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2009年12月19日 (土)

「のだめカンタービレ」 どうして映画で決着つけるんですかねえ?

 フジテレビドラマ 「のだめカンタービレ」 の完結編が、映画公開とか。

 せっかく大傑作のドラマだったのに、こういうことをされては、大いに興醒めする気がします。

 完結編を見たければ、お金を払って映画館でご覧ください、というこの商法。
 1回1800円で前・後編あるそうなので、3600円。
 おそらくパンフも買う必要が生じそうでしょうから、交通費込みで、5000円くらいは 「のだめ完結編」 を見るためには必要かと。

 別に一年後くらいにはテレビでもやるでしょうから、この商法自体に異議を唱えるものではありません。

 ただ、私が問題にしたいのは、映画にすることで、テレビドラマのパッケージング(オープニングタイトルとか、エンディングテーマとか)がすっ飛んでしまう場合もある、ということ。 テレビと一緒の気構えで見ることができないパターンが、まず多い。
 いちばん問題なのは、テレビのハイビジョンの撮影方式と、映画のフィルムによる撮影の方式では、画質そのものの雰囲気が、まったく違ってしまう、ということだと思います。 結構この違いが見る側に与える影響は、大きい。

 つまり、テレビと映画は、別物メディアなのです。

 このドラマ、原作者からの厳しいチェックもあって、近年まれに見る傑作ドラマに仕上がっていました。
 その割には、ミルヒーのキャラとか、原作をかなり逸脱した部分もあって、それはそれでドラマの作り手の心意気、みたいなものも、感じたものです。

 それが、続編のヨーロッパ編を見て、ちょっと何か違和感が残るような感じがしたのも確かです。
 つまりそれは千秋役の玉木宏サンが、ちょっと千秋を演じるにはトシを食いすぎたかな(失礼)、という個人的な感想からです。 なんか立派に見えすぎるんですよ、玉木サンが。 若気の至りたっぷりの千秋を演じるには、玉木サンのスケールが大きくなりすぎてしまったような。
 玉木サンに千秋をやらせるには、今年あたりがギリギリのラインだったような気がします。 だからこその完結編なのでしょうが。

 もうひとつの違和感は、上野樹里チャンのほうも、のだめを演じるにはスケールが大きくなりかけている、という感覚。 と言うより、樹里チャンのキャラ自体が、近年のだめ化しすぎていることへの不安感(笑)、とでも言うか。

 つまり、「のだめカンタービレ」 というドラマは、パート1の本放送の時点が、いちばん演じる役者サンたちにとっても、その時点でしかその役を演じることのできなかったドラマだった、というふうに、思ってしまうわけです。

 その違和感を抱えたまま、映画という別メディアでもって 「のだめ」 というドラマを完結させる、ということが、果たして得策なのかどうか。

 このドラマのキモは、モーツァルトの二重奏のように、曲のひとつひとつに対する深い造詣と、物語がリンクしている、という点でした。 そして超汚い女の天才ピアニストのだめに、嫌悪感を抱きながらも魅かれていくマエストロの卵、千秋の姿でした。
 それがどこまで展開し、のだめと千秋の成長ぶりとリンクできているか。
 月並みですけど、「のだめ完結編」 のキモは、そこにあるのではないか、個人的には、そう考えています。

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