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2009年7月29日 (水)

「風の絵師」 第2回 絵を描くこととは

 どうかなあと思いながら第2回を見た 「風の絵師」、結構いいかも知れない。

 キム・ホンドが図画署に復帰して最初の授業で、屏風を逆さにしてそれを模写させるということを、画学生たちにやらせる。
 これは、目の前の対象物を全くの偏見なしにどれくらい忠実に描くことができるか、その能力をはかるのに、実に効果的な方法と言える。
 そしてそこには、王后の春画を描いた張本人を突き止めるための策略、という意味も含まれている。 将棋を打つ王様と王后のやりとりを絡ませてそれを見せるあたり、なかなかやるなあ、と思わせる。 突き止められなければ、キム・ホンド(パク・シニャン)は利き手を失い、突き止めれば、その春画を書いたシン・ユンボク(ムン・グニョン)の利き手が失われるのだ。

 その模写の最中、キム・ホンドは、画学生たちに、「絵を描くこととはどういうことなのか?」 と問いかける。
 これも、実に絵描きにとって基本的な問いかけである。
 図画署の画学生たちは、実につまらない答えしか返せないのであるが、絵描きを志すものとしては、もうすでに、その時点で失格であろう。

 私もドラマを見ながら自分なりに考えてみたが、「絵を描くこと」 とは、「それを描くこと自体がすなわち喜びなのである」 という答えになるかな、と思った。 いかにも模範的ですかね。

 すると、その問いにシン・ユンボクは、こう答えるのだ。
 「人を恋することでそれが絵になり、その描かれた絵を見ることでがまた、恋しさが生みだされるのでは…」。

 むむ。 なかなかの名言である。

 物語は、ユンボクの手がなくなるかどうかというところに、その興味を移しているが、キム・ホンドに対する政治的な絡みとかもバックにはあるみたいで、単純な構造になっていないところが、ドラマとしての深みを感じさせる。

 それにしても、ムン・グニョンチャンが少年にしか見えないというのは、どうも気になるなあ。 大人の女になった 「秋の童話」 の女の子を、ちょっと見てみたいものなんだけど。

当ブログ 「風の絵師」 に関するほかの記事
第1回 久々に期待できそうな韓国ドラマhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0a76.html
第2回 絵を描くこととはhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/2-253f.html
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第8回-13回 御真画師の顛末http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/8-13-e110.html
最終回まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-a6bc.html

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