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2010年3月18日 (木)

「曲げられない女」 第10回(最終回) 自分から変えていこう

 (おことわり)スミマセン。 またしてもかなり長い記事になってしまいました…。

 非現実的な話を楽しむことこそがドラマの本質なのだ、という明確な開き直りで終始展開していった、「曲げられない女」。
 前回までで話の終わりが見えたな、という感じはしてましたが、視聴率のよかったご褒美の時間拡大を受けて、ちょっとこの最終回、話が二転三転しました。 オギワラ(菅野美穂チャン)の司法試験合格発表がその最たるもので、ここまであからさまにしつっこく(笑)話を引っ張りまくったのもその一環でしょうね。 「辞退します」「やっぱり受けます」「受かった!」「落ちた…」「どっちも夢だった…」(笑)とか。 「あーもーなんじゃソレ!」 とテレビに向かってツッコミ入れまくりでした(笑)。

 そんななかで、司法試験会場で陣痛に襲われたオギワラが、おなかの中の子供に必死に語りかけるシーンは、この最終回でまず第1の盛り上がり場面だった気がします。
 「(ママの言うことを聞かずに)これ以上邪魔するなら、…」
 ときて、「そんな子供は必要ありません!」 って言っちゃうのか?(笑)って思ったら、案の定言っちゃって(笑)。

 ただしオギワラ、すぐ反省。
 
 その時オギワラは自分のおなかの中にいる子供に、「あなたより試験のほうが大事だってずっと思ってた…ごめんね」、と初めて心から謝るのですが、その時のオギワラの告白は、子供ができてからの彼女の行動に対して、どうも子供を邪魔者扱いしているのではないかと考えていた私にも納得の、謝罪でした。
 同時間枠で前回の産婦人科ドラマ 「ギネ」 を見ていたせいもあるんですけどね。
 そっちのドラマは出産に命をかける話の連続。 それに比べてこっちのドラマは、男の脚本家だからここまで胎児をないがしろにできるのかな、などと考えておりましたので。

 「そんな○○は、私には必要ありません!」
 というのは、言わばオギワラの、決めゼリフ。
 決まり文句って、あまりハマって濫用してしまうと、自分の感情以上に、残酷になってしまうケースがある。 そのことがとてもよく、表現されたシーンだったと思います。

 子供が要らないわけなんて、ないのです。
 いくらなんでも、これは言い過ぎなのです。
 だからオギワラも、すぐに反省した。
 子供はいたぶられたわりには、無事に生まれたんですけど(笑)。
 その女の子の名前、灯(とも)チャンの由来も結構いい話でしたが、その場に現れたその子の父親、塚本高史クンがまた、いい味出してました。 これで一気にダーティイメージ払拭なのですが、婚姻届を持ちながらウジウジしている谷原サンを見ていて、こりゃオギワラとは結ばれないな、という予感がこの時点でしましたね。 いずれにせよ、その後も話がくるくる変わりそうな感じ。 下世話なレベルでも、うまく話が推移していきます(笑)。

 で、結局10年目の試験も落ちたオギワラだったのですが。

 ここでオギワラは、これできっぱりあきらめがついたと話す。
 けれどそれにしては、まわりの谷原サンや永作チャン、そして当のオギワラのなかに、モヤモヤ感がつきまとっている。
 「やっぱりこれって、オギワラらしくないよ!」 と詰め寄る谷原サンでしたが、ここで陣痛が始まった(またか)永作チャンの、オギワラのやる気に火をつける方便としてのウソは、最終回で第2の、盛り上がり場面。

 それにしてもいきなり話をはぐらかすみたいですが(笑)、美穂チャンと違って、永作チャンは、実際におなかに子供がいるんですよね。
 にもかかわらず谷原サンも結構大声あげてましたし、永作チャンに説教するオギワラも、10回分の感謝御礼大売出しレベルで怒鳴りまくってましたし、これって胎教によろしくないんじゃ…と老婆心ながら心配してしまいました。

 で、永作チャンの論理は、「みんなあなたのために人生変えなきゃと思って変えたけれども、それってホントに幸せだったの?」 というもの。
 アタシが家を出たのも、谷原サンが警察署長をやめたのも、オギワラの母親が死んだのも、ナカシマサンが弁護士を続けようとしたのも、不良大学生が司法試験を目指そうと決意したのも、塚本クンが結婚も仕事もポシャったのも、すべてアンタの責任、みたいなことを永作チャンは言ってましたね。

 誰もがみんな、何かしら自分をごまかしながら生きている。 幸せっていうのは、何かしらの犠牲の上に立っているものなんじゃないか。
 それに、いくら夢や志がかっこよくたって、実際はそのために、ムチャクチャな孤独と、戦い続けなくちゃいけない。 自分の無力さ加減とも、戦い続けなくちゃいけない。
 みんながみんな、夢をかなえられるわけでもないし。
 どこかで、あきらめながら、生きていくしかない、それが人生なのではないか。

 ところがオギワラは、そんな後ろ向きの論理に対して、最終回出血大サービスの大説教大会を始めるのです(笑)。

 「しょーがないでしょぉぉっ! あたしはそういう人間なんだから! 自分でも、余計なことしてると思うわよっ! おせっかいだと思うわよっ、でもねっ! まわりの人にはみんな幸せになってほしいの! 困ってるとほっとけないの! いやなヤツ見ると、ムカツクーーのぉーーっ! もうなんでみんなさぁーっ! 自分さえよければいいわけっ? いつからひとの迷惑考えないようになったわけっ? いつになったら弱い者いじめをやめるわけっ? なんで、争いごとなんかやめて仲良くしようと思わないわけっ? いつまで自分はいくら稼いだって自慢したり、勝ち組負け組とかにこだわるわけっ? 自分は不安だ孤独だ、先が見えた、生きててもいいこと、なんにもないとか!もおおおおおっ!グダグダグダグダグダグダ、みんな何したいわけっ? ひとりでおいしい思いすればいいわけ? 安心安全がそんなに欲しいかよっ! 人生なんて、答えが分からないから楽しいんじゃない! 自分の力でなんとか出来るから面白いんじゃないのっ! …あのね、あたしだって不安よ。 世の中不公平だと思うわよ。 あんなに!勉強したのになんんーで落ちるわけ? なんで、あたしよりも弁護士に向いてない人が弁護士になってエラソーな顔をしてるわけ? あたしを落とした試験官、全員出て来いって感じよーっ! …でもさ、そんなこと言っても、なんにもならないし、何も変わらないから、つらいけど、自分を、殺してきたの! まわりの目は気にしないで、自分の思いはいつか伝わるって信じて! なんとか頑張ってきたの! だから、…私は後悔してないっ! 母さんが倒れた時、正登のプロポーズを受けてたら、今頃、旦那や子供に依存する人間になってたと思う。 前の事務所を辞めた時だって、生活のために自分を殺してたら、弁護士という仕事に希望を持てなくなってたと思う。 母さんが学校に行くのを止めなかったら、自分の本当の気持ちを一生伝えられなかったと思う! ナカシマ先生にしか助けられない人はたくさんいると思うし、今田健治が司法試験受けたいって言ってくれた時も、もう涙が出るくらいうれしかったっ! 正登だって、いろいろあったけど、今は、私が、好きになってくれたころの正登を取り戻してくれた…それに…何より…私が私じゃなかったら、蓮見や、藍田と友達になれなかったと思う! これからも人生を生きていく、勇気や、希望を持てなかったと思う! 違うー? だから、私は、荻原早紀であることはやめない! 必要ないものは、必要ありませんて言う。 人の間違いには、スミマセン、正確に言っておきたいのでとただしていく! 10年日記も付ける。 ワインも好きだ、チーズも好きだ、マイケルも好きだ! …父さんを尊敬する。 …母さんみたいになりたい。 ふたりに胸を張れるような子に灯を育ててみせる!」

 あー、聞き書き、疲れました(笑)。 最後にオギワラ、何か叫んだのですが、聞き取り不能(笑)。 「もう帰りたーい!」 かなあ?(笑)。 「もう一回言うかーっ!」 かも。
 これだけのことを覚えて、まだこのあと、シーンが続くんですからね。 美穂チャンに敬意を表して、お説教を全文書かせていただきました(しんど…)。

 それで、そんだけのことを言っといて、まさか司法試験、もう諦めるつもりじゃないよね?と永作チャンから言われ、オギワラはまた司法試験を目指すことになる。

 でもこうして振り返ってみると、どうしてそうなるのだ?という流れなんですよね(笑)。
 このドラマの大きな特徴として、話としてはメチャクチャだが、結局勢いで押し切ってしまうという側面があります。
 どうしてその勢いがつくのか。
 それは、ただ単に、美穂チャンがギャーギャー怒鳴りまくっているからだけではない。
 ダラダラ自分をごまかしながら生きている人間には反論の余地のない、真正面からの正論ばかりだからです。
 けれどその正論は、けっしてお行儀のいい常識、ではない。
 生きていくうえで必要なエネルギーとは何なのか、という見地に立った、正論なのです。
 だから、いくらその話は場違いだろう、という話にも、ある程度の説得力が伴っている。
 このドラマのパワーは、まさにここに淵源がある。

 私がこのドラマを見ていて感じたのは、変に体裁ばかりを気にしすぎて萎縮しているこの社会全体に向けて、ドラマのメッセージが発信されているのではないか、ということでした。
 「私たちに必要なのは生きる意味ではない、生きるための意志、意欲なのだ」 という前向きな姿勢を原動力として、「曲げられない女」 オギワラは物事を曲げることができない。 だからただ単に、バカ正直に生きろ、という話とは、一線を画していました。
 いっぽうでは、作者のあまりの言いたいことの多さに、正直なところいいセリフが数多く埋没してしまった印象も、確かにありました。

 その中で、最終回に流れたマイケルの歌は、「マン・イン・ザ・ミラー」。

 「鏡に映る、目の前の男=自分」 から変えていこう、という趣旨の歌です。
 社会の悪いところを見て見ぬふりをするよりも、まずは自分から変わっていこう。
 そんな歌です。

 そしてドラマはラストで、数年後のオギワラたちを描いて終わるのですが、11年目にして、オギワラは弁護士になれたようでしたね。 灯チャンも、オギワラ家のDNAを引き継いでいるみたい(笑)。
 個人的には、谷原サンと永作チャンがくっついてしまったのは、これはこれでありかな、と思いました。 それは塚本クンが最終回、なかなか人間的成長を遂げていたからこそなんですけど。
 というより、もともとこの3人の出会いの仕方からして、実に突発的だったわけで。
 それに比べればオギワラと塚本クンは、付き合った年月が違いますし。

 でもなんだかんだ言って、面白かったです、このドラマ。 ちょっとギャグがワンパターンで、途中ダレましたけど。 だいたいは、「楽しませていただきました」(笑)。

当ブログ 「曲げられない女」 に関する記事
第1回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/post-83d0.html
第2回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/2-5eb9.html
第3回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/3-a3aa.html
第4回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/4-1d07.html
第5回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/5-d241.html
第6回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/6-88ef.html
第7回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/02/7-3fa8.html
第8回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/8-05a5.html
第9回 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/9-5d02.html
第10回(最終回) (当記事)

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

はじめまして、riuさま。
曲げられない女「最終回」の美穂ちゃんの長ゼリフすごかったですね〜。あれは一発OKだったのか、NGはあったのか、気になるところですね。「渡鬼」の台詞よりもはるかに長かったですよね。
riuさまの取り上げる番組と私の視聴している番組は結構重なっているので、興味深く拝見しています。

「不毛地帯」や「外事警察」も良かったですね〜。「官僚達の夏」も。こういう良質なドラマの視聴率が良くないのは国民の質が低下してきているからなのでしょうか?こういう番組を制作している人たちが元気になって、もっともっと日本のメディアの質を上げていってもらいたいですね。

rabi様
コメント、ありがとうございます。
何度か当ブログにご訪問いただいているご様子、重ねてお礼申し上げます。

美穂チャンのあの長ゼリフ、聞き書きしながら思ったんですが、なんだか多少の間違いはOKで、勢いを重視したような気がいたしました。 2、3これって言い間違いだよなあ?と思えるところがありましたから(笑)。
それにしても今この自分のブログを見て、「こんなにしゃべっていたのか! それ全部聞き書きしたのか!…長すぎ…ヒマすぎ…」とあらためて呆れました(笑)。

rabiサンのご覧になっている番組も、社会派ドラマが多いご様子ですね。
社会派ドラマ、というのは、どうも昔から、視聴率が低い傾向にあるみたいです。
これは、話が高度すぎると、それだけで見る気がしなくなる人が、思いのほか多いからだ、そう感じます。

でも、番組を作る側の人が、自分たちの作るものに対して 「この程度」 と思わず、誇りを持って制作すれば、結局はそれが日本のカルチャーレベルを押し上げることに通じる、と思います。
そんな 「ドラマ作りの職人」 が増えていってほしい。 rabiサンに同感です!

リウさん、こんばんは。

璃子の術中に見事に嵌ってしまったサキちゃんでした。不撓不屈の信念で結果的に周りを変えていったサキちゃんなら、最後までその信念を通してくれよ、ということでしょうか。でも弁護士になれて良かったです。

>「鏡に映る、目の前の男=自分」 から変えていこう、という趣旨の歌です。
>社会の悪いところを見て見ぬふりをするよりも、まずは自分から変わっていこう。

毎度、マイケルの歌の選曲には深い意味があるんですね。


>個人的には、谷原サンと永作チャンがくっついてしまったのは、これはこれでありかな、と思いました。 それは塚本クンが最終回、なかなか人間的成長を遂げていたからこそなんですけど。

まったくの同感です。私としては一番いい終わり方でした。何故なら、塚本君含めて、この四人が友達であったと思うからです。

不思議なドラマでしたが、「非現実さ」を逆手にとってコミカルさを出しながら、人生における大事なものをストレートに表現した手法に、拍手を送りたいと思います。
そういえば、このドラマの初回を見れたゆえに、リウさんのサイトに出会うことになりました。その意味でも、このドラマに感謝であります。

弥太郎様
コメント、ありがとうございます。

「不撓不屈の信念を最後まで貫き通せ」、ですか! まさしく、その通りですネ!
あのチョー長いお説教は、このドラマのいちばんの盛り上がり部分だったような気がします。
陣痛の痛みで汗をかいていた永作チャンでしたが、美穂チャンのあまりの長ゼリフ、気合の入りまくった演技に、心なしか泣いているような気がしました。

マイケルの作る歌は、ダンサブルで曲のほうばかりに注目が集まるのですが、実は奥の深い歌詞のものが、とても多いです。
しかもその内容ときたら、結構私小説気味で、過激な部分も多い。
生前マイケルが、「ぼくにインタビューするより、歌詞を読んでもらえば、あなたの聞きたいことは全部そこに書いてある」 と、確か言っていた覚えがあります。 実際、その通りなんですよね。
赤裸々な告白、という点において、私はマイケルの書く詞は、ジョン・レノンに相通じている部分がある、と考えています。

最終的に、塚本クンを含めた主役の4人は、最も自分が輝ける居場所を見つけたようですね。 結局谷原サンは、永作チャンとくっついたことで自分を曲げちゃったのではないか?などという考えかたも出来るのですが、いくら自分を曲げられなくても、こと恋愛に関しては、相手あってのことですから(笑)。 でないとあきらめの悪い、ストーカーになってしまう(笑)。

そうでした! このドラマがきっかけで、弥太郎サンともお知り合いになれました!

この歳になると、なかなか同じ興味を共有する友人というものができないもので、そう考えると、このドラマには、やっぱり感謝!というべきですネ!

また気軽に、お立ち寄りください!

リウ様、はじめまして、鳩と申します
曲げられない女の台詞を検索し
たどり着いたものです

リウ様のドラマのテーマの考察も
あの名台詞の勢いそのままの聞き起こしも
そのままに心ぐっと響きまして
失礼なこと承知の上、
勝手に転載をさせて頂きました。
事後承諾のお願いで本当に申し訳ございません。
問題ございます場合は
直ちに転載箇所削除致しますので
ご検討何卒宜しくお願い申し上げます。

鳩 様
コメント、ありがとうございます。
いえいえ、私の方こそ、著作権も無視して勝手にドラマから聞き書きして転載している身分でありまして…(笑)。
私のほうは、鳩様の転載については、まったく構いません。
それよりもこんな感想文をおほめいただき、誠に恐縮でございます。
私のブログ記事は、それでなくてもいろんなかたに転載されている様子でございまして、鳩様のように承諾のご依頼をして来られるかたは、ほんとうにまれです。 ありがたいことです。 大変光栄です。
どんな具合に転載されたのか、可能でしたら私にも閲覧させていただければ、なお嬉しく存じます。

リウ様

勝手なこといたしましたのに、
あたたかなお返事いただきまして
大変に嬉しく、心よりお礼申し上げます。

転載させて頂きました日記、
こちらアドレスになりますので
http://smilepigeon.jugem.jp/?eid=215
また宜しかったら
覗いて頂けましたら幸いです。

これからも、リウ様ブログ
楽しみに致しております。

この度は、ご承認をありがとうございました。


鳩 様
再コメント、ありがとうございます。

ブログ、拝見いたしました。
このような形で転載くださり、恐縮の至りであります。

さっそくコメント書かせていただきました。

私のブログにも、「詩」 というカテゴリーがございますので、もしよろしければのぞいていただけると幸いです。

鳩様に送ったコメントと同じような内容の詩があったと思います(スイマセン、最近ちっとも詩をアップしてないもので忘れてしまいました…笑)。

ただちょっと、クラーイ内容のものが多くて、それでアクセス敬遠されているのかも、しれません(笑)。 読むと生きていくのがいやんなっちゃうので、あまりお勧めは、できないのですが(汗)。

ホント何度もすいませんっ。このドラマ面白かったのでDVDに8話と10話残してます。
世の中にいっぱいいるであろう<オギワラ>たちも
ドラマ見て鼻の穴を広げてコーフンしてたであろう。

今は美穂ちゃん子育て堺さんと仲良くやってるんだろうなー。

よくコメントしてるrabiさんもこのドラマから
リウさんのブログ見てたんだー。

湯川さんの純と愛は朝ドラで見るの途中でやめた
唯一の作品だったのでこのひとつだけ
「なんでこれ書いちゃったんだろう。」
とふしぎでならない。

まーとにかくおもしろかった!

ドラマ大すきおやじ50才 様
コメント下さり、ありがとうございます。

rabi様は最近、いらっしゃらないですねー。 このブログでいちばんいろんな人からコメントが来た気がするドラマは、「流れ星」 ですね。 竹野内豊ファンって、この世に多いんだーということがよく分かったドラマでした。 あまりにも多くの女性たちからコメントが来るので、自分がモテているのかとカンチガイをしてしまったくらいでした(爆)。

遊川サンの朝ドラは、「朝ドラでやってはいけない」 テーマでしたよね(笑)。 朝ドラって、人の悪いところをしつこくほじくり回すようなドラマって、あまり好まれない。 そして 「純と愛」 は、「人間の本性は悪」、という性悪説にのっとって、「それでも人は!」 ということを描きたかったんだろうけど、「それでも人は!」 のところに来るまでに、遊川サン特有のクセで、登場人物たちみんな不幸のズンドコに陥れちゃうから、みんなに嫌がられた(笑)。

あ、ズンドコではなくどん底です(元ネタは、言わなくてもい~か…笑)。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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