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2010年1月31日 (日)

「今夜も生でさだまさし」 1月31日 秋田でまさしときりたんぽ

 ちょっとほろ酔い気分で書いていますが、ご了承ください。

 1月31日 「今夜も生でさだまさし」。
 前回の両国国技館での放送から、もう早くも1か月。 歳をとるごとに、時間のたつのが早くなっていく、というのはどうやら世の常のようですが、今回は特に、その速さを感じます。
 毎年感じるのですが、1月という月から、去年の12月、というものを考えた時、いつもの月以上に、それが遠い昔のように思える。 やはり、去年のことはどこかに捨てた、という気持ちがあるから、余計にそう感じるのでしょう。 ちょうどひと月前が大みそかだったなんて、とても信じられない。

 そしていつもの通り、酒をたしなみながら、ほろ酔い気分でこの番組を見ていたのですが。

 今回、番組の最後に、さだサンの口から、お父上が去年の暮れに亡くなられたことをお聞きしました。 存じませんでした。
 今年最初の国技館からの放送では、年の初め、ということもあって、テレビではお話にならなかったらしいです。

 その昔、さだサンの音楽をよく聴いていたファンであった私は、さだサンの歌に時折登場してくるお父上のことを、やはり身近に感じておりました。

 その代表的なものは、「転宅」 と、「親父のいちばん長い日」 だったでしょうか。
 「転宅」 では、事業に失敗したさだサンの父親と、「いつまでも負けたままじゃなかろう」 と言い放ったさだサンのおばあちゃんの話が出てきます。 おばあちゃんの毅然とした姿がとても印象的な歌でした。 「長江」 という映画で多大なる借金を背負ったさだサンが自分の姿を重ね続けていたのも、さだサンのお父上だったような気がします。

 「親父のいちばん長い日」 は、結局現在も未婚のままの(笑)さだサンの妹サン、佐田玲子サンの結婚、というフィクションを描いた作品でしたが、途中までは事実でしょう(笑)。
 そしてフィクション部分の(笑)、玲子サンの彼氏が 「お嬢サンをぼくに下さい」 といった時の、親父サンの反応。
 「分かった娘はくれてやる、そのかわり、奪っていく君を殴らせろ」。
 これは、さだサンが、もし自分のオヤジだったらこう言うだろう、という、いささかドラマチックな想定のもとに書いた部分でしたが、それは紛れもなく、さだサンの抱いていた父親の姿そのものだったと、今更ながら考えるのです。
 この曲のバックに流れるオーケストラの指揮をしていた、故岩城宏之サンは、この部分を指揮しながら、涙を流されていたそうです(確か、ライナーノーツに書いてありました)。

 そのように、虚実とり混ぜながらさだサンのお父上に接してきたこともあって、ちょっと今回のお亡くなりになられた話は、正直、身内のひとりをなくしたような、変な感覚がいたします。

 さだサンは今回、「夜はあまり、くよくよものを考えるな」 という、お父上がさだサンに教えてくれたことをお話になっていました。
 「悩み事があったら、夜に考えるな。 夜の考えというのは、頭が下を向くから。 悩んでも構わないが、同じ悩むのでも、明るいところで、大きな空気を見ながらもういっぺん考えてから、本当の結論を出せ」
 本当に、その通りだなあと、実感いたします。 「いつまでも負けたままじゃないだろう」 と、転宅の不幸を前向きに考えていた、さだサンのおばあちゃんの考えに相通じているものを、感じ取りました。

 佐田玲子サンも、いつもの通り元気いっぱいでこの番組に出ておいででしたが、このおふたりの姿を、あの世からお父上はきっとご満足しながらご覧になっているのではないか、そのような気がいたしました。

 さだサンのお父上のご冥福を、お祈りいたします。

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