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2010年3月 3日 (水)

「タモリ倶楽部」 地獄の生前予習

 「タモリ倶楽部」 2月27日(一部地域除く)は、みうらじゅんサン監修(ホント詳しそう…笑)、生前地獄予習。

 ゲストは安齋肇サン、進行役はおぎやはぎ。 高田馬場のホルモン 「閻魔」 で肉をつつきながら、「もうこの段階で殺生してますよね」 みたいな展開。 地獄という問題をどうとらえようとしているのか、この時点で理解できます(笑)。 冗談で進行していく番組でしたが、ちょっとこの記事では、マジメに地獄の存在意義などを(笑)考えていきたいと思います。

 この中でいちばん興味深かったレッスン(笑)は、八大地獄、という地獄の段階分け。

 よく見ると、いちばん軽度の等活地獄からして、すでに悲惨極まりない刑罰の状態。 殺生をした者が落ちる地獄ということで、虫一匹殺したことのない人がまずいないように、ほとんどの人間はその地獄に行くだろう、みたいな感じなんですが、亡者どうしの殺し合いが行なわれ、煮えた糞尿で茹でられ、さらに食べさせられる。 タモリサン 「ちょっと待って、それでいちばん上なの?」「殺し合いって言っても、死なないわけでしょ?」

 しかし、意味分かりませんよね、のっけからマジレスですけど(笑)。
 なんでわざわざ、罪を犯した人間が、さらにそれ以上の殺生を強いられなければならないのか(笑)。
 つまり、まともな人間にとっては、人を殺すことが苦痛に思えるだろうから、あえてそれを強制させて苦しませる、という側面も備わっているのか?みたいにも考えられるんですが。 殺し合いをさせる側の責任統括者である閻魔大王の罪、っていうものは、どうなんでしょうか?

 次の段階が、黒縄地獄。 殺生に加え、盗みをした者が落ちるそうです。
 体に黒い線を引かれて切り刻まれたり、煮えたぎる大鍋の上の縄を渡らされたりするらしい。
 別に線を引かなくっても切り刻めばいいだろう、という感じもしますが(笑)。
 なにしろ、その刑罰を科す地獄の鬼、というものが、すでに人を苦しめることに何の躊躇もない、邪悪な存在だ、ということが、気になるんですよ。 なんとも、鬼たちのほうが哀れに思えてくる。
 そしてまた、鬼たちの管理統括責任者である閻魔大王の生命というものにも、考えが及んでしまう。
 悪いことを生前したら死後にエライ目に遭う、というのは因果応報上納得のいく論理です。 しかし、それをつかさどる自然摂理的な存在を、閻魔大王にゆだねるのはいいとして、こういう地獄の描きかたは、単なる苦痛強制執行人としてかえってその閻魔大王の存在を貶めることになっている、そう思うんです。 …なんだか難しい話になってまいりました(笑)。

 次の衆合地獄(BGMが 「8時だョ!全員集合」 で、笑いました)は、それまでの罪プラスみだらな行ないにふけったものが落ちる地獄。 みだらなことを考えてもいかん、というみうらサンの話にタモリサン 「そんな厳しいもんかい?」。
 この地獄では、鉄の臼で挽き潰され、木に逆さ吊りにされ、炎であぶられる。
 これって要するに、またイチャモンつけますけど(笑)、神経がどんなことをされてもまだ生きている、という感覚ですよね。 フツーここまでされたら、もう二度としません、っていうことになりますけど、だったら輪廻転生で生き返る人たちというのは、もうすべて善人ばかり、ということになりませんかね? 世の中、善人だらけにならないですか? それがいっこうにならない、というのは、のど元過ぎれば熱さを忘れる、レベルの話じゃない気がするんですけど(笑)。 つまり、地獄の責め苦が、魂の浄化作用に何ら寄与していない、ということになりますよね? …ああまた、難しい話になってきた(笑)。
 要するに、生まれてくる時点で、それまでの記憶をすべて消され、地獄の責め苦もすべて忘れてしまう、という摂理からして、納得がいかないんですよ。
 人がいいことをするにも、悪いことをするにも、生まれてからの環境ですべてが決まる、そう思えてならないんです。 悪いことをするのに何となく躊躇する、というのは、地獄の責め苦が記憶のどこかにあるからではなく、感覚的に世の中の仕組みを体得しているからなんじゃないでしょうか。 誰かを傷つければ、誰かが悲しむ。 喜ばせることをすれば、みんなが喜ぶ。 そんな経験は、別に教わったりしなくても、生きていればなんとなく分かるものです。 でもそうすると、地獄の存在価値って何なのか、って話になってきます。 ただ泣く子を黙らせるとか、この世での善行を促進するとか、そんなレベルになってきますけどね。

 「タモリ倶楽部」 は、その地獄が持つ根本的問題には触れることなく(当たり前か…笑)続くわけですが。

 次の叫喚地獄は、それまでのプラス酒を飲んだものが落ちる地獄。 酒って…。 みんな飲んどるじゃないですかぁ~ッ(笑)。
 刑罰は、煮たり焼いたりあぶったりされる、という、「軽くネタ切れ感が出てきてると思うんですが」(やはぎサン)(笑)。 それと、口から焼けた銅を流し込まれ、内臓を焼かれる、「胸やけのレベルじゃない」(笑)。 やはぎサン、冴えてますなあ。

 大叫喚地獄は、それまでプラス嘘をついたものが落ちる地獄。 さっきの叫喚地獄よりも、さらに大きな鍋や釜で焼かれる、という、ますますネタ切れ感あふれる刑罰で(笑)。

 焦熱地獄は、それまでプラス仏教の教えと相容れない教えを説く者が落ちる地獄。 鉄板で、表も裏も焼かれるとか。 あと、池だと思って飛び込んだら、炎の池だったとか。 突っ込みたくなるようなレベルになってまいりました(笑)。 皆さんも、突っ込みまくってました(笑)。

 大焦熱地獄は、それまでプラス尼僧や幼女を犯した者が落ちる地獄。 焦熱地獄のパワーアップ版の刑罰(笑)。 死の三日前から苦しみを受ける、という 「ちょっとフライング気味、オレまだ死んでないんですけど」(やはぎサン)(笑)。

 最後が、無間地獄。
 これまでの罪プラス、父母や聖者を殺した者が落ちるそうです。 みうらサン 「聖者殺したことないですか? 街にやってくるっていうじゃないですか(笑)。 結構いるでしょ」(笑)。
 これまでの地獄の1000倍の苦しみを味わう、らしいです。

 その分割された地獄の中にもいろんな種類があって、大焦熱地獄の中の大身悪吼可畏処というところでは、酢をのまされて体を柔らかくされ、さらにローラーのようなもので広大な原野くらいまで引き延ばされたあと、ピンセットで少しずつ肉を引きちぎられる、というワケの分からない刑罰で(笑)。 みうらサン 「マンガじゃないですか」(笑)

 女性を酩酊状態にして犯した者が受ける罰が、男根を引き抜かれても次から次からはえてきて、そのたびにまた抜かれ続ける、というもので、タモリサン 「男根手品」(笑)。

 それにしても感じるのは、やはり最初の 「レベル1」 等活地獄がすごすぎて、そこから先の刑罰が重くなっていくのに、すでにそれ以上重い刑罰が考えられなくて、ネタ切れ状態になってしまっているところ。 いかにも行ってみたことのない人間が考えている、子供を怖がらせて教育する、という感じがしてならなかったのですが、実際の地獄というものは、このような分かりやすいものではないような気がするのです。

 私がとても印象に残っているのは、小学校時代だったか、学研の 「私は見た 死後の世界」 というシリーズ本。 降霊術で呼び出されたヒトラーが、死後の世界で暗い泥沼のようなところを、長いあいだ歩かされ、足は腐って骨が見え、ボロボロになっているにもかかわらず、ひとりぼっちでわけも分からないまま歩きつづけている、と語る話です。

 閻魔様も鬼もいなくても、じゅうぶんにそれは怖い 「地獄」 の世界ではありませんか。

 その本に私はいまだに毒されている部分はあるのですが(笑)、地獄というのは結構、いま生きている世界でも繰り広げられている話の延長のような気がするのです。
 今現在の自分がどうしても乗り越えられない壁であるとか、どうしても抵抗できない欲求であるとか。 生きているあいだにできないのですから、死んでしまったら余計にそれができなくなる、そんなものが地獄であるような気がします。

 まあ、死んだら終わり、なんて考えている人には、関係のない話ですけどね。

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  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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