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2010年4月12日 (月)

「わが家の歴史」 第3夜(最終夜) うまくいく人、うまくいかない人

 八女家の人々を中心として、数多くの人々がゆき過ぎて行った、「わが家の歴史」 の最終夜。 合計で7時間以上はあるドラマでしたが、途中でダレることもなく、リアルタイムで一気に見ることができました。

 それは話がとても駆け足だったからこそ見ることができたわけで、これが重苦しいテーマのドラマであったなら(「不毛地帯」 みたいに)、とてもじゃないが一挙に追っていくことは無理だったと思います。 なにしろ第1夜の当ブログ記事にも書いたんですが、やたらとこのところテレビを見続ける根気がなくって(笑)。

 今回の話は、鬼塚(佐藤浩市サン)と、時次郎(西田敏行サン)の死、というものが、物語に大きな影を落としていく作りだった気がします。
 家族の金銭的支柱だった鬼塚と、精神的支柱だった時次郎。 このふたりの死によって、最終話は後半に向かって、どんどん爆笑シーンがなくなっていく。 3日間も見ているとさすがに感情移入してくるもので、不幸になっていく八女家、特に柴咲コウサンを見るのは、ちょっとつらいものがありました。

 ただ、だからこそ、毎回の冒頭に流れていた運動会が、この長編ドラマのラストの舞台になっていることが、大きな救いになったように思いました。
 みんなが頑張って、その日その日を生きている。
 そして子供のため、誰かのために、つらい仕事を頑張っている。
 そのことができない人も、もがきながら苦しんで毎日を生きている。
 ラストのナレーションでも述べられていましたが、ここに出てくる人たちはみんな私たちと同じ、普通の人々なのです。
 そんな人たちが大勢寄り集まって、生きつづけて、この日本という国を、構成している家族の一員なんだ、ということを、ちょっとばかりオオゲサですが(笑)考えたりしました。

 このドラマは、ジャンルとか好き嫌いとかを超越して、そんなほとんどの日本人に向けて発信されていた、ドラマだったのではないでしょうか。

 細かい印象的な話に移りますが、最終夜で前回前々回以上にクローズアップされていたのが、実在する有名人との絡みだった気がします。
 特に伊東四朗サン演じる、古川ロッパ。
 第2夜から、痩せたと観客に思わせないようにタオルを体に巻きつけていたとか、他のちょっとだけしか出ない有名人に比べると、ずいぶん内面にまで切り込んだ描写をしていました。 第3夜も場末のストリップ劇場で往年の意欲を取り戻した場面とか、三谷幸喜サンの、喜劇人ロッパに対するオマージュをも感じさせる、出演のさせ方でした。

 また、そのストリップ劇場に入り浸って舞台に出演までしていた、作家の永井荷風(石坂浩二サン)。
 踊り子たちに囲まれて羨ましい(笑)人だったんですが、そのさびしげな後ろ姿と、孤独死をしたというナレーション。 石坂サンの演技は、深い余韻を残しました。

 それから、榮倉奈々チャンがアシスタントとして勤めた先のマンガ家、手塚治虫(藤原竜也クン)。
 彼は実にエキセントリックな芝居をするんですけど、手塚センセイはこんなイケメンじゃないでしょう~(笑)。
 ただやはり、手塚センセイに関する描写は、やはり濃密。 三谷サンの趣味がそのまま反映されているような感じにも見えました。

 極めつけは、本妻の天海祐希サンが八女家を訪ねた時に、力道山(山口智充サン)、将棋の枡田幸三(内野聖陽サン)、遠藤周作(八嶋智人サン)、丸山(美輪)明宏(ウェンツ瑛士クン…彼のしゃべりかたはクリソツで、大笑いしました)、美空ひばり(相武紗季チャン…これはちょっと、ないでしょーという感じでした…笑)が入れ替わり立ち替わり登場したのには、ドッカンドッカン笑いました。
 ただやはり、大笑いしたのはこの時が最後だったかな。
 つるちゃん(大泉洋サン)が出てくると、大爆笑ばかりしていた気がするんですけどね(笑)。

 実在の有名人以外で印象的だったのは、柴咲コウサンのいちばん最初の恋人だった、大浦竜伍(玉山鉄二サン)。
 戦争に行ったまま戦死扱いにされ、シベリアの収容所で共産主義の洗脳をされ、戻ってきたら元恋人は資本家の2号さんで、社会主義活動をするも目標を見失い、西田敏行サンと高田純次サンのダメ事業につきあって失敗し、右翼のクーデターでいいように利用される。

 彼が柴咲サンに話した、「ぼくはこの世に生きた証を残したいんです」 という気持ちは、痛いほど自分には伝わりました。
 人生を生きる意味をなかなか見つけだすことができずにもがいている人の象徴、でしたよね。 自分もそんな、漂流感覚で生きているから、身につまされます。

 それにしても、洞爺丸沈没事故で行方不明になっていた、長澤まさみチャンの落ちぶれぶりは、ちょっとシャレになっていなかった気がします。 ストリッパーって…。 さすがに脱いでませんでしたけど。
 松本潤クンとの恋愛話は、もっとドラマチックに展開するのかと思いましたが、彼女、急にまたいなくなっちゃったり、ドラマラストで、食堂で働いているところを見ても、ちょっと腑に落ちない作りでした、ここだけは。
 でもなんだか、他人から見れば不本意なように見える生き方をする人って、いるんですよね。
 俯瞰的にこのドラマを見ると、そんな達観したものの見方も出来る気がするのです。

 このように、いちいち細部にわたって書き始めると、かなり果てしなくなってしまうんですが(笑)、それはそれとして、後半に向かってどんどん経済的窮地に陥っていく柴咲コウサンに対して、今まで散々世話になってきた八女家の兄弟たちが、運動会のパン食い競争だけで埋め合わせをしようとしているのは、ちょっと許せないよーな気もするんですけど(じょーだんです…笑)。

 いずれにしろ、家族は大人になってしまうと、確かにバラバラになってしまうものなのですが、たがいにやっぱり、離れていてもどこかで気を遣いながら生きているものですよね。
 八女家の人々はそれまで、鬼塚の庇護のもとで一致団結して生きてきた傾向の強い家族であったので、それが再び集合する、結婚式とか、運動会のようなイベントが、やはりとても見ていてうれしくなるものなのです。

 離れたりくっついたり、誰かが亡くなったり新しい命が誕生したり。
 うまくいくときもあれば、うまくいかないときもある。
 「禍福はあざなえる縄のごとし」 と言いますが、それが家族単位であると、また複雑な様相になる。
 ヒトの体内の細胞は、いつも生まれたり死んだりを繰り返している、と言いますが、やはり家族というものもそれと同じ気がします。
 「不毛地帯」 に引き続いて、フジテレビさんには、開局50周年でぜいたくなドラマを、またまた見させていただきました。
 出来ればこのドラマも、2クールくらいで見たかった気がします。 別にお金をかけなくたって、工夫すればじゅうぶん出来る気が、するんですよね。

当ブログ 「わが家の歴史」 のほかの記事
第1夜http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/04/1-91c6.html
第2夜http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/04/2-88d2.html

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