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2010年9月18日 (土)

「ゲゲゲの女房」 第25週 好きなことをやり続ける、ということ

 今週を入れて、残り2週となってしまった 「ゲゲゲの女房」。 今週放送分から、おしまいの5秒間くらい、次回作 「てっぱん」 の予告が入るのが、「ゲゲゲ」 にハマっている者としては結構ウザい(笑)。 寂しさが増幅される気さえします。

 この 「ゲゲゲの女房」 ですが、どんなフロシキのたたみ方をするのだろう、という興味が尽きません。
 というのも、水木しげる氏も布枝サンも、現在もお元気でいらっしゃる。 そうすると、どうしても明日につながるような終わり方しか思いつかないのです。 藍子チャンや喜子チャンという子供たちの行く末も、どこを着地点とするのか。 今週のラストで布美枝(松下奈緒サン)の父源兵衛(大杉漣サン)が脳こうそくで倒れた、という知らせが入るのですが、いったいどこまでの時代を描いていくのか。 「最後までナミダ、ナミダです」 という松下サンの言葉がとても気になっている状態であります。

 そして最終週を控えた今週、物語のメインは藍子チャン(青谷優衣チャン)の目指した夢の行く末でした。
 「水木しげるの娘」、という呪縛から解放されたいと考えていた藍子チャンが自分の夢として見据えたのは、教師という職業。 「教師になんぞなったらどんな僻地に赴任させられるか分かったものではない」 と考えた茂(向井理クン)は、最初から大反対です。
 茂はイトツ(風間杜夫サン)の弔問に訪れていた源兵衛からの入れ知恵で(笑)藍子チャンのお見合い作戦を勝手に展開するのですが、却ってそれがアダとなって父娘は人目もはばからぬ冷戦状態に突入する(笑)。

 今週初めに展開されたこのくだりは、現代的常識からフツーに考えると(四半世紀前のことですが)茂も源兵衛も、かなりオーボー(笑)。 物語が深刻に陥ってしまうほどの感覚なのですが、反対された藍子チャンが自分で買ってきた教員試験合格のお祝いのでっかいケーキをホールでヤケ食いしてしまったり(笑)、コミカルな感じで描写されるためかあまりシビアになってこない。

 ところで、今週の 「自分のやりたい夢を実現させる、そしてやり続けること」 というテーマを際立たせるために作り手が用意したのは、先週イトツに先立たれたイカル(竹下景子サン)のエピソードです。

 源兵衛と一緒に上京していたミヤコ(古手川祐子サン)がイカルの部屋に顔見せした時、ミヤコはイトツの遺品がまだそのままになっているのに気付きます。
 おそらくイトツがいつも座っていたであろう揺り椅子、コーヒーサイホン、蓄音機…。
 イトツの不在を視聴者の私たちも痛いほど感じてしまう重要な遺品の数々です。
 それを見ただけで泣けてきてしまうのですが、ここでイカルがミヤコに打ち明ける話が、また泣かせて泣かせて。

 「四十九日も済まんうちから、ホトケさんを置いて出歩いてて、呆れられたでしょうねえ…。

 私、自分のほうがお父さんより先に逝くと、思い込んどったんですよ。
 心臓が悪いですけん。
 ハハッ…。 医者は 『なんでもない』 と言うんですけど、ときどき胸がキューっと締め付けられて。
 お父さんひとり残っても、自分のことは自分でやれるように、料理でも洗濯でもやってもらっとったんです。
 天ぷらなんか、私よりも上手に揚げちょうました。 鼻歌歌いながら…。

 結局…私のほうがあとに残ってしまいました…。

 こげなると分かっとったら、あげに家事をやらせんでもねえ…。
 好きな芝居でも映画でも、もっと見に行かせてやったらよかった…。
 …そげ思ったらなんだかもう…。
 ハハハ…。

 生きとるうちは文句ばっかり…。

 けど…。

 ひとりでここにおると、つくづくさみしい気持ちになって…。

 夫婦というものは、おかしなもんですねえ…。
 親同士が勝手に決めた縁談で、他人同士が一緒になったのに…。
 …お父さんがおらんようになった寂しさは…子供でも孫でも、埋められんですけん…!」

 泣き崩れるイカルを、ミヤコが慰めるのですが、こちらも滂沱(笑)。
 や、それはそうとしてですね、古手川サンも竹下サンも、私の世代にとってはまさに 「高嶺の花」 的存在の美女であっただけに、この小さくなってしまったふたりの 「老婆」 の演技、相当複雑なものがあるのです。

 ここで重要だと思われるのが、「好きなことをさせてやればよかった」 というイカルの後悔です。
 好きなことをさせてあげられなかった、というのは、実はイカルの思い込みで、イトツは本当は、喜々として天ぷらを揚げていたような気もしてならないのです。 「好きなことをしていない」 というのは本人が決めることで、他人があれこれと思いを致すことではない。 このシーンのあとで茂と碁を打つ源兵衛に 「悪い手でしたねえ」 と藍子チャンの 「お見合い作戦」 にさりげなく意見をするミヤコの真意はそこにあった気がします。

 碁になぞらえて展開するこのシーンも、結構深い。
 「無理に押したら、うまくいくもんもいきませんわ」(ミヤコ)「確かにいい手とは言えんだったわ」(源兵衛)「戦術を練り直して、形勢逆転を狙いますかな」(茂)。 このダブルミーニングの応酬。
 ここに、布美枝が、かつて源兵衛が茂と碁が打ちたいと話していたことを回想するダメ押しまで加えて、さりげなくも、とても高度な組み立てのドラマを見ている気がしました。

 ミヤコは東京を離れる前に訪れた深大寺の茶屋で藍子チャンにも、「安来節」 で歌われる 「千里を走る虎」 の例えを引いて、遠くで暮らす子のことを思う源兵衛の気持ちを代弁し、藍子チャンに理解を求める。
 ここで作り手がはからずもクローズアップさせるのが、ミヤコの人心掌握術(笑)は、娘の布美枝に受け継がれている、という点。

 このドラマ、貧乏編から茂の成功へと話が推移していくに従って、布美枝の存在感が徐々に希薄になっている気がする。 今回の藍子チャンの問題にしても、布美枝はただおろおろするばかりで、なんだか周りの人たちが事態を収拾するのをただ期待して見守ってるようにも見えるのです、が。

 藍子チャン 「おばあちゃん、黙っておじいちゃんに従っているように見えて、押さえるとこは押さえてるね」
 布美枝 「おばあちゃんは、余計なこと言わんで人の気持ちが分かる人だけん」
 藍子チャン 「似てるよね、お母ちゃんと」
 喜子チャン 「似てる似てる(笑)」
 藍子チャン 「だからお父ちゃんとお母ちゃんは仲良くやっていけるんだ」

 今週の布美枝はほかにも、イカルを一時預かった茂の兄雄一(大倉孝二サン)の妻佐知子(愛華みれサン)に、イカルという気難しい姑と折り合いをちゃんとつけていることを褒められる。
 それに対して 「かえって分け隔てがなくて変にひがまなくて済む」 ととらえている布美枝が、やはりさりげなく存在感を光らせているのです。

 それは、かつて深大寺に茂とデートした時や河合はるこチャンとの話に出てきた、「ナズナのような淡い存在感」 です。

 この物語でいちばん表現が難しいと思われるこの 「さりげない存在感」 は、物語終盤になっても頑として貫かれている。 「ヒロインに存在感がない」 と批判されることもあるこのドラマですが、そこにこそ作り手の強調したいことが隠されている。 「見えんけどおる」、のです。

 さて、念願の教師になって家からも近い学校に赴任して一安心の藍子チャンでしたが、「エコヒイキをしている」 という子供たちからの突き上げを食らい、同僚の教師や親たちからも批判されて、2か月足らずで早くも 「辞めたい」 と言いだす。

 それに対して布美枝は、「辞めたいんなら辞めれば」、とエレー冷たい反応(笑)。
 けれども布美枝は、お父ちゃんが反対しているからという理由に逃げ込もうとしている藍子チャンに、ちょっと考える機会を与えているのです。 この押しつけがましくなさすぎな姿勢(笑)。 ここにも布美枝の 「見えんけどおる」 存在感が表現されている気がします。

 いっぽう茂にとっては渡りに船で(笑)、「泣くほどいやなら辞めたらええだろう」 とこともなげに布美枝に軽口を叩くのですが、軽口ながらもちょっこし真理も突いている感じです(笑)。
 茂の人生哲学がひょっこり出てしまったような、この軽口。 ナマケモノにとっては格好の言い訳となりそうなセリフでしたが(笑)、それだけで茂は済ませませんでした。

 藍子のところへゲーテの格言を書いた紙を持ってきた茂。

 「意志の力で成功しない時には好機の到来を待つほかない。」

 「人は努力している間は迷うに極まったものである。」

 「好きなことをして生きるのはええ。
 けど、好きと、楽することとはちょっこし違う。
 苦しいことや嫌なことがあっても、それでもやらずにはおられんのが、本当に好きなことだ。
 だけん、迷ったり悩んだり、落ち込んだり、苦い思いもしてみんことには、好きなことは何なのか、本当は分からんのだよ。
 人は神さんではないけん、世の中を思い通りには動かせん。
 やるだけやってもうまくいかないときは、ほれ、『好機の到来を待つほかない』。
 人間にできるのは、それだけだ。
 ほい!(藍子の肩をポンと叩いて)戦わずして土俵から降りるのが、いちばんつまらんぞ」

 相変わらずいいとこをかっさらっていってしまう茂ですが(笑)、私の言いたいことはこの茂のセリフに凝縮されています。
 好きなことをやっていくことや、それでごはんが食べられるというのは、はたから見ればとても幸運で、幸せなことだと思われるのですが、やはりそれには、それなりの努力が伴っている。 血みどろの努力の上にしか、成功というものは成り立たないのです。

 この茂のセリフを立体的に説得力を持たせるために、今週のこのドラマは展開し続けた、そう言ってもいい気がします。 ラストスパートがかかっている気がする。

 最終週の話にも、大いに期待をしてしまうのです。

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コメント

 リーンです。ここに出没します。

 来週は登場人物が総出演ですかね。ついでに「みえんとこにおる」おばばもふんわり感じさせてくれますかね。私は予告編で姿を見なかった深沢さん(いたらごめんなさい)の登場を願っていますが。
 さて、視聴率はどこまで上がるでしょうか?

 藍子と喜子が登場してから繰り返し出てくる学校の話、私には少し胸が痛みます。ストーリーの良し悪しを離れて自分の人生における学校の出来事を思い出してしまいます。教諭とうまく折り合った経験があまりないので。今会いたい先生は塾の先生、なんてちょっと変わっていますね。
 児童、生徒間のいじめ、教師と生徒の意志不疎通、学校は大人の世界の縮図というそうですが、なんだかやり切れません。今はモンスターペアレント(これを扱ったドラマがありましたね)なる言葉が流布していますが、他人を信頼することが忘れられ、社会が病んでいるように思えます。真剣に悩む藍子にゲーテを持ち出してやり遂げろという茂(本当においしいところを持っていきますね)、このドラマには信頼の絆がまだ息づいていてほっとします。

 イカルとミヤコの間で語られた夫婦の会話、あれはかなり衝撃を受けました。

 お父さんがおらんようになった寂しさは、子供でも孫でも埋められません。

 子や孫は血がつながっているからかわいいけど、夫(もしくは妻)は所詮は他人、こんな言葉をよくテレビで見聞きします。でも、他人であるが故に絆を紡いでいく、イトツとイカルにかぎらず繰り広げられる夫婦のドラマ、今見えなくなったものがじっくり描かれているように思います。血は水より濃い、でも心は血のつながりを超える。とか、いえませんかね。
 血縁関係より強い関係を築いたイカルが、執筆活動(そこまでいかないでしょうが)をしていたイトツの背中を見て感じたもの、どうしても創作活動と実生活の狭間の苦闘を見ていたと考えてしまうのです。
 でも、イトツは楽しんで料理をしていたと思います。物書きは凝り性ですから、得てして揚げ方や温度に気を配って作るでしょう。男が作る料理、妥協しないですからね。

 布美枝が存在感がないと批判が出ているんですか?ほかのブログはまったく見ないので気にしたことがありませんが、彼女の良さは今の世の中でやや忘れられたものになってしまったのでしょうか。専業主婦は自立を目指す人には何もいってあげられない、けれど生きていくうえで確かな何かを布美枝は知っている、もちろん茂も知っている、そこを見るドラマだと思うのですが。

 ここからは、『火曜コンサート』で書くべきなのですが、まとめて書いてしまいます。

 布美枝といきものがかりの競演、楽しんでみました。松下奈緒さんはよくしゃべり、聖恵さんは緊張ぎみでした。数ヶ月前、ミュージックステーションで出演したとき、最初の“あ”のキーを外し気味に歌いだしてハラハラしたことを思い出しました。それ以来、出だしばかり気になってしまい、そこをやり過ごしてほっとする、いきものがかりは心臓に悪いです。
 偶然ドリカムのラジオに出演した聖恵さんはふたりを差し置いてよくしゃべっていました。リウ様の記事、それが髣髴としていましたね、今思えば。ところが歌をうたうとがちがちで、まあそんなギャップも魅力でしょうか。
 ちなみに私は、「ありがとう」は朝ドラに流れない部分が好きですね。CDで聞くとそこばかり耳に残ります。

 いきものがかりといい、窪田ミナの起用といい、このドラマの音楽は大当たりです。私が好きなドラマの条件は、サントラを買って楽しめるほど音楽がいいか、が絶対です。サントラは1曲1曲がクラシックの小品をきいているようで、10曲聴いたらフルコースを食べた気分、全39曲聴いたらお腹いっぱいです。
 再来週から朝、違う音楽が流れると、喪失感を感じそうです。

投稿: リーン | 2010年9月18日 (土) 22時10分

もっと早くにこのブログ知っていれば

ゲゲゲの女房 もっと楽しかっただろうな

今月末で松下奈緒さんともお別れだ WWW

さみし~~~~い

投稿: ミュウミュウパパ | 2010年9月18日 (土) 22時49分

リーン様
コメント、ありがとうございます。

私も、今週の話を見ながら、自分が出会ってきた 「学校の先生」 達のことを思い返していました。

私もリーン様と同じように、学校の先生にはいい印象を抱いたことがあまり多くありません。 ガキの目から見ても、なんだかとても、大人げない気がとてもしていたものです。 ちょっとしたことに過剰に反応する、贈り物に極端に弱い(笑)、等々。

中学生くらいのころその原因を自分なりに考えてみたのですが、彼らは学校を出てからすぐにこの世界に入ったために、精神状態が大人になりきれないまま年齢を重ねているのだ、という結論に達したわけでございます(笑)。

その考えは自分が社会人になってから確実なものとなりまして(笑)。

つまり自分も、これまで学校にいたときには気づかなかった自分の生意気な部分を、嫌というほど思い知ったわけですよ。 自分はこんなに、他人に対して不快な思いをさせる人間だったんだ、とエライ学習したのです。

学校では、いわば自分と同じ価値観を持った同じ種類の人間しか付き合ってこない。 それが社会に出ると、自分がこれまで付き合いたくもなかった人間と、どうしたって付き合わなければならなくなるんですよ。 ホントにいろんな人間が、この世にはいるんだなあということを痛感しました。

社会に出て揉まれなければ、人間とは一体どういうものなのか、理解ができない…こうした思いから、教師はまず社会に出て少なくとも5年は人間の機微について勉強しろ、という持論が形成されていったのでございます(笑)。

今回の藍子チャンの場合は、まわりにちゃんとした大人が大勢存在していたことが大きなメリットとなるはずですが、少なくともガリ勉で勉強しか知らない人間が教師になろうったって、子供たちの心をきちんと受け止められるはずもないような気がするのです。

これは私の持論ですが、極論でもあるので、これに該当しない教師の方々にとっては、誠に失礼な話であります。 そのかたにはあらかじめここでお詫びをさせていただきます。 意見には個人差がございます。

イカルとイトツの話についてはリーン様のおっしゃる通りで、特にここであらためて付け足すこともないくらいなのですが(笑)、私も自分で料理を結構する人間なので、それなりのこだわりもあったりする、というリーン様のお話には納得です。 でも相当アバウトに作ってますけどね(笑)。

私がよく見るのは、ヤフーのテレビ感想欄とかなんですが(「龍馬伝」 批判もそこを読んで激怒してしまったりするのですが…笑)、「荒らし」 目的の取るに足らないものはともかくとして、あまり目立たない布美枝の行動には意見が散見されます。 そこがこのドラマのいちばんの特長なんだろう、目立たなくともただそこにちゃんと、確かにあることの尊さを訴えているドラマなんだろう、と考えたりします。 リーン様もきっと私と同じ考えだと、不躾ながら思います。

「ミュージックステーション」 までチェックしているとは…なかなかのツワモノですネ(笑)。 私はどうも最近、NHKばかりに視聴が偏っている気がします…。 聖恵チャン、「歌謡コンサート」 ではホントに、借りてきた猫みたいでした~(笑)。

投稿: リウ | 2010年9月18日 (土) 23時19分

ミュウミュウパパ様
コメント、ありがとうございます。

そう言っていただくと、ブロガー冥利に尽きます。 重ねてお礼申し上げます。

松下サンはこの先しばらく、引っ張りダコ状態が続くような気がいたします。 今の時間も、「スマステ」 にご出演ですネ(笑)。

投稿: リウ | 2010年9月18日 (土) 23時23分

>血みどろの努力の上にしか、成功というものは成り立たないのです。

どっわ〜! 海より深く反省。W(そうっとしておいてください)

それにしても藍子ちゃんのお見合い作戦はヒドイと思いました。
80年代の20代の女子だったら一人暮らしに憧れてもおかしくないでしょう。
爺さんも父さんもちょっと年齢いった人たちだから、一番世代間の価値観に格差がある例ですね。
ま、爺さんも後に素直に反省しとったからヨシ。

来週でおしまい…淋しいです。
例の質屋に入れてた着物が
晴れがましい席で再登場しますから
楽しみにしていてくださいねっ!

あと、またTBSで9/24に金スマ2時間SPに
水木しげる&武良布枝さん夫妻(ホンモノ)ご登場だそうです。
NHKスタジオパーク〜にも出演されるみたいですが。

投稿: マイティ | 2010年9月19日 (日) 00時19分

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

まあ、あまり過敏に反応しないでくださいませ(笑)。 どうも自称詩人としての鋭角的な(悪く言えばミもフタもない…笑)言い方をしてしまう傾向が、私にはあるようです…。

まあ、源兵衛サンにとってみれば、ユキエ姉さんやいずみチャンに対して行なってきた強権発動的な態度が、そのまま出てしまったような感覚なのですが(笑)、もう昭和60年(1985年)頃には、そんなやり方はすでに時代遅れになっていたんでしょうね。

あの桜色の着物ですか! ハイ、楽しみにして拝見いたします(笑)。

しばらくはゲゲゲブームが収まりそうもない様子ですよね。 なんか松下サンも、Nスペの自然番組のナレーションをするらしいですし(来月9日10日)、私としてはこのまま年末の紅白まで、この流れでNHKサンには突っ走ってもらいたいものです(紅組司会とか、あといろいろ~…笑)。 

投稿: リウ | 2010年9月19日 (日) 03時32分

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