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2009年10月

2009年10月31日 (土)

「あしたのジョー2」 再放送の…その理由は

 日テレでいきなり金曜日の深夜、土曜日の早朝に始まった 「あしたのジョー2」 の、再放送。
 正直言って、面食らった。
 「カイジ」 なんかを再放送したり、思い出したように 「ルパン三世」 を再放送したりすることを、日テレではたま~に見かけるのであるが、「あしたのジョー2」 とは、なんとも唐突である。

 VHSビデオで大昔の再放送をとっくにコンプリートしているのであるが(大変だった~。 その昔VHSビデオカセットは、メチャクチャ高価だったから)、地デジで、ゴーストも入らない画質でやるとなれば、これまた録画しまくらねばなるまい(笑)。 HDDさっそく、しっかり予約。

 いきなりオープニングテーマ曲、おぼたけしサンの歌がステレオ。
 そう言えば、最近どこかのテレビで(神奈川テレビかな?)再放送していたのもステレオだったので驚いたものだが、注意深く聞いていると、ちゃんと違う人物の音位置が別々になっていて、いちいち左右のバランスを変えている雰囲気ではない。 よくありますよね、昔の映画を疑似ステレオ、疑似サラウンドみたいなアホ臭い改変をすること。

 けれどもウィキで調べたところ、この 「あしたのジョー2」 は、日テレで初めて放送された、ステレオアニメだったらしい。 へー、まーたひとつ、お利口になっちゃったものなー(この元ネタ知っている人、お友達です)(笑)。
 道理でステレオテレビ放送草創期の、「分かりやすーい」 ステレオになっているわけだ。
 ビートルズの 「ボーカル右、楽器は左」 と、きわめてよく似た発想で、思わず笑ってしまう。
 昔はドラマなんかでも、画面の左にいて画面には見えないような人の声を、極端な左の位置から出していたものだ。 最近じゃ、ほとんどこういう極端なステレオ効果というものは、死滅している気がする。

 ステレオの話はどうでもいいのだが(笑)、まあだいたい、アニメというものは、第1回目の完成度は、メチャクチャ高いものである(笑)。

 「あしたのジョー2」 の第1回目も、その例外ではない。
 出崎統サンのカラーが出まくっている(笑)。
 第1回目のストーリーは、ジョーがゴロマキ権藤との出会いを通じて、丹下ジムに再び帰ってくるまでを描いているのだが、実によく原作がこなれていて、すごく久しぶりに見たのだが、さまざまなことを私に考えさせる、奥の深いものだった。

 それは別の機会に書くこととして(スイマセン)、ひと通り見終わった後、エンディングテーマを 「懐かしいぃ~」 と思いながら聞き入っていたところ、「この後、衝撃のジョー情報が!」 とのテロップ。 ゲッ、保存版にしようとしてるのに、このテロップ要らん!と思う間もなく、「あしたのジョー2」 のDVD・ブルーレイボックスを通常価格よりも15%オフで発売!配送料は日テレ負担!…だと。
 …そーゆうことでしたか…(笑)。

 だけどそれじゃ、こんなふうに地デジで再放送するなんて、やらない方がいいんじゃ…?と思ったのだが、ひょっとするとすごくいいところで、続きはDVDボックスでどうぞ!みたいなことになるんじゃないかと…(笑)。

 まあとりあえず、HDDに録りだめしといて、途中で終了、なんてことになったら、一気に消そうかな、と(笑)。

 「はじめの一歩」 のアニメが中断しているんで、その罪滅ぼしのために 「ジョー」 の再放送を始めたのかと思ったのだけれど、テレビ局がそんなに視聴者のことを考えているわけないか(笑)。

 追記 何回かやったら、今度は1か月後の12月後半に放送とか。 やっぱり、視聴者を、バカにしてますなあ~(笑)。

 再追記 どうも上記に書いたDVD販促のほかに、ぱちんこあしたのジョーの宣伝、という性格も加わりだした様子。 しかも相変わらず、再放送のサイクルはハチャメチャ(笑)。 一週間のまとまった番組表を見ながら、根気よく予約を続けるしかなさそうだ。

 再々追記 結局最後まで、やってくれましたね、再放送。 しかも 「廃人」 とか、現在での放送禁止用語もおことわり入りで流す、という良心さを見せてくれました。

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「ブラタモリ」 銀座 こんな切り口、見たことない

 「不毛地帯」 とかち合ってしまうので、何回もやっている再放送を見ることにした、「ブラタモリ」。 そのせいで、遅れ気味のレビューであります。

 まず気付いたのは、銀座を歩くタモリサンに対する、道行く人の反応。
 前回放送の、「わが街」 二子玉川みたいな気取った街では、ほとんどみんな知らんぷり状態だったんですが、銀座ではすこぶる反応がよかったです。 ホントに皆さん、よく振り返る。
 街によってこれだけ反応が違うというのも面白いですね。 つまり銀座は、時間にもお金にも余裕のおありになるご年配の方々が多い、ということなんでしょう。

 「銀座には高低差がないから興味がない」 と、またやる気のなさそうなタモリサン。 ただ、微妙な高低差があることを指摘されてから、「半分イグアナ」 状態に変身(笑)。 日比谷公園のほうに向かってなだらかに下り坂になっているって、その程度でしかないですけどね。
 でもまあ、銀座っていうのは、江戸の埋め立てが始まる以前からあった、結構古い地域であることも知りました。

 そのために、この地域だけ、比較的整然とした区画整理がなされていて、碁盤の目のようになっている。
 しかし江戸の古地図と現在の航空写真を合わせた画面では、江戸の古地図の正確さに目を見張りました。 伊能忠敬の地図をもとにしてるのかなあ。
 そして大通りと並行して、路地裏も完備している。

 この、銀座の路地裏を歩くくだりは、私もこの歳になるまで銀座を紹介するテレビ番組をいろいろ見てまいりましたが、個人的には初めての切り口でした。

 いちおう私道ではあるそうなのですが、お稲荷さんはあるわ自動ドアはあるわ。 まるで異界の入口に入ってしまった感じ。
 特にその、自動ドアがあるところは、たぶんドトールコーヒー(笑)。 その店舗の敷地内を突っ切っているような形。 閉店後も、その自動ドアは使えるそうなんです。 つまり、この路地裏に建物を建てる時に、地元の有志が署名活動をして、その路地を残すよう働きかけた結果、だというんですね。
 その土地を守ろうとする熱意が、銀座で生きる人々のなかに息づいていることは、ちょっとした驚きでもあります。

 ところ変わって、ビルのなかにめり込んだようなお稲荷さん。
 なんとこのご神体が、そのビルの屋上にあるとか。
 そこの事務員サン?に訊くと、「パイプでつながっているから」 とか、いきなりなに言ってんだこのオバサンみたいな受け答えで(笑)。
 つまり、ご神体は、ちゃんと地面の土の上になければならない、らしいんですよ。 そのためにパイプを下から屋上に通して、そのパイプのなかにそこの地面の土を詰めて、これで地上とつながっている、ということにしたと。 なんかゴーイン(笑)。
 しかも下と屋上がつながっているのは、パイプに詰まった土だけじゃなくって。
 スピーカーもつながっている(笑)。
 だから下で鈴をジャラジャラ鳴らして柏手を打ってお祈りをして、なんていうのが、屋上のご神体にみんな聞こえている(笑)。
 いいのかなー(笑)。

 しかしながら、前回の二子玉川もそうでしたが、タモリサンの興味のない土地での、テンションの低さが気になります。 久保田アナも、何となく実力を発揮してないような感じがしますし。 去年の単発の時は、彼女も自由奔放にやってて、結構面白かったんですけど。

 いや、何もないなら、何もないでいいんですが、そのつまらなさが、番組の内容に、ストレートに出てしまう感じがするんですよ。 タモリサンのやる気のなさぶりを補ってくれる存在が、いないってことなのかな。 まあ、「タモリ倶楽部」 とどうしても、比較してしまうっていうつらさはありますけれどね。
 だけど 「タモリ倶楽部」 だって、長年かけてあのような形に落ち着いているんだし、いまの段階でとやかく言っちゃ、いけませんかね。

 今まで見たこともなかった銀座を見せてくれたりして、その点はやはり、NHKサンはすごい、と素直に思っております。

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2009年10月30日 (金)

「新三銃士」 週イチ20分は、チト短かすぎ

 第1回から10回まで、月金でやってくれていた、NHK人形劇、「新三銃士」。

 今週から金曜日だけの放送になって。 あー今日が待ち遠しかったぁ。

 放送時間が長くなるのかと期待していましたが、月金の時と同じ20分。

 いくらなんでも、短かすぎですよ。

 「三国志」 だって、週イチだけど、45分やってましたよ。

 まあ、「新三銃士」 の場合、45分じゃちょっとしんどい気もしますが。 何せ軽~い内容だし(笑)。 物語を単純化しているので、45分もの時間視聴者を引き付けるようには、できていない気がするんですよ。 まず子供が無理でしょう。

 でも、せめて30分とかに、ならないですかねえ?

 三谷サンもお忙しいのは分かりますが。

 私の甥(小学1年)も、楽しみにしております。

 特に、ダルタニアンのことをポルトスなんかが 「タニヤン」 と呼ぶのがおかしいらしくて、チョーウケてます(笑)。 あとリシュリュー枢機卿を 「鼻デカぼんぼりヤロウ」 とアダ名していたのも、受けてるみたいです(笑)。 「なんでこの人ボールみたいなの?」 とか(笑)。

 まあ、子供向け番組なんですけどね。
 でも、さすがは三谷サン、大人が見てもじゅうぶん面白いです。 「三銃士」 の重厚な話を期待していた向きには、不評らしいですけど。
 だけどこの番組は、永久保存のつもりで、ワタクシ録画しております。

 だから週3くらいで、やってくれませんかねえ?

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円楽師匠が 「笑点」 で見せたもの

 三遊亭円楽師匠が癌で亡くなったとお聞きして、とてもショックだったのですが、なんだか今年は有名人の訃報が多過ぎて、もういい加減にしてくれ、もう誰も亡くならないでくれ、と思わずにはいられません。
 円楽師匠のお声は、未だによく耳にします。 TBSラジオ 「大沢悠里のゆうゆうワイド」、日本香堂のお線香のCMで、脳梗塞以降のろれつがちょっと怪しいバージョンなどが、毎日流れているのです。 これも来週からはなくなるのでしょうか?

 76歳というのは先日亡くなった南田洋子サンと同い年。 私事ですが、私の祖母もその歳で亡くなったことを考えると、年齢的には致し方ないのかもしれませんが、若いころからテレビで拝見していた人が亡くなるのは、私の人生前半の終焉も、強く感じざるを得ません。

 今日の日テレ、夕方6時台ニュースの 「リアルタイム」 では、自局の看板番組 「笑点」 の関係もあってか、30分以上割いて、追悼特番を放送していました。 さらに明後日(11月1日)の午後4時55分からは、緊急追悼番組を放送するとのことです。

 個人的に、「笑点」 での円楽サンの役割を振り返ると、失礼ながら、だいぶ緩い取り仕切りかただったなあという気がします。
 これは、前任の司会者、三波伸介サンの過激な司会ぶりから比べれば、という話であります。
 三波サンは、回答者の座布団がなくなると、上着(羽織)まで剥ぎ取っていた。 それに比べると、円楽サンの司会ぶりは、とてもソフトで、私はそれを、ちょっと物足りなく思っていました。

 けれども、「笑点」 がここまで長寿番組たりえたのは、そのソフトな司会ぶりのたまものだったのではないかと、今更ながら感じています。 円楽サンが過激な司会をしなかったのは、円楽サン自身のスタイルを貫き通した、ということでもあるし、人情噺の落語家であった円楽サンの、面目躍如、といった面もあったと思います。

 私が円楽サンをすごいな、と感じたのは、実は脳梗塞で倒れられてからです。 病気をされてから 「笑点」 に復帰され、しばらく前説だけをやっていた時期があり、そして 「笑点」 を勇退されるまでの過程は、つぶさにテレビで拝見したものです。
 落語家としての、執念を感じました。
 ろれつが回らない状態のまま人前でしゃべることで、若かりし頃 「星の王子さま」 とまで自称していた円楽サンの自尊心は、どこまで傷ついたのでしょうか。 それでも前説をしゃべり続け、そして、こりゃもうダメだ、お客さまに申し訳ない、と思った瞬間の気持ちは、いかばかりであったか。
 この過程を見ていて、文楽だったか、「出直してまいります」 と頭を下げて高座を降り、そのまま亡くなったという落語家の魂を、ちょっと連想したものです。

 すぐれた落語家は、その生きざままでひとつの 「噺」 たりえる、ということを、僭越ながら感じております。 円楽師匠、お安らかに。

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「ギネ」 第3回 大量妊婦!

 「ギネ」 の第3回は、國村準先生の回診です…って、どこかで見たようなオープニング。 西田尚美サンに 「『白い巨塔』みたいなのかと思った」 と、セルフツッコミさせていて笑いました。
 こんなことまだあるのかって、…私も10年くらい前に入院した時、ありました、そう言えば。 あんなにゾロゾロいませんでしたけどね。 しかもこのドラマのロケ地?昭和医大病院でした。 たしか。

 その國村教授が誕生日だというので、医局は焼肉屋の手配とか会費とか。
 結局誕生日当日、嵐のような忙しさで、國村サンと内田有紀チャンだけが焼肉屋でふたりだけの食事…という、「ER」 で何度も見たような気のする場面でしたが。

 その、嵐のような忙しさの原因となったのが、ほかの病院の産婦人科が火事になってしまって、産気づいてしまった妊婦サンが大量に転院してきたことと、プールの天井が落ちてきて、マタニティコースの生徒サンが運び込まれたこと。

 いろんな妊婦サンがいて、面白かったです。 特に産科医サンの妊婦サン。 「ヘタクソ!」 とか、担当医を罵倒しまくり(笑)。
 そんなバタバタしたなかでも、舞い戻って来た國村サンがパッと取り上げた、難産の赤ちゃんの出産シーンでは、ちょっとウルウルしてしまいました。 この妊婦サンの演技が、いちばんよかったなあ、今回(笑)。
 いやしかし、妊婦サンは、大変ですよね。

 さて、その嵐のなかで埋没してしまったかに見えた、藤原紀香サン演じる柊先生なんですが、今回はちょっと、その頑なな感情の原因を垣間見たような感じ。 まあ、それにしても、まだまだなんか、ありそうな感じなんですが。
 その柊先生、息子と一緒に商店街を歩いているとき、八嶋智人サン親子と遭遇するんですが、とても自然な笑顔で会話しておりましたですね。 普通に談笑できる能力があるんだー(笑)。 ちょっと意外(笑)。 そりゃ、普段からあんな鉄面皮では、怖すぎます(笑)。

 その八嶋サンの奥サン役の、さっきの西田尚美サン。
 ようやく大勢の患者がさばけたと思ったその矢先、また大量出血。
 やけに元気な役だし、八嶋サンや娘サンや、家族のことも執拗に描いているために、何となく死亡フラグが立っているような感じなんだけど。 助かってほしいです。

 今回リアルタイムで見られなくて、録画で見たんですが、字幕が出ないモードでの録画なので、ちょっとセリフの半分くらい分からなかった、というか。
 いつも字幕付きで見てるんですよ、私、このドラマ。
 字幕見ながらのほうが、よく分かる気がするんです、このドラマに関しては。

 番組HPによると、テンポが速いうえに専門用語の乱発で分かりにくい、という声もあるみたいですね。 ただ私は 「ER」 でさんざんそれに慣らされてしまっているせいか、さほど気になりません。

 私が気になるのは、紀香サンがこのまま最終回まで、無愛想な鉄面皮女のままなのか、っていうことくらいです(笑)。

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2009年10月29日 (木)

「不毛地帯」 第3回 友達になれそうな人、まったくいません

 当ブログ 「不毛地帯」 第1回の記事で、警察の厳しい取り調べに負けない、自分が泥をかぶるという精神の持ち主など、いまの日本には死滅していると書いたのだが、今回の松重豊サン演じる小出という人物を見ていて、ちっと考えを微調整しなければという気持ち。

 つまり、自分が泥をかぶるほどの価値のあるものが、いまの日本には死滅している、ということになる。

 小出はあくまでシラを切ろうとしたのだろうが、会社のほうが小出に対して、冷たすぎた。
 自分が泥をかぶるほどの価値がないと見切った瞬間、人間は裏切り者の道を選ぶのだ。

 あくまでドラマでの描きかたに対して論評するが、唐沢寿明サン演じる壹岐正が、終始小出に対して冷たすぎた、というのがまずい。 これほどないがしろにされたら、どんな人間であろうと敵愾心を抱いてしまうことだろう。
 会社という組織内でチームを組んでいる以上、上司が部下に対する態度は、厳しさを基本とすべきだが、そこには絶えず、一定の温かいフォローが必要だ。
 たったひとつの心遣いを怠って、後々取り返しのつかないことになるケースはとても多い。 上司は絶えず、部下の達成感を満足させることが必要なのだ。 厳しいだけでも、やさしいだけでも、部下はついてこないものだ。

 新聞社に対する工作とか、ラッキード社長の記者会見とか、緻密な頭脳戦をいくら壹岐が仕掛けても、こんなところから堤防はもろく崩れる。
 壹岐が、天皇陛下の責任を回避しようとしたのは、それだけの価値があると壹岐自身が思ったからだ。
 小出が会社を裏切ったのは、その真逆である。

 その裏切り者、小出を演じた松重豊サン。
 不気味だったー(笑)。
 やっぱり、ただのタイコ持ちの役ではなかった。 おしまいに見せる、悪意に満ちたような笑顔。 こういう、怖い役というのもあるんだと、ただひたすら感心。

 それにしても、その小出から近畿商事の株券をもらっていた古田新太サン、見苦しいにもほどがあるっていうか(笑)。 キャバレーで他人に見せてはヤバいその株券をホステスにびらびら見せびらかすし、米びつにその株券を隠していたのを、重たい米びつごと抱えて逃げようとするし(笑)。 このドラマ、好もしい人物が、ひとりも出てこないような気がする(笑)。

 古田サンだけでなく、阿部サダヲサンとか、段田安則サンとか、伊東四朗サンとか、ついでに言えば壹岐の息子(笑)とか、友達になれそうな人物が、ひとりもいないっていうか(笑)。
 コラ息子! 一生懸命頑張っている父親に、なんという態度だ!(笑) オレなら蹴飛ばしちまうぞ!(笑) 娘のほうも多部未華子チャン、つきあってる男の子が、鮫島って(笑)。 それって出来過ぎ、というか(笑)。

 オマケに言えば、和久井映見サンも、小雪サンも、なんかとっつきにくそう(笑)。
 私とはまるで別の世界のドラマ、という感じなのかな。

 ただ、唐沢サンの壹岐正にだけは、感情移入できる。
 マジメに生きようとしている男だから。

 そんな真面目一直線の男が、浮世の闇をしょって歩くさまは、とても悲しくて、美しい。

当ブログ 「不毛地帯」 に関する記事
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-6a81.html
第1回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/1-05a5.html
第2回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/2-w-070f.html
第3回 (当記事)
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/4-9755.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/5-abb7.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/6-d4bd.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/7-8677.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/8-4f4a.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/9-cdc5.html
第10回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/10-183b.html
第11回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/11-0587.html
第12回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/12-68a7.html
第13回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/13-2599.html
第14回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/14-4fa8.html
第15回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/15-d4df.html
第16回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/16-3ac8.html
第17回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/17-2-6e30.html
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-b645.html
第18回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/18-5177.html
第19回(最終回) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-7b99.html

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2009年10月28日 (水)

小島慶子、吉田照美の番組に乱入!

 「小島慶子 キラキラ」 水曜日の、宇多丸サンとのオープニングトークは、あの激論の一件もあって毎週注目しているのですが、今日は番組開始早々、小島サンがコーフン気味に、文化放送の朝の番組、「吉田照美 ソコダイジナトコ」 に乱入してきたと話してました。

 なぬーっ? 聴きたかったなあ。

 ここんところ、「ソコトコ」 を聴ける環境になくて。
 あっ、それで別の話思い出したんですけど、文化放送、電波が弱すぎるぞぉーっ!
 特に冬の朝は、カーラジオでもまともに聴けなくて、イライラしてるんですけど。 在京のラジオ局のなかでは、いちばん電波が弱いんじゃないですかね。
 浜松町に社屋が引っ越した時、これで今まで弱かった電波も強くなるのかな、と思ったけど、ちっとも変わらないし。
 昼間はいいんですけど、夜とか朝とか、ハングル放送?に負けてます(笑)。
 「ソコトコ」 を聴かなくなっちゃったのも、そのせいが大きいです。

 話を戻しますが、小島サンは照美サンのファンらしくて、「キラキラ」 では以前から、照美サンの番組に出たい出たいと話しているのを聞いていました。
 その割に、照美サンの顔はひらがなの 「そ」 みたいだとか、ヒドイこと言ってたんですが(笑)、「キラキラ」 と 「ソコトコ」 の共通コメンテーターであるジャーナリストの上杉隆サンつながりで 「ソコトコ」 に乱入しようとしたらしく、ようやく今日、それが叶ったというわけです。

 それにしても、小島サンってTBSの局アナですよね? でも、ラジオって結構、他局との垣根が低いですからね。 これがラジオのいいところですよね。 「ソコトコ」 のホームページに、その様子が載っております。 ↓コチラ

 http://www.joqr.co.jp/blog/soko2/archives/2009/10/post_1320.html

 マシンガントークとか書いてありますが、文化放送のかた、小島サンの番組を知らないですね(笑)。 小島サンは、いつもああです(笑)。

 って書いててふと気付いたのですが、小島サンのスーパーハイテンションは、「キラキラ」 が始まってからですよね。
 私が小島サンに触れていたのは、「キラキラ」 の直前までやっていた 「久米宏 ラジオなんですけど」 でしたが、これほどまでにはじけてませんでしたよ、小島サン。
 ようやく本領発揮、というところなんでしょうか。 いままで、その個性が発揮される場所が、なかったんでしょうね。 「キラキラ」 では、まさに水を得た魚、という気がします。

 小島サンによれば、今日照美サンにお会いして、「そ」 の顔がまじめな顔になると 「ま」 になるとか(笑)、相変わらず素直な感想を述べておりましたが(笑)、「意外と照美サンは、いい男である」 という持論を展開しておりました。 TBSのノベルティを 「ソコトコ」 スタッフに置いていったとのことでしたが、文化放送サンからも、 「ソコトコ」 のノベルティとか、たくさんもらったそうです。 YK型という、照美サンの音楽ユニットの曲をかけてくれとか頼まれていたらしいですが、番組ではかけなかったみたい(笑)。 照美サンの画集、「バルサの翼」 のボロボロになったヤツをもらったらしくて、なんでこんなボロボロのとかこぼしてましたけど(笑)。 それにしても、YK型とか 「バルサの翼」 とか、「やるマン」 で話題になっていたものですよ(笑)。 まだ引きずってんですか照美サン(笑)。

 いやだけど、聴きたかったなあ。 昔は 「やるマン」、いまは 「キラキラ」 ですからね、私の午後のラジオのお気に入りは。 今度は、「キラキラ」 に照美サンをゲストで呼んでいただきたいものです。

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2009年10月26日 (月)

「天地人」 第43回 いままでで一番の出来でした

 「天地人」 第43回、いよいよ物語も佳境、というところですが。

 今回のメインは、妻夫木クンと小泉孝太郎クンの兄弟の絆。
 脚本が、素晴らしかったです。 あんまりシャミセンを弾かないでもらいたいものです。 これだけの話を書けるのならば。

 石原良純サンの福島正則と話しこんでいるうちに、半ばたきつけられたような、小泉クン演じる大国実頼。 妻夫木クンが徳川との折り合いをつけるため、上杉の存続をかけてギリギリの選択をした本多正信の息子との婚儀も、東幹久サン演じる泉沢が止めるの聞かず、自分の一存で断ってしまう。
 自分は上杉家中の不満を代表しているのだ、もののふが自らの保身に汲々としてどうなる、という、このときの小泉クンの表情は、まるで郵政民営化を強引に押し通し、自民党がぶっ壊れても構わない、という覚悟を前面に出していたころのオヤジサンをほうふつとさせる姿でした(笑)。

 当然徳川方は、これに乗じて上杉をとりつぶそうとするんですが、妻夫木クンは終始一貫して、本多親子や徳川に平身低頭、平謝りし続ける。

 これを上杉が徳川にヘーコラしている、上杉の義はどうした、情けねー、誇りがないのかなどと、口で言うのは簡単です。
 事実上、上杉がお家の存続を第一に考えたのだとしても、それは武士道にもとることだとしても、そんな批判の嵐のなかで職務を全うしようとした妻夫木クンの覚悟たるやいかに、と思われてなりません。

 本多親子のもとを謝罪に訪れた妻夫木クンは、ここで重要なセリフを言うのです。

 「義だ、誇りだと、声高に叫ぶ者たちの心中にあるのは、ただおのが体面のみ。 我らが奉ずる義とは、もっと大きなもの」

 結局それがいかなるものであるのかは、このシーンではついに語られませんでしたが、要するに上杉の義とは、狭義なメンツなどではない、ということなのです。

 メンツというのは、自らの信じるものに潔くありたい、と思う心のことだと思いますが、それは裏を返せば、自分や自分のお家さえカッコよければいい、という勝手さと、表裏一体の部分がある。 泥をかぶることは、その点においてまことにみっともなく、カッコ悪い。 だがいくら後世からカッコ悪いとの謗りを受けようとも、生きのびてこそ浮かぶ瀬もある、という兼続の考え方は、現代でこそますます光ってくる考えのように思えるのです。

 ここで妻夫木クンの申し開きを聞いていた本多正信の描きかたが、またよかった。
 終始、黙ったままなんですよ。 妻夫木クンをじっと見据えて。
 そして絶望的状況だった上杉家に対して、寛大な処置を進言する。 小泉クンの首がつながって、高野山に追放、ということですよ。
 男は黙ってサッポロビール(笑)、って感じです。 松山政路サン。

 そのあとひとり酒を飲む妻夫木クンの場面もよかったぁ。
 小泉クンから言われた、「兄上のやっていることは、ホントに上杉のためなのですか?」 という言葉を思い出して逆上し、いったん盃を振り上げるのですが、思いとどまって投げるのをやめ、「…実頼…」 と絞り出すように吐き捨てる。
 自らも、武士としてのメンツを守りたいという気持ちがまだ心のなかにくすぶっているからこその、このシーンでした。
 こういう、「上杉の義」 をめぐる複雑な葛藤は、物語を限りなく深くしているように思います。

 高野山へ追放の沙汰を妻夫木クンから申し渡され、「私を死罪にして、家中への見せしめにしてください!」 と迫る小泉クンに、妻夫木クンが言うセリフ。 今年の大河のなかで、最も感動した気がします。
 「実頼、この世の中、捨てたものではない。 生きて罪を償えば、また新たな望みも生まれる! 罪を負うておるのは、わしもじゃ…。 実の弟を、ここまで追い詰めてしもうた…。 たとえ、今生の別れでも、心は常に、お主とともにある…」
 泣きました。

 開墾が続く農地で、妻夫木クンがふと見かけた幼い兄弟に、与六と与七時代の姿を思い出し、胸を熱くするシーンは、その涙をさらにダメ押しさせていただきました。
 ここでダメを押されるとは。 すごいですよ、ホント、この脚本。

 冒頭にも書きましたが、これだけの優れた話を書けるのならば、シャミセンなど弾かないでもらいたいものであります。

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2009年10月25日 (日)

「JIN-仁-」 第3回 自分の病との闘い!

 当ブログへの強力コメンテーターである葵サンが指摘して下さったように、人を信じる力でドラマが動いていく、「JIN-仁-」。

 その第3回目は、コレラを治療していた大沢たかおサン演じる南方仁自身がコレラに罹ってしまう、という展開と、南方が救った戸田菜穂サンが今度は辻切りに遭って死んでしまう、という展開。

 ふと現代から持ってきた中谷美妃サンとの写真を南方が見ると、Vサインの手が逆になっていたのが、元に戻っていて。 要するにこれって、戸田菜穂サン演じるオッカサンが死んだことで、歴史が元に戻った、ということなんでしょうが、いったいどんな因果でVサインを出した手が変わるのか、ちょっと知りたいです(笑)。
 私の推理としては、戸田菜穂サンが生きていると、南方が中谷美妃サン演じる花魁に出会うきっかけがなくなり、中谷家を左利きの家系にしてしまう、とか(笑)。 なんじゃそりゃ?(笑)。

 戸田菜穂サンのオッカサンの死で無力感を抱いてしまう南方でしたが、先週に引き続いて、綾瀬はるかチャン演じる咲の励ましで気力復活。 つくづく、人を突き動かす言葉を持っております、咲チャン。
 つまりそれは、咲がその時代の女性として、まるで刀の先を目の前に突きつけられているような、重たい決意を秘めながら生きていることに他ならないのです。 「MR.BRAIN」 のズッコケ助手のはるかチャンとは大違い、という感じもしますが、よく考えてみると、その思い込みの一途さにおいて、とても共通項がある気がしてきます。

 そのはるかチャンの励ましによって大沢たかおサンは、いくら自分が無力でも、精一杯やるだけのことはやろう、と決意します。 そうすれば中谷美妃サンも、未来の世界で助かっているかもしれない、という、かすかな望みを抱いて。

 この一連の展開は、人生とは自分のうちにある病との闘いなのだ、ということを私に感じさせます。

 自分の力のなさに絶望したり、置かれた環境に絶望したり、南方は、自分のネガティブな気持ちに、ときどき打ちのめされますが、いくら絶望的な状況でも、望みは持っていこうと、最終的には思い至る。
 コレラは、南方にとって、それが最もわかりやすい形で現れた、「死に至る病」 だったのではないでしょうか。
 病気というのは、気力が充実している人から、逃げていく傾向にある気がします。
 病は気から、ってヤツですね。

 それと同じに、人間は心のなかにも、避けることのできない病を抱えているものだと思うんです。 いやだな、と思うことから逃げたり、楽して遊んでいたい、とか。
 南方の場合、それが未来の世界を変えてしまうのではないかという自己保身の気持ちだったり、自分が何をやっても世の中変わらないよ、という無力感だったりしたわけです。

 いかにして自分のそういう病んだ心に気付いていくか。 そんなとき、まわりに咲のような人がいてくれると、とても助かりますよね。 このドラマの舞台である幕末には、咲だけでなく、南方を支えてくれているいろんな人がいる。 そりゃいまに比べたら不便な世の中かもしれないけど、人と人との結びつきという点では、ずっと便利な世の中なんじゃないでしょうかね。

 いやいや、説教臭い話になってしまいました(笑)。

当ブログ 「JIN」 についてのほかの記事
第1回 荒唐無稽との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---1-e9ae.html
第2回 建前との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---2-f3b1.html
第3回 自分の病との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---3-3290.html
第4回 女としての闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/---4-542b.html
第5回 梅毒との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---5-9dba.html
第6回 リアルとの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---6-25d6.html
第7回 明日のための闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---7-87b0.html
第8回 自分の器との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---8-e9a7.html
第9回 心意気どうしの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---9-8cf0.html
第10回 ああもう、どうなっちゃうの?との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---10-670a.html
第11回(最終回)続編あるかどうかとの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---7290.html
番外 続編の可能性を、もう一度考えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---a138.html

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「恋のから騒ぎ」 最近どうも、モヤモヤします

 久々に、下らない話ですが、のお断りつきです。

 「恋のから騒ぎ」 はどうも、最近混沌としているような感じがいたします。

 混沌のいちばんの原因は、序盤ぶっちぎりで突っ走っていた、民謡チャンの露出が、めっきり減ってしまったこと。

 そのうえ大外から一気に民謡チャンを追い抜いた感のあったPTAチャンが、やはり失速気味なこと。

 そこで最近目立っているのは、安定感のある建設会社社長ですか。 だけど私、失礼ながら個人的にはこの人苦手です。 なんか、笑い声がすごいし(笑)、楽屋で怖そーな雰囲気だし(笑)。

 それから近頃けっこう説教部屋に呼ばれる確率の高い、金持ちチャン。
 どうも、悪いけど好きになれません、って当然か(笑)。 金持ちなのをひけらかしてるだけですもんね。 キャラを作っているにしろ、私のようなビンボー人にはいちいちカチンとくる人ですね(笑)。

 この金持ちチャン、今回シャガールの絵を買ったとかしゃべってましたが、まあ一応、シャガールというのはその作品数が多いので、市場的には比較的リーズナブルな値段で原画が出回っては、います。 だけどさんまサンが言っていたように億とかではないにしろ、結構な値段であることは確かです。 まあ、別にいいですけどねっ。 恵まれた人生を、お歩みくださいっ!(笑)

 それにしても、ハイパーチャンですか、先週から加入した広島の女の子。
 面白いんだけど、どれだけあのキャラでもたせることができるのかなー、という感じです。

 民謡チャンにしろPTAチャンにしろ、1年を通してこのコに任せとけば大丈夫、という持久力が、なかったんですかね。 つくづく大変なのは分かるんですが、どうも最近、困った時には建設会社社長、という感じで、見ていてモヤモヤします。 民謡チャン、振ってもつまんないんですかね。 個人的にはもっと見たいんだけどなー。 やっぱり魔性の女の恋愛ストック、あまりなかったのかなー(笑)。

 この番組、面白くさせるために、女の子たちがキャラを作っている、というのは分かるんですが、どうもそれが見ている側をムカつかせるような方向に行きはじめると、途端に番組としての吸引力がなくなる気がします。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

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2009年10月24日 (土)

「アニメ青春時代」 タツノコプロのそうそうたる面々

 NHKハイビジョン特集、「アニメ青春時代・夢に挑んだ男たち」。
 ちょっとイモい(死語)タイトルだが、吉田竜夫サンが興したタツノコプロの歴史を振り返る番組だった。
 タツノコプロの話は簡単ながら語ることができるので、ちょっと番組の感想文を書いてみることにする。

 まず、この番組で重点が置かれていたのは、吉田竜夫サンの45歳(!)という短すぎる一生を振り返ることと、タツノコプロから輩出された、あまたの優秀なクリエイターにスポットをあてること。

 だがそうすることで、タツノコプロという、私などにとっては大ブランドのアニメ制作会社が、まるで過去の青春の一ページみたいな、狭い定義に閉じ込められてしまった。
 じっさいタツノコは、優秀な人材が次々離れていってしまったこともあって、ひところはまるで壊滅状態に思えた時もあった。 だが近年、「ヤッターマン」 のヒットにより、その底力を私などは思い知らされている。 「エヴァンゲリオン」 にしたって、そりゃ主導権がなかったにせよ、テレビシリーズではいちおう制作に名を連ねてはいるのだ。 近年のそうした自慢話(笑)も、どんどん入れたらよかったのに。
 そして、現在タツノコプロを引っ張っているように私などには見える、笹川ひろしサンからも、もっと将来の展望とかを聞きたかった。
 個人的に、タツノコプロは、もっともっと発展してもらいたいと願っているのだ。

 それにしても、創業者である吉田竜夫サンの人生は短い。
 父親を早くに亡くしてしまったため、長男であった竜夫氏は本の挿絵を書いて生計を立て、上京後はマンガ家として、自らの家庭もひっくるめて面倒をみたという。
 それだけでなく、やたらと手間のかかるアニメーションを作ろうと、タツノコプロを興してまたまた働きどおし。
 これじゃ早死にするのも無理からぬことのような気がする。

 番組を通して感じるのは、そんな吉田氏のハードワークぶり。

 特にタツノコの草創期、写実的な自らの画風をまともに描けるアニメーターがいなかったため、細かい部分まで手取り足取りで伝えたり、仕上がったものを夜通しかけて手直ししていた、という部分は、さらっと言うけど実際はエライ大変だよなあ、と思うことしきりである。
 目の描きかたについて細かいレクチャーを書いたメモは、目の表情さえよければ多少のデッサンの狂いも気にならなくなる、という吉田氏の苦肉の策、という一面もさることながら、絵描きとしての鋭さを伝えて、余りある。

 番組では、「宇宙エース」「マッハGoGoGo」「みなしごハッチ」「科学忍者隊ガッチャマン」「タイムボカン」 に焦点を当てていたが、いちいち書いていると話が長くなりそうなので簡単に(笑)。
 「宇宙エース」 は、今回そのパイロット版を放送していたが、アニメに関して全くのズブのど素人集団が作った第1作目にしては、同時代の 「鉄腕アトム」 などよりも格段に動きがいい。 ただ、その15分程度のパイロット版に3カ月以上かけた、というのだから、そりゃいいものもできるだろう(笑)という感じかな。
 「マッハGoGoGo」 のマッハ号のデザインに、1000枚以上は描いた、という中村光毅サン。 ヒェー、1000枚ですか! マッハ号には、ガキの頃シビレてました。
 「みなしごハッチ」 は置いといて(笑)(いや、幼稚園時代は、完全にハマっとりました)、「ガッチャマン」 の爆発シーンとかメカニックやバイザーのスポットとかの話も、ちょっとまあ、知らない人には斬新でしょうが(笑)。
 「タイムボカン」 のキャラデザを吉田氏から一任されて、「一週間会社に出てこなくていい」 と言われた天野嘉孝サンが、ホントに一週間会社を休んで(笑)、あの印象的なキャラクターを仕上げてきた、という話は、実に興味深かった。 そのキャラデザを見て、吉田氏が 「負けたよ」 とつぶやいた、という、なんとも言えないエピソード。

 それにしても、ファイナルファンタジーのイメージ画で一挙にメジャーになり、今や世界的な画家になっちゃった、その天野嘉孝サンや、言わずと知れた押井守サンなど、そうそうたる顔ぶれが出てきて、皆サン、吉田竜夫サンを尊敬しまくっている図は、ちょっと壮観、というか。
 個人的にはだけど、押井サンのしゃべっているところを見ると、イライラするんですけどね(笑)。 ちゃんと口あけてしゃべろよ(笑)みたいな。

 それはいいとして(笑)、吉田竜夫サンの凄さが、じわじわと伝わってくる、よい番組だった。 若いアニメファンで吉田サンを知らない人がいたら、ぜひ見てもらって、この人のことくらい、知っておいてもらいたいものだ。

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2009年10月23日 (金)

「善徳女王」 カットしすぎなんじゃ?

 話が冗漫すぎて、途中で見るのを結局リタイアしてしまったBSフジ 「風の国」。
 その後番組として始まったのが、韓国では今年の5月から放送され、視聴率40%を超えるという、「善徳女王」。 今年の5月、というのは、日本で見られる韓国ドラマの基準からいくと、ホントについ最近、というレベルである。

 いきなりイ・スンジェサンが大帝役で登場するも 「イ・サン」 とは違う声優サンで、何となく違和感を抱きながらの視聴である。 まあ、大塚周夫サンなんか、チョイ役でおいそれとは使えないと思うが。
 と書いたように、このドラマでのイ・スンジェサンは、ホントに最初だけの出演で、チョイ役、という感じ。 ただしその存在感は、相変わらず圧倒的で、あっという間に亡くなってしまうのに、後室のミシルのたくらみを見抜いたり、喘ぎながらも孫のペクチョンに後事を託したり、ちょっとの出番で実に印象的。
 しかも、ミシルのたくらみを見抜くまではよかったが、ミシルを殺すよう命じた花郎(ファラン)がミシルと通じていることまでは見抜けず、人によって王たりえた、という自らの自負も結果的には崩れていた、という皮肉まで演じている。 深い。

 この、悪役の後室ミシル。
 花郎部隊を味方にして、いったんはイム・ホサン(「チャングム」 の王様役でした)を王位につけたはいいものの、煙たがられてイム・ホサンに復讐。 花郎たちを次々自害させてイム・ホサンを脅迫するあたり、ちょっと常軌を逸している、というか。

 小道具にも凝っている。
 このイ・スンジェサン演じる大帝と、ミシルを運ぶ輿。
 一人用の輿は何度も見てきたが、これは四畳半程度の、部屋ごと運ぶような、巨大な輿である。 「ソドンヨ」 で、百済と新羅のテクノロジー合戦を見てきたので、何となく合点のいくような光景だった。
 初代王の卵、というのも、なんだか 「太王四神記」 を見ているようなCGだったが、まあこれは、「ちょっとやってみました」 程度かな。

 いずれにせよ、さすがに視聴率40%番組、話を面白くするキモを抑えている、と感じる。
 だが、私が気になったのは、話がところどころ分かりにくい、という点だ。

 いちばん分かりにくかったのは、「チュモン」 でヨンタバル商団の護衛隊長?でソソノの夫役をやっていた、チョン・ホビンサン。
 この人、花郎の総指揮者という役柄なのに、花郎集団をミシルに我が物顔に動かされても、何の行動もしない。 いったい何のための総指揮者なんだか、まるで分らない。
 ドラマ冒頭からお祈りをしたり、イ・スンジェサンの北斗七星の遺言(この遺言の場面も、回想のナレーションだけで、そもそも出てこない)を常に気にかけてたり、善徳女王を身ごもっている母親(マヤ)の命を救おうとしたり、ドラマで重要な役割を演じているはずなのに、自分が指揮しているはずの花郎部隊の、常にカヤの外に置かれているような感じだ。

 つまり、どうも、重要な部分をカットされているような気がしてならないのだ。

 韓国ドラマというのは、週2回やって、しかも放送時間が1本70分、とか。
 これを日本で放送するとき、NHKならば 「イ・サン」 のように、60分番組で10分程度のカットで済むところを、民放になると45分程度しかやらないために、だいたい3分の1くらいはカットされてしまう、という計算になる。 まあ、韓国でのCMの時間とか、そこらへんの知識はないのでいい加減な計算ではある。 だけど、「冬のソナタ」 の完全版をかつてNHKBS2でやった時、だいたい1本70分程度だったので、あながち間違いでもないと思うが。
  「チャングム」 も、地上波の民放で数回やった気がするが、かなりズタズタだったのではないだろうか。

 それにしても、初回はいつも登場人物が矢継ぎ早で、それでなくとも話が把握しづらいのに、そのうえカットカットでは、たまったものではない。
 そのうえBSフジでは、これまでその日本語吹き替えの方法に、何度となくしっくりこないものを感じてきた。 いちいち製作費をかけて日本語吹き替えにするよりも、私などは字幕で見たいのだが。
 全編字幕付きノーカット版、という方法が、いちばん良心的な放送の仕方だと思うのだ。 しかも韓国並みに週2回、とは言わないまでも、週1で2時間半放送とか。 そこまでは贅沢ってもんでしょうかね。

 しかしまあ、なんとかならんもんでしょうか。 なまじ面白いだけに余計そう感じます。

当ブログ 「善徳女王」 に関するほかの記事
カットしすぎなんじゃ?
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-69fc.html
第4回 面白いのは分かったから、全部見せてくれ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/4-62b0.html
第9回 成人後の役者そろい踏み、で… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/9-b1d2.html
第16回 今までにないタイプの悪役、ミシルhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/16-bac2.html
第25回 韓国式の 「生きろ!」http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/04/25-e18c.html
第28-29回 王女になったトンマン、ミシルとの闘いhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/28-29-11cb.html

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「不毛地帯」 第2回 墜落すんなよw…って

 まだ2回だというのに、原作のずいぶん先のほうまでやっちゃっている感じのする、「不毛地帯」。 って、原作全部読んだわけではないのだが。 はしょってる部分を、あとからやるのかもしれないし。 やらんかなあ。 でも、結構ドラマでは、構成を大胆に変えてる感じがする。

 今回の見どころは、グラマンとロッキード、じゃなくって、グラントとラッキードの2社による戦闘機の競合。 ラッキードって、なんか笑っちゃうようなネーミングだけど。 壹岐の仕掛ける頭脳戦は、なかなかの見ごたえだったし、段田安則サンと柳葉敏郎サンの防衛庁内での、表面上は静かな口ゲンカも、とても面白かった。 リベートが飛び交う構図も、のちのロッキード事件の温床、という感じがして、興味深い。 ロッキード事件は、旅客機だったけど。

 そして今回は、クセ者の役者サンがそろい踏み、という感じ。

 鮫島、という、主人公のライバルを演じる、遠藤憲一サン。 「白い春」 ではすごくいい役だったけど、この人の持ち味は、どっちかって言うと、こういうタイプのほうだろうか。 ただ、コワモテの人がいい役をやったほうが、個人的には好みなのだけれど。

 また、その鮫島にいいように利用されているかのような、新聞記者の阿部サダヲサン。 一種独特の、ねちっこい演技をする人だが、その人が新聞記者役、というのも、妙に納得できる。

 さらに、唐沢寿明サン演じる壹岐の片腕として、松重豊サンが、いままで見たこともないような、タイコ持ちタイプの役を演じている。 ただちょっと、ないがしろにされまくってるので、裏切りそうな感じ。 今後どう動いてくるのかは、いまのところ謎。  原作も、そこまで読んでないし。 って言うか、原作長すぎ。 読んでる暇なんか、ないです(笑)。 もうすでに、原作読むの、くじけてます(笑)。

 先週感じたような、堅くて文学調で、そのうえ説明調のセリフは、2回目ともなれば、幾分かは慣れたような気もする。 見る側も、演じている役者サンたちも。
 ただやはり、舌をかみそうな説明ゼリフは、やはりなんかちょっと変。
 だけどそれを、逆手にとってギャグにしているようなところも、見えたりして。

 例えばこんな感じ。

 「G資金は、当社のロス支店から、スイスと香港の地下銀行を経由したうえ、日本滞在の外国人旅行者あての、記名式送金小切手の形で円転換させていたものです」(笑)…って、遠藤サンが段田安則サンに、マネーロンダリングは完璧ですってことを説明するセリフ。
 これと同じ内容を、タイコ持ちみたいな松重豊サンに、別のシーンでもう一回しゃべらせるのだが、「記名式送金小切手の形で円転換」 って(笑)、それを聞いていた松重サンの上司である岸部一徳サン、「そんな細かい説明なんてどうだっていい」 とばかりに、話の途中で遮ってしまう。 笑いました。

 それにしても、スパイ顔負けの緻密な作戦を立てていって、ようやくラッキード社が優勢になりかけた途端、ラッキードのテスト用戦闘機が墜落してしまうとは。 あまりのタイミング。
 壹岐たちがその報せを聞いて色を失うのは分かるのだが、鮫島の反応が、それまで時代がかっていたドラマとは思えないような、現代っ子的な反応。

 「墜落すんなよw」

 最後のwは、いま私が勝手につけたものだが、遠藤サンの演技は、完全にこんなふうな感じだった。 (「w」 はネットスラングで 「(笑)」 という意味)ただこういう現代人的な遠藤サンの反応が、変にリアリティを帯びているところには、正直うなった。

 話は変わるが、このドラマ、細部まで凝りに凝っている。
 全体的な色調も、シアン系を基調としたような、格調あふれる画像処理をしているし、CG処理も、そのあまりの自然さに、舌を巻く。 時代考証が徹底している、というべきか。
 なにしろ、ぜいたくな気分を、満喫しております。

当ブログ 「不毛地帯」 に関する記事
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-6a81.html
第1回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/1-05a5.html
第2回 (当記事)
第3回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/3-4bae.html
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/4-9755.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/5-abb7.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/6-d4bd.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/7-8677.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/8-4f4a.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/9-cdc5.html
第10回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/10-183b.html
第11回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/11-0587.html
第12回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/12-68a7.html
第13回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/13-2599.html
第14回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/14-4fa8.html
第15回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/15-d4df.html
第16回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/16-3ac8.html
第17回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/17-2-6e30.html
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-b645.html
第18回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/18-5177.html
第19回(最終回) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-7b99.html

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2009年10月22日 (木)

「ギネ」 第2回 大量出血!

 第1回での記事で、出産もしたことのない男性の立場から、単純にドラマの面白さの有無だけで無責任な記事を書いてしまって反省した、「ギネ」。 その第2回。

 その反省の立場から第2回を見ると、女性たちがいかに出産という 「危険」 に直面しているかを、嫌というほど見せつけられた気がする。

 赤ちゃんが奇形児で生まれてくると知って、取り乱す妊婦。
 緊急搬送の妊婦と同じRHマイナス(というと、私などは反射的に 「赤い疑惑」 を思い出すのだが)だったために、不幸にも子宮を摘出することになってしまった女子高生。

 特に西田尚美サン演じる妊婦の大量出血は、原因が突き止められないためにこれでもかこれでもか、というほど止まらず、手術室が血の海になっていくのには、ちょっと戦慄した。

 ただ、ドラマ的に考察すると、藤原紀香サン演じる柊を諭そうと、松下由樹サン演じる君島が、自分もかつてあなたと同じだったが、そのせいで取り返しのつかないミスを犯した、と、そのときの患者で植物状態のまま入院し続けている少年を見せる、というのは、ちょっと出来過ぎているような感じ。 柊の家庭状態も含めて、医療以外の設定がなんとなく甘いような気がする。 産科に入院してくるさまざまな妊婦サンたちの話を中心にした方が面白い気もするのだが、そうすると 「ER」 になってしまうか。 いや、「ER」 は、医療以外の医師たちの人間模様も結構描き込んでいるし、…あまり比較するのは酷というものか。

 それにしても、いま述べたような君島のお説教も、柊には全く効き目なし。
 「生きているからいいでしょう」 って(笑)。
 生きているからいいってもんでもないでしょう(笑)。
 いや、笑い話にするには、ちょっと重たすぎるテーマだが。

 しかし、この柊の態度から見えてくるのは、「生きてさえいればいい」 というには、いまの世の中、余計な事情が多過ぎる、ってことではないだろうか。

 いくら植物状態であろうが、奇形児で生まれようが、生きてさえいればなんとかなる、という理屈は、本来ならば、命というものが大事なものであることを学んできた人間ならば、胸を張ってそう言い切れるはずだ。

 だが、いまの世の中は、経済状態がどうだとか、生まれてきた子がかわいそうだとか、とても面倒をみきれないとか、命が大事なのだ、ということを積極的に言いきれない事情が、多過ぎるのだ。

 脚本の大石静サンが、いったいどちらの側に立つのか、ちょっと興味深くなってきた。
 何があろうとも、命が大事なのか。
 命を殺さざるを得ない、やむにやまれぬ事情のほうが大事なのか。

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さようなら南田洋子サン

 南田洋子サンに私が触れたのは、百恵チャンのドラマ、「赤い衝撃」 が最初でした。
 いや、それ以前にも触れていたとは思うんですが、印象的だったのがこれで。

 三浦友和サンの母親役で、前番組 「赤い疑惑」 で夫の長門裕之サンに続いて、ご夫婦そろって百恵チャンの敵役、という感じでした。
 だからガキの頃はあんまりご夫婦ともどもいい印象がなかったんですが(笑)、うちの両親はそろって石原裕次郎世代だったため、日活のスターだったこのご夫妻のことを、テレビを見ながらいろいろ教えてくれたもんです。 「長門裕之も年とったわねェ」 とか、「南田洋子は昔すごい美人だったのよ」 とか。 じっさいデビュー時の南田サンの写真なんか見ると、なんじゃこりゃあ!というくらいの美人。

 それでも、ご夫婦での露出は、やはり 「赤い衝撃」 当時から多くて、その様子を見るたび、私も 「赤い衝撃」 のイメージが抜けきらなかったんでしょうが、南田サンって結構性格キツそう、という感じで見ておりました。 「ミュージックフェア」 のご夫婦での司会は、特に印象的でしたね。 いつも南田サンに、長門サンがたしなめられているような感じ。

 去年だったか、テレ朝でやったドキュメンタリーを見たときは、やはりガク然としましたね。
 長門サンが南田サンの認知症ぶりをテレビで露出することに対しては、この時点ではあまり批判の割合が少なかったと思います。
 けれどもその後何度もテレビに露出することによって、世間の動向として、長門サンの姿勢に疑問を感じるような感じになってきたような気がします。

 私は、長門サンの気持ちも、分かるような気がするんですけどね。

 確かに認知症というものを世間の人たちに知ってもらいたいとか、認知症の人を介護している人の励みになりたいとか、そういう建前的な気持ちも長門サンにはあったでしょう。
 だけど私の見るところでは、「オイタ」 をしすぎた長門サンの、南田サンへのせめてもの償いを、恥をさらすようだけれども世間の人に知ってもらいたい、という、自分に鞭を打つ気持ちがあったのではないでしょうか。
 と同時に、認知症の介護でくじけそうになる自分を叱咤激励するために、あえて恥を世間にさらすことをしたのではないでしょうか。

 これは意地悪な見方をすれば、世間に見てもらわなければ生きている気がしない、甲斐がない、という、芸能人のサガのひとつかもしれません。 こういうことで目立ちたいとか、仕事がいただけるとか。
 だけどそれを責めるのは、ちょっと酷なような気がします。

 なかなか自分がその立場に立ってみないと、分からないことってあると思うんですよ。 それに、いちばんベストな生き方を、人ってなかなか選べないものだし。

 だっていくらオイタをしても、歳をとってジイサマになってしまえば、だれーも寄ってきませんよ、カネ目当ての人以外は。 そんな時にいちばん信頼できるのは、長年連れ添った女房だけでしょう。 それなのに男のプライドってものは、いつまでも世間的によく見られたいものなんじゃないですかね? 長門サンの南田サンを世間にさらす、という行動には、そんな側面もあることを、忘れてはならないと思います。

 南田サンのこんな姿を世間にさらすことをよしとしない往年のファン、という人も確かにいるはずですが、人間、そんなものでしょう? どんな絶世の美女だって、歳をとればしわくちゃのバーサマになるんです。 オードリー・ヘップバーンだって、エリザベス・テイラーだって。
 私は南田サンの姿を、老醜だとは思いません。
 せいいっぱい生きたんですから。
 見たくない人は、見なければいいんです。
 見ない自由だってあるのですから。
 だけど、南田サンの姿ときちんと向き合って、自分の老後と照らし合わせることは、けっして意味のないことではないと、私は思うのです。

 まだ老境には程遠いヤツが、ナマイキなことを書いてしまいました。 スミマセン。

 南田洋子サン、天国ではどうぞお幸せに。

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2009年10月21日 (水)

「吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD」 中島サンとの関係って

 最後のツアーの中止から初めて(?…たぶん)の、拓郎サンのラジオ出演となった、2009年10月20日ニッポン放送、「オールナイトニッポンGOLD」。
 別記事でもちょっと書いたのだが、その最後のツアーのライヴ盤を出すそうで、これまでのライヴ盤ではカットが当たり前の、観客の話し声だとか、MCだとか、ライヴ終了後の様子だとかを入れまくった、常識を塗り替えるものらしい。
 タイトルも、「18時開演」 という、お店に行って 「18時開演下さい」 と言ったら 「うちはチケット売ってません」 と言われそうな(笑)、と拓郎サンが自画自賛しまくる、ヘンなタイトル。

 ツアー中止の時には、体調も5、60点だったらしいのだが、いまは100点だと。 夏の暑い時期に、ちょうど体調の悪い時が重なってしまった、というようなことを、拓郎サンは話していた。

 100点、と胸を張るだけあって、この日の拓郎サンは、全開バリバリの元気さ。 あまりにそのしゃべりが溌剌とし過ぎて、とてもじゃないが63歳とは思えない。 30年前の放送みたいな錯覚を覚えた。 …ちょっと2件前の記事と、内容が重複してます(笑)。

 別記事と内容の差別化を図りたいと思いますが(笑)、番組開始1時間半、午後11時半あたりから、声のメッセージをくれたのが、あの中島みゆきサン。 傍らで、瀬尾一三サンも話していた。
 3年前のつま恋コンサートでサプライズゲストとして登場した時のことで、未だに引っかかっていることなどを話していた。
 拓郎サンからハグをされた時に、あまりに力が強くて、サバ折り状態になってしまった(笑)とか、そのライヴ終了後にパーティがあって、そこの食事がおいしそうだったのに、無理やり帰らされた(笑)とか。 瀬尾サン、そのときのメニューは覚えていないけど、とてもおいしかったと(笑)。
 拓郎サンはそれを聞いて、あの時はいろんなテレビ局とかたくさん集まってて、中島がそういうのが苦手だろうなと思ったから帰したんだ、オレの優しい気持ちが分からないのか!(笑)と反撃。

 それにしても、拓郎サンは中島サンの 「悪女」 を一緒にステージでやりたいらしくて、「悪女をバックでやらせてくれよ…って、…ワッハッハッ!違うって!(笑)」 と、自分で言っといて大ウケ(笑)。 「そうだ来年は、中島がツアーやったら、どこかにもぐりこんで 『悪女』 をやらしてもらおう、これを来年の目標にしよう」 と、冗談ともつかない決意発表。

 そこで拓郎サンが弾いたのが、「悪女」 の替え歌。

 「マリコの部屋でー、マリコと交尾ー」(笑)。

 元ネタがアルフィーの坂崎サンのものであることをバラしていたが、この替え歌、個人的に、とてもなつかしくて。
 拓郎サンもよく覚えていたなー、と思って。
 感動したっ!(笑)

 1982年1月1日深夜(1月2日)、拓郎サンの 「オールナイトニッポン」 で、当時まだメジャーではなかったアルフィーがゲストで、新年会を兼ねたような、ハチャメチャな放送をやっていて。
 「どーせ元日の夜だから、だ~れも聞いちゃいないだろう」(笑)という拓郎サンの判断のもと、全員が酔っぱらいまくりの(?)放送だった。
 あまりに腹のよじれるケッ作な放送だったため、カセットテープに録音しておいた。 なんべん聞いたか分からない。 そこで坂崎サンが歌ったのが、「マリコと交尾」 だったのだ(笑)。 ちょっとほんの一部、抜粋してみる。

 高見沢サン 「♪マリコの部屋でー、マリコがいたらー、またまたマーリコー、ミエコの部屋でー、ミジコ(?)がいたらー、トモコはいないー、ミエコ」
 坂崎サン 「(こうせつサンのモノマネでセリフ)ミエコが出てきてねオイチャンの新曲がミエコっていうねえ、♪ミエコー、ミエコー(笑)…♪ミエコの部屋でー(笑)」
 高見沢サン 「♪ミエコの部屋でー、ミエコの部屋でー、ミエコの部屋でー、ミエコが見ーえたよ~」
 坂崎サン 「(ここでいきなりサビ)♪ あーくーじょーになーれーばトロロロヨヨヨヨトーロロー」
 高見沢サン 「♪なみだーがーぽろぽろぽろーとー、あくーじょー」
 坂崎サン(高見沢サンかな?)「……アクジョートオーッ!」(当時流行っていた映画「悪霊島」のことです)(笑)
 ここで拓郎サンから、「なんだそのアクジョートォーって?」(笑)と振られて、「アクジョートオーって言ったらあれっスよ」 と、「悪霊島」 のテーマ曲だった、ビートルズの 「レット・イット・ビー」 を弾き出すのであるが、酔っぱらっているせいか歌詞がグダグダで(笑)。 高見沢サン 「ホェナファイマイファイマイファイマイー、ファイマイ、…なんだっけー(笑)」 そこで比較的マトモだった桜井サンがちゃんと歌い出す、…という(笑)。 拓郎サンは終始、笑いっぱなし(笑)。 このあと坂崎サンが 「ディグ・イット」 を流れで(笑)歌うのだが、「BBC!TDK!FBI!ディギッ!ディギッ!…(裏声でジョンのセリフを真似て)アイハブジョージハリソン」 高見沢サン 「(笑)ちょっと待て」(笑) …TDK!って(笑)。 アイハブジョージハリソンって…(笑)

 高見沢サン 「♪マリコの部屋でー、マリコと交尾ー(笑)」
 拓郎サン 「ちょっと待て(笑)、その歌はよくない、『マリコと交尾』って(笑)」
 坂崎サン 「どこのマリコだよ~」
 高見沢サン 「葛飾だろうって」
 坂崎サン 「葛飾のマリコかぁ~」

 こうしていまあらためて、このテープを聴きなおしたのだが、どうも 「マリコと交尾」 を歌っているのは、高見沢サンのようだ。 当時はだれが坂崎サンで、誰が高見沢サンなんて、分からなかったからなあ。 まあ、アルフィーの場合もネタ化(笑)(拓郎サンの話とまた重複してしまいますが)しているケースが、まま見られるので、 「交尾」 は坂崎サンのネタかもしれないが、当の坂崎サンが 「どこのマリコだよ~」 と高見沢サンにこのとき訊いているので、高見沢サンが元ネタなんじゃないだろうか。

 話は戻って。

 今日の放送で、拓郎サンはみゆきサンをリスペクトしていると言っていたが、無名時代のアルフィーとみゆきサンの曲を俎上に載せている頃の拓郎サンは、あまりみゆきサンに関心がなかった気がする。 確かに1982年当時、みゆきサンも大メジャーになっていたとはいえ、まだまだ拓郎サンと格が違う、という感じだった。

 今日の放送でも、みゆきサンは曲作りを再開した、という拓郎サンに、私にも曲を提供してほしい、といったんはお願いしたものの、やはり思い直したように、やはり恐れ多くて、頂けませんと話していた。
 みゆきサンの心のなかでは、やはり拓郎サンは対等な立場ではないのだ。

 でもここ数年の拓郎サンとみゆきサンの距離っていうのは、あの頃に比べると非常に近い、と思えてならない。 そんなことを感じた、今日の 「拓郎のオールナイト」 だった。

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2009年10月20日 (火)

どなたですかぁ~(笑)ひとりで600件近くアクセスしてる人ーっ(笑)

 なんか、さっきから、夜7時半くらいからですか、このブログにひとりでやたらとアクセスしてる人がいま~す(笑)。 600件近く(笑)。 しかも1件にかかっている所要時間、わずか2、3秒(笑)。 600件近く、というと、ほぼ私のブログ全部の記事にアクセスしてるってことなんですけど~っ(笑)。 なんか、ワケ分かりません(笑)。 何なんですかね(笑)。 コピペでもしてるのかな? だって2、3秒なんて、意味ないですよねぇ(笑)。 ゴクローサマです(笑)。

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「吉田拓郎が語る加藤和彦」 あらためて感じた、ふたりの絆

 ニッポン放送2009年10月20日の特番、「吉田拓郎が語る加藤和彦」。

 「吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD」 の前番組で、拓郎サンが先日亡くなった加藤和彦サンについて語る、というので、ほんの数分にも満たないコメントで終わるのか、と思ったら、ずいぶん長い間、拓郎サンは加藤サンについて語り続けた。 その時間、約30分。

 今年3月だったか、NHKBS2で放送された特番以来の、拓郎サンの声だったが、はじめのうちは かすれがちで、ハスキーな声になったなあ、と感じた。
 拓郎サンのしゃべりというのは、歌と違って、結構低音だというのが、私の認識である。 それが、やや甲高い声になっているような感じを受けた。

 ただ、しゃべりが長くなっていくにつれて、本来の拓郎サンの声を取り戻していくような感じ。
 さらにしゃべりが熱を帯びていくにつれて、加藤サンが亡くなったことも忘れてしまったような、「あいつはさあー」、みたいな話になっていき、湿っぽい雰囲気は、雲散霧消した。

 拓郎サンからすると、加藤サンはひとつ年下だったと、拓郎サンがしゃべるまで、そのことに気付かなかった。
 たしかに、そうだった(!)。
 キャリアは加藤サンのほうが先だったし、「結婚しようよ」 のプロデュースを加藤サンがしていた、ということから、すっかり加藤サンのほうが年上だという誤解をしていた。

 「結婚しようよ」 の曲が出来上がっていく過程も、拓郎サンは今回語ったが、それは聴いているこちら側もぞくぞくするような話だった。
 最初、スリーフィンガーのおとなしめの曲だった 「結婚しようよ」 を、ボトルネック奏法という、当時拓郎サンが知らなかった、そして今も弾くことができない、というテクニックを使って弾き、松任谷正隆サンにバンジョーを弾かせ、ハーモニウムという、小学校に置いてあるような足こぎのオルガンで間奏を作っていく。 拓郎サンはその様子を、こういうこともできるのか、という驚きで見ていたらしい。 アレンジが出来上がっていくにしたがって、「いい曲じゃない?」 というのが、「売れるよこの曲」「絶対売れる」 というように、周囲の反応も変わっていったと。

 加藤サンの仕事ぶりを見ていて、自分もエレックレコードなんかにいちゃいけない、と思ったらしくて、メジャーレーベルに移籍したのは、ある意味では加藤サンがいたからこそ、というとらえ方を拓郎サンはしていた。

 ギブソンJ-45の話も興味深かった。

 この伝説のギター、加藤サンが拓郎サンに15万円で譲ったそうだ。 15万というのは、ボロボロだったということもあって、その値段が妥当かどうか分からなかったらしいのだが、石川鷹彦サンをはじめ、結構評判がよくて、いろんな人のレコーディングに、駆り出された、という。

 このJ-45の話は、この春先NHK教育でやっていた 「フォークギター再入門」 で、当の石川鷹彦サンもしていた(当ブログ5月10日、「『リンゴ』 裏話聞けた」の項を、よろしかったらお読みください)。
 その記事の石川サンの証言から抜粋すれば、そのJ-45は裏側に反り返っていたため、弦がボディにほとんどくっついているような形。
 だがそのことがかえって、指の抑えやすさ、アタックのしやすさにつながり、弾きやすさにつながったのだろう。

 「加藤和彦は、あまり言われたことがないが、ギターがめちゃくちゃうまい」。
 トノバンの愛称の元となった、「イギリスのボブ・ディランと呼ばれた、ドノヴァン」 のギターの弾きかたをマスターしていて、いろんなテクニックを、拓郎サンは加藤サンから教わったという。 ギターを弾きながらそれを解説していく拓郎サンの放送は、かつての 「オールナイトニッポン」 を強烈に思い出させる。 私も、高校時代に逆戻りしたような感覚に陥ってしまう。

 奥さんであった安井かずみサンとの話も、おふたりとも亡くなってしまった今となると、妙に感慨深い。 だが拓郎サンの話しぶりは、まるでまだおふたりとも、生きているかのような気さくさだ。 安井サンから、「拓郎、あなたはライオンなのよ!」 と一喝されたことも、笑い話みたいに振り返る。

 拓郎サンの話というのは、半ばネタ化(笑)している面があるため、どこかで聞いた話もところどころ含まれてはいたが、いずれにせよ、加藤サンとの思い出を30分にもわたって語り続けられる、というのは、おふたりの絆が普通の付き合いでなかったことを物語って余りある。

 拓郎サンがおしまいに選んだ曲は、加藤サンとのデュエット曲、「ジャスト・ア・Ronin」。 武田鉄矢サン主演の坂本龍馬の映画の主題歌だった。 拓郎サンも、高杉晋作の役で出ていた。 あのカーリーヘアのまんまで(笑)。 だけど、実にハマっている、と思ったものだ。 「ジャスト・ア・Ronin」 も、当時よく聴いた。

 「加藤和彦、永遠なれ」。 最後の語りは、あらためて加藤サンが亡くなってしまったことを思い出したように、拓郎サンの万感の思いが迫るものだった。

 いま、後番組の 「吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD」 を聴きながら、この記事を書いているが、こちらの拓郎サンは、元気いっぱいだ。 たぶん別の日に収録したのだろう。(追記・そうでもないみたい。 不幸なこともありました、と言ってました。 石川鷹彦サンから、お前はまだやることが残っているぞとメールをもらったらしいです)
 それにしても元気だなあ。 ムチャクチャ元気だ。
 ちょっと、これでは、声がハスキーなのも、あれ?ライヴをやってその足でニッポン放送に立ち寄って、ガラガラ声で 「オールナイト」 をやってるのか?みたいに錯覚するほど。

 これだけ元気だったら、先月の加藤サンも出演した、こうせつサンのつま恋サマーピクニックにも、1曲くらい参加できただろうと思えるくらいである。
 しかしこの、最後のツアー、ライヴ盤を出すらしくて、その話を番組ではずっとしているが、開演前にやったというパフォーマンスとか、MC全部入れたとか、これまでのライヴ盤の常識を打ち破るものみたいだ。

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2009年10月19日 (月)

「東京DOGS」 私の耳が悪いんでしょうか?

 出てくる俳優サンが私好みだったので見ようと思った、フジテレビ 「東京DOGS」。

 ストーリー的に先の展開が読める連続だったのですが、結構笑えるかな、という感じでした。 系統的には、「あぶない刑事」 的、というか。 でもあっちは、「オモシロカッコイイ」 という感じでしたが、こちらはより、ドタバタコメディ的。 ここまでおちゃらけてしまうと、視聴者を選びそうな気がします。

 小栗旬クンのコミカルな演技は、初めて見ました。 一番自然に笑わせてくれる感じでしたね。 こういう演技の幅もあるんですね。 やはりタダモノではないなあ。
  水嶋ヒロクンは、「MR.BRAIN」 の時に比べると、ちょっと大げさで、笑わせようとしているところが見えるかな。
 署内のほかのメンバーは、ちょっとカリカチュアライズされ過ぎている感じ。

 内容はどーでもいいんですけど(笑)、私だけですかね? セリフの半分ぐらい、聴き取れなくて。

 やっぱり月9というのは、若い人向けなのかなって。

 だからオッサンの聴力なんかどーでもいいのかなって?(笑)

 途中から字幕つきにしました。

 はぁぁ~。 やっぱ無理して若い人のドラマについていくこと、ないかなあ(笑)。

 三浦友和サンとか、スーチャン(田中好子サン)とか、見たいんだけど。

 そう言えば、小栗旬クンも、吉高由里子チャンも、左利きですネ。
 私もっス。 仲間っスね(笑)。
 別にどーでもいーか(笑)。

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「鶴瓶の家族に乾杯」 福島県三春町…私、生まれたとこっス

 「鶴瓶の家族に乾杯」 2009年10月19日は、福島県三春町の前編。
 個人的な話なんですけど、私が生まれたところであります。
 先週は 「ブラタモリ」 で、私の現在住んでいる庭先である二子玉川をやってくれて、今週と来週は、私の生まれたところ。 鶴瓶サンには、近所である等々力にいらしてもらったばかりか、私の生まれたところにいらしていただけるとは。
 なんか、NHKサンには、感謝感謝なのであります。
 どうしてこうも立て続けに私のゆかりの場所をやっていただけるんでしょうか。 単なるぐーぜんでしょうけど(笑)。
 ちょっとえも言われぬ幸福感を味わっております。

 宝蔵院(法蔵寺の誤りでした、地元在住のBIB244様、ご指摘ありがとうございます!)という、徳光サンの疎開先をやっておりましたが、その近所の鍛冶屋サンは、私のオフクロも知っている場所みたいだったです。 オヤジによると、昔は三春は城下町だったから、武士が普段は手に職を持って、いざ鎌倉、という時に備えていたんだ、とのこと。

 出来れば、私の橋本家のお墓のある福聚寺にもいらしていただけたらよかったんですけどね。 芥川賞作家?だったっけか、玄侑宗久サンが住職なので、テレビ的にもオイシイかと。
 いや、なんか夏に収録していたみたいだったんで、もう遅いですけど(笑)。

 いずれにせよ、結構方言がきつく残っている地域なので、すっかり里帰り気分を満喫させていただきました。 かさねがさね、感謝申し上げます、NHKサマ!

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「イエスタデイ」 の本当の意義

 リマスターモノボックスを購入して、ビートルズの音楽を年代順に通して聴く機会に恵まれたため、トータルなビートルズの音楽の変遷を、あらためて実感したりしている。

 その最たるものは、ポールの希代の傑作、「イエスタデイ」 がビートルズの音楽に与えた影響である。

 ビートルズの本格的な進化は、「ラバー・ソウル」 からである、という認識は、まあ一般的である。
 だが私は以前から、それは厳密に言うと、「イエスタデイ」 からなのではないかと、ずっと考えていた。
 いまこうやってリマスターを通して聴いてみると、それがとても再認識できる気がする。

 ここでちょっと、全体的な流れでアルバムを評価してみる。

 かれらはデビュー2作では、デビュー時のテンションの高さで、破壊的で魅力的なアルバムを作りだしていた。
 3作目 「ア・ハード・デイズ・ナイト」 でも、初めての映画出演、ということで、高いテンションを保ちながらオリジナル楽曲を量産している。

 だが4作目の 「フォー・セール」 は、あまりの過酷スケジュールということがたたったせいもあるが、総じてテンションが低め。
 5作目の 「ヘルプ!」 にしても、半分以上は出来が悪い気がする。 ボツ作続出、というのも、この時期の現象だ。 しかもボツ曲のほうが、アルバムに入っている曲より出来がいいのが多いし。 (註・出来が悪いって言っても、ビートルズレベルですので…)

 「ヘルプ!」 までの段階でビートルズが活動を停止したと、ここでちょっと仮定してみよう。 …つまんない試みですが(笑)。

 とりあえず仮定させていただきますが(笑)はっきり言って、デビューから3枚のアルバムしか、ちゃんと評価されないのではないだろうか。 「ラストアルバム」 である 「ヘルプ!」 は、表題曲と 「イエスタデイ」 で最後のきらめきをわずかに光らせて解散…、とか(笑)。
 つまり、この時点でビートルズの活動を将来的に展望した場合、とても閉塞感がつきまとう感じなのだ。 なんか、過去の惰性で活動しているような感じ、というか。

 ここで重要性を帯びてくるのが、「イエスタデイ」 の存在なのだ。

 ちょっと現実に戻って(笑)、アルバムの流れを追っていきます。

 6枚目の 「ラバー・ソウル」 で顕著なのは、ジョン・レノンの曲の素晴らしさである。
 これは、「イエスタデイ」 のあまりの素晴らしさに、ジョンが発奮したせいなのではないか、と私はかねてから感じていた。
 「ノルウェーの森」「ひとりぼっちのあいつ」「ガール」「イン・マイ・ライフ」。
 ジョンの傑作の多くは、このアルバムに収録されている。
 確かに、中にはポールと顔付き合わせながら作ったものもあるのだろうが、このアルバムでのポールの傑作が 「ドライヴ・マイ・カー」「ミッシェル」 あたりしかないことを考えると、「ラバー・ソウル」 での勝負は、圧倒的にジョンに軍配が上がる。

 この時期のジョンの強みは、精神的にボブ・ディランの影響も、同時に強く受けていたことだ。 歌詞に深みを身につけつつあったところに、「イエスタデイ」 に対抗意識を燃やしたかのようなメロディライン。 こりゃ、最強である(笑)。

 生前一貫して、「イエスタデイ」 なんかに興味なし、みたいにふるまっていたジョンであるが、ポールの作曲における成長には、当時少なからず危機感を抱いていた、そう私には思えるのだ。 晩年のインタビューでも、「『イエスタデイ』 では、ぼくもさんざんほめられた」 と笑い話っぽく語っていたが、ほめられたその時は、結構屈辱だったんじゃないのかな。

 しかも 「イエスタデイ」 は、歌詞もポール。
 以前当ブログでも言及したが、「イエスタデイ」 の歌詞は、当時ジョンが書いていたどの歌詞にも勝るとも劣らない傑作。 ジョンが「自分の領域である」 と自負を持っていたであろう歌詞の分野でここまでやられて、危機感を抱かないはずはない、と私は思うのだ。

 「ラバー・ソウル」 は、そんなジョンとポールの対抗意識が火花を飛ばし始めた、最初のアルバムなのである。 って断言してますけど。

 ただし正直なところ、その出来において、「ラバー・ソウル」 と 「ヘルプ!」 では、傑作曲以外の出来は、どちらとも同じような感じ。
 こんなところに、私はビートルズがもしかして陥ってしまったのではないだろうか、という 「落とし穴」 を感じるのだ。 その後、平凡な楽曲ばかりをリリースしてしまう、という危険性もあったのではないか、というものである。

 その 「落とし穴」 からビートルズを救ったのが、先ほどからしつこく述べている(笑) 「イエスタデイ」、だと思うのだ。

 「イエスタデイ」 の世間の評判は、ほかのメンバーの創造力に強力に作用し、メンバー内での切磋琢磨を促進した、そう考えられないだろうか。

 「ラバー・ソウル」 の次のアルバム、「リボルバー」 は、一転してポールのひとり勝ち状態である。
 「ラバー・ソウル」 でのジョンの傑作曲の多さに、ポールも発奮したような感じだ。
 かたやジョンは、ポールの天才的な作曲能力に、ハナから白旗状態(笑)。
 実験的な 「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」 で、別角度から攻めてくる(笑)。 コードCだけの曲ですよ(笑)。 このインパクトで、ジョージは 「ラヴ・ユー・トゥ」「ウィズイン・ユー…」 を作ったんじゃないのかな。
 まあ、ポールにしてみれば、実験的な音づくりは自分が先だ、みたいな感じもしただろうけど。
 しかも「リボルバー」 では、ジョージも参戦してきたような感じ。
 もう、百花繚乱、戦国時代(笑)、である。

 ここにリンゴが参戦してくるのは、「ストロベリー・フィールズ」 だろう。
 リンゴのドラミングが劇的に変化するのは、この曲からだと私は思っている。
 こうなってくると、もう四者四様のせめぎ合い。 化学変化、しまくり(笑)。

 「イエスタデイ」 が、ストリングスを起用したという側面も、忘れてはならない。 ビートルズのメンバーたちが、ロックンロールバンドとしての楽器編成の縛りから解放された、これが大きなきっかけなのだ。

 すなわち、すべては 「イエスタデイ」 から始まっているのだ(断言)。

 ビートルズを並みのバンドから大きく脱皮させたのは、「イエスタデイ」 を超える戦いを、メンバーがしていたせいなのではないか、という仮説を、私はここに宣言します!(笑)

 でも、そう考えると、ポールに 「イエスタデイ」 の夢を見させたカミサマ(?)って、つくづく凄いよなあ、…と思ってしまうのだ。

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「JIN-仁-」 第2回 建前との闘い!

 タイムスリップしてしまってワケの分からないうちに、瀕死の患者をふたりも治療してしまった、大沢たかおサン演じる医師、南方仁。 第1回目の面白さは、こんな目まぐるしい展開にあったのですが。

 第2回になると南方はわれにかえり、「死ぬはずだった人を自分が生かしてしまうと、歴史が変わってしまうのではないか」 と恐れて、治療から逃げるようになります。
 確かにそうなんですけどね(笑)。
 でもタイムトラベルをした人が、その時代に干渉してはならない、というのは、正直なところ、現代人が勝手に決めていることなんですよね(いや、こういうSF話が成立した時点から?)(笑)。

 要するに、勝手にその時代の歴史を変えてしまうと、その時点で、自分がもといた未来に帰れなくなってしまう、自分がいるはずだった未来ではなくってしまう、という、元の時代に帰れることを前提としているからこそ、決めているルールなわけで。
 てことは、南方が死ぬはずだった患者を生かしてしまった、という時点で、すでに未来は変わり始めている、というわけで(笑)。 パラレルワールドがひとつ、出来上がっちゃってる、という感じですか。

 それを象徴するために、南方が持っていた中谷美紀サンの写真、Vサインの手が逆になっている、みたいなことをしてるんでしょうけど。
 これじゃ南方も、あわてますよね。 要するに、未来に帰ろうって、思ってるわけですから。
 「でも考えても戻れないんだよなー」 と、自分にツッコミを入れているところが、このドラマが用意周到に思える点のひとつであります。 もしこういう状況に置かれたら、自分はどう考えるだろう、という想像力が、このドラマにおいては、とてもたくましい。 だからこれほどのあり得ない話に、リアリティがあるんだと思います。

 このドラマが用意周到に見えるもうひとつの点は、ドラマの細部にまで神経が行き届いている点です。

 夜のローソクだけの室内、という照明の仕方が、とても暗くて(まだこれでも明るい方だと思いますが、大河ドラマなんかの異様な明るさに比べればまともなレベル)現実感あふれていますし、歯ブラシとか、火打石とか、小道具にも抜かりがなくて、それが現実感を引き立たせるのに一役買っている。
 第1回では、産婆が大名行列を無視できるという、ちょっとしたトリビアもあったりして。
 まあ、子役の男の子が持ってくる枝豆は、いかにも今風の、体裁の好い枝豆だったりするんですが(笑)。
 だけど細部まで考証が行き届いている、というのは、リアリティアップの大事な要件であることが、こんなところから分かります。

 結局大沢たかおサンは、綾瀬はるかチャンの一喝によって、コレラにかかった人々を救おうと決意するのですが、もうここまできたら、自分が元の時代に戻れるとか、ましてや歴史を変えてしまうだとか、そんな建前など、もうどうでもよくなってしまいますよね。

 南方が処方しているコレラの治療法は、ずいぶん原始的なもののように思えますが、現代的に見ても結構理にかなっているみたいですね。 スポーツドリンクを補給し続けるとか。 スポーツドリンクの代わりが、砂糖と塩を入れた水、ということみたいです。 ただしあの時代、砂糖と塩、特に砂糖を調達するのは、とても大変だったんじゃないでしょうか。

 いずれにせよ、南方は自分の身を守るための建前に、きれいさっぱり見切りをつけたのです。 目の前の患者を助けたい、という自分の気持ちに、素直に殉じようとしたのです。

 いかなる時代、どんな場所にあっても、自分は自分の置かれた状況下で、せいいっぱい生きなければならない。

 これって相当根本的な、人としての正しい生き方、って感じがします。 みんななんだかんだ理屈をつけて、楽しよう楽しようと考えますけどね。

当ブログ 「JIN」 についてのほかの記事
第1回 荒唐無稽との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---1-e9ae.html
第2回 建前との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---2-f3b1.html
第3回 自分の病との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---3-3290.html
第4回 女としての闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/---4-542b.html
第5回 梅毒との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---5-9dba.html
第6回 リアルとの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---6-25d6.html
第7回 明日のための闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---7-87b0.html
第8回 自分の器との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---8-e9a7.html
第9回 心意気どうしの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---9-8cf0.html
第10回 ああもう、どうなっちゃうの?との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---10-670a.html
第11回(最終回)続編あるかどうかとの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---7290.html
番外 続編の可能性を、もう一度考えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---a138.html

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2009年10月18日 (日)

サマーピクニックフォーエバーinつま恋総集編 加藤和彦サン…

 NHKBS2で、去る2009年9月20日に行われた 「サマーピクニックフォーエバー」 の総集編が放送されました。

 当日行なわれた中継で、「天地人」 の時間帯に中断された部分を見ようと思って、あらかじめ録画の予約をしておいたのですが、全く予期できない事態が発生したため、この番組を見る意義は、はからずも急激に上がった、と言っていいでしょう。

 それは、前日に亡くなってしまった、加藤和彦サンの、たぶん生前最後のテレビ(ライヴ)出演シーンが含まれていたせいであります。

 このライヴがNHKBSハイビジョンで生中継されていた9月20日当日の放送では、先に述べた 「天地人」 の毎週の放送を律儀に行なったためにすっぽり抜けていた時間帯に、加藤和彦サンがご出演されていたのです。

 加藤サンは、南こうせつサンと坂崎幸之助サンがデュエットした 「酔いどれかぐや姫」 のあとに登場。 「酔いどれ…」 の途中で、当日は放送が 「天地人」 に替わったのでした。

 この 「酔いどれかぐや姫」 を 「シュールでいい」 と評価してくれた人がいた、という紹介の仕方で、こうせつサンがコールしたのが、加藤和彦サンでした。
 「その人が今日、サプライズで、来てくれてるので、えープログラムに名前はないんですが、この人がいたからかぐや姫があったという、フォーククルセダーズ。 加藤和彦ーっ!」

 満面の笑みで現れた、加藤和彦サン。

 字幕には、「加藤和彦さんは昨日亡くなりました 心から哀悼の意を表します」 のスーパー。

 加藤サン 「実は今日は休みなんで、京都へ飯食いに行こうと思ってたんですよー。 のぞみに乗ろうと思ったんだけど間違ってこだまにのっちゃってー、で寝てーパッと覚めたら掛川で、お客サンがいきなり 『加藤サン今日は出るんですかー?』 って釣られてきちゃいました」
 こうせつサン 「いいねー(笑)」
 加藤サン「バレバレのギャグじゃないですか!」
 こうせつサン 「トノバン(加藤サンの愛称)、(坂崎)幸チャンとユニットがあるって…」
 加藤サン 「あ、あのー和幸っていう とんかつチェーンをやってます」(笑)
 こうせつサン 「じゃそれお願いします、ちょっと」
 ここでこうせつサン、退場。
 加藤サン 「あのーずっと、坂崎クンとはね、和幸チェーンを、やってまして」
 坂崎サン 「展開しておりまして」
 加藤サン 「マニアックな音楽ばっかりやって、…新人だから全然ヒット曲ないんですね」
 坂崎サン 「アルバムをいちおう2枚」
 加藤サン 「出てるんですけどね。 …知ってますか和幸?(客席から歓声)おっ、おおー。 でも和幸の曲は、やりませんー(笑)。 難しくてー(笑)。 えーこれから、あのー、川の歌を歌いますけどもー(歓声)…『長良川』っていう」
 坂崎サン 「(笑)長良川じゃないー。 奥入瀬川でもない」
 加藤サン 「(笑)えー掛川っていうのもありますね」
 坂崎サン 「掛川(笑)」
 加藤サン 「えーこれはあのー、北山修の言葉ですけども、この川はホントの川、実在する川ですけどもー、えー象徴的な意味として、ここにも流れてるかもしれないし家に帰ったらー、おとうさんとおかあさんの間、息子と娘、従兄弟とはとこ、いろいろありますがそこにも流れてるかもしれないしー、上司と部下とかね、国どうし、にも流れてます。 えーでも川ですから、えー、まあ、海へ流れていくわけですね。 でこの川の水がずうーっといって、ひょっとしたらこういうとこまで流れてるんではないかということで、ちょっと面白い仕掛けで、やってみたいと思います」
 
 「イムジン河」 をアコーディオン奏者、パトリック・ヌジェを交えて演奏。 たぶんこれは、フランス語でしょう。 パトリックサンの1コーラス目を受けて、加藤サンもフランス語で歌い、そして日本語バージョンで最後は締める、という 「仕掛け」 でした。

 そしてこうせつサンから、「あの素晴らしい愛をもう一度」 をみんなで歌いましょう、という提案を受けて、それまで出演していた、松山千春サン、森山良子サン、尾崎亜美サン、山本潤子サン、イルカサン、夏川りみサン、伊勢正三サン、杉田二郎サンもステージに上がります。

 加藤サン 「これー、千春サン歌ったことありますー?」
 千春サン 「ああ、まかして下さいよ! あたりまえ、あたりまえじゃないですか、この歌を知らずして、いやねえ、何を歌うんだ!(笑)あっ、かまやつサン、お目覚めですか!(笑)」
 こうせつサン 「じゃ、トノバン、どうやっていく?イントロは」
 加藤サン 「いいですよ、カウント係は誰ですか? カウント大臣は?」
 こうせつサン 「幸チャンがいいんじゃ」
 坂崎サン 「ぼくは、リハでやりましたけど本チャンは加藤サンで」
 加藤サン 「じゃ行きまーす。 ア、ノ、ス、パ」(←間違えてたらゴメンナサイ)

 このおしゃれなカウントのかけ方から、ステージでのMCから、まるでこのあとひと月もたたないうちに亡くなってしまうかたとは思えない元気ぶりです。 亡くなってしまったいまあらためて見てみると、まるで多くのミュージシャンに祝福をされているかのような、この加藤サン最後の 「あの素晴らしい愛をもう一度」。 かえすがえすも、信じられません。 悪夢としか、思えません。

 このコンサートでも話題に出ていた和幸や、サディスティック・ミカ・バンドを木村カエラチャンをボーカルに据えて再結成とか、個人的にはぜんぜん現役感の強かった加藤サンでしたが、世間的に話題になり続けていたからこそ、新しい曲ができないということが、余計にプレッシャーになっていったのかな、という気がします。 もっと一歩引いたような活動をしたって、過去の財産はじゅうぶんあるのに…。 考えてみれば、天才肌の加藤サンらしい最期だった気もしますが、このステージの、多くの人たちのセレブレーションが、加藤サンに届かなかったことは、とても悲しい気がするのです。

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2009年10月17日 (土)

「世界ふしぎ発見!」 18年越しのビートルズ

 約20年ぶりにビートルズを採り上げた、「世界ふしぎ発見!」。

 その20年(正確には18年)前の 「ふしぎ発見」 ビートルズの内容については、当ブログ2009年9月22日の項に詳しく書きましたので、そちらをよろしければご覧ください。
その記事はこちら↓
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/09/20-441e.html

 その、18年前の 「ふしぎ発見」 と比較しながら述べていきたいと思いますが、今回は、1966年の来日公演にテーマの的を絞っています。 ミステリーハンターは、18年前と同じ、竹内海南江チャン。 18年前の映像との比較でもやるかと思いましたが、やりませんでしたね。 まったく18年前のことなど、何事もなかったような感じで、それはそれでちょっと、ガッカリいたしました。

 そのせいなのでしょう、加藤茶サンにも、18年前と全く同じ話を伺っています。 加トチャンも、すっかりこの来日公演はネタ化しているみたいで(笑)、18年前とおんなじ受け答えを海南江チャンにしていました。 「ザ!…」 ギャーッ!(笑)という話は18年前にはしていませんでしたが、これもあちこちで聞いた、加トチャンのネタのひとつです(笑)。

 キョードー東京の永島達司サンも、司会のE・H・エリックサンも、ビートルズが泊まった東京ヒルトンホテル(のちの赤坂プリンスホテル)も、いまはもう鬼籍です。 一抹の寂しさも感じました。 18年前は、永島サンは別として、エリックサンにも取材していたし、当時の赤坂プリンスホテルにも取材に行っていました。

 その代わり、今回の取材での主役は、当時の警視庁ビートルズ警備対策本部長、山田英雄サン。 ビートルズの来日はどうして実現したのか?という話など、興味深い話を、予想外に聞くことができました。

 当時からささやかれていたのは、ビートルズにこれだけの大規模な警備を施したのは、来るべき日米安保のための予行演習だった、という話ですが、山田サンの証言とかで、最近では、その説は信憑性に欠ける、という傾向になっているみたいです。

 それにしても、第3問目の 「福助人形」 は、ゲスト回答者の 「ビートルズ度」 が判明するようなレベルの問題でした。 簡単だぁ~と思いましたが、結構皆さん外してましたね。 もう、コアなファン以外は、あんまり知られない話になっているんですね。 ジャケットを見ればすぐに分かる話ですけど、CDジャケットなんて細かすぎて、まともに見ている人がいない証拠みたいに思いました。

 黒柳サン、パーフェクトでのトップ賞、さすがにすごいです。 18年前も、当時は4問問題があったにもかかわらず、パーフェクトでトップ賞でした。
 福助人形がヨーコサンの所有物になっているとのこと、こないだ 「徹子の部屋」 でヨーコサンとしゃべったばかりの(収録がどっちが先かはわかりませんが)黒柳サン、来日公演も見たそうですし、結構ビートルズとの接点が近いような気がいたします。 リマスターボックスもトップ賞で頂いて、うらやましい限りであります。

 ちょっと余談になってしまいますが、ちょっと今、テンション低いです。 今日亡くなった加藤和彦サンも、ビートルズのリマスターを聴いたはずだと思うからです。 幸福感にひたれなかったんでしょうか。 「音楽でやることがなにもなくなった」 と知人に漏らしていたらしいですが、このリマスターを聴いたら、新たな作曲の意欲がわいたんじゃないかと思って、とても残念に思っています。

 予告編が出てからずっと楽しみにしていた10月17日が、加藤和彦サンの命日になってしまって、いまはとても複雑な心境です。

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「不毛地帯」 第1回 日本人ならば忘れてはならないもの

 ちょっとドラマの内容とは、別の方向に行ってしまうことを、ここでお断りします。 ドラマの内容についての感想は、記事の後半に、いたします。

 フジテレビ 「不毛地帯」 の第1回。
 なんと言っても圧巻だったのは、主人公である唐沢寿明サン演じる壹岐正の、シベリア抑留の描写だった。
 本音を言えば、この一連の描写には、フジサンケイグループという、右傾的な思想をもつ組織の、恣意的部分も感じたのであるが、この描写力の凄さは、そんなつまらない憶測も吹っ飛ばすくらいの力があった。

 極度にモノクロに近い極寒の地で、いつ果てるともしれない強制労働に駆り出されている日本人たちの姿は、大東亜戦争が産み落とした悲劇のひとつである。
 だのに、私たちは南方の戦線や本土の様子に関しては映画やドラマなどで結構触れる機会があるものの、シベリア抑留の悲惨さを追体験することは、これまであまりなかったと言っていいだろう。
 その凄惨さを、第1回前半では、余すところなく描き切っていた。 出色の出来である。

 北方領土返還問題にもかかわる旧ソ連の太平洋戦争へのかかわりかたは、今回のこのドラマで、若い世代に対しても改めて開示された気がしてならない。

 要するに、やりかたがセコイのだ。 旧ソ連の。

 終戦の何日か前に、不可侵条約を一方的に破棄し、満州とか北方領土とかをあっという間に蹂躙し、戦争犯罪人として多くの日本人を強制労働に駆り出し、北方領土を横取りした、という歴史的事実である。

 今回のドラマでも、昭和天皇を戦犯に仕立てようと、あらゆる手を使って壹岐たちに証言させようとする旧ソ連のやり方には、正直ムカついて仕方がなかった。

 それに対する壹岐たちの態度というのは、現代の日本人が学ぶべきものに思えて仕方がない。

 これはちょっと間違うと犯罪容認のように取られる危険な考えなのだが、と前置きせねばならないが、我々が学ばねばならない、というのは、「戦争責任に対して、自分たちが泥をかぶる、という毅然とした態度」、のことである。

 実際のところ、昭和天皇がどれだけ日本軍の全体的戦略にタッチしていたのかは不明だが、それが現実問題として、現代に至るまで不明になっているところが、私にはすごい、と思われてならないのである。

 これはなぜかと考えた時、要するに、壹岐たちのような、「責任は自分たちが取る」、という人々の存在が、昭和天皇を戦争犯罪者になる道から救ったのだ、と思われるのだ。

 翻って、現代日本に住む人たちは、どれだけ他人の責任を自分がとる、という覚悟で仕事をしているだろう。

 のりピーの例を出したらあまりに次元が違いすぎる話なのだが(笑)、のりピーの夫がべらべらしゃべらなければ、のりピーに害が及ぶことは、まずなかったか、とても逮捕には困難がつきまとったはずだ。
 のりピーの夫に限らず、何か会社の悪事が露見して逮捕されてしまう人々のうち、警察なんかの厳しい追及にも負けず、会社に義理立てして自分が泥をかぶる、などという殊勝な精神を示す持ち主など、現代において、まずいないと言っていい。

 あらかじめ断ったように、私は犯罪を容認しているわけではない。

 ただ、自分の信念に従って職務を遂行し、その結果上の者の責任は私が取る、という精神は、いまの日本からは死滅しているのではないか、ということが言いたいのだ。

 さて、ドラマの内容について。

 冒頭で書いたように、前半のシベリア抑留あたりの話は、圧倒的な描写力で、ここ数年見たドラマのなかでは出色、とも呼べる出来だった。
 だが、問題は後半部分である。

 前半の重苦しい抑留の様子から、唐沢サンが一貫しているのは、極度のカタブツぶり(笑)。

 いや、唐沢サンに限らず、このドラマの登場人物全体に漂っているのは、どこの日本語だ?と思うほどの、文学的なカタいセリフの横行だ。

 シベリア抑留の場面では、そのセリフのカタブツぶりもしっくりいっていたのだが、後半の商事会社に壹岐が入ったあたりから、そのセリフに、少しばかり違和感を感じ始めた。
 どうして、登場人物全員が、このようなカタイ、しゃべりにくそうなセリフをしゃべっているのだろう。
 後半に入って、そのセリフによる不自然な説明的語り口が、少々耳についてきた。

 しかも、原田芳雄サン演じる大門一三近畿商事社長が、壹岐を防衛庁のコネ目当てで採用しようとしているところが、なかなか見えない演出ぶりをしているのは、ちょっと違うのではないか、という感じ。 あからさまにその目的で原田サンが動いているところを見せてもいいのではないか、という気がするのだ。

 でなければ、お昼過ぎまで新聞読みして、配属された繊維部の仕事もろくにできなくて、みたいな人間を、誰が好き好んで雇い続ける、というのか。 大門社長の真意を物語のうえで隠すことに、大した意味はない、と私は思う。

 大門社長の思惑通りにことは進んで、壹岐は戦闘機を防衛庁に売り込む役を買って出るのだが、この先もこんな違和感だらけのセリフが横行するのだろうか。
 このセリフによって、このドラマの文学的な匂いは一層高まる効果もあげてはいるのだが、現実味から乖離していくのが心配な出だしではある。

 ともあれ、フジテレビの力の入れようは十二分に伝わってきたこのドラマ、半年にわたってじっくりやっていただけるのはうれしい。 「官僚たちの夏」 も、このくらいの総力でやってもらいたかったものだ。

当ブログ 「不毛地帯」 に関する記事
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-6a81.html
第1回 (当記事)
第2回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/2-w-070f.html
第3回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/3-4bae.html
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/4-9755.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/5-abb7.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/6-d4bd.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/7-8677.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/8-4f4a.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/9-cdc5.html
第10回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/10-183b.html
第11回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/11-0587.html
第12回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/12-68a7.html
第13回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/13-2599.html
第14回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/14-4fa8.html
第15回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/15-d4df.html
第16回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/16-3ac8.html
第17回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/17-2-6e30.html
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-b645.html
第18回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/18-5177.html
第19回(最終回) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-7b99.html

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元フォークルの加藤和彦サン死去

 第一報を注目ワードの最新トラックバックで知り、マジかと思ってウィキペディアを見てみたら、そう書いてあったため、いったんは信じたのですが、それでブログ記事を書いた後、またウィキを見たら、その死亡の箇所だけ削除されている。 いったい本当なのかガセなのか、頭のなかがグルングルンしていたのですが。

 元ザ・フォーククルセダーズの加藤和彦サンが亡くなった、というニュースですよ。

 その後ネットをぐるぐるしておりましたら、NHKのニュースでやっていた、というらしいんです。

 …ああ…。 それじゃ、ガセじゃないんだ…。

 ショックですよ。 大ショックです…。

 しかもなんだか、…いや、未確認情報をアップするのはやめよう…。

 信じられません。 信じたくない、って言ったほうがいい。

 つい最近も、古いレコードをひっぱり出して、「家をつくるなら」 や 「不思議な日」 を、いっしょに歌ったばかりなんですよ。

 なんでだよ…。

 ホントなんですか、ホントに?

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2009年10月16日 (金)

「大沢悠里のゆうゆうワイド」 近石真介サンと蝮サンのやりとり

 「大沢悠里のゆうゆうワイド」 2009年10月16日のゲスト、近石真介サン。
 「ゆうゆうワイド」 のほぼ前番組 「こんにちワ近石真介です」 のパーソナリティで、べらんめえ調の語り口がとても印象的でした。
 「ほぼ」 というのは、ほかにあっという間に終わった番組がいくつかあったからで、なんだかいまとなってはその番組の記憶も、ほとんどありません。

 私の世代にとっては、近石真介サンと言えば、「サザエさん」 の初代マスオサン役声優で、そしてこのラジオ番組。 当時学校があったはずなのですが、なぜかよく聴いていたような気がします。

 久々にお声を拝聴しましたが、今年78歳とはとても思えない、張りのある声、キビキビしたしゃべりで、実にお元気である様子、すっかりうれしくなってしまいました。 またラジオ、やってくれないかなあー。

 蝮サンとのやりとりも、久々復活ですよ。
 「蝮サンよぉーっ」「ヤアヤアヤア」、という、しょっぱなのあいさつ。
 なんか、胸が熱くなる思いで聴きました。

 近石サンの奥様がいま入院中で、その病院が蝮サンが入院していた病院と一緒らしくて。 しかも病室まで一緒、とのこと。 「(奥サンが)オレと話すときの目が、近石サンを見る目と違うんだよ」 と言って笑わせる蝮サン。

 「(あまり曲が流れなくて)悠里サンが困っているぞ(笑)」 という近石サン。 「昔のほうがひどかったよ」 と返す蝮サン。 丁々発止のやりとりも、昔のまんま。 ずいぶん笑わせていただきました。 悠里サンとの放送のほうが倍以上の長さだというのに、このフィット感はなんなんだ?

 「近石サンと蝮サンと一緒に放送していると、うれしくて涙が出る」 と話していた悠里サンでしたが、私も今日は、その幸せを分けてもらったような感じでした。 ずいぶんTBSラジオは、私も長いこと聴いてますからね。

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「不毛地帯」 見ごたえありすぎて…

 フジテレビ開局50年ドラマって、ずいぶん前からいろいろやっている気がしますが、そのなかでもいちばんリキが入っていると思われる、「不毛地帯」 が始まりました。

 本編の感想文は後日にいたします。
 なぜかって、…見ごたえありすぎ! 途中までしか見ていません。
 昨日は同時刻にやっていた 「ブラタモリ」 を優先して見たあと、その記事をブログに書いてから、録画したその 「不毛地帯」 を見始めたんですけどね。
 1時間くらい見て、そのあまりの描写の重苦しさにぐったりしてしまい、総録画時間を見たら、なんとほぼ2時間半。 えっ2時間じゃないのか、まだ半分も見てないよ、って感じで、ますますぐったり。 時間も遅いし、今日はもう寝よう、ということで、ギブアップ。

 このところ、映画なんかも全編一気に見ることのできないこらえ性のなさ(笑)なので、ちょっとこの長尺はキツイ。 まあ、面白ければ苦にはならんのですが。 「JIN」 なんか、初回拡大2時間でしたけど、結構あっさり見てしまったし。 「不毛地帯」 は、前述したように、内容がハードすぎます。

 しかしホント、リキ入ってるわ。

 今年私が見た、すべてのドラマが、ブッ飛んでます。

当ブログ 「不毛地帯」 に関する記事
(番外) (当記事)
第1回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/1-05a5.html
第2回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/2-w-070f.html
第3回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/3-4bae.html
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/4-9755.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/5-abb7.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/6-d4bd.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/7-8677.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/8-4f4a.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/9-cdc5.html
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2009年10月15日 (木)

「ブラタモリ」 二子玉川 もっといろいろあるでしょう!いや、もうないか…

 「ブラタモリ」 2009年10月15日は、私の地元、二子玉川。 地元っつっても、私の住んでいるところはちょっとばかり離れておりますが。 準地元(笑)ってヤツですか。

 それでも二子は私の昔からの庭みたいなもので。 そういう立場からものを言わせていただきますが、今回の 「ブラタモリ」、ほかにいろいろタモリサンが好きそうなところがあるでしょう!と言いたくなるような歯がゆさが、半分ばかりありました。

 まずちゃんとやっていただいたのが、当ブログ先週の 「ブラタモリ」 の記事で一足お先に書いてしまった、二子-砧間の電車のこと。 二度書くのは面倒なので、よかったら先週の記事をお読みください。 だいたい今回やったことが、書いてありますんで。
 でもこれも、もうちょっと足を延ばしてくれると、玉堤通りからこの路面電車の残骸である鉄橋が望めるポイントが、あるんですがねえ。 テレビ的にオイシイと思うんですが。

 それに、玉電がかつて走っていた場所、数年前まで新玉線と言っていた、田園都市線の用賀へ向かう軌道も、昔の写真と付き合わせれば、テレビ的に面白い図だと思うんですけどねえ。
 しかし最近あんまり乗らないんで、この路線の呼称には、ちょっと混乱してしまいます。
 田園都市線って、昔は確か、大井町線から二子を経由して、長津田あたりまでを言っていたと思うんですけど。 それがいまは、新玉線が田園都市線ですか?

 それにしても冒頭から、玉川高島屋のことを、これでもかこれでもか、というくらいしつこくやっておりました。 準地元民からすれば、高島屋の元ボウリング場のことなど、こんなに細かくやらんでもよろしい、という感じです。 まあ、昔ボウリング場の支配人をやっていたタモリサンに媚びた構成、ということですかね。

 確かに昔は、高島屋ではいろんなことをやっていた記憶が、かすかにあります。 だけどまあ、どーでもいいっつーか(笑)。
 個人的に覚えているのは、昔のデパートの定番だった、簡単な遊園地みたいなもの。 これが高島屋の屋上にあった気がします。 それが確か昭和50年、1975年ころになると、金魚だの錦鯉だのの売り場になったような…。 子供のころは、玉川高島屋の屋上に行くのが、ひそかな楽しみではありました。
 あと、地下1階の駐車場からショッピングセンターに入るとすぐにあった、パン屋のパスコ。
 レディボーデンのアイスクリームが、そこでしか売ってなくて。
 この濃厚なアイスを親に買ってもらうのが、すごく楽しみだったなあ。

 あっ、またまたオッサンの長くなりそうな昔話になってきたぞ。

 とにかくまあ、高島屋のことは置いといて、あの河川敷に面していない土手が、どうしてできたのか?とかいう、私も知らないことには、20へぇ~くらいボタンを押しそうになりましたが(笑)、そう言えばあのあたりって、昔は旅館がたくさんあった覚えがあります。 確か泉屋とか?違ったっけな。 多摩川の渡しとか、結構宿場町っぽい風情を残していた気がします。 いまの兵庫島あたりから、東急線の架線下、そして反対運動の渦中にある堤防の建設現場に向かう細い道の並びですね。

 しかし、昔の風情とか言っても、急速にそれが崩壊しつつあるのが、いまの二子玉川です。

 その代表が、かつて二子玉川園、という遊園地があった地区。
 いまじゃ、影も形もございません。
 まったくその残骸すらも残っていない状態。
 でかいマンションが、バカバカ建っております。
 本当はそこを取材してほしかったのですが、あまりにも何も残っていない状態だったのでしょう。 現在は工事中で、立ち入ることすらもできない感じですから。

 そんなにセレブの街にしたきゃ、勝手にしやがれ!という怒りがこみ上げてきます。
 今回の番組冒頭で高島屋を紹介する時、1000円出せば駐車を代行してくれる、荷物も運んできてくれる、なにしろここで買い物をする人の平均出費額が、6万円!などというバカげた紹介の仕方をしておりましたが、40年以上この地に住んできた者から言わせていただければ、何を気取っとるんだ、ここらへんは昔、一面田んぼと畑だったのだ!という感じですな。

 まあ、ちょっと今回は、期待しすぎたせいもあって、いろんな点が物足りなく感じてしまった、「ブラタモリ」 でした。 タモリサンも、あんまり乗ってなかった気がします。 玉電を運転するところ以外では(笑)。

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レココレ2009年11月号 ビートルズ・リマスター分析、渾身の一発!

 ビートルズ分析においては、私が一番信頼している雑誌レコード・コレクターズ。
 先月2009年10月号を採り上げた当ブログの記事で 「次号に期待」 と書いたはいいんですが、発売日の今日、書店で手に取ってみたところ、正味10ページ程度、しかも森山直明サンしか執筆していない。
 もうちょっと大々的に特集していると思っていたので、どうしようかなーと迷ったんですが、その10ページの記事が、なんとも読みごたえがありそうな雰囲気で。
 結局この10ページと、宮永正隆サンのビートルズ来日秘話の連載を読むためだけに、700円を出して買いました。 あ、あとオノ・ヨーコサンのインタビュー記事もありましたっけ。

 いやいや、やはり森山サンの記事は、読みごたえがありましたですよ。 例によって字が小さいので、ページ数以上のボリュームを感じます。

 まず2009年9月9日の発売日前後のいろんな状況を詳細に報告。
 ネット通販で予約した人の顛末とか、日米英のチャートイン状況とか、実に興味深い話の連続です。

 そしていよいよ音の比較。
 モノボックスの初期4枚のアルバムと、旧CDとの違いを詳細に分析しております。 森山サンお得意の、重箱の隅つつきまくりの記事です。 曲によってピッチが違っているとか、よくここまで分かるよなあ~、と感心しまくりです。
 特に 「ヘルプ!」 のバージョン違いの推理は、マーク・ルウィソン氏も巻き込んだ壮大なもの。 「オンリー・ア・ノーザン・ソング」 は、相変わらず、何がなんやらわからない、何がほんとのステレオなのか、どれがほんとのモノなのか、読めば読むほど混乱してくる状況で(笑)。 ただ分かったのは、今回のモノボックスの、「パスト・マスターズ」 に収録されているものが、「オンリー・ア・ノーザン・ソング」 のホンモノのモノだということです(書きかたもややこしい~っ)(笑)。

 ステレオボックスのほうは結構あっさりとした記事でしたが、これからも 「楽しく」 分析を続けていくとのこと、まとまったものを、私も是非読みたいものです。 今後もさらに期待しております。

 私も、そのうちちょっと細かいモノボックスの分析をしてみようかなーと、思っておりますが、いかんせん細かい知識がじゅうぶんでないところが残念です。 なにしろ、私が従来聴いていたものは、基本的に70年代後半に再発された、英国オリジナルのステレオアナログ盤ばかりなので。

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2009年10月14日 (水)

「ギネ~産婦人科の女たち」 ノリカ、怖えぇー(笑)

 日テレで始まった医療ドラマ、「ギネ」。 大石静サンの脚本なんで、とりあえずどんなもんかと思って見てみました。 さすがに語り口はウマイ。 医療ドラマにはつきものですが、専門用語がやたらと飛び交って、演じている役者サンたちは大変でしょうが。

 上地雄輔クンが、小早川秀秋から、今度は新人の産科医です。 相変わらず演技はハテナマークですが、時代劇よりはいいかな、と。 彼なりに頑張っているので、その点は素直に評価いたします。

 主演の藤原紀香サンも、私あまりこの人の演技って、興味の対象外なんです、スミマセン。
 ただ、今回の紀香サンはやたらと寡黙で、命を救うことだけに執着しまくっている医者の役。 誰であろうが関係なし、お構いなし、他人のことは一切顧みないという、冷徹きわまりない役どころです。 一言で言って、「怖い」 っス(笑)。
 冷徹、なんですけど命を救うことにこだわっているから、冷徹というわけじゃないのかな。 そんな役のためか、演技のスキルをあまり要求されないようで、安心して(?)見ていられます。
 なんか紀香サン、外見的には、精神科医の香山リカサンのイメージで攻めてるかな、という感じですかね。

 冒頭の患者受け入れのくだりから、救急車のたらいまわしとかの裏事情などをえぐり出すのかと思いましたが、ちょっとツッコミ不足、と感じました。 病院付きの弁護士なんでしょうか、内田有紀チャンがちょっと、らしく見えない、というか。 國村準サンの愛人なんでしょうかね。 それなら弁護士らしくないというのも納得なんですが、そうするとかえって現在の医療体制の問題点がぼやけてしまう気がします。

 第1回目は、生まれる命、死にゆく命を通して、ひとつのテーマを提示してはいましたが、これもちょっと手垢のついた題材だったかな、という気もします。 あれもこれもやりすぎて、全体的に掘り下げ不足の感がする、というか。

 ただ、女性にとっては、切実な問題も含んでいることは、事実です。 どうも男性の立場からこのドラマを見てしまうと、なかなかこのドラマの本質が見えなくなってしまうかもしれません。

 いずれにせよ、医療ドラマというのは、個人的には、「ER」 でほとんど題材的に語りつくされてしまったような気がしていますので、よほど違ったことをしてくれないと、私としては納得できないだろうなあ。 とりあえず、しばらく見てみることにします。

 そうだ、大昔の田村正和サンのドラマ 「パパはニュースキャスター」 で、「愛情の愛と書いてメグミ」 っていう、田村サンの隠し子っていう3人の女の子がいましたよね。
 そのうちのふたり、鈴木クンと西尾クンが、このドラマでニアミスしてましたよ。 太っている看護婦サンと、婦人科の病室のリーダー役の患者サンで。
 私の勘違いでなければ、たぶんそうです。

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「ウェルかめ」 第3週 なんとなく、このペース好き

 倉科カナチャン演じる波美が徳島の出版社に就職して、ようやく役者がそろった感じの、「ウェルかめ」。
 ちょっと見逃してもすぐにまた入っていける気楽さが、なんだか今回の作品では顕著な気がします。
 というのも、主人公の波美が、そりゃいろんな悩みを抱えていることは確かなんですが、そのことについて、あまり深刻ぶった描写をしないことが、最も大きな原因でしょうか。

 出版社の新米編集者、という朝の連続テレビ小説で私が思い出すのは、ずーいぶん昔の話になってしまいますが、藤田朋子サンがやってた、「ノンちゃんの夢」 ですかね。 古ー! 藤田朋子サンはこのドラマで、取り返しのつかないレベルの(笑)むちゃくちゃなドジばかりやらかしていたんですが、倉科カナチャンはそうでもないですかね。 いや、藤田朋子サンのドジは、即座に 「お前はクビだ!」 レベルの失敗ばかりでしたからね。 せっかく苦労していただいた原稿を、ゴミと一緒に燃やしちまったり(笑)。

 オッサンは昔話をしだすと止まらないので元に戻しますが、倉科カナチャンは、企画をめげずに考えたり、まあ小さなタウン誌ということもあるかもしれないけど、積極的に編集にかかわっていこうとしています。 なかなか元気です。 落ち込むこともあるけれど、それをいつまでも引きずらない、というのがいい。

 カナチャンが住んでいる部屋の隣が、幼いころから何かとイヤミな女だった岩佐真悠子チャン演じる果歩だったことが分かって、果歩といろいろ話をするのですが、「ちりとてちん」 の和田喜代美(貫地谷しほりチャン)だったら、見栄張ってウソつきまくりそうなんですが、カナチャンはそういう屈折したところがない。 ここで主人公にウソをつかせて、話をややこしくしよう、ということを、脚本家のかたはどうやら思っていないらしい。 波美の引きずらない性格と、変にドロドロさせないここらへんの話の組み立て方が、気軽になわとびのなかに入っていけるような気軽さを、醸し出しているような気がします。

 と、小難しいことはここまでにして。

 ゾメキトキメキ出版社のたまり場らしいお店のマスターが、チャーリー浜サンで、「~じゃ、あ~りませんか」 と言ってくれたのは、うれしかったなあ~。 関西では珍しくないかもしれませんが、なんか、東京に住んでいるせいか、ずいぶん久しぶりにコレを聞いたような気がします。

 波美を思っている武田航平クン。
 「ファイナルファンタジー12」 で主人公役の声をやっていたのをハチャメチャに酷評されてから、「仮面ライダーキバ」 でメチャクチャキザな役を演じて、今度は漁師役。
 なんだか、この3つの役とも、同一人物がやっているように見えなくて(笑)。 役作りをすごく徹底して使い分けているのか、ただ単に芸風が定まっていないのか(笑)、いずれにせよすごい。

 編集部の坂井真紀チャン。 いやー、私、久々にこのコ見ました。 「私の運命」 以来ですよ(またまた、古ぅぅーっ!)。 そーですか。 子持ちの役ですか。

 そして一気に下世話な話になりますが(笑)。

 倉科カナチャン。
 なんか、きゃしゃなくせに、胸デカイんだよなあ~(笑)。 ネットの注目ワードに、最近よく出てくるみたいですが、もしかして巨乳関係で注目が集まってるのかなあ?(笑)

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2009年10月12日 (月)

「新・三銃士」 結構コメディタッチ(笑)

 あんまり過大な期待を持っちゃイカン、と思いながら見た、NHK人形劇、「新・三銃士」 第1回。

 冒頭からひとりの男が殺された、というのに、「いきなり殺されてしまったこの男」 と、なんとなく笑える爆笑問題田中クンのナレーション。

 主人公のダルタニアンが西田敏行サンの父親に剣を教わっているのも、「突くべし!突くべし!」 と、なんだか 「あしたのジョー」 の 「打つべし!打つべし!」 みたいで笑えます。

 その西田サンの父親が、悪の手先のなんとかってヤツ(笑)に殺されてしまうんですが、いまわの際にダルタニアンに最後の言葉を授ける時に、「歯みがけよ」「風邪ひくなよ」 とか、「8時だョ!全員集合」 の加トチャンみたいでこれも笑える。 「風邪ひくなよ…帰ったら少なくとも30秒は手を洗え」 とか、もう大爆笑。 ひとつ付け加えるならば、加トチャンも西田敏行サンも、同じ福島県出身です。 ということは、なかば確信犯的なギャグです(笑)。

 ただ、このギャグに子供たちがついていけるのかは、大いに疑問だなあ(笑)。
 元ネタがずいぶん古いし(笑)。

 それでも、この物語がとっつきやすそうな感じで、ちょっと肩の力が抜けた感じがしました。 あまり肩肘張って見る必要がない、というのは、子供たちに門戸を開いているようで、好感が持てます。
 っていうか、もともと人形劇って、子供向けのものですから!(笑)

 やはりというか、第1回を見た限りでは、三谷幸喜サンの 「新八犬伝」 へのオマージュを、強く感じました。 「新八犬伝」 も、いまから考えると、そんなに小難しいことをやっていたわけでもないし、結構カリカチュアライズされた笑いが随所にあった気がするんですよ。 それを思い出させてくれました。
 私としては、「三国志」 のような重厚な話を期待していたんですが、方向性としては 「子供のための」 という形に落ち着いたんでしょう。

 オープニングタイトルは、影絵っぽくてとてもインパクトの強いものです。 子供たちにとって、影絵の絵っていうのは、とても刺激的だと思うんですよね。 私にとっても、藤城清治サンの絵が子供心に大きな印象を残したように。

 また、いきなりセットがすごすぎる。

 まさかこのダルタニアンの家のシーンだけのために、こんな壮大な田園風景を作ったんじゃないでしょうね?と思えるくらいのものでした。

 ともかく、40話しかやらないみたいなんですが、かーっ、もうちょっとじっくり長くやってくれ~っ、と言いたくなるような感じです。 まあ、40話じゃ、重厚な話は無理かなあ。 1回20分だし。
 いずれにしろ、見続けますよ、大人ですけどっ!

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「カウントダウン新・三銃士」 泣いちゃうとは思いませんでした

 「新・三銃士」 のPR番組、「カウントダウン新・三銃士」、先週1週間5日間にわたって放送していたのをまとめて、教育テレビで放送していたのを見ました。

 世界の人形劇とか、NHKで放送された人形劇の歴史とか、撮影秘話とかを紹介しています。 案内役は、「新・三銃士」 でナレーションを務める爆笑問題の田中クンと、王妃役の瀬戸カトリーヌチャン、脚本、ではなく脚色、という肩書でしたが、三谷幸喜サン。 下世話な話ですけど、田中クンもカトチャンも、離婚しましたですね、最近(笑)。

 三谷サンが 「新八犬伝」 の熱狂的なファンだった、というだけあって、番組内でも 「新八犬伝」 に割かれた時間は、結構長かったです。 それはモーマンタイ。 私も大ファンでしたから。

 そこで、「新八犬伝」 のエンディングテーマ 「夕やけの空」 が、ちょこっと流れたんですよ、不意に。

 その途端、自分でもびっくりしたんですが、涙がブワーッと出てきてしまいました。

 「夕やけの空」 は、月金の帯番組だった 「新八犬伝」 の、金曜日のエンディングテーマだったと思います。 ナレーターを務めていた、いまは亡き坂本九サンが歌っていて、夕焼け空をもろにイメージさせまくる、もの悲しいメロディで。 坂本九サンが亡くなった状況を考えると、その夕焼け空に、また別の意味が加わって、涙なくしては聴けません。 正直なところ、「見上げてごらん夜の星を」 より、個人的にはグッときます。 名曲です。

 夕やけの空を 君は見てるか
 小さなまぶたに 涙をためて
 ひとりぼっちじゃないんだ
 まだ知らないだけなんだ
 胸を割り 心開いて
 語り合い 信じ合う友は
 きっとどこかで
 どこかで待っている

 キーボード叩きながら、またちょっとウルウルしてるんですけど、いやーヤバイなあー。 どうも、イカンです。

 「新・三銃士」 のエンディングテーマ、平井堅サンが歌っているんですが、作詞をした三谷サンは、この 「夕やけの空」 へのアンサーソングとして、このエンディングテーマを作ったらしいです。 その三谷サンの気持ちにも、ちょっとジーンときます。

 この 「カウントダウン…」、NHKの力の入れようが伝わってくる、すぐれたPR番組でした。
 いちばん伝わったのは、人形劇をつくることの、あまりの大変さ。
 人形劇なんて、大したことないだろうなんて、考えてちゃ、いけませんよ。 どれだけの労力が、そこに注ぎ込まれていることか。 逆に言えば、この新しいNHKの人形劇は、あまりにお手軽に作られている、いまのテレビ番組に対する、強力なアンチテーゼとなるに違いないです。

 考えてみれば、人形劇というのは、不思議なジャンルの娯楽です。
 人形それ自体に、妖力が宿るような気がするし、それを操作する人たちは、舞台の下で、超密集状態で、思い切り一体になりながら、人形を操作している。
 そこに、人間がそのまま出てくるだけの、ただのドラマよりも違う、情念みたいなものが宿ってくる気がするのです。
 大人になってすっかり、人形劇から遠ざかっていた(そのテの番組がそもそも教育テレビの子供向け番組にしかなかったことが原因ですが)ので、なんだか今から、期待が膨らみ過ぎてしまっている、「新・三銃士」 なのであります。

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2009年10月11日 (日)

「JIN-仁-」 第1回 荒唐無稽との闘い!

 TBS日曜劇場 「JIN-仁-」。

 現代の外科医が江戸時代にタイムスリップするという、村上もとか氏のコミックをドラマ化、という最初の謳い文句から、すでに荒唐無稽の匂いがぷんぷんしているわけで。
 そのため、あまり期待して見始めたわけではなかったんですが、なかなか面白かったです、初回を見る限りでは。 2時間の拡大枠が、ちっとも気になりませんでした。

 村上もとか氏と言えば、私の世代にとってはなんと言っても 「六三四の剣」 でしょうー。 少年サンデーでは、「うる星やつら」「タッチ」 と互角くらいの人気だった気がします。 確かアニメ化もされたし。 青年誌に活動の舞台を移してからは御無沙汰していますが、村上サン、しっかり傑作を描いていらっしゃるようです。

 原作をどうアレンジしているか分かりませんが、このドラマで興味深かったのは、設定的にあり得ないものを、どうやってリアリティあるドラマにするのか、ということでした。

 ドラマではそれを克服するために、タイムスリップする以前、現代での話を30分くらいさせて、主人公の大沢たかおサン演じる南方仁の人となりをていねいに描写しています。

 そこでの大沢サンの演技が、とても複雑で引き込まれる。

 南方は、中谷美紀サン演じる恋人を手術で植物状態にしてしまったために、難しい手術を人任せにしてしまう、という医者になり果てています。 それを研修医の山本耕史クンに質されたりするんですが、無理に明るく笑って 「オレみたいな医者になるな」 とかわす。 それでじゅうぶん、南方が傷ついていることが伝わってくるのです。 いやー、大沢サン、やはりこの人の演技は、侮れないっス。

 南方が植物状態の中谷サンに話しかける演技も、なんとか再び目を開けてもらいたい、という気持ちと、目を覚まさない中谷サンに募るイライラと、そうしてしまったのが自分だという自責の気持ち、怒りの気持ちがないまぜになっているシーンで、これまた秀逸、としか言いようのないシーンでした。
 なんでこんな深い演技ができるのか、この人?

 つまり、大沢サンの演技で、このドラマのリアリティが完璧に補完されているのです。

 そして、タイムスリップしてしまうきっかけとなる、胎児の形をした奇形腫の持ち主とのもみあい。 ここらへんの描写は、やはり荒唐無稽なのですが、大沢サンの芝居に引きずり込まれる形で、あまり気になってこない。

 なにしろ、タイムスリップした途端、武士どうしの斬り合いに巻き込まれ、その武士のひとり、橘恭太郎(小出恵介クン)を治療するという、テンポの速い展開をすることで、同時にタイムスリップというSFチックなことを、すっかり忘れさせてくれる。
 現代人の外科医が江戸時代に行ったらどんな手術をするのか?という興味深いことが、ここで展開されるために、すっかり物語に入りこめてしまうのです。

 まず、この手術をするにあたって、恭太郎の母親である、橘栄(麻生祐未サン)とのインフォームドコンセント(詳しい説明の上での合意)が必要になる。
 ところが江戸時代だからインフォームドコンセントなど成立するはずもないくらいの認識力の違いがある(笑)。 橘栄にとって、南方のやろうとしていることは、理解不能も甚だしいのです。
 なにしろ、自分の息子の頭をかち割って、血の塊を取り除くという手術。
 理解のしようがありません(笑)。
 ここを南方は、自分の命さえも賭けるくらいの 「あなたの息子を治したいのだ」 という誠意でもって、インフォームドコンセントをごり押ししていく。
 その迫力に、いったんは同意をする橘栄ですが、あまりの術式に手術中ついに逆上、南方に短刀で斬りかかる。
 南方は 「あなたの敵は私ではない!この目の前の血の海です!」 と、恭太郎の頭にぽっかり空いた患部を見せつける。
 ここらへんのリアリティは、息をのむばかりでした。

 第1回後半にもう一度ある、戸田菜穂サンの手術の描写も、相当壮絶なもので。

 馬に蹴られた戸田サンが、額をばっくり切ってしまうのですが、南方が手術をしようとしたとき、橘咲(綾瀬はるかチャン)が持ってきた手術道具の中に、麻酔薬キシロカインがないのに気付く。
 結果的に南方は、麻酔薬なしでの縫合手術をするのですが、痛みのためにショック死してしまうという可能性を提示することで、その緊張感を極限にまで高めていくのです。
 いざ手術が始まると、その話通りの、阿鼻叫喚地獄のような凄惨な手術になっていくのですが、南方はこのとき、現代編において自らの弱点となっていた、「難しい手術が怖くてできない」 という自分の気持ちと、真正面から向き合うことになるのです。
 このリアリティは、ホントにすごいの一言。

 ところが、やはりマンガチックなことは、どうしても起こらざるを得ない気もするのです。

 その最たるものが、いきなり土佐弁で現れる、内野聖陽サン。
 幕末に土佐弁って言ったら、坂本龍馬しかいないでしょう(笑)みたいな、ベタな展開のように思えました。 ひょっとすると、大河で福山雅治クンに龍馬をやられる前に、山本勘助ふう龍馬で先を制してしまおうという、TBSの魂胆なのでしょうか?(笑)
 山本耕史クンなんかも、いきなり現代編のご先祖?(笑)役で、アレはチョイ役なんですか?(笑)
 そのほかにも、綾瀬はるかチャンに道を教えてあげるのが、小日向文世サン演じる、勝海舟だし。 ああー、「篤姫」 での、北大路欣也サンの勝海舟像が、崩れるー(笑)。
 さらにさらに、手術に立ち会った桐谷健太クンの学舎の師匠が、武田鉄矢サン演じる緒方洪庵だし。
 そんな有名人と、次々ニアミスするか?みたいな気もしてきます。 物語に深くかかわってくる内野サン以外は、ちょっと初回の顔見せに、サービスしている印象は、無きにしも非ず。

 ただやはり、坂本龍馬は、このドラマでは南方のタイムスリップと深い関係があるみたいで、その点でフィクション臭さを軽減しているような感じはします。

 綾瀬はるかチャンは、どおーも 「MR.BRAIN」 とつながっているよーな役どころで(笑)。 南方の助手に、このままなってしまうんですかね(笑)。 いきなり南方に、惚れちゃってるみたいなのも、 「MR.BRAIN」 っぽいし。 麻生祐未サンとの母娘コンビは、見ていて楽しくなりそうな予感がします。

 いずれにせよ、後半の母子の 「ちちんぷいぷい」 であるとか、マンガ原作のタイムスリップ物と侮っていたら、相当練り込まれた深いドラマだったのは、うれしい誤算であります。
 また楽しみなドラマが増えました。

当ブログ 「JIN」 についてのほかの記事
第1回 荒唐無稽との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---1-e9ae.html
第2回 建前との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---2-f3b1.html
第3回 自分の病との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---3-3290.html
第4回 女としての闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/---4-542b.html
第5回 梅毒との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---5-9dba.html
第6回 リアルとの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---6-25d6.html
第7回 明日のための闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---7-87b0.html
第8回 自分の器との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---8-e9a7.html
第9回 心意気どうしの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---9-8cf0.html
第10回 ああもう、どうなっちゃうの?との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---10-670a.html
第11回(最終回)続編あるかどうかとの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---7290.html
番外 続編の可能性を、もう一度考えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---a138.html

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「天地人」 第41回 死亡フラグ立ちまくり!

 このところ見ごたえがあった 「天地人」 でしたが、今回は高度な物語の構成もあまりなく、ちょっと小休止、という印象。
 ただテーマは明確で、今回は 「親子の絆」 という感じでしょうか。

 序盤では、困窮する米沢での暮らしぶりを描写していましたが、もう少し下々の者たちの描写もしてくれれば、物語がびしっと締まるのですが。 つまり、兼続あたりの上の者から見た目線でしかないんですよ。 今回の大河で、弱いなあと感じる点のひとつです。 セリフやナレーションだけで重要な外せないポイントを簡単に済ませてしまう、というところです。

 これって考えたんですが、予算が少ないのかなあ?
 でもやりようによっては、少ない予算でも見る側をうならせる作りかたなんて、いくらでもできる気がするんですけどね。

 ただ、こども店長クンが自分が直江の家督を継げないと分かって行方をくらますあたりから、今回の話は面白くなっていきます。

 つくづく、こども店長クンの演技力には、脱帽いたします。
 大人を食いまくってます(笑)。

 そして、今回の大テーマ。

 高嶋政伸サン演じる樋口惣右衛門の死です。

 高嶋サン、序盤から今回は結構出まくりで、回想も入りまくり、妻夫木クンとの親子の語らいも入りまくり、スローモーションかけまくりで、はっきり言って 「死亡フラグ立ちまくり」(笑)状態。 途中からは、いつ死ぬのか、いつ死ぬのか、なかなか死なない、さっさと殺せ(笑)みたいな感じになってきて(笑)。 …ただ今物騒な表現がありましたことをお詫びいたします(汗)。

 でも、正直なところここまで伏線を入れまくると、かえって不自然、という見本、ですかねー(笑)。

 いや、だけど高嶋サンの演技は、見事なものでした。 なかなか老けないこのドラマの登場人物たちのなかで、見事に老け役を演じ切りました。
 かえって不自然なんだよなー、みんな老けないのって。 上田衆も今回、年配とか言うわりに、老けてませんでしたし。
 妻夫木クンにしても、髪の毛上げた、ヒゲ生やした、くらいの老けっぷりでしかないし。
 特に奥方が老けないのがヘン。
 ちっとも時間がたった気がしないのですよ、見ていて。

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2009年10月10日 (土)

ビートルズのリマスターの聴きかた、について

 ビートルズのリマスターが発売されてから、1か月がたちました。
 アマゾンのレビューで特徴的に思えるのは、最近のリマスタリングによく見られるような、安易なイコライジングや音のレベル上げみたいなことをしなかったことに評価が集まるいっぽう、そのあまりの原盤への忠実さに、いったいどこが変わったのか分からないという意見もあり、結構面白いものがあります。

 原盤に忠実、と言えば、ステレオ盤の左右中央の音の振り分け方が、昔そのまんまで、そこにとまどいを感じる人も多い。 特に初期のヤツ。
 要するに、昔のステレオ盤っていうのは、ステレオ効果をとてもわかりやすくするために、ボーカル右、楽器が左、とか、いまの常識ではとても考えられないことを平気でやっていたわけです。
 でもこれはこれで、これがビートルズのステレオの 「個性」 なので、私はこれで最初は聴くべきだと思うんですけどね。 私が本格的に聴き始めた1976年当時でも、この音の配置は、ずいぶんへんてこりんに思えたものでした。 でも、この配置のおかげで、即席カラオケ状態になったわけで。
 これを現在の常識に当てはめてしまうことで、個性がなくなってしまう気がします。 聴きやすくは、絶対なるんですけどね。 でも近頃って、ヘッドホンで聴いてる人が多いのかな。 ヘッドホンで聴くと、この昔の音の配置は、ちょっと耳にはキツイと思います。

 だから、現代人鑑賞用に、音の配置を変えた 「リミックス」 盤の必要性も、今回強く感じました。
 リマスタリングエンジニアによると、今回のリマスター作業で、ビートルズのすべてのトラックのデジタル処理化ができたそうです。 これってつまり、要請さえあれば、いつでもリミックス版が出来ちゃう、ってことですよ。
 ああまた、将来への楽しみというか、出費の苦しみが増えた感じ。

 リマスターの狂騒が鎮まっていくにつれて、ビートルズの聴きかたが、ヤケにクラシックを聴くような、あるいはオーディオマニアチックな感覚になっていることが、ちょっと気になります。

 私の場合、さっきもちょっと触れましたが、カラオケ状態にしないまでも、大音量でレコードをかけて、彼らと一緒に歌う、というのが、小中学校時代の、ビートルズの聴きかたでした。
 日光で買った木刀をギターがわりにして(笑)、今で言やぁ 「半分エア・ギター状態」(笑)。
 いわば私にとって、ビートルズというのは、「一緒に歌うもの」。

 今回のリマスター盤、こまけえことはいーんだよ、じゃないですけど(笑)、音がよくなりゃ、それでじゅうぶん、という感じがします。 ご不満ならば、レコードをお聴きください、って感じ。
 だって、もともと彼らの音楽は、レコードで聴かれていたんですから。

 私が今回、モノ・ボックスを聴いている限りで感想を言わせていただければ、昔レコードで聴いていた音って感じがしますよ。 まあ、私が聴いていたのは、ステレオばかりでしたけどね。
 しかも、レコードを聴いているときにどうしても感じる、レコード針とレコードの接触によって起こる、低い 「ゴリゴリ」 みたいな音がない。 「ヘイ・ジュード」 のおしまいの方の音まで、ボリュームを上げればすごくよく聴こえるし。 レコードで同じことをやったら、聴こえることは聴こえるけど、ゴリゴリがとてもうるさく感じることでしょう。

 まあ、居ずまいを正して音楽鑑賞する、という聴きかたを、否定しているわけではないです。 でも、そんなに彼らの音楽は、行儀のいいものじゃないでしょう。

 大事なのは、彼らの音楽を聴いてコーフンすることですよね!

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「A-Studio」 絢香チャン 生き急ごうとしている人たち

 「A-Studio」 2009年10月9日ゲスト、絢香チャン。
 21歳だけど、チャンづけで呼んだら失礼になりそうな、しっかりした考えをお持ちの女性でした。 でも21歳なので、あえて絢香チャンと呼ばせていただきます(笑)。

 私が彼女の歌を初めて聞いたのは、TBSドラマ 「輪舞曲」。 主題歌の 「I believe」 は、彼女のデビュー曲だったと記憶しています。 新人ながら並外れた歌唱力と、その作曲能力の凄さを感じさせるものでした。
 「たぶん今よりももっと強い気持ち、っていうか、とにかく自分だけを信じるしかないんだっていう気持ちがすごく強くって」 書いたものらしいです。

 そして 「三日月」。
 職場で朝礼の時、必ずかかっていて。
 「がんばっているからね」 という歌詞は、きょうも誰かのために働くんだ、というモチベーションを高めるのに、最適な曲だった、振り返るとそう思います。

 これらの曲から私が絢香チャンに抱いていたイメージは、ムチャクチャきつそうな女の子。
 歌っているときのテンションが、やたら高いんですよ。
 つまり、その一曲一曲に傾ける情熱が、ハンパじゃない気がする。
 バセドウ病という病を得て、活動休止をせざるを得なくなったというニュースを聞いて、あまりに神経遣いすぎたのかな、という気もしたんですが、やはり彼女の歌のテンションから、そういうふうに連想してしまったんですね。

 でも、トーク番組で初めて見る絢香チャンは、ちっともキツそうじゃなくて、いい意味で裏切られました。 いいコじゃないですか。

 それでも、今回の番組で私は、絢香チャンの、張り詰めた神経を感じました。
 17歳で娘を都会へ送り出した、お母様との心の交流。
 悩みなどは、母親に何も話さないという絢香チャンでしたが、雑誌のインタビューなどで娘がこんなに大変だったのかと号泣してしまったり、「グンナイベイビー」 という、絢香チャンとお母様の思い出をつづった歌を聞いて号泣してしまったり、というお母様の話を聞いて、彼女のほうもぽろぽろ涙がこぼれてくる。 私も、ちょっとウルウルしてしまいました。
 とても親子の絆が強いんだな、という気がしたと同時に、神経が張り詰めていたんだろうなーと、思ったわけです。

 ダンナである水嶋ヒロクンとも、このふたりは結ばれるべくして結ばれたんだな、という感じ。

 同じ 「A-Studio」 で以前、水嶋ヒロクンがゲストに出た時思ったのですが、彼は 「いま、この瞬間を燃焼し切る」 というような価値観の持ち主。
 その価値観が、一曲一曲に魂のすべてを注ぎ込むような、絢香チャンの生き方と、すごく合っているんですよ。
 「ホントに今っていう瞬間を大事にしたいっていう、悔いの残らないように、っていう考えがすごく共通の意識だったんですね、たまたま。 話してみたらすごい、ホントにしっかりした、すごい尊敬できる人で」

 そんな生き急いでいるようなふたりが結婚しちゃったら、かえって危ないんじゃないかと思うのですが、結婚というものは、いろんな作用を生みだすものみたいです。 絢香チャンが今回、歌手活動をいったん休もう、と思ったのも、裏では水島ヒロクンの存在が、安心感につながったからのようです。
 「彼と出会って、結婚してからの歌っていうのは、変に力まずに済むようになってきたんですよ。 肩の力がホントに入らないっていうか。 それはそういう、心強い存在っていうのが大きいっていうか」

 今回の番組で私が強く感じたのは、やはり、絢香チャンの、歌にかける情熱でした。

 「どうしても病気のその数値が上がってしまうと、自分の満足のいく100点で歌えないことにすごく悔しいってことが、よくあったんですね。 今年に入って、こう、波があって、体調悪くしたときに、そろそろ(病気と)向き合う時期なのかなっていうふうに感じて。 もちろんそこの決断に行くまでにすごい悩んだし、歌を歌わないこと自体が苦になってしまうんじゃないかっていうふうに、悩んだんですけど、やっぱり歌っていうものが大事で、ずっとずっと、やってたいからこそ、一回立ち止まることが必要なのかなーって」

 100%の状態で歌えないことに、彼女はどうしても我慢が出来ないのでしょう。 だからこそ今回休養するのでしょうが、21歳、人生はまだまだ、先が長いです。 100%で歌えることが、病気のせいだけでなく、年齢的に難しくなってくる場合だって、あると思います。 そこにしか道はないと思わずに、いろんな視点を身につけたら、それがすべて歌への滋養となる気がします。

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2009年10月 9日 (金)

ワールド・プレミアム・ライブ・スペシャル/ポール・マッカートニー

 NHKBSハイビジョンで2009年10月8日放送された、「ワールド・プレミアム・ライブ」。

 2007年10月25日、イギリス・ロンドンのラウンドハウスで行なわれた、ポール・マッカートニーのライヴを、約1時間程度に編集していました。
 だから全容としては分からないけれど、なにしろ私がポールのライヴを見るのは、2002年の来日公演以来。 ずいぶん久しぶりにポールの歌う姿を 「ちゃんと」 見た気がします。

 「ちゃんと」 などといちいち断りを出すのも、ネットで断片的には見ているからで、まずネットの動画自体が、「ちゃんと」 していない。 近頃ではHD画質とかうたってますけど、やはりテレビ放送には敵わないでしょう。

 ところでその、私がネットで見かけたポールの動画でちょっとショッキングだったのは、どこかの店頭で即席ライヴを始めたポールが、ジョン・レノンとの思い出を歌った曲、「ヒア・トゥデイ」 を歌い始めて、途中から涙でグダグダになってしまう、というシーンでした。
 2002年の東京ドームでも歌っていましたが、そんなことはありませんでした。 この曲は、結構頻繁にポールは歌っているはずなんですが。
 なのに、ここまで感傷的になってしまうとは。
 いったいポールに、何があったのでしょうか? 歳をとって、涙もろくなってしまったのでしょうか?

 そういう動画を見ていたので、今回のポールのライヴ、どれだけポールは歳を食ってしまったのだろう、という、意地悪な興味でも、見たわけです。

 ただし冒頭に書いたように、このライヴはすでに2年前の映像。 今年に入ってから、ジョージ・ハリスンがロックの殿堂入りをした時にポールの近影を見た時よりは、歳は食っておりませんでした。
 それでも、2002年の来日から、この時点ですでに5年の歳月がたっているわけですから、ポールもそれなりに、年齢を感じさせるのは、致し方ありません。

 バンドのメンバーは、来日公演の時とたぶん全員一緒。 キーボードのウィックスが、ちゃんと映ってなかった気がします。 でももうこのメンバーで、固定ですかね。

 のっけから 「マジカル・ミステリー・ツアー」 で、ボルテージ最高潮、ビートルズの曲は、客席も大盛り上がりなんですが。

 曲目的に目新しかったのは、やはり2年前のニュー・アルバム 「メモリー・オーモスト・フル」 からの数曲と、リンダの最後のジャケット写真となってしまった、「フレイミング・パイ」 からの2曲。 客席で一緒に歌っている人をカメラは執拗に追っていたようでしたが、やはり全体的な反応としては、いまひとつ。

 個人的に、「フレイミング・パイ」 からの1曲、「カリコ・スカイズ」。
 これはここ数年のライヴで頻繁に演奏されているようですが、この曲にはグッとくるものがあります。
 なぜなら、この曲のサビの部分、「ぼくの残りの人生をかけて、きみを愛するだろう」 という一節が、当時余命少なかった、リンダとのことをいやでも想像してしまうからです。
 けれども、客席の反応は、やはりいまひとつ。

 東京ドーム公演でも、当時のニュー・アルバムだった 「ドライヴィン・レイン」 からの数曲の反応は、やはりいまひとつでした。 客席が、ちょっと落ち着いてしまう、というか。

 結果的に客席が盛り上がるのが、どうしてもビートルズの曲になってしまうのは、個人的に言うと、とてももどかしい。
 みんな、ビートルズのポールを観に来ているという点で、本物のファンでは、ないのです。
 と言い切ってしまうのは乱暴なのですが、結果として、ビートルズ以降の名曲をポールが演奏してくれる機会が、これでほとんどなくなる、という点で、とてももったいない。

 私が個人的にどうしてもライヴで聴きたいのは、「オンリー・ラヴ・リメインズ」。

 ポールの失敗作、「プレス・トゥ・プレイ」 のなかで、究極の光を放つ、名曲です。
 ポールのもうひとつの失敗作、「ヤァ!ブロードストリート」 のテーマ曲、「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」 も、名曲であります。
 最近で言えば、「裏庭の混沌」 のラスト曲、「シー・イズ・ソー・ビューティフル」。 これはあの悪妻、ヘザー・ミルズのことだろうから、たぶん頼まれてもやらないだろうけど。 私はこの曲、ポールの最近のいちばんの名曲だと思っています。

 もっと書きたくなってきた。 ポールにライヴでやってほしい曲。

 「ディア・ボーイ」
 「サム・ピープル・ネヴァー・ノウ」
 「リトル・ラム・ドラゴンフライ」
 「トリート・ハー・ジェントリー/ロンリー・オールド・ピープル」
 「サン・フェリー・アン」
 「カフェ・オン・ザ・レフト・バンク」
 「ベイビーズ・リクエスト」
 「ワン・オブ・ジーズ・デイズ」
 「ソー・バッド」
 「ディストラクションズ」
 「オフ・ザ・グラウンド」
 …あー、まだまだあるぅー。
 これでも10%にも満たないです。 しかも比較的、静かな曲ばかりの選曲で、こんなにあるんです。
 要するに、たった8年間のビートルズ時代より、その後40年のソロ・キャリアのほうが、圧倒的に名曲が多いんですよ、ポール・マッカートニーのつくる曲って。

 有名な曲をやらなきゃお客さんが悲しむだろう、という、ポールのサービス精神がもたらす、これはひとつの弊害と言っていいでしょう。
 私はもっとコアなファンのために、ポールがライヴをしてくれたらなあと、いつも妄想しています。 「レット・イット・ビー」 も 「ヘイ・ジュード」 もないライヴ。 私は、期待し続けます。

 あ、蛇足ですが、今回ストリングスも導入されていたのに、「エリナー・リグビー」 はやったけど 「イエスタデイ」 はやりませんでした。

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ハッピー・バースデー、ジョン・レノン、そしてこのブログ

 10月9日、今日はジョン・レノンの誕生日であります。
 生きていれば、69歳。
 息子のショーンクンも誕生日が同じなので ( これってすごーい偶然ですよねえ?)、ショーンクンも一緒に、お誕生日、おめでとうございます。

 今日は酒でも飲みながら、ギターで、ジョンの曲を弾き語り…って、しょっちゅうやってるのであまり新鮮味がありませんけど(笑)。

 来年(2010年)は生誕70年で、死去から30年(!)という節目であるので、何らかのイベントもあるのかもしれませんが、…うーん、いったい何をやるんでしょうか?
 ソロ・アルバムのリマスターはしちゃったし。
 「ジョン・レノン・アンソロジー」 にも入っていなかった、名曲と噂される 「ナウ・アンド・ゼン」 をリリースするとか?
 なにしろ亡くなって30年で、めぼしいものは出しつくしちゃった、という感じもしますしね。

 それにしても、生きていれば70というのも驚きですが、亡くなって30年、というのは、ちょっと愕然といたします。
 1980年が、もう30年前ですかぁぁ~っ!

 私が小学校5年生の時、戦後30年という節目でいろいろなんだかやっていた気がするんですが、30年前なんて、ガキンチョにははるか遠い昔、という気がしたものです。
 ハラホロヒレハレ…。 ってこの表現も、いーかげん古い(笑)。

 このブログも、最初の記事から、1周年であります。
 ジョンの誕生日から始めようと思いました。
 本格的に開始したのは12月のジョン暗殺の日にち前後なんですが、最初の記事の反応を、見守っていたせいであります。

 その最初の記事が、「Long Lost JOHN LENNON Interview」。
 これは、死んだジョンを降霊し、インタビューを行なったら、ジョンはどのようなことをしゃべったのであろうか?という大それた試みでした。 構想20年?という作品であったため、結構満を持して世に出した!という感じだったので、その反応のなさに、ちょっとめげていたわけで。

 その後、ブログというのは頻繁に更新をしなければアクセスなど得られない、ということをどこかで読んで、それでは、ということで、12月から本格的なアップを始めたわけです。

 それにしても、当初掲げていた 「詩集」 という看板倒れのこのブログ、なんとなく、皆様にご愛顧いただくようになりました。 って、たんにアクセス数だけで、私が勝手に判断しているわけでありますが。

 いずれにせよ、大変ありがたいことです。

 この場を借りて、あらためてお礼申し上げます! 今後もごひいきに!

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2009年10月 8日 (木)

「ブラタモリ」 上野 巨大なテーマパーク

 「ブラタモリ」 2回目は、上野。
 やはり全国放送だけあって、東京の有名どころを見せるやり方なんですかね。
 ところで、今回の放送の記事を書こうと思ったんですが、次回の放送が、わが街、二子玉川をやるらしいんですよ。
 いきなりこっちの話をしちゃいますけど(笑)。
 二子玉川って、地方の人にはそんなになじみのない場所のような気がするんですけどねー。
 しかもどうやら、鉄チャンの、あのカシオペアの人、名前なんていったっけか、その人がゲストということは、二子玉川から砧を走っていた、「あの電車」 のことをやるんでしょうなあ。
 いま二子玉川の裏の玄関口みたいになっているところから、新玉川線の架線下みたいになっているところ。
 あそこの道路って、昔電車が走ってたんですよ。 古い建物がひとつのこっていて、そこの部分だけ道路がカクカクとなってますよね。 そこからぐぐっとカーブして、世田谷信用金庫の横を抜けていくせまい通りがあるんですが、いまは遊歩道になっているそこを、電車が走っていました。 成城方面へ向かう玉堤通りと、ちょっと距離は離れているけど併行するような形で。
 たぶんそれを、やるんだろうなー。

 って、すっかり気持ちは来週にすっ飛んでますけど(笑)、今週の上野は、上野駅から不忍池、上野動物園まで、もとは寛永寺の敷地だったという、驚きの事実から。
 天海上人が、京都を模していろんなスポットを作ったらしいのですが、その発想が、ほとんどテーマパーク。
 徳川綱吉の墓をお参りさせてもらったりと、NHKでなければここまでさせてもらえなかっただろう感じです。 寛永寺の住職による、その犬公方サンの埋葬の仕方の話が興味深い。
 なんでも、両足の裏をぴったり合わせた形でのあぐらをかいた格好で、座ったまま埋葬されている、というんですな。 ということは、土葬ですね。 天下の悪法を作った将軍でしたが、こうして3メートルの地下から未だに江戸を見つめているのでしょうか。 いろんなことを考えさせられます。

 そして幕末の彰義隊の戦いでほとんどが火に包まれた寛永寺、その領地のほとんどを明治政府に没収されてしまいます。
 そこからの展開が、また興味深い。
 なんと、不忍池の周囲が、競馬場のコースだったというんですよ。 明治天皇も、ご観戦されたとか。
 こりゃ知らなかったなあ~。
 しかも、ウォーターシュートまであったとのこと。 あ、ウォータースライダーのことです。 昔はウォーターシュートって言ってましたよね。 このことはなんかで読んだ覚えがあったのですが、昔のウォーターシュートって、今回NHKのCGで再現していたようなやつばかりじゃなくって、滑り降りながら曲芸をしたりするパターンも、確かあったと思います。

 一行は暗闇坂、と呼ばれる坂の途中に建っている、ツタのからまるチャペル…じゃなくって洋館ぽい建物のなかへ。
 今はぬいぐるみなどのおもちゃの倉庫になっているのですが、昔は都電の電力を供給する施設だったとか。 上野広小路から動物園のほうへ向かう都電の名残を、一行は追い続けます。

 ここで面白かったのは、鉄チャンであるタモリサンが、都電にあまり興味を示さなかったこと。
 車より遅くて、走りがきびきびしてなくて、東京に来てから、あまり乗らなかったらしいです(笑)。

 それにしても、上野は1回くらいじゃすべて回ったことにならないくらいの場所。 聚楽のあったあたりとか、もっと掘り下げてほしい気もしましたけど。

 それでも、いろんな驚きを提供してくれるこの番組、なんだかNHKの優れたアーカイヴとして、後世に残っていくほどの、資料的重要性が、潜んでいる気がしてきました。

 あ~だけど、次回が楽しみだなあ~。 私の住んでるところですよ! みなさん!

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百恵チャンの 「ザ・ベストテン」 全出演映像DVD化から見えるもの

 スポーツ紙などに大々的に報道されていますが、山口百恵チャンがTBSの伝説番組 「ザ・ベストテン」 に出演した際の映像を、すべて網羅した5枚組7時間にも及ぶDVDが、2009年12月16日に発売されることになったとか。 「ザ・ベストテン 山口百恵 完全保存版 DVD BOX」、価格24,990円。

 欲しいけど、高すぎるなあ。 だいたい、DVDなんて、せいぜい2、3回見たら、もう終わりだし。

 ボーナス特典として、「ザ・ベストテン」 以前の楽曲、「秋桜」「イミテーション・ゴールド」 などの映像も収録するそうですが、どうせならデビュー曲の 「としごろ」 からすべてのシングル曲を全曲入れなさい、と言いたくなりますけど。 「ロッテ歌のアルバム」 とか、同じTBSのソースは、あるんじゃないのかなあ。 いずれにしろ、百恵ファンの私としては、買いたい気持ちを抑えきれません。

 でも、この一報を知って最初に私が思ったのは、百恵チャンの出演部分だけじゃなくて、全部見たいんだけどなあ、ということでした。

 正直言って、「ザ・ベストテン」 という番組は、すべて再放送してもらいたい、とかねてから思っているんです。 個人的には、すべてでなくてもいい、自分が見ていた時代だけでも、という感じですけど。
 現在どうしようもなく視聴率が稼げないTBSにとっては、昔のこういう名番組を再放送してくれた方が、よほどいいような気が、するんですけど。 スポンサー収入のほうが、こういうDVDの売り上げよりも見込めるんじゃないのかなあ。 大きなお世話ですけど。

 こういう全編生放送だった番組を再放送するっていうのは、いろいろとややこしい部分もあるんだとは思いますけどね。
 昔のVTRを現在テレビで流したりするとき、ヘンな部分にぼかしが入っていることが多い。
 あれって、とっても気になるんですけど(笑)。
 特に 「ザ・ベストテン」 なんかのVTR、出演者の一部の人にぼかしが入っていると、ぼかしを入れざるを得ない出演者なんて、いたっけなあ?って気に、なるんですよ。 権利関係で、顔出しできないとか? 刑務所入ってるとか?

 生放送で、子供のおちんちんが露出してしまった時もありましたけど(笑)、昔はそんなハプニング映像を年末の 「ベストテン豪華版」 でまた放送する時にも、あまりぼかしなどの編集はしてなかった気がします。 おおらかな時代でした。 今は何でもかんでも、あれを映すとまずい、とか、ヘンな縛りが多過ぎる気がします。 どうも現代社会の心の狭さを象徴しているようで、私としては昔のユルイ放送のほうが好きだな。 テレビっていうのは雑草メディアだ、という私の考えは、もう古いんですね。 ひとかどの権威になっちゃって、成熟しちゃったメディアですからね、いまのテレビ界って。

 話は戻りますが、「ザ・ベストテン」 だけじゃなくって、百恵チャンが出演したすべての番組のアーカイヴが、手軽に見られるようになると、いいんですけどね。 まあ、百恵チャンに限らず。 開放すべきだと思うんですよ、すべてのテレビ局は、そういう昔の映像を、ほこりをかぶったままにして置かずに。

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2009年10月 7日 (水)

「徹子の部屋」 オノ・ヨーコサンと黒柳サンって…

 16年?18年ぶり?とか言っていました、オノ・ヨーコサンの 「徹子の部屋」 出演。
 えっ、そんな前だけど、以前にも出てたんだ、と思ってまずビックリ。

 このところ、オノ・ヨーコサンはプラスティック・オノ・バンド再結成に合わせて、「僕等の音楽」 とか、結構テレビに出ている気がします。 それも息子のショーンクンと一緒に。 今回も、途中からショーンクンも加わっていました。

 ただし、プラスティック・オノ・バンド再結成、といっても、もともとこのバンドは、固定メンバーのない、流動的なコンセプトのバンドですので、再結成それ自体に、大した意義があるようには思えません。 このバンドが最もパワーを持っていたと思われる時期にバンドを構成していた、エレファンツ・メモリーのメンバーが合流した、というのなら、まだ意義深いものがあるんでしょうが。 もしくは、エリック・クラプトンとクラウス・ヴーアマンとリンゴ・スターが復帰したとか(ヴーアマンサンは、最近フォアマンに日本語読みが統一されていますが、私の世代にとっては、ヴーアマン、なんだなあ)。 や、そんな豪華メンバー、今じゃ絶対、あり得ないって(笑)。

 それにしても、このプラスティック・オノ・バンドのコンセプトというのは、ガキンチョだったころには全くピンとこないものがあって。

 バンドというのは、そりゃ脱退加入もあるけれど、基本的にメンバー固定、というのが、ガキンチョの常識だったからです。
 それがいまにして考えると、この 「流動的」 でどのような形にもなれるプラスティックにそのコンセプトを託した、このバンドの先見性と言ったら、卒倒するくらいのもんですよ。 やっぱりジョン・レノンという人は、この点ひとつとってもすごいなあーと思うことしきりです。

 今回のプラスティック・オノ・バンドのメンバーは、ショーンクンを除いて、全員日本人。 こういうパターンは、初めてです。 ドラムの本田ユカサンは、ショーンクンといい仲だとか、違ったっけ? ベースには、あの細野晴臣サンが、サポートメンバーっぽいですが加入しています。

 「僕等の音楽」 で、その楽曲を聴きましたが、やー、ヨーコサン、相変わらずアバンギャルドです。 音楽性云々は別として(笑)、70とうに超えてるのに(アラエイティ?)(笑)、このパワーはなんなんだ?という気がします。
 ショーンクンも、お母サンの音楽性には、参っているようです。 バンドのメンバーとして、ヨーコサンのアブストラクト(笑)(抽象的、要するにハチャメチャって意味でしょうか?)についていっているショーンクンを見ていると、お父サンのジョンが必死になってフィードバックだのしまくりながらヨーコサンについていっていた姿を思い出します。

 そしてヨーコサンは、しゃべる時も結構、アブストラクトというか、突っ込み気味に話すようなところがあって、それが黒柳サンのしゃべりかたと、結構ダブるんですよ。
 これは今回、ちょっとした発見でした。
 なんか、ふたり黒柳、みたいな(笑)。 歳も同じだし。

 ヨーコサンの日本語って、お嬢様言葉の名残が少しある感覚です。 そういう生まれですからね。
 そんな名家のお嬢様が、前衛芸術家みたいなワケの分からないものにドロップ・アウトしてしまった、そういう人生を、如実に表しているような、「ハスッパしゃべりの変形」 という日本語をしゃべっていると、私は前々から思っているんです。

 ヨーコサンの日本語での一人称は、「あたし」。
 特徴的な口癖としては、「やっぱり」 を 「やっぱし」 と言います。
 「~ね、~ね」 という語尾も、結構特徴的かな。
 息子サンのことを 「ショーンチャン」 と言うのは、何となく上流階級っぽい、という感じもします。

 ことヨーコサンのしゃべる日本語に関しては、なんとなく、せっつかれているような、先を急がされているような錯覚に陥るところがある。 これって、黒柳徹子サンのしゃべりと、本質的に似通っている気が、したんですよ。

 ニューヨークにいたとき、ダコタ・アパートの近くに住んでいたという黒柳サン。
 ニューヨークに行くと黒柳サンはヨーコサンをよく見かけるらしいのですが、いつも素通りされてしまうと話してました。
 いろんな人に声をかけられるから、超然としているらしいヨーコサン、じゃ今度会ったら声をかけてください、とか笑いながら言ってました。

 全世界を敵に回していた時期もあるくらいだから、そりゃガードが堅くて当然、という気もしますが、私がヨーコサンを見ていて思うのは、この人って嫌われるほど悪い人じゃない、ということです。 これって、いわゆる直感なので、なんとも明確な理由があるわけではありませんが、ヨーコサンを嫌悪する意見を目にしたりすると、どうして同じ日本人として温かい目で見てあげられないのかな、と思います。 ジョンが日本にシンパシーを感じていたのは、ヨーコサンが一番の要因なのに。

 ビートルズの来日公演を、武道館で黒柳サンも見た、というのも、なんか初耳だったかな。
 黒柳サン、女の子の悲鳴がすごくて、ドラムの音しか聞こえなかったと話しておりました。 最近の検証によると、演奏が聞こえたところと聞こえなかったところがあったみたいですね。 黒柳サンのいた場所は、聞こえなかったエリアだったんでしょう。

 そのビートルズのことについては、小さな新聞記事程度の知識しかなかったというヨーコサン、インディカ・ギャラリーでのジョンとの初めての出会いの話を黒柳サンから振られて、いままで何百回(笑)話したか分からないその話を、嫌な顔ひとつせずに繰り返しておりました。 えらいなあ。 まあ、サラッと、でしたけどね。 でも、ジョンとの最初の出会いを語るヨーコサンの顔は、なんだかとても大事な、人生の宝物を振り返っているようで、ちょっと時の重みを感じました。 もう、来年で、ジョンが亡くなってから、30年なんですからね。

 途中から登場のショーンクン。 ヒゲをたくわえ、メガネをかけて、風貌的にはジョンに似ている気もします。 ただ顔の作りとしては、ヨーコサン似、ですかね。 ワシ鼻のところだけは、ジョンの血を受け継いでいるかな? 声質も、ジョンよりはヨーコサン寄りのような気がします。 額もちょっと広い感じで、レノン家の血筋かな?という感じ。 日本語は 「チョットダケ」 分かる程度。
 それにしても、ショーンクンが34歳だとは。 オッサンも、トシ食うわけです。 10歳違いですからね。

 ヨーコサンにしたって、もう76ですよ。
 はぁぁ~、なんか、気持ち的に、若すぎやしませんかね、この人。 とても76歳のパフォーマンスには見えませんよ、ステージでの姿も。 胸元も(笑)。 凄すぎます。

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2009年10月 5日 (月)

「天地人」 第40回 パワーゲーム・オン・ザ・ボーダーライン

 このところの 「天地人」 は、大河ドラマとしての風格を、ようやく備えてきたような気がする。

 さまざまな批判を受けてきたこのドラマだったが、今回の 「上杉転落」 は、あえてその批判に立ち向かい、「それがどうした!」 とゴリ押しするくらいの迫力をもっていた、と言っていいだろう。

 「天地人」 の批判の主たるものは、「史実と違う」 という点である。
 直江兼続や上杉景勝を語るうえでけっして外せない数人の人物を、まったく無視しているし、実在の人物にしても、三国志や忠臣蔵並みに歪んだ性格描写を積極的に行なっている。 最近ではなりをひそめたが、スポットライトを当てたりストップモーションになったり、トリッキーな演出も、批判の的にされていた。

 それはそうと、この 「史実を全く無視」 という姿勢は、物語が面白ければ、いま挙げた三国志や忠臣蔵のようにまったく問題にされることはない。
 だが、「天地人」 の場合、このフィクションメイキングが、致命的に弱かった。
 このことは、「天地人」 が終わった時に詳しく述べたいと思う。 (ホントにやるのかな?)(笑)

 ここ数回の 「天地人」 は、描こうとしているテーマがはっきりとしているために、このフィクションメイキングに成功し続けている。
 今回のテーマは、「絶体絶命の時に、どう切り抜けるべきなのか」、という点に絞られている。 だから、のっけから史実では御館の乱で死んだはずの遠山のオッサンがムカツキキャラを全開にしても、家康の詰問の場で史実では謝罪したはずの北村一輝サンが謝罪しなくても、そうすることで物語が緊迫の度を増し、見る側を最後まで引き付ける材料になっているのだ。

 冒頭で本多正信に、直江家との縁組を持ちかけた妻夫木クンだったが、この提案が後々、大きな上杉家救出のファクターになってくる、という構成の仕方が見事だ。

 小早川の上地クンが福島の良純サンにうながされて上杉を守ろうと立ちあがり、深キョンに頭を下げるくだりも、この程度ではどうしようもないのだが、小早川の贖罪の気持ちがにじみ出ていてよい場面だった。
 案の定、深キョンが松方サンに頼んだ程度ではどうしようもなく、秀頼に言われようが、その場にいた福島に何か言われようが、松方家康は、その程度では動くはずがないのだ。 これは、その時点での家康と豊臣家とのパワーバランスから言って、当然の成り行きであると言える。
 だが家康にとっても、上杉家の処遇の仕方を誤れば、面倒なことになるというジレンマが、ここで生まれてくる、というドラマの仕組みになっている。

 ここで冒頭の、妻夫木クンの本多への提案が、大きな意味をもってくる。
 この時点で、小早川の命をかけた思いとか、秀頼から改めて知ることのできた秀吉の思いとか、そんな人々の思いが、物語を盛り上げる 「感動積み重ね状態」 になっている。
 そしてそんな人々の思いにも動じない家康を、妻夫木クンの提案が動かす、という話のもっていきかたが、すごいのだ。

 松方サンは、本多と直江を政略的にくっつけることで、上杉への影響力の増大をもくろむのだが、これこそが、妻夫木クンのねらいだ。

 この策略は、正直なところ、上杉にとって起死回生の策ではない。
 何もかも根こそぎ失ってしまいそうな状況で、死中に活路を見いだす、転んでもただでは起きぬ、という苦肉の策、なのである。

 負けるときに、どういう負けっぷりをすればいいのか。
 そこを語っている点で、今回のドラマは、侮れないのだ。

 事実、石高が1/4になってしまった上杉家は、その後大騒ぎになってしまうのであるが、妻夫木クンはあえて誰もリストラせず、米沢にみんなそろって出発することになる。 いばらの道が待ち受けていることに、変わりはない。

 しかも、本多との政略結婚のために、今度は嫡男のこども店長クンが犠牲となる展開が待ち受けている。
 ここらへんの展開の仕方を見ていると、史実と違っていようが、人物描写が歪んでいようが、まったく関係なくなってくる。 実に面白いフィンクションを見せていただいている気分に、なってくるのだ。

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2009年10月 4日 (日)

「犬夜叉 完結編」 投げやりに見える深夜の放送

 「犬夜叉」 のテレビアニメ完結編が始まった。

 第1部が足かけ4年で、原作の38巻あたりまで放送したのに比べて、今回最終巻までの20巻程度の分量を26回予定で放送する、とあって、初回からストーリー飛ばし気味に見えた。
 要するに、おおざっぱに言って1話につき原作1巻分くらいのスピード、ということだ。
 だから、感覚的に、映画版でも見ているような感じ。 琥珀はあっさりと記憶を取り戻すし、神楽たちとの一戦も、1回目でここまでやっちゃっていいのか?くらいの濃密さ。 第1部を見ていたものとしては、そのあまりのテンポの違いに、ちょっと戸惑う。

 とはいうものの、私自身、原作を読んでいるわけでもないし、テレビ放映を、マジメに全話フォローしていたわけでもない。 だから話の細かい部分に、まったく言及できない。 ただ分かっているのは、四魂のかけらを集める争い、といった程度のことだ。
 でもそれだけでじゅうぶん、という感じもするけど(笑)。

 主要人物の声優サンがほぼ第1部のまま、というのはとてもいい。 結構ブランクが開いたけど、声優サンたちのチームワークが崩れていない感じがする。
 作画的には、最近高橋サンの原作を読むことから遠ざかっているので下手なことは言えないが、サンライズの作画は、正直なところ高橋サンのマンガを長いことアニメ化してきたスタジオぴえろより、数倍うまい気がする。
 これは第1部の時から、そう思っているのだけれど。
 まあ、スタジオぴえろには独自の世界があって、それを評価しないわけではないです。

 ただ感覚的に言って、土曜日の深夜に、まるで第1部を途中で終わってしまったことへの言い訳みたいな感覚で、駆け足に原作の最終話までをやっつけてしまおう、というのは、なんだかなあ…、と思ってしまうことは確かだ。
 そりゃ、第1部の中途半端さに決着をつけてもらうこと自体は、テレビ局側に感謝しなければならないことなのだろうが。
 だけど、38巻あたりまでで160話以上やっておいて、あとの18巻を26話っていうのは、いかにもバランスが悪すぎ、としか言うしかないのだ。 悪いけど。

 ただでさえ産業構造的に歪みまくっているアニメーションを、こうやって更に貶めるようなことをしなくてもいいのに、と私は思う。 いくら予算的にきつかろうが、質のいいアニメーションを、じっくり育てていけば、アニメの殿堂など建てる必要のないほど、日本のアニメーションは興隆するだろうに。 テレビ局の人件費を、真っ先に削って、アニメーターたちに分けなさい(笑)。

 テレビアニメーションの必要性を、テレビ局がどう考えているかは、ゴールデン枠のアニメーションが、民放ではテレビ東京以外ほぼ皆無になってしまった現状から言って容易に想像ができるが、いくらバラエティを流そうが、さしてその需要はアニメーションと変わらないことに、気付くべきだと思うのだが。
 かえってスポンサーの立場としては、ザッピングの対象になるような、中途半端な情報番組を午後7時台に放送するよりも、コマーシャルまで真剣に子供たちが見てくれるアニメ番組のほうが、よほど有効だと思う。

 子供たちは、コマーシャルを、ちゃんと見ているぞ。

 話がずれてしまったが、いずれにせよ、こんな深夜枠では、大した話題にもならずに、ひっそりと終わっていくに違いない。
 「MONTER」 や 「はじめの一歩」 にしてもそうだが、このようにすぐれたアニメ番組を作り出す能力があるくせに、それを子供たちに見せようとしない、という日テレの姿勢に、私はかねてからとてももったいない気がしているのである。

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2009年10月 3日 (土)

「ウェルかめ」 安心して見ていられそうです

 第1週目のNHK連続テレビ小説 「ウェルかめ」 を見ましたが、前作 「つばさ」 のようなトリッキーな展開ではなく、普通に安心して見ていられる作りのようです。

 「つばさ」 については、そのシュールなギャグの見せ方などに賛否両論だったらしいのですが、個人的にはそういうのもありか、という感じです。 ただちょっと、私は最後までお付き合いできませんでしたけど。

 今回主演の倉科カナチャンは、「ちりとてちん」 のオーディションに落ちても負けずにまたこの連続ドラマのオーディションを受け、見事に合格したという、結構根性のある女の子みたいです。 本格的な登場は金曜日(5回目)からだったのですが、このコがもし 「ちりとてちん」 の主役だったらどんな感じだったのかなーと妄想しながら見ております。

 倉科カナチャンを見て私の世代が連想するのは、冨田靖子チャンかなー。 風貌的に似てる気がします。 笑っていない顔を見て、ちょっと斉藤由貴チャンを思い出したりしました。 どっちとも、違うような感じですが(笑)。

 要するに、80年代アイドルの匂いがするんですよ。
 どうしてかなーと思いましたが、たぶんそれは、あの太い眉毛のせいでしょう。
 当時はみんな、太マユメークでした。

 ドラマ全体を見て感じるのは、家族の絆が強い、という点です。
 石黒賢サンや羽田美智子サンなど、すでにもう、本当の家族みたいな現場の雰囲気が感じられる。
 だから見ていて、とても入り込みやすい。
 とっつきやすい内容、というのは、特に朝ドラの場合、大事なポイントのような気がします。

 そんな中で、唯一 「なんだこの人?」 というキャラを発散させているのは、果歩というナマイキな女の子です。 少女時代から、取りつく島のないほどの冷徹キャラ(笑)。 でも、なんだかんだ言いながら波美(主役のコです)たちの取材にはついてくるし、完全なATフィールド全開のキャラではないみたいですけど(笑)。

 朝ドラは、腰を据えて見ようとすると、とてもついていくのがつらい番組です。 毎日見ていられないし、まとめて一週間見ようとすると、1時間半かかりますし。
 「つばさ」 にお付き合いできなかったのも、この理由によるところが大きいです。 「ちりとてちん」 のような大傑作であれば、どんなに見るのがつらくても、最後までついていきます。

 それにしても最近、どおーも1時間以上の、同じ番組の視聴に耐えられなくって(笑)。 忙しいっていうのもありますけど、特に映画とか、最初から最後まで続けて見る気力がございません(笑)。 1時間ごとに区切って見てますけど。 BS2でマリリン・モンローとかスピルバーグの特集をやってるので、つらいんだこれがまた(笑)。

 まあ、「ウェルかめ」 は、「ちりとてちん」 のような、様々な仕掛けがあるわけでもなさそうなので、気楽に楽しむことは、出来そうですけどね。

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2009年10月 2日 (金)

ビートルズリマスターの解説本、未だ本格的なものなし

 おことわり この記事、2009年10月2日時点での話であります。

 ビートルズのリマスター盤発売に合わせて、さまざまな書籍が発売されています。
 当ブログ左側の紹介欄でも、何冊か紹介しまたが、おそらく9月9日の発売日と前後するものは、よくて試聴会の感想程度、悪く言えば単なる便乗商法だろう、とは思っていたんです。

 案の定その通りで、試聴会の感想すら書いていないものが多い。
 いい加減な憶測のもとで紹介してしまって、私としてもちょっと反省しています。

 ただこのところ、ぼちぼち試聴会の感想くらいは書かれたものは、出てきています。

 そのなかでも読みごたえがあったのは、やはり 「レコードコレクターズ」 でしょうか。 増刊の、CDガイドじゃありません。 10月号です。 700円です。 比較的安いです。 (詳細は、左の 「BOOKS」 欄をご覧ください)

 特集で、30ページほどの分量ですが、字が細かくて、ページ数以上の分量を感じさせます。
 試聴会で聴いたもののみの感想でしかないので、断片的で、まだまだという面もありますが、森山直明サンのレポートなどは、数回しか聴いていないにもかかわらず、重箱の隅をつつきまくるような内容で、ホントに感心しまくります。

 ただ、和久井光司サンも告白していましたが、試聴の段階で、モノ・ボックスは完全に対象外だったようで、私の知りたいモノラルの出来具合についての情報は、ありませんでした。
 なにしろ、私自身、モノラルのビートルズには、初めて接したところがあるので、アナログ盤との比較が、できないんですよ。 早くちゃんとしたものを読みたいなー。

 宮永正隆サンによる、エンジニアスタッフへのインタビューもありましたが、ちょっと正直、エンジニアに訊いてもなあ、という的外れの質問も、なきにしもあらず、というか。 同じ宮永サンのインタビューで、今月号からビートルズ来日の際の舞台裏を探る連載がスタートしたのですが、そちらのほうは、ネホリーナハホリーナのインタビューが成功している気がします。 結構この記事は、面白いです。

 リマスタリングエンジニアへのインタビューで読みごたえがあったのは、「サウンド&レコーディング」 の10月号。 (詳細は、同じく左の 「BOOKS」 欄をどうぞ)
 インタビュアーがEMIミュージック・ジャパン・スタジオのマスタリング・エンジニアである、渡辺昭人サンということもあってか、同業者どうしの、専門的な話で盛り上がっている分、読みごたえがありました。

 ほかにも 「サウンド&レコーディング」 には、ジョージ・マーティン氏のインタビュー、とかあったのですが、こちらは87年の最初のCD化の際のインタビューの再録。 ちょっと拍子抜けのところもありますが、当時の証言として貴重な部分もあります。 マーティン氏もいい加減高齢なので、こんなインタビューなどしないのは分かりますが、ちょっと今回、マーティン氏があまりにも出てこないことは、ちょっと気になります。 「ラヴ」 の時は、息子サンと一緒に、結構前面に出てたんですけどね。

 ただし、「サウンド&レコーディング」 は、特別定価で1100円。 ビートルズの特集部分は、15ページ程度しかありません。 リマスター盤の分析は、ほぼないです。

 「レコードコレクターズ」 は、来月号でリマスター盤の特集第2弾をやるそうです。 これは今から、期待度大! でも、今月号がダメってわけじゃないです。 今のところ、いちばんちゃんとリマスターと向き合っている特集ものだと言えます。

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「森山良子のハートオブポップス」 終わってしまいました

 2009年10月2日、最終回の 「森山良子 ハートオブポップス」 は、ステージで一緒だという三好功郎サンをギタリストとして迎え、スタジオライヴで23年半の歴史に終止符を打ちました。

 こういう場合、聴き手としては、意地悪なことに、良子サンが号泣でもするのかな、みたいな興味で聴いたりもするのですが、まったくそういうことはありませんでした。

 スタジオライヴでは、「涙そうそう」 と、新しい曲である 「FAREWELL」 が歌われました。 特に 「涙そうそう」 は、この番組をきっかけに生まれた曲だけあって、良子サンにとっても思い出深い曲であるはずなのですが、まったく声の震えとかもなく、あらためて、良子サンのプロ意識を感じました。

 「FAREWELL」 は、いかにも最後の曲、という内容でしたが、振り返らずに前だけを向いていこう、という、良子サンの前向きな気持ちがあふれる曲でした。
 それと同じように、最終回でも特に感傷的になることなく、前向きな終わりかたをした気がします。

 大沢悠里サンがそのあとしゃべっていましたが、最終回収録後、「お別れ会」 みたいなパーティがあったそうです。 悠里サンは、良子サンを 「戦友みたいなものだから」 と話していました。

 どのような事情があるのかは知りませんし、それをどうのこうのと論じても仕方のないことですが、23年という長さは、私にとっても、結構重いものがあります。 前にも書きましたが、残念でなりません。

 森山良子サン、長い間お疲れさまでした。

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2009年10月 1日 (木)

「ブラタモリ」 早稲田・神田川 高低差に潜む物語

 始まりました、「ブラタモリ」。
 レギュラーで半年間の放送らしいです。 待ってました、と言いたいところですが。
 個人的には、こういう、取材に労力がかかりそうなものは、以前と同じく単発でやってもらってもいい気はするんです。 まあ、NHKの取材力に、期待しましょう。

 番組としても、立派なタイトルバックがついたり、ナレーターに戸田恵子サンを配したり、エンディングテーマにタモリサンの知己である井上陽水サンが曲を提供したりと、NHKの力の入れようが、今までの単発版とは違う、というところを見せてくれています。

 街をぶらぶら歩いて、いろんなところからその土地の歴史を探る、といった趣向の番組、と言ったらいいでしょうか。 興味のない人には全く意味のない番組です。 まあ、観る人を選ぶ、というのが、いかにもタモリサンの番組らしいですけど。
 まず、この番組自体が、東京に的を絞ってロケを展開している点。
 地方の人にとっては、なじみの薄い場所を、どうやって興味を持たせるような内容に料理するのか、これは難しいところです。
 東京に住んでいる私などは、結構親近感を持ってこの番組を見ることができるのですが。

 その、興味の対象を有名どころでつなぎとめるためか、今回のロケーションは、早稲田大学が出発点。 タモリサンにとっては、母校でもあります。 って言っても、確かタモリサンは、中退しているはずです。 どういう思いで、母校を訪ねたのでしょうか。

 いきなり早稲田の学生たちに握手攻めにあうタモリサン。 ここらへんが昔田んぼだったこととか、大隈講堂の高さが125尺である意味とか、「へぇ~」「へぇ~」 と、学生たちからトリビアの嵐。

 そこから近くを流れる神田川に足を向ける一行、神田川の両脇には桜が咲いています。 早稲田大学で勧誘が行われていたことと合わせて、このロケが春先に行われたこと、図らずも暴露してしまった格好です。
 「秋に桜…」 とか、久保田アナがしゃべってましたが、さらにこの番組が、10月からレギュラー番組として半年間の集中放送をすることが、その時点で決まっていたことを、図らずもまたここで明かしてしまっています。 ただ、こういうユルさが、なんともアバウトで、いいじゃないですか。

 この神田川の街灯が、一本だけ新宿区のものになっていることに気付いたタモリサン、まわりの人たちに訊きまくって、ここが昔、神田川が大きく蛇行していたことの名残であることを突き止めます。
 これって見ていて、ちょっと演出っぽかったかな。
 街灯が一本だけ新宿区のものだと気付いたのだとすれば、タモリサンの観察眼が並大抵ではないことを表すんですが。

 ここで、タモリサンが大勢のギャラリーに囲まれていたり、そばのクリーニング屋サンに事情を訊いたりしているところを見て、私はちょっと 「鶴瓶の家族に乾杯」 を、ふっと思い出しました。
 なんか、似てるかなって。

 でも、「家族に乾杯」 と 「ブラタモリ」 が決定的に違うと思ったのは、鶴瓶サンは、その土地に住んでいる、「人」 を相手にしているのに対して、タモリサンはその 「土地」 じたいを相手にしている、という点です。 これって、このふたりのコメディアンの特徴を、とても象徴しているように、思ったんですけど。

 一行は胸突坂という場所へと移動。 坂道に関する本まで出しているタモリサン、江戸時代のいろんな状況を想像しながら、とてもうれしそう。 自虐的に 「妄想族」(笑) なんて、自分のことを言っていましたが、妄想することの楽しみに気付くと、人生、数倍面白くなる気が、私もします。

 椿山荘で、縄文時代の海岸線を妄想しながら、番組ではCGでその妄想を再現します。 「タモリ倶楽部」 でも、同様のことをやったりしますが、NHKの予算には敵わないかなー(笑)。

 「地形のことをとっても、ホントに東京は面白い。 だって、5千年6千年の上に住んでるんですよ、我々は。 これが広がって妄想するのはとても面白いですからね。 だから、ものを知ってるとか知らないとか、教養があるとかは、関係ないんですよ。 教養なんてものは、あってもなくてもいいの。 あれは、大人のおもちゃなんだから。 あれば楽しみや遊びが増えるだけの話ですよ」 そう語る、タモリサン。

 タモリサンが九州出身の人にもかかわらず、東京という場所に興味をもつ理由が、なんとなく分かった気がします。
 東京というのは、限りないデータ上書きのうえに、成り立っている都市です。
 それは、地方にはなかなか見られない、「昔の名残だらけの街」 でもある、ということなのです。

 それを探っていく趣向の、「ブラタモリ」 という番組。
 これまで見てきた、どの番組よりも、NHKとタモリサンのコラボレーションが成功している番組と、言えるのではないでしょうか。

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「NOVA」 CM復活していて驚いた!

 えー、ここのところ、忙しくてなかなか記事をアップできず、申し訳ございません。

 今回も片手間な記事ですが、なにとぞご了承のほどを。

 あの英会話教室のNOVAのコマーシャルをテレビでちょっと見かけて、驚きました。
 えっ…、いいの?って感じ。
 しかも、NOVAうさぎまで。 ちょっと、あのウサギ、いまとなっては、イメージ悪すぎませんかね? 前とおんなじだろ?という印象を、与えかねない気がするんですが。
 「復活して2周年で授業料大幅値下げ!」とか。 復活してたんだー。 漫才コンビにNOVAうさぎが 「ちっともしゃべらない」 とかツッコまれてましたけど。

 大きなお世話ですけど、よくテレビの電波にコマーシャルを乗せる根性があるなあ~、と思って。

 CMに出ていたアニメの漫才コンビが、こう言っちゃなんですが、ちょっと気味が悪いんですよ。 ワタシ的には、大昔深夜でバンバンCMを放送していた、サラ金のCMキャラクターに似ているような感じ。 「ヤリヤリクリクリヤリクリクリ」(笑)、みたいな。
 そう言えば、昔のサラ金のCMキャラって、気持ち悪いの多かったなー(笑)。 お自動さん、とか(笑)。
 サラ金業界が盛況するにつれて、だんだんCMもイメージ転換してきて、あの、小野真弓チャンが出てから、すっかりクリーンな感じになりましたよね、中身は変わってなかったけど。

 でも、話は戻りますけど、NOVAうさぎと同じ人の描いた、キャラクターデザインなんでしょうね、あの気味悪い漫才コンビも。 前にもこんな顔の七福神とか、いたような覚えもあるし。

 テレビでコマーシャル流せるくらいの資金力が、復活したってことでしょうか。 被害者の方々に、ちゃんと補償とか、できたのかなあ。 それだけが、引っかかります。
 ともあれ、NOVAの生命力には、ただ驚くばかりです。

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