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2009年5月21日 (木)

「週刊手塚治虫」 宮崎駿氏の確執を考える

( 太字部分追記です。 一部変更しました

 NHKBSで毎週、でもないけどやっている、「週刊手塚治虫」。

 まるでグラビアアイドル写真集みたいなネーミングだが、やってることはいたってマジメ。
 司会は石澤典夫アナと、渡辺謙サンの娘でファッションモデルの杏サン。 杏サンは、家に手塚治虫氏のマンガが大量に置いてあったらしく、かなり手塚マンガに精通している。

 1時間番組のうち半分は手塚アニメの再放送みたいな感じで、いつもそっちは飛ばして見ている。 なんか、かったるくて。

 その番組が先日、新聞のテレビ欄で、「宮崎氏、手塚マンガを語る」 みたいな内容が載っていたため、ゲッもしかして宮崎駿氏が手塚マンガを語るのかっ!と思って見てみたら、なんのことはない、評論家の宮崎哲弥氏だった。 こういう騙しは、断固やめてもらいたい、NHK殿!

 考えてみれば、手塚治虫氏とたもとを別った宮崎駿氏が、いまさら手塚氏を語るなんて、あんまりあり得ない話だった。
 ( 追記:でも最近、読売新聞で語っていたらしいです。 ジョナサン様、ご指摘ありがとうございます )

 私の記憶が正しければ、宮崎駿氏は、手塚治虫氏が悲劇をことさら強調するために登場人物 ( 特に人だけとは限らないが ) を簡単に殺してしまうことに嫌悪感を持ち、手塚氏のもとを去った、という過去を持っている。 ( 追記:ジョナサン様ご指摘の読売新聞の記事によると、宮崎駿氏「手塚さんがヒューマニズムだけで商売していたからです。自分が成功するにはヒューマニズムを売り物にしなければ、というニヒリズムが手塚さんにはあったと思います」 ということらしい。 私の認識不足です )

 くしくも駿じゃなかった宮崎サンが出演したこの回の 「週刊手塚治虫」 では、「ころすけの橋」 という、やはりニホンカモシカが殺されることで悲劇を表現している作品が俎上に上がっていた。
 私はその作品が紹介されるのを見ながら、宮崎駿氏の、さっき書いたようなことを考えていたのだが、カモシカが無残に殺される経過を見ていて、手塚氏は 「こうすりゃ悲劇のいっちょあがりだ」 みたいな、簡単な動機で生き物を殺しているのではない、と、漠然とそんな気がした。

 たしかに、なにも登場人物を殺さなくとも、人間の身勝手さは表現できるだろう。
 だが、手塚サンの表現したかったことは、ご都合主義の簡単な悲劇の製造方法ではなかったのではないか。

 人間の身勝手さを読み手に訴えるためには、なにものかが死ななければならないのだ。 おそらく手塚サンは、人間の身勝手さというものに対して、そこまで自分が嫌悪感をむき出しにしていることを、読者に訴えたかったのだ。 殺されてはならないものが殺されることで、手塚サンは、身勝手なものに対する、みずからのとてつもない怒りを表明したかったのだ。

 まあ、これは私の勝手な感想だが、手塚マンガの悲劇性がそんなに安易で薄っぺらいものであれば、未だに万人を感動させるなんて芸当は、できないはずだ、と私は思ったのだった。

 確かに宮崎駿氏が読売新聞で指摘したように、それは手塚氏のニヒリズムなのかもしれない。 また、その批判対象は、「アトム」 のアニメとかに限定された話かもしれない。 だがそれは、宮崎氏が、手塚氏を、永遠に乗り越えるべき存在として意識しつづけている証しなのではないだろうか。

 と同時に、宮崎氏は、自らも虚構の物語の語り部として、「ひとつの物語を語る必然性」 というものと、絶えず戦っているのではなかろうか。
 宮崎駿氏は、日本のクリエイターの中でも突出して、出来上がった作品に対する 「必然性」 の議論にさらされていると、私は考えている。 これは、手塚氏の生きた時代の牧歌的な論陣とは、比べ物にならない。

 宮崎氏と手塚氏の間にどのような意見の食い違いがあったのかは、私も伝え聞くところしか認識できなかったが、そうしたぶつかり合いが、より高度な創作のパワーの原動力になることだけは間違いがない。 私はそう思う。

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コメント

投稿: ジョナサン | 2009年5月24日 (日) 22時10分

ジョナサン様
私の記事の間違いを指摘して下さり、誠にありがとうございます。 宮崎駿氏、つい最近、手塚氏についてコメントされていたんですね。 そのことを踏まえながら、この記事の内容を一部変更させていただきます。 ただ、ちょっと舌足らずではありますが、主要部分はそのまま残したいと思いますので、もしまた違うという点があれば、どんどんご指摘いただきたいと思います。

投稿: リウ | 2009年5月25日 (月) 01時24分

突然のコメントにお返事頂きありがとうございました。
先日も、関西で手塚さんの娘さんも参加されていたディスカッションがあり、司会者が宮崎さんとの対談で宮崎さんが、「昭和20年代の漫画家で最も影響を受けたのは実は手塚さんなんだよ」と延々と語っておられたそうです。
好きだからこそ、敢えて憎まれ役を演じてもまで手塚さんを超えたいという思いの表れなんだろうなと私は思いました。
手塚さんの娘さんも、「宮崎さんは亡き父に似ている」とおっしゃってました(笑)

投稿: ジョナサン | 2009年5月27日 (水) 21時26分

ジョナサン様
 わざわざ返信いただき、恐縮です。
 今回の記事では、私もいい加減なことが書けないなあ、と初心に立ち返るきっかけをいただきました。とてもありがたかったです。
 この場を借りて、あらためてお礼申し上げます。

 手塚氏と宮崎氏ですが、そもそも、週一回のテレビアニメ(アトム)を作る目的で手塚氏がとった、描く枚数を減らす、という方法自体が、宮崎氏のめざすアニメとは相いれなかった気がします。
 手塚氏の創作態度は、常に万人に分かりやすい方向に終始している、と私は思っています。 そのために、誰かが死ぬことは、非常に分かりやすい、悲劇の演出方法なんだと思います。
 宮崎氏の頭は、もっと複雑みたいですね。
 だから、手塚氏のやり方に、そんな単純じゃだめでしょ、と反応するしかなくなる。
 もうちょっと、この件についてはちゃんとしたものが書きたいんですが。
 つまり、とっても複雑で微妙な関係なんですよね、このおふたりは。 お互いを高める、みたいなことを本文では書き加えましたが、もっとそれ以上に論ずるべき何かが残されている気がします。

投稿: リウ | 2009年5月27日 (水) 22時41分

面白い記事を見つけましたので是非読んで下さい。

五大監督かく語りき……「私が手塚治虫から学んだこと」

http://ascii.jp/elem/000/000/166/166784/index-5.html

投稿: Jonathan | 2009年6月13日 (土) 08時54分

Jonathan様
興味深い記事をご紹介くださり、ありがとうございます。
富野由悠季サンの手塚氏に対する解釈の仕方も、尊敬と失望が混じったような感覚で、面白かったです。
商業主義とアニメ・コミックの関係は、作家の意思と乖離するジレンマを、いつも抱えていますよね。
作家が本当にやりたいことをやろうとすると、ほかの人から見るとそれがまるで面白くない。
それで生活する必要のないくらい、作家が金持ちだったら、いくらでも自分本位の作品を作れるんですけど。
手塚氏は実験的なアニメーションもいくつか作っていますが、それで私が、ホントに面白いな、と思ったのは、「ジャンピング」くらいかな。
だけど、アニメーション。
アレは、道楽で、単独でやるのは、ちょっと無理ですよね。
何千何万枚もの絵を描かなきゃいけないんですから。

投稿: リウ | 2009年6月13日 (土) 09時52分

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