« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

2009年7月31日 (金)

「魔女の宅急便」 もう20年ですか…

 日テレ金曜ロードショー、「魔女の宅急便」。
 もうテレビでも何回やっただろうか、映画が公開されてからも、もう20年。

 考えてみると、宮崎アニメできちんとした声優サンが主役級で中心的な役割を演じていたのは、これが最後でした。
 要するに、このキャラ、この人の声でいいの?なんて思わなかった最後の作品でした。 安心して、声優サンの演技を見ていられました。

 そして、宮崎アニメで、終わり方がどうも釈然としなかった、これが最初の作品でもありました。
 なにが釈然としないかって、黒猫のジジの話が、ラストでまた分かるようになるのかと、てっきり思ってたんですよ。
 どうしてなのかなあと、この映画を見てからしばらく考えたものです。
 結論としては、魔力が戻るのとは別に、ジジの話が分からなくなるのは、キキが少女期を卒業したのだ、ということ。 だから、ジジの話は、やっぱり物語が終わったあとも、キキは永久に分からなくなっているだろうと。 原作でどうなったかは知りませんけど。

 この映画でなんと言っても魅力的なのは、スタイリッシュであるということです。
 まず、音楽が素晴らしい。 久石譲サンの宮崎作品のなかでは、最高傑作と言っていいでしょう。
 サントラ盤、買いましたよ、当時。 今でもたまに聴きます。
 外れの曲がひとつもないんですよ。
 そりゃ、それ以前にちょっとどっかで聴いたかな、というメロディもなくはないですけど、映画のなかでの使われ方が、とてもいい。 音楽演出は、高畑勲サン。
 主題歌、「ルージュの伝言」 のインパクトは、やはり高畑サンの手腕でしょう。 

 それに、この映画、ガサツな品のない人が、ちっとも出てこない。
 この映画で唯一悪い印象なのは、老婦人の孫くらいでしょうか。 「あたしこのパイ嫌いなのよね」、バタン。 トンボの仲間も結構悪そうですけど、ストーリーに絡んでこない。
 それでもこのお孫サンも、品がないとは言えません。 いいとこのお嬢サンぽいし。
 トンボもいい人だし、キキの母親、グーチョキパン屋のちっともしゃべらない主人、そのおかみさん、キキに最初の注文を出す夫人、さっきの老婦人、ウルスラ、みんなとてもいい人ばかり。

 今あらためてこの映画を見ると、キキのナイーブさが、とっても心に残ります。
 とっても傷つきやすい、13歳の女の子。
 確か宮崎監督は、公開当時、キキは相当ブサイクに仕上げたつもり、と話していましたが、今から考えると、「千と千尋の神隠し」 の千尋や、「崖の上のポニョ」 のポニョのほうが、格段にブサイクですよね。
 たぶん当時は、宮崎監督の、少女という存在に対する、あこがれの理想像みたいなものが、まだくすぶっていたと思うんです。
 だから、精いっぱいブサイクにしたつもりで、まだまだキキは、こんなにもかわいい。

 先日亡くなった、金田伊功サンをはじめ、この映画には、初期宮崎アニメを支えた人が参加しています。 個人的には、このころのキャラクターデザインが、いちばんしっくりくる気がします。 最近の千尋とか、ポニョとかは、ずいぶん造形に関して突き放している印象を受けるのです。

 この映画でいちばん励まされるのは、ウルスラの、「そういう時はジタバタするしかないよ」 というセリフ。
 うまくいかないときは、ジタバタするしかない。
 それでもだめなら、何にもしない。 そのことは、しばらく何も考えない。

 自分がつらい時にこの映画を見ると、結構元気が出るんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「任侠ヘルパー」 第4回 本当に問題なことって

 「任侠ヘルパー」、毎回毎回重苦しい話ですけど。

  第4回は、詐欺師のヘルパー山田優チャンの話。

 優チャンの事情的には、ヤクザに借金を返すために老人たちに取り入って金をネコババした、というものでしたが、優チャンの開き直った言い分が、また法律的に 「縛り」 ばかりの、老人介護の問題をえぐり出していて。

 「テメーもおんなじことやっていたろーがよ」 と、インテリヤクザの仲間(普段はニヒルすぎるのに、チョーブチ切れてましたね、ビックリしました)になじられながらも、草彅クンは優チャンを、被害を受けた島かおりサンの前に突き出して、「オトシマエつけろ!」 と放置プレイ。

 つまり、自分の行動にやましいところがないのなら、あくまで悪いヤツのままでいろ、相手に申し訳ないと思っているんなら、土下座してでも謝れ、という、いかにも極道的な考え方でした。
 それにしても、第1回で草彅クンがやっていたことと今回の行動との矛盾点をあえて仲間に突っ込ませる、このドラマの語り口はウマイ。

 このドラマ、ヤクザの問題点置き去りの話かと思ったんですけど、社会的に問題のあるヤクザの側から見ても、筋の合わないことばかりの老人介護の問題点、この視点が新鮮なんですな。
 法律に触れているとか、暴力を伴っているとか、ヤクザの世界は決してほめられたものではないのですが、いくら法律にのっとっていようと、暴力がなかろうと、ヤクザ以上にタチの悪い話だろ、老人介護なんて、という主張を、このドラマの脚本家はしたいのではないか、とそう感じます。  そして、このドラマのうえで、草彅クンたちがヤクザでなければならない理由が、ここにある気がします。

 その脚本家の怒りの対象を代弁しているような存在の夏川結衣サン、今回はヤケにフラフラでしたね。
 なんだか感情移入してきました。 強気な女性が弱い部分を見せるのには、オッサンはそそります。

 それにしても、毎回暗ーい話なのに、視聴率がよくついていってる気がします。
 草彅クンの怖い役って、結構引き付けられるからかなあ。
 新境地ですよね。 草彅クン。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月30日 (木)

「風の絵師」 第4回 ドリフの大爆笑みたいだった?

 そろそろ、このドラマの評価を下してもいいような気がしてきた。
 「風の絵師」 は、面白い。

 ムン・グニョンチャン扮するシン・ユンボクが自分で自分の手を傷つけて、絵を描くことを捨てたくだりでは、とても悲痛で、その悲劇に大いに心を動かされたのだが、第4回では一転してコメディタッチ。
 悲劇の後にこれはないだろう、という向きもあろうが、もともと最初から、ムン・グニョンチャンはもとより、師匠のキム・ホンドを演じるパク・シニャンサンもどことなく、軽くてコメディチックなキャラクター設定なのだ。 だから私としては、女装をして川辺のブランコ遊びに潜入するふたりの、バレそうになっていろいろ言い訳をする場面では、まるでドリフの大爆笑でも見ているような感覚で、大いに笑った。

 物語の魅力のひとつに、こういうあけすけな師匠と弟子のデコボココンビが、格式ばって陰謀が渦巻くような宮廷の図画署で実力を発揮する、というのがある。

 第4回の前半、絵筆をとることを頑強に拒み続けるユンボクの前で、昼間市場で見た様々な人々を生き生きと描く、キム・ホンド。
 頑強に拒んでいた、と言っても、なんだかんだ言いながら結局師匠についていってるユンボクが、この光景にウズウズしないはずがない。
 「オマエは今まで、対象をただそっくり描写しただけだが、見えないモノの真の姿を感じとって描けば…」「そうすれば、仙人の姿でも市場の人々のように生き生きと描ける!」「そうだ!」
 ここらへんの弟子と師匠のやり取りは、見ているものを知らず知らずの間に引き込んでしまううまさだ。
 結局ふたりで描きあげた 「群仙図」。
 これが、清に献上する絵として王様に選ばれるのだが、王様の、絵を見る審美眼というのが凄い。
 群像の衣服の線が、なびくように一方に向かっていることや、一幅の余白があることへの指摘とか。
 これをキム・ホンドは、清になびく意味だと解説したり、一幅白紙を置くことでごちゃごちゃした感じをなくしたのだと解説したりする。
 これらの絵の技術に関する解説は、とてもわかりやすくていい。
 きっと絵をたしなんだことのある人ならば、分かる分かる、というであろう話の連続なのだ。

 ところでムン・グニョンチャン、「女装」 という変則的な方法だったが、やっと女になったところを見せてくれて、今回オッサンはそれだけで感激したのであった。

当ブログ 「風の絵師」 に関するほかの記事
第1回 久々に期待できそうな韓国ドラマhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0a76.html
第2回 絵を描くこととはhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/2-253f.html
第3回 自分に掌破刑!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-e51d.html
第4回 ドリフの大爆笑みたいだった?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0635.html
第5-7回 なぜ女が女に惹かれるのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/--573e.html
第8回-13回 御真画師の顛末http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/8-13-e110.html
最終回まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-a6bc.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「クメピポ!」 打ち切り 我慢のできないテレビ界

おことわり この記事少々過激な部分があり、一部割愛しました。

 「久米宏のテレビってヤツは?!」 の後を受けて4月から始まった、「クメピポ!絶対あいたい1001人」 が、7月いっぱいで終わった。 事実上の打ち切りである。
 最後くらい大物で締めくくろうと、出てきたゲストはビートたけしサン。
 最初から最後まで対談だったのがよかった。

 忌憚なく書かせていただければ、「クメピポ!」 という番組は、前番組の 「テレヤツ」 よりも明らかに失敗だった、と思う。
 その方向性においてけっして誤りではなかったにせよ、問題はその見せ方である。

 まず、「テレヤツ」 において番組自体の舵取りが大変上手だった、八木亜希子アナの立ち位置の大幅な後退。

 また、ことこの番組においては、ベッキーチャンや千原ジュニアクンは、不要だったと言ってしまおう。

 かえって、今回最終回のゲスト、ビートたけしサンと、久米サンとのコンビは、同じTBSの土曜10時からやっている、たけしサンと安住紳一郎アナとのコンビより、数倍面白みに満ちている。 安住アナの冷めたリアクションは、たけしサンとのコンビでは全く生かされないというのが、あの番組を見ているとよく分かるだけに、久米サンが土曜10時に引っ越しすればいいのに、とまで思ったくらいだった。

 テレビ局は、久米サンのやりたいように、番組をやらせてあげればいいのだ。

 それを、久米サンにとってこんな消化不良の残る番組をやらせておいて、視聴率が悪かったからと、ワンクールではないこんな中途半端な時期に打ち切る。

 1001人までやるという心意気があったんじゃないのか?
 少なくともこの番組の題名には、そこまで続けようという意気込みが見えたのだが。

 我慢が足りなさ過ぎなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月29日 (水)

「風の絵師」 第3回 自分に掌破刑!

 第3回目にしていきなりクライマックスを迎えた感のある、「風の絵師」。 ネタバレです。

 祈雨祭の最中に春画を描いた罪で裁かれることになるのは誰なのか。
 第3回の興味はそこに集中している。
 結局師匠のキム・ホンド(パク・シニャン)が罪をかぶることになるのだが、そこにとって返したシン・ユンボク(ムン・グニョン)が現れ、それをかばおうとするユンボクの兄、ヨンボクも加わって、3人そろって 「わたしを罰して下さい!」 の大合唱。

 ムン・グニョンチャンのその時の演技は、このコが 「秋の童話」 で見せた天性の才能を、大人になってより大きく育んでいることを実感させるものだった。
 日本でいえば、このコのタイプは、薬師丸ひろ子サンとか、斉藤由貴サンに属するのではないだろうか。
 女優には、努力以外に、持って生まれた俳優としてのカンで演技しているような人が存在する。
 そういった人たちは、10代の早い時期から俳優として大きな評価を得るものだが、大人になっていく過程で、さらにその才能を花開いていく人は、結構まれだ。
 その代表で思い浮かぶのは、大竹しのぶサンだろう。

 結局罪を免れたユンボクは、兄や師匠を危険な目にあわせた自分の絵描きとしての才能に嫌気がさし、自分で自分の利き手に、石を打ちつけてしまうのだ(!)。
 その時のクニョンチャンの演技ときたら。
 ムン・グニョンチャンは、大竹しのぶサンみたいなエキセントリックな方向ではないが、着実に実力を身につけている、そう感じた。

 ユンボクが描いた例の春画の女性が王后であることに気付き、そこから王后にさりげなくプレッシャーをかけて、王后にワンペナルティをかけていく王様の駆け引きも、王様と王后の今後のせめぎあいを感じさせて秀逸。
 クニョンチャンが女だとも知らずに心惹かれていく、キーセンのチョンヒャンの存在も、今後何かと気になってくるだろう。
 キム・ホンドは、クニョンチャンが女であることに、まだちっとも気付いていない様子。 ケツをひっぱたいてましたよ(笑)。

 いずれにしろ、3回目が終わった時点で評価を下すのはまだ早計かもしれないが、出演俳優の華やかさに欠けるわりには、なかなかの傑作のように思われる、そんな 「風の絵師」 である。

当ブログ 「風の絵師」 に関するほかの記事
第1回 久々に期待できそうな韓国ドラマhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0a76.html
第2回 絵を描くこととはhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/2-253f.html
第3回 自分に掌破刑!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-e51d.html
第4回 ドリフの大爆笑みたいだった?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0635.html
第5-7回 なぜ女が女に惹かれるのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/--573e.html
第8回-13回 御真画師の顛末http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/8-13-e110.html
最終回まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-a6bc.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「佐野元春のザ・ソングライターズ」 さだまさし 前編

 「まじめにやる?」 と元春サンにいきなり探りを入れてくるさだまさしサン。
 佐野元春サンが冗談のあまり通じない人だと認識しているようである。
 元春サンにとっては図星だったらしくて、その結果、今回のさだサンの話は、実にまじめなものに終始した。
 ただ、この人の話は、どうまじめに取り繕おうが、必ず笑えるものが入ってしまうのだが。

 私が今回驚いたのは、元春サンが結構昔からさだサンの曲を聴いているように見えたところである。
 確かに、この教養番組のためだけに、あらかじめ予習してきたようなところもある。 だが、今回元春サンがポエトリーリーディングに選んだ 「檸檬」 という初期の曲を、元春サンが 「さだサンの歌のなかで最も好きな曲」 として紹介したことは、元春サンが付け焼刃のにわか勉強でさだサンの歌を聴いてきたわけではないことを、物語っているように見えるのだ。

 実際の話、いきなり冒頭からどういう立場で話そうかと探りを入れられるほど、さだサンと元春サンの曲の世界は、相容れない。
 今回の番組で、「本当はジャズ・ロックがやりたかった」 と語ったさだサンが、元春サンの曲に少しは触れていたとしても不思議ではないが、元春サンがさだサンの曲にアプローチしようとしているところは、あまり想像ができないのだ。

 「檸檬」 のリーディングが終わって、「いい詞だね(笑)佐野クンが読んでくれると、いい詞に聴こえるね」 というさだサン、この詞は春先の歌だという。
 「なぜ春先の歌かというとね、非常に、登場人物の気持ちがせわしないのね。 なにも安定してない不安ばかりのなかでね」

 なるほどな、と思った。
 「檸檬」 に出てくる女性は、相当文学にかぶれた、一種カルト的な魅力を放っている女性である。 歌のなかの男はその魅力に翻弄されながら、やがてその女性とは、必ず別れるだろうという予感を、ぼんやりとだが背負っている。
 その男女の心の動きは、表面上の静けさとは裏腹に、水面下ではせわしなく動いているのだ。 それは、年度末で生活自体が変わっていく春先の精神状態と、どこか通じている。

 ただひとつ気になったのは、「ぼくは聖橋からレモンを投げたことがない」 とさだサンが語っていたところ。
 確かこの曲が発表された当時、NHKFMのスタジオライブだったか、実際に聖橋からレモンを投げたと話していたんだが。

 さだサンが語っていた話で印象的だったのは、「歌にとって大切なのは、匂いである」 というところ。
 「たとえば、田舎の普段使わない部屋の押し入れの匂いと、普段使っている部屋の押し入れの匂いと全然違う」
 「雨が降って来た時にどこに降るかで匂いが違う。 広大な緑のなかで降る雨、都会のアスファルトに降る雨」
 そしてその色、それらを、自分が伝えたい自分の今の気持ちとどう結びつけるか、それが表現方法なのだ、…大要でそういうことを、さだサンは述べていた。
 詩を書く者として、さだサンのこの話には、大いに共感する。

 詞が書けずに困った時、どう切り抜けるんですか?との元春サンの問いに、間髪入れずに 「旅に出るね」 というさだサン。
 「旅に出ると、脳が活性化される」、実にその通りだと、私も思う。
 詩というものは、ただひとところにじっとしていて、生まれるものでは、けっしてないのだ。 いろんなものを見聞きして、初めて自分の表現したいものが生まれる。 そして眼に映る風景のなかから、自分の今の気持ちを切り出す作業なのである。

 毎回ゲストに全く同じ質問をする、というコーナーで、ところどころ、前回の小田サンと同じような答えをさだサンもしていたのは、興味深かった。
 「好きな言葉」、捨てない、あきらめない。
 「なりたかった職業」 野球選手。

 「あと1マイル」 という歌に託した、反戦の思い。
 これも、表現する者としての使命感、義務感から、いやがおうでもわき出てくる気持ちなのである。
 戦争に対して、強い反対の気持ちを有さない人たち。
 その人たちは、人を殺すということに対する想像力を、決定的に欠いている。
 さだサンがこの時話した、「目の前の人間を殺さなければ、自分が殺される」 という話は、その想像力を喚起させる力に満ちていた。

 「いい話をするよね、さだまさしってね」 と笑わせるさだサン、人に共感させるのがとてもうまい。
 昔、さだサンの論調には、若造がこう言っては大変失礼だけれど、というスタンスが、常にあったように思う。 なよなよしているとか、「関白宣言」 の論争とか、常に世間の批判にさらされながら生きてきたさだサンの、それが処世術みたいになっていたフシがある。
 だがこの歳になって、さだサンの主張には、前にはなかったどっしりとしたものが、着実に大地に根を張っているように、私には思えるのだ。

 だから今回のようなまじめ中心の話になっても、ちっともたじろがない。 これが、さだサンが真摯に人生を、社会を見つめてきた結果なのである。

 後編の記事はこちらです↓
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/2-e55c.html

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「風の絵師」 第2回 絵を描くこととは

 どうかなあと思いながら第2回を見た 「風の絵師」、結構いいかも知れない。

 キム・ホンドが図画署に復帰して最初の授業で、屏風を逆さにしてそれを模写させるということを、画学生たちにやらせる。
 これは、目の前の対象物を全くの偏見なしにどれくらい忠実に描くことができるか、その能力をはかるのに、実に効果的な方法と言える。
 そしてそこには、王后の春画を描いた張本人を突き止めるための策略、という意味も含まれている。 将棋を打つ王様と王后のやりとりを絡ませてそれを見せるあたり、なかなかやるなあ、と思わせる。 突き止められなければ、キム・ホンド(パク・シニャン)は利き手を失い、突き止めれば、その春画を書いたシン・ユンボク(ムン・グニョン)の利き手が失われるのだ。

 その模写の最中、キム・ホンドは、画学生たちに、「絵を描くこととはどういうことなのか?」 と問いかける。
 これも、実に絵描きにとって基本的な問いかけである。
 図画署の画学生たちは、実につまらない答えしか返せないのであるが、絵描きを志すものとしては、もうすでに、その時点で失格であろう。

 私もドラマを見ながら自分なりに考えてみたが、「絵を描くこと」 とは、「それを描くこと自体がすなわち喜びなのである」 という答えになるかな、と思った。 いかにも模範的ですかね。

 すると、その問いにシン・ユンボクは、こう答えるのだ。
 「人を恋することでそれが絵になり、その描かれた絵を見ることでがまた、恋しさが生みだされるのでは…」。

 むむ。 なかなかの名言である。

 物語は、ユンボクの手がなくなるかどうかというところに、その興味を移しているが、キム・ホンドに対する政治的な絡みとかもバックにはあるみたいで、単純な構造になっていないところが、ドラマとしての深みを感じさせる。

 それにしても、ムン・グニョンチャンが少年にしか見えないというのは、どうも気になるなあ。 大人の女になった 「秋の童話」 の女の子を、ちょっと見てみたいものなんだけど。

当ブログ 「風の絵師」 に関するほかの記事
第1回 久々に期待できそうな韓国ドラマhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0a76.html
第2回 絵を描くこととはhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/2-253f.html
第3回 自分に掌破刑!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-e51d.html
第4回 ドリフの大爆笑みたいだった?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0635.html
第5-7回 なぜ女が女に惹かれるのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/--573e.html
第8回-13回 御真画師の顛末http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/8-13-e110.html
最終回まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-a6bc.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月28日 (火)

「BSマンガ夜話」 鋼の錬金術師、の話はいいとして岡田サン…

 NHKハイビジョンで、2005年3月3日の 「BSマンガ夜話」 が、再放送されていた。
 題材は 「鋼の錬金術師」。 …と、その話は置いといて、私が驚いたのは、レギュラーのひとり、岡田斗司夫サンの太りっぷりである(笑)。
 この人がスンゲエェダイエットをしてから、だいぶたつような気がするのだが。 そうか、つい4年ちょっと前は、まだこんな状態だったか。 
 いやいや、痩せた岡田サンを見た時も、最初はさすがにスンゲエェ驚いたけど、今じゃ太ってた時の映像のほうがスンゲエェ驚いてしまうっていうのが、なんか人に対するイメージって、いい加減だよな、などと思ったりして。

 どっちがいいって、やっぱり痩せてる方が素敵だけど、今回見た昔の太っていたころの岡田サンも、なかなかどうして、頼りがいありそうで、よござんしたよ。
 この人、痩せてても太ってても、目がタレてるから、とても親しみのある顔なんだな。
 それにしても、今の岡田サンのイメージからすると、太っていたころは、空気でも入ってんのか、という感じ(笑)。

 それでも岡田サン、考えてることは、昔も今も、実に鋭いことに、変わりはない。

 「鋼の錬金術師」 は生命とは何かとか、難解なことを中学2年生レベルでも分かりやすく教えてくれる、すぐれたジュブナイルだ、という話。
 なるほどなー。
 夏目房之介サンは、主人公の登場の仕方とかが歌舞伎っぽくて、このマンガの作者はB級なものがホントに好きなんだろうな、と思わせる、とか、例のコマ割り分析で、その語り口の巧妙さを説いていた。 いしかわじゅんサンは、このマンガの作者が新人だということに驚いていた。
 それぞれ、独自の切り口で、見ていて飽きなかった。

 それにしてもなー。

 くどいですけど、岡田サン、太ってたよなー(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「風の絵師」 第1回 久々に期待できそうな韓国ドラマ

 BS日テレで始まった韓国ドラマ、「風の絵師」。 英語の副題も含めて、なんか 「風の国」 みたい。 韓国じゃ風の○○って、流行ってるんですかね?

 宮廷絵師を題材にしている変わった角度のドラマだけど、第1回目を見る限りでは、?マークがそこかしこにある感じ。 どう判断してよいのか、今のところは分かりません。

 ?マークというのは、まず主役の若い絵師のほう。
 女の子ですよね?この人。 たぶん女じゃ宮廷絵師になれないとかいう理由で男装しているんだと思いますけど。
 何かどっかで見たような気がしたんですが、ネットで調べて、判明しました。
 あのコでしたよ、「秋の童話」 に出ていた、ソン・ヘギョの子供時代の女の子。
 いやー、あの頃はカワイかった。 ソン・ヘギョよりこっちの女の子のほうがタイプでした。 名前は、ムン・グニョン。 あのまんま大人になっちゃったみたいです。
 まあ、「風の絵師」 ではいつわりの男の子役で出てるみたいなので、少年そのままの感じなんですけどね。 女になるのかなあ、ちゃんと。 ならないと、主役の男の人と、恋仲にはならないだろうなあ。
 しかし、恋仲になるのかあのふたり?(笑)
 ちょっと年の差、ありすぎなんじゃないか?

 ?マークのその2は、王様の母親?という女性。
 どう見ても王様の母親、って年齢じゃないみたいなんですけど。 だいたいお盛んなようですし(笑)。 逢引きをムン・グニョンチャンに盗撮、じゃなかった、盗描?されて激怒してました。(後記 貞純王妃。 継母みたいだったです。 でも、第1回目を見る限りでは、そこらへんの説明が全くありませんでした。 「イ・サン」 でも敵役として登場しますし、韓国のかたにとっては常識なのでしょう)

 それでも、主役のキム・ホンドという偉い絵師役の人、パク・シニャンサンは、棟方志功みたいで、なかなか興味をそそられる人物をうまく演じてます。

 とりあえずムン・グニョンチャンが気になるので、しばらく見てみようかと思います。

当ブログ 「風の絵師」 に関するほかの記事
第1回 久々に期待できそうな韓国ドラマhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0a76.html
第2回 絵を描くこととはhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/2-253f.html
第3回 自分に掌破刑!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-e51d.html
第4回 ドリフの大爆笑みたいだった?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0635.html
第5-7回 なぜ女が女に惹かれるのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/--573e.html
第8回-13回 御真画師の顛末http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/8-13-e110.html
最終回まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-a6bc.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月27日 (月)

「毎日かあさん」 新聞編 子供たちの成長

 アニメのほうもこのところ失速気味だが、毎日新聞連載中の本編マンガのほうも、同様に失速気味の、「毎日かあさん」。

 新聞のほうに限って言えば、それはサイバラサンのふたりの子供が、結構普通の子供に成長してきたせいだと、私は考えている。

 「毎日かあさん」 というマンガは、お父さんの鴨チャンと、ふたりの子供の破天荒ぶりがパワーの一翼を担っていた。 そこにサイバラサンの放置プレイが合わさって、この子らはどんなふうに成長するんだろうか、というのが、興味の一部でもあった。

 放置プレイ、とは言うものの、実際のサイバラサンは、この子たちをやたらと海外に連れていき、社交性をいやがおうでも身につけさせようとしているフシがある。 海外に行くと言っても、キレイキレイなところには、絶対行かないのだ。 行ったっけか? ともあれ、要するに、たくましく育ってほしい、グローバルな視点を持ってほしい、という母親としての願いなのだろう。

 だがそのサイバラサンの願いは、実際子供たちに届いているのだろうか。

 子供たちの視点に立ってみると、自分たちの日常がマンガでおおっぴらに公表され、しかもそれにはマンガならではの誇張が入っていて、そのうえそれが、今度はアニメにまで、なってしまっているのである。
 別に大きなお世話なのだが、最近描かれる、サイバラサンの子供たちの様子は、何となくそれに疲れているような感じが伝わってくるのだ。

 例えばこないだ描かれた、大量の唐揚げの回でも、ブンジクン(便宜上、アニメでの呼び方です)は、休みの日にずーっとゴロゴロしていたらしい。
 これは、今までのブンジクンの行動から言って、ちょっとあり得ない展開だ。
 ちょっとした反抗期なのかもしれないけど。 そりゃ、いつまでもバカみたいに元気な子供も、そうはいないだろう。 いっぽうで、マンガからうかがわれる、ブンジクンの最近の行動は、実にしっかりしたものが、着実に育っているようにも、感じたりするのだ。

 サイバラサンの家の事情をとやかく言う必要はないので言わない。
 でもこのような子供たちの成長は、「毎日かあさん」 というマンガにとって、これまでの描きかた、笑わせかたからの転換を迫られているような、そんな気がするのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「官僚たちの夏」 第4回 手に汗握る局長クラス会議の攻防

 繊維業界の貿易自由化をめぐって繰り広げられる、通産省内の官僚たちの駆け引き、攻防。 今回のこのドラマは、息をもつかせぬ展開で、つくづく良質な大人のドラマを堪能した。
 はっきり言うが、傑作である。

 GATTの国際会議で北大路欣也サン演じる池内通産大臣は、日本の保護貿易主義を世界各国からコテンパンに批判される。
 この回のこのドラマの論点は、まずここから始まっている。 世界中から非難されている保護貿易を解決する方法を、視聴者の側も一緒に迫られるような構成をとっているのだ。

 しかもこの問題提起にはもうひとつのカギが隠されている。
 GATTという組織自体の議論が、アメリカ中心のもとで誘導されている、という事情だ。

 北大路サンは日米安保条約との兼ね合いから、貿易自由化はどうしても成し遂げなければならない試金石だと判断し、通産省の局長クラスの会議におおいに首を突っ込んでくる。
 そして貿易自由化に反対する局長たちを取り込む工作を弄するのだが、これを佐藤浩市サン扮する風越の腹心である堺雅人サンを欺く形で行なっている、というのも舌を巻く。 前回堺サンにブランデーをふるまって打ち解けていたように見せながら、である。 さすが政治家、抜け目がない、としか言いようがない。

 今回の佐藤サンは、そんな北大路サンの政治的駆け引きに振り回される。
 北大路サンの頭を通り越して、大蔵大臣の長塚京三サン(役名須藤恵作、って、佐藤栄作サンのことかな)に、繊維業界への金銭的な援助を頼み込んだりもするのだが。 長塚サンは結局、北大路サンとの党総裁をめぐる駆け引きにも利用されるような形で、佐藤サンの要請を断らざるを得なくなってしまうのだ。

 アメリカへの返答の最終期限が明日に迫った日の会議で、北大路サンは、3年の猶予期間などさまざまな譲歩案を会議に提案し、最終的に、かねてから自分に借りのあった柏原次官を納得させて、繊維業界の貿易自由化を押し切ってしまう。 蛇足だが、この長引く会議のなかで、チキンラーメンとか、焼き芋とかを登場人物たちに食べさせて、時代を感じさせるというさりげない手法をとっているのにも、感心する。

 そしてなにより、最初局長クラス10人のほとんどが反対だった貿易自由化が、徐々に賛成派に押されて、結局ひっくり返されてしまう過程は、見る側を圧倒する。

 そしてこの回ラストには、打ちひしがれる風越たちのもとに、繊維業界どころか、岸(谷)内閣からほとんど全面的な貿易の自由化を決定する法案が出されたとの報せが、佐野史郎サンによってもたらされるのだ。
 このダメ出しは凄い。 要するに、アメリカに完全追従。 ここまであんなに白熱した会議での攻防を見せられたのに、見ている側はいきなりハシゴを外された気分になる。 凄い。

 ナレーションはここで、貿易自由化と日米安保を結びつけて、岸谷内閣の総辞職と、池内内閣の誕生へと雪崩を打つわけだが、最後の最後まで、圧倒されっぱなしだった。 伏線が縦横に張り巡らされていて、見ている側は、ただそれに翻弄されるしかない。

 しかも、ざこば師匠が経営する繊維工場の様子を、ところどころにインサートし、フォローすることも忘れない。 またざこば師匠の演技が、いいのだ。 女工たちにはあくまで笑顔を絶やさず、裏では泣いている。 スキのない演出、というのは、まさにこういうドラマのことを言うのだろう。

 ここまで凄いものを見せられてしまうと、今後どうなっちゃうのか却って心配になってくる。 ゲホゲホ咳をしていた杉本哲太サン演じる牧がフランスから帰ってきて、百万の味方を得たような佐藤サンであるが、さてどうなる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年7月26日 (日)

フジテレビ26時間テレビ 視聴率いいんだろうけど

 今年もまた、フジテレビの26時間テレビの季節がやってきた。
 考えてみれば、学生たちにとってみれば、夏休みはフジテレビの26時間テレビで始まり、日テレの24時間テレビで終わる、という、季節の風物詩とも呼べるくらいのステータスを獲得しているわけだが、毎年驚くのは、全日帯でこの両方とも、視聴率がいい、という事実だ。
 今年もおそらく、視聴率はいいことだろう。

 ところがこの24時間テレビ、私は相当前から、まったくと言っていいほど見ていない。

 要するにつまらない、ということだが、まあ最初から最後までずっと見ている人はさすがにいないにしても、どうしてこうも、最初から最後まで視聴率がいいのだろうか。 ヘタすると、TBSのゴールデンの視聴率よりも、24時間テレビの深夜の視聴率のほうが上だったりする。 まあ今のTBSと比べちゃ酷な気もするが(笑)。

 この24時間テレビ、いったいどんな人々が視聴しているのだろう。
 たぶん、若者中心なんだろうな。
 それにしたって、レギュラーの番組より視聴率が見込める、というのははっきり言って凄い。 おいしいよなー。 ちょっとやそっとじゃ、やめないだろう。 個人的には、とっととやめてほしいけど(笑)。

 フジテレビのヤツで唯一楽しみなのが、中居正広クンとさんまサンの深夜のダラダラトークなのだが、いかんせん最近はトシのせいか深夜がつらかったりする。 ここ数年見とりません。 まだやってるのかな?
 あれを26時間やっとりゃいいのに。 酒飲みながらムダ話を26時間。 公共の電波を思いっきりムダに使って。 「タモリ倶楽部」 みたいなの。 あっ、テレ朝で、やったらどうスかね? 「タモリ倶楽部」 24時間酒飲み耐久テレビ(笑)。 画面の下に、24時間ずーっと 「ドラえもん募金」 のテロップでも出して。 さすがにそれはワルノリか(笑)。

 でも、少なくとも、下らんおバカをやって26時間ゲハゲハ騒いでいるより、よっぽどマシだと思うんですけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「チューボーですよ!」 枡田絵理奈アナ、最近何となく…

 下世話な話でございます。 申し訳ございません。

 このところ、「チューボーですよ!」 での枡田絵理奈アナの露出が少ないっス。 そりゃ、はじめのころはキャラクターの紹介という面もあったから多めに出てたんでしょうけど。 でももうちょっと見たいかな、と。
 ちょっと番組にも慣れてきたかなーという時期に、結構積極的に堺巨匠なんかに絡んで、出る杭打たれたみたいな感じなのかも。 星の判定の直前に、マイナスになるようなことを指摘して、堺巨匠に露骨に嫌がられてましたからね。

 ゲストの紹介の時に堺巨匠を持ち上げるようなコメントをつけるようになったのも、その反動だったのかもしれませんが、巨匠を持ち上げるのはその時だけで、あとは冷たい、というのは、番組を面白く見せるためにあれはわざとそうしてるんですかね? だとすると、相当このコは計算して行動している、と思うんですけど。 それに、バラエティのなんたるかを、直感ながらも把握している、そんな気がするんです。

 でも露出が少なくなって、なんとなく自分のやり方に、疑問を生じている、そんなところも見えたりします。 あーこれってスゲエ邪推。 憶測だけでモノを書くなっての。

 私がそう感じてしまうのは、彼女のメイクが、何となく最近変だ、と思うからなのかも、しれません。
 なんとなく、彼女の顔、最近紅潮してません?
 なんか、顔が赤いんだよなあ、最近の枡田アナ。
 メイクのせいなのか、緊張のせいなのか。

 あー話がますます下世話な方向になっとるぞ。

 このまま妄想を広げて書いてしまいますけど、なんだかそれって、枡田アナが 「チューボー」 あたりで収まらないモノを、胸に抱いているからなのかな、なんて考えちゃったりも、するわけです。

 正直なところ、最近の 「チューボー」 を見てると、枡田アナの良さがじゅうぶん出ていない気が、するんですよ。
 まあ、アシスタントがゲストより目立っちゃ、しょうがないんですけどね。 でも雨宮アナなんかは、自分の立ち位置で、じゅうぶん実力を発揮していたし。

 今後彼女が 「チューボー」 で、どのような立ち位置を見出すことができるか、それにも注目してみたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月25日 (土)

「任侠ヘルパー」 第3回 よくできていたが…

 「任侠」 と 「ヘルパー」 という相容れないカテゴリーを融合させた話題性だけで、毎回毎回、実に危うげな展開を示している、「任侠ヘルパー」。
 つまり、最初のインパクトはいいけれども、10回とか11回とかという回数を、最後まで視聴者に興味を維持させて、本当にこなせるのかどうかが、どうにも分からないのだ。

 だが、黒木メイサチャンの話と、老人虐待の話を中心とした第3回目は、その話の暗さは別として、とりあえず成功している。
 と言うか、今までの話のなかで、いちばん見ごたえがあった。

 自分が女であることで、組のなかで突き上げを食らっている中途半端な立場のメイサチャンの苦悩と、いくら親身になっても本当の家族にはなれないというヘルパーの中途半端さがリンクするような物語の構造は、見ているものをうならせる力に満ちていた。

 しかも、この回で取り扱った老人虐待の話は、めでたしめでたしという結末になっていない。 見終わって、とても重たい気分だけが残るような展開だ。
 だが、黒木メイサチャンに草彅クンが、最後にぼそっと口にした、「明日も早えーぞ」 という一言には、とてもそれで救われた気分にはならないが、どんなに現実が重苦しくとも、前を向いて一歩一歩、生きていくしかねーんだよ、という気持ちが表れていて、とてもよかった。

 この回だけ見れば、このように社会派、ともとらえることのできる、すぐれたドラマ、と言えるのだが。

 過去2回の作風とは微妙に違っていて、今後どういう方向に展開するのかが、見ていてやはり危なっかしい。

 それは、このドラマが老人介護の現実、という問題を論じながら、その半分は、ヤクザの世界を描いていることが一因だ。

 そこで気になってくるのは、草彅クンたちにヘルパーの仕事をさせている、松平健サンの存在である。
 松平健サンの立ち位置は、これまでのところ、とても 「まっとうな」 ヤーサンとは思えない。 なんか、草彅クンたちを幹部にしようっていうよりも、まともな人間にしようって感じが、してならないのだ。
 この松平健サンの思惑通りだとすると、このまま物語の結末まで、草彅クンたちが現代風なビジネスマンみたいなヤクザとして終わることは、あまり考えられない。
 つまり、このドラマの冒頭で草彅クンが独白していた、「義理人情に厚い、正義の味方」 みたいなヤーサンに、草彅クンたちが最終的になっていく可能性が高い、ということだ。

 だけど、それでいいのかな、と私などは考えてしまう。

 この回まで見てきて、このドラマには、ヤクザを正当化させるような面がある、という考えを、どうしても捨てきれないのだ。
 いや、このドラマだけでなく、今までにも、ヤクザの世界をきれいごとみたいにとらえる話は、映画でもドラマでもマンガでも、世の中にごまんと転がってはいるのだが。

 気にすることはないのかな。

 世の中、ヤクザだろうとカタギだろうと、ウラで悪いことをしているやつは、いっぱいいるから。 一方的にヤクザだけが悪い、なんて考えでいる必要なんか、ないのかな。

 だから、草彅クンたちが立派なヤクザになろうと、何の問題も、ないのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「A-Studio」 天海祐希サン 亡き父への思い

 「A-Studio」 2009年7月24日ゲストの天海祐希サン、東京の下町育ちらしいあけすけなトークで盛り上がります。

 宝塚に首席で入学したんですが、その裏話が面白い。
 「今年落ちたらどうしますか?」 と面接官から訊かれて、両親と、それ1回きりだと約束していた天海サンは、「二度と来ません」 ときっぱり言い切ってしまったそうです。
 試験官は、「えっ?」 と絶句。 「だから、ちょっと技術がねー、伴ってないけれどもー、今年しか受けないっていうんじゃ入れなきゃダメだっていうんで、なんか、そう思っていただけたみたいで、こらイカン、ってブァーッと点数を上げて下さったんでしょうね、で一番」(笑)

 宝塚をやめる時も、ずいぶんと思いきってスパッとやめたらしくて。

 「今ここにいるのがアタシであってアタシじゃないっていう思いがすごくあった。 こうやって今まわりの方にたくさん応援していただけて、言葉は悪いですけどチヤホヤさせてもらっているのが、これは実は私の力じゃないんだって」

 宝塚に入る時も、家がイヤで、家を出るために入ったようなもんだったと言う天海サン、16歳くらいの時はものすごい反抗期だったそうです。 仲のよかったお兄様からもたしなめられるほどの。

 今回の取材で、鶴瓶サンがその優しいお兄様からされたという話に、それまでぶっちゃけトークをしていた天海サンの目が、みるみる潤んできます。
 それは、2年前に亡くなったお父様の、娘への思い。
 お父様は天海サンに結婚してほしかったんじゃないですか?という鶴瓶サンの問いに、父はそう思っていたけれども、元気に活躍する娘の姿を見させてもらって、それを思うのは贅沢かもしれない、そう話していたと。

 「Around40」 で、ちょうどそんな自分と父親がダブるシーンがあって。 林隆三サン演じる天海サンの父親が、意識不明の状態になってしまった時、「結婚しとけばよかった…」 と取り乱してしまうシーンだったのですが、あまりにも自分と重なってしまって、天海サンはカットがかかってもしばらく涙が止まらなかったそうです。

 竹をスパッと割ったような感じで、男っぽい印象だった天海サンですが、そんな一面もあるか…、と思ったけど、涙を流すのも実にカッコ良くて、こういうところを見せたくない、という感じで、…やっぱ男っぽいかなあ? なんか、この人とは、男同士みたいな、気を使わない付き合いができそうな気がします。 へんなの。 だから結婚できないんじゃ…あ、いや、失礼。

 この番組の取材で鶴瓶サンは、「天海祐希をよろしく」 と、取材をした人からことごとくそう言われたのが、とても印象的だったらしいです。 それはある意味、とても義理人情に支えられているような感じも受けるんですけど。

 この人はいろんな人から(男みたいな感覚で)愛され、支えられている、そう感じた今回の 「A-Studio」 でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月24日 (金)

拓郎サン、病気を完全に治してください!

 つま恋とNHKホールのオーラス2回のライヴを断念した吉田拓郎サン。

 30年以上も拓郎サンを見守ってきましたが、拓郎サンが体調が悪いという理由くらいでライヴを断念する、というのは、ちょっと信じられない気持ちがします。

 つまり、体調が悪かろうがノドが完全にいかれようが、「朝までやるぞバカヤロー」、というのが拓郎サン、みたいな過激で突き抜けた印象を、ずっと持ってきたからです。

 それが 「体調の悪化」 でキャンセル。
 ライヴに向かう精神的なプレッシャーというのも、私は相当感じるのです。
 それは、いかにも従来の拓郎サンのイメージではない。

 でもそれって、相当お悪いことのあらわれなんじゃないかと。

 拓郎サン!

 完全に病気を治してください!

 そしてまた、たまにでいいですから、ライヴでがなりまくってください!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「佐野元春のザ・ソングライターズ」 小田和正 後編

 「佐野元春のザ・ソングライターズ」 小田和正サンの後編。
 前編の記事はこちらです↓
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/1-e13b.html

 9割9分歌詞より曲が先とおっしゃる小田サン。
 「詞を先に書くと、その詞にぴったり当てはまるメロディというのがなかなか出てこない」。
  それは、メロディの良さを歌詞によって犠牲にされたくない、メロディを二の次にするのはとても不快な感じがするから、という。 小田サンのメロディに対するこだわりを、垣間見ることのできた話だった。

 「ラヴ・ストーリーは突然に」 も、サビの部分の歌詞は当たり前すぎて、これでいいのかなあと自問自答しながら、結局歌い続けていくことで自分が納得できていったと。
 「さよなら」 にしても、最初は 「だんだん近づいていく」 みたいな内容の歌詞だったのを、レコーディングの時になって全部書き直して、やっとしっくりいったと。
 歌い続けることで、ライヴで演奏することで、歌詞と曲との融合を実感しているようである。

 印象的だったのは、「言葉にできない」 のエピソードだった。

 元春サンが 「歌詞ではない、スキャットがこの部分のコアになっていますね。 あまりにも感情が高ぶって、言葉にはできない、伝えられない感情とは何なのか、そこを想像する楽しみがある」 と切り出して。

 小田サンはそれに対して、この曲は、オフコースというグループが解散する、そのコンサートの最後の曲になるだろう、という思いで書いた、と言うのである。

 当時私は、オフコースの解散について、何の情報もキャッチしていなかった。 だのに、まことしやかにオフコースは解散するという報道が繰り返されていた。  たしか、「OVER」 というアルバムに収められた曲に、「WE ARE OVER,THANK YOU」 という声が隠れて入っている、という新聞記事もあった。
 ファンの女の子たちのテンションも、確かな情報がなにひとつないのにどんどん高まっていくのを、なんであんなに騒いでいるんだ、という思いで眺めていた記憶がある。

 結局鈴木康博サンの脱退だけで、その後もしばらくオフコースは存続したのだったが、あの頃のオフコースには、そんな一種異様なテンションの高まりが存在していたことだけは確かだ。 やはり、それなりの覚悟が、「言葉にできない」 という歌には込められていたのだ。

 「詞のないもので伝わる方法はないんだろうかと。 みんなが勝手にイメージして、膨らませてくれるもの、みんなが作ってくれるもの、っていうことで、ラララ…っていうなかに、なんかみんなが見つけてくれるんじゃないかという、…それで、そういう感情って何なんだろうって思って、哀しいこと、悔しいこと、うれしいことっていうのを、ラララに託せば、なんか今までと違うものが伝わるんじゃないかと」
 元春サンはその小田サンの言葉に激しく同意し、「哀しい」 と最初に振っておいて、最後に真逆の 「うれしい」 とつなげるところが、小田サンのソングライターとしての真骨頂だと絶賛する。 それを聞いている小田サン、何となく面映ゆくて笑っちゃいそうな感じで、ちょっと可笑しかった。

 「詞を書くのはいやなんです(今は違うらしいが)」 という小田サンの発言には、元春サンも驚いていたが、小田サンにとって、作詞作業というのは、限りない試行錯誤の繰り返しなのだろう。 歌詞も何通りか作って、比較しながら直していく、そんな話も小田サンはしていた。 自分が納得できるまで、それはいやでも成し遂げなければならない、会場の学生の質問に答えている小田サンは、そういうことを一貫して話していたように思う。
 それは、やはりプロとしての自覚でもあるのだろうが、その曲を何としても仕上げるんだ、という執念みたいなものも、私は感じるのである。

 詞をシンプルにしようと心がけている、という小田サンの姿勢は、その努力の上に成立しているからこそ、普遍性を持つものに変貌していくのだ、そう感じた、この回の 「ソングライターズ」 だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月22日 (水)

ビートルズのリマスター盤BOX、輸入盤で買おうかなあ

 9月9日(2009年)に発売されるビートルズのリマスター盤、ビートルズファンの私としてはBOXセットで一気に買っちまおうと思っているんですが、発表された日本版のBOXセットの価格が高すぎて、ちょっと躊躇し始めてます。

 BOXセットの種類は2つ。 ステレオとモノラルなんですが、この両方を買わなければならないんです。 なんで2種類買わなければならないのか、というのには、ちょっと説明を要します。 コアなファンには耳タコの話なんですが。
 つまり、ビートルズのステレオ盤とモノラル盤は、ミックスが違うために、内容がコショコショ、ビミョーに違うんですよ。
 そんなのどっちだっていいだろう、というワケにはいかないのが、ファンの悲しい習性でして。

 今度発売されるリマスター盤、バラ売りのほうは、すべてがステレオ仕様になっているらしい。 じゃあ今まで発売されていたCDで、初期のアルバムはモノラルだったんですが、これもステレオ仕様になってしまうということで、従来のものとどう違ってしまうのか、これもはなはだ気になるところであります。

 話はBOXセットに戻りますが、このたびEMIジャパンから発表された価格は次の通り。

 ザ・ビートルズ・ボックス (ステレオ)(ボックス・セット TOCP-71021~71036)
 価格35,800円 (税込)

 ザ・ビートルズ・モノ・ボックス (ボックス・セット TOCP-71041~71053)
 価格39,800円 (税込)

 合計75,600円ですよ。

 BOXセットはまとめ買いのメリットでせいぜい両方合わせても6万円程度かな、と思っていたので、ちょっとこの出費は痛い。 最初は、ビートルズのアルバム買うために仕事もがんばろう、みたいな威勢のいいことを書いて、このブログでもアマゾンのアフィリエイトを始めたりもしたんですが、いやいや、そんなうまい話はないですね。 そのあと会社も不景気になりまして。 しかもお盆休みの関係上、出費は多いわ仕事はないわで、9月あたりって、毎年大変なんですよ。

 さらに、モノラルBOX、ステレオ盤より枚数が少ないのに、4千円も高い。 ふざけてませんかね? マニアを手玉に取ろうっていう魂胆が見えるのが、ちょっとムカつきます。

 それで、HMVのHPをのぞいたら、輸入盤がなんと、「マルチバイキャンペーン対象商品をキャンペーン規定点数以上まとめてご注文頂くと、一般価格(もしくは参考価格)から割引されたお安い価格でご購入頂けます」 という方式で買った場合、

 ステレオボックス 21,088円
 モノラルボックス 24,248円 合計45,336円

 という値段で買えてしまうらしいということが分かって。 3万円も違うなんて、ちょっと考えられない。

 よく考えてみれば、ビートルズのアルバムって全部持ってるし(レコードでは)、いまさら日本語版についているライナーノーツを読んでも仕方ないか、というのは、正直なところあります。

 ただ、やっぱり悲しいかな、日本語のライナーノーツを読むと、アルバムを買った気がするし。 特に今回は、何万円もするもの買うんですからね。 分厚い解説本とかないと、買ったって気がしないじゃないですか。 音だけ買うって、なんか無味乾燥。
 それに、歌詞カードの英語がどこまでまともになってるのかチェックしたりしたい気分も、正直なところあるんです。

 輸入盤に心が揺れ動いている私ですが、発売日に買わないで、ネットで評判を見てから買おうかな、という気にもなっちゃってます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月21日 (火)

「バイオハザード4」 やり倒してました

 あちゃー、昨日ブログに穴あけちゃったよー。

 ココログ障害の時以来。

 私昨日、「バイオハザード4」 の最も難しい上級者向けの 「プロフェッショナル」 モードをやり倒していたもんですから。

 いやいや、なんで今頃4なんだ、という話ですけど、ずいぶん前に買って、一番初級者向けの「アマチュア」 モードでやったっきり、その難しさに辟易しまして、ずっとほっぽっといたんです。
 それをつい最近何の気なしに再度プレイしてみたら、それまで 「バイオハザード」 と言えば、1、2、3、あと 「コードヴェロニカ」 編、とすべて一番難しいモードでクリアしていたのに、激ヌルで終わってるのが急にシャクになってきて。

 この 「バイオハザード4」、簡単な順から、「アマチュア」「イージー」「ノーマル」「プロフェッショナル」 となっているんですが、「プロフェッショナル」 の前が、「ノーマル」 になってるのが、なんとも腹立たしい。 せめて 「ミドルクラス」 とか、つけろよなー、という感じ。

 だってこの 「ノーマル」 に行くまでが、また大変なんスからもう。

 これって私の個人的な感想ですけど、「バイオハザード4」、ちょっと難しすぎませんかね? 今までの1、2、3、ヴェロニカなんかと比べて。
 それとも私が、ただ単にトシ食っただけなんですかね?
 だとすると、ヤですねー。 トシはとりたくないもんですねー。
 結局、やっとこさっとこ 「ノーマル」 でこなせるようになって。 オッサン、この時点でヒーヒー言ってます。

 んでまあ、ここ数日、「プロフェッショナル」 に、ずーっとかまけてたわけですけどね。

 なにしろ昨日は、クリアまで、62回死にましたよ。 それも、勘定に加わらない 「リトライ」 でも何10回かやってるので、実質的には、軽く100回は死んどるでしょう。 ややや、おまけにいっしょに連れているアシュリーという娘っ子、鎧モードだったから。 こうすると、無敵なんですよ、アシュリーだけは。 それじゃなかったらもっと死んでますけど、それにしたってちょっと、死に過ぎ。

 特にユニットハウスがどんどんおっこっていくところに出てくるバケモノには、正直キレました。 や、そこだけじゃないっスよ。 「バイオ4」 に出てくる敵って、ヒタヒタとか、こっちに来る音がしないのがいたりする。 それに、なんだか敵の動きがランダムだし。 恥ずかしい告白をしてしまいますが、酔っぱらってやってる時に、そのあまりの意地悪さに、コントローラを投げつけて、ひとつポシャってしまいました(泣)。

 しかしまあ。

 クリアした時には、達成感とかうれしさとか言うよりも、「あーあ、やっとかよ、クソっ!」 ってな感じだったです。 なにしろやられ過ぎっスよ。 「どーにかしろよこのクソ難しいのよ!」 ってな感じだったです。 正直、また一からはやりたくないっス。 クソうんざりしました。 クリアするとその終了時点のデータで最初からできるので、今そのうっぷんを、晴らしまくっているところです。 思えばこのカイカンで 「バイオ」 もやっているようなもんかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月19日 (日)

「官僚たちの夏」 第3回 ジャパン・バッシングの始まり

 「官僚たちの夏」 第3回は、日米の貿易摩擦のはざまで揺れ動く繊維業界がテーマ。

 相変わらず不勉強なので、ドラマの出来に絞って話をさせていただくが、ドラマ的には、通産省の役人である高橋克典サンを悪役に立たせたり、繊維業界の代表みたいな形で桂ざこばサンを繊維工場の社長として登場させたり、このドラマは構図の単純化によって、分かりやすさに重点を置いている気がする。

 しかし、この作られ方は、ややもするとドラマのリアリティに対してダメージを与える結果になりかねない、危険な選択だ。

 簡単に言うと、繊維業界にはざこばサンしかおらんのか、つーことだが。
 過去2回の自動車業界、電機業界でも、ドラマ中で表立った企業はせいぜい1社か2社で、テーマのために利害関係が単純化されている面は、どうしても気になってしまう。 3社くらい出てくると、結構リアリティのある力関係が描ける気がするのだが。

 また、通産省内や、政治家との関係を、これまたシンボライズして描こうとすると、どうしても、このドラマ自体が現自民党政権寄りの論調なのではないかという、うがった見方をされてしまう危険性が生じる。 今回北大路欣也サンが自民党(ドラマでは民自党)岸内閣の(ドラマでは岸谷、だったっけな?)通産省の大臣になって、本格的にドラマにかかわりだしたせいで、その傾向がますます鮮明になってきているように感じる。 アメリカの無理な要求に苦慮し、日本の将来のことをトータルで考えている自民党の政治家、というイメージ、である。

 だが今回、作り手がいちばん焦点を置いていたのは、結果的に外圧に屈することになった繊維部長、船越英一郎サンの苦悩だった。

 かれは、親米派の高橋克典サンとは違って、日本国内の産業の実情も視野に入れている、思慮深い人間として描かれている。
 そのかれが、北大路通産大臣とともに折衝を重ね続け、結局アメリカの無理な要求をのんでしまう。 しかも、当初1年の猶予があったその話は、2週間後の来月から、というミもフタもない話になってしまうのだ。
 佐藤浩市サン演じる風越から 「酒でも飲んでなきゃやっとられん時もあるだろう」 と、就任祝いにもらった酒を無理矢理あおり、持っていたグラスを割るシーンには、船越サンのサスペンスドラマ以外のパターンを初めて見た気がした。 まあ、私あまり、この人の出るドラマって、見たことないんですけど。

 また、この回のもうひとつのキモは、高橋克実サン(高橋克典サンと、1字違いか)がざこば社長からもらったシャツである。

 それは、1ドルシャツという安かろう悪かろうみたいな製品を作っていたざこばサンの繊維工場で作られた、破れない新製品。
 2週間後の綿製品対米輸出自主規制決定に抗議して押しかけたざこばサンが、高橋克実サンの胸ぐらを思いっきりつかみ上げるのだが、そのシャツが破れないのだ。
 「大丈夫だ!あなたの会社のシャツは、簡単に破れない!立派な一流品だ!必ず、持ちこたえるさ!」 この高橋克実サンの叫びには、心打たれました。

 思えば日米の貿易摩擦の出はじめが、このころだったのかも知れない。 要するにこのことは、日本が対外国に強い影響力を持ち始めた、まさにエポックメイキングな出来事だったとは言えまいか。 その後ジャパン・バッシングという事態にまで発展するのだと思うと、感慨深いものがある、が、…今じゃジャパン・ナッシングかあ。 この番組スポンサーのトヨタサン、がんばってください。

 佐藤浩市サン、繊維は部外者なので、今回出番少なかったなあ。 出てきても、部外者は出て行け!みたいな感じで。 ウラで堺雅人サンや高橋克実サンをスパイとして送り込むとか、結構あざといことやってたけど。 日本を守るためにガンバッテマス、というわりに。 もっとこの、功罪の、「罪」 の部分にも光を当ててくれると、さらに見ごたえが増す気がするのだが。

 なにしろ、見ごたえあります。 ドラマのTBS、バンザイ!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年7月18日 (土)

「久米宏 ラジオなんですけど」 ビールってヤツは!クソっ!

 2009年7月18日TBSラジオ 「久米宏 ラジオなんですけど」 は、「ビールってヤツは」。

 番組開始早々からノンアルコールの 「キリン フリー」 …っていうんですか?それを飲んでみる、久米サンとアシスタントの堀井美香アナ。 堀井アナ 「うわっこれ苦い…ホントにビールですよ」 久米サン 「これはうまいですねー」 堀井アナ 「顔が赤くなってきちゃった!」 久米サン 「(ノンアルコールなのに)なんで!(笑)」
 それにしても、このノンアルコールビール、ヤケに売れているらしいですが、第3のビールより高いのに、よく需要があるなあ、という気はします。

 続いて久米サン、キリンのラガーとサントリーのモルツを、同じグラスに注いで、「分かりますよねこれ…キリンとサントリーの、合併です!」 と言いながら、「これが合併の味かぁ!」。

 ちょっと、やめてもらえません?(笑)
 まだ真っ昼間ですってば!(笑)
 だけど昼間っから飲むのって、こたえられないんだなー(笑)。

 ラジオを聴いている人のなかには、その時の、ビールをグラスに注ぐ音がたまらなくなって、ビールを飲んでしまった人が続出。 中には、ビールを買いに行く人まで出る始末。
 って、番組のなかでリスナーの声が紹介されてましたけど。

 番組に寄せられた声のなかで、私が激しく同意したのは、バイトでくたくたになって、のどがカラッカラになった時にビールを飲んで、それまで苦いだけだと思っていたビールが、初めてこんなにうまいものなんだと気付いた、っていうコメント。
 久米サンは、ビールをあまり好きではないという堀井サンに、「こういう経験がない君はカワイソウだ」 と言っとりましたが、そうだなー、私もそういう経験があったからこそ、それからビールを飲み続けているわけですし。 それまでは、「こんなに苦いもののどこがうまいんだ」 って思ってましたよ。 それが、劇的に変わってしまうんですからね。 この味覚のコペルニクス的転換は、いったい何なんだ!…って、オマエは彦麻呂かっ!(笑)

 「ビール工場で飲むビールは、本当にうまい」 って久米サンおっしゃられていましたが、はあ~、体験してみたいもんです。
 私が本当にうまいと思うのは、やはり飲食店の、サーバーから注がれたビールですかね。 あれって、なんでフルーティな味がするんですかね?
 家庭で飲むと、缶ビールって、本当にどうでもいい味です。 個人的な感想ですけど。 こんな程度なら、べつに発泡酒でも第3のビールでも、大差ないと思います。 ビンビールは、まだマシですけど、やはりサーバーで飲むヤツには、とてもかなわない。

 それにしても、飲みながらの放送って、「タモリ倶楽部」 もそうですけど、なんでこんなに面白いんですかね? 久米サン、いつもよりテンションが高かったです。 ゲストの学者の方(?)にも、ビールを勧めてました(笑)。 あまりにもうまそうに飲むので、交通情報をやっていた阿南京子サンから、「今日は私、久米サンがサディストだということが分かりました」、と言われる始末(笑)。

 それにしても、夜になるまで、我慢できそうもないなあ。 ビール。 クソっ!(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「A-Studio」 2009年7月17日 木之内みどりサンの思い出

 2009年7月17日 「A-Studio」 ゲストは、竹中直人サン。
 意気揚々と、いつもの怪人キャラで登場したんですが、18歳の大学生になったという、奥サンの木之内みどりサンとの娘が鶴瓶サンの取材で出てきてからは、完全に素に戻っちゃって、脱力感の塊になってしまって(笑)。

 その娘サン、白黒写真で、後ろ姿と顔の下半分の横顔しか出てこなかったんですが、何となく面影的に、木之内みどりサン、入ってるかなー、と。

 あーあ、ファンでしたよ、私、木之内みどりサン。

 なぜあーあ、というと、そういう人だったんですよ。

 若いころは、はかないあぶな絵のような、ちょっとミステリアスそうに見える女性に、あこがれたすること、あるんですよね。
 系統的に言うと、小林麻美サンとか。 大場久美子サンも、似た系統かな。 や、これらの人たち、みんなファンでした。 百恵チャン一筋じゃ、なかったんですな。 この浮気者。
 なにしろ、いくら思っても、自分の手の届かないところに存在していて、ある日突然いないなっちゃいそうな、そんな女性でした。

 そして木之内みどりサンは、実際に、突然いなくなってしまったのです。 ベーシストの後藤次利サンと、逃避行、即引退。 それまで彼女の歌には、人知れず注目していたんですが、「横浜いれぶん」 でようやく花開いた、と思ったその、矢先ですよ。
 相手が後藤サンっていうのも、ちょっとショックだったかな。 確か当時、吉田拓郎サンつながりで、結構知っていた人だから。 後藤サンは、それ以降、いいイメージがありませんでしたよ。 工藤静香チャンと組んでやってた時も、なまじいい歌をつくるもんだから、却ってハラが立ったり。 クソー、天才じゃんかって。

 結局後藤サンとは、その後別れてしまったんですが、そうだった、彼女、竹中サンと一緒になってたんだっけ、と彼女の面影が残る娘サンの写真を見ながら、ちょっと感慨にふけってしまったわけです。

 その彼女、娘サンと、大ゲンカするそうです。 そこに竹中サンが割って入って、結局竹中サンと木之内サンがケンカになってしまい、それを小学校6年生の息子サンがたしなめて終わる、という構図を、はからずもバラしちゃってました。
 それをなんとも、しゃべりにくそうに打ち明けている竹中サンを見ていると、木之内サン、いま本当に幸せなのかなあ、と要らぬ心配を、かつてのファンとしては、してしまうわけです。

 ま、大きなお世話ですけど。

 気になるのは、鶴瓶サンが取材で、娘サンに 「早く帰りや」 と言ったのに、その日の晩も帰りが遅かった、というところ。 ゆーこと、聞いとらんやんけ!(笑) 鶴瓶サンも怒ってたけど。

 でも、考え方は、しっかりしてそうでしたけど。

 …なんで私が、かつて好きだった女性の娘サンの心配をせにゃならんのだっ?(笑)

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年7月17日 (金)

「佐野元春のザ・ソングライターズ」 小田和正 前編

 NHK教育テレビで始まった、佐野元春サン司会による番組、「ザ・ソングライターズ」。
 NHKのアッチャコッチャで再放送してるので、いったいいつがレギュラー枠なのか分からないが、だいぶ遅れて再放送を、ようやく見た。

 テレビ番組に元春サンが出るというのが、まず珍しい。 ただ、イメージ的には、佐野元春サンがテレビに出るなら、やはり教育テレビだろう、というのはある。
 私が元春サンに持っているイメージと言えば、クールな分析派だということに尽きる。 いつも冷静で、この人がふざけているところを、見たことがない。 そりゃ笑ったりもするけど。 でもどこか、その笑いは突き抜けていない。 あくまでそのスタイルを崩さない、それが元春サンのカッコよさ、だったりする。
 そんな学者みたいなタイプの人と、教育テレビというのは、実に相性がいい気がするのだ。

 果たして、第1回目のゲスト、小田和正サンとも、実にまじめな話に終始した。

 だが、小田サンという人も、元春サンと同じように、決して明るいとは言えない性格なのだが、本質的には、元春サンよりずっと、「笑い」 というものに対して興味を抱いているように思われる。
 小田サンのかもし出す笑いは、楽天の野村監督に似ている。 もしくは、つぶやきシロータイプの笑いに似ている。
 つまり、「ボヤキ」 なのである。
 小田サンはどこかで、人を笑わせることに、とても快感を持っている気がするのだ。

 その小田サンが、基本的に超マジメな元春サンと対談をすると、なんか話がはずまないような気がするのだが、そこは小田サン、ひょうひょうとしたスタイルで、その対談の場である、元春サンの母校、立教大学の学生たちを笑わせるのだ。

 まず元春サンが切り出したのは、小田サンが大学時代に志していた建築の世界と、作曲の世界とは、何か共通するものがあるのか?という、予想通りの硬い話から。

 なにもないところからつくる、最終的にディティールを決めていかなくちゃならない、ということをあげてた小田サンだったが、建築の課題でトイレと階段をつくるのを後回しにしたのと同じように、曲作りでも同じことやってると言って笑わせる。

 学生運動の話を次に持ち出した元春サンだったが、これは歌にはならなかったなあ、と小田サン、するりとかわす。 じゃあ何が歌をつくるきっかけだったのか、という話になるが、バンドのメンバーと作って、みたいな答えで、なかなか話が核心に進まない。
 元春サンの望むような流れじゃないかな、と思ったが、「プロになったら洋楽をいくらうまくコピーしても受けないし、拓郎や泉谷みたいな、青春をのたうちまわっているような曲もしっくりこないし」、と逡巡するうち、小田サンが見つけた元春サンへの答えは、「同級生が聴いたらどう思うだろうっていうのが、いちばんのテーマだった」 ということ。

 「ポップソングは時代の表現であり、時代を超えたポエトリーである」 という元春サンのこの番組に寄せるテーマに沿って、元春サンがポエトリーリーディングに選んだ小田サンの1曲は、2000年のアルバム 「個人主義」 に収められていた、「the flag」。
 学生運動に未来の夢を託していた自分たちが、そのあとやってきたこととは何だったんだろう?という、まさに、「同級生」 たちに向けてつくられた曲である。 個人的には、この曲の英語の題名が、大文字で書かれていないことが、大上段なものを否定している、そう感じる。

 オフコース時代、大ヒット曲 「さよなら」 の後に、レコード会社の反対を押し切って発表した、という 「生まれ来る子供たちのために」 も、そんな強いメッセージ性に富んだ曲だ。
 「『さよなら』 っていうのは否定はしないんだけど、いつまでも他人のような顔をしているような、商業的なような、歌ってて不快ではないんだけれども、自分とは距離があるような」「『さよなら』 は問題提起してないからね(笑)でもこれはチャンスだし、問題提起しようと」(主意)
 この曲は、「日本を本気で好きになりたい、なのに、この先、いつまでもこんなんじゃしょうがねえな、と思っている」、その気持ちを書いた、と小田サン。

 「the flag」 にしても、「生まれ来る子供たちのために」 にしても、小田サンの作る歌詞には、外見的な美しさ、やさしさのなかに、「いつまでもこんなんじゃしょうがねえな」 という、ある種の男気、強引さ、みたいなものが存在している。 この2曲を対談の俎上にのせた元春サンの眼力は、やはり侮れない。

 楽しみな番組が、またひとつ増えた。

 後編の記事はこちらです↓
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-82b0.html

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年7月16日 (木)

「任侠ヘルパー」 第2回 このドラマ、どこへ向かおうとしているのか?

 何の気なしに第2回目を見だして、なんとなく気になってまた第2回目も見てしまった 「任侠ヘルパー」。
 最終回まで見ようかどうかまだ迷っていますが、こういう中途半端に見ている視聴者にとって、第2回目というのは結構重要です。
 中途半端なりに感想を申しますと、このドラマってどこに向かってるのかなー、という気がしました。 草彅クンが人への愛情に気付いて、子役の与六クンがいじめられっ子を卒業して、夏川結衣サンが自分の過ちに気付いて、…じゃあなあ。

 第1回目は、極道の草彅クンを見せることで、インパクトを演出していました。 2回目は少々怖い草彅クンにも慣れて、そこに津川雅彦サンのような芸達者がゲスト出演、ということで、多少期待して見たのですが。
 前回の池内淳子サンの時もそうでしたが、老人たちを救おうとするのにあくまで善意を表に出そうとしない草彅クンの屈折ぶりが、見ようによっては面白いんですが、ちょっとパターン同じだったかな、という気もしました。

 だいたい、ヤーサンというのは、人に怖がられてナンボ、みたいなところがあります。 だから、普段は気さくでとてもとっつきやすいんですよ。 それがなんかの拍子にいきなりおっそろしく豹変する。
 草彅クンたちが演じるヤーサンたちは、普段からトゲトゲしていて、とっつきにくそうですね。 高校生あたりの不良レベルというか。
 まあ、普通に生活していると、こういう人たちとは、まず付き合わないんで、分からないんでしょうけど。 私も、長いこと生きてきて、この程度の知識しかありません。

 だけど、組長みたいでしたが、松平健サン。
 なにをしようとしてるんでしょうかね?
 それが分からないと、いくら夏川結衣サンとかと反目しあっても、草彅クンたちが、目的も分からずあっちにフラフラこっちにフラフラしているような感じに見えてくる。 今回も、手柄を立てようと、組の連中が施設の皆サンに、ハッチャキになって老人用おむつをはかせようとしてましたよね。

 相変わらず、またまた来週見ようかどうか迷っていますが、とりあえず、今週の感想でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

NHK大河ドラマは 「炎立つ」 第1部がベスト、ですかね

コネタマ参加中: あなたのベストオブ大河ドラマといえば何?



 今年の大河 「天地人」 があまりの内容なので、ちょっとこの企画に参加しようと思いました。

 渡辺謙サンの大河は 「独眼竜正宗」 も大好きでしたが、なんと言っても、「炎立つ」 の、藤原経清(つねきよ)です。
 放送は1993年途中から94年春まで。 大河ドラマって正月から年末ってパターンが多いですけど、このときだけは例外でした。 確か視聴率が悪くなってテコ入れしたとか。

 それでこの 「炎立つ」 も、3部構成という、変則的な話になったんですが、なかでもムチャクチャよかったのは、第1部です。

 渡辺サンは、東北の豪族である村田雄浩サンに加担したために、最後は佐藤慶サン扮する源頼義に、首をはねられるんですが、そのされ方が、凄かったー。
 囚われの身となった渡辺謙サンが、目の前の佐藤慶サンに向かって、「ブタめ! ブタの家来にはならん!」 と絶叫するんです。 怒った佐藤慶サン、自分の持っていた刀を石にガンガン打ちつけてわざとボロボロにし、渡辺サンのかつての家来だった男にそのボロボロの刀をさし出して、「ノコギリ引きで首をはねよ!」 と命じ、渡辺謙サンは、ゴリゴリという鈍い音とともに、絶叫しながら死んでいくんです。
 いや、身の毛が、よだちました。 今の放送コードじゃ、完全にアウトじゃないですかねえ?

 そのほかにも、最初反目し合っていた村田雄浩サンと志を同じくしていく様子とか、佐藤慶サンには佐藤慶サンなりの悪くならざるを得ない事情がしっかり描かれているとか。
 いや、やはり、渡辺謙サンの、激昂する演技。 ホントに惹き込まれました。

 そのほかにも、「山河燃ゆ」「花の乱」「新選組!」など、大河ドラマの傑作は数え切れません。

 そのレベルからすると、今年の 「天地人」 は、比べるのもかわいそうになるくらいの出来ですかね。 でも、ひどいと言いながら毎週見てしまうんですから、それなりの魅力があるんだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「タモリ倶楽部」 野菜焼酎の利き酒大会

 2009年7月10日深夜(一部除く)「タモリ倶楽部」 は、さまざまな野菜を使った焼酎の、利き酒大会。
 この時期ちょうど、タモリサンが白内障の手術で 「いいとも」 を休養する、というニュースを聞いていたため、タモリサンの元気も気にしながら見たんですが。
 でも、もともとこの番組、タモリサン、テンション低いんで、分かりませんでした(笑)。

 番組では、「タモリ倶楽部」 初出演の杉本哲太サンが、利き酒大会だってのに、いきなり二日酔い気味で笑わせます。
 杉本サン、ウーロンハイを5杯飲み、家に帰ってカミサンとワインを一本空け、ウイスキーも空けた後で、ラーメンを食べたらしいんですがそこらへんの記憶が全くないって。 タモリサン 「まっ、まっとうな酒飲みですよね」(笑)

 一杯目から、目の前に置いてある野菜の匂いが気になって、利き酒に集中できない感じのみなさん(笑)。 特にニラって、強烈なんですよねー。 酒井敏也サンと安齋肇サンが、同い年という話になって、タモリサン 「だからと言って(笑)」 安齋サン 「この先どうしようって話なんですけど」 酒井サン 「仲良くしましょうよ」 渡辺祐サン 「なんか一杯飲んだところで積極性が出てきた」(笑)
 一杯目の正解は、大根。 安齋サン、「これ、醬油とか垂らすと合うんじゃないですか、何となくおろしっぽくなって」 と、醤油を入れてみたんですが、比重が違うんでカクテルっぽくなって、見た目はなかなかなんですが、味は 「ダメだコレ」(笑)

 二杯目は、杉本サン、なんとなく分かったらしくて、ぶっとい棒のような手振りをして、安齋サン 「やめてくださいよそういう手つきは、誤解されますよ」(笑) 正解はピーマンで、杉本サン、結局ハズレてた(笑)。 や、全員外れてましたけど。
 渡辺サン、タモリサンに 「ひとつハズレただけで、軽く不機嫌になるじゃないですか」(笑)

 三杯目は、正解の野菜が、目の前に置いてなくて、一同大ウケ。 軽く、酔っぱらってきたんじゃないでしょーか。 正解はジャガイモで、タモリサンが正解。 正解の一品料理はじゃがバター。 タモリサン 「うわっ、じゃがバター要らない…ジャガイモだけでいーい!」(笑)キライなんですね、じゃがバター。

 四杯目、安齋サンの顔が赤らんできました(笑)。 正解はタマネギで、一品料理は、予想通り、オニオンスライス。 なんか、しょぼっ!

 五杯目、杉本サン、また早速 「これは分かった」、って、すぐ分かるわりには全然当たってないという(笑)。 正解トウモロコシで、杉本サン、久々に正解です。 タモリサン、なんか酔いが回ってきたのか、ちょっとリアクションが暗めになってきたような…。

 六杯目、渡辺サン、安齋サンに、「もうちょっと飲むと、オレのこと説教したりしますよね」 タモリサン 「いつもしてるのね」(笑)
 この六杯目の焼酎は、とても評判がよくて、杉本サン、「分かんないなあ」 と言いながら、お代わりを注文(笑)。 安齋サン、答えの段階になって、「あ、タマネギ、…やったじゃないですか(笑)ピーマン…これもやったじゃないですか(笑)」 …もう、ワケ分かんなくなってます。
 正解はニンジン。 福岡の、「長期熟成人参焼酎 萌源酎(とうげんのさけ)」 というらしい。 ちょっと、のみたくなりましたね、これは。

 七杯目。 「春なんとか」 とか言ったら、キャベツしかないっスよね(笑)。

 空耳アワーは、このメンバーで。 安齋サン 「いやーぼく、二日酔いでたまーに来たことはありますけども、飲んでる最中にやったことはないですね」 タモリサン 「これ、飲んでてやると楽しい番組だよ」 安齋サン 「スッゴイ楽しいですねー」(笑)
 いや、飲みながら見てても、最高っス、この番組。

 八杯目、これでラストです。 シイタケが正解。 優勝はタモリサン、野菜炒めセット10袋、ってまたしょぼいなー。 それで副賞として出されたのが、安齋サンが井筒監督にもらったという黒糖焼酎。 安齋サン笑いながらもブチ切れ(笑)。

 こういう飲みながらの企画はいいですなあ。 出演されている方々のリアクションが、ことごとく面白いんですよ。 笑いの頻度が高いですよね、こういう企画の時は。 今週は 「いいとも」 もそうですが、「タモリ倶楽部」 もゴルフかなんかでお休みだそうです。 タモリサン、白内障と言っても、そんなに深刻な病気ではないらしいですが、もう還暦も過ぎていることですし、お体にはお気を付け下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月15日 (水)

「天地人」 第28回 予備知識が限りなく邪魔をする

 この記事、ちょっと論調が過激だったので、一部割愛・修正しました。

 このところ見ごたえがあると思っていたのに、また逆戻りである。

 渡辺謙サンのNHK大河 「独眼竜正宗」 に心酔していた私にとって、今回の松田優作サンの息子が演じた伊達正宗は、限りなく悪夢に近かった。
 これじゃ、ただのチンピラである。
 振り返れば真田昌幸も、そんな扱いだった。 同じNHKの 「真田太平記」 を見ていた私は、「天地人」 のチンピラみたいな真田昌幸に、限りなく失望した。
 真田幸村もしかり。
 今年の大河ドラマ 「天地人」 では、そうした過去の傑作を見てきた予備知識を持ってしてみると、限りなく失望してしまうケースが、多過ぎる。

 なぜ、長年大河ドラマを見てきた人たちを、NHKはこんなにも愚弄するのだろう。 どうして長年の視聴者にとって思い入れのある伊達正宗や真田昌幸を、一方的なワルモノ(いやチンピラ扱い)にしたがるのだろう。

 以上っス。 あとは全部割愛しました。 怒っても仕方ないので。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月14日 (火)

「A-Studio」 堺雅人サン 大学入試問題への解答

 「A‐Studio」 2009年7月10日のゲストは、いつも笑ったような顔をしている、堺雅人サン。

 私がこの人を初めて見たのは、たぶん 「新選組!」 だったと思います。 それ以前にも、チョイ役かなんかで見ていたような気はするんですが。 つまり、「新選組!」 で見た時、どうも初めてって感じがしなかった。

 その 「新選組!」、出演者どうしの仲がいまだにいいらしくて、山本耕史サンや香取慎吾クンと年に一回、集まるらしいんですが、コンビニの前で飲み会の続きをやったり、結構はじけている感じです。

 「山本耕史クンは歌って踊って、お芝居もできるから、ぼくからするとなんか、才能がありすぎて、凄いなあと思うんですよね」 とほめる堺サンでしたが、山本サンから言わせると、「堺雅人は悪いヤツ、それ以上近づいたら危ないっていう目を持っている」 と。 「山本耕史に言われたくはない感じ」 と、ちょっとムッとして笑わせてましたけど、山本サンは堺サンのそんなところが好きらしい。

 「山本耕史が香取慎吾を愛するパワー、というのかな、それになんか全員が惹きつけられた感じだったんですよね」、そんな絆で結ばれている新選組の仲間が、さっきのコンビニの前で飲んだ、という時も、「香取クンも忙しくて毎年これなかったんですけど、そのときは、もう 『朝までいるよ』、……って言う香取慎吾を、山本耕史がうれしそうにするんですよね。 それを見ているのがちょっと、ジーンとくるというか」
 …なんか、腐女子が喜びそーなネタですなあ。

 その堺雅人サン、「官僚たちの夏」 にも出ているんですが、もともと通産省の役人になりたかったらしくて、そのために大学も国立を受けたそうなんですが、数学の問題が全く分からず、解答用紙に 「スチームも湯気が立っていて、非常に熱気があるんだけども、うすらさびしいぼくの解答用紙」 みたいな短歌を数首、書いたとか(笑)。 「あと、『このように、数学の才能はないかもしれませんが、もし貴校に受かれば、精いっぱい頑張るつもりです』(笑)嘆願書みたいなものを…」 鶴瓶サン 「そんな甘ないわ」(笑)

 そんな堺雅人サンの初舞台は幼稚園時代、おゆうぎの 「みつばちハッチ」 で、「かべ虫」 という役を与えられた時だそうです。 でもそれがカメムシの間違いだったのか、その虫をイメージできず、やっぱりクモの役にさせられそうになったと。 その時断固としてかべ虫をやろうとした、というあたりから、その役者根性の原点を見る気がしました。

 高校時代も、寂れてそうな部活を選ぼうと、自分のほかに新入部員がいなかった演劇部に入ったとか。 同じ部室に百人一首部というのもあったそうで、大学入試の時に短歌を書いた、というのは、その流れなのかなとも思いましたです。

 その高校に鶴瓶サンが取材に行った時に偶然入手した、堺雅人サンの、演劇部への入部届。
 毛筆で書いたような字で、「常に新鮮な舞台を作るべくここに入部を希望致します。 目標 : 自分に厳しく人にはやさしく良い芝居をつくる」 という文面。
 なんか、ずいぶん時代がかっているような感じですよね。
 寂れた部活を選ぶなんて消極的な感じを、全く受けないんですけど。
 これを見た堺サン、「15歳の自分から言われると、背筋が伸びますね」 と、なんだかアンジェラ・アキ状態になっとりました。

 大学入試のヘンな解答用紙にしろ、この入部届にしろ、私はこの人の、普通のことはやりたくない、という性向を見る気がします。
 バイトをしていたドーナツ屋でも、千円単位でお金の計算ができなくてやめさせられたとか。 こうした経緯を聞いていると、役者というのは、堺サンにとって天性の職業なんだな、というのがよく分かったのでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

いしだあゆみサンと「うすいデパート」の思い出

 こないだまで、TBSテレビの金曜ドラマ 「スマイル」 に出演していらっしゃった、いしだあゆみサン。
 「スマイル」 の記事のなかでも書こうとは思ったんですが、ちょっと蛇足気味にいしだサンのことを書くのは惜しかったので、今回書こうかな、と思います。

 なんだか最近のいしだサンは、まるで鳥ガラみたいなんですが、昔は魅力的でした。 もうちょっと太ったほうがよろしいかと思うんですけど。 もしくは首まわり見せないとか。
 いしだサンが一番輝いていたのは、「北の国から」 第1シリーズとか、映画 「駅 STATION」 の頃でしたかね。 んもー、最高に素敵でした。 特に 「駅」 では、半分泣き半分笑いながら、高倉健サンに、お別れの敬礼をするところ。 あー、たまりません。 降りしきる雪のなかに、とけちゃいそうなはかなさでした。 若い人にも、ぜひ見てほしい映画です。

 この 「北の国から」「駅」 に共通するいしだサンの役柄は、不倫をしてしまう女の人。 両方とも倉本聰サンの脚本でしたが、1981年当時としては、世間体を考えない常識はずれな女という、イメージダウンにもつながる役でした。 それをあそこまで魅力的に演じた、というのは、その後の 「金曜日の妻たちへ」 の扉を開く先駆けともなった気がします。

 さかのぼって、ローカルな話題になるんですが、昭和40年代後半あたり、いしだあゆみサンって、私のふるさと福島の 「うすいデパート」 のCMキャラをやっていた時期があって。

 「うすいデパート」 の創業者は私の遠縁にあたるらしくて、田舎に行くたびに郡山の 「うすいデパート」 に連れていかれてはそのことを聞かされていたこともあり、いしだサンにはちょっと、親近感を持っていました。 まあ、接点と言えばその程度のものなんですけどね。 私、昔から田舎が好きだったもんですから、いしだサンはそれを思い出させてくれる存在だった、ということなんですけど。
 どういう経緯でいしだサンがこんなローカルなデパートのイメージキャラをやったのかは知りませんが、まあ営業のひとつだったのかな。 いしだサン、九州のほうの出身らしいし。

 それにしても、うすいデパート、なつかしいなあ。 テレビコマーシャル、よくやってましたよね。 もちろん福島限定ですけど。 アヒルの親子が出てきて、エスカレーター登ったり。 「しゃれたセンスのうすい、おしゃれなうすい/幸せあふれたうすい、おしゃれなうすい/幸せ売ってるデパート、みんなのデパート/デートはうすい、夢のデパート」 って、確かこんな歌詞だったと思いますが、コマーシャルソング、今でも覚えています。

 さらにさかのぼって、いしだあゆみサンと言えば、なんと言っても 「ブルーライトヨコハマ」 でしょう。
 この曲を聴くと、昭和40年代前期のことをあれこれ思い出すんですよ。 自分が幼稚園時代の頃とかね。 たぶんよく流れていたんだろうなあ。 テレビやラジオで。 数年前、紅白にずいぶん久しぶりに出場してこの曲を歌ってくれた時には、うれしかったなあ。

 いずれにせよ、そんなに大ファンでもないのに、いつもいつもなんとなく気になる、不思議な存在です、私にとって、いしだあゆみサンは。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「官僚たちの夏」 第2回 電子計算機…(遠い目)

 「官僚たちの夏」 第2回のテーマは、「テレビ」。

 佐藤浩市サン演じる 「ミスター通産省」 風越は、テレビを外国から輸入させないと決め、国内の電機業界のテレビ製造許可を30社に絞り込む。
 その選抜に落ちてしまったのが岡本信人サンが社長を演じる大沢無線だったのだが、今回このドラマでは最終的にコンピュータへの業種転換を決断する。
 この決断って、当時としては相当無謀だったのではないかな、そう感じた。
 ドラマでは昭和31年当時の現物(?)まで出てきたが、なにしろ当時のコンピュータは、現在のものに比べるとハチャメチャにでかくて、しかも電子計算機という呼び名の通り、計算しかしない代物だった。 アメリカではIBMがすでに台頭していたが、これは企業用とか研究所用というのが主な得意先で、とても家庭用の収まるレベルではなかったはずだ。

 要するに、テレビという、これから家庭用としての未来が洋々と開けている電気製品を作ることに命をかけていた大沢無線にとって、企業用、研究所用にしか需要のない、巨大な代物を作ることは、180度の経営転換と言ってもいいのだ。

 事実、このドラマの舞台となった昭和31年、1956年から、コンピュータがようやく家庭用のものとして定着したのは、ウィンドウズ95の発売された、1995年、それからおよそ40年後のことになる。 40年というのは、企業経営者にとって、そんな先のことを見据えて経営なんかできるか、というレベルの話なのだ。
 パソコンが常識になっている現代からの視点で今回のこのドラマを見ていると、当時の人々特に堺雅人サンがヤケに先見の明があったように思えてくるが、当時の視点から考えると、何を夢物語を得意気にやっとるんだ、という感覚でしかない気がする。

 ただし、こういう下地が生まれなければ、現在の日本のIT産業も、もっと遅れたものになっていたかもしれない。 それに、ドラマとしては、よく練られている。 堺雅人サンが岡本信人社長に、自分の父親が果たせなかった夢を託しているくだりであるとか、岡本サンがやはり、夢物語でしかない電子計算機の話を、拒絶し続けた末に受け入れる部分のやり取りは、見ている側を納得させる説得力に満ちていた。

 それに、このドラマでうなってしまうのは、風越たちに、「自分たちのやっていることは、間違いなんじゃないだろうか」 という反駁をさせている点だ。

 片方を立てれば片方が成り立たなくなる、そういう決断の積み重ねを、彼らは日々おこなっているわけなのである。
 だが、間違っていようと間違っていまいと、「これが日本のためなのだ」 という信念のもとでそれを断行する。 風越たちは、そうすることでしか、自分たちのやっていることに自信を持つことができないのだ。
 ここらへんの決意が、「日本のため」 という、背中がかゆくなるような建前みたいな言葉に、重みを逆に持たせている。

 そして彼らに自らの存在意義について苦悩させることによって、このドラマが単なる 「戦後の歩みドラマ」 に陥る危険性を回避しようとしている。

 それにしても、蛇足であるが、途中で大蔵関係の課長役で出て来た人、田宮二郎サンにそっくりだった。 出演者テロップには、「田宮五郎」 ってなってたけど、この人かなあ?
 田宮サンの息子サンかな。 クリソツでした。 気味悪いくらい。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年7月13日 (月)

アマゾンの 「ドラクエ9」 レビューが炎上してる件

 発売後たった1日程度で、アマゾンのカスタマーレビューでクソミソに罵倒されまくり状態の、「ドラクエ9」。 私はDSを持ってないので、もともと買っていない。

 アマゾンのカスタマーレビューには、レビューごとに 「参考になった」「参考にならなかった」 という投票をできるシステムがあるのだが、ドラクエ9の批判的レビューに対して、今回賛同する人の数があまりにも多いことで、それが組織票によるものなのではないか、という憶測を呼んでいる。

 そのアマゾンのカスタマーレビュー、ヒマだったんで読んでみたのだが、すでに400を超えるレビューがアマゾンには寄せられており、このすべてを読むのはよほど根気が必要である。 ヒマヒマな私でさえ、50くらい読んだところで挫折した(笑)。

 最初のうち、クソミソに書いている人たちの論調は、実に具体的に、ドラクエ9の悪い点を書いており、実際にやってるからこそ、これだけ書けるのだ、と思っていた。
 だが読み進めていくうちに、特に読んでてウンザリしてきた50番目くらいのカスタマーレビューになってくると、これって意図的なものがはたらいてるんじゃないんだろうか?という気分になってきた。

 ただし、自分がそれを意図的に思えてくるのは、「あまりに大部分のカスタマーの意見が同じである」、という、みんながみんな、右へならえ、みたいな雰囲気に対する、潜在的な防衛本能に過ぎないのだ、とも思う。

 だが、それでも、この圧倒的な数の批判レビューは、話半分で聞いたうえで、冷静に判断する必要がある、そう私は思うのだ。

 なぜなら、物事は、批判をしだすと、あれもこれも、という感じで、ネガティブイメージが、どんどん膨らんでいってしまう傾向にあるからだ。 アマゾンの批判的レビューには、読んでいるほうの気分まで暗くなってしまうものが、いくつかあった。
 それに、新しいシステムに対する戸惑いは、最初のうちはどうしても避けられないものだ。 慣れていない人が文句を言っている、そういう側面もあることを、このアマゾンのレビューからは、感じ取らねばならないだろう。

 レビュアーたちが、ゲームとしての稚拙さを批判するのは正当だと思うが、それをメーカーやクリエイター達の金儲けとか、ゲームをやる側のことを考えていないとか、そういうレベルまで結びつけて考えてしまうと、自分自身が、不幸のスパイラルにからめとられてしまう、そんな気がしてならないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月12日 (日)

「恋のから騒ぎ」 2009年7月11日 ビリー・ジョイトイって…(笑)

 500円で買ったというシマシマの服を着て 「情熱的なレッドで仕上げてみました」 という民謡チャン。 なんとなく見た目と実際と違うという民謡チャンを、象徴しているようなファッション。
 「500円! 着こなすねぇー! テレビ出る衣装に500円!」 と、さんまサンも、感心してるのか呆れてるのか。

 それにしても、ほかの女の子の衣装も、4000円とか、石田歩(これって、「いしだあゆみ」 って読むんでしょうかね?)チャンなどは7000円とか、ヤケに安くあげてますよね。 それに比べたら、今回の話で出てきたネイル代が15000円とか、そっちのほうがよっぽど高かったり。 確か 「恋から」 前期の教祖なんかは、ネイリストをやってたらしいけど、結構儲かりそうでんな。 オレも手先が器用だから、転職しようかなっと。 民謡チャンは、自分でやってるそうですが(笑)。

 話はPTAチャンの(この人マチャミを若くして思いっきり美人にすると、こうなりそうな顔だと思うんですけど)話から、「カラオケ行くのか」 とさんまサンに振られた民謡チャン、「わたしカラオケひとりで行くんですよ~」 と、意外な返事。 ちょっと 「魔性の女」 にしちゃあ、考えられないんスけど(笑)。

 「なに歌うの?」 と訊かれて、「民謡ですよ~」 とまあ、これはお約束というか。 「エンヤ~~」 と歌い出したら、「いや、いま白虎隊が欲しいから」 とダメ出されて(笑)、「花も~会津の白虎隊~」 でグサッ、バタッ。 さんまサン 「いや、ダダダダ入れてほしいんですけど」(笑)
 それをなんか、一呼吸おいてやりなおすんで、なんかズッコケたみたいになっちゃって。
 前にも書きましたが、不謹慎ですけど、もう大爆笑ですよ。

 その民謡チャン、今週の 「笑ってしまった、男からの告白」 というお題には、「サクラを使う」 ということで、告白されるのに、電話口でわざわざ友人たちをダシに使って、という話。
 「4、5人でアカペラとか歌い出したり~」 という民謡チャンに、「どんな歌?」 と訊くと、「愛してるフ~~って最近フ~~きみは~泣くフ~~」(笑)

 もう、笑いまくりました。

 その男の子とは付き合ったらしいんですが、結局ウソついてたのがイヤで3週間で別れたとか。 残念がる加藤夏希チャンにさんまサン 「いや、まあ、この話ウソか分かりません」(笑)

 夜の生活をビデオで撮ったという話にも、そういうことやったことある人いるの?というさんまサンの問いに、また民謡チャン、食いついて。 「また民謡!(笑)許して(笑)」。

 「演出ですよ、あの、演出でビデオ監督目指している人がいて…」(笑)「そんなウソいらんねんオマエ!」(笑)

 民謡チャン、確か2度目の説教部屋行きです。 指名された瞬間、また驚き方がオオゲサで、これも笑えます。 さんまサン 「オマエ 『うわぁあ』 って、松尾伴内か!」(笑)

 説教部屋も、また笑わせてくれました、このコ。
 「男性経験ホントにあんのか」「あります~、東京に出てもう~、ふたり、…食べました」(笑)
 「どんな感じのや?」「オーストラリア人です(笑)私英語話せるんですよ~」「お前オーストラリア人のトゥデイって発音どんなになるのか知ってんのか」「トゥ…デイ!」(笑)「(民謡チャンを叩きまくって)やっぱりウソやないかい~!」「ホントですって!」「オーストラリア人はトゥダイ!っていうねんそのオーストラリア人は言わなかったんかい」「クイーンズランド州では言わないって」「そいつクイーンズランド州なの、名前は?」「アンデイ」「アンディなんていうの」「アンデイ・グラハム」(笑)「アンディ・グラハムってクイーンズランド州のどこや!」「クイーンズランド州の、…メソポタミア州!」

 ハラ抱えました。

 「ナニ人とつきおうとんねん今は」「あのー、カナダ人です」「ウソや!」「ホントに六本木でナンパされたんです!」「そのカナダ人名前はなんちゅーねん」「ビリーです」「ビリーなんちゅうねん」「ビリー・ジョイトイ」(笑)

 …もう最高。 私はあなたに、早いけどもうMVPをあげたい!

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年7月11日 (土)

「MR.BRAIN」 最終回 最後の最後まで面白かったです

 例によってネタバレ含みます。

 社運をかけた過剰な宣伝攻勢から、視聴率が伸びない、残酷なシーンが多過ぎるとか、キムタクに対する批判やら、何かとネガティブイメージでとらえられ続けた、「MR.BRAIN」 が終わった。
 けれども、犯人が分かりやすいとか、科警研のスタッフ多過ぎとか、私の気になったのはその辺までで、総じて、大変面白かったと思う。

 私がこのドラマに対して、一貫して当ブログで言い続けてきたのは、「このドラマは 『8時だョ!全員集合』 の流れをくむ、豪華なディナーなのである」 ということだった。
 今回最終回、最後の最後で、香取慎吾クンがハイジャック犯で登場したのは、このドラマがそのスタンスを崩さなかった、何よりの証拠のように思われる。
 また、木村クンが綾瀬はるかチャンの耳元で最後にささやいた言葉がなんだったのか、という話題まで提供してくれた。 おそらくネットや学校や職場などで、ちょっとくらいは話のタネになる気がする。 私も何度か再生してみたが、さすがに横顔でささやいているので、なんと言ったか不明だった。

 全体を振り返って、この番組の最大の魅力は、木村拓哉クンのその特異なキャラクターぶりだった。
 木村クンのあのけたたましい笑い声は、映画 「アマデウス」 のモーツァルト役だったトム・ハルスの演技を想起させる。 つまり、この九十九という人物はドラマ第1回冒頭で頭を打ってから、いい意味と悪い意味で、同時に 「キレちゃった」 ということを、この笑い声で表現している、と思うのだ。

 さらに魅力的だったのは、その木村クンと犯人たちとの、まるで格闘技でも見るような演技の共演ぶりだった。

 ラスト2回の上川隆也サンの演技も、最終的には、かつて 「功名が辻」 での奥サンだった仲間由紀恵サンの、殺人鬼の演技にも勝るとも劣らぬ、名演だった。
 白血病の骨髄移植によってDNAを一緒にされてしまい、犯人に仕立て上げられた男の悲哀を、余すところなく表現していたと思う。 最終回、裁判官誘拐から綾瀬はるかチャンのケータイによるGPSでの逮捕に至るまでのたたみかけるような流れは、見ていてまさに手に汗握る展開だった。 俳優たちの演技が白熱すると、ドラマ全体が上昇ベクトルを描く、その典型を、私はこのドラマで見てきた気がする。

 ただし、物語に少しもスキがないかと言われると、そうでもない。
 前回も指摘したが、木村クンが市川海老蔵サンを疑う根拠が、まったくないのだ。 海老蔵サンは、一切尻尾を出していない。
 だから前回やはり指摘した、赤いアメ青いアメの伝達手段も、木村クンがなぜそれに気づくのかの根拠が、なにもない。

 だが物語は、海老蔵サンの存在を最後までミステリアスで包むことで、上質の後味を残すことに成功している。 続編の可能性も、期待させるものに仕上がっていると思う。 それで気になるところは帳消しにしてもいいように、ドラマとして成立させているのだ。

 評判が悪い部分ばかり伝え聞くので、もしかするとこのドラマを評価している私がヘタレなのかもしれないが、見終わった後の高揚感、スッキリ感がこれだけあるというのは、少なくとも私のなかでは、傑作ドラマの領域なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コジマと東芝の対応の悪さ、ちょっとね

 親が使っている家電が、たてつづけに壊れて。

 しかも、今回が初めてじゃないんです。 もう何回も。

 まず壊れたのが、東芝のDVD/HDDレコーダー。
 DVDの開閉部が、いくらやっても開いてしまうんですよ。 今年の初めに壊れて修理したのに、同じような症状でまたしても。
 東芝のカスタマーセンターに電話したら、つながんなくって。 1時間くらいスピーカーホンにして待ってましたよ。 パソコンしながら。
 ようやくつながって、症状を話したら、「コンセントをいったん抜いて下さい」 と言う。 そのとおりにしたけど、やはり直らない。
 「それで直らないのであれば、その製品を買った販売店に話してください」 と、販売店に丸投げみたいな素っ気ないお答え。 

 なんか、1時間も待たせといてそれかい!みたいな感じで、ちょっとムカムカしたんですけど、まあしょうがないかと思って、電話しましたよ、「コジマ」 に。

 そしたら、なんか要領を得ないんだなあ。 東芝のほうに問い合わせてとか。 こっちは東芝に電話してそっちかけてくれって言われたからかけてんのに。 そう言ったら、今度は 「保証期間内ですが販売した価格以上の修理代は実費になってしまいます」 とか、またごちゃごちゃ言ってるんで、「買って2年しかしてないのに、何度もおんなじところが壊れて、そっちがこんな不良品売りつけてって話でしょ」 って、ちょっと文句言ったら、「分かりました、東芝から修理の人をよこします」 という返事。
 東芝から修理に来るんなら、最初っから東芝のカスタマーセンターでうけたまわれよっ!って思いません?

 それで、前に修理に来てもらった同じ東芝の修理屋が来て、いざ直そうって段になったら、「前金でいったん修理代をいただきます」、という。
 「ちょっと待って、そんな話コジマからは聞いてませんよ、だいたい前に修理した時は、何にもそんなことなかったですよね」、と言うと、「前にどうなっていたのかは私も覚えてませんが、前金をいただけば私が領収書を切りますから、お客様はそれを持って販売店に行って出していただけば、お金は戻ってきます」、などとシチめんどくさいことを言うんですよ。

 こっちは最初の1時間待ちで結構ムカムカ来てるのに、あっちこっちたらいまわしにされたあげく、前金で修理代をいただきますとは何事だと思ったので、その場でその修理屋には帰ってもらって。 だいたい金持ってなかったし。 コジマからそう言われていれば、あらかじめ用意したりするでしょ。

 コジマにまたまた電話して、一部始終を話して東芝とコジマの対応の悪さをひとしきり文句言いましたよ。 そしたらまあ、善処してくれましたけどね。 でもタダにしますからみたいなこと言われて、これじゃクレーマーだ、と思いながら、スゲエ気分が悪くなりました。

 DVDを直したら、間髪入れずに、今度はプラズマテレビがつかなくなっちゃって。 パイオニアのPURE。 今じゃ珍しい、43型。 これもいい加減、何度も壊れてるんだなあ。
 こっちはパイオニア、薄型テレビからはもう撤退してるのかな。 売り場にはいまだにパイオニアの製品、あるけど。
 パイオニアに電話してまた東芝と一緒だったら頭来るので、今度はコジマに直接電話しましたよ。 そう、私んちの家電って、ほとんどコジマで買ってるんです。 なんか、昨日の今日なんで、電話するのもいい加減やんなっちゃってましたけど。

 来てもらったら、なんだか、レシーバーっていうんですか?本体ディスプレイにつなげるチューナーみたいなの。 その内部にホコリがたまりにたまって、ファンが動かなくなってたらしいんです。
 買って3年半くらいで、こんなにホコリたまるのかってくらい、たまってて。
 これって、ちょっと構造的に欠陥品なんじゃないですかね?
 買ってからすぐ壊れて、その後何度も壊れてるんですが、今回は違う原因だったとはいえ、ちょっと壊れすぎですよ。

 だけど、今回は修理代かからなかったけど、10年保証とかついていて、1回だけしか使えないとか。 なに寝ぼけとんじゃ!と思いません?
 3年半前なんて、今に比べりゃ目ん玉飛び出るような値段だったのに。 10年くらい、無償で修理しろって言いたくなりますよ。

 でも、私のDVD/HDDレコーダーなんか、一回も壊れたことないし、このパソコンだって、調子いいっスよ。 あ、このパソコンのマウスのコロコロは、1年たたないうちに壊れましたけどね。 コジマ、不良品、売りすぎだっつーの。 まあ、メーカーのせいでもありますけどね。

 親って、どっか間違って、家電製品を使ってるんじゃないですかね? 平気で重たいもの、上に乗っけたりしてるし。 とりあえず上に何か乗っけるのはやめなさい、とは言いましたけど。 昔の家具調テレビの上なんかも、いろ~んなもの、乗っかってましたよね(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「BS熱中夜話」 マイケル・ジャクソン・ナイト後編

 2009年7月10日 「BS熱中夜話」 は、マイケル・ジャクソンのダンスを取り上げていました。

 マイケルの前でダンスを披露しマイケルに認められたというほどの、神業に近いパフォーマーのかたがいましたが、その人、ダンスだけでなく、顔までそっくり、表情もマネしている、という徹底ぶりで。 追悼式で披露したら、きっと世界的なヒーローになったんじゃないでしょうか?

 私の学生時代にも、そんな人がいました。 「ビート・イット」 や 「スリラー」 の振付を完璧にコピーしている人が。 まさかその人じゃないと思いますけど。

 マイケルのダンスの特徴は、アクションとアクションのあいだに、ピタッと制止する一瞬がある、というところですかね。 こういうダンスの仕方をする人は、私あまり見たことないんですけど。 つまり、オンリー・ワン、ということですよね。

 番組で指摘されていたマイケルのダンスの特徴としては、股によく手をやる、とか、帽子の使い方がキマってるとか。 「スムース・クリミナル」 の直立不動で前傾、っていうのも凄かったですよね。
 でもなんと言っても、ムーンウォークでしょう。 いろんなパターンがあって、ゴリサンができるのにはびっくりしましたけど。

 どちらかというと、マイケルのダンスは、パントマイムに近いものがある気がします。 結構、普通の人がやろうとすると、カッコ悪いような身振りがあったりする。

 「イン・ザ・クローゼット」 だったかなあ、両手を広げて、「丸見えです」 みたいなポーズをとったりして。 これ、フツーの人がやったら、相当カッコ悪いダンスだと思います。
 「ビート・イット」。 「熱中夜話」 では、西寺郷太サンが 「『ビート・イット』のダンスは、素人の不良を使ったので、踊りやすいダンスになっている」 と指摘していましたが、そうですね。 単純なところが、なんだか見ようによっては、カッコ悪いダンスなんですよ。 エンヤートット、みたいなところもあるし。
 マイケルが踊ると、それがとてもかっこよく見えたりする。 というか、カッコ悪さをカッコよさに変えてしまう魔法を、マイケルは持っていたんだと思います。

 いずれにせよ、もっと早い段階から、こんな真摯な姿勢でマイケルと向き合っている番組があれば、スキャンダラスでしかない若い世代のマイケルのイメージに、一石を投じることができたのに。
 残念です。 スタジオの皆サンで、「スリラー」 を踊っているところを見ていて、なんだかちょっと、グッとくるものがありました。 悲しい場面ではないんですけど。 振付を覚えるのって、相当入れ込んでないとできない話ですよ。 そんな、ファンのマイケルへのあふれる愛に、ちょっとオッサンは、こみあげるものが、あったわけです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月10日 (金)

サラウンドヘッドホンの使い心地

 ビートルズの 「LOVE」 が5.1サラウンドDVDで発売された時、それを体感したくて、サラウンドヘッドホンを買ったんですよ。
 パナソニックの、コードレス方式のヤツ。
 早速聴いてみたんですが。
 確かに普通のヘッドホンよりも、音的な広がりは分かるんですが、なんか、これがサラウンドなんだと、正直なところ実感できないんです。
 あっ後ろから音がする!って感じがない。
 よく注意してみると、後頭部あたりに音が響くような感覚は、あるような気はするんですけど。 あっ後ろ!じゃない。

 サラウンドの映画を劇場で初めて見た時は、ホントに後ろから音がして、ふり返ってしまったりしたもんですが。 「トップ・ガン」 なんか、爆音が縦横無尽に移動して、こいつはスゲエ!と素直に感動したもんです。

 その感覚が、ないんだなあ。

 結構ガックリきました。 こんなもんか、っていう程度なのが。 パナソニックだから、こっちをうならせてくれるはずだ、と思ったのは、間違いでした。

 しかもこのコードレス方式のヘッドホン、無線タイプだからか、タイムラグが生じるんです、実際に映像があるDVDを見たりすると。 俳優の口のうごきと、聞こえてくる声がズレてる。
 これって、いったん気になりだすと、もういけません。
 クーリングオフもできたんでしょうけど、これでいいのかなあと思って聴いていた時期が長すぎた。

 だけどどうにも我慢が出来なくなって、ちょっとチャッチかったんですが、ヤマハのサラウンドシステムを買いました。 2万円。
 こんなちっこいスピーカーじゃなあ、と思ったんですが、いやいやどうして、値段の割にはサラウンド感が堪能できて、結構満足しています。 「LOVE」 も、やっぱりサラウンドって言ったらこうだったんだ、という聴こえ方で、今でもたまに聴いています。 情報を処理する時間が必要なのか、若干のタイムラグは、やはりあるんですが、でもヘッドホンよりは気になりません。

 ただ、今ほこりをかぶっているサラウンドヘッドホンも、ヤマハのサラウンドシステムも、音質の調整ができない。 サウンドパターン、みたいなものは、あるんですが。
 これ、私が持っているチャッチイミニコンポも、おんなじなんですけど、最近のオーディオ装置って、音質を気にしたり、しないんですかね?
 特にサラウンドの場合、低音を響かせるウーファーの音量を最低にしても、結構響くんです。 夜中なんかじゃ、聴けません。 なんとかならんのでしょうか。 安物だから仕方ないのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ドラクエ9」 ドラクエ、ってトシじゃないんですけど

 「ドラクエ9」 が、ようやく発売されるらしいですね。

 なんだかんだとネガティブな情報だらけで、すっかり私の興味も萎えていたように、自分では思っていたんですが、いざ発売!という話になると、何となく心がざわざわしてくるのは、これはもう、条件反射みたいなもんなんでしょう。

 だって、かれこれ、四半世紀になりますからね。 最初のドラクエが出てから。 ドラクエの歴史は、自分のテレビゲームに対する興味の歴史と言ってもいいくらいですから。

 ただもう、今回は自分のなかでは、パスです。

 セーブをひとつしかできないってのは、ナメとんのかコラ!って感じ。 やり直し利かないじゃん。

 最大の原因は、DS持ってないことです (!)。

 何か大人のゲーマー向きなドラクエって、できないもんですかねえ。 ドラクエと一緒に四半世紀を生きてきた大人たちが、結構いるっていうのに。 相変わらず10代の年齢の登場人物ばっかりじゃないですか。 「8」 はその点、まあまあよかったんですけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「任侠ヘルパー」 第1回 怖いくさなぎクン

 見ようと思って見たわけではないので、極めて無責任な態度の記事になってしまうことを、はじめにお詫びします。

 ちょっとテレビをザッピングしてたら、SMAPのくさなぎクンが、黄色いユニフォームを着て、低い声でスゴんでました。 タバコもスパスパ吸っていて。 ドラマでこれほどタバコを吸ってる人って、ずいぶん久しぶりに見た気がします。
 なんかの事情で介護施設の職員になってしまったみたいなんですが、いっしょに出てくる黒木メイサチャンも口のきき方が悪くて、見ていて不快になってくる。 なのでチャンネルを替えたんですがね。 ほかに面白いテレビがないので、また戻っては、その話のあまりの暗さに、またチャンネル替えたり。

 なんか後ろ髪引かれる思いがした原因は、くさなぎクンが 「白い春」 の阿部寛サン並みに、怖い役をやっている、ということです。 それはけっして、サマになっているとは言えないんですが、あんな事件を起こした後ですから、なんかくさなぎクンの心の奥にある暗闇、みたいなものを、その極道の演技の端々に、見る気がするんです。

 話的には、施設にいる痴ほう症役の池内淳子サンをだまくらかして金を引き出したりとか、介護の現実なんかロクでもないとか本当のことを憎々しく言い放つ夏川結衣サンとか、見ていてどうも、スカッとしない。

 これが、「白い春」 みたいに、ちょっと笑えるところがあったりすると、見る気も起きるのかもしれませんが。 や、笑えるところ、あったかな。 与六の加藤清史郎クンが、くさなぎクンにほっぺたはさまれて、カリメロ状態になってるとか。 カリメロ、ってもいまどき誰も知らんか(笑)。
 来週見るの、どうしようかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 9日 (木)

拓郎サン!病気治すのが何よりも大事です!

 「最後の全国ツアー」 の真っ最中だった吉田拓郎サンが、体調不良のため7月8日の公演を中止したとか(2009年)。

 気が気ではない。

 しっかりカラダ治してください! 何よりそれが先決です!

 縁起でもないけど、それでなくたって今年は大物ミュージシャンがバタバタ倒れてるんですから!

 頼みます! 無理だったら、もうツアーなんていいですから! やりたいときだけやってください!

 チケット購入までして中止の憂き目にあった人たちのなかには、無理もありませんが 「ガッカリした」 とか、「こんな形で終わってほしくない」 とかおっしゃられているかたもいるみたいですが、拓郎サンにそんな過度な期待を背負わせるのは、ちょっと酷なんじゃないかな?と思います。 ご本人が公演をキャンセルするのは、よほど体調が悪い証拠じゃないですか。

 もう、清志郎サンとか、三沢サンとか、たくさんですよ! 本当に、長生きして下さい、拓郎サン!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「SONGS」 2009年7月8日 アリス べーやんと一緒に泣きました

 NHK 「SONGS」 2009年7月8日は、アリスのスタジオライヴ。 400人の観客を四方に配して歌います。

 1曲目は 「冬の稲妻」。 のっけから矢沢サンのドラムにシビレます。 しかもツインギターがレコードの感触とほとんど同じで、もうすっかり、アリスの世界です。 谷村サンは以前より抜けたようなシャープな声、堀内サンはハスキーな声に磨きがかかってます。 いやいや、皆さんそれなりに、外見上は年を重ねられていますが、アリスとしてのみずみずしさが全く失われてなくて、なんか無性にうれしい。

 この 「冬の稲妻」、初めて聴いた時は、矢沢サンの、それこそ 「稲妻」 のようなドラムの虜になったものです。 ビートルズの 「カム・トゥゲザー」 もそうなんですが、うまいドラムプレイ、というのは、タイコの数以上に、タイコが存在しているような錯覚を与えてくれるもんなんですよ。 いったいドラム何個叩いているんだ?って思いましたもん、当時。 しかも、ステレオで聴くと、片方から片方へ、ホントに雷みたいに流れていくんですよ、ドラムの音が、この歌。 これは、相当なカルチャーショックでした。
 それからこの曲でしびれるのは、「You're rollin' thunder」 のとこですよね。 私の記憶している限りでは、英語をこんなに効果的に歌詞のなかに入れた曲って、この曲が初めてじゃないですかね。 サザンよりも先でした。 あ、「黒の舟歌」 があったか。

 続いてアリスの活動を振り返るVTRヒストリーでしたが、なんと言っても 「ザ・ベストテン」 のVTRには驚きました。 さっきまで 「クメピポ!」 で見ていた久米サンが出てくるんですから。 声だけですけど。 「チャンピオン」 で初めて1位になった時のものでした。

 次はメドレーで、「涙の誓い」「ジョニーの子守歌」「狂った果実」。 いやー、フルで聴きたかったなあー。 ずいぶんみんな久しぶりに聴きましたが、なんか、みんな、歌詞がいいし、メロディもいい。 つくづく、谷村サンと堀内サンは、和製レノン=マッカートニーだと思いました。 ちょっとほめすぎかもしれませんが、この二人の創作能力における均衡関係というのは、ジョンとポールに近い気はします。

 ところ変わって、今度は神田共立講堂に向かう3人。 フォークの聖地と謳われた場所でしたが、現在は消防法などの縛りがあってコンサートの貸し出しは一切していません。 ここで今度、1回だけアリスがライヴをするそうなんです。 「2階ってこんなにせり出てたんだー」「だから盛り上がったんだね」 と感激する3人。

 スタジオライヴに戻って、曲は 「今はもうだれも」。
 いやいやいやいや、燃えます、この曲。
 夜中だってのに、我慢できずに一緒に歌ってしまいました。 どうにも、ウルウルしてしまって。

 この曲の後の堀内サンのMC。 泣けました。
 「プロになるのは、これはね、決定打だった、『ベーやんしか考えてなかったから』 って(谷村サンから)言われて…やっぱりメチャクチャ、うれしかったです…こうしてまた、会えて、アリスという母艦に、故郷に戻れて、なんか胸いっぱいです有難うございます」 と、こみあげてくるものを押さえきれない堀内サン。 こっちこそ有難うございます。

 そしてラストは、「帰らざる日々」。

 文化放送 「セイ!ヤング」 の貴重な音源まで飛び出したり、NHKの取材力には頭が下がりますが、欲を言えばこんな、30分番組1本だけでなく、もう1回くらいやってほしかった。 えー、もう終わりなのーって感じ。

 出来れば今後は、もっと頻繁に再結成してほしいものです。 1年に1回だけでも。 また紅白でるとか(追記 この年2009年の年末に、アリスとして紅白に出ました)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 8日 (水)

映画 「レット・イット・ビー」 私情レビュー

 全オリジナルアルバムのリマスター版の話題ですっかり忘れ去られた格好になっているが、画質を向上させたDVDが待ち遠しい 「レット・イット・ビー」 の映画版。

 だが、おそらく発売までに、いろんな障害が横たわっているのだろう。
 それほどこのプロジェクトには、遺恨が渦巻いているのだ。
 数年前に、ほとんどポールの遺恨を解消する目的で作られたかのようなCD 「レット・イット・ビー…ネイキッド」 で、映画版の発売にようやくこぎつけたように思えたのだが。

 ここは正規のDVDを我慢する意味も含めて、私の手元にある画質の悪い保存版(VHS標準)(四半世紀前くらいにTBS深夜に放送されたノーカット版)で、私情を大いにはさんだレビューを書いてみようと思う。

 まずユナイテッド・アーチスツのマーク。
 映画 「レット・イット・ビー」 は、リンゴのバスドラの、「THE BEATLES」 のロゴの大写しから始まる。
 それを運び、回転いすを取り付けるのは、ローディのマル・エヴァンス。 クレジットに、プロデューサー、ニール・アスピナルの名前。 ビートルズを陰で支えてきた、同志のそろい踏みには、二人とも亡くなってしまった今、妙に感慨深いものがある。
 ポールの物悲しいピアノを傍らで見つめるリンゴ。 そこにジョージがやってきて、リンゴと一緒にカメラの前でニッコリ。 ポールのピアノの哀しい旋律と、ジョージたちの笑顔が見ていてちぐはぐで、グループがバラバラだという象徴のように、個人的には思える。

 画面はジョンが歌う 「ドント・レット・ミー・ダウン」 に切り替わる。
 ジョンの左わきには、ヨーコの姿。 ポールとジョージも合わせて、この4人は結構な至近距離で、車座になって向かい合っている。 特にポールは、ヨーコとのあまりの距離の近さに、ずいぶんストレスを感じていたであろう、と察することのできるシーンだ。
 完成バージョンでは聴くことのできないワウワウペダルを多用したギターの音色が、何となくメンバーの苛立ちを助長するかのようにも聴こえる。

 続いて、「マクスウェルズ・シルヴァー・ハンマー」。 「G,B,Em…」 と歌うポール。 途中からポールがピアノに変わっているので違うテイクということが分かる。 歌詞つきになるが、それでもまだ半分出来上がっていない状態。 マルがリズム感の悪いハンマーを叩く。 間奏は口笛。 リンゴのハイハット以外、全体的に、ダラダラした演奏。

 そのあと、ジョージがマイクをつかむと、感電するというシーン。 トゥイッケナム・スタジオの機材状態の悪さがうかがわれるシーンだ。 スタッフがしっかりつかんでもなんともなかったため、ジョージがもう一回つかんだ瞬間、ハウリングとともに、またビリッ。 どうも、ジョージがそのとき手にしていたエレキ・ギターとの関連性が疑われる。 なにしろ、ジョージのテンションは、これでまた下がったことだろう。

 続く 「トゥ・オブ・アス」 は、ひとつのマイクにジョンとポールが顔をつき合わせて歌う。 このビートルズ初期のようなスタイルには、ちょっと演出気味なところもあるが、素直に感動してしまう。 アレンジは、最終的なものよりずいぶん激しく、ブギウギ調。

 そして 「アイヴ・ガッタ・フィーリング」。 最初からジョンとポールのダブル・コーラスで始まる。 演奏後、途中のリンクでのジョンのギターについて、そのチョーキングの仕方をポールが何度もジョンに説明する。 ポールは、手のひらで 「こんな感じ」、と言いながら、ジョンに教えるのだが、なかなかうまくいかない。 それでも、ジョンは何とかポールのイメージを形にしようと、何度もチョーキングを繰り返すところが、印象的だ。 レコードではその結果を聴くことができるが、この映画のシーンを思い起こすと、完璧としか言いようがないチョーキングだと思う。 アレは、やろうとしても、なかなかできない難しいチョーキングだ。

 「オー!ダーリン」 のさわりの部分だけピアノで歌って、「ワン・アフター・909」 についてのインタビューを受けるポール。 「昨日の夜聴いたけど、あの曲はよかったよ」 というスタッフに、「なんでそう思うの?初期の曲だよ」 と、結構きつく反発している。
 ポール 「あの歌は、歌詞がおかしかった。 『彼女は9時9分の次の列車で旅に出る/どいてくれよハニー、オレもそれに乗るんだ/ちょっとどいてくれ/もうちょっとどいてくれ/頼むよベイベー、氷みたいに冷たくしないで』」
 ここでちょっと笑って、まるで作曲者のジョンをバカにしているような感じ。
 間髪をいれずにおなじこの曲が流れるので、なんだかジョンが気の毒になるような編集の流れだ。

 続いてポールのピアノのところにリンゴが「ご機嫌いかが」 とやってきて、ブギー調のピアノ連弾を繰り広げる。 個人的には、中学校のピアノなんかで、よくマネをして弾いたものだ。

 「トゥ・オブ・アス」 の演奏をさえぎって、ここで、例の、ポールとジョージの口論である。 (追記・コメントを寄せてもらった匿名様の助言により、ちょっとネットで調べた結果、だいたいこんなことを言っていたことが明らかになりました。 匿名様、誠にありがとうございます!)
ポール 「もう1時間も何のアイデアもないまま、ただダラダラやってる。 リフはさあ…」
ジョージ 「リフもクソも…きみの言うとおりがんばってますよ」
ポール 「ちょっと待てよジョージ! "You and I have memories"のとこさ、」
ジョージ 「"memories longer than the road…"」
ポール 「待って、そうじゃなくて…しっくりこないから演奏もまとまらないんだ、このままじゃ…」
ジョージ 「じゃあまた続けるかい?」
ポール 「じゃあやめようか? 『もう無理だ!』って言ってさ」
ジョージ 「きみの納得がいくまでやるさ…ここにテープレコーダーがあればなあ…まずは録音して、それを聴けばアイデアも出るんだけど」
ポール 「それもいいけどさあ…」
? 「オレも賛成だな」
ポール 「なんて言うかさ…ちょっとアレンジが複雑になり過ぎたかもね…だからさ、1回全部バラして、基本から肉付けしていきたいんだ、そしたらいいアレンジも浮かんでくるよ。 ちょっと複雑になり過ぎてるからね」
ジョージ 「複雑なんじゃないさ。 きみがいちいちウルサイのが原因だよ。 なんならずっとコードだけ弾いててやるよ、それがお望みならね」
ポール 「なあおいジョージ、すぐにひねくれるのはやめてくれよ! オレは助言しているだけなんだ。 これでもきみを傷つけないように気を遣ってしゃべってるつもりだぜ」
ジョージ 「オレが何を言っても気分が悪いんだろ?」
ポール 「別にそんなことないよ! オレが言いたいのはさ…」
? 「ノイズが気になるなあ…」
ポール 「そんなことじゃないんだよ。 そういうつもりで言ってるんじゃないんだ。 きみはいつもオレの言葉を悪い意味で取るよな。 こないだもそれで揉めたよな。 だけどきみを傷つけるつもりなんてないんだよ。 オレが言いたいのはさ、『なあみんな!バンド全体のことを考えようぜ、力を合わせていいものを作っていこうぜ』 ってことだけなんだよ」
ジョージ 「笑わせるなよ、オレは自分のギターがどう使われようが知ったこっちゃないんだ」
ポール 「言いたいことは分かるよ、たとえばこういう議論だろ? 『ヘイ・ジュード』 の全編にギターを入れるべきか?いやそうは思わないな、みたいなさ」
ジョージ 「あのさあ、そんなの、もうどうでもいいんだよ。 きみの言われた通りにやればいいんだろ? いっそギターなんか弾かなくてもいいんだぜ、もしオレがジャマだって言うんならね。 きみのご機嫌を取れるならオレは何だって言う事を聞いてやるよ」

 ここでジョンがようやく割って入り、「テープの音を聴けばいいよ。 そうすればギターの音が合ってるかどうかも分かる」 ととりなす。 ポールの服装が違っていることから、これは違う場面を編集している、という意見もあるようだ。
 ただしいずれにせよ、ポールはジョンがしゃべっているあいだ、ずっとベースでアドリブを弾きっぱなし。 とてもまじめにジョンの話を聞いているようには見えない。 雰囲気サイアク。

 ジョンは構わず、「『ぼくの世界は変えられない』(「アクロス・ザ・ユニヴァース」)をやろう」 と言って、歌い出すのだが、演奏はダラダラ。
 後年ジョンが、「オレの曲をやり始めると、みんなサボタージュ状態になった」 と話していた、象徴的な該当シーンだ。
 また編集なのか、シーンはいきなり 「ディグ・ア・ポニー」。
 ただしポールは演奏にも加わらず、あくびをしては、かみ殺している状態。 途中からベースを弾きだしても、口をポカーンと開けたまま、まるでやる気が見られないのだ。 ここらへん、ジョンのファンにとっては、見ちゃいられない。 ジョンもそのあまりのテンションのない演奏を途中で打ち切り、ロックンロールのオールディーズでメンバーの士気を上げようとする。
 「スージー・パーカー」 ラストの「ダダダダダダ」 のコーラスは、なかばヤケ気味なポール。

 ジョージがリンゴに 「へヴィー・ワルツだよ」 と言って聴かせるのは、「アイ・ミー・マイン」。 リンゴは手拍子でうながすけど、これもなんか投げやりが入ったようなアクションで。 途中からテイクが変わって、ジョンとヨーコが踊るのだが、ジョンってこの曲のレコーディングに、最後までちゃんと加わってなかったように見える。

 トゥイッケナムの 「使えねえ~」 スタジオから、現場はアップル社のスタジオへ移動。
 「フォー・ユー・ブルー」 をバックに、建物の正面入口に歩いて入っていくポール、車から降りてイタズラっぽく、かくれんぼのしぐさをするリンゴ、ロールスロイスから降りて、地下に入っていくジョンとヨーコ、自分で車を運転してきたジョージ、それぞれの登場の仕方がいい。
 アルバムの最初にジョンが叫ぶ 「アイ・ディグ・ピグミー」 の部分の映像も流れるが、なんかその映像、実際にしゃべっているように見えない。 たぶんあとからかぶせたんだろう。
 ポールがジョンに、「マハリシのところでは、君は芝居がかっていたよ、『先生、教えてください』 みたいでさ」 などと話して、ジョンを笑わせる。 「ベサメ・ムーチョ」。 まるでバリトン歌手みたいな歌い方で、またまたジョンを笑わせるポール。 トゥイッケナム・スタジオの寒々しさからは、ちょっと解放されたような感じだ。

 続いて、リンゴのピアノにジョージがアコギで合わせる、「オクトパス・ガーデン」。 サビの前の部分のメロディに、ピアノでコードを弾きながらアドバイスをするジョージ、この映画で初めて見る、心温まるシーンだ。 これを見ていると、ジョージが自分の頭のなかにあるコード進行のイメージを、キーボードで表現することができた、ということが分かる。 ただ、この曲のオリジナル・キーはEだが、この映画のなかでは、Cで演奏されているので、ジョージもイメージを具体化しやすかったのだろうが。
 リンゴがピアノ、ジョージがアコギで合わせているところで、ジョンとヨーコがスタジオに到着、ジョンはリンゴのドラムセットを叩きはじめる。
 ところが、ポールが娘のヘザーを連れてスタジオ入りすると、演奏は唐突に終わってしまうのだ。 なんとも気まずい。
 皮肉なところを、映画スタッフは撮ってしまったものだ。
 ただ、ポールが連れてきたヘザーは、とてもかわいい。 ドラムをいきなり叩いて、リンゴをびっくりさせたり、場を和ませるのに、一役買っている。 たぶんポールがヘザーを連れてきたのは、そういう目的があったのだろう。

 曲は、「ユー・リアリー・ガッタ・ホールド・オン・ミー」。 メンバーにとって、特別の思いのある曲だ。 出だしでまたダラダラ気味なのだが、ジョンが何とか盛り上げる。 ジョージもフルでコーラス参加するが、2番の歌詞はちょっとあやふやで、首を傾げたりするところ、なんかカワイイ。 ビリー・プレストンが参加しているのが、途中から分かる。

 そして、「ザ・ロング・アンド・ワイディング・ロード」。 ジャズ風なおふざけをポールがたしなめて、ちゃんと演奏が始まったかと思ったら、途中でそのポールがふざけ出して、中断。 ちゃんと歌うには、ちょっとコッパズカシイ部分があるのかな、と思ったりする。

 その恥ずかしさを振り払うように、曲は 「シェイク・ラトル・アンド・ロール」「カンザス・シティ」。 「カンザス・シティ」 は、「フォー・セール」 のヴァージョンではない。 ぐるぐる回り続けるヘザー。 足だけ見えるのは、たぶんリンダだろう。 ヨーコが出ずっぱりなのに、リンダはあくまで顔を見せないのが、ちょっと感心する。 メドレーで、「ミス・アン」。
 続いて、「ディグ・イット」。 完全ヴァージョン。 みんなノリノリなのに、リンゴだけテンション低かったり。
 「ディグ・イット」 が終わると、ポールがジョンに、おそらくルーフトップライヴの説得をしている。 「ハンブルグでも最初はナーバスだったけど、最後は上手くいったんだから、きっと今回もできるよ、でなきゃ永久にライヴはやりません、ってことになる」

 そしてちゃんとした形で 「トゥ・オブ・アス」「レット・イット・ビー」「ザ・ロング・アンド・ワイディング・ロード」。 リンゴの物悲しい表情が、なぜか心に残る。

 そして、この映画のハイライト、ルーフトップライヴの全貌。

 時期はロンドンの一番寒い1月終わり、街の人々の反応を見るのは実に面白いのだが、当時の人々にとって、「レット・イット・ビー」 の頃のビートルズの音楽は、どう響いていたのだろうか、ということを、私はいつも考えながら、この映画を見てきた。

 要するに、「ホワイト・アルバム」 で一種先祖がえりみたいな傾向は示していたとはいえ、この頃のビートルズは、サイケ時代の完璧さからは完全に脱皮してしまっている。 ましてや、このころのビートルズの掲げていたテーマは、「原点に帰れ」 である。 20代後半を迎えていたビートルズが、また大衆のものに戻りつつある、という感覚だったのだろうか。

 いずれにせよ、今の感覚でルーフトップの曲を聞くと、楽曲的にとても優れていることに、いまさらながら気づく。 私もガキだった頃は、グループの分裂状態や、やる気のなさに気を取られていたが、「アイヴ・ガッタ・フィーリング」 などはとてもキャッチーな曲だし、「ワン・アフター・909」 は、初期には結構かったるい曲だったのを、とてもタイトな曲に変身させている。

 さてこのルーフトップライヴ、途中から撮影班は警察の動きを追っていくが、それがいかにもわざとらしい。 ジョンか誰かが話していたが、もっと過激に、メンバー全員逮捕とか、もっと過激な方向に行ったら面白かろうな、とは思うが、「これでオーディションには受かったかな」 というジョンのラストの一発は、そんなわざとらしさを一掃させるユーモアにあふれていた。 やはり、ジョンは、神がかっている。

 この映画を見ていて思うのは、映画自体が、ひとつの楽曲のような気がするところだ。 1曲1曲のつなぎの部分も一種の音楽みたいに聞こえる。 この録画されたものの以前に、かまやつひろしサンがナレーションを務めていたテレビのヴァージョンがあって、それをカセットテープに吹き込んで何十回となく聴いたせいだろう。

 ただ、こんな聴き取れる部分だけの意訳しまくりの字幕より、ちゃんと細かいところまで聴き取った字幕付きのものを世に出すことで、メンバーの確執についてもっとちゃんとした考察がなされるべきなのではないかと、思ったりもする(追記・匿名様の助言により、相当細かく聴きとりのできているDVDが発売されていることが分かりました。 ひょっとすると、将来発売される正規のDVDよりすごいかも。 ただ、画質は悪いようです)。
 いずれにしろ、この 「レット・イット・ビー」 は、きちんと画質も音質もデジタル・リマスターおよびサラウンド化をほどこして、一刻も早く出すべきだ。 でないとみんな死んじゃうぞ(笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

小島慶子サンの息子も見ている 「アイ!マイ!まいん」

 TBSラジオ 「小島慶子 キラキラ」 で小島サンが、「クッキンアイドル アイ!マイ!まいん」 のことを話してました。 息子サンがまいん役の福原遥チャンにゾッコンらしくて。
 小島サンは、遥チャンのいかにも萌え系アイドルみたいなしゃべりかたに難癖をつけて、「あんな女のコなんていないのよ」 と息子サンにクギを刺しているらしいんですが、確かに遥チャンのしゃべりかたは、実にテンパってますなあ。 このコ、普段どういうしゃべりかたするんだろう、というのは感じます。

 まあ、どうでもいいけど、久しぶりにこの番組、見てやろうと思って。

 いや、この時期の小学生というのは、やっぱり日々成長しているんだなあ、と感じました。
 なんか、久々に見た遥チャン、かすかに、大人びて見えたんですけど。
 子役の時に可愛かった女の子が、後年見る影もない、というのはよくあるパターンですが、このコはちょっと、末恐ろしい成長の仕方をしている気がしました。 何年か後には、大注目かも、しれません。

 でもあまり小さいころからこの世界にいると、なんか変な歪み方をしないですかね?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 7日 (火)

アレン・クライン氏が死去

【ロサンゼルス共同】AP通信などによると、ビートルズやローリング・ストーンズの元マネジャー、アレン・クライン氏が4日、米ニューヨークの自宅で死去した。 77歳だった。 所有するレコード会社の広報担当が明らかにした。 アルツハイマー病を患っていた。
 米ニュージャージー州生まれ。 会計士としての知識を生かして著名なアーティストと契約を結ぶことで音楽界に参入、60年代の業界に大きな影響を与えたが、強引なビジネス手法でも知られた。
 ビートルズやローリング・ストーンズのビジネスマネジャーを務めたが、いずれの契約も後に訴訟に発展した。 ビートルズのファンからは、グループを解散に追いやったとの批判もある。

 ビートルズの歴史のなかでも、その悪役ぶりにおいて群を抜いていた、アレン・クライン。

 個人的には、ポールからオニのような慰藉料をふんだくった、へザー・ミルズのほうが、印象悪いんですけど。
 でも、ガキの頃からビートルズに慣れ親しんでいると、アレン・クラインってワル、って、相当刷り込まれてますからねー。 ビートルズが解散してからも、ジョージが発起人だったバングラデシュの慈善金をネコババしたとか、とかく長期にわたって評判が悪い。

 アレン・クライン、でもこの人って、昔はアラン・クレインとか言ってたような気がするけど、彼はやりかたがおおっぴらだっただけで、実はブライアン・エプスタインなんかも、結構ウラでは悪どいことしてたんじゃないのかなー、って、思うんですよね。 ブライアンはただ、頭がよかっただけで、表に出てこないのかも。
 それを考えると、このオッサンは、裏でコソコソできなかったんだろうなー、とは思います。

 ただ、こういう生き方って、なんかしたくないですよ。

 生きてる時もそうだけど、死んでからも、あいつは悪いヤツだったなんて後ろ指さされるなんて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「天地人」 第27回 重要シーンのカット

 近頃の 「天地人」 は、それなりに見ごたえがある。

 第27回 「与六と与七」 では、久々に与七役の小泉孝太郎クンが登場。 頼りない弟を演じて、実に秀逸だった。

 なにしろ、話の流れがいい。
 まず、父親の高嶋政伸サンのところに来る約束を、小泉クンがすっぽかすところから、今回の話は始まる。
 その行けなかった事情として、ムコに行った小国家の両親や小沢真珠チャン演じる妻からダメ出しされまくりだったため、という話に移る。
 そしてその与七を心配した妻夫木クンに、与七を活躍させようとする動機を与える。 
 その結果、北村一輝サンの名代として、与七を秀吉のもとにやらせることになるのだが。

 この話の流れ、実に自然だった。

 この間上杉家は越後の平定のため戦をしたらしいのだが、例によってまるきり無視状態。 宮本信子サンのナレーション一行程度の説明。
 だがもうこれは、このドラマの流れの中では、要らない、と言ってもいいレベルなのだ。 私もとっくに、この戦国ドラマは戦さをやらん、と決めてかかっているので、いまさら目くじらを立てる気もない(失せた)。

 今回の話のキモは、小泉孝太郎クンが上洛で、秀吉の老獪さに翻弄される、というくだりなのだ。
 小泉クンの演技力のつたなさが、これほど生きた設定があったろうか。 いや、別にこれは、皮肉で言っているわけではない。 見ているうちに、これは小泉クンの本当の演技の実力なんじゃないか、と思えてくるから不思議なのだ。

 なぜ小泉クンの演技が上手く見えてくるのか。 それは、ほかならぬ私自身が、これまでたくさん、頼りないガキの使いみたいに、他社との交渉をしてきたからこそ、そう思えるのだ。

 まずこうした交渉でビビりまくるのは、まわりの人間が皆、自分より世間を知っているからである。
 対外交渉において大事なのは、自分の側に、ここまでのラインを外してはならない、という覚悟がなければならない、ということだ。 それがあやふやだと、簡単に相手の術中にハマってしまう危険性が大きい。

 「そなたに官位を授ける」、という秀吉の話は、孝太郎クンあたりの小物を委縮させるのにじゅうぶんな懐柔策である。
 それに孝太郎クンはホイホイと乗り、だからこそ妻夫木クンはそれを怒ったのだ。 ただ、孝太郎クンにつまらんことを言われて激昂して殴るのは、ちょっと大人げない世界なんだよな、妻夫木クンも。

 そこで話は、今度は北村一輝サンと妻夫木クンにも官位を授ける、という秀吉からの申し出に発展する。 ここらへんの話のもっていきかたも、なんか自然だ。 今までこういう、語り口のうまさに出会ったこと、あんまりなかったんだが、「天地人」。

 そして妻夫木クンは、孝太郎クンを伴って、この提案を持ちかけた秀吉を、叱るのである。 なんだ、今回だったじゃん、「秀吉を叱る」 のって。
 孝太郎クンはその妻夫木クンを見て、こちらの守るべきライン、というものがあることを、図らずも痛感するのだ。 うーん、テーマが、ぶれとらん。 やればできるじゃん、「天地人」。

 しかし。

 あんなに見得を切っといて、そのあと官位を授かっているのだ、北村サンと妻夫木クン。
 あれあれ?って感じ。 どうして?

 ちょっと調べてみた。

 NHKのHPによると、兼続が秀吉の申し出を断った時に、「秀吉は謝罪するが、それでも官位は受けてほしいと懇願、兼続も了承する」 とあった。 が、録画したやつを見返してみたけど、そんなシーンはなかった。 謝罪はしてたのだが、そこまでだった。
 つまり、HPに書かれていたシーンは、カットされたのだ。
 それって結構、重要なシーンだと思うが。 だって話が成り立たなくなってしまうではないか。 突っぱねといて官位を受けるなんて。

 しっかりしてくれよ、NHK!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 6日 (月)

「官僚たちの夏」 第1回 志というもの

 今クールのドラマのなかで、私の食指が唯一動いたのはこれだけ。 2009年4-6月期は、5本くらいあったんだが。

 で、作品の性格上、ドキュメンタリータッチになるんだろう、と思っていたが、明確なテーマに沿って物語が進行していて、第1回目からうなってしまった、「官僚たちの夏」。
 確かに雰囲気的には、「プロジェクトX」 を気合を入れてやっている、という感じなのだが、登場人物たちの行動の端々からは、「日本のため」 という気迫がにじみ出ていて、それが見る側を単純に感動させる。

 ただ、登場人物たちが、この 「テーマに沿って行動している」 という点には、留意せねばならない。 要するに、「これは事実をまじえたフィクションです」、ということなのだ。 ドラマとして再構築されている、ということなのだ。
 実際の通産省の自動車業界への干渉は、私の乏しい知識から言って、このドラマの論調とは、ちょっと違う。 現代につながる問題点は、確実に存在しているのだ。 佐藤浩市サンたちの純粋混じり気ない 「日本のため」 という気持ちに、感動を感じながらも、どこかそらぞらしさを感じるのは、そのためだ。 事実の一面しか表現しないのは、恣意的なものが入りこむ可能性を、増大させる。

 だからこちらも、純粋にドラマとして論評するが、ドラマとしては、実によくできていた。

 第1回目で効果的に表現されていたのは、「舗装されていない道路」 である。
 現在の道路舗装率から比べると、当時の道路事情というのは、実に貧弱なものだった。 東京の都心でさえ、雨が降ると泥んこの道だらけだったのだ。 当時の自動車業界についてその必然性を議論しようとすると、泥だらけの道路、というのは、絶対に外せない話だ。 まあ実際には、車を作るより、道路が先でしょ、って話なのだが。

 大衆のための自動車を作る、という今回の話では、試作車を悪路のコースで走らせ、見事に分解してしまう、ということをしていたが、その試作車の耐久性などを表現するには、実に効果的な演出だったと言ってよい。

 ドラマは、ようやく完成したその大衆車の試運転で、時速100キロを超えたところで、工場の人間たち、通産省の役人たちが喜びを爆発させる。
 ところが、同席したアメリカ人たちは、「我々はおもちゃには興味がない」 と嘲笑しながら、その場を去っていくのである。
 それは、「戦争で負けたうえに、経済でも負けるわけにはいかない!」 という、当時の人々の 「負けてたまるか」 という根性を、現代のわれわれも共有できる、一瞬だった。
 このシーンだけで、もうこのドラマの存在意義は達成された、と言ってもいいだろう。 このドラマで作り手が言いたいのは、戦後の日本人たちが遺した、現代にまで続いている悪影響ではない。 「志」 なのだ。

 ドラマでは、この自動車工場の長であった蟹江敬三サンが、その開発のための心労か、急死してしまう。 その通夜の席で、佐藤浩市サンは、蟹江サンの妻で、以前佐藤サンにつらく当たっていた市毛良枝サンから、蟹江サンが生前書いていた作業日誌を見せられるのだが、その内容が泣かせる。 佐藤サンは男泣きに泣いてしまうが、これは、「志」 半ばに倒れた人に対する、レクイエムなのだ。

 ドラマとしての物語の構築が、実に優れている、そう感じた、「官僚たちの夏」 第1回だった。
 願わくは、このテンションが、最後まで継続してくれることを願う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

「大沢悠里のゆうゆうワイド」 伊藤蘭チャンの31年ぶり歌声!

 TBSラジオ 「大沢悠里のゆうゆうワイド」 2009年7月6日のゲスト、伊藤蘭チャン。
 この番組に出るゲストのやらなければならないことのひとつに、番組名のジングルを歌う、というのがあって。
 特に拒絶される方以外は、たいがいの人が 「♪オオサッワッユーリノッ、ユーユーワアーイドッ」 と歌うんです。
 蘭チャン、歌ってくれました。
 悠里サンが指摘して気付いたんですが、31年ぶりですよ、蘭チャンの歌声を聴いたのは! 舞台なんかでミュージカルもやっているみたいなんで、そんなのはオマエだけだろ!って突っ込まれそうですが。
 「♪大沢悠里の」 のところはちょっとぎこちなくて、でもその声のうわずり具合とか、まさしく蘭チャンのもので。 「年下の男の子」 を聴いているような錯覚に陥りました。 「♪ゆうゆうワイド」 のところはそのファルセット、伸びが良くて、「(うまく歌えなくて)もう一度歌いたい」 などと話されていましたが、なかなかどうして、あの頃と同じ歌声で、感激いたしました。 声って、年とると変わりますからね。

 蘭チャンはいろんなところで見たり聴いたりするんですが、キャンディーズ時代からずっと思っているのは、この人って、スッゴイ気さくで話しやすい人なんじゃないか、ということです。
 一緒にいて、あんまり負担を感じることのなさそうな。
 インタビュアーの、どんな答えづらい質問にも、サラリとかわしてしまうようなところもあります。 性格的に、破綻したところがないんだなあ。 キャンディーズでリーダー的な存在だったのも、だいぶ分かる気がするんです。
 しかも、キャン時代は全開でしたけど、自虐的な部分とか、結構コメディ指向なんですよ。
 こういう人って、そばにいてくれたら、結構癒される気がします。 水谷豊サンが、ウラヤマシイ。

 渋谷のBUNKAMURAで 「怪談 牡丹燈籠」 という舞台を、瑛太サンとやられるそうで、その宣伝も兼ねてのご出演でした。
 「いつまで女優ができるんですかねー」 などとお話しになっていましたが、まあ、なるようになるんじゃないですか? 蘭チャンの活動を見ていると、目の前のものに全力で、将来のことをあまり考えていなさそうに見えるんですよ。 気がついたら70のおばあちゃんだった、なんて感じになるって、個人的には思うんですけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「情熱大陸」 かおる姫が歩むイバラの道

 テレビをつけたら、ビーチバレーの菅山かおるサンのドキュメンタリーをやっていた。 7月5日(2009年)のTBS 「情熱大陸」。

 鳴り物入りでビーチバレー界に転向してきた彼女だったが、そんなに世間は甘いもんじゃなかった、というのが、この番組のだいたいの方向性であった。

 まず、彼女の伸長が169センチという小柄だったことに驚く。 私と同じですか。 なんか、急に親近感(笑)。

 それはいいとして、こういう小柄な選手がビーチバレーをやろうとすると、シロートの私が真っ先に思いつくのは、砂地でジャンプするのは相当キツイのではないか、ということだ。
 案の定、バレーボール界ではジャンプの高さには定評があったという彼女だったが、ビーチバレーでは砂地でのジャンプに力が入らず、そのためスパイクの威力が出ない。 そのほかにも、風でボールの予測がつかずレシーブが乱れるとか、技術的な違いにとまどいの連続だ。

 私は彼女の試合の様子を、今回この番組で初めて見たのだが、そこだけ映していたのかもしれないけれども、なんだかずいぶんヘタッピに見えた。 同じビーチバレーでも、浅尾美和チャンの試合は1、2回見たことがあるけど、美和チャンはすごいボールに食らいついていってる、という印象があったものだが。

 しかも、彼女が直面しているのは、技術的な問題だけではなかったのだ。

 日焼けの問題。 確か番組では、月に5万くらい日焼け止めの費用がかかるとか言っていた。 ショエー。 それって、もとからやめたほうがよくないですか?とか考えてしまうぞ。 この競技、日焼けは避けられないでしょ。

 スポンサーの問題。 「はいたことがない」 というスカートまではいて、まるでコンパニオンのようなことまでしなきゃならんとは。 浅尾美和チャンが芸能的な活動をするのも、遠征費用を稼ぐため、とか聞いたことがあるが、つくづくこの競技、後ろ盾でもないとやってられないんですね。 選手間の格差がつくわけだ。 スポンサーがつくだけ、かおるサンはまだ恵まれている、と言っていいだろう。

 ご両親が出てきて、「お嫁に行ってほしい」「30にもなって水着になるというのも…」 と語っていたが、こうも勝てない状態が続くと、そう考えたくもなるだろう。 番組を見ている限りでは、男っ気がまるでなし。 いつもひとりで侘しく食事をしているとか。 …ホントかな?(笑)

 あげくに当初のパートナーとは解消してしまうし、この番組だけ見ていると、かおる姫の先行きは、なんの光も見えない、お先真っ暗、といった雰囲気である。

 それなのに、なぜか悲壮感が見えないのは、かおるサンが、意外とさばさばしている性格のように見受けられるからだ。 うがった見方をすれば、これがダメでもじゅうぶんほかにいろいろ道がありそうに見えるから、さばさばしている、とも言えるが。

 いずれにせよ、ビーチバレーという、一見華やかそうな世界が、ちょっとした思い付きだけでは、到底やっていくことのできない厳しい世界だった、ということが分かった、今回の番組だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 5日 (日)

「恋のから騒ぎ」 民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょ

 7月4日(2009年) 「恋のから騒ぎ」 テーマは 「彼に何かズレを感じる時」。

 民謡チャンこと永峯恵チャンは、彼が白虎隊のファンで、デートのたびに白虎隊の墓地に行って拝んでいた、と言います。 「こんなのどこが楽しいんですかー」 って。 まあ、若い人はそうかもしれないなあ。

 でも、白虎隊の墓地、って、飯盛山山頂じゃなかったですかね? まあ、墓地って言えば、墓地なんですけど。 そこ以外にもあるのかなあ?
 そしたら、やっぱり飯盛山のてっぺんに行ったと。 民謡チャンは、そこが墓地だと言ってませんでしたが、そこですよね? 私の思い違いだったかなあ?

 民謡チャンは、「わぁー、ロマンチックー、夜景がキレイだぁ」 とか思ったらしいんですが、そこでそんなことを思っちゃいけません。 白虎隊が、ここから城下が燃えているのを、鶴ヶ城が落城したと勘違いしてしまい、自刃してしまったんですから。

 民謡チャンの彼氏は立派ですよ。 ちゃんと民謡チャンに、そのことを教えてあげてるんですから。 そのうえ、白虎隊の歌まで、民謡チャンに教えてあげたみたいで。 私その歌は知らなかったんですが、「花も会津の白虎隊ータタタタタタタ、ターッ」 ってやって、切腹、って。

 いや、不謹慎ですが、大笑いしてしまいました。

 民謡チャン、さんまサンにうながされて、続けてまたまた会津磐梯山の歌を歌ったら、今度は2番を歌い出して。 さんまサン 「誰が2番歌え言うてんねんアホ!」(笑) 民謡チャン 「いちおう4番まであるんですけど」(笑)

 その白虎隊ファンの彼を、「スッゴイ面白い彼やと思うよソレ」 というさんまサンに、「いやー楽しかったですねー」。
 …楽しかったんかい!(笑)

 それにしてもどうにも気になったんですけど。
 福島県でも、最近じゃ白虎隊のことは、ちゃんと教えないのかなーって。
 それに、私はただ単に田舎、ってだけなので、詳しいところは知らないんですが、福島県人にとって、白虎隊というのは、誇りなんじゃないですかね。 私の田舎は会津地方ではないんですが、それでも白虎隊のことは、ばあちゃんから聞かされましたよ。 それをこんなふうに茶化したんでは…。
 同郷の人たちから干されなければいいんですけどね。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

| | コメント (4) | トラックバック (0)

「MR.BRAIN」 第7回 海老蔵サン、何がしたいのかな

 思わせぶりに何度も出てくるくせに、いったい何がしたいのかまったく見えてこない、市川海老蔵サン。 警察に恨みがあるのか、はたまた政治家も巻き込んだ汚職かなんかの事件を暴きたいのか、自ら必殺仕事人を気取っているのか。

 「前回は逃げられちゃったと思ってますから」 と、木村クンが市川サンに話すのも、木村クンが今回の一連の事件と、市川サンとの関係を疑っているような描かれ方だったが、ドラマを見る限りでは、今のところ市川サンは、警察や科警研に対して何ひとつとして尻尾を出していない。

 さんざん見ている側を疑わせるようなことをドラマでしてるので、見ている側も、今回の事件の陰の首謀者は市川サンだと勝手に思い込んじゃってるけど。 どうなのかなあ。
 まあ、このドラマ、予想が外れたことがないんで、たぶん首謀者なんだろうけど。

 市川サンの手足みたいに動いてるのが、上川隆也サンだったが、「功名が辻」 で毎週見ていたのに、最後のクレジットが出るまで誰だか分からんかった。 顔、変わっちゃってませんか?
 その上川サンに、青いアメを置いてった市川サン、むき出しじゃ汚いんじゃない?とか思ったけど。 上川サンがそのアメをとった時、結構下にくっついてましたよ(笑)。
 でもあのアメも、ヤケに思わせぶりに赤だったり青だったりしてましたよね。 いまどきあんなドギツイ原色のアメなんかあるのか?みたいな。

 そんなわけの分からない展開のなか、香川照之サンが犯人に振り回される間抜けぶりだけが目立った、最終回直前の 「MR.BRAIN」 だった。

 いずれにせよ、前回の殺人鬼、仲間由紀恵サンのインパクトが強すぎたせいか、なんとなく見ていてかったるかった。 市川サンも上川サンも、それなりにいい味出してたんだが。

 仲間サンの回が出色の出来だったのに、視聴率が上がらなかった、というのは、ドラマの出来と視聴率ってのがぜんぜん別物だ、という事実を、改めて私に認識させたのであった。

 そう言や、「功名が辻」 で、上川サンと仲間サン、夫婦でしたよね。 夫婦そろって殺人鬼、ってか(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 4日 (土)

金曜ロードショー版 「ヱヴァンゲリヲン:序」 感想っス

 2009年7月3日放送の、金曜ロードショー 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」。

 テレビ版 「序」 は劇場版 「序」 と微妙に違ったらしいが、ネット情報によれば、冒頭でスタッフとかの名前を簡潔に出したところと、宇多田ヒカルチャンのエンディングテーマをバッサリ切ったところ、予告編の映像が入れ替わっていたところ、らしい。

 それはそうと、知ったかぶりはしたくないので正直に書くが、初見だった。
 どうも 「エヴァ」 というのは、映画館にまで足を運ぶ気になれない。
 コッパズカシイ、というのが主な理由である。 「エヴァ」 というアニメは、一種オナニーショウのような、ウェットな感情に支配されている。 それを見るのは、誰にも知られないひとりの部屋が、最適だったりするのだ。

 初見の立場で感想を述べるが、全体的な 「序」 の印象としては、なんとなく展開が重々しくなって、ノドの奥にモノが詰まったまま、嚥下できないような感じ。
 重々しいうえに、途中まで、ほとんどテレビシリーズの焼き直し、という感じで、何度も睡眠のために意識が飛んでしまったことを白状する。 「悲しいくらい一緒だなあ」 と呟きながら。

 重々しさの最大の原因は、声優サンたちの若々しさが、ある程度失われていることによる。
 それは、この新劇場版に対する声優サンたちの意気込みの表れ、と見ることもできるが、あまりに気合いが入りすぎると、軽くはじけることができなくなる、その典型を見るような気がするのだ。
 声優サンたちの年齢的な問題は、あえて問わない。
 しかし、「アソビ」 の部分は、実は作品の 「疾走感」 と密接につながっている。 その作品を大事にするあまり、その作品の破壊的なエネルギーは、消失する。

 それでも、その、作り手たちの気合が最高の形で結集したのは、クライマックスの 「ヤシマ作戦」 だった。

 途中までは、そのテクニカルな部分の膨大なセリフにうんざりしながら見ていた。 あの印象的だったティンパニのBGMも、テンポのろめだし。

 だがいざ作戦が始まると、そのテンションの高まりかたには、ちょっとコーフンした。
 終わってみると、残っていたのはここだけだった、という感じ。
 ともかく、全体的な印象から言うと、「序」 という題名の示す通り、1時間以上、前戯を見せられた気分(笑)。

 この時点でセントラル・ドグマやタブリスが出てきたり、これはテレビシリーズと旧劇場版という下敷きがあるからこそできることなのだが、その意義については触れてみたい。

 まず、セントラル・ドグマを見せて、ネルフ全員の自爆の覚悟を表すことで、「どうして使徒と戦うのか」 という疑問に対して、およそ精神論的ではあるが、ミサトとシンジのあいだに深い了解のようなものが生まれるところ。

 また、そのセントラル・ドグマに加え、タブリスがリリスについてしゃべることで、前作分かったようで分からなかったリリスとリリンの関係、結局その役割が矮小化して終わってしまった使徒の存在について、ちゃんとした答えが見つけられるのではないか、という、今後の期待を感じさせるところ。

 「人類補完計画」 の正体も、使徒と人造人間との巨大な戦いのなかでは、埋没してしまった印象が、前作ではあった。 これも膨らませてほしい気もする。

 とにかく、…スッキリ終わってもらいたい! 噂によれば、次回作の 「破」 はいいらしいが、将来モヤモヤした気分で4部作のラストを見終わるのは、金輪際勘弁してほしい!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「A-Studio」 佐藤浩市サンと三國連太郎サンと中井貴一サン

 「A-Studio」 2009年7月3日のゲスト、佐藤浩市サン。

 この人について興味があるのは、やはり父親の、三國連太郎サンとの仲であります。

 自分を捨てて出ていった父親との確執は、何となく伝え聞いてはいたんですが。

 鶴瓶サン、何度も「国の難しい字のほうの」 と言いながら三國サンの話題をひっぱり出してくるので、ちょっと大丈夫かな、と思いながら見ていました。 佐藤サンの反応は、確執など乗り越えたようにも見えるんですが、何となく言葉の端々に、佐藤サンのちょっとした引っかかりが見えるような感じで。

 例えば、「まあ、役者としてね、ああやって生きて、86という年齢にまで達せられたらばそれは幸せですよね」 という感じ。 「役者として」 とわざわざ断りを入れたり、自分と同じ年齢の頃のオヤジと共演したかった、というあたり、「父親」 としてではなく、「役者」 として尊敬しているんだろうな、というのは見えてきます。

 「美味しんぼ」 で三國サンと共演した時も、「三國サンがどうして『美味しんぼ』 をやろうってぼくに言い出したのかなーって」。 たぶん、確執のある父子のドラマを、実際に確執のある父子でやってみたらどうなるのか、という、三國サンの役者としての興味なんだろうな、と個人的には思いましたけど。

 そして、父子そろって、自分の息子サンの小学校の卒業式で、朗読劇をやったという話題に。 脚本を、三谷幸喜サンが書いたとか。 実に豪華。
 これも、親子の確執が氷解したような印象のエピソードなんですが、よく考えてみると、これも 「役者」 としての興味、で実現しているように思えます。 どこまで行っても、「役者」 なんですなあ。

 父親が同じ俳優で、その二世としての気持ちを共有しているような友人、中井貴一サンとの関係も、面白かったです。
 佐藤サン 「たまたま佐田(啓二)サンの息子サンと、三國の息子が、ほぼ同い年で、結局中井自身も、…中井と言っちゃ失礼中井サン自身も同じことを感じられたりとか、」
 鶴瓶サン 「いや中井でいいやないですか、向こう 『浩市浩市』 って言うてましたよ」
 佐藤サン 「いっこ下なんですけどね(笑)ぶっちゃけて言いますけどいっこ下なんですけどねコイツ!」(笑)

 日本アカデミー賞で中井サンが主演男優賞を取った時に、目をはらしていた、そのときの映像を見ながら佐藤サン、このとき自分はちょっと酔っていたと照れ隠し。 性格が正反対なのにお互いを認め合うとか、男の友情を感じさせる、なかなかいい話ですよね。

 このたび始まる 「官僚たちの夏」 では、セリフに四苦八苦しているという話でしたが、私も今クールでは、一番注目しているドラマなので、楽しみにさせていただきます。

 それにしても、ちょっとどうでもいい話なんですが、なんか最近、「A-Studio」 のアシスタント、小泉深雪クンの脚を、ローアングルで映しすぎだと思っているのは、私だけでしょうか?(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 3日 (金)

「BS熱中夜話」 マイケル・ジャクソン・ナイト前編

 死去の以前に収録されていた、NHKBS2 「熱中夜話」 ソング・オブ・マイケル・ジャクソン・ナイト。 タイミングがよすぎというか、最悪というか。

 冒頭に、「2009年6月25日 マイケル・ジャクソンさん死去 享年50 ご冥福をお祈りします」 という、黒地に白のスーパー。
 前フリから本編に入って、案の定、「この番組は2009年6月14日に収録したものです マイケル・ジャクソンさんのご冥福をお祈りします」 との但し書きが数度、画面に。

 ゲストは元モーニング娘。の吉澤ひとみチャン、ガレッジセールのゴリサン、ミュージシャンの西寺郷太サン(「小島慶子 キラキラ」 聴いてます)。 スタジオには多数のマイケルファン。 フォー!とかアオ!とかはしゃぎまくっていたが、今にして思うと、この人たちみんな、マイケルの訃報で泣いてるんだろうな、と思うと、ちょっと切ないものがある。

 スタジオに集まったファンのひとり、マイケルイサンのお気に入りは、「BAD」。
 COME ONという言葉をシャモンと言ったり、そのカッコよさを指摘。 吉澤ひとみチャンも 「BAD」 がお気に入りとか。

 「BAD」 というのは、世界的超大ヒット 「スリラー」 の次、ということで、世間的にも相当過剰な期待を背負って発表された作品だ。
 マーティン・スコセッシを監督として迎え、出来上がった長編のPVは、その期待に応えるべく、気合入りまくりのマイケルを見ることができる。
 個人的には、ちょっと気合入りすぎかな、と、発表当時は見ていた。 歌詞も、「良いワル」  というコンセプト自体が、なんか強引すぎるかな、みたいな。

 だが今、マイケルの活動を包括的に見ることができるようになってしまった今となっては、その気合がとても心地よい。 それに、今にして考えると、「良いワル」 って、要するに曲がったことが嫌いなヤツとか、腐ってないヤツとか、一本筋の通ったことを信念を持って貫ける男、というニュアンスを感じられて、いまさらながら納得したような感じ。 遅い!っての。

 「スピード・デイモン」 をビートルズの影響、という郷太サンの指摘もあったようだが、私はマイケルのビートリィな部分は、ポール・マッカートニーとの共演が一種の契機だったとみている。

 ポールとマイケルとの接点は、1977年のウィングスのアルバム 「ロンドン・タウン」 に収録された、ポールがマイケルのために作ったとされる、「ガールフレンド」 が最初だったと思う。
 そして 「スリラー」 の時に録音された、「ガール・イズ・マイン」「セイ・セイ・セイ」 が、特に印象的だ。
 確か、ポールはマイケルに、そのとき作曲のコツみたいなものを伝授したと証言していた、と記憶している。 すいませんね、みんな自分の記憶頼りで、なにも資料を見ずに書いているもんですから。

 「今夜はビート・イット」 で、ギターとベースのユニゾンについて、郷太サンはザ・ナックの 「マイ・シャローナ」 との共通点を指摘していたが、私に言わせれば、ギターとベースのユニゾンという形式は以前からも多々あろうが、その源泉的な部分は、ビートルズの 「デイ・トリッパー」 であろう、と考える。 リフの前半部分が、特に似てますよね。
 ま、意見は実に、憶測に基づいたものでありますが。

 番組全体を見ていて感じたのは、マイケルの書く歌詞に、救われ癒されている人が多いんだな、という事実。
 マイケルの書く詩を見てみると、実に自分に正直に、ありのままを書いている印象を受ける。 なんだかんだと質問され、あることないこと書かれてきたマイケルだが、その歌詞のなかに、すべての答えが表現されている、そう強く感じる。 その意味では、きわめて私小説的な性格を、マイケルの詩からは読み取ることができるのだ。 私の乏しい知識でものを言わせてもらえば、その詩の性格は、きわめてジョン・レノンに近いものを感じる。
 まるで意味のなさそうな、「スリラー」 の歌詞にも、ちょっとした比喩が隠されている、と兼ねてから私は考えているのだが。 そんなのすでに、みんな分かってるって?

 そのほかにも、自転車でマイケルの乗る車を追いかけてマイケルのマネをしたら、本人にとてもうれしいリアクションをされた、という人の話や、マイケルのおかげで結婚できました、とか、命を救われました、とか、マイケルの強い慈悲の部分に触れた人たちの証言も、興味深かった。

 パフォーマンスがすべて、みたいにとらえられているマイケルの、それ以外の部分を見てもらいたい!という激しいファンたちの欲求を感じることができて、とても貴重な時間を過ごさせていただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

「永六輔サンの引き際について考える」 のココロだーっ

 6月30日付(2009年)の毎日新聞で、名前は明記していなかったが、明らかに永六輔サンのことを書いた投書が載っていた。
 その投書の大意は、なにをしゃべってるのか分からないのにいつまでも今の地位にしがみついていないで、後進に道を譲ったらどうだ、とまあ、スゲエミもフタもない言い方をするとそうなる(笑)。
 毎日新聞だけでなく、ほかの新聞にも同様の指摘をする投書が来ているらしい。

 確かにここ数年、永サンがご出演されているラジオを聴くと、言っていることの半分くらいしか分からない状態だ。
 その原因は、ご本人によれば入れ歯の不具合だというが、それにしたってその理由を聞かされ続けてだいぶ経つ気がする。 いくら治療してもちゃんと治らないのか、はたまた老化によるものなのか、真相としては不明である(追記 この記事以降は 「老化です」 とはっきりご本人が言うようになった)。 
 永サンは最近でも、実際脇腹を骨折したり、足をくじいたりと、一歩間違えば寝たきりのきっかけになってしまうようなケガをよくしていらっしゃるので、それも滑舌にどこか影響がある気がしてならない。

 もともと永六輔サンという人は、舌足らずなのに早口だ、というしゃべりの特徴があった。
 その早口の人が、入れ歯の具合が悪いという理由でろれつが回らなくなっているのは、実に痛々しく聞こえたりもする。 ご本人も、ゆっくりしゃべろうと心掛けてはいるそうなのだが、いかんせん長年のくせは、一朝一夕には直らないものだ。

 数日前、「大沢悠里のゆうゆうワイド」 を聴いていたら、毒蝮サンが突然永サンのことについてしゃべりだした。 「90のおじいさんだと思って聴けばいい」 とか、確かそんなことを言っていたと思う。 そういうのもどうかな(笑)、と思ったが、蝮サンの気持ちはよく分かる。 悠里サンも永サンを擁護していた。
 おふたりとも、永サンとは長い付き合いである。 TBSラジオは長寿番組が多いが、同じ時代をラジオで頑張ってきた同志としての気持ちが、永サンを擁護させるのだろう。

 私も、同じ気持ちである。
 私も、永サンのしゃべりを、ずいぶん長い間聴いてきた。
 いまさらそのしゃべりがなにを言っているのか分からなくなったとしても、その部分はこちらの想像で補ってやればいい。 分からないのだから交代すればいい、っていうのは、実にドライな考えだ。
 永サンのまともにしゃべれないのに文句を言わないのは、今まで長い付き合いをしてきた、礼儀というものだろう。 永サンのケースは、ラジオを聴く側の礼儀とか、人間としての温かさが、問われている問題なのだ。

 ただ、それでも私は、永サンに願わずにはいられない。
 一度本気になって休養をとって、入れ歯も脇腹も、徹底的に治されたらいかがですか、と。

 永サンが休めないのは、公演だとか、地方に呼ばれることが多いせいなのではないか、と私は考えている。 違ったらゴメンナサイだが。
 なんか、「土曜ワイド」 で永サンの一週間の出来事を聴くにつけ、この人って忙しすぎるのではなかろうか、と考えたりするのだ。
 今はやめてしまったらしいが、昔は自分宛てに来た便りには、すべて返事を書いていた、という永サンである。 そんな義理堅い人が、いろんな依頼を断れるはずがないではないか。

 ラジオを休んだことがない、ということを永サンはよくおっしゃっているが、ここはいったん、それにピリオドを打ってでも、ちゃんとお体を治されたほうが、いいように思う。
 なにを言っているのか分からない、なんていうこと自体が、ラジオのパーソナリティとしてのご自分のプライドに、さし障るのではないか、と。

 ご本人の事情もよく分からないで、推測に基づいてこうするべきだなどと書くのは、大変失礼だとは思うのだが、あえて書かせていただきました。
 永サンには、いつまでも元気で、ラジオに出てほしいのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 2日 (木)

「桑田佳佑の音楽寅さん」 2009年6月29日 21世紀ベストソング

 「音楽寅さん」 6月29日(2009年)は、桑田サンが選ぶ、21世紀ベストソング。
 のっけから、TBSの土曜深夜にやっている、「CDTV」 のアニメCG画面のパロディで笑わせます。
 桑田サン似キャラ 「オレは今日ね、桑っちょなんかじゃないんだよ!オレはね、桑田は桑田でも、…桑田真澄デス」、と、いきなり桑田投手の似顔絵にチェンジ。

 笑うなあ。

 ただしフルコーラスだったのは、1位から5位の、上位5曲まで。
 これがさ、つまんなくて。
 いや、比較的に、という話です。 意見には個人差があります。

 つまんなかったから一気に書いちゃうけど、
5位 「旅立ちの唄」 Mr.Children
4位 「Flavor Of Life」 宇多田ヒカル
3位 「抱いてセニョリータ」 山下智久
2位 「千の風になって」 秋川雅史
1位 「TREE CLIMBERS」 木村カエラ

 まあ、3位の 「抱いてセニョリータ」 だけは、桑田サンが作った 「ホテル・パシフィック」 みたいな歌謡曲路線の曲で、しかも演出がエロくて最高だったけど、5位と4位はもう、ただひたすら、つまんなくて(笑)。
 ミスチルは、曲的には、ただ単に、音符に乗せる日本語が面白いかな、という程度。 宇多田ヒカルチャンのは、もっといい曲、うなるほどあるでしょ、って感じ。 なんでこの曲なのかが分からない。
 「千の風になって」 も、「眠ってなんかいません」 のところだけ、いきなりシロートっぽい作りで、あまり好きじゃないんですよ。 あそこに来るとちょっと、ムシズが走るというか。
 木村カエラチャンの歌は、結構面白かったですけどね。 覚えたくなるような歌じゃない。

 それより数十倍面白かったのが、ランク圏外の、ちょこっとしか流れなかったほうだったっス(笑)。
 20位の 「ワダツミの木」 の、元ちとせサンのコスプレから、桑っちょ全開(笑)。 赤いドレスで、ぴょんぴょん跳ねてて、笑いました。
 18位の 「タイガー&ドラゴン」、これはフルで聴きたかったなあ。 Tバックの女を抱き抱えながら、月亭可朝サンみたいななりで歌ってました。 ハマってるなあ。
 17位の 「地上の星」 は、先週に引き続いてですが、こっちはみゆきサンのコスプレで。

 それにしても、それぞれ1分にも満たないようなVTRのために、衣装がえやらなんやらで、この時点でもう、桑田サン、ヘロヘロのようです(笑)。 滝川クリステルのわきでニュース解説をしていた、和田圭サンの顔になってしまいました(笑)。 和田圭サン、ってのが、笑わせるなあ。

 15位の東京事変では、椎名林檎サンばりに看護婦姿で。 この場合は、「看護婦」、とあえて言ってもいいでしょう。 桑田サンその格好で、大股開き。 見たくないもん見ちゃったような気分(笑)。 注射器に牛乳入れて、「かけたい放題」 とか、ちょっとアブナ過ぎ。
 14位 「SAKURA」 では、「生き物係(→いきものがかり)」 というシャレで笑わせます。
 13位 「キセキ」 は、二子玉川学園のユニフォームで、バントのポーズのまんまフリーズ。 もうおかしくて。
 12位 「Everything」 は、MISIAのマネして、「過剰なドレッド」。 ちょこっと入る解説のスーパーが、実に効果的で笑えるんだなあ。

 あんまり桑田サンが疲れたので(笑)、11位のサンボマスターはユースケサンにチェンジ。
 ちょっと入るスーパーが、「ダチョウ倶楽部?」 10位もユースケサンで 「マツケンサンバ」、「メイク2時間、出演18秒」 というスーパーが、またおかしくって。 しっかし、ちょっとぜいたくすぎませんかね? これ全部やれば、3週分くらいありそうなんだけど。

 9位の 「テルーの唄」 は、また桑田サン。 羊を抱えて、意味不明。 曲の終わりで羊と交尾、ってそーゆーことかよ!(笑)
 あとは省略。 だって書くほうも、疲れたんだもん!(笑) 桑田サンも、完全にダウンしてました。 「こういう企画は、もうやめよう」 って(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「タモリ倶楽部」 浮世絵スター名鑑、それはいいとして

 2009年6月26日深夜(一部除く)の「タモリ倶楽部」 は、NHK大河ドラマ 「風林火山」 で武田信玄を演じた、市川亀治郎サンと、浮世絵コレクションを見る、というテーマ。

 それにしても、素顔の市川亀治郎サンは、ずいぶん痩せてて、フツーの兄貴という感じ。
 オーラも何もない、って言ったら失礼ですが、武田信玄の、あの 「動かざること山の如し」 みたいな貫禄が全くなくて、ちょっとびっくりしました。
 しゃべりもフツーで。
 そりゃ、あのドラマみたいなしゃべり方してたらちょっと異様ですけど(笑)。
 考えてみれば、「風林火山」 での亀治郎サンは、モロに歌舞伎調のしゃべりかたをしていた気がします。

 亀治郎サン行きつけの浮世絵画廊のオーナーは、意外なことに外人顔した坊主の男の人が登場。 名前はケン・キャプランさん。 ちょっと松平健サンに風貌が似ていて、さっそくおぎやはぎから突っ込まれてました。

 番組は、江戸時代の歌舞伎役者のスターたちを描いた浮世絵を次々登場させるのですが、何となく皆さんテンションが低い。 なんとか皆さん笑いに持っていこうとするんですが、なんか空振り気味に見えました。 こういう回もあるってことですか。

 いちばん笑えたのは、皆さん初版刷りとか、高そうな浮世絵を、ガンガン触ったあげく、「こんな雑に触っちゃっていいんですか?」 と訊いたら、ホントはダメだった、というところ。

 笑えるこた、笑えるんですけど。

 そりゃ、一枚200万もするようなやつを、指紋がつくような触りかたなんてご法度なんでしょうが、私がそれ以上に気になったのは、その浮世絵を前にして、皆さんべちゃくちゃ、ようしゃべっていた、ということ。 あれじゃ唾も飛ぶでしょう。 ケンさん、よく我慢していたと思いますよ。

 それに、番組最後で話が出てましたけど、浮世絵っていうのは、蛍光灯の光でも、焼けちゃうんですよ。 「ボンボン照明焚いちゃってますけど」 っておぎサン(やはぎサン?スイマセン、私どっちか分かりません)が笑わせてましたけど、これもケンさんにしてみれば、「冗談じゃない」 ってところでしょうか。

 テレビ制作者って、結構そういうところが、無頓着だったりするんですよ。 悪い癖ですね。 取材される相手のことを、心から気遣うことがない。

 なんでこういうことを申し上げるのか、と言いますと、実は我が家に、昔テレビカメラが入ったことがありまして。 照明器具のあまりの熱さに、カーペットが焦げちゃいまして。 スタッフはそそくさと撤収。
 「まあ、テレビに映るからいいか」、なんて、親は大目に見ていたみたいですけどね。 私は、「こいつら人の迷惑考えてねえー」、と思ったものです。

 「空耳」 は、今回低調でしたけど、安齋サンの絵が20号で200万で売れた、という話が、興味深かったです。 つーことは、1号10万スか? スッゴイですねえー。 あんなのが?って言っちゃ失礼ですが。 ま、オークションって言ってましたから、値段がつりあがった面もあるのでしょうが。

 浮世絵の話に戻りますが、もともと浮世絵なんてものは、江戸時代の庶民の娯楽ですから、現代みたいに法外な値段がつくことのほうが、ちょっとどうかしてる気もするんですがね。
 でも、逆に考えれば、これだけ上質な遊びを、江戸時代の人々がしていたってことですから。
 なんて贅沢な時代だったんだろう、という考えかたも、出来ますよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »