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2009年8月23日 (日)

「佐野元春のザ・ソングライターズ」 松本隆(前後編)

 「佐野元春のザ・ソングライターズ」 ゲスト松本隆サン。

 私個人としては、松本隆サンのイメージは太田裕美サンや松田聖子チャンのメイン作詞家。 「流行作詞家」 の域を出ないイメージ。
 はっぴいえんどの曲は2,3曲知ってはいるものの、その曲の詞が松本サンであるのは、ちょっと信じられない気がする。
 けれども、若い時分にはある意味とんがった、世間に対して挑戦的な作風をしたくなるものだ。 松本隆サンにもそのような時代があり、やがてポピュラーミュージックの中核的な役割として、言ってみれば 「売れる」「大衆受け」 するような作品を量産する、転換点というものがあったはずだ。

 私の興味は今回その点に集中していたし、佐野サンの興味のひとつもそこにあったようで、佐野サンはそのような質問を松本サンに対して繰り出していたが、松本サンから明確な回答を得られたようには感じなかった。
 だが、講義が進行していくうちに、話は別の方向で、興味深い方向へ分け入っていった。

 今年還暦を迎えられた松本サンは、それなりに年を重ねられた印象。 ぼそぼそとした独特の語りで、はっぴいえんど時代からを振り返る。

 1970年代初頭に内田裕也サンなどと繰り広げられた 「日本語ロック論争」。 これも松本サンは 「むこうは大御所ばかりなのにこっちは20歳そこそこの実績のない若造。 それなのに、『ぼくたちはぼくたちの正しいと思っていることをやる、あなたたちは自分のやりたいことをどうぞ』、とよく堂々と渡り合えた」、あれは既成の権威に対する反発だった(主意)と読み解く。 そして、その抵抗はずっと自分の活動のベースにある、と語る。

 ここで興味深かったのは、「困っちゃうのは自分が権威になっちゃったとき」 と自虐的に松本サンが語った部分だ。
 元春サンが 「ハートのイヤリング」 で松田聖子チャンの作曲を依頼された時、松本サンから開口一番 「佐野クン松田聖子プロジェクトというのはね、ナンバーワンでなけばダメなんだよ」 と言われたエピソードを番組後半に披露してくれたが、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった松本サンが、ひとかどの権威の側に立っていたことを、みずから自覚していたことを示す話だ。 本人も、いやなヤツだねェ、と笑っていたが。

 はっぴいえんどではいつも詞が先行だったそうだ。できた詞をメンバーに配り、それぞれ大瀧詠一サンや細野晴臣サンが取っかえっこしたりして曲をつくる、とか。 あの名曲 「風をあつめて」 でも、最初 「手紙」 という詞だったが、結局 「風をあつめて」 という部分しか残らなかったらしい。

 この 「風」 という言葉、定型質問のコーナーでも好きな言葉として、「ベタだけど」 と言いながら松本サンは挙げていた。
 不思議なことに、吉田拓郎サンなどもそうだが、ソングライターたちは 「風」 という言葉が好きな人が、多いように感じる。 つかみどころがなく目には見えない、けれど厳然とそこにある、その自由なありよう、その普遍的なものに、自分の居場所を求めて惹かれるのだろうか。
 後半、「大切なものは目には見えない」「それを表現者は手を変え品を変え表現する」 といった趣旨のことを、松本サンは述べていた。

 その後編では、松本サンが 「運命を感じた」 と言う、松田聖子チャンとの邂逅。

 「80年代を代表する、」 という元春サンの言葉をさえぎって、「彼女は80年代だけでなく、戦後を代表する歌姫である」 と位置付ける松本サン。 松田聖子は全身で感情を表現する、「身体表現の、パフォーマンスの天才だ」 と。
 レコーディング当日に曲を渡すと、瞬時にそれを自分のものとして吸収し、3テイクくらい録ると出来てしまう、聖子チャンの消化力の凄さを絶賛していた。

 ただ現在、松田聖子チャンは、正当に評価されていない感じは、個人的にだが、する。
 ヒット曲を連発した大物アイドル歌手、という評価だけで、なんだか埋もれてしまっているような。
 私は松田聖子という人は、単に大物アイドルだけでなく、それまでのアイドルというものの既成概念をぶち壊した人だと思っている。 歌以外の影響力を発揮した点で、新しい時代の女性像を体現した人だ、と思っている。

 それでも、松本サンは80年代だけではないと語っていたが、個人的な感じで言うと、やはり元春サンが最初に指摘したように、現在のところ、聖子チャンの時代的なカテゴリーは80年代に限定されてしまっているような気がする。
 あまりにオーソリティになってしまうと、素直にその人を評価しようという動きがなくなってしまう、現在聖子チャンはちょうどその時期に当たっているのではないかと思うのだ。

 余談だが、この番組で流れた2008-2009年のライヴの模様も、個人的にはちょっとがっかりしたかな。 キイが下がっているのが。 キイを落とすなどというのは、プロフェッショナルな歌い手には、あるまじきことだと思うのだ(意見には個人差があります)(気を悪くされた方には、お詫び申し上げます)(後記 : この件は、コメント欄で細かく触れましたので、よろしければそちらをご覧ください)

 聖子チャンのシングル盤は、B面の名曲が多いが、松本サンはビートルズにならって、B面も手を抜かなかった、と言う。
 この記事冒頭で触れたが、松本隆サンが、はっぴいえんどの時代から流行作詞家としての変容を遂げた原因のひとつは、やはりこのビートルズのありようが、ひとつのきっかけになっていたことがあるようだ。 ビートルズは絶えず変化をし続け、自分たちのやりたいことを形にし続けた。 私は、そのビートルズの変化が松本サンに与えた影響を見たのだったが…。

 「なにも変化してない。 ビートルズっていうのは、質も量も高かった。 はっぴいえんどは最初から量を切り捨てて、ファンサービス一切ゼロ。 受けなくて当たり前で、最後のほう受け始めたら、それも居心地が悪かった。 松田聖子プロジェクトにかかわったのは、質も量も狙いましょう、と。 時代が追いついたんだと思う。 ある種はっぴいえんどの延長のことやってるだけなんだと。 大瀧サンひっぱり出して、細野サンひっぱり出して。 いまだに 『天国のキッス』 が最高傑作だと思っているのね」

 「なにも変化してない」 と言う松本サンにはちょっと違和感を感じたが、「自分の正しいと思うことをやる」 というはっぴいえんど時代の態度は、まったく変わっていない、ということなのだろう。
 それに、松本隆サンのつくる詞は、はっぴいえんど以降第1作目の 「ポケットいっぱいの秘密」(アグネス・チャン)から、ほとんどぶれていないと言っていい。

 「売れるモノをつくる」 という松本サンの姿勢を追求し続ける佐野サン。
 「いいものだから売れる」「スキルは重要。 語彙の多さも重要。 でも覚えたあとは忘れたほうがいい。 ハウツーで書いた曲はものすごく浅い。 ぼくはいつも真っ白で、そこがいいんだ」(主意)
 「時代を映す鏡ではありたいとは思うんだけど、松田聖子がこんな形で残っていくというのは予測ができなかったのね。 ある意味、時代と歌って関係ないんじゃないかなって(笑)。 なにが普遍か、っていうのを考えたほうが、逆にいいかもね。 時代を読んだり先読みしたり予測したりとかみんな考えるんだけどね、普遍的なものを作り出したほうが、売れるしお金になるっていう、ことだよね。 お金になるっていうのはさ、悪くとらないで、ものすごく現実的な評価だと思うのね。 マーケティングするとね、最初に作ろうと思った時から1年遅れる。 それより、自分のアンテナを磨いていれば、どんなに時代が変化しても、それに対応できる」
 「大衆に支持されている、大衆のなかに残っていく、っていうのが、もっとも重要なこと。 アカデミックにほめられることは、ぼくは頭から一切無視している。 だから、常に大衆だけだね、ぼくが気にしているのは」

 ここらへんの言葉が、流行作詞家としての道に舵を切った、松本隆という人の本質なのではないか、そう感じる。
 ただ、「大衆のなかに残る」 といった点で、いま私自身、松本サンの書いた詞のなかで何が残っているのかを思い返してみた時、あまり大した文句が思い浮かばない、というのは、ちょっと複雑な気持ちになったりする。 「タバコの匂いのついたシャツ」 とか、「都会の絵の具に染まらないで」 とか。 確かに、そこにはハッとするような気の利いたフレーズはあるものの、それ以上の深い思索をすることはできない。 印象的な情景が無限にちりばめられているが、松本サンの本音が、そこから聞こえてくることは、あまりない。

 大衆受けする音楽の、それが宿命なのかもしれないが、松本サンの本音が書かれた作品に、ちょっと触れてみたくもなる。 聖子チャンの曲一曲一曲に込められた、松本サンの言いたいこととは何だったのか、もっと突っ込んで触れてみたくなる。 ぼそぼそしたしゃべりのなかで、その本音をもっと訊き出したくもなった、今回の 「ザ・ソングライターズ」 だった。

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コメント

女性歌手が加齢で声が低くなるのは例外なし。
男声が声変わり以降音域が高い方に広くなっていくのに対して
女声は20代以降個人差で遅らすことはできても
高い方から音域が狭くなっていくことは必然なのです。
故にクラシックのソプラノ歌手も本当にいいのは7から10年ほど
その後はレパートリーが限られてきます。

若い頃の持ち歌を歌わなければならない人は
そこらへんがつらいところ。

あと微妙に誤解しているところがあるけど
そこは会ったときに話しましょう。

フレーズが残る残らないは聞き込み方や
相性があるからしょうがないことです。

流行作詞家に舵を切ったというのは見方の違いだけど
結果的にそうなっただけで事実はまったく違うと思う。
全部の詩作に目を通しておっしゃってるのかは
わからないけど70年代の凡庸なところから
80年代にはさらに先鋭的になっているのは
どう見られますか?

お若いので自身の成長による変化でで70年代と80年代が
別の自分であるあなたの世代と
十分大人だったので70年代80年代とほぼ同じ
感覚で時代の変化を捉えられた我々の世代の
違いというのも考慮しなければならないですが。

投稿: この前はお世話になりました | 2009年8月23日 (日) 21時08分

「この前はお世話になりました」 様
 コメントありがとうございます。 「この前」 がいつかは分かりませんが、以前にもコメントをして下さった方らしいですね。 再度の当ブログへのお運び、またきちんと記事を読んでくださり、ホントにありがたいです。

 私も慎重に言葉を選びながらこの記事を書いたつもりですが、御不快な思いをさせてしまったこと、お詫び申し上げます。

 まず、聖子チャンのプロフェッショナル云々の話について申し上げます。
 私のこれまで見てきた女性歌手のなかには、加齢による声域の低下を克服した人が、何人かいました。 美空ひばりサンとか、二葉百合子サンとかですね。 森山良子サンなんかも、そうでしょうか。
 それはソプラノ歌手のような高い技術力を必要とするジャンルの歌手でなかったからそうできたのかもしれませんが、それは大変な努力の上に、若いころの声域を保っているのだろうなと思ったものです。 若いころのキイのまま歌う、というのも、その歌手の方にとって、歌手としてのプライドがそうさせるのではないか、と思います。
 そんなモノの見方をしてきたので、ちょっと聖子チャンにはきつい書き方をしてしまいました。 あらためて、お詫び申し上げます。

 また、「フレーズが残らない」 云々の話について申し上げます。
 これも、私の説明不足で御不快を感じさせてしまったことには、重ねてお詫びいたします。
 見解の違いという点もあり、ここではあえて弁明は致しません。 こういう考えかたもあるということで、ご理解いただけたら幸いです。

 それから、「流行作詞家に舵を切った」 云々について。
 これは、単に私が数曲しか知らないはっぴいえんどの、松本サンの書いた詞と、「ポケットいっぱいの秘密」 以降の松本サンが書いた詞を比べて、方向性がだいぶ違うのではないか、と思ったことから書いた表現です。
 また、当時全盛期だったアグネス・チャン、また後年では聖子チャン、に詞を提供するのは、「流行作詞家に舵を切った」 と、ある意味言えるのではないでしょうか。 でも私はそれを、非難する立場にはありません。 またそのようなつもりで書いたのでも、ありません。 それでも、私の書き方が不遜だったと思いますので、この点については、反省いたします。

 松本隆サンという作詞家は、私の年代で言えばヒットメイカーのひとりで、記事中にも触れましたが、太田裕美サンの曲などでは、その世界を堪能しました。 「70年代が凡庸」 とおっしゃられていましたが、私の場合、70年代のほうが、ちょっとばかり思い入れが強いかな。
 80年代に入ってからの松本サンを評価するのかしないのかは、やはり個人的な問題ですが、「この前はお世話になりました」 サンのおっしゃられるように、言葉のひとつひとつが持つ感性は、80年代には鋭さを増していったように感じます。
 ただ、その言葉のインパクトにとらわれて、なんだか薄っぺらいような感じになったなあ、とは思っていました。 これは、私だけの感覚かもしれませんので、気に障ったらお許しください。

 ともあれ、このように真摯に、私の記事にお付き合いくださり、とてもありがたいと思っております。 またお気づきの点があれば、コメントいただければ、幸いです。

投稿: リウ | 2009年8月23日 (日) 22時50分

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