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2010年4月 7日 (水)

西河克己監督、死去

 映画監督の西河克己監督が、亡くなられました。 91歳。

 私(の世代)にとってはまさに、山口百恵チャン専属の映画監督です。

 91ともなれば大往生の部類でありますが、また少年時代が、過去の彼方に消え去ってしまったような寂しさを感じます。

 特に 「潮騒」 は、叔父に連れられて初めて見た百恵チャン映画だったのですが、それまでなんとなくのファンでしかなかった百恵チャンを、一挙に興味のセンターにのし上げるほどのインパクトを、小5のガキンチョに、与えてくれたのです。 感謝しております。

 なにしろあの、百恵チャンのスリップ姿(この表現、書いてて笑っちゃうくらい古いんですが…笑)。
 「その火を飛び越えて来い!」
 という、気の強そうな娘。
 あまりのみずみずしさに、当時のマセたガキは完全にやられました。

 そしておそらくテレビで前後して見た、「伊豆の踊子」(百恵チャン版のほうです)も、ものすごいインパクトでした。

 ちらっと出てきた百恵チャンのヌードは、差し替えだったのかも分かりませんが、当時のガキンチョを、またまたノックアウトするだけの衝撃じゅうぶんで(笑)。 差し替えだったのかなー。 今にして思えば、どっちでもいいんですが(笑)。
 ともかくそんな、性的にあけすけで純情な娘が、旅の書生にあこがれる、という構造は、百恵チャンがその時代の倫理観、価値観の上で生きている少女である、というイメージを、完璧に私に植え付けてくれたのです。

 この2作における 「刷り込み」 は、自分の成長過程にとっては、とても重要なファクターだった気がしてなりません。
 私がこんにち、このような芸能界寄り、テレビドラマ中心のブログを書いている淵源も、ここにあると言っていい、それくらいの影響力である気がするのです。

 「泥だらけの純情」 も、百恵チャンがギョーザも食ったことがないという超お嬢様の役とか、そりゃ突っ込みどころ満載の映画でしたが(笑)、劇場で見て、ただひたすらその壮絶な最期に心を奪われたものです。 まだガキンチョでしたからね。

 「霧の旗」 では、以前にも書きましたが、三國連太郎サンと百恵チャンの、メチャクチャ激しいラヴシーン(その時の記事はこちらhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/01/post-c087.html)。 ショックでしばらくモーローとしたものです(笑)。

 西河監督は、さまざまの影響を、私に与えてくださっていたんですね、こうして振り返ってみると。

 それにしても、私が百恵チャンに出会ってから、もう40年になろうとしてるんですね。
 百恵チャンだ淳子チャンだ、ヒデキだゴローだと、やいのやいの騒いでいた時期から、もう40年近い。
 自分自身あの時とは、まったく精神年齢が変わっていないような気がするのですが(笑)、この年月は客観的に考え出すと、ただひたすら、長いです。

 こうして過去が遠い彼方に消えていき、老人になっていくものなんでしょうかね(タメ息)。

 西河監督のご冥福を、お祈り申し上げます。

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