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2010年1月

2010年1月31日 (日)

「龍馬伝」 第5回 アイデンティティの崩壊

 アメリカから開国の恫喝に(笑)やってきた、ペリー率いる黒船軍団。
 対する日本は、アタフタばかりのお上から、鎧のつけかたも知らぬ下級武士まで、まっこと平和ボケここに極まれり。 しかもその鎧も、当時すでに骨董品だし(笑)。
 お寺の鐘を置いとけば大砲に見えるだろうとか、槍突きの練習をして備えてるとか、すでに日本の国防力が、国際的に見てお話にならないレベルのものだったことを、ドラマではうまいこと表現しておりました。

 警備の任務を抜け出した福山龍馬クン、桂小五郎(谷原章介サン)と岩場でばったり遭遇。 そこで黒船を、まさに目の当たりにするわけですが。
 実際に龍馬がこんな目の前で黒船を見たかどうかは知りませんが、これだけ超接近状態で見てしまったら人生変わるかもしれない、というほどの迫力を、ドラマの作り手は用意していました。 そりゃCGでしょうけど、「坂の上の雲」 に引き続いて、テレビドラマで 「タイタニック」 並みのCGが見られる世の中になったんですねえ(しみじみ)。 轟音も、黒船のテーマ曲(笑)も、疑似サラウンドかなんか知りませんけど、ヤタラメッタラ、迫力ありました~。 龍馬も、刀一本構えたまんま、ただボー然と情けない叫び声を出すしかない。

 「帆もないのに、どういて動いているがじゃ?」
 「石炭を燃やして水車みたいなもんを動かしている」
 「真っ黒じゃった」
 「タールちゅうもんを錆び止めに塗っておるそうじゃ」
 当時大きな船について、一般の日本人にどれくらいの知識があったかは、これまた知りませんが、私だったら、石炭を燃やしたら船が燃えちゃうだろ!錆びるってことは鉄なのか?鉄が水に浮くのかよ!みたいなことまで、考えたかもしれません。

 軍事力の圧倒的な差というものを見てしまった以上、剣の修行など、とても無意味なものに思えてきてしまうのは当然で、後日それを桂サンに告白する龍馬でしたが。

 桂サンが龍馬に放った言葉は、相当重い。

 「それは侍をやめるっちゅうことだぞ。 おのれの生き方にかかわるような大問題を、他人に聞くな」
 日本の国自体のありかたが根底から変わろうとしているときに、自分がそれまで当たり前だと思ってきたものを捨てなければならなくなる。 その不安は、計り知れないものがあります。 たとえば程度は違いますが、自分が今の仕事をやめて、まったくワケの分からない仕事をしなければならなくなった、みたいなものですかね。 それが嫌なら清国のように属国になってしまう、要するに奴隷みたいになってしまう、というのは、当時の日本人にとって、アイデンティティのものすごい動揺だったのではないかと思います。
 それが、桂のこの一言に、端的になって表れている。 桂とて、どうするべきか分からず、ただいろんな外国の知識を今更ながらやみくもに読むしかない、というのですから、眼の下にクマを作っても当然かと(笑)。

 ただ、その危機感が一般人にまで浸透していたかどうかは、ちょっと疑問です。
 じっさいには、黒船来航を、まるで物見遊山気分で見物していた人までいたって話ですから。
 庶民感覚としては、世の中がいくら劇的に変わろうが、収まるべきところに収まるもんは収まる、という感覚でしかないような気がします。 頭がいい人が、いちばん無駄に苦悩している、みたいな(笑)。 桂小五郎がこのドラマの中で、自分のことを 「ぼく、ぼく」 というのも、そんな知識人としてのひ弱さを表現しているような気がします。

 ただそれが、千葉定吉(里見浩太朗サン)クラスの男ともなるとどうなのか。

 ドラマの上っ面みたいな話の流れからいくと、自分の娘佐那(貫地谷しほりチャン)が惚れている男が、剣術に疑問を抱いているようなヤツでは到底娘はやれーん!というところなんでしょうが。

 千葉定吉サンが考えていたのも、やはり剣術の存在自体に対する、根本的な疑問だったはずだ、と私は思うのです。
 自分たちのレベルで切磋琢磨していたら、ある日いきなり何10レベルも上のヤツがやってきた、という 「ドラゴンボール」 のベジータ来襲状態だったんですからね(笑)。
 龍馬が今回ドラマ終盤、千葉道場でぶちまけてしまった剣の道への無力感は、なにより千葉定吉の、無力感でもあったはずです。
 ただそれを認めてしまうと、千葉道場自体の存在する意味が、なくなってしまう。
 娘にやれん男だとか言う前に、千葉定吉は、自分の中にもくすぶっている正論、の象徴でもある坂本龍馬を、破門する必要があったのでしょうね。

 じっさいの龍馬の、実家への手紙に 「異国の敵の首を取る」 と書いていたことを、ドラマでは父親への情だと解釈していました。
 そして父親や乙女姉やんのことを考えながら、破門された自らを責めて男泣きする福山クン。
 今回ラストの、ここらへんの描写はよかったですね。

 武市半平太(大森南朋サン)の上申書が殿様(近藤正臣サン)のおほめにあずかった、という話も挿入されていましたが。 うわ、いよいよ吉田東洋(田中泯サン)との対決間近かあ。 

 そしてそれすら採用されることのなかった、岩崎弥太郎の上申書。 今週の 「弥太郎伝」 でございます。
 塾の子供から 「先生も出したがじゃろ?」 と訊かれて、「わしゃあ、書いちょらん」 と、思わず加尾チャン(広末涼子チャン)の手前、ウソをついてしまう弥太郎殿。
 加尾チャンに 「どういてー?」 と言われ、「わしが意見するのは、世の中がもっと大きゅう動いた時じゃあ」 と笑いながら、ふり返って鬼の形相(笑)。 くっそー、武市なんか、どーせあたりさわりのええこと書いたんじゃろぉぉ~ッ、みたいな(笑)。
 出番が少なくても、キッタナイ歯で、存在感を相変わらずアピールしております(笑)。

 しかし今回、おととし堺雅人サンがとても印象的な演技をしていた徳川家定が、ほんのチョイ役で。 堺サンがやっていたら、NHKも粋なことをするじゃないかと思いましたけどね、違う人でした(笑)。
 でも、またまたニワトリを追いかけとりましたね(笑)。
 じっさいそうだったのか、「篤姫」 へのリスペクトだったのか(笑)。

 それにしても。

 「ワシの好物のきんつば焼きを、坂本にやっただろう!」(笑)と、怖い顔して佐那チャンに詰め寄っていた渡辺いっけいサン。 妹に好きな人ができた、と大喜びだったんですがねえ。
 「わしはおまんが心配ながぜよ」 と加尾チャンに詰め寄る宮迫アニイと、好対照だったですね。
 兄は妹のことが、心配なのです(そーでもないか…笑)。

当ブログ 「龍馬伝」 に関する記事
♯01論点が、はっきりしちゅうhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/1-e718.html
♯02えらい天気雨じゃったのう(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/2-a44b.html
♯03食われっぱなしぜよ、福山サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/3-8e96.html
♯04佐那チャン、ツンデレ、してません?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/4-5776.html
♯05アイデンティティの崩壊(当記事)
♯06本分をわきまえる、ということhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/6-766e.html
♯07父のこころ、子のこころhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/7-e1b3.html
♯08汚さに磨きがかかる(なんだソレ?)弥太郎殿http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/8-8680.html
♯09思想か、命かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/9-febd.html
♯10もっとなんとかできたはずhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/10-b847.html
♯11龍馬が担ぎ出される、その理由http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/11-ac67.html

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「今夜も生でさだまさし」 1月31日 秋田でまさしときりたんぽ

 ちょっとほろ酔い気分で書いていますが、ご了承ください。

 1月31日 「今夜も生でさだまさし」。
 前回の両国国技館での放送から、もう早くも1か月。 歳をとるごとに、時間のたつのが早くなっていく、というのはどうやら世の常のようですが、今回は特に、その速さを感じます。
 毎年感じるのですが、1月という月から、去年の12月、というものを考えた時、いつもの月以上に、それが遠い昔のように思える。 やはり、去年のことはどこかに捨てた、という気持ちがあるから、余計にそう感じるのでしょう。 ちょうどひと月前が大みそかだったなんて、とても信じられない。

 そしていつもの通り、酒をたしなみながら、ほろ酔い気分でこの番組を見ていたのですが。

 今回、番組の最後に、さだサンの口から、お父上が去年の暮れに亡くなられたことをお聞きしました。 存じませんでした。
 今年最初の国技館からの放送では、年の初め、ということもあって、テレビではお話にならなかったらしいです。

 その昔、さだサンの音楽をよく聴いていたファンであった私は、さだサンの歌に時折登場してくるお父上のことを、やはり身近に感じておりました。

 その代表的なものは、「転宅」 と、「親父のいちばん長い日」 だったでしょうか。
 「転宅」 では、事業に失敗したさだサンの父親と、「いつまでも負けたままじゃなかろう」 と言い放ったさだサンのおばあちゃんの話が出てきます。 おばあちゃんの毅然とした姿がとても印象的な歌でした。 「長江」 という映画で多大なる借金を背負ったさだサンが自分の姿を重ね続けていたのも、さだサンのお父上だったような気がします。

 「親父のいちばん長い日」 は、結局現在も未婚のままの(笑)さだサンの妹サン、佐田玲子サンの結婚、というフィクションを描いた作品でしたが、途中までは事実でしょう(笑)。
 そしてフィクション部分の(笑)、玲子サンの彼氏が 「お嬢サンをぼくに下さい」 といった時の、親父サンの反応。
 「分かった娘はくれてやる、そのかわり、奪っていく君を殴らせろ」。
 これは、さだサンが、もし自分のオヤジだったらこう言うだろう、という、いささかドラマチックな想定のもとに書いた部分でしたが、それは紛れもなく、さだサンの抱いていた父親の姿そのものだったと、今更ながら考えるのです。
 この曲のバックに流れるオーケストラの指揮をしていた、故岩城宏之サンは、この部分を指揮しながら、涙を流されていたそうです(確か、ライナーノーツに書いてありました)。

 そのように、虚実とり混ぜながらさだサンのお父上に接してきたこともあって、ちょっと今回のお亡くなりになられた話は、正直、身内のひとりをなくしたような、変な感覚がいたします。

 さだサンは今回、「夜はあまり、くよくよものを考えるな」 という、お父上がさだサンに教えてくれたことをお話になっていました。
 「悩み事があったら、夜に考えるな。 夜の考えというのは、頭が下を向くから。 悩んでも構わないが、同じ悩むのでも、明るいところで、大きな空気を見ながらもういっぺん考えてから、本当の結論を出せ」
 本当に、その通りだなあと、実感いたします。 「いつまでも負けたままじゃないだろう」 と、転宅の不幸を前向きに考えていた、さだサンのおばあちゃんの考えに相通じているものを、感じ取りました。

 佐田玲子サンも、いつもの通り元気いっぱいでこの番組に出ておいででしたが、このおふたりの姿を、あの世からお父上はきっとご満足しながらご覧になっているのではないか、そのような気がいたしました。

 さだサンのお父上のご冥福を、お祈りいたします。

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「恋のから騒ぎ」 1月30日 ハイパーチャンも、ものきのデルモも…

 このところやたらと面白くなっている 「恋から」 ですが。

 PTAチャンが選んだ 「こいつの彼氏になりたくない」 堂々一位のハイパーチャン。
 個人的には、まったりしていてかわいくていーじゃん、と思っていたんですが、PTAチャンの話を聞いていると、ちょっとそれは引くかも…(笑)という話の連続で(笑)。

 PTAチャン 「とにかく、コミュニケーションがとれないし、意思の疎通がはかれない」(笑)。
 食事をしているときも、箸で揚げ物の衣をはがしたり、海苔巻きの具の部分とご飯の部分を別々にしたり、解剖手術をしてるとか(笑)。

 カレーもスプーンが使えないため(笑)箸で食べてるらしいです。
 ハイパーチャン、「あの、口に入れたらあの、残るんよ、このー、この、この」 と、スプーンですくったぶんが、たぶん全部食べられなくてスプーン上に残るんでしょう(笑)「それをまた食べるんが気に入らん」(笑)。 ゲストの元猿岩石の有吉クン、「スプーンって人類がいちばん使いやすい道具でしょ!」 って、ナイス突っ込みです(笑)。

 だし巻き卵も、一枚一枚はがして食べるのがお好きなようで(笑)。

 さんまサン 「なんで一緒に食べへんね?」
 ハイパーチャン 「…楽しいけん」
 さんまサン 「ほおお~~…」 納得…ってなんでやねん!
 笑いました。

 でもハイパーチャン、そこが面白かったりするんですけどね。
 ただ自分に気持ちの余裕のない時にやられたら、ちょっとイライラするかも(笑)。

 戸田早留夏チャンの 「ギャップがありすぎる」 第二位の、ものきのデルモチャン。
 おしとやかそうに見えて、楽屋では毒舌を吐きまくり、飲み会では芋焼酎を片時も離さず(笑)、メンバーにダメ出しをしてるとか(笑)、本番ではちっとも笑わないのに、魔女みたいに笑うとか(笑)。

 早留夏チャン 「こういう収録が終わったあとに、『きょうあのコ、ようしゃべってはったなあ』 って…」
 さんまサン 「ウソオォ~~ッ!(笑)京都のイヤなオバハンやなーっ!(笑)『ようしゃべってはったなあ、ウケもせんのに』 って?(笑)オマエなんで普段の力ここで発揮せえへんねん」
 ものきのデルモチャン 「笑いかたも、面白かったらいつも通り笑いますし…」
 さんまサン 「おーおーおー…オマエおもろないのそしたら!」(笑)

 説教部屋も、予想通りデルモチャンだったんですが、決まった瞬間、目が笑ってない笑顔で(笑)、キッとさんまサンを見据えたまま(笑)。
 さんまサン 「なんやその目は…凛としやがって!」
 いやー、笑いながらも、このさんまサンの反応、これってつくづく、すごいリアクションだなーと、感心しまくりました。 「凛としやがって!」…かぁ~。

 説教部屋でも、「覚えがないです」 と、凛とした態度を貫き通す、かと思いきや、「オマエ酒が入らんとしゃべられないんか?」 とさんまサンに突っ込まれ、とても図星だったみたいで(笑)。
 「オマエね、(酒を)入れて来い!(笑) な!力が出るなら入れて(本番に)来い!(笑)」

 それで判明したのですが、デルモチャンの好きだという焼酎は、まず基本的にストレートで飲むのが普通、とか(ゲッ…)。 それで最大2升とか(ゲッ、ゲッ…)。
 ムチャクチャな酒豪じゃないですかぁ~ッ(笑)。

 さんまサン 「…すごいですねえ…」(笑)

 もっと早く、はじけてほしかった気がします…(笑)。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

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2010年1月30日 (土)

がんばれ、小林麻耶!

 つまんない話ですけど。

 昨日(1月29日)のTBS 「THE NEWS」。
 冒頭の、今日のニュースのダイジェストみたいな、山下達郎サンのテーマ曲をバックに流れるフラッシュがあるじゃないですか。
 そこに、市川海老蔵サンと、小林麻央チャンの婚約会見の映像が、ちょろっと出て。

 続けて出てきたキャスターの3人。
 そのうちひとりは、言わずと知れた、その小林麻央チャンの姉である小林麻耶チャンだったんですが。
 なんか、彼女の服装が、まるで喪服。 真っ黒。 ストッキングも黒。

 妹の婚約会見の日(?だったんですかね?)に、なぜ喪服(ふう?)、なんでしょうかね?

 「恋から」 に出ていた時から、この姉妹は知っていますが、どぉ~もそのころから、ワタシ的には妹のほう、完璧すぎて、あんまり好きじゃない、というか。
 天真爛漫、といった雰囲気の小林麻耶チャンのほうが、個人的には好み。 …オマエの好みなんかどーでもいい(笑)。

 まあ、それが最近じゃ、まるきり妹のほうが順風満帆人生なのに、麻耶チャンのほうは 「THE NEWS」 も終わっちゃうらしいし、どうもパッとしない。

 そりゃ、ニュースキャスターは、彼女のイメージじゃない、とは思いますが、ちゃんとやってますよ。 1年も続けていれば、そりゃ慣れる。 それを視聴率が低いと言って、途中からあからさまな嫌がらせ的テコ入れをしまくるTBSの姿勢は、正直ほめられたもんではありません。

 まず竹内明サン、という 「デキる男」 の投入。 これで確実に、麻耶チャンは 「添えもの」 の位置に降格してしまった。 そして午後6時40分開始、という 「何考えとんのじゃ」 的な中途半端な放送時間の変更。 意地ってものが、感じられないんですよ、局自体の。

 結局、森本毅郎サンで大コケしたプライムタイムとか、大昔と同じことをやってるにすぎないんですからね、TBSは。 あげく、打ち切り。

 そのうえ、彼女がチャレンジをしようとしているのに、ネットの世界じゃ彼女に対するバッシングばかり。 冷たすぎませんかね?

 世の中、間違っとる!(笑) がんばれ、小林麻耶! 私は、キミの味方である! 負けるな!

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2010年1月29日 (金)

「不毛地帯」 第13回 不毛だなあ…やっぱり

 「不毛地帯」 というドラマを見ていて感じるのは、登場人物たちが住んでいる世界が、やっぱり不毛地帯なんだな、ということです。 当たり前か。 題名通りじゃん(笑)。

 まあ、そんなことしていて、ホントに楽しいのかな?という感じ。
 それはドラマの内容自体がそうなんですけど、実は演じている役者サンレベルでも、演じていて楽しくないんじゃないか?と思うことがある。 壹岐を演じている唐沢寿明サンという役者サンは、そんなつまらない男を演じていても、それ自体を楽しんでしまう 「開き直り」 みたいなものを常に感じるんですが、それでもなかなかはじけてくれない壹岐に対して、唐沢サンのイライラみたいなものを感じたりします。

 だからこそ、モンスタータイプの里井副社長を演じている岸部一徳サンや、悪役であることに生きがいを感じている鮫島を演じている、遠藤憲一サンみたいなキャラが、特に面白かったりするんですけど。

 今回、そうしたトリッキーに笑わせてくれるキャラの出番が少なかったせいか、ごく正統派のドラマに立ち返ったような気がしましたが、やはりその流れで際立ってくるのが、みんなつまんなそうに演じている、という感覚でした。 まあ、私だけの感覚でしょうけどね。

 アメリカを離れる壹岐の送別会で、家政婦のハル江サン(吉行和子サン)は、最後まで壹岐に対するわだかまりを振り払えないまま、とても消化不良の残る別れ方。

 アメリカ近畿商事の壹岐の部下たちも、千代田とフォークとの提携が失敗しても、クライスラーやGM(なんて言い替えてましたっけ?)との合弁を推し進めたい、などと言っていましたが、どうも商社マンの熱い情熱みたいなものが、感じられない。 ホントにこの人たち、好きでこの仕事やってるのかな?なんて、見えてしまいました。

 小雪サンにしても、壹岐に対して、どうも煮えきらなくて、中途半端な自分の位置に、イライラしているような印象が常にある。 あーもー、モヤモヤするーっ(笑)。

 壹岐の息子にしても、どうしてそこまで父親に対して中途半端に反抗しているのか、見ていて今度はこっちがイライラする。 潔癖過ぎて、やんなるんですよ。
 「母さんの位牌のある場所で、ナニ女とイチャイチャしてるんだ」 って、そりゃ分るんですけど、同じ男ならば、男としての生理を理解すべきじゃないですか。 ここらへん、女の目から見た父と息子の関係だな、という気が強くします。 原作も脚本も、ともに女性ですもんね。

 静養を余儀なくされた里井副社長に代わって、専務に昇格した、壹岐正。
 その取締役選任の株主総会で 「どうしてソ連と通じている壹岐を専務になどするのか!」 という異議が叫ばれ、議場は混乱するのですが、その異議自体があまりにもお門違いで、お話にもならない。 イメージダウンを狙うのなら、もっと信憑性のある話を持ち出すべきだし、この壹岐つぶしの策略の黒幕が誰なのか、というところまで、ドラマで切り込むべきじゃないんですかね。
 橋爪功サンとのやりとりで 「私がスパイだなんて…」 と笑い話にする程度で済ませているところに、話の古臭さがある気がします。

 いったんはフォークとの交渉に勝利した鮫島サンも、この壹岐の専務昇進という話を聞かされ、常務止まりの自分の地位を悔しがっている。 意外なところで、鮫島サンが極度の恐妻家であることが判明して、これはこれで、大いに笑いましたけど。

 里井副社長も、ぶっ倒れる寸前まで、「壹岐に社長の座を明け渡してたまるかぁぁ~っ!」 という執念で生きている。

 みんな、楽しいんですかね、生きてて。

 でもちょっと、考えてしまうんですけど。

 仕事の成果が、その人の人生自体の成果であった時代が、確かにあったと思うんですよ。
 それについて否定的な考えが、今の世の中じゃ大勢ですけど、ホントにそうなんですかね。
 家庭を顧みず家族を破壊してまでも、仕事仕事で忙しくしている人間は、確かに褒められたものじゃないかもしれない。 和久井映見サンの演じた壹岐の奥サンも幸せじゃなかったろうし、里井副社長の妻を演じた江波杏子サンも、「社長の座なんかより、夫が元気なことのほうが大切」 と切実に訴えるのが、普通でしょう。
 けれども、みんな、家庭を守るために、身を粉にして働いてきたんじゃないですかね?
 それを否定的な視点から描いているから、このドラマの登場人物が、生き生きしていないように見えるんじゃないでしょうか。 否定的に仕事人間を描くことがこの話の主題である以上、仕方のないことだとは、思うんですが。

 結構キツイことを書いてしまいました。 この嚥下不良感がドラマの目的であるならば、とても成功しているとは、思うんですが。

当ブログ 「不毛地帯」 に関する記事
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-6a81.html
第1回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/1-05a5.html
第2回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/2-w-070f.html
第3回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/3-4bae.html
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/4-9755.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/5-abb7.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/6-d4bd.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/7-8677.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/8-4f4a.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/9-cdc5.html
第10回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/10-183b.html
第11回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/11-0587.html
第12回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/12-68a7.html
第13回 (当記事)
第14回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/14-4fa8.html
第15回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/15-d4df.html
第16回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/16-3ac8.html
第17回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/17-2-6e30.html
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-b645.html
第18回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/18-5177.html
第19回(最終回) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-7b99.html

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2010年1月28日 (木)

「とめはねっ!鈴里高校書道部」 第4回 若いっていいっスね

 もともと柔道部のエース格だった望月結希(朝倉あきチャン)、インターハイと国体のために柔道部の活動に専念せざるを得ない状況なんですが、彼女の書道にかける意気込みは、これまた柔道と同じくらいにすごくて。

 鈴里高校の書道部員、特にブチョーとダルタニアン、じゃなかった(笑)、池松壮亮クンは、なんとか彼女を柔道に専念させようとするのですが、本当は断腸の思いであきチャンを柔道部に送りだしている。 あきチャンはあきチャンでそのみんなの気持ちを知りながらも、それでもなお、柔道と書道を両立させようと決意する。
 ここらへんの若い気持ちのぶつかり合いが、今回の 「とめはねっ!」 のメインテーマ。

 フツーに考えれば、国体やオリンピックなどというレベルで推移している望月のやるべきことは、柔道しかあり得ない気がします。
 だけどそれは、大人の損得勘定、という理論なんですよ、結局。
 得意分野のほうに打ち込まなければ、もったいないとか、後悔するとか。

 例えばその時期や年齢にしか最高の力を出せないスポーツならば、それもむべなるかな、と思えたりもします。
 だけども、望月にとっては、自分が好きなこと、打ち込めることを、わざわざ回避する、という気持ち自体がそもそもない。

 若いからこそ、自分の気持ちに素直でいいんじゃないか。
 欲得抜きで、今回ドラマでダルタニアン(違うって)も言ってましたけど、「まっすぐな気持ちで輝ける」 ことに、いちばんの価値を求めて、いいんじゃないか。

 このドラマが江ノ島とかを舞台にしているせいか、個人的には、昔よく見ていた青春ドラマのことを、懐かしく思い出したりします。
 今回の、鈴里高校の部員たちひとりひとりの気持ちのぶつかり合いは、まさしくその、昔の青春ドラマのノリ。
 池松クンが 「彼女がいたからここまでやってこれたんです。 できることなら望月サンと一緒に書道甲子園のパフォーマンス部門に出場したい」 という、あきチャンへの思いをぶちまけるシーンには、図らずもその若い気持ちに、オッサンもウルウルしてしまいました。 書道部員の赤井英和サンの娘も、泣いてました(笑)。 彼女の泣きかた、シロートっぽくてよかったな~(笑)。 ホントに泣いてるみたいでしたよ。

 どおーもしかし、池松壮亮クンを見ていると、ダルタニアンの顔がちらついて仕方ないんですけど(笑)。 よーく似てますよね、池松クンとダルタニアンの顔(笑)。

 その彼が、イケメンの勅使河原クンに 「望月サンが好きになっちゃった。 コクっていい?」 などとサワヤカーに(笑)言われちゃって、「ぼ、僕と彼女は何でもありませんから」 と言ってしまうのも、これこそが青春ドラマの王道(笑)とも言うべきありがちな展開。 だったですけど、これでいいんですよ。 青春とは(笑)。

 それにしても、主要人物がそれほどの美男美女でもないのに(失礼)、回を追うごとにどんどん彼らの顔が、キラキラと輝いてくるような印象がある。
 それは、顔の良し悪しにこだわっていてはけっして表現することのできない、若いその瞬間を一生懸命生きている彼らの姿勢が、そうさせているのだと思うんです。

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「曲げられない女」 第3回 死にゆく人のリアリティ

 このところドラマの 「リアリティ」 のありかたに、ヤケにこだわっているような私なんですが。

 菅野美穂チャンのもとに、新潟の母親(朝加真由美サン)がまた倒れた、という報せが来てから、永作博美チャンは新潟の同窓会のはがきを受け取り、谷原章介サンは新潟に用事が出来る。 レギュラーメンバー、新潟に都合よく集合。
 ここらへん、あまりに出来過ぎた展開で、かえってそのワザトラシさを逆手に取って正当化しているような、のっけから開き直りの権化みたいなお話で(笑)。
 「曲げられない女」 の強引な語り口は、さすがに第3回ともなるとこちらも慣れてきたのか、そうしなきゃ面白くならないだろうとこちらが勝手に納得してしまうのか、ともかく気にならなくなっている自分がいます(笑)。

 それでも、今回のお母さんが亡くなってしまう話は、それ以上にあり得ない展開の連続だったんですが(笑)。 あ、ネタバレです、っていつもの通りなんですけど(笑)。

 なにしろ、そのあり得なさときたら。
 病院から外に出たら今度こそ死にます、と言われているのに、朝加サンは何度もゴーインに退院しようとするし、医者からさんざん怒られているくせに、美穂チャンと永作チャンと谷原サンは協力して朝加サンを病院から脱出させるし、その際谷原サンは看護婦にキスしちゃうし(笑)、そしていざ教室の前まで来ておきながら、美穂チャンが結局母親の代わりに教壇に立っちゃうし(教室の前で大声で母親を怒鳴っているのに誰も生徒たちが出てこないし)(笑)、しかも教壇に立った美穂チャンの話はシッチャカメッチャカだし(笑)、そのあげくもう助かりません、ということになって、お母さんが最後に話をしようとしたのが、実の娘じゃなくて永作チャンと谷原サンだし。

 なんか、すべてがすべて、あり得なさ過ぎの連続だった気がするのですが。

 私が見ていて感じたのは、そのあり得ない展開に白けてしまうことよりも、朝加サンの演じた母親の、死を目前にした人の持つリアリティでした。
 そしてもうひとつは、たったひとりの肉親を亡くしてしまったあとの、美穂チャンのえも知れぬ喪失感、というリアリティでした。

 これは、身近な人を失った人でないと、感じることのできないリアリティかもしれないです。 もしくは、私が身近な人をそのような形で失ってきた経験のためから、そう感じるだけなのかもしれないです。

 朝加サンは、病院にいなければ死ぬ、と言われているのに、教師として生徒たちに最期の言葉を贈りたい、という一心で、病院を抜け出そうと抵抗しまくる。
 ここで、病状が悪すぎるだろとか、死にたいのかとか、完全にムチャをしているようにしか、見ている側には映らないんですが、実はこれが、死にゆく人のある種の特徴のような気が、私にはするのです。

 死に近づいている人は、まるで体が前に倒れていくように、どうしようもない不可抗力のような、ある種の力に押されるような、そんな感覚で死んでいくような気が、私にはします。
 なんとなく、まわり中に、自分が死ぬんだ、というオーラを発散させながら死んでいく、というか。
 とても簡単には抗えない、不思議な力がはたらいているような感覚、とでも申しますか。
 その力を、人は死神、なんて呼ぶのかもしれないです。

 今回 「曲げられない女」 で朝加サンが演じた死にゆく母親には、まさにその、死神に魅入られたようなリアリティを、私はとても感じました。
 朝加サンの演技、凄かったなー。

 もうひとつ、私が感じたリアリティは、菅野美穂チャンが、亡くなってしまった母親のケータイに、ふと電話をしてしまう、というところ。
 あーちょっと、私今書きながら、ちょっとまたウルウルきてしまいました。
 これって、ケータイの普及した現代においては、とてつもないリアリティじゃないですかね。
 「この電話は現在使われていません」 というアナウンスのあと、母親のケータイ番号を削除しようとして、思いとどまる美穂チャン。 その電話が、天国につながっていたら、どんなにかいいのに…。 イカン、また涙が出てきた(笑)。

 お葬式で、母親の飼い犬だったアトムが、飼い主のお棺にすがっている、というシーンも、なんか、泣けました~。
 母親も書いていた10年日記にはさまっていた、幼いころの美穂チャンが撮った、両親の写真。 ピンボケなのが、また泣けます。
 そして自分の10年日記に、「どうして死んだのよ、母さん……何のために生きてるか、分からなくなったよ、私……」 と書く美穂チャン。 ものすごい空虚、孤独感。
 ついでに、景気づけのはずの、いつものマイケルの曲ですが、これもジャクソン5時代の 「帰ってほしいの」。 軽快な曲なのに、「帰ってきてほしい」 という内容が、芸の細かいことをやってます。

 あり得ない展開ばかりだと思っていたのに、このお葬式からのたたみかけるような、美穂チャンを襲う巨大な喪失感は、確かに泣かせる展開ではありましたが、私にとってはそれ以上に、ちょっと怖すぎるほどのリアリティだったです。

 親子って、いくらウザったい時があっても、かけがえのないものなんですよね。 私は両親とも健在なのですが、将来のことを考えて、今回このドラマを見ながら、軽く恐怖してしまいました。

当ブログ 「曲げられない女」 に関する記事
第1回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-83d0.html
第2回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/2-5eb9.html
第3回 (当記事)
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/4-1d07.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/5-d241.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/6-88ef.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/7-3fa8.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/8-05a5.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/9-5d02.html
第10回(最終回) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/10-2386.html

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2010年1月27日 (水)

「君たちに明日はない」 第2回 ちゃんと最後まで見ての感想です

 1月25日当ブログ記事で、完全にこき下ろした 「君たちに明日はない」、第2回。
 その後 「そうでもないと思いました」 というコメントをいただいたので、ちゃんと最後まで見て記事を書き直そう、と思いまして。

 結果から申しますと、坂口憲二クンのリストラ請負人としての仕事は、最後まで誠実そのものでありました。
 ドラマとしての見ごたえも、実によく決まっていました。
 それだけに、田中美佐子サンへの 「唐突なキス」 は、ただただ残念に思えます。
 私がこの、「あーこのドラマはダメだ」 と見るのをやめた 「唐突なキス」 シーンのあと、坂口憲二クンは田中美佐子サンに思いっきりぶん殴られてました(当然と言えば当然)。
 さらに、4年前の彼の回想シーンで、麻生祐未サンに同じようなことをしていた経緯とか入っていましたが。

 やっぱり、坂口クンが田中サンに惹かれていくのに、いきなりキスっていうのは、理性が足りませんでしたと言うしか…。 どうもあそこだけ、浮いちゃっている気がしますです。

 その話はそれくらいにしまして。

 今回の話は、音楽事務所のふたりの敏腕プロデューサーのどちらかをリストラする、その決断を任される坂口クンの苦悩に焦点があったような気がします。 坂口クン、トイレでもどしたりとか、してました。 他人の人生を決めてしまう、ということのストレス、これは、たまったものではないとつくづく思いました。

 そのリストラされるうちのひとりは田中哲司サン扮する、正確にデータ分析しまくって会社の利益を考えまくっている 「氷の」 プロデューサー。
 もうひとりは中村育二サン扮する、歌い手たちに親身になって接している 「炎の」 プロデューサー。

 リストラするための面接においても、このふたりとも、実に論理が整然としていて、田中サンは冷静沈着、中村サンは型破り。 しかもどちらとも、結果的にはそれなりの業績を上げている。

 けれども、ここでふたりの論理をあまりにも 「ごもっとも」 過多にしてしまうと、「じゃあふたりとも辞めさせないのが、いちばんいいんじゃないか?」 という疑問が、どうしても持ちあがってきてしまう気がするのです。

 会社としては、田中サンという人間も、中村サンという人間も、いなければいけない人間のように、私には思えました。
 会社には、いろんな人間がいます。
 だから衝突することだってあります。
 けれども、その衝突が、会社のためになる衝突なら、やめさせる必要はないと私は思う。
 それがもし個人的な感情だけの衝突だったり、会社全体の士気にまでかかわってしまうほどの険悪な衝突ならば、どちらかひとりをやめさせるべきかもしれません。
 オーディションの場で田中サンと中村サンのふたりはケンカをしていましたが、私が見る限り、それは感情的ではありましたが、情熱ゆえのケンカ。 そのケンカを見てオーディションに来た人たちがぞろぞろ帰っていくとか、ほかの社員たちが露骨に嫌な顔をするとか、そんなケンカじゃなかった気がします。

 そしてこのドラマでは、田中サンが結局首を切られましたが、もしここで、中村サンを残した場合、中村サンは田中サンというストッパーがなくなって、増長する危険性がある。
 伊武雅刀社長のすべきことは、リストラ請負人にひとりの首切りをゆだねるなどという他人事のような方法よりも、田中サンと中村サンを互いに別グループとして切磋琢磨させる道を選ぶことのような気がしました。 だいたい、はじめのオーディションの場にふたりを同席させていること自体が、伊武社長の判断ミス、とも思える。 この回のいちばんの問題人物は、ひょっとして伊武社長だったかも?(笑)。

 小さな小さな小さな(笑)会社の経営をしている関係上、ちょっと社長に対して辛口のドラマ評となってしまいましたが(笑)、今回のリストラが、コストカットが目的でないので、別の見方ができてしまうという例を、ちょっと書いてみました。

 それにしても、坂口クンの田中美佐子サンへの思いは、酒場での友人とのやりとりを見ていても、ちょっといい加減なような気が、するんですけどねー。 いや、彼のリストラ請負人としての仕事の誠実ぶりと、比較してっていう話ですけれど。 どうでしょう。

当ブログ 「君たちに明日はない」 に関する記事
第1回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-f372.html
第2回(番外)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-d86b.html
第2回(当記事)
第3回なし
第4回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/4-bd21.html
第5回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/5-9c41.html
第6回(最終回)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/post-d0bd.html

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2010年1月26日 (火)

二子玉川はいま、メチャクチャでございます

 思いっきりローカルな話ですが、見たいテレビもございませんので、私の住んでいる街、二子玉川について書かせていただきます。

 東急自動車学校のそばを、さっき車で通ったんですが、白いシートが張られていてガク然。
 オカンに話したら、とっくに閉校してる、とのこと。
 いや、なくなるとは、小耳にははさんでいましたが、実際この目で見てしまうと、やはりショックです。
 なんたって、私が自動車免許をとったのが、この東急自動車学校だったんですからね。

 東急自動車学校は、自動車整備士の専門学校も併設されていた学校でした。 私が免許をとった20数年前からすでに、相当歴史の古い学校だった気がします。 40年以上前、私が物心ついた時から、あったような記憶があります。 今ネットで調べたんですが、1955年に大田区田園調布にて創業され、1968年に世田谷区上野毛に移転したとのこと。 やっぱり私の記憶は間違ってなかったみたいです。 それで、今度は多摩市に移転したとのこと。 完全になくなったわけではなかったんですね。

 それにしても、やはり自分が免許をとった自動車学校がなくなってしまうというのは、なんかさびしい気がします。
 この自動車学校の斜め隣り的な位置にあったのが、都立玉川高校。
 この高校も、おととしかな、閉校になってしまって。
 確かどこかの高校と、合併したと思うんですが、いま玉川高校のあった敷地は、校門付近が道路の拡幅かなんかで取り壊されてはいるものの、建物はそのまんま。 校庭は、日曜日とかに子供たちのサッカー場みたいな感じで提供されているみたいです。

 私、この玉川高校に、中学校の頃、新聞部で取材に行ったことがあるんですよ。
 たぶん中学校のほうから玉川高校に、あらかじめ連絡がいっていたと思うんですが、結構おぜん立てされたような取材で。
 教室とか、体育館とか、いろんなところを見せてもらったんですが、ホントに予定調和、という感じで。
 私は取材、なんて言うと、結構アグレッシブなイメージがあったので(笑)、意気込んで行ったわりには、スッゴイ拍子抜けでした(笑)。
 それでこの取材を記事にして顧問の先生に提出したんですが、またこれが、全くの無反応(笑)。
 いいのか悪いのか、それくらい言ってくれたっていいじゃないの!(笑)と思いながら、ああこれは、よーするにボツなんだ、と(笑)。
 で、すっかりそのことも忘れ去っていたわけですが(笑)、中学校を卒業する際に手渡された校誌に、私の玉川高校の記事が載っていたんですよ。
 驚きました。 すっかり忘れていたもんですから(笑)。 考えてみれば、これがワープロよりずっと先に、自分の文章が活字になった最初でしたかね。
 そして30年後、このよーな記事を書いとるわけです(笑)。

 その、自分が取材した高校がなくなってしまったのですから、これもエライ悲しかったです。

 わが街二子玉川とその近辺は、近年大再開発が進んで、完膚なきまでにその姿を変えつつあります。
 ここら一帯が東急財閥の手の中にある感じがしてならんのですが、ここまでグチャグチャにせんでもよかろう、という気がしてなりません。
 特に私の住んでいる地域から二子玉川に向かうと、最近じゃ道路がどうなっているのか、行くたびに変わってたりする。 どうやったらあっちに行けるんだ!とか、毎日のように通っていないと分からない。 …これはちょっと大げさですが(笑)。

 だいたいこんなにでかいマンションをバカバカ建てて、インフラのほうはどうなっとるのか、と言いたいですね。
 二子玉川は地理的にも交通が集中する要所なんですよ。
 それをまたわざわざ渋滞する原因を作らんでもよかろうものを。
 道路を広くすりゃ済む問題じゃない、と思うんですな。
 広くするなら、二子橋も、川崎の大山街道も、全部広くせにゃならんと思うんですよ。
 246だって、なんかずいぶん前に、玉川高島屋裏のラーメン屋あたりから入れるような道路を作っておきながら、たぶん相当無理な計画だったんでしょう、現在になっても封鎖されたまんまですし。

 こんな無粋な前世紀の遺物を残しながら、小手先だけの道路拡張なんかをしようとしている。 玉堤通りだってここに向かって常に集中している、246瀬田交差点から二子に流入してくる車両も相当ある、そんな現状を考えもせず。
 要するに、二子玉川自体がかなりいびつな街になるのは必至、という再開発なんですな。

 まあ、出来上がってみないことには分かりませんけどね、この不況でどんだけマンションに人が入るかも分かりませんし。

 それでも、二子玉川の古き良き昔を次々に破壊していることだけは、疑いようのない事実なのであります。 喝ーっっ!

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2010年1月25日 (月)

「君たちに明日はない」 許せるあり得なさ、許せないあり得なさ

おことわり この記事のあと、もう一度ちゃんと最後まで見て、記事を書き直しております。 どうぞ1月27日の項 「『君たちに明日はない』 第2回 ちゃんと最後まで見ての感想です」 も併せてお読みいただければ、幸いです。

 ああ~、ダメでした、宅間孝行サン脚本、NHK土曜ドラマ、「君たちに明日はない」。 第2回早々から、リタイアしてしまいました。
 1回目はなんとか見ること出来たんだけどなあ~。
 リストラ請負会社の坂口憲二クンが、リストラされる側の田中美佐子サンを食事に誘って、会社の極秘事項をべらべらしゃべり、口封じのために自分のおごりということにし、「お返ししなくちゃ」 という田中サンに、「お返しですか…お返しならば」、とエレベーターの中で、いきなりキス(!)。

 この時点で、このドラマを見るのはあきらめました。

 確かに男ならば、借りを作った女性に対して衝動的に手籠め(てごめ)にしてしまおうとか、思わないわけでもないです、正直なところ。

 だけど実際にそれをやってしまう男というのは、私に言わせれば、人間失格ですよ。 すくなくとも、ベロンベロンに酔っぱらいでもしなければ、こんなことは、出来るはずがありません。
 第1回を見ていた側としては、坂口クンはとても好感度のあるリストラ請負人だったのに、結局衝動を抑えられないただの(ピー)だったんですからね。

 ここで、同じあり得なさでも、どういうわけか見たいと思ってしまう日テレドラマ 「曲げられない女」 のあり得なさと、どう違うんだろう、と、ちょっと考えてしまいました。 どうして 「曲げられない女」 のあり得なさは許せるのに、「君たちに明日はない」 のあり得なさが許せないのか。

 つまり、状況的なあり得なさよりも、登場人物の性格的なあり得なさのほうが、見ている側(すくなくとも私)にとっては許せないんだ、と思うんです。

 例えば、登場人物が、どうしてそんな行動をとっちゃうのか?ということが、ドラマを見ているとよくあります。
 けれども、登場人物がその不可解な行動に至るまでの動機を、これでもかこれでもかというくらい丁寧に説明されると、見ている側が納得できる。
 それだけ、「唐突な行動」 というものには、慎重な理由付けが不可欠だと、私は考えます。

 ところが、「君たちに明日はない」 の坂口憲二クンには、その 「唐突なキス」 に至るまでの動機が、きわめて貧弱に思えます。

 坂口クンの役どころが年増好みとか(笑)、その年増の女性に逃げられた傷を引きずっているとか、田中美佐子サンが困っているお年寄りを助けたことを覚えていたとか、このドラマでは、坂口クンが 「唐突なキス」 をするまでの動機を、この程度しか説明していない。
 これでは到底、犯罪的行為を犯すまでの納得できる理由付けには、程遠いと思う。 キツイ言い方をさせていただきますが、甘いっスよ、すごく。

 こんなことを簡単にするから、坂口クンが演じている男の性格が、完全に破綻しているとしか思えなくなってしまうんです。

 逆に、「曲げられない女」 に出てくる谷原章介サンも、あり得ない度がものすごく高い。
 けれども谷原サンは、あり得ないなりに、あり得ない世界のリアリティにあふれている感じがする。 つまり、こういうなんにでも首を突っ込みたがる男が、頑なにまっすぐ過ぎてあり得なさ過ぎ女の菅野美穂チャンに対して、いかにも言いそうな言葉をガンガン言ってくる。 ここでの谷原サンに、性格的な破綻は、およそ見られないんです。

 私がこの坂口クンの 「唐突なキス」 ひとつだけでこのドラマを見るのをあきらめてしまった、というのは、本当はもったいないことなのかもしれません。
 けれども、こんな性的衝動を制御できない男の話など、見たくもないと思っちゃったんだから(笑)、どうしようもないってゆーか(笑)。

 残念ですが、ゴメンナサイ、であります。

当ブログ 「君たちに明日はない」 に関する記事
第1回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-f372.html
第2回(番外)(当記事)
第2回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/2-1c05.html
第3回なし
第4回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/4-bd21.html
第5回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/5-9c41.html
第6回(最終回)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/post-d0bd.html

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2010年1月24日 (日)

「龍馬伝」 第4回 佐那チャン、ツンデレ、してません?

 「龍馬伝」 第4回は、千葉道場の女剣士、千葉佐那(貫地谷しほりチャン)が登場。

 千葉道場にやってきた福山クンは、道場の衆目の中、きちんと挨拶をし、佐那と戦わされることになる。 結構この展開は、意外だったかな。
 このくらいの大きな道場ともなると、誰か入門のために来たとしても、みんなの稽古を中断することなんか、あり得るのだろうか?という感じがしたものですから。

 そしてのっけから、しほりチャンは福山龍馬をコテンパンにやっつけます。 土佐の武市道場でいっぱしの主席気取りだった福山クンは、女に負けたという屈辱を、痛いほど味わうわけですが。
 佐那チャンの試合ぶりは、相手に手出しをさせないほどの素早い回転で面を続けざまに打ちながら胴のあくのを見据え、、胴を決めていく戦法。
 要するに、相手をハナからかさにかかって威圧するのが目的の、格下相手の戦い方ですよね。
 福山クンは、相手と組みになった時にかろうじて押しのけることしかできない。
 こういうバカにされたような戦い方をされて負けるんですから、並の屈辱ではないことは、確かです。

 その佐那チャンが、やがては龍馬に惚れていくのはなんとなく分かっていたので、かたくな過ぎる貫地谷しほりチャンの演技が、またなんとも良かったりします。
 つまり、しほりチャンをずっと見てきている立場でものを言わせてもらうと、この佐那、という女性、しほりチャンに、とても類似している点があるのではないかと思われるわけです。
 私がしほりチャンに抱いているイメージは、失礼ながら、とても気難しい女性。
 その怖エー女(笑)が龍馬に惹かれていく過程を見るのは、とても興味深かったり、するのです。

 途中、千葉道場のチャイルドコース(笑)で太鼓を叩きながら指導する龍馬にそそのかされて、いっしょに女子供たちと稽古をしてしまうしほりチャン、とてもそれが、かわいいんですよ。 どうもツンデレの傾向ですね。
 その様子を感じとった千葉道場の主で佐那の父親、千葉定吉(里見浩太朗サン)が、自分の娘が女であることの限界を思い知らされ、「お前はもう坂本龍馬には勝てない」 と佐那に告げるのですが、ちょっとここは、いつ龍馬が佐那より強くなったんだ?という感じでした。
 確かに、千葉重太郎(渡辺いっけいサン)から直々に、豆の上での特訓とか、独自に稽古を重ねてきたのは分かるのですが。
 里見サンがしほりチャンの心の動きを敏感に感じ取った、ということであれば、やはり里見サン、タダモノではない(笑)。

 そして女に負けたという屈辱を胸に稽古を続けてきた龍馬が、「龍馬に勝てない」 と断言されて逆上した佐那チャンの申し合いに対して、どう反応するのか、と思ったら、「そのままのキミが、いちばん輝いているんだ!」。
 こここらへん、殺し合いよりも話し合い、という龍馬の、面目躍如、といった感じでした。

 それにしても、今回初登場した、桂小五郎サン。

 谷原章介サンが演じていたのですが、「曲げられない女」 の警察キャリアに負けず劣らずのブッ飛びキャラでした(笑)。 なんか、回線飛んでますよね、この人(笑)。
 江戸の大きさに驚く龍馬を一喝し、「サカトモクン!(龍馬 「サカモトです…」(笑))、世界は何千何万倍もでかい!」 と、その諸外国が日本に迫っている危機を力説するのですが、顔にはヒゲの落書きが…(笑)。 引き続いてピエール瀧サンのキャバクラ嬢(じゃないか)との野球拳(ちがうって)。 負けて瀧サンにつけられる、桂サンと同じヒゲの落書き。 この展開、笑いました~。

 そして、今回の 「弥太郎伝」 でございます。

 畑を耕そうとして肩を脱臼した蟹江のオヤジ殿、「あとは頼む」 と、相変わらずの無責任ぶりで、また笑えます。
 「このままじゃイカァーン!」 と、堂々始めた岩崎弥太郎塾。 講師も塾の子供らも、両方ともこの上ない汚さぶりで(笑)。
 そのあまりの汚さぶりに、三菱からはクレームが出る始末らしいですが、分かっとらんなー、三菱のお偉方サンも(笑)。
 いちばんこのドラマで、生き生きしてますよ、弥太郎サンは。 私はちっとも、ネガティブイメージで、見てないです。
 その絶望的状況であがいてあがいていることに、とても共感をもって、私はこのドラマでの岩崎弥太郎を見ています。

 その絶望だらけの塾の授業中、いきなり加尾(広末涼子チャン)がやってきて、「私に学問を教えてほしい」 と弥太郎に頼むんですよ。
 「これは、夢じゃ?」 ほっぺたをつねって飛びあがり、「日本の夜明けじゃあ~っ!」(「日本の」 は言わなかったか…笑)。 続いて、波が、ザッパーン。 ハラ、抱えました(笑)。 バンザーイ、バンザーイ。

 最後に、この弥太郎から自らの嫉妬心を見事に見透かされた、武市半平太(大森南朋サン)。
 この場面で流されたざわざわとしたBGMを聞いていると、「ハゲタカ」 の鷲津みたいな不気味さが大森サンのまわりに漂ってきます。 鷲津みたいに、すっかり変わり果てた姿で、福山龍馬の前に姿を現すのでしょうか。 怖いなあ~。

当ブログ 「龍馬伝」 に関する記事
♯01論点が、はっきりしちゅうhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/1-e718.html
♯02えらい天気雨じゃったのう(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/2-a44b.html
♯03食われっぱなしぜよ、福山サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/3-8e96.html
♯04佐那チャン、ツンデレ、してません?(当記事)
♯05アイデンティティの崩壊http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/5-d115.html
♯06本分をわきまえる、ということhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/6-766e.html
♯07父のこころ、子のこころhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/7-e1b3.html
♯08汚さに磨きがかかる(なんだソレ?)弥太郎殿http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/8-8680.html
♯09思想か、命かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/9-febd.html
♯10もっとなんとかできたはずhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/10-b847.html
♯11龍馬が担ぎ出される、その理由http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/11-ac67.html

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2010年1月23日 (土)

「A-Studio」 中山美穂サン 涙の理由って、なんなんだろう?

 「A-Studio」 1月22日ゲスト、中山美穂サン。
 復帰後の主演映画 「サヨナライツカ」  のプロモーションのためか、最近バラエティの露出が多い気がします。 ただそれをきちんと見てなかったので、この番組で、ホント、久々に彼女を見ました。

 この作品、美穂チャン(チャン、のほうが私なんかはしっくりくるかなー)の旦那サンである辻仁成サンの小説が原作で、2002年にいったん映画化が決まっていたらしいのですが中止になり、それを美穂チャン以外は全部スタッフ入れ替えで、今回映画化したらしい。
 なんとなく、美穂チャンの執念みたいなものを感じます。

 今回の 「A-Studio」 でも同じように、美穂チャンの話を聞いていて、彼女独特の 「人生に対する前向きなやる気」、みたいなものを感じ取りました。

 振り返れば、彼女の生き方で私が最初に 「自己主張」 している、と感じたのは、「ビー・バップ・ハイスクール」「毎度おさわがせします」 で顕著だったツッパリのイメージを、ずいぶん早い段階から否定する言動を重ねたことでした。
 このコは自分がそういうイメージで固まってしまうことを拒絶している、当時私はそう強く感じたものです。

 そして私が彼女の 「やる気」 を感じた次は、当時アイドル歌手としても成功していた彼女が、だんだん自分のしたいことを曲にしはじめている、そう感じた時でした。
 これは、私にとっては、ちょっとした驚きで。
 つまり当時彼女が所属していた、キングレコードという会社が、とても古い体質のように私には思えていたからで。
 キングレコードにいて、よくまあここまでスタイリッシュなことができるなあ、という驚きです。
 「ユア・マイ・オンリー・シャイニング・スター」 はまだ、どことなく垢ぬけていなかった気がしていましたが、「人魚姫」 あたりから、格段に洗練されていった。 「ローザ」 では、完全に時代の最先端を行っている気がしました。
 その彼女が、一番やりたいと思っていたのではないかと思えた曲が、「世界中の誰よりきっと」 でした。 これはヒットしましたねー。
 当時私は、ほかのどのアイドル歌手よりも、美穂チャンの出すシングル盤に注目していたものです。

 その彼女が、いきなり辻サンと結婚して、フランスに行ってしまったことは、実に残念に思ったものです。
 特にその前年だったか、「ラヴ・ストーリー」 というドラマで豊川悦司サンと共演した彼女が、とてもいい女に変身していたのを見ていたので、クソー辻のヤロウ(笑)という目で見ていたことは、否めません(笑)。

 つまり、彼女のやっていることを見ていると、最初に書いたように、常に 「自分のやりたいことに対してとても積極的な女性」 というイメージが、ついて回っている気がするんですよ。

 ただ、それにはやはり、多大なる精神的負担が、やはりあったようです。

 今回番組のなかでも、いきなりフランスに行って、思うようにフランス人に言い返すことができない苛立ちがあったり、出産の時もいちいち必要になりそうな言葉を覚えて臨んだり(笑)、人に自分の気持ちを伝えられないつらさ、というものを吐露していた気がします。
 それって、彼女みたいな、自分を表現する芸能活動をしてきた身にとっては、こちらが考える以上のつらさがあったんじゃないでしょうか。

 だからこそ、夫の辻サンの優しさが、心にしみる。 鶴瓶サンが辻サンの美穂チャンへのいたわりの言葉を話しているのを聞いて、美穂チャンはこみあげてくるものを押さえきれない様子でした。 あーあ、鶴瓶サン、泣かせちゃったよ(笑)。
 クソ~しかし、いい夫婦じゃねえか(失礼…笑)。

 この美穂チャンの涙には、ちょっとした前触れがあって。

 美穂チャンの父親代わりだった、白土サンという、若くして亡くなってしまった伯父さんがいたのですが、鶴瓶サンがその人の話をしている途中から、みるみる美穂チャンの目が潤んできて。
 父親がいない子どもだった美穂チャンに手を上げることも厭わず、とても親身にしてくれた伯父さんだったようです。
 そして、辻サンが書いていた小説の話が、父親がいない子供の話で。
 それを美穂チャンに見せたら、父親のいない子供はこんなことは思わないとか、赤ペンでチェックを入れまくられたらしいです。
 それに対するご主人の感謝の気持ちを鶴瓶サンから聞いたものだから、美穂チャンは舞台裏で、泣いてしまったわけです。

 クソ~、いい夫婦じゃないのっ!(笑)

 「こういうような、自分が直感で決められる…っていうとちょっと生意気ですけど、やるべきことは、自然にやっていくことを選ぶと思うので…そういう流れでいたいなあと思います」
 「自分の人生のこととか家庭のこととかを、いま画面見て、あ、テレビで流されてるんだと思うとなんか、やっと、というか、あらためて、あ、そうか、私はこういう世界の中の人なんだと、きちんともっと自覚しなくちゃいけないって思いました」

 この美穂チャンの涙を見ていて、テンパって生き過ぎてるんじゃないかと思いましたが、旦那サンがいるからこそ、がんばってこれたのでしょう。
 一生懸命、生きている女性、って感じが、ますますしました。 と同時に、結婚してフランスに行ってしまった彼女に関する何年間かの空白が、これを見て一気に埋まった気がしてます。

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2010年1月22日 (金)

「不毛地帯」 第12回 鮫島サン、久々にやってくれました

 メインのストーリーが古臭いために、必然的に怪人大集合ドラマになってしまっている、「不毛地帯」 ですが。

 千代田自動車とフォークの合資会社設立のために来日したフォークの調査団のひとりが行方不明、なんて話を聞いた途端、彼らが何をしようとしているのかが、見ている側に分かってしまう。
 しかもフォークの調査員のひとりであるガイジンが、本当は日本語分かってるんじゃないのか?というのも、八束(山崎樹範サン)がまるっきり現場の声を逆にしまくって通訳している段階で、分かっちゃうんですよ。
 そして、料亭で芸者を呼んでどんちゃん騒ぎしようとする接待方法の、なんと古臭いことか。
 や、もともと里井副社長(岸部一徳サン)が中心になってこの話を進めている時点で既に、この交渉のうまくいかないことは自明なんですが(笑)。

 ここらへんの近畿商事、というか里井副社長のありかたを見ていて感じるのは、いかにも前近代的な日本企業の姿です。 いかにも詰めが甘い。 まあ、壹岐(唐沢寿明サン)への里井サンの尋常ならざる遺恨が、ドラマではことさら強調されていて、壹岐の言うこと聞こうともしないっていうのが、主な原因ではあるんですがね。

 このドラマを見ていて先が読めてしまうのは、外資が日本を席巻した後の現代の常識が、見ている側に備わってしまっているからなのではないか、と個人的には思います。
 もし2、30年前くらいにこのドラマを見ていたら、里井サンの進め方こそ王道で、壹岐の言うことが多少ウザったく聞こえ、病をおして職務を全うしようとする里井サンの浪花節根性に、共感を持ってドラマを見ることができたかもしれません。

 と、堅苦しい話はこのくらいにして。

 久々に、鮫島サン(遠藤憲一サン)の出番が多くて、鮫島ファンの私としては、よかったです。 岸部サンも、先週のエイリアンぶりが鳴りをひそめましたし(笑)、ドラマ的には、結構堅実な作りに戻った気がしました。

 壹岐と酒場でばったり会った鮫島サン、まだ息子と壹岐の娘との結婚を認めたわけじゃないとか、なんかこのドラマで描写されていなかった両家の結婚式を想像させるようなことを、申しておりました。
 それはそれとして、この酒場でのふたりの会話が、腹の探り合いウソのつき合いで、実に面白かった。 よくまあここまで互いに、ウソがつけるよなあ、って感じで(笑)。

 案の定鮫島サンは、フォークと接触していたわけですが、彼の英語がスッゴイ和製イングリッシュで(笑)。 笑いました。 アレは、絶対意図的ですよね(笑)。
 いや、このドラマでは里井副社長もそうですが、皆さん英語を、よくじゃべっていらっしゃる。
 当時の商社における英語がどれだけ必須項目だったかは存じませんが、何となく不自然な気が、しないでもないです。
 そこでの鮫島サンの、いかにも取ってつけたような英語は、ヤケにリアルだったんじゃないでしょうか。

 どうも感情移入できない壹岐に比べて、鮫島サンの存在は貴重。
 壹岐と千里の恋の行方とか、ちっとも興味がわいてきませんからね。 かえってハル江サン(吉行和子サン)からそれとない波状攻撃を受けて、頭をポリポリ掻いている壹岐が、面白かったりする。
 壹岐も、菅野美穂チャン(「曲げられない女」)みたいに、大爆発しないかなー(笑)。

当ブログ 「不毛地帯」 に関する記事
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-6a81.html
第1回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/1-05a5.html
第2回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/2-w-070f.html
第3回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/3-4bae.html
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/4-9755.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/5-abb7.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/6-d4bd.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/7-8677.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/8-4f4a.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/9-cdc5.html
第10回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/10-183b.html
第11回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/11-0587.html
第12回 (当記事)
第13回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/13-2599.html
第14回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/14-4fa8.html
第15回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/15-d4df.html
第16回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/16-3ac8.html
第17回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/17-2-6e30.html
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-b645.html
第18回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/18-5177.html
第19回(最終回) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-7b99.html

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2010年1月21日 (木)

「とめはねっ!鈴里高校書道部」 第3回 好きこそものの…

 あまり難しいことは考えずに見ている、NHK木曜ドラマ 「とめはねっ!」 であります。

 主人公の望月結希(朝倉あきチャン)の鈴里高校を、ヤケにライバル視している鵠沼学園なんですが、実力の差がありすぎて相手にする必要もないのではないかとか、…あまり考えないようにしております(笑)。 1回目見てなかったんで、事情がよく分かってない(笑)。
 どうも両校の書道部部長が、互いに双子らしいことが、その原因なのかなーとか。

 ボクシングの赤井英和サンの娘サンが出ている、とも聞いて、今回はじっくり見てみたんですけど。
 長身で、うーん、なかなか美人じゃないですか。 どことなく、若かりし頃の秋野暢子サンを彷彿とさせる気がします。 プロポーションもいいし。
 って、今回その鈴里高校と鵠沼学園の女の子たちの、水着姿がちょろっと出てきたんですよ。 みんなスタイルいいぞ(笑)。 もっとちゃんと見せろ(失礼)。 まあ、あんまり見せるとNHKじゃなくなっちゃうか。 ヒロインの望月結希だけ、ウェットスーツだし(笑)。 なんだよソレ(失礼)。 ガードが堅いなあ、NHK(笑)。
 どうも去年の夏ごろ、集中撮影したらしいです。
 みんな半袖だし、どうしてこの真冬に夏のドラマをやっているのか?ということは、まあ深く考えないように。

 その書道部の夏の合宿で、その鈴里高校と鵠沼学園が、書道甲子園という、文字通り高校生が書道の日本一を競うという大会に出場できるかどうかが、今回のテーマだったのですが。

 書の大家役の高橋英樹サンから望月たちに出された、「太い線を書け」「細い線を書け」「丸をなるべく細い線で書け」 という課題のそれぞれの意味とか、結構見ていて面白い。
 これをすることによって太い線を書くには筆を寝かせ、細い線を書くには筆を立てるというテクニックが学べ、同時に書くときの姿勢や格好なども自然と決まってくる、という、書道に関する知的好奇心を満たしてくれるのが、なんと言ってもこのドラマのキモかと。
 「JIN」 で、江戸時代に現代の治療方法を運び込むことで、現代治療の分かりやすい知識が学べた、というのと、構造が一緒のような気がします。

 そして最後の課題に、「筆で三角形を作る」。

 言葉では説明しにくいのですが、「一」 という字を書く要領で、最初は太く、だんだんと細く書き、横倒しにした長細い二等辺三角形みたいな形を、ひと筆で書く、ということです。
 この練習をすることで、書における、文字の 「はねる」 部分の書きかたが、うまくなるらしいのです。

 そして思い悩む主人公たちに、高橋サンは 「好きこそものの上手なれ、無心で、面白がればいいんじゃ」 と諭すのですが。

 それこそが若さの特権ですよね。
 好きなものに向かっていく一生懸命な気持ち。 好きだからこそ、どんな困難にも負けずに続けていくことができる。

 その若かった気持ちのまま、人生を送れたら、どんなにつらくとも、幸せなんでしょうね。
 「面白がればいい」。

 「たとえ恵まれていようと、自分を殺して生きたくはない」、昨日見た 「曲げられない女」 の菅野美穂チャンも、同じようなことを言ってました。

 今、世の中は本当の不景気になっている気がします。
 バブル崩壊後から不景気は、ずーっと続いているんですがね。
 でも戦後最長の景気拡大と結果的には言われていた通り、今の不景気に比べれば、つい数年前までの不景気は、不景気の部類に入っていなかったんじゃないでしょうか。
 そんな中でますます、だれもが自分にウソをつきながら生きざるを得なくなってきている。
 だからこそ、菅野美穂チャンとか、鈴里高校の書道部員みたいな、まっすぐな気持ちがあらためてドラマで叫ばれ始めている、そんな気がするのです。

 難しいことは考えてないと言いながら、考えちゃいました(笑)。

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「曲げられない女」 第2回 悪夢は繰り返す?

 笑わせるパターンとしては、第1回目を踏襲しているのですが、状況的には確実に悪くなりつつある、「曲げられない女」、菅野美穂チャン。 なんかこの、笑わせながらも不幸のスパイラルに巻き込まれそうな展開が、見ていて怖いような気もしてきました。

 なにしろ、正義感だけではメシは食えないんだ、というこの世のカラクリを暴きだすために、このような主人公の極端なキャラ設定をしている。
 まあこれは、遊川和彦サン(脚本)の常套手段なんですが。

 第2回冒頭、前回プロポーズを断ってその仲がぎくしゃくするかと思われた塚本高史クンと、今後もパートナーとしてやっていこうということになり、やれやれと思った矢先、塚本クンの同級生が泣きついてきた不当解雇の案件が、勤めている法律事務所のボス(西岡徳馬サン)の案件と対立しているものどうしだと分かって。

 美穂チャンが調べてみると、どうもその案件、会社側の不正が裏に潜んでいるらしくて。

 つまりまあ、解雇された塚本クンの同級生のほうが、正しいっていうわけです。
 ここで友達のほうを弁護すれば、その会社側につこうとしている西岡徳馬サンと、対立することになる。 ボスの西岡サンは当然、友達の弁護を断れと、塚本クンと美穂チャンに言ってくる。
 けれども美穂チャンは、「曲げられない女」 ですので(笑)。 どういう展開になるかは、だいたい分かるわけです。

 ここで、先の読める展開を、どうやって見せていくかが、遊川サンの腕の見せどころでした。 いやー、凄かったですよ。 西岡サンのほうにも、大人の事情というものがあることを、きちんと描き切っていた気がします。
 つまり、弁護士というのは、悪い人間も、弁護しなけりゃいけない場合があるんだと。
 ここで正義を振りかざすのは、よーするに甘チャンだ、青臭い、大人になれ、ということなんですよ。
 いくら美穂チャンが、子供のころのトラウマを持ち出しても、そんなものは単なる感傷でしかないじゃないですか、大人の世界からすれば。
 そのトラウマをどのように乗り越えるのか。
 それはこのけがれた世の中では、まっすぐな姿勢では、極めて解決できにくくなっている。 どこかで自分の良心を曲げて、ごまかさなければ、生きていけないんですよ。

 案の定、西岡サンと美穂チャンの話は決裂。
 「曲げられない女」 の本領発揮であります(笑)。

 美穂チャンの話は、あくまで正論なわけだから、西岡サンは、自分の身のけがれをいやがおうでも思い知らされることになる。 それは、それまでの自分の生き方を、完全否定されているのと一緒ですから、その会議室を決然と出ていく美穂チャンに向かって、西岡サンは怒鳴り散らし、当たり散らすしか、ないわけです。 ここらへん、ヤケに 「そう生きざるを得ない大人」 のリアリティが出ていた気がしました。

 谷原章介サンと、永作博美サンは、相変わらずのあり得なさぶりなんですが(笑)、あり得ないなりに、無理やり美穂チャンの人生の扉をこじ開け入ってくる小気味よさなんかも、ちょっと感じてきました。 ドラマなんだから、あり得ないことがあっていい、そんなゴーインさが(笑)、遊川サンの持ち味でもありますし。

 この谷原サンが、結構脚本家の問題提起を代弁しているところがある。 つまり物語を進行させる、ガイド役、というか、道化師役、というか、そういうイタズラ悪魔風な役割を担っている。
 「幸せじゃないヤツが他人の幸せを実現できるわけがない」、という谷原サンの理論は、冷静に考えると、そーかなあ?(笑)、というところもあるけど、ガーッとまくし立てられると、ミョーな説得力が出てくるから不思議(笑)。

 そして、番組終盤には、2回目にして早くもお約束の 「美穂チャンブチ切れ」(笑)。
 これも、抑えて抑えてきたものが爆発する、という、なんか 「遠山の金さん」 に似たような快感を覚えます。
 「自分を殺すっていうのは、自殺って書くのよっ! あたしはそんなの絶対イヤっ!!」
 これも、あとから考えると、結構それとこれとは…という気もするのですが(笑)、ガーッとまくし立てられると、ミョーな説得力があるから以下同文(笑)。

 ところが、ドラマとしてはちゃんとフロシキをたたんでいる感じなのに、冷静になって振り返ってみると、美穂チャンを取り巻く状況は、どんどん悪くなっている。
 ボスとのケンカで事務所は解雇、あ、いや、「正確に言うと」(笑)自分から辞め、母親(朝加真由美サン…はぁ~、時の流れを感じます…)の具合が、また悪くなったらしい。

 まあ見ていて、「解雇」 というのが、そんな、通知されてすぐに辞めさせられ、なんてことはないんだがなあーとか(確か30日くらいの猶予期間があるはずです)、法律事務所のわりには法律守ってないじゃんとか(笑)、突っ込みどころはありますけど。

 でもいちばん突っ込まなきゃいけないのは、谷原サンの存在自体…それを言っちゃあおしまいかぁ~(笑)。

当ブログ 「曲げられない女」 に関する記事
第1回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-83d0.html
第2回 (当記事)
第3回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/3-a3aa.html
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/4-1d07.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/5-d241.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/6-88ef.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/7-3fa8.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/8-05a5.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/9-5d02.html
第10回(最終回) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/10-2386.html

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2010年1月20日 (水)

「ある愛の詩」 エリック・シーガル氏死去

 古い映画の話をしますが、ちょこっと、ネタバレします(笑)。

 「ある愛の詩」(1970年映画) の原作者である、エリック・シーガル氏が、1月17日、ロンドンの自宅で心臓発作のため亡くなったそうです。 72歳。

 ワタシ的には、「ある愛の詩」 もそうなんですが、ビートルズの映画 「イエロー・サブマリン」(1968年) の脚本家のひとり、という感覚でした。 確かこのアニメ映画、2、3人の共同執筆だったと思うんですが、なんと言ってもこの仕事のあと 「ある愛の詩」 で大ブレークしたこともあって、結果的にこの人しか覚えとりません。

 まあ、年代的には逆なんですけどね、「ある愛の詩」 のほうが、私、先に知った口で。

 確か日テレだったか、この映画は山口百恵チャンと三浦友和サンの吹き替えで放送されたことがあって。 それが、見た最初かな。
 それ以前からこの映画のテーマ曲は、たぶんエラく流行ったんでしょう、うちにも数種類のレコードがありまして。 予備知識が豊富にあったから、ヒロインのアリ・マクグロウの容貌もよく知っていたんですが、なんと言っても、百恵チャンが吹き替えでしたからね。 オカンにもバアチャンにも、アリ・マクグロウサンの評判が、とても悪かった(笑)。 「百恵チャンが声やってた女優は、顔が悪い」 だの(笑)。

 だけどそのとき私は、まったく気にならなかった。 子供心に、「昔の人たちって、主役の人が美女美男子でないと許せないんだ」、そう強く感じた覚えがあります。

 それにしても、このゴールデンコンビによる吹き替えと、「赤い疑惑」 と、どっちが先だったかなー。
 主人公の女性が白血病で死んでしまうという設定が、一緒なんですよ。 あっ、ネタバレです(笑)。

 その吹き替え版を見てからほどなくして、「イエロー・サブマリン」 にシーガル氏が一枚絡んでいることを知りました。 通り一遍のアニメーションではなく、芸術の域まで達している、というのが、このアニメ映画の凄かったところで。
 特に 「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ」 の色彩ぶちまけ感覚には、中学のガキンチョは多大なるショックを受けました。 蛇足ですが、この曲のモデルだったルーシーサンも、亡くなったんですよね、何ヵ月か前。
 このアニメ映画も、「愛」 がテーマでした。

 その流れで、エリック・シーガルと言えばヒッピームーブメントに影響されたような、愛の礼讃みたいなテーマのものを書く人、というイメージは持っていました。
 このところこればっかりですが、謹んで、ご冥福をお祈りいたしたいと思います。

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「レット・イット・ビー…ネイキッド」 における 「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」

 2003年に発表された 「レット・イット・ビー…ネイキッド」。
 当時から賛否両論が巻き起こった、ビートルズ音楽の再構築だったが、発売から6年たった現在、このアルバムの評価は、オリジナル盤リマスターの波の中に、立ち消えてしまっているように思える。

 特に日本で再評価の機運が高まらないのは、このアルバムがCCCDで発売されたことが大きいような気もするが、私もほぼ同時に買ったアナログ盤のほうが、音圧があっていい音のように思えた。 思える、っていうレベルですが(笑)。 好みの問題で言えば、アナログ盤のほうが好き。

 それにしてもCCCD、あれも今にして思えば、ふざけた話だった気がする。
 再生できない機材があります、再生できなくても返品はできません、お客様の責任でどうぞお買いになってください、っていう理屈。
 不良品売りつけといて、文句を言ったらここに書いてあるでしょ、あんたのせいでしょ、って(笑)。 そのあげく、音が悪いっていうんじゃ、お話にならない。

 しかもこの商品、規格が悪すぎるというか。

 本編の演奏時間が、だいたい35分。
 これだけでも、あっという間だなあ…という感じなのに、おまけで付いてくる 「貴重な」 ドキュメンタリーCDが10分くらいだったか、これがまた、どーでもいいような内容で(笑)。 別に添付されたブックレットに内容だけ書いててもいいくらいの感じだった。 どうせなら、映画でもちゃんと演奏されていた 「ミス・アン」 とか、オープニングのポールのピアノの全編とか、「ディグ・イット」 の全編とか、いくらでやりようがあるだろうという気がして仕方なかったし。

 そのどーでいいオマケがついているばっかりに、値段が2800円。 CDは仕方がないとして(なくないけど)、アナログ盤なんかアータ(失礼)、3670円ですよ。 オマケのヤツなんか、シングル盤仕様だし。 LP2枚分の値段でしょーが。 はぁ?を10回くらい言いたくなる。
 しかも、このアナログ盤、ブックレットから何からCDと全く中身が同じで、ただ大きくて字が読みやすい、大きいことはいいことだ、だけのパッケージング。 アートワークも、あんまりよくないし。
 あーなんか、愚痴っぽいオヤジみたいになってきた(笑)。 止まらない(笑)。

 そして肝心の、中身のほうなのだが。

 演奏のいい箇所ばかりを取りだしたせいで、正直なところ、確かに中身はとてもいい。
 そのうえ、オリジナルでフィル・スペクターが継ぎ足した部分をすべて削ぎ取っているため、ロック感、ドライヴ感が増幅されて、タイトな演奏を堪能できる。 これが解散寸前のバンドか?とも思うけど、まあイイトコのつぎはぎですから(笑)。 当然と言えば当然なわけで。

 このアルバムでいちばんオリジナルと違う出来だったのが、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」。
 この曲をめぐるエピソードは、いまさら語る必要もないほどなので省略するが、ポールがフィルのアレンジに激怒した、とかいうわりには、解散後、さまざまな形でポールによって演奏されたこの曲のアレンジで、これはドンピシャだ!と思うものがないのは興味深い。

 この曲のアレンジでキモとなる部分は、「ザローングアーンワイディーンロー」、と歌ったところで入ってくる、ジャッジャー、ジャッジャーというバックの音だろう。
 この音を表現する手段としていちばん合っているのは、ポールがライヴや 「ヤァ!ブロードストリート」 でリメイクしたような、ブラスセクションによる音でもなく、この 「ネイキッド」 で展開されるようなバンドの音でもなく、やはりフィルの挿入したオーケストレーションだと個人的には思う。 ただ、やはりちょっと大げさにすぎるけど。

 間奏ではその大げさオーケストレーションが女性コーラスも入ってますます大盛り上がり大会になっていくのだが(笑)、いっぽうの、「ネイキッド」 でのビリー・プレストンのキーボードも、なかなか捨てがたい。

 ところで、この曲の 「ネイキッド」 ヴァージョン、つまりポールの意図したヴァージョンで私が不満なのは、バンドサウンドにこだわるあまり、この曲にとって最適なイクイップメントが選択されていない、という点だ。

 特にこの曲の場合、エレキギターの素のままの音というのは、合っていないように感じる。
 それから、確かジョンが弾いていたと思うのだが、この曲のベースギターには、なんというか、タメがない気がする。 面白みが感じられないのだ。 丁寧ではあるが、遊びがない。

 これは、ジョンがこの曲の意義をちゃんと理解していたからこその丁寧さのような気もする。
 「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」 は、ポールからジョンへの、とてもパーソナルな発信なのだ。
 そのキーワードのひとつに、2番の 「pool of tears」(涙の池)というのがある。
 この涙の池、というのは、ジョンが幼いころ傾倒していた、「ふしぎの国のアリス」 の一節から取っているのではないか、と私は考えている。 ジョンのお気に入りを挿入することで、自分の真意をジョンにそれとなく伝えようとしている、そんな気がするのだ。

 そしてこの 「ネイキッド」 で 「Anyway you'll always know」(結局きみはいつも知っていただろう)と歌われていた一行。 最終的には、「you'll never know」(きみにはけっして分からないだろう)と歌われていたヴァージョンがフィル盤では採用されたこのポールの葛藤は、ヨーコと共に行動を共にするジョンへの愛憎入り混じった感情を見てとれて、とても興味深いものがある。

 ジョンがどこまでこのポールの気持ちを感じとっていたかは不明だが、後年 「ポールの才能の最後のきらめき」 だとかこの曲を評していたことを考えると、ジョンは分かっていたのだろう。 ただそのポールの気持ちがウザったいほど、当時のジョンはヨーコに傾倒しまくっていたとは思うが。 でも、ジョンがはっきりとビートルズを脱退していなかったのは(「脱退する」 とは内輪で話していたみたいだが)、ポールのその気持ちが分かっていたからなのではなかろうか。

 またまた憶測だらけになってまいりましたが(笑)。

 いずれにせよ、「ネイキッド」 であらためて浮き彫りになったのは、ベースギターの貧弱さだった。
 「ザ・ロング…」 だけでなく、このアルバムにおいて、ポールのベースプレイは、結構少ない。 ポールもこの時期へフナーベースに持ち替えていたこともあってか、後期ビートルズの特徴でもあったリッケンバッカーベースのゴリゴリした音もない。
 それがこのアルバムを(フィルのオリジナルも 「ネイキッド」 も)ぼやけた印象にしてしまっている面は、少なからずあると思う。

 そして、いちばんの違和感は、バンドとしての一体感が、とてもバーチャルな印象を受けるところだ。

 その最たる曲が、「アイヴ・ガッタ・フィーリング」。
 途中からのポールとジョンのヴォーカルの絡み合いが、たぶん別テイクから最良のものを抜き出している関係上、お互いに(特にポール)容赦のない、相手を思いやっていないような歌い方をしているように聞こえてしまう点だ。

 個人的に申せば、「レット・イット・ビー…ネイキッド」 の違和感は、「作り物の一体感」 という一点に尽きる。
 それをいい、傑作だ、と言い切ってしまうことにとても躊躇がある、アナログ世代にとっては、なんとも複雑な感想を持ってしまう 「傑作」 なのである。

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「タモリ倶楽部」 2010年1月16日 役に立たない機械たち

 1月16日(一部地域除く)「タモリ倶楽部」 は、タモリサンの母校早稲田大学の創造理工学部建築学科、中谷礼仁准教授ゼミ?の研究室で行なわれている、「役に立たない機械製作」。

 「最も芸術に近づく簡単な方法を教えよう」 という意図のもとでこの演習が行われているらしいのですが、中谷先生の言うには、哲学者イマヌエル・カントが 「美とは目的なき合目的性である」 と述べたことを実演しようとする、「簡単に言うと、なんだか分からないけどすごいもの」(笑)。

 要するにまあ、無用の用、とでも言いますか(笑)。 余計分からん、っつーの(笑)。

 分かりやすい例で出された機械が、機械と呼ぶのもはばかられるような、ヒモの付いたただの平べったい段ボールの箱。 そこに紙をおもむろにしまって、何をするのかというと、ヒモを上下に何度も引っ張る。
 センセイがあまりヒモを何度も上下に引っ張るもんだから、シュレッダーにでもなっているのかと思ったら、中に入れた紙がクシャクシャになる、という(笑)、ただそれだけのシロモノで。 自分の手でクシャクシャにしたほうが早いだろ!と、突っ込むなかれ(笑)。

 そして学生たちが作った、過去の 「役に立たない」 作品たちを見ていくのですが、ただ糸をよるだけの機械とか(笑)、両端コンセントとか(笑)、ただ開くだけの箱とか(「よくあくねー」…笑)、グラビアのビキニの部分に置くことで裸のように見えるだけという 「グラビア定規」 とか(笑)、なにしろ 「意味ねえ~」 機械、道具の連続。

 しかも、この採点基準が変わってて。
 両端コンセントは、機械構造になってないから点数が低く、グラビア定規は役に立つから点数が低い(センセイ 「役に立ちすぎるんですね」 タモリサン 「立ち、すぎる!んですね」)(笑)。
 つまり、大仰な外見でありながら、その機械がこなす役割が意外なものであり、かつしょぼい(笑)、というのが、どうも採点基準らしいことは、見ていて分かってきました。

 しかしよく考えてみると、この 「タモリ倶楽部」 のコンセプトって、まさにこの機械たちと一緒なんですよね。

 下らないものの価値を認めないのではなく、それを面白がる。
 「それのどこが面白いのか」 というようなことの面白さを、無理やり見つけだす。 そのこと自体の面白さ。

 建築学科ということで、登場する学生サンたちの好きな建造物を言ってもらうと、それに対応してタモリサンが安藤忠雄サンのモノマネをしたり、岡本太郎サンのモノマネをしたり、三菱地所の社員のモノマネをしたり(笑)、果ては建築物のモノマネ(笑)。
 ここらへんのクッダラネー加減が、「タモリ倶楽部」 の生命線と言ってもいい気がするんです。 特に建築物のモノマネは、この研究室の下らなさにタモリサンが対抗意識を燃やしたかのような、シュールな展開でした(笑)。

 タモリサンの発想が、早稲田の校風から発しているのか、早稲田大学中谷研究室の発想が、タモリサン的なのか。 どっちが先かはよく分かりませんが、これは校風かなー。

 しっかしこの研究室、こういうことをいかにも論理的にマジメにやってて、楽しいのかなーとは(笑)、感じましたです。 教授の意図が分からないと、スッゴイ苦痛なような気が、するんですよ(笑)。 どうすりゃ可がもらえんのか、単位が取れるのか(笑)って。
 「意味のないことの美しさ」 っていうものを理解できないと、ネ。

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2010年1月19日 (火)

訃報が続きます

 小林繁サンの訃報に接したと思ったら、浅川マキサン、ミッキー安川サンの訃報を、次々に知って。

 浅川サンは、小林サンと同じ、心不全。 ミッキーサンは肺炎だそうです。
 このところ、結構寒いので、その影響が出ているのかもしれません。
 皆さんも、外に出るときはじゅうぶん気をつけてまいりましょう。 温度差が激しいと、心臓に来ると言いますから。

 浅川サンについては、なんと言っても 「夜が明けたら」。
 すっごくアングラの雰囲気漂う曲で(笑)。 ジャジーな曲、というものを私が聴いた、いちばん最初の曲でしたかね。
 当然後追いでしたが、この曲を最初に聴いた時は、なんか怖くて、鳥肌立ちました。 汽笛がボーオオーッ!とかね。 今の若い人は、だれも知らないかな。 いや、我々の世代だって、知ってる人はそういないと思いますけど。

 ミッキーサンについては、ラジオ日本の番組かなんかで、よく忌憚のない意見を話していたことを思い出します。 過激でまっすぐで面白い、政治の論客でした。 私が知る限り、もっとも初期の政治批判キャラのタレントでしたよ。

 それで、ネットの訃報関連を見ていたら、なんと、声優の田の中勇サン、郷里大輔サンも、亡くなられていたらしくて。 ただただ絶句。

 郷里サンは別ですが、私が子供の時に見ていたアニメの声優サンたちも、そんな年代に突入しているんですよね。 田の中サンは目玉おやじの声優サンを全うしましたが、交代の話が出るたびに、やはりこの人しかいない、ということで、立ち消えになっていた。 この人のモノマネをする人は星の数ほどいますけど、ただ甲高い声を出すだけで、鬼太郎の父親としての感情を表現できている人は、見たことがありませんでした。 だから誰も代わりができなかったんでしょうね。
 郷里サンは、「TVタックル」 のナレーションやってましたね。 世の無常を感じます。

 どうも、続くときには、続くもんですね。 謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

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2010年1月18日 (月)

小林繁サンの訃報に接して

 心不全というのは、やっぱり急死、ということなんでしょうか。 元巨人・阪神のピッチャーだった、小林繁サンが亡くなったと知って、ただただ驚くばかりです。

 小林サンと言えば、サイドスローのフォームがとても印象的な、細身でカッコいいピッチャーでした。 好きだったなあ。
 それだけに、江川事件は、やっぱり衝撃で。
 え?え?え?という感じでした。 どーゆーこと?って。
 要するに巨人が、とてつもないズルをしていることだけは、ガキにもとてもわかりました。
 それからでしたかね、巨人を素直に応援できなくなったのは。
 というか、今にして思うと、私の野球離れの、それが静かな第一歩だった気がします。

 阪神に行ってからも、とても活躍しましたよね。 明石家さんまサンが出たてのころ、小林サンのフォームのモノマネをしていたことを思い出します。 カッコよかった小林サンのマネをすることで、さんまサンがカッコいい、というイメージが定着していった一因になった気も、します(若い人にはピンと来ないかもしれませんが、若手芸人のころのさんまサンは、女の子にキャーキャー言われてたんです)。

 それからラジオのリスナーとしては、「吉田照美のやるマン」 でのコメンテーターとしても、小林サンの声にはよく接していたものです。 とても気さくな人だったことを覚えています。 

 2年か3年くらい前、CMで江川サンと共演し、積年のわだかまりを解消したというニュースは、とても興味深かったのですが、やはりどことなく、ぎくしゃくしていた気もしますね。
 ただそんな経緯を見守っていたこともあってか、やはりにわかには、亡くなったことが信じられません。

 謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

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2010年1月17日 (日)

「龍馬伝」 第3回 食われっぱなしぜよ、福山サン

 「特上カバチ!」 に出てきたよーな気がした、福山雅治サン(TBSも内野龍馬サンに引き続いて挑発しまくってますよね…笑)。
 どうも1回2回と岩崎弥太郎(香川照之サン)に食われ気味だったのですが、それなりに頑張っていたので、どうにか対峙できていた。 けれども 「龍馬伝」 第3回では、ほとんどばくち打ちを追い払ったくらいしか、見せ場がなかった気がします。 完全に、「弥太郎伝」 と化しておりました(笑)。

 江戸へ行く道中一緒の、溝渕広之丞に、ピエール瀧サン。 「小島慶子 キラキラ」 のリスナーとしては、注目しないわけにはまいりません。
 龍馬が立ち止まっているのに気付かずひとりでしゃべりながらどこまでも歩いて行っちゃったり、龍馬と弥太郎の追いかけっこに 「オレを置いて行くなぁ~!」 とか、ピエールサン、結構面白かったです。

 それで、道中にいきなり乱入、みたいな感じで現れたのが、弥太郎殿で。

 偽の通行手形とか、カネは龍馬が出してくれとか、人を頼ってるくせにやりたい放題なのが笑えます。
 オヤジ殿の蟹江敬三サンも、息子がいなくなったー!と、武市道場の連中をぶっ飛ばしまくってるのが、また笑える。 腕っぷしだけはすごい、このオヤジ殿(笑)。

 宿を取っている龍馬と溝渕を尻目に、往来で大声でイジケまくったあげく(笑)、結局龍馬の計らいで、宿に泊めてもらうことになった弥太郎殿。 湯船につかってきったない歯をまたまたむき出しにして大声で歌を歌って、…なんかオヤジ殿に似てきたような…(笑)。

 湯上りに博徒たちにつかまって、オヤジ殿の借金を返せと迫られ、絶体絶命のところに、今回唯一の見せ場で龍馬がひと立ち回り。
 せっかく助けてもらったというのに、余計なお世話だとお礼のひとつも言わないし。
 国へ帰れと諭す龍馬にも、食ってかかるし。

 ただそれが、自分は最低の人生を何もかも捨ててここまできたんだ、それだけの覚悟を持って国を出たんだという、弥太郎殿の必死の覚悟の表れだった。 「オマエとオレとを一緒にするな」 と目をギラギラさせて話す香川サン、迫力ありました~。

 そしてそのシーンと前後して、さんざん息子を探し回って、ケンカして着物をぼろぼろにして帰ってきた、弥太郎のオヤジ殿も、とても哀しい。 なんだかんだと言いながら、結局息子に自分の夢を託していた。 倍賞美津子サンの膝にもたれて男泣きするオヤジ殿が、今回いちばんグッときましたね。 倍賞サンも、オヤジ殿をひとしきり叩きたくて仕方ない、という演技が、また泣けます。

 やっと本州上陸、という段になって、弥太郎のニセ通行手形がとうとうバレる。 ここで弥太郎をかばう龍馬に、弥太郎は 「こいつらに博打でつかまってさんざんな目に遭っている」 と暴れ出し、お役人につかまってしまう。

 この展開、溝渕が語ったように、弥太郎が龍馬たちに自分の志を託し、かばった、と見るべきか。

 私の見立てでは、弥太郎殿はやっぱり、龍馬の下手な気遣いを拒絶したんだと思います。 こんなヤツにかばわれるのは屈辱だ、ぐらいに考えたのではないでしょうか。

 船で本州へ向かう龍馬たちに、役人の手を逃れた弥太郎が、あらん限りの罵声を龍馬に浴びせかける。 それは思い通りに行かないみずからの人生への、恨みつらみの爆発だった気がします。

 私も、海に向かって 「バカヤロー!」 と叫びたいですね。
 あ、それじゃ青春ドラマか(笑)。

 ちなみに 「特上カバチ!」 は、10分でリタイアしました。 これでも相当、我慢しました(笑)。 これが 「JIN」 の後番組とは…。 はああ~。

当ブログ 「龍馬伝」 に関する記事
♯01論点が、はっきりしちゅうhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/1-e718.html
♯02えらい天気雨じゃったのう(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/2-a44b.html
♯03食われっぱなしぜよ、福山サン(当記事)
♯04佐那チャン、ツンデレ、してません?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/4-5776.html
♯05アイデンティティの崩壊http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/5-d115.html
♯06本分をわきまえる、ということhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/6-766e.html
♯07父のこころ、子のこころhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/7-e1b3.html
♯08汚さに磨きがかかる(なんだソレ?)弥太郎殿http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/8-8680.html
♯09思想か、命かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/9-febd.html
♯10もっとなんとかできたはずhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/10-b847.html
♯11龍馬が担ぎ出される、その理由http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/11-ac67.html

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「矢吹丈対力石徹 完全実況中継」 完全、というにはちょっと…

 TBSラジオで 「あしたのジョー」 40周年記念番組として、「矢吹丈対力石徹 完全実況中継」 という番組をやっていた。

 実況が、TBSの土井敏之アナ。 去年(2009年)11月の内藤VS亀田戦を担当したアナウンサー。 解説が元WBC世界バンタム級王者・薬師寺保栄サン。

 「徹底したリアリティにこだわり、第1ラウンドから最終第8ラウンドの2分47秒まで、漫画やアニメで描かれなかった部分も含め、因縁の対決を完全実況中継する」 という触れ込みだったが、特に目新しい発見はなかった(笑)。 それどころか、1から10まで実況しているわけではなく、テレビアニメ第1シリーズから転用したあおい輝彦サンのジョーの声(心の声まで)とか、力石、段平、葉子、白木のじいさん、観客のヤジの声など、実況だけでは決して聞けるわけのない声が、テンコモリで(笑)。

 ラジオドラマという性格上、これは仕方なかったのかもしれないが、リアリティの追求という観点から言えば、実に片手落ちと言わねばならない。

 特に第8ラウンド、ジョーの心理状態ばかりをテレビの転用で済ませてしまったことには、とても不満である。 ここは、実況で観客と段平との乱闘シーンを描写してもらいたかった。

 だいたい、やはり土井サンと薬師寺サンの演技力、それに期待しても仕方のない面もあるが、実際に目の前の試合を実況しているようには聴こえなかったのは、なんといっても痛い。

 それから、試合終了後のジョーと力石とのやりとり、更に力石死亡の一報が放送席に入ってくる、という場面まで期待していたのだが、すべてテレビアニメからの転用。
 とてもガッカリした。

 もっと私のようなマニアのものをうならせる作りに、してもらいたかった。 厳しいことを申しましたが、なにしろジョーを愛するが故の苦言と、ご了承ください。

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「MASTER TAPE-荒井由実"ひこうき雲"の秘密を探る」 モヤモヤ感の正体

 NHKBS2 「MASTER TAPE-荒井由実"ひこうき雲"の秘密を探る」 という番組を見た。

 ユーミンのデビューアルバム 「ひこうき雲」 の、37年前の現存するマスターテープを、当時レコーディングに参加した人たちが聴き、語り合う、ということが主な趣旨の番組だったが、まずそのこと自体が驚きで、その証言が貴重なものばかりであることは、論を待たない。
 集まった主なメンバーは、ディレクターの有賀恒夫サン、エンジニアの吉沢典夫サン、ベースの細野晴臣サン、ドラムスの林立夫サン、キーボードの松任谷正隆サン、そして、ユーミン。
 ただひとりギターの鈴木茂サンだけは、おそらく去年(2009年)の事件の絡みなのだろう、出演はかなわなかったようだ。 これだけはいかにも残念。

 番組のコンセプトの源流には、ビートルズの 「アンソロジー」 プロジェクト(1995年ごろ?)があるものと思われる。
 「アンソロジー」 DVDのボーナスディスクで、当時のスリービートルズとジョージ・マーティンがマスター・テープを聴きながら、トラックごとの音を抜き出したりして語らい合っている。 構造的には全くそれと同じだった。

 リアルタイムでこの 「ひこうき雲」 を聴いていた私などの世代にとっては、この番組において、ティン・パン・アレー(キャラメル・ママ)のメンバーがこうして集まっていること自体が、実に驚異。 めまいさえ覚える。

 ちょっと個人的な話をさせてもらいたい。
 このころのユーミンは、いちばん神がかっていたと、個人的には思っている。
 当時私は小学3年だか4年だかだったのだが、レコードを持っていたわけでもないのに、なぜかこのユーミンの歌が頻繁に聞こえていた気がする。 たぶん私の叔父や叔母がレコードかカセットを所有していたのだろうが、ユーミンのデビュー曲 「返事はいらない」 も、ちっとも売れなかったとか言うわりに、当時から知っていたような気がするのだ。 この原因は、未だに分からない。

 そのせいなのだが、ユーミンの 「曇り空」 や 「ベルベット・イースター」 を聴くと決まって、私は少年時代の冬曇りの天気の日を強烈に思い出す。 不意にこの曲を聴くと、涙が止まらなくなる。
 当時のユーミンの歌には、曇りとか雨とかで外に出られない寒い日、というイメージが、私の中にはつきまとい続けているのだ。 その思い入れから勝手に、「このころのユーミンは最強」 と思っているのかもしれないが。

 今回のこの番組で、このころのユーミンの 「曇り、雨」 感覚を、具体的に証明ができた気がする。
 「ベルベット・イースター」 を聴いて出てきた話が、それを裏付けてくれた。

 細野サン 「このミックスは、この曲だけイギリスっぽいけど吉田サンそうなの?」
 吉田サン 「いやホントそうね、そういうイメージする」
 ユーミン 「曲も」
 吉田サン 「それっぽいんだね、きっとね」
 細野サン 「なんかコンプ感とかが…でもやっぱり、曲のせいかね」
 ユーミン 「だけどあのー、スカスカ感がどの曲もだけど、それぞれニュアンスがあるから。 雨だの霧だのの歌ばっかりじゃない、このアルバムって。 だけどこう、モアレ感があるでしょ」
 正隆サン 「オレが、モヤモヤ担当だったよ(笑)どれ聴いても、オレのプレイってモヤモヤしたものしかないもん」

 そして、「ベルベット・イースター」 のキーボード部分だけを抜き出して試聴。
 そうすると、松任谷正隆サンのキーボードプレイは、茫洋とした前衛音楽風な鍵盤の指遣いで、いかにも雨が降っているような感じなのだ。 これなんだ、私が感じていたウェット感の正体は。 しかも、音の質感がイギリスっぽい、という細野サンの指摘も、曲の湿り気を証明している気がする。 キャラメル・ママがカラッとしたアメリカンミュージック寄りな姿勢を示していたのに、しっかりユーミンが指向していたブリティッシュロックの湿気をまとっていた、というこの番組の論理は、ちょっとした驚きだ。

 アルファレコードの新しいスタジオで当時の楽器のセッティングを再現し、そこでユーミンがおもむろに弾き出した曲も、「ベルベット・イースター」。
 なんだかこれを見ていて、個人的な思い出が次から次からよみがえって、涙が出てきてしまう。 ユーミンも途中からヴォーカルを入れるのだが、いきなりだったせいか、まったくのしわがれ声で。 それがまるで感極まっているように見えた。 きっと私だけの思い入れのせいなのだろうが。

 「これミックスし直そう」(正隆サン)「この番組をきっかけに純粋キャラメル・ママ・コンサートをしましょうよ」(ユーミン)という言葉までポンポン飛び出す。 番組自体が、ミュージシャンたちにとっても、とても刺激的なことを裏付ける一瞬だ。

 その最も刺激的に思えた試みは、「きっと言える」 の、ユーミンのヴォーカルと細野サンのガット・ギター、西条孝之介サンのサックスのみを抜きとったヴァージョン。
 これだけで別ヴァージョンとして発表できるくらいの、完成されたものだったことに、ただただ脱帽。 ここまで来るともう、5.1チャンネルでこのアルバム自体をDVDとして発売して、前のスピーカーの音量を絞るとこのヴァージョンが堪能できるとか、出来るようにすべき!とさえ思った。
 とにかく、すごいの一言。
 演奏する楽器ひとつひとつが、コード弾きだけではない、プロのミュージシャンの仕事をしている、私はユーミンの初期のアルバムを聴いていて、昔からそう感じていたのだが、この番組を見てあらためてそれを確信した。

 「ひこうき雲」 は、私の雨好きな性格の原因のひとつともなっているアルバムなのだが(笑)、なにしろ泣ける曲が多い。 「雨の街を」 もそんな曲。 この曲のヴォーカルがなかなかOKが出なくて、歌うのがいやになっていた時、正隆サンがピアノの上に、ユーミンが好きだと話していたダリアの花を、牛乳ビンに挿しておいていてくれて、それでようやく歌うことができたというエピソード。 すでに職場恋愛になっていたというユーミンの話は、なんだかとても甘酸っぱい匂いがする。

 そのほかにも、雪村いづみサンとの出会いの場面とか、ペダルスティールギターの駒沢裕城サンが37年前の自分のプレイをやりなおしたりとか、実に興味深いシーンの連続だった。 この番組は、この時代のユーミンを聴いた世代にとっては、まさに永久保存版とすべき内容の傑作番組である。

 まるで今とは別人の私がそこにいるんだけれど、パラレルワールドのように、未だにその頃の少女の私が、今もそばにいる気がする――「ひこうき雲」 の中で歌っている自分を、そのように表現した、ユーミン。 私の少年時代の思いも、その少女と一緒にそこにいる気がした。 遠い昔の儚い思い出。 そんな雨の日の日曜日の切なさを、この番組は思い出させてくれた気がする。

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「恋のから騒ぎ」 1月16日 ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?

 ここ数回の 「恋から」 は、ヤケにスパートがかかっている気がします。

 その渦の中心には、どうもハイパーチャンがいるようです。 彼女の好むと好まざるとにかかわらず、そのボケキャラのあまりのインパクトが、ほかのメンバーにかなりの動揺を与えている。 つまり、こつこつとネタ作りのために合コンをし、ネタを練りに練っていても、おいしいところをみんなハイパーチャンに持っていかれることへの怨嗟が、ほかのメンバー間に渦巻いているのです。 それが面白さのスパートを高めている。

 1月16日の 「恋から」 は、その恨み節が、図らずも噴出した形。 ただやはり、ハイパーチャンののらりくらりとしたキャラが、ほかのメンバーからの攻撃を、ショックアブソーバーのごとく吸収しているのが、見ていて救われる気がするのです。

 「『恋から』 での自分自身へのダメ出し」 みたいなテーマで、まず口火を切ったのがハッハハーチャン。 彼女、今期の第1回での説教部屋で(よーく覚えております、私も記事にさせていただきました)「これはいける!」 と思ったらしいのですが、最近じゃハイパーの世話役みたいな感じになっちゃって、一発屋だったなーという話で。

 ハッハハーチャン 「それで 『ハイパーがいるから生き残れてるよ』 ってみんなから言われるし」
 ハイパーチャン 「いちばんお世話になってます」
 ハッハハーチャン 「愛くるしくて、たまらない、このコは。 年上なんだけど」
 さんまサン 「えっ!…ハイパーオマエいくつや?」
 ハイパーチャン 「23になります」
 さんまサン 「…ダイジョブか?」(笑)
 ハイパーチャン 「いやでもな、ウチから見たらな、千晶チャンがな、スッゴイお母さんに見えるんよ」
 さんまサン 「そーそーそー。 オマエ18、9に見えるぞ」
 ハッハハーチャン 「バカだから」(笑)

 ハッハハーチャン、持ち上げながらも、さりげなくハイパーチャンをけなしてます(笑)。

 さんまサンも、何かというとハイパーを引き合いに出すようなところがあるけれど、そうすれば笑いが取れるといううまみがあるためで。 金持ちチャンが普段通りに生活していても世間一般と全くズレていることに気付いた、という話でも、まわりの人を下界の人と思えばいいんだ、みたいな話になっていって、「じゃハイパーなんかどんだけ下なの」 という流れになってしまう。

 金持ちチャン 「(ハイパーとは)楽屋で、あんまり、しゃべらないようにしてるんで」(笑)
 さんまサン 「ハイパーとはしゃべれないと思うわ。 ハッハハー、えらいなー、話聞いてあげてるんだオマエ」
 ハッハハーチャン 「でもシャットダウンしてますよ私も(笑)。 メンド臭いんだもん、(話が)続く続く(笑)」
 ハイパーチャン 「千晶チャンだってえー、…あっゴメン」(笑)

 100点満点で自分に点数をつけたらという話でも、ハイパーチャンだけは10点単位で7点(笑)。 石田歩チャンとかPTAチャンとか、とても自虐的な点数をつけてるんですが。

 ゲストのマリエチャンに、神様のいたずらであんなふうにならなくてよかったなと話を振るさんまサン。
 さんまサン 「よかったわオレもあいつにならなくて~」
 ハイパーチャン 「でも楽しいよ!」(笑)

 PTAチャン(楽屋では 「会長」 と呼ばれているらしいです)(笑)も、「なんかそう(ハイパーチャンが 「かいちょー」 と)呼んでくるんですよ、私気味が悪いんですよこのニヤニヤ笑って私のほう向いてくると…目合わせないの、だから」

 最前列の戸田早留夏チャンも、せっかくネタを練ってくるのに、ハイパーにみんな持っていかれるという話になって。
 早留夏チャン 「ハイパーとかがー、意味分からんこととか言ったりしてー、ハイパーで終わることが多いじゃないですかー。 私たちもいっぱいあるんですけどー、入ってくるタイミングをいつも失っちゃっててー、みんなすごいたまってるんですよもう」
 さんまサン 「もうエライよ、よくやってくれてるのに、…その成果が出ないのはサイアクやね」(笑)

 この不満が結果的に、メンバー内の競争意識に作用しているのは、池田美穂チャンが過激な方向に転換したり、金持ちチャンがマリエチャンとのやりとりで面白さを前面に出してきたり、石田歩チャンが卒業アルバムに載りたいのに必死、という執念を見せたり、民謡チャンが 「『民謡』 っていうアダナナなかったらー」 と言い間違えたり(笑)、そういうところからも見えてくる気がします。 番組の活性化、という点では、いい傾向なんだと思います。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

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2010年1月16日 (土)

「君たちに明日はない」 第1回 仕事することの意味

 NHK土曜ドラマに、ちょっとばかり注目しつつあって。

 ただまあ、そんなに傑作ばかり並べ立てているわけではないのも、分かってはいました。
 で、今回の坂口憲二クン主演の 「君たちに明日はない」 を、どんなものかと思って見たのですが、リストラする側とされる側との攻防、という、硬派な社会派ドラマとして成立する可能性を残しながら、まるで漫才みたいに笑わせる部分も作っているという、ちょっとどっちつかずみたいな印象を受けました。

 で、脚本家が誰かなーと思っていたら、松本潤クンとガッキーが出ていた(ガッキーって…)ドラマ 「スマイル」 を途中で切られた(不穏な言い方ですか…?)宅間孝行サンでした。
 あのドラマ、松潤(…)というアイドルが出ていたわりには、途中から殺人とか、なんか過激な展開になってきて、そのうえまたミもフタもない結末が用意されていたから脚本家を降ろされたとか、それが事実かどうかは別として、ずいぶんおしまいのほうゴタゴタしていた印象があって。 でも 「スマイル」 というドラマは結果的には、松本潤クンの新たな可能性を生み出すことになった気もするんですが。

 まあ 「スマイル」 の一件もあって、宅間サンは今回のドラマの硬派な内容を和らげるために、お笑いの部分をあえて挿入したのかとか、要らないことまで考えてしまいました。
 その問題の部分は(問題ってほどじゃありませんが…笑)、リストラされる田中美佐子サンと、妹役の須藤理沙サンとの漫才シーン(笑)。
 正直言って、「エンタの神様」 に出られるくらいのハイレベルなやりとりだった気がします。

 で、本編のほうなんですが。

 リストラ請負会社の稼ぎ頭である坂口憲二クンが、その田中美佐子サンの勤める会社に乗り込んでくるわけですが、まず第1のターゲットが、その田中サンの上司である、村田雄浩サン。

 一回飛ばされて、左遷先で大きな成果を上げたため本社に舞い戻って来たのに、リストラされるとはどういうことだ!と息巻く村田サンに、坂口クンは冷静にいろんな客観的資料をもとに村田サンを追い込んでいく。

 まず村田サンのもとで働いた若手社員の離職率が異様に高いこと。
 部下の成果の一部を自分の業績として報告していたこと。
 とどめが、接待費の額の多さ。 要するに、会社のカネで飲んでいた、っていうことです。

 村田サンは結局負けてしまうのですが、最初に提示した退職金1000万円に途中退職の保証金?が1500万円(逆だったかなー)、計2500万円、っていうのは、私どものような弱小会社からすれば、夢のような額の退職金ですな。 は~うらやましいというか。 そんなにもらえるんっスか。 そのお金でアパートでも建てて、上がりで暮らすとか(笑)できますよねえ? そんな、甘かないか。 まあ、家族なんかいると、身動きとれませんからねえ。 それにしても退職金多いなー。 まあ税金とか、ありますけど。

 だけどここらへんのやりとりを見ていると、もっと 「働くこととは何なのか」、という直接的な問いかけも出来るはずなんだがなーという気が、しないでもありませんでした。
 つまり、坂口クンの言い分に負けた村田サンが、いきなり会社に知らせないでくれとか何とかで、土下座するんですよ。
 こういう行動を取られると、一気にリアリティがなくなる気が、するんです。
 ここで村田サンに、「いい気なもんだな、じゃああんたたちのやっていることは、仕事のつもりなのか?」 とか、反駁させると面白い。 見る側に、「働くことって何なんだろう?」 って思わせなければ、ドラマとしての意味がないような気がするんですよ。 ちょっとキツイ言い方ですけど。

 坂口クンが田中サンに惹かれていく過程も、ちょっと予定調和のような匂いがしますね。
 田中美佐子サンは、ワタシ的には 「天地人」 での、こども店長の母親役以来でした。 その時には感じませんでしたが、それなりにお年を召した感じがしました。 「眠れない夜をかぞえて」「セカンド・チャンス」 などの、昔お出になっていた現代劇と、比べてしまうのでしょう。 年食わない人は、いません。
 だからなのか、坂口憲二クンが惹かれるにはちょっと…、という感じは、失礼ですがしてしまいました。
 でも設定上、坂口クンは麻生祐未サンにも惹かれていたらしくて。 よーするに年増好みなんでしょう(笑)。

 まあ全体的に、宅間孝行サンの脚本、ということで、こちらがちょっと厳しく見過ぎているのかも、知れないです。 とりあえず、来週も見てみます。

当ブログ 「君たちに明日はない」 に関する記事
第1回(当記事)
第2回(番外)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-d86b.html
第2回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/2-1c05.html
第3回なし
第4回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/4-bd21.html
第5回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/5-9c41.html
第6回(最終回)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/post-d0bd.html

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2010年1月15日 (金)

「不毛地帯」 第11回 里井副社長、頭に血がのぼりすぎ!

 前回の放送から、約1カ月近く待たされた、「不毛地帯」 第11回。
 これだけ待たされると、話を忘れちゃったという向きのために、冒頭はダイジェスト大会(笑)。
 そして視聴者の食いつきをよくするためか、今回の 「不毛地帯」、副社長の里井サン(岸部一徳サン)が、ますます脱皮したエイリアンのごとく、怪物化しておりました(笑)。 いや、冗談抜きで、笑わせていただきました。 あまりに笑ったので、少々面倒くさいのですが、その全容を書いてみたいと思います。

 その前に、家政婦のハル江サン(吉行和子サン)の、壹岐(唐沢寿明サン)への嫌がらせから、軽~いジャブで一発(笑)。 ここで事情を簡単にご説明しますと(野暮ですが…)、ハル江サンは壹岐が死んだ女房(和久井映見サン)に義理立てして女も連れ込まない、と絶賛していたのに、当の壹岐が秋津の娘サン(小雪サン)を連れ込んでしまったため、嫌がらせをしているわけで(笑)。

 私としては、もっとハル江サンに過激にやってほしかったのですが(笑)。

 そしてジャブの次は、ストレートかと思ったら、フックが飛んできました(笑)。
 つまり、壹岐の夢の中で、里井副社長が暴れ出した、というか(笑)。

 死んだ壹岐の奥サン(和久井映見サン、意外なところで再出演)(笑)に向かって、里井副社長、「君は亭主を立てるいい女房のようだから、壹岐クンによぉ~く言ってもらえないかっ。 もっと上司を立てるようにとっ。 出世なんて興味ございませんという顔をしながら、コソコソ動き、私を出し抜こうとするあのふてぶてしさ! なんかしてくれたまえっ! ホントーは、出世したくてしたくてたまらないと認めたらどうだっ! 君から、壹岐クンに認めさせるんだっ! これは、副社長命令だっ!」

 いや、大爆笑しました。 だって、あり得ない夢なのに、いつも里井サンが言ってることなんだもん(笑)。

 ここから、ストレートの乱れ打ちです(笑)。

 その後、里井副社長自ら持ち出したフォーク社と千代田自動車との合弁会社設立案に難色を示す壹岐に対して、またまただんだん頭に血がのぼっていく、里井副社長(笑)。

 「自分の案が通らなかったからと言って、私のやりかたに水を差すようなことはするなよ」
 「いえ、水を差すなど…」
 「…だったら黙ってろよッ!!」

 また急に大声で怒鳴ったもんだから、壹岐のいるその場で倒れちゃって。 医者を呼ぼうとする壹岐に、「やめろ! なんでもないんだ…ちょっと疲れたウウウッ!」

 ものすごい勢いでのたうちまわる、里井副社長。 そのあまりの苦しみ方に、おなかからエイリアンが出てくるかと思いました(笑)。

 それで、結局入院しちゃったんですけど(笑)、その処置をした壹岐のことが、どーしても許せないらしくて(笑)。

 「私をなぜそんなに病院に入れておきたいのだ? 本当は、ほかに意図があるんじゃないのか? 君は二言目には、私の体を心配してと言うが、本当は、心臓病患者というレッテルを、私に張り付けたいんじゃないのかっ? 発作が起こった時、あのまま安静にしておいてくれたら、発作は自然におさまり、こんなオーゲサな事態にはならなかったはずだっ! それを君が、救急車など派手に呼んだために、一晩中病室に入れられ、…おまけにぃーっ!心臓の世界的権威などというっ!タイソーな名医を引っ張ってきてぇぇ~っ!心臓病を強く印象付けよーとしたぁぁ~っ! それをぉぉぉ~っ!」

 敵意丸出しにも、ほどがあるっつーか(笑)。

 それで、結局ゴーインに日本へ帰国。 病状を心配して仕事を減らそうと考え、壹岐にある程度まかせようと配慮してくれる大門社長(原田芳雄サン)の言うことも、もはや素直に受け止められないほど、里井副社長は制御不能の最終形態まで擬態化が進んだエイリアンと化しているわけで(笑)。

 「…先ほどから伺っていますと、社長のお耳には、救急車が来るのがあと5分遅かったら危なかったとか、フォークと千代田の交渉が重荷だとか、果ては、心筋梗塞などと、ずいぶん私は重篤な心臓病患者に仕立て上げられているのですねえっ! 私を陥れるために、重病人に仕立て上げたのは壹岐君ですかあっ! 自分の出世のために手段を選ばない壹岐君は、ホントォォーに恐ろしい男ですねえっ! 社長ォォーッ! だまされないでくださいいーっ!」

 社長も、タジタジ(笑)。

 いやーもう、ここまで来ると、里井サンには、元気で生きててもらいたいものです(笑)。 壹岐と千里サンの話とか、フォークの覆面調査員のひとりが行方不明とか、もうどーでもいいくらい、ブッ飛んだ演技でした。 降参しました、はっきり言って(笑)。

当ブログ 「不毛地帯」 に関する記事
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-6a81.html
第1回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/1-05a5.html
第2回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/2-w-070f.html
第3回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/3-4bae.html
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/4-9755.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/5-abb7.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/6-d4bd.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/7-8677.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/8-4f4a.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/9-cdc5.html
第10回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/10-183b.html
第11回 (当記事)
第12回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/12-68a7.html
第13回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/13-2599.html
第14回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/14-4fa8.html
第15回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/15-d4df.html
第16回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/16-3ac8.html
第17回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/17-2-6e30.html
(番外) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-b645.html
第18回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/18-5177.html
第19回(最終回) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/19-7b99.html

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2010年1月14日 (木)

「とめはねっ!鈴里高校書道部」 なかなか、これも面白いです

 「見たいドラマがありません」 という記事を書いたら、「こんなドラマがありますよ」 という温かいコメントをいただき、さっそく見てみました、NHKの木曜ドラマ 「とめはねっ!鈴里高校書道部」。

 いや、なかなか楽しいです、教えて下さった方には、この場を借りて、お礼申し上げます。

 新鮮なのは、出演する高校生たちのほとんどが、今まで見たことのない人ばかりだったこと。
 その中で唯一、主人公の女の子に恋をする男の子、池松壮亮クンだけは、NHK 「新・三銃士」 の主人公、ダルタニアン役の声優サンとして知っていました。 大河ドラマ 「新選組!」 の続編、「土方歳三最後の一日」 で、確か土方の最後の手紙か何かを託される役をしていた少年です。 結構 「電車男」 の伊藤淳史クンに似てきたかなあ。 彼が何かしゃべるたびに、ダルタニアンの顔がちらついて…(笑)。

 主役の女の子は、鈴木杏チャンみたいな感じかな。 ごくフツーの女の子、っていう感じです。 そのフツーさ加減が、またいいんですが。

 それで、出てくる学生たちがほぼ知らない人たちばかり、というと、私などが反射的に連想してしまうのが、「中学生日記」(笑)。
 その結果、ヤケに面白い 「中学生日記」 を見せられているような錯覚に陥りました(笑)。
 そして、「ヤケに豪華な『中学生日記』」(笑)。
 この高校生たちをうしろで支えている俳優サンたちが、ヤケに豪華なんですよ。
 高橋英樹サンに山本陽子サンという、ベテラン勢。 八嶋智人サンのような芸達者な役者サンが、顧問の先生で。
 しかも我々の世代的にはお懐かしい、葉月里緒奈サンが、主人公の女の子の母親役。 あやー、母親役ですか…。 時の流れを、すっごく感じます…。 もったいなかったよなー…。 女優として一番輝いているとき、露出が極端に少なかった気がするんですよ、この人。
 そういった人たちが、脇役的な出かたをしているから、予算的に成り立っているのかも、しれません。

 ドラマは高校の書道部を舞台にしているだけあって、書道を取り巻く最近の状況(書道パフォーマンス)や、書道についての豆知識などというものも織り込まれて、見ているうちになんだか、書道がしたくなってくる。 というか、字を書きたくなってきます。

 私、左利きなんで、昔っから書道って、苦手で(笑)。
 いくらうまく書こうとしても、どうしても左利き特有の癖が出てしまうんですよ。 右手で書いてもみるんですが、左手以上に絶望的な字(笑)なので、あきらめて。
 それで筆以外の筆記用具を持った時は、なるべくうまい字が書けるように、努力はしたんですが。
 でもここ数年、ホント、字って書かなくなりました。
 キーボード打ってるほうが、よほど早くって。
 最近じゃ、筆記用具を持って文章とかを書いていても、漢字がすぐにパッと出てこない。
 こりゃ、ヤバいですよー(笑)。
 それに、すぐ順番とか間違えたりする。
 ワードに慣れ過ぎちゃって、いくらごちゃごちゃに書いてもあっちこっち切り貼りできたり修正が簡単にできたりするから、間違えることを、脳が勝手に受け入れちゃっているんですよ。 まずいよなあ。

 話は思いっきりズレましたが、字を書くことに対する欲求をよみがえらせてくれる点で、このドラマはとても貴重かもしれません。

 ドラマとしては、マンガが原作みたいなのですが、そのせいもあってか、とても会話が生き生きしていて、なおかつ面白い。 ポンポン笑わせてくれる。 まあ、高校生たちの演技力については、云々できるレベルではないのですが、「よくできた 『中学生日記』」 だと思えば気にならない(笑)。 若さの持つ勢いみたいなもので押しきってしまおう、という、いさぎの良さがあるのが、いいんですよ。 素人感覚が新鮮な場合だってある、そういう割り切りかたを、ドラマの作り手がしているところが、いい。

 全6回なので、あと4回で終わり、っていうのも、見ている側には肩が凝らなくてちょうどいいかも。 舞台になっている、江ノ島あたりの風景がふんだんに入っていて、江の島好きの私には、ちょっとたまらないものがあります。 確か昔の青春ドラマで、江ノ島あたりが舞台のドラマって、いくつかあったような気が、するんですけどね。

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「曲げられない女」 第1回 あり得ないけど、結構笑えます

 この直前の記事で、「見たいドラマありません」 などと書いてしまった矢先から、こんなことを書くのはひっじょーに無責任なのですが(笑)、その記事を書いてすぐに見た日テレ 「曲げられない女」、なんか、面白かったです。 期待してなかったんですけど。

 主演の菅野美穂チャン、法律事務所に勤めながら司法試験に9年連続で落ちている、という役なんですが、その性格が同時間帯にやっていた前番組 「ギネ」 の藤原紀香サンに引き続いて、能面キャラ(笑)。
 その役柄が結構笑えるんです。 何事にも正確を期すのが信条で、自分の名前 「荻原」 を 「ハギワラ」 と呼ばれることをまず嫌っている(笑)。 住んでいる場所も 「たまプラザ」 ではなく 「たまプラーザ」(笑)。 ちょっとでも間違っていると、訂正せずにはおれない性格で(笑)。
 それから、ゴミ箱にモノを投げ入れるコントロールが、やたらと正確(笑)。 買い物をするのにも、奥様方が棚の奥のほうから商品を取っているのに、わざわざいちばん賞味期限に近い手前の商品から取っていくっていうのも、「売れ残って捨てられるのはもったいない」 という、至極ごもっともな理屈のうえでの行動(笑)。 いや、私もそういう理屈で、棚の前のほうにある商品から取っていきますので、このシーンを見た時には、大笑いしました。

 それが、恋愛問題で揺れる心を、ゴミ箱のコントロールが悪くなることで表現したり、結構ドラマとしての細かいキモみたいなものは、抑えているんですが。

 なにしろ、展開があり得ない。

 その買い物をしているシーンで出会う、永作博美チャン。
 15年ぶりだかに会う、ふるさと新潟の同級生らしいのですが、その彼女が、いきなり馴れ馴れしい。 しかも昔から、美穂チャンを嫌いだったとか言うくせして、その後やたらと美穂チャンにくっつきまわって、美穂チャンの勤めている法律事務所の同僚、塚本高史クンと結婚させようとする。
 第1回終盤では、その原因が彼女の嫁いだ家に問題があったことを明かしてはいるんですが、それだけでは不十分だと感じます。 なにしろ15年ぶりに会う、いやなヤツとの再会ですよ? そこまでつきまといますかね?

 そしてもうひとり、谷原章介サン演じる、警察キャリア官僚? よく分かりません、それがどんなものなのか。
 彼がまた、ヤタラメッタラ美穂チャンたちに、首を突っ込みたがる。 結婚式場で初めて会ったばかりだというのに。 永作チャン以上に、あり得ません。
 彼が今後も、このドラマの中心的役割を果たしていくみたいなんですよ。 私耳が悪いもので、字幕付きでドラマを見ることが多いんですが、主要人物には色付きの字幕が出るんで、そういうことが分かっちゃうんです。
 こう、なんて言うか、さっき会ったばかりみたいな人たちにずかずかと自分の人生に入りこまれることなんか、まずないと言っていいでしょう。

 けれどもこのドラマでは、この 「ありえないふたり」 をやたらと軽~いノリで物語に食い込ませようとする。 笑っているあいだに、こちらがごまかされてしまう、という技法(笑)を使っています。 さすがに、遊川和彦サンの脚本だ。

 そのあり得ない展開に耐えられるかどうかが、このドラマを見続けられるかどうかの判断基準になりそうですが、私個人としては、菅野美穂チャンの行く末が気になる、という視点で、来週も見てしまうのではないか、という気になっています。

 なぜなら、結構頑ななキャラクターのクセして、かわいいんですよ、この主人公の女の子。
 塚本クンを拒絶していながら、どうしても言いたいことがあるとおもむろにカレの片腕をぎゅぅぅーっとつかんで、「ありがとう」 だし(笑)。 結構反則気味のツンデレかなぁ?(笑)
 まあ、プロポーズを断られた塚本クンは、そりゃネーダロというほどの反応でしたけどね。
 その、プロポーズを断ったことにやいのやいの言う永作チャンと谷原サンにブチ切れしたり、なんか、菅野美穂チャン、見ていて応援したくなってくるんですよ。

 今のところ、最後まで見るかどうかは決めかねておりますが、とりあえず今クールで面白そうなドラマは、ちょっと発掘できたかな、という気はしています。

当ブログ 「曲げられない女」 に関する記事
第1回 (当記事)
第2回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/2-5eb9.html
第3回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/3-a3aa.html
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/4-1d07.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/5-d241.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/6-88ef.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/7-3fa8.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/8-05a5.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/9-5d02.html
第10回(最終回) http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/10-2386.html

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2010年1月13日 (水)

どうも見たいドラマが、ないです…

 2010年1-3月期のテレビドラマは、ワタシ的には、ほぼ全滅ですね。
 「龍馬伝」 と 「不毛地帯」 は見ますけど、そのほかのドラマは、見たい俳優サンが、あまり出てこない。
 「まっすぐな男」 というドラマも、ちょっと見てみたんですが、10分ほどでリタイア。 深キョンは、淀君なんかやってるより、こんな生意気そうな女の子やってたほうがよほど合っている気はしましたけどね。 「曲げられない女」 っていうのもやるみたいですが、「まっすぐな男」 と結婚させたい気がします(笑)。
 「JIN-仁-」 の後番組、「特上カバチ!」 とか言うのも、いかにもつまんなそうで、題名を見た時点から、見る気がしません。

 春先まで、さびしい状態が続きそうです…。

 私の場合、比較的キャスティングで見るドラマを決める場合が、多いんですけどね。
 要するに、演技力がない人とか、そんな人が複数人入っていると、そのドラマはダメドラマと、だいたい分かる。 たぶん事務所から丸投げ状態で、その人は出てるんでしょうね。
 逆に、この人が入っているドラマはだいたい内容がいい、という俳優サンも、います。
 そういう俳優サンは、脚本をちゃんと読んでいるんでしょうね。

 ただここ数年、ちょっとその読みって、はずれることが多いんですけどね(笑)。
 その例が、仲間由紀恵サンかな。 結構この人の出るドラマって、当たり外れが大きい気がします。
 阿部寛サンも、私この人の出るドラマって、大概信用していたんですけど、「天地人」 はダメでしたね。 でも 「天地人」 は、阿部サンが出なくなったあとが、格段にひどかったですから、その点ではセーフだったかもしれません。
 景気が悪くなって、役者サンも出るドラマを選んでいられなくなった、ということなんでしょうかね。

 NHKBSハイビジョンの 「蒼窮の昴」 も見逃しちゃったし、この前やった 「ハゲタカ」 と 「外事警察」 の集中再放送を録画したものを少しずつ見ながら、しばらくしのいでいくしかないです。 いや、それにしても 「ハゲタカ」、噂にたがわぬ大傑作ですね。 ずいぶん今更みたいなんですけど、早くレビューを書きたくて仕方ありません。 でもまだ、全部見てなくて。

追記  書いてしまった矢先に面白そうなドラマを、見てしまいました(笑)。 「曲げられない女」 です。 まああり得ない話なんですが、笑えます。

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「茄子 スーツケースの渡り鳥」 見る側のマニア度を測る作品

 NHKBSハイビジョンで2007年のOVA作品、「茄子 スーツケースの渡り鳥」 をやっていたので、前作 「茄子 アンダルシアの夏」 を見ていたのもあって、ちょっと見てみた。 と言っても1時間に満たない作品なので、「ちょっと」 見るにはちょうどいい、というか。

 このアニメ、自転車レースのカタルシスを感じるという一点で見てしまえば、とてもよくできている、大傑作だと初めにお断りします。 そのうえで、いろんな気になる点を、書いてみたい。

 まず、前作も含め、このタイトルは、どうしても気になる。
 なぜ 「茄子」 なのか。
 それを解明するには、このアニメの原作漫画の成り立ちにまで、遡らねばならない。
 この原作漫画は、さまざまな物語のオムニバス形式になっていて、その物語に必ずナスが出てくることがお約束となっているらしいのだ。
 しかしこのアニメ作品を見る限り、そのお約束の必然性というものが、まず感じられない。 とてもその部分だけ、浮き上がっている感じがするのだ。 どうしてそう、主人公たちはナスの漬物が好きなのか(笑)。 別にそんなことは、どーでもいいことなのだが、どーでもいいからこそ、それをタイトルにしてしまう必然がないように思える。
 つまり、この 「茄子」 というタイトルの必然性というのは、原作を知っている人々にしか向かっていない、きわめてマニアックな発信であるように、私には思えるのだ。
 それからこの副題の 「スーツケースの渡り鳥」。
 最後まで、その意味が分からなかった。 自転車レースでほとんど旅暮らし、ということ以上に、何か意味があったのだろうか? この作品を見ても分かるのだが、「スーツケースの渡り鳥」 という副題が、作品の根幹にあまりかかわっていないことは自明だ。
 つまり、この作品において、「茄子」 も 「スーツケース」 も、大した意味を持っていない、単なる目印程度の意味しか持ち合わせていない、ということみたいなのだ。 原作者が、題名にさして意義を感じていないからこその、所業と言えるのかもしれない。

 だがこの不可解な題名及び副題の決め方は、作品に対する理解を混乱させるうえに、アニメファン、原作ファン以外の人に対する門戸を閉ざしている点で、あまり得策とは言えない。

 さらに、この作品を見ていてとても気になるのが、宮崎駿監督のジブリ作品に、とても酷似している面が散見される点だ。 制作を見ると、マッドハウス。 ジブリじゃないのか。
 それをまた読み解くには、この作品の監督、高坂希太郎サンが、もともとジブリの人間で、宮崎監督のいちばん弟子らしいことを挙げねばならない。
 それにしても、主人公のぺぺは 「カリオストロの城」 のルパンみたいだし、相棒のチョッチは次元みたいだし、日本人の女の子ひかるは 「紅の豚」 のフィオみたいだし、お寺の和尚もひかるチャンの弟も、いかにも宮崎アニメに出てきそうな人物ばかり(和尚は 「名探偵ホームズ」 の 「海底の財宝」 に出てくるブルドッグの双子の兄弟?)。 別に肖像権なんてのはないんだろうが(笑)、ここまでジブリ作品に似せなくっても、いいような気もするのだが(笑)。 逆に言えば、ここまで似せるのであれば、ジブリを製作者サイドに絡ませたほうがいいような気さえする。
 こうしたことまで納得したうえで見ないと、長年ジブリ作品を見てきた私みたいな観客などは、少々混乱する。

 それから、これは別に問題にするべき話ではないのだが、声優サンたちの人選に、「水曜どうでしょう」 という北海道のローカル番組の出演者が、結構絡んでいる、という点。
 これも、番組を知っている人なら興味深い点なのだろうが、知らない人にとってはずいぶん、仲間外れにされたような疎外感を抱いてしまう要因のような気がする。 まあ別に、知らなきゃ知らないで済んでしまうことですけど(笑)。

 もうひとつ。 (結構私もキツイですね…)

 この続編の舞台が、日本である、という点。
 もともとこの主人公のイタリア人たちが、日本人チックなのだ。
 だからこの主人公たちが日本に来ても、ちっともまわりの日本人たちと変わらない、というのが、エライ違和感(笑)。 しかも通訳の煩わしさを、完全に取っ払ってるし。 このイタリア人たち、ヤケに日本語うまいなあ…(笑)みたいになってしまう。
 舞台がイタリアだけだったら、こんな違和感など感じないのだが、なぜにわざわざ、日本を舞台にする?(笑)
 ただまあ、ルパンもフランス人だったし(厳密には、日本人とのハーフだったかな)。 国籍による外見上の束縛なんか、べつに重要視していないというのは、アニメ史におけるルパン以来の伝統なのかもしれない。

 自転車レースの細かい描写など、この作品にはそのほかにも、その道のマニアにしか分からないような作品構造をしている点が、多々みられる。
 その点について分かっていれば、ますますこの作品が面白くなるだろう、という扉が、そこかしこに広がっているのだ。

 ただその自転車レースの駆け引きや、登場人物の人生に対する態度との結びつきなど、その見せ方において、この作品は、別にマニアの人じゃなくてもじゅうぶん楽しめる作りになっていることは、間違いがない。
 なにより、この自転車レースの疾走感。
 記事冒頭にも指摘したが、この作品の真骨頂は、まさにここにある。

 この作品が短編であるがゆえの説明不足は、確かにあるかもしれない。 自殺してしまうマルコのことや、レース途中でリタイアしてしまうザンコーニのことや。

 だが、いっぽうで、これを説明しまくってしまうと、かえって野暮になってしまうようにも、私には思えるのだ。
 ちょっとその野暮をしようと思う(笑)。
 レースの終盤、最後方集団から一気にダッシュし、緑色の不気味な煙をまき散らしながら(屁…ではありません、オーラです…笑)残り一周を残してトップを追い越し、一位になった瞬間、ガッツポーズをしてレースを終えてしまったザンコーニ。
 はぁ?
 もしかして、これがファイナルラップだと思った?(笑)

 これは、全盛期を過ぎた男がとった行動として、続編冒頭で自殺をしてしまったマルコの行動と、対をなしている行動のように、私には思えた。 マルコもザンコーニも、全盛期を過ぎた選手だった。
 ザンコーニは、残り一周でそのトップを維持できる体力を、残していなかったのだ。
 だからこそ、最後尾から一気にトップを抜き去る、というパフォーマンスを見せることで、自分の存在感を、最後にほかの選手や観客にアピールしたのではないだろうか。 トップをその争っていたチョッチなどは、ザンコーニのそのどす黒いオーラに、ビビりまくっていた(笑)。

 この物語が短編にとどまっているのは、こういう説明をダラダラしてしまうと、かえって冗漫になってしまうからのような気が、私にはする。
 そこであてがわれている物語を、見る側がどれだけ深く感じることができるのかを、見る側に突きつけている点で、「短編」 という形式の持つ長所を、「茄子」 はまんべんなく発揮している。 その特徴のひとつが、副次的な知識があればもっと楽しめる、というマニアックを強要される点だと思うのだが、別に予習なんかしなくてもじゅうぶん内容が深いと思われる、「茄子」 シリーズなのである。

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2010年1月12日 (火)

「feel the mind」 片山右京サンから、辰巳琢郎サンに交代

 またまた、手短に。

 TBSラジオ 「荒川強啓デイ・キャッチ!」 の中で放送していた、「feel the mind~最上の出会い~」 のパーソナリティが、片山右京サンから、辰巳琢郎サンに交代しました(1月11日より)。
 富士山遭難事故のあおりを食らった形ですが、結局片山サンの復帰は、かなわなかったようです。 どうも前番組の中村雅俊サンのときから、この時間帯、ケチがつき続けている感じがします。
 まあ、雅俊サンの場合は、番組終了と同時に息子サンの不祥事でしたから、ギリギリセーフだった気もしますけど。

 この番組の休止中、TBSラジオでは 「デイキャッチ」 のアシスタントの杉浦舞チャンによる 「Mキャッチ!」 という音楽番組を差し替え放送していたんですが、個人的にはこっちのほうが、よかったなー(笑)。

 なぜかというと、前にも書きましたけど、オジサンたちにとって結構メジャーどころの曲を流してくれるからなんですよ。
 音楽を聴くならFMだろう、とも思うのですが、FMって、正直若者ターゲットで、聞いたことのない音楽ばかり流していて、聴く気にならないんです。
 昔はFMも、放送局がいまみたいに乱立してなくて、実にシンプルで聴きやすかったんですが。

 懐かしどころの音楽、最近の曲でも有名どころばかりかけてくれる、そういう夕方のラジオ番組を、オジサンは、待ち望んでいます。 「Mキャッチ!」 は、まさにそんな番組だったんですがねー。

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「ゆうゆうワイド」 1月12日 森山良子サン、ゲストで出演

 ちょっと聴いただけなので、短い記事になりそうですが。

 1月12日TBSラジオ 「大沢悠里のゆうゆうワイド」 に、森山良子サンが久しぶりの出演をしていました。
 去年(2009年)10月頭の 「ハートオブポップス」 終了からだから、3か月ちょっとなのですが、なんだかとても、懐かしい。 後番組の 「悠里のグッドグッドミュージック」 は、慣れてきたとはいえ、やはり経費削減の匂いがぷんぷんするんですよ。

 「ハートオブポップス」 は、そんなにしょっちゅう聴いていたわけではないですが、この番組は、「ゆうゆうワイド」 の一部だったし、なにより良子サンの近況がコンスタントに聴ける、貴重な番組だったと、時間がたつにつれ思い知らされています。

 番組を持っていた時は、良子サンもどこかに行くたびに、もっといろんなところを見て聞いて、番組のネタにしようとしていたらしいのですが、番組がなくなってもその癖が抜けなくて、いろんなところを見て歩こうとして、ああもうやらなくてもいいんだと思いかえし、ホッとすると同時に、寂しさを感じたりしているそうです。

 ずいぶん長いこと、蝮サンの時間帯までご出演されていたみたいですが、たびたびゲストで、呼んでほしいですね、TBSサンも。
 長年レギュラー枠を担当していたのを切っちゃった罪滅ぼしに。

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2010年1月11日 (月)

「プラネットアース」 逃げる、という行為

 NHKBSハイビジョンで、3年前にやっていた 「プラネットアース」 の集中再放送をしていたので、見ました。
 このところBSハイビジョンでは、「ハゲタカ」 とか、ヤケに集中再放送、している気がします。 それで、やっと 「ハゲタカ」 も、「外事警察」 も、全部録画することができました。 連休の合い間合い間に見ていますが、やたらと重くて、まだ全部見ておりません(笑)。 そのうちに感想をアップしたいものだと、考えております。

 話はそれましたが、この 「プラネットアース」、最初のうちは面白かったんですけど、3本も続けて見ると、さすがに最後は、ダレてきて(笑)。

 でもこういう大自然物は、なんだか子供に見せたくなってくる欲求が、わいてきませんか?(笑)
 だけど子供って、こういうものを見ても、あんまり反応しないことが、多いんですよねー(笑)。 私も子供のころは、この手の番組は、あまり面白いと思ったことがありませんでした。

 番組を見ながら、私の興味は、いつの間にかそっちに移って(笑)。

 どうして子供は、この手の大自然物に興味を示さないのか。

 最初に考えたのは、子供はあらゆるものに対して、先入観を持っていないことが原因なのではないか、ということ。
 つまり、私たち大人は、空とはこういうもの、鳥とはこういうもの、という先入観がある。 だからこういう、自分の先入観では測れない大自然の姿を見ると、子供以上に驚いてしまうのではないか。
 子供はそういう常識自体がそもそもあまり固まっていないので、珍しい大自然の姿を見ても、こんなものかと思ってしまう、そんな気がします。

 それから考えたのが、自然界に生きる動物たちの姿を見ていて、私たち大人は、そこに人間社会との共通性を見ようとしてしまう。 弱肉強食とか、親子の情愛とか。
 子供はそんなものを実感する機会自体が、まだないのです。
 子供が面白がるのは、動物たちがヘンな格好をしていたり、笑えるしぐさをしたり、そんな場面ばかり、そんな気がしませんか? 大昔に流行ったエリマキトカゲ、あれも口開けて両手をダランと下に下げたまま、ガニ股で歩くという姿が、かなり笑えたからこそ流行ったと思うんですよ。

 その傾向は、やはり自然界でも同じなのではないか。
 今回 「プラネットアース」 を見ながら私が考えていたのは、番組とはあまり関係なさそうな(笑)、そんなことでした。
 つまり、ヌー?の大群とか、ヌーの子供たちは生まれながらに大移動の中で暮らしている。 自分が何のためにこんな大移動をしているのか、ヌーの子供は理解しないうちに、そんなものだと思って、行動を共にする。
 オオカミに追いかけられる鹿たち、特に鹿の子供も、どうして自分が逃げるのかを、理解していない。
 みんなが逃げるから、逃げているわけで。
 だから捕まっちゃっても、必要以上に抵抗していないんですよ、番組を見ていると。
 さすがに噛み切られたとかしたら痛いですから、暴れはすると思いますよ。
 でも、「逃げる」、という意味を、動物の子供たちが理解しているようには、私には見えなかったのです。

 「逃げる」 という行為には、確かに反射的な性格もあることは、否定しきれません。
 試しに、幼児たちに向かって怖い顔をしながら 「ガオーッ!」 と叫んで追いかけてみましょう(笑)。 絶対、逃げます(笑)。 だけど彼らは、逃げながらも、どことなく面白がっている。 たまにはホントに怖がってる子も、いますが(笑)。
 でも怖がる怖がらないの違いって、結構その子のそれまでの可愛がられ方に左右されてる気は、するんですけどね。

 動物の子供も、それと同じで、捕まったらどんな怖いことが待っているのかを、知らない。 それを親と同じ行動をすることで、学んでいく。 それは、死と隣り合わせだから、とてもシビアな教育であることは、間違いありません。

 それにしても、「プラネットアース」 に登場する動物や鳥や魚たちの捕食行動を見ていて、大人の私としては(笑)、人間世界も同じだよなあと、ひとしきり考えたりしました。

 捕食する側の生き物は、そりゃいろんなパターンがありましたが、なんて言うんですか、こう、何食わぬ顔をしてそろーりと近づいてきて、食う瞬間は、まさに 「あ゛」!っという間(笑)。
 自分はお前を食うんだよ、みたいな顔をしとらんのですよ(笑)。
 つくづく、人間社会と同じです(笑)。

 まあ、ガオーッ!とコワイ顔して捕食に突進するワニとかも、いますけど(笑)。

 世の中、だけど、あの手この手でこちらを捕食しようとする輩の、…なんと多いことか。

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「蒼窮の昴」 いつの間に始まってたの!見逃した!

 NHKハイビジョンで始まった、日中共同制作ドラマ、「蒼窮の昴」。

 いつの間に始まってたんですか! しかももう第2回まで、終わってるし(笑)。 くぅぅーっ、完全に見逃しました!

 まあ、そのうちに総合テレビでも、やってくれるでしょうが。

 でも、なんだか1月2日が、第1回だったみたいですね。 そんなド正月(笑)から、見ないですって。 もうちょっと、考えてほしい気がします。

 全25回って、結構長い間、やりますよね。

 しかし最近NHK、なんか、ドラマ、やたらと力入れてませんか?
 「蒼窮の昴」 についての内容は知りませんが、宣伝番組を見る限りでは、相当凄いというのが伝わってきます。

 このドラマで私個人として、とても気になるのは、主演の西太后を演じるのが、田中裕子サンであることです。 主役ですよ? しかも中国人。 それを日本人の田中サンが演じるって…。 中国の方々には、「おしん」 で有名だからいいのかもしれませんが、ちょっと引っかかるんですよね。 ちゃんと演じ切れているのかどうか…。 いや、田中裕子サンは演技派ですから、心配には及ばないんですが、見てみたいという興味が、非常にあるんですよ。

 再放送でもなんでもいいから、やってくれないかな、早いとこ。

追記 どうやら2月6日午後1時から、1回から4回までを再放送してくれるようです(NHKBSハイビジョン)。

当ブログ 「蒼窮の昴」 に関する記事
いつの間に始まってたの!見逃した!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-079d.html
アフレコ気にならなければ、結構面白いですhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/post-4cef.html
第4-5回 王道ストーリー、だけど面白い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/4-5-5869.html

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2010年1月10日 (日)

「龍馬伝」第2回 えらい天気雨じゃったのう(笑)

 冒頭から、「江戸に行きたい」 と父親(児玉清サン)と兄上(杉本哲太サン)に土下座して頼み込む若き龍馬(福山雅治サン)。
 今回の 「龍馬伝」 の論点は、その龍馬の人生を貫いた、「人と人との橋渡し」 の、まさに根源となった挫折を描くというところに集中していた気がします。

 龍馬が江戸行きの代わりに命じられたのが、久万川の洪水を防ぐための堤造り。 そこの監督役で意気揚々と龍馬が赴くと、現場の雰囲気は、サイアク(笑)。
 なんでも田んぼの水の取り合いでいっつも反目している村同士の共同作業だったことが、その原因だとか。
 そんな不穏な空気が充満している現場では、作業もはかどるはずもなく(笑)、しかも昨日今日来たばかりの若造の言うことなんか、誰も聞くはずがなく(笑)。
 そこの現場でいちばんエライ人が、いちばんの無経験者、っていうのは、こりゃキツイものがあります、やっぱり(笑)。 このシチュエイションの作りかたが、まずうまい。

 この閉塞状況を打開しようとした福山龍馬サン、、「分からん!分からん!分からんーっ!」 と悩んだあげく、風車のまわるのを見て、変人ガリレオのごとくひらめいたのが、「風通しを良くすれば、現場も回るじゃろう」 という考えだったのでしょう、口ではどうこう言っておりませんでしたが。

 福山サンは酒とつまみを現場に運び込んで来て、作業をストップ、飲み会を開いて弾き語りを披露(笑)。 って現代風に言えばそういうことになるのでしょうが、結構これが、浅はかな考えでして(笑)。

 つまりまあ、こんな上っ面の仲直りなんか、急に言われたって出来るはずもないんですよね。

 しかも、作業員である百姓たちは、上士でも百姓でもない、宙ぶらりんの身分にいる下士の龍馬を、見下している。
 「土佐の国を動かちしゅうがは上士様じゃ! コメを作りゆうがはわしら百姓じゃ! 下士はなんにもしちゅらん。 いったいおまんらは、何のためにおるがじゃ!」

 この言葉には、龍馬はもちろんのことですが、大森南朋サンにうながされてこの現場に来ていた児玉清サンにとっても、はらわたがえぐられるようなキッツイ言葉であったに違いありません。 今回の児玉清サンは、つぶさに龍馬のことを見守っていて、とても感動的な父親役を演じていました。
 父子そろって侮辱されることの、この構図の作りかたは、とても素晴らしい。

 しかしこの龍馬、百姓たちの言葉に負けてない。

 「確かに、わしら下士は、犬のクソかもしれん。 けんどなあ! みんなちっくと聞いてくれ! この久万川は毎年のように氾濫する! そのたびに大勢の人が苦しんじゅう! あのむこうにあるうちにはもう女しかおらんそうじゃ! 男はみんな洪水で死んだそうじゃ! …残っちゅう母親と娘は、わしらのことを仏様のように思っちゅう。 洪水を止めるために働いてくれるおまんら、心の底から感謝しちゅう!」

 けれども村人たちは、龍馬が土下座して必死に止めるのにもかかわらず、次々帰っていく。
 つらい場面です。 口先だけでは人は動かない。 それがいくら人の心を動かす話であったとしても。 言ってみせ、やってみせ、ほめてみせなくては人は動かない、確かそんな言葉がありましたが、人を動かすには、まず自分が動かねばならないのです。

 それを龍馬が骨身にしみて分かるのは、加尾チャン(広末涼子チャン)が自分に縁談話があると、その久万川の現場にわざわざ弁当を持参で龍馬に会いに来た時、「いいんじゃないのー」(笑)みたいな返事をしてしまったことがきっかけ。

 龍馬としては、ちょうど自分の無力さに打ちひしがれている状況であったし、加尾チャンに 「そんなのやめてオレと祝言をあげろ」 なんて言えるような自信のある状態ではないことは分かりますが、これはいかにも加尾チャンの気持ちに気付いてあげられない、無神経な返事でありました。

 おもむろに龍馬が食べていた弁当を取り上げて(笑)、「私は、子供のころから、ずっと、ずうーっと龍馬サンが好きやったのに!」 と帰ってしまう加尾チャン。 残されたのは、持ちっぱなしのお箸だけ(笑)。 龍馬、ボー然(笑)。

 「…わしは、人の気持ちが、分かっちょらん…なにひとつ、分かっちょらん!」

 雨が降り出しているのにみんな帰ってしまった現場で、ひとり泥まみれになりながら俵を積み上げ続ける龍馬。 「…わしには、無理じゃーっ!」 絶望の淵であります。
 そこに、村人たちが、戻ってくる。 ここらへん、ちょっと簡単な気も、しましたけどね。
 「みょうな侍じゃのうおまんはー!」
 「おまんのためじゃないぜよ。 この仕事には、人の命がかかっとるじゃき!」
 つまり、龍馬の先だっての説得が、村人たちの心に、届いていたっていうことですよね。 そこにもうひとつ、自分ひとりになっても作業を続けていた龍馬の姿を見てようやく、村人たちは、動いたということです。

 まあしかし、なんつーか、まがりなりにも、龍馬は人と人とを、初めて結びつけたわけで(笑)。

 それにしてもこの感動的なシーン、大雨なのに、ヤッタラ晴れていて(笑)。

 もう少し、なんとかならなかったんでしょうかね(笑)。 ピーカンもいいところでしたよ(笑)。

 そして父上は、龍馬の江戸行きを、千葉道場への弟子入りを条件に、認めるわけですが。

 往来でまたまた、土下座してました、龍馬サン(笑)。 なんか、都合3回か4回くらい、今回は土下座してましたね(笑)。

 おしまいは、今回の 「弥太郎伝」(笑)。
 加尾チャンが龍馬にお弁当を持っていって、龍馬がそれをうまそうに食べている、イッチバン間の悪い場面に遭遇(笑)。
 嫉妬の炎が、メラメラメラーっ!(笑)
 もうちょっと我慢して見ていれば、龍馬と加尾チャンのケンカ別れシーンまで、見れたのになー(笑)。

当ブログ 「龍馬伝」 に関する記事
♯01論点が、はっきりしちゅうhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/1-e718.html
♯02えらい天気雨じゃったのう(笑)(当記事)
♯03食われっぱなしぜよ、福山サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/3-8e96.html
♯04佐那チャン、ツンデレ、してません?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/4-5776.html
♯05アイデンティティの崩壊http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/5-d115.html
♯06本分をわきまえる、ということhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/6-766e.html
♯07父のこころ、子のこころhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/7-e1b3.html
♯08汚さに磨きがかかる(なんだソレ?)弥太郎殿http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/8-8680.html
♯09思想か、命かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/9-febd.html
♯10もっとなんとかできたはずhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/10-b847.html
♯11龍馬が担ぎ出される、その理由http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/11-ac67.html

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「恋のから騒ぎ」 1月9日 ハイパーチャン、なんかすごいなあ

 今回1月9日の 「恋のから騒ぎ」 は新年早々、卒業に向けて最終コーナーを回った感じがするほど、パワーのある放送だったんじゃないでしょうか。 なんか、これだけ笑ったのは、今年に入って初めてだったような…。 初笑いを、させていただきました。

 それというのも、今回のお題が 「いろんな意味で将来が不安なメンバー」。
 こういうテーマでは、必然的に中傷合戦になるのは、目に見えているわけで(笑)。

 けれども、どことなくぎくしゃくしがちになりそうなこんなテーマでも、なんだかみんな和気あいあいといった感じ。 そのムードを、本人も無意識のうちに先導しているのが、ハイパーチャンなのです。
 …なんか、一気にMVP候補の筆頭になってきた気がするぞ、このコ。 恋愛話がないのに(笑)。
 しかも、なんだかこのコ、回を重ねるごとに、メイクがうまくなってきてませんかね? バカっぽいのに、ホッとする。 一緒にいて、肩の凝らないタイプのように思えます。 トロ臭いコが嫌いなタイプには、受け付けないでしょうけど(笑)。

 「絶対金持ちにならないからねハイパーは、そういう金持ちの男も寄ってきへんわ」 とさんまサンに名指しされたハイパーチャン、「情報収入源としては欲しいですね」。
 ものきのデルモチャンに 「楽屋で日経新聞読んでた」 とばらされて、株とかのお金儲けを考えているような雰囲気なんですが、「株どうなってるの今?」 と訊かれて、「…えーとドバイが急降下ですね」(笑)。
 ドバイショックのことを言っているのだろうと思いましたが、どこまで分かってるのかな?みたいな感じで笑えます。 ホント、頭がいいのか悪いのか(笑)。 不明です(笑)。

 「メールの返しが早い」 という意外な側面もあるらしいのですが、メールを送る時はやたらと画面に目を近づけているらしくて(笑)「近眼なのかオマエは?」 と訊かれ、「いや、…健全です」(笑)。

 そのハイパーチャンが 「将来が不安」 だと名指ししたのが、金持ちチャン。
 「この前の、クルザー(クルーザー?笑)と花火の話で、そのインパクトからメイドさんがおるってウチは読んだんですよ。 家事洗濯をする機会がないと思うんよ。 あれっ!洗濯機どうやって回すんじゃろ? あれっ!ダッタカダージャーって、あれっ!水がねえ、水がねえ、あれっ?どうやってするんじゃろう?」 途中から身振り手振りの実演つきです(笑)。
 さんまサン 「お願いだから死んでくれ!」(笑)

 ハイパーチャン 「旦那サンのごはんくらい手作りでね」
 さんまサン 「どうやねん金持ちこの意見」
 金持ちチャン 「えっ、お料理教室行ってましたよ」
 さんまサン 「…ほらね」(笑)

 さんまサン 「オマエ料理作られへんのやろ?」
 ハイパーチャン 「できるよ、煮物くらいでしたら」
 さんまサン 「彼氏に作ってあげることあるの」
 ハイパーチャン 「スガチャンに作って…」
 さんまサン 「菅チャンて、またこの番組のプロデューサー?」(笑)

 さんまサン 「どういうの作ってるの煮物ったって」
 ハイパーチャン 「お魚屋さん行ってあのー、メバル、〆たてのメバル買うて…」(笑)

 結婚願望ない人、というさんまサンの問いかけにも手を上げて。 「なんでオマエ、結婚願望ないねん?」「まだ、あのー、家庭に収まりたくはない…」(笑)
 ゲストのナイツにも、「バリバリのキャリアウーマンか!」 と突っ込まれる始末(笑)。 「あいつスゲエ…」「最高だな…」 と、感心までされてしまいました。

 今回ほかにも面白かったのは、58歳の男をフって65歳に乗り換えようとしていた58チャンとか(笑)、結婚して子供をあやしている姿が怖そうなPTAチャンとか(笑)、結局フツーの女の子だった魔性の女、民謡チャンとか(笑)、いやー誰が説教部屋なんだろう、候補ありすぎ(笑)という感じでしたが、結局 「片付けられない女」 久保田智美チャンでした(笑)。

 説教部屋では、バッグとカート持参で(笑)。 いやはや、これから着るという服までグチャグチャに丸めて詰め込んでいて、話以上の壮観さでした(笑)。 近所のチラシの 「ホタルの会」 とかいうのも入っていて(笑)。 あーもう、ハラ抱えて笑いました(笑)。

 今期の 「恋から」 では、今回は最高傑作だったよーな気がします。

当ブログ 「恋のから騒ぎ」 2009-2010年(16期)に関するほかの記事
アッハーハー、笑えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-ce54.html
ふくスま弁だぁ~http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-8d55.html
ミスピーチ、がんばってねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/04/post-775d.html
ミスピーチ改め民謡の魔性の実態http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/post-d59c.html
今週のミスピーチ、いや民謡チャンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/05/523-e36e.html
今週の民謡チャン第2弾http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/06/post-47af.html
民謡チャン、白虎隊は福島県人の誇りでしょhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-c994.html
ビリー・ジョイトイって…(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/post-a64e.html
民謡チャン、方針転換ですか?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/08/post-7840.html
最近どうも、モヤモヤしますhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-af2a.html
ハイパーチャン、暴走し始めた(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-03df.html
民謡チャン、久々ヒットで、アタシャうれしい!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/post-4ec3.html
民謡チャン、やっちゃいましたねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1212-0482.html
うわっ、出っ歯じゃ!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/1226-2022.html
ハイパーチャン、なんかすごいなあhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/19-9f33.html
ハイパーチャン、メンバーから嫌われ始めた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/116-d3b1.html
ハイパーチャンも、ものきのデルモも…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/130-484e.html
PTAチャンの危険なダンス、ふたたび…http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/26-pta-a309.html
アレ?鬼太郎チャン、戻ってきた?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/213-d701.html
驚いたことふたつhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/36-pta-2040.html
「ご卒業SP」 MVPの意外すぎる人選http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/09-10mvp-a88b.html

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2010年1月 9日 (土)

「A-Studio」 薬師丸ひろ子サン 違和感を抱えながら生きること

 「A-Studio」 1月8日ゲスト、薬師丸ひろ子サン。

 私たちの年代の男どもで、彼女の映画を見たことのない人って、いるのかなーという感じがします。 かく言う私も、デビュー当時から彼女の大ファンで。 いや、ファンという感覚じゃなかったですね。 なんというか、薬師丸サンには失礼ですが、同じ時代を生きてきた 「同志」 という感じがするんですよ。 好きとか嫌いとかいうレベルを超えて、オレたちの世代の輝かしい代表、みたいな。 オレたちの世代から生まれた、初めての大スター、という感じでした。
 彼女のほうがいくらか先に生まれているんですが、学年は一緒です。

 で、今回は番組の内容から遠く離れた話になってしまいそうですが、その人気絶頂のころの話を番組ではしていたので、さほど遠くもないかもしれません。

 薬師丸ひろ子サンがデビューしたのは、番組でも紹介していたように、角川映画の 「野性の証明」(1979年)でした。
 当時角川映画というと、凋落の極みだった日本映画の、まさに救世主、という感じだった気がします。 「犬神家の一族」「人間の証明」 という2本の映画は、原作本と抱き合わせの興行というプロモーション方法から、スタイリッシュなパッケージングから、何から何まで、それまでの貧乏臭い日本映画とは、一線を画していました。 いまからふり返ってみても、角川映画の全体的な手法は、現代の映画興行の原型を形作っていた気がします。

 その、「人間の証明」 に続く 「証明」 シリーズ第2弾として公開されたのが、「野性の証明」 でした。
 高倉健サン主演といい、町田義人サンの歌う主題歌 「戦士の休息」 といい、当時のチュウボウどもはそのカッコよさにシビレまくっていたものです。
 その映画のヒロインが、まるで巫女のような不思議な感覚を漂わせた、ひとりの女の子。
 それが、薬師丸サンだったわけです。

 ここから薬師丸サンは角川春樹社長の秘蔵っ子として、番組でも紹介されていたように、極端な露出制限。 映画以外には一切出ないという神秘的なキャラクター作りが成功して、なんだか異様なほどの人気を得ていくわけですが。

 その人気が爆発したのが、「セーラー服と機関銃」(1981年)。

 原作者の赤川次郎サンもそれでブレイクしたような感じがします。 角川サンのプロモーションの方法は、つくづくうまい。
 番組では、そのセーラー服が、彼女の学校の制服と変わらなかった、という意外な話まで飛び出しました。 今は亡き相米慎二監督の、「ゴミ」 とか 「ホコリ」 とかで彼女を呼ぶ厳しさと、監督の膝の上に乗っていたという優しさとの同居。 そんな複雑な相米サンの一面を、薬師丸サンは話してくれました。
 そしてその同名の主題歌の大ヒット。

 角川映画の大看板、というイメージが完全に定着したこの映画でしたが、個人的にはなんでこれほどまでに騒がれるのだろう、という気がしてきたのも、このころです。
 ちょっと過熱しすぎじゃないのかな、という感じ。
 「セーラー服と機関銃」 という映画自体が、そう大作ではないのに結果的に名作だったこともありますが、それまでの角川映画のイメージ作りが、完全に成功した、成功しすぎた結果の過熱ぶり。

 このころからかな、なんだか彼女の映画に違和感を感じ始めたのは。 いや、「翔んだカップル」 とか 「ねらわれた学園」 とか、アイドル的な売りかたをしていた時期から、じゅうぶん違和感はあったんですけどね。
 なんだか場違いなところにひとり取り残されているような、「野性の証明」 のころから脱皮できなくてもがいているような違和感です。

 でも、私が彼女に本当に共感し始めたのは、まさにこの違和感を抱き始めたのと同じ時期だったと思います。
 今回の 「A-Studio」 で彼女は、自分はこの仕事に向いてないんじゃないかと、ずっと考えていたということを告白してくれました。 「Wの悲劇」 という、自分の女優としての才能を開花させてくれたような作品に出会ってもなお、「自分には向いていない」 と思ってしまう。
 私が彼女の演技を見ていて感じていたのも、まさにその点だったような気がします。

 薬師丸ひろ子という女優には、常に 「自分はここにいちゃいけない人間なんじゃないだろうか」 という逡巡が見える。
 それは、角川事務所によって作り出されたある種の 「こけおどし」 的な巨大なイメージとの、格闘の代償だった気がします。
 でもそれが、ひとつのリアリティを醸し出しているような気も、するのです。

 私も、自分の人生に対して、いつも自分は場違いなところにいるんじゃないかという気持ちを抱えながら、生きてきたような気がします。
 彼女もいっしょだったんだ、と分かって、だから彼女に共感して、「同志」 という目でいつも一緒に生きているような気がしたんだと、今回の番組を見て、ちょっとひとしきり納得してしまいました。

 このほど公開される映画 「今度は愛妻家」 の監督、行定勲サンも、私より何歳か年下だったと思いますが、完全なる 「薬師丸ひろ子」 世代のかたらしい。 そんな 「薬師丸命」 の監督が、薬師丸サンのために作ったと言ってもいい映画、これは同世代の私にとってはとてもうれしいことでもあるし、こういう映画に出てほしかったんだよ!という作品であるだろうことは、想像に難くないのです。

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2010年1月 8日 (金)

「絢香 22歳のラストステージ」 泣けました…

 難病のため無期限の歌手活動停止をすることになった絢香サン、そのラストライヴと紅白歌合戦でのラストステージを追った、NHKの 「絢香 22歳のラストステージ」。

 今回の記事は、ほとんどその内容説明に終始してます(笑)。 だって余計な感想なんか、すっごくジャマ(笑)。

 この番組を見始めた私の当初の興味としては、そのバセドー病という難病は、いったい治る病気なのか、無期限とは言うものの、復帰はあり得ないのか、ということでした。

 その疑問に、結果的に番組は丁寧に答えてくれたんですが、そのことよりも、番組を見続けているうちに、絢香サンの歌に賭ける悲壮なまでの情熱が、歌われる歌の歌詞からひしひしと伝わってきて、言われもない感動に包まれました。 そして、最初聴いた時は普通の励ましの歌に思えた 「みんな空の下」 が、だんだん重たい意味を持っていくのを感じました。 …言ったそばから、余計な感想語ってます(笑)。

 インタビューであらためて浮き彫りになっていたのが、このコは本当に、歌を歌うことが好きで好きでたまらないんだ、ということ。 歌を歌うために自分は生まれてきた、と言ってもいいくらい、なくてはならないものなんだ、ということでした。

 そんな彼女が、水島ヒロクンとの婚約を発表した時に、周囲にもまるで話していなかった、歌手活動の停止を同時に発表した。
 その時に泣いてしまったことを、こう語るのです。

 「誰も知りませんでしたあそこであれを言うのは。 私がもう…私だけ発信でした(笑)。 なんか、…言いながら、あそこでこう、泣いてしまったっていうのが、いまこう冷静になってその映像を見たり思い返したりするとやっぱり、…自分で決めたことなのに、…とはいえ、…『ああ、歌うことを休むんだ』 っていうことに対しての淋しさだったりとか、やっぱりそこにいちばんグッときてしまったんですよね。 自分で言いながら。 『病気がつらい』 じゃなくて(ここでちょっとこみあげ気味になって)…『歌を、ホントに休む』 って決めた、みたいな…イコール歌が歌えなくなってしまう期間があるっていう、そこに対しての淋しさで、グッときてしまったので」

 そして、10月に青森つがる地球村・野外円形劇場で行われた、体調不良のためキャンセルされたライヴの再公演。 ステージに出てきた彼女は、元気にあいさつしながらも、こみあげてくるものを押さえられない。 ああ~もうこっちも、ダメです(笑)。

 「もー、なによりも楽しくて、なによりも幸せな時間ですねー。 自分が大好きな歌を、体で、目で、耳で、肌で、全部で感じられる場所って、ライヴしかないって思う」

 そのライヴで歌われた曲は、9曲。 これって普通の感覚から言うと、ずいぶん少ない気がします。 つまりそれだけ、彼女がベストを出していられる時間が短い、ということになる。 その病気がいかにしんどいものなのかを語って余りあります。

 ラストライヴの会場となる、大阪城ホール。 彼女が小学5年の時、ここで初めて、母親と一緒にジャネット・ジャクソンのライヴを見た、という思い出の場所だそうです。 その場所で、最後のステージをやりたい、という彼女の強い希望。 どこかに行ってしまった、というそのコンサートのチケットでしたが、後ほど実家から、それが送られてきて。 あっこれは、キョードー東京のチケットですかね? 私が2002年に行ったポール・マッカートニーのライヴのチケットと、仕様が一緒でしたよ。 ずいぶん後ろの席だったようです。

 デビュー曲が主題歌だったドラマ(「輪舞曲」)を見ていたこともあって、個人的にはデビュー時からとても印象に残っていた絢香サン。 デビューから1年を過ぎてすでに、バセドー病に罹っていたらしくて。
 動悸や息切れがして疲れやすくなっていったと言います。 「ホルモンが異常に出てしまう病気だから、新陳代謝がスッゴイ、いいみたいなんですね。 常に、マラソンしてるくらいの状態が体に起こっているらしくて数値が高い、だから、1曲歌ったりするともう、ハーハーなっちゃって、っていう感じでしたね、ひどいときは」

 だから年末の、紅白歌合戦でのラスト唱でも、あんなに汗をかいていたんですね。 どうしてかな、汗っかきなのかな、なんて思って見てましたけど。

 ただ、いくら病気になっても、休むなんてことはさらさら考えていなくて、なんとかして病気と共存していこうとしたらしいのですが、水嶋ヒロクンがその絢香サンの考えを改めさせた。

 「病気を見て見ぬふりをしてやり続ける歌と、ちゃんと体を整えたあとの何年か後の歌と、どっちが人に気持ちを伝えられる歌ができると思う?」…この水嶋クンの言葉は、ただひたすら、重いですね。 なんか、ふたりとも、すごい若者だよなあ~。

 そして、最後のライヴのリハーサルでも、ちゃんと歌うことをしなかった 「みんな空の下」。
 「すごく、今の自分にとって、感情移入をしてしまう曲だからこそ、あんまりリハーサルで、そのパワーを使いたくないっていう思いが、あったんで、なるべく本番に、本番に降りてくる自分の素直な気持ちと、景色と空気のなかで新鮮な気持ちで歌いたかったので、あえて、歌わずに」
 「もともとは自分のことっていうよりも、その友達を思って書いた曲だったんですけど、それが1年半たっていざリリースするってなった時に、今度自分の状況にすごいぴったりになってて」

 1曲1曲クタクタになりながら歌い続けて、それでも明るく前向きに生きようとする彼女の姿を番組で見続けていたら、この歌の歌詞が、しぜんとこちらの胸に、響いてきて。

 あなたの笑顔は誰よりも輝き
 くもり空まで晴れにしてしまう
 何度も高い壁 乗り越えたから
 何も怖くない ひとりじゃないよ
 みんな空の下

 「いつかは分からないけれども、…戻ってきますよ、間違いなく」 と語る彼女。
 まだ22歳、ゆっくり生きることも、必要だと思います。 歩みを止めると、見えてくるものも、きっとあるのだと思います。 それがすべて、また生きていく糧になっていく。

 その歌に込めた思いが、あまりにも強烈過ぎて、その勢いで病気まで連れてきてしまったように見えた絢香サンでしたが、きっとこの高い壁も、乗り越えていくんだと感じた、今回の番組でした。
 ああ~どうも、ヘタクソな感想しか、書けないなー(笑)。 なお、私の住んでいる東京では、来週1月11日の午後1時5分から、再放送するみたいです。

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2010年1月 7日 (木)

「きらきらアフロ」 2010年新春スペシャル あー失礼な女…(笑)

 ちょっとはじめに、キツイこと書きますけど。

 このところあまり真面目に見ていない 「きらきらアフロ」 だったのですが、なぜかというと、松嶋尚美チャンの鶴瓶サンに対する態度が、あまりにも失礼なのが、ちょっと鼻についてきたかなーという気がしていたせいです。
 鶴瓶サンもそれを逆手にとってネタにしてはいるんですが、それでもちょっとくらい敬意を払っている面を見せたりすれば、ああネタなんだなーと見る側も認識できます。 それが、番組を見ている限り、まったくかけらも見かけられない。 完全な、友達感覚というようにしか見えないんですよ。
 まあこれはただ単に、「番組を見ている限り」、という感覚なので、本当は違うのかもしれませんけどね。 ちょっと私の 「きらきらアフロ」 を見る意欲が、それで減退していた、ってことだけの話です。

 ただこの尚美チャンの傍若無人ぶりが、彼女の面白さのひとつではあります。
 2010年新春スペシャルの今回も、特別ゲストとして登場した亀田興毅クンのチャンピオンベルトにベタベタ触ったりつけさせてもらったり、鶴瓶サンも 「このベルトはそんな軽々しいものじゃないんじゃ!」 みたいなことを言ってたけど、そんなことお構いなし。
 しかも、亀田興毅クンと大毅クンを混同していて(笑)。 2年前に負けた大毅クンを興毅クンだと思っていたもんだから、負けた雪辱を今回果たした、みたいな感覚でこの人を見ているわけですよ(笑)。
 それで話に加わってくるものだから、話が大混乱(笑)。 鶴瓶サンも興毅クンも、ただただ、呆れかえっていました(笑)。 面白いけど、チャンピオンに対して、ムッチャクチャ失礼やなー、この人(笑)。

 そんな 「超」 失礼女(笑)尚美チャンのおかげもあって?今回とても強く印象に残ったのは、亀田興毅クンの目上の人に対する態度のよさでした(笑)。
 途中参戦した橋下徹大阪府知事にはそれほどでもなかった気もしますが(笑)、鶴瓶サンには、年配だと思うせいか、ちゃんと敬語を使っておりました。 この間の内藤選手との世界戦でも、客席から応援していたオヤジサンの声だけはなぜか聞こえたみたいな、ちょっといい話もしてましたし。 なんか、結構人間ができとるじゃないですか。

 橋下知事は亀田クンに、その彼のオヤジサンに大阪の子供たちを教育し直してほしいみたいなお願いをしていたけど、それはどうかなー…(笑)…と考えて、いや、それは勝手にこっちが抱いているイメージだからなーと、ちょっと思い直しました。
 尚美チャンに対するイメージも、興毅クンに対するイメージも、こちらが勝手に思い描いているだけのことですからね。

 実際にお付き合いしてみないと、その人の人となりは分からないもんなんじゃないかって、お笑い番組を見ながらそういう別のことを、考えてしまったわけです(笑)。 小沢幹事長も、朝青龍関も、結構みんな、話をしてみりゃいい人なんじゃないですかねー。

 それにしても、学力も体力も47都道府県の中では下位クラス、悪さをする率ばかりが多いという大阪の子供たち、みたいな話をしていた時に、尚美チャンが放った一言。
 「東京で私が悪さして率を上げてやるわ!」(笑)
 …なんか、この人の天然ぶりには、ブッ飛ぶことが多いです(笑)。

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「BS世界のドキュメンタリー」 世界を変えたイマジン

 NHKBS1 「世界のドキュメンタリー」 で、「ビートルズ解散40年」 と銘打って、いろんな角度からビートルズの番組を流している。 都合6本、放送された。 うち2本は前編後編に分かれていたから、実質4種類の番組が流されたことになる。
 その出来には多少ばらつきがあったが、総じてドキュメンタリーにありがちな教養的な部分が散見し、ちょっと気を抜くと、寝てしまうような部分も(笑)あった。

 その一発目は、2003年にイギリスとオーストラリアで制作された、「世界を変えたイマジン」(前編・後編) という番組だったが、これがどうにもアクビの出る内容で(笑)、最後まで見るのにだいぶ苦労した。
 確かに初めて見るようなジョンの映像もあったのだが、だいたいジョンがしゃべるようなことは想像がつくほどのフリークとしては、もうこれ以上は増えることのないジョンの映像を、このようなこま切れ状態で改めて見ること自体が、結構かったるくなっているのだ。 どうせなら、ジョンがしゃべっているところだけを延々とやってもらった方が、よほどいい。

 この 「世界を変えたイマジン」 という番組で強調されていたのは、ジョンとヨーコがいかに戦争をしたがる人々から疎まれ、戦争反対の立場の人々からいかにその反戦活動の効果を疑問視され続けてきたか、ということだったように思う。 そしてこの番組が放送された2003年当時、まだ生々しかった9.11の怨嗟から人々を解き放つための歌に昇華した 「イマジン」 のありかたを、淡々と描き出していた。
 さらにおよそ宗教を否定しているこの曲が、結果的に宗教っぽくなっていることの、識者の指摘。

 この番組中、ひとりのジャーナリストが、盛んに 「イマジン」 という曲およびジョン・レノンを罵倒していたのだけは、特に印象的だった。
 彼の批難はいたずらに感情的で、ただ売名行為的な動機でクソミソに 「イマジン」 をけなしているように思えたほどだった。
 彼の話によれば、自分が貧乏だった子供時代に、大金持ちだったジョンが 「財産なんかないと想像してごらん」 と歌っていたのが、どうにも気にくわなかったらしい。 おまけに、そんなもので戦争なんかなくなりゃしない、戦争という行為は自分たちを守るための正当な行為なんだ、とさえ口走っていた。

 だが正当な行為のために人を殺すのは、はたして正当なのだろうか?
 それに、なにが正当なんだろうか?
 そんなものは、国家とか宗教とかが勝手に決めていることなんじゃないのか?
 だったらそんなもの、最初から、ないと思ってしまえばいい。
 ジョンが 「イマジン」 で言っているのは、そういうことなのだ。

 このようなジョンの反戦思想は、当時からあまりにヌルすぎる、という批判を受けてきた。 だが戦争をやめる第一歩というのは、相手を憎むことをやめる、ということだ。 ここから始めなければ、根本的な問題など解決しない。

 ここで重要な意味を持ってくるのが、「みんなが今日のために生きていること」「みんなが平和に暮らしていること」 を想像してごらん、という 「イマジン」 のくだりだ。

 これは、それまで平和な家庭を築くことができず、前妻のシンシアを傷つけ、シンシアとのあいだの子供ジュリアンを傷つけてきたジョンだからこそ、浮かんできた一節のように、私には思えて仕方ない。
 ここでジョンを、言ってることとやってることが違うなどと非難することはたやすい。
 だが、過ちを犯してきた過去があるからこそ、そうしないでこれからは生きていこう、という決意が、より強い形で、できるのではないだろうか。
 そう考えると、「イマジン」 が単に平和を願う歌という、狭い評価に堕してしまっているもどかしさを、私などは感じてしまう。

 「イマジン」 は、単なる反戦歌ではない。
 ジョンのそれまでの人生から、必然的に生まれざるを得なかった歌なのだ。

 それにしてもこの番組、「イマジン」 をあの手この手で何度も流すのには、閉口した(笑)。 おかげで何度、眠りこけてしまったことか(笑)。 そのために何度も巻戻して見て、記事にするのがエラク遅れてしまいました(笑)。 このあとクラウス・フォアマンの番組と、クオリーメンの番組と、冷戦下ソ連のビートルズ人気を描いた番組と、どうやって記事にしようか、正直、ゲンナリしてます(笑)。

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2010年1月 5日 (火)

「NHK歌謡コンサート 祝700回」 紅白よりよかった…かな

 2010年最初の 「NHK歌謡コンサート」 は、700回記念の拡大版。 全部見たわけではなかったですが、こないだ(まだ1週間、経ってないんですねえ…)やった紅白歌合戦より、聴きたい曲がいろいろ聴けてよかった気がします。

 特に、八代亜紀サンの 「舟唄」。
 これって、映画 「駅STASION」 で倍賞知恵子サンの印象的な歌が聴けた、紅白歌合戦のなかでも、歴史的な歌のカテゴリーに入る気がします。 しかも今回の 「歌謡コンサート」、その倍賞サンが出ておりました。 紅白で、聴きたかったなあ。 いや、こういう曲こそ、紅白でやるべきなんですよ。

 去年の紅白は、60回という節目だったのだから、もっとこういう、紅白に貢献したような曲を、もっともっと聴かせるべきだったと、思うのです。

 森進一サンは、「襟裳岬」 と 「冬のリヴィエラ」 が聴けました。 いや、ひとり1曲でなくても、いいんですよねー、紅白も。 だいたいその原則なんか、とっくに崩壊してるじゃないですか。 紅白スペシャルとかでメドレーやったり、ワンコーラスずつ2曲やったり、平気でやってますよね。 嵐なんか、4曲も矢継ぎ早に歌っとったじゃないですか。 もう、関係なく、やっちゃえばいいんですよ。 だからアッコサンなんか、イライラしとるんじゃないんですか?

 北島三郎サンも、私が本当に聴きたかった、「帰ろかな」 を最後に歌ってくださいました。
 ただこのアレンジには閉口。
 何だってこんな大仰なアレンジをするんですくわー。
 しかもベースが、ブンブン鳴ってるし。 途中で 「カラスなぜ泣くの」 なんてコーラスが混ざるし。
 「帰ろかな」 は、限りなくオリジナルに忠実なアレンジで、聴かせてもらいたいものです。 マリンバのひそやかな音と、「帰ろかな、帰るのよそうかな」 という歌詞にとてもフィットした、迷っている心情を音にしているような、そんな秀逸な編曲なのです。
 こんな大げさなアレンジでは、「帰るのよそうかな」 と歌いながら、「帰るぞー!帰るぞー!」 と言っているようで、ダメです。
 しかも、2番が抜けてました。
 この曲、1番から3番までしっかり歌って、やっと意味が通じる曲なのです。
 ああ~もう、頼むよー。 「カラスなぜ泣くの~」 なんて歌っているあいだに、歌っとくれ(笑)。 カラスの勝手でしょ~(笑)。 あれ?夕焼けこやけ、だったっけな?(笑)

 途中で寸劇とかあって、それはそれでヌルかったですけど(笑)、紅白にももっと、派手派手だけでなく、こうした心にしみわたるような姿勢が欲しいなあ、と思った、今日の 「歌謡コンサート」 でした。

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2009年私のベストテレビ

 日本のテレビ界で何が不満かと言って、アメリカのエミー賞みたいな、自分たちの作った番組のベストを決めるアワードがないことです。

 そういうものがないから、自分たちの作ったものに誇りが持てない。 クズみたいな番組を量産しても、なんのてらいもない。 年に一度ぐらい、各局持ち回りで会場を提供し、自分たちの作った番組の大賞を作ってみたらどうでしょうか。

 ドラマ部門、バラエティ部門、特撮・アニメ部門、報道部門、教養部門、音楽番組部門。 そしてその中から、さらに大賞。

 さらに、それに付随した歌番組もつくる。
 ドラマの主題歌とか、番組のテーマ曲とかで、いちばんよかったものの大賞を作るんですよ。 レコード大賞とか紅白なんかより、よほど興味深いと思いますけど。

 こんな、各局ごとの壁を完全に取っ払った、全局一丸となったアワードって、すごく面白い気がします。 競争意識がはたらいて、自分たちの作るものをもっとよくしようっていう気も起きて、一石二鳥ですし。

 そんなものは今のところ空想でしかできないので、とりあえず自分が去年見た番組の中から、とても偏見に満ちていますけど、ベストテレビを決めてみようかな、と思います。 下らないんですけどね。 見たいテレビがなくてヒマなんで(笑)。

 まずドラマ部門のエントリー。 カッコ内は、在京のテレビ局にしてます。
1.天地人(NHK)
2.ありふれた奇跡(フジテレビ)
3.ゴーストフレンズ(NHK)
4.白い春(フジテレビ)
5.ぼくの妹(TBS)
6.スマイル(TBS)
7.MR.BRAIN(TBS)
8.官僚たちの夏(TBS)
9.任侠ヘルパー(フジテレビ)
10.JIN-仁-(TBS)
11.ギネ(日本テレビ)
12.不毛地帯(フジテレビ)
13.坂の上の雲(NHK)

 や、完全に自分の好みが出てます(笑)。 日本テレビとテレビ朝日、テレビ東京のドラマって、基本的に見ないんですよ、私の場合。 「ギネ」 は、何年かぶりに見た、日テレのドラマでした。 確か、「素敵にダマして!」?だったっけなー。 最後に見たの。 それって何年かじゃない、何十年でしょ!(笑) いや、「俺たちの旅」 の続編とか、単発でしたけど、見たっけな。 テレビ朝日は、「笑ゥせぇるすまん」 以来、見てないです、ドラマ。 あ、「子連れ狼」 は、途中までだったけど、見たか。

 それで、ドラマ部門の話に戻りますけど。

 「天地人」 は、まあいろいろと書かせていただきましたが、腹の立つことが多かったです(笑)、確かに。 でもすごくよくできた回も、確かにありました。

 「ありふれた奇跡」 は、山田太一サン独特の世界に違和感を抱いた人が、多かったんじゃないでしょうか。 これも時の流れなのかな…ということは感じました。 でも心の温かくなる、ほっとするドラマであったことだけは言えます。 しかし心に残っているのが、風間杜夫サンと岸部一徳サンの女装姿だけだった…(笑)…わけじゃないです、けっして(笑)。

 「ゴーストフレンズ」 は、私が昔見ていた 「少年ドラマシリーズ」 の正統な後継者であると、個人的には思ってます。 福田沙紀チャンの若さがもつきらめきを、そのままパッケージしようという作り手の気持ちを、ひしひしと感じました。

 「白い春」。 コメディドラマの新たな方向を、このドラマは示した気がします。 結末については賛否が分かれますが、あらためて見直すと、さまざまな伏線が、張り巡らされていて、何回も繰り返し見る楽しみがある。 地味なドラマでしたが、さりげなく凄い。

 「ぼくの妹」。 初回の衝撃を、最後まで維持できなかったドラマでした。 その最たる原因は、長澤まさみチャンの恋人であった弁護士に相談すりゃ済む話だった、ということに尽きるんじゃないかなー。 なにを訴えたいのかが分からず、最後まで迷走気味で、つくづく、残念な展開でした。

 「スマイル」。 脚本家が途中で変わってしまったことで、ドラマの質自体が変わってしまったドラマのように思えます。 ただ、私個人としては、交替した後のドラマ運びのほうがよかったです。 うまい具合に話を解決したもんだと思いましたよ。

 「MR.BRAIN」。 このドラマは昔、「8時だョ!全員集合」 をやっていたのと同じ時間帯でした。 その流れをくむ、土曜の夜にゴージャスな気持ちにさせてくれる番組、という目で、私はこの番組を見ていました。 ずいぶんやり玉にあがったような気がしますが、その謎解きの簡単さを抜きにすれば、とても面白かったです。 なんか、細かいことを考えずに楽しむっていうことが、難しい時代なんですかね。

 「官僚たちの夏」。 このドラマの唯一の、そして致命的な弱点は、回数が短すぎたことだと思います。 話が目まぐるしすぎて、それでなくても難解な話を、さらに難解にしていた。 けれどもそのスピード感についていくとき、とても心を揺さぶられるドラマだということが分かる。 致命的である弱点が、いちばんの長所だったような気がします。

 「任侠ヘルパー」。 草彅クンの復帰にかける意気込みを強く感じたドラマでした。 このドロドロに暗い話を見続けたのは、結局その、彼の情熱が原因だった気がします。 そしてヤクザの視点から見た介護の世界が、普通の人なら建前とかで隠してしまうようなことを、見事に暴きだしていた。 このありえない組み合わせの持つ意味が、結構深いなーと感じたりしました。

 「JIN-仁-」。 荒唐無稽な話をよくここまで、リアリティあふれるものにできたものだと、ただひたすら感心しました。 素材が結果的に面白かったし、何より作り手の情熱を感じることのできる作品でした。

 「ギネ」。 藤原紀香サンの演技の幅を知ることができたという点では収穫でした。 ただこのドラマを貫いていたのは、産婦人科の直面している問題点よりも、母親が子供を産む、ということの偉大さ、尊厳だった気がします。 それだけに最終回は、ちょっと残念でした。

 「不毛地帯」「坂の上の雲」 は、まだ終わっていないドラマなのですが。
 とりあえず細かいことは考えず、今の時点での感想を。

 「不毛地帯」 が視聴率的に低迷しているのは、話の古臭さにあると、個人的には考えています。 それから、説明ゼリフが笑っちゃうくらいの不自然さを貫いている(笑)。 貫いているその徹底ぶりはいいんですけど、主人公壹岐の本音がなかなか見えてこないところは、どうも見ていてイライラします。 それで結果的に、鮫島や小出、里井などの 「怪人大集合」 ドラマになってしまっている。 そっちの方向のほうが面白くは、あるんですけどね。

 「坂の上の雲」 は、原作にない部分を挿入したおかげで、相当ミソがついたような気がします。 ドラマの出来についてだけで言えば、どうもダイジェスト版のような感覚が抜けない。 もっとじっくりやったらいいのに、という気はします。 違う方向で、じっくりやってますけどね(笑)。 最後が2年後なんて、待たせすぎっス。 凄いドラマであることだけは、確実なのですが。

 で、あっさり書いちゃいますけど(笑)。
 私が選んだ2009年ドラマ部門のベスト3は、
 3位 任侠ヘルパー
 2位 白い春
 1位 JIN-仁-
 であります。

 話題賞は、「MR.BRAIN」。 主演男優賞は、「白い春」「坂の上の雲」 で、阿部寛サン。 次点は、「JIN-仁-」 の、大沢たかおサンで。
 主演女優賞は、んー、「ありふれた奇跡」「MR.BRAIN」 で、仲間由紀恵サンかなー。 「MR.BRAIN」「JIN-仁-」 の綾瀬はるかチャンもいいっスか?
 助演男優賞は、「白い春」「不毛地帯」 で遠藤憲一サン、「ありふれた奇跡」「不毛地帯」 で岸部一徳サン。
 助演女優賞は、「JIN-仁-」 の、中谷美紀サンかな。
 おめでとうございます。 スイマセン、権威のない賞で(笑)。

 あと、音楽番組とか、バラエティとか、特撮・アニメ部門とかあるけど、まあいいかー(笑)。 力尽きました(笑)。 「桑田佳佑の音楽寅さん」「佐野元春のザ・ソングライターズ」「クリスマスの約束2009」、これが2009年ベスト音楽(教養)番組かなー。 アニメ・特撮は~、「はじめの一歩」 かなー。 バラエティは…見ている番組、限定されてるので、ちょっと決めかねます。 誰か決めてください(笑)。 ベスト音楽は、「天地人」 のオープニングテーマと、「JIN-仁-」 のエンディングテーマ、MISIAの 「逢いたくていま」。 異論は、…どしどしお願いします(笑)。

 これは私が見たテレビに限ってのランク付けなので、ご不満の向きもおありでしょうが、軽いヒマつぶしの記事と思って読んで下されば、幸いです。

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「こんにちは アン」 最終回まで見て

 はじめに 思いっきりネタバレしてます。

 BSフジで昨年(2009年)12月いっぱいまで放送された、世界名作劇場、「こんにちは アン」(全39話)。
 フォーマット的に1年間やることが多いため、回数的に打ち切られたような感じもしなくはないが、最初から12月まで、という予定だった気がする。

 いずれにせよ、当ブログでこの記事を書いても反応があまり見られないことからも、そんなに注目されるアニメでなかったようだ。
 もともと、BSでやっている番組のレビューには、アクセスが集まらないことが多いが、このアニメを見ることができる視聴者が限定されてしまっているのは、いかにも残念。 なぜなら、見る側を泣かせる、という点において、同時期に私が見ていたどんなドラマよりも、「泣かせる力」 にあふれているアニメだったからだ。
 こういう番組こそ、フジテレビは地上波で、しかも以前放映されていた日曜夜7時半からやるべきである(BSフジではその時間帯にやっていたけど)。 確かダウンタウンのスポーツ選手トーク番組だった気がするけれど? そんなのよりもずっと、テレビの良心を示すことのできるアニメなのに。

 30年前に同じ世界名作劇場で 「赤毛のアン」 を見て(正確に言うと途中で挫折して、大人になってから改めて見て感動した口ですが)(カテゴリ 「アニメ」 で 「赤毛のアン」 については言及しています)、その話以前の物語をやる、ということで、とても期待したアニメだった。
 そしてその期待は、最後まで裏切られることはなかった。
 なにしろ、キャラクターデザイン的に、主人公アン・シャーリーは、30年前の近藤喜文デザインのものを踏襲し、オープニングも宮崎駿演出の、走るアンの影を最初に見せるという方法(厳密にはちょっと違うけど、オマージュはじゅうぶん感じられる)。
 回によってアンの顔が違う、というのも、なんか皮肉を言うようだけど、懐かしかった(笑)。 ただちょっと、すっごく違い過ぎてたけど(笑)。
 ストーリーも、ちょっと大人の事情を詳しく描き過ぎの感もあったが、そこが私のような大人の鑑賞にも耐えられるものに結果的になっていたし、何より前述したように、「泣かせる力」 がすごかった。 だが。

 この 「赤毛のアン」 前史をやると聞いて不安だったのは、やたら悲惨で思い出したくもない、とアンが語っていたグリーン・ゲイブルズ以前の話を、どうやって展開していくんだろう、ということだった。
 そしてその不安通り、「こんにちは アン」 の物語は、ヤタラメッタラ悲惨な展開を示していく。
 だが、そこに全く救いの手を差し伸べないのか、というと、そうではなかった。
 ここに 「赤毛のアン」 との矛盾が、どうしても生まれていくことになる。

 たとえば、愛情など少しも与えられることがなかった、とアンが 「赤毛のアン」 で吐き捨てるわりには、「こんにちは アン」 ではちょっとくらい愛情を注がれているし、孤児院がまるで牢獄みたいに話していた気がするのだが(記憶あいまいでスイマセン)、その孤児院も、結構院長のカーライル女史は人格者だし、アンを引き取ろうというエッグマン夫妻(エッグマンというと、ビートルズファンとしては 「アイ・アム・ザ・ワーラス」 をどうしても思い出してしまうが)のような優しい人たちにも囲まれているし、話が違うじゃん、の連続なのだ。

 つまり、「こんにちは アン」 のアン・シャーリーは、徹頭徹尾、不幸でなければならないはずなのだ。 でなければ、「赤毛のアン」 のアン・シャーリーは、大ウソツキだ、ということになってしまう。

 それに、それ以外にも、トーマスのダンナが酒に酔って汽車にはねられたとか、結構矛盾点は散見される。 どうも、結論から言うと、「こんにちは アン」 と 「赤毛のアン」 は、切り離して考えたほうがよさそうなのだ。
 だがそれは致しかたない、と私は思う。 物語を徹頭徹尾悲惨にしたら、正直言って子供の教育上、よろしくない(笑)。 どこかに救われる点がなかったら、人生とは苦難の連続でしかない、というネガティヴな人生観を、子供たちに植え付けることになってしまう。 実際そんな気も、しますがね(笑)。 でも楽しいことがひとつもない人生なんて、ないでしょ?(笑)
 いずれにしろ、そんな悲惨この上ない話にしてしまったら、絶対このあと 「赤毛のアン」 を続けて見なければ、収まりがつかなくなってしまうだろう。 この物語はこの物語として、独自の収束を見なければならない、そう私は考える。

 このアニメで容赦がなかったのは、前述したが、大人の事情の描写だ。

 特にトーマス家の主、バート・トーマスと、ハモンド家の主、ケンドリック・ハモンド。
 このふたりの持つ、「ダメな大人」 のリアリティは、ちょっと子供向けアニメでは、見たことのないレベルだった。
 バート・トーマスは、若かりし頃はダンス大会で優勝したりと、なかなか意気揚々とした人生を送りそうな感じだったが、夢やぶれ、酒におぼれる。 だがそんなボロボロの状況からなんとか抜け出そうと、彼なりに努力している。 ここらへんの、地べたを這いずり回りながらもがいているひとりの男の悲哀が、余すところなく描かれていた。
 ケンドリック・ハモンドは、とても優しくて、優しすぎて、その結果優柔不断になってしまい、できもしないことばかり口にして妻の信用をなくし、いやなことを先送りし、目をそむけて生きている。 だが彼も、家族をなんとか幸せにしようと、彼なりに頑張っている。 その結果無理をして死んでしまう。
 何なんだ、このリアリティ。
 しかもケンドリックの奥サンの、シャーロット・ハモンド。
 いいとこのお嬢サンだったのに家が没落し、ケンドリックのウソに騙されるような格好でハモンド家に嫁いでからは、生ける屍のような生気のない毎日。 ユーレイオバサン(笑)。 その割に子供を8人も生んでしまうのだが(笑)、そのうち3組が双子という不運に見舞われ、ケンドリックに死なれたことで半狂乱状態に陥る。 このアニメでは、シャーロットの末路をここまでしか描写していなかった。 なんとミもフタもない人生なんだ。
 正直、このリアリティが子供に理解できるかどうか、分からない(笑)。 だがこの3人のケースは、大人がとても陥りやすい闇を描いている点で、ある意味恐ろしささえ感じる。

 そして物語は、「赤毛のアン」 との矛盾点を大きく広げながらも、なにもかも結果的にアンのまわりはいい人ばかりでしたという方向で集束していき、最後はエッグマン夫妻の誘いも断って、アンはプリンスエドワード島へ向かう。 ここらへんいかにも強引な話の持っていきかたなのだが、これまでの展開が、救われる点はあったとは言え悲惨なものばかりだったから、早くアンをマシュウに会わせて!という気持ちになってて、あまり気にならなかった。 あとから考えれば、見も知らぬプリンスエドワード島へ行くより、エッグマンの誘いに乗ったほうがいいと思えるのだが。

 それで最終回どうしても気になったのが、「マシュウは出てくるのか?」 ということだった。 槐柳二サンはまだご健在だし、サプライズでも起きないかな?と思っていたのだが、やっぱりおいで下さいませんでしたね。 ちょっぴり残念。

 単体作品として考えれば、往年の世界名作劇場 「フランダースの犬」「母をたずねて三千里」 に負けないほどの 「泣ける作品」 だった、「こんにちは アン」。 もっと多くの人に知ってもらいたい、良質なアニメであることを、あらためて声を大にして言いたい。

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2010年1月 4日 (月)

「抱きしめたい」の破壊力

 ビートルズがアメリカ進出を図った際に、いきなり人気が出たわけではなかった、というのは、結構興味深い。

 その人気を決定した要因に、「抱きしめたい」 という曲が強力な後押しをしたことは間違いないだろう。

 あらためてこの曲を聴き直すと、その破壊力はビートルズ初期の曲群のなかでも、群を抜いて凄まじい。
 この時点でここまでの破壊力を持った曲で思いつく、シングルカットできそうなものは、「ツイスト・アンド・シャウト」 とか 「マネー」 くらいしか思いつかない。 だがその2曲ともカバー曲。 デビュー当時からビートルズには、カバー曲をシングルにしよう、などという発想自体がなかったことは明白で、ここらへんに彼らの並々ならぬプライドを感じたりもする。

 アメリカのデビュー盤として弱小レーベル、ヴィー・ジェイからリリースされた 「プリーズ・プリーズ・ミー」 は、本国イギリスで初めてウケた曲だった。 だからブライアン・エプスタインもこの曲を選んだのだろうが、何となくアメリカ人受けしにくいような歌に思える。

 この 「プリーズ・プリーズ・ミー」、原曲をテンポアップしたとはいえ、しょっぱなのハーモニカからどことなく牧歌的だし、ポールが同じ音を歌いジョンがだんだんと下がっていくというコーラスワークも、どことなく職人芸すぎる。 単純なモノ好きの(失礼)アメリカ人にはそぐわなかったのではないだろうか。

 アメリカでの次のシングルが 「フロム・ミー・トゥ・ユー」 で、それもダメだったため別の弱小レーベル、スワンから 「シー・ラヴス・ユー」 をリリースしたのだが、「フロム・ミー…」 はともかく 「シー・ラヴス・ユー」 などは、もうアメリカ人にウケるほどのレベルまで上昇していたように思える。
 だが負け癖がついてしまうと、もうどうやっても巻き返すのは難しくなってしまうものだ。 ここらへんの、アメリカで最初なかなか受けなかったビートルズ、ひいてはそれを売り込むブライアン・エプスタインの試行錯誤は、なかなか興味深い。

 ともあれ、ビートルズがアメリカで成功する上で不可欠だったのは、やはりキャピトル・レーベルからのプッシュだったのだろう。 (ただし 「シー・ラヴス・ユー」 も 「抱きしめたい」 のヒット後売れたのだが)

 この 「抱きしめたい」 だが、まずイントロの部分から破壊的。
 ジョン(?)のギターの、モコモコしたエフェクト(不勉強なので、これがなんというエフェクターなのか知りません)が、なんとも不思議な感覚。
 しかも、歌い出しの部分が、正直言って分かりづらい(笑)。 ウラ拍から入る、というのが正しいのだがこれが分からない(笑)。
 ガキの頃私はいつもレコードと一緒に歌っていて、その頃はなにも考えずにちゃんと入っていけたのだが、ヘンな音楽的理屈を覚えてしまってからは、容易に出だしを歌えなくなってしまった。
 要するに、ジョン(?)のギターが最初、ジャジャジャーン、ジャジャジャーン、と入ってくる、ジャーンの部分が1,2,3,4の1の部分だと思ってしまうもんだから、次のジャジャホンジャカホンジャカジャカジャカのタイミングで出だしを歌おうとすると、2拍くらいタイミングがずれる。 ジャジャホンジャカホンジャカジャカジャカジャカジャカ(ひょっとしてあと半拍、ウラ拍?)(直前に入るジョージ?のチョーキングが、ひとつの歌いはじめの合図とも思える)で 「オーイェーアーアア」 と歌わねばならないのである(あーややこしい説明)(要するにウラ拍だ、ということだ…笑)。

 ここらへん、「ジョンの魂」 あたりで炸裂していたフィーリング重視の、たぶんいちばん最初である。 ジョンがこの 「入りにくー」 イントロの首謀者であることは、論を待たない(笑)。
 このイントロの優れた点は、この 「歌い始めが分からない」 ところから来る、「なだれ込み感」 だ。 これが聴く側の高揚感を煽りまくる効果を生んでいることは疑問の余地がない、と私は考える。

 そしてのっけからの、ジョンとポールのツインヴォーカル。
 私はこの曲の、ふたりの歌い方を聴いていて、昔からとんでもなく暴力的であると思っていた。
 この曲、歌詞の内容やメロディラインから言って、そんなにハード・ロックタイプの歌になる可能性を秘めていない。
 だがふたりの歌い方は、あくまで行儀の悪いアンチャン風の歌い方。
 これがドイツ語バージョンになると、その破壊力が全く影をひそめて、お行儀がよくなって、ちっとも面白みがなくなる。 ジョンにやる気のなかったのが大きな原因だが(笑)、近頃じゃその、「勤労意欲のないジョン」(笑)にも親しみを感じてしまったりする。 ああ重症だ(笑)。

 その暴力的な歌い方がいちばん炸裂していると思われるのが、ミドルエイト 「アイ・キャント・ハイド」 の3回繰り返し部分の3回目。 この曲での、いちばんのクライマックスだ。
 正直言って、やかましい(笑)。 音が割れてる(笑)。 これって結構、頭の中がマッシュされるような感覚に襲われる。 凄いコーラスだと、つくづく思う。 「マネー」 とか 「カンザス・シティ」 とか、彼らのコーラスワークには、史上最強の破壊力が備わっているが、「抱きしめたい」 は、初期の段階ですでに完成されていた、彼らの暴力コーラスのひとつである(暴力バーみたい…笑)。 

 それから、あまり破壊的の範疇ではないが、この曲で印象的なのが、やはり手拍子。
 特にギターが弾けなかったガキの頃には、いっしょにレコードに合わせて歌いながら手拍子をすると、えも知れぬ彼らとの一体感を抱いたものだ。 ここらへんの入りやすさも、アメリカ人受けした要因のひとつと考えなければならない。

 しかも、歌い方が暴力的なくせに、結局何が言いたいのかというと、「君の手を握りしめたい」 という、きわめて童貞みたいな欲求(笑)。 ここらへんのアンバランスさが、とても心地よいのだ。 ぼくたちは欲望丸出しのエッチな人間じゃないけど、純粋な欲求はほかの誰よりも負けないんだぜ、というアツい誠実さをアメリカ人に向かって表明した、という点で、見逃せない。 ここらへんが、ビートルズがアメリカに受け入れられた、大きな要因だったのではなかろうか。
 はからずも日本では、その欲望をより前面に出した 「抱きしめたい」 という日本語タイトルになったが、その暴力的な歌い方で 「君の手を握りしめたい」 じゃどうも、という、タイトルつけた人の感性は、じゅうぶん納得に値する。

 またこの曲、エンディングが3連絡みで。
 ビートルズって、特に初期はやたら3連、絡ませたがりますよね(笑)。 3連絡ませると、結構劇的になるのだけれど、好きだよなー(笑)。

 行儀のいいアナーキズム、みたいなものを私はビートルズに感じることが多いのだが、その二律背反する概念の同居、という、ビートルズ音楽の本質を垣間見ることを出来る、「抱きしめたい」 はそんな曲なのである。

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2010年1月 3日 (日)

「龍馬伝」 第1回 論点が、はっきりしちゅう

 「JIN-仁-」 での内野龍馬のインパクトの強さに勝てるのかなー、という不安を伴いながら見た、2010年NHK大河ドラマ 「龍馬伝」 第1回。
 さらに、この作品独自の、新しい龍馬像を追求するなどという製作者の姿勢だかなにかを読んだために、「武蔵MUSASHI」 の失敗などを思い出してまたまた不安に拍車がかかる状態。
 とどめは去年の 「天地人」 に続いて、「坂の上の雲」 の放送のため、また11月いっぱいで終了する、という話を聞いたこと。 また 「天地人」 のような、出がらしのお茶みたいな大河ドラマを見せられるのかと思うと、とても期待できるような状態ではなかったことを、初めに告白いたします。

 いや、その心配、杞憂でした、はっきり言って。

 どうして1回見た限りでこういう分かったような評価を下すのか、というと、要するに、論点がはっきりしているんですよ、物語の。 「天地人」 はそれが、ほとんどなってなかった。 物語の方向があっちにもこっちにもあって、結局まとまりがついていない、そんな感じだったですが、「龍馬伝」 は違う。

 つまりまず、坂本龍馬という人物が、なぜ後年あれだけのことを成し遂げる人物になったのか、その動機というものを、ドラマなりに浮き彫りにしようとしている。

 それを語るうえで欠かすことのできない、土佐藩における上士と下士の関係を、第1回ではこれでもか、これでもか、というように見せている。
 しかもその関係をまた強調させる、地下武士の代表として、岩崎弥太郎(香川照之サン)を配している。 香川サン、「坂の上の雲」 から引き続いてのご出演ですが、正岡子規とは完璧に演じ分けがされていて、見ていてうなるほどであります。
 この地下武士の岩崎親子(父親は蟹江敬三サン)、鳥かご売りをやっとるのですが、その鳥かごがエラク汚くて、動くたびホコリまみれになるのには、正直笑いました。 あそこまで出るか?ホコリ(笑)、てな感じで。

 ドラマの幕開けは、その岩崎弥太郎が後年偉くなって、土佐の新聞記者に、当時ほとんど歴史の片隅に埋もれそうだった龍馬のことをインタビューされ、「あの男が大嫌いじゃった!」 と語り始めるところから始まります。

 オープニングテーマは、結構重厚感あふれる、男っぽい作り。 テーマ音楽は、ちょっと慣れるまでに時間がかかりそうな覚えにくそうなメロディでした。

 そして出てきた、坂本龍馬の少年期の男の子(濱田龍臣クン)。
 福山雅治サンに面影が似ていて、ちょっと笑えるくらいのクリソツぶりであります(笑)。
 その幼い龍馬、ヤタラメッタラ意気地がなくて。
 それが原因で上士にぶつかってしまい、それがもとで母親(草刈民代サン)が亡くなってしまうのですが、このときの龍馬の苦悩が、第1回の最後まで貫かれている、そのドラマの語り口が、すごい。
 しかし草刈サン、もとからとても細い人なので、すごく病人っぽく見えてよかったです(笑)。 ただ亡くなった時、胸が動いていたので、亡くなったとは思いませんでしたけど(笑)。

 その、龍馬の母親の死に対して、龍馬が何を考えていたのか、ということが、第1回の終盤、岩崎弥太郎と上士との小競り合いに龍馬が割って入った時の、「上士を母親が動かした」「上士も下士もなくなる時代が来る」「それが分からんで毎日考えちゅう」「喧嘩をしても何も変わらん」「憎しみからは、何も生まれない」 という、龍馬の言葉に集約されていくわけです。

 そしてその直後、百姓に威張り散らす自分の父親の姿を弥太郎が見る場面を、インサートする。 見る側はこれで、「喧嘩をしても何も変わらん」 という龍馬の言葉を、しみじみと噛みしめることになるのです。

 第1回ラスト、海を見ながら、坂本乙女(寺島しのぶサン)が龍馬に 「海に比べたら、土佐はこんまい。 オマエが探しちゅう答えは、ここにはないがかもしれんのう」 という、とても重要に思えるセリフを言います。
 視聴者はここで、龍馬がなぜ人と人とを結び付けようとする人生を送ったか、土佐というところに行動半径を限定しなかったのかを、垣間見ることになるのです。
 これは、単なるドラマ上の作り話かもしれませんが、土佐という、海に面した場所で龍馬が何を考えていたのかを、後世の人が想像するのにとてもわかりやすい演出のように思えました。
 話は思いっきりズレますけど、それにしても寺島サン、福山サンを起こそうとして、カンチョーしてませんでしたか(笑)?

 いずれにせよ、ちょっと間違えると情けない人物に見えそうなこのドラマ上の龍馬を、結構骨のある男として演じようとした福山雅治サン、内野龍馬の豪快さとは別の、人間的魅力を醸し出していたような気がします。

 しかも、なんか出てくる人物がみんな浅黒くて、いかにも幕末の写真に写ってそうな人たちばかり。 ここらへんのリアリティは、これまでの幕末大河ドラマにはなかった気がします。
 それから、画像処理の仕方が、「坂の上の雲」 とか 「JIN-仁-」「東京DOGS」 みたいな、シアンを強調したような感じで、単なるハイビジョン映像になっていない。 これって最近の流行りなんでしょうかね? なにしろ画面に映画のような重厚感が漂ってます。

 今年の大河は、期待できるぞぉーっ!

当ブログ 「龍馬伝」 に関する記事
♯01論点が、はっきりしちゅう(当記事)
♯02えらい天気雨じゃったのう(笑)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/2-a44b.html
♯03食われっぱなしぜよ、福山サンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/3-8e96.html
♯04佐那チャン、ツンデレ、してません?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/4-5776.html
♯05アイデンティティの崩壊http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/5-d115.html
♯06本分をわきまえる、ということhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/6-766e.html
♯07父のこころ、子のこころhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/7-e1b3.html
♯08汚さに磨きがかかる(なんだソレ?)弥太郎殿http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/8-8680.html
♯09思想か、命かhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/9-febd.html
♯10もっとなんとかできたはずhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/10-b847.html
♯11龍馬が担ぎ出される、その理由http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/11-ac67.html

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2010年1月 2日 (土)

紅白歌合戦の存在意義って…

 2009年第60回紅白歌合戦の視聴率、関東地区で前半37.1%、後半40.8%だったらしいです。 後半はワースト4位だったとか。

 まあ、言うまでもないことなのですが、時代の変遷とともに日本のはやり歌の質も変化し続け、紅白歌合戦という番組の質も、それに伴って変わらざるを得ないことは、当然なのだと思います。 いちばん変わってしまったのは、多くの世代が共有できるはやり歌というものが、ほぼ絶滅してしまったこと。 その年を代表する歌を一堂に集める、という性格を持つこの手の番組は、この時点で成立することすらできない。

 なのにいくら視聴率が低くても、40%という数字を毎回出している紅白歌合戦の魅力とは、一体何なんでしょうかね?
 そりゃ、毎年見続けてきたから、という単なる習慣で見ている人もおいででしょうが、私はここ数年の紅白は、それだけではない魅力を持っているように思えます。
 それは、出場する歌手の皆サンが、ことごとく気合入りまくりでライヴ・パフォーマンスを見せてくれること。 つまり、たぶんここに出場される方々のほとんどが、その歌をその年最後の歌い収めということを意識して歌っている。 これじゃしぜんと気合も入ろうってもんです。

 しかも、出場される方々が、紅白に選ばれるということを、それなりに栄誉と思って出場されている。
 特に若い出場者サンたちは、「家族が喜んだ、おじいちゃんおばあちゃんが喜んだ、親孝行ができてうれしい」 みたいな感想を述べる人が、ヤケに多い気がします。 難しいことは考えず…、それでいいんじゃないでしょうかね。
 一昔前までは、こういうある種の権威的なお化け番組に対して、反発するような向きが一部の(特にフォーク、ロック系の)歌い手にあったように、私は感じていました。 それは学生運動的な権威否定精神の名残だったように思いますが、いつの間にか紅白は、そんなお化け番組の座から下界に降りてきて、ただ単に日本を代表する歌い手たちの歌披露の場になった。

 それは極端なジャンル縦割り状態からの脱却だったようにも、私には思えます。 以前だったら、自分とは違うジャンルの歌い手に対して、やたらと拒絶反応を示す歌い手の人がいた。 けれどもそんなこだわりが、今世紀に入ってからは特になくなってきたようにも思えます。

 それを象徴するような出来事だったのが、今回の矢沢永吉サンの登場。
 以前 「ザ・ベストテン」 という番組に出演拒否した時、矢沢永吉サンの言い分は、「自分の歌を理解してもらうには、最低でも3曲は必要だ」 という理屈だったと記憶しています。
 松山千春サンが同じ番組の出演を拒否した時も、「自分はやはり自分を見に来てくれるファンの前で歌いたい」 ということだったと記憶しています。
 それはあくまで、テレビという場を、自分の表現活動を表明する場所としてはふさわしくない、という、ある種のこだわりが存在していたせいだと私は考えるのですが、今回矢沢サンが紅白への出演を承諾した背景には、そうしたこだわりの壁が低くなった、成熟した、そんな証のように見えたのです。
 たぶん矢沢サンは、もう二度と紅白には出ないことでしょう。 紅白出場は、自分と同じ還暦を迎えた紅白への、矢沢サンなりのエールだったのではないでしょうか。

 そして矢沢サンの紅白出演に異を唱えた、内田裕也サン。
 ロックンローラーとしての反骨精神を大事にする人にとっては、紅白というのは、未だに大いなる権力なのです。
 私は矢沢サンの立場も理解できるし、内田サンの立場も理解できる。 それぞれの生き方があって、いいんじゃないでしょうか。

 近年の紅白の魅力に話を戻しますが、やはり、出場する歌い手サンたちのあいだに、ある種の競争意識が働いている、そんな気も強くします。
 これは以前からもそうだったとは思うのですが、特に近年は、やる気のなさそうなインターバルの共演もなく、それがかえってスッキリしている印象につながっている。 それが結果的に、紅白の枠を超えた、歌手どうしのバトルになっている気がするのです。

 話はズレますが、どうせ出場者どうしを共演させるなら、もっとエンターテイメントとして成立している、中身の凄いものをやるべきです。 「クリスマスの約束2009」 で小田和正サンが、J-Popのマッシュアップをしていましたが、このくらいの完成度があるパフォーマンスなら、紅白歌合戦でも同じ趣旨のものを見たいものだと感じたのは、私だけではないと思います。

 いずれにせよ、今まで述べた紅白歌合戦の魅力は、私が子供のころの紅白とは、まったく別の楽しみ方である気がします。 昔の紅白は、その年に流行った歌をもう一度思い出し、その一年を振り返る場、でもありました。
 今の紅白は、ほとんど(私個人の話で言えば)年に一度しか見ない、ちゃんとした日本の歌番組であります。 だから、近年では、紅白でいい曲を知り、紅白で歌われた曲が、その翌年のヒットチャートを、あらためて席巻するという現象まである。

 ただ私にとっては、そこで次々出てくる歌手が、年に一度の派手な衣装を着て、一年の歌い収めを力の限り熱唱する、紅白歌合戦は、そんな非常に贅沢な歌番組へと変貌しているのです。

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ケンタッキーフライドチキン、食べたくなってきた(笑)

 基本的に、新春のテレビ番組など、一切見ないのですが。

 ちょろっとテレビをつけたら、ケンタッキーフライドチキンの変わった食べ方とかやっていまして(テレビ朝日 「新春ネオパラ祭り」)。

 まず食べ終わったあとの骨を1時間くらい煮込んで、そのスープにラーメンを入れて食べる、ケンタッキーラーメン(笑)。 まあ、自分で食べたあとの骨しか利用できそうもありませんけど(笑)。 しかし骨の再利用とは、なかなかエコじゃございませんか。 1時間も煮込むというのが、骨といえば骨ですが(シャレか?)。

 そして、ケンタの肉をほぐして最初から煮込み、そこにカレールウを入れ、トッピングにもケンタのほぐした肉を加える、という、ケンタッキーカレー。 これもカレーに、ハーブなんかのコクが加わりそうで、うまそう。 ただカレーって結構、味的に強いので、みんな負けちゃうところがあるんだよなー。

 それから、ケンタのビスケットを横に2つに割って油で揚げ、そこにバニラアイスクリームをはさんで食べる、というスイーツ風な食べ方。 これって、コメダ珈琲店のシロノワールみたいな感じですかね。

 どれも試してみたくなるようなメニューで、正月ボケのせいかもしれませんが、実に食べてみたくなりました。 と言うより、ケンタのチキン、なんだか急に、無性に食べたくなってきたー(笑)。 この番組、提供もケンタだったみたいで、コマーシャルも流されていましたが、こんなコマーシャルよりも、よほど購買欲がそそられる番組内容でございました(笑)。

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2010年1月 1日 (金)

「年の初めはさだまさし」 両国国技館から、前代未聞の放送

 まずは、明けましておめでとうございます。 今年も御贔屓のほど、宜しくお願い申し上げます。

 初場所直前の両国国技館、土俵上にセットを作り1万人の観客の前で行なわれた、NHK 「年の初めはさだまさし」。
 いきなりお相撲さんの便器の大きさを測るという意表を突くオープニング。 白い紋付を着たさだサン、「便器ですかーっ!」 という、猪木サンのパロディで笑わせます。
 そして照明の落ちた会場に、まるでプロレスの選手のように入場。
 土俵の上のセットのため、四方八方にお客サンがいるのですが、そのうちの一面は完全なるウラっ側(笑)。 懸賞幕を後ろに並べているため、まったく頭の後ろさえ見えない状態であります。 まあ、巨大モニターが出ていたので、たぶんご不便はなかったのでしょうが、「大丈夫です30分ごとにこのセットは回転いたします」(笑)、というさだサンのご説明。
 でもホワイトボードのウラっ側に後ろ姿のイラストが描いてあったりと、ちょっとしゃれたことをやっていましたけど。

 また、またまた意表を突かれたのは、いきなり冒頭から歌の披露(笑)。
 この番組、通常だいたい1時間半の放送中、ほとんど2曲程度しか歌は歌われず、また最初から歌われることなど、私の見た限りでは全くありません。
 しかもその歌が、「新年にふさわしい曲」 と言いながら、「関白失脚」。 くっらー(笑)。 私ゃフリーフライトの第1弾シングルで1月1日に発売された、「天までとどけ」 かと思いましたが(笑)。
 けれどもその曲、いきなり観客の皆サンが手拍子(笑)。
 「手拍子はやめろ!」 というさだサンの再三の要請にもかかわらず(笑)、手拍子は鳴りやまず、途中からさだサン、あきらめて(笑)。
 でも、最後の 「がんばれ、がんばれ」 のところはお客サンとの掛け合いになって、結構新年早々、ウルウル来てしまいました。

 そしてレギュラーメンバーに加えて、ゲスト解説者が、元大乃国関、芝田山親方(笑)。 スイーツ親方にホテルオークラのいかにも高そうなケーキが用意されまして、親方、「新年早々ケーキがいい」 とか(笑)、寒ーいオヤジギャグ。 でも新年なので、あんまり気になりませんです(笑)。 途中で客席のほうに中座しましたが、事あるごとにさだサンから話を振られて、いじられまくっていました(笑)。 でも受け答えはホントに誠実で、いい人なんだなーというのが、よく分かる。

 そして30分後、約束どおりにセットの回転(笑)。 さだサンもお色直し(笑)。 その間、戸張捷サンと小野文惠アナが登場。 井上サンという、NHKのエライ人も出ていらっしゃって、1月3日から始まる 「龍馬伝」 と 12月に放送される 「坂の上の雲」 の番宣をやっとりました。 それで知ったのですが、やはり今年も大河ドラマ、11月で終わりらしいです。 じゃ来年も、そうなんでしょうかね。 どうもそれを聞いて、また出がらしみたいな大河を見せられるのではないかと、ちょっとばかり戦々恐々としてしまいました。

 そして、多滝鱒造の格好で出てきたさだサン、ドライバーとドライバ、アイアンとアイロン、とか相変わらずつまらんギャグで笑わせます(笑)。

 今回また特殊だったのが、ハガキが読まれた人が結構、会場に来ていたこと。 こういうことは、あまり見ることができません。

 また、ラジオ好きの私には、ちょっとしたサプライズがありました。
 文化放送の寺島尚正アナウンサーが、途中ちょっとだけ番組に加わってくれたことです。 どうも文化放送と東海ラジオで、同時放送しているらしくて。
 いやーしかし寺島サン、お顔は文化放送HPで拝見したことがありましたが、実際に動いてしゃべっているところを拝見したのは、ホントに初めて。 スッゴイ違和感(笑)。 ヘンな感覚でございますね。

 そこでさだサンがしゃべっていた、銀行の自分の口座に金を入れたりするのに手数料が取られる、ということに(厳密にはちょっと複雑な話なんですが)(笑) 「世間が許しても、ワシが許さん!」 というのには、大賛成!
 そりゃそうせざるを得ない事情があるのは理解しておりますが、いかにも杓子定規で冷たい印象があるのを、言いたいわけですよ。

 今回いつもより長めの2時間5分という放送時間のあいだ、都合3回セットの回転がありまして(笑)、東西南北すべての客席に向かって放送できてました。 あっぱれあっぱれ。
 しかしやはり、1万人のお客サン、というのは、いつもの放送とは決定的に、違う反応が見られて、ちょっと興味深かったです。
 いつもの人数なら、ちょっとおっかなびっくりな反応なところを、1万人もいるとなるとどことなく、オーバーな反応になってくる。 みんながいるから怖くない、という感じになるのかな。 群衆の中に自分が隠れやすくなると、ファナティックになりやすくなる、そんなことをふと、考えたりしました。

 そしてラスト(2曲目、いつもの番組と同じ曲数でした…)(笑)、「飛梅」。 なつかしかったです。 その後も国技館で朝までやったか、どうかはわかりませんが(笑)、番組終了後も引き続きいろいろやったみたいです。 いや、NHKももったいぶらずに、全部放送すりゃいいのに(笑)。

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