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2010年8月 2日 (月)

「龍馬伝」 第31回 西郷の思惑、桂の思惑

 薩長同盟のために奔走する龍馬(福山雅治サン)たち。
 操船術以外に何のとりえも持たない彼らが、いかにして薩長を動かしていったのか、このドラマでの説明はあくまで単純。

 いわく、「日本を守りたい」。

 あまりに単純過ぎて、ウラに何かある、ほんとうは自分にとってこれだけの得があるから人というのは動くのだ、などという穿った見方をするのが好きな人には、あまりにもウソ臭く聞こえるに違いありません。 しかし。

 今回の 「龍馬伝」 では、長州を説得するに当たって重要と思われる高杉に会いに行った先の大宰府で、龍馬は中岡慎太郎(上川隆也サン)と再会します。 土佐勤王党の時以来の知り合いだったらしいんですが、上川サンはこのドラマ初登場、トートツ感は否めない(笑)。
 とりあえず、この、のちに龍馬とともに暗殺されてしまう中岡という男、ドラマの作り手は武市の志を受け継ぐものとして表現しています。

 「わしは、あのおかたに出会うて、目えが醒めた。
 武市さんのように、一切の私心なく、天下のために働きたいがじゃ」

 このドラマでは、龍馬の行動の裏には武市の存在とその無念がある、という解釈をしているのですが、その血が中岡にも共通して流れている、という表現をすることによって、龍馬と中岡の絆を一瞬で結び付ける演出の方法を取っている。 うなります。

 そして中岡が世話をしていた三条実美(池内万作サン)の後ろ盾を得て、龍馬と陸奥(平岡裕太サン)は長州へと向かう。
 まるでわらしべ長者のような信頼の得かたによって、龍馬は一介の脱藩浪士にもかかわらず、長州と薩摩の仲介人へとなっていくのです。
 龍馬が桂(谷原章介サン)と旧知の仲だった、というのも大きい。 事実かどうかは知りませんけどね。 ドラマではこのファクターも、いきなり龍馬の荒唐無稽な提案を桂が受け入れるための布石になっている。 なにしろ、長州と手を組む、という西郷(高橋克実サン)の確約もないんですからね。 にもかかわらず、三条の推薦状によって、桂は西郷が来るのを待つことになる。

 桂にとっては、龍馬の言うことなど鼻にも掛けない選択というものも、あったはずなんですよ。
 けれども、長州側にもここでは、ウラの思惑が絡んでいたことは確かなのです。 もし薩摩が味方になってくれれば、幕府との力関係は逆転しますし。
 それに、西郷を待つことだけなら、なんのリスクもありませんからね。

 しかし待てども待てども、西郷はやってこない。
 じりじりする龍馬は桂に、こう尋ねられます。

 「坂本君。 長州と薩摩の盟約を成し遂げたら、きみは薩摩に取り立てられるんか?」

 「いや…そんな約束はないがじゃ…」

 「じゃあ何のためにきみはこんなことをしちょるんじゃ。 ぼくらを結び付けて、きみに何の得があるんか?」

 「桂さんらあに日本を守ってもらわんと、この国の将来はないがじゃ。
 わしの望みはのう、桂さん。
 日本が独立して、西洋諸国と肩を並べられる国になることながじゃ。
 そのためには…。
 それを成し遂げるためには…。
 わしは、…命は惜しまん」

 その言葉に目を丸くする桂。
 幕府だ長州だ薩摩だ、というレベルでこの数日、西郷を待っていた桂には、まるで龍馬の言葉が一段上からの言葉に響いたことでしょう。
 龍馬の言葉には、一切のウラがない。
 ただ日本を守りたい、という純粋な気持ちに、見る側は心打たれるのです。
 これをひねくれて見るような人に、少なくとも私は、なりたくない。

 しかしですね。
 そのそばから、龍馬は 「自分の家族を黒船に乗せて世界を見て回る」 という実に無邪気な本音を桂に語るのです。
 龍馬に何か思惑があったとすれば、そんな無邪気な夢なのだ。
 作り手はそのことを、さりげなく龍馬の父親(児玉清サン)の死の回から、仕込んでおったのです。

 西郷の説得に予想以上に難航していた中岡も、ようやく殿のお許しを得て、長州軍のいる下関へと向かうことになる。

 ここで西郷の思惑というものも、幕府に協力していては薩摩の経済も逼迫する、という点に集約して龍馬が長州藩士らに解説していたのですが、薩摩の島津公がどうして同盟を渋り、またどうしてお許しになったのか、という説明も、ちょっと欲しかったかなあ。
 まあ、「篤姫」 でやったからいーか、という発想ですかね(笑)。

 ところが下関に向かったはずの薩摩の船は、行き先を京まで変更してしまう。
 おそらく間者が船に忍び込んだことと関係があるのでしょうが、そのことで龍馬は、桂からの信頼を一挙に失ってしまうのです。
 一朝一夕に大きな仕事は成し遂げられない、という見本のような感じで、見ていてとても引き込まれます。

 このドラマにおいて作り手が取捨選択している部分を見極めることによって、作り手が何を強調したいのかが見えてくる。 「龍馬伝」 の楽しみ方には、そんな方法もあると思うのです。

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