« 「チューボーですよ!」 えっ、ショーケンがゲスト? | トップページ | リマスター発売に向けて、ビートルズの番組が目白押し? »

2009年8月31日 (月)

「LIFE 井上陽水 40年を語る」 第1夜 「石炭 Beatles 氷の世界」

 8月末(2009年)に61歳を迎えた井上陽水サンの、「アンドレ・カンドレ」 時代を含む歌手活動40年を語る、NHK教育テレビの4夜連続の特集。
 さすがにNHKだけあって、その取材力の凄さには舌を巻いた。
 五木寛之サン、伊集院静サン、黒鉄ヒロシサン、小室等サン…。
 昔のVTRもぬかりない。 ずいぶん貴重なものを見た気がした。

 「(得体が知れないのは)サングラスをかけてますからね、まず。 これはやっぱまっとうな人ならかけないでしょう(笑)…とか言っちゃったりして」 という、陽水サン特有の、人をはぐらかすような言葉。 どこか半分ブッ飛んでいる、半分じぶんを冷静に見ている、半分ふざけている。
 この人のその、特異なキャラクターは、ここ数年見ていなかったけれども、健在であることがここだけで分かる。

 健在なのは、そのキャラクターだけではない。
 この歳になって、声の劣化が全く感じられないのだから、さらに驚く。
 陽水サンを見いだした福岡のラジオ局ディレクターサンも初め、その 「声」 に魅了された、という証言はじゅうぶん納得できるし、当時のスタッフが売れないアンドレ・カンドレに固執し続けた理由というのも、その特異な世界とともに、声の良さに参っていたのだろう。
 じっさい私が陽水サンに惹かれたのも、まずはその、通りのいい声の良さに対してだった。

 陽水サンの幼少時代を彩るのは、真っ黒になった炭鉱夫たちである。

 炭鉱住宅に遊びに行って共同浴場に招かれて見た、炭鉱夫たちの様子は、陽水サンの目には異様に見えたそうである。
 「真っ黒で、目だけが白く光っていて、力仕事をしているから、筋肉がすごい。 黒光りして。 それがお風呂に入るから、お湯は真っ黒」。 陽水サンは、「地底から、地の底から」 という表現を使っていたが、まさしくそれは、地底からわき出てきた、異世界の住人のようだったのだろう。 子供のころ坑道の暗い入口にたたずんで、その暗黒の世界に恐怖を感じ、そこに入って遊ぶことができなかったという。 子供時代に誰もが持つ、「怖い場所」 は、人間形成の上で大きな影響を及ぼす気がする。

 「モダンガール、略してモガ」 だったお母様の影響も、大きかったようだ。 九州の炭鉱町、田川は、当時石炭の景気でにぎわっていたからこそ、文化的な水準が高かったと言う、ジャズピアニストの山下洋輔サンの証言から、モガで歯医者の嫁(=裕福)であった陽水サンのお母様の行動は、おおよそ察しがつく。
 そして、時代とともに訪れる、炭鉱町の没落。 小学校あたりでその様子を目の当たりに見た陽水サン、それは「絵本の世界」 が終わりを告げるような感覚だったのではないだろうか。 陽水サンの歌にたびたび現れる独自の終末観、みたいなものの原点を見た気がした。

 美空ひばりサンや三橋美智也サンなどの歌謡曲から、音楽への興味を持ち始めた陽水サンが、ラジオのランキング番組に夢中になるなかで、ビートルズが現れた衝撃をまともに受けたのは、当然の成り行きのように思える。
 ここでエド・サリバン・ショーの映像が出たが、「ベストヒットUSA」 でも同じ映像を 「8月24日に解禁された」 と小林克也サンが語って紹介していた。 放映禁止にするほど、大した映像じゃない気がするのだが。 まあいつものEMIのテなのだろう。 ちょっと余談だが。

 陽水サンの曲を聴いた陽水サン初期のマネージャー、川瀬泰雄サンが 「ビートルズ好きだろう」 と訊くと、「別に」。
 …と言いながら、スタジオでガンガン、ビートルズの曲を弾いていた、というエピソードも、ビートルズ自体があまりに基本になりすぎて、ベタなのを知られたくなかった陽水サンの照れ、というものを感じる。

 アンドレ・カンドレ時代の写真も、私は今回初めて見たが、なんか、焼肉屋の芸人、たむらけんじサンに似ているような(笑)…。 でも、けっして美男子とは呼べない陽水サンが、大きなレイバンのサングラスをかけて、自分をカッコ良く見せようとしていたような感じが想像され、雑誌か何かの紹介文も含めて、結構面白かった。

 小室等サンは、アンドレ・カンドレのレコード制作に携わったひとりであるが、「ネーミングに象徴されているように、なんか、見くびっているような。 自分が面白がったこの程度で、世の中は自分を注目するだろうくらいのことを、軽く見ているところがあったんじゃないか。 だから小さくまとまりすぎていた」、と言う。 小室サン、相変わらず鋭すぎる証言である。

 アンドレ・カンドレはフォークムーブメントの中で埋もれていくのだが、「ビートルズが好きで、一般的な歌謡曲が好きだった」 という陽水サンがアンドレ・カンドレ時代に作った曲は、今回この番組で紹介された自筆の歌詞を見る限りでは、世界観の独自性は優れているものの、まだどことなく、凡庸な気がした。 しかも時代と合っていない、とくれば。

 井上陽水としてのデビュー曲、「人生が二度あれば」。
 この曲を私は、陽水サンがブレイクしてから聴いたのだが、あまりにパーソナルな泣き節に、ちょっと引いた覚えがある。 何かご不幸でもありましたか?みたいな。 「両親をヨイショしようと思った」、と言う陽水サンであるが、当時のスタッフ、安室克也サンの証言によれば、「『人生が二度あれば』 の陽水は、泣いている」 と言う。 確かにこの曲を歌う陽水サンは、VTRでは、汗にまぎれて涙も流れているように見える。
 この詞に出てくる 「父」 は、65歳。 1972年当時で65というと、相当年老いている印象がある。 陽水サンのお父様のことはよく知らないが、逆算すると、陽水サンはこのお父様が40過ぎに授かった子供、ということになる。 当時私は、何となく陽水サンが、年老いた両親を自分なりに想像してこの曲を書いたのではないかと思っていた。 つまり、フィクションだと思っていたのだ。
 22、3あたりでこの詞を書ける才能というのはすごい。 私は今年44になるが、健在ではあるが年老いていく両親を見ると、この歌のような感傷的な気分になることを告白する。 ハタチくらいの時には、将来そんなことを思うことになろうとは、まったく思わなかった。 

 ここで陽水サンが、自分がこの世界で生きていくことのできた理由を語っているような、興味深い話をする。

 「自分の曲を多くの人が受け入れてくれるはずだとかね。 でもそれってそんなに深刻に考えていたわけじゃなくて、まあ、ちょっと軽はずみな感じで。 ちょっと自信過剰なところもあるんですよ。 つまりそれがないとこの仕事はやれないですね。 そんなに謙虚で、やれるのかしら。 …だいたいこうやって表に出ている人っていうのは、ちょっとそういう意味では、おかしなところがないと、成立しないのかも知れないね」
 五木寛之サンや、山下洋輔サンによると、陽水サンというのは、なんだかとてもとんがった、人に襲いかかるような部分もあるらしい。 エキセントリックでなければこの世界では生きていけない、という、陽水サンなりの処世術なのだろうか、などとぼんやり考えてみた。

 「夢の中へ」。
 陽水サンの、初めてのヒット曲である。
 多くの人がそうだったように、私もこの曲によって、陽水サンを知った。
 最初この曲を聴いた時は、ずいぶんへんてこな曲だなあ、と思ったものだ。
 なにしろ何かがどこかにいっちゃって、一生懸命それを探すのに出てこない、という、誰にでもある経験を歌いながら、その人に 「夢の中に行きませんか?」 と誘っているのである。
 しかも、サビの部分が、「ウフフ、ウフフ、アーアー」。
 そのうえこの曲は私のまわりでヤケにウケていて、小学校の学芸会でも、同時多発的に、合唱となるとみんなこの曲をとりあげていた。 当時小学3年だった私も、何かをなくしてしまった時、それを探しながらよくこの歌を歌ったものだ。 小学生あたりに与えるインパクトの凄さを、こういうところからも感じたりする。 
 番組では、六文銭のギタリスト(だったっけか)、安田裕美サンの証言で、ヒットチャートの上位入りを素直に喜ぶ陽水サンの姿を伝えている。
 「人生が二度あれば」 とも相当曲調が違うこの 「夢の中へ」。
 やはり、世間に受け入れてもらうために、かなりの試行錯誤を重ねていたのであろう。

 「心もよう」。
 ツインギターがロックっぽくて印象的だった 「夢の中へ」 から一転、当時はモロに歌謡曲っぽい気がした。
 しかし、この曲の歌詞はだいぶ印象的だった。 「青い便箋が悲しいでしょう」。 「あなたにとって見飽きた文字が季節のなかで埋もれてしまう」。 曲調はチェリッシュが歌いそうな感じなのに、歌詞は半分、われわれとは思考回路が違う、と思わせるにじゅうぶんな先鋭さ。
 それが、だいぶ直されたものだと知って、ちょっとびっくり。

 その 「心もよう」 のB面に収録された 「帰れない二人」。
 最初はこの曲がA面候補だったという。 売るんだ、いや売れなくてもいいんだ、というぶつかり合いが、当時はよくあったらしい。
 「氷の世界」 も書き直しの憂き目を食らうはずだったが、陽水サンは 「反抗期」 でもって元の歌詞を通した、という。
 結果、アルバム 「氷の世界」 は驚異的なヒット。
 ここで、時の人になってしまった陽水サン自身の苦悩を、番組では取り上げる。
 ここでちょっと、「あの事件」 を匂わすのだが、あえてそこには触れないままで、番組は進行する。 知らなくてもいいことかもしれないが、知っている人には何かと気になる部分である。 このことについては別の記事で触れたので、よろしければそちらをご覧ください。

 「傘がない」。
 知識層によって学生運動からの転換というエポックメーキングな称号をつけられたこの曲、当の陽水サンは別段政治の季節の終焉を意識しながら書いたものではない、と言う。
 「そのムーブメントのなかにいましたからね。 学生運動のなかにはいなかったんですよね。 だからそういう客観的な視野とか、全部を包括した視点で作った歌では、当然ないわけですよね。 だけどその時代に生きていたことは間違いのないことで。 意識しているしていないにかかわらず、さまざまなことを感じながら、毎日生きていたんでしょうけどね」

 いやいや、ずいぶん長く詳しく書いちゃったなあ。

 第1回目を書いただけで、結構ヘトヘトなんですけど。

 どうすっかなあ、この調子で第4回まで書くかなあ。

同番組のほかの記事
その話の前に、クスリの話http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/life-40-ed61.html
第2夜http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/life-40-2-14fc.html
以降なし

|

« 「チューボーですよ!」 えっ、ショーケンがゲスト? | トップページ | リマスター発売に向けて、ビートルズの番組が目白押し? »

テレビ」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/46062336

この記事へのトラックバック一覧です: 「LIFE 井上陽水 40年を語る」 第1夜 「石炭 Beatles 氷の世界」:

» 絢香 ベストアルバム [絢香 ベストアルバム]
"「三日月」は、シングル曲では初めてのラブバラードで、“遠距離恋愛”をテーマとしています。その歌詞は、2004年中旬に、地元を離れて上京することが現実味をもち始めた頃に書かれたもので、それまで時間を共にしてきた、かけがえのない人たちへの深い想いが、込められているそうです。そして、オリコン週間チャートで初登場第1位を記録し、2007年度オリコンカラオケチャートにおいても第1位を記録しています。... [続きを読む]

受信: 2009年9月 1日 (火) 10時36分

« 「チューボーですよ!」 えっ、ショーケンがゲスト? | トップページ | リマスター発売に向けて、ビートルズの番組が目白押し? »