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2009年9月 4日 (金)

「LIFE 井上陽水 40年を語る」 第2夜 「麻雀 亡き人々 最後のニュース」

 「中身の濃い、楽しかった時間ですよね」 と陽水サン自身が振り返る、1980年代。 「井上陽水 40年を語る」 第2夜のテーマとなる時代だ。

 1976年に対談して交際が始まった、五木寛之サンの話。 作家やジャーナリストという人々に対して、陽水サンが強い興味を持っていたことを五木サンは回想する。

 そのひとりだった、阿佐田哲也サンには、なかでも大きな影響を受けたという。
 陽水サンの麻雀好きはよく知られているが、阿佐田哲也サンはその道でも独特の哲学を持っていたようだ。 同じ麻雀仲間の黒鉄ヒロシサンによれば、阿佐田サンは 「ばくち打ちでありながら品がいい」、陽水サンは 「勝ち負けにこだわらず、その場の雰囲気を楽しむ」。

 陽水サンが語る阿佐田サンのエピソードで傑作だったのは、ナルコレプシーという突然眠ってしまう病気をもっていた阿佐田サンが、麻雀の最中に寝てしまって、番になって起こされた阿佐田サン、店屋物の寿司を牌と間違えて打った(笑)、陽水サン 「いくらなんでもそれはギャグでしょう」(笑)。

 それにしても、相手の顔色とか場に出した牌の種類とか、麻雀というのは五感を研ぎ澄ませてやるゲームのような気がするが、この阿佐田サンの行動は、いくら病気が絡んでいるからと言っても、理解不能である。 見方によっては、究極のポーカーフェイスとも言えるのだが。
 阿佐田サンのその姿を見ながら、「『虚』 と 『実』 が分からない、そういう価値観は素敵だな」 そう感じる陽水サン。

 「妖しいもの、退廃とか虚無とかアンニュイとかグレーとかが素敵だと思っていた時期なのかもしれない」

 確かに80年代の陽水サンの作る詞は、シュールレアリズムのような 「プッツン」 しているものが多かった気がする。
 それは、「心もよう」 の歌詞を書き直させられたりとか、そういう上からの締め付けがなくなったことが原因だと思う。 もともと陽水サンの作る詞は、心象風景を何か別のものに託して表現することが多い。 いくらワケが分からなくとも、その詞の言葉によって、聴き手は自分なりの情景を思い浮かべることができる。 陽水サンの主眼は、あくまでそこに注がれている気がするのだ。

 「何かこう、抽象的な感じでも問題ないだろうなって、思えるようになったんですよね。 普通で言うと、聴いている人が 『なに言ってるか分からない』 みたいなことでもいいんじゃないかなーと、思い始めたんですよね」

 「ジェラシー」。
 陽水サンによれば、いろんなエネルギーのなかでも、嫉妬するエネルギーはものすごく強いんじゃないか、というコンセプトのもとに、この曲の歌詞は組み立てられていったらしい。
 この陽水サンの話には、強い説得力がある。
 なぜなら、この 「ジェラシー」 という歌の歌詞は、現実に起こっている感じがしない。
 また、その歌詞の文句ひとつひとつ、嫉妬心を直接描いているわけでもない。
 すべてはイメージのなかだけの、まるでガラスのような繊細な言葉が続くだけの歌だ。
 そこから、陽水サンは 「さあこれがジェラシーの世界です」 と大上段に構えているわけではなく、単に情景を聴く側に提供しているだけにすぎないのだ。
 これは、私が個人的に考えている、80年代の雰囲気そのもののような気がする。
 あくまでスタイリッシュであるが、実は中身はなにもない。
 変に本気を見せるとみんな嫌がる。
 あくまで本音をはぐらかしながら、熱くなることを避けながら生きてゆく。

 なにも私は陽水サンの詞の、抽象的な中身のない側面を批判しているわけではない。
 本来陽水サンのスタイリッシュな詞は、ひとつの生き方、モノの考え方の提示であったはずなのに、それが主流になってしまった時代の怖さを、説いているにすぎない。
 陽水サンの意図するしないにかかわらず、陽水サンは80年代の時代の空気を象徴する存在であった、と言ってもいいのではないだろうか。

 「リバーサイドホテル」 も、現実離れした、中身的にはなにもないような歌だ。
 しつこく言い訳させてもらうが、これは陽水サンに対する批判ではない。 こういう価値観の提示もありうるのだ。 陽水サンによれば、この曲はギターリフを聴かせたくて、それを前面に押し出した 「斜めの」 イメージで作られたそうである。 この曲、いまでは陽水サンの曲でもメジャーな曲だが、発売当時は、売れなかった。 それがなんで今頃流行っているのか、と思ったら、田村正和サンのドラマの主題歌になっていた、そんなこともあった。

 先ごろ私が別の記事(「ザ・ソングライターズ」 松本隆 前後編)で言及した、松本隆サンの80年代の歌詞も、範疇的には陽水サンのものに近い。 研ぎ澄まされた言葉を繰り出しながら、作詞家の本音が見えてこない、という点においてだ。
 だが個人的な感想と断らなければならないが、80年代の松本サンの歌詞には、まだ世間の人たちに分かってもらおう、という点で、中途半端なところが見えたりする。 それは松田聖子チャンという、メジャーアイドルのステージの、ある面での限界だったと思われる。 その時代にいちばん人気のあるアイドルに、ワケの分からない内容の歌など歌わせられるわけがないのだ。
 その点で、中森明菜チャンには、陽水サンのとびきりシュールな世界に入り込める、ある意味での 「過激さ」 が含まれていたのではないか、そう私は解釈する。
 「飾りじゃないのよ涙は」 という陽水サンの曲は、明菜チャンに歌われたからこそ、当時の世間に受け入れられたと思うのだ。 陽水サンは 「少女A」 の明菜チャンを見て、明確なビジョンをもってこの曲を作ったという。

 吉行淳之介サンの 「モモひざ3年尻8年」(笑)とか、阿佐田サンの麻雀での処し方を教わるうちに、陽水サンは、「むき出しな感情というものを提示すると、よくないって言うか損って言うか、負ける原因になるって言うか」、そういう生き方を学んでいったようである。

 影響を受けた 「亡き人々」 のパートでは、まずジョン・レノンを挙げる陽水サン。
 何よりその声に魅せられたという。
 「無駄な甘さをとったようなね。 細いんですけど、でも心に突き刺さってくるような声なんですよ。 遺伝でできた声帯なのかもしれないけど、精神がそういうものに影響するとすれば、子供の頃お父さんが船乗りでいなくなり、お母さんが亡くなり、おばさんに育てられたっていう子供の環境を考えると、ちょっと短絡かもしれませんけど、大人の愛情というものを自分に持ってこないと生存できないような環境があった気がするのよ。 何かこう、子供ながらにつかみ取ろうっていうかね。 大人たちの愛情とか優しさとか。 とにかく自分に注目を引かせて、そうしないと成立しないような、そういう精神的なハングリーなものが背景になっているような気がするんです」
 私から見ればうらやましいほどの 「遺伝でできた」?声帯をもっている陽水サンが、ジョンの声をここまで深く分析するとは。

 そして 「亡き人々」 2人目は、筑紫哲也サン。
 「ニュース23」 のエンディング曲を頼まれてできたのが、「最後のニュース」。 オファーを受けた時は、陽水サンも困り果てたらしいのだが、タイトルが決まった時はこれでなんとかなる、と。 結果、陽水サンのキャリアを飾る曲のひとつとなった。

 次に、忌野清志郎サン。
 アルバム 「氷の世界」 のジャケットで陽水サンが抱えているギターは、清志郎サンのものだと知って、ちょっと驚き。
 清志郎サンとの思い出を振り返るように、珍しくとぎれとぎれに語る陽水サン。
 「(清志郎サンは)基本的に、人間として上質な人間っていうんでしょうかね…。 だいたいそういう人は無口ですかね。 寡黙ですね。 つまり、口先で適当なこと言わないみたいなことはありますね。 そんなにリップサービスなんかないみたいな。 むしろ、きつい。 なんか言った時にはね。 人間として誠意があるって感じですかね。 簡単なようで難しいですけどね。 ………ですから、年はぼくより下だったですけど、…なんかこう、精神的には上にいた人ですね。 …うん」

 ここで1999年に放送された番組から、「帰れない二人」 をデュエットするふたりの映像。
 当時私もこれを見た記憶があったが、清志郎サンが亡くなってしまったいま、あらためてこの映像を見ると、当時よりずっと万感胸に迫るものがあった。
 VTRでは、「相変わらずだね、井上クン」 と陽水サンに話しかける清志郎サン。 まるで、天国からの声を聞いた気がした。
 「イエー!って言えー!! …ね、いいでしょ? 意味ないんだけど(笑)。 無意味に盛り上がるわけ」
 ジョン・レノンの歌じゃないが、「失うまでその大切さに気付かない」 存在だった。 清志郎サン。

 「帰れない二人」 は、これがまた名曲なのだ。 清志郎サンの証言によると、1番を陽水サンが作り、2番を清志郎サンが作ったそうだ。 VTRでは逆に、1番を清志郎サンが歌い、2番を陽水サンが歌っていた。 なんだかその友情の形が、いい。

 阿佐田哲也サンと陽水サンについて、ここで作家たちの興味深い言葉を聴くことが出来た。
 沢木耕太郎サンと陽水サンは、阿佐田サンから、若いときにヒット作を作ってしまうことで伸び悩んでしまうことをもっと肯定的にとらえろ、最初にヒットを打ってしまえばあとの3打席ノーヒットでも2割5分じゃないか、と言われたという。 それは生きるうえでの余裕みたいなものを与えてもらったようなものだと。
 五木寛之サンは、阿佐田サンのもつ都会人の魅力、ニヒリズム、諦念に触れて、陽水サンはただひたすらに突っ走る生き方とは別の生き方を見つけたのではないか、と言う。
 伊集院静サンは、阿佐田サンと陽水サンの、モノをつくるうえでの共通点は、日本人特有の含羞なのではないか、と指摘する。

 そしてその人々との出会いの末に出来上がったのが、先ほどの 「最後のニュース」 だった、という位置づけをして、第2夜は終わる。

 …

 また長いこと書いてしまったなー。

 なんだかもう、第1夜を書いた時から、すでにヘロヘロなんですけど。 さらにグダグダになってます。 なんだってこんなに、リキ入れて書いてるんでしょうか?(笑) …もういいかなー。 反響があれば、続きは書くことにします(追記 結局書きませんでした…笑)。

同番組の別の記事
その話の前に、クスリの話http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/life-40-ed61.html
第1夜http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/life-40-beatles.html

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