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2010年8月 1日 (日)

「鉄の骨」 第5回(最終回) 業界の構造、ドラマの構造

 最初にお断りします。
 毎回ストーリーを追うのがこのブログの常となっておりますが、ちょっと今回は、別のことを書きたいので極力控えました。 あしからずご了承ください。

 談合問題に果敢に切り込もうとした、今回のこのドラマ。
 最終回まで見た率直な感想を述べさせていただければ、談合の是非についての積極的に評価できる解答は残念ながら紋切り型で、ハッとさせるようなものはありませんでした。

 結局各社がガチンコ勝負で健全で自由な競争がなされるのがいちばん望ましい入札のありかたなのだ、という、このドラマの結論。
 そして業界自体に、政界とのつながりとか、切っても切り離せないような全体構造的な問題が横たわっていて、その体質が容易に改善されうるものではない、という現状の問題もこのドラマでは描き出していましたが、だからこそドラマ全体には、簡単に嚥下できない重々しさが絶えずつきまとっていた。

 ちょっと別角度から論理を展開しますが、談合がなくならないのは、公共事業の削減という話から出発しているのではないでしょうか。
 つまり公共事業をやめろという社会的な要請が、まず不必要な建設工事が濫発されている、といったイメージから出発している点を、見逃してはならない気がするのです。

 確かにハコモノだとか、無駄なダム工事とか、利用者の極端に少ない道路とかをつくっているという現状は糾弾すべき問題でしょう。
 ただ同時に、どのような理想のもとでその構造物をつくっていくのか、という視点も、忘れてはならない気がする。
 つまり、東京スカイツリーとか、海ほたるとか、それが出来上がっていくことによって、人々がそれに元気づけられたり、地域が活性化したり、建設工事というのは本来、社会をより便利にし、人々に希望を与えるものでなくてはならない。
 言ってみればその夢を与えるものこそが、公共工事でなくてはならない。
 それが今では、ただ単に官庁と業界が癒着し、談合の温床となっていることこそに、真の問題が潜んでいるのではないでしょうか。

 要するに談合、という問題は、「それを否定しながら結果的に望んでいる」 という霞が関のありかたに、いちばん深い病根が張っているような気がしてならんのです。

 そしてもうひとつ、日本という社会全体が成熟期を過ぎてその需要も低下しつつあるというのに建設業界はその絶対数が多過ぎる、もっと淘汰されなければならない、という問題もここには含まれている気がする。
 そんな時に従来通りのぬるま湯のような談合体質でぬくぬくしてもらってはその淘汰もままならない。 そんなことをしているから、社会を便利にする、人々に希望を与える、という建設業本来の存在価値から、ますます遠ざかっていくのではないか。
 厳しい言いかたをすれば、そんな側面も感じるのです。

 このドラマを見ている限り、積算のカンニング竹山クンの、「官庁の要求に従っていたら何週間準備しても足りない」、という話でその一端を垣間見ることはできたのですが、それ以外には特にこれといった言及はなかった。 私はこのカンニング竹山クンの話にいちばん問題が隠されている、とドラマを見ていて感じたんですけどね。
 結局冒頭に述べたような、紋切り型の潔癖な結論しか、導き出すことができない。

 業界と官庁の構造的な問題に切り込むことができないから、このドラマは 「ハゲタカ」 のような社会派ドラマになりきることができなかったように感じます。
 つまり、主役の小池徹平クンの恋愛問題に、いたずらに時間をかけたがる。

 小池徹平クンはこのドラマにおいて、いかにも頼りなさげなペーペーの、しかも自分の信念を曲げることのできない男を演じ切っておりました。 私が見ていて、この役は彼にしかできないだろうなー、というある種の逆転のキャスティングの妙を感じたものです。
 ただし彼の恋人は、談合問題を頭ごなしにいたずらに嫌悪する、社民党のみずぽタンみたいな潔癖症女(失礼)。 彼女にもっとブレーキの 「遊び」 みたいな部分があれば、小池クンはもっと安らげたはずです。
 しかも輪をかけてイメージが悪いのは、彼女が大手銀行に勤めている、という設定。
 銀行というのはですねー(スミマセン、悪いイメージしかないです、弱小企業を経営するものにとっては)、不良債権処理などで自分たちが国民の税金によって倒産せずに保護されとるというのに、会社が金を借りようとすると、あーだこーだと難癖をつけて、容易に貸そうとしない。
 そんな連中が談合について知ったようなことをぬかしているのには、正直言ってムカつきまくります。
 このドラマにおいても、メインバンクが渋っているから、一谷組社長の笹野高史サンが困っとったじゃないですか。 それが原因で笹野サンは、中村敦夫サンの談合要求に屈しているという側面を、忘れてはならない。

 正直なところ、ドラマの構造としては小池クンの恋愛などどーでもよかったのですが(笑)、まあ、最後のけじめのつけ方など、よかったですよ、無責任な言いかたですけどね。 あそこで小池クンが検察に協力して中村サンを葬り去ってしまうとは…。 ついでに陣内サンまで葬り去ってしまうとは…(笑)。

 ドラマの体裁としては、社会派をあきらめたわりには、なかなかよくできていたと思います。 ここまで切り込んで欲しかった、ということは、言い出せばきりがありませんので。

当ブログ 「鉄の骨」 に関するほかの記事

第1回 建設業界って、こんな魑魅魍魎?
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/1-a472.html
第2回 結局下が一番損をするhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/2-d7b7.html
第3回 仲間意識に麻痺していく小池徹平クンhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/3-c642.html
第4回 談合の先にあるものhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/4-8822.html

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