「スタジオパークからこんにちは」 オノ・ヨーコサンの悲しみは、まだ続いている
当ブログ2009年10月7日付で、「徹子の部屋」 に出演されたオノ・ヨーコサンの姿を記事にしましたが、今度はなんと、NHK 「スタジオパークからこんにちは」 11月16日にご出演。 前回の記事と重複しない程度に書いてみます。 というのも、今回ジョンのことを思って涙ぐんだり、ちょっとショッキングな場面があったものですから。
それにしても、ヨーコサンも、黒柳サン相手とはちょっと勝手が違うようで、武内陶子アナ相手に幾分ぎこちない応対をしていました。
なんでそんなことが分かるのか?というと、「徹子の部屋」 の時に比べて、ヨーコサンの口癖である 「そうねやっぱしね」 が連発されていたからで(笑)。 あっ、ちょっとNHKだと勝手が悪いのかなという感じ。 ただ 「日曜美術館」 なんかでNHKにはお出になっては、いるんですけどね。
番組で紹介されていましたが、ヨーコサンは今年、ベネチア・ビエンナーレ生涯業績部門金獅子賞を受賞されたそうです。 この賞がどれほどの権威ある賞だかは分かりませんが、番組でヨーコサンは、「あまり自分のやっていることが人に認められてない感じがしていたので、びっくりしました」 と語っていました。
いや、結構近年になってヨーコサンの前衛芸術活動は、なんだか忘れましたけどいろいろ賞をもらっていると思いますが。 だから 「人に認められてないんじゃないか」 というヨーコサンの不安は、ちょっと意外な気がしました。 日本こそ、ヨーコサンの長年の業績を認めて、紫綬褒章のひとつでもあげたらいいのに、と思います。
なにしろ、前衛芸術というのは、他人に認めてもらうことによって初めて体を成す、という側面がありますからね。 眉をひそめられ、何が芸術だと唾を吐きかけられてもなお、自分の感性を信じ切らなければ、前衛芸術などというものは、やっとられんのです。
ヨーコサンは自分の前衛を認識してもらおうという意図もあって、ジョンに近づいた可能性も捨てきれませんが、それは私たち個人個人が憶測するしかない問題でもあります。 なにしろ、ヨーコサンは、ジョン・レノンと出会う前から、前衛芸術の巨匠ジョン・ケージとも邂逅していたし、そもそもジョン・レノンと出会った場所が、ロンドンのインディカ・ギャラリーという、いっぱしの画廊だった。 ある程度の評価を得られなければ、ここまでの業績をジョンと出会う前に残しているはずはありません。
ちょっと、ヨーコサンの前衛芸術について語り出すと止まらなくなるので、この話は別の機会にいたしますが、「スタジオパークからこんにちは」 では、そのパフォーマンスのうち、「カット・ピース」 を放送していました。 舞台に座ったヨーコサンの着衣を、観客が少しずつ切っていくという、アレですよ。 前に少しだけ見たことがありましたが、今回流れたのは、ちょっとナーバス気味のヨーコサンのアップでした。 あ、結構恥ずかしがっていたんだ、と思って。 どことなく、「おしん」 の小林綾子チャンをほうふつとさせる顔でしたが。 結構カワイイ(笑)。
いいとこのお嬢サンだったヨーコサン、戦前に撮られた幼少の時分の映像も番組で流れました。 これほどまとめて見たのは、初めてかなー。 ご両親の写真も出てきましたが、ヨーコサンはどっちかというと、父親似ですよね。 ご両親とも芸術に興味がありながら、そういうことをよしとされる人生を歩めなかったらしく、「不満だったでしょうね」 とヨーコサン。
ジョンとはいつも笑い転げていた、というヨーコサン、ミルクティを入れるのにまず牛乳にお湯を入れて、みたいな方法でやっていたら、ミミおばさんが 「違うでしょ!」 とか。 いろいろ思い出しているうちに、なんとなくジョンへの気持ちが高ぶってきた感じがします。
それがとうとうこみあげてきてしまったのが、ヨーコサンの帽子やサングラスのファッションが素敵!という武内サンのフリにヨーコサンが答えている途中。
「ダブル・ファンタジー」 を作っている時にちょうど暇ができて、ちょっとぶらぶらがてら、お店でジョンとサングラスを見ていたら 「これをかけるといいよ」 と、サングラスを勧められたそうです。
そのあとすぐにジョンがなくなってしまって、泣いてばかりいたもんだから人前に出る時にサングラスがどうしても必要だった、と。
武内アナ 「サングラスのスタイルっていうのは結構長く…」
ヨーコサン 「あっそれはね、とっても面白いことがあったの。 あのね、あのージョンと私が 『ダブルファンタジー』 っていうの作ったでしょ、でね、エンジニアがね、『あっ一時間くださいこれちょっと直さなきゃなんないから』 ってねえ、で 『じゃお散歩行ってきましょう』 ってふたりであの、外を歩いてたんですよ、であのー、デパートに行ったわけですね、そしたらたくさんこう、あのーメガネがあって、サングラスがあって、それでジョンがひとつサングラスとってね、こう、あたしにかけてね、その時 『これをいつもかけなさい』 って言ったの。 それが、もう、ひと月後、ひと月もなってないでしょ、彼が死ぬひと月くらい前じゃなかったんじゃないですか。 それでもう、彼が死んだあとね、もうしょっちゅう泣いてるから、こう、やっぱし(顔に何か)かけなくちゃなんないでしょ、あっ、それで、『これをかけなさい』 って言われたと思って…」
武内アナ 「いやーーー」
ヨーコサン 「ホントにつらかった(うなずきながら目をしばたかせる)」
武内アナ 「なんかちょっとねえ…。 そうですか、そういうことで…。 なんだかこう、あっなんだかもらい泣きしちゃうな(顔を手で覆って)」
ヨーコサン 「であのー…『あっ!(ジョンは自分が死ぬことを)知ってたのかなー』 と思ってねー…」
ヨーコサンはその言葉の後しばらく黙りこみ、深いため息をつきました。 マイクの音が割れるほど、強いため息でした。
武内サンもしばらく、かける言葉が見つからない様子。
ヨーコサンが精力的に仕事をしつづけているのは、未だにジョンを失った悲しみから抜け切れていないせいなのだと、強く感じました。
それは考えすぎだと思うかたもいるかもしれません。
でも、考えてみてください。
目の前で、ジョンが撃たれるのを、いちばん至近距離で見たんですよ、ヨーコサンは。
いずれにせよ、「徹子の部屋」 の時とは全く違うヨーコサンの一面を見たようで、とても興味深かったです。
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