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2010年6月14日 (月)

「龍馬伝」 第24回 蛍の儚い光、死んだ者の魂

 亀弥太(音尾琢真サン)を新選組に殺されたことで逆上する龍馬(福山雅治サン)は桂小五郎(谷原章介サン)にすんでのところで止められ、お龍(真木よう子サン)の奉公する宿へ。
 そこで 「池田屋で殺された同志や亀弥太殿の無念は必ず晴らす」 と復讐の炎を燃やす桂に、龍馬はどうもしっくりこないものを感じている様子です。

 このドラマでは、龍馬は世の中の動静に対して、常に疑問を抱いている。
 どうして互いに憎しみ合うのか。
 どうしてよそ者(異人)を徹底して忌み嫌い、完膚なきまでに排除しようとするのか。

 これは、現代のわれわれが持つ、島国根性と大いに似通っている傾向だと、私は考えるのです。 いずれにせよ、日本を愛する気持ちが、そうさせているのは確かなのですが、自分の考えを否定されたり悪口を言われて簡単にキレてしまうところなど、その傾向のなせる技だとも考えられる。

 結局龍馬の理想にいちばん近かったのが、勝麟太郎(武田鉄矢サン)の考えで、龍馬は海軍操練所で自らを成長させていくことになるのですが、龍馬の考えには、「日本の軍事力を上げれば外国の侵略に対する抑止力となり、互いに国力をあげることで、世界中が切磋琢磨する方向に行けばいい」 という思想がある。

 けれども世の中は、龍馬の考えている方向とは常に逆へ逆へと、流れていこうとしている。
 だからこそ龍馬は、「日本はどうなってしまうがぜよ!」 と嘆かざるを得ないのです。

 その宿が危険だ、ということから、お龍の実家にかくまってもらうことにした龍馬。
 そこでお龍が見たものは、あくまでも人なつっこく、自分のためにふるまわれた白米の握り飯も家人にすべてあげてしまうほどの龍馬の度量の広さでした。 初めて手にした月琴も使いこなして小唄を披露したりという、風流な一面も兼ね備え、子供たちにはモテモテ。 病弱のおばあさんにも優しいし、分け隔てがなさ過ぎる。

 どうもこういう、龍馬のチャラチャラしているところがご不満な向きもあるようなのですが、このドラマにおいて作り手が最も表現したい龍馬の本当の魅力というものは何なのか、というところを、見ている側はこれで理解する必要がある気もするのです。
 私も、こんな男がそばにいたら、きっと友達になりたいと思うでしょう。
 いなくなったら、なんかさびしくなるでしょう。 …いなくなったらさびしくなる男か。 今年の年末は、そういうことになるんでしょうか(ドラマが終わって)。

 いずれにせよ、このドラマにおける龍馬は、それだけ 「他人に対する壁」 というものがない。
 ATフィールド全くなし(笑)。
 福山サンの演技がどうだとか、人気があるからどうだとか考えてここのところを外してしまうと、その時点でもう、「龍馬伝」 というドラマを心から楽しむことはできなくなってしまう、そんな気がいたします。

 そんな龍馬は、お龍のあまりのつんけんぶりが、気になって仕方がない。
 お龍はその原因は、医者であった父が攘夷派の人間の治療をしたために安政の大獄で亡くなったことにあることを打ち明けるのですが、自分も父親を亡くしたという龍馬に、お龍はほんの少し共鳴する部分を持ったようです。

 このお龍の描きかた。
 あまりにもドスが効いていて、龍馬とは真逆の、ATフィールド全開の女(笑)。
 千葉佐那(貫地谷しほりチャン)もツンデレでしたが、この先龍馬と夫婦になる、ということは、佐那のはるか上を行くツンデレとなることでしょう(笑)。

 と言うより、このドラマでのお龍の解釈は、「龍馬の危険の際に裸なのにもかかわらずそれを報せに来た」、という 「度胸の座りきった女性」、という視点があるような気がしてなりません。

 そのお龍、亀弥太の死を嘆く龍馬に向かって、こう言い放ちます。

 「志を貫かれたんでしょう、あのお人は。 坂本さんは、褒めておあげにならんとあかんのと違いますか? 『よう頑張った』 と…。 『お前は、侍らしゅう死んだ』 と…」

 お龍サン、先週私が当ブログでダラダラと書いたことを、簡潔にズバッとおっしゃってくださいました(笑)。
 それに対して、龍馬は 「おまんの言う通りじゃの」 と呟き、その場を立ち去る。
 自分から 「もう帰れ」 と言ったくせに、一抹の寂しさを感じているような、お龍。

 いっぽう武市(大森南朋サン)と冨(奥貫薫サン)との絆も、この回では丁寧に描かれていました。

 牢番の人間に託された武市から妻へのメッセージ。

 「おまんにつらい思いをさせてすまん。 まっことすまん」

 それに対する冨の返事は、包みに忍ばせた、3匹の蛍。 包みを開いた途端に、淡い光を放ちながら、牢の中を飛んでいくのです。 かなり久々に見る、武市の笑顔。

 このやり取りのあいだに、乙女姉やん(寺島しのぶサン)の、「子供ができないためにいくら別の女房をあてがってもらっても、武市は冨以外の女には指一本も触れなかった」 という、この夫婦の絆を再認識させるような打ち明け話を挿入して、この蛍のシーンを最高に盛り上げていました。
 もうひとつ、忘れてはならないのが、弥太郎(香川照之サン)の妻、喜勢(マイコサン)が歌う、子守歌。
 弥太郎はこの回、ますますいい人に拍車がかかって(笑)、子供のいない冨に、生まれた赤ん坊の自慢をしてちっくと反省したり、武市の自供を後藤象二郎(青木崇高サン)に命じられて、深い事情も分からないまま武市に 「早く自供して冨さんのところに戻れ」 と懇願したりする。
 そんな弥太郎が目を細めて見守るわが子に、喜勢は子守歌を歌い続けるのです。

 こうちのいとさん
 あっぱいべべきせて
 おやにだかれて ねんころろ
 みやまいり
 みやにまいるとき
 なんというてまいる

 3匹の蛍は、風流好きの武市にとって、最高の贈り物だったに違いありません。
 そしてその蛍は、儚い命の象徴でもある。
 子供が産めなかった冨の思いが凝縮されているようでもある。
 京の水路を渡る龍馬にも、蛍がまとわりつく。
 それは死んだ亀弥太の命かもしれない。
 弥太郎と喜勢のその赤ん坊も、生まれたばかりの小さな命。
 その子供がいつまで生きたのかは分かりませんが、その人もすでに亡くなっているでしょう(生きてたら150歳くらいか?…笑)。
 このことからも分かりますが、人はみんな、儚い命を背負って生きている。
 武市、冨、弥太郎、喜勢、坂本家の人々、お龍の家族、そして龍馬。
 これらのシーンの静かな、そして流れるような連続は、私にいろんなことを考えさせました。
 そしていつしか、目には涙が。

 みやにまいるとき
 なんというてまいる
 いっしょうこのこが
 まめのように
 ねんころろ
 ねんころろ

当ブログ 「龍馬伝」 に関する記事
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コメント

リウさん、こんばんは。お久しぶりです。

>あまりにもドスが効いていて
マジでドスきいてます、このお龍。極妻に出れそうです。

後藤象二郎は、もうサド象二郎ですね。最近、弥太郎の人間性なるものが垣間見えてきて、嬉しいです。

弥太郎様
コメント、ありがとうございます。 ホント、御無沙汰しました!

「極妻」…笑いました。

でも、加尾や佐那のような女性に触れてきた龍馬、このくらいインパクトがないと、前の女のほうがいいだろ、ということにもなりかねない気がしますよね。 ドスの効きすぎお龍が龍馬に触れて心を動かしているところが、個人的には好きです(やっぱりツンデレ好みなのか…笑)。

後藤象二郎を演じている青木崇高サン(通称ムネムネ)は、「ちりとてちん」 ではいい味出してたんですが、もちっと気持ちの振幅を描いてくれたらいいのにな、という気はします。 容堂公がここ数回、気分的にぐらついているような描写になってきたので余計に。

経済的に豊かになると、心まで余裕が出てくる見本のような岩崎弥太郎ですが(笑)、あくまで憎まれ口は貫いている、というのがいいですね。 今後も期待します。

今回は、龍馬さんとお龍さんがお互いに今後惹かれ合って行く予兆が二人の微妙な演技から感じ取れてなかなか良かったです。
s.ozawa

sorabakari様
コメント、ありがとうございます。

かたくなな女性がほだされていくのを見るのは、なかなかいいものです(笑)。 龍馬のプラスのエネルギーに、お龍のマイナスのエネルギーが吸い取られていくような、そんな感じがするんですよね。

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    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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