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2010年9月11日 (土)

「ゲゲゲの女房」 第24週 置き去られた夢、受け継がれる思い

 今週を入れて、あと残り3週となった 「ゲゲゲの女房」。 今からその 「ゲゲゲ喪失症候群」 患者になってしまいそうな予感がいたします。 「JIN-仁-」 のときもそうでした~(笑)。 ハマってしまうドラマには、居心地のいい空間というものがあります。 一種の 「引きこもり状態」 が、ドラマの中に展開してしまうわけです。

 そんな甘い思いを振り払うかのように、今週は主要人物のひとりがドラマを去っていきます。 イトツ(風間杜夫サン)です。 泣けました。 しかもその最後のシーンは、「ちりとてちん」 の渡瀬恒彦師匠が旅立った時をほうふつとさせる、とてもシュールで印象的なシーンでした。

 物語は先週からまた年を経て、昭和59年(1984年)。
 いきなり冒頭から、起きてこないイトツを茂(向井理クン)が南国の神様?を使って呼び戻す(笑)。 それ以来イトツの寝床のわきには、今週ずっとその神様が鎮座ましましていました。 こんなところにちょっとした、茂たち家族の思いが表れていますよね。
 ご近所のおばさん連中を見てもにわかには思い出せないくらい、イトツのもの忘れは激しさを増していたのですが。

 イトツの萎えがちだった元気を回復させてくれたのが、茂のマンガをモチーフに芝居をやろうとしていた劇団員のひとり、川西志穂(入山法子サン)。 どぉっかで見たような顔だと思ったのですが、去年のNHK水曜ドラマ 「ゴーストフレンズ」 の暴走ユーレイ、ミソラチャンでした(誰も見てないか…)。

 その劇団員たちの話に乗ってきたイトツ、昔の芝居のことを滔々と語るのですが、誰も知らないことばかり。 逆に彼らが影響されたつかこうへいサンの話を持ち出されて 「は?」 状態(笑)。
 風間杜夫サンがつかサンの演劇から頭角を現してきた人(ワタシ的には 「蒲田行進曲」 の銀ちゃんですけど)だということを考えれば、このギャグは笑えるんですけど、つかサンも最近お亡くなりになってしまって、なんか感慨を持ってしまいます。 昭和59年当時と言えば、井上ひさしサンからつかこうへいサンのほうに演劇の主流は移行していたような気がするのですが、鴻上尚史サンも確かこの辺から出始めたんじゃないかな。

 その話はいいとして(笑)、彼女との逢瀬をイトツが秘密にしていたことで、村井家にはちょっとした波風が立ちます。 久々に現れたイタチ(杉浦太陽クン)が 「銀座でイトツが女と歩いていた」 という情報を布美枝(松下奈緒サン)たちに持って来るのですが、案の定イカル(竹下景子サン)にとっ捕まり(笑)、洗いざらい白状してしまう。

 当時のツッパリ学生にもちっともたじろがない威勢のいいイカル。
 店の前で座り込んでいた若者(最近まさに当たり前のように生殖しているコンビニ前の連中の、いわば元祖ですなあ)を一喝してボーリョク沙汰(笑)まで起こし、「悪いことを悪いと言わんけん、近頃の世の中は、おかしくなってしまっとるんです!!」 と茂たちにぶちまけるのですが、当時からすでに四半世紀。 この世の中は、ツッパリでなくてもモラルが崩壊しているような馬鹿どもが大手を振っています。 しかも注意すればこちらの命が危険にさらされるような筋金入りのモラル崩壊。 そいつらにとってはそれが常識となってしまっている。 道徳のなんたるかを子供たちに教えてこなかったツケでしょう。

 その話はいいとして(笑)、そのイカルが、イトツの浮気?にちょっとした嫉妬を抱く。
 その嫉妬は、ダンナの言うことにいちいち突っかかったりする可愛いものなのですが、イトツがカノジョとの逢瀬につけていく香水を戸棚に隠したりするのも、ふだん威勢のいいイカルの、精一杯の嫌がらせのようにも見える。 実にかわいらしいおばあちゃん(竹下サンをおばあちゃんと呼ぶのには、相変わらず抵抗がありますが…)です。
 この香水は、イトツがその昔、仕事で長い間留守にしていたあとに帰ってきたときに、イカルがいそいそと自らにふりかけていた年代もの。 ドラマを見る限りではこのふたり、どうやらお見合い結婚だったようなのですが、イカルのとても淡い恋心というものも、ここから感じ取ることができるのです。 この香水、のちに号泣ものの小道具に発展します。

 いずれにせよ、見合い結婚なんて、一種の就職みたいな感覚に思えるのですが、そんな仲でも互いを慕う感情というものは芽生えるもの。 このイカルの嫉妬の描き方は、よかったなあ。
 結局イトツのカノジョは昔一緒に仕事をした活弁士、川西一学サンの孫だったらしく、イカルの疑惑もこれで雲散霧消。
 イカルの回想で若かりし日のイトツの様子が流されるのですが、今週はたびたびこうした回想シーンが挿入されることで、イトツの人となりを立体的に実感させる作りになっておりました。
 そこから判明してくるのは、イトツが構想60年(笑)の物語を作ろうとしていること。

 芸能に造詣があり、自分でも何かをぶち上げて映画を作ろうとしていた、そんなイトツ。
 自分が作った物語を世に出したい…この世の中には、そんな何千何万何億という、イトツがいるに違いないのです。 かく言う私もそのひとり。 私の場合は、詩ですけどね。

 そしてイトツが生涯をかけて書き上げようとしていた、「第三丸の爆発」。 結局未完になったまま、日の目を浴びることなく消え去っていくのですが、そんな物語が、いかに多いことか。
 この 「置き去りにされてしまった夢」 には、仮にもモノを作る人間として、大きな共感と感慨を抱かざるを得ません。

 そして今週同時に進行していくのが、藍子(青谷優衣チャン)と喜子(荒井萌チャン)の進路問題です。
 教師になる夢を食事の場で打ち明ける藍子チャンに、動揺する茂と布美枝。 このふたりの口ゲンカには笑いました(「おや? おやおやおやおや?」「あら?あらららららら?」…笑)。
 かたや自分のやりたいことがつかめず、進路の悩みをイトツに打ち明ける喜子チャンなのですが、イトツの哲学は茂の親だけあって広大この上ない(笑)。

 「好きなことをやったらええやな。
 そげに深刻にならんでもええ。
 人の一生なんてものは、よっぽどうまくやったところで、結局は、雲のように流れ去ってしまうもんだけんなあ。
 人生は、流れる雲のごとし。 うん?今の、セリフに使えるな」

 しかしこの例え、イトツは布美枝やイカルの前で、ちょっと軌道修正するのです。

 「いやいや、雲というのは、いささか気取った例えだった。

 人生は、屁のようなものだわ。

 大きな音を立てて飛び出すが、あっという間に、あとかたもなく消えてしまう。
 笑われもするし、嫌がられもするけども、すべてはつかの間だ。
 取るに足らん、つまらんもので、…けど、やっぱり、面白いもんだわ。

 どげだ? わしの屁の講釈、なかなか深いだらが」

 ここで注目なのは、イトツが自分の書いている物語も、取るに足りないつまらないもの、とはっきり自覚している(ように思える)ところです。
 私がそうなんですけど、自分の書いたものには、やはり執着がある。 自分の書いたものはとてつもないものなのだ、と思いたがるところがあるんですよ。 それをイトツは、屁みたいなもんだ、と言っているような気がするのです。 後世まで残るようなものを書く人なんか、ほんの、ほんとにほんの僅かの一握り。 いくらがんばっても、波打ち際の砂に書かれた落書きのように、あっという間に流されて消えてなくなってしまう。 自分の書いたものに誇りを持つことは大事だが、世間に認知されるとか、そんなにうまくいかないほうが常なんだから、諦めの気持ちというのも忘れてはならない。 誇大妄想かもしれないですけど(笑)、イトツにそこまで諭された気が、したんですよね。

 そしてイトツにとって幸運だったのは、息子である茂の存在です。
 茂は叔父御の亡くなった日に生まれた、だからわしは茂を叔父御の生まれ変わりだと信じておる、と言うイトツは、自分の夢を後世につなぐ、受け継いでくれる者に恵まれたのです。

 晩飯の栗ごはんを楽しみにしながらまた 「第三丸の爆発」 を執筆し始めたイトツは、またうとうとと眠ってしまうのですが。 ここからが、シュールなイトツのラストシーンの開演なのです。

 自らが経営していた映画館(たぶん)の開演のベルが鳴って起きたイトツは、自分の書いていた 「第三丸の爆発」 が映画になって上演されている場に居合わせるのです。

 このサイレント映画の弁士は、若き日のイトツ。
 映画はイトツの若き頃を走馬灯のように映し出していく。
 ところが肝心の 「第三丸の爆発」 が始まるという段になって、「ジ・エンド」(笑)。
 なんじゃそりゃああ~~っ!(笑)

 幕引きをされたスクリーンを見ながら、ふとイトツが気付くと、客席にはおそらくイトツがこの生涯で出会った数々の人々が一堂に会して、拍手をしている。

 「あっ、お父っつぁん、…お母ちゃん…。
 …叔父さんじゃないか…!
 一学さんも…。
 みんないっしょにおったのかぁ…」

 そしてあらためて、閉ざされた幕を見るイトツ。

 「なんだ、もう終わりか…。

 あーあ、面白かったなあ…」

 この映画が結局上映まで至らなかった、というのは、人生なんて、不完全なものなのだ、という象徴のような気がしてなりません。
 そして、出会った人たちがすべて、自分の映画を一緒に見てくれている観客なのだ、という、作り手からの心のメッセージ。
 いろんなことがあったけど、最後に 「あーあ、面白かった」 と思えるような人生を歩んでいけたらいい…そんなことを次から次から考えさせてくれるのです。
 このシュールな場面は、近年まれに見る傑作でした。

 そしてイトツの耳に響いてくる、布美枝の呼ぶ声。
 「お父さん、お父さん…」

 ナレーションではその数日後に、イトツは眠るように息を引き取ったらしいので、その日の夕飯の栗ごはん、イトツの大好物は、きっと食べることが出来たのでしょう。 そんなことにも思いを至らせてくれる幕の引きかたも、最高です。

 そして亡くなってしまったイトツに、思い出したように飛び跳ねて戸棚から香水を取り出し、それをふりかける、イカル。

 「おい、どげした?」

 いぶかる茂。 遺体の周りに集まった人たちすべてが、茂と同じ気持ちです。 ただイカルのそれまでの行動を見ていた視聴者だけが、その理由を知っている。 この構図もすごい。

 「…お父さん、この香りが好きだったんだわ。

 好きなだけ使わせてやればよかった…。
 なんぼでも、使わせてやればよかった…。

 お父さん…。

 60年も一緒におったのに…。

 …親よりも、長く一緒におったのに…!」

 お恥ずかしながら、聞き取り書きしながらまた泣いています(笑)。 いや、思い切り泣かされました。 これが、いつも威勢のいいイカルだから、なおさら泣けるんですよ。

 葬儀も終わって一段落した後、イカルはイトツが後生大事に持っていたカバンを茂に手渡します。 その中に入っていたのは、イトツが亡くなるまで手にしていた、執筆のための万年筆。 イトツの思いは、茂に確かに、引き継がれたのです。

 うーん、あと2週…。

 ひたひたと物語が終わる足音が、近づいてきました…。

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コメント

 リーンです。ここに出没します。

 人生は屁のようなものだ、

 喜子が実際にいわれたら怒っちゃうでしょうね。これは単なる私の深読みですが、イトツがこんな台詞をいってしまうのは、「第三丸の爆発」が未完に終わることを自ら予感し、無意識に覚悟していたように思えてなりません。詩もシナリオも、自分が書くものを神が創りたもうたかのように信じなければ作品は生み出せないのではないか。息子は鬼太郎を信じたのですから。
 イトツにとって、シナリオの60年構想を温めつつも完成できなかったのは、身を引き裂かれる思いをしたのでは。それだけに、茂の成功は嬉しかったでしょう。

 私も最近、万年筆を購入しました。この書き味は他の筆記用具と代えがたくて、何を書くにつけ使用しています。イトツが滑らかな書き味に込めた思い、きっと茂が引き継いでくれますね。

 布美枝と茂が仲人の大役を果たすため玄関から出るところ、後姿に老いと年月を重ねた夫婦の絆がにじんでいました。布美枝が、やや歩幅が狭くなった茂の後ろをついていく姿、今までの人生がいい形で現れていました。
「いい夫婦だなあ」
と思ったのは私だけではないでせう。

 登場人物を実在感あるものとしてとらえる文章になってしまいました。今年私が重篤に落ちた

“『Mother』症候群”

の新型に感染しそうです。かなり強力なので心地よく床に臥せります。このドラマが終わったら、いよいよ福山さんに頑張ってもらうしかないぞ!?

投稿: リーン | 2010年9月11日 (土) 15時36分

リーン様
コメント、ありがとうございます。

イトツの 「人生とは屁」 発言、私はなかなか含蓄のある言葉だと受け取りました。

人はとかく、自分の人生に意義を見つけたがる傾向にある気がします。 そして知らずに自分を追い込み、自分の人生に意味がないと感じると、自らの命まで断ってしまう。 そう思い込むよりも、ほとんどの人の人生なんて、取るに足らないものですぐに歴史のはざまに消えていってしまうものだ、けれども終わってみたときに 「あーあ、面白かった」 で済めば上出来なのではないか、という 「物事を深刻に考えない勧め」 を教えている気がするのです。

仮にも自分もモノを作る人間として、創作の際に 「上から何かが降りてくる」 という状態にはなったこともあるのですが、その降りてくるものの程度がいいのか悪いのかは問題であります(笑)。 いかに超現実的な神みたいなものの啓示でものを作ったとしても、その質には正直ばらつきがあるのです(笑)。 実際憑きまくり状態で 「大傑作を書いた」 と思っても、翌日読んでみると 「なんじゃこりゃ?」 みたいなことって、結構多いんですよ。 つまり、才能のある人には、上級な憑き物が憑くであろう(笑)ということです。

茂と布美枝ですが、私は結構老け役には限界があると思って見ています。 却ってワザトラシイ老け方を見せない演出に共感を抱いている、というか。

「Mother」 で 「喪失症候群」 に罹りましたか(笑)。 これって恋愛に似ていて、次のクールで傑作ドラマが来るとそっちに簡単に興味が移ってしまうものなんですよ(笑)。 10月改変期のドラマで、私に 「前の恋人」 を忘れさせてくれる、魅力的な彼女が現れることを、期待します(笑)。

投稿: リウ | 2010年9月12日 (日) 00時34分

はじめまして、Motherの頃からドラマのレビュー拝見させて頂いてます。
毎回、とても的確にあらすじ&見どころをまとめていらっしゃって「むむっ」と唸らされています。
イカルが香水を付けるシーン、私も朝から泣けました。どんなに長く連れ添っても「もっとああしてあげれば良かった、こうしてあげれば良かった」という思いは尽きないんでしょうね。そんな愛情もまた、一生「未完の大作」に終わるのかもしれません。
あと2週間で終わってしまうのが本当に惜しいドラマです!

投稿: hoppe | 2010年9月12日 (日) 18時41分

ホント、毎日15分だけ浸るというのがクセになりました。中毒症状です。
これが45分やら50分となると違うのでしょうね。

TBSぴったんこカンカンが最近、水木ワールドに乗っかっていて不思議。
前回は水木夫婦も登場(残念ながら途中から視聴しました)、境港と安来訪問、布枝さんの実家まで押し掛けてました。
少し前には向井クンがゲストだったですし。
ま、うれしいのでドンドンやってほしいですが。(笑)

投稿: マイティ | 2010年9月13日 (月) 01時22分

hoppe様
コメント、ありがとうございます。 拙ブログへたびたびいらっしゃってくださるようで、誠に恐縮です。 お褒めくださり、大変励みになりますです。

身内が亡くなって駆け付けた親族のかたが、「ごめんね、ごめんね」 とご遺体に謝っているところを実際に見たことがあります。 別に謝るようなことはしていないのだと思うのですが、やはりhoppeサンのおっしゃるように、「生きているうちにできることは何でもしてあげればよかった」、と思うものなのだと感じます。

そしてそれは、人の心を思いやることのできる人だけができる 「後悔」 なのだと思うのです。

人の一生は、結局未完のままで終わってしまうかもしれないですが、その人に対する愛情は、いつまでもその人の胸の中に温かく灯り続けるものじゃないでしょうか。

まーた生意気なことを書いてしまいましたが(笑)、今後ともよろしければごひいきのほどよろしくお願いいたします。

投稿: リウ | 2010年9月13日 (月) 06時05分

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

私の場合BSで一週間分をまとめてごそっと見るせいか、毎日ご覧になっているかたに比べれば 「日曜日は放送がなくてさびしい」 というほどの重篤患者にはなっていない感じです(笑)。

TBSもそうなのですが、今週のテレ朝 「スマステ」 にも松下奈緒サンがゲスト出演するらしいですよ。 どうにも各局が便乗しまくっている気もしますが(笑)、松下サンも向井クンも、今思いっきり旬を迎えている、という感じで、「ゲゲゲ」 を第1回から見ている者としては、何とも嬉しい限りですよね。 今にして思えば、「史上最低視聴率」 で始まったこの番組を最初から支持することができたことは、何とも誇らしく思えてくるのです。

投稿: リウ | 2010年9月13日 (月) 06時15分

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