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2010年8月21日 (土)

「ゲゲゲの女房」 第21週 「鬼太郎が見た玉砕」 と比較して

 「ゲゲゲの女房」 第21週は、終戦の季節に合わせたかのように、茂(向井理クン)の戦時中の体験をメインにした話が展開されました。

 それに先立って、同じNHKが3年前に放送した 「鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争~」 を、NHKBSハイビジョンで、再放送していました。
 確か3年前にも見たような記憶があるのですが、どおーもこの、水木サンの戦争体験は、アッチャコッチャで見ているような感じがする(笑)。 特に 「ビッグコミックゴールド」(現在廃刊)なんかに連載されていた水木サンのエッセイ風の読み切りものなどでは、なにかっていうと 「ばちーん」 というビンタを食らわす軍曹殿の話やトペトロの話などが何度も出てきて、私の中では原風景のひとつになっているよーな気が…(肝心の 「総員玉砕せよ!」 はまだ未読なのですが…笑)。

 そんなわけであらためてこの 「鬼太郎が見た玉砕」 の再放送を見たのですが、これが 「ゲゲゲの女房」 と比較すると、かなり興味深い。

 まず今週繰り広げられた 「ゲゲゲ」 の話とこのドラマのベースとなっている時代は、まったく一緒。 昭和47年(1972年)水木サンがラバウル島に行った翌年あたりの南国フィーバー海物語…じゃなくって(そんなのないか)南国熱冷めやらぬ状態から始まります。
 南国熱に浮かされる向井クンの演技も結構エキセントリックなものがありましたが、いっぽうで水木しげるを演じていた香川照之サンの演技は、さらにねちっこく変人っぽく、まさしく 「岩崎弥太郎風」 水木しげる(笑)。 実に濃い~です(笑)。 この記事の前の記事でも書きましたが、こういう濃いい~茂サンは、朝ドラだったらあまり見たくない(笑)。
 布美枝(こちらのドラマの役名は水木布枝となっておりました)は田畑智子サン。 こちらでは脇役であるために、「ゲゲゲ」 以上に出しゃばらない役どころになっています。

 「鬼太郎が見た玉砕」 では、モノクロームの鬼太郎とねずみ男、目玉おやじがナビゲーターとして登場します。 「鬼太郎 幸せ探しの旅~100年後の遠野物語~」 ではCGだったのですが、やはり鬼太郎の漫画に触れて育ってきた身としては、このペン画が動く感覚のほうが、よりリアルに感じられます。
 それに、3年前ということで、目玉おやじの声をやっていらした今は亡き田の中勇サンもしっかりご出演。 なんだかそれだけで、うれしくなってしまうのです。 もちろん鬼太郎、ねずみ男は初代の野沢雅子サン、大塚周夫サン。

 この、「鬼太郎が見た玉砕」、戦争の話がメインだけあって兵隊たちもオールスターキャスト。 榎木孝明サン、石橋蓮司サン、塩見三省サン、嶋田久作サンといった面々が、惜しげもなく出てきます。 それに対して 「ゲゲゲ」 のほうは、そうしてしまうと向井クンの主役としての存在感がぼやけてしまうためでしょう(製作費の関係もあるか)、失礼ながらあまり見たことのない方々がご出演されていました。 ただこちらの役者さんも、結構存在感が光っていた気がします。

 「鬼太郎が見た玉砕」 で語られる戦争は、あくまで悲惨さを前面に押し出した演出の連続です。
 特に前述の 「ビンタ軍曹」 塩見三省サンのビンタは、マンガで見るのとドラマで見るとでは、その不条理性が全く違う。 マンガだとどことなくユーモラスにさえ感じるのですが、さしたる正当な理由もなくビンタばかりしたがる人間、というのは、やはり現実にいると思うと、どうにも理解が困難です。 それを、天皇の御為に戦争をしているのだからダラケちゃいかん、というような思考回路でやっているのですから、ここから戦争が人心にもたらす異常を、やはり感じざるを得なくなる。

 そんな軍曹殿も、進退きわまって手榴弾で自決してしまいます。

 上半身が吹っ飛び、下半身だけとなったその瞬間を、このドラマでは水木サンの漫画で代用していましたが、そのほかにも累々と横たわる屍はまさしく、「海ゆかば」 の世界。 そのひとりひとりが、どれも悲惨な死にかたをしているのです。

 この玉砕が、血気盛んな若き将校の一途な思い込みから行なわれていることの愚かさを、「鬼太郎が見た玉砕」 では滔々と語っていきます。
 その状況下で玉砕命令に従わずに別行動をとった人たちがいたため、大本営に打電された 「総員玉砕」 は結果的に虚偽の報告となり、資料的にも抹殺された玉砕であったらしい。 「玉砕」 と 「無駄死に」 との違いは果たして何なのか。 そのことによって浮かばれない人々の死とは一体何なのか。 このドラマはそんな問いかけに満ちていました。

 それに対して 「ゲゲゲの女房」 のほうは、あくまでも布美枝(松下奈緒サン)を中心とした村井家の中で語られる戦争です。

 「ゲゲゲ」 サイドの話でもっとも私が心を揺さぶられたのは、茂が断崖まで追い詰められ、絶体絶命の危機に陥った時、イカル(竹下景子サン)がその悪夢によって夜中に飛び起き、イトツ(風間杜夫サン)を叩き起こして、「しげさん、生きて戻れえーっ!」「茂、死んだらいけんぞ!」 とふたりで叫び続けるシーンでした。 ちょっと不意打ち気味だったせいか、涙が止まりませんでした。 いきなり水曜日あたりで、泣かせるかなあ(笑)。

 しかしこの場面は、死ぬことが誉れであった当時の常識から考えると、ちょっとドキッとするようなシーンであることは確かです。
 でもだからこそ、この両親の叫びには、こちらの心をわしづかみにする親の情というものを感じるのです。
 「ゲゲゲ」 のほうがはるかに語り口がソフトなのにも関わらず、戦争の悲惨さというものは、別角度からでもじゅうぶん伝わってくる。

 「鬼太郎が見た玉砕」 やそのもととなった 「総員玉砕せよ!」、「ゲゲゲの女房」 における各兵士たちの描かれる状況というものは、微妙に違っています。 「ゲゲゲ」 に出てきた軍医殿などは、別の軍医殿だったのかもしれませんが、「鬼太郎が見た玉砕」 の中では自決していました。 それでも、お国のために死ぬことが誉れであった当時、本当のことを言い出せないで死んでいった者たちの無念は、変わることがない。

 「本当のことを言い出せない」 つながりで今週 「ゲゲゲ」 で並行して語られたのは、藍子(菊池和澄チャン)がクラスメイトからの 「鬼太郎のアニメに自分を出してほしい」 という無理なお願いを聞いてしまった話。

 このクラスメイト、「いかにも」 って感じで藍子チャンに接近して恩着せがましい事をしてくるのですが、やっぱりその見返りが目的だった。
 いったん有名になってしまうと、自分の目的のために近付いてくる人のなんと多いことか。 砂糖に群がるアリと一緒です。
 そんな人の世のあさましさを、このドラマでは茂が南国に移住しよう、と熱心に家族に説いて回る話と抱き合わせて展開する。
 おそらく茂も、自分が有名になってしまってからというものの、そういうアリのような人々と付き合うことに、半ばうんざりしていたのではないでしょうか。
 茂は、ただ食っていければいい、みんなが笑って暮らせればいい、たらふく寝れればいい(笑)という人間として基本的なことを望んでいるからこそ、南国に住みたがる。 茂の人生観と南国は、それほど合致しているのです。

 だからこそ、人としての純粋な気持ちに正直な次女の喜子チャン(松本春姫チャン)だけが、茂の移住計画を最初聞いたときに 「行こう行こう!」 と賛成する。
 それにしても話は寄り道しますが、この喜子チャン、なかなか天真爛漫で、いいキャラですなあ。 ホントに素が明るそうですよ。 限りなく癒されます。
 で、藍子チャンはこの移住計画には初め難色を示していたんですが、さっきのクラスメイトに 「約束を破った、うそつき」 と言われたことで、人の世の生きにくさを感じてからは、賛成に転じる。

 相変わらず子供の悩みにチョー鈍感な布美枝(笑)に代わって今週活躍したのは、イカルでした。

 このオバアチャン(竹下サンをおばあちゃんと呼ぶのには、さすがに私にも抵抗があります…)、町内会の老人クラブの誘いも颯爽とはねつけ(「あなたにおばあちゃんと呼ばれる筋合いはないっ!」…笑)、布美枝のヘルシーなトーフ料理にも難癖をつけ(「あんた、やっぱりウナギ食べなさい!」…笑)、といった趣のスーパーオバアチャンなのですが、藍子チャンの悩みに、気づきそうでなかなか気づいてくれない。 モーやきもきしてたんですが(笑)、藍子チャンがそのクラスメイトの誕生日用に布美枝から預かっていた手作りのプレゼントを捨てようとしていたところを発見して、イカルは藍子チャンの胸の内をやっと知るのです。

 「『千万人といえども我ゆかん!』 だわ。
 『人がなんと言おうと、自分が間違っとらんならそれでええ』 ゆうことだわね。

 言いたいもんには言わせとけばええ。

 これはずいぶん前の話だけど、戦争のときにはばかばかしいことがようけあったもんだわ。
 食べてくだけでも大変だのに、竹やりの訓練だバケツリレーだって、やたらと集められて。
 おばあちゃん、そげなこと馬鹿らしいと思っとったけんね、知らーん顔して参加せんだったわ。
 そげしたら隣組の組長さんが怒鳴り込んできて。
 『竹やりで戦争には勝てません!』 って言って、追い返した! ハハハハ!
 悪口言う人もおったけど、そんなもん相手にしても仕方ない。
 竹やりでは戦争に勝てんことくらい、誰が考えてもわかることだけんね。
 あんたはもうほっときなさい。

 あ、なんか言われたら、こげん言い返したらええわ。
 『名字帯刀御免の家柄ですけん!』
 …わかった?」

 んー。 わかりませんけど(笑)。

 ともあれ、おばあちゃんに諭されて、布美枝に事の真相を話した藍子チャンに、布美枝は 「藍子の内気なのは、お母ちゃんと一緒だ」 と優しく言います。 そして、「お父ちゃんがええことを言っとった」、と父親の話を始める。 いくら子供のことに気づいてやれなくても、父親と母親の立場から見たこういうフォローがあるのは、実に的確なような気がします。 その布美枝の回想したお父ちゃんの話は、次の通り。

 「がっくりしとっても、生きていけんからなあ。
 ないものを嘆いてもはじまらん。
 工夫して、人に負けんだけの仕事ができれば、両腕だろうが片腕だろうが関係ないけん。

 弱いとこは、誰にでもある。
 くよくよ考えるより、前に進む、強い意志が大事なんだ。

 おれはな、お母ちゃん。
 幸運だったと思っとるよ。
 腕一本なくしただけで、生きて帰れたんだからな」

 そんな時に現れたのが、ゼタの社長、深沢(村上弘明サン)。 ゼタの幕引きを考えていた深沢は、茂の 「総員玉砕せよ!」 にかける意気込みを聞いて、その考えを改めます。

 「まだまだ…」

 そう、まっすぐ前を向いて生きることは、まだまだできる。
 その夜布美枝は、鬼気迫る形相で 「総員玉砕せよ!」 を描き続ける茂を目にする。
 今できることのすべてをこの瞬間に賭ける。
 そこにしか、人生、前に進む方法はないのです。

 「鬼太郎が見た玉砕」 が描こうとしたものは、戦争の悲惨さと愚かしさがメインだった気がしますが、「ゲゲゲの女房」 では、そのあとに生き続ける者に対するメッセージが強く感じられる出来となった気がするのです。

当ブログ 「ゲゲゲの女房」 に関するほかの記事
第1回 NHKのやる気を感じさせます
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/1-nhk-c7ac.html
第2週まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/04/2-5cbd.html
第4週まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/04/4-a685.html
第5週 ほんとうのスタートは、ここからhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/5-9d37.html
第6週 人事を尽くして天命を待つhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/6-3192.html
第7週 時代に流されていく人たちhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/7-6a9d.html
第8週 笑って生きよう、たとえ貧しくともhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/8-82ce.html
第9週 「生きるため」 と 「プライド」 の狭間http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/9-476d.html
第10週 ビンボー神の出るタイミングhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/10-8426.html
第11週 まあ…なんとかなーわね!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/11-e5c0.html
第12週 冷たい風に吹かれてhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/12-2a16.html
第13週 自分のいるべき場所http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/13-f9bf.html
第14週 自分の名前と自分の存在http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/14-30e2.html
第15週 夢をあきらめないで… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/15-19ee.html
第16週 性急に見える成功、ですが… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/16-7865.html
第17週 村井家ビフォー・アフター?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/17-d98c.html
第18週 「悪魔くん」 成功の裏で描かれるものhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/18-6ede.html
第19週 漠然とした願いと覚悟との狭間http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/19-7dcb.html
第20週 見えないもの、見えなくなるものhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/20-0c48.html

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

 リーンです。ここに出没します。
 前の記事とあわせて読ませていただきました。『Mother』が終わってからかかさず見てきただけに、クランクアップのニュースを聞くと終わりが近いことを嫌でも感じます。私は『おひさま』が始まってくれないかな?、と早くも思っています。来年の話なのに。
 このドラマは、つねに終わり(各出演者の出番が終了する)を噛み締めながら見ています。来週、美智子さんが再登場することにほっとしましたが、本日、深沢が出てきたので加納さんが出てくれないか、と期待したのですが出ませんでした。お互い、仕事に生きるために分かれざるを得ない、仕事をする、会社生活を送る、そこで人間関係を保っていくのは難しいのですかね。自分もいろいろ経てきましたが……。
 どんどん水木一家の話が増え、家族の悩みを描く場面がもっと増えるのでしょうね。本日放映会の冒頭、藍子の悩みを救ってくれたことに感謝したことに
「そういうときのために年寄りがいるんだわ」
と絹代が答えていました。核家族の危うさを端的に表わしたようで、複雑な台詞と感じました。ちょっとした台詞にも意味があるようで、人が生きていくうえで大事なことがつまっていますね。
 来週は家族にかなり波風が立ちそうです。一家を省みないようで、しかし生きるうえで必要な真実を知っているかのように生きる茂、それを解っていたからついてきた布美枝との間にかなり強烈に吹く隙間風、うまく収まっていくでしょうか。

リーン様
コメント、ありがとうございます。

加納を演じる桜田聖子サン、アイドル歌手の合成みたいな名前ですが(笑)、大人の魅力がぷんぷんしている女性で私もお気に入りの女優さんになりました(笑)。 ただ情報を注意深く見ていないとフォローできそうもありませんが(笑)。

「おひさま」、「ちゅらさん」 の脚本家サンと主演が井上真央チャンとのこと、結構注目ですよね。 リーンサンにとってはゆかりの場所であるだけになおさら、ですネ。

ただ 「ゲゲゲ」 のような大傑作って、ここ数年の朝ドラの傾向を見ていると、しばらく出てこない危惧はいたしてるんですけどね(汗)。 私も当ブログの別記事で再三書いているのですが、朝ドラを見るのって、結構根気のいる作業なんですよ。 続けて見ようという気の起きる作品って、そうそう出てこないものなんです。

予告で松坂慶子サンの姿を見たときには、ちょっこし嬉しくなりましたね。 ただ松坂サンが出ざるを得ないほどの試練が松下サンに降りかかるのかと思うと、心中穏やかではありませんが、…現在の私の関心は、藍子チャン役と喜子チャン役の女の子の出番が、来週で終わり、ということ(笑)。 このふたり、相当カワイくて、ちょっと参っておるのです(笑)。 ああー自分も、こんな娘がほしいっス(笑)。

 リーンです。再出没します。
 私が上京して最初に住んだのが、世田谷区木梨憲武さんちのすこおし南で新聞配達をしておりました。二子玉川、いいところですね。
『おひさま』、おそらくつまらなかったら見なくなると思います。たとえ舞台が安曇野、松本でも。地域色が薄まっていたり(宣伝番組にして欲しくはありませんので匙加減をうまくすくっていただければいいです)、何よりストーリーがよろしくなければ視聴をやめるでしょう。お盆に親戚が訪ねてきたときに、製作会見から一日二日しか経っていないにもかかわらず、新朝ドラが話題に上りました。地元の沈滞する空気を晴らすきっかけになればいいです。ま、自分がしゃんと生きるのが大前提ですが。ついに、はじめて井上真央のドラマを見ることになる、どんなものでしょう。
 見たくなるドラマは、テレビから何かしら“匂い”が漂ってくる、そんな錯覚を起こさせるような何かを感じます。コマーシャルを一目見てピンときた、ブログや知人から琴線に触れる文言を見聞きする、などほんの少し感じる何かで見続けるものが探し出せます。まさか製作発表の模様で感じた、とは言いにくいのですが、岡田惠和氏が
「名作の予感がする」
との一言と、会見から感ずる“匂い”に賭けてみようかな、今は一人勝手に待ちわびています。どうなることやら。

 水木家の姉妹、二人ともかわいいですね。線香花火をするシーンに見せた対称的で、かつ豊かな表情、ドラマにぴったりです。あそこに継美ちゃんがいたら
「イカルばあちゃんたちも呼んで、いっしょにやろうよ」
とか、気を回すのでしょうか。まあ、あの家族に怜奈は出現しないでしょうけど。『ゲゲゲ~』残りの回、とにかく楽しみです。

水木さんて子供の時から規則正しい普通の生徒として生きられなかったタイプの人ですよね。
だからこそ、軍隊での不条理絶対服従や暴力は相当こたえたでしょうね。(誰だってツライですが)

イトツとイカルが「死ぬなー!帰ってこーい!」と夜中じゅう叫んだことは、
近所に聞かれれば非国民と言われても仕方ない行為でしょう。
(それでも名字帯刀御免だからOK?)

あ、やっぱりニコタマが花火でしたか。
ちょうどチトフナにいたんで、ドンドンと音が聞こえてました。

リーン様
再コメント、ありがとうございます。

オリンピックの時は仕事の関係上、長野には結構行ったものですが、碓氷峠のあたりはフツーのおうちの水でさえかすかな甘みがありまさに極上の味でした。 こんなところに永住したい!と強く思ったものです。 詩心を掻き立てられるんですよ。

二子玉川は今再開発中で、昔の面影が根こそぎ奪われています。 東急財閥がここら辺一帯の開発を牛耳っている印象がとても強いのですが(勘違いだったらゴメンナサイ)、見慣れた風景が一変してしまうのは、どうも感心できません。 古いタイプの人間だからでしょうけど、地域への愛着も薄れていく気がします。

私の場合、碓氷峠にしてもそうですが、いつも終の棲家を求めているような気がします。 ここって自分が生涯住む所じゃない、そんな気がしてならないのです。 本音を言えば、今からでも田舎暮らしがしたいのですが、仕事もあるし、先立つものもありません(笑)。

井上真央チャンの演技は、こないだの田村正和サンのスペシャルドラマ、「樅の木は残った」 で始めてじっくり拝見したのですが、「キッズ・ウォー」、だったっけな、子役のころからドラマに出続けているだけあって、なかなかのものでした。 岡田惠和氏の書くお話は、ちょっと甘いかな、と思う部分も正直あるのですが、「ちゅらさん」 には比較的ハマったほうなので、期待したいと思います。

継美チャン、最近ランドセルのCMに出てますよね。
この子の可愛さはまさに別格(笑)。 ルール違反な気がします(笑)。 父親はデレデレでしょうなあ(笑)。

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

上官にいくらぶん殴られてもフラフラと原住民の住む村に行ってしまうところなど、バカ正直に規則を守ってしまう私などからするとまさに規格外!ですよね。 でもそこまで、自分の欲望に忠実で、かつ目的に向かって一心不乱に突き進んでいるのは、戦後のこの人に生き方にも共通している気がするのです。 水木サン、やはりすごい人ですね。

昔は2時間くらいやってたんですけどねえ、二子の花火大会。 ここ数年は景気も悪くて1時間、隅田川とかに比べると少々ショボイですが、それでも大勢のかたが見に来られます。 護岸工事で今年は席確保も大変だったんじゃないのかなあ。

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  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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