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2010年2月27日 (土)

「君たちに明日はない」 最終回 宅間サンの脚本って…

 前回苦言を呈した 「君たちに明日はない」、その最終回。

 早速ネタバレでいきます(笑)。
 おもちゃ会社の山崎樹範サンがその後どうなったかの説明がない、などと前回文句を言いましたが、今回、結局山崎サンが開発したお掃除ロボット 「リストラ君」 のヒットで、坂口憲二クンのリストラ失敗は、結果オーライとなったわけであり。

 もうひとつ、毎回毎回、しつこいくらいに回想シーンが出てきていた、麻生祐未サン。
 彼女のこのドラマにおける必要性が見えてこない、みたいなことを、これまた前回苦言を呈したのですが、これもラストに、その答えが用意されておりました。
 要するに、麻生サンには結構大きな息子がいた、っていうオチで。
 だけど、このオチを持ってくるには、あまりにも回想シーンが多過ぎたような気がします。 別に大したオチでもないのに、これだけ毎回麻生サンの回想をやられると、何かとんでもないことが待っているのではないか、などと、私みたいな考え過ぎの視聴者は、変な深読みをしてしまうんですよ。

 でも、これは、脚本家である宅間孝行サンの手癖、みたいなものだと、私は考えているのですが。

 つまり、話をただ時間の流れ通りにやらないで、○年前、とか、○年後とか、時間系列を再構成するのが好き、っていうか。

 こうすることで、どうして何年後かにはそうなっちゃうの?とか、ドラマを見ている側に思わせることが目的なんですが、でもそれは、あまり大したことが起こらないと、なんか結局カッコつけみたいに思えてきてしまう、という弱点を持っている。
 同じ宅間サンの 「スマイル」 も、松本潤クンの5年後、みたいな話と並行しながら進んでたし、たぶんそういう話の作りかたが、好きなんでしょうね、この人は(蛇足ですが、「スマイル」 のそれは、成功してた気はします。 松本潤クン、「君はペット」 もそうでしたけど、結構いろんな役ができるだなー、と思いました)。

 で、今回このドラマでなんだか気になって仕方なかったのは、リストラ、という笑えない内容のドラマを、何とか明るいものにしようとして、無理にコメディ的な要素をくっつけているようなところ。

 特に須藤理沙サンと田中美佐子サンの姉妹の会話シーンは、そこいらの下手な漫才コンビなんかよりよほど面白かったのですが、面白ければ面白いほど、ミョーに浮いちゃって(笑)。 最終回、須藤サンの恋人ミッキーの素性も、かなり笑えました。
 でも、コメディシーンがよく出来過ぎている、っていうのも、リストラドラマとは相容れない、っていうか(笑)。 田中美佐子サンも、どことなく照れが入っていた気もします(笑)。

 まあつまり、社会派ドラマとして認識されることを、拒絶してるんですよ、このドラマ。

 リストラ、という社会問題を捉えるために、このドラマが担っている役割は、かなり大きいような気が、私などは勝手にしておるのですが(笑)。
 それなのにどうも、このドラマの作り手は、首切りという現実に対して、前向きに生きてきゃなんとかなる、こんな暗い話ばかりじゃイヤになる、と思っているような感じがする、というか。
 だから、この問題をマジメに考えようとしてこのドラマを見る層を、ちょっとはぐらかすような仕上がりに、結果的になっている。

 最終回、堺正章サン演じる坂口クンの上司が、坂口クンに、いみじくもこう話すのです。

 「オレはな、仕事にはふた通りあると思うんだ。 手段としての仕事と、目的としての仕事と。 金を稼いでくる手段として仕事をしているやつは、けっして、楽しくはないだろうし、やりたい仕事というわけじゃないかもしれない。 でも、家族を養うため、仕事以外の時間での趣味を楽しむために働く…つまり、手段だ。 それともうひとつは、その仕事自体が好きで働いているやつもいる。 もしかしたら、金にはならんかもしれんがな。 これは、…仕事が目的だ。 ま、どちらがいいとか悪いとかじゃない。 でもな、どちらも、そんな自分に誇りを持っていないとつらくなる。 好きな仕事への誇り。 稼いでくる自分への誇り。 …オレが、容赦なくクビを切れるのは、…誇りを持ち続けている人間は、必ずどこかで復活してくる…そう、信じているからだ」

 この部分だけで、このドラマの存在意義は、すべて語りつくされちゃうようなところがある(笑)。

 それだけじゃあっという間に終わっちゃうから(笑)、それにコメディとか、恋愛とか、ある程度肉付けをしていかないと、たとえ6回という短い回数のドラマであっても、体裁を整えることが、できないのです。

 けれども、もっとドロドロに、リストラという現実を見つめた作りかたも出来たのではないか、そんな気も、私にはします。
 でもそうしたら、ドラマ自体が全く別物になってしまうんですけど(笑)。

 なんか、宅間サン脚本のドラマを見ていると、登場人物が不用心にアグレッシブ(笑)、みたいな感じがするんですよ。 クドカンみたいな感じ、っていうか(笑)。 もっと軽妙さとかにこだわらず、テクニックに走らないで、主題をじっと見据えた作品を書けば、大傑作を生み出す可能性の、とてもある脚本家サンなのではないか、と私には思えてならないんですけどね。

当ブログ 「君たちに明日はない」 に関する記事
第1回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-f372.html
第2回(番外)http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-d86b.html
第2回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/2-1c05.html
第3回なし
第4回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/4-bd21.html
第5回http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/5-9c41.html
第6回(最終回)当記事

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