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2009年5月29日 (金)

「ゴーストフレンズ」 第8回 加速していく切なさ

 鰐淵晴子サンから、ミソラチャンを連れ戻すことができなければ、自分の肉体も魂も同時に失ってしまう、と聞かされたカイトクン。
 その場所にいてその話を聞いたはずのミソラチャン、「戻ってあげようか?」 なんて、ものすごーく残酷なセリフ。
 ミソラチャン、カイトクンが消えてもいいの?
 いっくらなんでも、魂まで消えてなくなっちゃうのを知った上で挑発的なことを言うのは、どうかと思う。 ミソラチャン、カイトクンに対してよほど腹にすえかねていることがあるんだろうか。

 このドラマ、そもそも死んでいるのに自分の肉体を使える、というカイトクンの設定からしてちょっとあり得なさそうな話ではある。
 だが、だからこそ、肉体も魂も同時に消えてなくなっちゃう、という話も、個人的にはさほど違和感なくすんなり入ってくる。
 そしてその設定が、福田沙紀チャンの心にも、大きな影を落としていくことになるのを、私個人としては、とっても切ない気持ちで見守っている。

 カイトクンは、残酷な仕打ちを続けるミソラチャンに対して、「もう好きにしていいよ」 と見限り、沙紀チャンへの思いに、殉じてしまおうとしているのだ。
 沙紀チャンの気持ちとしては、せっかく両想いになったのだから、このままカイトクンと楽しく笑って付き合っていきたいだろう。 だけど、いつかはその時に終わりが来るのは、目に見えて分かっているのだ。

 これは、形を変えた、難病モノである。
 けれど、難病モノだったら、残された者には、死んだあとも見守っていてくれ、という、一種のなぐさめもある。
 だけど、カイトクンの場合、肉体も魂も、消えてなくなっちゃうのだ。
 沙紀チャンのするべき最善の方法は、自分のカイトクンに対する思いを断ち切って、カイトクンを、ちゃんと死後も、魂だけでも残してあげることだけだろう。
 これって、悲しすぎる。

 このドラマは、毎回いろんなゲストのゴーストが現れては天国に旅立っていくが、その誰もが、誰かを本当に愛することとはどういうことなのか、理解すると同時に、旅立っていく。

 相手を愛する、ということは、相手のことを本当に思いやってあげることだ、ということを、このドラマでは繰り返し説いている。

 しかし、だからこそ、沙紀チャンとカイトクンの行く先は、切なさに包まれている。
 侮れないドラマである。

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