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2009年7月 7日 (火)

「天地人」 第27回 重要シーンのカット

 近頃の 「天地人」 は、それなりに見ごたえがある。

 第27回 「与六と与七」 では、久々に与七役の小泉孝太郎クンが登場。 頼りない弟を演じて、実に秀逸だった。

 なにしろ、話の流れがいい。
 まず、父親の高嶋政伸サンのところに来る約束を、小泉クンがすっぽかすところから、今回の話は始まる。
 その行けなかった事情として、ムコに行った小国家の両親や小沢真珠チャン演じる妻からダメ出しされまくりだったため、という話に移る。
 そしてその与七を心配した妻夫木クンに、与七を活躍させようとする動機を与える。 
 その結果、北村一輝サンの名代として、与七を秀吉のもとにやらせることになるのだが。

 この話の流れ、実に自然だった。

 この間上杉家は越後の平定のため戦をしたらしいのだが、例によってまるきり無視状態。 宮本信子サンのナレーション一行程度の説明。
 だがもうこれは、このドラマの流れの中では、要らない、と言ってもいいレベルなのだ。 私もとっくに、この戦国ドラマは戦さをやらん、と決めてかかっているので、いまさら目くじらを立てる気もない(失せた)。

 今回の話のキモは、小泉孝太郎クンが上洛で、秀吉の老獪さに翻弄される、というくだりなのだ。
 小泉クンの演技力のつたなさが、これほど生きた設定があったろうか。 いや、別にこれは、皮肉で言っているわけではない。 見ているうちに、これは小泉クンの本当の演技の実力なんじゃないか、と思えてくるから不思議なのだ。

 なぜ小泉クンの演技が上手く見えてくるのか。 それは、ほかならぬ私自身が、これまでたくさん、頼りないガキの使いみたいに、他社との交渉をしてきたからこそ、そう思えるのだ。

 まずこうした交渉でビビりまくるのは、まわりの人間が皆、自分より世間を知っているからである。
 対外交渉において大事なのは、自分の側に、ここまでのラインを外してはならない、という覚悟がなければならない、ということだ。 それがあやふやだと、簡単に相手の術中にハマってしまう危険性が大きい。

 「そなたに官位を授ける」、という秀吉の話は、孝太郎クンあたりの小物を委縮させるのにじゅうぶんな懐柔策である。
 それに孝太郎クンはホイホイと乗り、だからこそ妻夫木クンはそれを怒ったのだ。 ただ、孝太郎クンにつまらんことを言われて激昂して殴るのは、ちょっと大人げない世界なんだよな、妻夫木クンも。

 そこで話は、今度は北村一輝サンと妻夫木クンにも官位を授ける、という秀吉からの申し出に発展する。 ここらへんの話のもっていきかたも、なんか自然だ。 今までこういう、語り口のうまさに出会ったこと、あんまりなかったんだが、「天地人」。

 そして妻夫木クンは、孝太郎クンを伴って、この提案を持ちかけた秀吉を、叱るのである。 なんだ、今回だったじゃん、「秀吉を叱る」 のって。
 孝太郎クンはその妻夫木クンを見て、こちらの守るべきライン、というものがあることを、図らずも痛感するのだ。 うーん、テーマが、ぶれとらん。 やればできるじゃん、「天地人」。

 しかし。

 あんなに見得を切っといて、そのあと官位を授かっているのだ、北村サンと妻夫木クン。
 あれあれ?って感じ。 どうして?

 ちょっと調べてみた。

 NHKのHPによると、兼続が秀吉の申し出を断った時に、「秀吉は謝罪するが、それでも官位は受けてほしいと懇願、兼続も了承する」 とあった。 が、録画したやつを見返してみたけど、そんなシーンはなかった。 謝罪はしてたのだが、そこまでだった。
 つまり、HPに書かれていたシーンは、カットされたのだ。
 それって結構、重要なシーンだと思うが。 だって話が成り立たなくなってしまうではないか。 突っぱねといて官位を受けるなんて。

 しっかりしてくれよ、NHK!

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