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2010年4月30日 (金)

FFとドラクエ、連休中にやり直して感じたこと

 ビンボー人がカネもないのに強制的に連休を取らされてやることなど基本的にないので(笑)、見て疲れるようなテレビドラマの録画がたまったものを見ることもなく、大昔に買ったファイナルファンタジーやドラゴンクエストなどの旧作を、ラジオやCDを聞きながらやっているわけですが。

 どうもこれが、開始から30分くらいやると、確実に飽きるようなものばかりで(笑)。 飽きる、というか、やんなってくる。
 昔はそんなでもなかったんですが。

 それで、とっかえひっかえやったのですが、いちばんやり続けようという気力が持続したのは、ファイナルファンタジー9。 プレステ1時代のいちばん最終作、しっぽの生えた少年ジタンとか、黒魔術師ビビとか、ガーネット姫とかが出てくるヤツです。

 どこが違うのかなーと思って、ちょっと考えてみました。

 全体的に感じるのは、それぞれのキャラがみんな個性的で、「なんだろこのキャラ?」 という興味を抱かせやすいところかな。 劇場艇タンタラスのボスに、上条恒彦サンの声を想像で当てているのは、私だけでしょうかね?

 でもいちばんいいのは、戦闘場面で、きちんとキャラたちが闘っている感じがする、というところかもしれない。
 ここで重要なのが、バトルミュージック。 そして、特殊技を掛けたときの、キャラをアップにする手法。 エフェクトがちゃんと分かる、というのもいい。 とどめが、勝利した時にキャラたちが、決めのポーズをとるところ。 ファンファーレがちゃんと鳴るのも、いい。

 このカタルシスが、ここ数作のファイナルファンタジーにはあまりない気がします(11、13は、やってませんけど)。 あまり延々と特殊技や召喚のエフェクトをやられるのもテンポが悪くなる気がしますが、キャラが何か特別なことをやっても、攻守が入り乱れて何をやっているのか分からないのでは、特殊技の意味がないですよね。 しかもそのバトルが、かなり遠目で見ているような感覚だと、ますます当事者感覚が薄れていく。 FF9には、それがないんですよ。
 まあ、個人的な好みの問題にもなりますが。

 それと、FF9で感じるのは、宝箱とか、その辺に落ちているものを取ろうとするときの楽しみに、いろいろ仕掛けが加わっていて、その作業が苦になってこない、というのもあります。 ほかのFFやDQでは、ずいぶんとそれが単調な作業に思える。 DQ7の石版探しは、その点で、かなり、かったるい。 や、DQ7のかったるさは、それ以前に、最初の戦闘に入るまで、誰かに会わないと話が進まないとか、謎解きとか、それでくじけてしまうところにある(笑)。

 DQ8は、その点でとても完成されている気はするのですが、いかんせん、ハマりまくってやりすぎた(笑)。
 甥っ子のDSで最近のドラクエをやらしてもらいましたが、どうも携帯機というのは、ちゃっちく見えて仕方がない。 個人的には、ドラクエは全部、8仕様でリメイクしてもらいたい。 ドラクエやっていていつも不満なのが、鳥山明サンの顔が見えてこないことなんですよ。 8だけはその不満を解消していました。

 FF9にも、不満がないわけじゃないです。 オコチャマ仕様のキャラばかりなのに、みんな小難しいことを、語りすぎる。 あと、戦闘での、コマンド入力してから行動するまでのタイムラグがありすぎる点。 タイミング取りが、とても難しい。 この2点を解消したら、シリーズ中最高の1作と言えるのではないでしょうか。

 いずれにせよ、以前のように、やりだしたらハマってしまって何時間も、なんてことが一切ない、というのは、さびしいですね~。

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