« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

2009年8月31日 (月)

「LIFE 井上陽水 40年を語る」 第1夜 「石炭 Beatles 氷の世界」

 8月末(2009年)に61歳を迎えた井上陽水サンの、「アンドレ・カンドレ」 時代を含む歌手活動40年を語る、NHK教育テレビの4夜連続の特集。
 さすがにNHKだけあって、その取材力の凄さには舌を巻いた。
 五木寛之サン、伊集院静サン、黒鉄ヒロシサン、小室等サン…。
 昔のVTRもぬかりない。 ずいぶん貴重なものを見た気がした。

 「(得体が知れないのは)サングラスをかけてますからね、まず。 これはやっぱまっとうな人ならかけないでしょう(笑)…とか言っちゃったりして」 という、陽水サン特有の、人をはぐらかすような言葉。 どこか半分ブッ飛んでいる、半分じぶんを冷静に見ている、半分ふざけている。
 この人のその、特異なキャラクターは、ここ数年見ていなかったけれども、健在であることがここだけで分かる。

 健在なのは、そのキャラクターだけではない。
 この歳になって、声の劣化が全く感じられないのだから、さらに驚く。
 陽水サンを見いだした福岡のラジオ局ディレクターサンも初め、その 「声」 に魅了された、という証言はじゅうぶん納得できるし、当時のスタッフが売れないアンドレ・カンドレに固執し続けた理由というのも、その特異な世界とともに、声の良さに参っていたのだろう。
 じっさい私が陽水サンに惹かれたのも、まずはその、通りのいい声の良さに対してだった。

 陽水サンの幼少時代を彩るのは、真っ黒になった炭鉱夫たちである。

 炭鉱住宅に遊びに行って共同浴場に招かれて見た、炭鉱夫たちの様子は、陽水サンの目には異様に見えたそうである。
 「真っ黒で、目だけが白く光っていて、力仕事をしているから、筋肉がすごい。 黒光りして。 それがお風呂に入るから、お湯は真っ黒」。 陽水サンは、「地底から、地の底から」 という表現を使っていたが、まさしくそれは、地底からわき出てきた、異世界の住人のようだったのだろう。 子供のころ坑道の暗い入口にたたずんで、その暗黒の世界に恐怖を感じ、そこに入って遊ぶことができなかったという。 子供時代に誰もが持つ、「怖い場所」 は、人間形成の上で大きな影響を及ぼす気がする。

 「モダンガール、略してモガ」 だったお母様の影響も、大きかったようだ。 九州の炭鉱町、田川は、当時石炭の景気でにぎわっていたからこそ、文化的な水準が高かったと言う、ジャズピアニストの山下洋輔サンの証言から、モガで歯医者の嫁(=裕福)であった陽水サンのお母様の行動は、おおよそ察しがつく。
 そして、時代とともに訪れる、炭鉱町の没落。 小学校あたりでその様子を目の当たりに見た陽水サン、それは「絵本の世界」 が終わりを告げるような感覚だったのではないだろうか。 陽水サンの歌にたびたび現れる独自の終末観、みたいなものの原点を見た気がした。

 美空ひばりサンや三橋美智也サンなどの歌謡曲から、音楽への興味を持ち始めた陽水サンが、ラジオのランキング番組に夢中になるなかで、ビートルズが現れた衝撃をまともに受けたのは、当然の成り行きのように思える。
 ここでエド・サリバン・ショーの映像が出たが、「ベストヒットUSA」 でも同じ映像を 「8月24日に解禁された」 と小林克也サンが語って紹介していた。 放映禁止にするほど、大した映像じゃない気がするのだが。 まあいつものEMIのテなのだろう。 ちょっと余談だが。

 陽水サンの曲を聴いた陽水サン初期のマネージャー、川瀬泰雄サンが 「ビートルズ好きだろう」 と訊くと、「別に」。
 …と言いながら、スタジオでガンガン、ビートルズの曲を弾いていた、というエピソードも、ビートルズ自体があまりに基本になりすぎて、ベタなのを知られたくなかった陽水サンの照れ、というものを感じる。

 アンドレ・カンドレ時代の写真も、私は今回初めて見たが、なんか、焼肉屋の芸人、たむらけんじサンに似ているような(笑)…。 でも、けっして美男子とは呼べない陽水サンが、大きなレイバンのサングラスをかけて、自分をカッコ良く見せようとしていたような感じが想像され、雑誌か何かの紹介文も含めて、結構面白かった。

 小室等サンは、アンドレ・カンドレのレコード制作に携わったひとりであるが、「ネーミングに象徴されているように、なんか、見くびっているような。 自分が面白がったこの程度で、世の中は自分を注目するだろうくらいのことを、軽く見ているところがあったんじゃないか。 だから小さくまとまりすぎていた」、と言う。 小室サン、相変わらず鋭すぎる証言である。

 アンドレ・カンドレはフォークムーブメントの中で埋もれていくのだが、「ビートルズが好きで、一般的な歌謡曲が好きだった」 という陽水サンがアンドレ・カンドレ時代に作った曲は、今回この番組で紹介された自筆の歌詞を見る限りでは、世界観の独自性は優れているものの、まだどことなく、凡庸な気がした。 しかも時代と合っていない、とくれば。

 井上陽水としてのデビュー曲、「人生が二度あれば」。
 この曲を私は、陽水サンがブレイクしてから聴いたのだが、あまりにパーソナルな泣き節に、ちょっと引いた覚えがある。 何かご不幸でもありましたか?みたいな。 「両親をヨイショしようと思った」、と言う陽水サンであるが、当時のスタッフ、安室克也サンの証言によれば、「『人生が二度あれば』 の陽水は、泣いている」 と言う。 確かにこの曲を歌う陽水サンは、VTRでは、汗にまぎれて涙も流れているように見える。
 この詞に出てくる 「父」 は、65歳。 1972年当時で65というと、相当年老いている印象がある。 陽水サンのお父様のことはよく知らないが、逆算すると、陽水サンはこのお父様が40過ぎに授かった子供、ということになる。 当時私は、何となく陽水サンが、年老いた両親を自分なりに想像してこの曲を書いたのではないかと思っていた。 つまり、フィクションだと思っていたのだ。
 22、3あたりでこの詞を書ける才能というのはすごい。 私は今年44になるが、健在ではあるが年老いていく両親を見ると、この歌のような感傷的な気分になることを告白する。 ハタチくらいの時には、将来そんなことを思うことになろうとは、まったく思わなかった。 

 ここで陽水サンが、自分がこの世界で生きていくことのできた理由を語っているような、興味深い話をする。

 「自分の曲を多くの人が受け入れてくれるはずだとかね。 でもそれってそんなに深刻に考えていたわけじゃなくて、まあ、ちょっと軽はずみな感じで。 ちょっと自信過剰なところもあるんですよ。 つまりそれがないとこの仕事はやれないですね。 そんなに謙虚で、やれるのかしら。 …だいたいこうやって表に出ている人っていうのは、ちょっとそういう意味では、おかしなところがないと、成立しないのかも知れないね」
 五木寛之サンや、山下洋輔サンによると、陽水サンというのは、なんだかとてもとんがった、人に襲いかかるような部分もあるらしい。 エキセントリックでなければこの世界では生きていけない、という、陽水サンなりの処世術なのだろうか、などとぼんやり考えてみた。

 「夢の中へ」。
 陽水サンの、初めてのヒット曲である。
 多くの人がそうだったように、私もこの曲によって、陽水サンを知った。
 最初この曲を聴いた時は、ずいぶんへんてこな曲だなあ、と思ったものだ。
 なにしろ何かがどこかにいっちゃって、一生懸命それを探すのに出てこない、という、誰にでもある経験を歌いながら、その人に 「夢の中に行きませんか?」 と誘っているのである。
 しかも、サビの部分が、「ウフフ、ウフフ、アーアー」。
 そのうえこの曲は私のまわりでヤケにウケていて、小学校の学芸会でも、同時多発的に、合唱となるとみんなこの曲をとりあげていた。 当時小学3年だった私も、何かをなくしてしまった時、それを探しながらよくこの歌を歌ったものだ。 小学生あたりに与えるインパクトの凄さを、こういうところからも感じたりする。 
 番組では、六文銭のギタリスト(だったっけか)、安田裕美サンの証言で、ヒットチャートの上位入りを素直に喜ぶ陽水サンの姿を伝えている。
 「人生が二度あれば」 とも相当曲調が違うこの 「夢の中へ」。
 やはり、世間に受け入れてもらうために、かなりの試行錯誤を重ねていたのであろう。

 「心もよう」。
 ツインギターがロックっぽくて印象的だった 「夢の中へ」 から一転、当時はモロに歌謡曲っぽい気がした。
 しかし、この曲の歌詞はだいぶ印象的だった。 「青い便箋が悲しいでしょう」。 「あなたにとって見飽きた文字が季節のなかで埋もれてしまう」。 曲調はチェリッシュが歌いそうな感じなのに、歌詞は半分、われわれとは思考回路が違う、と思わせるにじゅうぶんな先鋭さ。
 それが、だいぶ直されたものだと知って、ちょっとびっくり。

 その 「心もよう」 のB面に収録された 「帰れない二人」。
 最初はこの曲がA面候補だったという。 売るんだ、いや売れなくてもいいんだ、というぶつかり合いが、当時はよくあったらしい。
 「氷の世界」 も書き直しの憂き目を食らうはずだったが、陽水サンは 「反抗期」 でもって元の歌詞を通した、という。
 結果、アルバム 「氷の世界」 は驚異的なヒット。
 ここで、時の人になってしまった陽水サン自身の苦悩を、番組では取り上げる。
 ここでちょっと、「あの事件」 を匂わすのだが、あえてそこには触れないままで、番組は進行する。 知らなくてもいいことかもしれないが、知っている人には何かと気になる部分である。 このことについては別の記事で触れたので、よろしければそちらをご覧ください。

 「傘がない」。
 知識層によって学生運動からの転換というエポックメーキングな称号をつけられたこの曲、当の陽水サンは別段政治の季節の終焉を意識しながら書いたものではない、と言う。
 「そのムーブメントのなかにいましたからね。 学生運動のなかにはいなかったんですよね。 だからそういう客観的な視野とか、全部を包括した視点で作った歌では、当然ないわけですよね。 だけどその時代に生きていたことは間違いのないことで。 意識しているしていないにかかわらず、さまざまなことを感じながら、毎日生きていたんでしょうけどね」

 いやいや、ずいぶん長く詳しく書いちゃったなあ。

 第1回目を書いただけで、結構ヘトヘトなんですけど。

 どうすっかなあ、この調子で第4回まで書くかなあ。

同番組のほかの記事
その話の前に、クスリの話http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/life-40-ed61.html
第2夜http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/life-40-2-14fc.html
以降なし

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年8月30日 (日)

「チューボーですよ!」 えっ、ショーケンがゲスト?

 むだーにダラダラ、長く書いちゃいました。 でも結構、堺サンと萩原サンの共演というのは珍しいので、うれしくて。

 それにしても、テレビ欄を見て、驚きました。
 「チューボーですよ!」 のゲストが、萩原健一サン。
 恐喝事件を起こしてから、まったく音沙汰無しのように思えたんですが。
 久しぶりですよね、萩原サン。

 どうもここ数年の萩原サンは、かんばしい話題がなくて。 ずいぶん問題を重ねてきて、そのつど復帰してきては、その底力を見せつけたものですが、いまの世論は、「すぐ復帰できる芸能界は甘ーい!」、という、せちがらい世の中ですからね。 おっと、こんなことを言うと、唇が寒い。 あーあ、なんだか思うようなことも書けないっていうのも、なんだかなあ。 日本って、言論の自由の国じゃなかったっけなあ?

 でも、私は萩原サンのドラマは、「太陽にほえろ!」 のマカロニ刑事から、「課長サンの厄年」 まで、見続けましたからね。 個人的に言っちゃっていいですか? 応援してます。

 こんな問題児のイメージが強い萩原サンを迎えた堺巨匠、テンプターズのころから、萩原サンが弟分だったこともあって、温かいまなざしで番組を進行します。

 「枡田クン今日は、言動に気をつけなさいよ、あの人なんたってね、昔は日劇の舞台に角材持ってったんだよ(笑)それからドラマの撮影中にさ、台本めくる音がうるさいって、みんなで台本に霧吹きを吹き付けたってヒトだよ!」
 「いーかげんにしなさいよ!」 と萩原サン、巨匠をどつきながら登場。 「またウソばっかり!(笑)でも霧吹きの話は本当です(笑)」。
 いろいろあったことなど吹っ飛んでしまうような大爆笑での登場でした。 いや、こういうネガティブイメージをあえて強調して萩原サンを紹介した堺サンの振りかたも絶妙だったし、それに自虐ネタで返す萩原サンも絶妙。 なんだか、うれしいぞ、ショーケンファンとしては。 

 今日のメニューは関西風お好み焼き。
 キャベツを切る萩原サンの手際が、やたらとよろしい。
 巨匠 「なんだオイ?オレに恥かかせてどうすんだオイ(笑)」
 萩原サン 「イヤイヤ、家でやらなきゃいけないですから」
 そうか、萩原サン、また独身になったんだっけ。

 ここで枡田絵理奈アナ恒例のゲストプロフィール紹介。 それにしてもよくこんな長文を暗記できるよなあ。 小林麻耶アナの時より長い気がするんですけど。 しかも巨匠の振りにも受け答えしながらだし。 このコの暗記能力は、ちょっと凄いと思います。
 「きょうショーケンサンとご一緒するっていうことを母に話したら、ホントーに心の底から羨ましがってました」 って、枡田サンのお母様はそんな歳なんですね。 少なくとも私よりは年上そうで、安堵いたしました。 ってなんでやねん。

 巨匠 「最初はまあ、スパイダースの弟分みたいな感じで出たけど、途中からはもう、あんたたちが上いっちゃって」
 萩原サン 「でもあのー、(堺)先輩と井上(順)サンが個人的に売れちゃいましたからね」
 巨匠 「いや、そんなことないよ~」
 萩原サン 「正直におっしゃいよ~」
 巨匠 「ま、後半はな(笑)後半はもう、ひとりになる地固めしてたから(笑)」
 このふたりの会話、結構面白い。 さすがに40年来の付き合いだけのことはあります。

 それから、 「さよならウェスタンカーニバル」 で、萩原サンと内田裕也サンが大ゲンカしたという話に。
 萩原サン、こともなげに、「出刃包丁持って追っかけたことはあります」(笑)
 萩原サン、裕也サンとは仲が良すぎてああなっちゃったのだと言います。 「(裕也サンのことは)いまでも好きです。 あの先輩も僕のことをすごくひいきにしてくれます」
 それに対して堺サン。
 「あなたも不器用な人なんだよね。 だからー、誤解を招いたりするようなことあるよね。 本当は、純粋にすごく何かやりたいっていう、気持ちの人なんだけどね。 その辺がオレは好きなんだよ。 なかなか出てこないよこういう番組にはー。 だって違うもん、スタッフが。 警備員も用意しちゃって」(笑)
 ここらへんの堺サンの話術は、見ながらすごい、と思いました。
 後輩を気遣いながら、しっかり笑わせるところは笑わせ、話をシリアスな方向にかたむけない。

 メール交換を娘サンとふたりでやっているらしいんですが、恥ずかしいのか、堺サンにコソコソ耳打ちする、萩原サン。 ハートの絵文字だけは入れられる、という、なかなかシャイな一面も見せてくれます。

 萩原サン、9月12日公開の映画 「TAJOMARU」 で足利義政の役をやったそうです。 主演は小栗旬クン、ヒロインは 「風林火山」 で印象的な演技を見せてくれた、柴本幸サン。
 小栗クンも、今回は盗賊の役だとか。 演技の幅をますます広げているような気がしますね、小栗クン。 萩原サン 「あの歳で、あれだけ熱をもってさ。 …ぼくらは反逆的な熱ですからね。 だからああいうふうにやってりゃぼくは、もっと立派になってたと思うよ(笑)」

 親方シリーズも、久々の復活。
 巨匠 「いろいろあってオレはオマエ、寿命が縮む思いだったぞー。 オマエいままでの人生のなかで、いちばん反省していることってなんなんだ」
 萩原サン 「女にフラれたことです」(笑)
 巨匠 「女っ気がなきゃ生きていけねえってのは分かるけど、オマエどんだけコノヤロー!失敗すりゃ気がすむんだコノヤロー!」
 萩原サン 「(攻守逆転) オマエだってそうだろーっ!コノヤローっ!」
 巨匠 「成長しないんですよ男っていうのは!」
 萩原サン 「キミの頭と同じだよっ!成長しないのはっ!」
 巨匠 「(攻守逆転) オマエなんで成長しないんだコノヤローっ!何度フラれたり一緒になったりしたんだコノヤローっ!」
 萩原サン 「はっ、いちおう、離婚調停では和解しました(笑)」
 巨匠 「そんな話カンケーねえっ!(笑)一回目と二回目と同じ弁護士サンか?(笑)」
 萩原サン 「あのー、…民事ではそういうふうにならないので」(笑)
 巨匠 「民事だけじゃねーだろオメエはっ!」
 萩原サン 「それを言っちゃーおしまいだよっ」

 いや、大笑いしました。

 ここで、巨匠と萩原サンが、「エメラルドの伝説」 をデュエット(!!)。
 こういう組み合わせは、NHKBSのGS大全集でもようやりません。 感動モノのパフォーマンスでした。 しかも、「エメラルドの伝説」 を萩原サンが歌っているところなんて、私初めて見ましたよ。 テンプターズ以外では。

 お好み焼きの星は、指一本、二本、三本と順々に突き出して、三つ星でした。 こういう星の出し方をした人も初めてでしたね。
 最後は枡田アナをお持ち帰り。 なんか最近こういうパターン、多いような…。

 いや、でも、萩原サンの元気なところを見ることができて、幸せな30分間でした。 これをきっかけに、いろんなドラマにどしどし出てほしいです。
 と同時に、堺サンの、堺サンなりの気遣いを感じられて、今回の 「チューボー」 は、ホントに傑作だったと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月29日 (土)

思い出のジャニス・イアン

 風景や記憶と、固く結びついたまま離れない歌というものがある。

 私にも、そんな歌が、歳を重ねていくごとに増えている。
 それがいい思い出ばかりならいいのだが、たまに思い出したくもない恋人との思い出だったりすると、その歌は不幸な運命をたどることになるものだ。

 ジャニス・イアンの曲をそんな不幸な曲の仲間入りにさせなくて、つくづくよかったと思っている。
 なぜなら、ジャニスの一連の曲は私に、いまはもうないふるさとのことを、強烈に思い出させるものばかりだからだ。

 私の田舎は、福島の山奥である。
 三春から小野町方面に分け入っていくと、芦沢という、山に囲まれた盆地がある。
 かつて、私の祖母が暮らす家が、そこにあった。

 多感な思春期を迎えた頃、都会ではジャニス・イアンが流行っていた。
 「岸辺のアルバム」 というドラマの主題歌だったジャニスの曲も、その頃流行っていた。
 私はジャニス・イアンのライヴをやっていたFM番組を録音し、そのカセットを頻繁に聴いていた。 またカセットで出ていた、ベスト盤も叔父から借りてよく聴いていた。

 芦沢は、私の大好きな場所だった。
 その年の夏も、里帰りの時期になり、私はそれらカセットを当然のように持って行って、毎日毎晩のようにラジカセで聴いていた。

 同じ年だったかどうかは忘れたが、田舎では、「岸辺のアルバム」 も、わけが分からないながらも、その夏、祖母や母親と一緒に見ていたものだ。
 なぜなら、このドラマが、私が住んでいる町に流れる、多摩川の洪水(確か、1974年だったと思う)のことを取り扱ったドラマだったからだ。
 ドラマの内容は、少年だった私には興味が持てなかったが、タイトルバックに流れる、洪水によって流される、狛江の住宅の部分だけは、その当時まだ記憶に新しかったこともあって、食い入るように見ていた記憶がある。

 そこに流れてくる、ジャニスの 「ウィル・ユー・ダンス」。
 ドラマの内容と主題歌の雰囲気が全く違う、という新しい価値観の提示を、私はそこで初めて見た。
 それまで私が見てきたテレビの主題歌、と言えば、番組の内容に沿ったものばかりだった。 山田太一サンのそのドラマは、私の主題歌に対する常識を、粉々に打ち砕いた、と言っていい。
 ただ、この 「ウィル・ユー・ダンス」、「ダンスを踊って下さいますか?」 というサビの部分以外の歌詞は、カタストロフィ的だ。 崩壊していく家族を描いたこの作品と、確実にリンクしていると言える。

 じぶんの田舎でジャニスの曲をより深く聴いていくうちに、私はこの 「都会派」 っぽいジャニスの音楽が、緑に囲まれた 「片田舎」 の、午後のけだるい雰囲気や、街灯ひとつついていない夜の、まるで死の世界のような静寂に、とても合っているような気がしてきたのだ。

 それは、ジャニスの作る詞が持っている 「うしろむき感」 とでも呼べる暗さだったり、曲全体に漂うけだるさのせいだったのだろう。

 そのなかでも私が一番インパクトを受けたのは、「想い出の水彩画」 のエンディングだったように思う。 それは「無」 の状態に限りなく近づいていく、曲の終わりかただった。
 「想い出の水彩画」 の詞は、恋人同士の印象的な会話が続く、名作だと私は思っている。 そのふたりの関係が、やがて終わっていくことを示唆しながら、幻想のなかに自分を引きずり込もうとする男を拒絶する女のセリフで、この曲は終わるのだが、いったん本編が終わっても、しばらくの間チェロの独奏でエンディングが続く。

 それは、恋人同士の会話を借りながら、「蜜月状態の死」 に近づきつつある精神状態を表しているようにも感じられた。
 ジャニスの曲は、「想い出の水彩画」 にとどまらず、「死」 のイメージを想起させるものが多い。

 「お茶と同情」 という曲のもつ雰囲気は、詞からアレンジから、私のふるさとの昼下がりに流れていた、やわらかく揺れる日差しの静けさに、怖いくらい溶け込んでいた。
 「お茶と同情」 は、決まりきった生活にうんざりしながら、午後にはお茶を飲み、友達がいなくなれば部屋を片付ける女性の話だ。 彼女は恋人と別れた喪失感のなかで生活しており、「永遠に眠ってしまいたい」 と歌の中で嘆く。
 この曲はストリングスアレンジも秀逸である。 ビーチ・ボーイズの 「ペット・サウンズ」 の影響も感じられる、デモーニッシュなストリングスだ。

 「愛の余韻」 という曲も、好きな曲のひとつである。
 その曲の出だし、「時たま、大きな声で話すことが苦痛に感じます」 という一節には、限りなく魅力的な響きがある。
 「人生の意味がどこに吸い込まれていくのかはだれも知らないけれど、私は明日への希望を強く信じます」 と歌いながら、エンディングは一転してマイナーコードになり、「信念」 というものの持つ危うさを表現する。 不安が常につきまとっているように、ジャニスは前向きな気持ちにいつもブレーキをかけているように、感じるのだ。 それが、いい。
 ジャニスのその部分を、私は信頼してしまうのだ。

 ジャニスの音楽は、いくら明るい曲調でも、常にダウナーな感覚がつきまとっている。 それは今にして思えば、同性愛者だった彼女の、満たされない恋愛生活から生まれたものだったにせよ、暗い淵に沈んでいくような内省的な詞は、当時の私の書く詩にも、大きな影響を与えたものだ。 ただそれは自己満足の域を出ないものではあったが。  

 少年だった私はこれらのジャニスの曲に、何かをやっていなければ落ち着かなかった都会の生き方とは全く別の、「なにもしなくてもよい、時が過ぎていくのをただ眺めるだけの時間」 の価値を、初めて見いだしたような気がした。
 そしてその 「おだやかな時間」 は、すでにもうないふるさとの、あの日々に閉じ込められたまま、いまは静かに眠りについている。
 ジャニスの曲を聴いたり、弾き語りをするとき、その亡霊たちは解凍され、私を涙にくれさせる。

 「イリュージョン」 という歌の一節、「夏が消えていきます/夏がまるでこわれたラジオのように/指の隙間からこぼれ落ちていきます/夏が去ってしまったとき/あなたが泣いたのを覚えています/でも 私は泣きはしませんでした」 この詞をジャニスが歌うのを聴きながら、少年だった私は夏が死んでいくのを、ただ名残惜しく見送っていた。
 芦沢の午後の静けさの中で、ひぐらしが一斉にすすり泣いていたのを、いまでも鮮明に覚えている。

 もう二度とは戻らない日々である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月28日 (金)

「風の絵師」 最終回まで見て

 BS日テレ 「風の絵師」、最終回までをやっと見た。 注意、ネタバレします。

 カットカットでわけが分からなくなっている部分もあったのだが、それにしても最後の、キム・ホンド(パク・シニャン)と、シン・ユンボク(ムン・グニョン)の師弟対決、またはワルモノを追い詰めるくだりは、もうちょっとゆっくりやってもよかったかな、という感じはした。

 これはドラマの、全体的なディティール、という問題なのだが、物語序盤でのユンボクの絵師試験、中盤での御真画師の制作顛末、中盤以降のサドセジャの遺影探し、以上挙げた出来事の描き方が、結構克明だったために、ラスト3回くらいの話の流れの速さに、どうしても違和感を抱いてしまうことになるのだ。 特に中盤の御真画師の話に時間を割きすぎて、肝心の犯人を追い詰める話のほうが、疎かになってしまったような印象すらする。

 しかも、終わり方が結構ハテナ?という感じ。
 これは、見ているこっちが想像を働かせなければならない部分なのかな、とも思う。
 それはそれで、余韻の残る終わりかたとして、評価できるのだが。

 この物語の第1回目は、キム・ホンドがシン・ユンボクを思って涙するシーンから始まっていた。
 そのために、最後の最後まで、ユンボクが死んでしまうのではないか、とドキドキしながら見ていたのだが、そういうことは結局なかった。
 これは、視聴者の声で話が変わる、韓国ドラマによくあるパターンで、実は最初は、ユンボクは死ぬ予定だったのではないか、とも思える。

 個人的な感想で言えば、20回で終わってしまうような、(韓ドラ時代劇にしては)短い話なのであれば、ユンボクをキム・ホンドの腕の中で死なせてしまったほうが、コンパクトなドラマとしてのクライマックスを、より強調できたことだろう、と思う。
 結局ユンボクは、キム・ホンドのもとを去ってしまう、という、しぼんだようなラストだったのだが、このラストで納得してください、というのは、いかにも物語を佳作に終わらせてしまう、惜しまれる所業のような気がする。

 見ている側はここで、ユンボクがキム・ホンドに思いを寄せてしまったがゆえに、キム・ホンドのもとを去らねばならなくなった、と自分を納得させるしかない。 なぜそうせざるを得なかったのか、と言えば、王様から 「お前は一生、女であることを明かしてはならぬ」 と命令されてしまったからであり、王命が絶対であった時代には、それもやむなし、と見ている側は考えるしかない。

 ただドラマの作り手は、このラストで、シン・ユンボクに 「美人図」 を描き残させることで、ドラマに静かな余韻を残すことに成功している。

 この 「美人図」 というのは、実際のシン・ユンボクが遺した絵の代表作、ということらしい。
 その絵に記された言葉。 「秘めた春情を筆先で伝神できようか」。
 ? 一瞬しか映らないので、録画でもしておかないと、これを解読するのはちょっとキツイかも。 つまり、表面的にこの意味を読んでしまえば、ユンボクがキム・ホンドに思いを寄せてしまったことを、ここでは表しているのだろう。

 ちょっとここで深読みしてみる。

 この 「美人図」 を描いているユンボクは、「美人図」 の女性そのままの服装だ。
 ユンボクは、自分が今まで封じ込めてきた、そして王命によって死ぬまで封じ込めなければならなくなった、「女である自分の姿」 を描き残し、思い人(キム・ホンド)に永久に、託したのだ。
 実際のシン・ユンボクは女ではなく、ドラマ上の解釈だったようだが、「秘めた春情を筆先で伝神できようか」 という一文は、そのドラマ上の解釈もある意味では…?、と思わせる効果も、生んでいる。

 これはこれで、素晴らしい終わりかただと、私は思う。 佳作には佳作の、評価すべき部分があるのだ。

 「風の絵師」 で忘れてはならないのが、主演のキム・ホンドを演じた、パク・シニャンサンである。 おちゃらけているところと、まじめなところと、その振幅がメチャメチャ激しい。 特に別堤のところへ絵を盗みに入った時の旅芸人?に変装した時の回は、ムチャクチャ笑った。 だからこそ、まじめな演技がとても生きてくる。 今後も注目したい。

 「風の絵師」 はすぐれたドラマだったが、私にこのドラマを見る気にさせた直接の原因は、「秋の童話」 で強烈な印象を残した、ムン・グニョンチャンへの思いである。
 彼女は 「秋の童話」 で、まるで初恋の女の子のような甘酸っぱい香りを、発散させていた。
 そして、その彼女が女優として立派に成長しているのが分かって、よかったなあ、という安堵感を、いま私は感じている。
 同じ 「秋の童話」 で意地悪な女の子の役をやっていた方のイ・エジョンサンが2007年に亡くなってしまったことを考えると、複雑な思いがあるのだが。 9月6日は、彼女の命日である。 役柄とは別に、クニョンチャンとエジョンサンは、親友同士だったそうである。

 ムン・グニョンチャンには、今後もがんばってもらいたいものだ。

当ブログ 「風の絵師」 に関するほかの記事
第1回 久々に期待できそうな韓国ドラマhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0a76.html
第2回 絵を描くこととはhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/2-253f.html
第3回 自分に掌破刑!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-e51d.html
第4回 ドリフの大爆笑みたいだった?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0635.html
第5-7回 なぜ女が女に惹かれるのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/--573e.html
第8回-13回 御真画師の顛末http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/8-13-e110.html
最終回まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-a6bc.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「森山良子のハートオブポップス」 10月2日で終了だって

 TBSラジオ 「大沢悠里のゆうゆうワイド」 で、午前11時台前半に放送している、「森山良子 ハート・オブ・ポップス」 が、10月2日(2009年)で終了するって、さっき番組内で良子サンがしゃべっていた。 がーん。 ショック。 どうして~。 やめることはないでしょう。

 1986年4月から、23年半の放送だったとのこと。
 欠かさず聴くにはちょっと無理があるので、ヘヴィーリスナーというほどのものでもなかったけど、いわば私にとっては、「空気みたいな存在」。
 森山直太朗サンのことも、幼いころからよく番組で紹介していたために、かれが歌手として世間に出て来た時は、時の流れを痛感したものです。

 番組自体は、森山良子サンの、比較的不遇時代から始まったような印象がありますが、「さとうきび畑」「涙そうそう」 というスマッシュヒットを受けて、歌手として安定した時期に入ったことも、個人的にはよかったよかった、と思っていました。 まるで身内のような感覚。 そりゃ、長ーいお付き合いですから。

 これで良子サンの近況を知る機会がなくなってしまうことは、とても残念。 どういう事情か分からないが、長い間ご苦労様、と言うしかないですか。 かえすがえすも、残念です。

 それにしても、ラインナップが基本的に不動である 「ゆうゆうワイド」 で、このコーナーの終了は、一種の事件だと言っても、いいのではないでしょうか。

 追記
 後番組は、「悠里のグッドグッドミュージック」 とか。
 このタイトルからして、悠里サンが音楽を紹介するだけ、みたいですね。
 なんか、ということは、単なる経費削減、ってことですか、これって。
 これは推測でしかないですけど、1リスナーとしては、こんなところで、あんまりお手軽なところを、見たく(聴きたく)ないですよね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

「任侠ヘルパー」 第8回 捨てられる組長?

 毎度ですが、「ネタバレ」 ですので、よろしく。

 草彅クン(翼彦一)の所属する隼会と敵対する鷲津組の組長、竜雷太サン(鷲津莞爾)が 「タイヨウ」 の施設にやってきた、「任侠ヘルパー」 第8回。 くさなぎクン、さっそく松平健サン(鷹山源助)に報告するも、「いつも通り仕事してろ」 と、つれない返事。 松平サンのそばには、なんと山本裕典クンが。 …って、彼だったよなあ。 どうもオッサン、興味ない人の顔って、なかなか覚えられなくて。
 いっぽうハートフルバードの夏川結衣サン(羽鳥晶)は、若年性認知症であることを会議で突っ込まれて、にっちもさっちもいかなくなる状態。

 今まであまり気にしてなかったが、竜雷太サンが 「鷲」 で、松平健サンが 「鷹」、と聞いて、「鷲と鷹」 かあ、石原裕次郎サンの映画にそんな題名のがあったよなあ、と思ったら、あれ?そういえば、草彅クンの役名は 「翼」 だし、夏川結衣サンの役名も、「羽鳥」。 おまけに 「隼会」 に、「ハートフルバード」。 ついでに言えば、仲里依紗チャンは 「美空」 チャンだし。 なんだか、ヘンな共通点を発見。 えっ、そんなのとっくに分かってたって?
 ただ、その「空」 とか 「鳥」 とかにまつわる名前の共通点がもつ意味は、ちょっと分からない。 なんなんですかね? 主要人物全員じゃないし。

 それにしても、鷲津組の組長ともあろうお方が、「姥捨山」 に捨てられ状態。 いくらなんでも、ひとかどの組の親分をこんなないがしろにすることって、あるのだろうか?
 ドラマですから、と言われれば、返す言葉もありませんが。

 ホームに着くなり相部屋という、組長にはあるまじき屈辱の待遇で、竜雷太サンもイライラしっぱなしだが、その相部屋の老人が、…これが何だか、竜雷太サンにそっくりだったなあ。 最初は一人二役か、と思ったくらい。
 だがこれは、たぶんわざとそうしたのだろうと思う。
 そうすることで、組長がもうひとりの自分、みたいなドッペルゲンガー的親近感を持つきっかけになっているように、私には思えるのだ。 ふたりを交互に正面から映す方法は、まるで鏡に向かってしゃべっているような錯覚を、見る側に提供する。 そのうちに打ち解けるふたり。

 同じころ、鷲津組の連中が、黒木メイサ組(笑)の田中哲司サンに怪我を負わせる。 これを黒木メイサチャンが4日の間知らされなかった、というのも、鷲津組長に負けずとも劣らぬ 「ないがしろ」 ぶり。 まあ、田中サンには彼なりの思うところは、あるのだが。 それにしても、同様の話を併行させる、というのも、このドラマの作り手のうまいところだ。

 竜雷太サンと同室だったジイサンが2度目の心筋梗塞で完全な植物状態になってしまった時、ようやく現れた家族。 病室でのやり取りは、先ごろ決まった臓器移植法案も視野に入れて、「脳死は人の死か」 という問題に、実際に直面してしまった時の、家族のありかたとはどうあるべきかを、真正面から見ている側に問いかけるものだった。

 竜雷太サンは 「こんな状態で生かしてもらって、家族もろくに来やしないで、生きてたってしょうがねえじゃねえか」 という立場。
 それを止める草彅クンは、「これは当事者である家族ひとりひとりの問題なんだ」 という立場。
 息子の梶原善サンは、「いくら息をしているだけだからと言っても、生きていてほしいんだ」 という立場。
 三者三様、それぞれに正当性があるだけに、私も考え込んでしまった。 とても難しい問題だ。

 「病院も施設も姥捨山だ」 と嘆く竜雷太サンの前に、殺気立った黒木メイサチャンが登場。 なんだか組に見放されているような組長のタマを取ったところで、しょうがない気もするのだが。 どうも鷲津組の連中が、そう仕向けているような感じもするのだが、いちいちメイサチャンにやらせるなんて、ややこしい気もするし。 どうなる次回。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月27日 (木)

ねがい

いま いったい なにがほしいのか
ほしいものなら いっぱいある

いま いったい なにがいらないのか
いらないものなら いっぱいある

ほしいものは ねがうたびにとおざかり
いらないものだけが ぞろぞろうしろをついてくる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

飛ぶ雲

きょうは雲の流れるのが あまりに速すぎて
世の中の流れのほうが
よほど遅く思える

じぶんの心臓の鼓動も
走り去る雲に
追いつきたがって あせって波打っている

もどかしい

駆け抜けてゆく雲が
こんなにもうらやましい

雲よ
どうせ私に見向きもしないのなら
せめて
この胸から消し去りたい思い出を
一緒に連れ去って欲しい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月26日 (水)

「LIFE 井上陽水 40年を語る」 の話の前に、クスリの話

 まず、この記事は井上陽水サンを非難するものではまったくないことを、はじめにお断りします。 また麻薬の使用に関して、賛成するものでもありません。

 NHK教育テレビで、井上陽水サンの4夜連続特集をやっているのだが。
 その内容とは別に、まず書きたいことがある。
 陽水サンが大麻をやって逮捕された事実が、すっぽり抜け落ちていることについてである。

 確かにこの特集では、いろんな分野の人々の証言で陽水サンの人となりを理解させ、内容に深みを持たせることに成功している。 だからわざわざ、陽水サンが大麻で逮捕されたことなど触れる必要のないほど、番組として完成されている。
 だが、あえて活動の暗部に光をあてることによって、さらに深い番組には、ならないだろうか。 そのことで、陽水サンが過去の過ちとどう向きあっているのかが、分かる機会を得ることにはならないだろうか。
 いま、麻薬のことを取り扱うのは、デリケートすぎるきらいもあろうが、陽水サンの40年を考えるうえで、麻薬が陽水サンの作品に及ぼした側面や、その逮捕によって活動が委縮してしまった時期を言及する部分も、あっていいのではないかと、思うのだ。
 別に番組に、ケチをつけているわけではないので、誤解のないように願います。

 番組では、「氷の世界」 のあきれるほどのヒットを受けた、陽水サンの戸惑い、苦悩というものに言及して、麻薬に手を染めたことを匂わせてはいる。
 でも、こうして過去の過ちに背を向けた番組作りをするのは、「いまさら過去の傷をほじくり出してどうする」「そんな必要はない」、といった考え方が支配的である、現代日本の風潮を反映しているようにも、私には思えるのだ。

 私はここで、過去に犯した犯罪を糾弾しろ、と言っているのでは、けっしてない。

 私が言いたいのは、「過去に麻薬をやっていた、と明かすことは、はたしてタブーなのだろうか?」、ということだ。

 ここで私が念頭に置いているのは、ビートルズやエリック・クラプトンをはじめとした、外国のミュージシャンたちのことである。
 彼らも一様に、ドラッグをやっていた時期があったりするものだが、そのことについて、いまの日本のようにまるで腫れ物に触るような扱われ方をしているケースを、私は見たことがない。
 ポール・マッカートニーなどは、自分がドラッグをやっていることを公言したり、わざわざ日本に大麻を持ち込んで逮捕されたりしているくらいだ。 だが彼の活動を振り返るのに、けっしてそのことはタブー視されていないし、その事実がネガティブにとらえられることは、まずない。
 また、ビートルズも、LSDのような、チョー危険なドラッグをやっていたというのに、それが彼らの評価を下げる要因にならないし、その影響下に作られた曲の分析は、相変わらず熱心に行なわれている。

 いまの日本には、個人の過去の犯罪を取り上げることをよしとしない傾向と同時に、犯罪を徹底的に憎む傾向がある。
 その常識ある人々から見れば、そんなラリビー(トルズ)の作った曲など、出荷停止にしてしまえ、発禁にしてしまえ、と排斥運動が起こっても不思議ではない。 もし世界中がそんな潔癖な人々だらけであったとすれば、いま現在、ビートルズというのは、ちっとも評価されない、見向きもされない存在になったに違いない。

 ビートルズの犯罪歴を問題視しない人々は、「いまさら過去の傷を持ち出してどうする」「そんな必要などない」 と考える人々との態度と、一見共通しているようにも思える。 だが、過去の犯罪歴を話題にする必要なんかない、という態度は、その犯罪を徹底的に忌み嫌っているのと、結果としては同じ態度なのではないか、そう私には思えるのだ。 …ちょっとややこしいかな。

 今回の陽水サンに関しては、事実は知る由もないが、ご本人が過去の犯罪に触れられたくなかった可能性はあるし、教育テレビという局の性質上から、麻薬に関しての言及は避けたとも考えられる。

 そのことにかんして、あえて私がどうのこうの言う立場にはない。

 だが、このように、天下のNHKで特集を組んでもらうということは、陽水サン自身が、過去の過ちを見事に乗り越えられたことの証左なのでは、ないだろうか。 そしてそのことをいたずらに避けることなく、ふつうに論じられるような世の中のほうが、健全な世の中のように、私には感じられるのだ。

 陽水サンと交友があった阿佐田哲也サンや、忌野清志郎サンの生き方や言動は、現代に生きている人々から見れば、破天荒で過激な部分が、多分にしてある。 陽水サンが麻雀で金を賭けているような部分も、それとなく番組では匂わせてもいる。
 現代の日本人は、そのような非合法的な部分を、いたずらに消し去って、ただ綺麗事みたいなことばかりを、もてはやしすぎてはいないだろうか。

 陽水サンが麻薬で逮捕されたということを避けるのは、いまの日本が、そんな建前上の綺麗事ばかりを尊重する国になってしまったことが原因であるように、私には思える。 そして、法律に違反した者に対して、必要以上に排斥する傾向のなせる業のような気がする。 うがった見方だが、大宅壮一サン風に言えば 「一億総ワイドショーコメンテーター化」(もちろん一億総、などということはない)とでも呼べるのではないだろうか。

 私が危惧するのは、過去の過ちにフタをしてしまわねばおさまりのつかない、現代の 「変に潔癖過ぎる」、その風潮、なのだ。

同番組に関するほかの記事
第1夜http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/life-40-beatles.html
第2夜http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/life-40-2-14fc.html
以降なし

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月25日 (火)

「桑田佳佑の音楽寅さん」 8月24日 ウイスキーはお好きでしょ?

 「音楽寅さん」 2009年8月24日は、コメディタッチのドラマにカバー曲を挿入させるという、この番組によくあるパターン。 でも今回は、この種の方向では、いちばん成功していたように思える。 桑田サンの演技力がここにきてこなれてきたように見えるから、かもしれない。

 今回のドラマは、ユースケサンに連れられて銀座のショットバーにやってきた桑田サンが、バーの店員、小雪サンに一目ぼれしてしまう、という設定。
 これじゃ、「ウイスキーがお好きでしょ」 のCMそのまんまだと思っていたら、案の定途中で歌っていた。 たぶん、桑田サンもこのCMが好きで、個人的に小雪サンと共演したかったから、こういう企画を持ち出したんじゃないのかな。
 桑田サンの役名は、只野寅。 黒縁メガネのサラリーマン風な風体といい、高橋克典サンの、あのドラマのパクリなのだが、おどおどした演技が、桑田サン、なかなかうまくて、ユースケサンとの絡みがいちいち笑える。 気弱なキャラなのに、怒るとユースケサンの局部を握りしめるいうのも、爆笑。

 バー専属バンドが演奏する1曲目は、黒沢明とロス・プリモスの 「たそがれの銀座」。
 只野寅が小雪サンと銀ブラを妄想するシーンで流れる2曲目は、高峰秀子の 「銀座カンカン娘」。
 「たそがれの銀座」 は桑田サンとラテン音楽のコラボが面白かったが、「カンカン娘」 の桑田サンの歌い方はちょっとナメたような感じだったかな。 もうちょっとマジメに歌うと、桑田サンのその曲に対する 「リスペクト度」 が分かるのだが。

 3曲目で 「ウィスキーがお好きでしょ」。 桑田サンの歌も、なかなかよかったし、CMで流れているゴスペラーズの歌もいいけど、私としては、石川さゆりサンの歌がいちばん好きかな。

 この曲が最初に出始めたころ、なんだか日曜日によくテレビで流れていたような記憶がある。
 なので、この曲を聴くと、明日からまた一週間の始まりだ、という緊張感を連想してしまうのだ。 と同時に、残り少ない休日を楽しもう、という、もうひとつの緊張感も連想する。

 余談になるが、私にとって同様の曲が、1984年ころだかに流れていた、「コピーは三田」 のテレビコマーシャルで、阿川泰子サンが、爆破されるビルをバックに歌っていた、「グッド・バイ」 という曲である。
 オリジナルは誰か分からないが、ベニー・グッドマンのライヴで必ずラストに流れていた。 確かこのCMが流れていたのは、「世界名作劇場」 のアニメのあとだったと思うのだが、これを聴くと、日曜日はもう終わりだ、という強烈に嫌な気分がわきあがったものだ。
 「サザエさん」 などよりも強烈だった気がする。 その当時は題名など知らずに聴いていたが、「グッド・バイ」 という題名を知った時には、「さよなら」 を歌ったものだったのなら、休日に別れを告げる気分と強くシンクロするのも当然だ、と思ったものだ。

 ドラマ中に、店のテレビに流れるのが、小雪サンの出演する映画 「カムイ外伝」 のプロモ。 テレビがビエラだったら、もっとよかったのにネ。
 でもまあ、小雪サンが出てきたのは、ひとつにはそういう目的だったのね。 9月19日ロードショーとか。
 松山ケンイチサンがカムイ役で、小雪サンは、スガル役だという。
 つまり、原作の話のひとつである、「スガルの島」 をやるわけだ。 あの話は、スガルも抜け忍で、夫も子供もあり、カムイとは最後まで敵か味方かで揺れる関係で、恋愛関係にはならなかったのだが、映画では恋愛関係になってしまうんだろうな。
 原作では、スガルも、その娘である少女も、ハダカ見せまくりだったのだが、たぶんないでしょう。 児童ポルノになってしまいます。

 ユースケサンがランチア・ストラトスをもっているという大ボラ話をするそばから、4曲目は美空ひばりサンの 「車屋さん」。 都々逸を歌う桑田サンも、結構アリで興味深かったが、2回目の都々逸の時に上島竜兵サンが突然出てきて、裸踊りをするのには、笑ったなあ。 「お呼びでない」 という演出のつもりだったのだろうが、都々逸を歌っているときから、桑田サン、失笑しっぱなし。 いや、実際、上島サンの芸は、たま~に見ると、笑えます。 上島サン、「なんだこの辱めはっ!」 って、のりピーネタかなあ? 相変わらずアブナイ。
 それにしてもこの 「車屋さん」、同じ時間に教育テレビで、井上陽水サンのお気に入りの歌として、当の美空ひばりサンが歌っている場面が放送されていた。 思わぬ、同時多発放送である。

 最後に、「忘れ物です」 と小雪サンからハンカチを手渡しされた桑田サン、うれしくて歌い出すのは、「君の瞳に恋してる」。 私の年代では、ボーイズ・タウン・ギャングなのだが、元はフランキー・ヴァリ、だったっけか。 いちばん最初に聴いたのは、映画 「ディア・ハンター」 のなかだったかもしれない。 桑田サン、なんだか、この曲に関しては、歌い慣れていない印象。 一語一語かみしめるような歌い方だった。 実際この曲の歌詞、サビ以外は歌いにくいのだが。
 曲の途中から小雪サンが登場、最後は打ち合わせなしだったみたいだが、小雪サンが桑田サンのほほにキス。 これじゃ、公開浮気みたいなもんだが、桑田サンはもう、メロメロになっていた。 うらやましいぃ~。

 小雪という人は、異論はあるだろうが、私としては、いまいちばん 「女」 を感じさせる女優サンだ。 どこまで演技力があるのか、ちょっと分からないところもあるけれど。 「きみはペット」「ALWAYS三丁目の夕日」 の演技が印象的だが、女の情念を表現する力は、結構あるように思うのだ。 私のお気に入りの女優サンでもある。 桑田サンもそうなのかなー。 いいよなあ~、キスされて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月24日 (月)

野口五郎 「夕立のあとで」 って感じ

 今年の夏は、冷夏の傾向のようです。
 ただ、日差しはささないくせに、ヤケに蒸し暑かったりします。
 それでも、立秋を過ぎたころから、朝晩比較的涼しいと思える日が多くなってきました。
 このところの夏は、秋の彼岸のあたりまで熱帯夜が続き、8月中にこんな涼しさを味わうことなど、ほとんどなかったのですが。
 今日(2009年8月24日)も、世田谷には、熱帯のようなスコールが激しく降りました。
 これも、私が子供のころにはなかった種類の雨です。
 ただ、このスコールの後、わが街にはひんやり、涼しい空気がやってきました。
 この空気、…私が子供のころ、やはり夕立のあとに、おなじこの街に、おなじ空気が漂っていたことを、不意になつかしさとともに、思い出しました。

 同時に私の頭の中に、その頃流行っていた、野口五郎サンの 「夕立のあとに」 のメロディが、浮かんできました。

 夕立のあとの街はきれいにあらわれたようで
 緑の匂いがよみがえります
 忘れようとつとめて少しは
 忘れかけてたあなたの思い出が
 急に鮮やかに戻ってきました

 確かこういう歌詞だったと思うのですが、なんだろう、何十年も忘れていたこの歌の歌詞が、この歌詞のように、鮮やかによみがえって、なんだか急に、胸がしめつけられる気がしました。

 野口五郎サンと言えば、「私鉄沿線」「オレンジの雨」「19:00の街」 といった有名な曲を、今ではたまにラジオで聴くくらいですが、「夕立のあとに」 のような地味な曲は、まずリクエストされることはないと言っていいくらいです。

 それなのに、こうした有名でない曲のほうが、この曲がかかっていた時代を強烈に思い出させるパワーにあふれていることが、よくあるんです。

 特に、野口五郎サンは、ベスト盤を買うわけでもなく、私にとってはある程度距離を置かれて聴かれていた歌手だったために、「むさしの詩人」 とか、「針葉樹」 とか、却って夢中になって聴いていた西城秀樹サンや、山口百恵チャンの曲より、「こういうのあったあった」 という度合いが高いのです。
 私にとっては、岩崎宏美サンとか、南沙織サンとかにも、同じ傾向があるでしょうか。 岩崎宏美サンなら、「思い出の樹の下で」 とか、「悲恋白書」 とか。 南沙織サンなら、「想い出通り」 とか。 熱心なファンではなかったけれど、当時いつも聴いていた、という曲ですね。

 それにしても、今年の夏は、私が子どもだったころの夏に近い気候です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

リマスターCDだけではない、ビートルズ関連の支出

 来たる9月9日(2009年)に発売される、ビートルズのリマスターCDについては、とりあえず国内盤のモノ・ボックスセットが限定らしいので、それだけを予約しました。 国内盤のモノボックスははっきり言って高い(39,800円)のですが、限定版、という言葉にはどうしても勝てません。 アマゾンに予約を入れちゃいました。

 ステレオ盤はいつでも買えるかぁ~と見くびっているのですが、モノを聴いたらステレオで聴きたくなるのは、私の場合火を見るよりも明らかです。 どうせ我慢できずにすぐ買っちまうんでしょうが、買うとなればボックスセットしか考えられません。 でもそうすると、少なくともひと月くらいは間を置かないと、出費がかなりきつい。

 というのも、明らかに便乗商法なのですが、リマスター盤発売に合わせて、ビートルズ関連の書籍が目白押しで発売されるんです。
 ボックスセットをステレオとモノで両方買う人は、よほどカネ回りのいい人なら別ですが、輸入盤でも買わないと、おこずかいがなくなってしまうでしょう。
 なにしろ、国内盤でまともに買うと7万5千円。 世田谷の安いアパートなら家賃ひと月分ですよ。

 書籍のほうですが、まずこれはどうしても、というのは、マーク・ルウィソーンの 「ザ・ビートルズ・レコーディング・セッションズ完全版」(2,940円) ですかね。
 完全版でないヤツは持っているんですが、この本は3千円近くするのに、その値段に納得してしまうほどの内容の濃さを誇っています。 現在のビートルズ研究で、この本だけは絶対はずせない一冊、と言っていいでしょう。
 それがさらに内容を濃くして発売、というんですから。 どーなっちゃうの?という感じです。
 ただ、これだけの本となると、今後ずうっと書店には出続けるでしょうから、なにも焦って今買う必要は、ないのかもしれません。

 やはりこの時期だけにしか出回りそうもない書籍を、まず先に買うべきでしょう。
 個人的に注目しているのは、レコードコレクターズの増刊号。 「ザ・ビートルズCDガイド」(1,200円)。
 レココレは、主にビートルズ関連の特集の時のみ買っている、「半」 愛読書なのですが、執筆陣に信頼が置けるのが強みです。 和久井光司サン、大鷹俊一サン、萩原健太サンなど。 特に森山直明サンのテイク違いの記事には、いつも感心します。
 ただ、発売日がリマスター盤の発売日と前後しているので、リマスター盤の試聴感想にはならないでしょうね。

 あと注目なのは、ザ・ビートルズ・クラブの 「コンプリート・ビートルズ リマスターCD公式ガイド」(1,575円)。
 ザ・ビートルズ・クラブというのは、いっぱしの権威ですから。
 ただ 「リマスターCD公式ガイド」 と銘打ってはいますが、これもリマスター盤発売前後の発行。 実際に聴いたかどうかというのは、分からない。

 同じように、「THE DIG Special Issue ザ・ビートルズCDエディション」(1,200円)。 「THE DIG」 も結構、ワタシ的には信頼度の高い雑誌(?)なんですが、これもリマスターの試聴感想はないでしょう。
 でも、「レット・イット・ビー…ネイキッド」 の特集の時に、EMIのエンジニアたちのインタビューを載せていたくらいですから、今回も同じことをやる可能性は、あります。

 実際の試聴感想文を読むのは、やはりネットのブログで、ということに、最初はなるんでしょうが、できればレココレは、もっと待ってから、リマスターのレビュー特集を出してくれたらよかったのにな、と思います。

 それにしたって、なんだかビートルズのゲームも出るとか。 あっ、これは日本では、出ないんですか? 正直、PS3(360、Wiiも)のプラットフォームにしては、「ビートルズ人形」 が動いているレベルでしかないんですが。 まあ、別にいいかな、と。
 とにかく、便乗商法もいいですけど、高いボックスセットを買う人のフトコロ具合も、ちょっとは考えてほしいと思う、今日この頃です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月23日 (日)

「佐野元春のザ・ソングライターズ」 松本隆(前後編)

 「佐野元春のザ・ソングライターズ」 ゲスト松本隆サン。

 私個人としては、松本隆サンのイメージは太田裕美サンや松田聖子チャンのメイン作詞家。 「流行作詞家」 の域を出ないイメージ。
 はっぴいえんどの曲は2,3曲知ってはいるものの、その曲の詞が松本サンであるのは、ちょっと信じられない気がする。
 けれども、若い時分にはある意味とんがった、世間に対して挑戦的な作風をしたくなるものだ。 松本隆サンにもそのような時代があり、やがてポピュラーミュージックの中核的な役割として、言ってみれば 「売れる」「大衆受け」 するような作品を量産する、転換点というものがあったはずだ。

 私の興味は今回その点に集中していたし、佐野サンの興味のひとつもそこにあったようで、佐野サンはそのような質問を松本サンに対して繰り出していたが、松本サンから明確な回答を得られたようには感じなかった。
 だが、講義が進行していくうちに、話は別の方向で、興味深い方向へ分け入っていった。

 今年還暦を迎えられた松本サンは、それなりに年を重ねられた印象。 ぼそぼそとした独特の語りで、はっぴいえんど時代からを振り返る。

 1970年代初頭に内田裕也サンなどと繰り広げられた 「日本語ロック論争」。 これも松本サンは 「むこうは大御所ばかりなのにこっちは20歳そこそこの実績のない若造。 それなのに、『ぼくたちはぼくたちの正しいと思っていることをやる、あなたたちは自分のやりたいことをどうぞ』、とよく堂々と渡り合えた」、あれは既成の権威に対する反発だった(主意)と読み解く。 そして、その抵抗はずっと自分の活動のベースにある、と語る。

 ここで興味深かったのは、「困っちゃうのは自分が権威になっちゃったとき」 と自虐的に松本サンが語った部分だ。
 元春サンが 「ハートのイヤリング」 で松田聖子チャンの作曲を依頼された時、松本サンから開口一番 「佐野クン松田聖子プロジェクトというのはね、ナンバーワンでなけばダメなんだよ」 と言われたエピソードを番組後半に披露してくれたが、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった松本サンが、ひとかどの権威の側に立っていたことを、みずから自覚していたことを示す話だ。 本人も、いやなヤツだねェ、と笑っていたが。

 はっぴいえんどではいつも詞が先行だったそうだ。できた詞をメンバーに配り、それぞれ大瀧詠一サンや細野晴臣サンが取っかえっこしたりして曲をつくる、とか。 あの名曲 「風をあつめて」 でも、最初 「手紙」 という詞だったが、結局 「風をあつめて」 という部分しか残らなかったらしい。

 この 「風」 という言葉、定型質問のコーナーでも好きな言葉として、「ベタだけど」 と言いながら松本サンは挙げていた。
 不思議なことに、吉田拓郎サンなどもそうだが、ソングライターたちは 「風」 という言葉が好きな人が、多いように感じる。 つかみどころがなく目には見えない、けれど厳然とそこにある、その自由なありよう、その普遍的なものに、自分の居場所を求めて惹かれるのだろうか。
 後半、「大切なものは目には見えない」「それを表現者は手を変え品を変え表現する」 といった趣旨のことを、松本サンは述べていた。

 その後編では、松本サンが 「運命を感じた」 と言う、松田聖子チャンとの邂逅。

 「80年代を代表する、」 という元春サンの言葉をさえぎって、「彼女は80年代だけでなく、戦後を代表する歌姫である」 と位置付ける松本サン。 松田聖子は全身で感情を表現する、「身体表現の、パフォーマンスの天才だ」 と。
 レコーディング当日に曲を渡すと、瞬時にそれを自分のものとして吸収し、3テイクくらい録ると出来てしまう、聖子チャンの消化力の凄さを絶賛していた。

 ただ現在、松田聖子チャンは、正当に評価されていない感じは、個人的にだが、する。
 ヒット曲を連発した大物アイドル歌手、という評価だけで、なんだか埋もれてしまっているような。
 私は松田聖子という人は、単に大物アイドルだけでなく、それまでのアイドルというものの既成概念をぶち壊した人だと思っている。 歌以外の影響力を発揮した点で、新しい時代の女性像を体現した人だ、と思っている。

 それでも、松本サンは80年代だけではないと語っていたが、個人的な感じで言うと、やはり元春サンが最初に指摘したように、現在のところ、聖子チャンの時代的なカテゴリーは80年代に限定されてしまっているような気がする。
 あまりにオーソリティになってしまうと、素直にその人を評価しようという動きがなくなってしまう、現在聖子チャンはちょうどその時期に当たっているのではないかと思うのだ。

 余談だが、この番組で流れた2008-2009年のライヴの模様も、個人的にはちょっとがっかりしたかな。 キイが下がっているのが。 キイを落とすなどというのは、プロフェッショナルな歌い手には、あるまじきことだと思うのだ(意見には個人差があります)(気を悪くされた方には、お詫び申し上げます)(後記 : この件は、コメント欄で細かく触れましたので、よろしければそちらをご覧ください)

 聖子チャンのシングル盤は、B面の名曲が多いが、松本サンはビートルズにならって、B面も手を抜かなかった、と言う。
 この記事冒頭で触れたが、松本隆サンが、はっぴいえんどの時代から流行作詞家としての変容を遂げた原因のひとつは、やはりこのビートルズのありようが、ひとつのきっかけになっていたことがあるようだ。 ビートルズは絶えず変化をし続け、自分たちのやりたいことを形にし続けた。 私は、そのビートルズの変化が松本サンに与えた影響を見たのだったが…。

 「なにも変化してない。 ビートルズっていうのは、質も量も高かった。 はっぴいえんどは最初から量を切り捨てて、ファンサービス一切ゼロ。 受けなくて当たり前で、最後のほう受け始めたら、それも居心地が悪かった。 松田聖子プロジェクトにかかわったのは、質も量も狙いましょう、と。 時代が追いついたんだと思う。 ある種はっぴいえんどの延長のことやってるだけなんだと。 大瀧サンひっぱり出して、細野サンひっぱり出して。 いまだに 『天国のキッス』 が最高傑作だと思っているのね」

 「なにも変化してない」 と言う松本サンにはちょっと違和感を感じたが、「自分の正しいと思うことをやる」 というはっぴいえんど時代の態度は、まったく変わっていない、ということなのだろう。
 それに、松本隆サンのつくる詞は、はっぴいえんど以降第1作目の 「ポケットいっぱいの秘密」(アグネス・チャン)から、ほとんどぶれていないと言っていい。

 「売れるモノをつくる」 という松本サンの姿勢を追求し続ける佐野サン。
 「いいものだから売れる」「スキルは重要。 語彙の多さも重要。 でも覚えたあとは忘れたほうがいい。 ハウツーで書いた曲はものすごく浅い。 ぼくはいつも真っ白で、そこがいいんだ」(主意)
 「時代を映す鏡ではありたいとは思うんだけど、松田聖子がこんな形で残っていくというのは予測ができなかったのね。 ある意味、時代と歌って関係ないんじゃないかなって(笑)。 なにが普遍か、っていうのを考えたほうが、逆にいいかもね。 時代を読んだり先読みしたり予測したりとかみんな考えるんだけどね、普遍的なものを作り出したほうが、売れるしお金になるっていう、ことだよね。 お金になるっていうのはさ、悪くとらないで、ものすごく現実的な評価だと思うのね。 マーケティングするとね、最初に作ろうと思った時から1年遅れる。 それより、自分のアンテナを磨いていれば、どんなに時代が変化しても、それに対応できる」
 「大衆に支持されている、大衆のなかに残っていく、っていうのが、もっとも重要なこと。 アカデミックにほめられることは、ぼくは頭から一切無視している。 だから、常に大衆だけだね、ぼくが気にしているのは」

 ここらへんの言葉が、流行作詞家としての道に舵を切った、松本隆という人の本質なのではないか、そう感じる。
 ただ、「大衆のなかに残る」 といった点で、いま私自身、松本サンの書いた詞のなかで何が残っているのかを思い返してみた時、あまり大した文句が思い浮かばない、というのは、ちょっと複雑な気持ちになったりする。 「タバコの匂いのついたシャツ」 とか、「都会の絵の具に染まらないで」 とか。 確かに、そこにはハッとするような気の利いたフレーズはあるものの、それ以上の深い思索をすることはできない。 印象的な情景が無限にちりばめられているが、松本サンの本音が、そこから聞こえてくることは、あまりない。

 大衆受けする音楽の、それが宿命なのかもしれないが、松本サンの本音が書かれた作品に、ちょっと触れてみたくもなる。 聖子チャンの曲一曲一曲に込められた、松本サンの言いたいこととは何だったのか、もっと突っ込んで触れてみたくなる。 ぼそぼそしたしゃべりのなかで、その本音をもっと訊き出したくもなった、今回の 「ザ・ソングライターズ」 だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月22日 (土)

今日は、多摩川花火大会です

 ローカルな話題ですが。

 今日は、多摩川の花火大会があります。
 二子玉川の兵庫島あたりと、川崎市高津区の河川敷で、毎年同時にやるんですけど。

 私の住んでいるところは、多摩川に面しているので、結構窓からきちんと見ることができます。 近年は見物客が飛躍的に増大している感じなので、私のところはもっぱら自宅見物です。 昔から見物客は多かったですけど、最近の見物客の多さは、なんだか異常。
 なのに、この花火大会、小一時間くらいで終わってしまう、結構しょぼいレベルのものです。 昔のほうが19時から21時までとか、盛大にやっていましたよ。 景気が悪くてスポンサーが集まらないのでしょうが、これだけお客さんが集まるのに、1時間じゃちょっとかわいそう、という気がします。

 今日の天気は、午後からひと雨きそうな雰囲気。
 昔から、多摩川花火大会は、雨が多いですね。 近頃ではそうでもないですけど。 大会運営委員の人に、雨男雨女がいるんじゃないかと、よく家族の話題になったものです。
 大会当日は、時報のように、12時、3時、もっとあったかな?、空砲が鳴ります。 これが、いやがおうでもテンションを上げてくる。 17時あたりからは環八から会場側は車両通行止めになって、にわか屋台があっちこっちで営業を始める。 玉堤通りも、今日だけは歩行者天国状態。 気分も盛り上がります。

 数年前までは河川敷でバーベキューをしながら花火見物したものですが、最近はちょっと厳しくなっているのかな? 相変わらずやっている人は見かけますけど。 なんか、さっき、9時くらいには、もう場所取りのシートが張られていました。 早っ! 私も5時前には、仕事を終わらせねば。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

「A-Studio」 唐沢寿明サン やっぱり突き抜けてる

 2009年8月21日 「A-Studio」 ゲスト唐沢寿明サン。
 一時期は、「利家とまつ」「白い巨塔」 など、テレビでよく見かけたものですが、最近は私の見るコンテンツの範囲内にちっとも入ってこないため、ちょっとごぶさた気味です。

 そしたら、結構舞台を中心に活動しているらしいですね。 しかも、相手は厳しいことで有名な、蜷川幸雄サン。 それじゃ、相当鍛えられてるんだろうなーと思っていたら、最初の舞台の顔合わせのあいさつで 「堤真一です」 とギャグをかましてしまって、エラく怒られた、とか(笑)。

 唐沢サンは、よくバラエティでお見かけするので、私なりに 「この人はエキセントリックな人だ」 という認識があるため、「堤真一」 のギャグはいかにも唐沢サンらしいな、と思って見ていたのですが、どうもその突き抜けたいたずら好きな性格は、小学生のころからの筋金入りだったことが、今回の番組で分かりました。

 問題の答えを分かった人?と先生から言われて、ふつう手を上に上げるか上げないかのどちらかなのに、横に上げて、「なにソレ?」 と訊かれて、「フツーです」 と答えたら立たされた、とか(笑)。
 授業中に 「ん~~~~~」 という、本人いわく 「超音波」 を出して、「誰なの誰なの」 という先生を尻目に、超音波を出しながら自分もきょろきょろ犯人を探すフリをしたり(笑)。
 それにしても、なんか、おぼろげですけど、自分も小学生低学年の頃、そんなイタズラをした記憶がかすかにあるんですが。 やけに、デジャ・ブぽい話なんですよ、唐沢サンの話。 ヘンだなあ~。 オレもやってたっけなあ~。 誰か友達だったっけな~。

 及川光博サン(ミッチー)と 「利家とまつ」 で初めて共演した時、いきなり 「おまえコレ(オカマ)?」 と訊いたそうで(笑)。 「いや、違います」「あ、そうか、じゃよろしく」(笑)。
 それから友達になったそうですが、家でファミコンばかりやっているひきこもり気味だったミッチーを温泉地なんかに連れ出して、性格を一皮むけさせたのは自分だ、という自負があるみたいですね、唐沢サン。 そのくせミッチーには 「自己中心的な人は結婚しない方がいいでしょう…ミュージシャン系のナルシストの人は無理でしょう」 と、ミもフタもない言いよう。

 いつも食事なんかで集まる 「唐沢軍団」 のメンツも、凄かったなー。
 上川隆也サン、伊藤英明サン、GLAYのTAKUROサン、そしてミッチー。
 こんなメンバーが一堂に会していると考えただけで凄い。 紅一点に田中美里サン。 女性から見たら、うらやましがられそうです。

 キャラクター的に、ガキ大将という雰囲気が、唐沢サンにはあるんだろうな。 一方で、あけすけにバンバンものを言いそうな感じがします。 その性格は人を選ぶかもしれないけれど、みんから 「兄貴分」 として慕われている…、今回の番組を見ていて、こんな自信満々な唐沢サンが、うらやましい気もしました。

 奥サンの山口智子サンについても、「かわいいですよ…最高です。 あのコはね、勉強するのが好きなんですよ…あのコの周りにはものすごい数の本がありますよ。 ぼくなんか本を読むとダメになる気がするんですよねー(笑)…まあね、違うものどうしがいるから夫婦は上手くいくんですよ」 と、絆の深いところを見せつけてくれました。 こっちもうらやましい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月21日 (金)

選挙報道および選挙特番にウンザリしてます

 選挙番組が好きでたまらない方々は、この記事を読まないのが賢明と存じます。

 国会議員を選ぶ選挙の季節になると、決まってテレビではある特定の 「話題の選挙区」「話題の人物」 にスポットを当てて報道する。
 昔から、このやり方には疑問を感じている。
 これはきわめて不平等な報道の仕方なのではないだろうか。
 公職選挙法に違反しないのだろうか?
 ○○党が劣勢、××党が優勢とかいう情勢分析も、その分析によって動く票があるということに、報道は気付かないのだろうか?
 マニフェストだけでじゅうぶんだろうと、私は思うのだが。

 また、選挙当日の夜のテレビは、大々的な選挙特番を組む。
 昔は、こんなに足並み揃えてやらなかった気がする。
 個人的な意見だとまず断らなければならないが、ウンザリしている。 大騒ぎしすぎ。 全局こぞってやる必要なんかないとも思う。

 選挙特番で流れる、候補者たちの悲喜こもごもの選挙戦VTR。 これも、見ていてどうもしらじらしい。 茶番というか。 や、この言い方、ちょっと過激ですか。
 でも、茶番としか思えないのは、候補者たちがいくら懸命になって選挙戦を戦っているのを流しても、どうせ頭を下げるのは選挙のときだけ、あとはなにをしてるのやら、要するに利権が欲しいからだろ、落ちてしまえばただの人だし、必死になって当選すれば、議員年金は入るし、いろいろオイシイし、…と考えてしまうからなのだ。
 これは、政治家の責任なのか、政治によって恩恵をこうむったという実感がなかった私のせいなのか。

 そこで考えてみたのだが。
 選挙前であれば、各候補者全員に同じ質問をさせ、その回答を全員ぶん報道するとか、そういうことはできないものだろうか。
 いや、それができるのはインターネットくらいなものか。
 テレビで瞬時に全候補者の紹介をするのは、不可能に近い。
 だがネットと言っても、使える人の数は限られている。
 ならば、今後は地デジのデータ放送で、万人が閲覧できるような、その選挙区選挙区の全候補者、または政党の、比較検討の表を見せる、というのはどうだろう。

 ともかく、利権が欲しくて仕方がない候補者たちの選挙運動をお涙頂戴のドラマに仕立て上げ、フライング覚悟で当選速報をいち早く出したがり、議席数ばかりをしつこくとりあげ、不確定な将来のことを当選者から聞き出して成果をあげた気になる、おバカな報道姿勢の選挙特番。
 どうにかしてもらいたい。

 言い過ぎましたか。 意見には個人差がありますが、気に障った方には、お詫び申し上げます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「任侠ヘルパー」 第7回 がんばりすぎないって大事

 「任侠ヘルパー」 第7回は、シングル介護問題。
 相変わらず、話が暗い。 ネタバレですが、ご了承ください。 ちょっと話をハートフルバード以外に絞ります。

 今回の介護される老人は、江波杏子サン。 かつて小学校の校長もしていたというほどの人の役。
 若すぎて、老人という感じがしない。
 この人、「Gメン'75」 なんかに出ていた昔は、あまり興味の持てない女優サンだったが、歳を経るごとにどんどん魅力的になっていく印象がある。 近年では 「ちりとてちん」 の演技など、おばあちゃん役を演じることが多いが、その歳にもかかわらず、色恋ものを演じても、まったく違和感のない色気を発散させている。 今回のように、介護が必要な老人、という役のほうが、違和感があるくらいなのだ。

 その江波杏子サンを自宅でひとり介護しているのが、西田尚美サン。 設定では、たぶん江波サンの小学校で、江波サンの生徒だった時期があるのだろう。 冒頭で、同窓会の友人たちから、江波サンのメッセージを期待されている描写があった。
 西田サンは、いかにも普通にいる女性の代表みたいで、個人的には好感度が高い女優サンだ。
 彼女は今回 「けなげ」 を絵にかいたような献身ぶりで、江波サンを介護している。
 その結果、がんばりすぎて、勤め先から解雇されてしまい、親子心中を図ろうとしてしまう(話、ずいぶんはしょってますけど)。

 西田サンが江波サンに包丁を向けたちょうどその時現れたのが、草彅クン。 まるでヒーローのようである。 しかし、ここではこうでなくては。 

 今回は、草彅クンがその心中を食い止めるところまでに至った、魂の成長ぶりというのが、よく描かれていた。
 それは、ちょっとした悲劇の兆しを見逃さなくなった、という点である。

 たまたまそれは、今回の話の序盤、西田サンの留守中に江波サンの介護を頼まれた草彅クンが、西田サンの部屋の目覚まし時計がけたたましくなったのを止めたのがきっかけだったのだが、江波サンのおむつを取り替えるためにセットされたその目覚まし時計の数の多さに、草彅クンはまず疑問を抱いたに違いない。
 そして、その時見つけた練炭と、睡眠薬。
 これがセットで置いてあることに、草彅クンは心中の兆候を見てとるのだ。

 不幸なことが起きる前にそれを食い止めようと、西田サンに直接話をすることもいとわない、草彅クン。
 以前であればメンドクセエ、と見て見ぬふりをしていただろうと思うと、事態の悪化を見ていられない、彦一(草彅クン)の人間的な成長を感じる。

 そして西田サンが解雇されたと知り、西田サンが江波サンを刺そうとしている現場に急行。 素手もって、それを阻止する。 しかも利き手。 痛そう…。 神経、切れちゃいますよ。 うーん、でも、カッコよすぎだなあ。

 結局たいようホームに江波サンはいったん預けられることになるのだが、そこで草彅クンが駄々をこねる江波サンに放ったセリフ。
 「いい加減、娘サンを卒業させてやったらどうだ…いい年こいてずっと生徒のマネじゃ、たまんねえだろ…先生も生徒もよ」
 これも、こども店長をまず江波サンにつけさせて江波サンの心情を探る、といった細かいことをやった結果、出てくるセリフなのである。
 いきなり感情任せにズケズケ自分の本音をぶつけない。
 成長したなあ。 彦一クン。

 かたや、練炭と睡眠薬をごみに出した(練炭は、バーベキューで使ってもよさそうなんだけど…笑)西田サン、路地の隙間から不意に花火が上がるのを見て、号泣するのだが、今まで我慢してきたことが一挙に流されるようなシーンで、名場面だなあ、と思った。
 がんばるのもいいけれど、がんばりすぎっていうのもよくないことなんだなあ。

 そしてラスト、江波サンからくさなぎクンへ、介護のご指名と同時に、ホームの人々からサプライズの誕生祝い。
 草彅クンの成長を、みんなが受け入れてくれている証拠ではないか。

 よかったなあ、と思ったのもつかの間、なんか次回は不穏な雰囲気。
 最初はさほどでもなかったけど、だんだんハマってきたぞ、このドラマ。
 草彅クンのエポックメーキングな作品になりそうな気がしてきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月20日 (木)

矢沢永吉サン、営業してます

 矢沢永吉サンが、ソロになって初めてのインストアライヴを行なったとか。
 インストアライヴというと、イメージ的には演歌歌手がミカン箱の上に登ってレコードを手売りしている情景を思い浮かべるが、新宿のタワーレコードで行なわれたそれは、抽選で選ばれた300人が観客の、規模の大きなもの。 永チャンのライヴとしては少人数なのだけれど。

 大手EMIを離れてインディーズレーベルでの再出発とあって、このところの矢沢サンは、大物には似つかわしくない、ドサまわりレベルの営業を続けている印象がある。
 その心意気にはしびれる。
 いつまでも 「成りあがり」 根性を忘れていない、「矢沢は裸一貫でいつでもやる覚悟ができている」、という精神力は、こちらも励まされる気がする。 本人にしてみれば、「まだ 『成りあがり』 なんて言ってんの」 という感じだろうけど。
 でも数年前、莫大な借金を背負うことになり、それを完済してしまったのも、その精神力のなせる技なのだろう。

 私は矢沢サンの曲を、シングル盤で発表された曲くらいしか知らない。 それでも、世間一般に思われている 「不良」 のイメージでクローズアップされにくいが、矢沢サンは、とてもすぐれたメロディメーカーだと考えている。

 それが評価されにくい原因のひとつに、矢沢サン以外の人が矢沢サンの歌を歌おうとすると、どうしても平板な印象になってしまうことがあげられる。 ふつうに歌ってしまうと、結構原曲から受け取ることができるカタルシスが、得られないのだ。
 試しに矢沢サンと同じように、思い切りデフォルメして、曲に対する思い入れを感情いっぱいにして歌ってみれば、矢沢サンの曲の魅力を、全身で感じ取ることができるだろう。 矢沢サンのヴォーカルに近づくのは、そうとう至難の業なのだが。

 どんなに静かな曲でも、矢沢サンのヴォーカルには 「気持ちがシャウトしている」 迫力がある。
 矢沢サンの歌は、限りなく自己陶酔の世界なのだ。
 これは、決して否定的な意味ではない。
 自己陶酔も、それを極めれば、万人を感動させるヴォーカルになる、という最高の見本だ、ということなのだ。

 新しいアルバムの題名は、「ROCK'N'ROLL」。 シンプル極まりない。 原点回帰、ということだろう。 59歳ということだが、矢沢サンの疾走は、永遠に続きそうだ。 (…なんか、どこかの「何とかニュース」 みたいな締めくくり方ですなァ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月19日 (水)

NHK人形劇の復活 「新・三銃士」

 NHK教育テレビで、10月12日(2009年)から 「新・三銃士」 という人形劇が始まるらしい。

 幼いころから 「ひょっこりひょうたん島」「空中都市008」「新八犬伝」「真田十勇士」、いい大人になってからも 「三国志」、といったNHK人形劇に夢中になった私としては、なんだかワクワクする話である。

 しかも脚本が、三谷幸喜サン。 私は三谷サンは、脚本家のなかでいちばん実力がある人のひとりだと思っているので、いやがおうでも期待してしまう。 私の好きな女優サン、貫地谷しほりチャンも声の出演するらしいし。
 三谷幸喜サンは発表会見で、やはり自分もNHKの人形劇に夢中になった世代で、いつかはNHK人形劇の脚本をやりたかった、とのこと。 同世代として応援いたします。 拝見させていただきます。

 井上文太サンが担当したキャラクターデザインのイラストも見てみたが、ちょっとデフォルメききすぎているかな、という感じ。 コンセプトとしては、「ひょっこりひょうたん島」 に近いかな、と思わせる。
 個人的には、辻村ジュサブローサンや、川本喜八郎サンのリアルな人形のほうが好みなのだが、話が面白ければ問題ないだろう。 まずは、出来上がりを楽しみにすることにしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「火垂るの墓」 反則技の応酬

 今年もまた、日テレではお盆の時期に 「火垂るの墓」 を放送した。 ここまで執拗に放送されると、これしかないのか、という気分にもなるのだが、この作品は、今現代人がいちばんとっつきやすく触れることのできる貴重な戦争追体験映画なのだ。 その存在意義は大きい。

 高畑勲監督は、この映画で究極の反則技を繰り出している。
 それは、主人公の妹、節子を、思い切りかわいくあどけなく作り上げていること。
 子供と動物には勝てない、という見る側の心理状態を、思い切り突いてくるのだ。
 その結果、原作にそこはかとなく漂っていた、近親相姦の匂いも見事に消えている。
 そして、節子カワイソウー、という感想の陰で、主人公の少年の哀れさ加減が、原作以上に強調される気がする。

 その反則技を容赦なく繰り出すことで、見ている側はまるでこの映画を、トラウマのように感じてしまうことになる。
 結果、戦争というものはしちゃいけない、という心理状態になる。
 見事に、高畑監督の思惑通りになる、と言っていいだろう。

 この映画が、戦争が子供たちに与える悲劇を強調しているのと同時に、もうひとつ強調しているのが、戦争によってすさんでいく大人たちの感情だ。

 兄妹を引き取った家の女房が、兄妹の両親の遺品をこっそり質入れしたり、泥棒を犯した兄を情け容赦なく袋叩きにしたり。 映画の冒頭では、なにも知らなかったにせよ、わざわざ駅構内の掃除夫(?)に、節子の遺骨の入ったドロップ缶を捨てさせている。 よく考えてみれば、缶カラなんか放っておかせればいいし、こんなことする必要なんかないのであるが、あからさまに掃除夫に捨てさせることで、悲劇はいっそう強調され、大人たちの人心の荒廃も、強く見る側に印象付けてくる効果を生んでいる。

 大人たちがこんなていたらくだから、主人公の少年も空襲に紛れ込んで盗みをはたらくようになるし、大人たちから遠ざかって、穴ぐらで暮らすようにもなる。 私はこの映画を最初に見た時、号泣しながらも主人公の少年のあまりの無責任さにちょっとムカムカしたものだが、重ねて見ていくたびに、それ以上に大人たちの冷たさ加減にムカムカするようになった。 そりゃ、食うや食わずの生活をしていれば、気持ちに余裕がなくなるのは当然だが、それを当たり前みたいに決めてかかっていることのあさましさが、ムカムカするのだ。

 本当に恐ろしいのは、今は大変なご時世だから自分のことしか考えなくて当然、と考えてしまう、その心理状態にあるのではないか。 それは、現代にも通じている話、でもある。

 年を経るごとにこの映画に対する感想が変質していくことに、自分自身驚いてしまう。 この作品は、いろんな見方を見る側に提供する、非常に奥の深い作品だと、言わねばならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月18日 (火)

「恋のから騒ぎ」 民謡チャン、方針転換ですか?

 このところの 「恋から」 は、一頭抜け出し状態だった民謡チャンに、PTAチャンが大外から一気に追いついたような恰好。

 そのせいで焦ったのか、民謡チャンは8月15日(2009年)の放送では、「ウソ話」 を否定せずに最後に 「ウソです」 とオチをつける方向に、方針転換しているような印象を受けました。

 なんだかこういう展開は、毎年よくあるんですが、から騒ぎメンバーの大変さを、個人的にはこんなところから感じ取ったりもするのです。

 最近目立つPTAチャンにしても、Sキャラで通そうとしたけれども実は結構 「かまって下さいよ~」 という願望があるみたいだし、腰フリダンスを披露した時には、自分で自分が分からなくなっているような言動もしてましたよね。

 自分のどういう姿が世の中に受けるのかどうかは、自分の決めることではないと、私自身このブログですごく実感してます。 ウケるために自分的には考えられない行動をとってしまうのは、彼女たちだって同じだと思うのです。

 それにしても、方針転換した民謡チャンの話は、どことなく目が泳いでいて、話的にもウソっぽくて、民謡チャンらしくないなあ~、と感じたのは事実。
 つまり、私の個人的感想で言えば、今までの民謡チャンの話にはウソはなかったように思える、ということなんですよ。
 六本木で会ったビリー・ジョイトイ(笑)にしても、名前は作りだったかもしれないけれど、ビリーまでは本当のような気がする。

 まあそれが本当かどうかはつまるところ別にいいんですけど、民謡チャンがヘンな方向に壊れていかないよう、祈っています。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「官僚たちの夏」 第7回 政治家の信念

 「官僚たちの夏」 第7回は、国内産業保護法案をめぐる攻防。

 このドラマ、話が難しすぎるのと、選挙を控えたこの時期に放送することの意図を嫌われているせいか、視聴率は 「こち亀」 並みに低い。
 いや、話が難しすぎるんだろうな。
 「社会派のドラマ」 という形容詞は、「難しくてついていけません」 と同義だったりするから。

 もったいないことだ。
 交わされる内容は難しくても、それを抜きにした次元で、ちゃんとエンターテイメントとして、ドラマのスタッフは完璧なものを作り上げているというのに。
 このドラマは、現在の民放テレビの 「良心」 だと私は思う。
 芸術祭に参加しなくても、こういうレベルの連続ものを普段からちゃんと作り続けていれば、日本のテレビは世界に誇れるように、必ずなっていくはずだ。

 もちろん視聴率がいいに越したことはないが、それとは別次元の価値があってもいいと、私は思う。
 ただそう思ったうえで言いたいのは、今回主人公の風越(佐藤浩市サン)たちが必死になって推し進める国内産業保護法(実際には 「特定産業振興臨時措置法」)が、具体的にどのポイントで国内産業を保護し、どのポイントが銀行や経済産業界に嫌われているのか、もうちょっと分かりやすい形で示せなかったかな、ということだ。
 この法案自体、国内産業を外圧から保護してくれるという法案だというのに、当の産業界はどこが気にくわぬ、というのだろうか。

 ドラマでは、池内総理(北大路欣也サン)と片山(高橋克典サン、悪役に磨きがかかってまいりました)、毎朝新聞の記者との結託による恣意的な情勢操作、また佐藤B作サン(田中角栄サンでしょうかね)の風越に対する対抗心、嫉妬心を描きながら展開していった。
 そして、事あるごとにムカつく対応をする帝都銀行の頭取が、法案説明会で激昂する風越に向かって 「これじゃ戦前のファッショと同じだ」 みたいなことを言う。 これがきっかけとなって、風越に対する風当たりが一挙に強まった、という描き方をしていた。
 しかし、現実には官僚による国内産業の統制だとか、産業界が反発するに足るきちんとした理由も、この法案の内容には隠されていたのではないのか。

 や、自分で書いてて思いましたが、難しいっスね、私の話自体も。

 ドラマではでも、ちゃんと産業界が反発する理由も、ワタシ的には不満も残ったが、それなりには説明していたと思う。
 作り手が、もっと重点的に表現したいのは、「パワーゲーム」 のほうだろう。

 このドラマを見ていると、池田勇人氏と佐藤栄作氏の虚々実々の駆け引きや、田中角栄氏のメンツや行動力(「コンピュータ付きブルドーザー」 とか言われてましたよね)から、政治家の 「大物」 ぶりが浮き彫りになってくるのがよく分かる。
 とくに今回北大路欣也サンが佐藤浩市サンに向かって放った言葉。
 「返り血が怖くて一国の総理が務まると思うのか」。
 本人が実際にそう言ったかどうかは別として、このドラマで描かれる政治家たちは、この言葉に象徴されるように、自分なりの信念というものを揺るがせにしない。
 周囲に反対されたら我慢できなくてさっさと辞めちまうような腰抜け政治家は、ひとりとして登場しないのである。

 だがそれでも、ドラマの中で、現在の情けない政治家につながるような萌芽がみられない、ということでもない。
 長塚京三サンが 「政治家が、信念よりも損得を考えるようになったら、国は滅びます」 と言うのに、「そこがキミの甘いところだ」 と派閥のトップにかわされるシーンがあった。 損得に流されっぱなしなのが、今の政治全体ではないのか。

 物語は風越たちの敗北に終わり、法案は廃案、風越は船越英一郎サンと入れ替わりで特許庁へ飛ばされることになる。
 風越と次官の丸谷要(西村雅彦サン)との別れのシーンで、西村サンが佐藤サンの言葉に 「そんな優しいことを言ってくれるな」 と答えるのには、結構グッときた。 風越の猪突猛進ぶりに反感を抱いていた牧(杉本哲太サン)が、ラストで船越サン一派に乗り換えたのは、ちょっと残念だったなあ。

 それにしても、次回から第2部、とのことだったが、前回のブログでも書いたけれども、急ぎ足でやらないで、もうちょっと回数増やしてていねいにやったらいいのに、と思うばかりである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月15日 (土)

「タモリ倶楽部」 首都高大橋ジャンクション・前後編

 「タモリ倶楽部」 は2009年8月7日・14日深夜(一部除く)の2回にわたって、現在建設中の首都高大橋ジャンクションの工事現場を歩くシリーズ。

 国道246の池尻大橋駅あたりから、なだらかな坂、なに坂っていうんですかね、江戸時代からこの坂は大山街道の心臓破りポイントだったとか、その坂にくっつくような形で、大きいドーム状のものが、いま建設中です。
 反対がわには、大きなダクト。
 でっかくて、新たな観光名所、まではいかないが、話題くらいにはなりますかね。

 近所じゃありませんが結構通ります。 このジャンクション、構造物自体が大きいので、結構周辺に住んでいる方たちは、今までの景色が遮られちゃう場合が多いように、はた目には思うんですけど。
 それともこの新しい構造物が見えるのが、結構おしゃれになるのかな。

 まず山手通りの松見坂交差点のあたりから地下60メートルに潜る一行。 「ダンプがこの穴に突っ込んできたら大変なことになるね」 とタモリサン。 こういうむき出しの階段を降りていくのに、安全帯、よーするに命綱は工事現場には必須なんですけどねえ。 見学者は、別にいいんですかねえ?
 この時点で、近くの地下を走っている、東急新玉川線との位置関係が気になります。
 結構近いんじゃないのかなあ。
 まあ、タモリさんの話じゃないけど、ダンプがどこかに突っ込んで新玉線と激突!なんて事故が、将来起こる、…なんてことはないんだろうと思いますけど。
 立抗入場者をタッチパネルでコンピュータ管理、出口と入口が違ったりするからこうしなきゃいけないらしい。 

 松見坂のほうから、実際に将来車の走る方向とは逆の道のりで、一行はついに大橋ジャンクション入口に到着。
 立体交差する首都高と交わるために、ここのジャンクションではぐるぐる2周半、回らなければいけないそうです。 なんか目が、…回るわきゃないか。 でも、速度調整で結構神経使いそうなポイントになりそうな気はしますけど。
 大型車を出し入れするためのエレベーター、「床板運搬台車」 と書いてある車が載っていたんですが、その横に 「(青戦車)」 と書いてあるのを、なだぎ武サンが指摘。 「あれはどういうことですか?」 案内のオニーサンも分からなかったらしいですか、どうも理由は、「ただ青いから…」 ということだけとのことです(「東京SMOOTH Diary 首都高オフィシャルブログ」 参照)。 実際にこの車、キャタピラがついて、ホントに戦車みたい。

 このジャンクションで徹底してるな、と思ったのは、通気口のダクト。
 ループの内側のスペースに、浄化設備を当てていたり、別にこの周辺の交通量がもともと多いんだからここまでしなくたって、…まあ、坂道を増やすわけだから、大型車の排気ガスとか考えると当然ですかね。

 トンネルを抜けて、首都高との連結部分が見渡せる部分は、テレビ的にはおいしいビューポイント。
 ただ、やはり気になるのは、テレビ出演者の皆サンが、みんな安全帯をしていないところ。 首都高とほぼ変わらない高さだというのに、命綱なしに、真下を見降ろしたり。
 危険ですよ。 建設業界の皆サン、どう思います? (2009年8月28日追記 : などと書いていたら、モルタルを下の3号線走っている車30台ほどにぶっかけちゃった、などということをやらかしたようです、ここの現場。 安全衛生がきちっとしていないと、こういうことになる)
 ジャンクションの最上部分、将来的には公園になるという場所も、なんだかいい加減高い所すぎ、という感じがしないでもない。 どうやってみんなあそこまで登るんでしょうかね? 落下防止も相当厳重にやらねば危ない気がするし。

 実際の話として、これが完成すると、なんだか車の流れ的には、中央環状線に流れる3号渋谷線上りの車の流れは分断されそうです。 これはいいことなんですがね。
 でも、新宿方面から合流してくる車で、東名に向かう渋谷線下りは、今まで以上に混みそうな気もするし。 しかも、合流してくるんですから、危険ポイントがまたひとつ増える、っていうか。 どっちかっていうと、池尻あたりで合流しないで、用賀あたりから中央道、関越道につながるルートでも、できればいいと、個人的には思ったりします。

 どうもタモリサンたちみたいに、手放しで喜んでていいのかなあって、いつも用賀出口を利用しているものとしては、思ったりするんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「風の絵師」 第8-13回 御真画師の顛末

 どうしてもネタバレになってしまいますが、ご了承ください。

 このところちょっと見るのをサボっていた 「風の絵師」。
 第8回から11回までは、王様の細密な肖像画を描く作業、「御真画師」 について、「起」「承」「転」「結」 の4回にわたってやっていたので、一気に見ようと思ったために、見るのがお盆休みにずれ込んでしまった。
 ところが実際にはちっとも 「結」 で 「結」 にならず、13話まで、約5時間近くにわたって一気に見る羽目になってしまった。 面白すぎて困る。 ちょっと展開が読めるところはあるけれど。 だからと言ってこのドラマの評価を下げる理由にはならない。

 「御真画師」 の選抜でキム・ホンドたちの刺客として清から呼ばれたのが、「チャングム」 の王様、イム・ホサン。 やたら口が悪くて、ワルモノの様子。
 この人、「テジョヨン」 でも悪者みたいな役をやってたけど、どうにも演技がさわやか過ぎて、根っからの悪者になり切れない、というか。 そこがいいんだけど。 最後には、憎まれ口を叩きながらもキム・ホンドに大切な忠告をしていくし。 いいヤツだよなー。

 選抜試験の課題は、実際に人物を見て描かせるのではなくて、その人の特徴を聞いて描かせる、という、犯人の人相書みたいな課題。 メガネをイム・ホサンに壊されて絶体絶命のキム・ホンド、弟子のユンボクに顔の部分をすべて任せる。
 ユンボクはその特徴から、その人の顔を昔のテリー伊藤サンみたいにロンパリに描いて選考員たちの不興を買うのだが、実際に出てきたその画題の人は、ユンボクの描いた絵に瓜二つ。

 ここらへん、先に述べたように、結構予想のつく展開であるが、キム・ホンドを陥れようとしている連中の憎々しい演技がうまいので、ついつい引き込まれてしまう。
 なにしろ、その連中の、絵をけなす理由と、それに対抗するキム・ホンドの言い分が、美術に興味のある者なら引き込まれてしまう内容なのだ。 これがいい。
 そしてそのせめぎあいや、キム・ホンドとユンボクの精進の様子を見ていると、西洋美術に対して写実性に乏しいと個人的に思っていた中国、朝鮮系の絵画が、いかに精緻にこだわり、さまざまな知識の集積から生まれたものであるか、というのが分かる。
 物語の弱さを、こうした細部にわたる予備知識によって、克服しているのだ。

 そして王様の肖像を描く段になって、今までのしきたりを一挙に塗り替えるポーズを、王様はとる。
 そのしきたりの意味を知ったり、御真画が描かれていく過程を見るのが楽しい。
 その過程で、また敵対する連中によって顔料が変色してしまう危機に見舞われるが、ユンボクの兄ヨンボクの尽力によって、事なきを得る。

 このことは、のちのち物語を大きく変える原因になってしまうのだが、その絡ませ方がまたすごい。
 顔料を見事作りおおせたヨンボクと、ユンボクが抱擁しているところをキム・ホンドが目撃して、ユンボクが女なのではないかというかねてからの疑念をさらに深くするところ。
 その時顔料を作りすぎたせいで、ヨンボクが毒気にやられて死んでしまうところ。
 御真画が完成した時に、その兄が自分の命を投げ出して作った顔料をけなされたことで、ユンボクが怒りのあまり御真画を破ってしまうところ。
 この物語の進め方はさすがだ。 ただ、実際に描いたであろうその御真画、破いてしまうには誠に惜しい精密さだった。

 王様が大臣たちにカマをかけて、御真画を破ったユンボクの罪を不問にしてしまうところなどは、またまた読めてしまったが、結局ユンボクはキーセンのチョンヒャンの旦那のおつきの絵師になる、というこの展開も、なんとも先が見たくなるではないか。

 ただ、この期に及んでどうしてユンボクが女を隠し続けるのかとか、キム・ホンドは本当に親友と師匠の恨みを晴らすつもりはあるのかとか、よく分からないことがいろいろある。
 困ったな。 またいったん見たい気持ちを封印して、あとで一気にまとめてみようかな。 これじゃ毎週月金の放送でも、先が気になってしょうがなくなるから。

当ブログ 「風の絵師」 に関するほかの記事
第1回 久々に期待できそうな韓国ドラマhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0a76.html
第2回 絵を描くこととはhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/2-253f.html
第3回 自分に掌破刑!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-e51d.html
第4回 ドリフの大爆笑みたいだった?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0635.html
第5-7回 なぜ女が女に惹かれるのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/--573e.html
第8回-13回 御真画師の顛末http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/8-13-e110.html
最終回まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-a6bc.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月14日 (金)

たぶん

結論しか話そうとしない連中と議論をすることは
たぶん 間違っている

それがいくらいいことだと自分ひとりで思っても
それがたとえ誰から見ても正しいと思われることでも
押しつけようとした瞬間から
たぶんそれは 正しくなくなる

他人の心の痛みを分かろうとしない正義は
たぶん 罪悪になる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

砂丘

  砂丘


抱きしめたあとに残るむなしさよ
もとめていたものがそこにないとき
もっともとめようとし
やみくもにもう一度 おまえの心の奥底まで
抱きしめようとし
そしていやおうなく
おまえが別の世界の人間であることを知る

砂漠のなかに埋もれゆく錆びた電車たち
砂に埋もれた大勢の魚たちがそこから飛びたち
記憶はすなわち幻覚となり
幻覚は蟻じごくとなっておれたちをのみこみ
砂にまみれてたどり着いた底には
大勢の日本人が
おれたちに理解のできぬ
途方もない昔の日本語をしゃべっている

おれたちはべつべつに
そらぞらしく ただ 笑うしかない






  愛欲


味気ないドライヴ
味気ないレストラン
下らない会話なんか
全部ガキ共にくれてやる

おれの何を求めている
おれのどこが好きなのか
空気のような存在?
価値観という歯車?
回り続ける観覧車?
きらびやかなメリーゴーランド?
脳みそがひっくりかえるようなジェットコースター?
鏡の国のアリスにでもなりたいのか?

ただ会えるだけでいいと思っていた昔
おしゃべりができればいいと思い始めた頃
好きになってくれさえすればいいと思い始め
自分だけのものになってくれればそれでいいという考えに変わり
永遠に愛してくれたらそれだけでじゅうぶんだ
と思うようになる
「それだけ」 っていったい何なのだ?

相手のことばかり想いながら
相手のことなど これっぽちも考えていない

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「任侠ヘルパー」 第6回 暗い話だよなあ、毎回

 「任侠ヘルパー」 第6回は、老いらくの恋。
 ミッキー・カーチスサンが初恋の女性にぐーぜん施設で再会する、というのは、やはりドラマによくあるパターンで。 それまで施設の女の子誰かれ構わずオシリをなでまわしまくっていた(うらやましいのう)ミッキーサン、とたんに恋に一直線モード。 おちゃらけと本気のスイッチの切り替わり方が、うまいなあ、と思う。 本音で話していても、冗談めいた話を混ぜ込むところなんか、とてもうまい。
 ミッキー・カーチスサンって、そりゃお世辞にも名演技者とは言えないかもしれないけど、実に味があるのだ。 泉谷しげるサンにしてもそうだが、ミュージシャンには、演技に対する独特のカン、というものが備わっているように見える。

 そして今回、もうひとつの物語の柱は、極道ヘルパーの一員、宇梶剛士サンの恋だった。
 恋、と言っても別れた奥さんにまだ恋している、というものだけれど、それっていいじゃないですか。
 その宇梶サン、自分の恋心とミッキーサンの恋心をダブらせていたが、山本裕典クンが老人の恋愛をにべもなく否定するのを聞いて、彼に殴りかかったりして大暴れ。
 これ、すごかったなあ。 宇梶サン、それまでいちばんおとなしかったのに、さすがその筋の人である。 やるときゃどいつもこいつもブッ飛ばす! 草彅クンもいったんはやられたが、さすがに王者の貫録、というか。 草彅クンが、いちばん喧嘩が強かった!

 ところがこのふたつの恋とも、最後は悲しい結末に終わる。
 暗いなあ、話が。 毎回。
 それなのによく視聴率がついていっていると思う。 毎回。
 結局この世界から足を洗えなかった宇梶サンが、ホントに幸せなのかどうか、っていうのも分からないし。

 ところで今回、そのふたつの恋と並行しながらだんだん膨らんできたように思ったのは、黒木メイサチャンの草彅クンに対する恋。
 仲里依紗チャンとの恋愛談議は、暗い話のなかで唯一笑えたやりとりだった。 すごみながらも、草彅クンが夏川結衣サンと話をしているのが、気になって仕方がない様子だし。 ここらへんのメイサチャン、ツンデレになりたくってなりきれないふうで、結構カワイかったりする。 タバコを吸えないのか、草彅クンのタバコをとりあげてゲホゲホやったりして。 「まじい」 とか。

 それにしても、若年性認知症は、頭がクラクラしたりするものらしい。 夏川結衣サン、いつもよろけているので、認知症とめまいは違うんじゃないかと思って調べてみたら、初期症状にはめまいも含まれる、とのこと。 精神的な起伏がなくなってくるので、うつ病と間違える人も多いらしい。 結構怖い病気です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「5LDK」 貫地谷しほりチャンの行く末が気になる

 下らない話かもしれませんが。

 「5LDK」 という、TOKIOの30分番組。
 2009年8月13日のゲストは貫地谷しほりチャンと永井大クンだったが、まずこの番組についてちょっと書きたい。

 この番組、「メントレG」 と、何か違うのだろうか?
 詳しいことは分からないが、もともと金曜日の23時からやっていたTOKIOのこの番組、私は結構好きでよく見ていたのだ。
 特に、ゲストの食べたい料理を当てるコーナー。
 国分太一クンだけがエラクうまそうに毎回食べるのが、見ていて面白かった。
 それが 「あるある」 事件を受けて日曜21時に1時間番組として 「昇格」 したのだったが、見たい番組とバッティングしまくっていたので、時間が移動してからは、ちっとも見なくなった。

 そのあげく、短期間で番組終了。
 見なかった立場でこんなことを言うのは大変おこがましいが、どうして金曜23時で長いことやっていた面白い番組が、こういとも簡単に終わってしまうのか、なんだか残念だったし、やはり30分番組でちょうどよかったのではないかとも、思ったりしたものだ。

 その終了後、今度は木曜の23時から始まった、この 「5LDK」。
 「メントレ」 と内容がほとんど同じなのに、肝心の食べたい料理を当てるコーナーが、ゲストの手料理を食べさせるみたいに変更になってしまっていて、これがあまり面白くない。
 予算の関係だと思うが、かえってゲストの話を30分聞いていた方がいいような気がする。 TOKIOのメンバーは、実に聞き上手が多いと思うのだ。

 で、今回のゲスト、貫地谷しほりチャンと永井大クン。

 ふたりとも、なんとなく見ていて危うい気が、いつもしている。 特に永井大クンは、俳優としてこれからどんな展開を目指しているのか、うかうかしていると新しい波に飲み込まれてしまいそうに見える。 大きなお世話ですね。 ハイ。
 その永井クン、空手道場をしていた、写真で見るとまるでその筋の人みたいなお父様に、小さいころから空手を習っていたそうだ。 「新空手バカ一代」 では船木誠勝サンなんかとほとんどガチンコの組み手をしたらしくて、あまりの手数の多さに戸惑いまくった話は面白かった。

 で、永井クンはいいとして(失礼)、ようやく本題の貫地谷しほりチャンの話。

 「風林火山」「ちりとてちん」 というNHKのドラマで知ってから、個人的に応援している女優サンなのだが、永井クン同様、NHK以降のしほりチャンはどうも危うい気がする。 いや、彼女ばかりでなく、NHK朝の連ドラに出ていたヒロインたちは、誰しもそのあとが大変なのだけれど。

 それはそうと、「ちりとてちん」 の明るい演技でだまされそうだが、私はこのコは、とても神経質なコなのではないか、と思っている。
 それを強烈に印象付けたのは、「スタジオパークからこんにちは」 にこのコがゲストで出演した時だった。
 「ちりとてちん」 の共演者たちからもらった寄せ書きをNHKの男のアナウンサーが不用意に見せてしまったことに、しほりチャンはとても気分を害していたように見えたのだ。 いくらプライベートなことが書いてあるにせよ、ほんの一瞬見せただけで相当傷ついた様子だった。 どんなものかと思って録画したやつをストップさせてズームアップして見てみたが、別に大したことは書いてなかった、…と思う。

 その 「ちりとてちん」 以降に彼女が出たドラマは、「あんどーなつ」 をはじめとして、何となくはじけてなくて不満なのだ。 「スタジオパーク」 の一件を、私が気にし過ぎているせいもあるかもしれないけれど。 「ブザー・ビート」 の役作りなのか、髪の毛を染めている彼女も、何となく個人的にはちょっと…、って感じ。
 やっぱり、「ちりとてちん」 の彼女が、魅力的過ぎたんだろうな。 ドラマ自体も大傑作だったし。 そのイメージを、私自身が追い求め過ぎているんだろうな。

 いずれにせよ、民放のドラマに放り出されて危うげに見えていたしほりチャン、来年の大河ドラマ 「龍馬伝」 ではNHKに里帰り?するみたいだ。
 彼女が女優として、自分の個性を発揮できる場所を見つけることを、陰ながら願っています。

 ところで 「5LDK」 でしほりチャンが作った 「簡単おやつポテトグラタン」。

 ジャガイモをスライスして揚げて、出来上がったポテトチップスに、ケチャップとチーズをのせてオーブンで焼く、というもの。

 なんか、カルビーの 「ピザポテト」 を買ってきた方が、早いような気がするんですけど(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月13日 (木)

第3世代の 「時をかける少女」

 細田守監督の 「時をかける少女」、日テレのキッズウィークとかいうので見た。 初見。

 なぜ見る気になったかというと、「サマーウォーズ」 という映画が最近話題だから。
 正直なところ、細田守サンという人には、最近までちっとも興味がなかった。 だが、アニメアニメしていない作風がいいとかよく噂で聞くので、ちょうど気になりだしていたところだった。

 初めて見た感想を言えば、アニメとしては、実に写実的な絵の動きをさせる人だなあ、ということ。 例えば主人公の女の子、真琴のピッチングフォーム。 女の子がボールを投げるしぐさを、よく観察している。 そのほかにも、登場人物たちが、実際に 「重さのある」 物体であることを、きちんと表現できている。 これは、手法的には高畑勲監督の 「おもひでぽろぽろ」 とか、「火垂るの墓」 の写実性に近い。 主人公たちを動きで見せるというのは、個人的には、好きだったりする。

 それから、丁寧な作りは、背景画にも言える。 あまりうますぎると、動画を食っちまうものだが、ギリギリの線を保っている気がした。 CGの使い方も、手書きの絵と結構しっくり絡んでいて、嫌気をさすほどのしつこさになっていない。

 技術的なことはここまでにして、実際のストーリーはどうか、という点になると、結構突っ込みどころ満載のような気はする。 だがタイムトラベルものだから、多少の混乱はつきものだ。 それはテンポの良さでカバーしている。
 この物語で作り手がいちばん訴えたいことは、「今言わなければ後悔することは、今言わなければならない」 という、単純なようでいてなかなかできないことだ。
 特に青春時代、とりわけ恋愛に関しては、言えなくて後悔することの連続だ。
 ここを押さえないと、繰り返される物語のアラ探しみたいな鑑賞態度になってしまうことだろう。
 でも、その繰り返される話の面白さに酔ってしまう、というのも面白いかな。

 それでも、真琴のおばさんである芳山和子が、「タイムリープ」 にいきなり深い理解を示しているのは、「なんじゃこの人?」 と思ったりしたことは確かだ。
 ここで、この芳山和子という人が、筒井康隆氏の原作の少女だったことは、この作品内ではちっとも触れられない。 最後に匂わせはするが。 この話は最初の段階でもっと匂わせるべきだっただろう。 説明不足、というやつである。 こういう、分かる人はニヤリとする、みたいな演出は、おばさんの人とナリを理解するのを妨げる点で、感心できない。

 細かい演出において詰めが甘いと思わせるところはあるが、総じてこれまでの 「時をかける少女」 に比べてテンポがよく、現代的なアレンジも効いていて、上質なアニメ作品として完成されていた。
 なにしろ、原作とは別物で、原作の少女が今回の主人公のおばさん、という設定でありながら、話が全く別物ではなく、理科の実験室でタイムスリップしてしまったり、時間を止めてしまったりというところはおんなじだ。 そのたびに、私はなつかしい気持ち、原作に出てくるラベンダーの香りに、再び触れたような気がしていた。

 「時をかける少女」 という作品は、1965年に発表された、息の長い作品である。

 この作品に触れた第1世代は、NHKの少年ドラマシリーズで改題して放送された、「タイムトラベラー」 を見た世代であろう。 主人公の芳山和子は、浅野真弓サン。 カワイかったなー。 続編もつくられたが、こっちは筒井サン原作ではなく、NHKの石山透サン。 原作以上に派手に時間を飛び回っていた。
 私は実際にテレビを熱心に見ていないながらも、世代的にはこの世代に属する。 鶴書房の 「時をかける少女」「続・時をかける少女」 を夢中になって読んだ世代だ。

 この作品に触れた第2世代は、大林宣彦監督・原田知世チャンの角川映画を見た世代、と言えるだろうか。
 原田知世チャンは、新感覚のキュートさを持ち合わせた、新しい時代のアイドル、という印象を、見る側に強く焼きつけた。 ユーミンが作った 「時をかける少女」 をザ・ベストテンで歌うたび、「愛は輝く船」 の 「ねー」 の部分でいつも声が裏返っていたことを思い出す。 どうでもいいか。 尾道の風景が原作に溶け込んで、また別の世界を見せてくれたものだ。

 ほかにもいろいろこの作品のリメイクはあった気がするが、細田監督がこれから大監督に成長していけば、このアニメ版 「時をかける少女」 は将来的に見て第3世代に属することになろう。
 それほど、この作品のクオリティは高かった。
 青春の後悔(あえてユーミンの話の流れで言うと 「青春のリグレット」…笑)をこんなに切ない形でアニメに昇華させている手腕は、素直に凄いなあと思う。

 今後も期待していいですかね? 細田監督。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月12日 (水)

日航機墜落事故から24年

 1985年8月12日は、自分が物心ついてからいちばんショッキングな出来事の起こった日だった。
 日航機墜落事故である。

 浅間山荘は確か小学2年で、それがどんなに大変なことかも分からなかったし、三菱重工爆破事件なんかも、すげえーとは思ったが、衝撃を受けるまでの情操が、まだなかった。 いまでは三菱重工爆破事件など、顧みられることすらない。

 毎年この時期になると、御巣鷹山に登山する遺族の方々の様子がニュースになるが、これほど長期にわたってそれがニュースになるというのは、いかにこの墜落事故が重大だったかを物語っている。
 だがその登山の様子だけを見ていたのでは、若い世代の方々にはピンとこない向きもあるのではなかろうか。 ぜひネットで調べて、この事故の全容を知ってもらいたいものだ。

 私はその時間、ちょうど日テレのアニメ 「ダーティペア」 を見ていた。 ウィキペディアによると、テレビでいちばん早い第一報が流れたのは、どうやらこの 「ダーティペア」 の番組中だったようだ。
 これは、ちょっと私の記憶と違う。
 私の記憶違いかもしれないが、「羽田を発った日航機にトラブルが起きた」 というニュースを知ったのは、もっと前である。 午後6時半くらいだった気がする。 つまり、異常が起こってから15分くらいで、私は第一報をテレビで見ていたことになる。
 「ダーティペア」 を見始めた時はすでに、その動向がどうなっているのか、とても気になっていた覚えがあるのだが。
 ウィキでの 「第一報」 というのは、墜落のニュースが入ったということかもしれない。

 それからは、1週間以上、テレビ局は特別編成になった。 今のニュース主体の基準から考えると、大したことがないレベルだったかもしれないが、こうしたことはかつて見たことがなかった。

 この事故の何が衝撃的なのかというと、最初の機体損傷が起こってから40分もの間、乗客たちが死の恐怖と闘い続けた、ということである。 その機体損傷により、機体はほぼ、操縦不能状態に陥った。 激しく乱高下する機体のなかで、乗客たちが何を考えたのか。 それを如実に語ったのが、乗客たちが遺した遺書である。

 このぐしゃぐしゃの字で書かれた遺書に、当時私は凍りついたものだ。
 もし読む機会があれば、ぜひ若い世代には、読んでもらいたい。 ネットで検索すれば、出てくると思うのだが。

 私はその日の深夜、ラジオでアナウンサーが、乗客名簿を無機質な声で読み上げるのを聴きながら、あの世に数珠なぎになって向かっていく人々の姿を想像していた。 相当なショックだった。
 その数年後、私の小学校時代の友人が、別の飛行機事故で亡くなった。 ヒマラヤの山中に衝突したのだった。
 私は、それ以来、飛行機に乗るのは絶対にやめようと決心した。
 しかし、仕事でどうしても乗らなければならないときもある。
 冗談抜きにして、拷問である。
 自動車よりも安全だ、と言って笑う人もいるが、自分はそういう割り切り方ができない、不器用な人間なのだと思う。

 なによりも、この24年前の日航機墜落事故が、未だに私の飛行機嫌いの原点になっていることは、確かなことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

幼い死

たった四か月の
短い命を終えたおまえの
その安堵した
すがすがしい顔は いったいなぜなのだろう
何度かの心拍停止のたびに
息を吹き返した
闘いの跡など
すこしも見えないその顔

あとに残された大人たちは
きっとこの子はいいところに旅立ったに違いないと
疲れ果て かなしみながらも そう信じた

人間的な感情さえも
与えられないまま死んだ赤子に
大人たちは
いま
生きることの意味を 教えられている

「けっしてこの子は
かわいそうなんかじゃない」

「この子はみずからの人生を
せいいっぱい生き切ったのだ」

「こんなちっぽけな命にさえ
その生き方に 意味がないものはないのだ」 と

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月11日 (火)

「官僚たちの夏」 第6回 もっとゆっくり語れないか

 「官僚たちの夏」 第6回目は、今まで産業発展に力を注いできた佐藤浩市サンたちが、公害問題を軽視したため、一転してワルモノになる、という展開。
 こういうのは、いいですなァ。
 願わくは、こんなに簡単に、自分たちの非を認めてもらいたくなかった。
 なぜなら、官僚たちのやっていることは、コッチを立てればアッチが立たず、みたいなことの繰り返しだからだ。 この点を浮き彫りにしてこそ、ドラマとしての深みが飛躍的に増す。
 この際、脚本家の橋本サンには、もっとスケールの大きい官僚機構のジレンマを、一番最後に見せてドラマを締めくくってほしいと願うばかりだ。

 このドラマでひとつ不満なのは、意図的に、主人公の風越という人物を、現代的にスマートに描いている点だ。

 こうすると、風越のバイタリティが浮き彫りにされないし、なんでこの人物に、誰もが一目置いて、「ミスター通産省」 などとはやし立てるのかが、イマイチ伝わってこない気がするのだ。 風越は、あくまでアクの強い人物として、視聴者から賛否両論がわき出るくらいの憎々しさをもった人物として描いた方が、ドラマとしてのスケール感が違ってくるように思う。

 同じように、北大路欣也サンの池田勇人とか、長塚京三サンの佐藤栄作とか、政治家のアクの強さが感じられない。 ドラマの中でやっていることは、じゅうぶんアクだらけなのだが。
 例えば今回の長塚サン。
 予算を大蔵省に通すなと命じた北大路サンに対して、憔悴し切ったような顔をしながら、返す刀で次官の西村雅彦サンに、「人事で大ナタを振るったほうがいい」 という重大なことを、こともなげにさらっと言い放って、北大路サンの人脈の一角を切り崩そうとする。 なんだかんだ言いながら、ただじゃ転ばない。 結構やるじゃん長塚サン、という感じである。
 ただそれが、政治家のいやらしさみたいな感じに見えてこない。 スマートに演出されているせいだ。

 ともあれそういう長塚サンの思惑の犠牲となって、船越英一郎サンは左遷される。 公害問題などでリードし続けた男の去り際は、見ごたえがあった。

 それにしても、今回のテーマだった公害問題。

 政府の対応が後手に回った印象は否めない。
 ここで浮き彫りになるのは、こっちの検査ではクロだったが、こっちの検査ではシロだった、というような、事実認定の煩雑さである。
 事実関係も何も、実際に川は汚れ、魚が大量に死に、奇病が蔓延し始めているのである。
 これを何とかしなければならないのに、いくら産業保護を優先していたとはいえ、国は事実認定に気をとられ、対応を誤った、と言っていいだろう。
 実際昭和35年あたりから、その問題の重大さが認識されていたにもかかわらず、公害が収まったのは、それから30年後だったと個人的には思っている。 汚染物質規制や下水道の処理施設の充実などで、環境がようやく正常に戻ったのは、ここ20年くらいのことなのだ。

 ドラマでそこまで切り込むのは、時間の関係上できなかったのかもしれないが、この公害問題が長期化した、という事実の言及は、ドラマの中ですべきであっただろう。

 それほどまでに、このドラマは、いろんなことを詰め込み過ぎている。
 今回私が見ていて思ったのは、10回などという枠でこの内容をやることは、結構きついのではないか、という点だった。

 もっと回数に余裕ができれば、もっと上質なドラマになるのに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雲に憑かれて

  雲に憑かれて


久しく太陽を見ない
久しく鳥が飛ぶのを見ない
猫がやけに忙しそうにしている
あいつらは
何か魂胆があるに違いない

厚い雲が
ずっと背中に貼りついていて
時折雨が
仕打ちのように叩きつける

不吉なものたちよ
おれにまとわりつくのはやめろ
どうしてそんなに おれに頼りたがるのだ







  かなしいと 思える気持ち


もうながいこと置き去りにされた 古ぼけた自転車
誰も振り向きもしない 色褪せたポスター

わたしはふと思い出す
子供のころ お気に入りだったおもちゃを
もう飽きてそこらへんに放り投げたままにしていたら
ある日母親が ゴミ箱の中に 捨ててしまったことを

それを見つけた幼いわたしの心に刻まれた
ひどく苦々しい やるせなく悲しい気持ちを

捨てられたのは
そのおもちゃを作った人からわたしに託された 思いだったのか

それともこのおもちゃを買ってくれた親の 我が子のために という思いだったのか

公園で
くまのぬいぐるみをぎゅっと握りしめるように抱えた女の子を見た
あのぬいぐるみが
女の子のなかで息絶え
女の子のなかにある ある種の心が死んでいくのは
いったいいつのことなのだろう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月10日 (月)

「佐野元春のザ・ソングライターズ」 さだまさし 後編

「さだまさし」 前編は、こちらです↓
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/1-2918.html

 「佐野元春のザ・ソングライターズ」 さだサンの後編は、会場の学生とともに曲作りしたり、ものを書いたりする者にとっては、とても刺激になる話の連続だった。 曲作りは、さだサンも断っていたように、いわゆるひな形、習作程度のものであったが、さだサンが曲を作るとき、どういう態度でいるのか、どういうアンテナを張り巡らせながら言葉を紡いでいくのかが垣間見ることができ、今までの 「ソングライターズ」 のなかでは、もっとも中身が濃かった、と言っていいだろう。 いつも内容濃いけど。

 まず学生たちに、「どういうときに歌を歌いたくなるだろう?」 と尋ね、ある男子学生から、「かなしいとき」 という回答を得る。
 模範的な解答としては、「喜怒哀楽を表現したいとき」 とでもいうのだろうが、まずこの学生の 「かなしいとき」 という答えは、それよりも核心をついている。 人間、うれしいとき、腹が立っているときには、そんなに歌を必要とはしないからだ。 歌が大きな力を生むのは、悲しみを託したいものにすがろうとする瞬間だ。

 「どんなときにかなしい?」 とさだサン。 「おじいちゃんが亡くなったので…」「おじいちゃんと言って、どんな色を思い出す?」「茶色です」「どうして?」「畑仕事をしていたので…」「どんな作物を作っていたの?」「大根です」「大根の花って何色?」「黄色です」「白もあるよなあ」
 …という具合に、さだサンはその学生のおじいちゃんから連想するものを、どんどん答えさせる。

 ここで重要なのは、さだサンが、ただ 「おじいちゃんが死んだ、悲しい」 という方向で、いきなり曲を作ろうとしていないところだ。 いきなり主題から入ろうとする方法もあるが、まず状況を、歌の聴き手に把握させる方向で歌を作ろうとしていることは、実に興味深い。

 そのためにさだサンは、おじいちゃんの生きていたころの空気を、その学生と共有しようとしている。
 さだサンが畑仕事から連想したのは、真夏の入道雲だったようだ。
 そしてここでまた、興味深い言葉を、さだサンから聞ける。
 「青い空だけはやめてくれ」
 さだサンは、真夏、入道雲、青い空、という単純な構図を嫌っているとも受け取れるし、「おじいちゃんが亡くなった」 ということと、青い空は心情的に結びつきにくい、と考えているようにも見える。

 結果学生たちと導き出したのは、「グレープフルーツの色をした雲」。
 このときのさだサンの一連の思考状態は、まさに、さだサンの歌が生まれる瞬間、を切り取った貴重なものだった。
 「グレープフルーツ」 という字余り的なゴロの悪そうな言葉を、何度も何度も繰り返ししゃべる。
 この、しゃべるという作業が、さだサンの曲作りには重要なのだ。

 話はそれるが、私が中学校時代に、教育実習生の女の先生が、音楽を担当した。 美人で、おまけに作曲の課題でほめられたもんだから、私はその先生にすっかり夢中になってしまったのだが、…それはこっちに置いといて、…その先生が、「さだまさしの歌は、しゃべり言葉のイントネーションをそのままメロディにしています」 と話していたのだ。
 私は当時、さだサンにいれあげていた時期だったので、その女の先生もさだサンのファンであったことがうれしくて、ずっとその話を記憶していたのだが、今回さだサンが、何度も何度もその文句をしゃべりながら歌にしていく過程を見て、まさにそのことを思い出していた。
 結果、見事に 「グレープフルーツの色をした雲」 は、ひとつのメロディラインとなった。

 そして、グレープフルーツの空とおじいちゃんの背中、足元には大根の花、ここでおじいちゃんに会えなくなってさびしい、と続ければ、もうキミの気持ちは、全部伝わる、ほかにいろんなことを説明しなくてもいいのだ、とさだサンは語る。
 詩を書く上で大切なのは、言葉の取捨選択である。 なにを言わなければ伝わらないか、なにを伝えなくていいのか、どうすればいちばん効果的な形で相手に気持ちが伝わるのか、詩人たちはいつも、そのことを念頭に置きながら、作品をつくる。

 学生たちとの質疑応答も、興味深い話が聞けた。
 「売れるためにこうすればいいという計算は、一切しない。 それをするとね、時代を追っかけることになるでしょ。 例えば今みんなが興味を持っていることを歌えば売れるわね、だけどそうすると、…ぼくの歌の目的ってね、十年後に照れずに歌えるかなってことが目的だから」
 「味噌汁屋ってないだろ?(笑) 味噌汁ほど豊富な食べ物ないんだよ。 何十通り何百通りあるのに、…味噌汁屋ってないんだよ。 味噌汁に同情しちゃったんだよ、それで俺は味噌汁になりたいと思ったんだよ」
 「オレ面白いんだよ。(笑) だからね、面白いって強みだと思う。 面白い理由は何だっていうとね、散漫なんだよ。 気が散漫だからいろんなことに興味があるから、引き出しがいっぱいある。 作曲でも、理論ってあるけど、理論はなにも生み出してくれないからね。 最後は自分のインスピレーションでしょ? インスピレーションをどうやって磨くかっていうのは、常に気を許さないっていうことだね。 すべての現象に耳を澄ますっていうこと。 そして、ありとあらゆる音楽を聴くっていうこと。 クラシックはお勧めするね」
 「体温。 結局は人が歌を作り、人が歌を聴くんです。 その間にね、いちばん重要なのは体温だと思います。 自分のぬくもり。 あのー、…人の心を壊すのは人でしょ? 人の心を救うのも、人なんだね。 じゃ何が作り何が壊すのかって、言葉が作り言葉が壊すんだね。 言葉ってぼくらにとって重要な武器だってこと」

 最後に元春サンとのやりとり。
 曲を書くということとは何なのか。
 「佐野クンにとってはなんなんだ?」
 「ぼくにとっては…自分を知る作業ですね。 自分が過去にどこに立っていて、今どこに立ち、これからどこへ向かおうか、というのを知る作業ですね。 自分が作った曲を聴いて、あ、自分はこんなことを考えていたのかと、自分の曲から教えてもらう」
 「なるほど。 もうひとつ付け加えるならば、…自分を耕す、っていうのかな…耕しても耕しても同じ曲しかできてこないときってあったんだよぼくは。 自分の心に釣り糸を垂れるような作業です歌づくりというのは。 なにをエサにするのかはその人の人生観によって違うだろうし、かかってくる魚も、引き出しによって全然違う魚が引っかかってくる。 そうすると、発見だよね、まさに、佐野クンの言うように、自分を発見すること」

 ヘタクソな解説など不要だから、後半はほとんど聞き書きしてしまったが、まさに詩を書く者のはしくれとしては、そうそう、そうなんだよなー、という話のつるべ撃ち状態だった。 こういう人たちの話に触れるのは、私にとってもいい刺激になる。 ま、今のところ、誰も真剣に読んではくれませんがね、私の詩なんか。 腐らずに、またたまーに、アップさせますか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月 9日 (日)

「ウチくる!?」 しょこたんの涙

 あまりに芸能の重大事件ばかり起こったので、普段見ない 「アッコにおまかせ!」 を見てしまったのだが、番組終了後チャンネルを変えたら、フジテレビ 「ウチくる!?」 で、中川翔子チャンのお母様が、娘のために書いた手紙を読んでいた。

 登校拒否になってしまい、大荒れに荒れて、父親の写真を全部焼いてしまったという話。 引きこもりだった娘がミスマガジンでいっぱいの笑顔を振りまいているのを見て、このコの生きる場所はここしかないと思ったこと。
 まあ、よくあるお涙頂戴パターンかと思いながら見ていたが、「翔子、お母さんの子供に生まれてきてありがとう、何があっても、お母さんは翔子のいちばんの味方です」 というくだりには、恥ずかしい告白をするが、ボロボロ泣いてしまった。

 ボロボロ泣いてから、この一週間、押尾学とか酒井法子とか(あえて敬称略)の事件を見続け、ネットユーザーのチャットを読み続けていて、自分の心が、エラクささくれ立っていたことに気付いた。
 ささくれ立って高揚した感情だけで不用意な記事(註:全文削除しました)を書いてしまい、批判の意見を頂いて、私の心もずいぶん傷ついた。 ネガティブな意見にいちいち傷ついていたのでは、ブロガーなどやってられないが。

 でも、お母様の手紙を気丈に聴いていた翔子チャンが、お父さんの写真を燃やしてしまったことを今まで謝れなかったことをとても後悔していた、今謝りたい、と、最後はボロボロ涙をこぼしながら謝っているのを見て、今まで私自身の心に巣食っていた悪い憑き物が、きれいに流れていくような感覚に襲われたのだった。

 酒井法子の情報を見聞きすればするほど、信じられないとか、ロクでもねえなと考えるのは当然の反応である。
 だがあまりに、その事件が興味深いものであるにしろ、どんどん知りたい、という自分の気持ちに、ちょっとブレーキをかけないと、自分の精神状態までおかしくなってしまう。 サンミュージックの社長や、昨日出てきた企画部の部長?に対して、必要以上に無責任だ、もっと教えろ、みたいに食い下がっていた記者たちは、その最たるものではないだろうか。

 そうした大きな事件に対して真実を知りたい、という気持ちは、至極正当である。 だが、そのことが人の精神にとって、いちばんいいことなのか、という疑問は、強く感じる。

 少なくとも私は、この一週間に起こった芸能界の事件に対して、精神的には下衆根性になり下がっていた。

 しょこたんの涙は、私にそのことを、思い起こさせてくれた。 人にとって大切なのは、人のことを思いやる気持ちである。 人のことをクサしてばかりいると、知らないうちに自分の心まで、下らなくなってしまうものなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 7日 (金)

「小島慶子 キラキラ」 ふんっ!どーせ私なんか!

 TBSラジオの 「小島慶子 キラキラ」(PM1:00~)が面白い。

 前の番組(「ストリーム」)もよかったが、評価の高かったその番組を打ち切ってまで始まった経緯を持つ。
 要するに、ちょっとばかり聴取率が悪かったために、局側がいともあっさりと首のすげ替えをした印象が強いのだ。

 その逆風の中で、小島慶子サンは、半ば開き直りみたいな姿勢で頑張っている。
 ラジオネームに卑猥な言葉を使ってくる意地悪なリスナーにも動じず、平気で卑猥な言葉を連発。 女がそこまで言うか?みたいな過激さが、最近加速している気がする。

 こないだ月曜日のパートナー、ビビる大木クンとのトークで、「自分は人生の2軍」 みたいな話になり、そのあけっぴろげな性格の原因を見た(聴いた?)気がした。

 学習院に入った小島サン、中学からだったために、初等科から学習院みたいな、超イイトコのお嬢様の中に放り込まれ、相当コンプレックスを抱えまま、大人になったらしい。 車が2台あるなんて当たり前、軽井沢に別荘があるなんて当たり前、みたいなお嬢様がたの中で、そうとう我を張る生き方をしてきたと。 どうせ私なんか、人生の2軍よっ!みたいな。

 そうさなー、学習院なんか、どー見ても浮世離れしている気がするもんなー。 麻生太郎チャンを見ていれば、だいたい分かります。 カップラーメンの値段が分かんなくっても、別にいいですけどね。

 まあ、それに反発する、いわば反骨精神みたいなものが、「キラキラ」 のあけすけさにはっきり表れて、番組の面白さに結果的に貢献している。
 最近では、TBSの上司とかもあからさまに俎上に乗せている。 だいじょうぶかなー?って感じ。

 ただ、番組が始まってから、まだ半年たってないし、自分を切り売りするストックが切れた時からが勝負なのだ、とは思うが。

 だが、ストックが切れていない今は、はっきり言って旬である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「大沢悠里のゆうゆうワイド」 学校にクーラーは必要か

 今日(2009年8月7日)のTBSラジオ 「大沢悠里のゆうゆうワイド」 で番組の冒頭、悠里サンが最近 「学校にクーラーなんか必要ない」 と発言したことに、大変なお叱りの声を頂いたと話していた。

 悠里サンはいちおう謝ってはいたが、社会に出れば、暑いだなんて言ってられない仕事がいっぱいある、今の子供は小さいころからクーラーがあって涼しいのに慣れ過ぎている、という持論を展開していた。
 至極もっともな話なのだが、実際小さい子供を学校に行かせている親からすれば、昔と今とは違う、という反発を招きそうな話ではある。

 確かに私が子供だった頃は、今よりずっと涼しかった気はする。 それに比べれば、今の気候はハンパじゃなく暑い。
 私の就学時代は、幼稚園から大学まで、クーラーなどなかった。 クーラーどころか、扇風機もなかった。
 確かに暑くて暑くて、教室内で下敷きをパタパタさせていた夏もある。 授業中、下敷きのパタパタだらけだったとか。
 でもそれに不満を感じたことはない。 そりゃそうだ。 クーラーなどないのが当たり前だったのだから。
 それに、当時クーラーというのは、今より数倍も電力を食っていたのだ。 家にはクーラーがあったが、よほど暑いことがなければ、つくことはなかった。 学校でクーラー、なんて、そういう当時の常識から言って、全く考えられなかったと言っていいだろう。

 だが、それは電気代とか、技術的なことが追っつかなかった時代の話だ。 当時そうした技術があれば、当時からクーラーが導入されていた可能性は高い。
 なぜなら、クーラーのなかった昔でも、冬にはストーブが出るのが当たり前だったではないか。 いや、私の時代だけでなく、冬になると教室にストーブが入るというのは、相当昔から常識だったと思われる。
 私の時代は、ちょうど石炭から石油ストーブへの転換期で、小学校2年だった1972年ころまでは、石炭小屋というものが離れにあり、そこから石炭を持ってくる係というものがいた。
 この石炭の匂いや、石油の匂いというのは、学校時代の懐かしい匂いのひとつである。 冬になると、給食の食パンをストーブで焼いたり、牛乳ビンを金だらいのなかに貼ったお湯につけて温めたりしたものだ。

 や、このクソ暑いのに、暑っ苦しい話をしてしまいました。

 なにしろそのことを考えると、クソ寒い中でしなければいけない仕事というものも、大沢悠里サンの言い分に従えば、あることになる。 いくら寒くても、ガキの頃には我慢というものを覚えなきゃいかん、ということになってしまう。 だったら昔っから、子供たちは冬に甘やかされていた、ということになる。 極論じみた話だが、それとこれとは違う、ということにはならないはずだ。

 よく考えれば、クーラーだけでなく、週休2日、というのも、その論理によれば、週休1日とかいう仕事もまだまだあるのに、子供だけ週休2日にするのは甘やかしだ、ということになる。

 つまるところ、何が子供たちにとって甘やかしなのか、という基準は、実にあいまいだと言わざるを得ないのだ。
 肝心なのは、今あって当たり前のものを、いかにそれが当り前ではないのか、ということを子供たちに認識させることなのではないか。 それが、真の教育だと私は思う。 それってとても難しいけれど。
 でもそれをしなければ、子供たちが社会に出た時、それまで当たり前だったことがなくなってしまうと、それに対する抵抗力がなくて、簡単にくじけてしまうと思うのだ。

 今は省エネとかで、オフィスで仕事をしていても、エアコンの温度設定が高くてやっとられん、という話もよく聞く。 野外で作業している人などは、何をかいわんや、だ。 真に必要なのは、それに耐える力を養うことだ。 苦難に耐える力を、養うことだ。 不幸に負けてしまわない心を、養うことだ。

 どっちつかずの結論になってしまうが、教室にクーラーを導入することに、私は反対ではない。 ただ、それが当たり前のようになされてしまうことを、危惧するのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「任侠ヘルパー」 第5回 ようやくしっくりきたSMAPの主題歌

 あまりに暗い話の連続で、エンディングに流れるSMAPの歌がなんか浮いた印象があった、「任侠ヘルパー」。
 第5回目で、ようやくしっくりきたような気がする。
 今までの話のなかで、一番すっきりとした終わりかただったからかもしれない。
 なにがすっきりと言って、草彅クンの心に引っかかっていたトゲがなくなったせいだろう。
 これまで津川雅彦サンの回とか、比較的スッキリ系のエンディングはあったが、いつも草彅クンの心は晴れ晴れとしていなかった。

 草彅クンを幼いころに捨てた母親と再会する、というシチュエーションは、ドラマにありがちなぐーぜんパターンだったが、暴れまくって28年のあいだ鬱積した怒りを吐き出すシーンとか、母親が不倫駆け落ちをした男と、互いに号泣しながら和解に至るシーンの草彅クンの演技は、なんだか彼自身が、これまで溜めに溜めていた思いをぶつけたようで、見る側の気持ちを揺さぶった。
 正直なところ、SMAPのメンバーの演技を見て、ここまで気持ちを揺さぶられたのは、個人的には記憶がない。

 この回の終わりあたりで、仲里依紗チャンに素直に礼を言う草彅クンを見て、ようやくこちらの気持ちもホッとした気がした。 このドラマを見ていてホッとしたのは、初めてのことだ。
 そのホッとした気分と、SMAPのエンディング曲が、結構合うのだ。 タイトルバックの映像も、なんか久々に見た気がするが、そっちは殺伐としてるんだけど。

 それにしても、草彅クンの母親役で出てきた倍賞美津子サン。
 老けましたねえ。
 でも、巨乳は相変わらずで。
 その役名も、「さくら」 って。
 草彅クンがしょってる刺青が桜吹雪なのと関係が?と、黒木メイサチャンは言ってたが、私なんかに言わせると、お姉サンの倍賞千恵子サンの、「男はつらいよ」、この役名からかなとか思ったけど。
 手のやけどの跡が、これが草彅クンの幼いころの母親の愛情をよみがえらせる演出なのだが、却って倍賞美津子サンの老け具合を助長しているような感じだった。

 もう62ですか。
 くしくも番組を見終わった後、ネットを広げたら、同い年の大原麗子サンが亡くなった、という記事を見つけて驚いた。
 なんか、自分が生きてきた年月の長さも、最近ホントに考えてしまう。
 私が少年だったころ、倍賞サンも大原サンも、ホントに輝いていた。
 咲き誇っていた花がしぼんで、ポトリと落ちていくところも、長く生きていると、見届けなければならないんだなあと、今は感慨にふけっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 6日 (木)

「風の絵師」 第5-7回 なぜ女が女に惹かれるのか

 チョンヒャンというキーセン(日本でいえば、高級芸者でしょうか)に心惹かれる、シン・ユンボク(ムン・グニョン)。
 ユンボクは名前から身なりから性格から、完全に男なのだが、実は女の子であることは、ドラマ第1回から見ている側にじゅうぶん知れている。
 そのユンボクが、どうしてチョンヒャンに惹かれるのだろうか。
 まさか同性愛趣味とか?

 宮廷絵師になるための試験でも、ユンボクはチョンヒャンのところへ通い、その裸体を見たいと懇願し、それを絵にして、見事試験に合格する。
 王様から師匠と同じ題材で絵を描け、と言われて、その期限が迫っているのに、売られて行ってしまうチョンヒャンのために、ユンボクはチョンヒャンのもとへ駆けつける。
 そのたびに大騒ぎになってしまうのだが、いったいユンボクにそこまでさせるチョンヒャンへの思いとは何なのか、「風の絵師」 5話から6話を見ていて、ずっとその疑問が大きくなっていった。

 その疑問が、第7話で氷解した。
 師匠のキム・ホンドにその思いを涙ながらに打ち明けるユンボク。 ただその告白のなかで、彼(女)は自分が女であることを、キム・ホンドに悟らせようとはしない。

 「苦しんでいる私のために、泣いてくれました――彼女のなかに、失った私を見つけたのです――彼女を見ていると、私自身が見えるようでした――誰よりも、大事な人です――」

 このシーンは、ユンボクが女性であることを捨てたことへの心の痛みが、うかがわれることのできる重要な場面だった。
 そしてユンボクに女を捨てさせた張本人であると思われるユンボクの義理の父親。 彼の動きも気になってきた。 ユンボクの師匠キム・ホンドも、それとかかわりのある、図画署内での事件に絡んでいるようだ。

 ところが、その事件そのものが、今のところ皆目見当がつかない。 キム・ホンドをこころよく思わないオジサン連中も、なんか何かを隠しているんだが。

 なんだか、料理のしようによっては、サスペンス謎解きドラマになりそうなこのドラマなのに、ちっともそういう方向にならない、というのが逆に新鮮だ。 火種は常に、静かに静かに潜行している。 第8話あたりから、王様と反対勢力の確執が表面化しそうな雲行きだが。

当ブログ 「風の絵師」 に関するほかの記事
第1回 久々に期待できそうな韓国ドラマhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0a76.html
第2回 絵を描くこととはhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/2-253f.html
第3回 自分に掌破刑!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-e51d.html
第4回 ドリフの大爆笑みたいだった?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-0635.html
第5-7回 なぜ女が女に惹かれるのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/--573e.html
第8回-13回 御真画師の顛末http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/8-13-e110.html
最終回まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-a6bc.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「チューボーですよ!」 枡田絵理奈アナの、ビックリ特技

 毎度内容のない話でございます。

 8月1日(2009年)「チューボーですよ!」、ゲストは平子理沙サン。

 足の指が異常に広がるという特技を披露してくれた平子サン、夫の吉田栄作サンの足を、足の指でつねったりとかするそうな。 堺巨匠 「なにやってんだか…」(笑)

 「なんか、枡田クンとか、そういう特技ないのか?」 と堺巨匠から振られて、「え―?…声を遅らせて出すことができる、っていう…あの、いっこく堂サンの…」

 えっもしかして、あの時間差で声を出すっていう、あれっスか?

 「あれっ?声が?遅れて?聞こえるよ?」

 口の動きはちょっとビミョーだったけど、枡田アナのその一発芸、結構スゴイ。 宴会とかで、じゅうぶん通用します。

 「すごーい…」 平子サンは素直にびっくりしてましたけど。 芸達者な堺巨匠も、これにはやられたみたいです。

 また口の動きと声を遅らせながら、枡田アナ、「巨匠?どうですか?」 と訊いて。

 「…枡田クン…ゲストを食ってどうすんだ (笑) …もうちょっとさ、ワザのないことやんなさい」(笑)

 いやいや、笑ったなあ。

 アメリカでドリュー・バリモアやグウィネス・パルトロウなんかと一緒の学校だったという平子サンの話から、「よし!じゃあ今から英語だけで話そう、出来なきゃしっぺね」 という堺サンの提案に、「オイル……ハーフ……より (笑)」 とか、「結構巨匠のしっぺ痛いですよね (笑)」 とか平気で日本語連発してしまったり、枡田アナ、なんだか久しぶりに全開でした。 アタシャうれしい!

 スタイルのいい平子サンに、「どうしたらアゴの肉がすっきりできますか?」 とか、相変わらずアゴのラインを気にしているようですが、枡田クン、キミはそのままが、一番魅力的なのだ。 そのまま行けよ! ダーッ!(意味不明)

枡田絵理奈アナに関する当ブログほかの記事

「チューボーですよ!」 2009.4.12 枡田絵理奈アナ、誰かに似てる…
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-6b09.html
「チューボーですよ!」 2009.4.26 気まずい雰囲気… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-2537.html
「チューボーですよ!」 2009.5.3 枡田絵理奈アナの実力が分かってきたhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-6d87.html
「チューボーですよ!」 2009.5.24 枡田絵理奈アナ、このコは相当できるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-4ff2.html
「チューボーですよ!」 2009.6.7 枡田絵理奈アナ、堺巨匠を籠絡かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-43ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.14 枡田絵理奈アナ、やらかしちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-0b93.html
「チューボーですよ!」 2009.6.21 ニュートラルな貴乃花親方http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-e5ce.html
「チューボーですよ!」 2009.6.28 優木まおみチャンと小林麻耶アナの接点http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-602e.html
「チューボーですよ!」 2009.8.6 枡田絵理奈アナの、ビックリ特技http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-3076.html
「チューボーですよ!」 2009.9.6 錦戸亮クン、お初にお目にかかりますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-2edd.html
枡田絵理奈アナ、ニュースも読むんだhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/post-3d96.html
「チューボーですよ!」 2010.8.15 枡田絵理奈アナ、それを言っちゃあ…(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/post-90ec.html
「チューボーですよ!」 2010.9.5 枡田絵理奈アナ、究極の挑発!(笑) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/09/post-3c0d.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 5日 (水)

キャンディーズの選曲眼

 BS-TBS 「SONG TO SOUL」 で、アース・ウィンド&ファイアーの 「宇宙のファンタジー」 をやるみたいだ。 (再)とかついてたけど。

 「宇宙のファンタジー」 と言えば、私にとっては何と言ってもキャンディーズのファイナルカーニバルである。 この曲を私は、キャンディーズによって知った。

 データを見ると、元歌は1977年にシングルカットされたみたいだ。 それをキャンディーズは、1978年4月のファイナル・カーニバルで歌っていた。 いや、その以前からすでに歌っていたような気もする。
 私の記憶が確かならば、この曲は日本で、キャンディーズの解散以降に流行ったはずだ。 この曲が流行った頃、「なんだキャンディーズが歌っていた曲が今頃流行っているぞ」「どっちがオリジナルなんだ?」 と思った覚えがある。

 オリジナルもクソも、アース・ウィンド&ファイアーのほうがホンチャンなんだが、当時の私には、「宇宙のファンタジー」 のメロディラインの素晴らしさと、ソウルミュージックが、あまり結びつかなかった。
 アース・ウィンド&ファイアーがその曲を、セルジオ・メンデス&ブラジル'77みたいに、カバーミュージックをソウル風にアレンジしている、とてっきりそう思い込んでいたのだ。

 なぜこの曲についてここまでしつこくコメントしているのか、というと、キャンディーズの選曲眼の凄さを言いたかったからである。

 先ほど書いたように、日本で流行る前からこの曲を採り上げていた、という先見性もそうだが、キャンディーズの採り上げる外国の曲は、カーペンターズやオリビア・ニュートン・ジョンのような、当時としてはベタな選曲も見られるものの、総じてセンスのいい選曲の仕方をしていたような気がする。
 いま思いつくままに挙げれば、結構初期のころから、「シュガー・ベイビー・ラヴ」「まぬけなキューピッド」「コットンフィールズ」、ライヴでも 「サー・デューク」。 ファイナルカーニバルでも歌われた 「プレイ・ザット・ファンキー・ミュージック」 などは、つい数年前、再構築されて流行っていた。

 それは、MMPをはじめとするまわりのスタッフの情報力という側面もあるだろう。
 でも彼女たちの外国曲に対する興味は、今にして思うと、藤村美樹、ミキチャンを中心に展開していたような気もするのだ。
 伊藤蘭、ランチャンや田中好子、スーチャンの興味は、どちらかというとニューミュージック寄りなような気がする。 ミキチャンだけが、外国ポップスからの視点で、キャンディーズというユニットを利用しようとしていたところが、見えるのだ。

 キャンディーズの活動を俯瞰してみると、音楽的に一番センスがあったのはミキチャンだったことがよく分かるのだが、彼女が当時としては珍しい、スティービー・ワンダーの崇拝者だったことは大きい。 スリー・ディグリーズなどのソウル・ミュージックにアプローチする下地が、この時点ですでにあった、ということだ。
 当時、黒人音楽に傾倒している日本の音楽界の人たちは、ほとんど全員R&B系統だったと、個人的にだがそう思っている。
 その流れの中でキャンディーズは、日本の音楽界でほとんど初めて、ソウル・ミュージックを歌謡曲に取り入れようとした、第一人者である。 日本におけるヒップポップの、ほぼ元祖と呼んでもいい。
 …ってスゲエ独断ですけど。 私の眼に映る限りでいえば、今のところほかに思い当たらない。 いたらだれか教えてください。 あっ、つのだひろサンとか。

 キャンディーズによって歌われた、「宇宙のファンタジー」(正確には当時、原題の「FANTASY」 で発表されていた)。
 当時の歌謡曲の限界ともいえるが、リズムセクションは前面に出ていない。
 そのために、この物悲しいメロディが、かえって際立っている印象を、強く受ける。
 その悲しさが、キャンディーズともう会えなくなる、という悲しさとあいまって、当時の私は胸を締めつけられたものだ。

 この曲は私にとって、キャンディーズとの別れを象徴する、墓標のような役割を果たしたのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 4日 (火)

「官僚たちの夏」 第5回 このドラマの意図するものは

 「官僚たちの夏」 第5回の主役は、やはり何と言っても堺雅人サンだろう。
 コンピュータの輸入を求めるアメリカIBM(ドラマではIDNと改変されていたか)との交渉で、日本産業界の最後の防波堤として孤軍奮闘するのである。 何かと言うと 「日本の産業を守るため」 という大義名分が飛び交い、官僚主導の姿勢を礼賛するものだ、と後ろ指をさされるこのドラマであるが、堺サンの体を張ったその演技には、そうした下らない憶測など吹っ飛ばす、迫力に満ちていた。

 そう、総選挙を控えたこの時期にこのドラマを作る意味だとか、官僚腐敗が言われているこの時代にあえてアンチテーゼのようなドラマをつくることへの批判が、このドラマの周辺にはいつも流れているが、私はあえて、それを 「下らない」 と断じようと思う。

 このドラマのとっている態度とは、欲得抜きの情熱とは何なのか、それを見ている側に問いかける、というものだ。 このドラマの観客は、自分が命を賭けてでも守らねばならないものとは何なのかを、絶えず作り手から突きつけられる。
 風越だけではない。 このドラマに出てくる登場人物たちは、みな何かを守るために、必死になって生きている。 私たちは、その情熱を学ぶべきなのである。

 今回私などの世代には、実に懐かしい言葉がドラマで使われた。
 所得倍増のために高橋克典サンが打ち出した、「太平洋ベルトライン構想」 である。
 習いましたよ、社会科の時間。
 京浜工業地帯とか、阪神工業地帯とか、北九州工業地帯とか。
 それらを一直線につないで、「太平洋ベルトライン」 と言う、なんて。
 それらの持つ意味が何なのかもわからずに、ただ暗記していただけだったけど。
 そーかー、高橋克典サンが提唱したのかー、って違うけど。

 話は戻るが、IBM社と風越らとの交渉は、先週の局長クラス会議にも負けず劣らずの、緊迫したやりとりだった。
 通訳の麻生祐未サン、英語がうまかったけど、ナマイキな女を演じていて、実ににくったらしかった。 通訳をほっぽり出して持論を展開する麻生サンに風越役の佐藤浩市サンもとうとうブチ切れて、その交渉の場から叩き出されてしまうくだりも、実に面白かった。

 そしてそこにただひとり残された、堺雅人サン。
 しゃべるのは苦手だが書くのはなんとかなる、という日本人の特質を、シナリオ作家は的確にとらえた形で、筆談による交渉、はたまた辞表をちらつかせて、果てはこの会見場のホテルの窓から飛び降りる、という覚悟まで見せる。
 このドラマにおける、堺サン渾身の演技だった。

 次回はその風越たちも、公害問題を棚上げして、大きな過ちを犯してしまいそうな予告編だった。
 こういう、一生懸命生きていても、必ずネガティブな部分も生み出してしまう、というドラマの描き方、私は全面的に賛同する。
 人間、頭のてっぺんからつま先まで、清廉潔白で人生を送ってきました、などという人は、よほどまれだからだ。
 いくら正しいと思うことをやってきても、思わないところで、誰かの不利益になってしまうことだって、絶対あるのだ。

 蛇足になるが、今回から、裏番組を録画する関係上、初めてこの番組、アナログ放送で録画した。
 なんか、ヤケに聴きとりづらくって。
 BGMとやたらかぶったりしてセリフが聴こえないし。
 みんな早口で専門用語ばっかり話すんで、内容の半分くらいしか分からなかった。
 地デジで録画して見ていた時は、こんなことがなかった。
 これじゃ、地上アナログで見ようっていうお年寄りは、いないだろう。
 オッサンの私でさえ、分かりづらいんだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「今夜も生でさだまさし」 に見る、NHKのご当地愛の薄さ

 「今夜も生でさだまさし」。 この番組、地方からの放送になると、その地方でNHKが行なっているイベントなどの告知を、その地方局のアナウンサーが紹介したりする。

 その紹介の仕方に、ちっとも愛がこもってなくて、NHKの機械的なアナウンサーの象徴を見る気がする。

 NHKというのは、いくら優秀な人材であろうと、地方に飛ばされるシステムである。
 それは、職員にいろんな場所を経験させて、その地方に対する思い入れをはぐくむといいう点では優れたシステムかもしれない。
 だが、そうした、その土地の人たちから見れば、「よそ者」 ばかりのスタッフが作った番組には、やはりその地方に対する、強烈な思い入れが感じられないものだ。

 私が最近そのことを強く感じたのは、深夜に総合テレビでやっていた、わが故郷福島のローカル番組を見た時だ。
 ご当地のB級グルメを紹介する番組だったが、肝心の福島のB級グルメはちょっとだけで、あとは静岡とか、別の地方の有名なB級グルメばかり。 ゲストも松村邦洋サンと、カイヤサン。 福島にゆかりのある人なのか?みたいな感じで、会場の福島県人の熱気は、イマイチだったと言っていい。
 進行役のアナウンサーの人も、とてもじゃないが福島県への愛が感じられなかった。 ひと目でよそ者と分かる。 東京でずっと育ってきた私が思うのだから、相当なものだ。

 NHKはこの際、せめてアナウンサーだけは、その土地の人材を固定すべきではないか。

 いくら標準語でしゃべっていても、その土地のNHKのアナウンサーなら、どことなく分かる。
 そのうえくだけてしゃべった時に、その地方の訛りが出たならば、もっともっと、NHKに対する親近感がわく、というものだ。
 渋谷のNHKに行きたい人ならば別に強制はさせようもないが、テレビ画面に出てくるアナウンサーだけは、せめてその土地の人であってほしい。

 アナウンサーだけでなく、スタッフにしても、やはりその地方局出身の人が作るべきだと、私は思う。
 「小さな旅」 とか見るたびに、そのよそよそしい作りが気になる。
 それがNHKの持つ、一種の色になっているところも確かにあるが、その土地に対する思い入れのない番組は、まるで異国のNHKスペシャルを見るような、無味乾燥さを、感じてならないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「桑田佳佑の音楽寅さん」 声に出して歌いたい日本文学

 桑田サン、またやってくれました。
 「アベーロード」 以来の衝撃。

 日本文学を歌にする、というオープニングを見た時、定形型の詩などは曲にしやすいだろうけど、小説は無理だろう、と思ったのだが。
 案の定、一部の小説や詩は、曲にしやすいように改変がされていたが、原文をそのまま引用していたものも結構あって、ちょっと聴きながら、異様な世界に浸ったことを白状する。

 一曲目は、中原中也の 「汚れちまつた悲しみに」。
 強烈なギター・リフのロックンロール。 メロディは、あえて言えば、サザンオールスターズの 「ヤング・ラヴ」 あたりをほうふつとさせる。 ミドルエイトをちゃんと構成している点が凄い。

 メドレーで2曲目に突入。 この展開、スピードを感じさせる。
 高村光太郎の、「智恵子抄」。 正確には、「あどけない話」 という題名の詩である。
 ルンバリズムのロックンロール。 わかりにくいか。 「ホテル・パシフィック」 みたいな。
 最後の 「あどけない空の話である」 のところだけは、どうしても余計になってしまうため、いきなり曲調を変えて、オペラのような感じで終わる。 ここんところ、桑田サンの感が冴えていることを実感する。

 さらにメドレーで、3曲目、太宰治の 「人間失格」。
 資料が手元にないためきちんとしたことは言えないが、この曲は、「人間失格」 の出だし数行そのまんまなのではないか。
 曲調は、ゴスペルチックな 「アイ・アム・ザ・ワーラス」 みたいな感じ。 グラム・ロックもちょっと入ってるかな。
 この曲は、圧巻である。 原文のままなのに、ちゃんと一番と二番、というふうに、曲になっているのが凄い。
 しかも、こうしてオオゲサな曲の歌詞として歌われているのを聴くと、実に笑えるのだ、太宰の文章。 失礼ながら。
 とくに、「『耳が痛い』 と言う竹一を見ると、ひどい耳だれで、念入りに耳の掃除をしてやりました」 というところ。 ここが曲の一番の盛り上がりどころで、「人間失格、アオ!」 と叫ぶ桑田サン、正直大爆笑。 二番ではこの盛り上がりどころ、「子供相手の雑誌だけでなく、駅売りの粗悪で卑猥な雑誌などに汚いはだかの絵などを画いていました」。 ここでまた、「人間失格!」 笑ったなあ。
 これ、CDで出してほしい。 無理かなあ。 以前TBSのドラマで、「人間失格」 という題名を使わせてもらおうとしてそれがかなわず、「人間・失格」 でOKが出た、などということがあったから。 ここで桑田サンが太宰の文章をそのまんま歌にしていることさえ、「ダイジョウブかなあ」 と思ってしまうのだ。 いや、もう亡くなって50年だか経つと著作権がなくなるらしいし、それは問題ないのだろうか。(追記・2009年12月9日に、新曲のカップリング曲として、ここで流れたほぼ全曲が、18分にもわたる大作として発表されることとなりました。 買わなきゃ!)

 お寺の鐘の音みたいな音をはさんで4曲目。 与謝野晶子の 「みだれ髪」 である。
 確かこれも、「みだれ髪」 という歌集のなかの一作品だったと思うが。
 「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」 という一節は、私などの年代では、その昔、1980年前後だったか、資生堂のCMで歌がつけられていたのがなつかしい。
 ピアノの伴奏だけで静かに始まるこの曲、曲調的には、「YaYaあの時代を忘れない」 とか、ビートルズの 「ゴールデン・スランバー」 あたりか。

 続いていきなりラーガ・ロック調で始まるのは、芥川龍之介の 「蜘蛛の糸」。
 この曲も圧巻だ。 なんか、お釈迦さまとラーガ・ロックの組み合わせが、とても常人には考えられない発想なのである。
 芥川のイメージしていたのもそうだったのだろうが、私はこの 「蜘蛛の糸」 には、あまりインドの匂いを感じない、純粋に日本の仏教からくるイメージを持っていた。
 それが、トートツに、インド音楽である。 そりゃ言われてみればお釈迦さまはインドだけれど、ちょっとフツーでは、結びつかない。
 もちろん時間の都合上、と言うか、さわりの部分だけしかここでは歌われなかったのであるが、それでも私は、桑田サンによって新たな息吹を与えられた、この極楽と地獄の風景に、ちょっとしたトリップ感覚を味わってしまった。
 …だがそこは桑田サン、天狗の鼻のアップを挿入(笑)することも忘れない。

 6曲目は、小林多喜二の 「蟹工船」。 ちょっとブームに乗っかってる気もするが、この小説の出だしが、こんなにも歌になるとは思わなかった。
 「二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛が背伸びをしたように延びて、海を抱え込んでいる函館の街を見ていた」…ってコレ、なんかJポップの歌詞にゴロゴロ転がっていそうな文章だぞ。 こんなオシャレだったか小林多喜二って?という驚きでいっぱいになる。 それをやはり、バラード調で歌う桑田サン。 この部分を抜粋した桑田サンの眼力には、感嘆するしかない。
 ところがだんだん、その文章は生臭さを放ってくる。
 「蟹の生ッ臭いにおいと人いきれのする 『糞壷』 のなかに線香の香りが、香水か何かのように漂った」
 曲調もここから行進曲みたいになってくる。
 「『諸君、とうとう来た!長い間、長い間俺達は待っていた。 半殺しにされながらも待っていた。 今に見ろ、と』」 まるでプロパガンダみたいになってくる歌。
 桑田サンの身振り手振りは、共産主義を茶化しているようにも見えるが、この展開の仕方は、ある意味感動的ですらある。
 個人的にこの展開の仕方、「母をたずねて三千里」 のオープニング曲とか、「元祖天才バカボン」 のエンディング曲、「♪四十一歳のはーるだぁ~からぁ~」 を連想しました(笑)。

 7曲目、亡くなった忌野清志郎サンに捧げたような、樋口一葉、「たけくらべ」。
 清志郎サンのマネがちっとも似ていないのが笑わせる。
 シンプルなロックンロール。 樋口一葉の書く文章は、はっきり言ってワケ分からないので、英語みたいに響いてくるのが興味深い。

 8曲目、「汚れちまつた悲しみに」 のリプライズ。 1曲目とは打って変わって、バラード調。 ブリティッシュロックっぽいトランペットとか入って、感動的であるが、画面では今回文章を使用した文豪たちのコスプレをした桑田サンたちが、またまた笑わせる。

 9曲目、石川啄木の 「一握の砂」 は、カントリー&ウェスタン。
 悲しい内容なのに、「ジャンバラヤ」 みたいに歌われると、なんか変な感じがする。 笑っちゃうしかない、というか。

 10曲目、「吾輩は猫である」。
 これは、相当な傑作である。
 さすがに文章の再構成の度合いがいちばん大きかったが、それをちっともものともしないパワーにあふれた曲に仕上がった。 正直なところ、名曲だ。
 ファンキーなロック&ソウル。 私はこの曲を聴いていて、フライングキッズの 「我思うゆえに我あり」 を思い出していた。
 これ、シングルカットしたら、相当面白いんじゃないだろうか。 ただ最近、これも係争中であるが、漱石のひ孫が財団法人夏目漱石なるものを設立したらしいから、発表するにはいろいろ面倒なことになりそうだ。 でも夏目房之介サンにことわれば大丈夫か?(笑)

 11曲目、「銀河鉄道の夜」。 桑田サンの朗読だけだが、なんかドアーズを連想させたりして、この曲をラストに据えるというのもシャレが利いている、というか。 畑で麦踏みをする(?)宮沢賢治の写真をパロったような映像に、ふり返った桑田サン、目が猫(笑)とか、ワケ分かんネェラスト。

 全体を見て痛切に感じたのは、文語体である 「みだれ髪」 や 「たけくらべ」 だけでなく、2009年現在、すでに文語体と同じようになりつつある太宰や芥川、漱石などの文章に至るまで、それが桑田サンの曲になってしまうと、先ほども述べたように、まるで英語でも聴いているような、不思議な感覚になる、ということである。

 つまるところ、意味があまり分からないという点においては、桑田サンがよく編みだす英語チックな日本語と、さして変わらないのだ。
 だから、文豪たちの言葉を曲にのせても、さほど違和感がない。 しかもその日本語は、やはりそこは昔のきちんとした言葉、聴いていて心地よいのだ。

 それにしても、こんなコラボレーションを考えつくことも凄いが、実際にこのようなブッ飛んだ完成品に仕上げてしまうところは、つくづく桑田サンには、よい意味で呆れ果てるしかない。

 なんなんだ、この人って。 凄いっ、凄すぎるっ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 3日 (月)

「総力報道!THE NEWS」 薄れる小林アナの存在感

 裁判員制度による裁判が行われたこともあって、非常に久しぶりに見た、TBSの 「総力報道!THE NEWS」。

 なんか、新しいキャスターが小林アナの隣に座っていた。
 竹内明サンというとか。

 この人、ずいぶん的確で鋭い視点で、アンカーマンの後藤謙次サンと絡んでいた。 ふたりのやりとりを聞いていると、まるでNHKのニュース解説を見ているような錯覚に陥る。

 ここでいやがおうでも浮き彫りになってくるのは、4月の番組スタート時から後藤サンに絡んでいた、小林麻耶アナの存在である。
 この日の小林アナは、後藤サンと竹内サンの間にはさまって、高度な会話が交わされるのをまるでテニスの観客みたいに眺めるのみ。 合いの手も入れるが、まったくその必要さえも感じないほどの、疎外ぶりだった。

 というのは私の個人的な感想なのかもしれないが、これは一種のいじめである。 ニュース読みにしても、長岡杏子アナという、強力な局アナが控えていて、ほとんど小林アナの出番はない、と言ってもいいだろう。 そこに竹内サンみたいな実力派(初めて見たのでどういう人なのか分からないが、この日の発言を見ていると、タダモノではないと思わせる)が割り込んできたら、小林アナの存在価値というのは、ただ置き物のように座ってニコニコ笑っていることにしかないようにさえ思えてくる。

 こんなところを見てしまうと、TBSは、経費節約のつもりで採用した小林アナがいきなりフリーになってしまったことで、彼女を干すつもりでこういうことをやっているのかと、ついつい勘ぐってしまう。
 それまで必死になって後藤サンに食らいついて 「先生教えてください」 みたいにやっていた小林アナが、途中加入の竹内サンと後藤サンとの会話の輪に入れないでいるのを見るのは、なんとも、昼間自分が働いていた会社の続きを見せられるようで、やりきれない気分になる。

 何より、小林アナのファンだった私は、彼女が輝きを失って、ただのおばさんキャスターになっていくのを見るのがつらいのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 1日 (土)

香取クンの 「こち亀」 意外とアリかも…でもなあ

 このところ、話題ばかりが先行している気がする、TBSの土曜8時枠ドラマ。
 香取クンの 「こち亀」 も、完全に話題先行型である。

 それに乗せられて見ている私も、結構ミーハーなのだが、初回を見た感想としては、結構これはこれでアリかも、と思った。
 確かに香取クンの両津は、暑苦しさを通り過ぎて少々ウザったいが、それがドタバタコメディの部分になると、とたんに合ってんじゃんコレ、という感じになる。
 このドラマでいちばんしっくりいっていたのは、序盤の香取クンとビートたけしサンとの絡みや、「両津と言えば」 のラサール石井サンとの絡みだった。 まるで、「オレたちひょうきん族」 でも見ているような感覚、と言うか。

 それにしても、ラサール石井サンがこういう形でててくると、却ってこのドラマ自体の存在意義が揺らぐような気もする。 まるで、ラサールサンが両津勘吉で、香取クンがその息子、みたいに思えてくるからだ。 だったらハナからそういう設定で、「こち亀」 のスピンオフみたいなものにすればよかったのに、なんて考えてしまうのだ。

 正直なところ、これがスペシャルで単発であれば、いちばんいいかな、という気もする。 でもこれを 「MR.BRAIN」 並みに8回とかやられるのには、ちょっとついていけないかな、という感じもする。

 ストーリー的にも、國村準サンと劇団ひとりクンの親子の確執の結末は、あまりに今まで見すぎたパターンだった。
 下町人情モノを目指しているように見えるのに、物語の良さで引っ張ろうとしているところが見えないから、今後連続ドラマとして見続ける興味が、わいてこないのだ。

 だがそれを補おうとしているのが、毎回の豪華なゲスト陣なのだろう、と今のところはそう思う。 ドンドンドンドン、有名どころを出して、豪華絢爛マツケンサンバみたいにしたら、私みたいなオッサンでも、見続けようと思うかもしれないな。 オールスターキャストに、弱いんですよ、私くらいの年代は。

 速水もこみちクンと香里奈チャンは、初回を見る限りでは、ちょっとくたびれてるかな―という感じ。 こういうドタバタドラマをやるからには、それなりのスーパーハイテンション状態にならなければ、かえって浮いてしまう気がするのだ。 中川などは、原作では相当ぶっ壊れることが多いのだが、もこみちクンがそこまで壊れることが、できるかどうか。

 なんにせよ、気分が高揚している土曜の晩に見るのであれば、そうそう罪作りなドラマではない、そう思えた、第1回目の 「こち亀」 だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »