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2009年12月13日 (日)

「坂の上の雲」 第3回 親というものは、ありがたいものです

 「坂の上の雲」 第3回は、前半正岡子規(香川照之サン)が喀血してからの動き、後半は日清戦争に突き進む動き。
 このドラマを見て、私のイメージが180度転換したのが、この正岡子規の描写です。
 この人は結核で、とても病弱なイメージを、かねてから持っていました。 と同時に、野球とそれに関する訳語を考え出した人として、結構マニアックなのめり込み方をする人のような感覚を持っていました。
 それが、このドラマでは、いくら結核の末期症状である喀血という事態になっても、まるで他人事のような前向きなとらえ方をしているし、不治の病の苦しみを抱えながらも、ただひたすら、明るい。 その前向きな姿勢には、眩しささえ覚えるほどです。

 いっぽう本木クンは、帰郷して松山市民プール(冗談)に行き、いきなり局部を掻きながら、「チ○ポがかゆうてイカン」 と、NHKでチ○ポはないだろうという感じなのですが、海軍の男臭い不衛生な状況をそれで表して、水にドボン。
 そこに陸軍のふたり連れがふんどしも脱捨てて水にドボン。
 局部を見事に隠した撮影の仕方で(笑)、見ていて冷や冷やしどおしでした(笑)。
 そこでそのふたりと本木クンがケンカ。
 その仲裁に、うしろで根回ししたのが、伊東四朗サン演じる、本木クンの父親。
 それから間もなくして、この父親は亡くなってしまうのですが、伊東四朗サン、出番が少ない割には、結構印象的なセリフをいくつか放っていました。
 「親が偉すぎると子はようならん。 わしの働きが悪いのは、子のためにやっとるのじゃ」 とか、「肝心の戦まで、勝ちはとっとけ。 短気は損気。 急がば回れ」 とか。
 日本の行く末を見つめるこのような性格のドラマの中で、こうした人生の教訓みたいな言葉がさりげなく挿入される。 それが、このドラマに深みを与えているのです。

 だから、父の死後帰郷した本木クンが見た、母親(竹下景子サン)の後ろ姿が、なんとも胸に迫ってくる。
 なんてことはないシーンなのですが、なんかじわじわ、泣けてきました。
 親というものは、ありがたい。
 本木クンの好物の炒り豆を炒っている母親。 自分の好物を覚えていてくれる親って、大事ですよね。 それを食べながらまたオナラをひとコキする本木クン。 私のオカンの話だと、昔はおやつがわりに、大豆を炒ってよくぼりぼり食べていたそうです。 要するに、節分で食べる、あの豆のことですな。 本木クンのおならがその食べすぎのせいだった(笑)、という事実も判明(笑)。

 阿部寛サンと松たか子サンの結婚もはさみながら、後半は日清戦争に突き進んでいく様子を、ドラマでは描写していくのですが、そこで登場した、東郷平八郎役の渡哲也サンと、伊藤博文役の加藤剛サン。
 いや、その存在感たるや。
 画面がびしっと締まります。
 ドラマでは、日清戦争を引き起こした直接の主導者は、外務大臣の陸奥宗光(大杉漣サン)と、陸軍大将の川上操六(國村準サン)ということになっております。 特に國村準サンは、この前まで 「ギネ」 でエライ年下の娘っ子と出来てしまう、産婦人科教授を演じていただけに、その役柄の違いには、ちょっとめまいを覚えるくらい。
 そのふたりの策に弄されて、伊藤博文の加藤剛サンは清国との戦争を決断せざるを得なくなっていくのですが、それに際して、国際社会にきちっと筋を通すような、大義名分を掲げようとする。 それは確かに、「石橋を叩いて渡る」 形式なのですが、のちに朝鮮で暗殺されてしまう伊藤博文の真意がどこまで世間に伝わっていたのか、いまにして思うととても複雑な心境になります。

 戦争というものは、個人の意志ではどうにもならない。 そこに突き進んでいく思惑というものは、陸奥や川上の意志くらいでは到底動いていかないものなのです。
 ただし昔のほうが、いまよりもずっと簡単に、戦争しちゃおうという人が、多かったんじゃないかな。
 戦争の悲惨さを日本人が嫌というほど身にしみて分かるのは、そのずっと後ですからね。
 だから、松たか子サンが戦地へ赴く阿部寛サンに、「生きて帰ってきてください」 と懇願できる。
 そのうちに、「君死にたもうことなかれ」 という気持ちが、だんだん問題視されるようになっていき、太平洋戦争時には、そんなことを考えるのは非国民だ、というほどになっていく。 そうなるともう、悲惨としか言いようがない。

 日露戦争でバルチック艦隊を打ち破ったり、コサック騎兵隊を打ち破ったりすることで国威発揚を成し遂げていくうちに、戦争というものに対しての罪悪感が打ち消されていく。
 このドラマは、その点を見逃して見るべき性格のものではない気が、強くするのです。

「坂の上の雲」 に関する当ブログほかの記事

第1回 いや、ガイじゃのう!
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/1-46c5.html
第2回 列強に植民地化されなかった日本とはhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/2-3ded.html
第3回 親というものは、ありがたいものですhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/3-9188.html
第4回 戦争の真実を見つめようとしない人々http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/4-4583.html
第5回 今度は、一年後ですか… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/5-16b5.html

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