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2009年6月

2009年6月29日 (月)

「天地人」 第26回 いっそのこと第1回からやりなおしたら?

 神山繁サン演じる千利休の、「石田三成は愛するものを壊してしまう」 という言葉を気にして、小栗三成に会う、妻夫木クン。

 「人を疑うよりも、まず信じなければ」 という妻夫木クンのアドバイス、小栗クンはいちおう聞いときます、程度のものだったが。

 歴史を知っている者にはちょっとそれが鼻につくのだろうが、ドラマとしてとらえた場合、この回の妻夫木クンと小栗旬クンのやり取りは、後々結構重要になってくる、といったところだろう。
 かくまっていた、長澤まさみチャンと会うかどうか、小栗クンは妻夫木クンに訊くのだが、妻夫木クンは、逡巡したあげく、会わずに帰る。 ふすま越しに、このやり取りを聞いていたまさみチャン、「どこに行こうと構わぬぞ」 という旬クンに、「ここにいてもいいですか」 と懇願する。
 ここらへん、現代ドラマとしてとらえると結構よくできたシーンである。

 そのすぐ後、松方家康サンが上洛して笹野秀吉サンと虚々実々のやりとりを行なうところも、今まで何度もいろんなドラマで見てきたシーンだったが、なかなかよかった気がする。 今回はそれに、妻夫木クンからアドバイスを受けたばかりの小栗三成クンが絡んで、すっかり妻夫木クンの警告が吹っ飛んじゃっているところまで見せるあたりは、なかなかうまい構成だった。

 それにしても。

 「関白を叱る」 という、看板に偽りありの内容だった。
 だいたい、叱ってたの富司純子サンだし。
 サブタイトルが大ウソって、「ぼくの妹」 だけかと思っていたら。
 「ぼくの妹」 のサブタイトルは、ひどかった。 最終回まで大ウソだったから。

 「ぼくの妹」 は置いといて、今回は、「天地人」 第1回目の冒頭にリンクさせるところまで、話が進行したのだが。

 黄金を積んで、「わしの家来になれ」 と迫る笹野高史サンに、きっぱりと断りの返事をする妻夫木クンの、あのシーンだ。
 第1回目の冒頭から、このシーンをぶつけていた、ということは、相当この場面は、このドラマ全体のキモ、と作り手は考えていたのではないだろうか。 だが。

 前回25回目で、何かあったら自分の首を差し出すとまでタンカを切っていた妻夫木クンや、この会見の後、遺言状まで残していたことが判明した北村一輝サンの覚悟。

 ところが。

 残念ながら、会見のあいだじゅう、その緊張感は、まったく見る側に伝わってこなかった。 いま述べた、妻夫木クンや北村サンの覚悟を、その会見の前後に挿入しても、肝心の会見のやりとりがあまりにもあっけないのが、拍子抜けするのだ。

 そのあっけなさの原因は、第1回目のシーンを、そのまま転用している不自然さにある。

 そもそも、第1回目の時点での秀吉、景勝、兼続の役作りと、26回目までこぎつけた時点での秀吉、景勝、兼続の役作りには、どうやっても取り繕うことのできない、ズレというものが、生じてしまっている。

 だから、第26回目用の映像として撮られた、秀吉の黄金の茶室での、この3人が、第1回目冒頭の野外でのシーンにリンクした瞬間、とても違和感があるのだ。

 どこがヘンか、というと、急に、まっさらな状態から演じてしまっているように見えてしまう点だ。 積み重ねたものが、感じられないのだ。 第1回目の映像なんだから当たり前だが。

 こういうお手軽な方法でお茶を濁すよりも、改めてこのシーンを、第1回目とまったく同じように、作りなおしたほうが、ずっとスッキリする。 いや、もうこのドラマ、第1回目から全部、作りなおしたら?って気にも、なってくる。 ちょっとキツイかな、この言いかた。

 しかも、この回のタイトルどおりであれば、兼続が秀吉を叱る、というのは、ここをおいてほかにない。 見る側はそれを期待して見ているのに、作り手は、それを見事に裏切ってくれた。

 でも、ここからが今までの 「天地人」 とは違った。
 景勝たちが帰国の途につく時、秀吉は 「そのほうらのような無礼者は、初めてじゃ!…だが、なぜだか、なぜだか楽しかったわい」 と、ヘンなほめ方をする。
 さらにわざわざ自分の家来たちの前で、景勝たちの主従関係をうらやましがるのは、メロメロだった今回のテーマを修復するためのシーンだった、と言っていい。 秀吉がわざとそうしている、という見方をすると、このシーンは、侮れないのだ。
 そして、この記事冒頭でほめた、小栗旬クン、松方弘樹サンなどのシーンに続く。
 だから見終わると、あの不自然なシーンが、あまり気にならなくなっている。

 このドラマで、これまでこういう、ダメな部分をフォローしようという意気込みを、あまり見たことがなかった。
 今後は、ちょっとだけ、期待できるのかな?

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「ぼくの妹」 最終回 最初からこういう話でよかったんだけどな

 千原ジュニアサンとの仲をオダギリクンに引き裂かれたことで、「縁を切る!」 とか言っといて、すぐまた仲直り。 そのショックも癒えないうちに、「この人と結婚しまーす」 って、…長澤まさみチャン、その男はよしたほうがいい! なんたって、「白い春」 の最終回にもいきなり出てきて、阿部寛サンを殺っちまった男だぞ!

 まさみチャンが結婚するって言いだした相手は、波岡一喜サン。
 朝ドラの最高傑作、「ちりとてちん」 で、土佐屋尊健をやってた男だ。 ってもわからんか(笑)。
 それにしても、このごろアッチコッチの最終回をひっかきまわすなぁ、尊健クン。 最終回要員か?(笑) 今度は、結局マザコンで、まさみチャンにフラれちゃったけど。

 振り返ってこのドラマを俯瞰してみると、なんだったんだアレ、みたいなところがいっぱいあった。

 どうもこのドラマ、サスペンス仕立てにしようとして失敗した、というところが見えて仕方ない。 結局オダギリクンとまさみチャン以外の登場人物が、最終的には、いてもいなくても一緒だった、というのが、見ている側の徒労感を倍加させるのだ。
 前回の記事と重複するが、ともさかりえチャンも殺される必要はなかった。 だけどそう考え出すと、千原ジュニアサンも、大滝秀治サンも、弁護士役の田中哲司サンも、だれーもみんな要らなかった気がしてくる。 つまり、初回の衝撃を、ドラマとしてじゅうぶんに生かしきれなかった、ということなのだ。

 初回から自殺事件があったことで、なんだかとても殺伐として、妹が犯人なのか?みたいなこともあった。 一時は大滝サンも、ともさかりえチャンとまさみチャンが会っているところをケータイで写真に撮っていたとか、そんなことをするなんて怪しい、と思ったりもした。 転落死の真相がなかなか見えてこないので、ひょっとするとこのドラマの解説役も務めている、オダギリクンの独白自体がウソで、犯人は主人公のオダギリクン自身なのでは?などと考えたこともあった。 それだけこの物語の前半は、サスペンスドラマ仕立てだったのだ。

 クランクアップも、番組HPによれば、放送の3日前だったそうだ。
 これって、なんか韓国ドラマ並みの切羽詰まりよう。
 こないだじゃん、って感じ。
 脚本が迷走していたのかな、という下らぬ詮索もしたくなる。

 なのに、最終回の話の流れは、ホンワカしていていかにも昔の日曜劇場みたいで、とても気持ちのいい終わりかただった。
 こんなことなら、最初っからこの流れでこのドラマを見たかった、そう思う。
 西山亜希チャンの看護師サンを、もっと序盤からめいっぱい出して。 理事長の娘と亜希チャンのバトルを前面に出して。 そういう話のほうが、面白そうだけど。

 いっぽうで、オダギリクンとまさみチャンの兄妹関係、というのは、とてもよく表現されていた。 特にこの最終回、ウェディングドレスを着たまさみチャンとオダギリクンのシーンは、このドラマで本当に作り手が伝えたかったことって、もしかしてここだけだった?みたいな、そんな、最高の兄妹のやりとりだった。

 兄妹だからこそ、あけすけにモノが言えるし、兄妹だからこそ、きちんとした返事をするのが面倒な時があったりする。 さらに年が近かったりすると、お互いに気恥ずかしさがあったり、どこかライバルのように張りあったりする気持ちがある。
 このシーンでは、そんな意地を張っていた兄妹どうしが、お互いを認め合って、じいさんばあさんになってもよろしくお願いします、とうような、とてもすがすがしい会話が、交わされるのである。

 このドラマ全体が、ここのシーンにつながるような、そんな流れだったら、よかったのに。

 それにしても、最終回、もうちょっと、看護師の西山亜希チャンのはっちゃけぶりが見たかったなあ!

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2009年6月28日 (日)

「チューボーですよ!」 優木まおみチャンと小林麻耶アナの接点

 どうでもいい内容ですが、ダラダラ長く書いちゃいました。 スイマセン。

 2009年6月27日 「チューボーですよ!」 ゲストは優木まおみチャン。 メニューはシューマイ。

 佐賀市のど真ん中で、ご実家が大衆食堂系統の中華料理屋サンをやってるそうです。 それでご自分も料理を作ってふるまったりするらしいんですが、「何を作るの?」 との堺巨匠の問いには、「クリームシチューとか」 …って、中華じゃないじゃん!(笑)

 私この人を、ちゃんとテレビで拝見したのは初めてなんですが、「まおみ」 っていう名前がなんとなく印象的ですよね。 堺巨匠も早速このことに触れて。
 堺巨匠 「『まおみ』 ってずいぶん変わった名前だよね」
 枡田絵理奈アナ 「本名なんですか?」
 まおみチャン 「お父さんが大地真央サンのファンだったんで、それに、「真央」 に美しいっていう字をつけて 『真央美』って」
 枡田アナ 「大地真央サンより美しい娘に、っていうことですか!」
 まおみチャン 「図々しい名前なんですよ…すみません(笑)」
 堺巨匠 「(枡田アナに)なんか、その驚きはなんなの?(笑)」
 枡田アナ 「だって、お父さん、大地真央サンもすごく美しいかたなのに、それー…」
 堺巨匠 「…『それを上回るワケがないだろ』って(こと?)」(笑)

 美しさを保つ秘訣を訊かれて、「できるだけ運動するとか…あと、やっぱ自分の体を、見ることじゃないですかね、直視する、というか」
 堺巨匠 「それはあの、鏡の前で?」
 まおみチャン 「ハダカでー、鏡の前でー、『ここのお肉ついてきた』って、見るとー、気をつけようと思うんですよ」
 堺巨匠、目を細めて、「はあー……、いやいや、ちょっとまあ想像してただけ」。 笑いました。

 この優木まおみチャン、もともとアナウンサー志望だったらしく、このTBSのアナウンサー試験も受けて、15人まで残ったとのこと。 それって最終ですかね。 なにしろ残り15人、っていうのはすごいですよね。 一緒に受けていた人に、小林麻耶チャンが、いたらしいんです。
 堺巨匠 「へえー…じゃ、もしも入れば同期生」
 まおみチャン 「同期だったんです」
 堺巨匠 「じゃ枡田クンの先輩だな」
 枡田アナ 「先輩だったかもしれないですねー」
 いや、それにしても、TBSも、見る目ないですな。 結構この人才女らしいし、もし同期で入社したらと思うと、この顔だったら、小林アナがかすんでしまったかもしれない。 今頃、「THE NEWS」 のキャスターを、やってたかも、です。 個人的には、まおみキャスターのほうが、見てみたい気も。

 そのあと歌を出してみようということになったんですが、泣かず飛ばずだったそうで。 店先の植え込みの前で歌ったりとか、結構苦労したんですね。 お客を集めるために、一青窈サンのマネをしたとか。 堺巨匠 「それサギじゃん」(笑)。
 巨匠 「(マネ)すると一青窈じゃないかって」
 まおみチャン 「ちょっとちょっとって、また人だかりが人だかりを呼んで」
 巨匠 「『一青窈だ一青窈だ』って、『あ、人違いだ』って」(笑)
 でも、やはり誰しも最初から、順風満帆ってわけには、いかないんですよね。 苦労したとか聞くと、私も簡単に、共感してしまうんですけど。

 自分の世界を持っていて、突っ走ってくれるくらいの、「オレについて来いタイプ」 の男性が好みらしいです。 どーでもいいか。 枡田アナと、「好きになると、相手に合わせてしまう」 って、共感しあってましたけど。
 堺巨匠 「努力してるんだー、捨てられないように」
 まおみチャン 「捨てられたくないですー、今度出会ったら絶対捨てられないようにしたいですもうー」
 枡田アナ 「なんか過去に何かあったんですか?」
 堺巨匠 「銀座の母じゃないんだからさあ」(笑)
 好きになると、「わりとハンタータイプで」、相手の気持ちを探るメールを入れたりとか。 これまたどーでもいいか。 なんか、下世話な記事になってきたぞ。
 堺巨匠、ハートとか入れたメールは 「オレのこと好きに決まってる!」 とか、男からのメールにハート入れたヤツが来るとか、いやいや、笑わせてくれます。

 お父上が62歳でいらっしゃるそうで、それより上はちょっと恋愛対象にならないと聞いて、よろける堺サン。 ギリギリ62歳はいいって聞いて、「やさしいねー…ギリギリだよ、ぼく入れないの多いから、自衛隊とか」 …って、またまた爆笑しました。

 シューマイのほうは結構よくできたみたいで、途中までいい感じだったんですが、枡田アナが、また余計なことを訊いちゃいました。
 枡田アナ 「肉の叩き加減はいかがですか?」
 まおみチャン 「ちょっと好み分かれるところでもあるかもしれないですねー」
 堺巨匠、絶句。 「えっ?……なに言ってんのお前?」(笑)
 まおみチャン 「でも、ね?」
 枡田アナ 「そうですねっ」
 堺巨匠 「(枡田アナに)なんで寝てる子を起こすんだよ!」

 星2つ半。

 肉の食感もそうですが、野菜の食感もなかったらしくて。
 堺巨匠 「誰が作ったんだ!」
 枡田アナ 「んー、私ですねー」
 堺巨匠 「あんーなに細かく細かく、…仁丹みたいに切ってたよ!」(笑)

 それにしても、枡田アナ、最初のゲストのプロフィールの最後に巨匠を持ち上げるとか、堺サンを嬉しがらせておいて、あとは素っ気ないとか、なんか自分の立ち位置やキャラを、確立し始めたような気がします。 星をもらう前に料理の悪いところを誘い出すところとか。
 まあその手法が堺巨匠に嫌われなければいいんですけど。

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「MR.BRAIN」 第6回 仲間由紀恵サンの、真の実力を見た

 当初の予定では最終回だったらしい、「MR.BRAIN」 第6回。

 この回の白眉はなんと言っても、徹頭徹尾、仲間由紀恵サンの演技に尽きる。

 いや、この人の演技力というものの底を、見たような気がした。 空恐ろしくさえある。 認識を、新たにしました。 ここまで、できる人なんだ。

 結局のところ、仲間サンが演じた多重人格犯罪者、というのは、仲間サンの狂言だったということが分かったのだが。
 いずれにせよ、その演技が凄すぎて、かえって狂言に見えなかった、と見ている側がツッコミを入れたくなるほどの、狂気に満ちた別人格 「俊介」 の、仲間サンの演技だった。
 そう、まさしく、「狂気」 である。

 今回同じ点で、凄みのある演技(?)を見せてくれたのは、綾瀬はるかチャンだった。

 仲間サンが15年も監禁されていた心理状態を再現しようと、無理矢理木村拓哉クンたちに、暗くて異臭の漂う事件現場に閉じ込められたはるかチャン。
 出てきた時のブチ切れ演技が、凄かった。 悲しいことに、相当笑えましたけど(笑)。 綾瀬はるかチャンの狂気に満ちた役も、ちょっと見てみたいな、とは思ったりして。

 それにしてもこの、仲間由紀恵サンの演技に引きずられるような形で、木村クンも今回は、いい味出していた。 15年も監禁されていた女性を、自分のあざとい罠によって罪人にするのは忍びない、という苦渋の表情、こぶしを握りしめるさま。 「俊介」 クンに、殴るけるだの首絞められるだの、ひどい目にあう演技も、迫真に満ちていた。
 要するに、仲間サンの芝居が、ドラマ全体のテンションをぐいぐいあげているのが、見る側に伝わってくるのだ。

 そして、物語的にちょっと先が読めるような展開のこのドラマ、それが、出演する俳優たちの情念によって、すぐれたコンテンツに昇華していくさまを、今回は見た気がした。

 すべての疑問が解決したそのとき、水嶋ヒロサンは、「どうしてあなたはこんなことをしたんですか?あなたはただ、逃げ出していればそれだけでよかったじゃないですか」 と問い詰める。
 仲間サンはそれに対して、「最初は、そのつもりだった…空がキレイで…15年ぶりに見る空は、すごく青くて…キレイで…こんなものを奪ったあの人たちを、やっぱり許せないと思った…私、やっぱりどっかおかしいんですかね?…でも、だったら、うれしいな…本当はもう、ずうっと、狂ってしまいたかったから」 と答える。

 このセリフは、仲間サンの行動を裏付ける、重要なセリフだ。
 なぜなら、ただ多重人格を演じて警察を騙すのであれば、警察の見ていないふだんから、大食いしたり凶暴になったり、多重人格を装う必要はないからだ。
 仲間サンは、多重人格を演じなければ、狂ってしまいそうだったのだ。
 
 観念して、両手を差し出して手錠をうながしながら、仲間サンはつぶやく。
 「閉じ込められるのは、慣れてますから」。
 木村クンたちの心をえぐるような、キツイ一言である。
 15年も監禁されていた女性を、再び国家が、監禁することに、手を貸したのだから。

 護送される前に、「ちょっと待って下さい」 と言って、名残惜しそうに、青い空を見上げる仲間サン。 「青い空が、大好きです」 とうれしそうに話す少女時代の仲間サンが、そこにダブってくる。 なんとも重い、人間ドラマではないか。

 今回のこのドラマ、人間の心の暗闇を、ものの見事に描いていた。 それこそ、殺された大沢逸美サンや、友達役の人に至るまで。

 余談ですが。

 このドラマの殺人シーンが残虐だとか、なんだか話題になっているらしいのですが、そもそも事件を取り扱うのだから残虐さは、避けて通れない気がするのですが?
 いや、ここんところ 「バイオハザード」 なんかをやり倒しているんで、自分自身が、この残虐シーンをなんとも思わなかったことのほうが、ちょっとショックだったり、するんですけど。

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2009年6月27日 (土)

「スマイル」 最終回 予想がついても、ラストはこうでなくては

 「白い春」 が、大方の予想を覆す衝撃的なものだったのに比べて、「スマイル」 はちゃんと、落とすべき場所に着地した。

 いくら松本潤クンが死刑の場に行こうとも、いくら竜雷太サンが証言を拒絶しても、何となく安心して見ていられたのは、やはり中井貴一サンという 「頼れる」 人間が、ビトを絶対に救う、と動いていたからだ。
 それに、検察官の甲本雅裕サンや、刑務官の勝村政信サンといった、陰でビトの力になってくれる人々の存在というものも、大きかったこともある。

 それを、ドラマとして先が読める展開、だとか、緊張感のない演出、とは言うまい。

 この最終回で出色の見せ場だったのは、潤クンの死刑執行が判明した時、時間外にもかかわらず駆けつけてきた新垣結衣チャンとの5年ぶりの接見で、松本潤クンが、自分が生に関して今まで執着して来なかったことの後悔を、号泣しながら結衣チャンに吐露する場面だった。

 潤クンは最初、結衣チャンとの接見に乗り気ではなく、「ぼくのことは忘れて、誰か別の人と幸せになって」 みたいに突き放すのであったが、感情が昂ぶった結衣チャンは、「いやだ!」 と、また口がきけるようになるのだ。 「わたしは、あなたと、幸せになりたい」 と。
 そして、自分が幼かった頃、いじめられていたのを潤クンに助けられたことを、ここで初めて告白する。 それからずっとずっと、潤クンだけが好きだった、と。
 それでかー。
 いや、当ブログでも、結衣チャンが潤クンに、どうして簡単に夢中になっているのかの説明が弱い、としたり顔で書いてたんですけど。

 そこで潤クンが結衣チャンに号泣しながら語ったセリフは、ものすごく深い。

 「ぼくもこうなって初めて、死ぬっていうことがどういうことか、分かったよ…正直、怖い、すごく怖いよ…でも、でもぼくはやっぱり、重大な罪を犯したんだって、何があっても、人の命は奪っちゃいけないんだ…でもね花ちゃん、死ぬってことの意味が分かって、初めて、生きることが分かった…ぼくは、生きたいと思った…きみと一緒に、生きたくてたまんない…一馬さんの言う通り、どんなことがあっても必死で生きようと思わなくちゃいけないんだって…ごめん、ぼくはやっぱり馬鹿だ」

 潤クンの場合は、明日死刑執行になると分かったことが直接の要因だが、人間、死に直面しないと、自分の生きているありがたさというものに気付かない、という、深い摂理が、ここにある気がする。
 次の瞬間、刑務官たちが入ってきて、ふたりの接見は無理やり終わらされてしまうのだが、刑務官に連れていかれる時、潤クンは結衣チャンに向かって、今度きみに会うときは、どんなことがあっても逃げずにきみを守る、と叫ぶ。 松本潤クンの演技力の確かさを、まざまざと見せつけられた感じがした。

 このシーンであらためて、このドラマには、作り手の言いたいことがストレートに反映している気が、してきたのだった。
 そうなるともう、ラストが読めようが予定調和だろうが、そんなことは問題ではなくなってくる。 ラストに向けて、結末の興味以外に、こういう感動のさせかたもあるんだ、ということが、とてもわかった気がする。

 「スマイル」 を総括してみると、作り手のメッセージがそこかしこにちりばめられているドラマ、だった気がする。 そしてその最終的なメッセージが、くじけないで生きてゆこう、という、とても前向きなものだったことに、個人的には、とても安心を覚えるのだ。

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2009年6月26日 (金)

マイケル・ジャクソン追悼フジテレビ特番を見て

 マイケル・ジャクソンの死去を受けて、今日午後7時から9時までの2時間、フジテレビは朝の小倉智昭サンの番組をそのまま移植したような感じの特番を放送した。

 ゲストはデーブ・スペクター氏と、若い世代から眞鍋かをりチャン、ウエンツ瑛士クン。

 「スリラー」 のノーカット放送など、久々に見た気がする。

 その切り口については別にコメントする気が起きないが、私が強く感じたのは、かをりチャンとウエンツクンの、マイケルに対する認識に、私たちの世代との大きなずれが横たわっていた点だった。
 たぶん、このふたりは、今日放送された、「スリラー」 のノーカット版など、初めて見たことだろう。 そしてその凄さを、生まれて初めて体感したに違いない。 なにしろ、もう27年も前の作品なのだ。

 これは、我々の世代の責任だったのではないかと、ちょっと考えた。

 確かにマイケルは、問題の行動が多かったスーパースターだった。 ただ、我々は、その理解不能な部分ばかりを取り上げて、マイケルがどんなに偉大な業績を残したのかを紹介することを、きわめて怠ってきたのではないだろうか。

 今日私は、マイケルの死に関して書かれたブログをぐるぐる見て回ったのだが、そのかなりのブロガーたちが、「私は特にファンではないけど」、とか、「どうでもいい」 とか、そんな冷めたコメントをしていた。

 マイケルの最近のイメージと言えば、整形手術に失敗した、気味の悪いオッサン、というものでしかない。 とても悲しいことに。 彼のファンだと公言するのは、結構勇気のいることだ。 若い頃は聴いていたけど、今は御無沙汰、というブロガーたちも結構いたが、やはりそれも、彼が晩節を汚している過去の人、というイメージでしかないのだろう。

 もっと、テレビは、マイケルの業績をたたえる番組を、作るべきだ。
 以前はNHKBSでも、マイケル・ジャクソンPV特集、みたいなものをやっていた。

 「スリラー」 に関しても、今日見たノーカット版はアナログビデオそのままの画質で、このPVのデジタル処理されたものはないのか、はなはだ不満に感じた。 もっと、現代の若者の視聴に耐えうるような形で、このPVをよみがえらせるべきだ。

 眞鍋かをりチャンやウエンツ瑛士クンの 「今日をきっかけに、マイケルの作品に触れてみたくなった」 という感覚は、現代の若者にこそ持ってもらいたい。

 彼の作品に触れる正しいきっかけが、大きく閉ざされてしまっている現状を痛感した、今日のマイケル・ジャクソン死去に対する、若者たちの反応だった。

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ファラ・フォーセットさんまで死亡

 マイケル・ジャクソンの死亡ニュースで騒然としている中、今度は間髪入れずに、女優のファラ・フォーセットさんが死亡した、とのニュースが飛び込んできました。

 ショックです。

 なんで続くんだ?

 「チャーリーズ・エンジェル」 の途中から参加した彼女、聖子チャンカットの原型とも言えるような、魅力的な髪形のブロンドで。 いっぺんにファンになったものです。 確か、「エンジェル」 を退職した後、「サンバーン」 という映画に出たんですが、その水着姿に、ガキンチョはメロメロでした。

 年をとって往年の輝きはどこへやら、みたいな記事を、たまーに見かける程度でしたが、そりゃ年を取りゃ見る影なくなるのは当たり前でしょ、と私などはいつも思います、このテの記事には。

 あーどーして、こんなのが続くんだろう? 頼むよなあー。 ちょっと、有名人が死ぬの、最近多すぎませんかね? 当たり年なのかな? 地球滅亡の前触れか? ってそりゃないか。

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マイケル・ジャクソン 最期まで謎のまんま

【ロサンゼルス25日共同】米紙ロサンゼルス・タイムズ(電子版)やCNNテレビは25日、「スリラー」 など世界的ヒット曲で知られる米人気歌手マイケル・ジャクソンさんがロサンゼルスの病院に救急搬送され、死去したと報じた。 50歳だった。 救急隊が自宅に到着した際、呼吸をしていない状態だったため蘇生措置が行われた。 病院が会見して詳しい状況などを説明する。

 亡くなった、というのは、どうやら事実のようですが、最後まで謎のまんま、という気がします。 マイケル・ジャクソン。

 それにしても、今日の午前1時ごろだったか、DVDレコーダーのテレビ番組表を見て、NHKBS2の 「熱中夜話」 でマイケルのことをやると知って、番組予約したばかりだったんで、ちょっと愕然としています。 ちなみに、放送は7月3日の20時からです。 ちゃんと放送、するのかなあ?(追記:番組冒頭に追悼のテロップが入り、予定通り放送いたしました)

 小学生の頃、映画 「ベン」 を見て、このテーマ曲を聴いたのが、この人を初めて知ったきっかけでした。 切ない曲で。 強烈な印象でした。 ジャクソン5の 「ABC」 とか、知らないあいだに聴いていた覚えは、あるんですけどね。

 次にこの人を見たのが、「今夜はドント・ストップ」 のPVですかね。 いや、カッコよかったです。 ただ、それが 「ベンのテーマ」 の人と同一人物だと知ったのは、ずっと後になってですが。 松田聖子チャンが、マイケルのファンだと公言しだしたのは、このあとだったと思います。

 MTV全盛のころは、よくテレビで 「スリラー」 全編放送!なんてやると、コーフンしてVHSビデオに録ったものです。 この人とMTVは、切っても切り離せない。 特に冴えてたのは、「ブラック・オア・ホワイト」 の頃かな。 スタイリッシュの最先端、という感じがしたものです。
 「ブラック・オア・ホワイト」 に関して、余談ですが、この曲の最初のSEに入っている、ロックをガンガンかけている子供の部屋を、オヤジがたたくドンドンという音には、いつもびっくりさせられてました。 だって自分が中学生の頃、これとまったく同じ状況だったんですよ。 ビートルズとか、ウィングスとか、ガンガンかけて、いっしょに歌いまくってましたからね。 この 「ドンドン」 という音、今になってみれば、とてもなつかしい音なんですけど。

 私のようなビートルズファンから見ると、マイケルがビートルズの版権を買収したとか聞いた時は、一気にイメージが悪くなった気がします。 だけど、ポール・マッカートニーもバディ・ホリーの版権を持っているし、そんなものかという感じになっちゃいましたけどね。

 ここ数年のマイケルに関しては、ホントにネガティブイメージの報道しかなくて、気の毒としか言いようがない状態だったように感じます。
 ただ本人にしても、いつまでもピーターパンのような純粋な気持ちでも、あまりに富を持ちすぎてしまうと、それが精神に及ぼす悪い作用も、あったように、私などは見ています。 子供に大金を持たすとロクなことにならない、って感じですか。
 だから、マイケル本人が、いくら純粋な気持ちで子供たちと接していても、それが周囲に伝わらない。
 それに、マイケルの金目当ての悪い大人たちが、マイケルの周りに群がっている、…私などは、ここ数年、ずっとそんな印象を持ち続けていました。 その純粋さゆえに、つけ込まれやすい、というか。

 そんななかで、自分の皮膚の色素に異常が出てきて、黒人なのに肌が白くなってきたり、整形手術の悪い後遺症が出てきたり、そのたびに、面白おかしく書かれてきた。 なにが事実かは私も知る由がありませんが、そんな報道が繰り返されていくにしたがって、精神的に不安定な状態になっている、そう私の目には映りました。

 それで、今回の突然の死。

 振り返ってみると、もっと純粋に音楽活動だけしていればよかった気がします。 ピーターパンのように。

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2009年6月25日 (木)

「白い春」、最終回、アクセス、凄かったっス

 昨日(2009年6月25日)から本日(同6月26日)の午前10時30分過ぎまで、当記事に張り付けられていたトラックバックに、問題のあるクリック詐欺のあることが判明しました。 現在は削除しています。 当記事のトラックバックを利用して被害にあわれた方に対しては、不審なメール、身に覚えのない請求が来た場合、徹底無視されることをお勧めします。 それでもご心配な場合、最寄りの警察に通報されることをお勧めします。

 また、グーグルなどの検索エンジンで、当該記事の引用箇所が、この問題のトラックバックからなされています。 心霊関係のことについて、当記事では言及しておりません。 あしからずご了承ください。

 トラックバックに関しては、随時チェックし、問題のないことを確認しておりますが、その作業中に、私自身がワンクリック詐欺にひっかかってしまいました。 私としても、徹底無視する構えでおります。
 とりあえず、当記事に限定して、トラックバックは中止させていただきます。

 削除した問題のトラックバックは、「白い春」 の最終回に心霊現象が起きた、という内容のもので、その動画をクリックすると 「登録完了いたしました。 42000円をお振り込みください」 という画面に切り替わります。
 もし同様のサイトを見つけましたら、じゅうぶんにご注意ください。

 打ち明け話でお茶を濁します。

 前回当ブログに書いた、「『白い春』 最終回 まさか、まさか…」、いや、凄かったです、アクセス。
 皆さん、やはり私と同じように、その最終回は、衝撃だったんでしょう。

 それにしても、1時間に100以上アクセスが来るなんていうのは、私にしても前代未聞のことで、来る時は来るんだなあ、と、ちょっと空恐ろしいような気も。
 ほかの記事にもアクセスがあったので、ちゃんと数えてはいませんが、1日だけで、600以上にはなったでしょうか。 訪問者数のほうですけど。 トータルアクセスって、私のブログの記事をあっちこっち見て回っている人なんだと思うので、もともとあんまり参考にしてません。 このトータルアクセスで言えば、「白い春」 に来たのは、800近くには、なってるのかなあ?

 あわてて自分の記事を、読みなおしました。 何か不都合が書いてあったんじゃ困ると。
 そしたら、結構ネガティブ記事なんですよ。
 書いてる時は、最終回の衝撃が冷めやらぬ感じで、ただただ感情的になってたんですけど。
 でもよく考えてみると、いろんなことが、メッセージとして込められていることに気付いて。
 あわてて、追記させてもらいました。
 ここでも繰り返しますが、「白い春」、けっして最後だけがダメな作品じゃ、ありません。
 全編を見直してみれば、あらためて、これはラストへの布石だったんだ、という個所が、いくつも出てくるはずです。
 この作品に関しては、何度もご覧になることを、オススメします。 1回見て分かる人なら、その必要も、ないんですが。

 いずれにせよ、私の記事にアクセスして下さった方々には、あらためてお礼申し上げます。
 特に、検索ワードではなくて、ブックマークで直接来て下さっている方々。
 本当に、感謝します。 ブロガー冥利に尽きます。

 こんなことがあったものだから、私の記事、ココログのアクセスランキングにものってるのかなーと思って、ちょっとのぞいてみました。
 「テレビ」 というカテゴリ別ではさすがに1位だったみたいですが、これは私が独自に設定しているカテゴリで、あまり参考には、なりません。 ココログでもとから設定してあるのって、「映画・テレビ」ってヤツなんですよ。 おおざっぱですよね。 だから分離して、「テレビ」 っていうカテゴリを使ってます。 私の場合。 これでも相当、おおざっぱなんですけど。

 総合ランキングには、さっぱりでてこなくて、あらためて、このランキングに載っているブログって、どんだけ1日にアクセスが来てるのか、ちょっと途方もない気分になりました。 確実に、1000は超えてますよね。 たぶん。 いや、万単位とか、十万単位とか? 殺到する時って、来るって言いますからね。 はあ~、すごい世界だ。

 それに比べたら800なんてまだまだなのかもしれませんが、私にしてみれば、これは天文学的な数字です。
 こうなると、どうなってしまうのか。
 私の場合、次の記事を書くのに、エラいプレッシャーがかかってしまって。

 でも、翌日になったら、また鎮静化してるので、かえって気が楽になりました。 それでこれ、書いてますけど、自分自身もニュートラルな状態に戻したくて、こんなどーしよーもないことを、ダラダラ書いています。
 気は楽になりましたが、なんだったんだあの怒涛のようなアクセスは?みたいなのも、結構さびしかったりする。 勝手なもんだというか、アクセス依存症になってるというか。

 アクセス依存症か。 まさにそんな感じです。
 自分の考えたことを世間に簡単に表明することができて、それに反響がある、っていうことが、こんなにうれしいもんだとは、分かりませんでしたから。
 でもこのアクセス数じゃ我慢できなくなっている自分もいる、…ちょっとそれって、危なくないですかね?
 また一から出直す気分で、毎日1人でも、真剣に読んでくれる人がいれば本望だ、という気分で、続けていきたいと思います。

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2009年6月24日 (水)

「白い春」 最終回 まさか、まさか…

 作り手の、登場人物に対する深い愛情を、いつも感じとっていた。
 だから、こんな結末は、ちょっと、想像していなかった。
 佐倉春男が死んでから、エンディングロールが終わるまで、いくら慰めのような幻が出てこようが、真理子の墓の隣に埋められようが、ちっとも救われたような気分にならなかったことを、白状します。

 それは、ないんじゃないか。

 村上さちに、最後に 「お父さん」 と言わせることで、こちらの涙を絞ろうとしたのであれば、ちょっとそれは、あまりにも狙い過ぎて、かえって残酷にさえ見える。 正直言って、泣けませんでした。 じわじわと泣かせるのが、このドラマの本当の魅力だったのに。

 こんなことなら、途中でコメディっぽく笑わせてもらいたくなかった。

 パン屋に暴漢が入って来た時は、悪夢を見ているとしか思えなかった。 その悪夢のなかで、佐倉春男が村上康史を命がけでかばっても、どうして?という気持ちが強すぎて、佐倉春男の思いが、こちらにストレートに伝わってこない。

 どうも、ちょっと私、いま冷静さを欠いています。

 つまり、佐倉春男が殺されてしまうのは、ドラマの初回から決まっていた、因果応報という摂理。 今風に言えば、フラグが立っていた、ということになる。
 人を殺しておいて、何年かすれば刑務所から出てきてしまう、そんなんでいいのかと。
 人を殺した者は、殺されねばならないと。
 ちょっと、そこまで言うと、さすがに言い過ぎのような気もするが、悪意をもってこのドラマを総括した場合、作り手がそう考えているのではないか、という意地悪な見方も、成立してしまう気がするのだ。

 だいたい、このドラマのなかで、佐倉春男が殺人を犯したことについて、どういう罪の意識があるのか、全く描かれてこなかった。
 つまり、佐倉春男は、刑務所に9年間入っていたことで、罪は帳消しになった、そう考えていたとも、考えられる。 いや、そもそも、そのこと自体を考えていなかったフシがある。

 だから、いきなり現れた、佐倉春男に身内を殺された男の行動は、間違っているとはいえ、心情的に、理解できたり、してくる。

 だが、ここで復讐が完遂してしまうことは、このドラマにとって、必要不可欠だったのかというと、私にはどうしてもそう思えない。 佐倉春男は、いくら急所を刺されても、助かるべきだったのだ。 個人的には、そう思う。
 刺されることで、気付かされるものがある。
 助かることで、またひとつ、気付かされることがある。
 このドラマは、その道を、自ら閉ざしてしまったような気がする。

 私の釈然としない思いは、ここからきている。

 すいません。 ここから追記です。

 ちょっと冷静になって考えてみたのだが、あまりの出来事にぼーっとしながら見ていた、このドラマの最後の数分間、物語全体を俯瞰したうえで非常に重要なシーンがいくつかあった。

 まず、村上さちが、佐倉春男に触れるシーンである。

 この物語で何度も繰り返し、佐倉春男は村上康史の 「さちに手を触れないでくれ」 との、なかば心ない要請を、かたくなに守っていた。
 最終回、自分をはるばる訪ねてきたさちにも、春男は手を触れることを拒んでいた。
 それが、春男が死ぬ間際、ようやく手をつなぐのだ。
 思い返してみると、実にこのドラマを象徴するようなシーンだった。

 また、村上康史は、ラストで暴漢に刺された片脚を、引きずりながら墓参りをしていた。

 これは、よく考えてみると、佐倉春男の障害を、引き継いだことを、象徴しているように思うのだ。 それがそのまま、さちの父親としての役割を、佐倉春男と一緒になって担っていくことを、このドラマでは表現したかったのではないか。

 冷静にこのドラマのラストを振り返ってみると、そんな解釈が成り立つのだが、いかんせん、少しショッキングすぎた。 もう少し、前触れみたいなものが欲しかった気は、やはりぬぐえない。 もしかすると、津田寛治サンが、襲われた組長の関係者だったのか。 たぶんそうなんだろうな。 ものすごい顔して、走り去る車のなかから、阿部サンをにらみつけてたから。
 それに、実に野暮ったい話ではあるが、「障害を受け継いだこと」 に対する、白石美帆サンなんかのセリフとかも、欲しかった気がする。 「手を触れること」 に対する、大橋のぞみチャンのセリフなんかも。

 でも、やっぱりそれをしちゃうと野暮ったいか。

 いずれにせよ、最終回の衝撃が冷めていくにしたがって、やはりいいドラマだったな、という気は、しているのであります。

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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2009年6月23日 (火)

「ぼくの妹」 第10回 このドラマ出演者の勝ち組

 手術には成功した千原ジュニアサンだったが、花屋をやることに疑問を覚えて、長澤まさみチャンのもとを去ってしまった。 折り紙の風車をオダギリクンに渡した時の、はにかんだ笑顔、とってもよかったのになー。

 だけど、長澤まさみチャンも、オダギリクンにあそこまで怒ることはないだろうと思うが。
 そりゃ、オダギリクンの説明の仕方は、「本当に妹のことが好きなら、妹を頼む」 みたいなことも言っていたのに、それをまさみチャンに言わない片手落ちのものだったし。 それじゃ怒っちゃうってのは分かる。
 でも、「縁を切る」 まで言うのは、言いすぎ!って感じ。
 最終回に向けて、盛り上げなきゃいけないっていうところが、見えたりしてしまうのである。

 そもそも、このドラマ、初回が衝撃的過ぎた。

 それに比べると、結果的に、実にヌルーい展開に終始したのだが、物語全体を俯瞰してみると、ますます初回が要らなかったように思えてくる。
 物語の成り行きが、初回のままならなさを打ち消しにかかっている作業みたいで。

 今回、理事長の娘が、あんなにあっさり引き下がっちゃう、というのも、なんであんな強気な彼女が?って意味で、物足りない。 こんなことでは、彼女を強気な設定にする意味が、ないのではないか。 理事長の若林豪サンも、こう言ってはご本人に失礼ですが、物語の成り行き上、要らなかったような。

 弁護士の田中哲司サンも、結局なんだったんだ?みたいな。 いや、当初、この人は借金対策のための要員だと、作り手は考えていたのではないのか。 それをうやむやにしてしまうのは、物語を進めていく途中で、あ、この人やっぱ要らなかった、みたいに、作り手が思ってしまったのでは。
 借金があまりに簡単に片付いてしまうと、ドラマを引っ張っていく理由自体が、なくなってしまうからだ。

 結局、このドラマで誰が得をしたのか、というと、悪役が実にハマっているということが分かった、千原ジュニアサンなのではなかろうか。
 あの人、バラエティに出ているところをちらっと拝見したりすると、とてもよく笑う人なのだ。 そのひとが、怖い役をやるっていうのは、個人的には、とてもインパクトがあった。
 演技とかセリフの聞き取りやすさとかいう点では発展途上に思うのだが、この人の、俳優としての可能性は、今後とても期待できる。 でも、それってVシネマとかの可能性かも。

 それから、このドラマで得をしたもうひとりの人は、岡山からオダギリクンを引き抜きにやってきた看護師、西山亜希チャンだ。
 この人、主役クラスにするにはちょっとイケてない顔なのだが、使いようによっては、「化けるよこのコー」、って感じなのである。
 でも、このドラマのキャラクターが、よすぎた、って感じもする。
 「天地人」 で、高嶋政伸サンの後妻でちょっとだけ出た時も、「あんな若い娘が父上の後妻になるのはムニャムニャ」 と小泉孝太郎クンがしゃべっているのを聞いて、お盆だったかをぱたっと落としたり、こっちもコミカルな役だった。
 なんとなくだけど、今後注目していきたい気がする。

 そしてなんといっても、このドラマで、さすが、と思わせたのは、大滝秀治サンだった。
 こういう演技を見せられると、私みたいな下らない批評者は、黙り込むしかない。

 なんだか次回の予告編だけで、どんな話なのか想像がついてしまった感じなのだが、最終回、とりあえず楽しみに、オダギリクンと西山亜希チャンの成り行きを見つめたいと思います。 まさみチャンとジュニアクンは、…ど~でもい~や~。

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僕のコダクローム…

【 ニューヨーク22日時事 】 米写真関連大手イーストマン・コダックは22日、プロカメラマンを中心に愛されてきたカラーフィルム 「コダクローム」 の製造を年内に打ち切ると発表した。 世界初の市販カラーフィルムとして1935年に発売され、根強い人気を誇ってきたが、デジタル化の波には勝てず、長い歴史に幕を下ろす。 日本では既に販売が中止されている。

 コダクロームは、ネガフィルムとは逆で、現像したフィルムに被写体の色や明るさが実物通りに映し出され、スライドなどにも用いられる。 現像には特殊な工程があるため、世界では現在、米カンザス州の1カ所しか請け負う施設がない。

 商品名は、歌手ポール・サイモンの曲(邦題は 「僕のコダクローム」)にもなった。 しかし、現在の売り上げは、コダックの静止画フィルム全体の1%未満。 フィルム不要のデジタルカメラが全盛期を迎える中、静かに市場から姿を消す。

 …というニュースが飛び込んできました。

 コダクローム、と言えば、記事中にもありましたが、ワタシ的にも、ポール・サイモンの 「僕のコダクローム」 ですねー。

 この曲を初めて聞いたのは、確か小学生のころだったと思います。 「コダクローム」 という名前についての知識がなく、たぶん女の子の名前だと、勝手に思い込んでいました。

 なんか、途中から始まるような、変な感覚の曲で。

 ポール・サイモンという人の詞は、比較的散文調なのですが、この曲は、メロディもなんとなく、散文調。 ヘンな曲だなあ、という感じで、当時の小学生は強烈に覚えていました。 この曲を強烈に覚えている小学生、というのも、結構ヘンな気がしますけど。

 「コダクローム」 というのが、カメラフィルムの名前だって分かった時は、ちょっとしたショックで。
 だって、「コダクローム」 なんて名前の女の子がいたら、なんか素敵じゃないですか? んなこたないとか、言われそうだけど。
 それから、歌詞のなかに出てきた、「ナイコンカメラ」。
 これがニコンカメラのことだっていうのも、ちょっとしたカルチャーショックで。

 有名なカメラフィルムがなくなっちゃう、というのも、時代の流れなんでしょうが、メーカーは採算以外の、「心意気」 というものを、持っていてもらいたいものです。 その商品によって会社が潤ったんなら、それがその商品に対する礼儀だと思います。
 それこそが 「会社のプライド」 ってもんじゃ、ないですかね?
 まあ、それは、つぶれそうな会社には、なかなか難しいことですけど。 コダック社って、そんな大変なんですかね?

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「桑田佳佑の音楽寅さん」 2009年6月22日 トラジェクトX

 「音楽寅さん」 6月22日(2009年)は、桑田サンの母校、鎌倉学園からスタート。
 NHKでかつて放送していた 「プロジェクトX」 の形態を借りて、「トラジェクトX」 と題して、桑田サンの、高校時代の思い出に残る洋楽を、ドラマを交えながらカバーしてました。

 この 「トラジェクトX」、タイトルバックがなかなかよくできたVTRになっていて、出来に満足したためか何回も同じのが出てました。 思い出の曲1曲ごとに。
 ホンモノの 「プロジェクトX」 のほうは、人が行き交うオープニングだったけど、こっちは例の、トラのぬいぐるみをかぶった人が行き交う。
 バックに流れる曲は言わずもがなですが、中島みゆきサンの 「地上の星」。
 内容の解説ふうにインサートされる字幕、いや、笑いました。
 そのすべてを載せるのは大変なので、例えば、そうですねえ、こんなのどうですか?
 「ドン底の思春期を救った名曲」
 「とり返せない失敗」
 「一枚のヌード写真」 ここで、あの有名なリンゴヌードの写真が出てきます
 「ほとばしる若さ」 バックは天狗。 なんじゃこりゃ(笑)。
 「瀬戸際のプライド」
 「不敵な笑みを浮かべた男」 学ラン着た、デブの不良。 あ、これがキーパーソンですか(笑)
 これが、みゆきサンの歌をバックに流れるんですよ。 文章にすると面白さが半減してしまうのが、きわめて残念です。 しかも、「プロジェクトX」 知ってないと面白くないし。

 再現ドラマも、田口トモロヲサンのナレーションのモノマネ、意図的に登場人物の目を映さない見せ方、すべてが完全な、パロディになってました。 でも桑田サン役で出演してるのは、ユースケサンタマリアサンっていうのがバレバレで。

 内容も、ばかばかしくって面白かったなあ。

 1曲目のエピソードは、女の子に告白して見事にフラれた桑田サンを、友人たちが慰めようと、鎌倉の海に行き、首だけ残して桑田サンを生き埋めにし、気がついたらみんないなくなっていた(笑)。
  「(潮が満ちてきて)死ぬかと思った」 その時に、浜辺でかかっていた曲、ザ・バンドの 「ザ・ウェイト」。
 稲村ケ崎公園で、歌っとりました。

 2曲目のエピソードは、好きになった女の子に手紙を書いて、待ち合わせの場所で、来ない彼女をずっと待っていた時、デブの不良(あ、これがキーパーソンでした…笑)にカツアゲされてしまい、有り金全部持ってかれた時に、ちょうどその彼女がやってきて、またフラレた、という話。
 その彼女にカッコ悪いところを見せたくないがために、無理やりそのデブの不良と仲の良いそぶりをしたんだけどダメだった、というのが笑えます。
 その晩聴いたレコードが、レオン・ラッセルの 「タイト・ロープ」。
 鎌倉学園の音楽室で、歌っとりました。

 3曲目は再現ドラマなし。 「この曲を聴くと、久しぶりに合った元カノが、乾燥したバナナの皮を筒状に巻き、タバコのように吸い始めた、そんなことを思い出します」 という、桑田サンのワケ分からないコメント入り。
 曲は、エリック・クラプトンの 「アイ・ショット・ザ・シェリフ」。 スタジオ収録です。

 4曲目のエピソード。
 やっと桑田サンにも恋人ができて、お正月に彼女と一緒に初詣でに行った時、彼女の白いフードのなかに、お賽銭がいっぱいたまっていた、という話。 「帰りにおいしいものを食べようね」 と言ったカノジョ、なんと、確信犯、だった!
 そんな彼女が好きだった曲、ニール・ヤングの 「ハート・オブ・ゴールド」。 建長寺で歌っとりました。
 蛇足ですが、桑田サンがようやく見つけたその高校時代の彼女役で、再現ドラマに出てきた女の子、可愛かったあ~。 出始めた頃の加藤ローサチャンみたいだった。

 5曲目は再現ドラマなし。
 「この曲を聴くと、画家を目指す年上の女に恋をした彼女は、妻子持ちの美術講師と行き場のない恋に溺れている真っ最中だった、そんなことを思い出します」 って、ますますワケ分からん! 曲は、キャロル・キングの 「イッツ・トゥー・レイト」。 スタジオ収録でした。

 私は個人的に、今日歌われたこの5曲とも、歌うのが結構難しい曲だよな、と思いながら見てました。
 なぜなら、これらの曲に共通するのは、曲を構成する魅力のなかに、そのひとの声、というモノの比重が大きい歌ばかりだからです。 レオン・ラッセルにしても、クラプトンにしても、ニール・ヤングにしても。

 私も、カラオケで 「アイ・ショット・ザ・シェリフ」 を歌ったことがあるんですよ。
 いや、つまんなかったですね。
 自分の声が、クラプトンじゃないんで(笑)。
 この曲、ギターリフとかパーカッションとか、とにかくカッコよさの王道を行っている。 なのに、誰が歌ってもキマる、って歌じゃ、ないんですよ。 クラプトンが歌わなきゃ、ダメなんです、この曲は。 もともとクラプトンの曲じゃ、ないんですけどね。

 桑田サンが今回歌った5曲は、実によくこなれていて、英語の発音も結構忠実さを守っていたように感じましたが、やっぱりこれらの曲は、原曲を聴いてこそ、その良さが伝わるよなあ、と思いました。 いや、別に、クサしてるわけじゃないですけど。

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2009年6月22日 (月)

「天地人」 第25回 景勝兼続コンビ、顔に自信は

 このところの 「天地人」 は、役者が揃い始めたということもあってか、見応えが出てきた気がする。
 なにしろ、秀吉役の笹野高史サンが、狡猾な男を演じて秀逸だ。
 今回はそのうえ、千利休役で登場した、神山繁サン。 御歳80歳らしい。 いや、渋い。
 家康の松方弘樹サン、毎回のように当ブログではほめてますが、どうしてこう、ちょこっとだけしか出てこないのに、こんなに存在感があるのだろうか。

 今回の話で特筆すべきなのは、秀吉が妻夫木クンを単身大坂城に呼んだ時、上杉方を悔しがらせようとする目的で、真田幸村役の城田優クンを、上杉の人質から横取りして、豊臣の人質に鞍替えさせ、妻夫木クンの前で自慢するところだ。

 史実がどうか私は知らないが、この話の組み立て方は面白い。 あれだけ妻夫木クンの子分になるとなついていた城田クンを、トンビに油揚げで横取りされてしまったのだから。 妻夫木クンとしては、面白かろうはずがない。

 この横取り話を、上司である北村一輝サンに報告する際の、妻夫木クンの話のしかたもいい。
 あくまで私情は隠して、自分の不明を恥じるのである。
 「まことに面目なき次第」 と言って。
 妻夫木クン、なかなか家老としての心構えができてきた気がするのだ。

 しかも、この話と、長澤まさみチャン演じる初音の身柄引き渡し条件と絡めてくるあたり、作り手の、話自体の引っ張りかたも、冴えてきたような気がする。 まあ、初音の存在自体が架空なので、このくだりは全部架空なのであるが。 ドラマですから。

 城田クンからまさみチャンをさし出すように懇願されて、逡巡したあげく、「できぬ」 と断る妻夫木クン。 ここにも、上杉の家老としての覚悟が垣間見える。
 さらにまたここで、三成役の小栗旬クンが登場。
 三成が初音の救出を約束するくだりは、旬クンと聡クンの友情を深めるエピソードとしても、成立している気がする。

 ただ、気になる点はいくつかある。

 初音がいつの間に、妻夫木クンにベタ惚れになってしまったのか、という点。 なんか急に、しおらしい女になっちゃっている感じなのだ。

 それから、相も変わらず北村サンと妻夫木クンだけが、ふだんサラサラヘアーの髪形、というのが、物語が締まってきたために、余計に不自然に感じてきた。
 秀吉の脅しにも似た誘いを断る時、冠を頭に頂いた妻夫木クンの姿、結構堂に入っていたんだが。
 これは脚本家サンのせいではないので、稚児のまんま通そうとするNHKの意図だけが目につくのである。
 これでは、このコンビがふたりとも、いつまでたっても顔に自信のないピーターパンのように見えてしまう。
 だから、兼続の 「もし万一、私が、関白殿下に対し、あまりの無礼を働きましたる時は、どうか、私の首ひとつで、ことをお納めくださいませ」 という、今回のドラマで最大のキモだった言葉が、ヤケに軽く聞こえたりするのだ。 いいセリフだったんだがなあ。

 いずれにせよ、脚本家サンの手腕が発揮されてきた 「天地人」、期待するとまた元に戻っちゃうので期待しないが、この調子で頑張ってほしいと思います。

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「A-Studio」 財津和夫サンの 「心の旅」 への思い

 「A-Studio」 2009年6月12日のゲストは、財津和夫サン。
 「サボテンの花」 で幕開け。 久々に聴きましたが、情景が目に浮かぶ、とてもいい曲ですよね。 テレビドラマの主題歌として若い世代にも認知されるようになった曲ですが、いい曲というのは、伝わっていかなければ、と思います。

 今回のこの番組、財津サンの話が俄然ヒートアップしたように、個人的ですが感じたのは、チューリップとしての最初のヒット曲、「心の旅」 についての話でした。

 デビュー曲が結構な自信作だったのにさっぱり売れず、2作目もダメで、3作目の 「心の旅」 が、「起死回生」 のヒット曲になったんですが。

 鶴瓶サン 「でも 『心の旅』 は姫野(達也)サンが、最初から歌い出しが、そう(リードボーカル)でしょう? あれなんで、財津サンやなかったんですか?」
 財津サン 「あれ最初はね、もちろん僕が1枚目2枚目(リードボーカル)ですから、僕がリードボーカル取る予定だったんですけども、まああの、事務所のスタッフの誰かが、『これは姫野に歌わしたほうがいいんじゃないか』 ということでね、ポツリと言うと、もう、パアーッと、(身振り手振りでその場のみんなが)『そーだね』『そーだね』『そーだね』『そーだね』(笑)という話になりまして」
 鶴瓶サン 「自分が作った曲やのに気分悪いんじゃないですかそんなの」
 財津サン 「そりゃーもう、それは、『オレはもう知らん』 と(笑)。 『もうどーなってもいいチューリップもこの事務所も』 …というような、気分でしたよ」
 鶴瓶サン 「いやいや、それはあの、新田サン(チューリップの担当ディレクター)も言うとりましたよ」
 財津サン 「もう、不満100%ですよ(笑)」
 鶴瓶サン 「もうズタズタやん」
 財津サン 「でもー、ガックリ、きたんですけど、でも、ズバリ、その人たちの意見が、正しかったわけですねー(略)もちろんそりゃもう、売れたほうがいいわけですから、ほんっとに姫野には感謝してます。 もうね、今でも足を向けて寝てません」(笑)

 「心の旅」 には、心中穏やかならざるところがあるにもかかわらず、この曲のおかげで、自分たちが音楽界で生きていくことができるようになった、という財津サンの気持ちが、とても現れていたように思いました。

 私も、チューリップというバンドと、「心の旅」 という曲のイメージが、なんだか別物みたいに感じていた時期があったので、今回の財津サンの話には、なるほどと思うところが大きかったですね。

 後半は、チューリップが初めて所属した、シンコーミュージックの草野昌一サンの話題中心に。
 この方は、すでに4年前にお亡くなりになられたのですが、その墓碑銘に、自分が生前愛していた曲を何曲も書いていたと。 洋楽ばかりのそのリストのなかに、日本の曲でチューリップの 「青春の影」 が、ただ1曲、入っていたという話。

 なんとも、涙腺をくすぐる話であります。

 そんな鶴瓶サンの話の後に、財津サン、「青春の影」 を演奏してくれました。 心なしか、出だしの部分で、声がうわずっていたように、感じましたです。

 そのおかげで、ここ数日、私の頭の中は、「サボテンの花」 と 「青春の影」 が、右往左往しております。

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2009年6月21日 (日)

「チューボーですよ!」 ニュートラルな貴乃花親方

 2009年6月20日 「チューボーですよ!」 ゲスト貴乃花親方。 メニューは、スパニッシュオムレツ。
 このメニュー、「チューボー」 には過去何回か出てきたことあるように記憶していますが、なんとなく一品料理としてはしょぼいなあ、という気がいつもします。 しかもゲストは、結構大物でしょ。 駆け出しのお笑いならいいのかもしれないけど。

 ただ、スパニッシュオムレツは、親方が17、8年くらい前のスペイン巡業で、本場のものを食べたらしくて、堺巨匠も、「やばいよ、今日肉じゃがにするか」(笑)。
 堺巨匠、続けて 「忘れてるでしょうそん時の味なんかもう」
 親方 「それがですねー、もう忘れられないくらいおいしかった(笑)」
 堺巨匠 「あんたもしつこい人だねえ(笑)忘れなさいよ!(笑)」

 貴乃花親方をバラエティで拝見するのは、なんか初めてなような気がしますが、ずいぶん落ち着いて、くだけてましたね。
 むかし、とても問題が次から次から出てきた時期がありましたよね。 どーしちゃったのかな?と思っていたし、インタビューに答える様子も、なんかピリピリして、人格が破たんしたように見えたし。
 この人、答えづらい質問をされると、大きく目を見開いて、眉間じゃなくてひたいにしわを寄せるような感じに、眉毛を上に持ち上げるようなクセがあるんですよ。 問題の渦中にいるときなんか、しょっちゅうこの表情をしていた気がします。

 でも、たかだかハタチくらいの若者が、若貴ブームなどという大フィーバーに巻き込まれ、周囲の圧力(だったんでしょう)で宮沢りえチャンと破局し、オフクロサンは離婚騒動を起こすし、ヘンな人には引っかかるし、兄弟不仲になっちゃうし、横綱の品格は保たなきゃいけないし、…いまさらながら考えてみると、…すっげえなあ。 こんなんで平常心保てってほうが、無理な気がするんですけど。

 ご長男が14歳ということで、枡田アナがS1のレポーターよろしく、「親方が相撲界に入られたのが15歳ということは、あと1年でその歳になりますけど」 と質問。 でも、長男ご本人に、どうもその気はないみたいです。

 番組では、ご夫人の河野景子サンが 「チューボー」 の第3回目にゲスト出演した時のVTRも流していました。
 1994年4月23日。
 ウワ、こんなだったんだ。
 セットとか。
 出だしも地味だし。
 「チューボー」 って、結構早い時期から見始めてますけど、さすがにこの時期は見ていなかったような…。 河野景子サンも、すでにフジテレビ、やめてたんですね、この時期。 VTRでは、お料理学校に通って花嫁修業をしているとか話してました。 堺巨匠 「あとはお相手ですね」 河野景子サン 「なかなか学校では教えてくれませんからね(笑)」

 ところがこの番組、当時すでに、親方は河野景子サンと、VTRチェックをしていたそうで。
 ま、どーでもいーんですが。

 「貴流 心氣体」 というダイエットの本を出されたらしくて。 番組では、巨匠と枡田アナも交えて、四股の実演もしてました。
 まず両足を大きく左右に広げた状態で立つ。
 そのとき気付いたんですが、枡田絵理奈アナ、ずいぶん足が長いんだなあ、この人。
 枡田アナ 「今これで自分の太ももを触ってみると、あの、かなりかたーく、筋肉が、張ってるんですけど。 ウワーコレ、つらいですねー」
 堺巨匠 「これで終わっていいですかあ?(笑)」
 片脚を高く上げる動作では、枡田アナ、よろけまくってました。 そりゃそーだ。 ハイヒールなんだもん。 しかし、その画面からはみ出すほどの極端なよろけよう、相変わらず見事に笑わせてくれます、枡田アナ。

 日本人横綱は出てきませんか?との巨匠の問いに、「稀勢の里っていうのは、もうじき大関になると思います」 巨匠 「稀勢の里っていうのはなに部屋?」 親方 「鳴門部屋です」 巨匠 「ああいうのって引きぬいちゃったりしないの?」 親方 「いや、あの、それは…(笑)」

 オムレツの返しでは、巨匠に比べて、親方のほうが、持つ手が危なっかしくて笑えました。

 このスパニッシュオムレツ、なかなかよくできたみたいで、枡田アナ 「おいしくないですか?すごく」 堺巨匠 「(枡田アナに)おいしくないです?」(笑)

 星は3つ。

 でも、これだけフランクに打ち解けていれば、お兄ちゃんとも、何の問題もないような気もしますけど。 まあ他人がどうのこうの言っても始まらない問題か。
 とりあえず、気持ちがニュートラルに戻っている貴乃花親方を見られて、なんかホッとしたようなところもあった、今回の 「チューボー」 でした。

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2009年6月20日 (土)

「MR.BRAIN」 第5回 仲間由紀恵サンの殺人鬼、スゴイ

 だいたい推理通りだった、「MR.BRAIN」 第5回。 トーギサンがやっぱり犯人で。 ちょっとガックリ。

 いや、わざわざ次回に話を引っ張るのには、何か理由があるんじゃないかと思って、どんでん返しを期待していたんですよ。
 東儀秀樹サンと木村拓哉クンとの神経衰弱の後、ワクワクしながら木村クンの推理が見当外れだったのを待っていたんですが。 外れてませんでした。
 それにしても、「名探偵コナン」 はもとより、この手のドラマをほとんど見ない私にすら見破られてしまうトリックって、…と思ってしまうんですけど。

 まあ、佐藤健クンに何かある、木村多江サンが何か隠している、というのは薄々感じていましたが、それがああいう事情だった、まではさすがに推理できませんでした。
 それにしても殺されちゃったデビット伊東サン、最近私が見るドラマで、よくバッティングします。 「仮面ライダーディケイド」 とか、「白い春」 とか。

 犯人探しがあまりに簡単すぎるとの指摘が多かったのか、今回の仲間由紀恵サンに関しては、最初から彼女が犯人だと明かしてます。 なかなか、それっていい考えじゃないでしょうか。

 だいたい、犯人探しが目的で、私としてはこの番組を見ているわけではないんですよ。 何度も指摘させてもらってしつこいですが、かつての 「8時だョ!全員集合」 と同じ時間帯に放送されているこの番組に、同じバラエティの匂いを感じながら、この番組を見ているわけです。

 だから、最初から犯人が分かっている今回みたいな方向は、かえってゲストの演技力を堪能できて、とても豪華な気分になれます。
 これで、ガキの頃に感じていたのと同じ、土曜8時の気分的なハイの状態を、思い起こしたりするんですよねー。

 いや、それにしても、凄かったです、仲間由紀恵サン。
 異常な殺人者の役が、こんなにハマっているとは。

 なんか、この人に関しては、私もよく性格を把握してないようなところがあるんですよ。 結構ドラマとかCMとかで見かけるくせに。
 この人、どうもなにか、なかなか本当の素顔を明かさないようなところがある。 ヤンクミをやっていても、なんか突き抜けて極道やってる感じがしないし。

 だからこそ、ちょっとした秘密を持っていた 「ありふれた奇跡」 の役なんかが、結構ハマっていた。 そういう点では、自分を見せる方法というものを、熟知しているようにも見えるんです。
 CMで、そうしたちょっと謎めいた人が 「来て。 …来て!」 などというのも、自分の見せ方を知っているからできる企画だと思うんですよ。

 そんな彼女が、被害者の両足や手のひらを次々撃っていって、返り血を浴びてニヤニヤ笑っているのには、背筋がぞっとする気がしますよね。

 物語は、幼いころ誘拐された彼女が、その後どう育って、多重人格者になっていったかが、興味の焦点です。
 なかなか面白くなってきました。

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「スマイル」 第10回 黙って見ていろ、ってことだったんですね

 「スマイル」 を見ながら、私がこれまで当ブログに書いてきたことと言ったら、やれ小栗旬クンは無駄死にだの、検察も刑事も憎々しくなる事情を描かないから薄っぺらだの。

 黙って見ていろ、ってことだったんですね。

 小栗旬クンが電話をかけて 「もうかけてこないでって言ったでしょ」 と言っていたのは、小栗クンの母親だったんだ。 てっきり私は、昔の女とか、思ってたけど。 あれじゃ、旬クン、さすがにかわいそうですよね。

 そのお母さん、法廷に、むかし旬クンが描いたという自分と息子の絵を持ってきたのは、自分の罪の意識を助長させるだけって感じもしたけど。
 しかも、それが松本潤クンのほうの罪の意識まで、思いっきりえぐりまくるわけで。

 見ようによっちゃこの母親、実に自分勝手で、衆人環視の中で自分の懺悔をするなど、なにを自己陶酔しとるのだ、と思えなくもない。
 だけど、ここはひとつ、この母親の心の痛みも、感じてあげる気持ちの広さを、ワタシ個人としては持っていたいなぁと、思ったりもするわけで。

 こんなふうに、こんなえげつないやり方はどうかなあと思うことが、このドラマを見ていてよくあるのだが、それでも、ここ数回の 「スマイル」 は、掘り下げ不足だとか思っていた部分がここでつながってくるんだ、という、ある種の 「ひざポン感」 がある。

 小栗クンの事情もそうだった。
 北見敏之サン演じる刑事が、昔外国人犯罪者から受けた仕打ちも、ありそうな話で、見ている側を納得させるにじゅうぶんな事情だった。

 そうして散らばっていた物語が集結するにしたがって、ますます輝きを増してきているのが、松本潤クンの演技じゃないだろうか。 個人的には、今回ようやく、松本潤クンの生きざまが、「壮絶」 になった気がした。 それは、自分が罪の意識にさいなまれる、という潤クンの演技が、これまでになく早川ビトと一体化しているように見えるためだ。 今回ラストで、たったひとつ咲いた花に涙を流す潤クンの演技には、このドラマで初めて気持ちを揺さぶられた。 えっ、遅いって?

 竜雷太サンという大物が、今までほんのちょっとしか出てこなかった不自然さが、来週の最終回に解消されるのだろうか。 それともこのまま、早川ビトは死刑になってしまうのだろうか。

 目が離せません。 すごいドラマになってきました。 最終回が一番盛り上がりそう、っていう話って、すごくないですかね?

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2009年6月19日 (金)

「ルパン三世 ルパンVS複製人間」 ルパン自体が複製だった

 1978年に公開された、「ルパン三世」 の劇場公開映画第1作目、「ルパンVS複製人間」。 第1作目だったからというのもあるが、当時は単純に、「ルパン三世」 という題名だった。

 この作品を初めて見たのは、当時故水野晴郎氏が解説をつとめていた、日テレの 「金曜ロードショー」 だった。 あれ? 「水曜」 だったっけな?

 水野晴郎氏は、そのとき確か、ルパンが最後にマモーと対決するのに、次元の制止を振り切って言ったセリフについて言及していたと記憶している。 それは、ルパンの存在意義にもかかわる重要なセリフだった。 子供心に、水野サンという人は、この映画のキモとなる部分を的確にとらえている、と感心したものだ。

 ところで、この映画におけるルパンの顔は、いまさらながら考えてみると、ほかのどのシリーズにも出てこないような、特殊な顔をしている。
 だがだからと言って、これはルパンじゃない、という声を、公開当時から、私はあまり聞いた記憶がない。

 これって、結構不思議だ。

 もともと、この映画が公開されるときに、ことさら強調されていたように記憶しているのは、「これは大人向けのルパンです」 みたいな宣伝文句だった。 だから、当時子供だった私たちにも、「じゃ顔も違って当たり前か」 みたいな暗黙の了解みたいなものができていたように思える。

 当時中学生のガキだった私を魅了したのは、その大人っぽい作りもさることながら、全体に流れる、動画としての表現方法の、ある種の過激さだった。

 冒頭から、いきなりタテ線が何本も現れる。 なんだろうとおもっていると、それが死刑台への13階段だということが分かる。 また、スポットライトを浴びた部分だけが着色されず、線だけの映像になる。
 ルパンや次元のタバコを吸うところをはじめとする、登場人物のしぐさの、あまりの決まりよう。 セリフひとつも、洗練されていて、そんなに何回も見たわけでもないのに、実に印象的で覚えているセリフの、多いこと多いこと。
 ガードレールを伝って走るカーチェイスなどは、「カリオストロの城」 のカーチェイスよりも勝っている、と個人的には思う。
 さらには、マモーの城における、シュールレアリズム絵画の転用。
 マモーが火に包まれて死ぬ瞬間は、これこそアニメでしか表現できないシーンだ、と言っても過言ではない。

 それに、話自体が、やたらとスケールがでかい。

 当時確か、クローン技術というのは、ようやく現実的になり始めたばかりのころだったと思う。 だから、マモーのクローン技術には、ちょっと荒唐無稽なところも、今から考えると確かにあるのだが、マモーの意識が1万年も続いている、神の領域である、という話のスケール感は、当時の中学生には、あまりにもショックだった。 マモーが最後、巨大な脳ミソになっている、という展開の仕方も、当時にしてみれば、ハリウッド映画も凌駕する発想だった、と思えてならない。

 とどめに、三波春夫氏の破壊的なパワーも、子供心には相当加味されていた。
 当時、音頭というのは、実に前近代的に私たちの世代はとらえていたが、それをまさに逆手に取った、この映画のエンディング曲、「ルパン音頭」 は、こんなのもありか、という衝撃を、私たちの世代に与えた。 たぶんこのインパクトが、「20世紀少年」 などにも受け継がれている気がする。

 今にして思うと、Aプロダクション、という、高畑勲氏や宮崎駿氏の作りだした、または、当時テレビで頻繁に放送されていた第2シリーズの赤ルパンの、変にヌルいルパンに、当時の私はすっかり洗脳されていた、と言っていいだろう。

 今、第2シリーズのルパンをたまに見たりすると、かったるくて最後までとても付き合っていられない。 だが、当時はそれが、まるで金科玉条のように、「ルパン三世」 の王道に見えていたのだ。

 この 「ルパンVS複製人間」 は、その当時の私の認識を根底から覆すほどの、エネルギーに満ちていた。

 だから、ルパンの顔が違うとかいうこだわりなど、どこかにふっ飛んでしまった、と言っていい。

 要するに、「ルパン三世」 というのは、山田康雄サンなどの、声優陣がそのまま出ていれば、キャラクターデザインなどどうでもいいのだ、という認識を、当時の中学生は、強く持ったのだった。

 事実、このあとも、さまざまなキャラクターデザインのルパン三世が登場した。 モンキー・パンチ氏のルパンにいちばん近いのは、なんといってもピンクのスーツのテレビシリーズだと思うが、だけど、見ている側からすれば、そんなこたどうだっていいのである。

 ルパンは、無限に複製されている。
 そう考えると、この劇場公開映画第1作目のルパンというのは、マモーではなく、ルパンの今後を暗示していたようにも思えてくる。

 ただ、この映画のインパクトがあまりに強すぎたせいで、宮崎駿氏が手掛けた次作、「カリオストロの城」 は、単なるお姫様救出の話みたいで、いかにもヌルいルパンの代名詞みたいな印象を持たざるを得なかった。
 公開当時、ちっとも支持されなかったゆえんである。

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2009年6月18日 (木)

蛙のギョーム

蛙のギョームめが夜だというのにやかましく
寝られやしない
けさ洗面台でばったり出くわしたら
おれのしょぼくれた顔を見て
げらげら笑っていやがった
「お早う 今日の目覚めは格別宜しいようだ」
ふん宜しくない
モリアオガエルめ
いつだって他人に迷惑をかけながら
ぬけぬけとげらげら笑っているやつのほうが
人生を楽しんでいるとは どういうことなのだ

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「クメピポ!」 阿川佐和子サンと平野レミサン

 「クメピポ!」 6月17日(2009年)のゲストは、阿川佐和子サン。

 阿川サンは、「情報デスクToday」 の頃、よく見てました。 結構あこがれのまなざしで。 1983年くらいだったですかね。
 報道番組に出てくる女性にあこがれたのは、阿川サンが初めてでした。 頭がよさそうなのに、親しみやすそうで。
 その頃から比べると、最近の阿川サンは、まさに隔世の感があります。 私としては、昔の恋人みたいな、ちょっと複雑な感覚を、この人に対しては持っています。 実にご本人には失礼な話ですが。

 いや、でも、久々に拝見しましたけど、オバチャン化が進んでましたね。
 なにしろ、よくしゃべるし、あけすけだし。 「情報デスク」 の頃から、さばさばしたところは、あったんですが。

 「TVタックル」 にも、まだ出てるのかなあ。 もう見なくなって、ずいぶんたちます。
 あの番組、最初は面白かったんですが、だんだんVTRのウソ臭さが目立ってきて、というかその恣意的な作りが嫌になってきて。 政治家どもが、この番組を利用しているのも、スゲエ嫌になってきて。

 それはそうとして、かつてあこがれた立場でものを言わせてもえば、今回の番組で拝見した阿川サン、実に恋愛対象に入りにくい性格をしています。 部屋が汚いとか、穴があいても下着を捨てないとか。 ちょっと、なんか、なにかを、捨ててません?(笑)

 それから、阿川サンの友達で、番組の途中から出てきた、平野レミサン。

 この人、イラストレーターの和田誠サンと結婚してはいるんですが、番組で久米サンもしゃべっていたように、よく結婚生活が続いてるな、というくらい、性格的な 「あけすけさ」 という点では、阿川佐和子サンよりもはるか上をいっている。

 なにしろ平野レミサンという方は、一言も二言も、余計なことをしゃべくりまくるんですよ。
 すっごい正直なのは分かるんですけど、なんか、たまにイライラするんだなあ。 ずけずけしゃべりすぎて。 それを受け入れちゃうと、ホント楽しいんですけどね。
 それに平野サンって、ちっともじっとしていない。
 私、この人の顔って、じっくりちゃんと、見たことないんですけど(笑)。

 男としては、こういう 「あけすけ過ぎる」 女性が、困ったことに、ある瞬間ちょっと魅力的に見えたりするわけです。 元気をもらいたいなあ、という意味で。
 おそらく、こういうハチャメチャなトークで聞かされるのが、愚痴や文句だったら、男のプライドみたいなもんは、ズタズタにされる気はするんですが。

 今回の番組の最後で、久米サンも千原サンも、うるさすぎて頭が痛いとか耳鳴りがするとか、疲れたとか、実にその通りな気はするんですよ。
 久米サンなんかは、阿川サンから 「ひとの話聞いてないですよね?」 と言われるわ、平野サンからは、「この人すぐ殴るのよ」 と言われるわ、踏んだり蹴ったり、という感じでした。 ご同情申し上げます(笑)。

 だけど、機関銃のようなおしゃべりが収まった後、その日一日中、耳の奥でその女性のしゃべる声がこだまし続けている、そういう感覚って、ちょっと味わってみたくなったりするんですけど。 そんなの私だけでしょうかね?(笑)

 いや、たまに、仕事なんかで一日中オッサン同士で話し合ったりするとき、しばらくそのオッサンの野太い声が、耳から離れなくなってしまったりするもんですから。

 どうせなら、その声って、女性のほうがいいでしょう?

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2009年6月17日 (水)

「白い春」 第10回 やはり一緒にはいられない

 サッチャンの手術、あれだけ気にさせといて、退院してみれば意外と軽かった感じがした、「白い春」 第10回。
 手術が成功してからの阿部サン、偶然見つけたサッチャンの成長記録アルバムを見て、何か感じるところがあった様子。

 最終回直前の 「白い春」 は、吉高由里子チャンの父親探しとか、物語的には、由里子チャンの親の話なんか、いきなり出てきたような印象だった。 このドラマではこういう、伏線のない話は、あまりないんだが。 どういうフロシキのたたみ方をすればいいのか、迷っているような感じ。

 ただ、このドラマの作り手の、登場人物たちに対する愛情は、相変わらず強いまんまである。 それに、このドラマ、登場人物同士が、ヤケに強い絆で結ばれている感じがする。

 だからこそ、吉高由里子チャンは、サッチャンに本当のことを、結局は言えないと思うのだが。
 自分を捨てた父親のところへ行った帰り、由里子チャンが阿部サンに向かって、「パン屋さんは8年間もサッチャンのお父さんができてよかったじゃない。 もうじゅうぶんだよ。 そろそろ、オジサンにサッチャンのお父さんの役、ゆずってあげてもいいじゃない。 あたしはそう思う」 と言ったけど、それは由里子チャンの、阿部サンに対する優しさなんじゃないだろうか。
 だけど由里子チャンは、サッチャンと面と向かった時、自分が本当のことを言うことで、壊れてしまうものがあると、たぶん考え直すんじゃないかと。 オッサンは、そう思うのです。

 そして、阿部サンは阿部サンで、自分がパン屋をやめてサッチャンと縁を切ろう、というのも、そうすることがいちばんみんなにとって幸せなのだという、阿部サンなりの優しさだと思う。

 なんか、みーんな、やさしすぎて、ヤんなっちゃうなあ。

 やはり、一緒には、いられないんだよね。 だって不自然なんだもの。 父親がふたりなんて。

 でも、そういうのもアリかな、とは思うんだけと。

 でも、きっと、そうしたら、このままの状態では、みんないられなくなる。

 あーあ、とっても、切ないですよね。

 最終回は、やはりというかなんというか、デビット伊東サンのほうに話がいくみたいだ。 果たしてその800万を阿部サンがどうケリをつけるのか、とても気になります。

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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アニメ 「はじめの一歩」 第24回 格闘技とは…

 鷹村対ホークのクライマックスを迎えた、アニメ 「はじめの一歩」 第24回、「王様」。 リングサイドにいるような感覚で、つい汚い言葉を発してしまいますが、ご了承ください(笑)。

 第7ラウンド、完全に頭に血がのぼったホークのラッシュを受けて、意識がまたまた吹っ飛んじまう鷹村。
 「約束は破らねえ…だけどよ…なんでこんな思いしなきゃなんねえんだ…殺してやる…誰を…誰がやった…」
 鷹村の意識のなかに浮かび上がってくるホークのニヤケ面。
 ウヘヘヘヘ、ウヒャハハハハハハーッって、ふざけてんじゃねえぞテメーは!

 「なんだ…なんだコイツは…全部…全部…テメエのせいかあああ~~~ッ!」
 意識が飛んだまま、純粋に野生の本能だけでホークをメッタ打ちにする鷹村。 第5ラウンドで、限界を超えちゃった後、いったいどーなんのかと思ったら、今度は理解を超えちまった!

 要するに、今までの、気の遠くなるような練習の積み重ねが、「拳に宿った」、ということらしいのだ。 なんか分からんけど、すげえーっ。 ホーク、たまらずダウンだ!

 ここで 「はじめの一歩」 は、一気にたたみかけることをしない。

 気を失っているあいだにホークをダウンに追い込んだ鷹村が、正気に戻る瞬間だ。

 「カウントが聞こえらあ…なんだオレ…また倒れたのか…あれっ!」

 ここでもう、笑えます。

 「なんであいつが…どうなってんだ?…俺様が倒したのか?…全然覚えてねーぞ! じょーだんじゃねーぞ全然覚えてねーじゃねえか!」

 もう、大爆笑。

 こういう展開のボクシングマンガって、正直見たことない。 こんなギリギリの切羽詰まった戦いをしていながら、笑わすかここで?

 押せ押せムードが漂う中、ホークの限界突破がまだありそうで、鴨川会長も、客席の一歩たちも、なんか嫌な予感が大きくなっていく。
 そこで、瀕死のホークが、奇跡的なスウェイ・バックを見せ、イヤな予感が当たったと思った瞬間、鷹村が…
 その上を行ったああーっ!
 グシャアッ、という鈍い音。

 そのあとホークはホラー映画みたいにまた立ちあがるのだが、ここまでだった。

 アドレナリンもドーパミンもグリセリンもナフタリンも、見ている側は完全に出し切ったような試合だった。 あーしんど。 これ、3週にわたってやったけど、一気に見たら疲れるだろうなあ。

 ここで私がふと考えたのは、格闘技が持つ魔力みたいなものである。
 この鷹村対ホークの試合は、格闘技の本来持っているカタルシスを、極端な形とはいえ、表現しつくしている気がする。
 憎たらしい相手をぶったおす快感。
 技術と技術のぶつかり合い。
 互いの意地をかけた人間ドラマ。

 格闘技に夢中になる人たちは、それらの魔力に陶酔せずにはおれなくなる。

 先日亡くなった、プロレスラーの三沢サンにしても、そうだったと思うのだ。 いくらそれが興行の世界とはいえ、やはりそこには、生死をかけた魂のぶつかり合いが、まぎれもなく存在していたのだ。
 だから、それを見ているわれわれも、時にはこちらまで魂を根っこから揺さぶられているような感動に襲われる。

 2ちゃんねるで、今回の三沢サンの事故に寄せられたコメントのなかで、「誰も悪くないんだ」 というのがあって、私はそれを読んだ時、ちょっとウルウルしてしまった。 そう、三沢サンは、格闘技の精神に、殉じたのだ。 それを冷たい目で見たり、茶化すような人間は、個人的には、お友達になれない気がします。

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2009年6月16日 (火)

「タモリ倶楽部」 ゴムヘビの世界 このどうでもよさ加減がいい

 2009年6月5日深夜(一部除く)の 「タモリ倶楽部」 は、みうらじゅんサンがまたまた仕掛けた、「元祖ショックトーイ ゴムヘビの世界」。 ゲストは板尾創路サンと、YOUサン。 いきなり板尾サン、パッチンガムをタモリサンに勧めて、笑わせてくれます。 「そんなもの、誰ももうひっかからないよ」(笑)。
 結果がどうなるんだったか試したいYOUサン、ガムを引き抜いた途端、「イッ…! 意外と痛いですよ」。 タモリサンも試しましたが、「あっ、…ちょっとイラッとする」(笑)。

 パッチンガム、私も引っかかったことがありますよ。 小さい頃。 あれって、自分がものほしそうにしていたみたいで、ちょっと自己嫌悪に陥るんですよね。 痛いし。 中身はどうなってるんだって、調べたこともありますよ。 ただの厚紙で、実際にガムは入ってませんでした。 そりゃそうか。

 みうら氏、ゴムヘビを海外まで行って収集しているとのこと、台湾まで行って大量に買い込んだ時、「一応ショックトーイですけど、お店の人のほうが(大量に売れたことに)ショックだったみたいで(笑)」。

 売っているところと言えば、東急ハンズの店によってとか、ダイソーとか、神社参道の土産物屋によく並んでいるらしいです。 そういやありますよね。 江の島とかみうら氏言ってましたけど、そーだそーだ、ありましたよね。 その江ノ島のヤツは、2800円とか。 「誰が買うのかっていうことで、…私が買うっていうことにして(笑)」

 それで番組では、ショックトーイの種類はどういうものがあるのか、ということで、さっき出たパッチンガムや、ビックリ箱などを紹介していましたが、とりわけ私が笑ったのは、ブーブークッションでした。
 これ、久々に音を聞きましたが、いや、破壊的な音してますよね。 これほどだったとは。

 このブーブークッション、YOUサンが試したんですよ、番組のなかで。
 ややや、すっごい音で。 バオーッ、て感じ。
 あまりの音に、YOUサンすっごい恥ずかしがっていましたが、いやー、実に、こう言ってはなんですが、永久保存モノの、エロさでした。 板尾サン、「それ、チビッタよなあ今なあ(笑)」 タモリサン 「出た(笑)大量に」。

 その後タモリサンもこれを試して、遠慮気味にへをひる、という実演をしたのも大笑いしました。 「ぷぃー…、プルプルプル、…ブバババババ」。
 そのあまりのおかしさに危機感を持ったみうらサン、「ブーブークッションの特集じゃないわけで…」 とかわしたんですが。
 だけどそのとき出てきた 「ウ〇チ」 のおもちゃも、インパクト強かったなあ。 タモリサン、ブーブークッションの穴の部分にこれを近づけて、ブブブって。 そのウ〇チ、スライム素材らしくて、しまいには机にくっついちゃって。 YOUサン、「やぁ~だぁ~」(笑)。

 すっかりおいしいところを持っていかれた感のあるゴムヘビでしたが、とぐろ型(0型とか言ってましたけど、新幹線かっての…笑)と名付けられた一連のコレクションのなかに、尻尾と頭の位置が逆なのがあって、みうら氏 「こんな、コレ、蚊取り線香じゃないですか」 YOUサン大ウケ。 正常な状態に直せるんじゃないかということで、やってみたら、「できましたねえ」(笑)。
 板尾サン 「でもかなり、力入ってますよね」。 確かに、元の状態だったときはマヌケそうな顔だったゴムヘビクン、ヤケに険しい顔になってたような…?

 ヘビのウラっ側が、タケノコを切ったみたいな状態のものも、あったりして。 「ガラガラヘビタイプ」 というのは、面白かったなあ。 しっぽの部分、音がシャカシャカ出る仕掛けになっていて。 みうら氏 「これだけでも結構マラカス状態にはなれる(笑)」。

 でも、だんだん皆さんヘビをぞんざいに扱うようになってきて、これもおかしかったです。
 みうら氏 「オレはいいけどぉ~」 って、こういうフテクサレかたするヤツっていましたよね、小学生くらいのころ(笑)。

 それで出てきたのが、「フタル酸」 という化合物の存在。
 ダイソーなんかで売られているゴムヘビの注意書きに、「本品はフタル酸を含まない、安全な素材でできています」 と書いてある。
 このフタル酸、塩化ビニル樹脂を軟らかくするための素材らしいです。 フタル酸を含まないゴムヘビは、何となく固い。

 またまたヘビを投げ捨てるようにする皆さん。 みうら氏も 「あの、一応、実費で買ってるんで」(笑)。

 だいたいこんなおもちゃのヘビで、みんな驚くのか?という疑問に答える形で、実験ビデオを見ることに。
 結構みんな驚いてたのが、面白かったです。 ドッキリカメラみたいで。
 いちばん驚いてたのが、ガーナ人の男の人。 やっぱり、身近な動物なんですかね。 本国にはゴムヘビ自体がないらしく、完全に本物だと思ったそうです。
 板尾サン 「だからガーナの人の意識からすると、蛇に対する感覚っていうのは、『殺るか殺られるか』」(笑)。

 個人的には今回の 「タモリ倶楽部」、大蛇タイプのゴムヘビを体に巻きつけたり、YOUサンの色っぽさ全開の回だった気がします。
 それにしても、みうらサンは、思いもかけないところから、くだらなさを実に面白く見せる術を、知っていますよね。

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「桑田佳佑の音楽寅さん」 2009年6月15日 大阪編その2

 5月30日(2009年)に大阪城ホールで行われた、大阪のFM局802の20周年ライブで、シークレットゲストとして登場することになった桑田サン。

 まずは大阪の商店街をロケ地にミュージッククリップ風な作りの、「買物ブギ」。 魚屋サンでタイやヒラメを買うところと、歌詞がリンクしているとか、なかなかよくできた映像だった。
 「買物ブギ」 は服部良一サンの戦後の傑作で、日本における 「ブギ」 というものの、発祥的作品だ。 子供の時分にこの曲を聞いて、「ワテほんまによう言わんわ」 の部分のメロディに、ヤケに悪魔的な響きを感じたことを覚えている。 意味も分からなかったし。 「ワテほんまによいわんわ」 って、どーゆー意味?とか。 「あきれてものも言われへん」 って感じなのかな。
 この曲のブギー感覚は、歌謡曲の流れを多分に含んでいて、桑田サンの世界と共通するものがある。 やるなあ、桑っちょ。

 続いて、大阪城ホールの模様。
 はじめにユースケサンが出てきて、「今日は素敵な仲間を連れてきました。 トーラちゃーん!」 という紹介のあいさつに、会場の反応はいまひとつ。 ユースケサンに寅チャンで分かんないってことは、「音楽寅さん」 の認知度も、さほど高くないってことなのか。

 桑田サン、「寅さん」 第1回目の追悼特番でかぶったトラのぬいぐるみを着て登場。 まだ会場、この人が誰なのか分かっていない様子。
 いきなりユースケサンに耳打ちして、「なに?『セックスがしたい』って…」 と笑かします。
 「『呼吸ができない』?『脱ぎたい』?『暑い』?」 で、着ぐるみを脱ぐと、桑田サンだということが分かって、会場は大盛り上がり。

 1曲目はこの番組のテーマ曲、「HONKY JILL」。
 この曲、桑田サンのこの手の曲としては、いちばんストレートって感じがする。 リミッターを、意識的に外していると思うのだ。 家族でこのテレビを見ていて気まずくなったとかいう声もあったようだが、すいませんね、桑田サンって、そういう人なんである。

 2曲目は上田正樹サンの 「悲しい色やね」。
 アレンジ的に、完璧レコードコピーだった。 この曲は、特に桑田サンが歌わなくても、すでに大名曲なのだが、とてもよかったです、桑田サンの歌い込みが深くて。

 3曲目は途中から。 「明日晴れるかな」。 4曲目は 「波乗りジョニー」。 全編聴きたかったなあ。

 続いては、スタジオ収録で 「雨の御堂筋」。
 欧陽菲菲サンの、1970年のヒット曲。 当時ベンチャーズが日本情緒を曲にしたものに、歌詞をつけたものが、よく流行っていた。 「二人の銀座」 とか、「京都慕情」 とか。
 この 「ベンチャーズ歌謡」 に対しては、ずいぶんとふつうの歌謡曲と違う響きを感じていた。 ベンチャーズの、当時の日本の歌謡界に与えた影響というものは、もうちょっと評価されてもいい気がするのだが。(追記 : と書いた矢先、先日6月14日、ベンチャーズの結成当時からのメンバーだった、ボブ・ボーグル氏が亡くなったというニュースが、今日届きました。 謹んでご冥福をお祈りいたします)

 スタジオ収録の次の曲は、憂歌団の 「お政治オバチャン」 …って、桑田サンの格好、もろにあの、ピンクのスーツのオバチャンなんですけど。 歌詞が最高に面白かった。
 政治ばっかりやっていて恋もしたことがない政治家のオバチャンが、「きれいなパンティもたまにははいてみたい」 というのだ。
 「きれいなフリルのついたやつ/イチゴの模様のついたやつ/黄色いリボンのついたやつ/男も出来ずに50年」…この歌詞を、あのピンクのスーツで歌われた日にゃ、爆笑するしかございません。
 ラストでは、田中角栄サンのマネで、「マアこのー、マアこのー」。 若い人は、知ってる人、少ないだろうなあ。 昭和も遠くなかりけり。
 とどめに、「カーッ、ペッ!」。 このくだりを不快と思う人もいるとは思うが、政治全体に対してうんざりしっぱなしな無党派層にしてみれば、桑田よくやった!というところだろうか。

 ラストは、北新地のジャズバー、「藤田Bar」 で、この地で50年サックスを吹いてきたという、藤田サンと共演。
 曲は、「酒と泪と男と女」。
 特に大阪弁の歌ではないのだが、妙にこの場に合っていた。 藤田サンも、ジャズではないこの曲に、絶妙に絡んでいた。

 なんか、こういう組み合わせって、今後の桑田サンのキャリアに加えていったらいいのでは、とさえ思ってしまう。 腕のいいスタジオミュージシャンのアンサンブルもいいけど、近頃自分たちは、下手くそだけど味のある音楽ってものに、触れていない気がするのだ。 ヘタクソっていうのは失礼な言い方だが。

 この前後編で、桑田サンは、大阪のパワーをもらおうとしていたように思う。 自分の人生にカツを入れるためにも、不況でも負けずに笑って生きているっていう、大阪の方々の生きる姿勢を学びたいな、そう思った、「音楽寅さん」 だった。

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2009年6月15日 (月)

「ぼくの妹」 第9回 千原ジュニアサンのオタオタぶりがかわいい

 偶然にも、千原ジュニアサンの病気を知ってしまったオダギリクン。 ホント、この偶然は、ドラマならではだと思うのだが。
 それはいいとして、オダギリクンの病院での治療を拒む千原サンに言うこときかせようと、またまた行方をくらましてしまう、長澤まさみチャンなのであった。
 この人音信不通になるの、もう何度目だ? もう、常套手段のような気がするが。

 今回の 「ぼくの妹」 の見どころは、長澤まさみチャンがいなくなってからの、千原ジュニアサンのオタオタぶりだった。

 最初は公園にオダギリクンを呼び出して、「楓(まさみチャン)がいなくなった。 探せ。 探せ!」。 間髪入れずに夜の夜中にオダギリクンのマンションにやってきて、「楓がよくしゃべる女と一緒に現れた。 楓は病気らしい」。 「よくしゃべる女」 ったら、あの看護師サンしかいないでしょう。

 その看護師(西原亜希チャン)の借りたウィークリーマンションに同居していたまさみチャンに会いに、車で一緒に出かける、オダギリクンと千原サン。 なんか、ミョーな取り合わせ。

 その車中での会話が、結構今回のキモっぽかったんだが、なんか、BGMが大きすぎたのか、千原サンの声がぼそぼそ過ぎたのか、半分くらいしか聞こえなかった。 残念だ。

 「アンタはみんなから必要とされている。 オレは誰かがいなけりゃ、消えていくような人間だ。 オレはアンタのようになりたくてなれなかった。 だから嫌いだ」
 「僕もきみが嫌いだ。 大嫌いだ」

 このシーン、オダギリクンも千原サンも、お互いに相手を 「嫌いだ」 と言っているが、実はこのとき、ふたりの間に、奇妙な信頼が生まれたように思う。 この瞬間、千原サンは、オダギリクンに、病気の自分を預けよう、と決心したのではなかろうか。

 西原亜希チャンのマンションにたどり着いて、面会拒絶をするまさみチャンに対して、千原サンは思いがけない行動に出る。 そこらへんに貼ってあったポスターをひっちゃぶいて、オダギリクンの世話になることをマジックで書き、高いところによじ登って、まさみチャンにアピールするのだ。
 そこまでやるかと思ったが、楓がいないとダメなんだという気持ちがストレートに伝わってきて、実にすがすがしい気分になった。

 だが。
 ここまでこのドラマを見ていて、ともさかりえチャンって、いったい何だったんだろうな、という気はしてくる。
 彼女が転落死してしまったことで、このドラマの方向性が、逆に迷走してしまった感が、どうしてもするのだ。 結局、犯人探しのサスペンスじゃなかったし。

 街金から借りた900万円の話が、ここ数回、まったく出てこないこともおかしい。 あれって、どうなっちゃったのか? 100万返して終わりってわけじゃないし、そもそもそんな利息なんてどうにでもなるのに、なんにもしないし。

 思うに、このようなドラマ展開をしたいのならば、ともさかりえチャンは、あんな偶然で死んじゃうべきじゃなかった気がする。 もうちょっとオダギリクンの過失の部分を強くして、ともさかりえチャンが死んだのはオダギリクンのせいだ、と決めちゃえば、千原サンがオダギリクンを憎む理由も、より強くなったと思うし。 そうすりゃ長澤まさみチャンだって、千原サンに恋する危うさっていうものが、より強く出せた気がする。

 まあ、これはオッサンのたわごとですが。

 次回予告を見てみると、なんだか兄妹で大ゲンカしてるみたい。 いずれにせよ、どうなるのか、先が気になる展開ではある。

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「天地人」 第24回 石原良純サン、ふっ飛んだ!

 アタシの景勝サマをいじめないで!という声がどっからか聞こえてきそうだった、「天地人」 24回、北村一輝サンと妻夫木クンの秀吉参り。

 人付き合いの極端に下手くそな景勝サマは、あまりにも不慣れな営業活動、じゃなかった(笑)、あいさつ回りをムチャクチャにこなしたためか、ついに御乱心、じゃないか(笑)、お倒れに。 ラストでは、尋常じゃない奇声をあげてましたけど。

 冒頭で感じたのは、今回2度目の登場だったかな、前田利家役の宇津井健サン、そして今回初登場の木村佳乃サン、おふたりとも、ずいぶんセリフがしゃべりにくそうだったこと。
 特に宇津井健サンは、口を思いっきり動かして、しゃべりにくさをカバーしているように見えました。 役作りだったのか、単純にろれつが回らないのか、それは分かりませんでした。
 でも思えば、宇津井サンも相当なお年のはずです。 ワタシ的には、30年以上前の「赤いシリーズ」 なんですが、それでも当時すでに、ベテランの領域。
 ご自愛ください。

 ただ、前田利家、と言えば、まだまだ唐沢寿明サンのイメージでしょう。
 どうも、豊臣秀吉の笹野高史サン同様、実際の年齢関係ってどうだったのかな、という、余計なことを、ドラマを見ながら考えてしまう。

 まあ、いいか(笑)。

 ご当地紹介、みたいな演出とか、まあもうどうでもいいんですが(笑)、今回笑ったのは、福島正則を演じた石原良純サンが、木村佳乃サンにブン投げられるところ。

 おおーっと! いきなりワイヤーアクションかっ! いや、CGかっ?

 笑いました。 10メートルは、飛ばされていたでしょうか。 「柔道一直線」 か(笑)。
 でも、考えれば、「天地人」、初回から、阿部寛サンが丸太をぶった切ってましたからね。
 こーゆーのは、批判を恐れず、どんどんやってもらいたい!

 なんか、もーヤケなんですけど(笑)。

 しかし、徳川家康役の、松方弘樹サン。
 何度も言及しますが、この人が出てくるだけで、ふにゃふにゃだった画面が、シャキッとする。 この人だけで、大河をやっている気がします。

 それと、おね役で初登場の、富司純子サン。
 無愛想な景勝サンをいさめながら、その全体的なふるまいのなかに、もともと自分たちも成り上り者だから、というような空気をまとわせていて、とても深い演技を、見せてもらえました。

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「MR.BRAIN」 第4回 えっ、トーギサンじゃないの?

 結論から言ってしまうと、この第4回の 「MR.BRAIN」 は、1話完結ではなかったんでした。

 ワタシ的には、ずーっと東儀秀樹サンが怪しい、と思っていたんで、木村拓哉クンが 「ハ短調」 とかでやっと気付いたり、科警研で、犯行現場当日に現場付近を通った車の運転手をリストアップしていったりするクライマックスで、東儀サンが出てくんのかなーと思ったら、いきなり終わっちゃって。

 えっ?って感じ。

 じゃ東儀サンじゃないのかな~、と、この日曜日、ずっと考えていたわけです。 というのはウソです(笑)。 一日中 「バイオハザード」 やってました。

 それはどうでもいいんですが、次回予告に、仲間由紀恵サンが犯人役っぽい感じで出て来たりして。 なんじゃそりゃ?って感じ。 違う事件なのかな? トータス松本サンと、山崎樹範サンがガイコツ鑑定していた別件の。 どうもそれっぽいんですけど。 だって考えられないですよね、さんざんこの登場人物だけでやっといて、第三者が犯人なんて。

 よく考えれば、佐藤健クンも、記憶障害なのを楽譜で補っているみたいだし、楽譜で蘇った殺意なんかもあったのかもしれないです。 木村多江サンも、なんか誰かをかばっている雰囲気でしたし。 だけど、これも予告編でやってましたけど、「全員が犯人」 なんて、第2回目の焼き直しみたいで、ヒッカケっぽいんだなあ。 この予告編。

 楽譜のトリックとか、私の推理している通りじゃ、いくらなんでもと思うんですが。
 次回に持ち越し、という以上は、大どんでん返しを期待してます。

 いずれにせよこのドラマ、謎解きがメインの話とは、到底思えないんですけど。

 「ぴったんこカンカン」 での番宣でも、木村クンはじめとして出演者がハッピを着てババンババンバンバンとやってましたが、このドラマは、「8時だョ!全員集合」 の流れをくんでいると、個人的には思っています。
 次から次から、オールスターがギャグを飛ばす、そのノリで、オールスターキャストで、犯罪事件をバラエティ豊かに見せる。
 なんでTBSは、わざわざこの時間帯にこのドラマをやっているのか。 私は 「全員集合」 との関連性を、とても深く感じています。

 「古畑任三郎」 との共通点も、感じたりします。
 木村クンは、田村正和サンのモノマネをしながら、いつかモノマネだけではない、自分なりの 「古畑」 を演じたかったのでは、とオッサンは邪推するわけです。

 いずれにせよ、贅沢なドラマです。
 これを、もったいないと思うのか、豪華だなあと思うのか、それは、見る側の感性に、委ねられているんだと、オッサンは重ねて考えたりするわけです。

 それにしても、東儀サンにしても、佐藤健クンにしても、ピアノ、実際に弾いてるみたいに見えましたけど。
 東儀サンは雅楽器をやってますし、もしかすっとピアノもある程度弾けるのかもしれませんが、佐藤健クンのピアノ弾き演技は、見事としか言いようがありませんでした。
 「仮面ライダー電王」 で、さまざまな性格のイマジンを演じてきた佐藤クン、今のところ 「器用」 の域は出ない気はしますが、今後さらに、演技に磨きがかかる予感がします。

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2009年6月14日 (日)

「スマイル」 第9回 先入観との闘い

 裁判員制度による松本潤クンの裁判が始まって、このドラマの主眼がますますはっきり見えてきた気のする、「スマイル」 第9回。

 先週、マンガみたいだと評したこのドラマの裁判員たちだが、相変わらずマンガチックなやりとりがあるにもかかわらず、この裁判員たちの心の動きを見ていると、あるひとりの人間に対して、検察やマスコミに、自分たちが植えつけられているイメージというものが、いかに危ういものなのかを痛感する。 でもまあ、このドラマでのその描き方は、実にステレオタイプっぽい、かつ大仰な方法ではあるのだが。

 つまり、私たちは、そのひとのことを知ったような顔をしていろいろ話題にしたりするが、そのひとの何を知っているのだろう、ということだ。

 どうかこれから私の言うことを、誤解をしないでいただきたいと、前置きをするが。

 例えば、麻生総理がなんだかんだと言われているようなことを、私たちは報道やネットから判断するのみであるが、じっさい私たちは、麻生総理のことを、どれだけ正確に知っているのか。

 民主党の鳩山代表が、なんだかんだと言われているようなことを、私たちは報道やネットで判断したりするが、じっさい私たちは、鳩山代表のことを、どれだけ正確に知っているのか。

 鳩山邦夫前総務相や、日本郵政の西川社長にしてもそう。

 共産党や公明党の人たちについて、私たちは実際に会って、その人となりを正確に判断していると言えるのか。

 キムジョンイルと会って話をしてみたら、以外にいいヤツかもしれない。

 いま挙げた人たちの置かれた立場って、けっして表面的な言動からだけでは、判断のつきかねない場合って、多いと思う。

 まあ、いいヤツかどうか、というのは、そのひとのやっていることと無関係かもしれないが、実際に顔をつき合わせて話をしてみないと、世の中って、分からないことが多いのに、私たちは、実際に会ってもいない人のことを、他人から与えられた材料で、判断しすぎるのではないだろうか。

 「スマイル」 における早川ビトは、フィリピン人だから、ということで、いわれのない差別を受けてきた。 ビトが刑務所で本を読んだキング牧師もしかり。 中井貴一サン演じる、伊東弁護士もしかり。

 そして今回のラストで、ようやく声を発することができた新垣結衣チャンも、犯罪者の娘、という差別に、再び直面することになった。

 みんな、世間の先入観と闘っているのだ。

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「チューボーですよ!」 枡田絵理奈アナ、やらかしちゃいましたね

 6月13日(2009年)の 「チューボーですよ!」 ゲストはV6の長野博クン。 メニューはカツオのタタキ。

 調理師免許を取得したという長野クンのさばきのほうが上手く、「こっちを使おう」 ということになって、結構順調に番組は進行していたんですけど。

 盛り付けをして、薬味をのっけながら、堺巨匠が 「薬味が大変」 などと話しているわきから、枡田絵理奈アナが、「巨匠!それどころじゃないことが!」

 「これって血合いじゃないですか?」 臭みのもとになるので取り除いておかなければならなかった血合いを、巨匠が取るのを忘れていたみたいで。

 「…大丈夫だよ」「ホントですか?」「だってオマエここまで乗っけちゃって 『血合いじゃないですか』 って…」 堺サン、明らかにムッとしてます。
 ヒソヒソ声で結局あいまいなまんまで、その場は終わってしまいましたが。 この雰囲気自体が、ちょっと不穏なような。

 試食の段になって、堺巨匠 「シンプルなカツオのタタキじゃないね、いろんな味だね」 長野クン 「素材ってヤツが大事ですが、それに手を加えるっていうのは逆に難しいと思うんですよ」 と、血合いのことなんか忘れたような流れだったんですが、枡田アナ、やらかしちゃいました。

 「血合いの部分残ってると思うんですけど」 と、枡田アナ、言うか言わないかのうちに堺巨匠 「うるさいなあ」(笑)。
 枡田アナ 「気にならないですか?」 長野クン 「あのくらいなら気にならないですね」 堺巨匠 「だいじょぶだあんなもの」
 枡田アナ 「でも中心の部分はすごくおいしいんですが、端っこになるにつれてちょっと、血合いの味が…」
 堺巨匠 「ゲストがさ、気ぃ使って食べてんのに、キミが堂々と、そこで、『血合いの味が』 って (笑) …ここはおまえんちか!(笑) あのさ、試食んとき要らないキミ!なんかこう、お世話する係やってくれる?食べないでいいから(笑)『いらっしゃいませ』 とか 『あら久しぶり』 とか(笑)」
 枡田アナ 「おいしいです、基本は、おいしいです、とても」
 堺巨匠 「『基本はおいしい』 って、…基本とか言うなよ! (笑)」
 長野クン 「今までにないカツオのタタキだと…」

 結局、星2つ。

 堺巨匠、なかば怒りの形相で、「星、2つです!」

 しばらく沈黙。 枡田アナ 「わたしのせいですか?」
 堺巨匠 「枡田クーン、キミホントにさあ、星に影響があるよ」
 長野クン 「いややっぱり、ね、血合いが、ね…」
 堺巨匠、枡田クンの腕を取り、「ちょっと表出ろ! (笑)」

 このやり取りの一部始終は、ドリフの危ない笑いのような感覚で、私としては楽しかったのですが。
 でも、ちょっと 「出しゃばり」 っぽくて、枡田アナを嫌いな人は、こういうところが嫌いなんだろうな、という気はしました。
 ワタシ個人的には、自分が社会に出た頃のことを思い出しましたね。 どういう物言いで上司が気分を害するのか、新人の頃はよく分からないものなんですよ。 なんでこんなことで怒るの?みたいなこと、よくありました。 今回枡田アナが犯したNGワードは、「基本は」 ですね。 これって、頭のいい人が、よく犯す 「人をカチンとさせる」 言葉なんですよ。

 最後の(架空の)ケータイのコーナーで、東山紀之クンに、「藤田まことサンと一緒に来て、枡田クンを斬っちゃってください」 というギャグでしめた堺巨匠でしたが、堺巨匠ににらまれないように、枡田アナ、気をつけてもらいたいものです。 というか、打ち合わせでもして、今後はこういう路線もアリだ、という確認でもしたほうが…、あ、大きなお世話ですよね(笑)。

 ただ、堺巨匠は、自分が気分を害していることを、ギャグにしてしまおう、という気持ちを持っているので、けっして額面どおりに、堺巨匠の怒るのを、真に受けちゃいけないところは、あります。

 あ、蛇足ですが、今回のカツオのタタキの薬味は、参考になります。
 小麦粉を少量つけて揚げたタマネギスライスとか、カリッと揚げたニンニクスライスなど、今度やってみようかな、っていうのがありました。 なんか、ウマそう。

枡田絵理奈アナに関する当ブログほかの記事

「チューボーですよ!」 2009.4.12 枡田絵理奈アナ、誰かに似てる…
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-6b09.html
「チューボーですよ!」 2009.4.26 気まずい雰囲気… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-2537.html
「チューボーですよ!」 2009.5.3 枡田絵理奈アナの実力が分かってきたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-6d87.html
「チューボーですよ!」 2009.5.24 枡田絵理奈アナ、このコは相当できるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-4ff2.html
「チューボーですよ!」 2009.6.7 枡田絵理奈アナ、堺巨匠を籠絡かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-43ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.14 枡田絵理奈アナ、やらかしちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-0b93.html
「チューボーですよ!」 2009.6.21 ニュートラルな貴乃花親方http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-e5ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.28 優木まおみチャンと小林麻耶アナの接点http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-602e.html
「チューボーですよ!」 2009.8.6 枡田絵理奈アナの、ビックリ特技http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-3076.html
「チューボーですよ!」 2009.9.6 錦戸亮クン、お初にお目にかかりますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-2edd.html
枡田絵理奈アナ、ニュースも読むんだhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-3d96.html
「チューボーですよ!」 2010.8.15 枡田絵理奈アナ、それを言っちゃあ…(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/post-90ec.html
「チューボーですよ!」 2010.9.5 枡田絵理奈アナ、究極の挑発!(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/09/post-3c0d.html

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2009年6月13日 (土)

「A-Studio」 玉木宏サン 相当まじめです

 「A-Studio」 6月12日(2009年)のゲストは玉木宏サン。

 「真夏のオリオン」 という戦争映画の役作りのため、8キロほどダイエットした、と話してましたけど、ダイエットしなくてもじゅうぶん、この人は戦時中並みに痩せてると思うんですが。 いや、頬がコケてましたね。

 お母様が大変厳しい人で、しょっちゅうひっぱたかれていたらしいです。 スイミングスクールをさぼったときには、髪の毛つかまれて引きずりまわされたと。 鶴瓶サン、「オレも引きずりまわされたい」 と言ってましたが、あのー、つかまれるほどの毛が…(笑)。

 でもそのスイミングスクールの経験が、「ウォーターボーイズ」 でも相当モノを言ったらしい。 人生どこでどんな経験が、役に立つか分かりません。
 デビュー以降いろんなところのオーディションに落ち続けた、「かすりもしなかった」 という玉木サン、「ウォーターボーイズ」 のオーディションのエピソードは、勉強になりました。
 「そこでひとつの区切りとして、今までオーディションに行っても、『ぼくのいいところを見て下さい』 っていう感じだったのを、そうじゃなくて、すべて吹っ切って、恥ずかしいところも見せ切る、(略)そういったことがすごく大きかったと思う」

 そのことと連動した話だと思うんですが、玉木サン、普段は無口で、こんなにしゃべることはないのだそうです。 「しゃべることって大事だなーと、最近あらためて思うようになったと。 話してこそやっぱり自分の意思って伝わると思うし、生きていくうえでその、ひとつのつながりって大事じゃないですか」

 ワタシ的には、玉木サンと言えば、「のダメカンタービレ」 の千秋役です。
 番組では、のだめ役の上野樹里チャンにも取材をしていたんですが。
 樹里チャンがまた、ドラマ中玉木サンに世話になったエピソードを忘れた、と言っておきながら、やっぱりありましたと、深夜鶴瓶サンにメールをよこすなど、のだめそのままの印象なのに、玉木サンのほうは、千秋役になるために、四六時中指揮のビデオを持ち歩いて見ているとか、相当努力していたようです。 樹里チャンが、玉木サンを評して、「ストイックな人」 というのも分かる。
 玉木サンは樹里チャンを評して、「ものすごく気持ちをストレートに出してくるコ」「気持ちが芝居で引っ張られる部分てあるし、すごく純粋ってことでは魅力的なんだと思います」
 千秋という役に関しては、「千秋って何でもできる完璧な人間なので、どうやってもそこに追いつけないわけですよ。 だから練習しないと」
 実際のキャラ的にも、のだめと千秋は、このふたりじゃなきゃ絶対ダメ!って、私は思います。

 最後の鶴瓶サンの話。
 玉木サンの事務所の社長である、元アイドルの葵てるよしサンが、事務所のほかのタレントを全部切り捨てて、玉木サンだけ残したって。 すごいですよね。

 番組を見ていて、お母様に厳しく育てられた、玉木サンの性格のまじめさを、とても感じました。

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私が 「ガンダム」 に乗れなかったわけ

 お台場に、全長18メートル、という、実物大のガンダムが建造されたらしい。

 最初この話が出た時は、結構冷淡な反応を、ネットの世界から感じていたのだが、じっさい出来上がってみると、結構本格的な作りになっており、海外からも、驚嘆の声が上がっているようだ。

 この話題に熱くなっている人々を見ると、私などは 「うらやましいなあ」 と思わざるを得ない。
 なぜなら、私は 「機動戦士ガンダム」 に、乗れなかったクチだからだ。

 私のようなオッサン世代のアニメファンには、いわゆる 「ヤマト世代」「ガンダム世代」 という分け方がある。
 私は 「ヤマト世代」 に属しており、松本零士サンのアニメにはハマっていたほうなのだが、「ガンダム」 に関しては、遠巻きから眺めるだけだった。

 私がガンダムを敬遠した、まず最初の理由は、すでに当時、自分が14歳だったことにある。
 ロボットアニメ、というカテゴリーが、すでに自分のなかでは、「昔のもの」 だったのだ。
 「マジンガーZ」「ゲッターロボ」 に夢中になったのは、すでに6年も前のことだ。 いまさらロボットでもなかろう、という気分だった。

 次に、主人公のアムロ・レイの声優サンが、「巨人の星」 の星飛雄馬だったことが、「ガンダム」 にハマれなかった理由だ。 幼少時から私にとって古谷徹サン、と言えば、星飛雄馬だった。

 第3の理由。 主題歌が、イケてなかった。
 「燃えろ、燃えろ、ガンダ~ム」 って。 「宇宙戦艦ヤマト」 で、「さらば~地球よ~旅だ~つ船は~」 と、荘厳なまでの主題歌にシビレまくっていた私にとって、自分がオコチャマだったにもかかわらず、そのオコチャマぶりに、嫌悪感をもよおしたのであった。 なんだか、ザ・リリーズの 「好きよキャプテン」 みたいだったし。

 第4の理由。 ガンダムのデザインが、イケてないように見えた。 この意見には、個人差がありますが。
 私が最後にしびれたロボットデザインは、「ライディーン」 だった。 最近同名っぽいアニメかあった気がするが、私のは、1975年か76年あたりの、「勇者ライディーン」 である。 当時流行っていたベルボトムがそのままデザインに生かされた足元、頭部を守る開閉式のカブト、フォルム的に完璧だった気がする。

 ロボットアニメに対する私の認識を根底から改めさせたのは、1996年の、「新世紀エヴァンゲリオン」 である。 そのアニメの監督である庵野秀明氏は、私より年上なのにもかかわらず、「ヤマト世代」 でもあったが、同時に 「ガンダム世代」 でもあった。 「エヴァ」 には、庵野監督が 「ガンダム」 によって影響を受けた、主人公の精神的成長、という題材を、極限にまで発展させた跡がある。
 このアニメには、ハマりました。 テレ東で深夜集中放送されていた、最初の再放送によってですが。

 「ガンダム」 の恩恵を、私も間接的には、受けていることになる。

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2009年6月12日 (金)

「小島慶子 キラキラ」 阿南京子サンのオッパイ話

 フィッシング詐欺みたいなタイトルで、申し訳ございません。 「オッパイ話」 と言っても、大した話ではありませんので、初めにお断りしておきます。

 6月12日(2009年)、TBSラジオ 「小島慶子 キラキラ」 ゲストは、阿南京子サン。
 4月のスペシャルウィークの時も 「久米宏 ラジオなんですけど」 にご出演されていましたが、その時の反響の大きさにTBSラジオも味をしめたのか、今度はこっちの番組の聴取率アップに駆り出されたような格好です。

 ただ、やはり今日の 「キラキラ」 でも反響は大きかったみたいです。 私の 「ラジオなんですけど」 の時の、阿南サンのことを書いた過去のブログにも、本日昼過ぎから、いきなりアクセスが殺到してました。 普段でも、結構コンスタントに、この阿南サンの記事にはアクセスが入るんですが。

 私も今日の 「キラキラ」 は途中から聞きました。
 「道路に落ちていたもの」 というテーマでリスナーに募集をかけていたみたいで、私が聞いた時は、「ヌーブラが道路に落ちていた」 という投書を立て続けに小島サンが読んでいました。 落ちていたヌーブラを子供たちがかぶって遊んでいたとか。 阿南サン、「それって、なんていうんですかね?オッパイごっことか…」。

 その時、小島サンかパートナーの水道橋博士サンかが、阿南サンに頼んだのだと思いますが、「道路にヌーブラが落ちているために渋滞しています」 という、架空の交通情報を、阿南サンがしたんですよ。

 びっくりしました。 ホントかと思って。 私、あんまり注意して聞いていなかったもんですから。 つまり、緊急の交通情報が、ホントに入ったんだと、思ったんです。

 それで分かったんですが、阿南サンの交通情報の語り口って、絶大な信頼感があるんだなあって。 これがほかの人だったら、どこにでもいるような声なので、ちっともホントに聞こえないでしょうね。

 番組ではオッパイつながりで、小島サンが阿南サンの胸、大きいんですか?などという失礼な質問をしておりましたが、「貧乳です…」 と、とてもつつましやかなお答えで。 スイマセン、「オッパイ話」 とか言って、この程度です…。

 番組では、高速道路の出口付近をバックで走っている車がいる、という話も出ていましたが、阿南サンによると、ナビの間違いで、出口を行き過ぎちゃう車が多いらしいです。 みなさんも気をつけましょう。

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「ゴーストフレンズ」 最終回 正統派 「少年ドラマシリーズ」

 「ゴーストフレンズ」、このドラマの主な視聴者層は、どうも10代が中心であるらしい。 NHKのHPに寄せられている感想などを読んでいると、そういう印象がある。

 HPの感想でその次に多いと思われるのが、1970年代に、同じNHKの夕方にやっていた、「少年ドラマシリーズ」 を見ていたような、当時少年少女だった世代の人々だ。
 かくいう私もその中に含まれる。
 この物語が最終回に向かって突き進んでいる方向を見ていて、私は昔見ていた 「少年ドラマシリーズ」 のノリだなあと、なつかしさを禁じ得なかった。

 例えば、ミソラチャンのカイトクンに対する仕打ちが、冗談ではすまないレベルになっていくのに、ミソラチャンの子分みたいになっているゴーストたちはまるでマンガみたいだ、というところ。
 また、そもそもミソラチャンに人間への取り憑き方を教えた 「黒いタクシー」 のゴーストが、カイトクンたちを助けようと、ジャッキー・チェンさながらのカンフーアクションを延々と繰り広げたりするところ。
 これが、「少年ドラマシリーズ」 のノリなのだ。
 つまり、少年少女を 「NHKなりのヌルさ」 で、食いつかせようというところが見える。 これこそが、「少年ドラマシリーズ」 のひとつの特徴なのである。

 そういう 「ヌルイ」 作りは、見る人によってはあり得ない、下らない、と感じるかもしれない。

 だが私は、最終回、カイトクンとミソラチャンが空に溶けていくまで、切なさを加速度的に増していった福田沙紀チャンの恋心を見ていると、そのあまりにシュールな展開に思われた最終回の成り行きに、「なぞの転校生」 に通じるような何かを感じていた。

 「なぞの転校生」 は、「少年ドラマシリーズ」 でも白眉とも言えるドラマだった。
 ストーリー的には 「ゴーストフレンズ」 と似ても似つかない。 ただ、主人公たちの恋心が高まっていくのと、その展開がシュールさを増していくのと、同時進行である、という点において、このふたつのドラマはよく似ている気がする。

 そしてもうひとつの共通点。
 登場人物の、「青春のきらめき」 というものを、ドラマの中に封じ込めようとしている点だ。
 「ゴーストフレンズ」 では、なんといっても福田沙紀チャンと、カイト役の西島隆弘クンが、とても輝いて見えた。 少年少女たちは、やはりこの点に、いちばん心がときめくはずなのだ。
 って、断定してますけど。

 でも私が最終回でいちばん切なく感じたのは、福田沙紀チャンが次第に、ゴーストが見えるという能力を、失っていく過程だった。
 また、ミクとユイという、沙紀チャンの親友が旅立っていくところも、無性に悲しかった。

 そして物語の最終章、7年後の話。
 ゴーストが見える、という能力を持っている紗綾チャン、能力をかつて持っていた沙紀チャン、片瀬那奈サンの3人の女性を通じて、物語が受け継がれていくような、世代が受け継がれていくような、そんなことを感じた。

 それは、「少年ドラマシリーズ」 を見ていた私たちの世代から、新しい時代の 「少年ドラマシリーズ」(この木曜8時台のNHKドラマは、「ドラマ8」 というらしい)を見ている若い世代へ受け継がれる、物語の継承とも、似ている気がするのだ。

 抽象的な話で分かりにくかったでしょうか? スミマセン。

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2009年6月11日 (木)

現代版 「悲しき玩具」

 私の住んでいる町にあるおもちゃ屋さんが、今年の春先、店じまいをした。
 東急大井町線等々力駅近くの、「たけや」 というおもちゃ屋だ。

 店先に、閉店のお知らせが貼ってあった時は、さすがにショックだった。 幼少のころから、おもちゃというと、この店で親に買ってもらっていたからだ。 なつかしい店がなくなるのは、さびしいものだ。
 張り紙によると、50年もこの地でおもちゃ屋をやっていたらしい。

 正直なところ、私も幼少のとき以降は、この店を利用することもなくなっていた。
 ただ、だからと言って、経営自体が悪化していたかどうかまでは分からない。
 なぜなら、この「たけや」 の店舗のある建物が、近年建て替えされたりしていたからだ。 「まあそれなりに、この店も未だに繁盛しているのかな」、という認識を、私などは持っていた。
 要するに、この店の閉店の理由には、経営の悪化ではなく、もしかするとご主人が年を取ったからとかいう、ほかの理由も、あるのかもしれない。

 いずれにせよ私は、ここ数年、この 「たけや」 の前を通るたびに、悲しい気分になっていたことを白状する。
 その原因は、店先に陳列されていた、動く子犬のぬいぐるみのせいだ。

 これは、なにも 「たけや」 だけの話ではない。
 町の商店街で細々と営業を続けているようなおもちゃ屋の、店先に並んでいるぬいぐるみを見ると、どうにも無性に悲しい気分になって仕方がないのだ。
 これが、「トイザらス」 とか、大店舗でガンガンおもちゃを売っているようなところでは、ちっともそう感じない。
 おそらくそんな量販店では、どんどん品物がはけて、ぬいぐるみたちにとっても、そんな寂しさなど、みじんもないからなのだろう。 

 いつまでも買われてしまうことのない、小さなおもちゃ屋の子犬たちは、店先で必死になって、それしかできない仕草で、キャンキャンとしっぽを振っている。
 それはある意味、ペットショップでダランとしている子犬たちより、強い哀れを感じてしまう。

 現実の話をすれば、ペットショップなんかのほうが、命のある分、ずっと残酷なのだが。

 数年前、「アイボ」 というペット型ロボットが流行ったこともあった。
 結構な値段だったその犬たちは、現在どうしてしまったろうか。

 どうも、生身の動物にしろ、ぬいぐるみやロボットのような人工物にしろ、人間が愛玩のために作り出すものは、人間のエゴによって哀しくゆがんでいるような気がしてならない。
 そのことを思うと、私は胸が張り裂けそうになる。

 今、「たけや」 のあった場所には、美容院が営業を始めている。
 こうして街はだんだんと変わってゆく。
 ぬいぐるみたちの悲しみが漂っていた等々力の街並みは、こうして過去のなかに淘汰されていくものなのだろうか。

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「タモリ倶楽部」 原田芳雄サン、カシオペアに乗る

 2009年6月5日(一部除く)深夜の 「タモリ倶楽部」 は、原田芳雄サンが久々の登場。 ご病気されていたとかいうニュースを見ていたので、心配していたんですが。 やはり 「タモリ倶楽部」 にご出演されるのが、一番の近況報告、という気はします。

 新宿のバー、「銀座パノラマ」 というNゲージのある酒場で、とてもチケットが取れない、という豪華寝台特急、「カシオペア」 に乗った、という顛末を話されていました。
 タモリサンもすでに乗られていたとのこと、原田サン、それを小耳にはさんで、ちょっと嫉妬していたみたいです。

 進行役は松尾憲史サン。 「今日はその自慢話を延々聞こうという…」 原田サン 「まあ自慢ていうこともないんですけどね、まあちょっと鼻が高いというかね」 タモリサン 「それが自慢てことです」(笑)
 どこがそんなに魅力なのか、という松尾サンの質問に、日本で一番新しい寝台列車で、動く豪華ホテルというホスピタリティ、全車がグリーン車扱い、という話で。 松尾サン、「金持ちしか乗ってない」 タモリサン 「もちろん金持ちだよ」(笑)。 自分が金持ちなのをネタにするあたり、さすがです。

 原田サンが乗ったのは、2番目に料金が高いという、「カシオペアスイート メゾネットタイプ」 というもので、2人利用の場合、1人44,460円。 1階がベッドルーム、2階がリビングとシャワー室がある、…すごいですね、ソレ。

 何でも原田サン、「ウルトラミラクルラブストーリー」 という映画の出演料の代わりに、プロデューサーにこの列車のチケットを頼んだとのこと。 プロデューサーの土井サンは、7人のプロジェクトチームを組み、乗車日の1か月前、午前10時に電話予約が開始されるという、「10時打ち」 を一斉に敢行。 南武線の武蔵新城駅で手に入れたらしいです。 うっ、ワタシ、食料買いに、よくいくところなんですけど。

 食事は予約の時に、和食か洋食か、決めなければならないらしいです。 原田サン 「(タモリサンに)ちなみに、どちらですか?」 タモリサン 「和食ですねー」 気が合ったらしく、ハイタッチ(笑)。 松尾サン 「なんだこのふたり」(笑)

 タモリサンは上野から札幌のカシオペアに乗ったらしいのですが、今回原田サンは、青森での撮影後、途中乗車できるのにもかかわらず、わざわざ札幌まで行って、上りの始発からカシオペアに乗ったらしいです。 でも、分かるなあ。 私、別に鉄道ファンじゃないですけど。 途中で乗っちゃ、つまんないですよね。

 終着駅(始発駅?)に電車がバックで入ってくるときのコーフンは、エライものらしいです。 原田サン 「向こうから、大スターが来るみたい。 もう(心臓)バックバックですよ」(笑) タモリサン 「線路がこう来てここで止まってる。 そこに(列車が)バックでゆっくり入ってくるんだよ。 これがいーのよ。 フィギュアスケートの女王がこう、バックでこう(滑ってくるみたい)」(笑)

 ドアのかぎが、番号打ち込み式らしくて。 原田サンの番号が、「4405。 ヨシオGO」(笑)。
 原田サン、だんだんボルテージが上がってきて、新婚カップルがいたと言いたかったのに、新婚パックとか。 タモリサン 「新婚ファックとか」(笑)。 しまいにはカシオペアも、カシオペラと言い間違える始末。 笑いました。

 カシオペアには、オリジナルのワインなんかもあるそうです。 原田サンは、もう列車が出発してすぐに飲み始めたらしくて。 番組でもそれが出てきて、原田サンは感激してそれを拝んだりして。 ワイングラスに注いで、タモリサン 「カシオペアやないかーい」。

 アメニティグッズは持ち帰り自由、とのこと。 スリッパも新品のまま持ち帰って原田サン、「ずうーっとカシオペアのなか、靴下で歩いてた」(笑)。 いや、でもそのスリッパ、いかにも使い捨てっぽかったけど。

 原田サンは結局、寝台列車なのにもかかわらず、それを堪能するために、5時近くまで寝なかったらしいです。

 それにしても、いつも 「タモリ倶楽部」 に出てくる原田サンはそうなんですが、鉄道を語っているあいだは、少年そのものです。 この原田サンを見るまでは、私は原田サン、と言えば、ハードボイルド一直線、というイメージだったんですが。

 オマケです。
 今回の空耳アワー、高橋力サンの 「フットルース」、最後のサビ前のケニー・ロギンスの雄叫びを、「あっ クソが出るぅ」 って、久々にケッ作でした。

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「白い春」 第9回 じわじわ泣かせる

 大橋のぞみチャン扮する村上さちが重い病気になってしまう、という展開の、「白い春」 第9回。
 見ているうちに知らず知らずのうちに泣けてきてしまう、「じわじわ」 型の、泣ける話だった。

 まず冒頭、初めての給料をもらって、「これだけかよ」 と憎まれ口を叩きながら、ひとり公園で給料袋を開け何度も中身を見て、うれしくて仕方のない様子の阿部サン。 これだけでもう笑えるのだが、その笑いの質が、なんだかとても、こちらの心を豊かにしてくれるような笑いなのだ。

 よく考えれば、阿部サンが刑務所を出てから、これが初めてもらった給料ではない。
 それでも阿部サンがこれだけうれしく感じているのは、やはりその労働の質において掃除夫の時よりもかなり上だからだと思える。 さちと一緒にいられることの喜びも加味されているだろう。

 阿部サンがひとりでニヤニヤしているのを、そのサッチャンが見てるんだなあ。 それで、そのニヤけたオッサンを、サッチャンが色とりどりに、絵に描いているのだ。

 これが、今回の話を引っ張るカギになっている。 いつもながら感心するのだが、このドラマの脚本家の、話のもっていきかたは実に自然で、言っちゃナンだけど、私はいっつも、「天地人」 の脚本家にこのドラマを見て勉強してもらいたいと感じてしまう。 あ、意見には個人差があります。

 んで、阿部サンは、そのサッチャンの様子を見て、自分の初任給をサッチャンのために使おうと、新宿の画材屋 「世界堂」 に画材を買いにいくのだ。

 この阿部サンの判断は、実に正しい。 というか、どこで教わったんだ!というくらい、この店に画材を買いにいくのは、正解なのだ。
 というのも、新宿の 「世界堂」 というのは、結構美術をやっている者には名の知れた、画材の安売り店なのである。

 だがその同じ晩、サッチャンは倒れて入院してしまう。
 翌朝病院に駆けつけた阿部サンは、サッチャンが母親と同じ病気かもしれないことを告げられ、動揺しまくる。 「オマエはすぐ思っていることが顔に出るから、さちの見舞いはするな」 という遠藤憲一サン。 顔を手でゴシゴシする阿部サン。 笑える。
 ここらへんで、今回の冒頭で、阿部サンがニヤニヤしていたくだりが、生きてくるのだ。 でもこういうところで笑かす、という作り手の手腕も、大したものだ。

 検査の結果を待っている間、「もしお姉ちゃんと同じ病気だったら、私お姉ちゃんを許さない」 と言う白石美帆サンに、「マリコがさちを生まなきゃよかったと思っているのか!さちは生まれてこないほうがよかったのか!」 と食ってかかる阿部サン。 かぶりを振る白石サン。 なんか、この辺から、もうジワジワきます。

 さちの手術代を払うのが大変だと盗み聞きをして、阿部サンが神社にお参りをしたら、遠藤サンとカチあう、というエピソードも、とてもよかった。 
「さちの世話でおまえに仕事を任せなきゃいけない」 という遠藤サンの申し入れを受け入れる阿部サン。 「本当なら、オレが払わなきゃいけないカネなんだ」 という思いを吐き出すあたり、またまたグッときます。

 手術の前日、阿部サンは白石サンから、遠藤サンに内緒で見舞いに来てほしい、と頼まれる。 入院してからサッチャンの描いた絵が、モノクロの、自分が天使になってしまう絵ばっかりだ、というのだ。
 ここで冒頭のシーンが、また生きてくる。

 阿部サンはサッチャンへのプレゼントの画材を手に、病院へ向かう。
 前に失礼を犯した医者の先生に、自分のなけなしの初任給を渡そうとする阿部サン。 ああー、もう、ちょっと、この辺から、知らないあいだに私、涙が。
 阿部サンとサッチャンとのシーンでは、そんなに悲しくもないはずなのに、涙が止まらない状態になってました。 オッチャン、年とったせいですかね。

 次回予告では、サッチャンがどうなるのか、まったく分からない状態。 分かったら、予告編の意味ないですけど。 でも、このドラマの作り手サンの、登場人物に対する温かいまなざしを見ていると、けっして悲劇にはならないと、私は思っています。

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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2009年6月10日 (水)

「桑田佳佑の音楽寅さん」 2009年6月8日 大阪で生まれた桑っちょ?

 「アベーロード」 では、怒涛のアクセスをいただき、誠にありがとうございました。

 ところがそれ以降、わたしの個人的感想ですが、「音楽寅さん」 は結構レベルが低い展開に終始した感がありまして。
 ギャグは滑りっぱなしだわ、カバー曲はイケてないわで。
 いや、滑るなら滑るで、笑える滑りようってもんが、あると思うんですけど、滑るのをあらかじめ、狙ってやっているようなコントっていうのは、基本的につまらないんですな。

 しかも、特に日本のフォークソング、というものに対して、桑田サンの思い入れが、さほど見えてこない。 さすがに吉田拓郎サンは、別格だとは思うんですが。
 どことなく、見くびりながら歌っているのを、ワタシ個人としては、感じてしまうんですよ。
 桑田サンとアンテナが近いのは、浅川マキさんだと思うんですが、どうせ桑田サンが歌うんなら、「夜が明けたら」 あたりがぴったりだったんじゃないですかねー。
 でも 「フォークソング」 がテーマの回でしたからね。 「夜が明けたら」 は、違うですかね。 ブルースですから。
 同じ 「ラーメン屋」 の時に歌われた、「時には母のない子のように」 も、ちょっと桑田サンの興味の枠外、という感じがする。

 んで、話は今回、6月8日放送分に移りますが、冒頭から通天閣に、大阪のオバチャンの格好をした桑田サンが登場。
 ああ~、今日もまた、しょっぱい展開になるかな、と思ったら、さにあらず。
 まず、ユースケサンタマリアサンのヘンな歌が笑わせる。
 「友達のビリケンがぁ~泣き出してぇ~オレなんか~安っぽい~」。
 即興歌ぽかったんですが、桑田サンからもう一回歌ってとせがまれたら、結構同じく歌ってたんで、ちゃんとした歌だったのかもしれない。 ヘンな歌だったぁ。

 通天閣の展望台で、そのビリケンをバックにまず1曲。 「梅田からナンバまで」 という、上田正樹サンと有山淳司サンのカバー曲。 この歌は知りませんでしたけど、なかなか桑田サンとハマってました。

 それ以上にハマっていたのが、昔っぽいいでたちのキャバレー 「天守閣ホール」 で、そこの生バンドのバックによる、ザ・ピーナッツの 「大阪の女」。 こういう、半分プロ、みたいなレベルの人たちと桑田サンのコラボレーションは、実に新鮮だった。
 合うんですよ、キャバレーの生バンドと桑田サン。
 まるで前川清サンみたいな歌い方をしてましたけど、桑田サンって、さっき書いたようなフォークソングよりも、歌謡曲との相性がいい。 と個人的には思います。

 スタジオライブでは、和田アキ子サンの 「どしゃ降りの雨の中で」 と、BOROサンの 「大阪で生まれた女」 をカバー。 この2曲とも、ブルースの香りが強い曲風で、これも桑田サンとドンピシャだったなぁ。

 意外な展開を見せたのは、そのスタジオライブの間に挿入されていた、天王寺の焼肉屋サン、「喜楽園」 でのロケ。 「LOVE KOREA」(サザンオールスターズ)と、「アリラン」(朝鮮民謡)って、今週は大阪の特集じゃなかったっけ?って感じ。 桑田サンがアリランを歌うのって、ちょっと意外だった。

 来週もこの続き。 大阪城ホールでのサプライズゲストの模様も流れるらしいので、楽しみです。

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アニメ 「はじめの一歩」 第23回 「支える手」 シビレまくります

 サブタイトルはどこかの介護スタッフみたいなヌルさだったが、本編は怒涛の展開が続く、アニメ 「はじめの一歩」 鷹村対ホークの3回目。

 こんなに泣かせてどーすんの?と言うくらい、リング、セコンド、観客席、実況が一体となって、たたみかけるように見る側のアドレナリンを刺激してくる感覚に襲われる。

 前回は鳥肌立ちまくりだったが、今回は、涙腺刺激しまくりだった。
 5ラウンドを終わっていきなりガス欠してしまった鷹村。 そりゃ、限界超える減量をしていたんだから当然と言えば当然の話だが、あともうちょっとなのにー、と、手足をジタバタしたくなる。

 6ラウンド開始早々、ホークにボコボコにやられる鷹村。
 「減量苦さえなければ!」 と悔しがる青木たち。
 それをさえぎるダニーのオジサンの解説がまた泣かせるのだ。
 「減量中に一言でも、あの男が 『苦しい』 と言ったダニか? きっと鷹村には自分が5ラウンドで限界だと分かってたんダニ。 だからこそ両手をあげ、自分を奮い立たせて出ていった! 自分がどれだけ期待されているかも知っている。 プライドを傷つけられても、感情を押し殺して、一言もグチらず、ただ黙々と、限られた時間、5ラウンドを全力で戦える体に仕上げたんダニ。 わしゃあ、涙が出る。 鷹村のあの誇り高い姿を見ると、本当に涙が出るダニ!」

 もう、こっちも、ボーダの涙です。

 また、ホークのプロ入り前のエピソードも、ホークの狂気をまざまざと見せつけて余りある。
 「殺人許可」 だとおおーーっ! なめんな、ホーク! セコンドのオヤジも、冷静すぎて、生意気だああーーっ!
 鷹村ああーーっ、根性見せてくれええーーっ!

 タオルを投げようとする鴨川会長の手が止まる。
 「わしはキサマの闘いぶりが、大好きじゃ!まだ見ていたい、この手で止めとうなぁーいっっ!」
 その瞬間、鷹村に突き刺さるフィニッシュ・パンチ。
 吹っ飛ばされながら、「終わっ…た…」 とつぶやく鷹村。
 しかし次の瞬間…!
 おおおーーーっ、光る手だああーーっ! 手が光っとる! 光っとる手が、鷹村を支えたああーーっ!

 なんのこっちゃ。

 ともかく、その 「支える手」 のおかげで、鷹村はホークに反撃の一発を食らわせたわけだが、これが結構効いてしまったために、逆にホークが完全に頭に血がのぼってしまった。
 ヤッベエ。
 本気で怒っとるぞ、ホーク。
 今度こそマジで、「殺人許可」 だよこりゃ。
 くっそおー、盛り上がってくれるじゃないの。 やられっぱなしですよこっちは。

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2009年6月 9日 (火)

「天地人」 第23回 どうしても必要だった与六の再登場

 はじめにお断りしておきますが、意見には個人差があります。

 妻夫木クンの幼少時代演じて大好評だった、与六役の加藤清史郎クンの再登場。

 好評にこたえて、という名目だったが、私には、このコの再登場は、このドラマにとってどうしても必要だった気がする。

 なぜなら、妻夫木クンが北村一輝サンにただひたすら忠臣として仕える理由が、これまでこのドラマを見てきて、あんまりよく分からなかったからだ。

 史実がそうだったかどうかは知らないが、ドラマでは見ての通り、北村一輝サン演じる上杉景勝は、無口なうえに人付き合いが下手くそで、とてもじゃないが主の器ではない。 そんな主に、どうして兼続はこうもまっすぐについていくのか。

 このドラマにおける、その疑問の答えは、皮肉な言い方をすれば、ボーイズラブ、という解釈で一貫している。

 いや、実際は、上杉の義、という言葉に集約して説明されてはいる。
 だがその 「義」 そのものが、このドラマの中で、実にヌルイ概念でしか、説明されていない。 領民のためだとか、越後のためだとか。 助けを請うものは拒まない、とか。

 だが景勝と兼続の、このドラマでやってきたことを考えると、どこにそんな、上杉の儀などあるのだ、という気がしてならない。 御館しかり、魚津城しかり。

 つまり、景勝と兼続の尋常ならざる固い絆は、「自分たちに都合のいい義」 というもので、このドラマでは説明されているにすぎないのだ。
 だから、お互いに好きだったんでしょ?、というように、どうしても見えてしまう。

 この回の物語は、もともと当初の予定にはなかった話に違いない。

 そのため、思い出に浸りに、上田の庄に行くまでの話の流れは、相変わらず、いかにもとってつけたようなのだが、上田の庄に帰省してからの話は、このドラマにしてはよく出来ていた。

 回想シーンで与六(兼続)と喜平次(景勝)が再び登場。 自分の殻に閉じこもっている喜平次に、与六が、「喜平次は、ワシが守る」 と言うのだ。
 つまり、兼続が景勝に盲目的に仕える理由は、景勝が、主としての度量がありながら、それをじゅうぶん発揮できないのを補佐する目的だった、という解釈が、この回の話から、ようやくはっきり浮かび上がってきたのだ。

 その手の話は確かに以前にも出ていた。
 だが、私には、その説明は、とても不十分に感じる。 そもそも、「オレが御屋形様を守る」 という理由自体が、弱いのだ。 だがその理由がいかに弱かろうと、ドラマの中でしつこいくらいに繰り返せば、それはちゃんとした理由になる。

 もうひとつ、今回の話がどうしても必要だった理由がある。

 幼い時から、このふたりは強い絆で結ばれていたのだ、という説明が、ドラマでじゅうぶんに行なわれていなかった、という点においてである。

 このふたりの幼少時代は、第1回目と、2回目までしかなかった。 この初回の2回では、このふたり以外のいろんなことの説明も必要だったために、このふたりの絆を表現するのには、短すぎたきらいがあるのだ。
 しかも、その2回で一番印象的だったのは、加藤清史郎クンの 「わしは、こんなところに、来とうはなかった」 という演技。 和尚さんの講話中も、マンガなんか描いているような、やる気のなさなのである。
 あげくに寺から逃げ出して。
 喜平次役の溝口琢矢クンが、その与六を迎えにいくところも、どうして喜平次は、与六ばかり気にするんだろう、というように見えて仕方なかった。

 今回の話は、その理由を補足して余りある。

 もともとなかったはずのこの話が、かなり重要に見える、というのも、このドラマ自体の説明のしなさ過ぎを露呈する結果になっているのは、皮肉な話だ。

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2009年6月 8日 (月)

「ぼくの妹」 第8回 あの看護師サン最高

 視聴率同様、どうにもウジウジしてさえない展開だった 「ぼくの妹」 に、ちょっとしたつむじ風が巻き起こっている。
 オダギリクンが桜井サンのお骨を持っていった先で出会った、岡山の個人病院の看護師、西原亜希チャンである。

 なにしろ、登場した瞬間から、おっちょこちょいで、でしゃばりで、べらべらよくしゃべって、元気で、明るくて、…「ぼくの妹」 に、こんな突き抜けたキャラクターは、今までひとりも出てこなかったために、すごく魅力的に見えるのだ。

 それで、西原亜希チャンの話によると、そこの個人病院のたったひとりのセンセイが、入院中だそうで、80を超える高齢であるために、医師として働くのは限界だろう、と。
 その話を聞いた途端、私などは、「オダギリクン、いい就職先といい嫁サン、同時にありついたじゃないの」、と思ったんですけど。

 オダギリクン本人は嫌がっているようだが、カネにモノを言わせている理事長の娘なんかよりも、よっぽど亜希チャンのほうがよかろう。 大学病院でだって、いじめを受けてるんだし。 何を拒否する理由があろうか。
 しかも、そこの個人病院の雰囲気と、そのセンセイの若い時の写真が、オダギリクンの父親を思い起こさせるものらしいのだ。
 はい!これで決まり!ってなもんでしょう。

 それにしても、西原亜希チャン、笑わせてくれたなあ。

 なにしろオダギリクンが煮え切らない性格のため、亜希チャンのセリフのいちいちがおかしい。
 亜希チャンが何かしゃべるたびに、ワタシ笑ってましたよ。
 なんか最近どっかで見たよなあ、この顔、と思ったら、「天地人」 で高嶋政伸サンの後妻に来た人だった。 あっちでもなんか、コミカルな役だった気がするけど。
 長澤まさみチャンも、亜希チャンのテンションの高さに、引きまくってた。 笑えます。

 亜希チャンは、今までの 「ぼくの妹」 の雰囲気をぶち壊す人かもしれないが、こういう人がいると、ドラマを見ようとする意欲が増す気がする。

 蛇足ですが。
 今回のサブタイトルも、おかしかったなあ。
 「涙の別れ…忘れないよ」。
 いつ誰が、泣いてましたかね?
 忘れないよって、何のことやら?
 責任者でてこーい!

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空白のミロンガ

亡き犬に捧ぐ




  空白のミロンガ


おまえのお墓のうえ
名も知らぬ小さな羽虫が
名も知らぬ草の葉に静かにとまり
ゆるやかな午後の日射しが
なにも言わず通り過ぎてゆく






  空白のミロンガ


日も暮れて
遠くの灯りがまばたきを始める頃
かぼそいピアノの音が
やさしく反復しながら
わたしの肩先に寄り添って
おなじ景色を眺めている

部屋が次第に
うすやみにくらくなってゆき
要らない言葉はうしなわれ
あおじろい海底のような
この世の者には見えない意識の
ひとつひとつが
つぎつぎに心のなかに
沈んでいくように見える

おまえが死んだあと
そのたましいは
いったいどこに行ったのだろう






  空白のミロンガ


死ぬ間際にはもはや 枯れ葉のように軽くなってしまったおまえのからだ
持ち上げるたびにその軽さが胸に迫るわたしの顔を
おまえはいつものようにペロペロなめた
それが習慣だからだったのかもしれないが
生きているだけでつらくて仕方がなかっただろうに
おまえは どうしてそこまでやらなければいけなかったのか

わたしたちにそうして最後まで愛想をふりまくことだけが
おまえがこの世に生まれてきた意味だったのだろうか

いや
おまえはそうしたくてそうしていたに過ぎないんだろう

わたしたちには
おまえと一緒にいたという時間だけが
宝のように残された それだけなのだ

それだけで なんと偉大なのだろう

おまえを最後に抱いたときの重さを
だからわたしは けっして忘れることはないだろう






  

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むしけら

わたしは不思議に思う
虫に命なんてあるのだろうかと
虫が生きているのは
単なる 「作用」 にすぎないのではないかと

彼らは食欲や 生殖のためだけに行動している
だのに
彼らの行動に
わたしはときどき 命の深さを感じたりする

蚊はどうして ひとの血を吸うとき
ひとの死角を狙えるのか
そこが死角だと どうして分かるのか
自分が叩かれる 死の恐怖と闘っているのか

ゴキブリはどうして
自分を殺そうと身構えている人間を
まるで憐れむかのように
立ち止まったまま じっと見つめるのか

セミはどうして
最後の一週間だけ地上に出てきて
力の限り鳴きつづけ
必死になって生き抜こうとするのか

カマキリはどうして
茶色くなって死を待つばかりになった時
まるで自らの一生を
振り返るように黙りこくっているのか

それでもわたしは
彼らのなかに転生された
命というものの 虚ろさに身震いする
おまえたちは
うれしいのか
かなしいのか
おまえたちにとって
生きてゆくということは
欲望に蹂躙された
ただの義務にすぎないのか

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2009年6月 7日 (日)

「恋のから騒ぎ」 6月6日 今週の民謡チャン第2弾

 毎度つまらない話で恐縮です。

 6月6日(2009年)放送の 「恋から」 では、福島弁の民謡チャンが、またまた面白い話をしてくれました。
 「きみたちは昔の男をどう取り扱うタイプなの」 という内容をさんまサンから振られて、民謡チャン 「わたしはバッサリ切りますよ」「私はもう福島にいた人は全部切って逃げてきたのでー(笑)、もう(その後は)知らないです」
 さんまサン 「ちなみに何人くらいバッサリ切られたんですか」
 民謡チャン 「5人ぐらい」
 さんまサン 「はあ~、…えっ人数だんだん合わなくなってきてるんですけど(笑)」

 「男ってアホだなと思う瞬間」 という今週のお題に民謡チャンは、「急に仕事で帰られた時」 という回答で。
 福島で警察官と付き合っていた時の話で、デートの最中に彼のケータイが鳴り、「どしたの?」 と民謡チャンが訊くと、「オレ帰っからー」「なんでー?」「なんか近くでクマあらわれたみてえだからー、仕事さ戻っから」 って。

 さんまサン 「警官の仕事やないかい」
 民謡チャン 「ひどいじゃないですかー」
 さんまサン 「なにがや?」
 民謡チャン 「だってクマと私とどっちが大切なのっていう…」(笑)
 さんまサン 「人の命が危ないねんクマが出てきたら、(だから)クマや!」
 民謡チャン 「クマじゃないー!」
 笑いました。

 さんまサンの料理の仕方も最高におかしくて。

 「クマもお前と張り合う気ぃないし。 クマもケータイかけにくいし肉球でー」(笑)

 さんまサン 「(私と仕事とどっちが大事って訊かれて)むこうはもう、『バカヤロー』ってゆったやろ?」
 民謡チャン 「『そんなの町民の安全に決まってっぺー』って…」(笑)
 結局、クマが怖いから自分もすぐ帰った、というオチで。

 なんか、私が福島弁をなつかしいと思う人種だからっていうせいもあると思いますが、大笑いしながらも、とっても癒されます。

 しかもこの話、続きがあって。
 「私と仕事とどっちが大事?」 という話なんか、不倫をしている場合は絶対出ない、という話になって。
 建設会社の社長なんかは、ドタキャンなんか当たり前、待ち合わせのあいだじゅうDVDをずっと見ているとか。
 アッハーハーなんかは、編み物をしながら待っている、とか。
 「(そういう気持ち)分かる?民謡」 とさんまサンにまた振られ、「まったく分かんないですねー」 と、ついホントのことを言ってしまって。

 さんまサン 「ちゃうちゃうオマエ、分からなアカンやんか」(笑)
 民謡チャン 「(あっ、そうだったというリアクション)」(笑)
 さんまサン 「たとえばオマエはどんなして待ってたんや」
 民謡チャン 「わたしはまあ、えーDVD鑑賞ですねー」
 さんまサン 「じゃ(社長と)いっしょや、いっしょや(笑)おまえは違うことしてたんやろー、何やってたん?」
 民謡チャン 「なわとびとかー」(笑)

 さんまサン、格好のネタにありついた感じで、そのあといじりまくることいじりまくること。

 つまんない話とか言っといて、ずいぶん長ったらしく書いてしまいました。
 やっぱり私、故郷が恋しいんでしょうかね。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

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「チューボーですよ!」 枡田絵理奈アナ、堺巨匠を籠絡か

 また実に下世話な、女子アナ萌えの話になってしまうんですが。

 前回(2009年5月30日)の「チューボーですよ!」 で。
 堺巨匠が、昔なんというバンドのメンバーだったのか分からないジローラモさんが、枡田絵理奈アナに 「ナンデスカ?」 と耳打ち。 それに対して枡田アナ、「私も、忘れちゃいました」 とヒソヒソ声でジローラモさんに耳打ちし返して。
 なんか、これだけで、結構男心をくすぐらせるような気が、するんですけど。
 なんとなく、枡田アナって、そういうフェロモン、まき散らしている印象、ないですかね?

 「昆虫の名前だよ」 とヒントを出されて、枡田アナ、「スパイダー!」 と反応したのはいいんですが、正式には、ザ・スパイダースです。

 そういう経過もあってか、今回(6月6日)では、ゲストのオードリーの紹介の時、「M-1から今日までのオードリーさんの勢いたるや、デビュー当時のスパイダースの堺巨匠のごとく、もう誰も怖くないといった感じです」 と、堺巨匠を持ち上げる紹介にシフトチェンジ。

 前回自分が犯した、堺巨匠への失礼を挽回しようとしたのかどうかは分かりませんが、巨匠には、その気遣いは伝わったようです。
 「ちゃんとオレも入れ込んでくれてありがとう、うれしいねえ」 とニンマリする堺巨匠に、「これからこういう方向で行こうかな、と」 なんて返す枡田アナ、これじゃ還暦転がし?

 前回の「チューボー」 で、カッコ悪い自分の話をみんなで打ち明けあった時にも、「寝る時に、必ず、パジャマをズボンのなかに入れて寝てます」 などという話で、堺サンとジローラモさんから 「(なんだよ)カワイイじゃん」 とツッコミを入れられてましたが、どうも枡田アナ、素なのかワザとなのか分かりませんが、昔でいうところの、「ブリッコ」 的なところを持っていますよね。
 ジローラモさん、「ワタシも、一緒に(ズボンのなかに)入りたいですね」 と、いかにもイタリア人らしく笑わせてましたけど、枡田アナ、両手で顔をしばらく押さえて笑っちゃって。 これって、「ブリッコ」 の典型的症状(?)みたいに見えるんですけど。

 ただし、男性たちに対してはそんな癒し系タイプの女性なのに、結構積極的な物言いも、時々見かけたりする。
 先週ジローラモさんの時のメニューだったピザを、「これまで 『チューボー』 で作ったモノのなかで一番、おいしかったです」 と、実に正直な感想をズバッという。 だがそれは、堺巨匠もツッコミを入れていたように、「じゃ今までのはなんだったんだ」 という、失礼な物言いに聞こえるケースも、大人の世界では、あるんですよ。

 こういう性格の人って、私みたいな 「萌え」 ファンもつくと思うんですが、逆にズバッとモノを言う態度は、反感も買いやすいかなあ、と、このところ彼女を見ていて感じます。 なにしろ、スパサカファンには、事実嫌われているらしいですし。

 だけど、入社2年目で張り切っている、という目で見れば、多少の出しゃばり気味なところも、仕方ないかなあ、とは思うんですが。

 ただ、枡田アナをこの2カ月の間フォローしてきて、最初私が感じた、「ぬぼーっとした感じのボケ役」 というのは、現場に慣れないうちだけの話で、私のカンチガイっぽかったな、ということは、感じます。

枡田絵理奈アナに関する当ブログほかの記事

「チューボーですよ!」 2009.4.12 枡田絵理奈アナ、誰かに似てる…
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-6b09.html
「チューボーですよ!」 2009.4.26 気まずい雰囲気… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-2537.html
「チューボーですよ!」 2009.5.3 枡田絵理奈アナの実力が分かってきたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-6d87.html
「チューボーですよ!」 2009.5.24 枡田絵理奈アナ、このコは相当できるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-4ff2.html
「チューボーですよ!」 2009.6.7 枡田絵理奈アナ、堺巨匠を籠絡かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-43ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.14 枡田絵理奈アナ、やらかしちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-0b93.html
「チューボーですよ!」 2009.6.21 ニュートラルな貴乃花親方http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-e5ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.28 優木まおみチャンと小林麻耶アナの接点http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-602e.html
「チューボーですよ!」 2009.8.6 枡田絵理奈アナの、ビックリ特技http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-3076.html
「チューボーですよ!」 2009.9.6 錦戸亮クン、お初にお目にかかりますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-2edd.html
枡田絵理奈アナ、ニュースも読むんだhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-3d96.html
「チューボーですよ!」 2010.8.15 枡田絵理奈アナ、それを言っちゃあ…(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/post-90ec.html
「チューボーですよ!」 2010.9.5 枡田絵理奈アナ、究極の挑発!(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/09/post-3c0d.html

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2009年6月 6日 (土)

「MR.BRAIN」 第3回 亀梨クンを見つめる木村クンの目

 お約束ですが、ご覧になった方だけどうぞお読みください。

 先週、木下優樹菜チャンとのジャンケンに敗れ、そのままひっくり返ってしまった木村クン。
 てっきり、得意になって言いふらした 「ジャンケンに絶対勝つ方法」 が大したことなくってズッコケたんだと思ってたんですが。 どうも侮れない病気らしい。

 それで、今回のゲスト、亀梨和也クン。

 この人の演技を見るのは、「3年B組金八先生」 以来なので、実質的には初めて、と言っていいです。
 まず、たたずまいが、いかにもって感じで、今回はこの人が犯人で決まりでしょ、ということで、犯人推理の楽しみがここでなくなる。
 しぜんと、亀梨クンの悪役ぶりに、目がいくわけです。

 ほかの役を見たことないのでうかつなことは申せませんが、この人は、繊細な神経をしている犯罪者の役、なかなか合っている気がします。
 私が思い出したのは、手塚治虫氏のピカレスクの傑作、「MW(ムウ)」 の主人公、結城でした。 このほど映画化されて、確か玉木宏サンが結城の役をやっていたと記憶してるんですが、いや、もうちょっと年齢を重ねたら、亀梨クンのほうがきっと適役だっただろうな、と思います。

 監視カメラ通り抜けのトリックも、完璧を目指しすぎたために、現場にかけつけたはずなら映っているはずの自分の姿さえ隠し通してしまった、という、なかなか面白い謎解きで、木村クンは亀梨クンを犯人だと断定したわけですが。

 それまでなかなかよい演技を見せていた亀梨クン、そのクライマックスでなんか急に、木村クンの演技に押されている感じ。

 それで気付いたんですが、木村クン、過去2回とは違って、あんまりおちゃらけていないんですよ、今回。
 それは自分の病気が影を落としている、というドラマ上の演出だったのかもしれませんが、私の個人的な見立てだと、あれは事務所の後輩である亀梨クンに、木村クンが何かを伝えようとしている、というふうに見えました。 なにしろ木村クンの亀梨クンに向かう、目つきが違う。 亀梨クン、その迫力に気圧されたような。

 私のとんだ勘違いかもしれませんが、木村クンの日頃の言動を見ていると、自分たちがジャニーズタレントであることへの妬みや批判に、敢然と立ち向かっている印象を受けるんです。 「好き勝手なこと言わせないようにしようぜ!」 みたいな。

 クライマックスの演技がそうだったので、亀梨クンの演技には、今回どうしても 「?」 マークがついてしまうんですが、亀梨クンには、木村クンのそういうプロとしての気構えが伝わったかな、と、ちょっとカンチガイ気味のオッサンは、思ったわけです。

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「攻殻機動隊」 のアニメ理想形を追求した 「Solid State Society」

 NHKBSハイビジョンで5月30日(2009年)に放送されていた、「攻殻機動隊 S.A.C. Solid State Society」。 お恥ずかしながら、この作品の存在すら知らなかった。 なにしろ、ネットでちょこまか 「攻殻機動隊」 のクロニクルを調べるほど、入れ込んでないので。 2006年、今から3年も前の作品らしい。

 先日再放送された 「攻殻」 のアニメ夜話で、この作品が放送されることを知ったのだが、実際見てみると、構成的にはこれまでマンガやアニメで展開してきた、さまざまな 「攻殻」 を集大成したような、優れた作品だった。

 ただし、「集大成」 というホメ言葉は、裏を返すと 「目新しさ」 に欠ける、ということなのだ。

 「傀儡廻」(くぐつまわし)というこの作品においての敵は、原作における 「人形使い」 のアイデンティティとほぼ同じ。
 草薙素子が傀儡廻の電脳にダイブするところに限って言えば、原作や、それに準じた押井守氏の 「攻殻」 アニメ劇場版1作目と、展開がさして変わらず、物足りなさも、正直言って感じる。

 だが、この作品の最も評価すべき点は、私の考えるところ、「草薙素子の離脱後の 『攻殻機動隊』をアニメとして表現した時、一番の理想形とは何か」 を追求しているように見える部分だ。
 素子が公安9課を離脱したのは、原作とは異なる原因だが、その後の9課と素子との関係を表現するうえにおいて、この作品は、押井守氏が劇場版第2作、「イノセンス」 で表現したように、また原作者の士郎正宗氏が続編で展開したように、見ている側を突き放すような態度は、一切封印している。

 それが、賞賛に値するのだ。

 ただ、現代のひきこもりたちが老人になった時に、今の日本はどーなってしまうのか?みたいな問題提起は、ちょっとツッコミが甘かった気がする。
 こういう問題をアニメに組み込もう、という場合、なにしろ話がシンキ臭くなってしまうために、設定をムチャクチャあり得ないものにしてしまって、見ている側の興味を引き付けるしか方法がなかったりする。
 そのムチャクチャさの象徴が、一人の政治家が子供を誘拐して国のために役立つように洗脳する、という、原作にもあった気のするシステムである。

 また、未来におけるひきこもりの老人たちを、「貴腐老人」 とかという呼び名で総称していたが、ブドウじゃあるまいし。
 こんな蔑称を考えるより、もうちょっとひきこもりの果ての老人の、死を前にした、やるせないくらいの巨大な喪失感を表せなかったものだろうか。

 要するに、見る側の創造力を、一歩も二歩も先んじた、「ひざポン」 ものの発想力が、欲しかったりするのだ。
 でも、これだけ質の高いものを見せてもらって、文句を言うのは、ちょっとゴーマンかましすぎ、っつー感じもするが。

 この作品で最も成功しているのは、草薙素子の取り扱い方である。
 原作続編も、「イノセンス」 も、その点においてメタクタに失敗している。
 「攻殻」 という話は、草薙素子の魅力によって、成立しているのだ。
 けっして、バトーやトグサではない。 確かに彼らは魅力的だが、けっしてメインの魅力ではない。
 このことをおろそかにした場合、「攻殻」 は、ただ難解なだけの、きわめて自閉症的な作品に堕するのだ。

 最後にちょっと個人的なこと。
 私は難聴であるためか、この作品、非常にセリフが聞き取りづらかった。 そのくせ派手なシーンになると、ヤタラメッタラ音がでかいし。
 なんか、不親切。

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「スマイル」 第8回 えっ?なに?そーなの?

 やっぱり死んじゃってましたか、小栗旬クン演じた林という男。
 いや、倒れてから、ちょっと動いてましたから、ひょっとすると、すんでのところで蘇るとかするかと思ったんですが。 病院に搬送されて助かる、とか。

 これで完全に、ビトクンは殺人犯ですね。 公共性に反するためか、ストーリーを隠すためか知りませんが、今日の新聞の、番組紹介の内容では、「ある行動を起こしたため指名手配となり」 とか、ヤケに奥歯にもののはさまったような書かれ方してましたけど。

 林クンも、ロクでもない人生でしたね。 あーあ。 もうちょっと、いい面もあるかと、思ったんですが。 最後まで救いようがなかったです。 これでは、林クンは殺されても仕方なかった、みたいな感じです。 殺される直前の林クンの言動には、まるでビトに自分を殺してほしかったようなところがある。 それじゃしょうがないか、って。 場合によっては人殺しも許される、みたいな描き方です。

 それにしても、あのなんとかとかいう刑事、ちょっと前頭葉がじゅうぶん機能していないんじゃありませんか?って、「MR.BRAIN」 じゃないって。
 機動隊まで導入して、旅館の人たちが出てきたら、中に弁護士の中井サンがいるってのに、窓を蹴破って強行突入。 どーしてそうオーゲサにやりたがる?と言いながら見てました。
 旅館の連中も、そりゃ警官を殴りつけて拳銃を奪って人殺しをした、という報道を丸ごと信じちゃえば、パニクるのは当然かもしれませんが、ちょっと大げさすぎません?

 そこから場面は変わって、中井貴一サンの打ち明け話が延々と始まって。
 いや、でも、だいたいは、分かってましたよアナタを見ていれば、みたいな内容で。
 
 このドラマを作っている人の言いたいことのひとつに、日本人の心に巣食う人種差別意識、というものがあるのは分かるんですが、こうした話の切り出され方には、ちょっと個人的には戸惑いを覚えます。
 なぜなら、人を殺したことの罪の大きさが、差別された話を延々とされることで、置き去りにされている印象を、見る側に与えてしまうから。
 や、意見には個人差があります。

 ここまでやけに、シラケたような書き方をしてきましたが、なんか、このドラマ、いたずらに過激さを煽っているような感じで、どうにも主人公たちに感情移入できないんですよ。
 そりゃ、こういう過激なものを見たことのない少年少女相手なら、道明寺クンのイメージがまだ強い松本潤クンに人殺しをさせれば、どんどん視聴者にショックを与え続けられるんでしょうけど。

 それでも、そりゃねーだろう、という警官隊の突入にしても、なんとかいう刑事の、ただいたずらに憎たらしいのにしても、ここ数日の、現実に起こった冤罪事件のニュース(菅田さんのヤツ)などを見ていると、そういうこともあるかもしれない、という点で、だいぶ演出過剰な点は、違和感を差し引きされている気がします。

 すると、物語はいきなり、このほど始まった裁判員制度を導入した、法廷ドラマにスイッチが入れ替わったような感じになって。

 えっ? なに? そーなの? 裁判員制度をやりたかったのこのドラマ?って感じ。

 だいたいその裁判員たちが、なんかマンガにでも出てくるようなキャラクターばかりで、著しく現実味に欠けるんですけど。
 ちょっと、今までのこのドラマの流れを、いきなり変えないでほしいなあ、と思うのは、私だけでしょうか?

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2009年6月 5日 (金)

「今夜も生でさだまさし」 北の国から2009・札幌

 月イチペースでやり始めた、NHKの 「今夜も生でさだまさし」。
 とはいっても、次回は2ヶ月後らしいですけど。

 月イチ(原則)になってありがたみが薄れたせいか、NHK札幌放送局の前に来てくれた人は、たったの3人。 「見てないんじゃないかコレ誰もホントは…だまされてないかオレたち」 と、出鼻をくじかれたような感じのさだサン。
 でも番組に届いたハガキの総数は、781通、前回よりも増えたそうで。 さだサン 「そうか…でも少ない(笑)あまり来ても読めないんで、これくらいでいいです」。

 しかし、私としては月イチのローテーションは大歓迎。 1977年-1978年の、野球のオフシーズンに、ラジオのニッポン放送で流れていた、「まさしんぐわーるど」 から、さだサンのトークを聴き続けてきた私にとって、こうしてテレビでラジオ的な番組をしていただけるのは、夢のような話なのだ。

 蛇足だが、この1977-78年に放送されていたラジオ番組の、題名が分からない。 「フリーフライト さだまさしのまさしんぐわーるど」 とかいった気がするのだが。 さだサンが、フリーフライトというレーベルを立ち上げた時、あの番組のタイトルだったじゃん、と思った記憶があるんだけど。 記憶違いかなあ? ネットで調べても分からない。 ネットには、「サンデーパーク」 は載っている。 これだったかなあ? 確かに、「サンデーパーク」 がテーマ曲の番組も、あるこたあったのだが、私が覚えているのは、テーマ曲が 「天文学者になればよかった」 のラジオ番組なのだ。 「サンデーパーク」 のエンディング曲が、「天文学者」 だったかなあ?

 話は戻って、今回の 「今夜も生でさだまさし」 では、不仲が噂される松山千春サンの実家に泊めてもらった時の話とか、面白い話の連続で。

 中でも最高だったのは、「信号を守ろう」 キャンペーンから自転車の運転に気をつけよう、という話になって、さんざん自転車が危ないと一席ぶったあとで、例のキメぜりふを言った時。
 「世間が許しても、ワシが許さん!」 ブッブー。
 ホントはここで、「必殺仕事人」 の 「チャリラーン」 という効果音が出るはずだったのに、音効サンが間違えて。 いやー、夜中に、大爆笑しました。

 「今日はやっぱり、生 『北の国から』 いかなきゃダメでしょ」 ということで、一曲目は 「北の国から」。
 ギターを持ってきてくれた人が、黒板五郎サンのコスチュームで、これにも大笑いしましたが、なんか、なつかしくって。 五郎サン、逢いたいです。 どうしてるんでしょうか。 すっかり、実在してるとしか、思ってないんですけど。

 最後に歌った、ニューアルバムの一番最後の曲、という、「いのちの理由」 という歌は、自分の生まれてきた理由を考える、という、とても素晴らしい歌だった。
 このような、手作り感覚あふれる番組で、一緒に笑い、一緒に考える、というひと時は、私にとって、かけがえのない時間となりつつある。
 歌を作る人たちが立て続けになくなった、ここひと月の間、さだサンも、タバコをめぐる害とかに思いを巡らせたようだ。 「次にお目にかかるときまで、元気で」 という言葉には、その言葉以上の意味があるように、私には思えたのだった。

 また、次回も酒を片手に、「元気で」、テレビの前に座ります。 

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2009年6月 4日 (木)

「白い春」 第8回 覚悟がいかに大事なのか

 回を追うごとに、登場人物たちへの思い入れが、どんどん強くなってきている、「白い春」。

 6月2日(2009年)放送、第8回目のテーマは、「覚悟」、だったと個人的には思う。

 遠藤憲一サンは、さち(橋のぞみチャン)を育てる 「覚悟」。
 吉高由里子チャンは、阿部寛サンに迷惑をかけず、自分で何とかしようとする 「覚悟」。
 そして阿部寛サンは、のぞみチャンを裏切るまいとする 「覚悟」。

 オマケに、のぞみチャンは、「絶交」 と自分から言ってしまった阿部サンに、また仲直りをしよう、とする 「覚悟」。

 そんな、さまざまな 「覚悟」 が交差しながら、物語は進行していった。
 その終点が、ヤーサンに土下座をする、阿部サンの姿だった。
 阿部サンのこのドラマにおける言動を見ていると、どうしてもこんな場合、阿部サンは暴れ出すんじゃないかと、気が気でならない。 しかも、そのとき阿部サンは、遠藤サンから、やんわりと、さちのもとを去ってくれ、と言われていただけに、これで元の修羅の道に逆戻りするのか、と思ったのだが。

 ここで土下座をする、っていうのは、並大抵の 「覚悟」 がなければ、できる芸当ではなかったのだ。
 
 ただし気になったのは、なんでヤーサンたちが阿部サンの土下座に、スゴスゴ帰っていったのか、また、すんでのところでおあずけを食らった主犯格のヤーサンが、阿部サンたちの横を車で通り過ぎた時に、なんですごい目つきだったのか。
 由里子チャンたちが、どうしてデビット伊東サンの店でショバ代をふんだくられてたのか、という疑問と合わせて、なんか、今後の話にかかわりがありそうな展開だった。

 ところで、遠藤憲一サンと阿部サンのやりとりは、オードリーとかはんにゃとか、ニュータイプの漫才、みたいな感覚で、実に面白い。
 今回も、さちが算数で悪い点を取ったとか、残業をするとかしないとか、ネタが与えられると、いかにも彼らが言いそうなセリフの応酬で、ツボにハマると、これが結構笑えるのだ。

 さらに、前回のWii対決に続いて、今回は、「リンゴの皮むき対決」。 これも笑える。 結局納期に間に合わなくなる、という理由で、ふたりの火花を散らした対決は痛み分け。
 それにしても、全部むいたわけじゃなかったのだろうが、遠藤サンも阿部サンも、ヤケに皮むきがうまかったぞ。
 練習したのかな。

 予告編、なんか、イヤーな展開。 まさか、死んじゃうんですか?

当ブログ 「白い春」 に関するほかの記事
第1回 なんだ、コメディじゃないのか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-f49f.html
第2回 やっぱり笑えるぞhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-148c.html
第3回 シリアスの中に含まれる喜劇性http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-5f88.html
第4回 なかなか真実にたどり着けない阿部寛サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-fd3d.html
第5回 予告編にだまされたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/5-44cd.html
第6回 世田谷にハローワークなんてあったっけ?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-8001.html
第7回 みんな幸せになれたらいいのにhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-2253.html
第8回 覚悟がいかに大事なのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-8347.html
第9回 じわじわ泣かせるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-eb06.html
第10回 やはり一緒にはいられないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/10-f524.html
第11回(最終回) まさか、まさか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/11-36a9.html

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アニメ 「はじめの一歩」 第22回 「ケンカバトル」 すごいっス

 アニメ 「はじめの一歩」 は、鷹村とブライアン・ホークの試合の2回目。

 言葉の使い方的には間違ってますが、「鳥肌が立ちまくってます」、ここ数回。 でも実際の生理現象として、鳥肌が立ってんだもんなー。 用法が違います、なんての、この言葉に関しては、もういいでしょう、って思うけど。

 それにしても、内容濃すぎる。

 2ラウンド終わった時点で、えっまだそんなもん?って感じ。

 さすがに重量級、っていうドスのきいたパンチの応酬だけど、ここまで誇張して見せられると、これじゃ両者ともさすがに何回か死んでんじゃないかと…、いや、これでいいっス。 こういう誇張の仕方なら、大歓迎っス。

 鷹村が2度目のダウンを食らって、気を失いながらも立ちあがってファイティングポーズをとるところでは、マジでヤベエ、って思ったんですけど。 フツーなら、レフェリーストップかかるところですよね。 それをさせない鷹村のファイティングスピリット、見事としか言葉が浮かびません。

 とにかく、限界突破の激しいドツキ合いに、もっとオレを酔わせてくれえ~っ、この試合終わんないでくれえ~っ、と思っています。

 しかし、「はじめの一歩」 という作品は、主人公の一歩以外の試合も、ちっとも手抜きがない、というのはすごい。 かえって、一歩の試合よりもすごかったりする。
 個人的に、自分がオッサンであるためか、鴨川会長の、鷹村に対する思いを聞くと、やっぱり 「鳥肌立ちまくり」 ます。

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トルムプ・ルイユ

降っているかいないか という雨
傘をさそうかさすまいか 迷う雨

ひとついやなことを解決したというのに
さっきから なんとなくイライラしている

幼い頃
本で見ただまし絵のなかに
同じところをぐるぐる回るしかない階段
というのがあった

あそこを歩いている人は
たぶん 今のおれと同じ気持ちだ

いつまでたってもたどりつけない目的地に
いつまでたっても変わらない景色
そして

傘をささずに歩いていれば
いつの間にか全身ずぶ濡れだ

わかっている イライラするのは
終わりのない毎日に
うんざりしているせいだ

わかっている 終わりのない毎日など
あるはずがないということも
そしてそれが すべての終わりだということも

降っているかいないか という雨
傘をさそうかさすまいか 迷う雨

わかっている
まったくすべてが同じ毎日など
だまし絵にすぎないことを

こころが
そう錯覚したがっているだけだ
ということを

それならいっそ
傘をささずに
くだらないイライラなど
いっしょにずぶ濡れにしてやればよいではないか

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2009年6月 3日 (水)

音楽評論家の黒田恭一さん死去

 音楽評論家の黒田恭一サンが、5月29日に亡くなった。 71歳とのこと、まだ若すぎる(2009年)。

 この人はクラシックの評論で有名らしいのだが、私がこの人の評論に出会ったのは、小学館の雑誌、「サライ」 のCDレビューが最初だった。 よって、かなり遅い部類になる。

 「サライ」 のCDレビューで黒田サンが最初に評論したのが、アストル・ピアソラの、アメリカン・クラヴェ・レーベルから出た傑作3部作だった。
 偶然にも当時私は、身内の形見だったピアソラの 「タンゴ・ゼロ・アワー」 を譲り受け、その世界に完全にハマっていた。
 その 「タンゴ・ゼロ・アワー」 のジャケット写真が、でかでかと、当時の私の愛読誌だった 「サライ」 に載っていたのだ。 驚いたのなんのって。

 なぜなら、「タンゴ・ゼロ・アワー」 というCDは、その当時すでに新譜ではなかったからだ。 私はその瞬間から、黒田恭一サンという人の評論は信用できる、と思ったのである。

 それで、そのレビューでほかに紹介されていた、ピアソラのもう2枚のCD、「ラ・カモッラ」「ラフ・ダンサー・アンド・シクリカル・ナイト」 を求めて、CDショップを駆けずり回り、当時まだ輸入盤しかなかったその2枚を手に入れた。
 そしてそれらを聴き、私は完全に、この人の言うことについていこう、と決めた。

 それからしばらく、私の購入するCDは、黒田サンの 「サライ・レビュー」 に頼りきりとなった。

 ただ、黒田サンが手放しで絶賛していないな、という論調は文面から区別がついたので、そういうCDとかは買わなかったが。

 だから、ほぼ9分9厘、黒田サンの絶賛するものは、いいCDだった、ということだけは、断言できる。
 そのなかでもこれは、というCDは、ギドン・クレーメルの 「ピアソラへのオマージュ」 の第1弾目、そして、リー・リトナーとデイヴ・グルージンの 「トゥー・ワールド」、チャーリー・パーカーの 「エイプリル・イン・パリ」、といったところか。
 まだ数え切れないほどあるが、特に 「トゥー・ワールド」 と 「エイプリル・イン・パリ」 は、購入してから10年は経つというのに、未だに頻繁に聴く。 つい昨日も聴いていた。

 「サライ」 自体を買わなくなってしまったために、黒田サンの評論に触れる機会も、ここ数年はなくなっていたのだが、黒田サンに勧められて買ったCDのほとんどは、私の人生にとって、最良の伴侶であることだけは、間違いがない。

 本当に、本当に、ありがとうございました、黒田恭一サン。

 そして心より、ご冥福を、お祈りいたします。

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「タモリ倶楽部」 塩ビ管スピーカー、はたして…?

 排水パイプなんかに使う、ネズミ色した塩ビ管。 それの先端にスピーカーを取り付け、オーディオのスピーカーとして成立させた、塩ビ管スピーカー。 パイプオルガンみたいな原理だとか。

 その、手作りで作れば、安くできて音質もそこそこ、という、塩ビ管スピーカーについて、5月29日(2009年)深夜(一部地域除く)の 「タモリ倶楽部」 でやっていました。

 番組では、実際に塩ビ管スピーカーを自作し、使用している人たちが3人ほど出てきて。

 まず普通の、どこにでもあるようなスピーカーで、いったんクルセイダーズの名盤を聴いておいて、次にその人たちの作った塩ビ管スピーカーの音を、聴き比べてみて。

 タモリサンの反応は、「この大きさでちゃんと低音出てますね」「音の広がりはこっちの方がいいですね」 と、最初こそ、「塩ビ管でこれだけ音が出るのか」 という、ちょっとした驚きに特有の、自然に出てしまうニヤニヤ笑いでしたが、2人目3人目と続くにしたがって、「こんな程度か」 みたいな感じになっていったのが、個人的には面白かったかなー(笑)。

 要するに、タモリサンにしてみれば、「塩ビ管ってことを考えりゃ音は出てるけど、音にうるさいオレみたいなヤツを唸らせるにはちょっとな」 って感じ(笑)。

 でもワタシ的には、市販のスピーカーでそこそこのものを買うよりか、自分で工夫して作ってみたほうが、よっぽどよさそうな気はするんですけど。

 「これすごいけど、テレビ見ている人は分かるのかね」 と言って笑わせていたタモリサンだったが、じっさい、テレビを見ている側としては、よく分からなかった(笑)。
 それに、番組内でもいろんな塩ビ管の形状のバリエーションがありましたけど、実際どういう形状がいいのかとか、音響学的な掘り下げも、ちょっとは欲しかった気がします。 ま、「タモリ倶楽部」 ですから(笑)。

 なにしろ、ほとんどいじめられ役のふかわりょうクンが、塩ビ管スピーカー制作者の指導をほとんど無視して作った、オリジナルの左右一体型塩ビ管スピーカーのほうが、音がよかった、ってくらいだから(笑)。
 ふかわクン、断衝材みたいなのを入れないと、音がこだましてしまう、という忠告も聞かず、変なのを作って、最後にみんなにやり込められようと狙っていたのに、完全に当てがハズれた恰好。

 まあ、それはそれで、笑えましたけどね。

 でも、塩ビ管スピーカー、結構いいかも。

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2009年6月 2日 (火)

「SMAP×SMAP」 2009年6月1日 メンバーの覚悟が見えた

 草彅クンが泥酔事件から1カ月ぶりに復帰した、「スマスマ」。
 スタジオライブ、という形式をとっていたので、冒頭の登場シーンの前から、会場に詰めかけたファンの女の子のなかには、泣きだすコが続出。
 ジャニーズファンに対して、とやかく言う向きもあろうとは思うが、彼女たちもあの事件以来、つらかったんだろうな、という目で、ここは見てあげたい。

 印象的だったのは、稲垣クンに話が振られた時、「これで2度目だから」 とか、そんな冗談ともつかないトークになってしまい、「いやいや、こんな話はよそう」、という流れになりかけた途端、木村クンが、「いや、もうこれからは、話しちゃいけないことなんかなくそう、話しづらいことも全部吐き出そう」、みたいなことを言った時だ。 録画してなかったからうろ覚えで申し訳ないが。

 その時、私は木村クンが、SMAPに対する、ひいてはジャニーズ事務所に対する、大きな危機感を表明した、と思ったのだった。

 おそらく木村クンは、世間のジャニーズ事務所に向けられた批判の目を、痛いほど感じていたのだ。
 そして、同じSMAPというグループからふたりも逮捕者を出してしまったことに、自分たちの甘えを、痛いほど感じていたのだ。

 草彅クンにしてもそうだが、今回の 「スマスマ」 からは、そんな、自分たちの存在意義さえ疑った、メンバーたちの苦悩を、私は感じた。

 彼らやジャニーズ事務所を攻撃したり、批判したりすることは、とても簡単だ。
 だけど、彼らは自らに課せられた、彼らの役割を、全うしようとしている。

 高いギャラをもらってないでふつうの社会人として暮らせ、という、彼らに批判的なコメントも、当ブログでは頂いた。
 だが、そんな高いギャラをもらえる、というのは、ひとつのシステムにすぎない、と私は思う。 高いギャラが成立しているのは、やはり私たちの生きる社会と一緒で、ほんの一握りの人間だけなのだ。 そして、彼らは、その地位に君臨した。 そこには事務所の力も、もちろん作用したかもしれないが、それは私たちの社会も一緒だ。 大会社に就職すれば、それほどの人間でなくとも、高給を取って威張ることができる。

 彼らが今回直面したのは、年齢的にも、自分たちがこの地位にいることが、これからいかに難しくなるか、という現実だろう。
 じゅうぶんお金をためたからいーや、とかいう気持ちでは、もうリタイアするしかない時期に、彼らはさしかかっているのだ。

 彼らにこれからも、まだまだ芸能界で、大きな役割を担っていこう、という覚悟があるのなら、今回の事件は、まさしく大きな転機となろう。
 今回の木村クンの発言や、メンバーたちの話を聞いていて、私には、彼らのその覚悟が、ちょっと見えた気がしたのだった。

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「天地人」 第22回 意図的に見えてきた同じことの繰り返し

 城田優クン演じる真田幸村が、上杉に人質としてやってきた、「天地人」。
 いきなり憎まれ口の連発で、なんか小栗旬クンとキャラがかぶってるな、というのが、第一印象。
 いや、待てよ。
 前にも、おんなじようなことをやっていた。 このドラマ。

 御館の乱で、ピンチになるたびに、毎週のようにほぼ同じ内容のお使いにやらされていた、妻夫木クンだ。
 同じことばかりやるなよ、と思っていたが、これはもしかすると、このドラマは、意図的に同じことを繰り返しているのではなかろうか。

 同じことの繰り返し、と言えば、吉川晃司クンの信長と、長澤まさみチャンの実況解説も、ほとんど趣を一にしていた。
 なんだか、家康の取り扱いも、毎回同じような感じがするし。

 このドラマの作り手は、わざと、同じ物語をぐるぐる堂々巡りさせているのだ。

 しかし、だからどうした、というと、別にどうでもいい発見である。
 要するに、マンネリズムの面白さ、というものを狙っているんだ、と私などは思うのだが。
 だけど、同じ話が、カッコよく言えば、輪廻を続けるのは、私にとっては少なくとも、何の意味もない。
 最終的にこの回、真田幸村は、妻夫木クンの弟子にしてくれ、と申し出て、妻夫木クンも、「まあ、いいんじゃない?」 みたいな軽いノリで、幸村を自分の弟子にしちゃったわけだが。

 なんか見ていて、なんでこんな男の弟子にならにゃいかんのだ、と思えて仕方ない。

 それは、家老という重責を担ってからも、妻夫木クンの髪形が、元のまんま、というのが、原因のひとつだ。
 このドラマ、あくまでスタイリッシュにこだわっているためか、妻夫木クンをはじめ、小栗旬クン、松方弘樹サンと、狙っているとしか思えない髪形、もしくは頭の人が後を絶たない。 って3人だけですけど。 あ、パパイヤさんもいたか。
 しかしどうにも、見ていて気になる。
 特に妻夫木クンの場合、髪形をちっとも成長させないことと、実際に人格がちっとも成長していないことが、どうしてもリンクしてしまう。 私の個人的感想ですが。
 だから、真田幸村ほどの男が、「弟子にしてくれ」 と言い出すのに、とても違和感を持たざるを得ないのだ。

 結果的に、この回印象的だったのは、城田クンと東幹久サンの一対一の男の勝負だった、ということですかね。

 戦のシーンが取ってつけたみたいなのは、もうワタシ、あきらめました。 もう、期待しておりません。

 でも、真田昌幸の描き方は、だいぶガッカリいたしました。 いかにも小物。 同じNHKで大昔やっていた、「真田太平記」 と比べちゃ、「真田太平記」 に失礼なほど、まるで月とスッポンなんですが、昌幸、アレはネエだろう、という感じ。 あれじゃ、どっかのオッチャンですよ。
 まあ、失望するのには、だいぶ慣れましたから、いまさらドーノコーノ言っても、ねえ…。

 追記。
 真田幸村を、雪村と誤字しまくってました。 あーあ。 どっちもどっちだわ。

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どつくとなおる昔のテレビ

 買ってから15年経つ、私の29型ブラウン管テレビ。
 だいぶ前から、たまに画面が黄色くなることがあって。
 でも、どつくと直るんです。
 それと、年代物のパソコン。
 PC-98シリーズ、って、チョーなんだソレ?な世界ですが(笑)。
 この古いパソコンのディスプレイも、温まるまで、画面が濃いピンク色に変色したまんまなんですよ。
 それを、じゅうぶん温まったところで、横からどつくと、これまた直る。

 このPC-98、ウィンドウズ95が出た当初、いちばん売れていた機種だったんです。
 PC-98の前にも、すごい前近代的なパソコン、持ってたんですけど。 機種名は忘れました(笑)。
 その前近代的パソコン、さすがにカラー画面じゃないので、とうの昔に廃棄処分にしました。 や、たしかあの画面、黒い画面に白抜きの文字が出るようなタイプだったかなあ。 すごい世界ですよね、今から考えると。

 ところでこの98、データ入れとくためだけのもんですけどね、すでに。
 でも、未だに使える。
 後発のノートパソコン、爆死しましたからね(笑)。 それに比べりゃ、立派なもんです。
 それで未だに、この98、今使っているパソコンと並んで、私の机の上に鎮座ましましているわけです。 余談ですが、このふたつのパソコンを同時につけると、地球防衛軍の秘密基地みたいで、ちょっとワクワクします(笑)。

 今の薄型テレビは、正直言ってドツクわけにはいかなそうですよね。 すぐ倒れちゃいそうで(笑)。
 まあ、薄型でも大画面になれば、重量的には結構あるから、どついてもよさそうですけど、なんか精密機器ぽくって、どついた途端に壊れそうな感じ。

 だけど、個人的には、どついたら直る、ってほうが、なんか親しみがもてていいんですよ。

 調子が悪い時、ドウシタンダ、ヘイヘイベイベーとばかり、ガン!と一発やりゃ、しゃきっとなる、…なんかものすごく、人間的で、いいじゃないですか。

 それに、彼らの(もはや擬人化してますけど…笑)体調が、こっちまで影響してくる。

 彼らの調子が悪いと、なんか、気分的にも落ち込んじゃうんですよ。
 もはや、仲間みたいな、家族みたいなもんですよ、ここまで来ると。

 最近買った電気機器には、ちょっとこの手の思い入れが希薄な気がします。 むやみにいじれない。 ブラックボックスみたいで。 なんか、他人行儀、というか。

 ここんところ、29型テレビの黄色っちゃう頻度が高くなって、そのたんびにどつきまくってるんですけど、それが私自身の気分にも伝染して、ちょっとばかり記事を書く頻度にも影響してます。 がんばって盛り返さねば。

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2009年6月 1日 (月)

「ぼくの妹」 第7回 「最後のケンカ」 って?

 サブタイトルにあった、「最後のケンカ」。
 オダギリクンと長澤まさみチャンが、いつ大ゲンカするのかと思って見ていたんですが、最後までその気配なし。
 しかも、もうこの兄妹、二度と会わないのかと思ったら、来週また会うみたいだし。

 思い返してみて、オダギリクンとまさみチャン以外に、誰かケンカしたかなあ、誰か別れ別れになっちゃったかなあ、と思ったけど、心当たりがないんですよ。 千原ジュニアサンが大滝秀治サンと別れ別れになっちゃったけど、ケンカなんかしてなかったし。 しかも、千原サン、父親が死んだ晩にまさみチャンといたしちゃってるし(笑)。

 いったい、どこが 「最後のケンカ」 だったんでしょう?

 内容的には、千原ジュニアサンがまさみチャンに心を開いていく様子とか、ともさかりえサンがオダギリクンにカネ目的で近づいていくのをただ見ているだけだったとか、九鬼という男の心理状態はよく分かります。
 それに、高校時代園芸部にいたというまさみチャンが、案外この、花屋の仕事、合ってんじゃない?みたいな感じで、見ている側としては、このふたり一緒になってもいいんじゃない?と思ってしまう。
 それを、オダギリクンがガーガー言ってもしょうがない、と思って見ていたら、後半でオダギリクン、ちゃんとまさみチャンから説明を受けて、半分納得、という感じで。
 結局、このふたりがケンカしているようには、見えなかったんですが。

 それにしても、大滝秀治サン演じた桜井サンのお骨を持っていく所が、オダギリクンたち兄妹の幼いころ住んでいた場所の近く、っていうのは、単なる偶然なんでしょうか?
 近くだ、っていう話が、ドラマの中で、あったですかね?

 「最後のケンカ」 がどこだったか分からないことも含めて、どうも、私自身がきちんとドラマを見ていないような感じで。
 これって、話自体に興味を失いつつあることの、あらわれなんですかね?

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枡田絵理奈アナ、なんかやらかしたんですか?

 なんか、今日の午前0時台から、当ブログの、枡田絵理奈アナの記事に、今までに増してアクセスが殺到している感じなんですが。

 その原因として考えられるのは、「S1Jスポ」 で、なんかやらかした、とか? もしくは、特にカワイイと思わせる何かをやった、とか?

 「日替わりイチ押し記事」 とかにも紹介されていないし、私の記事へのアクセス急増の原因が、ほかに見当たらないんですよ。 検索ワードが、ほとんど 「枡田絵理奈」 ですからね。

 昨日は10時ごろ寝ちゃったので、「S1Jスポ」 で、枡田アナが私のブログをオマツリ状態にするようなことを何かやったのか、知らないんですけど。

 ただ単に、枡田アナに関するネット上の記事が、あまりないからこのブログにアクセスが集中しているだけのかな?
 それだけ注目が、集まっている、ということなんでしょうね、枡田アナに。

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