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2010年8月 4日 (水)

「天使のわけまえ」 第5回(最終回) 喜びも悲しみも、食事とともにある

 「別れのロールキャベツ」 という副題がついた、「天使のわけまえ」 最終回。

 くるみ(観月ありさサン)の金を持ち逃げしたかつての恋人、カズクン(細川茂樹サン)が再び目の前に現れ、持ち逃げした金を全額返して 「結婚しよう」 と言い出す展開に、「別れのロールキャベツ」 とはどういうことなのか、ちょっと題名を引きずりながら最初のうちは見ていたわけです。

 康太(野村周平クン)の反応は、散々周囲に迷惑をかけ続けた自分の父親を許せない、というもの。
 カズクンの申し入れに迷うくるみを見た西原亜希サンは、「こういう男は懲りないものだ」 と怒って出ていってしまい、ともさかりえサンは 「いいじゃない。 憎むより信じて好きになるほうが」 とエールを送る。
 それらの周囲の反応は、結構ベタで予想できる範囲のものなのです。

 それにしても、カズクンに気持ちが傾いているのに、それで 「別れの」 とは、よーするに結果的にくるみはカズクンを振ってしまうのだろーか、ロールキャベツはいつ出るのだ(笑)、などという興味で見ておったのですが。

 やっぱりこのドラマ、最終的にはとても気持ちがあたたかくなる(前にも書きましたが、この暑苦しい時期に心温まるのはあんまり歓迎できませんけど…笑)、やっぱり最後には知らず知らずに涙が出てくるような、いい話のドラマでした。 こんなさりげなくいいドラマというのは、今の時代貴重だと思えてなりません。

 父親を拒絶し続ける康太にくるみが話した、カズクンとの最初の出会いの話。
 のちに病死してしまうカズクンの前の奥サンへの見舞のもなかがきっかけだった、ということで、ここでも食べ物を仲介役に配しています。
 くるみと康太の心が通じ合うその日の夕飯のメニューが、ロールキャベツなのですが…?

 康太を押しつけられて、最初は感じ悪かった、と話すくるみでしたが、こう打ち明けます。

 「でもね、康太がいてくれて、助かったこと、たくさんあった。
 あなたにこうやって、毎日ご飯作らなきゃならなかったでしょ?
 だから私…頑張れたような気がする」

 人のために食事を作ることの大切さを、ここではとても、説教臭くなく表現している気がします。 「これからもよろしくね」 というくるみの言葉に、なにか力なく、「うん…」 とだけうなずく康太。

 そんなくるみと父親との結婚に賛成してくれた康太なのでしたが、自分は要らない人間なのだと、前の母親の実家に帰ろうとしてしまうのです。
 それを仕方ないと諦めるカズクンに平手打ち、高速バスで九州へと向かおうとする康太を、カズクンの手を引っ張りながら、くるみは走って追いかけ止めようとする。
 そこにフラッシュバックで、自分が子供のころ、逃げた母親を追いかけて行ったくるみの幼い姿がインサートされ、くるみに引っ張られていた手を振りほどいて一緒に康太を追いかけ止めようとするカズクンの姿も描写される。

 ここらへんのさりげない見せ方が、実に効果的なのです。
 こんななにげないシーンの連続が、この普通のドラマを良質のものに昇華させている。

 そして追いついたくるみは、「そんなに行きたきゃ、自分の父親と一緒に行きなさい!」 と、康太とカズクンをふたりとも九州へと送りだしてしまう。
 このくるみの判断は、賛否両論分かれそうな気がします。
 けれども人というのは、いつでも最良の判断を下せるものでは、ないのです。
 息せき切って追いついたところに康太から 「オレなんていないほうがいいんだよ」 と言われてしまったら、父親と一緒にいるのがふたりにとっていちばんいいのだ、という判断をしてしまっても仕方ない気がします。
 まず自分のことよりも他人の幸せのほうを考えてしまう、くるみの性向、性癖が、そこで優先してしまう、というか。

 結局ふたりを見送ってしまい、ひとりぼっち自分の部屋へ帰ってきたくるみを待っていたのは、その日が誕生日だった康太のためにくるみが作っておいた手巻き寿司と、康太へのバースデイケーキ。

 ここでこのドラマは、みんなのために作ったその料理をひとりで食べながらさめざめと泣くくるみの姿を、ロングショットで延々と映し続けるのです。

 参りました、これ。

 泣けるんですよ、ひたすら。

 このドラマの、ベストシーンですね。

 続けて流れる翌日のシーン、まったく同じアングルで、すっかりかたづいたテーブルを前にしてぼんやり座り続けるくるみの姿。
 だいぶ、確信犯的にこのシーンを作っています。

 打ちひしがれるくるみのもとに届いたのは、おじいちゃん(大滝秀治サン)から届いた食材と、亡きおばあちゃんの料理レシピ。
 さらに、街を歩く傷心のくるみに、街ゆく知り合いが、次々声をかける。
 自分が料理で切り開いていった人脈が、思わぬところでくるみを励まし続けるのです。
 この構図も、相当すごい。

 そして、おじいちゃんからの相変わらず不躾な(笑)ケータイに出ながら、くるみの目の前に現れたのは、カズクンと康太。 ラストシーンです。
 ここであの、河口恭吾サンのテーマ曲。 名曲です。

 なんだかもう、号泣というほどではないですが、ただひたすら、気持ちが優しくなるような感覚に襲われ、知らず知らずに泣けました。 何の変哲もないラストシーンだったかもしれませんが、これがいいんです。

 テーマ曲に合わせて、3人で談笑しながらの食卓が映し出されます。
 喜びも悲しみも、食卓の料理とともにある、そんな一貫したこのドラマのテーマを見せられているようでした。 理屈を感じさせず、いいドラマだった、と実感させることのもの凄さを、このドラマで知った気がします。 観月サンの演技も抑え気味で最高。 この人のこれからの女優としてのありかたを提示していたようにも思えます。
 それと、イッセー尾形サン。
 最終回は最小限の描写ながら、自分が捨てた家族のもとへと向かう姿を見せていました。 このさりげなさも最高。
 大滝秀治サンの演技もシビレまくりましたし。

 もうちょっと長く、見ていたかったなー。

当ブログ 「天使のわけまえ」 に関するほかの記事

第1回 手作りの料理が幸せを運ぶ
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/1-32da.html
第2回 さりげなさに包まれたドラマhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/2-061f.html
第3回 気まずい食卓http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/3-d0ef.html
第4回 逃げる人たちhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/4-0f49.html

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コメント

初めまして。ドラマの感想がすごく自分と近く感じて、楽しみに読ませてもらっています。天使のわけまえ、いいドラマでしたね。私も毎回、涙で…。本当に、最後の方でじわーんと涙が出てきてしまってました。最終回、賛否両論あると思うけど、私は納得できました。くるみも、もう待たなくていいんだなって思うと、ひたすらよかったねっていうか。何と言うか、この完璧でないところがくるみの(このお話の)良さというか…。
康太を演じていた子もよかったですね。久々に、幸せを感じたドラマでした。長くてすみません!

投稿: まめ | 2010年8月 4日 (水) 15時53分

まめ様
コメント、ありがとうございます。

「なんか、よかったね、このドラマ」、って誰かと話したくなるようなドラマ、でしたよね。

記事の内容と重複してしまいますが、料理は自分のためだけでなく、人のために作る方が数倍おいしい、料理に込めた思いが人を幸せにする、ということがじわじわと感じられるお話でした。

食生活という人の生活の基本に根差した話だからこそ、人の心を動かすことのできる話になった気がするのです。
頼りなさげに見えたくるみでしたがなぜか安心感があるのは、くるみの作る料理が基本からちゃんとしていたから。 こういう変わった存在感の見せかたは、私にはちょっと斬新でした。

観月ありさサンの演じるくるみは、別の話でもっと見てみたい気がします。

投稿: リウ | 2010年8月 4日 (水) 16時50分

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