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2010年7月18日 (日)

「龍馬伝」 第29回 無謀に開始される、龍馬の闘い

 新シーズン開始時恒例の、明治15年の岩崎弥太郎(香川照之サン)の回想場面。
 弥太郎は灸治を受けています。
 坂本龍馬(福山雅治サン)の話をする弥太郎に、それまで灸治をしていた女性が敏感に反応する。

 なんとその女性、千葉佐那(貫地谷しほりチャン)。 そう言えば、冒頭にリキシャが停まっていたこの治療所前の看板に、「千葉灸治院」 と書かれていました。
 千葉道場が兄の代でたたまれてしまったことなどを語る佐那でしたが、「龍馬の人が変わった」 という弥太郎の話と同時に、千葉道場のその後を突き合わせて俎上に乗せるというこの演出方法は見事。 見ている側はこれで、第二部とは全く別の方向に物語が行ってしまうようなトリップ感を味わえるからです。

 しかも弥太郎の龍馬に関する話を熱心に聞きたがる佐那の切ない恋心も一瞬でそこに盛り込まれ、最後には 「熱っ、熱ううう~~っ!」 という弥太郎の断末魔の叫びで笑わせることも怠らない(笑)。
 そしてタイトルバックの龍馬は、弥太郎のその言葉を裏付けるかのような、それまでになかった厳しい顔をしている。
 第三部への期待が、また否応に高まるのです。

 事実、この回からの 「龍馬伝」 は、先週までの登場人物がすっかり様変わりをし、別な話が始まったことを実感させます。
 その中で変わらないのは、龍馬を取り巻く長次郎(大泉洋サン)沢村惣之丞(要潤サン)など、のちの亀山社中の構成員たち。

 もと海軍操練所の連中を引き連れて、龍馬は自分たちにできることを、ずっと模索している。
 龍馬が頼みにしているのは、自分たちの操船術を買ってくれている、西郷吉之助(高橋克実サン)。 「強く叩けば強く響く」、と考えていた龍馬は、西郷に引き連れられてやってきた長崎で、さっそく西郷を、強く叩きにかかるのです。
 つまり龍馬は西郷に、幕府のもとにある古い社会システムを変えたらどうだ、とチョー過激なことを提案するのですが、またソデにされる。
 けれども、これは龍馬が西郷という人間を試そうとする揺さぶりという意味もあり、自分がどこまで忌憚のないタメ口を社会に対して発信することができるのか、という挑戦でもある。

 西郷のもとで働くことを拒絶した龍馬は次に、長崎でイギリス商人グラバーと会見し、自分らに蒸気船を貸してくれ、と頼み込む。
 これも、よく考えればとても無謀なことのように思える。
 しかし、龍馬は最初から、自分らの能力を外に向かって誇示し、その対象がどのような響きかたをするかを、見極めているのです。

 この龍馬の無謀な手の打ちかたは、せっかく積み上げてきた自分の人生に自信が持てず、どうしたらいいのか分からない引っ込み思案の自分にとっては、大いに勉強になる生き方であります。

 グラバーがちょろっと口にした丸山という言葉をキーワードに、丸山の料亭にやってきた龍馬たち一行は、そこで高杉晋作(伊勢谷友介サン)ら長州藩士と出会います。
 この出会いの方法も、かなりゴーイン(笑)。
 つまりですね、龍馬はかなりゴーインなことを、この長崎でし続けとるわけですよ。

 再三指摘しておるのですが、このドラマにおける龍馬には、「日本を異国から守ろう」、という考えが頭の中心にある。
 そのためには、日本人同士が争っている場合ではなく、日本の国力を上げなければ、と考えているのです。
 龍馬が薩摩と長州の両方に接近している、というのは、当時の日本でいちばんの紛争の種を孕んでいたのがこの両藩だったからなのではないでしょうか。
 龍馬は、そこに土足でずかずかと入り込んで、「おまんら、ケンカしとる場合かえ?」 と双方をなだめ、自分たちの海軍操練所時代のスキルをそこで生かそうとしている。 冒頭に岩崎弥太郎が激怒した通り、それは状況をひっかきまわして周りを振り回し続けたことかもしれない。 しかしそれこそが、龍馬の残してきた爪痕になっていったのではないでしょうか。

 このドラマでは同時に、龍馬が 「人たらし」 であったことが、ことさら強調されている気がする。

 けれどもそれは、実は表面的なことにすぎないんですよ。

 おちゃらけた龍馬がへらへらしながらワンパターンの演技をしている、などというとらえ方は、実は福山龍馬の表層しか理解できない恐れを、多分に含んでいるのです。
 なんで龍馬は、「人たらし」 と呼ばれたのでしょうか。
 それは、誰もが血走った眼をしてこの国のありかたを模索しているときに、「仲良くやろう」 と人と人とを結びつける役を一手に引き受けていたからなのではないでしょうか。
 そんな龍馬の態度は、真剣に攘夷や討幕を考えていた人々にとっては、あまりにへらへらした態度に見えたのではないでしょうか。

 今回も、武市の死の影を全く引きずっていない龍馬の明るさを、話がつながっていないとか毎回心理状態が違うとか、そんなふうに考えていては、この 「龍馬伝」 における福山龍馬の悲しみを感じることは不可能です。
 少なくとも、前回までの龍馬にはあまり感じられなかった 「無謀さ」(武市に会いに行ったのは別として…笑)がどこから生じているのかに、見ている側は目を向けるべきなのです。
 このドラマの上では、その龍馬の無謀さは、武市が切腹したことへの、古い日本の社会体質に対する 「怒り」、であると私は感じます。
 そしてその喪失感が、「自分に失うものは何もない」、という開き直りを増幅させている。

 結局、その無謀さゆえに、龍馬は自らの生命にかかわるような怨念を、ある種の人々から受けていくようになっていく。
 少なくとも先週までの龍馬という人物には、誰も彼に対してのちに暗殺されるほどの重要性を感じなかったでしょう。
 けれども今週の龍馬には、暗殺される必然性が、生まれつつある。

 高杉たち長州藩士は、この長崎に出入りすることを禁じられていたのですが、同じ料亭に居合わせていた薩摩藩士に発見される。
 薩摩と長州は、文字通り犬猿の仲。 高杉たちとゴーインな会見をしていた龍馬たち一行の前に、いきり立った薩摩藩士がなだれ込んでくる。
 一触即発の事態に突入した時、龍馬はありったけの情熱を持って、仲たがいすることの愚かさを叫ぶ。
 ここで龍馬は、完全なる部外者です。
 その彼が、無謀で強引な仲介者になろうとしている。
 けれども、龍馬の行動には、何の後ろ盾もない。
 そんなゼロの人間がここまでトラブルに首を突っ込もうとしていることの気概に、見る側は感動するのです。

 同じころ、商人仲間と語り合うグラバーは、イギリス軍が日本を攻撃する計画があることを打ち明け、日本は一日で降伏する、この国はもうおしまいだ、ということを得々としゃべっている。 そんな危機感を持っている人間など、この日本にはひとりもいない、ということも。

 ドラマの組み立て方からして、いや、ひとりは少なくとも確実にいる、それは坂本龍馬だ、という持っていき方なのですが、こうした構成の仕方は、シビレますなあ。 ドラマを見て感じる高揚感は、こういうところから生まれてくるものなのです。

 なにしろ、ついに話が大きく転回し出した、という感を強く持った、第三部の開始であります。

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コメント

リウ様
毎回、納得の解説、ありがとうございます。
私もヤフーの「みんなの感想」時々覗いてましたが
「龍馬伝」は池田屋あたりから酷評が多くなり怖くてしばらく避けてました。が、今回の「長崎」がとっても良かったのでちっくと覗いてみました。
で、思ったのはリウ様の仰るように批判的な方々は何でも悪い方悪い方へ解釈しているという事。
そんなに嫌なら見るなと言われれば今度はNHKにはお金払っているからそういう訳にはいかない…とネットの時代になり誰もが好き勝手に意見を言えるようになったからこそ言葉は選ばないとと思うのです。韓国ではネットでの中傷が原因で自殺した女優さんもいましたし…アレ何書いてんだろ すみません
龍馬伝ドラマとしてよくできてると思うしこれからの第3部期待したいです。

エツ様
コメント、ありがとうございます。

私もこのブログを書き始めたころ気付いたことがあるのですが、番組批判をし始めると、軽い陶酔状態になってしまうんですよ。

コレって、自分の会社の悪口を言いだしたときと似ています(笑)。 あれもこれもって、止まらなくなっちゃう(笑)。

しかも、他人を批判しているうちに自分が優位に立っているような感覚になってきて、自分の思うような展開をしないと、そのドラマがどこまでも憎くてしょうがなくなってくる。
けれどもその人は、それがそのドラマをよくしようと思って言っているのだ、と思ってしまう。

そうなってくると重症です。

そんな人は、自分が優位に立てるものだから、自分の評価が低いドラマでも、見続けなければ済まなくなってくるのです。 見なきゃいいだろう、という理屈は、もはや通用しません(笑)。

自分以外の人や物を批判するのって、自分を客観的に見るよりずっと、簡単なんですけど、ね。

リウさん
毎回、解説を有り難うございます。
リウさんの様にありたいと思います。

人は皆、勘違いしながら生きているのだと思います。今も昔も。いつになっても戦争は終わりません。
この龍馬伝はいろいろな事を教えてくれます。こんな老人にですよ。今の日本に欠けている事。大切な事。
龍馬さんと一緒にこれまで、美しい涙を流してきました。有り難う龍馬さん。私の心は洗われています。第三部も楽しみにしています。

sorabakari様
コメント、ありがとうございます。
私のようにありたい、などと言われると、かなりコッパズカシイです(笑)。 あんまりおだてないでください…。

他人を傷つけまいとする勘違いは、決して悪いものではない気はするんです。

逆に、自分の考えがいちばんだと思いこみ、それを他人に押し付け、結果的に他人を傷つけたり死に至らしめたりする。 そんな勘違いはサイアクです。 戦争などというものは、そんな勘違いの、最もひどい症例ですよね。

「仲良くやろう」「ケンカはバカバカしい」 などと公言するものに対し、刃が向けられるのも、この勘違いの悪しき傾向でしょう。 ガンジーもジョン・レノンも、人々を結び付けようとする者たちは皆、勘違いをしている人たちによって殺されるのです。

龍馬も然りだと感じます。

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

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    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
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  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

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    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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