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2010年9月 4日 (土)

「ゲゲゲの女房」 第23週 いくつになっても、ただ前を向いて

 物語の舞台は、昭和56(1981)年4月へ。

 現在に至るまで、「鬼太郎」 ブームというのは定期的にやってきては消えていくのですが、この時期はちょうどその最初のブームが過ぎ去ったころの話だと思います。
 これまでがむしゃらに仕事をしてきた茂(向井理クン)のもとに、仕事の依頼がぱったりと来なくなる。
 常時泰然自若としているかに見える茂がこの時、どのようにもがいていくのかが、今週の話のメインでした。 ある意味では、貧乏時代のつらさ以上のものがここでは描かれている。 人生には、乗り越えねばならないハードルというものは、こちらがレベルアップすればそれ相応の高さのものが、次から次からやってくる、ということを痛感するような話でした。

 まず冒頭から、藍子チャン(青谷優衣チャン)喜子チャン(荒井萌チャン)の成長ぶり、そして茂、イカル(竹下景子サン)イトツ(風間杜夫サン)らの老け具合に注目なのですが、主役の布美枝(松下奈緒サン)だけは、ほとんどそれを感じさせない。
 いかにも不自然に思えるこの演出なのですが、この週の布美枝の存在感に注目して見てみると、布美枝はいかなるときにも変わることのない、一種の精神的支柱のような役割をこのドラマでは果たしている。 確かに茂の仕事がないことにうろたえたりもするのですが、たとえ貧乏時代に逆戻りしようとも 「なんとかなーわね!」 で乗り越えられそうな力強さを感じるのです。 この週、布美枝の出番はほとんど印象に残らないのですが、そんな意外な存在感を発揮している。

 なにしろ、藍子チャンからお父ちゃん大丈夫かな?と訊かれ、布美枝はきっぱりと、「おかあちゃんにも、よう分からん」(笑)。

 「ずうっとそばにおるけど、マンガを描くつらさを分かってあげることも、代わってあげることもできんけんね。
 そばにいて、見ていることしかできんだもん」

 けれども布美枝は、続けてこう言うのです。

 「けど、…お母ちゃん、お父ちゃんのこと信じとるよ。
 今までだって、いっぱい苦しいことはあったけど、必ず自分の力で道を見つけてきたもの。
 少し時間はかかるかもしれんけど、お父ちゃんのことだけん、きっとなんとかするよ!」

 夫のことをどこまでも信じることで、かえってそのことが家庭全体の安心感につながり、気持が自暴自棄に途切れてしまいそうな一線を、いちばん後ろで支えることができる。 そんな布美枝の存在価値が、実にさりげなく表現されていた気がするのです。 そんな彼女は、やはり外見的に老けさせるわけにはいかない。

 それにしても話は戻りますが、老け役と言って一番キョーレツだったのは、東てる美サン(笑)。 ロザンヌレディーが…と言うよりも、私が思春期のときは、鮮烈なヌードとかも、やっていた人なんですがねえ~(笑)。 かえってここまで自分をかなぐり捨てることのできるのって、考えてみると逆にすごい。 女優魂を垣間見ました。

 女優にも魂があるんだ、とすると、今週のキーワードは、マンガ家魂。 その話はまたあとにするとして。

 仕事がなくなることで、茂には自らのアイデンティティに関わるほどの疑問が湧きあがってくる。

 「妖怪なんかいない」――。

 茂の描く妖怪の世界に魅了され、その生活態度まで茂の影響を多大に受けている次女の喜子チャンは、茂からそう言われて相当のショックを受けます。
 自ら夢中になっていた南国土産のお面なども、「ガラクタじゃないか…」 とうつろな目で吐き捨てるほど。 この、自分が大事にしていたものの価値が薄れていく様子を象徴させていたのは、その宝物から湧き出た 「ムシ」 でした。 はじめ一匹だけ現れたその虫は、ある日大量に発生する。 この 「ムシ」 によって、茂の中から失われていく情熱を表現する方法には、またもやうなります。

 茂のマンガが、なぜこうも受けなくなってきているのか。
 喜子チャンの中学でヒデキやトシちゃんなどに夢中になるサーファーカットぽい女の子たちを描写することで、水木しげるの描く妖怪というもの自体が世の中から時代遅れとみなされ、さらにその向こう側に、妖怪自体がこの世から締め出されかけている精神風土のドライ化が描写されている。 最近では夜になってもこうこうと明るくて、妖怪の出る幕がなくなっている、と茂は嘆きます。

 それにしても、時代遅れとか時代が違うとか、そんなことが水木しげるのマンガが受け入れられなくなった、本当の原因なのでしょうか?
 考えてみれば、茂のマンガが受け始めた昭和41年ごろというのも、昔に比べればドライなものの見方が跋扈(ばっこ)し始め、「そんなものは時代遅れ」 などとする貸本屋の社長たちも大勢いたような気がするのです。

 肝心なのは、かつてのような情熱や世間に認められようとするがむしゃらさなのではないかと思いながら見ていたのですが。
 これについてはどうしても気になってくるのが、今週の相当早い段階から、「日本一小さな出版社」 社長の戌井(梶原善サン)が 「最近の水木サンのマンガは、何かが足りない」 と話していた、という奥さん(馬渕英俚可サン)の証言。

 何が足りないんだろう、ああ~早く戌井サン出てきてくれぇー、という感じだったのですが(笑)、ようやく現れた戌井サン、「何が足りないのか、ぼくにも分かりません!」 と一蹴(笑)。 ガクッなった(笑)その矢先、戌井サンはしかし、「本物は消えない!」 と言い切る。

 「ぼくも、最近の水木さんのマンガは、何か物足らないと思ってました。
 正直なところ、このままではいかんと、心配もしてます。
 しかし、水木さんがここで終わるはずないです。
 誰からも見向きもされなかったころ、これほどのものを、一度も立ち止まらず、ずっと描き続けたんです。
 売れない時代に積み重ねた努力が、のちの水木しげるを作った。 『鬼太郎』 という、不死身のマンガを生み出したんです。
 今、何が足りないのか、それはぼくにも分かりません。
 でも、これだけは言えます。
 『本物は消えない』。
 鬼太郎と同じように、水木さんのマンガは不死身です。
 今、スランプなら、…苦しんでください。
 でも、その先きっと、突破口が開けるはずです」

 自分が評価されない原因をあれこれ詮索したり、上司や世間が悪いのだと責任転嫁したり、そうした態度を人というのはとりがちです。
 たいてい自分の分析って、まあ当たってるんですけどね(笑)。
 でも、当たっているからって、別にそれって、意味がないんですよ、だいたい(笑)。
 だから相手に対してどう向き合っていこう、とか、正確な分析から正確な対処法というのは分かっていくものですけどね。
 たいがいは愚痴や文句だけで終わってしまう。

 ここで茂は、自分が売れる前の 「人事を尽くす」 という態度を思い出すのです。 自分が大家になってしまうと、なかなかもう一度スタートラインに立とうという気持ちになるのは難しい。 自分のほうから貸本出版社に仕事を頼みに行く、みたいなことを、できないわけですからね。 むさぼるように自分のかつての作品を読みあさる、茂。

 そんなときに現れたのが、かつての少女マンガ志望の女の子、河合はるこ(南明奈チャン)。 昔に比べると髪型も落ち着いて、また魅力がぐっとアップしたような気がします。 このコの普段のキンキラな髪形を見ていると、もったいないなあーと思う今日この頃(笑)。

 はるこは自分がかつて、茂に励まされた時の言葉、「マンガ家魂」 で今まで生きてこれたことを告白します。 彼女は教師になったのですが、教師もマンガ家も、子供たちに知らない世界を教えることで共通していると話すのです。
 つまり、マンガの世界で挫折しても、いろんな世界でもマンガに共通するところを見つけ、その部分で自分がその仕事に打ちこめるきっかけを作る。 「マンガ家魂」 とは、自分がマンガを好きだからこそ、いろんな場面で応用が利く、ということの代名詞も兼ねている気がするのです。

 はるこチャンの依頼で、子供たちと大自然での遠足に同行することになった茂。
 そこで茂は、小豆洗いという妖怪に遭遇することになる。

 この小豆洗い、声が泉谷しげるサンで、ひょんなところで 「しげる」 つながりなんですが(笑)、このキャラがまた大爆笑もので(笑)。

 「小豆とごうか人取って食おうかショキショキ~」(笑)。

 しばらくこのセリフにハマってしまいそうです(笑)。

 茂はこの小豆洗いに、実に重要なことを依頼される。

 「オレたちゃ、人をおどかすのが商売なのに、近頃じゃ誰もオレたちに気づかねえんだ。 このままじゃ、消えちまう運命だぜ。

 絵描きの先生、オレたちのことを描いてくれよな。 頼んだぜ」

 このドラマでは最初の週からアニメーションによる妖怪を登場させ、「目に見えんけど、おる」 ことの重要性を説き続けているのですが、そのリアリティにおいてちょっと普段のドラマから浮いてしまう危険性を伴っている。 それを補足したのが今回は、布美枝の次のようなセリフでした。

 「お父ちゃんには、きっと見えたんだよ。
 何かをつかもうと一生懸命だったけん。
 お父ちゃんの生きる力が、小豆洗いを見せくれたのかもしれん。

 …やっぱりお父ちゃんは、本物だ!」

 小豆洗いの力を借りて、茂は本格的に元気を取り戻すのですが、「ガラクタじゃないか…」 と吐き捨てた南国のお面の価値も、また再び感じられるほどになっている。
 つまり、その宝物は、魂がこもっているからこそ、宝物なのだ。
 そしてそれを感じることのできる感性こそが、尊いものなのだ。
 魂がこもっていなかったことを、茂の描くマンガとダブらせて語りながら、やはりこのドラマは、目に見えないものの重要性を、繰り返し説いている。

 今週の話のメインはあくまで向井理クン。 その老け役ぶりは、外見的に白髪を増やしたり髪の毛を上げたりすることでもあらわれていたのですが、その精神的な老けぶりは見事でした。 このところ、向井クンに関する当ブログの記事へのアクセスが飛躍的に増大し続けているのですが、なんかアイドル的な人気ではなく、本格的にブレークし始めたような気さえするのです。

 さて、今週それとなく挿入され続けてきたイトツのボケぶりなのですが、来週はイトツの話がメインになりそうな感じです。 悲しい予感がします…。

当ブログ 「ゲゲゲの女房」 に関するほかの記事
第1回 NHKのやる気を感じさせます
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/03/1-nhk-c7ac.html
第2週まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/04/2-5cbd.html
第4週まで見てhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/04/4-a685.html
第5週 ほんとうのスタートは、ここからhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/5-9d37.html
第6週 人事を尽くして天命を待つhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/6-3192.html
第7週 時代に流されていく人たちhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/7-6a9d.html
第8週 笑って生きよう、たとえ貧しくともhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/8-82ce.html
第9週 「生きるため」 と 「プライド」 の狭間http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/05/9-476d.html
第10週 ビンボー神の出るタイミングhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/10-8426.html
第11週 まあ…なんとかなーわね!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/11-e5c0.html
第12週 冷たい風に吹かれてhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/12-2a16.html
第13週 自分のいるべき場所http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/06/13-f9bf.html
第14週 自分の名前と自分の存在http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/14-30e2.html
第15週 夢をあきらめないで… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/15-19ee.html
第16週 性急に見える成功、ですが… http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/16-7865.html
第17週 村井家ビフォー・アフター?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/17-d98c.html
第18週 「悪魔くん」 成功の裏で描かれるものhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/07/18-6ede.html
第19週 漠然とした願いと覚悟との狭間http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/19-7dcb.html
第20週 見えないもの、見えなくなるものhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/20-0c48.html
第21週 「鬼太郎が見た玉砕」 と比較してhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/21-d16a.html
第22週 失って初めて気づく家族の愛情 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/08/22-ddb9.html

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コメント

東てる美さんは本屋をやってましたよね?
貸本屋だったかな?と思ってググッたら
マンガを売ってるお店みたいです。@ニコタマ。w
もちろん水木マンガは一番目立つところに置いてるでしょう(?)

80年代は明るいモノがウケましたね。
オカルトブームもあったと思うけど(口が裂けた人とかw)妖怪はたしかに地味な存在だったかも。
80年代も後半になれば荒俣先生などが登場(?)してきますから、大丈夫♪
妖怪辞典をヒマなうちに作っておいて正解ですね。

ただ、水木さんほどのマイペース&マイウエイな人でも、媒体に必要とされないくらいで
あんなに揺らいでしまうのがちょっと意外でした。
もちろん家族を養わなければいけないのですけど。


スガちゃんがリストラされないようで良かったー。

マイティ様
コメント、ありがとうございます。
東てる美サンが、二子で本屋さんですか。 確か以前にマンガ専門の古本屋さんがあったのですが、ここは誰か女優の人が経営しているとか、聞いたことあるんですけど、ああーっ、思い出せない!(笑)

ただし今はどうなのかなー。 二子も再開発で以前あった店などは新しいビルに編入されたりしてるんですけど、その中にマンガ専門の古本屋さんがあるかどうかは不明です。

80年代、と言えば、軽薄短小、ネクラ・ネアカの時代。 個人的にはこの風潮、大嫌いでした。 ネクラで重たいことばかり考えていたもので(笑)。

アラマタコリャマタ先生、水木先生と仲良しですけど、「ゲゲゲ」 にも出てこないですかね~(笑)。

スガチャンの点々は、もはやゲージツの域に達している模様でございますね(笑)。

 リーンです。ここに出没します。

 ちょうどこの時代、『ザ・ベストテン』が全盛で、松本零士のアニメがすでに頂点を極めていて、私はかなり夢中でした。『銀河鉄道999』がそろそろ終わるころですかね。私は映画版のキリッとした顔が好きです。そしてガンダムシリーズが始まり、リアリティ溢れる世界観と屈折した影のある人物造形が投影されたアニメが出現しました。私は“アムロ・レイ”以降はついていけず、カミーユって誰?状態なんですが。あとは、ルパン、宮崎アニメがそろそろ出始めた頃でしたか? スポ魂アニメの世界が少し置き去りにされ、夢とロマンと、人間くささが混在したアニメ、漫画の全盛だったのでしょうか。
 自分にとっては、90年代より懐かしく思い出す時代です。そして、学校にいくのが嫌になり始めた頃で、かつ歴史の本を読むのが好きになった、そんな屈折した人生の転換点を迎えた時期でした。
 
 数ヶ月前、藤子不二夫A氏がNHKの番組で、『笑うセールスマン』を生み出す前、創作活動に生きづまり

「藤本氏のマネージャーになろうかな」

と思っていた、と語っておられました。今週の話は、一流として走り続けた作家におとずれる深刻なスランプを描いていました。どれほど頭をひねってもアイデアがでない、死にたくなったのではないでしょうか。手塚治虫はスランプはあったのでしょうか。会社の倒産の憂き目にあったとはきいているのですが。

 魂(この漢字を書くと、まだ前の記事を思い出します)が抜けて、前から突風にさらされるような感覚、一流だからこそ必ず通過する神様から与えられた儀式をじっくり見せていただいた思いがします。自分が同じ立場なら、あれほど軽やかにいくのかしら。

 来週のストーリーをちょっこし頭に入れていつも見るのですが、私にとってはイトツの登場シーンは涙がでそうです。道楽ばかりして楽しそうな男が見せる輝き、風間杜夫さんに釘付けです。

リーン様
コメント、ありがとうございます。

「ザ・ベストテン」、私も開始から2,3回目からずーっと見ていた口でした。 いつかちゃんとした記事をこのブログでも書きたい番組です(ちょろっとは書いてるんですが…書こうとするとどうしてもひとつの記事では収まりそうにないです)。

松本零士サンのマンガというのは、自分的には 「宇宙戦艦ヤマト」 のときがピークで、「999」 のころはちょっと距離を持って見てたかなあ。 なんか、深遠そうなメッセージが書いてはあるのですが、結局よく分からん、というか(笑)。

「ガンダム」 のときは最初から完全についていけなくなっていました(笑)。 その内容ではなく、ロボットの造形が個人的に受け入れられなかった(大河原サンゴメンナサイ)のと、星飛雄馬が主人公、という違和感(声優さんの問題ですね)と、「もえあがーれー」 という主題歌がガキっぽいと感じたことが原因です(このブログ内、別の記事でも詳しく言及はしているのですが)。

手塚サンのマンガには、スランプというものは根本的にない気がします。 あるのは世間から受け入れられなくなった時期と、どんな時代にも駄作というものが確実に存在する、それほど作品を量産し続けた人である、という認識です。

マンガと詩、という違いはあるのですが、ものを作る人間として、茂のブチ当たる逡巡というものに、強い共感というものを持ちながらこのドラマを見ています。

いずれにせよ、80年代というのは、私のように人生をもっと真剣に論じたい人間には、つらい時代でしたね。 友人たちが話している内容が、とても軽くて、それがすごく嫌だった。 政治的信条は全く別ですが、全共闘世代の重たい時代に、ただ単純にあこがれたりしました(結局それも、誤解を恐れず言えば重たいふりごっこだったんですけどね)。

>友人たちが話している内容が、とても軽くて、それがすごく嫌だった。
>重たいふりごっこ

キャハハハ!わかります!
私も当時、すごくアンダーグラウンド趣味で(そのわりにテレビばっかり観てますけどねw)同じ嗜好の人としか交われず、寺山だの三島だの右翼だの左翼だのそんな本ばかり読み、変な音楽を聴き、芝居を観、
学校には友達がおりませんでした。
(ネットが無かったので、マイナー雑誌の読者欄で友達をつくってました)
なんつーか、かなりイタイ過去です。

が、未だにその手の趣味(特に変な音楽)の人たちと繋がってしまうんですよ…トホホ

自分語り失礼しました。
明朝からまたゲゲゲ。
イトツ、フォーエヴァー!

マイティ様
再コメント、ありがとうございます。

皆さんネクラ組だったんですねえ…(笑)。 アングラと言えば思い出すのが、近頃お亡くなりになった、浅川マキサン。 「夜が明けたら」 のドヨーンとした感じに、シビレタものでした。 寺山サンや三島サンには興味はあったのですが、私は中学時代に、太宰にハマっていたもので…(笑)…チーン…。

そういえば、昔はペンパル、などとゆーものがありましたよね(笑)。 雑誌には文通のコーナーがあったりして(笑)。 個人情報丸出し(笑)。 思えば、牧歌的な時代でした…。

でもまあ、自分がクラーイ人間だったので余計にそう思うんですが、人生を要領よくゲラゲラ笑って世渡りしている人間よりも、不器用で失敗ばかりしている人のほうが、私は好きであります。 そんな人のほうが、信用できます。

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BOOKS

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

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    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
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    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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