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2010年6月12日 (土)

「ゲゲゲの女房」 第11週 まあ…なんとかなーわね!

 「龍馬伝」 の回想シーンとの差別化を狙ったのか、なんか回想シーンの画面が赤っぽくなっていたのが気になった(笑)、「ゲゲゲの女房」 第11週。 それはいいとして(笑)、赤ちゃん(「藍子」 チャンと命名)という食いぶちが加わって、貧乏の度がますます加速化していく村井家なのであります。

 この村井家の貧乏なのですが、はた目から見れば 「ああすればいい」「こうすればいい」 とおせっかいを焼きたくなるところも、ないわけではありません。

 たとえば、布美枝(松下奈緒サン)の、赤ちゃんに母乳ではなくミルクを与える、という、「アメリカ式の」 子育て方法。 お金がないなら基本タダの母乳にすればよかろう、という気もする(母乳がいちばん、という育児方法はここ10数年来のことで、それまではミルク至上主義みたいなものがあったような気はするのですが)。
 茂(向井理クン)が先行きの展望がまるでない貸本にこだわり続けて出版社を選んでいる、という仕事方法。 当時マンガ家がのどから手が出るほど欲しかったのでは、と思われる、急成長のマンガ週刊誌に自分の作品を売り込みに行くとか、そういうことはできなかったのかなあ、ということも考えられます。

 でも、わが身を振り返ってみると、人間って、そうそう自分の生活に対して、最善の方法を採れているわけではない、そう思うんですよ。 どうでしょう。 少なくとも私は、自分が最善の生き方をしている、という実感がありません。 毎日つらい思いをしながら、外見上だけは明るくふるまって、プレッシャーと戦いながら仕事をしている。 告白してしまえば、こんなのが自分の人生なのか、と思うことが、よくあります。

 他人から見れば、「ああすればいい」「こうすればいい」 なんて、そんな最善の方法などすぐに分かるし、指摘することも簡単です。 「お前はまだまだ努力が足りない」 ということかもしれない。

 でも、村井家では、初節句も祝ってやれない、電気も止められてしまう、などという極貧の状況でも、そのことをたいしたおおごとに考えない、一見呆れてしまうほどのあっけらかんとしたおおらかさと、なんでも前向きに考えていこう、という、ヤケに達観した高みから、この貧乏状態をとらえている。
 このドラマは、「ああすればいい」「こうすればいい」 という視点のドラマでは、ないのです。

 実家から送られてきた初節句のための資金も生活費に消え、夜中に布美枝が折り紙で雛人形を作っていたのを見た茂は、大きな紙に7段飾りのおひなさまの絵を描く。
 それはけっしてきれいとは言えないすすけた暗い色のふすまに貼られ、目の覚めるような効果を生んでいました。
 この絵を前にして、ひなまつり 「ごっこ」 をするふたり。
 これを見て、心豊かにならない人がいるでしょうか。

 そのほかにも、戌井(梶原善サン)が持ってきたお古の服とおもちゃ。 美智子(松坂慶子サン)が切れ端で作ってきたちゃんちゃんこ。 10年後だったらすでに、こんなお祝いなど眉をひそめられたことでしょう。 そんなことがまだできる時代だった。 「時代」 と片付けてしまうのも簡単なのですが、「心が豊かであるとはどういうことなのか」 ということを、このドラマは根本的に考えさせる。

 それにしても、はるこ(南明奈チャン)が持ってきた起き上がりこぶし、私が赤ちゃんだった頃の写真にも、同じようなものが写っていました。 藍子チャンが昭和37年(1963年)の末?ですから、私のほうが2歳年下で、ほぼ同世代ですからね。 ここらへんの細かい時代考証も、きちっとできているのはすごい。

 そして、戌井が始めた出版社も暗礁に乗り上げはじめ、村井家の生活はまた悪化の一途をたどります。

 戌井宅から雨の中自転車で村井の家まで戻ってきた茂は、びしょぬれのうえ、顔面蒼白。
 朝帰りになってしまった原因を、こう話すのです。

 「道に迷っとった…戌井さん家を出て、雨も降っとるし、多磨霊園を通り抜けて近道しようと思っとったんだが…出口がないんだ」

 「どういうことですか?」

 「分からん。 何度も通り抜けとるのに、ゆうべは走っても走っても、墓場から外に出られんのだ。 まっ暗ーい迷路の中を、走っとるようだった。 日が昇って、ようやく出口が見えた」

 ふらふらと立ちあがる茂。

 「お風呂、入れましょうか?」

 「いや、寝る。 …疲れた」

 思い出したように布美枝に向かってむき出しのお金を手渡す茂。

 「あ、これ。 原稿料、これだけだ」

 床にバラバラとこぼれ落ちるお金。

 戦慄しました。
 まさに、経済的に逼迫したことのある人なら、このなんとも重苦しい、「出口の見えなさ加減」 は共感できるのではないかと思います。 こんな暗いもの、見たくない、という拒絶反応さえ起りそうな、貧困の真実をついた場面だった気がしてなりません。
 ここには、いつもなら 「妖怪でもいたのかも」 と一笑に付すような夫婦の姿はありません。
 あまりにも巨大な不安感に襲われると、人間はなすすべもなくなってしまう。
 ほかのことを考えるような回避行動が、取れなくなってしまうのです。

 どんよりとした気持ちを抱えたまま布美枝が商店街を歩いていると、「こみち書房」 に悪書追放を声高に叫ぶ団体が押し寄せている。
 夫の仕事自体を否定するこの動きに、布美枝はますます気の滅入るのを感じたに違いありません。
 それでも、それに対するキヨ(佐々木すみ江サン)のハチのひと刺しは、スッとしましたけどね。

 「自分が正義だと思ってる人たちほど、恐ろしいもんはないねえ。 これじゃ、戦争中と同じだよ」

 村井家の貧乏はますますひどくなり、とうとう、電気まで止められてしまう事態に。
 ろうそくの明かりの中、布美枝は藍子チャンに、少女の頃おばば(野際陽子サン)から聞かされたこわーい昔話をするのですが、なんか、泣けました。
 経済的な苦労など、もしあったとしても、子供のころは感じないものです。
 源兵衛(大杉漣サン)の仕事がコロコロ変わるのは描写されていましたが、実際飯田家の経済状態は、どうだったのでしょうか。
 いずれにせよ布美枝にとって、おばばの昔話は、当時の村井家の貧困状態と比べて、あまりにも懐かしい思い出だったに違いないのです。
 こちらは泣けて仕方がなかったですが、布美枝の気持ちはまだまだ気丈。
 ろうそくの明かりの中で見た茂の怪奇マンガをわあわあ怖がり、灯りがないから星空もきれいに見える、と感激する。

 ところが…(また、野際サンのナレーション風です…笑)。

 戌井とは別の出版社からの原稿料も、当初の3万円という話から、10分の1近い3500円という、ダンピングもここに極まれり、というていたらく。
 これじゃ、内職でもしていたほうがまし、と言いますか。
 「福の神でも来んかなあ」 と夫婦がしゃべっていると、なななんと、ビンボー神(片桐仁サン)が実体化して村井家を訪問してきた(笑)。
 「大蔵省(現在の財務省など)の者です」 と言いながら、この土地は半分大蔵省のものなので、家をどかせてください、というハチャメチャな話(笑)。
 それでも布美枝は、「けど、そうなったらそうなったときです…なるようにしか、ならんのですけん。 藍子もおるんですけんね。 …まあ、なんとかなーわね!」 と、のんびりと構えている。 茂はその楽天的な考えに、「おかあちゃんは、たくましいな。 いざとなると、肝が座るらしい」 と、半ば呆れてしまうのですが。

 翌日、その話は大蔵省の勘違いだった、ということで謝罪に別の人が現れます。 それを聞いて、布美枝は、あんなにのんびり構えていたのに、やはり心情穏やかではなかったことを打ち明けるのです。
 のんびり構えることに、どれくらいの覚悟がいるか。
 やはりうまいですね、見せ方が。

 「昨日の人はビンボー神だったのか?」 という茂に、「塩まきましょう、塩!」 と、ビンボー神を退散させようとする布美枝ですが、途中から 「もったいない…」 とちまちま塩をまいてしまうところは笑えます。 「もっと景気よくまけ!」 という茂に、布美枝はこう話すのです。

 「お父ちゃん。 お父ちゃんの言う通りだわ。 ホントに…世の中不公平に出来とるね。 一生懸命生きとるのに、どうして次から次へと困ったことばかり起きるんだろう。 …やっつけてくださいね」

 「え?」

 「貧乏神。 うちや、戌井さんとこや、一生懸命やってもやっても報われん人たちにとりついとる貧乏神。
 お父ちゃんが、やっつけてください」

 「ムチャ言うな」

 「ムチャなことない! お父ちゃんは、マンガ家なんですけん、マンガで、ガツンと、やってください!」

 「…ガツンとか…」

 「やられっぱなしは、つまらんですけん」

 見ているこちらも、大いに励みになる、布美枝の言葉でした。

 不幸なんかに負けっぱなしでは、はっきり言って悔しい。
 シャクだし、胸くそが悪い。
 てめえなんかに負けるかよ(by宮沢賢治)。
 そんな気構えで、生きていたいものです。

 そしてその、どうにもならない世の中への怒りが、茂に 「悪魔くん」 という傑作を描かせる動機となっていくのです。
 戌井はこれを絶賛。
 ただし、これまでの 「鬼太郎」 や、「河童の三平」 も、茂にとってしてみれば、かなりの自信作。 世の中の流れにうまく合致することができるのは、相当な困難を伴う作業なのです。 運もそこには多大なる影響をもたらしている気もする。

 ただ水木しげるというマンガ家にとっての最大の武器だったのは、すぐれたストーリーを次々生み出すことのできる源泉というものがあったがためだ、という気も、私は同時にします。
 面白い話が思いつかないマンガ家は、その時点ですでに終わっている。
 茂や布美枝を支えている、一見根拠のなさそうな 「ノーテンキさ」 は、実にその茂の才能を、ふたりとも信じている点にあるのではないでしょうか。

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