« 「ギネ」 第3回 大量妊婦! | トップページ | 「新三銃士」 週イチ20分は、チト短かすぎ »

2009年10月30日 (金)

円楽師匠が 「笑点」 で見せたもの

 三遊亭円楽師匠が癌で亡くなったとお聞きして、とてもショックだったのですが、なんだか今年は有名人の訃報が多過ぎて、もういい加減にしてくれ、もう誰も亡くならないでくれ、と思わずにはいられません。
 円楽師匠のお声は、未だによく耳にします。 TBSラジオ 「大沢悠里のゆうゆうワイド」、日本香堂のお線香のCMで、脳梗塞以降のろれつがちょっと怪しいバージョンなどが、毎日流れているのです。 これも来週からはなくなるのでしょうか?

 76歳というのは先日亡くなった南田洋子サンと同い年。 私事ですが、私の祖母もその歳で亡くなったことを考えると、年齢的には致し方ないのかもしれませんが、若いころからテレビで拝見していた人が亡くなるのは、私の人生前半の終焉も、強く感じざるを得ません。

 今日の日テレ、夕方6時台ニュースの 「リアルタイム」 では、自局の看板番組 「笑点」 の関係もあってか、30分以上割いて、追悼特番を放送していました。 さらに明後日(11月1日)の午後4時55分からは、緊急追悼番組を放送するとのことです。

 個人的に、「笑点」 での円楽サンの役割を振り返ると、失礼ながら、だいぶ緩い取り仕切りかただったなあという気がします。
 これは、前任の司会者、三波伸介サンの過激な司会ぶりから比べれば、という話であります。
 三波サンは、回答者の座布団がなくなると、上着(羽織)まで剥ぎ取っていた。 それに比べると、円楽サンの司会ぶりは、とてもソフトで、私はそれを、ちょっと物足りなく思っていました。

 けれども、「笑点」 がここまで長寿番組たりえたのは、そのソフトな司会ぶりのたまものだったのではないかと、今更ながら感じています。 円楽サンが過激な司会をしなかったのは、円楽サン自身のスタイルを貫き通した、ということでもあるし、人情噺の落語家であった円楽サンの、面目躍如、といった面もあったと思います。

 私が円楽サンをすごいな、と感じたのは、実は脳梗塞で倒れられてからです。 病気をされてから 「笑点」 に復帰され、しばらく前説だけをやっていた時期があり、そして 「笑点」 を勇退されるまでの過程は、つぶさにテレビで拝見したものです。
 落語家としての、執念を感じました。
 ろれつが回らない状態のまま人前でしゃべることで、若かりし頃 「星の王子さま」 とまで自称していた円楽サンの自尊心は、どこまで傷ついたのでしょうか。 それでも前説をしゃべり続け、そして、こりゃもうダメだ、お客さまに申し訳ない、と思った瞬間の気持ちは、いかばかりであったか。
 この過程を見ていて、文楽だったか、「出直してまいります」 と頭を下げて高座を降り、そのまま亡くなったという落語家の魂を、ちょっと連想したものです。

 すぐれた落語家は、その生きざままでひとつの 「噺」 たりえる、ということを、僭越ながら感じております。 円楽師匠、お安らかに。

|

« 「ギネ」 第3回 大量妊婦! | トップページ | 「新三銃士」 週イチ20分は、チト短かすぎ »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/46624398

この記事へのトラックバック一覧です: 円楽師匠が 「笑点」 で見せたもの:

« 「ギネ」 第3回 大量妊婦! | トップページ | 「新三銃士」 週イチ20分は、チト短かすぎ »