ったのだった。

 確かに宮崎駿氏が読売新聞で指摘したように、それは手塚氏のニヒリズムなのかもしれない。 また、その批判対象は、「アトム」 のアニメとかに限定された話かもしれない。 だがそれは、宮崎氏が、手塚氏を、永遠に乗り越えるべき存在として意識しつづけている証しなのではないだろうか。

 と同時に、宮崎氏は、自らも虚構の物語の語り部として、「ひとつの物語を語る必然性」 というものと、絶えず戦っているのではなかろうか。
 宮崎駿氏は、日本のクリエイターの中でも突出して、出来上がった作品に対する 「必然性」 の議論にさらされていると、私は考えている。 これは、手塚氏の生きた時代の牧歌的な論陣とは、比べ物にならない。

 宮崎氏と手塚氏の間にどのような意見の食い違いがあったのかは、私も伝え聞くところしか認識できなかったが、そうしたぶつかり合いが、より高度な創作のパワーの原動力になることだけは間違いがない。 私はそう思う。

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2009年5月20日 (水)

「白い春」 第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?

 なんか結構いい話のオンパレードで、この回で最終回でもよかった気のする(笑)「白い春」 5月19日(2009年)第6回。

 冒頭から、阿部寛サンが職を求めて訪れた、ハローワーク世田谷。

 あれ? 世田谷にハローワークなんて、あったっけな?

 確か世田谷の管轄は、渋谷だったと思うんですが。

 私もスンゲー小規模ですけど会社を経営している関係上、職安に募集をかけたり、たまーにするのですが、このところ不景気でとんと御無沙汰してるので、もしかすると最近できたのかもしれません。 いや、そんなことないと思うぞ。 今ネットで東京労働局調べたけど、やっぱりないぞ。 そうだよなあ。

 まあ、10年くらい前だったか、渋谷の職安が改装かなんかやっている時に、一時的に世田谷区三宿のほうに仮の建物が建っていたんですが、今回の 「白い春」 に出てきたハローワーク世田谷は、なんかその建物によく似ていた気がするんですよ。

 しかしどうして、世田谷にハローワークがないんですかね。

 最近どうなってるのか知りませんけど、渋谷のハローワークって、車とめるとこなくって。 タワーレコードから電力館の先を山手線に沿いながら行って、消防署の隣あたりなんですけどね。 駐車場、ないんっスよ。
 世田谷なら、区役所の近くにでも建物立てれば、いくらでも区役所の駐車場に駐車できそうなのに。

 「白い春」 の話に戻りますが、遠藤憲一サンのパン屋で阿部寛サンが働くってのは予告編で分かっていたけど、どういう成り行きにするのだろう、というのが、今回の物語の注目点でした。

 遠藤憲一サンが阿部サンの採用を決めた理由は、まず 「売り言葉に買い言葉」。 それってとても行き当たりばったりな感じもするのですが、そこに至るまでの伏線が、縦横に張り巡らされているために、見ている側はじゅうぶん納得できるのです。

 警備員の仕事をしている阿部サンに、遠藤サンが抗議をしにいく一幕。
 のぞみチャンの授業参観にいけない遠藤サンの弱み。

 細かくここで書くと嫌んなっちゃうので書きませんが(笑)、いまあげたほかにもあったいろんな出来事が、遠藤サンに阿部サンを採用させる動機になっているのが、すごい。

 そして、阿部サンをのぞみチャンから遠ざけていても、のぞみチャンは阿部サンのことを思い続ける。 だったらいっそ、阿部サンをそばに置いて監視していた方がいいのではないか、という遠藤サンの理屈。 この話にも、説得力があります。

 さらに、自分とのぞみチャンが立派に親子なんだというところを阿部サンに見せつけたい、という感情。 そのためには、阿部サンも同じ土俵に上げてチャンスをやらねば、という気持ち。

 ダメ押しに、死んだマリコサンも、この話に納得してくれるような気がする、と。

 それを聞く白石美帆サンに 「でも、でも」 と言わせることで、さらにこの話に真実味を与えることに成功している。

 なんか、すごいんですけど、この脚本。 さりげなく。

 でも、来週はまた、ひと波乱ありそうな予告編。 どうなっちゃうのかな、ホント。

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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2009年5月19日 (火)

「ぼくの妹」 第5回 ちょっとちょっと、弁護士いるんでしょ

 大滝秀治サンの見事な演技に引き込まれまくった、「ぼくの妹」 5月17日(2009年)の第5回。

 大滝秀治サンを見るのは、私ずいぶん久しぶりだったんですが、いや、枯れてませんね、全然。 感服します。
 しかも、なんだか関根勤サンがやってたご自分のマネを、逆輸入したような、そんな余裕すらうかがえたんですが。 というよりも、大滝秀治という役者の演技を、集大成させたような、見事な演技でした。 いつまでもお元気でいてください。

 にもかかわらず、このドラマは、ちょっとちょっとと言いたくなるような展開を示すわけで。

 まあ、それは、オダギリクンも長澤まさみチャンも、世間を知らないからこういう展開になるわけで、それはそれで仕方ないんですが。

 要するに、千原ジュニアサンが街金から借りている300万円は、いま利子を合わせて900万円になっている、という話なんですが、そんなのまさみチャン、アンタのお抱え弁護士に頼みゃチャラになんでしょーが、という話なんですよ。

 そんなのフツーに借金なんかしないで暮らしている人には、まったく分からない知識なんだろうなあ。

 だけどもどかしくて。

 まさみチャン、弁護士の田中哲司サンを呼び出して、「この300万円を、900万円にしたいの」 って、あやー、頼み方が違うでしょ!って、ワタシ、テレビに向かってツッコミ入れまくり状態。

 なんか次回の予告ではその300万を競馬だかに使っちゃいそうで、こらこらこらこらやめろそんな話!とか、まあ見てみなきゃ分からないですけど。

 そういうおバカな話にならないよう祈ります。

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「ゴーストフレンズ」 第6回 ミソラチャン、やりすぎ!

 5月14日(2009年)の 「ゴーストフレンズ」 第6回。

 福田沙紀チャンの友達のお母さん役で出てきた横山めぐみサン。 「北の国から」 のれいチャンのイメージが抜けない私は、ゲッ、高校生の母親役かよ、とちょっとショック(笑)。

 このお母さんはゴーストで、いつもの 「ゴーストフレンズ」 のように、押しつけがましくない教訓を含めたいい話で天国に旅立っていったんですが、その時点でまだ時間が3分の1くらい余っている。 何かあるのかと思ったら、カイトクンの恋人ミソラチャンが沙紀チャンの高校を、マジかよ、ってくらいパニックに陥れる展開になっていくんですよ。

 そのやり方はすごいカゲキで、まずカイトクンに犯罪予告をして、ボヤ騒ぎを起こし、教師に次々のりうつって生徒たちをパニック状態にし、沙紀チャンだけを校舎の中に閉じ込め、たまたま一緒に閉じ込められてしまった先生たちにものりうつって、沙紀チャンとカイトクンの目の前でキスする。

 ちょっとやりすぎでしょう? ミソラチャン。 カイトクン、ミソラチャンをひっぱたけ!と思ったが、相手はゴースト、ひっぱたけるはずがないか(笑)。

 しかしどう見ても、そこに至るミソラチャンは、唐突にそうなったようにしか見えないのです。 脚本家を確認したら、また前回と変わっていました。 ちゃんと性格の引き継ぎもしてもらいたいものです。

 いや、引き継ぎをしなくても、この第6回の話の中で、もっと過激にミソラチャンが変化する過程を見せればよかったのでは、という気もします。 その見せ場は、カイトクンとミソラチャンの、この回2度目の対話の時。 あそこでもうちょっと、ミソラチャンを過激に怒らせれば、あの高校パニック事件も、さほど違和感なく見せられたんじゃないでしょうか。

 このドラマ、2回ずつ脚本家がリレー方式で変わっています。
 その結果、脚本家によってコメディ度が変化したり、ドラマのタッチが微妙に変わる。
 だけど、そのことは、ワタシ的には、あんまり気にならないんですよ。 かえって、それはそれで楽しかったりします。

 それはどうしてか、と言うと、このドラマ自体が、トータル感重視の重たいものではないからだ、と思います。

 それでもミソラチャンの行動に違和感を感じるのは、「いろんな人に取り憑いていろんな人生を楽しめる」 という、彼女がゴーストになってやりたかったことが、彼女自身の中で崩壊しつつある兆候なのかなー、と思うのです。
 ミソラチャンがそうまでしてかたくなにやりたいことって何なの?って、見ている側も分からなくなってきたけど、ミソラチャン自身も分からなくなってパニクっている、そんな気がしてきた、今回の 「ゴーストフレンズ」 でした。

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ふつうであること

若いころ
ふつうでいるということは
とてつもなく下らなく思えた

だが自分が
年をとっていくにつれ
ふつうであることが
こんなにも難しいものなのかと
最近ようやく分かってきた

ちょっとでも気を抜けば
すぐにマイナスに転じてしまう
カネも
気持も

ふつうに生きるということは
とても大変なことだ

ふつうに生きている人たちは
じつは
とてつもなくえらいのだ

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2009年5月18日 (月)

「大人のソナタ」 '70年代はよかったと言われてもなぁ

 2009年5月17日テレ朝 「大人のソナタ」、テーマは1970年代の歌謡曲。
 流行っている歌が歌えない、昔はよかった、みたいな建設的でない論調で、中高年のボヤキか、みたいな番組でした。

 番組で、まるで70年代の象徴みたいに、百恵チャンが出てくる、っていうのも、いい加減食傷気味なんですが。
 今聴くと、百恵チャンの曲って結構古臭いんですよ、特に歌番組のアーカイブみたいなしょぼいバッキングだと。 そりゃなつかしいんだけど、感想が 「なつかしい」 から抜け出せないっていうのが、結構もどかしいんです。
 みんながみんな百恵チャンばかり見ていたわけでも、ありませんでしたしね、当時はアイドルが、百花繚乱でしたから。

 「さよならの向こう側」 を、阿木・宇崎サンが女性コーラスの合唱団と歌ってたのにも、正直言って引きました。
 なんだかなー、という感じ。

 もともとこの曲、百恵チャンのシングルの中では、一番キライなんですけどね。
 何がさよならの代わりにありがとうだバーロー、みたいな感じで当時から聞いてましたからね(笑)。
 百恵ファンからすると、つらすぎて聴くに堪えないんですよ。
 ラストコンサートの映像なんか、いっちばん見たくない映像(笑)。
 番組では、この曲の 「あなた」 の部分を 「(流行)歌」 に変えて聞いてみると流行歌が時代に与えていた影響がなんだかんだと分かったような解説を加えていましたが、だからどーした、という感じ。 こういう、とってつけたような論調は、ほんとうに聞いてて恥ずかしい。

 今流行っている歌を歌えますかと聞かれてもたいていの大人が歌えないっていうのは、曲のテンポが速すぎる、というのも原因ですが、その曲が巷に流れているサイクルが短すぎる、ってことが最大の原因なような気がするんです。
 それは、CD売り上げとか、市場の規模が狭まって、音楽の細分化が進めば当然の話なのですが。

 だいたい、私が子供だった昔は、その当時 ( 昭和40年代 ) からしても、何年も前の曲を、結構アッチャコッチャで聞いていたような気がするんですよ。
 流行ったその年だけしか聴かれなかった、ということがなかった。
 だから、どうしてそんな古い歌をおまえみたいな子供が知っとるのだ、みたいなことを結構大人たちから言われていた覚えがあるんです。
 例えば、「スーダラ節」 とか、「ウナセラデイ東京」 とか。 これらは確か、私が生まれるずっと前に流行ったはずなんですが、どういうわけか私は知っていました。 たぶん、「シャボン玉ホリデー」 とかで流れていたのだろうと思います。
 「御座敷小唄」 とか、「リンゴ追分」「高校三年生」 にしてもそう。 いつの間にか覚えていました。 つまり、流行歌の寿命が、すごく長かったんですよ。

 今は、一週間も経てばチャートからいなくなっちゃうようなのばかりでしょ。 ネット配信とか、時代のテンポ自体が速すぎるんだと思う。
 だけど、名曲が生まれるペースっていうのは、逆にとてもスロウダウンしている。
 年に、1曲か2曲くらいじゃないですか、心に残るいい曲、しかもヒットした、というのは。

 もう、そういう1曲か2曲に期待するしかないんですよ、我々中高年の世代は。

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2009年5月17日 (日)

「天地人」 第20回 やっと落とし所に収まった戦国ホーム物

 前々回、やっと65点くらいになったかと思ったら、また前回0点になってしまった 「天地人」。 要するに、戦国モノにもかかわらず、戦いのことに重点を置くと全くダメダメになっちゃうんですよ。

 にもかかわらず、なぜかまた見る気になってしまう。 それがサブリミナル効果が原因だったと分かって、あ、いや、違うか(笑)。(註 「本能寺の変」 でサブリミナル効果なのではないか、と話題になった場面がありました)

 このダメドラマをまた見る気になる原因は、すでに当ブログで考察していますが、もうひとつその原因を加えたい。
 テーマ曲がいいんですよ。
 CGと一目で分かるタイトルバックも、毎回見ていて胸が躍るほどの出来栄え。

 その割に戦いがしょぼいとか、もう秀吉の時代になってしばらくの間は平和だから、そういう不満も感じなくなるでしょう。 これからは安心して、平和ボケの象徴のようなこの戦国ホームドラマを見ることができるだろうと思います。 スンゲーイヤミ(笑)。

 さて、第20回 「秀吉の罠」 は、のっけから常盤貴子サンと長澤まさみチャンの女の火花。 そこに帰って来た妻夫木クンのあたふたよう、まさにのどかな平和ボケのひとコマ。 これぞこのドラマの魅力の真骨頂、ってまたまたイヤーな言い方(笑)。

 けれども私が今回のドラマでさすがだな、と思ったのは、おちゃらけ男の秀吉の描き方。

 小栗旬クンの三成は、いかにも薄っぺらいムカつきキャラクターという感じなんですが、秀吉のほうは、彼の一筋縄ではいきそうもないところを、よくこの脚本は表現していたと思います。

 ただし小栗旬クンのムカつくモノの言いようも、よーく聞いてみると、妻夫木クン、そのとーりじゃないか、みたいな感じで(笑)。 小栗三成の他愛もない挑発にまんまと乗って、怒りの炎がメラメラな、妻夫木クン(笑)
 いいぞー、オコれオコれ、自分がちゃんと仕事してるんなら(笑)。
 いやー、ホントに意地悪な書きかただなあ。

 こういうのって、戦国モノドラマの見方としてはちょっと、とは思うんですが、そういう見方でしか、もうこのドラマを楽しむ方法がないので(笑)、その方向で楽しむしかない。 いいじゃないですか、つまんない挑発に怒って小栗クンと妻夫木クンが取っ組み合いのケンカしたって。 もともとそんなレベルでチマチマ戦ってたわけですから(スゲー皮肉)。 そう思えば、腹も立たないってもんです。

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「チューボーですよ!」 小出恵介クン、なんでフラれたの

 下世話な話であることを初めにお断りします。

 「チューボーですよ!」 2009年5月16日のゲストは小出恵介クン。

 ワタシ的には、同じTBSの日曜劇場 「おいしいプロポーズ」 でサエコチャンと出会い、「のだめカンタービレ」 で彼女にフラれ、ダルビッシュに略奪されたような印象があるんですけど。
 このふたつのドラマの小出クンの役柄を見ていると、そんな気がどーしてもしてしまうんですよ。

 「おいしいプロポーズ」 での小出恵介クンの役は、確かセレブな御曹司の役で、めちゃめちゃカッコイイという感じでした。
 ドラマ中での相手は長谷川京子チャンでしたが、ドラマ終了後に新聞などで取りざたされた小出クンの相手は、チョイ役で出ていた方のサエコチャン。 このドラマが交際のきっかけだったとか。

 それが、またふたりが共演したドラマ 「のだめカンタービレ」 では、サエコチャンも残り物の弁当を食っているようなビンボー学生って、イメージ崩れる役でしたが、小出クンの役柄はそれ以上で、アフロヘアーのオカマ役。 「おいしいプロポーズ」 のドラマでしか彼を知らなかった私は、そのブッ飛びように、このヒト俳優生命捨ててんのか、と思ったほどでした。

 そしたら、破局の報道でしょ。
 さらに、ダルビッシュでしょ。
 あんなワヤな役やってりゃあ捨てられるよなあ、と思ったもんです。

 ああホントに、下世話な話だなあ。

 それで、今回 「チューボー」 のゲストで出てきた彼を、そんな下世話な興味で見てたわけですよ。 フラれるような性格の人なのかなあって。

 バラエティで初めて見る小出クンは、出演映画 「ルーキーズ」 のイメージ壊さないようにしてたのかもしれませんが、とても硬派な印象。 よくこれで、オカマの役なんかやれたなあ、という感じ。
 全体的に、バラエティのリアクションに戸惑っている感じで、堺巨匠との話も弾んでいなかったように見受けられました。
 想像ですが、結構恋人同士になったら威張ってそう。 いやいや、そんな感じがしただけですよ。

 そんな彼の好みの女性はボンドガールらしい。 セクシーなのがいいとのこと。
 サエコチャン、ちーともそんな感じじゃないですよね。 なんかよく分かんないなあ。

 今回のテーマの親子丼も、凄いうまいと完食までしておいて、星2つ。 その理由も、何となくよく分かんない感じで、最後までちぐはぐな感じを受けました。 どうもバラエティ、苦手って感じですね。

 フラれるような性格なのかどうかってのは、この番組見ただけでは判断がつきかねますが、星2つに明確な理由をつけられないとか、何考えてるか分からなそうなとこなのかなあと、ばくぜんと思ったわけです。

 それにしても、水嶋ヒロくんと共通点がありますよね、小出恵介クンって。 小さいころ外国で暮らしていたとか、大学が慶應義塾とか。 慶應って、帰国子女とか好きなのかなあ。

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「恋のから騒ぎ」 ミスピーチ改め民謡の 「魔性」 の実態

 2009年5月16日 「恋のから騒ぎ」 で、説教部屋行きはミスピーチ改め民謡チャン。
 どうも、「福島の魔性の女」 には、大方の予想通り誇張がある、というのが説教部屋行きの理由。

 不倫をした相手の車にデジカメのケースを置いていって反応を楽しんだ、という話になって、さんまサンから 「それウソでしょカメラのケース置いてくなんてワケ分からへん」 と突っ込まれ、どれくらいその不倫の相手と続いたのかという話になって。

 「一週間くらいですかね」 という答えに、一同 「やっぱり」 って感じで大ウケ。
 説教部屋が決まった時も、今までこんな大げさな反応したコを見たことないってくらいの声で 「ウエッ!」 って叫んで。
 ゲストのノンスタイルからも、「そのリアクションもウソっぽい」 みたいに言われる始末。

 説教部屋では、民謡チャンの今まで付き合ってきた男の数が、8人だと判明。
 しかも 「付き合ったらつまんないじゃないですか、味見くらいでちょうどいいんですよ」「付き合う前の段階が大好きなんです」 だって。
 「じゃあ付き合ってないねんねそうしたら」「あーはいそうです」。 これにはさんまサンも地べたにへたり込むほどガックリ。 面白すぎるぞ。

 でも、かわいいもんじゃないですか!

 福島県人の 「魔性の女」 レベルのこのかわいさといったら!

 まあ、こんな 「魔性」 ブリっ子よりも、冗談でねえわレベルの悪女も福島にはいるんでしょうが、私は今日の放送を見て、とても安心しました! 福島万歳!

 でも、化けの皮が剥がれたっぽい民謡チャンではありますが、ニュースのコメンテーターみたいな受け答えをしたり、結構面白いものを持っていますよ、このコは。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

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2009年5月16日 (土)

「A-Studio」 水嶋ヒロくんの生き方

 「A-Studio」 5月15日(2009年)ゲストは水島ヒロくん。 おそらく来週から始まる 「MR.BRAIN」 の宣伝も兼ねた、TBSの露出手段なんでしょうね。

 水嶋クンに関してはまったく興味がないんですけど(失礼)、番組で紹介していた経歴を見ると、この人は相当努力家なのだろうとうかがわれます。 スイスからの帰国子女、とか。 まったく日本語が話せない状態から名門桐蔭学園に入り、慶應義塾に行く、というのは、並大抵の努力ではこういう学歴を取得することは不可能ですよね。 しかも、桐蔭学園時代は、サッカーで全国3位になったとか。 勉強もスポーツもできて、しかも超イケメン、というのは、私みたいな凡庸な人間にしてみれば、まさに超人としか思えないです。

 そのことだけでも驚異的なのに、今回のこの番組を見ていると、人間的にも非の打ちどころがないんですよ、水嶋クン。

 まず、いちいちリアクションがさわやか過ぎ(笑)。
 外国にいたせいなのか、いちいちオーバーに驚くし(笑)、「な!」 とか、日本語になってない驚き方が、見ていて全然嫌味がないんですよ。 いや、嫌味がなさ過ぎて、かえって嫌味に見える、というか(笑)。 …、それって、そう思う方が嫌味なヤツでしょーが!(笑)

 それはそれとして、私が今回書きたいなと思ったのは、水島ヒロくんがどういうふうに生きたいのかを語った個所であります。

 「あした死んでもいいように生きたいなあって思っていて、そうなると、今を必死に生きるじゃないですか。 本当にもう寝る時間を削って削って、とにかく自分にとってプラスになることを蓄えて蓄えて、って生きてきたんで」。

 こういう気構えで生きてきたからこそ、それだけの結果が、この人にはついてきているんだ、そう感じました。
 だから、驚くのにも全力で驚くんですね。

 それなりの結果を出すためには、いま自分にできることはすべて全力でやる、という覚悟で臨まなければ。

 25歳の若者に、とても教わった、今回の 「A-Studio」 でした。

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「スマイル」 第5回 死んだらあかん、死んだら

 衝撃のラストが待っていた、第5回の 「スマイル」。

 自殺に至るまでの、前田吟サン演じる町村フーズ社長の精神状態を、この物語では実に丹念に描いていました。
 そこに至るまでの出来事としては、食中毒事件→森三中の裏切り→周辺関係の悪化→銀行の手のひら返し、という経過をたどっていくのですが、本当に問題だったのは、前田吟サンの 「表面的な笑顔」「後ろ盾のない元気」 だったように、私には思えてなりません。

 「どんなにつらい思いをさせられても、どんなにひどいことを言われても、笑顔でいれば、それ以上(ひどく)はならなかったから」 という松本潤クンの処世術は、確かにその通りなんですが、つらい時に笑顔でいることには、実は相当な覚悟が必要なのです。

 本当につらい時には、思いっきりそれを吐き出してしまってもいい。

 無理やり作った元気は、意外ともろいものだからです。

 町村フーズの社長は、笑顔を間違った方向に使ってしまいました。 無理に作りだした元気はぽきっと折れ、社長は最後に笑顔を作ったまま、首をくくってしまう。

 最後まで笑顔であろうとした社長は、けっして責められるべきでないのかもしれません。
 だが、自ら死を選ぶことは、けっして正しいとは言えないと思います。

 生きていれば、おいしいものも食べられる。 生きていれば、お酒を飲んでいい気持ちになれる。 生きていれば、素晴らしい本にもめぐり会える。 生きていれば、自分の好きな音楽を自由に聴ける。 生きていれば、好きな歌も歌える。 生きていれば、面白いテレビも見られる。 生きていれば、映画を見ることもできる。 生きていれば、誰かと恋することもできる。 生きていれば、何か表現したものを、ほかの人に見せることができる。 生きていれば、何かを達成した時の喜びを味わうことができる。 生きていれば、誰かの不幸に泣くこともできる。 生きていれば、世の中を変えることができる。

 全部、生きていなければできないことばかりです。

 いいドラマというのは、このように、さまざまなことを考えさせてくれます。 今回の 「スマイル」 は、人が笑顔でなければならないのはどうしてか、そして笑顔で生き抜いていくのがいかに難しいことなのか、教えてくれた気がします。

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2009年5月15日 (金)

ひとりで一度に同時にアクセスなんて、できるんですか?

 このブログには、「アクセス分析」 という機能があるので、結構開いて、見たりしてるんですが、一度に50件とか、同じ人が同時に私のブログにアクセスしてくる時があるんですよ。

 これって何なのかなあ?

 記事から記事に移るのが2、3秒なら、ああこの記事読み飛ばしてんだろうな、というのは想像つくんですが、同時なんですよ。 同時。 秒数も。

 今日そんな人が、ふたり来てるんですけどね。 私のブログに。 ふたり合わせて100件余りのアクセス。

 よく知らないんですけど、コピー&ペースト、ってヤツなんですかね、これって。 何か盗用されてたり、問題があったらイヤなんだけどなあ。 なんか、気味悪くって。

 誰かご存知の方がいらっしゃいましたら、お教え願いたいんですけど。

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BSアニメ夜話 「攻殻機動隊S.A.C.」 解説も難解

 BSアニメ夜話 「攻殻機動隊S.A.C.」 を見た。

 岡田斗司夫サンの言い分によると、「攻殻機動隊」 の原作自体が、士郎正宗サンの作品の中ではいちばん分かりやすい、ということらしい。

 比較論からすればそうかもしれない。

 が、原作のマンガを続編も併せて読んだ限りでものを言わせてもらえば、正直言って難解すぎて、テンポが悪い。
 枠外に書かれた難解な文章は飛ばして読んだ方がいいと、作者自身も断ってはいるのだが、本編のフキダシのセリフひとつとって見ても、ついてきたい人だけついてきて、みたいな、とても不親切なものを感じるのだ。

 おそらくこの難解な原作を私に最後まで読ませた要因は、ヒロインの草薙素子をはじめ、出てくる女どもがことごとく色っぽかったせいである。

 枠外の解説も一応あとから読んでみたのだが、この人の論理は、一見難解そうに見えていながら、言っていることはとても簡単なように見受けられた。 要するに、こう言ってはなんだが、理論を難解にして弄んでるだけ、という印象なのである。

 士郎正宗サンは、この 「攻殻機動隊」 というマンガで、電脳というテーマを取り扱ったおかげで、その先見性が注目を浴びた。
 同時に士郎サンは、人間の 「心」 とは何なのか、「魂」 とは何なのか、という壮大な話を料理できる場を、「攻殻」 によって得ることができたのだが、その続編において、その扉を自ら万人の前で閉じてしまった印象がある。

 分かる人だけどうぞ、と言いながら。

 そしてその扉の向こうで、色っぽい女を裸にしながら、分かる人どうしで楽しんでいる。

 別にそういうのを楽しむのはいいんだが、こっちとしてはそういう態度は大いに白ける。

 「攻殻機動隊」 という話で画期的だったのは、ヒロインの草薙素子が自らの精神崩壊もさることながら、1巻ラストで自分の体を捨て去ってしまったことだ。 要するに、「人形使い」 と精神融合をしてしまったあげく、素子は自らの自我(アイデンティティ)のありかもわからなくなってしまったのだ。
 それはつまり、人間が死んで、その魂がいったん魂の故郷に淘汰されるのと、同じ感覚である。
 手塚治虫氏の 「火の鳥」 の、確か鳳凰編だったと思うが、太陽みたいな魂の故郷に、死んだ魂が吸い込まれていく絵があったと思う。 あれを思い出してもらいたい。 「攻殻機動隊」 という話は、それをネットワークの世界に置き換えた、生命のなんたるかを語る作品なのである。 草薙素子が興味を示している最大のものは、自らの生命の起源だ。

 だが、作者自身の、その過程の説明は、実に不親切だ。
 いや、説明しまくっているのに、ほとんどの人にはチンプンカンプンなのである。

 「攻殻」 の続編では、さらにその知的遊戯がエスカレートする。 チンプンカンプン度はますますレベルアップして、さすがに私も専門外の言葉だらけでギブアップした。 素子が自我をなくし、公安9課という存在を離れた以上、士郎サンも言っているように、この続編はもはや 「攻殻機動隊」 ではないのだが。

 私は思うのだが、失礼ながら、士郎正宗サンは、マンガをエンターテイメントとしてとらえていない。
 自らの知的好奇心(及び性的欲求) (もしくは、失礼ながら、どうだ自分は頭がいいんだ、どうだ自分はこんなにいい女が描けるんだという自慢)のために、この人はマンガを描いているのだ。
 いや、違うかな。
 そのことこそが、この人にとってのエンターテイメントなのだろう。

 その特徴を、どうとらえるのか。

 これが、「攻殻機動隊」 をアニメ化するうえでの、最もキモになる部分だ。

 数度にわたってアニメ化されたこの作品は、やはりこの 「難解性」 を前面に出すことに結論を見いだしている。
 難解性こそがこの作品の特徴なのであるから、たとえ話を変えても、難解であることを外しては、もはや 「攻殻」 の世界ではないのだ。

 だが、作品を難解にするには、登場人物をより魅力的なキャラクターにしなければ、だれもついてきてくれない、という問題が発生する。

 「攻殻」 においては、主人公の公安9課の連中が魅力的であることには変わりはないのだが、問題は、敵方のキャラクターだ。
 「S.A.C.」 の一作目では、「笑い男」 というよく出来たキャラクターのおかげで話を引っ張れたのだが、「2nd GIG」 では、魅力的な敵方キャラの創作に失敗した、私はそう見ている。 個人的な感想であるが。

 「イノセンス」 は、その点において、完全な失敗作である、と私は考えている。 素子がその義体をいくら捨てていても、原作続編のような登場の仕方は、いくらでもあったろうに。 バトーの思い出探しの話に魅力がないのは致命的だったし、素子が乗り移った人形は、気味が悪いだけで、素子ファンの私としては大いに幻滅した。

 押井守監督の知的遊戯は高度すぎて、たいていの観客は、ついていけないところがある。 観客を置き去りにしている点において、押井サンと士郎サンはとてもよく似ているのだ。 このお二方のエンターテイメントからすれば、「攻殻」 は草薙素子の話である必要もないし、だからこそ 「イノセンス」 の素子も、声優が田中敦子サンである必要など、まったくないのだ。 おふたりにとって興味があるのは、素子の人格やフォルムではなく、電脳世界のなかで変容しゆく、素子の人格なのだ。

 だが問題は、受け手が 「攻殻機動隊」 に対して、何を求めているか、ということだ。
 原作がヒットしたのは、素子の人格やフォルムによるところが大きい。 だからこそ多くの受け手は、物語の難解さに、必死についていこうと思ったのだ。
 原作者の士郎正宗サンが、とっくに読者の方を向いていないのは、まあいいとして、アニメ制作スタッフは、そこのところを外すと、結構泣きを見る気がするのだが。

 「笑い男」 の一連の話は、私みたいな、難解なものに嫌悪感を抱いたり、ただ素子の色っぽいところを見たかったオッサンにとっても、的が外れたものではなかった。

 それにしても、草薙素子役の田中敦子サン。

 キレイな人だったなあ。

 あっ、肝心の 「アニメ夜話」 の話を、まったくしていないぞ!(笑)

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2009年5月14日 (木)

「象徴天皇 素顔の記録」 天皇陛下の政治的信条とは

 はじめにお断りしておきますが、私は天皇制に対して、賛成反対の明確な立場を有しておりません。 そんなヤツの言うことは聞きたくない、という方は、あまりこの記事をお読みにならない方が賢明だと思います。

 NHKスペシャル 「象徴天皇 素顔の記録」 を見た。
 4月10日のご成婚50周年に合わせて放送されたものだから、もうひと月も前の番組である。

 冒頭から天皇陛下と美智子妃の散策中の会話を聞き、そのあまりの普通っぷりにちょっと驚く。 品のいいのは確かなのだが。 野蒜(のびる)を見つけて品よくはしゃぐ美智子妃、なんか失礼ながら、とってもかわいい、なんて感じた。 やっぱりお召し上がりになるのだろうか?

 また、たぶん皇居の敷地内限定だと思うのだが、天皇陛下自ら車を運転してテニスコートに向かわれたり、これも意外。 しかも運転されているのが、ホンダのずいぶん年式の古い車。 平成2年だとか言っていた。 年式が。 アコードだったっけな? しかもマニュアル。 古いから環境に優しい車とかいうわけではないが、そのつつましさは伝わってくる。

 そのあと番組は、天皇陛下のいろんな仕事や行事を追っていき、皇太子時代の沖縄訪問の際の火炎ビン事件だとか、長崎雲仙普賢岳の被災者訪問だとかのアーカイブを見せていく。

 番組全体が、なんの恣意的なものにこだわらず、ただあるがままの両陛下の 「素顔」 を視聴者に伝えることを第一義としているために、個人的には、とても好感がもてた番組であった。
 その中で私が改めて感じたのは、両陛下の行動には、おふたりとも戦争や災害の犠牲者や、社会的弱者に希望を与えようとするというところに共通点がある、ということである。
 私はそこに、政治的言動を著しく制限された中でおふたりが必死になって訴えている、ある種の 「思想」 を感じるのだ。

 天皇制という制度は、太平洋戦争に負けるまで、日本人の精神的支柱だけでなく、植民地支配した国にまで崇拝を強要させるほど、肥大化し続けた、そう私はとらえている。
 アメリカはそんな肥大化しすぎた天皇制の処理に困り、「国民の象徴」 という落とし所を見つけて、戦後もその言葉のあいまいさとともに、皇室を存続させることに成功したのだが、私は今の天皇陛下の一連の行動を見ていて、未だに天皇陛下を 「国民」 ではなく 「国家」 の象徴にしようとしている人たちとの、著しい齟齬を感じたりする。

 以前、4、5年くらい前だったか、園遊会に招かれた将棋の米長邦雄サンが、「日の丸君が代を全国に掲げる運動をしております」 だとかなんとか、まあそんな趣旨のことを天皇陛下に語った時、天皇陛下はそれに対して 「あまり強制でないのが望ましい」 とおっしゃったことがあった。
 私はこの天皇陛下のご発言に、とてもまっとうなものを感じた。
 普通に歴史を習った者ならば、普通に口に出る言葉だと言ってよい。

 注目すべきは、その天皇陛下のご発言に慌てふためいた、お偉いサンたちの言い分である。

 時の官房長官や、東京都あげて 「日の丸」「君が代」 を強制していた親玉の石原サンなどは、天皇陛下は政治的発言をしてはいけないという話に議論をすり替えて、 「憲法上問題はありません」 だの、「みんなが喜んで日の丸を掲げ君が代を斉唱することが望ましい、という意味だ」 だのと、言い訳に躍起になった。

 だけど、本来の意味も何も、額面どおりでしょ? 私はこの陛下のご発言は、ずいぶんこれでもオブラートに包んでいるような気がしたものだ。
 本当だったら、「強制などしないでください」「私はそんなことは望んでいません」 とおっしゃりたかったのではなかろうか。
 まあ、石原サンの言い分も、私の言い分も、邪推の域は出ないのであるが。

 だが、それこそ沖縄へ何度も足を運ばれたり、サイパンへ慰霊のため訪問されたり、陛下の一連の行動を振り返ってみれば、「天皇陛下万歳」 と叫んで死んでいった人たちに対して、今上陛下が何をお考えなのか、おのずとはっきりするのではなかろうか。

 私の個人的な考えで恐縮だが、今の天皇陛下も、やはり戦争の犠牲者のひとりなのだ。

 肥大化した天皇制の犠牲になり、象徴天皇という冠を無理やりかぶらされ、ご自由に発言することさえままならない。
 自由に発言できないなんて、もし自分がそんな身分だったら、まるで囚人みたいに感じてしまうことだろう。

 だが、天皇陛下は、その一連の行動を通じて、自らの政治信条も明らかにしている。 私には、そう思えてならないのだ。

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ほんとうの不幸

しあわせになるのも
不幸になるのも
どちらとも
ささいなできごとが きっかけだ
なのに
そう思えない
不幸な気分にされるほうが
よほど重大なこととしか思えない

じぶんがおかしたあやまちは
ごまかしながら忘れるのに
ひとからされたあやまちは
けっして
許せない
じぶんが受けた痛みでしか
じぶんの不幸でしか
ものごとをはかることができない

不幸になることが
不幸じゃないのに
じぶんは不幸だと感じることが
ほんとうの
不幸なのに

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2009年5月13日 (水)

ビートルズアンケート、投票しましたよ!

 全オリジナルアルバムリマスターのキャンペーンで、EMIが募集しているビートルズアンケート。
 アルバムと個別の曲であなたの一番のお気に入りを投票ください!という、ほぼ無理な注文を強要されて、まあ、今日の時点のネ、というスタンスで、まずはEMIのホームページへ潜入。
 いざ投票チャートを見てみると、アルバムは3枚まで、曲は5曲まで、ということで、1枚と1曲だと思っていた緊張感から、まず解放されて。
 だけど、
 …
 3枚だろーが5曲だろーが、無理難題には変わりないっつーの!(笑)

 考えに考えたあげく、アルバムのほうは、前期中期後期からそれぞれ選ぼうと思って、
 「ウィズ・ザ・ビートルズ」
 「リボルバー」
 「ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)」
 の3枚を選びました。
 この3枚、よく見てみると、みんなモノクロジャケット。
 考えてみると、「ア・ハード・デイズ・ナイト」 も写真だけ見るとモノクロなんだけど、モノクロジャケットのアルバムって、総じていい曲の割合が高い気がします。 あ、それってつまり、アルバムジャケットをモノクロにするってことは、「このアルバムには自信があるぜ」 という、彼らなりのメッセージが込められていたのかもしれない、なんて、そんなことを思ったもんですから、コメント欄に正直に書いちゃいました。

 さて、困ったのは、個別の5曲のほう。

 ア行だけですでに、5曲になっちまったんですけど(笑)。

 困ったぞ、ってことで、もう一度練り直し。

 結局、
 「ぼくが泣く」
 「ゼアス・ア・プレイス」
 「ペニー・レーン」
 「トゥ・オブ・アス」
 「ユー・ノウ・マイ・ネーム」(!)

 この5曲に決めました。 スンゲエひねくれてますよね、「ユー・ノウ・マイ・ネーム」 なんて。

 でも、まあ、今の気分ですから。

 「ぼくが泣く」 って、弾き語りで歌うと、メッチャクチャ気持ちいいんですよ。 特にベースが落っこってくるところ。
 「ゼアス・ア・プレイス」 も、ちょっとあり得ないコード展開で。 なにしろ、ジョンとポールのコーラスワークが、絶妙なんですよ、この曲。
 「ペニー・レーン」 は、ただひたすら、ポールの創造力に脱帽させられます。 だいたい、サビの部分で2度下げるってのが、理解不能。 フツー、上げませんか? サビで盛り上げようとした場合。
 「トゥ・オブ・アス」 は、これまたジョンとポールのコーラスワークの、到達点みたいなものを感じる。 ビートルズの歴史を念頭に置くと、妙に感慨深くなる曲です。 ミドルエイトでは、「ヒア・ゼア・アンド・エヴリエア」 と同じ展開になりますし。 ポールはきっと、リンダではなく、ジョンに向かってこの曲を歌っていたんだろうな、と思えてなりません。 そう考えると、自然とウルウルしてきます。

 「ユー・ノウ・マイ・ネーム」 ですよね。
 「サージェント・ペパー」 のレコーディング中にこの曲がつくられた、というのがまず凄いんですよ。
 彼らのブッ飛び具合がよく分かる。
 それだけでなく、この曲のジャジーな雰囲気は、とても堂に入っていて、「ホワイトアルバム」 に入っていたら、それこそ間違いなく、「ジャズ」 というジャンルも彼らがこなした、という評価を受けたに違いない、と思います。

 しかも、「ブルルルルラバーハアーイヨーッ」 みたいな、なんとも意味不明の掛け声(笑)。 やる気あんのか!と怒るよりも、私などはこれが、可笑しくって仕方ないんです。 「イヨーッ」 って言ってるのは、どうもポールのような気がするのですが、私には、歌舞伎の掛け声をまねているように聞こえてなりません。
 特に、ラスト直前の、たぶんジョンだと思いますが、「ア~ア~」、ってやつ。 あれ、聴くたび笑っちゃうんですけど。 こういうのを受け入れる頭の柔らかさがないと、ビートルズファンはやっとられません。

 まあ、この選曲作業は、ムチャクチャ苦痛ではありましたが、とても楽しかったです。 不思議だなあ、それって。

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アニメ 「はじめの一歩」 第19回 「一触即発」 のカタルシス

 いやー、燃えました!

 鷹村とブライアン・ホークの前座の、一歩の試合!

 ずうっと、モヤモヤしてたんですよ、ブライアン・ホークの、あまりのナメっぷりに。
 鷹村サンは極限の減量で全然本調子じゃないし。

 そこに来て、タイトルマッチ直前の記者会見の、ホークのあの態度!!

 相手を挑発するキャラクターって、私もずいぶんマンガとかで見てきましたが、こいつほどじゃねえ!って感じ。 いや、いたかな。 「BUSTERD」 のアビゲイルとか。
 でもまあ、この国の女をミツギモノにしろみたいなセリフは、正直言ってカチンとは来なかったんですけどね。 どうせ挑発するのなら、そうさなー、てめえらはピー国とかピー国よりも劣る最低のクソヤロー共だとか、(ウッ、ホントにヤバっ…)国民全部を敵に回すくらいのセリフでなくちゃ。

 でも、その記者会見のホークの暴言、まるで試合中みたいなエフェクトのかけまくりで、これぞアニメの醍醐味!と呼べるくらいの演出だった。 おかげでこっちのホークに対するムカつき度は最高潮。

 んで、その前座の一歩の日本タイトル防衛戦。

 自分の最も得意とするものを出すんだ!という一歩の意気込みに、鴨川会長は 「いかん!」 とかいって見ている側の不安をあおるのだが、デンプシーロールから繰り出されるパンチに、相手もなすすべなし。 酔っぱらって見ていたせいか、こっちも一歩のパンチに合わせて、こぶしをブンブンやってしまいました。 オッサン赤面。

 いやいや、でもでも、これっスよ! ボクシングマンガのカタルシスって! このカイカンがあるから、やめられないんだなー、格闘技見るのって!

 もう、それまでのモヤモヤが、全部すっ飛んだという感じ。 ああ~、どうもありがとうございます、こんないいもの見せていただいて。

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「白い春」 第5回 予告編にだまされた

 先週の予告編で、私が今週の 「白い春」 の展開を予測した内容。

 その1 「前科者は雇えないよ」 と言われて逆上した阿部寛サンが大暴れ。 逆にボコボコにされて屋上のプレハブ小屋のわきで吉高由里子チャンに倒れかかる。

 その2 「東京湾に沈められる」 という遠藤雄弥クンの身代わりとなってボコボコにされて、以下同文。

 その3 階段で突き飛ばされて、逆上した阿部サンがそいつをボコボコにし、慰謝料をふんだくる。

 その結果。
 オレってつくづく、先の読めないヤツなのねとガックリくるくらい、阿部サンは大暴れしなかったのでした(笑)。 そんなに自暴自棄になる人じゃなかったのね。 クソ、予告編にだまされた、って、自分がアホなだけなんですけど。

 阿部サンがケガをしたのは、遠藤憲一サンとぶん殴りあった結果。
 でも、阿部サンが遠藤サンをぶん殴るのは分かるとして、遠藤サンも負けていませんでしたね。
 のぞみチャンを育てる覚悟が相当なものだと感じさせます。 そりゃ、阿部サンが、自分がポニョの親(いや、ポニョじゃないか…)だと名乗っても、そりゃ無責任ってもんだろ、という遠藤サンの理屈には勝てるもんじゃないです。 大声をあげて、悔しさを表すしか、阿部サンにはできないのです。

 主要人物が、みんな本当はいい人ばかりだから、みんなが幸せになる結末が、ホントはいいんですけどね。

 来週の予告編では、阿部サンがパン屋を手伝うことになるみたいですが、これで遠藤サンとの仲もよくなれば、いいんだけどなー。

 それにしても、話は変わりますが、私が最近見るドラマって、主題歌の扱いが、以前に比べるとどうでもいいっていう感じなのが多い気がします。 従来は、毎週お決まりのタイトルバックに主題歌が流れて、最終回だけちがう、みたいなパターンだったんだけど。
 阿部サンが次回予告の際、この番組の主題歌のCDをプレゼント、みたいなことやっていましたが、どんな歌だったっけ?という感じなんだなー。 「抱ーきーしーめーてもー」 って、アレは 「ぼくの妹」 だったっけ?(笑)
 主題歌が流れている間、視聴率が下がるのかなあ? だからこんな形態になったのかなあ?

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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「こどものきもち24じ」 子供の人生もすでに重い

 説教臭い話になります。

 子供の日にやっていた、NHK総合の 「こどものきもち24じ」。 全国のいろんな子供の生活を、子供へのインタビューを交えて、ただ淡々と流すだけの番組だ。 大人の話は、一切入らない。 時々、昔の子供の映像が挿入される。

 この番組、毎日少しずつ見てたのを、昨日ようやく見終わった。

 なぜ一気に見なかったかというと、見続けるのが結構しんどかったからだ。
 子供たちの人生も、すでに重い。
 すくすく育っていく子供にしても、その人生の行く手には、いろんな障害が待ち構えている。 それに立ち向かえるだけの心を、この子たちは育んでいるだろうか。 そういう要らないことまで、先走りして考えてしまうのだ。

 番組には、いろんな子供が登場した。
 酪農の家に生まれて、牛の世話をすることを自分の一生の仕事だと、もうすでに自覚している男の子。
 ケータイのメールばかりやっている女の子。
 いろんな国籍の子が通っている小学校の様子。
 フリースクールに通う、ちょっと自意識過剰に見える女の子。
 汚い言葉を浴びせ暴れる情緒不安定な男の子。
 将来弁護士になりたいと、塾で必死に勉強している女の子。
 カードゲームの大会で、見知らぬ子とすぐに打ちとけあう男の子。
 ファッションモデルばりに着飾ってカメラマンに写真を撮られている女の子。

 この子たちの中で、一番安心して見ていられたのは、酪農家の男の子だけだった。 彼の人生に、酪農家以外の道を見出すのは、ちょっと難しい。 それでも、将来に何の不安もない、というわけでも、ないのだけれど。

 ここに出てきた子供たちは、総じて、一見するととても危ういように見える。
 だけども、彼らは例外なく、友達や家族など、他人との付き合い、触れ合いを通じて、ちゃんとした社会性ある人間に育っていくんだろうな、と思う。

 大切なのは、いろんな人と出会うことだ。

 世の中には、自分の尺度では、どうしても理解できない人たちもいる。 だけど、いろんな人たちと付き合っておけば、どんな理解不能の人にも、人には必ずその人がそうなるだけの事情があった、ということが、自然と理解できるようになる、と思うのだ。

 これらの子供たちには、これからいやがおうでも直面する大人の選択がある。
 自分の人生を自分の思うがままに生きるのには、それ相応に、自分が悪賢くなるしかない、という考えを持つかどうか、という選択だ。

 それを受け入れた時、精神は老いる。 要するに、汚い大人になるってことだ。

 世の中の大半の大人たちは、自分の夢をあきらめざるを得なかった経験を持っている。 そして、自分が望まなかった生き方をしている。 そしてその夢を、家族の幸福の中にスリ替えたり、子供にその夢を託したり、いろんなごまかし方をしながら、生きている。

 だが、そのごまかしは、けっして汚い大人になる、ってことじゃない。
 その生き方は、けっして後ろ向きな生き方ではないのだ。

 なぜなら、人生にとって、素晴らしい家庭を築くことは、なにものにも代えがたい価値を備えているからだ。 また、どんな仕事でも、誰かを幸福にする目的を備えてさえいれば、それでじゅうぶん価値のある生き方をしている、と誇れるからだ。

 肝心なのは、さまざまな障害にぶち当たった時だ。

 人生を生き抜く精神にとっていちばん大切なのは、最悪だとしか思えない状況の時、いくら自分が傷だらけであろうが、一歩踏み出す勇気があるかどうかにかかっている。

 この番組に出ていた子供だけでなく、すべての子供たちが、その勇気をもって生きることができるように。 この番組を見ていて、そう願うばかりだった。

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2009年5月12日 (火)

「天地人」 第19回 「坂の上の雲」 のほうが気になる今日この頃

 またまたまた悪口、いや、意見と取ってもらいましょう。

 「天地人」 の本能寺、一応やってみました程度のやっつけぶり、さすがにその語り口にブレがない。 って思いっきり皮肉なんですけど(笑)。 イヤなヤツ、オレって。
 最後の最後まで森蘭丸を出さない徹底ぶり、信長の死に際に謙信だけ出てくる超優遇ぶり、この調子で、長澤まさみチャンに明智光秀も殺してもらいたかった。 ああ、どうにもとまらない。 こうなりゃオレに最後まで言わせてくれ(笑)。

 だいたい本能寺なんか個人的にはどうだっていいので、これだけアッサリやられてもいまさらなんとも思わないんですが、またまたまたまたまたまたまたまた、妻夫木クンのやってることがさっぱりわからないのには、いい加減、まあ、…どうでも、…いいんです(笑)。 もう。

 イヤ、妻夫木クン、敵を追っ払ったら、それでもういいんじゃないかとね、思ったんですけど。 橋が燃え尽きたくらいで、追撃できないって大泣きしちゃって。 橋が落ちたなら、敵だっておいそれとこっちに攻撃して来れなくなるんじゃないですか? サッサと魚津城にとって返せば?と思っちゃうような話のもってきかた、どうにかしたらどうですかね。 それができないのだ、という納得の理由をちゃんとつけもしないで。 それですごすご帰ってきて、のんびりと女房にごはんよそられて、それが食えなくて泣いて、チャンと食べるのも仕事のうちとか常盤サンに怒られて、飯食ったら寝ちゃって。 おまけにこれ見よがしに足なんか引きずっちゃって。 この人の、どこがちゃんと仕事をしてるっていうんですかね。 魚津城が危機なんですよ? 人が死ぬかどうかの話なんですよ? そんなにのんびりしていていいんですか?

 あーあ、言っちゃったよ。 またまたイチャモンを。

 小松江里子サン。

 原作がこうなんですか?

 なら、仕方ないとは思いますけど。 私、原作読んでないもんで。

 それにしても、この人気番組 「天地人」 を11月いっぱいで終わらせてもいいからって12月に集中放送させる、「坂の上の雲」 って、いったいどれほどの作品なんでしょうね?

 私、このドラマの話は、相当昔から聞いてるんですけど。
 すごく、もったいぶってるような感じに見えるんですよ。 そんなに製作期間をかけるほどのもんなのかな?って。
 しかも、それで終わりじゃないらしくて、第2部とか来年(2010年)もやるとかいってるし。
 どうして一気に見せないんですかね?

 どうでもいい、早く見たいっス。
 どうせ関ヶ原で 「天地人」 も終わるんでしょ? 天下分け目の後は1回か2回くらいで晩年を駆け足で見せるような。 関ヶ原さえ、ちゃんとやらないんじゃないですか、この調子じゃ。

 あああー、また文句のつるべ撃ちだあーっ。 つくづく、いやなヤツです。 テレビに依存しとるくせに(笑)。 ゴメンナサイ。

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2009年5月11日 (月)

三木たかしサンの作った百恵チャンのシングル

 このところ、誰かが亡くなったとかいう記事が多いですね。 三木たかしサン、ご冥福をお祈りいたします。

 三木たかしサンには代表曲が多過ぎて、一般的に言えばテレサ・テンさんの 「つぐない」 とか、石川さゆりサンの 「津軽海峡・冬景色」 ということになるんでしょうが。

 非常に個人的なところでは、やはり何と言っても、百恵チャンに提供した 「白い約束」「愛に走って」 にとどめを刺します。 そのB面だった、「山鳩」「赤い運命」 もそれに準じます。

 この2曲は、私の山口百恵シングルランキングの中でも、常に上位に居座っている曲です。 もちろん、私がいちばん百恵チャンに熱をあげていた時期のものだから、という理由もありますが、それまで都倉俊一サンの作曲ばかりだった百恵チャンの、少し角度を変えた魅力を見つけることができた、という意味からも、この2曲は、名曲なのです。

 このあと百恵チャンは、阿木・宇崎コンビという、よりアグレッシヴな方向に展開したわけですが、もし彼女が、1980年のあの時点で引退しなければ、20代後半の彼女には、三木たかしサンの作曲する世界が非常にマッチしたのではなかろうか、と思うようなところがあります。

 テレサ・テンさんの 「つぐない」 など一連の三木たかしサンの曲は、百恵チャンの世界とはちょっと違うような気もしますが、「つぐない」 のような、大人の百恵チャンに合った路線が、三木たかしサンなら作れたのではなかろうか、と。

 まあ、すべては妄想の域を出ない話ではありますが。

 でも、「白い約束」 にしても、「愛に走って」 にしても、当時私は、そこに大人のテイストを感じたことは確かです。 その作風は、都倉作曲のものから、なるべく逸脱しないように作られてはいますが、個人的には、三木たかしサンの作品のほうに、私はエレガントな大人の色気みたいなものを感じていました。

 ただ、百恵チャンの、表現に対する欲求は、三木たかしサンの作るエレガントさという方向ではなかった。 阿木・宇崎チームとのコラボレーションは、百恵チャンのたっての希望だったと聞きます。 要するに、そのタッグは、17歳の百恵チャンの、冒険だったんだ、と思います。

 そこに私は、百恵チャンの若さがもたらしていた、パワーを感じます。

 三木たかしサンの作品に、エレガントさを感じるという私の個人的な印象は、キャンディーズの 「哀愁のシンフォニー」 も一役買っています。 あの曲も、キャンディーズのシングルの中では、最もエレガントな異彩を放っていた曲でした。

 あらためて、ご冥福をお祈り申し上げます。

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「S1 Jスポ」 枡田絵理奈アナ、こんな一面もあるのか

 たまたま見た、TBS日曜夜の 「S1 Jスポ」。

 このところ 「チューボーですよ!」 で個人的に注目している枡田絵理奈アナが出ていたので、おっ、と思って。

 そしたら、ずいぶん印象が違うんですよ、「チューボー」 よりも。

 「Jスポ」 の枡田アナは、スポーツ選手に突撃取材とかしていて、「チューボー」 のときのぬぼーっとした雰囲気じゃない。

 女性の違った一面を見るのって、昔っからあまり好きじゃないんですよ、ワタシ(笑)。

 オレにだけ見せていた顔とは違う!、なーんて、要するに、嫉妬の一種ですな、これは(笑)。

 でも、この枡田アナは、これはこれで、元気でいいなあ、とは思いますけど。

 あーあ、なんか、女子アナ萌えって、こんな感じなのかなあ…。

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「ぼくの妹」 第4回 人をあんまり疑わない方がいいですね

 前回5月3日(2009年)放送分 「ぼくの妹」 第3回感想で、大滝秀治サンが怪しいだのみんな怪しいだの書きましたが、あんまり人って疑わない方がいいですね(笑)。

 大滝秀治サン、いい人っぽいじゃないですか。 今回の話を見ていたら。

 長澤まさみチャンにしても、隠していることはあったにせよ、悪くないみたいだし。

 世の中、本当に悪い人なんか、いるんですかね?

 いるんだろうなあ。 いますけどね。

 今回の 「ぼくの妹」 で、私みたいなブロガーには、非常にきついセリフがありました。

 「知らないあいだに、今も誰かを傷つけているかもしれない」、っていう、セリフです。

 私もこのブログを立ち上げるにあたって、なるべくひとの悪口は書かない、と決めたんですがね。

 書いちゃうんだなあ、どうしても。

 それを悪口っていうのか?っていうと異論があるかもしれません。 悪口と意見は違う、とかね。

 ただ、自分でそのつもりはなくても、人を傷つけてしまうことって、なんか多すぎませんかね、人生って?

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2009年5月10日 (日)

自動車税高すぎるッ!

 はぁ~あ。 73,100円だって。
 高すぎるよ、自動車税。
 しかも、これをあと20日やそこらで払えっていうんスよ?

 そんな自動車税が高い車なんて、そもそも高級車でしょソレ、と言ってくれますな。
 景気のいい時に買った車が、もうあまりに年数乗りすぎてるからって、去年よりまた上乗せして税金上がってるだけなんスから。
 買い換えたいけど、買えないんですよ。
 会社の体面上、安っぽい車に乗れないから。

 エコカー減税だのなんだの言われてますけど、政府のやることって、つくづく、ホントーに困っている人のところに向いてませんよね。

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「フォークギター再入門」 第5回 「リンゴ」 裏話聞けました

 「フォークギター再入門」 の5回目。

 スリーフィンガーの練習曲として石川鷹彦サンが選んだのが、よしだたくろうの 「リンゴ」。 石川サンが、アレンジと演奏に携わったということです。
 ここで、この曲のちょっとした裏話を聞けました。

 この曲は、完全なスリーフィンガーではなく、ストロークを混ぜたような弾き方を目指した、と石川サン。
 当時拓郎サンが持っていたJ-45は、ネックの部分が裏方向に反っていて、弦の位置もそれに合わせてボディにくっつくような形。 決して状態がいいとは言えないギターだったらしいです。
 それを石川サンが弾いてみたら、ひどい音なのに、弾きやすいし、「なんじゃコレ、ヤケに気持ちがいい」 と思ったそうです。 石川サンの手持ちのギターだったら、レコードのような音にはならなかっただろう、と。

 何かどっかで聞いたことがある気もする話なんですが、とりあえずアレンジャー本人から話が聞けたのは貴重でしょう。

 結構高度な技術であるスリーフィンガーを、この講座では、まず親指の運指から始め、それに人差し指を加えてツーフィンガー弾きし、最後に中指の動きを加えて完成させる、という方法で教えていました。 なるほど、そうすると、覚えやすそうっスね。

 ツーフィンガーについては、確か拓郎サンも 「オールナイトニッポン」 だったか、ギター講座みたいのをやっていて、「スリーフィンガーが弾けなきゃツーフィンガーでもいいんだ」 と言いながら、サイモンとガーファンクルの 「4月になれば彼女は」 をツーフィンガーで弾いていたことを思い出します。 聞きながら、アッこの曲、指2本でも弾けるんだ、と目からウロコ状態になったものです。
 実際に弾いてみると、確かにイントロのハイコード部分はツーフィンガーでも弾けるんですが、G-Am7onG-Gのところはやはり、ツーフィンガーではちょっともたつく。 さすがに拓郎サンは達者だな、と感心したりしました。

 私はどうやって、スリーフィンガーを覚えたんでしたかね。 忘れちゃいました。 「タンタカスタタン」 とか、やったよーな気もするんですが。 ジョン・レノンの 「ジュリア」 で覚えたんだっけな。 ポールの 「ブラックバード」 にしてもそうですが、フィンガー・ピッキングを覚える一番の上達法は、「ビートルズのように弾きたい!」「タクローのように弾きたい!」 という、ワケ分かんなくとも、何が何でも、彼らとおんなじく弾きたい、という情熱しかない気がいたします。
 そのうちに、指が覚えちゃうんですよ。

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「A-Studio」 瑛太クンの作った映画配信中とか

 2009年5月8日 「A-Studio」 のゲストは瑛太クン。
 なんか、先週の中井貴一サンから鶴瓶サンの友達の輪!みたいな展開ですが。

 番組を通した印象で言うと、なんか鶴瓶サンばっかりしゃべってました。
 瑛太クンは大酒飲みらしくて、飲むとどう変わるか分からないけれど、素の彼は反応がいちいちそっけなくて、昔のことなんか忘れた、みたいな感じです。

 去年の大河 「篤姫」 での宮崎あおいチャンとの最後の対局の話も、あれだけ感情のこもった演技をしていたのに、そのシーンを熱弁する鶴瓶サンに向かって 「よく覚えてますね」「僕もう今、思い出せないです」 と、そりゃネエだろうみたいな発言(笑)。
 あんなに泣いてたのに、なんやねん!と言う鶴瓶サンの反応も、うなづけます。

 「どうやって(演技で)泣くんですか?」 という小泉深雪チャンの質問には、「泣くってことは、あまり考えてないですね。 『帯刀、涙する』 とか、台本にまず書かれている時に、泣かなきゃいけないって気持ちになってきちゃうじゃないですかどうしても。 だから僕それ(台本のその部分)を、全部消しますね。 そこに来たら、泣かなきゃいけないと思うから」。 むむ、やるな、帯刀。

 それから話は、瑛太クンがファンクラブ会員限定でネット配信しているという、「ブタを食べちゃうぞ」 の話題に。

 その内容、コブタをおじいさんに盗まれた親ブタがおじいさんを鉄砲で撃ち、助けたコブタを親ブタが食う、という(笑)、鶴瓶サンいわく 「わけが分からん」「何がおもろいの」 という作品らしいです。 ちょっと画面に小さく出てたけど。
 正確な題名は、「爺と豚」 というタイトルだとか。 「間違ごうとるやん」(笑)。
 ホテルの一室で撮ったっぽい、いかにも安あがりで、お遊び程度の感じなんですが、「助けたものを食ってしまう」 というブラックユーモアも感じるし、なんとなく文明批判のような匂いも感じる。
 まあ、画面をちょっと見た限りは、ですよ(笑)。
 個人的には、ジョージ・ハリスンの 「ピギーズ」 で、ブタが自分らの肉を食っているという最後の一行(正確には、ジョン・レノンがその一行を提供したって話なんですが)を、思い出しましたけどね。

 話題の 「余命1カ月の花嫁」 にも言及していましたが、役に入り込み過ぎて、この映画のモデルになった男の人に挨拶もしなかったこと、それをあとで謝ったことなどを、鶴瓶サンが後説で話していました。
 その鶴瓶サンの話を聞いて、そうか、瑛太クンという人は、目の前にある仕事に全力を尽くすタイプなんだな、ということが、分かった気がしました。

 だから、彼は過去を振り返らないんですね。
 なんか、いさぎが良いではありませんか。
 鶴瓶サンが彼と付き合いたいと思うのも、よく分かる気がします。

 この番組、見るのは2度目なんですが、ちょっと普通のトークショーとは違う深みを感じます。 事前に、本人に取材するのではなく、本人の周辺の人々に取材をする、という方法が、これまでのトークショーにない深みを与えているような気がするのです。

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私のテレビに対する見方

 ちょっと批判的なコメントが来たので、この際だからコメント欄だけでなく、記事として転載し、自分の意見を表明させていただきます。

○○様
 コメント拝見しました。
 確かに、才能があるとは思えない人が 「アイドル」 としてもてはやされている一面はあります。
 また、問題を起こしても、大した社会的制裁を受けずに復帰するという人が、芸能界に多いことは確かです。
 ただ、私個人的に思うのですが、テレビという媒体も、需要によって成立している。 需要がなければ、どんな人であれ、テレビから消えていく運命にある。 逆に、テレビ(それを流す側も受け取る側も)がその人を必要だと判断すれば、どんな不快な人物でもテレビに出続ける。
 これは、一般社会も、まったく同じです。
 どんなに性格が悪い人でも、会社にとって必要だと見なされれば、その人は出世し続けるのです。 また、いくら人間としてサイテーのやつでも、ちょっと自分より立場が上だと、見境なく威張ってたりする。
 まあ、そんな人は、本当はみんなから、軽蔑されてるんですけどね。

 私はこのブログでも白状していますが、はっきり言ってテレビに依存しています。 テレビって、基本的にタダだし、まあNHKには払ってますが、こんな結構な媒体は、ほかにないじゃないですか。
 ただ、テレビの言いなりにはなろうと思わない。
 だから、見たいと思わないものは決して見ない。 下らないものなんか、見ないんですよ、自分が下らないと判断すれば。 そうすると、自分の気に入らないものは、結果的に目にしなくなるのです。 そりゃ、いくらそうしても、いやだな、と思うようなことは、否が応でも目に入ってくる。
 でも、それくらいは仕方ない。 どんな社会にでも、いやなものは絶対あるんですよ。
 だから、私自身はよく知らないけど、見るに堪えないものがテレビにはあるってことは、否定はしません。
 私たちって、もっとそんなテレビとの付き合いを、考えるべきじゃないでしょうか。 テレビとの距離を、もっと自分の側からコントロールしなければ、ならないんじゃないでしょうか。

 また、彼らが高額のギャラをもらっている、という点。

 確かにこの業界の金銭感覚は、一般人から見れば、ちょっと桁外れな感じはします。
 だけどそれは、それだけの大金が動くビジネスとして、成立しているからだと、私は思います。
 別にテレビの仕事じゃなくても、こんな仕事でどーしてこんなにもらえるのだ?みたいな仕事って、結構ありますよ。 それって、それだけ払ってくれるクライアントが、いるからでしょう? おかしな世の中ですよねー。 自分の努力に見合っただけの金額を、みんなおんなじ基準で、みんなもらえればいいのに。 労働価値の等価交換、っていうんですかね。

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2009年5月 9日 (土)

「土曜ワイドラジオTOKYO」 巨泉サン元気

 2009年5月9日TBSラジオ 「土曜ワイド」 のゲストは大橋巨泉サン。

 相変わらず放送禁止用語もお構いなしにしゃべるしゃべる(笑)。
 「河原乞食」 なんて言ったあとの外山恵理チャンのぎこちない反応とか、面白くって(笑)。

 永六輔サンの健康状態にも、「あの世で奥サンが怒ってるぞ」 とか歯に衣着せぬ物言いに、永サンは気分を害したのか、途中からすっかり黙っちゃって、「よくしゃべるねこの男は」 とか言い出す始末(笑)。 あー面白い。

 巨泉サンが政治家になった時は、こりゃ面白いと思ったんですけど、途中で降りてしまって大いに失望したものです。 この人は所詮、この程度の覚悟で政治家になったのか、と。

 つくづく政治に新風を吹き込むことが、いかに大変なのかもそのことで分かったんですが、巨泉サンは結局、やはり外野でワイワイやっていたほうが、その存在価値があった、ということでしょうね。
 つまり、巨泉サンのその論理は、ある意味政治的な障害に対してもろいものの、その論調には聞いていて胸がすくところが常にある、ということかな。

 だから、この人がたまにしか日本に来て仕事をしないのが、ちょっと不満でさえあります。 そりゃ、人には人の生き方があるんだから、巨泉サンのリタイア後の仕事についてとやかく言うのはお門違いなんですが、こういうズケズケものをいう人が日本にいつもいないっていうのは、ちょっと惜しい。

 巨泉サンの言うことがいつも正しいとは思いませんけど、この人の物事に対する視点からは、とてもバイタリティをもらう気がするのです。

 意見には個人差がありますが。

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「スマイル」 第4回 壮絶な生きざまって、これからか?

 ドラマタイトルの前に必ず 「これは、壮絶な生きざまを見せた男の、愛と正義の物語だ」 という、中井貴一サンのナレーションが入る、ドラマ 「スマイル」。

 今回4回目が終わった時点で、まだ松本潤クンの人生は壮絶になっていないのですが(笑)、小栗旬クンが刑務所から出てきて、次回あたりから壮絶になる予定かな(笑)、という感じ。

 でもよく考えてみると、第1回目の誤認逮捕から今回の食中毒事件まで、結構壮絶なような気もします。 でもいちいちドラマ冒頭で 「壮絶」 だってことわられてこの程度では、視聴者を納得させることはできない、という気も。

 今回新垣結衣チャンの過去が明らかとなって、松本潤クンの彼女に対する誤解も解けたのですが、それでもなお、その結衣チャンがどうして潤クンに惹かれるのか、という理由づけが弱い。
 却って、声を失ってしまうほどの精神的な打撃を受けた結衣チャンがどうして、ちょっと助けてもらっただけの潤クンにストーカーのごとくつきまとい、ラブレターを書くなど果敢にアタックし、そのうえあんなに生き生きと笑顔を見せているのかが、ますます分からなくなりました。

 そのことにもまして、このドラマをここまで見てきて、なんだか物語に深みが生まれてきていないように、ずっと感じているんですけど。
 先週、それはドラマで流される報道の様子があまりにも現実離れしすぎているからだ、という考察をしたんですが、どうもそれだけではないようです。

 ドラマに深みが生まれないもうひとつの原因は、おそらく検察の甲本雅裕サンやベテラン刑事の北見敏之サンが、かなり一方的な敵役として凝り固まっていて、性格の掘り下げが甘いせいだ、と私は思います。
 彼らには彼らの事情がある、という描き方をすれば、もっと話に奥行きが生まれる気がするんですよ。 「フィリピン野郎」 とか、やけに不快にしか聞こえないのは、彼らなりの事情を、ちゃんと説明していないからではないでしょうか。

 検察や刑事サンの私情説明には期待できないかもしれませんが、刑務所から出てきた小栗旬クンの性格描写がどうなるのかは、結構これからこのドラマの質を決めるカギ、のような気がします。 ただ単に怖いオニーサン、という話が、一番あってほしくないパターン。 ちゃんと、小栗旬クンにはそれだけ残忍な性格になるだけの事情があったことが、今後分かればいいんですが。 たぶん、説明してくれると思いますけど。

 それにしても、どうでもいい話なんですが、このドラマに限らず、私が最近見るドラマって、やけに左利きの人がいっぱい出ている気がします。 このドラマでも、甲本サンとか、小栗旬クンとか、左利きですねー。
 私も左利きなので、ちょっとシンパシーを感じたりするんです。

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2009年5月 8日 (金)

「アイ!マイ!まいん」 福原遥って、ちょっとヤバい

 連休中、甥と一緒に教育テレビを見ていたら、「クッキンアイドル アイ!マイ!まいん」 という番組に出くわしました。
 そこに出てくる福原遥チャンという女の子が、なんかカワイくて(笑)。
 甥に 「カワイイねー」 というと、フツーあんまりこーゆーのに反応しない甥も、すぐさま 「カワイイ」 と返事。 子供目にも、カワイく見えるらしいです。
 ネットで調べたら、10歳ということですが、なんか10歳にしちゃあ、やけに大人びて見える。 ずいぶんしっかりしてるし。

 番組の内容は、アニメと実写の混在パターン。 アニメでシチュエーションを決めておいて、それに沿った料理をまいん(遥チャン)が作る、という構成。 かつての、同じ教育テレビの 「ひとりでできるもん」 みたいな感じかなー。
 遥チャンはアイドルという設定だけあって、それっぽい衣装だし、いわゆるひとつの、「萌え」 の世界を地で行っている感じがいたします。

 ああ、これってヤバい(笑)。

 なんだかこれじゃ、ただのキモいオヤジではないか(笑)。

 でも私にこの記事を書かせるのは、なんかこのコがブレイクしそうな、一種独特の吸引力みたいなものを持っているように見えるからです。 それがたとえオタッキーな男どもの間だけの人気にしても(笑)。

 NHK教育、月金の夕方5時40分からの10分番組です。 私のカワイイという判断基準がどういうものか見てやろーじゃないの、というかたは、ご覧ください。 アニメじゃなくて実写のほうの女の子ですよ!

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渋谷

自分の弱さに 自分が押しつぶされ
自分の欲望に 自分が追い越される

渋谷のスクランブル交差点
人ごみをすり抜けて
もうひとりの自分がどんどん先に行ってしまう
それを必死で追いかける本当の自分

そんな錯覚を見た

おれはもがいて生きている
だのにだらだら生きている

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「日曜美術館 アングル 革命の裸婦」 地デジの喜び

 5月3日(2009年)に再放送されていたNHK教育 「日曜美術館」 のテーマは、アングル。
 司会は姜尚中サン、中條誠子サン、ゲストは篠山紀信サン。

 アングルの裸婦はデフォルメされていることで有名だが、番組ではその仕組みを分かりやすく説明。 …それはどうでもいいとして、私がブッ飛んだのは、「泉」 の超接写映像だった。 地デジでなければ、この感覚は味わえなかったであろう。 あらためて、地デジに感謝、である。

 この 「泉」 というのは、おそらく私が生涯初めて目にしたオールヌードである。 いや、厳密に言うとそうではないのだが。 まじまじと見た、っていう意味で。
 この作品は、芸術であるという観点からだろう、アソコがご法度のテレビでも幾度か目にしたことがある。
 ただ、ここまで精緻な大写しというのは、ちょっと記憶にない。

 今回の 「日曜美術館」 では、ヤラシイ言い方で恐縮だが、下から舐めるように全体を見せ、乳房の部分もその絵の具の乗り具合から何から、はっきり確認できた。
 少女の顔が紅潮しているのが極めてよく分かり、その顔の 「ド」アップは、これほど官能的だったのかと思えるほどのみずみずしさだった。
 口は半開き。 目はうつろ。
 半開きの口がエロい、というのを知っているのは、ほしのあきチャンくらいか? それは冗談として、半開きセクシーの元祖的な存在じゃなかろうか、この 「泉」 って。

 アナログ放送では、はっきり言ってこの質感は、再現できないであろう。
 篠山紀信サンも、その迫力に、圧倒されていた。

 大きい絵を描いた人ならご理解いただけると思うが、絵というのは、近くで見るのと遠くで見るのとでは、その印象が全く違う。
 だから自分が絵筆を動かしている、だいたいキャンバスから30センチないし50センチくらいのところでその絵の出来具合にいくら満足しても、遠くから見直すと、まったくダメダメだったりする。 だからうまい絵描きというのは、その見た目の誤差を見事に解消できる人のことを言ったりするのだ。
 「泉」 の少女の顔を、デジタル映像の接写で見た印象は、やはりその、うまい絵描きの範疇なのだが、それにもましてヤタラメッタラ魅力的だった。 要するに、「アングルが独り占めしていた距離」 の映像、なのである。

 これは、じっさいにオルセー美術館に行って現物を見ても味わえない感覚だ、と思われる。
 美術館で絵を見る場合、特に有名な絵に関しては、先ほど述べた、30センチないし50センチくらいの 「画家の視点」 から、その絵を鑑賞することがなかなかできない。 「泉」 の絵も、前方に柵が設けられていた。

 この 「泉」 という作品は、私の記憶が確かならば、ほぼ等身大に描かれている。
 しかも、少女の足が接地しているのは、絵のいちばん下から、数10センチ上の部分だ。
 ということは、絵のいちばん下がたとえ地面についていたとしても、その顔の部分を間近に見ることは、美術館では、まず不可能と言っていい。

 その点で、今回の 「泉」 の超接写が、いかに凄いことか分かっていただけると思う。

 今回の 「日曜美術館」 は、裸婦の官能的な部分を紹介するという点で、こないだの 「タモリ倶楽部」 の 「絶頂派美術」 と共通しているが、その切り口はまさしく教育テレビ的で、それ故に 「タモリ倶楽部」 でおおっぴらに言及していた 「エロスの持つ情欲」 みたいなものには触れられなかった。
 中條誠子アナが 「裸婦に品を保つ方法というのは…」 と、実に言いにくそうに紀信サンに質問して、「それちょっと問題発言 (笑) 裸婦っていうのは品がないっていうように聞こえる (笑)」 などというやりとりが交わされるくらい、「情欲」 の部分に踏み込めない。

 番組で最後に紹介された、アングル最晩年の未完成作品、「パフォスのヴィーナス」 に関する説明もそうだ。
 フランスの美術学校で生徒たちに、この絵と同じポーズをとった女性をデッサンさせ、この絵の通りには絶対ならない、複数の視点から見ないとこの絵の通りにならない、という結論を導いて、ピカソとの関連性を指摘していたが、どうもとってつけたようで面白くない。
 私に言わせれば、「ヤラシイからあっちからもこっちからも描きたかったんでしょーが」「後ろから前から、という…」、そんな感じ。 「タモリ倶楽部」 風にコメントすれば。

 でも、「タモリ倶楽部」 も 「日曜美術館」 も、一長一短はある。 どっちも番組としては優れていた。
 アングルは写真というものが誕生した時、「そんなものは要らない!」 と激昂したらしいが、写真にもできないフォルム変形の追及をしたことが、今日なおアングルが評価される原因となっている。
 そのアングルを、写真家の紀信サンが評価する、っていう構図も、今回見ている側にとっては、楽しかった。

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2009年5月 7日 (木)

今クール(2009年第2クール)見ない、または見なくなった番組

 たまには、見なくなった番組のことなど書いてもいいんじゃないかと思って書きますが。

 「つばさ」 に関しては、ほかの記事でも書いたんですが、どうにも甘玉堂の大人どもがあまりにも世間知らずなのが嫌になって、見るのをやめました。 コメディだと思えばカドもたたないんですが。 ただ、この連続テレビ小説は、毎日15分ずつ見るにしても、週末一気に見るにしても、結構キツイんです。 続けて見るには、相当の完成度がないと。

 「クメピポ!」 は、第1回目見ただけでやめましたね。
 「テレビってヤツは」 のほうがよくて。
 「テレヤツ」 の何がよかったかというと、アンバランスなところがよかったんです。
 それと、ご意見番みたいな人が、少なくともひとりはいて。 議論がどこへ行くのか分からない面白さっていうのが、まだありました。
 「クメピポ!」 は、ちょっと予定調和すぎて、なんか、見たくなくなりました。

 「BOSS」 は、最初の10分でリタイア。
 画面が、私みたいなトロイ人間には、トリッキーすぎるんですよ。
 「天地人」 の演出家に当てつけたような、「こういうのが現代的な演出っていうんだよ」 みたいな作りは別にいいんですが、話に集中できない。 しかも、役者を信用していないように見える。 役者が、ただの道具みたいに見えてくる。

 「婚カツ!」 も、最初の30分くらいでリタイア。
 しょっぱなの設定が、ちょっと。 隠そうと思やあ隠せるだろっていうのが。
 面白ければ、多少の無理は承知で、見続けちゃうもんなんですが。 肝心の笑わせる部分が、私とは合わなかったみたいです。

 「風の国」 も、録画はしてあるけどちっとも見る気が起きませんなあ。
 何かしょぼくて。 見るたび寝ちゃうんですよ。
 ソン・イルグクって、こういう質のドラマも出るんだな、っていうのは、分かりましたが。

 韓国ドラマ、「テジョヨン」 が終わっちゃって、ただ今消化不良状態。 はっきり言って、飢えてます。
 「王の女」 も結局、10話ほどいったところで挫折しました。
 登場人物に、魅力がないっていうのが、どうにものめりこめなかった原因です。 主役のケトンって女の子、最初出てきた時は、韓国ドラマでここまでやるかってくらい胸がはだけてて、こりゃ来たわと思ったんですが。 なんかのドラマで悪役やってたような気がするんですが、やっぱり悪役顔ってことだったのかなあ。 どうも感情移入できなくて。

 テレ東の 「CSI」 も、結局見なくなっちゃいました。
 前は面白かったんだけどなあ。
 何かシーズンを重ねていくたびに、話が分かりにくくなってきて。
 ケビンとかボブとかリチャードとかスコットとか、容疑者の名前と顔が一致しない。 誰がサムで誰がメアリーなのか、考えているうちにドラマが終わってしまう。 しまいに寝ちゃうし。 トシ食ったせいですかね?

 それとは別に、私、なんでか自分でもよく分からないんですが、日テレとテレ朝のドラマって、ホント見ないんですよ。

 どうしてかなあ?

 テレ朝のほうは、私の嫌いなサスペンスものとかやってるイメージが強い、っていうのはあるんですが。
 日テレは、どうしてかなあ?
 昔は、「太陽にほえろ!」 とか、「俺たちの旅」 とか、「熱中時代」 とか、「池中玄太80キロ」 とか、そりゃもういっぱい見てたんですけどねー。
 なんか作りがチャッチイ、みたいなイメージが、どこかにあるのかなあ。 なんとなく、話題先行みたいなところがイヤなのかもしれない。 難病ものとか、個人的に趣味が合わないっていうのもあるし。
 土曜夜9時枠は、「世界ふしぎ発見!」 の裏番組を録画しようとかいう気に、ホントならない。 食指を動かされる内容っていうのが、どうにもなくて。 「家なき子」 も、「ごくせん」 も、「銭ゲバ」 も、見ようと思いませんでした。

 でもそんなこと言い出したら、TBSもフジテレビも、おんなじようなもんなんですけどねえ。

 いや、いったん変なイメージが頭に定着してしまうと、そこから抜けられなくなってしまうんだろうな。
 きっと、いいドラマ、日テレでもテレ朝でも、やってると思うんですよ。

 テレ東は、まあ、がんばってもらいたいと思います。

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インポートスナックの摩訶不思議な世界

 軽くいきます。

 たまに、ヤケに安いスナック菓子がスーパーなんかで売っていることがありますよね。
 ウラっ側をよくよく見ると、原産国がサウジアラビアとか、インドネシアとか、失礼ですが、この国の人たちスナックなんか食うのか?みたいなところの輸入品だったり。

 そしてどんなものかと思って買って食べてみると、これが、…どう表現したらいいのか…(笑)、はっきり言って日本のスナックの常識を超えている、というか(笑)。
 バーベキュー味とか書いてあるけど、どこがじゃ!みたいな(笑)。
 やたらと歯ごたえがあってアゴがくたびれるのもあるし(笑)。
 買った以上は全部食ってやろうと思うんですけど、とても一気には食えません。 これじゃ叩き売りするはずだよ(笑)。

 ずいぶん昔の話になりますが。
 スペルは忘れたけど、「ダービダ」 っていう、それがたぶん原産国サウジアラビアだったと思うんですが、そんな名前のクラッカーみたいな感じのスナックを、オヤジが明治屋みたいなところで買ってきて。
 高級スーパー明治屋だから文句はなかろう、というエラソーな感じで(笑)、だいぶしばらく家人の誰も封を開けなかったんですが(笑)、たまたま何にもおやつがなくて、それを食ってみたら、…これがワヤな味で(笑)。

 「ダービダはダービダ(だめだ)」 という寒ーいギャグが、それからしばらく家人の間で流行ったのでありました。 チャンチャン。

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2009年5月 6日 (水)

アニメ 「毎日かあさん」 よけいなものやめたら?

 テレ東水曜夜7時からやっている 「毎日かあさん」 は、第1回目を見て失望してからずっと見なかったのですが、今日久しぶりに見てみたら、結構楽しかったです。
 感覚的には、しぼんじゃう前の 「ちびまる子ちゃん」 クラスの面白さ、というか。 分かんないかなー、この表現(笑)。 「まる子」 がつまんなくなってから、もう10年以上経ちますからね。

 正直なところ、面白いです、このアニメ。 「毎日かあさん」。
 余計なものがなけりゃ。

 つまりなぜ第1回目に失望したかというと、アニメ以外のオマケが多過ぎたせいなんですよ。
 アレは、はっきり言ってカッタルイ。
 アニメと交互に藤井隆サンとかテレ東のアナウンサーとか出てきて、幼稚園の子供に何か仕掛けてその反応を見たりするんですからね。 そのかったるさときたら。
 初回は1時間スペシャルだったので、あれだけ散漫な内容になったんでしょうが、25分番組になってた今日は、そのコーナーがオープニングとエンディングに固まって移動していて、見ようと思わなければ見る必要がない構成になっていました。

 なんでこのコーナーが不要なのか、というと、純粋なアニメ番組のほうがすっきりする、ということもあるんですけど、要するに、「毎日かあさん」 というのは、ほのぼのタッチのホームコメディ、という性格では、まったくないからなんですよ。 わざわざほのぼのするコーナーなんか、必要ない。

 この原作は、私が見るところ、不条理マンガであります。
 原作者の西原理恵子サンのキャラクターは、究極の自虐だし。
 その表情だけを見ていると、これが極悪人でなくて何なんだ(笑)、という雰囲気を、新聞紙上にまき散らしているんです。 発想も極悪人っぽいし(笑)。
 そんな極悪マンガ家が、涙なくしては読めないストーリーを、ときどき描いたりするんですよ。 ルール違反ですよね。 これが不条理と言わずして、何と言おう(笑)。

 その、見たところアクだらけの画風のマンガを、夜7時から放送するというのは、ちょっと方向性が間違っている気が、まずしてしまいます。
 案の定、アニメになった 「毎日かあさん」 は毒気がほどよく抜けて、「サザエさん」 なみのホームアニメに仕上がっています。 女の子の 「おかしゃーん」 には、鴨チャンでなくともキュンとするんですけど。 ところで鴨チャン、アニメでも死んじゃうのかなー?

 まあ、ファミリーアニメだからと言って、あまり大人しく収まらないで、もらいたいですね。

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「白い春」 第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サン

 まわりの人間が、大橋のぞみチャンの本当の父親が誰なのかつぎつぎ知っていくのに、当の阿部寛サンだけがなかなか真実にたどり着けないでいる、「白い春」 第4回。 まるで韓国ドラマ並みに、見ている側をじらしまくります。

 のぞみチャンが 「私の誕生日はー」 と言うと白石美帆サンに呼ばれて行っちゃうし、のぞみチャンから受け取った封筒から日付入りの写真がこぼれ落ちちゃうし、それを探した阿部サンが、すんでのところで探すのあきらめちゃうし。

 ここまでくると、ああ今回は写真が見つかっちゃ作り手が困るんだな、というのが分かっちゃうんですが、それがどうでもいいと思えるのは、今回の 「白い春」、泣かせるシーンが印象的だったからであります。

 死んだ恋人の墓を泣きながら掃除する阿部サンは、なんだか見ていてじわっと来るものがあったし、白石美帆サンに事実を打ち明ける遠藤憲一サンはものすごく悲痛だった。
 遠藤サンのシーンに感情移入してしまうのは、紺野まひるサンとの回想シーンがあったことが原因ではあるんですが、この回冒頭で、のぞみチャンが 「わたしのおとうさん」 なる作文を紹介したことが布石になっているんですよ。

 予告編を見る限りでは、来週は怒涛の展開っぽいですが、それに比べれば今週は大した事件がなかったようにも見えます。 だけど、この主人公たちの出会いで動き出した運命に対して、主人公たちがどういう思いでいるのかを描いた、という点で、とても深みを感じさせる回だった、と言っていいと思います。 なんか、個人的には、今回の 「白い春」 を見ていて、主人公の皆サンに対する思い入れが強くなった気がするのです。

 だから、ベタな話であるとか、先が読める展開だとか、そういう小手先の興味で見ていると、ヤケにつまんなく思っちゃうかもしれませんね。

 それにしても、紺野まひるサンが死んでしまった時に泣きだした赤チャン、タイミングばっちりで、すごい演技派でしたよね(笑)。

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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2009年5月 5日 (火)

「今日は一日"吉田拓郎"三昧」 してるのでお休みです

 題名にある通り、今日はNHKFMで午後1時から11時まで、「今日は一日"吉田拓郎"三昧」 を聴いていたため、ブログはお休みしようと思ったんですが、やっぱり我慢できなくて書いちゃいます。

 何が我慢できなかったと言って、あの歌ですよ、あの歌。

 「じゅんチャンがよしだたくろうに与えた多大なる影響」 って、この題でいいんですかね? これ、ホント久しぶりに聴きました。
 んあー感動なのねっ!
 あーどうして、録音してなかったんだぁ~っ。 オレのバカ!

 CDにもなってない、海賊版同然の歌なんで、現在入手不可能。
 元のメロディがボブ・ディランらしいので、著作権の関係もあるんでしょう。
 「オールナイト」 だったか、小室等サンと一緒にやってた番組だったか、何回か聞いたことはあるんですよ。 そのたびに衝撃を受けていた曲だったんですが。

 番組中、田家秀樹サンが 「この曲かけたら拓郎サンもう絶対この番組に出演しないでしょう」 みたいなこと言ってたけど、拓郎サン個人も、こういう昔の傷を思いっきりさらけ出すような歌は、放送されたくないのかなあ。
 でも、自分の番組で放送してたんですよ?
 平気じゃないっスか?
 結局、拓郎サン、10時間も待ってたのに出演も電話もなし。
 そりゃまあ、この前のBSでもしゃべってましたけど、「ほっといてくれ」 ということなんでしょうが。 この曲かけたせいじゃないと思います。

 番組は坂崎幸之助サンも7時台から9時くらいまで出て、いろんな話が聞けました。
 坂崎サン、3日前にお父様と忌野清志郎サンに、立て続けに同じ日に旅立たれていて、今は精神的にちょっときついんじゃないのかなあ、と思いましたが、それを振り払うかのような明るさで。 お父様の話はちょっと出てきて、それも明るく話されてましたが、…でも平気なわけ、ないじゃないですか。
 坂崎サン、拓郎サンの 「どうしてこんなに悲しいんだろう」 をリクエストされたりしていました。
 身内の不幸を全く感じさせない坂崎サンと、この歌のメッセージを聴きながら、こっちの方がウルウルしてしまいました。
 坂崎サンも何度もこの曲に励まされたと話してましたが、このつらい時期に、拓郎サンの歌が、また支えになっている感じを受けました。

 坂崎サンのほかのリクエスト、ビートボーイズ名義でリリースした 「ショッキングタクロー」 の中の曲ばかりで、それはそれで面白かったんですが。 「馬」 とか、「ある雨の日の情景」 とか。

 結果的に、「落陽」 がリクエスト1位で、バージョン違ってたのもあったけど3回もかかる始末。 そりゃ、私みたいに10時間ぶっ通しで聴いているヒマで奇特な人などいないんでしょうが、上位確実な歌は、極力途中でかけないでほしかったなあ、というのが実感。
 私もリクエスト、しましたよ。 「唇をかみしめて」。
 結局4位でしたけど。

 個人的に新鮮だったのは、「王様たちのハイキング」。
 何かこれも、久しぶりに聴いたけど、バッキング、これがいちばん拓郎サンにハマっている気がする。 女性コーラスが、ソウルフルで、いいんだわ、これ。

 ほかにもいろいろ書きたいことはありますが、10時間もぶっ通しで聴いて、さすがに疲れました、こっちも。 ラジオをこんなに聴いたのって、いやー、ガキの頃でもせいぜい 「オールナイトニッポン」 第1部2部ぶっ通しくらいで。 覚えがありません。

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「桑田佳祐の音楽寅さん」 第3回 アベーロード

 「音楽寅さん」 2009年5月4日放送第3回目で桑田サンは、ビートルズの 「アビイ・ロード」 を空耳チックに日本語に直した。

 時間の都合上駆け足気味だったが、ほとんど全編をやっつけたというのがまず凄い。
 しかもそのほとんどが政治、国際、環境問題に内容を絞っているというのが、次に凄い。
 1曲1曲のテーマが、明確に決まっているのだ。

 普通、英語に沿って日本語に直そうとした場合、内容が意味不明のハチャメチャになるものだ。 なのに1曲の初めから終わりまで、ちゃんと意味が通じている。 なんだコレ? スゲエぞ。
 曲のテーマがはっきりしているから、笑うより先に、まず感心してしまうのだ。
 これは、頭の回線が最初からブッ飛んでいることが前提でなければ、まずできない。 それに加えて、政治などに対する、強い怒りがなければ、完成させることは難しい。

 またさらに注目すべきは、この詞の世界が、見事に桑田サンの世界だ、ということだ。 要するに、桑田サンの詞は、空耳という発想から形成されたものであることを、改めて実感させるのである。

 今回の桑田サンの政治に対する揶揄のしかたは、与野党まったく見境いなし。
 「カム・トゥゲザー」 は 「公明党BROTHER」。 連立政権批判である。
 「サムシング」 では共産党をおちょくっている。
 民主党の小沢代表だって、こき下ろす。 「ビコーズ」 改題の 「民主党」。 これは特に辛辣だった。 出だしから 「違法?小沢譲らん異端児微妙…」「偽装でいいんですかい?一郎不満ない?」 最後は 「民主党の時代いつ来る?」 である。 恐れ入りました。
 
 「マクスウェルズ・シルヴァー・ハンマー」 は年金批判。 「シルヴァー・ハンマー・マン!」 という原曲最後のヴァースが、「知ればあんな払わん!」。 大笑いするやら、感心するやら。 降参します。

 あとは曲目自体も多いのでこっちも駆け足で紹介するが、少々長くなりますけどご容赦ください。

 「オー!ダーリン」 は 「親だ~れ?」。 小泉チルドレンとDAIGOをおちょくっている。

 「オクトパス・ガーデン」 は 「ぼく当選さす票田」。 ここでは選挙を揶揄。

 「アイ・ウォント・ユー」 は 「iPhone中」。 株式相場が大変なことを歌っている。 個人的には、ポール・マッカートニーの 「ザ・パウンド・イズ・シンキング」 を思い出す内容。

 「ヒア・カムズ・ザ・サン」 は 「爪噛むオジサン」。 麻生総理や中川元大臣のことだ。

 「ユー・ネヴァー・ギウ・ミー・ユア・マネー」 は 「油田は危機を招き」。 地球温暖化問題だ。 ぜひYouTubeなんかで見てもらいたい内容である。

 「サン・キング」 は 「国際危惧!」。 北朝鮮問題。 原曲での意味不明ポルトガル語の部分は、「ヨンビョンからムッチャ見守れ出入りには目凝らそう」「ノドンチュチェ主義なんだソレ?地下兵器バラそう」「そしてマンギョンボン号絶った日朝関係にて交わそう」。 よくここまで意味通じさせてると思う。 脱帽。

 「ミーン・ミスター・マスタード」 は 「民意無視して増した」。 曲の終わり 「サッチ・ア・ダーティ・オールド・マン」 サザンの曲の題名元ネタとなった部分は、「おっちゃん誰やお前?」。

 「ポリシーン・パン」 は 「オレ審判?」 裁判員制度ヤダー、という歌にしちゃいました。

 「シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウインドウ」 → 「死刑にするも罰するも非道?」。 メドレーで内容もメドレーになっているところが渋い。

 「ゴールデン・スランバー」 は 「公然知らんばい!」。 公職辞任の歌になっちゃった。 「アンド・アイ・ウィル・シング・ア・ララバイ」 が 「居直る真意が分からない」。 よく考えつくよ。 まったく。

 「キャリー・ザット・ウェイト」 が 「借金(かり)が増え!」。 なんとなく原曲と内容がリンクしてるのがおかしい。

 「ジ・エンド」 は 「次年度」。 議員世襲制だあ。 タイムリー過ぎ。 「お家!往来!ああ愉快なご縁が取り持つ党内部」 って、腹イテエ(笑)。 「ラヴ・ユー、ラヴ・ユー」 のギター合戦のところでは 「安倍、安倍」。 これで、「アベー・ロード」 というわけですな。 ラストが 「美しい国…夢」。 ああなんか、ものすごいトータル感にあふれてます。

 「ハー・マジェスティ」 はさすがにおさまりきらなかったのか、最初からオマケ扱いで日本語にしなかったのか、ユースケサンのナレーションのバックで流れるだけだったが、なんという、濃い内容の30分だったことか。

 イクイップメントもさすがに凝っていて、ちゃんとビートルズが 「アビイ・ロード」 のときに使っていた楽器を使用していた。
 ドラムはちょっと分からないが、桑田サンのギターはジョン・レノンが弾いていたエピフォン・カジノの塗装はぎ取りっぽい仕様のやつ、リードギターの人はレス・ポール、ベースの人はリッケンバッカー。
 まあ、曲によって桑田サンは使い分けていましたけどね。 ただ、ベースは色が違うだろとか、「ジ・エンド」 のジョンのパートはエピフォンで行くべきだろうとか、細っかいことを言い出したらキリがないんだが。

 音的にも、ギターの音色とか、細かいシンセの使い方まで、よくまあここまでコピーしました、という感じ。 「ユー・ネヴァー・ギヴ・…」 の出だしのピアノに絡むのは、ギターじゃなくてベースだろとか、こっちも細かいことを言い出したらキリがないんだが、昔はビートルズの中期以降の曲なんて、コピー不可能とまで言われていた時期があったことを考えると、なんだか隔世の感がある。

 書いてる方もつかれたが、これを全部考えた桑田サンのほうがもっともっと大変だったに違いない。 あらためて、ご尊敬申し上げます。

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2009年5月 4日 (月)

「ぼくの妹」 第3回 オレの話を聞け!

 自分の恋人がオダギリジョークンに殺されたと思い込み、執拗に嫌がらせを仕掛けてくる千原ジュニアサン。 オダギリクンにしてみれば、「タイガー&ドラゴン」 じゃないが 「オレの話を聞け!」 っつー感じなんでしょうが。 ちーとも聞いてくれない。

 長澤まさみチャンも、今回はその千原ジュニアサンに呼び出されて嫌がらせを引き受けようってところを見せるなど、ともさかりえサンに絡む疑惑も、解消したようにも思える。

 ただ、このドラマの脚本を書いている池端サンには初回で一度だまされているんで、物語がその方向なんだなと思いこむことには、ちょっとためらってしまう。
 なにしろ、疑い出したら、みんな怪しいのだ。 このドラマ。
 ただの兄妹の助け合いドラマだと思っていると、思わぬ展開になりそうな予感がする。 「ぼくの妹」 なんて、題名の時点でこちらをワナにかけてる感じがしてならないのだ。

 ドラマの中でも、さらっと説明されて 「あ、納得」 とこちらが思っても、あとから考えると 「なんか変」 っていう出来事は、アッチャコッチャに転がっている。

 私が今回おかしいと思ったのは、大滝秀治サンである。
 なんで、ともさかりえチャンの部屋のカギをもっとるのだ。
 どうも、分からない。 なんとなく見ている時はスルーしちゃったけど。

 あとやはり、長澤まさみチャン、どうもなんか、まだ隠してる感じ。
 だいたい、なんで千原ジュニアサンが長澤まさみチャンのケータイの番号を知っとるのだ。
 フツー兄貴の方が先に分かるんじゃないのか?

 でも、そういう身構えた視聴態度っていうのも、サスペンスドラマを見慣れた人には当たり前のことかもしれないけど、黙って池端サンの語り口にだまされるほうが、見ていて面白いのかもしれない。

 登場人物がみんな信用できないなんてドラマは、私個人の好みから言って、好きじゃないのだ。 だから結果的に誰が犯人であろうとも、深く考えずに楽しもう、と思う。

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「天地人」 第18回 どうしてこんなダメドラマを、見続けてしまうんだろう?

 アホみたいなドラマなのに、なんかまた見たくなる不思議な魅力を持った 「天地人」。
 2009年5月3日放送の 「義の戦士たち」 では、松本ちえこの 「恋人試験」 の歌詞じゃないが、65点くらいにはなった気はする(笑)。 まあ、わざと間違えてるわけじゃないんだろうが。 なに言ってるの?って、ちえこチャンがそう歌ってたんです(笑)。

 この 「天地人」 の説明不能な吸引力は、なんなんだろう。
 ダメなドラマの典型的なケースを見たくなる、ということなのか? そういうデバガメ根性というのは、悲しいかなちょっとはある。
 でも、少なくとも、見ていてムカムカしてくるようなドラマは、金輪際見てやるもんか、てことになるはずだ。 しかし、これだけムカムカさせられて、また見る気になる、いうのは、なんなんだろう。 理由が分からない。
 今まで主役なんてことがなかった直江兼続のことをやっているからだろうか?

 たしかに、上杉家というのは、戦国時代の 「負け組」 である。
 秀吉の覚えはよかったけど、関ヶ原で家康に負けて、最後は米沢に飛ばされる、というくらいの知識しか私にはないが、その過程を見たい、というのは確かにある。 「負け組」 の話をどう料理するのか、どうやって 「負け組」 の人生に意味を持たせ、肯定しようとするのか。
 たぶん、私はその興味で見続けているのだ。

 また、このダメドラマにもうひとつ興味をそそる点がある。

 このダメドラマに対して、役者がどれだけそれを感じさせない演技をするのか、という点だ。

 それが分かったのは、前回の松方弘樹サンと、鶴見辰吾サンの演技を見た時だった。
 凄い役者というのは、いくらそのドラマがダメであっても、演技力でじゅうぶん見せてしまうのだ。
 今回それを見せてくれたのは、魚津城を死守する覚悟を見せた、吉江宗信を演じた山本圭サンである。
 脚本がダメな場合、役者サンによっては、それなりの、悪く言えば 「見くびった」 ような演技をする人がいる。
 だが、設定がいくらムリムリでも、話がいくらムチャクチャでも、脚本家が言いたいことを二重にも三重にも膨らませて演技できる役者サンこそが、本当の 「大物」 と言っていいだろう。 役者は、視聴者に対して、余計なイチャモンを考えさせるスキを作っては、いけないのだ。

 エラそうな言い方かもしれないが、私はそう思う。

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コーロチャー!ゴローチャンー!ゴルゴチャンー!

 CMを見て、こんなに笑ったのはずいぶん久しぶりです。
 日清カップヌードルの、「コロ・チャー マーチ編」。
 キムタクがランニング・マフラー姿で、男性コーラスと一緒に気合い入れまくりで歌うんです。
 見たい方はこちら→cupnoodle.jp/

 「コーロチャー!ゴローチャンー!ゴルゴチャンー!コーロチャー!」 という歌詞に、ゴローチャンーのときは稲垣吾郎クンのフリップを出し、ゴルゴチャンーのときはゴルゴ13のフリップを出す。 それにいちいち気合いが入っているのがおかしい。
 長いバージョンだと、吾郎チャンのフリップが、最初はカッコつけてるのに、2度目はおちゃらけているっていうのも笑えます。

 なんというか、わざわざ稲垣クンのフリップを持ってくるというのが、SMAPの仲間意識をちょっと感じさせる演出だし、くさなぎクンのあの一件を忘れさせてくれるような内容では、あります。

 それにしても、カップヌードルの肉を、40年近くの伝統を破ってリニューアルする、というのには、相当な賛否両論がわき起こっているのは確かです。
 どうでもいいっちゃどうでもいい話なんですが。
 でも私は、あの肉の味、嫌いじゃなかったですよ。
 とりたててどう、ってほどではないにしろ、ガキの頃からカップヌードルってのは、ちっとも味が変わってないと思うんです。
 それでも確か昔は、フタを開けるとアブラの反射が虹色になっていて、いかにも体に悪そうな感じでしたけどね。 今はそんなことないっスが。
 しかし、食べ慣れてた肉の味が変わるっつーのは、どうも…。

 だけど、そういうネガティブな意見をぶっとばそう、という気合が、キムタクのCMには、みなぎっております。 ホント、笑えます。

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2009年5月 3日 (日)

「チューボーですよ!」 枡田絵理奈アナの実力が分かってきた

 「チューボーですよ!」 2009年5月2日で、新アシスタントになってから、確か4回目の枡田絵理奈アナ。

 これまで3回にわたってお手並み拝見、といったところだったんですが、番組に慣れてきたのか、バレエダンサーでこのほど真矢みきサンの旦那サンになった西島千博サンがゲストだった今回の放送で、そのキャラクターぶりが、ようやく全開になった気がします。
 正直なところ、そのボケっぷりにおいては、前任の小林麻耶チャンより上であるとさえ思う。

 枡田アナは、その初登場第1回目から、小林アナがやっていた長ったらしいゲストのプロフィール紹介をさせられていたんですが、初回こそトチったものの、以降はまったく淀みなし。 堺巨匠が意地悪な合いの手を入れても、それで記憶がすっ飛んじゃうということがない。 すげえな(笑)。

 その枡田アナ、真矢みきサンへのプロポーズの言葉を言いたくなさそうな西島サンに、巨匠から 「(言ってくれるよう)頼め!」 と命令され、ひざ下まで頭が来るような深々としたお辞儀をした途端、巨匠からおしりひっぱたかれて(笑)。
 あーセクハラだーと思ったんですけど、堺サンのアングルから言って、あまりにもひっぱたきたくなるような前屈ぶりだったんでしょう。 ちょっと、堺巨匠がウラヤマシイ(笑)。

 ところが注目すべきは、そのセクハラ行為に対する枡田アナのリアクション。
 おしりを押さえながら、思いっきり笑って、ちっとも気にしている雰囲気なし。 寛大だなあ。 いいなあ。 好きだなあ、こういう人。

 それどころか、西島サンに 「ぜひあとで、個人的にでもいいので(プロポーズの言葉を教えてください)」 とさらに頼む。 すかさず巨匠から 「(個人的じゃ番組的に)意味ないじゃないかー!」 と突っ込まれて(笑)。 いやー、枡田アナ、天然かもしれないですけど、ボケのなんたるかを知っている気がします。
 「もしー、ほかの番組で (プロポーズの言葉を)言ってたらショックだなあ~と思って」「今日言わないんだったら一生言わないでください」、という話のもっていきかたも、さすが。
 なんか、結構できるぞ、この枡田アナ。

 さらに、西島サンの、バレエで飛び上がった時に両足を素早く交差させる技を、見よう見まねでやらされて、やたら面白いステップするし。
 堺巨匠に、「予想通りにやってくれるなぁ~!」 とお褒め(?)のお言葉までもらって。 西島さんからは、「ジャンプ力ありますね」 って。 笑いました。 枡田アナ 「素質ありますか?」 堺巨匠 「…ないよ!」。 これって完全に、ボケとツッコミ。 すごい。

 巨匠がパスタをあおっている時も、彼女ヤケに落ち着いてて、堺巨匠から 「落ち着いてんなあ~」 と突っ込み入れられるし(笑)。 もともと、おっとりしている性格なんでしょうね。

 この今回の桜エビのパスタ、ヤケにうまく出来たらしくて、枡田アナ、「私には星が見えます」 と思わず口走る。 堺巨匠から 「星がどのくらい見えてるんだ?」 と訊かれて、片手で隠しながら巨匠のほうに、たぶん3本の指を立てる。 堺巨匠 「…セリじゃないんだからさぁ~」(笑)。 もうなんか、麻耶チャンのときより、面白いんですけど。

 枡田アナの予想通り、桜エビのパスタは星3つで、巨匠も 「枡田クンになってから星の数が多いね」 とまんざらでもない感じ。
 枡田アナの印象を西島サンに訊くと、「桜貝のような…」 って。 堺巨匠は 「よく分かんねえ…」 って言ってたけど、なんかホント、初々しさがあって、そんな感じがしますよね。

 前任の小林アナと枡田アナは、印象が似てはいるけれど、小林アナがシャキシャキした感じのボケだったのに対して、枡田アナはぬぼーっとした感じのボケかな。 なんだか新たな鉱脈を発見したような気がする、最近の 「チューボーですよ!」、でした。

枡田絵理奈アナに関する当ブログほかの記事

「チューボーですよ!」 2009.4.12 枡田絵理奈アナ、誰かに似てる…
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-6b09.html
「チューボーですよ!」 2009.4.26 気まずい雰囲気… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-2537.html
「チューボーですよ!」 2009.5.3 枡田絵理奈アナの実力が分かってきたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-6d87.html
「チューボーですよ!」 2009.5.24 枡田絵理奈アナ、このコは相当できるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-4ff2.html
「チューボーですよ!」 2009.6.7 枡田絵理奈アナ、堺巨匠を籠絡かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-43ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.14 枡田絵理奈アナ、やらかしちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-0b93.html
「チューボーですよ!」 2009.6.21 ニュートラルな貴乃花親方http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-e5ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.28 優木まおみチャンと小林麻耶アナの接点http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-602e.html
「チューボーですよ!」 2009.8.6 枡田絵理奈アナの、ビックリ特技http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-3076.html
「チューボーですよ!」 2009.9.6 錦戸亮クン、お初にお目にかかりますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-2edd.html
枡田絵理奈アナ、ニュースも読むんだhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-3d96.html
「チューボーですよ!」 2010.8.15 枡田絵理奈アナ、それを言っちゃあ…(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/post-90ec.html
「チューボーですよ!」 2010.9.5 枡田絵理奈アナ、究極の挑発!(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/09/post-3c0d.html

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「恋のから騒ぎ」 Gacktサンって、面白いんですね

 2009年5月2日 「恋のから騒ぎ」 のゲストはGacktサン。

 私がこの人を知っているのは、「風林火山」 での印象的だった上杉謙信役、それから 「仮面ライダーディケイド」 の主題歌歌ってるとか、その程度ですかね。

 歌に関しては、ほかの歌も多少聴いたことはありますが、この人の歌声って、独特のものがありますよね。
 いまどきの歌い手サンって、みんな高い声が出てナンボ、みたいなところがあるじゃないですか。 高音を裏声使わずにどれだけ出せるかの競争やってるような。
 Gacktサンは違いますよね。 私はあの人の歌い方を見ていると、デヴィッド・ボウイとかブライアン・フェリーなんかを思い出しちゃうんですが、低音を印象的に駆使してますよね。

 私がこの人から受けていた印象は、じぶんのカッコよさをかたくなに守ろうとしていて、とってもストイックそうで、とっつきにくそうで、ともかく怖そうな感じだったんですが。
 今回の 「恋から」 に出ていたGacktサンは、私のそのイメージを、見事に裏切ってくれました。
 いや、話している内容の情景を想像してみると、やっぱりとっつきにくそうで怖そうで、という感じなんですが。
 その話しっぷりが、面白いんですよ。
 いや、意外でしたね。
 私は最初、さんまサンが話を振っても、ちっともまともな反応をしてくれないんじゃないかと思ってたんですよ。
 そしたら、さんまサンの問いかけにも、誠実な感じで応えようとするし、しかもそれをつまんない話にしないように持っていこうとしている。 こんな面をもっている人なんだ、と感心しました。

 その話で面白かったのは、これかな。 流行語の話になった時の。
 映画の撮影で3か月半くらいルーマニアに行ってたらしいんですけど、Gacktサンはヘトヘトになってるのに、空港でスタッフに 「お帰りうぃっしゅ!」 と言われ、何のことか分からず 「は?」 と聞き返したらもう一度 「お帰りうぃっしゅ!」 と言うので、「ブッ飛ばすぞコノヤロー!」 という話になったとか(笑)。
 この話、文字にしちゃうとあまり面白さが伝わらないが、コワモテそうなGacktサンがちょっとおどけながらやるのが、なんだか笑えるんです。 ちょうど、「白い春」 でコワモテの阿部寛サンが醸し出す意外性の笑いに、ちょっと性質が似てるというか。

 ラブホテルで、お金がシュシュシュシュッと入っていくのが好きで、っていう話も、おかしかったなあ。 このシュシュシュッ、っていう効果音を、文字通り効果的にやるので、やたらおかしいんですよ。
 「アンタいろんなネタ持ってるね」 と、さんまサンからも感心される始末で。

 それでも、「最近、年を重ねるっていうのと年をとるっていうのは違うんだなあっていうのが少し分かるような気がして」 という名言も何の気なしに言ったりする。 あくまでそのカッコよさが、崩れない、これには参る。
 もう、これじゃ女の子、メロメロになるはずです。

 こういう完璧な男が、気さくにしゃべれそう、っていうのは、…ちょっとルール違反なような気もします…。

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忌野清志郎サン、マジっスか…

 私自身はあまり真面目に聴いたことはないけど、同じビートルズ崇拝者としていつもシンパシーを感じていた清志郎サン。
 ウッソ、マジですか。 悪い冗談って感じ。
 「ジョン・レノン・スーパーライヴ2007」 で元気なところを見たのが、個人的には最後でしたが。
 ド派手な印象とは裏腹に、本人はとってもシャイな人で。 そのギャップが、好きでした。
 58ですか。 まだまだじゃないっスか。 ロックンロールジーチャンになってほしかった。
 あーつまんない。 また日本が、またつまんなくなったぞ。

 ご冥福を、お祈りいたします。 あの世でジョンに会えると、いいっスね。

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2009年5月 2日 (土)

「スマイル」 第3回 テレビの報道って、こんなものなのか?

 食中毒事件が暗い影を落としてゆく、「スマイル」 の第3回。
 でもなんだか、ドラマ全体がつくりものっぽくなってきたような印象を受ける。
 それは、食中毒事件を扱う、ドラマ内でのニュース番組に、リアルさが欠如していることが原因だ。

 まず、弁護士役の中井貴一サンがコメンテーターとして呼ばれるテレビ番組、「ケロンパのルンルンワイド」。 出演はうつみ宮土理サンと林家ペー・パー子サン。
 だいたいスタジオのセットがすでに、どこのケーブルテレビだ?みたいな感じで。

 その食中毒事件に対する出演者のコメントも、いかにもワイドショー然としたステレオタイプの反応で。 いまどきそんな不用意な発言は、いくらなんでもしないだろう、というセリフなのだ。
 いや、こんなことを言っといてなんですが、私自身もワイドショーなんか、まったく見ないので、知らないんですけど。 でも、不用意なことを言っちゃあネットで叩かれている、という現実はよく知ってますんで、たぶん皆さん気をつけてワイドショーでは発言していらっしゃるんだろうな、と。

 また、中井サンとか小池サンとか、番組内で固まっちゃってたけど、アレはすでに放送事故レベルの誇張の仕方で、ドラマを見ている側としては、いくらそれがこちらを笑わすための演出だったとしても、それだけでもう、ああワザトラシイ、と思ってしまうのだ。

 それから、食中毒事件を報道する現場の映像。
 たかだか食中毒くらいで、ここまで大げさに報道するかフツー?とか思ってしまう。 しかも報道だけでなく、現場自体も、やけに大騒ぎしてるし。
 それが毒物による殺人未遂事件の可能性がある、とかいうのならここまでシッチャカメッチャカになるかもしれないが、それだけでもなおまだ、こんな報道が大騒ぎするニュースソースとは思えない。 この前の、毒入りカレー事件の林眞須美容疑者(あ、死刑囚ですか)のような、インパクトのある人物でも事件に絡まなければ、ここまで大騒ぎしないはずだ。
 もしかすると、その毒入りカレー事件との兼ね合いで、ドラマ制作者がひよってしまったのかもしれないが。

 話は変わるが、このドラマの3回目で気に入らなかったのは、ヤケに新垣結衣チャンをロングショットでばかり撮っていた点だ(笑)。
 しかも、結衣チャン、このあと不幸になるらしいし。
 気に入らないぞ! ほかのすべては許せても、あんなに笑顔が素敵な結衣チャンを、不幸にするなんて。 それが世の中ってもんなんだ、なんてドラマは、世間が許しても、ワシが許さん!(笑)

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「A-Studio」 まずはこの題名からなんとかしたら

 TBSテレビの新番組 「A-Studio」 を見た。
 笑福亭鶴瓶サンとゲストのトーク番組である。 マチャミとかが長いことやってた 「恋するハニカミ!」 の後番組だ。
 内容は金曜日の夜11時という放送時間によくフィットしていて、なかなかよく出来た作りの番組である。

 ただ、この 「A-Studio」 という題名がいただけない。

 おそらく作り手は、NHKBSなんかでよくやっているアメリカのアクターズ・スタジオ・インタビューを念頭に置きながら題名を考えたのだろうが、これじゃテレビ欄を見ても、何をやってるのかさっぱりつかめない。

 私にとって、「きらきらアフロ」 がまさしくそれだった。
 この番組、テレビ東京では深夜のスポーツ枠と抱き合わせみたいな状態でやっているため、私はこの面白い番組の存在を、しばらく知らなかったのだった。 なにしろ、「きらきらアフロ」 なんて、題名見ただけじゃ何やってるのか分からない。

 この番組もそれと同じ。 なんか4月のアタマからやってたらしいのだが、私が知ったのは、ひと月もたった昨日(5月1日)だった。 たぶん 「スマイル」 がらみの番組CMで知ったと思うが。

 それで、昨日のゲストが、その 「スマイル」 に出演している中井貴一サン。
 番組冒頭で、鶴瓶サンとアシスタントの女の子が出てきたのだが、それにまずびっくり。 このアシスタントの女の子、台にでも乗っかってるのか?
 えっ? いや、違う、……
 でけえんだ、このコ!
 ネットで調べたら、なーんと、180センチ!
 しかも、エライ高いハイヒール履いてるし。 ということは、自分の背の高いのを、さらに強調したいんだろうな。
 小泉深雪チャンという、トップモデルらしい。
 そのアシスタントぶりは、1回見ただけでは分からないが、ソツなくこなしている感じはするんだけど。 デカ過ぎ(笑)。 ヒールはやめなさい(笑)。

 中井貴一サンは、確か東京出身だったと思ったが、鶴瓶サンと話している時は大阪弁を結構使っていた。 相手に合わせてるような、心配りといったところか。
 バラエティでは初めて見たんだが、中井サンってすごいオープンなキャラクターだった。 日中合作映画の共同プロデューサーだった中国人の、なんていったかオバサンに、結構キツイ物言いをして恐れられたとか、バイタリティあふれる人なんだなあ、というのは伝わってきた。

 それが番組の終わりの方で、なんか意外な方向に展開する。

 鶴瓶サンがセットにひとり残って、ゲストについてモノローグをする、という構成だったのだが、中井サンのあけすけなものの言いように、どうしてこんなに横柄な物言いをするのか、「長い付き合いなもんで」 と、説明をしていた。

 そこで、ちょっと鶴瓶サンが涙ぐみだして。

 なんでも、鶴瓶サンと中井サンは、相米慎二監督とプロデューサーの安田匡裕サンと 「アホの会」 という酒飲み仲間の会を作っていたらしいのだが、相米監督もずいぶん前に亡くなり、安田サンという方も今年の3月に亡くなったらしい。
 その安田サンが密葬で送られるということを知って、鶴瓶サンと中井サンは、亡骸を見なければ納得できない、ということで、たがいに連絡を取り合い、無理を通して駆けつけた、とのこと。 舞台のソデでその鶴瓶サンの話を聞いていた中井サンも、なんか感無量、といった面持ちで。

 話している途中で何度か声がうわずり、亡くなった安田サンに向かって自分と中井サンのことを見守っていてください、という話で締めくくった鶴瓶サンだったが、いろいろ笑った後でこういう話を聞かされて、ずいぶん中身の濃い30分だったような気がした。

 内容があまりにもいいだけに、やはり番組タイトル名の分かんなさ加減が気になる。 ここにも、最近のTBSのずれ加減が、見える気がするのだが。 いい番組っスよ、これ! 番組名で食わず嫌いをされるなんて、マータイさんじゃないけど、モッタイナイ!

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「世界ふしぎ発見!」 日立の名前が消えた

 「ふしぎ発見」「ビートルズ」で検索して来られた方へ

1991年10月26日放送分 「ふしぎ発見!」 ビートルズの回の記事はこちら↓

http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/20-441e.html

2009年10月17日放送分 「ふしぎ発見!」 ビートルズの回の記事はこちら↓
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/20-b498.html

 お手数をかけますが、よろしくお願いします。



 4月25日放送分(2009年)の 「世界ふしぎ発見!」 録画したやつを見ていて、なんか冒頭から変なことに気付いた。

 たぶん竹内海南江チャンがいつもやっていると思われる、「Inspire the Next」 の提供コールがない。
 草野サンのタイトルコールも、「日立」 っつーのが抜けている感じがする。 いつも言ってなかったっけなあ?

 コマーシャルになってようやく、ガッテンした。
 日立サンが、提供してないのだ。
 いきなりさんまサンが出てきて、「からくりテレビ」 のCMかと思ったら、「EXILE HOUSE」 っていう番組の宣伝だったり、山田邦子サンが乳がんの検診を勧めるAC公共広告機構のCMだったり。

 そういや新聞に、冷蔵庫の不当表示で、公正取引委員会から排除命令を受けたとかで、でっかいお詫びの広告が載っていたな。 それでか?
 しかし、提供をお休みするようなことかな、とも思ったが。 確かに冷蔵庫のCMは流せないだろうけど。

 それでどんな排除命令だったのか、あらためて詳しく読んでみたが、省エネを謳った冷蔵庫が、実際は表示した通りのCO2の削減には程遠い結果だったということで。 あげくにその冷蔵庫が 「省エネ大賞」 を受賞していたとか。 当然それは今回返上したそうだが。
 その経過を読んでみると、まあそれは、提供をお休みしても仕方ないかな、と。

 それにしても私が気になったのは、その代替のCMの時間が、やけに短かったことだ。

 確かこの番組では、日立サンのCMが、2分、2分、1分半と、計5分半くらい入るはずである。
 それが、確か1分のCMで3回、つまり3分くらいしか4月25日の放送では流れていないのだ。
 残りの2分半は、どこに行っちゃったのだ?
 要するに、この冷蔵庫の問題が表面化するよりずっと前から、このいつもより2分半放送時間の長い 「ふしぎ発見」 のバージョンが出来ていた、ってことではないのか?

 しかも、どうして日立の提供じゃないのかとか、大事なことの事情説明が、まったくなし。 冷蔵庫のことだろうと予想はできるが、ホントにそれで自粛したのかすら、分からない。 なんだかなあ。(後記:「ふしぎ発見」 2009年5月2日放送分で、「日立からのお詫びです。」 という、ナショナルやパロマの時と同じ作りの謝罪CMが都合3回、流れました)(追記:2009年5月16日放送分から提供復帰しました)いずれにせよ、私自身、いつも 「ふしぎ発見」 のCMはぶっとばして見ているくせして、いざそれがなくなった途端、なんか 「ふしぎ発見」 じゃないみたいだ、みたいに感じてしまったのだった。 勝手なもんである(笑)。

 しかし、ACってのは、なにか問題が起こるとかりだされますなあ。

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2009年5月 1日 (金)

「カウントダウン・ザ・ビートルズ」 メルマガ来ましたよ!

 来たる9月9日(2009年)に、全オリジナル・アルバム・リマスター盤発売を決定したビートルズ。
 発売記念イベントとして、アルバム14組と楽曲213曲の両方で、みんなの選ぶ1枚&1曲を大募集します、という内容のメルマガが来ましたよ!

 詳しくはこちら→ www.emimusic.jp/beatles/

 いやいや、メルマガに登録しても、半年にいっぺんとかいう超スローペースでしか来なかったのに、リマスター発売で前回来てからひと月もたたんうちにまた来るとは、EMIも久々にやる気出しとんな、とゆー感じであります。

 それにしても、やはり1枚2600円というコストパフォーマンスに、非難ごうごうという感じなんですが。
 私は前回リマスター発表の際の記事で、ビートルズのCDを買うためそれくらい努力しろとかエレー説教臭いことを書いちゃいました。 しかしまあ、この不況下ではなかなか、収入を増やすなんてのは至難の業であることは確かなようで。
 私もなんとかこずかい稼ぎをしようという動機でもって、このブログにアフィリエイトを貼っつけ始めたんですが、今んところ始めたばかりだからか、反応もないしよく分からない。 難しいもんですよね。 よかったら、私リマスターの記事めいっぱい書きますんで、アフィリエイトに、ご協力ください…。

 今回のこのアンケートでそそるのは、9月9日の発売日に行われるイベントに抽選で参加できる、っつーことですかね。 しかし平日なんだよなー。 もし当たっても、行けんのかなー。 なんで9月9日のゾロ目なんだ?という声も聞きますが、そりゃアナタ、ジョンのラッキーナンバーだからでしょう。
 あとオリジナルグッズが当たるとか。 でもグッズは10名とか書いてあるので、これは期待しないことにして。

 ビートルズのアルバムと全楽曲からひとつ、なんてのは、こういうアンケートがあるたびに思うけど、とても不可能なので、その日の気分で選ばせていただきます。
 でもこのー、その日の気分っつっても、毎日ころっころ変わるわけじゃあ、ホントはないんですけどね。

 ちなみに、ここんところ、私がよく弾き語りするビートルズは、「今日の誓い」 です。

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「報道ステーション」 殉教者のように見える古舘サン

 あまりというかほとんど見ない番組についてあれこれ言うのはフェアではないが。

 ごくほんのたまにチャンネルを合わせるテレ朝の 「報道ステーション」。 やはりちょっと見ただけで、「もういいや」 となってしまう。
 なぜかと言えば、古舘サンが、暗すぎるのだ。

 私の世代にとっては、古舘サンと言えば、新日本プロレスの実況アナである。
 古舘サンの実況は、リングに上がるプロレスラーたちを、何倍にも魅力的な存在にしてくれていた。
 特にアントニオ猪木と長州力、タイガーマスク。
 プロレスという、なんだかちょっとインチキくさいものを感じる媒体を、男と男の真剣勝負の場に昇華させる、有無を言わせぬ熱気が、古舘サンの実況にはあった。
 その実況自体がどことなく芝居がかっていて、それがプロレスの持つ興業性というベクトルと、方向を同じくしていたことも、功を奏していたのだろう。

 当時から古舘サンの実況は、そのインパクトの強さからいろんな人にマネされたが、じっさいのプロレス中継を見ていた私などにとっては、確かに面白かったけど、見ている時は、やっぱり、古舘サンの実況で試合にのめり込めた。
 それは、古舘サンの実況に、本気なものを感じていたからだ。
 とてもまじめな姿勢を、そこに感じていたからだ。

 プロレスを離れてフリーになった古舘サンには、まじめではあるけれど、やはりこの、プロレスのイメージに通じる、何となくB級なトークに徹している印象が、常にあった。

 だが、それがよかったのだ。

 日テレの 「おしゃれ」 番組は、古舘サンがいちばん自分の特徴を生かせる番組だと、私はずっと思っていた。 それは、ある程度自分がゲストより出しゃばる、というスタンスが、古舘サンにとってはいちばんやりやすそうに見えたからだ。
 それはけっして、一流の司会者のすることではない。
 だが、古舘サンはあえて、二流での一等賞を目指していたようなところあった。

 「ニュースステーション」 の終了は、そんな古舘サンの人生を変えた。
 古舘サンはほぼすべての番組を降板し、「Nステ」 の後番組、「報道ステーション」 に全力を注ぐことを選んだ。

 私は 「報ステ」 を見ていて、古舘サンのまじめな面が悪く作用しているように思えてならない。 まじめな人が報道をやると実につまらなくなる、という典型を、古舘サンは歩んでいるのではなかろうか。
 そのまじめさが受け入れられるのは、NHKのニュースだけだ。
 私は 「報ステ」 の古舘サンを見ていて、ちっとも彼のキャラクターが生きていない、とどうしても思ってしまうのだ。 この点、小林麻耶チャンにも、同じことを感じるのだが。

 そして、古舘サンは自分のことを、「Nステ」 の久米サンの代わりだみたいな、どことなくじぶんの居場所が分からなくておっかなびっくりやっているような、思い悩んでいるようなところも感じる。 まるで殉教者のような悲壮さである。

 自分を生かしきれない職場、というのは、確かに世の中、ちっとも珍しくない。
 だが、ことテレビの世界に限っては、その人のいちばん生き生きと出来る場所にその人を置くことが、もっとも重要なことではないのかな、と私は思ったりもする。
 だけど、はたから見ていてちっともその場所に合っていないように見えても、当の本人は報道をやりたがってるとか、
 …アレ、また小林麻耶チャンの話になってしまいましたね。

 まあ、自分のやりたいことと、自分に合っていることは、齟齬を起こしやすいもんです。

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