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2009年11月25日 (水)

「熱中夜話」 中島みゆき 信者の条件

 NHKBS2 「熱中夜話」、今回は中島みゆき編。
 スタジオには、まぎれもない中島みゆき信者たち。
 この人たちは現在に至るまでのれっきとしたフォロワーであって、私のような途中下車の 「ハンパな」 みゆきファンとは違う、筋金入りの信者だった。

 その歌詞の深読み具合は、まことにすさまじいほど。
 「地上の星」 の 「風の中のすばる」 を会社内でのチーム、「銀河」 を会社組織、「カモメ」 をNHKに例えるとか(笑)、「うらみ・ます」 の途中についている 「・」 の解釈とか、「ファイト!」 の 「!」 が白抜きである理由とか、半分こじつけにも等しく、半分余りにも鋭すぎる分析の連続で、この人たちは、本当にみゆきサンの曲に何の疑問も持たず、心酔しきっているのだろうな、ということがよく分かった。
 ゲストの田家秀樹サンなどは、「ファイト!」 の 「!」 が白抜きであることなんて、初めて指摘を受けて気付いたとか、ヤケに感心していたが、私も結構最初の段階から、このことの意味なんか考えていたけど。 なんか、後出しジャンケンみたいだからあえてここで言及はしない。 ただ、番組でこれを指摘した人が、この白抜きの中を塗るのは聴き手なのだ、という解釈をしていて、それはそれで説得力にあふれていた。
 個人的な話で申し訳ないんですけど、「ファイト!」 はキライです(笑)。 特に歌い方が(笑)。

 ところで、みゆきサンの歌を深読みするのは、実は簡単な作業だ。

 番組内でも指摘されていたが、みゆきサンは結構、比喩をよく使う。
 彼女の比喩の使い方は、実に基本的な技巧で、国語の時間が好きだった人にとっては、あまり理解不能な比喩を使わない。
 「地上の星」 での解釈にも出てきたが、みゆきサンの視点は、常にミクロとマクロの両方に注がれていて、物事をある一点からの視点で論じていることがない。 その究極が、「男」 と 「女」 の関係に集約される。 みゆきサンの歌は、絶対的な視点がなく、あくまで相対的に、まさしく今回この番組でゲストのエド・はるみサンが話したように、ファジーな揺らぎを保ちながら、推移しているのだ。
 これが、みゆきサンの歌の比喩が 「基本的」 で 「国語の授業的」 と思われる原因だ。

 私がみゆきサンの歌を聴かなくなったここ20年くらいの歌の数々を、今回 「熱中夜話」 では紹介していたが、その曲の歌詞を聞く限りでは、その 「国語的な」 傾向が、私が聞いていた時より強くなっているような気がした。

 もうひとつ、みゆきサンの歌に顕著なのは、まるで舞台装置のような、曲全体の設定だ。

 「~のような」 という比喩を使うまでもなく、みゆきサンの曲には、結構明確な情景が設定されていることが多い。
 そしてその情景は、みゆきサンが言いたいことをその情景に託しているために、半分フィクションのような、演劇のような現実浮遊感が生まれている。 その傾向が発展していって結実したのが、半分演劇である 「夜会」 なのだ、そう私は考えている。 また個人的に言うと、「夜会」 って好きじゃないんですけどね。 次回後編はその 「夜会」 をやるそうなので、スタジオのみゆき信者サンたちがどういう 「夜会」 の魅力を語ってくれるのか、とても興味がある。

 ところで、このスタジオに集っていたみゆき信者サンたち。
 ある共通点があることに気付いた。
 体格がよろしい(笑)とかじゃなくて。

 物事に対して冷たい目をもつことができず、常に他人に優しくなろうとして傷つき続けている、そんな共通点だ。 エライ憶測ですけど。
 要するに、繊細な心の持ち主たちなのだ。 けっして、「生き馬の目を抜く社会だから」 みたいな、下卑た開き直りをしていない人たちなのだ。
 そんな人々が、みゆきサンの歌のもつ磁力に、引き付けられたままになっている、そんな印象を、番組を見ていて思った。 みゆきサンの歌詞に対するスタジオの人々の思い込みの激しさは、たぶん精神的に強靭でない者が、藁をもすがる思いでみゆきサンの曲を聴いているところから、くるのではないだろうか。

 みゆきサンの歌には、波長の合った人を巻き込んでしまう、ある種の危険さが存在している。

 例えて言えば、「こいつと付き合ったら面倒だろうなー」(笑)タイプの女にゾッコンになってしまった、みたいな(笑)。 その女は独自の価値観を持っていて、それはとても魅力的に映るのだけれど、その価値観で世間を見たら、自分はとってもヤバい人間になってしまうのではなかろうか、という不安を抱かせる女、である(笑)。

 「うらみ・ます」 もそうなのだが、みゆきサンの情念は、いったん惚れた男を死ぬまで離さないような、「死なばもろとも」 みたいな、「一蓮托生」 みたいな、自分の不幸にもろとも聴き手を巻き込んでしまうようなところがある。 巻き込まれた男たちは、みゆきサンの本当の深層心理まで分かっているのはオレだけだと思いたがり、ますますのめり込んでいくのである。

 結果的にみゆき信者になってしまっても、別にヤバイことは起こらないのだろうが(笑)、一歩下がってみゆきサンを見るようになってしまった私などは、スタジオのみゆき信者たちの、みゆきサンの歌からもらう勇気や生きる力がどれだけのものでありつづけているのか、今回その一端を見せてもらった気がするのだ。

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