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2009年6月11日 (木)

現代版 「悲しき玩具」

 私の住んでいる町にあるおもちゃ屋さんが、今年の春先、店じまいをした。
 東急大井町線等々力駅近くの、「たけや」 というおもちゃ屋だ。

 店先に、閉店のお知らせが貼ってあった時は、さすがにショックだった。 幼少のころから、おもちゃというと、この店で親に買ってもらっていたからだ。 なつかしい店がなくなるのは、さびしいものだ。
 張り紙によると、50年もこの地でおもちゃ屋をやっていたらしい。

 正直なところ、私も幼少のとき以降は、この店を利用することもなくなっていた。
 ただ、だからと言って、経営自体が悪化していたかどうかまでは分からない。
 なぜなら、この「たけや」 の店舗のある建物が、近年建て替えされたりしていたからだ。 「まあそれなりに、この店も未だに繁盛しているのかな」、という認識を、私などは持っていた。
 要するに、この店の閉店の理由には、経営の悪化ではなく、もしかするとご主人が年を取ったからとかいう、ほかの理由も、あるのかもしれない。

 いずれにせよ私は、ここ数年、この 「たけや」 の前を通るたびに、悲しい気分になっていたことを白状する。
 その原因は、店先に陳列されていた、動く子犬のぬいぐるみのせいだ。

 これは、なにも 「たけや」 だけの話ではない。
 町の商店街で細々と営業を続けているようなおもちゃ屋の、店先に並んでいるぬいぐるみを見ると、どうにも無性に悲しい気分になって仕方がないのだ。
 これが、「トイザらス」 とか、大店舗でガンガンおもちゃを売っているようなところでは、ちっともそう感じない。
 おそらくそんな量販店では、どんどん品物がはけて、ぬいぐるみたちにとっても、そんな寂しさなど、みじんもないからなのだろう。 

 いつまでも買われてしまうことのない、小さなおもちゃ屋の子犬たちは、店先で必死になって、それしかできない仕草で、キャンキャンとしっぽを振っている。
 それはある意味、ペットショップでダランとしている子犬たちより、強い哀れを感じてしまう。

 現実の話をすれば、ペットショップなんかのほうが、命のある分、ずっと残酷なのだが。

 数年前、「アイボ」 というペット型ロボットが流行ったこともあった。
 結構な値段だったその犬たちは、現在どうしてしまったろうか。

 どうも、生身の動物にしろ、ぬいぐるみやロボットのような人工物にしろ、人間が愛玩のために作り出すものは、人間のエゴによって哀しくゆがんでいるような気がしてならない。
 そのことを思うと、私は胸が張り裂けそうになる。

 今、「たけや」 のあった場所には、美容院が営業を始めている。
 こうして街はだんだんと変わってゆく。
 ぬいぐるみたちの悲しみが漂っていた等々力の街並みは、こうして過去のなかに淘汰されていくものなのだろうか。

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