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2010年3月28日 (日)

「龍馬伝」 第13回 大友サン演出は、一味違う

 まーた長い記事になってしまいました。 勘弁してください。

 このところちっくと話がグダグダになった感のあった 「龍馬伝」 でしたが、第1部最終回の 「さらば土佐よ」 は、ようできちょりました。 ひさびさ話に、引き込まれたがです。 なんか、言いっぷりが影響されてます(笑)。 これもドラマの出来がいいからこそですね。

 ただし最初のうちにちょっとだけ、文句を書かせてくださいまし。 申し訳ないですが。
 失礼ながら、話の流れとしては、どうにも唐突感の抜けない感じは、まだちょこちょこするのです。

 まず龍馬(福山雅治サン)が土佐にいるより脱藩したほうがいい、と決断する理由付けが弱い気がします。 龍馬の考えが土佐一藩に収まりきれなくなっている、というところは描写しているんですが。
 武市(大森南朋サン)と吉田東洋(田中泯サン)との大人げないいがみ合いを見ていれば、土佐一藩で小競り合いをしていたって始まらんろう、となるのは分かります。 けれど、だから脱藩することが、龍馬にとってベストなのだ、という描かれかたが弱い。

 人間、思うようにいかないからってそこから抜け出しゃいいってもんじゃ、ないと思うんですよ。 今いるところで最善を尽くせ、と言うか。

 現代の視点から見ているから、龍馬が脱藩するのは当然のように思えてしまうんですが、脱藩して何がしたいのか、理由は若者らしいハチャメチャさでもいいですから、はっきりと龍馬に語らせてもらいたい気が、するんですよね。

 そしてもうひとつ、自分の家から脱藩者が出れば、お家断絶みたいな、その時代にとっては万死に値するようなことを、きちんとこの回ドラマでも説明しておきながら、坂本家の全員が、龍馬を脱藩させることを応援してしまうところ。
 龍馬が家を出ていってしまったあとで龍馬のお兄サン(杉本哲太サン)が、坂本家と家系続きである質屋に上士も質入れしているものがあるだろう、それを盾に取れば上士だって龍馬の脱藩で坂本家に大きなことが言えなくなるに違いない、坂本家は自分たちで守るのだ、という覚悟を語っていましたが、ドラマの見せ方としては、順番が逆だと思いました。

 まず坂本家全員の、お家取りつぶしに対する覚悟のほどを見せてから、龍馬の脱藩を応援する乙女姉やん(寺島しのぶサン)のシーンを挿入すれば、どういて坂本家は龍馬の脱藩を応援するのだ、まずお家が大事じゃないのか、と思いながら見ることもなかったですろうに。 そしてもっと、感動的で泣けるシーンになったですろうに。

 でも。

 今回のドラマは、そんな脚本のアラが隠れまくってしまうほどの、緊迫したすごいドラマになっちょりました。

 まず冒頭、先週の続きで、「龍馬、東洋を斬れ!」 と懇願する武市に、今までけっして自分の考えを強く主張することのなかった武市の妻、冨(奥貫薫サン)が、初めて武市に対して 「おまさんは、あたしのだんな様は、賢うて、穏やかで優しいお人ぞね! お願いですきに、そんな恐ろしいこと言わんといてつかあさい!」 と言い寄るのです。

 このシーンが、のちに 「やっぱり吉田様を斬れなかった」 と言いに来た龍馬に 「もういい」 と、表向き冨を安心させようとする武市の態度につながってくる。
 ただしそこで語られる武市の、完全な 「表向き」 の言葉は、ただならぬ静けさを有していて、その雰囲気で龍馬に、「自分に殺させなかったけれど、武市サンはほかの誰かに東洋の暗殺をさせるつもりだ」 と気付かせてしまう。
 その 「表向き」 の言葉に安心して、陰で龍馬と武市の話を聞いていた冨は、その場を立ち去る。 そのギシギシいう音が収まった途端、龍馬は武市に、東洋の暗殺をやめるように小声で必死に頼み込むのです。

 この部分のドラマ的な奥深さには、つくづく引き込まれました。
 これは演出の勝利なんじゃないでしょうか。

 話は前後しますが、先週私がバリバリ違和感を抱いた(笑)後藤象二郎(青木崇高サン)のゲハゲハ笑いの 「龍馬を殺せ」 指令から、弥太郎(香川照之サン)が龍馬に毒を盛って、それが失敗するまでの話。

 大口と憎まれ口ばかり叩いていた弥太郎が、いざ大事を頼まれたらビクビクものだった(笑)、という香川サンの演技は、実にうまかった! これも、脚本通りにやってたら、いかにも浅くなってしまいがちなシーンだったと思います。
 ふだん通りを装う、ということが全くできない弥太郎(笑)の、力の入りまくった肩の動き(笑)、龍馬と目を合わせようとしない動き、キョロキョロしながらふるえる手で湯呑に毒を入れようとする動き、すべてが最高の演技でした。 三菱にお勤めの方々には、創業者が坂本龍馬を毒殺、なんてとんでもなかっただろうとお察し申し上げますが、ワタシ個人的には、ちっとも企業イメージ悪化になっておりませんから。
 弥太郎はすんでのところで、龍馬の毒入り湯呑を払いのける。

 そしてここで、暗殺未遂に終わった龍馬毒殺について、弥太郎に勘違い気味の解説をさせる。 これは完全なる脚本の勝利であります。

 「後藤象二郎様に命じられたがじゃ! 吉田様の甥っこぜよ。 ちゅうことは、吉田様がおまんを殺せとお命じになったがじゃ!(ここがカンチガイ…笑)。 だがのう龍馬! おまんを助けたかったわけじゃないき! …悔しかったがじゃ! この土佐じゃ、やっぱり下士は虫けらながじゃ! 上士に命じられて、虫けらが虫けらに、毒を盛る…こんーな滑稽で、こんーなみじめなことがあるかえ?」

 「虫けらが虫けらに毒を盛る」…奥の深い、すごいセリフだと思いました。
 なんだかんだ言いつつ、龍馬のことを気にかけているから、殺せるはずもない。 だがそんな自分の置かれている境遇の、情けなさのほうが先に立ってしまう。 実に弥太郎の考えそうなことではないですか。
 龍馬はこの話に、上士と下士の関係にがんじがらめになっている土佐藩の現況を、痛感したに違いないのです。

 そして、東洋のところへ意見をしに来た龍馬。
 武市を藩政に加わらせ、上士と下士の争いを鎮静化させよ、というのが龍馬の言い分。

 それに東洋は、こう答えるのです。

 「能力があると思うたら、わしは下士やちどんどん引上げちゃるぜよ。 武市を足蹴にしたがは、やつが無能やき!」

 ここでようやく分かったのですが、吉田東洋の価値基準の中心には、有能か無能か、ということしかない。 それがこのドラマにおける、吉田東洋という人物の解釈の仕方なんです。
 だからこそ 「自分は天才だからなんでもやっていいんじゃー!」(笑)とか、衆目の中であれだけ武市を足蹴にしまくったりとか、見ている側がドン引きしたくなることが、できたんでしょうね。
 その吉田に、再び龍馬を抱き込ませようというセリフを、しゃべらせる。
 龍馬にしてみれば、これもまた土佐というコップの中の嵐であって、うんざりするような話であることは、確かなのです。

 この時に象二郎の、龍馬毒殺のたくらみが東洋に露見してしまう展開は、東洋鋭すぎ…(笑)…とツッコミを入れたくなりますが、それで弥太郎のところへ命令遂行失敗におとがめなしの報せが来るところは、抱腹絶倒ものの可笑しさでした(笑)。
 好きだよなあ、福田靖サン、こういうマンガチックな話(笑)。

 この、弥太郎の抱腹絶倒シーンのバックに必ず流れる、彰義隊が演奏するような(よく知らんのですが…笑)、明治時代の鼓笛隊が演奏するような音楽は、私とても好きなんですけど。 サウンドトラック、買いたくなります。

 そして坂本家の朝餉の席。

 ダレソレが脱藩したとかいう話になり、龍馬はそういうことはないろ?と話を向けられ、ひどく狼狽してその場を立ち去ってしまう龍馬。
 そのとき家族全員が、「龍馬にその気あり」 と気付いてしまうのです。
 この、家族全員の表情を追う演出は、とても優れていたと感じます。

 ただここで 「そんなことはとんでもない!」 と怒る杉本哲太サンに、乙女姉やんが 「龍馬はやっと、自分のやりたいことを見つけたんだ」 と反駁するんですが、ここはもっと、当時のお武家にとってお家がいかに大事だったか、という概念を、折り込んでもらいたかったですね。

 そして、先ほど述べた、龍馬が武市の東洋暗殺を引きとめる、あのシーンですよ。

 そのとき武市が昔話を語るんですが、ここもよかったなあ。
 子供の頃、スズメを酔っぱらわせると面白いように生け捕りに出来る、という話(これって私なんかは、反射的に 「カムイ伝」 を思い出してしまうんですが)を聞いて試してみたけれども、失敗に終わった、という話。

 「わしとおまんは、ふたりでそれ(逃げたスズメ)を見送ったがじゃ。 ハハハ…。 アホじゃったのう、わしらは。 …人ゆうもんは、歳をとって、それなりに賢こうなると、おんなじものをずうっと一緒に見続けることは出来んがじゃ。 スズメを見送ったあの時とは、もう違うがぜよ」

 ここで龍馬は、もう完全に土佐に見切りをつけたような感じなのですが。

 で、龍馬はそれとなく弥太郎に別れの挨拶をしに行き、戻ってみると、乙女姉やんが龍馬の旅支度を勝手にしている。
 ここの感想は、先に述べたとおりです。
 龍馬、脱藩です。

 けれども、冒頭に述べたような、話として弱いかなと思わせる部分が、今回は帳消しになっていると感じたことは、事実であります。
 それはどうしてだろうと思ったのですが、やっぱり演出を担当した、大友啓史サンの底力によるものが大きいのではないか、という、自分なりの結論に達しました。

 その演出が最高の力を発揮したのが、今回ラストの吉田東洋暗殺シーン。

 どしゃ降りの雨の中、斬る側も、斬られる側も、いかにも無様な立ち回り。
 このバタバタした殺陣の演出には、シビレまくりました。
 これが時代劇でよく見るような殺陣の方法だったら、リアリティなど全く感じなかったことでしょう。
 田中泯サン、最後まで、カッコよすぎです…。
 そして、「ハゲタカ」 を思わせるブルーの強調された画面に、叩きつける雨のしずくが、赤く点滅する。 血の色ですよね。
 大河史上に残る、名シーンだと感じました。

 そのほかにも、都合3回出てきた春猪(前田敦子チャン)の龍馬を起こすシーン(3回目に呼びに行った時、龍馬がいなかった、という見せかたは、最高でした!)とか、喜勢(マイコサン)が 「土佐を離れたくない!」 とごねるシーン(気になりますねえ、その理由…)とか、細部にまでいちいちこだわった作りが、ドラマとしての見ごたえをさらに増しているような気がします。

 肝心の龍馬の心理状態が、いまいち伝わってこないうらみはあるのですが、ドラマ全体のディティールとして、ここまで見せてくれれば、多少の不満点は解消してしまう。 そんなタイプのドラマの見本なんじゃないでしょうかね。 だから演出のキモをきちんと押さえていないと、途端に物語の弱さが露呈する。 演出家の、ウデの見せどころ、という気がします。

当ブログ 「龍馬伝」 に関する記事
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♯12武市の心理、執拗にやってますねhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/12-2a95.html

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