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2009年11月24日 (火)

「天地人」 最終回 および総括

 「史上最低の大河ドラマ」 の呼び声も高い、「天地人」。 あ、でも妻夫木クンは、よく頑張ったと思いますよ。

 直前に放送された 「スタジオパークからこんにちは」 での妻夫木クンの話を聞いていたからかもしれませんが、クランクアップの、峠での兼続とお船のシーン(このシーンのあとしばらくふたりとも動けなくて、抱き合って号泣したそうです)には、万感迫るものを感じましたし、ラストシーン、兼続の臨終シーンも、結構泣けました。

 ただこのラストシーン。

 今年の大河を象徴するようなシーンでもありました。

 「わしは、モミジの家臣になれたかのう…」 と、縁側でお船の入れた茶を一杯飲んだまま、静かに目を閉じる兼続。 お船が落ちてくるモミジを空中キャッチして兼続の元に持っていくと、兼続はすでに亡くなっている。 それに気付いたお船が、兼続の傍らに座り、兼続の肩に頭をもたれかけて、いつまでも縁側で座っている――。 ホワイトアウトして、「完」 。

 このシーン、妻夫木クンの演技もさることながら、お船役の常盤貴子サンの演技がやたらよくて、さっきも述べたように、エレー泣いちゃったんですけど。

 ただ、「えっ?これでエンドマーク?」 という感じがしたのも確かです。 まるで肩透かしを食らったような余韻でもありました。 この涙の余韻を、どーしてくれるんだ!みたいな(笑)。
 しかも、覚えておいでのかたもいらっしゃるでしょうが、この兼続の最期は、高嶋政伸サンが演じた兼続の父親樋口惣衛門の最期と、瓜ふたつ。
 さらに言えば、今回最終回の冒頭で亡くなった兼続の息子影明の、今わの際の一言、「無念です…」 も、娘のお松が亡くなった時のセリフと同じでした。

 個人的に申せば、こと 「天地人」 においては、「同じイメージのたたみかけ」、というドラマ的な手法としてのテクニックを感じるよりも、どうしても手抜き、のように見えてしまうのです。
 こういうことは、間隔を置いてではなく、一回の放送で見せなければ、ていのいい、使い回しのように見えてしまいます。

 振り返ればほかにも、兼続が毎回同じようなお使いに出されたり、石田三成と真田幸村の兼続に対する最初の態度が全く同じだったり、そうした 「同じことの繰り返し」 が、このドラマでは散見されました。
 この同じような展開を、どうやって差別化して、兼続の成長などと絡めて描くのか。 ここが言わば、ドラマの作り手の腕というものではないでしょうか。
 残念ながら、そうした技巧よりも、やっつけ的な印象のほうが強かったです。 デジャ・ヴの連続、みたいな(笑)。

 さらに今回、最終回のダメ押しが、その後の様子を伝える短いコーナー、「天地人紀行」。
 どうして景勝のこととか、ドラマ内で済ませてしまわないのか。 特に物語の序半、景勝と兼続の主従関係というのは、ドラマの根幹をなすものでした。 それが、兼続が死んでも景勝の反応をドラマで描かない。 どうもスッキリしないです。

 ほかにも、「天地人紀行」 で内容の補足をされているようなことが、今年は何度となくありました。
 しかもそっちのほうがドラマチックだったり(笑)。 それじゃダメじゃん(笑)。 説明不足と、余計な説明。 これもこのドラマでは、多かったなー。

 なまじ役者サンたちの演技がよかっただけに(そうでもない人もいましたけど)、それを生かしきれない製作者側の問題点を、今年の大河では強く感じました。 それが、ラストに集約されていた気がするのです。

 私も一年このドラマを見ていて、失笑したり呆れたりすることが、確かに多かったです。
 歴史の改変とか、自分的にはどうでもいい話なんですが、特にマンガ 「花の慶次」 つながりで、前田慶次の登場に期待していた向きには、慶次まったく無視状態が不評だったようですよね。
 それに、戦国武将たちのとらえ方に、そもそも 「愛」 が感じられなかった(笑)。 前にも書きましたけど、戦国武将たちに、呪われますよ、こんな描き方してたら。 特に伊達正宗、真田昌幸、あと遠山サン(笑)。
 伊達を演じた松田優作サンの息子サンは、ほかの役を見たことがないのでどんな演技力があるのか知りませんが、徹頭徹尾、やな男を演じてましたね(笑)。 出るたびムカついていました(笑)。 ということは、演技がうまいんでしょうか?(笑)。
 徳川家康の松方サンは、憎々しい演技力がずば抜けていて、ここまで徹底されるとかえって凄いという見本でした。
 私は、誰かを悪役に仕立てる、というドラマの手法に異議を唱えるものではないです。 「三国志」 だって、「忠臣蔵」 だって、そうなのですから。 ただそれでドラマが面白くなればいいんですが、それができたのは、結果的に松方サンだけだった。

 個人的に一番許せなかったのは、当ブログ2009年4月14日付 「『天地人』 第15回 戦さをなめとんのか」 同4月15日付 「『天地人』 と歴史教育の重要性」 で述べましたが、戦さというものをきれいごとに描きすぎていた点です。
 特に御館の乱は、ひどかった。
 平安の絵巻物じゃないんですから。
 平和ボケした、戦争を知らない子供たちによる(自分もそうですけど、それを自覚しているだけマシだと思います)、実に取ってつけたような 「戦国の世のエライヒトのただの悲劇」 でした。

 でも、なんだかんだ言って、最後まで見ちゃいました。
 その理由はこうだったのではないか、というのは、同11月21日付の当ブログ記事 「11月20日 『スタジオパーク』『天地人』 を見続けた理由が分かった」 で、とりあえず言及しました。
 出演者に、人としての魅力がなければ、結局見続けることは難しいのです。

 また、徹頭徹尾、どうしようもない話ばかりでもなかった。

 特に石田三成の死を描いた回や、本多との政略結婚を兼続が画策する回、兼続の娘が死んでしまう回など、実に見応えがあった、素晴らしい内容でした。

 ただ結局、役者サンが単に 「いい人」 だから見たいと思った、などというのは、作り手側の真の実力ではない点において、侮辱したようなやーな書き方なんですけど(笑)。

 あっでも、テーマ曲は、最高でした!(笑)。

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