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2009年8月11日 (火)

「官僚たちの夏」 第6回 もっとゆっくり語れないか

 「官僚たちの夏」 第6回目は、今まで産業発展に力を注いできた佐藤浩市サンたちが、公害問題を軽視したため、一転してワルモノになる、という展開。
 こういうのは、いいですなァ。
 願わくは、こんなに簡単に、自分たちの非を認めてもらいたくなかった。
 なぜなら、官僚たちのやっていることは、コッチを立てればアッチが立たず、みたいなことの繰り返しだからだ。 この点を浮き彫りにしてこそ、ドラマとしての深みが飛躍的に増す。
 この際、脚本家の橋本サンには、もっとスケールの大きい官僚機構のジレンマを、一番最後に見せてドラマを締めくくってほしいと願うばかりだ。

 このドラマでひとつ不満なのは、意図的に、主人公の風越という人物を、現代的にスマートに描いている点だ。

 こうすると、風越のバイタリティが浮き彫りにされないし、なんでこの人物に、誰もが一目置いて、「ミスター通産省」 などとはやし立てるのかが、イマイチ伝わってこない気がするのだ。 風越は、あくまでアクの強い人物として、視聴者から賛否両論がわき出るくらいの憎々しさをもった人物として描いた方が、ドラマとしてのスケール感が違ってくるように思う。

 同じように、北大路欣也サンの池田勇人とか、長塚京三サンの佐藤栄作とか、政治家のアクの強さが感じられない。 ドラマの中でやっていることは、じゅうぶんアクだらけなのだが。
 例えば今回の長塚サン。
 予算を大蔵省に通すなと命じた北大路サンに対して、憔悴し切ったような顔をしながら、返す刀で次官の西村雅彦サンに、「人事で大ナタを振るったほうがいい」 という重大なことを、こともなげにさらっと言い放って、北大路サンの人脈の一角を切り崩そうとする。 なんだかんだ言いながら、ただじゃ転ばない。 結構やるじゃん長塚サン、という感じである。
 ただそれが、政治家のいやらしさみたいな感じに見えてこない。 スマートに演出されているせいだ。

 ともあれそういう長塚サンの思惑の犠牲となって、船越英一郎サンは左遷される。 公害問題などでリードし続けた男の去り際は、見ごたえがあった。

 それにしても、今回のテーマだった公害問題。

 政府の対応が後手に回った印象は否めない。
 ここで浮き彫りになるのは、こっちの検査ではクロだったが、こっちの検査ではシロだった、というような、事実認定の煩雑さである。
 事実関係も何も、実際に川は汚れ、魚が大量に死に、奇病が蔓延し始めているのである。
 これを何とかしなければならないのに、いくら産業保護を優先していたとはいえ、国は事実認定に気をとられ、対応を誤った、と言っていいだろう。
 実際昭和35年あたりから、その問題の重大さが認識されていたにもかかわらず、公害が収まったのは、それから30年後だったと個人的には思っている。 汚染物質規制や下水道の処理施設の充実などで、環境がようやく正常に戻ったのは、ここ20年くらいのことなのだ。

 ドラマでそこまで切り込むのは、時間の関係上できなかったのかもしれないが、この公害問題が長期化した、という事実の言及は、ドラマの中ですべきであっただろう。

 それほどまでに、このドラマは、いろんなことを詰め込み過ぎている。
 今回私が見ていて思ったのは、10回などという枠でこの内容をやることは、結構きついのではないか、という点だった。

 もっと回数に余裕ができれば、もっと上質なドラマになるのに。

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