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2010年5月 6日 (木)

「Mother」 第3-4回 同じテーマのドラマ 「八日目の蝉」 との相違点

 母性というテーマの方向性が 「八日目の蝉」 とバッティングするためか、ちょっと主人公が暗い分だけ、引き気味に見ていた 「Mother」。 やはり同じ時期に同一のテーマのドラマを見るのは、つまらん影響を見ている側に与えるような気がします。 比較した上の、登場人物への思い入れのあるなしで、一方が不当に評価を下げてしまう。

 ただし、このドラマで子供をさらう松雪泰子サンの理屈は、「八日目の蝉」 で子供をさらった檀れいサンの理屈よりも、比較的納得できることは確かです。

 当ブログでも幾度か指摘したかと思うのですが、檀れいサンは、相手の子供の、親の悲しみを、基本的に無視している。
 それは復讐という要素も多少はありながら、実は、自分の堕した子供の身代わりとして、相手の子供をむりやりさらっているからです。
 ここには、不倫相手に騙されて子供を堕したため、子供の産めない体になってしまった、という、檀サンにとっては同情されるべき理由も、いちおう備わっています。

 「八日目の蝉」 の最終回、誘拐事件の裁判で、檀れいサンは裁判官に促され、子供の両親に頭を下げるのですが、その時彼女は、謝罪ではなく、感謝の言葉を思わず口にしてしまう。 このことからも、檀サンが子供の両親に対して、済まないと思ってはいなかったことが、うかがえるのです。

 その代わりと言ってはなんですが、檀れいサンは、ありったけの愛情を、そのさらった子供に与えます。 その限りない無償の愛情に、見ている側はほだされる、という側面がある。
 私も、そのありったけの愛情がまぶしくて、このドラマに感情移入してしまった気がします。

 それに対して 「Mother」 の松雪サンは、財布を盗まれたり、ヤケに間の抜けた部分もあるのですが、総じて判断の仕方が、とても冷静です。
 彼女の誘拐の強みは、言ってみれば、その子供が虐待を受けていた点に尽きます。
 彼女の誘拐は、子供の同意を得ている。
 そして、その子供を自殺に見せかける、という偽装工作にも、長けている(結果的にそうなったかのような描写でしたが、おそらく松雪サンが行なった偽装のように思えます)。

 今回、田中裕子サンに打ち明けた話からも、松雪サンの冷静さが見てとれます。
 いわく、「自分はたまたま、虐待の傍観者から、犯罪者になった」。
 ここで松雪サンは、自分のしたことに対する罪を、はっきりと自覚しています。
 でもそれは、そうしなければこの子は死んでいた、という、さらなる取り返しのつかない犯罪を防ぐための手段だったことを、同時に彼女は、自覚している。
 さらに、この子を守りたい、というのは、激情に駆られた 「吊り橋の恋」 のような一時の感情ではない、自分は母親役ではなく、母親になろうとしている、とまで言い切るのです。

 目の前にいる田中裕子サンを、自分を捨てた母親とも知らず、そんな母親にはなりたくない、という気持ちを吐露する松雪サン。 松雪サンがこの子をさらった最大の理由が、この 「幼い日に捨てられた」 ことにあると私は思うのですが、その話は両刃の剣となって、田中サンを、切り刻む。

 思えば先週、第3回目でも、はじめて会ったばかり(自分を捨てた母親なので、初めてという書きかたは正確ではありませんが)の田中サンに、松雪サンは自分の身の上話をとうとうと語り、田中サンの気持ちを切り刻んでいたのですが(笑)。
 私はどちらかと言うと、(自分の記憶の上で)初対面の人間にここまで洗いざらい自分の過去の傷を話すのか?という違和感を持ってしまって、この、役者サンには相当きつい長ゼリフの場面に、集中できませんでした。

 ただしこの、田中サンの入れ知恵によって(笑)、松雪サンは子供を正体不明のまま、小学校に通わせることに成功するのです。 身元が不明でも、保護者になってくれる人がいれば、同居証明書によって、学校に通わせることができるらしい。 田中サンはその保護者を買って出るのですが、それはつまり、「共犯者」 としての道でもあります。

 ここらへん、「八日目の蝉」 で、小学校に通わせる時期になるまでしか、この子と一緒にいられない、などという期間限定を、自分で勝手に設定していたように見える檀れいサンの無計画性とは、方向がちょっと違うように思われます。
 この 「八日目」 とは違う、頭のいい展開を示し始めた途端、私の 「Mother」 に対する興味も、少しずつ上昇し始めたのですが。

 私がこのドラマにイマイチのめり込めないのは、松雪サンや、田中サンのネクラぶりを筆頭とした、ドラマ全体に漂う暗さ、…にしてもそうなのですが、松雪サンの育ての親、高畑淳子サンを中心とした、酒井若菜チャン、倉科カナチャン、それにその婿殿たち?の面々。
 なんかこの家族周辺のドラマには、申し訳ないのですが、興味があまりわいてこないのです。
 それよりも、この子役、継美(芦田愛菜チャン)をめぐるドラマに、もっと厚みを持たせてほしい気が、するんですけどね。

 それともうひとつ、このドラマ、ヤケに皆さん、カンが良すぎ、じゃないですか?(笑)。
 確かに日本のドラマって、カンが悪すぎの人たちが多すぎるんですが(笑)。

 特に、「うっかりさん」 とか継美チャンに命名されてしまった田中裕子サン。

 確かにそのアダ名の由来は、自分の捨てた子である松雪サンに、子供がいた、という動揺によって、コケたり本をぶっ散らばしたりしていたせいではあるのですが、その田中サン、継美チャンが北海道で行方不明になった道木怜南であることに気付く場面は、「新参者」 の阿部寛サンを思わせる名推理だ!(笑)、なーんて。

 それにしても、松雪サンに接触してきた、雑誌記者の山本耕史サン。

 親身になってくれそうな話をしておいて、結局は金の無心かよ!みたいな展開なんですけど。

 そういう話って、なんか、やだなー。

当ブログ 「Mother」 に関するほかの記事
第1-2回 主人公が、暗いですね… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/04/mother-1-2-447a.html
第5回 母と娘の距離感http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/mother-5-bc26.html
第6回 行く先が、見えないhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/mother-6-95e0.html
第7回 うっかりさんの裏の顔http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/mother-7-344a.html
第8回 泣いてもいいんだよhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/mother-8-8615.html
第9回 母の手のぬくもりをhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/mother-9-d640.html
第10回 優しさがつき動かすものhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/mother-10-db64.html

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コメント

お邪魔しま~す
>新聞記者の山本耕史

山本耕史さんは「雑誌記者」でしたね。
1話目に名刺を奈緒に渡したシーンがあったし・・。

おっとっと様
ややっ、ホントだっ!
間違いをご指摘くださり、ありがとうございます!
さっそく直させていただきました!
どーも、連休ボケですかね…(笑)。

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

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  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

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    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

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    The Beatles: The Beatles [USB]
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