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2010年3月17日 (水)

「火の魚」 ポップに甦った文芸作品

 はじめにお断りします。 その後何度も再放送されるたびにこの記事へのアクセスが増えるのですが、ちょっとその後のことも含めて書き直しをいたしました。

 「不毛地帯」 最終回の記事にコメントを寄せて下さったかたの情報で、予約録画をしておいたNHK 「火の魚」、見ました。 ネコ様、面白かったです。 この場を借りてお礼申し上げます。
 もともとNHK広島放送局の制作で、中国地方限定で放送されたのですが、平成21年度文化庁芸術祭大賞を取って、何度か全国規模でも放送されていたらしいです。
 ちっとも知らなかったなあ。

 ともかく去年(2009年)の夏ごろの撮影だったらしく、時系列的に逆になっておりますが、「不毛地帯」 最終回で圧倒的な演技を見たばかりの原田芳雄サンの、これまた実に印象的な演技を、堪能いたしました。
 原田サンの役は、かつての売れっ子作家で現在は島に引っ込んで執筆をつづけている、傲慢な老作家。

 それともうひとりの注目が、尾野真千子サン。

 これも時間的にグチャグチャになっておりますが(笑)、現在私、「外事警察」 をちょっとずつちょっとずつ、惜しむような感覚で、今年の初めに集中再放送されたものを見ておりまして、このドラマにもお出になっていた彼女のことが、ちょっと気になりつつあるところでありまして。 ワタシ的には、タイムリーでしたかね。

 この、尾野真千子サンという人、「外事警察」 でも渡部篤郎サンにいみじくも言われておりましたが、正直なところ 「美人でもなくフツーの顔」 で、これといった特徴があまりない顔立ちでいらっしゃる(失礼)。
 ただし 「外事警察」 でも、このたびの 「火の魚」 でも、共通してかなり冷静で気の強そうな役柄を演じていました。 ツンツンタイプの印象が、これで個人的にはかなりついてしまいました(笑)。

 彼女が、原田サン演じる老作家の担当につく編集者の役。

 なんだかこれって、この前まで再放送(関東地方のみ)していた 「Love Story」(中山美穂サン・豊川悦司サン)と、同じようなシチュエイションで。
 ただもともとこの 「火の魚」 というドラマの原作は室生犀星。
 ということは 「Love Story」 のほうがもしかしたらそれを下敷きに?とか、…考えたんですけど、まあ作家と編集者との恋愛話など、よくありそうな感じもします。

 で、その室生犀星の原作、ということで、ドラマ全体には、そこはかとなく大昔の文学みたいな匂いが漂っていたのですが、それを現代風にアレンジした脚本家、渡辺あやサンの、ポップな料理の仕方が、とてもよかった。

 なぜなら、この物語の主題は、つまるところ、「死」。

 これを大上段に構えて見せられると、とてもしんどくなってしまうのですが、このドラマは特に、原田芳雄サンの老作家の傲慢ぶりを、ちょっとコミカルに味付けすることで、見る側に興味を持続させることに成功しています。
 物語は主題を語る上でどんどん重くなっていきますが、最後の最後で原田サンに 「タバコ吸いてえぇぇーっ!」 と不良高校生みたいに叫ばせることで、ストンと軽く着地してしまう。 見終わった後の感じが、ちっとも重苦しくないんですよ。

 で。

 このドラマでいちばんの盛り上がり部分は、やはり金魚を殺す場面でしょう。

 老作家(原田サン)は、自分の近年の作品に対して、全盛時と比べて明らかに劣っている、という自らが持っていた負い目を編集者(尾野サン)にそのままずばり指摘され、いわばそのつまんない復讐として、自分の飼っていた、そしてその作品の象徴でもあった金魚を魚拓にして小説の表紙にしろ、と尾野サンに命令する。

 魚拓にする、ということはすなわち、自分がだいじに飼っていた金魚を、殺す、ということなのです。 かなり悪趣味。

 「だからなんだってんだよ。
 オマエ父親のやってんの見たって言ったじゃないか」

 「それは父が釣ってきた、タイとかアジとかそういった…」

 「おんなじ魚だろ?
 じゃなにかい?
 この世には死んでいい魚と死んじゃいけない魚があって、金魚は死んじゃいけない魚だと。 お前そう思ってんの?

 そりゃ人間誰しも、自分を金魚だと思いたい。
 タイやイワシのように、死に値する存在じゃない。 え?

 …だけどね、年取りゃ分かるよ。

 人生なんてのは、かつて自分が金魚だった、それを魚拓にされるまでの物語だってことをな。

 実に偉大で、ひどく残酷なんだよ。

 …耐えきれるもんじゃないよそりゃ」

 長い沈黙のあと、尾野サンは言うのです。

 「私が、金魚の魚拓を取れば、先生は、…少しは気がお済みになりますか」

 「……そーだねっ!」

 ここにこの短編ドラマのエッセンスが、すべて含まれているような気がします。

 つまり、ひどく重たい話をしているのに、最後の老作家の答えが 「そーだねっ!」(笑)。
 この原田サンの言いっぷりに、私は思わず噴いてしまったのですが、話がここで軽いものにいきなり化学変化してしまうんですよ。

 そして、ふだん冷静で全くものおじしない編集者の尾野サンが、金魚を殺すとき、苦悶の表情でいっぱいになりながら、大粒の涙をぽろぽろ流す。
 ここで実際に金魚を殺してしまうシーンを見せたら、いかにもテレビ局に抗議が殺到しそうな展開でしたが、きょう日のテレビがそういうストレートなシーンを流すはずは、ありませんでしたね、やっぱり。

 ここではでも、金魚を本当には殺さなかったみたいですね。 最初誤認に基づいて書いてしまったのですが、ご指摘があり、殺してはいなかったことが分かりました。 ご指摘くださったかた、大変ありがとうございます)
 http://www.nhk.or.jp/hiroshima/program/etc2009/drama09/staff/index2.html

 そして、このシーンで私がすごい、と思ったのは、金魚が殺されるところを見ながらむせたりなんかしていた原田サンが、尾野サンの苦悶の表情をちらっと見る瞬間でした。

 それは作家としての観察眼なのか、それとも鉄面皮の女性が苦悶の表情を浮かべることのエロチシズムを直感したものなのか。

 こういうところに、このドラマの底辺を流れる文学性を強く感じるのです。

 昔の小説家は、女性に対してある種の独特な距離感と、つつましやかなものに対する尊敬の念を同時に持っていたような気が、私なんかはします。
 その空気が、流れているんですよ、このドラマには。
 だから文学的な匂いがするように思えたんでしょうね。

 そしてその直後、原田サンは尾野サンに、タイのお造りをごちそうする。

 「なんかうまいもんないのか」 と嫌味に急かされて(笑)、店主が出したものだったんですけどね。

 …またまた悪趣味(笑)。

 しかし尾野サンは手を合わせてそれをひょいぱく、ひょいぱくするのです(笑)。

 コリコリという尾野サンの食べるかすかな音。
 そしてタイと目が合う(笑)。

 ポップだなあ(笑)。

 ここらへん、先ほどまでの文学的な感覚を離れて、とても現代的なアイロニーに包まれている気がしました。

 それから尾野サンは、いきなり原田サンの前から姿を消す。
 原田サンは何食わぬ顔をして大いに気になっていたのですが(笑)、彼女が数ヶ月前からがんで闘病していることが分かり、原田サンは東京の病院まで、わざわざ会いに行くのです。

 年甲斐もなく花束を持って駆け付けた先に原田サンが見たのは、あのとても気の強かった彼女が、抗がん剤のためか帽子をかぶり、ひと回り小さくなった姿でした。
 彼女は、老作家の孤独な姿と、2年前にがんを発症した自分との間に、共通する孤独を見つけ、それがひとつの奇妙な絆に感じていたことを吐露する。

 ここで彼女の病状がその後どうなったのかまで描写しなかったのは、上質の余韻を見る側に与える、賢明な演出でした。
 もっとも島へ帰る船上で、原田サンになんとなく匂わせてはいるんですが、原田サンがその時感じていたのは、奇妙な絆で結ばれた尾野サンとの、いわば同志愛的な感情です。

 オレだっていずれは死ぬ身、またいつかどこかで会おう…と心の中で思いながら、重苦しさが募っていたところに、さっきの 「タバコ吸いてぇええ~っ!」、です(笑)。 ここにロック調のエンディング音楽がかぶさる。 ここでしとやかな音楽が流れないところが、またポップ調なのです。

 このドラマ、全体的に色調が暗い。

 影の部分を効果的に見せる手法をとっているのです。

 特に老作家の住むところはその傾向が強い。 なんとなく、谷崎潤一郎の 「陰翳礼讃」 を彷彿とさせる気がいたしました。
 そして尾野サンがドラマの中で演じる、独特で印象的な影絵の芝居。
 影絵作家の人がいるらしいのですが、その影絵を使って、尾野サンが実際に島の子供たちに披露したそうです。 ここにも 「影」 が、画面を支配している。 「影」 と 「死」 とを連想させる演出、だったのでしょうか。

 それにしても、原田芳雄サン、いい仕事してるなあ~、最近。 今年古希ですって。
 尾野真千子サン、今後ますます注目です。

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コメント

>>どうやらホントに、殺したみたいです。

あの金魚ですが上記番組HPのスタッフ日誌4ページ目に
 ちなみに、彼女は撮影後に「さち子」という名 前をもらって、今でも元気に広島放送局で暮ら しています。
とあります。こういうことは気にする人も多いですからねんのため。

▲クリックで拡大します

??様
ご指摘、ありがとうございます。
大変、助かりました。 早速訂正させていただきます。
いや、ちゃんと最後まで読んでみないと、分からないものですね…。
リンク先ページの思わせぶりな記述で、すっかりそう思ってしまいました。
それとやはり、尾野サンのその時の演技に、すっかり入り込んでしまったせいでしょうね。
大変、ありがとうございました!

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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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